説明

4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置

【課題】トランスアクスルケース内の潤滑油の温度を好適に調節することができる4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置を提供する。
【解決手段】動力伝達装置10の中央差動歯車装置26の差動を制限する差動制限装置28は、電磁石74への電流iを制御して第1摩擦板128および第2摩擦板130間の摩擦係合トルクTを変化させることにより、中央差動歯車装置26の差動制限トルクを調節する電子制御カップリング装置69を備えたものであり、トランスアクスルオイルの温度Toilに応じて電子制御カップリング装置69の摩擦係合トルクTを変化させる摩擦係合トルク制御手段172を備えることから、第1および第2摩擦板間の摩擦熱がトランスアクスルオイルおよびハイポイドギヤオイルに伝達されるので、それら潤滑油の温度の適正温度への上昇を好適に早めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置に関し、特に、トランスアクスル内の潤滑油の温度を調節するための技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
駆動源から伝達された動力を左右の前輪へ分配する第1差動歯車装置をトランスアクスルケース内に収容したFF方式の2輪駆動車両用動力伝達装置として、例えば、特許文献1に記載されたものが知られている。また、前記第1差動歯車装置と、後輪へ伝達される動力をその後輪のための第2差動歯車装置へ伝達するトランスファ装置とを共通のトランスアクスルケース内に収容し、上記トランスファ装置と第2差動歯車装置との間に設けられて前輪および後輪へそれぞれ伝達される動力の分配比を調節する電子制御クラッチ装置を含む4輪駆動車両用動力伝達装置として、例えば、特許文献2および3に記載されたものが知られている。また、前記第1差動歯車装置と、後輪へ伝達される動力をその後輪のための第2差動歯車装置へ伝達するトランスファ装置と、上記トランスファ装置と第2差動歯車装置との間に設けられて前輪および後輪へそれぞれ伝達される動力の分配比を調節する電子制御クラッチ装置とを共通のトランスアクスルケース内に収容した4輪駆動車両用動力伝達装置として、例えば、特許文献4に記載されたものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−323124号公報
【特許文献2】実開2002−166737号公報
【特許文献3】特開2003−136989号公報
【特許文献4】特開平06−70459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車両用動力伝達装置のトランスアクスルケース内の潤滑油の温度は、好適に調節され得ることが望ましい。例えば、上記潤滑油の温度が低い場合には、その温度を上げることによって、トランスアクスルケース内の回転部材の回転抵抗(攪拌抵抗)を低減させて車両燃費を高めることが望まれ、また上記潤滑油の温度が高い場合には、その温度を下げることによって、トランスアクスルケース内に収容された装置を高温下から保護することが望まれる。
【0005】
特許文献4には、トランスファ装置に含まれるハイポイドギヤ対のうち駆動側のリングギヤが固設されたマウント部材を介して、そのマウント部材の外周側の空間に貯溜されるハイポイドギヤオイルと、マウント部材の内周側に形成された環状の油溜り室に環流するトランスアクスルオイルとの間で、熱交換が行われる車両用動力伝達装置が記載されているが、このような車両用動力伝達装置では潤滑油の温度を調節することができない。特許文献2には、電子制御クラッチ装置内の作動油の温度をその作動によって制御することが記載されているが、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度を調節することに関しては記載がない。特許文献1には、車両が惰力走行しているときに変速段を低速側に切り換えてトルクコンバータのポンプインペラとタービンライナとの回転速度差を大きくすることにより、タービンライナと作動油とのせん断抵抗による摩擦熱を発生させる車両用動力伝達装置が示されている。しかし、このような車両用動力伝達装置では車両の惰力走行中に作動油の温度を上げることができるのみであり、作動油の温度を下げることに関しては記載がない。特許文献3には、電子制御クラッチ装置の係合を解除してトランスファ装置の負荷を低下させることにより、そのトランスファ装置を潤滑するトランスアクスルケース内の潤滑油の上昇を抑える車両用動力伝達装置が記載されている。しかし、特許文献3には、作動油の温度を上げることに関しては記載がなく、また潤滑油の上昇を抑えるための作動を行うと後輪駆動力が低下してしまう欠点がある。
【0006】
本発明は以上の事情を背景としてなされたものであり、その目的とするところは、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度を好適に調節することができる4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
かかる目的を達成するための請求項1にかかる発明の要旨とするところは、(a) 駆動源から伝達された動力を前輪および後輪にそれぞれ伝達する中央差動歯車装置と、その中央差動歯車装置の差動を制限する差動制限装置と、前記中央差動歯車装置によって前記前輪および後輪の一方へ伝達される動力を左右の車輪へ分配する第1差動歯車装置と、前記中央差動歯車装置によって前記前輪および後輪の他方へ伝達される動力をその他方の車輪のための第2差動歯車装置へ伝達するトランスファ装置とを共通のトランスアクスルケース内に収容した4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置であって、(b) 前記差動制限装置は、前記前輪および後輪と共に回転可能に連結された第1および第2摩擦板を有し、指令信号によってその第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることにより前記中央差動歯車装置の差動制限トルクを調節する電気アクチュエータを有する摩擦係合装置を備えたものであり、(c) その電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、前記トランスアクスルケース内の潤滑油の温度に応じて前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることにある。
【0008】
また、請求項2にかかる発明の要旨とするところは、請求項1にかかる発明において、前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、前記潤滑油の温度が低くなるほど前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを高めることにある。
【0009】
また、請求項3にかかる発明の要旨とするところは、請求項1または2にかかる発明において、(a) 前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、(a-1) 前記潤滑油の温度が予め定められた判定温度以上である場合には、前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合を解除し、(a-2) 前記潤滑油の温度が前記判定温度よりも小さく、且つ車両の4輪駆動性能を確保するために前記前輪および後輪の差動を制限させる要求が為されていない場合には、前記潤滑油の温度に応じて前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることにある。
【0010】
また、請求項4にかかる発明の要旨とするところは、請求項1乃至3のいずれか1にかかる発明において、(a) 前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、(a-1) 電磁石の吸引力にしたがって入出力回転部材とともにそれぞれ回転する摩擦部材間にパイロット摩擦トルクを発生させるパイロットクラッチと、(a-2) そのパイロットクラッチのパイロット摩擦トルクを軸心方向の押圧力に変換するカム装置と、(a-3) そのカム装置からの押圧力にしたがって前記入出力回転部材間に前記差動制限トルクを発生させる主クラッチとを有する電子制御カップリング装置であることにある。
【0011】
また、請求項5にかかる発明の要旨とするところは、請求項1乃至4のいずれか1にかかる発明において、(a) 前記トランスファ装置は、前記潤滑油が貯溜された空間とは隔離して前記差動制限装置の外周側に油密に形成された環状空間内において、その環状空間内に貯溜されたハイポイドギヤオイルに半浸状態で設けられたハイポイドギヤ対を備え、(b) 前記中央差動歯車装置のデフケースは、少なくとも1つのテーパードローラーベアリングを介して前記トランスアクスルケースによって回転可能に支持され、(c) 前記トランスアクスルケースは、(c-1) 前記第1差動歯車装置の一対のサイドギヤと前記前輪および後輪の一方の左右の車輪とをそれぞれ連結する一対の車軸のうち一方の車軸の外周側において、前記中央差動歯車装置を前記第1差動歯車装置に隣接して前記潤滑油に半浸状態で収容する第1潤滑油貯溜室と、(c-2) 前記中央差動歯車装置に対して前記第1差動歯車装置とは反対側において前記環状空間と前記一方の車軸との間に形成されて、前記差動制限装置を前記潤滑油に半浸状態で収容する環状隙間と、(c-3) 前記差動制限装置に対して前記中央差動歯車装置とは反対側に形成され、前記環状隙間を通じて前記第1潤滑油貯溜室と連通された第2潤滑油貯溜室と、(c-4) 前記トランスアクスルケースの内周面のうち前記テーパードローラーベアリングに隣接し且つ前記潤滑油に没する位置に一端が開口するとともに、前記第2潤滑油貯溜室のうち前記潤滑油に没する位置に他端が開口する環流油路とを備え、(d) 前記潤滑油は、前記テーパードローラーベアリングのポンプ作用により、前記第1潤滑油貯溜室、前記環状隙間、前記第2潤滑油貯溜室、および前記環流油路をそれぞれ通じて前記トランスアクスルケース内に環流することにある。
【発明の効果】
【0012】
請求項1にかかる発明の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置によれば、差動制限装置は、前輪および後輪と共に回転可能に連結された第1および第2摩擦板を有し、指令信号によってその第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることにより中央差動歯車装置の差動制限トルクを調節する電気アクチュエータを有する摩擦係合装置を備えたものであり、上記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度に応じて前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることから、部品の変更や追加することなく、その摩擦係合トルクを調節することによって第1および第2摩擦板から発生する摩擦熱が調節されて、トランスアクスルケース内の潤滑油に伝達される熱量が調節されるので、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度を好適に調節することができる。例えば、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が低い場合には、上記摩擦係合トルクを大きくすることによりその温度の上昇を早めることができ、また、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が高い場合には、上記摩擦係合トルクを小さくすることによりその温度を下げる、又はその温度の上昇を抑制することができる。
【0013】
また、請求項2にかかる発明の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置によれば、前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が低くなるほど第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを高めることから、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が低くなるほど第1および第2摩擦板から発生する摩擦熱が大きくされるので、例えば、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が低い場合にはその温度の上昇を早めることができ、また、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が高い場合にはその温度を下げる、又はその温度の上昇を抑制することができる。
【0014】
また、請求項3にかかる発明の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置によれば、前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が予め定められた判定温度以上である場合には、第1および第2摩擦板間の摩擦係合を解除し、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が上記判定温度よりも小さく、且つ車両の4輪駆動性能を確保するために前輪および後輪の差動を制限させる要求が為されていない場合には、上記潤滑油の温度に応じて第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることから、例えば、上記判定温度が、トランスアクスルケース内に収容された各装置を保護するために許容される潤滑油の上限温度として予め定められた場合には、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度がその上限温度よりも小さいときだけ摩擦係合装置の摩擦熱が潤滑油に伝達されるので、トランスアクスルケース内に収容された各装置を好適に保護することができる。
【0015】
また、請求項4にかかる発明の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置によれば、前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、電磁石の吸引力にしたがって入出力回転部材とともにそれぞれ回転する摩擦部材間にパイロット摩擦トルクを発生させるパイロットクラッチと、そのパイロットクラッチのパイロット摩擦トルクを軸心方向の押圧力に変換するカム装置と、そのカム装置からの押圧力にしたがって前記入出力回転部材間に前記差動制限トルクを発生させる主クラッチとを有する電子制御カップリング装置であることから、主クラッチの摩擦係合により発生する摩擦熱に加えて、電磁石のコイルに電流が流れることにより発生する熱がトランスアクスルケース内の潤滑油に伝達されるので、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度が低い場合にはその温度の上昇を好適に早めることができる。
【0016】
また、請求項5にかかる発明の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置によれば、トランスファ装置は、前記潤滑油が貯溜された空間とは隔離して差動制限装置の外周側に油密に形成された環状空間内において、その環状空間内に貯溜されたハイポイドギヤオイルに半浸状態で設けられたハイポイドギヤ対を備え、中央差動歯車装置のデフケースは、少なくとも1つのテーパードローラーベアリングを介してトランスアクスルケースによって回転可能に支持され、トランスアクスルケースは、前記一方の車軸の外周側において、中央差動歯車装置を第1差動歯車装置に隣接して前記潤滑油に半浸状態で収容する第1潤滑油貯溜室と、中央差動歯車装置に対して第1差動歯車装置とは反対側において前記環状空間と前記一方の車軸との間に形成されて、差動制限装置を前記潤滑油に半浸状態で収容する環状隙間と、差動制限装置に対して中央差動歯車装置とは反対側に形成され、前記環状隙間を通じて前記第1潤滑油貯溜室と連通された第2潤滑油貯溜室と、トランスアクスルケースの内周面のうち前記テーパードローラーベアリングに隣接し且つ前記潤滑油に没する位置に一端が開口するとともに、前記第2潤滑油貯溜室のうち前記潤滑油に没する位置に他端が開口する環流油路とを備え、前記潤滑油は、前記テーパードローラーベアリングのポンプ作用により、前記第1潤滑油貯溜室、前記環状隙間、前記第2潤滑油貯溜室、および前記環流油路をそれぞれ通じてトランスアクスルケース内に環流する。そのため、トランスアクスルケース内の潤滑油の温度を全体的に均一にすることができ、上記潤滑油とハイポイドギヤオイルとの熱交換が好適に安定化される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明が適用された4輪駆動車両用動力伝達装置を備える4輪駆動車両の駆動系の構成を概念的に示す図である。
【図2】、図1の4輪駆動車両用動力伝達装置の一部の実際の構成を示す断面図である。
【図3】図2の主要部すなわち車両前側の一部を拡大して示す拡大断面図である。
【図4】図3のIV矢視部の2点鎖線で囲まれた部分を拡大して示す拡大断面図である。
【図5】電子制御クラッチ装置の電磁石への電流と、主クラッチの第1摩擦板と第2摩擦板との間の摩擦係合トルクとの、予め定められた関係を示す図である。
【図6】図1の電子制御装置の信号処理によって実行される制御機能の要部を説明するための機能ブロック線図である。
【図7】トランスアクスルオイルの温度と、電子制御カップリング装置の目標摩擦係合トルクとの、予め定められた関係を示す図である。
【図8】図1の電子制御装置の信号処理によって実行される制御作動の要部を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は説明を容易にするために適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【実施例】
【0019】
図1は、本発明が適用された4輪駆動車両用動力伝達装置(以下、動力伝達装置と記載する)10を備える4輪駆動車両12の駆動系の構成を概念的に示す図である。図1において、4輪駆動車両12は、その前側に設けられた例えば内燃機関などにより構成される良く知られたエンジン(駆動源)14と、そのエンジン14の後段に設けられた動力伝達装置10と、4輪駆動車両12の前後にそれぞれ設けられて動力伝達装置10によりそれぞれ回転駆動される左右一対の前輪用車軸16および後輪用車軸18と、その左右一対の前輪用車軸16および後輪用車軸18にそれぞれ連結された左右一対の前輪20および後輪22とを、備えている。
【0020】
上記動力伝達装置10は、エンジン14の動力を変速して伝達する良く知られた所謂遊星歯車式の自動変速機24と、その自動変速機24から伝達された動力を前輪20側および後輪22側の動力伝達経路にそれぞれ出力する中央差動歯車装置26と、その中央差動歯車装置26の差動を制限する差動制限装置28と、中央差動歯車装置26によって前輪20側の動力伝達経路に出力された動力を左右の前輪用車軸16にそれぞれ分配する前輪用差動歯車装置(第1差動歯車装置)30と、中央差動歯車装置26によって後輪22側の動力伝達経路に出力された動力をプロペラシャフト32へ伝達するトランスファ装置34と、プロペラシャフト32を介してトランスファ装置34から伝達された動力を左右の後輪用車軸18にそれぞれ分配する後輪用差動歯車装置36とを、備えている。これら自動変速機24、中央差動歯車装置26、差動制限装置28、前輪用差動歯車装置30、およびトランスファ装置34は、共通のトランスアクスルケース38内に収容されている。上記後輪用差動歯車装置36は、良く知られた所謂傘歯車式の差動歯車装置であって、左右の後輪用車軸18の差動を許容しつつそれらを回転駆動するものである。なお、上記前輪20は、本発明における前輪および後輪の一方に相当し、また上記後輪22は、本発明における前輪および後輪の他方に相当するものである。
【0021】
図2は、図1の動力伝達装置10の一部の実際の構成を示す断面図である。図3は、図2の主要部すなわち車両前側の一部を拡大して示す拡大断面図である。
【0022】
図3において、中央差動歯車装置26および前輪用差動歯車装置30は、共通のデフケース40内に収容された中央差動歯車機構42および前輪用差動歯車機構44をそれぞれ備えている。上記デフケース40は、両端部の外周面に嵌め着けられた一対の第1テーパードローラーベアリング46を介してトランスアクスルケース38によって軸心C1まわりの回転可能に支持された円筒状ケースである。そして、デフケース40の外周部には、自動変速機24の図示しない出力歯車と噛み合わされた円筒形状のデフリングギヤ48が固設されている。
【0023】
上記中央差動歯車機構42は、軸心C1方向の一端部に傘歯車部を有し、デフケース40に軸心C1まわりの相対回転可能に支持された第1中央サイドギヤ部材50と、軸心C1方向において第1中央サイドギヤ部材50の傘歯車部に対向する傘歯車部を有し、デフケース40に軸心C1まわりの相対回転不能に連結された第2中央サイドギヤ部材52と、上記第1中央サイドギヤ部材50および第2中央サイドギヤ部材52の傘歯車部にそれぞれ噛み合う状態でデフケース40内に収容された複数の環状歯車であって、デフケース40にそれぞれ径方向に固定された複数本の第1ピニオンシャフト54によりその軸心まわりの回転可能にそれぞれ支持された複数の第1ピニオン56とを、備えている。
【0024】
上記第1中央サイドギヤ部材50の他端部の外周面には、円筒状の第1伝達部材60の一端部が、例えばスプライン嵌合により軸心C1まわりの相対回転不能に連結されており、その第1伝達部材60の他端部の外周面には、第2テーパードローラーベアリング58を介してトランスアクスルケース38によって軸心C1まわりの回転可能に支持された後述のカバー部材96が例えばスプライン嵌合により軸心C1まわりの相対回転不能に連結されている。また、上記第2中央サイドギヤ部材52の一端部の外周面には、円筒状の第2伝達部材62の一端部が例えばスプライン嵌合により軸心C1まわりの相対回転不能に連結されており、その第2伝達部材62の他端部の外周面には、後述の電子制御カップリング装置69の内周側円筒状部材72が例えばスプライン嵌合により軸心C1まわりの相対回転不能に連結されている。
【0025】
以上のような中央差動歯車機構42を備える中央差動歯車装置26は、自動変速機24(図1参照)を介してエンジン14からデフケース40に伝達された動力を、前輪20(図1参照)と共に回転可能に連結されたデフケース40と、後輪20(図1参照)と共に回転可能に連結されたカバー部材96とに対して、それぞれ伝達する。その際、中央差動歯車装置26は、デフケース40およびカバー部材96の差動を許容しつつそれらを回転駆動するように作動する。
【0026】
前記前輪用差動歯車機構44は、軸心C1方向において相対向する状態で第2中央サイドギヤ部材52の内周側に設けられた一対の傘歯車であって、軸心C1まわりの回転可能に設けられた一対の前輪用サイドギヤ64と、その一対の前輪用サイドギヤ64にそれぞれ噛み合う状態で第2中央サイドギヤ部材52の内周側に設けられた複数の傘歯車であって、その第2中央サイドギヤ部材52にそれぞれ径方向に固定された複数本の第2ピニオンシャフト66によりその軸心まわりの回転可能にそれぞれ支持された複数の第2ピニオン68とを、備えている。
【0027】
上記一対の前輪用サイドギヤ64の一方の内周面には、図面の右側に配置された一方の前輪用車軸16が例えばスプライン嵌合により軸心C1まわりの相対回転不能に連結されている。また、他方の前輪用サイドギヤ64の内周面には、他方の前輪用車軸16が例えばスプライン嵌合により軸心C1まわりの相対回転不能に連結されている。
【0028】
以上のような前輪用差動歯車機構44を備える前輪用差動歯車装置30は、中央差動歯車装置26によって伝達された動力を左右の前輪用車軸16にそれぞれ伝達する。その際、前輪用差動歯車装置30は、左右の前輪用車軸16の差動を許容しつつそれらを回転駆動するように作動する。
【0029】
図4は、図3のIV矢視部の2点鎖線で囲まれた部分を拡大して示す拡大断面図である。図4において、前記差動制限装置28は、中央差動歯車装置26(図3参照)の差動制限トルクを調節するための電子制御カップリング装置(摩擦係合装置)69を備えている。この電子制御カップリング装置69は、前記中央差動歯車装置26の第1中央サイドギヤ部材50と共に回転する外周側円筒状部材70と、第2中央サイドギヤ部材52と共に回転する内周側円筒状部材72と、電磁石74と、その電磁石74の吸引力にしたがって外周側円筒状部材70および内周側円筒状部材72と共にそれぞれ回転する第1摩擦部材76と第2摩擦部材78との間にパイロット摩擦トルクを発生させるパイロットクラッチ80と、そのパイロットクラッチ80のパイロット摩擦トルクを軸心C1方向の押圧力に変換するカム装置82と、そのカム装置82からの押圧力にしたがって内周側円筒状部材72および外周側円筒状部材70間に差動制限トルクを発生させる主クラッチ84とを有している。
【0030】
上記外周側円筒状部材70は、図3に示すように、その一端部の外周面に嵌め着けられた第3テーパードローラーベアリング86を介してトランスアクスルケース38に固定された円筒状支持部材88によって、軸心C1まわりの回転可能に設けられている。そして、外周側円筒状部材70の内周面には、軸心C1方向に平行な内周歯90が軸心C1まわりの等間隔に複数形成されている。なお、外周側円筒状部材70は、電磁石74により磁気回路を好適に形成させるために、たとえば軽合金などの非磁性材料から構成されている。
【0031】
前記内周側円筒状部材72は、外周側円筒状部材70の内周側に設けられ、一端部の外周面に嵌め着けられた第1ベアリング92を介して外周側円筒状部材70に相対回転可能に支持されている。そして、内周側円筒状部材72の外周面には、軸心C1方向に平行な外周歯94が軸心C1まわりの等間隔に複数形成されている。なお、内周側円筒状部材72および外周側円筒状部材70は、本発明における入出力回転部材に相当するものである。
【0032】
外周側円筒状部材70の他端部の内周面には、円筒状のカバー部材96の一端部が例えばスプライン嵌合により相対回転不能に連結されている。このカバー部材96の一端部の内周面と内周側円筒状部材72の他端部の外周面との間には、第2ベアリング98が設けられており、カバー部材96と内周側円筒状部材72とは、相対回転可能に設けられている。上記カバー部材96は、珪素鋼などの磁性体金属製の外周側カバー部材100および内周側カバー部材102と、それらの間に圧入された非磁性ステンレス鋼の圧入部材104とにより一体的に構成されている。そして、上記外周側カバー部材100と内周側カバー部材102との間には、カバー部材96の一端部側に開く有底の円環状溝106が形成されている。そして、外周側円筒状部材70の一端部の内周面と内周側円筒状部材72の一端部の外周面との間、外周側円筒状部材70の他端部の内周面とカバー部材96の一端部の内周面との間、およびカバー部材の一端部の内周面と内周側円筒状部材72の他端部の外周面との間には、第1シール部材108、第1Oリング110、および第2シール部材112が設けられている。これにより、外周側円筒状部材70と内周側円筒状部材72との間に油密な空間が形成されている。この空間には、パイロットクラッチ80、カム装置82、および主クラッチ84のための潤滑油が充填されている。
【0033】
前記電磁石74は、前記カバー部材96の円環状溝106内に嵌め入れられた珪素鋼などの磁性体金属から成る円環状のヨーク部材114と、そのヨーク部材114の円環状溝106の底面側の一端部に固定された円環状のコイル116とから構成されている。この電磁石74は、その外周面および内周面が円環状溝106の側壁面との間で極めて僅かな隙間を隔てた状態でカバー部材96に対して相対回転可能とされている。そして、上記ヨーク部材114には、例えばトランスアクスルケース等の非回転部材とある程度の相対移動可能に係合させられた図示しない係合ピンが固設されており、電磁石74は、カバー部材96と共に連れ回ることが防止されている。そして、上記コイル116には、後述の電子制御装置160(図1参照)から電流iを供給するための電線118がつながっている。この電線118通じてコイル116に電流iが流されると、その間だけ図4に2点差線で示す磁気回路が形成される。
【0034】
前記パイロットクラッチ80は、外周側円筒状部材70の内周歯90に対して軸心C1まわりの相対回転不能に係合された複数枚の円環板状の第1摩擦部材76と、軸心C1方向において上記複数枚の第1摩擦部材76間に設けられた円環板状の第2摩擦部材78と、上記第1摩擦部材76および第2摩擦部材78に対して電磁石74とは反対側に設けられ、電磁石74によって前記磁気回路が発生させられることにより電磁石74側に吸引される磁性体金属製の副押圧部材120とを備えている。このパイロットクラッチ80は、副押圧部材120が電磁石74側に吸引されて第1摩擦部材76と第2摩擦部材78とが摩擦係合することによって、その第1摩擦部材76と第2摩擦部材78との間にパイロット摩擦トルクを発生させる。
【0035】
前記カム装置82は、パイロットクラッチ80の第2摩擦部材78の内周部に対して軸心C1まわりの相対回転不能に係合された円環板状部材122と、その円環板状部材122に隣接して周方向に複数設けられた球状カム124と、軸心C1方向において球状カム124を介して円環板状部材122に対向して設けられ、内周側円筒状部材72の外周歯94に対して軸心C1まわりの相対回転不能に係合された円環板状の主押圧部材126とを備えている。このカム装置82は、前記パイロット摩擦トルクが発生することにより外周側円筒状部材70と共に回転する円環板状部材122と、内周側円筒状部材72と共に回転する主押圧部材126とが、相対回転することによって、主押圧部材126を球状カム124により円環板状部材122から離れる方向へ移動させる。
【0036】
前記主クラッチ84は、外周側円筒状部材70の内周歯90に対して軸心C1まわりの相対回転不能に係合され、軸心C1方向において主押圧部材126に対して球状カム124とは反対側に複数枚重ねて設けられた円環板状の第1摩擦板128と、内周側円筒状部材72の外周歯94に対して軸心C1まわりの相対回転不能に係合され、上記複数枚の第1摩擦板128間に設けられた複数枚の円環板状の第2摩擦板130とを備えている。この主クラッチ84は、主押圧部材126が主クラッチ84側に移動することにより第1摩擦板128および第2摩擦板130が主押圧部材126と外周側円筒状部材70の段付端面との間に挟まれて、第1摩擦板128と第2摩擦板130との間に摩擦係合トルクTが発生することによって、外周側円筒状部材70と内周側円筒状部材72との間に上記摩擦係合トルクTの大きさに比例する大きさの差動制限トルクを発生させる。
【0037】
以上のように構成された電子制御カップリング装置69は、電子制御装置160(図1参照)により、例えば図5に示すような予め定められた関係に従って電磁石74への電流iが制御されて、主クラッチ84の第1摩擦板128と第2摩擦板130との間の摩擦係合トルクTが変化させられることにより、外周側円筒状部材70と内周側円筒状部材72との間の差動制限トルクを調節する。上記外周側円筒状部材70と内周側円筒状部材72との間の差動制限トルクを調節することは、外周側円筒状部材70と共に回転する第1中央サイドギヤ部材50、および内周側円筒状部材72と共に回転する第2中央サイドギヤ部材52の間の差動制限トルクを調節することに等しく、すなわち、中央差動歯車装置26の差動制限トルクを調節することに等しい。本実施例の電子制御カップリング装置69は、電気的なエネルギを用いて機械的な仕事をする装置であり、本発明における電気アクチュエータを有する摩擦係合装置に相当するものである。
【0038】
なお、電子制御カップリング装置69において、第1摩擦板128と第2摩擦板130との間に発生する摩擦熱の熱量は、摩擦係合トルクTが大きいほど大きくなる。そして、上記摩擦熱は、外周側円筒状部材70を介してその外周側の空間すなわち後述の環状空間152に貯溜されたハイポイドギヤオイルへ伝達されるとともに、内周側円筒状部材72を介してその内周側の空間すなわち後述の環状隙間146に貯溜されたトランスアクスルオイルへ伝達される。また、電磁石74のコイル116は、電流iが流されると熱を発生し、その熱量は、電流iが大きいほど大きくなる。そして、上記熱は、ハイポイドギヤオイルおよびトランスアクスルオイルへ伝達される。
【0039】
図2および図3において、前記トランスファ装置34は、外周側円筒状部材70の外周面から外周側へ突設された円環状フランジ部132に例えばボルトにより固定された環状円錐形状のリングギヤ134と、そのリングギヤ134と噛み合わされた傘歯車であるピニオン部136を一端部に有し、一対の第4テーパードローラーベアリング138を介して軸心C2まわりに回転可能に設けられた動力伝達シャフト140とを備えている。上記リングギヤ134およびピニオン部136は、互いに食い違う軸心C1と軸心C2との間で噛み合うハイポイドギヤ対を構成している。上記動力伝達シャフト140の他端部には、図1に示すように、プロペラシャフト32の一端部が連結されている。このトランスファ装置34は、電子制御カップリング装置69からリングギヤ134に伝達された動力を、動力伝達シャフト140を介して前記プロペラシャフト32へ伝達する。
【0040】
ここで、自動変速機24、中央差動歯車装置26、および前輪用差動歯車装置30は、トランスアクスルケース38内に貯溜されたトランスアクスルオイルにより潤滑され、またトランスファ装置34は、上記トランスアクスルオイルとは別のハイポイドギヤオイルにより潤滑されるようになっている。以下では、動力伝達装置10の潤滑構造について説明する。
【0041】
図3において、前記トランスアクスルケース38は、前記一方の前輪用車軸16の外周側において、前輪用差動歯車装置30およびそれに隣接する中央差動歯車装置26をトランスアクスルオイル(潤滑油)に半浸状態で収容する第1潤滑油貯溜室142を備えている。この第1潤滑油貯溜室142は、デフケース40の内周面により構成されている。また、第1潤滑油貯溜室142は、自動変速機24や第1テーパードローラーベアリング46などがトランスアクスルオイルに半浸状態で収容されている空間144に対して、デフケース40に形成された図示しない穴を通じて連通されている。
【0042】
また、トランスアクスルケース38は、中央差動歯車装置26に対して前輪用差動歯車装置30とは反対側において、第2伝達部材62および内周側円筒状部材72と前輪用車軸16との間に形成されて、電子制御カップリング装置69(内周側円筒状部材72)をトランスアクスルオイルに半浸状態で収容する環状隙間146を備えている。この環状隙間146は、後述の環状隙間146と前輪用車軸16との間に形成されている。
【0043】
また、トランスアクスルケース38は、電子制御カップリング装置69に対して中央差動歯車装置26とは反対側において、円筒状支持部材88と前輪用車軸16との間に形成され、前記環状隙間146を通じて前記第1潤滑油貯溜室142と連通された第2潤滑油貯溜室148と、トランスアクスルケース38の内周面のうち中央差動歯車装置26側の第1テーパードローラーベアリング46に隣接し且つトランスアクスルオイルに没する位置に一端が開口するとともに、第2潤滑油貯溜室148のうちトランスアクスルオイルに没する位置に他端が開口する環流油路150とを備えている。なお、上記環流油路150は、図2および図3において2点差線で示されているが、これは、実線で示される断面とは異なる断面内においてトランスアクスルケース38内に形成されていることを示している。
【0044】
上記空間144、第1潤滑油貯溜室142、環状隙間146、第2潤滑油貯溜室148の内部に収容された部材は、トランスアクスルオイルにより潤滑されるようになっている、そして、各空間内に貯溜されたトランスアクスルオイルは、前記中央差動歯車装置26側の第1テーパードローラーベアリング46のポンプ作用により、第1潤滑油貯溜室142、環状隙間146、第2潤滑油貯溜室148、および環流油路150をそれぞれ通じてトランスアクスルケース38内に環流するようになっている。
【0045】
また、トランスアクスルケース38は、トランスアクスルオイルが貯溜された空間、すなわち空間144、第1潤滑油貯溜室142、環状隙間146、第2潤滑油貯溜室148、および環流油路150とは隔離され、電子制御カップリング装置69の外周側円筒状部材70の外周側に油密に形成された環状空間152を備えている。上記環状空間152には、トランスファ装置34のハイポイドギヤ対であるリングギヤ134およびピニオン部136を潤滑するためのハイポイドギヤオイルが貯溜されており、上記リングギヤ134およびピニオン部136は、上記ハイポイドギヤオイルに半浸状態で環状空間152内に収容されている。なお、環状空間152をトランスアクスルオイルが貯溜された空間とは隔離して形成するために、外周側円筒状部材70の一端部の外周面と円筒状支持部材88の内周面との間、第1伝達部材60の外周面とトランスアクスルケース38の内周面との間、および第1伝達部材60の内周面とカバー部材96の外周面との間には、第3シール部材154、第4シール部材156、および第2Oリング158が設けられている。なお、主として環状隙間146および第2潤滑油貯溜室148内のトランスアクスルオイルは、上記環状空間152に貯溜されたハイポイドギヤオイルとの間で熱交換を行うようになっている。
【0046】
図1に戻って、電子制御装置160は、動力伝達装置10の制御装置として機能するものであり、CPU、ROM、RAM、及び入出力インターフェースなどから成る所謂マイクロコンピュータを複数含んで構成され、RAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、良く知られたエンジン出力制御および変速制御、および電子制御カップリング装置69の摩擦係合トルク制御などを実行する。上記摩擦係合トルク制御とは、電子制御カップリング装置69の主クラッチ84の第1摩擦板128と第2摩擦板130との間の摩擦係合トルクTを変化させて中央差動歯車装置26の差動制限トルクを調節するための制御である。上記電子制御装置160には、トランスアクスルケース38内のトランスアクスルオイルの温度Toilを検出する油温センサ162、左右一対の前輪20および後輪22の各回転速度Nをそれぞれ検出する車輪速センサ164、および4輪駆動車両12の車両加速度Gを検出する加速度センサ166等から、温度Toil、回転速度N、および車両加速度G等を表す信号がそれぞれ供給される。そして、電子制御装置160からは、電磁石74への電流iなどが供給される。なお、上記電流iは、第1摩擦板128と第2摩擦板130との間の摩擦係合トルクTを変化させるための指令信号に相当するものである。
【0047】
図6は、電子制御装置160の信号処理によって実行される制御機能の要部を説明するための機能ブロック線図である。図6に示すように、電子制御装置160は、電子制御カップリング装置69の第1摩擦板128と第2摩擦板130との間の摩擦係合トルクTを変化させて中央差動歯車装置26の差動制限トルクを調節するための制御機能として、差動制限要否判定手段168、油温判定手段170、および摩擦係合トルク制御手段172を機能的に備えている。以下、これら制御機能による制御について説明する。
【0048】
差動制限要否判定手段168は、予め実験等により求められて記憶された関係から、前輪20および後輪22の各回転速度N、および車両加速度Gに基づいて、4輪駆動車両12の4輪駆動性能を確保するために前輪20および後輪22の差動を制限させる要求が為されているか否かを判定する。
【0049】
油温判定手段170は、トランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第1判定温度(判定温度)Toil_1以上であるか否かを判定する。上記第1判定温度Toil-1は、トランスアクスルケース38内に収容された各装置を保護するために許容されるトランスアクスルオイルの上限温度として、予め実験的に求められて記憶された値である。
【0050】
また、油温判定手段170は、トランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第2判定温度Toil_2よりも低いか否かを判定する。上記第2判定温度Toil-2は、トランスアクスルオイルの温度Toilが低すぎることでトランスアクスルケース38内に収容された各装置の回転抵抗が増大し、4輪駆動車両12の車両燃費が低下することを防止するための温度範囲の下限値として、予め実験的に求められて記憶された値である。
【0051】
摩擦係合トルク制御手段172は、油温判定手段170においてトランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第1判定温度Toil_1以上であると判定された場合には、電子制御カップリング装置69の第1摩擦板128と第2摩擦板130とを係合させない、すなわち電子制御カップリング装置69を非係合状態とするために、電磁石74への電流iの供給を停止する。
【0052】
また、摩擦係合トルク制御手段172は、油温判定手段170においてトランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第1判定温度Toil_1よりも低い(小さい)と判定され、且つ差動制限要否判定手段168において4輪駆動車両12の4輪駆動性能を確保するために前輪20および後輪22の差動を制限させる要求が為されていると判定された場合には、電子制御カップリング装置69を係合状態とする。
【0053】
また、摩擦係合トルク制御手段172は、差動制限要否判定手段168において4輪駆動車両12の4輪駆動性能を確保するために前輪20および後輪22の差動を制限させる要求が為されていないと判定され、且つ油温判定手段170においてトランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第2判定温度Toil_2よりも低い(小さい)と判定された場合には、例えば、図7に示す予め定められた関係から、トランスアクスルオイルの温度Toilに基づいて、電子制御カップリング装置69の目標摩擦係合トルクTを算出し、図5に示す予め定められた関係から、上記算出された目標摩擦係合トルクTに基づいて、電磁石74への電流iを算出し、その算出された電流iを電磁石74へ供給して、電子制御カップリング装置69に所定の摩擦係合トルクTを発生させる。本実施例の電子制御カップリング装置69は、図7の関係に示されるように、トランスアクスルオイルの温度Toilが低くなるほど第1摩擦板128と第2摩擦板130との摩擦係合トルクTを高めるよう作動する。
【0054】
また、摩擦係合トルク制御手段172は、差動制限要否判定手段168において4輪駆動車両12の4輪駆動性能を確保するために前輪20および後輪22の差動を制限させる要求が為されていないと判定され、且つ油温判定手段170においてトランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第1判定温度Toil_1よりも低く且つ第2判定温度Toil_2以上であると判定された場合には、電子制御カップリング装置69を非係合状態とする。
【0055】
図8は、電子制御装置160の信号処理によって実行される制御作動の要部を説明するフローチャートである。このフローチャートは、トランスアクスルオイルの温度Toilに応じて第1摩擦板128と第2摩擦板130との摩擦係合トルクTを変化させるための制御作動を説明するためのものであり、例えば、数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。
【0056】
図8において、先ず、油温判定手段170に対応するステップ(以下、「ステップ」を省略する)S1においては、トランスアクスルオイルの温度Toilが、トランスアクスルケース38内に収容された各装置を保護するために許容される上限温度として予め定められた第1判定温度Toil_1以上であるか否かが判定される。
【0057】
S1の判定が肯定される場合には、摩擦係合トルク制御手段172に対応するS2において、電子制御カップリング装置69の第1摩擦板128と第2摩擦板130とを係合させない、すなわち電子制御カップリング装置69を非係合状態とするために、電磁石74への電流iの供給が停止される。
【0058】
S1の判定が否定される場合には、差動制限要否判定手段168に対応するS3において、予め実験等により求められて記憶された関係から、前輪20および後輪22の各回転速度N、および車両加速度Gに基づいて、4輪駆動車両12の4輪駆動性能を確保するために前輪20および後輪22の差動を制限させる要求が為されているか否かが判定される。
【0059】
S3の判定が肯定される場合には、摩擦係合トルク制御手段172に対応するS4において、4輪駆動性能を確保するために、電子制御カップリング装置69の第1摩擦板128と第2摩擦板130とが係合させられて前輪20および後輪22の差動が制限させられる。
【0060】
S3の判定が否定される場合には、油温判定手段170に対応するS5において、トランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第2判定温度Toil_2よりも低いか否かが判定される。
【0061】
S5の判定が肯定される場合には、摩擦係合トルク制御手段172に対応するS6において、図7に示す予め定められた関係から、トランスアクスルオイルの温度Toilに基づいて、電子制御カップリング装置69の目標摩擦係合トルクTが算出され、図5に示す予め定められた関係から、上記算出された目標摩擦係合トルクTに基づいて、電磁石74への電流iが算出され、その算出された電流iが電磁石74へ供給される。電子制御カップリング装置69の摩擦係合トルクTは、トランスアクスルオイルの温度Toilが低くなるほど高められる。
【0062】
S5の判定が否定される場合には、摩擦係合トルク制御手段172に対応するS7において、電子制御カップリング装置69を非係合状態とするために、電磁石74への電流iの供給が停止されて、本ルーチンが終了させられる。
【0063】
本実施例の動力伝達装置10の制御装置としての電子制御装置160によれば、動力伝達装置10の中央差動歯車装置26の差動を制限する差動制限装置28は、電磁石74への電流iを制御して第1摩擦板128および第2摩擦板130間の摩擦係合トルクTを変化させることにより、中央差動歯車装置26の差動制限トルクを調節する電子制御カップリング装置(摩擦係合装置)69を備えたものであり、トランスアクスルオイル(トランスアクスルケース内の潤滑油)の温度Toilに応じて電子制御カップリング装置69の第1摩擦板128および第2摩擦板130間の摩擦係合トルクTを変化させる摩擦係合トルク制御手段172を備えることから、部品の変更や追加することなく、その摩擦係合トルクTを調節することによって第1摩擦板128および第2摩擦板130から発生する摩擦熱が調節されて、トランスアクスルケース38内のトランスアクスルオイルおよびハイポイドギヤオイルに伝達される熱量が調節されるので、それらトランスアクスルオイルおよびハイポイドギヤオイルの温度を好適に調節することができる。
【0064】
また、本実施例の電子制御装置160によれば、それに含まれる摩擦係合トルク制御手段172により摩擦係合トルクTが制御される電子制御カップリング装置69は、トランスアクスルオイル(トランスアクスルケース内の潤滑油)の温度Toilが低くなるほど第1摩擦板128および第2摩擦板130間の摩擦係合トルクTを高めることから、トランスアクスルオイルの温度Toilが低くなるほど第1摩擦板128および第2摩擦板130から発生する摩擦熱が大きくされるので、例えば、トランスアクスルオイルの温度Toilが低い場合にはその温度Toilの上昇を早めることができ、また、トランスアクスルオイルの温度Toilが高い場合にはその温度Toilを下げる、又はその温度Toilの上昇を抑制することができる。
【0065】
また、本実施例の電子制御装置160によれば、それに含まれる摩擦係合トルク制御手段172により摩擦係合トルクTが制御される電子制御カップリング装置69は、トランスアクスルオイルの温度Toilが、トランスアクスルケース38内に収容された各装置を保護するために許容されるトランスアクスルオイルの上限温度として予め定められた第1判定温度(判定温度)Toil-1以上である場合には、第1摩擦板128および第2摩擦板130の摩擦係合を解除し、トランスアクスルオイルの温度Toilが予め定められた第1判定温度(判定温度)Toil-1よりも小さく、且つ4輪駆動車両12の4輪駆動性能を確保するために前輪20および後輪22の差動を制限させる要求が為されていない場合には、トランスアクスルオイルの温度Toilに応じて第1摩擦板128および第2摩擦板130の摩擦係合トルクTを変化させることから、トランスアクスルオイルの温度Toilが前記上限温度よりも小さいときだけ電子制御カップリング装置69の摩擦熱がトランスアクスルオイルおよびハイポイドギヤオイルに伝達されるので、トランスアクスルケース38内に収容された各装置を好適に保護することができる。
【0066】
また、本実施例の電子制御装置160によれば、電子制御カップリング装置69は、電磁石74の吸引力にしたがって、入出力回転部材としての外周側円筒状部材70および内周側円筒状部材72と共にそれぞれ回転する第1摩擦部材76と第2摩擦部材78との間に、パイロット摩擦トルクを発生させるパイロットクラッチ80と、そのパイロットクラッチ80のパイロット摩擦トルクを軸心C1方向の押圧力に変換するカム装置82と、そのカム装置82からの押圧力にしたがって、内周側円筒状部材72および外周側円筒状部材70間に摩擦係合トルクTを発生させて、中央差動歯車装置26の差動制限トルクを調節する主クラッチ84とを有する電磁式クラッチであることから、第1摩擦板128および第2摩擦板130の摩擦係合により発生する摩擦熱に加えて、電磁石74に電流が流れることにより発生する熱がトランスアクスルケース内のトランスアクスルオイルおよびハイポイドギヤオイルに伝達されるので、トランスアクスルオイルおよびハイポイドギヤオイルの温度が低い場合にはその温度の上昇を早めることができる。
【0067】
また、本実施例の電子制御装置160によれば、前輪用差動歯車装置30および中央差動歯車装置26の共通のデフケース40は、一対の第1テーパードローラーベアリング46により回転可能に支持されており、トランスアクスルケース38は、トランスアクスルオイルが貯溜された空間とは隔離して電子制御カップリング装置69の外周側円筒状部材70の外周側に油密に形成され、トランスファ装置34のハイポイドギヤ対を潤滑するためのハイポイドギヤオイルが貯溜された環状空間152と、前輪用差動歯車装置30および中央差動歯車装置26をトランスアクスルオイル(潤滑油)に半浸状態で収容し、自動変速機24や第1テーパードローラーベアリング46などがトランスアクスルオイルに半浸状態で収容されている空間144に連通された第1潤滑油貯溜室142と、環状隙間146と前輪用車軸16との間すなわち第2伝達部材62および内周側円筒状部材72と前輪用車軸16との間に形成されて、電子制御カップリング装置69をトランスアクスルオイルに半浸状態で収容する環状隙間146と、円筒状支持部材88と前輪用車軸16との間に形成され、前記環状隙間146を通じて前記第1潤滑油貯溜室142と連通された第2潤滑油貯溜室148と、トランスアクスルケース38の内周面のうち第1テーパードローラーベアリング46に隣接し且つトランスアクスルオイルに没する位置に一端が開口するとともに、第2潤滑油貯溜室148のうちトランスアクスルオイルに没する位置に他端が開口する環流油路150とを備えており、トランスアクスルオイルは、前記第1テーパードローラーベアリング46のポンプ作用により、第1潤滑油貯溜室142、環状隙間146、第2潤滑油貯溜室148、および環流油路150をそれぞれ通じてトランスアクスルケース38内に環流するようになっている。そのため、トランスアクスルケース内のトランスアクスルオイルの温度Toilを全体的に均一にすることができ、上記トランスアクスルオイルとハイポイドギヤオイルとの熱交換が好適に安定化される。
【0068】
以上、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明したが、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、別の態様でも実施され得る。
【0069】
たとえば、自動変速機24は、遊星歯車式自動変速機であったが、それに限らず、例えば、常時噛合型の平行軸式変速機、およびベルト式やトロイダル式等の無段変速機などの他の形式の変速機であってもよい。
【0070】
4輪駆動車両12は、車両前側にトランスアクスルを有するFFを基本とする4輪駆動車両であったが、それに限らず、例えば、車両後側にトランスアクスルを有するRRを基本とする4輪駆動車両などの他の駆動方式を採用するものであってもよい。
【0071】
4輪駆動車両12の駆動源は、エンジン14に限らず、例えば電動機を含むものであってもよい。
【0072】
なお、上述したのはあくまでも一実施形態であり、その他一々例示はしないが、本発明は、その主旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づいて種々変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0073】
10:4輪駆動車両用動力伝達装置
20:前輪
22:後輪
26:中央差動歯車装置
28:差動制限装置
30:前輪用差動歯車装置(第1差動歯車装置)
34:トランスファ装置
38:トランスアクスルケース
40:デフケース
46:第1テーパードローラーベアリング(テーパードローラーベアリング)
64:前輪用サイドギヤ(サイドギヤ)
69:電子制御カップリング装置(摩擦係合装置)
74:電磁石
72:内周側円筒状部材(入力回転部材)
70:外周側円筒状部材(出力回転部材)
76:第1摩擦部材(摩擦部材)
78:第2摩擦部材(摩擦部材)
80:パイロットクラッチ
82:カム装置
84:主クラッチ
128:第1摩擦板
130:第2摩擦板
142:第1潤滑油貯溜室
146:環状隙間
148:第2潤滑油貯溜室
150:環状空間
152:環流油路
160:電子制御装置(制御装置)
C1:軸心
T:摩擦係合トルク
Toil:温度(潤滑油の温度)
Toil-1:第1判定温度(判定温度)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源から伝達された動力を前輪および後輪にそれぞれ伝達する中央差動歯車装置と、該中央差動歯車装置の差動を制限する差動制限装置と、前記中央差動歯車装置によって前記前輪および後輪の一方へ伝達される動力を左右の車輪へ分配する第1差動歯車装置と、前記中央差動歯車装置によって前記前輪および後輪の他方へ伝達される動力を該他方の車輪のための第2差動歯車装置へ伝達するトランスファ装置とを共通のトランスアクスルケース内に収容した4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置であって、
前記差動制限装置は、前記前輪および後輪と共に回転可能に連結された第1および第2摩擦板を有し、指令信号によって該第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることにより前記中央差動歯車装置の差動制限トルクを調節する電気アクチュエータを有する摩擦係合装置を備えたものであり、
該電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、前記トランスアクスルケース内の潤滑油の温度に応じて前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることを特徴とする4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項2】
前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、前記潤滑油の温度が低くなるほど前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを高めることを特徴とする請求項1の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項3】
前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、前記潤滑油の温度が予め定められた判定温度以上である場合には、前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合を解除し、
前記潤滑油の温度が前記判定温度よりも小さく、且つ車両の4輪駆動性能を確保するために前記前輪および後輪の差動を制限させる要求が為されていない場合には、前記潤滑油の温度に応じて前記第1および第2摩擦板間の摩擦係合トルクを変化させることを特徴とする請求項1または2の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項4】
前記電気アクチュエータを有する摩擦係合装置は、電磁石の吸引力にしたがって入出力回転部材とともにそれぞれ回転する摩擦部材間にパイロット摩擦トルクを発生させるパイロットクラッチと、該パイロットクラッチのパイロット摩擦トルクを軸心方向の押圧力に変換するカム装置と、該カム装置からの押圧力にしたがって前記入出力回転部材間に前記差動制限トルクを発生させる主クラッチとを有する電子制御カップリング装置であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置。
【請求項5】
前記トランスファ装置は、前記潤滑油が貯溜された空間とは隔離して前記差動制限装置の外周側に油密に形成された環状空間内において、該環状空間内に貯溜されたハイポイドギヤオイルに半浸状態で設けられたハイポイドギヤ対を備え、
前記中央差動歯車装置のデフケースは、少なくとも1つのテーパードローラーベアリングを介して前記トランスアクスルケースによって回転可能に支持され、
前記トランスアクスルケースは、前記第1差動歯車装置の一対のサイドギヤと前記前輪および後輪の一方の左右の車輪とをそれぞれ連結する一対の車軸のうち一方の車軸の外周側において、前記中央差動歯車装置を前記第1差動歯車装置に隣接して前記潤滑油に半浸状態で収容する第1潤滑油貯溜室と、前記中央差動歯車装置に対して前記第1差動歯車装置とは反対側において前記環状空間と前記一方の車軸との間に形成されて、前記差動制限装置を前記潤滑油に半浸状態で収容する環状隙間と、前記差動制限装置に対して前記中央差動歯車装置とは反対側に形成され、前記環状隙間を通じて前記第1潤滑油貯溜室と連通された第2潤滑油貯溜室と、前記トランスアクスルケースの内周面のうち前記テーパードローラーベアリングに隣接し且つ前記潤滑油に没する位置に一端が開口するとともに、前記第2潤滑油貯溜室のうち前記潤滑油に没する位置に他端が開口する環流油路とを備え、
前記潤滑油は、前記テーパードローラーベアリングのポンプ作用により、前記第1潤滑油貯溜室、前記環状隙間、前記第2潤滑油貯溜室、および前記環流油路をそれぞれ通じて前記トランスアクスルケース内に環流することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1の4輪駆動車両用動力伝達装置の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−174546(P2011−174546A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39423(P2010−39423)
【出願日】平成22年2月24日(2010.2.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】