説明

インホイールモータ車用のブレーキ装置

【課題】油圧ポンプの出力する油圧が低下した場合にも必要な制動力を発生することができるインホイールモータ車用のブレーキ装置の提供。
【解決手段】本発明は、車輪を回転駆動するモータ60をホイール内に備えるインホイールモータ車用のブレーキ装置において、モータの出力軸に接続され、モータの回転出力により作動する油圧ポンプ90と、車輪に作用する摩擦部材52と、油圧シリンダ55と、前記油圧シリンダ内に設けられるピストン51と、前記ピストンを摩擦部材に向けて付勢する付勢手段812とを含み、前記摩擦部材に対するピストンの押圧力により車輪に制動力を付与する油圧ブレーキ機構800と、前記油圧シリンダに油圧ポンプを連通し、前記油圧シリンダに、前記付勢手段による付勢力に対抗して前記ピストンを付勢する油圧を導通させる油圧回路300と、前記油圧シリンダ内に導かれる油圧を制御して、前記摩擦部材に対するピストンの押圧力を変化させる油圧制御手段(410等)とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪を回転駆動するモータをホイール内に備えるインホイールモータ車用のブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、マスタシリンダからの液圧で作動される液圧式ブレーキ機構にパーキングブレーキ機構としての機械式ブレーキ機構を併設してブレーキ装置において、カム溝を形成したカムシャフトをキャリパに設け、このカムシャフトをブレーキレーバーで回動し、前記カム溝に係合させた従動ロッドを駆動することにより摩擦パッドを機械的に押動して制動作用を行う技術が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開平2−29509号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、近年では、車輪を回転駆動するモータをホイール内に備えるインホイールモータ車が開発されている。このインホイールモータ車においては、モータを車輪の駆動源として機能させるのみならず、油圧ポンプと協働してブレーキ油圧発生源としても機能させる構成が有用である。
【0004】
しかしながら、かかる構成では、モータの回転出力が低下する低車速域では、それに伴って油圧ポンプが出力できる油圧が低下するので、例えば停車に必要な制動力が十分得られないという問題点がある。
【0005】
そこで、本発明は、油圧ポンプの出力する油圧が低下した場合にも必要な制動力を発生することができるインホイールモータ車用のブレーキ装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、第1の発明は、車輪を回転駆動するモータをホイール内に備えるインホイールモータ車用のブレーキ装置において、
モータの出力軸に接続され、モータの回転出力により作動する油圧ポンプと、
車輪に作用する摩擦部材と、油圧シリンダと、前記油圧シリンダ内に設けられるピストンと、前記ピストンを摩擦部材に向けて付勢する付勢手段とを含み、前記摩擦部材に対するピストンの押圧力により車輪に制動力を付与する油圧ブレーキ機構と、
前記油圧シリンダに油圧ポンプを連通し、前記油圧シリンダに、前記付勢手段による付勢力に対抗して前記ピストンを付勢する油圧を導通させる油圧回路と、
前記油圧シリンダ内に導かれる油圧を制御して、前記摩擦部材に対するピストンの押圧力を変化させる油圧制御手段とを備えることを特徴とする。
【0007】
第2の発明は、第1の発明に係るブレーキ装置において、
前記ピストンは、前記油圧シリンダに導かれる油圧が所定値より下回った状態において、前記付勢手段の付勢力の作用により、前記摩擦部材を押圧した状態に保持されることを特徴とする。これにより、油圧ポンプの出力の無い停車時にも制動力を発生することができる。
【0008】
第3の発明は、第1又は2の発明に係るブレーキ装置において、
前記油圧ブレーキ機構は、前記摩擦部材を押圧しない位置に前記ピストンをロックするロック機構を備えることを特徴とする。これにより、制動力の発生が不要な状況下で、油圧ポンプを停止してエネルギ効率を高めることや、油圧ポンプの出力を効率的に利用することが可能となる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、油圧ポンプの出力する油圧が低下した場合にも必要な制動力を発生することができるインホイールモータ車用のブレーキ装置が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための最良の形態の説明を行う。
【実施例1】
【0011】
図1は、本発明によるインホイールモータ車用のブレーキ装置の実施例1が適用された車輪の主要部を示す断面図である。図2(A)は、モータ60の車輪側との接続部を概略的に示す断面図であり、図1のX部の拡大図に相当し、図2(B)は、車軸方向に見た同部を概略的に示す図である。尚、以下の説明では、1つの車輪について説明するが、他の車輪については、特に言及しない限り、同様の構成であってよい。
【0012】
本明細書及び添付の特許請求の範囲において、用語「ホイール内」とは、ホイール10のリム内周面10aより囲繞される略円柱形の空間を意味する。但し、ある部品がホイール内に配置される等の表現は、必ずしも当該部品の全体がホイール内に配置されることを意味せず、部分的にホイール内からはみ出す構成を除外するものではない。
【0013】
インホイールモータ車においては、図1に示すように、ホイール内に駆動用モータ60及びプラネタリギア80が配置される。
【0014】
モータ60は、ステータコア61と、ステータコイル62と、ロータ63とを含む。ステータコア61は、ケース32に固定される。ステータコイル62は、ステータコア61に巻回される。モータ60が三相モータである場合、ステータコイル62は、U相コイル、V相コイルおよびW相コイルからなる。ロータ63は、ステータコア61およびステータコイル62の内周側に配置される。
【0015】
プラネタリギア80は、プラネタリギア80はモータ60の回転の減速機構を構成し、サンギア軸81と、サンギア82と、ピニオンギア83と、プラネタリキャリア84と、リングギア85と、ピン86とを含む。
【0016】
サンギア軸81は、モータ60のロータ63と連結される。サンギア軸81は、ベアリング73,74により回転自在に支持される。サンギア82は、サンギア軸81に連結される。ピニオンギア83は、サンギア82と噛合い、ピン86の外周に配設されたベアリング77により回転自在に支持される。プラネタリキャリア84は、ピニオンギア83に連結され、シャフト110にスプライン嵌合される。プラネタリキャリア84は、ベアリング76により回転自在に支持される。リングギア85は、ケース32に固定される。モータ60のロータ63が回転すると、ピニオンギア83が自転しながらサンギア82回りを公転する。この自転分により、モータ60のロータ63の回転が、プラネタリギア80を介してシャフト110に減速して伝達されることになる。
【0017】
尚、本発明は、モータ60の構成や減速機構について特定するものではなく、如何なるモータ60の構成や減速機構に対しても適用可能である。例えばモータは、図示のようなインナーロータ式のモータである必要はなく、アウターロータ式のモータであってもよい。また、モータ60の回転出力は、例えばプラネタリーギアユニットからなる変速機構を介して出力されるものであってもよい。
【0018】
シャフト110は、ホイールハブ20にスプライン嵌合された出力軸119と協働して、車軸を構成する。シャフト110は、図2(A)及び図2(B)に示すように、出力軸119に対して所定の回転角度だけ相対回転可能なように弾性体118を介して、ホイールハブ20側に接続されている。即ち、シャフト110と出力軸119は、図2(A)に示すように、互いに円板状の端部を突き合わせた状態で接続されており、図2(B)に示すように、それぞれの円板状の端部が、弾性体118を介して接続されている。本例では、弾性体118は、周方向に沿って配列されたスプリングであり、出力軸119とシャフト110との相対回転を許容しつつ、所定角度以上の相対回転が発生した場合には出力軸119とシャフト110との相対回転を規制する役割を果たす。尚、弾性体118としては、ゴム等を用いてもよいし、他の構造で出力軸119とシャフト110とを弾性体を介して接続してもよい。
【0019】
シャフト110が、停止状態からモータ60の回転出力に伴って回転し始めると、弾性体118によりシャフト110が出力軸119に対して所定の回転角度だけ相対回転し、その後、シャフト110と出力軸119が一体となって回転する。これにより、車輪が回転駆動される。
【0020】
シャフト110には、内部にオイル通路111およびオイル孔112が形成される。シャフト110の端部(車両内側の端部)には、オイルポンプ90が配設される。オイルポンプ90の入力軸(回転軸)は、シャフト110に回転不能に接続される。尚、オイルポンプ90の入力軸は、シャフト110と一体であってもよい。
【0021】
オイルポンプ90は、オイル溜130に溜まったオイルをオイル通路120を介して汲み上げ、その汲み上げたオイルをオイル通路111へ供給する。オイル通路111のオイルは、シャフト110の回転時の遠心力により、オイル孔112を介してプラネタリギア80へと供給される。例えば、図示の例では、オイル通路121が、プラネタリギア80のピン86の内部に設けられる。これにより、プラネタリギア80の冷却及び潤滑が実現される。尚、このようにしてプラネタリギア80へと供給されたオイルは、オイル溜130に戻される。このようにして、本実施例では、モータ60の回転出力を利用してモータ60内に油を循環させる油循環機構が構成される。
【0022】
尚、本発明は、特に油循環機構の詳細について特定するものではなく、モータ60の回転出力を利用してモータ60内に油を循環させる機構であれば、オイルポンプの構成や循環路の構成は如何なるものであってもよい。例えば、図示の例では、オイルポンプ90は、ギアポンプで構成されているが、外接歯車ポンプ、内接歯車ポンプ(クレセントの有無を問わず)等如何なる種類のギアポンプであってもよく、また、ベーンポンプ等の他のタイプのポンプであってもよい。
【0023】
ケース32には、ボールジョイント140,150が固定される。アッパーアーム170は、一方端がボールジョイント140に連結され、他方端が車体200に固定される。ロアアーム180は、一方端がボールジョイント150に連結され、他方端が車体に固定される。そして、アッパーアーム170およびロアアーム180は、他方端が矢印6の方向に自在に回転できるように車体に固定される。また、バネ190が車体とロアアーム180との間に設けられる。これにより、車輪は車体に懸架される。尚、本発明は、特に油懸架機構について特定するものではなく、図示のようなマルチリンク式のサスペンションに限らず、ストラット式サスペンション等の他の形式のサスペンションが採用されてもよい。
【0024】
インホイールモータ車においては、図1に示すように、ホイール内に油圧ブレーキ機構800が配設される。図示の例の油圧ブレーキ機構800は、ディスクブレーキ装置からなり、ブレーキロータ40とブレーキキャリパ50とを含む。尚、本発明は、ホイール内のスペースに依存するが、油圧ブレーキ機構であれば、ドラムブレーキ等のような他の種類の油圧ブレーキ機構にも適用可能である。
【0025】
ブレーキロータ40は、内周端がネジ3,4によってホイールハブ20の外周端に固定され、外周端がブレーキキャリパ50内を通過するように配置される。ブレーキキャリパ50は、ネジ33によりケース32に対して固定支持される。ブレーキキャリパ50は、ピストン51と、ホイルシリンダ55と、ブレーキパッド52,53とを含む。ブレーキパッド52,53は、ブレーキロータ40の外周端を挟み込むように配設される。油圧ブレーキ機構800の構造の詳細については、後に図3を参照して説明する。
【0026】
本実施例による油圧ブレーキ機構800は、オイルポンプ90を油圧発生源として動作するように構成されている。具体的には、ホイルシリンダ55とオイルポンプ90の吐出口との間には、オイル通路300が設定される。オイル通路300は、図示のようにブレーキホース等を介してホイルシリンダ55に連通されてよい。これにより、プラネタリギア80の冷却及び潤滑のための油循環機構で用いるオイルを利用して、車輪に制動力を付与することが可能となる。また、制動力の発生に必要な油圧は、油循環機構用のオイルポンプ90を利用して生成されるので、新たなポンプを設定することなく、車輪に制動力を付与することが可能となる。即ち、オイルポンプ90を油循環機構と油圧ブレーキ機構800とで共用することで、限られたホイール内のスペースを効率的に用いて、ホイール内に油圧ブレーキ機構800の油圧発生源を設定することができる。このように油循環機構で用いられるオイルポンプ90を油圧ブレーキ機構の油圧発生源として利用することで、油圧発生源として通常的に用いられるブレーキアクチュエータのポンプ系(ポンプ、モータ)を廃止することが可能となる。
【0027】
オイル通路300には、後述する冷却カット弁400、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420(図4参照)が設けられる。尚、図示の例では、冷却カット弁400(図1のビューでは見えない)、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420を含むユニットは、オイルポンプ90の径方向外側に隣接して配置されているが、オイルポンプ90の車両内側に隣接して配置されてもよく、また、オイルポンプ90を含む一体のユニットで構成されてもよい。オイル通路300には、また、逆止弁310が設けられてよい。逆止弁310は、オイルポンプ90からホイルシリンダ55に向かうオイルの流れのみを許容する一方向弁である。
【0028】
図3は、本実施例による油圧ブレーキ機構800の主要構成を示す断面図であり、図3(A)は、油圧室820内の油圧が低下した状態(ブレーキ作動状態)を示し、図3(A)は、油圧室820内の油圧が上昇した状態(ブレーキ非作動状態)を示す。尚、図3において、車両外側の構成の一部(ブレーキパッド53側の構成、例えばブレーキキャリパ50のつめ部等)が図面上省略されている。
【0029】
図3に示すように、ホイルシリンダ55は略円筒状に形成され、ホイルシリンダ55内には、略円柱状のピストン51が設けられる。ピストン51は、ホイルシリンダ55の内径に略対応する径を有するピストン本体部51aと、ホイルシリンダ55の内径よりも小さい径を有するロッド部51dとを有する。即ち、ピストン51は、ホイルシリンダ55の内周面に対して摺動する外周面を有するピストン本体部51aを有し、ピストン本体部51aの略円形の端面(ブレーキパッド52側の端面)には、ブレーキパッド52に向けて延在するロッド部51dが突設される。尚、ピストン本体部51aの外周面には、環状のシール806(例えばOリング)が設けられる。これにより、ピストン51は、ピストン移動方向Yに沿って、ホイルシリンダ55内における液密状態を維持した移動(摺動)が可能となる。
【0030】
ホイルシリンダ55の略円柱状の内部空間は、ピストン本体部51aにより2つの室820,821に仕切られる。ピストン本体部51aのブレーキパッド52側の室820(以下、「油圧室820」という)には、オイルポンプ90からのオイル(ブレーキオイル)が導通される。具体的には、ホイルシリンダ55には、油圧室820に通じる接続口823が形成され、接続口823には、オイルポンプ90からのオイル通路300の端部が接続される。従って、ピストン本体部51aのブレーキパッド52側の端面には、油圧室820内の油圧が作用する。以下、油圧室820内の油圧が、ピストン本体部51aのブレーキパッド52側の端面に作用する力を、「油圧付勢力」という。
【0031】
ピストン本体部51aの背面側の室821には、スプリング812(「付勢スプリング812」という)が収容される。付勢スプリング812は、ピストン移動方向Yに沿って主軸を有し、ピストン本体部51a(ピストン51)を、ブレーキパッド52に向けて付勢する。以下、付勢スプリング812が、ピストン本体部51aの背面側の端面に作用する力を、「スプリング付勢力」という。
【0032】
ピストン51のロッド部51dの先端部は、ホイルシリンダ55の端面55a(ブレーキパッド52側の端面)に形成された穴を介して、ホイルシリンダ55の外部に突出する。ホイルシリンダ55の端面55aには、ブレーキパッド52の背面に設けられるバッキングプレート53aが隣接する。なお、バッキングプレート53aの背面にはシム(図示せず)が設けられてよい。
【0033】
本実施例による油圧ブレーキ機構800において、油圧室820内の油圧が上昇して、ピストン本体部51aに対して作用する油圧付勢力がスプリング付勢力に勝ると、ピストン本体部51a(ピストン51)は、紙面左側に移動し、図3(B)に示すように、ロッド部51dの先端部がブレーキパッド52の背面から離反する。これにより、ブレーキの非作動状態(即ち、車輪に制動力が付与されない状態)が実現される。尚、この状態では、ピストン移動方向Yにおけるピストン51の位置は、シール806等の影響を無視すると、ピストン本体部51aの両端面にそれぞれ作用するスプリング付勢力及び油圧付勢力との関係で決まり、これらの力の釣り合いの位置で安定となる。
【0034】
一方、油圧室820内の油圧が低下して、ピストン本体部51aに対して作用するスプリング付勢力が油圧付勢力に勝ると、図3(A)に示すように、ピストン本体部51aは、ピストン51が紙面右側へ移動し、ロッド部51dの先端部が、ブレーキパッド52の背面に当接する。スプリング付勢力は、ピストン51が紙面右側へ移動するにつれて、スプリング付勢力が徐々に小さくなるが、付勢スプリング812は、ロッド部51dの先端部がブレーキパッド52の背面に当接する位置(以下、「ロッド部51dの最大変位位置」という)でも、所定値以上の適切なスプリング付勢力を有するように構成される。従って、ロッド部51dの最大変位位置で、ピストン本体部51aに対して作用するスプリング付勢力が油圧付勢力に勝る場合には、ロッド部51dの先端部は、油圧付勢力に勝るスプリング付勢力の作用により、ブレーキパッド52をブレーキロータ40の外周端に向けて押圧する。即ち、ピストン51が、ブレーキパッド52を紙面右側へ押す。そして、ブレーキパッド52がロッド部51dに押圧されることにより紙面右側へ移動すると、それに応答してブレーキパッド53(図1参照)が紙面左側へ移動する。これにより、ブレーキパッド52,53は、ブレーキロータ40の外周端を挟み込み、車輪にブレーキがかけられる。即ち、ブレーキの作動状態(即ち、車輪に制動力が付与された状態)が実現される。
【0035】
ブレーキの作動状態において車輪に付与される制動力は、ブレーキパッド52に対するロッド部51dの押圧力、即ち、ロッド部51dの最大変位位置でのスプリング付勢力と油圧付勢力との関係で決まる。即ち、制動力は、付勢力の差分(スプリング付勢力−油圧付勢力)に比例する。従って、油圧室820内の油圧が最も低下した状態(即ちリザーバー圧まで低下した状態)では、油圧付勢力が最小となり、制動力が最大化される。
【0036】
ところで、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧により発生可能な油圧付勢力は、モータ60の回転速度(又はモータ60の回転数)に依存する。これは、オイルポンプ90は、上述の如くモータ60の回転出力により動作されるためである。このため、モータ60の回転出力が低くなる低車速領域では、モータ60の回転出力の低下に伴って、生成可能なポンプ油圧(又は吸入可能な油量)が不足し、油圧付勢力が徐々に小さくなる。従って、仮に、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧により制動力を発生させる場合には、低車速領域で十分な制動力が得られないという課題が生ずる。
【0037】
これに対して、本実施例によれば、上述の如く、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧が低下すると、逆に制動力が高くなるように構成されているので、モータ60の回転出力が低くなる低車速領域においても、スプリング付勢力の作用により十分な制動力を得ることができる。
【0038】
図4は、本実施例のインホイールモータ車用のブレーキ装置の主要回路を示す図である。図4に示すように、オイルポンプ90の吐出口は、冷却カット弁400を介してオイル通路111に接続される。冷却カット弁400は、常態が開であるノーマルオープンバルブである。冷却カット弁400が開状態のとき、上述の如く、オイルポンプ90の吐出口から供給されるオイルは、モータ60の冷却ないしプラネタリギア80の潤滑のために用いられる。
【0039】
オイルポンプ90の吐出口は、オイル通路300により増圧リニア弁410を介して車輪のブレーキキャリパ50のホイルシリンダ55の油圧室820に接続される。増圧リニア弁410は、常態が閉であるノーマルクローズドバルブである。増圧リニア弁410は、後述する制御装置500から駆動信号を供給されると、その駆動信号の大きさに応じて開度を増加させるリニア制御弁である。従って、増圧リニア弁410に供給する駆動電流に基づいて、ホイルシリンダ55へ流入するブレーキフルードの量をリニアに制御することができる。これにより、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧は、増圧リニア弁410の開度の増加量に比例して増加される。
【0040】
増圧リニア弁410とホイルシリンダ55との間には、減圧リニア弁420が接続される。減圧リニア弁420は、ホイルシリンダ55とオイル溜(リザーバータンク)130とを接続する。減圧リニア弁420は、常態が閉であるノーマルクローズドバルブである。減圧リニア弁420は、主にホイルシリンダ55の油圧を減少させるために開弁される。
【0041】
ホイルシリンダ55の前段には、油圧センサ430が設けられる。油圧センサ430は、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧(ホイルシリンダ圧)を検出するために設けられる。また、オイルポンプ90と増圧リニア弁410との間には、油圧センサ432が設けられる。油圧センサ432は、オイルポンプ90により生成される油圧(ポンプ圧)を検出するために設けられる。
【0042】
図5は、本実施例のインホイールモータ車用のブレーキ装置に対する制御装置500の機能ブロック図である。制御装置500は、図示しないバスを介して互いに接続されたCPU、ROM、及びRAM等からなるマイクロコンピュータとして構成されている。ROMには、CPUが実行するプログラムやデータが格納されている。
【0043】
制御装置500には、CAN(Controller Area Network)や高速通信バス等の適切なバスを介して、油圧センサ430,432や、ブレーキ操作量検出手段600、車輪速センサ610、アクセル開度センサ620等の各種センサが接続される。また、制御装置500には、制御対象である冷却カット弁400、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420が電気的に接続される。
【0044】
ブレーキ操作量検出手段600は、ブレーキペダルの操作量(操作ストローク)に応じた信号を出力するストロークセンサや、ブレーキ踏力に応じた信号を出力する踏力センサであってよい。或いは、マスタシリンダを有する構成の場合には、ブレーキ操作量検出手段600は、マスタシリンダ圧に応じた信号を出力するマスタ圧センサであってよい。複数のセンサ(例えばストロークセンサ及びマスタ圧センサ等)を有する場合、ブレーキ操作量検出手段600は、これらの信号から多数決の原理でブレーキ操作量を決定してもよい。これにより、ストロークセンサ及びマスタ圧センサ等の一部に異常が生じた場合にも、ブレーキ操作量を適正に検出することができる。
【0045】
図6は、ブレーキ操作時に制御装置500により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【0046】
先ず、ステップ100では、ブレーキ操作が検出されると、制御装置500は、冷却カット弁400を閉弁させる。冷却カット弁400が閉弁されると、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧をオイル通路300によりホイルシリンダ55に供給可能な状態となる。
【0047】
ステップ110では、制御装置500は、ブレーキ操作量検出手段600から得られるブレーキ操作量に応じて、目標制動力を演算する。
【0048】
ステップ120では、制御装置500は、目標制動力に基づいて、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧(ホイルシリンダ圧)の目標値を演算する。尚、本実施例では、制動力は、上述の如く、ロッド部51dの最大変位位置でのスプリング付勢力(既知)と油圧付勢力との関係で決まる。従って、目標制動力と、それを実現するのに必要なホイルシリンダ圧との関係は、予め導出できるので、この関係を予め導出しておき、例えばマップ形式で所定のメモリに記憶しておくことが望ましい。
【0049】
ステップ130では、制御装置500は、演算された油圧の目標値に基づいて、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の目標開度を演算する。
【0050】
ステップ140では、制御装置500は、演算した目標開度に対応した駆動電流(ソレノイド電流値)を、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420に供給する。このようにして決定された駆動電流は、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420に供給される。制御装置500から駆動信号を供給されると、その駆動信号の大きさに応じて開度が増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420において実現される。
【0051】
このようにして、制御装置500は、ブレーキペダルの操作が終了するまで、通常のブレーキ制御と同様の態様で、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の開閉状態を制御して、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を調整し、目標制動力に応じた制動力を発生させることができる。
【0052】
尚、制御装置500は、車輪速センサ610等に基づいて車輪のロック傾向を検出した場合には、車輪のスリップ率が所定値を越えないように各輪のホイルシリンダ圧を増減させることで、アンチロックブレーキシステム(ABS)の機能を実現することもできる。更に、自動ブレーキ制御の要求に応じて各輪のホイルシリンダ圧を適宜制御することで、トラクションコントロール(TRC)の機能、車両姿勢制御(VSC)、その他のブレーキ制御を実現することもできる。
【0053】
制御装置500は、上記のブレーキ制御により車両が停車状態に至った場合、増圧リニア弁410を全閉させると共に減圧リニア弁420を全開させてよい。減圧リニア弁420が全開されると、ホイルシリンダ圧が直ちにリザーバー圧へと低下する。これにより、ホイルシリンダ圧(油圧付勢力)が最小となり、スプリング付勢力の作用により制動力が最大化される。このように、本実施例によれば、モータ60の回転出力がなくなり、ポンプ油圧の生成不能な停車状態においても、スプリング付勢力の作用により停車状態を維持する制動力を発生させることが可能である。この結果、停車状態を維持するために用いられるパーキングブレーキ機構を廃止又は簡素化することも可能となる。
【0054】
制御装置500は、例えばアクセル開度センサ620の出力信号に基づいてアクセル操作の開始を検出すると、減圧リニア弁420を直ちに閉弁し、増圧リニア弁410の開度を制御して、最大限の油圧をホイルシリンダ55に導通させる。かかる車両発進時には、油圧付勢力に勝るスプリング付勢力がピストン51に作用して、車輪に制動力が付与されているが、モータ60の回転トルクにより弾性体118が撓むことで、モータ60は回転し始める。このモータ60の回転に伴って、オイルポンプ90が作動してオイルの流量が発生し、ホイルシリンダ圧(油圧付勢力)が上昇する。このようにして油圧付勢力がスプリング付勢力を打ち勝ってピストン51がブレーキパッド52から離反する方向に移動すると、ブレーキパッド52に対するロッド部51dの押圧力がなくなり、車輪に付与される制動力がなくなる。この結果、車両は、モータ60の回転に応じて加速することができる。尚、弾性体118の撓み量(即ち、出力軸119とシャフト110との間の許容された所定の回転角度)は、当該撓み分のモータ60の回転によりオイルポンプ90が十分なオイルの流量を発生させることができるように、スプリング付勢力との関係で最適に設定される。
【0055】
尚、本実施例では、出力軸119とシャフト110とを弾性体118を介して接続しているが、電子制御可能なクラッチ手段を用いて、出力軸119とシャフト110とを切り離し可能に接続してもよい。この場合、構成が複雑化するものの、上記の車両発進時に、出力軸119とシャフト110とを切り離することで、モータ60の自由な回転が許容されるので、同様にスプリング付勢力に勝る油圧付勢力を生成することができる。これにより、ロッド部51dの最大変位位置でのスプリング付勢力を大きな値に設定し、スプリング付勢力により発生可能な最大制動力を大きくすることもできる。尚、上記の車両発進時に、スプリング付勢力に勝る油圧付勢力が生成されると、直ちにクラッチ手段を制御して出力軸119とシャフト110を係合させて、モータ60の回転により車輪が駆動される。
【0056】
また、本実施例において、オイルポンプ90から吐出された高圧のブレーキオイルを蓄えるアキュムレータが、オイルポンプ90と増圧リニア弁410の間に設けられてもよい。この場合、上記の車両発進時(特に一時停車後の車両発進時)に、アキュムレータに蓄えられた油圧を用いて、スプリング付勢力に勝る油圧付勢力を生成してもよい。これにより、モータ60の回転始動を待つことなく、スプリング付勢力に勝る油圧付勢力を直ちに生成して、車輪に付与される制動力を無くすことができるので、例えば車両発進時の加速がより速やかに実現される。
【0057】
また、本実施例において、モータ60の回転中(車両走行中)、制御装置500は、モータ60の回転数が十分大きくなった段階で(それに伴い油圧付勢力が十分大きくなった段階で)、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420を閉弁し、必要に応じて冷却カット弁400を開弁させてもよい。これにより、モータ60の回転中(車両走行中)においてオイルポンプ90からのオイルをプラネタリギア80の冷却及び潤滑に用いることが可能となる。
【実施例2】
【0058】
図7は、実施例2による油圧ブレーキ機構801の主要構成を模式的に示す断面図であり、図7(A)は、ピストン51のアンロック状態を示し、図7(B)は、ピストン51のロック状態を示す。尚、図7において、車両外側の構成の一部(ブレーキパッド53側の構成、例えばブレーキキャリパ50のつめ部等)が図面上省略されている。尚、以下で説明する実施例2特有の構成以外については、上述の実施例1と同様の構成であってよい。
【0059】
実施例2による油圧ブレーキ機構801は、ロック機構700を備える点が上述の実施例1による油圧ブレーキ機構800と主に異なる。ロック機構700は、図7に示すように、ピストン51のピストン本体部51aの外周面に凹設される環状溝51cと、環状溝51cに嵌合してピストン51の移動をロックする係止部材710と、を含む。
【0060】
係止部材710は、ソレノイド714により電磁的に作動される磁性体のプランジャにより実現される。係止部材710は、ホイルシリンダ55の径方向に設けられ、ホイルシリンダ55の周壁に形成された穴55cを介してホイルシリンダ55内に進入又はホイルシリンダ55内から退出するよう作動される。進入位置では、係止部材710の先端部712(係止部)が環状溝51cに嵌合されてピストン51のロック状態が形成される。また、退出位置では、係止部材710の先端部712が環状溝51cから離反してピストン51のアンロック状態が形成される。
【0061】
係止部材710は、図7に示すように、スプリング716により進入位置に向けて付勢されている。ソレノイド714が通電されると、係止部材710がスプリング716の力に抗して退出位置へと吸引されて、図7(A)に示すような、ピストン51のアンロック状態が形成される。ソレノイド714に対する通電が解除されると、係止部材710は、スプリング716により進入位置に向けて付勢された状態となる。この状態において、この状態において、ピストン51が移動し、環状溝51cの位置が、ピストン移動方向Yで、穴55cの位置(係止部材710の位置)に対応した際、進入位置に向けて付勢されている係止部材710が環状溝51cに嵌る。これにより、図7(B)に示すようなピストン51のロック状態が実現される。
【0062】
本実施例では、ブレーキパッド52の背面からピストン51のロッド部51dが離間した位置でピストン51をロックすることで、ピストン51がロック状態にあるときに制動力が発生しないようにする。従って、ピストン51のロック状態が実現されると、車輪に制動力が付与されない状態が維持される。ピストン51のロック状態が一旦実現されると、ソレノイド714が通電されてロック状態が解除されるまで、ブレーキパッド52の背面からピストン51のロッド部51dが離間した状態が維持され、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧に無関係に非制動状態が維持される。
【0063】
図8は、実施例2の制御装置500によりブレーキ操作時に実行される処理の流れを示すフローチャートである。尚、本実施例の制御装置500には、制御対象である冷却カット弁400、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420に加えて、ロック機構700のソレノイド714が電気的に接続される。
【0064】
先ず、ステップ200では、ブレーキ操作が検出されると、制御装置500は、冷却カット弁400を閉弁させる。冷却カット弁400が閉弁されると、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧をオイル通路300によりホイルシリンダ55に供給可能な状態となる。
【0065】
ステップ210では、制御装置500は、ソレノイド714への一定時間通電を行う。ソレノイド714への通電が行われると、係止部材710がピストン51の環状溝51cから抜けて退出位置へ吸引され、ピストン51のロック状態が解除される。尚、ピストン51のロック状態ではホイルシリンダ55内の油圧が減圧されているため、係止部材710がピストン51の環状溝51cから抜け出した後は、ピストン51はブレーキパッド52側に向けて移動する。
【0066】
また、係止部材710がピストン51の環状溝51cから一旦抜け出すと、その後、ソレノイド714が非通電にされても、ブレーキ操作によりピストン51が移動して環状溝51cと穴55cの位置が対応しない限り(ブレーキ作動状態では起こりえない)、ピストン51のロック状態は実現されない。このため、本ステップ210におけるソレノイド714への通電は一定時間だけ実行されればよい。
【0067】
ステップ220以降の処理は、上述の実施例1と同様、制御装置500は、ブレーキペダルの操作が終了するまで、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の開閉状態を制御して、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を調整し、目標制動力に応じた制動力を発生させる。尚、本実施例においても、上述の実施例1と同様に、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧が低下すると、逆に制動力が高くなるように構成されているので、モータ60の回転出力が低くなる低車速領域においても、スプリング付勢力の作用により十分な制動力を得ることができる。
【0068】
上述の実施例1と同様に、制御装置500は、上記のブレーキ制御により車両が停車状態に至った場合、増圧リニア弁410を全閉させると共に減圧リニア弁420を全開させてよい。減圧リニア弁420が全開されると、ホイルシリンダ圧が直ちにリザーバー圧へと低下する。これにより、ホイルシリンダ圧(油圧付勢力)が最小となり、スプリング付勢力の作用により制動力が最大化される。このように、本実施例によれば、ポンプ油圧の生成不能な停車状態においても、スプリング付勢力の作用により停車状態を維持する制動力を発生させることが可能である。
【0069】
制御装置500は、例えばアクセル開度センサ620の出力信号に基づいてアクセル操作の開始を検出すると、減圧リニア弁420を直ちに閉弁し、増圧リニア弁410の開度を制御して、最大限の油圧をホイルシリンダ55に導通させる。かかる車両発進時には、油圧付勢力に勝るスプリング付勢力がピストン51に作用して、車輪に制動力が付与されているが、モータ60の回転トルクにより弾性体118が撓むことで、モータ60は回転し始める。このモータ60の回転に伴って、オイルポンプ90が作動し、ホイルシリンダ圧が上昇する。このようにして油圧付勢力がスプリング付勢力を打ち勝ってピストン51がブレーキパッド52から離反する方向に移動すると、ブレーキパッド52に対するロッド部51dの押圧力がなくなり、車輪に付与される制動力がなくなる。この結果、車両は、モータ60の回転に応じて加速することができる。
【0070】
このようにして車両の走行が開始されると、制御装置500は、ピストン51のロック状態が実現されるように、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の開閉状態を制御して、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を上昇させる。即ち、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を上昇させて、環状溝51cと穴55cが対応する位置までピストン51を移動させる。ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧が上昇し、環状溝51cの位置と穴55cの位置が対応すると、上述の如く進入位置に向けて付勢されている係止部材710が環状溝51cに嵌る。これにより、図7(B)に示したようなピストン51のロック状態が実現される。ピストン51のロック状態が実現されると、制御装置500は、減圧リニア弁420を開弁させて、ホイルシリンダ55内の油圧を減圧してもよい。
【0071】
このようにしてピストン51のロック状態が実現されると、ブレーキパッド52による制動力が一切付与されない状態が実現される。制動力が付与されない状態(ブレーキ非作動状態)は、ソレノイド714への通電停止状態を維持するだけで(ホイルシリンダ圧を調整することを要せずに)、維持することができる。従って、本実施例によれば、ピストン51のロック状態を実現した後は、ブレーキ非作動状態を実現するためにオイルポンプ90からのポンプ油圧を用いる必要がなくなるので、オイルポンプ90の作動を停止してエネルギ効率を高めることが可能となる。即ち、オイルポンプ90の駆動損失を低減し、燃費を高めることができる。また、制御装置500は、必要に応じてオイルポンプ90の作動を維持し、増圧リニア弁410を閉弁させると共に、冷却カット弁400を開弁させてもよい。これにより、モータ60の回転中(車両走行中)においてオイルポンプ90からのオイルをプラネタリギア80の冷却及び潤滑に用いることが可能となる。
【0072】
尚、本実施例において、上述の実施例1と同様、出力軸119とシャフト110とを弾性体118を介して接続しているが、電子制御可能なクラッチ手段を用いて、出力軸119とシャフト110とを切り離し可能に接続してもよい。また、上述の実施例1と同様、オイルポンプ90から吐出された高圧のブレーキオイルを蓄えるアキュムレータが、オイルポンプ90と増圧リニア弁410の間に設けられてもよい。本実施例では、上述の如く、ピストン51のロック状態を実現した後は、ブレーキ非作動状態を実現するためにオイルポンプ90からのポンプ油圧を用いる必要がなくなるので、その分だけ容易にオイルポンプ90からのポンプ油圧をアキュムレータに蓄えることができる。
【実施例3】
【0073】
図9は、実施例3による油圧ブレーキ機構802の主要構成を模式的に示す断面図であり、図9(A)は、ブレーキ作動状態を示し、図9(B)は、ブレーキ非作動状態を示し、図9(C)は、ブレーキ非作動状態からブレーキ作動状態の遷移を示す。尚、図7において、車両外側の構成の一部(ブレーキパッド53側の構成、例えばブレーキキャリパ50のつめ部等)が図面上省略されている。
【0074】
実施例2による油圧ブレーキ機構802は、付勢スプリング812に代えて、ダイアフラムを備える点が上述の実施例1による油圧ブレーキ機構800と主に異なる。尚、以下で説明する実施例3特有の構成以外については、上述の実施例1と同様の構成であってよい。
【0075】
油圧ブレーキ機構802は、図9に示すように、ダイアフラム(隔膜)730を備える。ダイアフラム730は、ホイルシリンダ55の油圧室820内に設けられ、上述の実施例1におけるピストン本体部51aに代わって、ホイルシリンダ55の略円柱状の内部空間を2つの室820,821に密封状態で仕切る。ダイアフラム730の最大可動部(中央部)には、ピストン51のロッド部51dが取り付けられる。ピストン51のロッド部51dは、ダイアフラム730の可動部の運動に連動して、ピストン移動方向Yに沿って移動する。
【0076】
ダイアフラム730の背後側(室821側)には、ダイアフラム反転機構740が設けられる。ダイアフラム反転機構740は、ピストン51のロッド部51dと同軸に延在するロッド742を備える。ロッド742の他端(背後側)は、プランジャ743に固定支持される。プランジャ743は、スプリング748によりロッド部51dから離反する方向に付勢されている。プランジャ743は、ソレノイド746により電磁的に作動される(即ち、電磁プランジャとして機能する)。
【0077】
ダイアフラム730が、図9(A)に示すように、ブレーキパッド52側が凸となるように変形すると、ピストン51のロッド部51dがブレーキパッド52の背面に当接・押圧する。これにより、車輪に制動力が付与される。この状態は、後述の如くブレーキ操作が行われた際に実現される。尚、制動力の調整は、上述の実施例1と同様、オイル通路300から導かれるオイルポンプ90のポンプ油圧(ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧)を調整することで実現することができる。
【0078】
ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧が上昇すると、ダイアフラム730が、図9(B)に示すように、背面側が凸となるように変形(反転)する。このようにしてピストン51のロック状態が実現されると、ブレーキパッド52に対するロッド部51dの押圧力がなくなり、車輪に制動力が付与されない状態が維持される。ピストン51のロック状態が一旦実現されると、後述の如くソレノイド746が通電されてロック状態が解除されるまで、ブレーキパッド52の背面からピストン51のロッド部51dが離間した状態が維持され、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧に無関係に非制動状態が維持される。
【0079】
図9(B)に示す状態で、ソレノイド746が通電されると、プランジャ743がスプリング748からの力に抗してブレーキパッド52側(紙面右側)へと吸引されて、ロッド742がダイアフラム730の背面をブレーキパッド52側に押し出す。これにより、ダイアフラム730が、図9(C)に示すように、ブレーキパッド52側が凸となるように変形(反転)する。このようにして、ピストン51のロック状態が解除されると、図9(A)に示した状態に復帰し、以後、ピストン51のロッド部51dがブレーキパッド52の背面を押圧して制動力の発生が可能となる。
【0080】
図10は、実施例3の制御装置500によりブレーキ操作時に実行される処理の流れを示すフローチャートである。尚、本実施例の制御装置500には、制御対象である冷却カット弁400、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420に加えて、ダイアフラム反転機構740のソレノイド746が電気的に接続される。
【0081】
先ず、ステップ300では、ブレーキ操作が検出されると、制御装置500は、冷却カット弁400を閉弁させる。冷却カット弁400が閉弁されると、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧をオイル通路300によりホイルシリンダ55に供給可能な状態となる。
【0082】
ステップ310では、制御装置500は、ソレノイド746への一定時間通電を行う。ソレノイド746への通電が行われると、ソレノイド746の吸引力により、ロッド742がダイアフラム730の背面をブレーキパッド52側に押し出し、ダイアフラム730が反転しブレーキパッド52側が凸となり(図9(C)参照)、ピストン51のロック状態が解除される。このダイアフラム730の反転(ロック状態の解除)が適切に実現されるように、ピストン51のロック状態ではホイルシリンダ55内の油圧が適切に減圧されていてよい。
【0083】
ステップ320以降の処理は、上述の実施例1と同様、制御装置500は、ブレーキペダルの操作が終了するまで、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の開閉状態を制御して、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を調整し、目標制動力に応じた制動力を発生させる。尚、本実施例においても、上述の実施例1と同様に、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧が低下すると、逆に制動力が高くなるように構成されているので、モータ60の回転出力が低くなる低車速領域においても、ダイアフラム730による付勢力(スプリング付勢力)の作用により十分な制動力を得ることができる。
【0084】
上述の実施例1と同様に、制御装置500は、上記のブレーキ制御により車両が停車状態に至った場合、増圧リニア弁410を全閉させると共に減圧リニア弁420を全開させてよい。減圧リニア弁420が全開されると、ホイルシリンダ圧が直ちにリザーバー圧へと低下する。これにより、ホイルシリンダ圧(油圧付勢力)が最小となり、ダイアフラム730による付勢力(スプリング付勢力)の作用により制動力が最大化される。このように、本実施例によれば、ポンプ油圧の生成不能な停車状態においても、スプリング付勢力の作用により停車状態を維持する制動力を発生させることが可能である。
【0085】
制御装置500は、例えばアクセル開度センサ620の出力信号に基づいてアクセル操作の開始を検出すると、減圧リニア弁420を直ちに閉弁し、増圧リニア弁410の開度を制御して、最大限の油圧をホイルシリンダ55に導通させる。かかる車両発進時には、油圧付勢力に勝るスプリング付勢力がピストン51に作用して、車輪に制動力が付与されているが、モータ60の回転トルクにより弾性体118(図2参照)が撓むことで、モータ60は回転し始める。このモータ60の回転に伴って、オイルポンプ90が作動し、ホイルシリンダ圧が上昇する。このようにして油圧付勢力が上昇してピストン51のロッド部51dがブレーキパッド52の背面から離反すると、ブレーキパッド52に対するロッド部51dの押圧力がなくなり、車輪に付与される制動力がなくなる。この結果、車両は、モータ60の回転に応じて加速することができる。
【0086】
このようにして車両の走行が開始されると、制御装置500は、ピストン51のロック状態が実現されるように、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の開閉状態を制御して、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を上昇させる。即ち、ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧を上昇させて、ダイアフラム730の凸方向をブレーキパッド52側から反対側へと反転させる。ホイルシリンダ55の油圧室820の油圧が上昇し、ダイアフラム730の凸方向が反転すると、図9(B)に示したようなピストン51のロック状態が実現される。ピストン51のロック状態が実現されると、制御装置500は、減圧リニア弁420を開弁させて、ホイルシリンダ55内の油圧を減圧してもよい。
【0087】
このようにしてピストン51のロック状態が実現されると、ブレーキパッド52による制動力が一切付与されない状態が実現される。制動力が付与されない状態(ブレーキ非作動状態)は、ソレノイド746への通電停止状態を維持するだけで(ホイルシリンダ圧を調整することを要せずに)、維持することができる。従って、本実施例によれば、上述の実施例2と同様、ピストン51のロック状態を実現した後は、ブレーキ非作動状態を実現するためにオイルポンプ90からのポンプ油圧を用いる必要がなくなるので、オイルポンプ90の作動を停止してエネルギ効率を高めることが可能となる。また、制御装置500は、必要に応じてオイルポンプ90の作動を維持し、増圧リニア弁410を閉弁させると共に、冷却カット弁400を開弁させてもよい。これにより、モータ60の回転中(車両走行中)においてオイルポンプ90からのオイルをプラネタリギア80の冷却及び潤滑に用いることが可能となる。
【0088】
尚、本実施例において、上述の実施例1と同様、出力軸119とシャフト110とを弾性体118を介して接続しているが、電子制御可能なクラッチ手段を用いて、出力軸119とシャフト110とを切り離し可能に接続してもよい。これにより、ロッド部51dの最大変位位置でのダイアフラム730による付勢力(スプリング付勢力)を大きな値に設定し、発生可能な最大制動力を大きくすることができる。
【0089】
また、本実施例において、上述の実施例1と同様、オイルポンプ90から吐出された高圧のブレーキオイルを蓄えるアキュムレータが、オイルポンプ90と増圧リニア弁410の間に設けられてもよい。本実施例では、上述の如く、ピストン51のロック状態を実現した後は、ブレーキ非作動状態を実現するためにオイルポンプ90からのポンプ油圧を用いる必要がなくなるので、その分だけ容易にオイルポンプ90からのポンプ油圧をアキュムレータに蓄えることができる。
【0090】
尚、本実施例においては、ダイアフラム730により、特許請求の範囲における「付勢手段」と「ロック機構」とが実現されている。
【0091】
以上、本発明の好ましい実施例について詳説したが、本発明は、上述した実施例に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、上述した実施例に種々の変形及び置換を加えることができる。
【0092】
例えば、上述の実施例では、本発明によるインホイールモータ車用のブレーキ装置をディスクブレーキとして構成した場合を説明しているが、本発明は、ドラムブレーキのようなその他の油圧ブレーキ機構に対しても適用可能である。
【0093】
また、上述した実施例2では、ソレノイド714をロック機構700のアクチュエータとして用いているが、形状記憶合金や人口筋肉等を含め、電気的に制御可能なものであれば他の形式のアクチュエータが用いられてもよい。また、同様に、ソレノイド746をダイアフラム反転機構740のアクチュエータとして用いているが、形状記憶合金や人口筋肉等を含め、電気的に制御可能なものであれば他の形式のアクチュエータが用いられてもよい。
【0094】
また、上述した実施例2では、ソレノイド714が通電されていない状態が、ロック機構700の作動状態に対応しているが、逆であってよい。即ち、係止部材710に対するスプリング716の付勢方向を逆にし、ソレノイド714の通電時に、ソレノイド714の吸引力により係止部材710を進入位置に向けて付勢させてもよい。また、同様に、実施例3においても、プランジャ743に対するスプリング748の付勢方向を逆にし、ソレノイド746の非通電時に、ロック状態を解除させてもよい。
【0095】
また、上述した実施例では、ホイルシリンダ55内に導かれる油圧を制御する油圧制御手段として、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420が用いられているが、ABS等の制御が不要な場合には、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420の何れか一方のみで油圧制御手段を構成してもよい。
【0096】
また、実施例1〜3による油圧ブレーキ機構800〜802は、例えば図11に示すように、ポンプ油圧に加えてマスタシリンダ圧を用いて、ホイルシリンダ圧を制御する構成に対しても適用可能である。
【0097】
図11は、マスタシリンダ圧を用いるインホイールモータ車用のブレーキ装置の主要回路を示す図である。マスタシリンダ900には、ブレーキペダル920が連結されている。マスタシリンダ900はその内部に液圧室905を備えている。液圧室905には、ブレーキ踏力に応じたマスタシリンダ圧が発生する。マスタシリンダ900は、通常の車両(インホイールモータ車で無い車両)と同様、ブレーキペダル920の前側に(ブレーキブースタの前側に)配置されてよい。液圧室905にはマスタ通路915が接続される。マスタ通路915は、マスタカット弁910を介して、ホイルシリンダ55に接続されている。この際、マスタ通路915は、オイル通路300におけるオイルポンプ90と増圧リニア弁410との間の位置に接続される。マスタカット弁910は、常態が開であるノーマルオープンバルブである。尚、マスタカット弁910は、増圧リニア弁410及び減圧リニア弁420と同様、ホイール内に配設されてよいし、通常の車両と同様、エンジンルーム等に配置されてもよい。マスタカット弁910は、例えば車両の全輪(典型的には、4輪)のうちの所定の1輪に対してのみ設定されてもよく、或いは、所定の2輪又は3以上の輪に対してそれぞれ別個独立に設定されてもよい。所定の2輪に対してそれぞれ設定される場合、マスタシリンダの液圧室が2つ設定され、それぞれの液圧室が、同様のマスタカット弁を介して、対応する車輪のホイルシリンダに連通されればよい。マスタ通路915には、また、シミュレータカット弁940を介してストロークシミュレータ930が接続されてよい。シミュレータカット弁940は、常態でマスタ通路915とストロークシミュレータ930とを遮断状態とし、制御装置500からオン信号を供給されることにより、これらを導通状態とする常閉の電磁開閉弁である。ストロークシミュレータ930は、シミュレータカット弁940が開弁された状況下で、マスタシリンダ900の液圧室905に発生するマスタシリンダ圧に応じた量のブレーキオイルをその内部に流入させるように構成されている。シミュレータカット弁940は、マスタカット弁910が閉弁状態にある場合に、開弁状態とされる。これにより、マスタシリンダ圧に応じた量のブレーキオイルが液圧室905からストロークシミュレータ930に流入される。従って、マスタカット弁910が閉弁された状態で、ブレーキ踏力に応じたペダルストロークが発生される。マスタカット弁910が開弁状態にある場合、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧と、マスタシリンダ900で生成されるマスタシリンダ圧とをホイルシリンダ55に供給可能な状態となる。この状態では、オイルポンプ90の生成するポンプ油圧と、マスタシリンダ900で生成されるマスタシリンダ圧とを用いて、ホイルシリンダ圧を制御することが可能である。このマスタシリンダ圧は、フェール時に利用されてよい。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】本発明によるインホイールモータ車用のブレーキ装置の実施例1が適用された車輪の主要部を示す断面図である。
【図2】図2(A)は、モータ60の車輪側との接続部を概略的に示す断面図であり、図2(B)は、車軸方向に見た同部を概略的に示す図である。
【図3】実施例1による油圧ブレーキ機構800の主要構成を模式的に示す断面図である。
【図4】実施例1によるインホイールモータ車用のブレーキ装置の主要回路を示す図である。
【図5】実施例1によるインホイールモータ車用のブレーキ装置に対する制御装置500の機能ブロック図である。
【図6】ブレーキ操作時に制御装置500により実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】実施例2による油圧ブレーキ機構800の主要構成を模式的に示す断面図である。
【図8】実施例2の制御装置500によりブレーキ操作時に実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図9】実施例3による油圧ブレーキ機構800の主要構成を模式的に示す断面図である。
【図10】実施例3の制御装置500によりブレーキ操作時に実行される処理の流れを示すフローチャートである。
【図11】その他の実施例によるインホイールモータ車用のブレーキ装置の主要回路を示す図である。
【符号の説明】
【0099】
40 ブレーキロータ
50 ブレーキキャリパ
51 ピストン
51a ピストン本体部
51c 環状溝
51d ロッド部
55 ホイルシリンダ
55c 穴
52,53 ブレーキパッド
60 モータ
61 ステータコア
62 ステータコイル
63 ロータ
80 プラネタリギア
81 サンギア軸
82 サンギア
83 ピニオンギア
84 プラネタリキャリア
85 リングギア
86 ピン
90 オイルポンプ
110 シャフト
111,120,121 オイル通路
112 オイル孔
130 オイル溜
140,150 ボールジョイント
170 アッパーアーム
180 ロアアーム
190 バネ
300 オイル通路
400 冷却カット弁
410 増圧リニア弁
420 減圧リニア弁
500 制御装置
610 車輪速センサ
620 アクセル開度センサ
700 ロック機構
706 シール
710 係止部材
712 先端部
714 ソレノイド
716 スプリング
740 ダイアフラム反転機構
742 ロッド
743 プランジャ
746 ソレノイド
748 スプリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を回転駆動するモータをホイール内に備えるインホイールモータ車用のブレーキ装置において、
モータの出力軸に接続され、モータの回転出力により作動する油圧ポンプと、
車輪に作用する摩擦部材と、油圧シリンダと、前記油圧シリンダ内に設けられるピストンと、前記ピストンを摩擦部材に向けて付勢する付勢手段とを含み、前記摩擦部材に対するピストンの押圧力により車輪に制動力を付与する油圧ブレーキ機構と、
前記油圧シリンダに油圧ポンプを連通し、前記油圧シリンダに、前記付勢手段による付勢力に対抗して前記ピストンを付勢する油圧を導通させる油圧回路と、
前記油圧シリンダ内に導かれる油圧を制御して、前記摩擦部材に対するピストンの押圧力を変化させる油圧制御手段とを備えることを特徴とする、ブレーキ装置。
【請求項2】
前記ピストンは、前記油圧シリンダに導かれる油圧が所定値より下回った状態において、前記付勢手段の付勢力の作用により、前記摩擦部材を押圧した状態に保持される、請求項1に記載のブレーキ装置。
【請求項3】
前記油圧ブレーキ機構は、前記摩擦部材を押圧しない位置に前記ピストンをロックするロック機構を備える、請求項1又は2に記載のブレーキ装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2007−313981(P2007−313981A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144096(P2006−144096)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】