説明

エンジンケース

【課題】エンジンのクランク室と、クランク室から突出した出力軸に連結される湿式クラッチを備えたクラッチ室とが隔壁を介して連結されたエンジンケースを、構造が簡単で、エンジンオイルを注油口から供給後の比較的初期の始動時からエンジンに負荷を掛けた状態で運転を実施可能なものにする。
【解決手段】エンジンオイルを注入するためのオイル注入口11と、このオイル注入口11から注入されたエンジンオイルが先ず隔壁10によって仕切られたクラッチ室30R側に入るように形成されたオイル供給路11Rとを備え、隔壁10に、オイル注入口11から注入された所定量を超えるエンジンオイルがクランク室2R側へ流入するのを許容する流入部10hを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのクランク室と、同クランク室から突出した出力軸に連結される湿式クラッチを備えたクラッチ室とが、両室を仕切る隔壁によって連結されているエンジンケースに関する。
【背景技術】
【0002】
この種のエンジンケースに関連する先行技術文献情報として下記に示す特許文献1がある。この特許文献1に記されたエンジンケースでは、クランク室と湿式クラッチとを少なくとも部分的に仕切る第1隔壁と、湿式クラッチとVベルト無段変速機とを仕切る第2隔壁とが備えられ、クランク室に貯留されているエンジンオイルは、オイルポンプによって送り出され、第2隔壁の内部に形成された径方向オイル通路と、クランク軸(出力軸)の内部に形成された軸心方向オイル通路とを介して、クラッチ室に供給され、湿式クラッチの各部を潤滑する。第1隔壁の底面付近にはクランク室とクラッチ室とを連通させる連通路が貫通形成されており、湿式クラッチから排出された余分なエンジンオイルはこの連通路によってクランク室に戻される構成となっている。尚、エンジンオイルの注油口をどこに配置するかについて特許文献1には特に記載されていないが、一般的な例に従ってクランク室の外壁の一部に配置されていると推測される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−115517号公報(0042段落−0044段落、図5)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1に記されたエンジンケースでは、クランク軸の内部に軸心方向および径方向に沿って延びるオイル通路を形成し、湿式クラッチの出力軸と変速装置の入力軸との間にもオイル通路を確保する必要があり、非常に高い加工精度を必要とする。
【0005】
また、特許文献1に記されたエンジンケースでは、エンジンオイルを注油口から供給後の初期の始動時には、クランク室では既にエンジンオイルが行き亘っているが、クラッチ室の各部にはエンジンオイルが行き亘らない状態で実施されることになるので、クラッチ室の各部に十分なエンジンオイルが行き亘るまでクラッチをOFFとし、エンジンに負荷を掛けない状態で慣らし運転を行う必要があった。
【0006】
そこで、上に例示した従来技術によるエンジンケースが与える課題に鑑み、本発明の目的は、あまり高い加工精度を必要とせずとも湿式クラッチへのエンジンオイルの供給が円滑に実施されるエンジンケースを提供することにある。
【0007】
また、本発明の他の目的は、少ない所定量のエンジンオイルを注油口から供給後の比較的初期の始動時からエンジンに負荷を掛けた状態で運転を実施可能なエンジンケースを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の特徴構成は、エンジンのクランク室と、前記クランク室から突出した出力軸に連結される湿式クラッチを備えたクラッチ室とが両室を仕切る隔壁によって連結されたエンジンケースであって、
エンジンオイルを注入するためのオイル注入口、および、このオイル注入口から注入されたエンジンオイルが先ず前記隔壁によって仕切られた前記クラッチ室側に入るように形成されたオイル供給路を備え、
前記隔壁に、前記オイル注入口から注入された所定量を超えるエンジンオイルが前記クランク室側へ流入することを許容する流入部を備えている点にある。
【0009】
本発明の第1の特徴構成によるエンジンケースでは、組み立て直後などの、クランク室とクラッチ室のいずれもエンジンオイルが空の状態で、オイル注入口からエンジンオイルを注入すると、先ずエンジンオイルは隔壁で仕切られたクラッチ室の側に入り、注入するエンジンオイルの量がクラッチ室を或る程度満たす所定量を超えると、エンジンオイルが隔壁の流入部からクランク室側へ流入し始める。したがって、湿式クラッチの出力軸と変速装置の入力軸との間などにオイル通路を設ける必要がなく、より安価で組み立ての容易なエンジンケースが得られた。
また、エンジンオイルを注油口から供給後の初期の始動時でも、湿式クラッチのあるクラッチ室には常に十分な量のエンジンオイルが満たされた状態が確保されるので、エンジンに負荷を掛けた状態での運転を直ぐに実施可能なエンジンケースが得られた。
【0010】
本発明の他の特徴構成は、前記クラッチ室の底部にドレン孔が設けられている点にある。
【0011】
本構成であれば、クランク室のエンジンオイルは保持したまま、クラッチ室のエンジンオイルのみを排出し、湿式クラッチの点検やエンジンオイルの交換を行うことができる。
【0012】
本発明の他の特徴構成は、前記隔壁は前記出力軸を枢支するベアリングケースを構成しており、前記クランク室に貯留されているエンジンオイルを吸入し前記クラッチ室に供給するオイルポンプが、前記隔壁の前記クランク室側の面に取り付けられている点にある。
【0013】
本構成であれば、オイルポンプが隔壁のクラッチ室側の面に設置されている構成に比して、湿式クラッチをベアリングケースに近接して配置できるので、湿式クラッチユニットをコンパクト化し易い。また、ベアリングケースのクラッチ室側に湿式クラッチと干渉しないように配置されたオイルポンプなどがないので、クラッチ室を閉じるクラッチケースは基本的に湿式クラッチのみを包囲する円板状に近い単純な形状とすることができる。
【0014】
本発明の他の特徴構成は、前記オイルポンプから送り出されたエンジンオイルを前記クラッチ室および前記クランク室を含む各部へ所定の比率で配分する給油経路が前記隔壁に設けられている点にある。
【0015】
本構成であれば、概して平板状の隔壁(ベアリングケース)の内側面などに沿って給油経路を簡単に設けることができる。
【0016】
本発明の他の特徴構成は、エンジンオイルのレベルゲージ挿通口と前記オイル注入口とが前記隔壁の外周に配置されている点にある。
【0017】
本構成であれば、レベルゲージ挿通口とオイル注入口とをクランク軸(出力軸)に沿った略同一箇所に配置できるので、エンジンオイルの汚染度のチェック、エンジンオイルの注入の操作、湿式クラッチユニットのメンテナンスなどを実施し易くなった。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係るエンジンケースを示す一部破断側面図である。
【図2】図1のエンジンケースを示す一部破断正面図である。
【図3】隔壁(ベアリングケース)と湿式クラッチの付近を示す破断正面図である。
【図4】隔壁(ベアリングケース)を示す一部破断正面図(表面)である。
【図5】図4のV−Vに沿った第5油路の破断平面図である。
【図6】隔壁(ベアリングケース)を示す一部破断正面図(裏面)である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
図1には、OHC形式の単気筒のエンジン1と、エンジン1のクランク軸2(出力軸の一例)に連結されたベルト式無段変速装置40とを示す。
図2に示すように、エンジン1のクランク軸2とベルト式無段変速装置40の間には、クランク軸2の回転数に応じて高まる遠心力に基づいてクランク軸2の回転駆動力を下流側に伝達する遠心湿式クラッチ30が介装されている。尚、遠心湿式クラッチ30の代わりに摩擦多板式クラッチを採用してもよい。
【0020】
遠心湿式クラッチ30に接続される変速装置は、遠心湿式クラッチ30の出力軸31に連結されたベルト式無段変速装置40と、ベルト式無段変速装置40の出力軸に連結された補助変速装置41とからなる。補助変速装置41は、前進−後進の切り換え機構(不図示)と副変速機構(不図示)とを含み、補助変速装置41からは後輪用出力軸S1と前輪用出力軸S2とが延出されている。
【0021】
遠心湿式クラッチ30とエンジン1の間には、クランク軸2の出力側を回転自在に支持するベアリングケース10(隔壁の一例)が介装されている。このベアリングケース10は、エンジン1のクランクケース2Cに締結されてクランク室2Rを閉じることで、クランク室2Rと遠心湿式クラッチ30とを仕切る隔壁を構成している。遠心湿式クラッチ30はクランク室2Rから突出したクランク軸2(出力軸の一例)に連結された形となる。
【0022】
ベアリングケース10の外側には、遠心湿式クラッチ30の出力軸31を挿通させるクラッチケース32が密閉状に取り付けられており、ベアリングケース10とクラッチケース32の間には遠心湿式クラッチ30を収納するためのクラッチ室30Rが形成されている。
エンジンオイルのためのオイル注入口11とレベルゲージ挿入口12は、エンジン1のクランクケース2Cではなく、ベアリングケース10の上方の外周に配置されている。
クランクケース2C、ベアリングケース10(隔壁)、クラッチケース32の三者の集合体は本発明に係るエンジンケースを構成している。
【0023】
この場合、図2及び図3に示すように、ベアリングケース10(隔壁)はクランク室2Rの紙面右側の壁であり、且つ、クラッチ室30Rの紙面左側の壁となっている。これにより、クランクケース2Cからベアリングケース10(隔壁)を取り外し、クラッチケース32からベアリングケース10(隔壁)を取り外すと、クランク室2Rの紙面右側が開放され、クラッチ室30Rの紙面左側が開放される。
【0024】
レベルゲージ挿入口12から挿入したレベルゲージGは、クランク室2Rの底部付近に向かって斜め下方に直線状に案内される。
しかし、図2と3に示すように、エンジンオイルを案内するオイル供給路11Rは、オイルキャップ11Cを外してオイル注入口11から注入されたエンジンオイルがクランク室2Rに進入するのではなく、先ずクラッチ室30Rを満たすように、オイル注入口11の下方で外側に屈曲している。
【0025】
図2〜4に示すように、ベアリングケース10のクランク軸2よりも僅かに上方には2つのオイル孔10h(流入部の一例)が形成されている。遠心湿式クラッチ30に適した量のエンジンオイルをオイル注入口11から注入していくと、クラッチ室30Rの内部で次第にエンジンオイルの液面が上昇する。エンジンオイルの液面がオイル孔10hに達すると、クラッチ室30Rが適量のエンジンオイルによって満たされたことになり、引き続きエンジンオイルの注入を継続すると、エンジンオイルはオイル孔10hからオーバーフローして、図3における左側のクランク室2Rに流入し始める。尚、オイル孔10hはクランク軸2よりも僅かに上方に形成されると記したが、これに限定されることはなく、クランク軸2と同程度の高さやクランク軸2よりも僅かに下方に形成されてもよい。
【0026】
図3および図4に示すように、ベアリングケース10のクランク室2R側の面の下方にはトロコイド式のオイルポンプ15が取り付けられている。オイルポンプ15は、クランク室2Rに貯留されているエンジンオイルを吸入し、クランク室2Rの上方、および、遠心湿式クラッチ30のオイル孔10hよりも上方に位置するクラッチ板30Aの箇所などに対して噴霧する。オイルポンプ15のロータ15aはクランク軸2の回転駆動力によって駆動される。すなわち、図3に示すように、クランク軸2の一部には出力ギヤ13が固定されており、この出力ギヤ13と常に噛合状態にある入力ギヤ14がロータ15aと一体回転するように設けられている。
【0027】
また、エンジンオイルを濾過するためのカートリッジ式のオイルフィルター20をベアリングケース10の外周面の一部に取り付け可能に構成されている。オイルポンプ15から送り出されたエンジンオイルは、オイルフィルター20の内部のフィルターエレメントで濾過された後にクランク室2Rやクラッチ室30Rに送られる。
【0028】
ベアリングケース10には、クランク室2Rの底部よりも上方に形成されたオイル吸入孔2H(図6を参照)から吸入したエンジンオイルをオイルポンプ15に送るために斜め上向きに延びた第1油路L1、オイルポンプ15から送り出されたエンジンオイルをオイルフィルター20の入力部に送り込むために斜め下向きに延びた第2油路L2、オイルフィルター20の出力部からクランク軸2の手前まで斜め上向きに延びた第3油路L3、第3油路L3の終端からオイル孔10hの上方まで真上に延びた第4油路L4、第4油路L4の終端から水平に延びた第5油路L5が設けられている。尚、第1油路L1を斜め上向きではなく垂直上向きにするなど各油路の延設方向については種々の変形が可能である。
【0029】
第5油路L5の側面には複数の小さなオイル吐出孔24が形成されている。図5に示すように、オイル吐出孔24は、クランク室2Rに向けて開口された3つのオイル吐出孔24Aと、クラッチ室30Rに向けて開口された1つのオイル吐出孔24B(図6をも参照)とを含む。合計で4つのオイル吐出孔24は、エンジンオイルをクランク室2Rおよびクラッチ室30Rに対して所定の比率(約3対1など)で配分する働きをする。勿論、クランク室2Rおよびクラッチ室30Rの他にエンジン1の吸気弁(不図示)または排気弁(不図示)のカム軸(不図示)にもエンジンオイルを供給する構成とすることが可能である。尚、オイル吐出孔24やオイル吐出孔24Bの数は上記の数値に限定される必要はない。
【0030】
第5油路L5の終端にはエンジンオイルの圧力を検出するための圧力センサPSが取り付けられている。
ベアリングケース10の下面には、クラッチ室30Rのエンジンオイルを排出可能な第1ドレン孔D1と、クランク室2Rのエンジンオイルを排出可能な第2ドレン孔D2とが、それぞれ独立して閉止栓P1、P2の着脱によって開閉可能な状態で、周方向に沿って隣接配置されている。
【0031】
尚、上記の実施形態でベアリングケース10に形成してある2つのオイル孔10hの代わりに、例えば2つのオイル孔10hを結ぶ直線からなる弦と、クランク軸2を中心とし2つのオイル孔10hを結ぶ上方に延びた弧とを有する半月形状などの開口部を形成して流入部としてもよい。
【0032】
また、OHV型式のエンジンにおいて、エンジン1のカム軸(出力軸の一例、不図示)に湿式クラッチが連結された形態で実施することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0033】
エンジンのクランク室と、クランク室から突出した出力軸に連結される湿式クラッチを備えたクラッチ室とが両室を仕切る隔壁によって連結されたエンジンケースに対して、エンジンオイルの注入口や注入されたエンジンオイルを導くオイル供給路を合理的に配置する技術として利用できる。
【符号の説明】
【0034】
D1 第1ドレン孔(ドレン孔)
D2 第2ドレン孔
L1−L5 第1−第5油路(給油経路)
1 エンジン
2 クランク軸(出力軸)
2C クランクケース(エンジンケース)
2R クランク室
10 ベアリングケース(隔壁、エンジンケース)
10h オイル孔(流入部)
11 オイル注入口
12 レベルゲージ挿入口
15 オイルポンプ
30 遠心湿式クラッチ(湿式クラッチ)
30R クラッチ室
32 クラッチケース(エンジンケース)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンのクランク室と、前記クランク室から突出した出力軸に連結される湿式クラッチを備えたクラッチ室とが、両室を仕切る隔壁によって連結されているエンジンケースであって、
エンジンオイルを注入するためのオイル注入口、および、このオイル注入口から注入されたエンジンオイルが先ず前記隔壁によって仕切られた前記クラッチ室側に入るように形成されたオイル供給路を備え、
前記隔壁に、前記オイル注入口から注入された所定量を超えるエンジンオイルが前記クランク室側へ流入することを許容する流入部を備えているエンジンケース。
【請求項2】
前記クラッチ室の底部にドレン孔が設けられていることを特徴とする請求項1に記載のエンジンケース。
【請求項3】
前記隔壁は前記出力軸を枢支するベアリングケースを構成しており、前記クランク室に貯留されているエンジンオイルを吸入し前記クラッチ室に供給するオイルポンプが、前記隔壁の前記クランク室側の面に取り付けられていることを特徴とする請求項1または2に記載のエンジンケース。
【請求項4】
前記オイルポンプから送り出されたエンジンオイルを前記クラッチ室および前記クランク室を含む各部へ所定の比率で配分する給油経路が前記隔壁に設けられていることを特徴とする請求項3に記載のエンジンケース。
【請求項5】
エンジンオイルのレベルゲージ挿通口と前記オイル注入口とが前記隔壁の外周に配置されていることを特徴とする請求項3または4に記載のエンジンケース。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−132937(P2011−132937A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295742(P2009−295742)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000005348)富士重工業株式会社 (3,010)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】