説明

スピン注入型磁化反転素子

【課題】本発明は、配線数および消費電力の増大を防ぎ、高い出力が得られる多値記憶磁気メモリを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、少なくとも下部電極、反強磁性層、強磁性ピン層、第一中間層、第一強磁性フリー層、第二中間層、第二強磁性フリー層および上部電極をこの順で下部電極上に設けたスピン注入型磁化反転素子であって、前記第一および第二強磁性フリー層がbcc構造を有し、且つ、第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の磁化反転臨界電流密度が異なることを特徴とするスピン注入型磁化反転素子に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子のスピンを制御した機能デバイスに関する。特に、本発明はスピン注入型磁化反転素子に関する。本発明の素子は、CMOS回路と共にシリコン半導体基板上に多数個集積することで、記録容量が大きく、機械的な駆動部分を含まない磁気的なランダムアクセスメモリを実現することができるものである。
【背景技術】
【0002】
近年、強磁性層/非磁性金属層/強磁性層からなる巨大磁気抵抗(GMR:Giant Magneto−Resistance)効果素子および強磁性層/絶縁体層/強磁性層からなるトンネル磁気抵抗(TMR:Tunnel Magneto−Resistance)効果素子が開発され、新しい磁気センサや磁気メモリ(MRAM)への応用が期待されている。例えば、GMR効果については、非特許文献1を参照。
【0003】
以下にGMRおよびTMR効果素子の応用例としてのMRAMの従来技術を図面を参照して説明する。
【0004】
図1は、MRAMの基本構造を示す概略図である。図1(a)は全体図であり、図1(b)はTMR素子の構造を示す断面図である。図1(a)に示されるように、MRAMでは、ビット線およびワード線をマトリックス状に配線し、TMR素子をマトリックスの交点に配置する。TMR素子は、図1(b)に示されるように、ビット線11とワード線15の間に第一強磁性層12、絶縁層13および第二強磁性層14が設けられる。また、TMR素子に理論情報を書き込むための書き込み用ワード線16が別途設けられる。図1(b)では、第二強磁性層14の保磁力が第一強磁性層12の保磁力よりも高い場合を示した。TMR素子に理論情報を書き込むには上記書き込みワード用リード線16に電流を流して磁界を発生させることにより行う。このとき発生させる磁界の向きおよび強さを調節することで第一強磁性層12および第二強磁性層14の磁化方向を平行または反平行とし、「1」または「0」の情報を記憶させる。記憶させた情報の読み出しは、ワード線15からビット線11へ電流を流し、TMR効果によって生じた素子の抵抗値を読み取ることで行う。このようにして、TMR素子に対して理論情報の記録再生が可能であるが、この方法では1つのメモリセルで「1」および「0」の2値、すなわち1ビットの情報しか記録再生できず、将来の高密度化の要求に対して十分ではないという問題があった。
【0005】
この問題を解決する方法として、1つのメモリセルに3値以上の多値の情報を記憶再生する方法が、特許文献1に開示されている。この技術について図2を参照して説明する。図2(a)は素子の単セルの構造を示す概略断面図であり、図2(b)〜(d)は、磁界を発生させた場合の第一強磁性層22および第二強磁性層24、25の各磁性層の磁化の方向を示す図(例示)である。
【0006】
図2(a)に示されるように、素子は、ビット線21と、その上に順次形成された第一強磁性層22、トンネル層23、第二強磁性層24、25を有する。第二強磁性層24および25は磁性材料の成膜条件を変えるなどして異なる保磁力を有するようにしてある。また、この素子にはワード線26および書き込み用ワード線27が設けられている。また、この素子中の第一強磁性層22および第二強磁性層24、25の保磁力A、BおよびCは、A<B<Cの関係を有しているとする。また、図中では、矢印の向きに合わせ、磁化の向きを右向きまたは左向きと称する(磁界の向きも同様である)。
【0007】
この素子に対して素子外部に設置した書き込み用ワード線に電流を流し、磁界(H)を発生させた場合、磁界の向きおよび強度と第一強磁性層22および第二強磁性層24、25の磁化方向は以下の通りとなる。まず、ワード線に十分大きな電流を流してA<B<C<Hとなる右方向の磁界Hを発生させたとすると、図2(b)に示すようにこの磁界により第一強磁性層22および第二強磁性層24、25の磁化方向は全て右向きとなる。この状態を理論値「0」とする。次にこの状態で、A<B<H<Cとなる左向きの磁界Hを発生させると、図2(c)に示したように第一強磁性層22および第二強磁性層24の磁化が左向きに反転する。この状態を理論値「1」とする。さらに左向きの磁界HをA<B<C<Hとなるように強めると、図2(d)に示したように全ての磁化が左向きとなる。この状態を理論値「2」とする。上記の関係を表1に示した。
【0008】
【表1】

【0009】
記憶情報の再生は書き込みようワード線26からA<H<B<Cとなる右向きの弱い磁界を発生させ、第一強磁性層22の磁化反転時の素子抵抗の変化を読み取ることで行う。このようにして、1つのメモリセルに対して3値の情報を記憶再生することが可能となる。
【0010】
特許文献2には、図3に示す構造を有するスピン注入を用いて2値の情報を記録再生するメモリ素子の一例が開示されている(特許文献2では、この素子をノーマル型と称している)。この磁気セルは、磁化M1、M2の向きが互いに反平行な2つの磁性固着層C1、C2と、磁化方向が可変なひとつの磁性記録層A、そして磁性記録層Aと磁性固着層の間に中間層B1、B2を有する。
【0011】
この素子に、磁性固着層C1から磁性固着層C2へ向かって電子を流したときの電子スピンおよび磁性層中の磁化の挙動は、図4に示すようになる。図4で、白抜きの矢印は各磁性層の磁化の向きを表し、小さな丸を付した矢印は電子スピンの向きを表し、丸のない細い矢印は電子の流れる向きを表す。以下では、矢印の向きに合わせ、磁化の向きを右または左向きと称する。
【0012】
まず、図4(a)において、磁化M1を有する第1の磁性固着層C1を通過した電子は、磁化M1の方向のスピンをもつようになり、これが磁性記録層Aへ流れると、このスピンのもつ角運動量が磁性記録層Aへ伝達され、磁化Mに作用する。一方、第2の磁性固着層C2の磁化M2は、磁化M1とは逆向きである。このため、電子の流れが第2の磁性固着層C2へ入る界面においては、磁化M1と同方向の右向きスピンを有する電子は反射される。この反射された電子が有する逆向きスピンは、やはり磁性記録層Aに作用する。すなわち、第1の磁性固着層の磁化と同じ方向のスピン電子が、磁性記録層Aに対して2回作用するため、実質的に2倍の書き込み作用が得られる。その結果として、磁性記録層Aに対する書き込みを従来よりも小さい電流で実施できる。
【0013】
また、図4(b)は、電流Iを反転させた場合を表す。この場合には、電流Iを構成する電子は、まず、第2の磁性固着層C2の磁化M2の作用を受けて、この方向(同図において左向き)のスピンを有する。このスピン電子は、磁性記録層Aにおいてその磁化Mに作用する。さらに、スピン電子は、それとは逆向きの磁化M1を有する第1の磁性固着層C1との界面において反射されて、中間層B2に溜まり、もう一度磁性記録層Aの磁化Mに作用する。
【0014】
このようにして、反対方向の磁化を有する2つの磁性固着層を準備した上で、素子に流す電流の方向を変えることで、2値の情報を書き込むことができる。
【0015】
上記素子を多数積層することで多値記録を行う方法も提案されている(特許文献2、段落番号0095〜0096参照)。そのような素子は図5に示されるような構造を有する。図5は、2層の磁性記録層を設けた磁気セルを表す模式断面図である。すなわち、この磁気セルにおいては、磁性固着層C1、中間層B1、磁性記録層A1、中間層B2、磁性固着層C2、中間層B3、磁性記録層A2、中間層B4、磁性固着層C3がこの順に積層されている。すなわち、磁性固着層C2を共有するようにして、その上下にそれぞれ図3に例示した磁気セルが直列に形成された構造を有する。基本的に、図5の素子は、図3の素子を積み重ねたもので、各中間層の磁性材料や膜厚を変えることでそれぞれの層の磁化方向が反転する臨界電流密度(以下、磁化反転電流密度とも称する)を変え、多値化を可能にしている。
【0016】
【特許文献1】特開2002−42457号公報
【特許文献2】特開2004−193595号公報
【非特許文献1】J. A. Katine, Phys. Rev. Letters, 84(14), 3149 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上記特許文献1に記載の素子は、1つのメモリセルに対して多値の理論情報を記憶再生することが可能であり、MRAMの高密度化への観点からは非常に有効であると考えられる。しかしこの素子では、TMR素子への情報書き込みの際に、TMR素子外部に設置した書き込みワード線が必須であるため、配線数が増大する。さらに、電流磁場による磁化反転では、磁化反転のための閾値電流が非常に大きく書き込み時の消費電力が増大するという問題があった。
【0018】
上記特許文献2に記載のメモリセルでは、2値記録を行う素子を複数積層して多値記録を行うことを想定したものである。従って、磁化反転を記録する磁性記録層の層ごとに少なくとも1層の磁性固着層を配置することが必要であり、多値記録の数が増えるに伴い磁性固着層の総数も増大する。磁性固着層は、磁化を固定して容易に変動しないようにするために十分な膜厚を有する必要があり、そのため複数の磁性固着層を備える場合には、素子抵抗が増大し、動作時の消費電力が増大することになる。
【0019】
また、この素子は複数の磁性記録層の磁化反転電流を変化させて多値情報を記録することから、磁化反転電流密度を異なる値に設定するための設計指針が重要となる。このような磁性記録層の設計指針として各磁性記録層の膜厚を変化させることが提案されているが、膜厚の増加は抵抗値の増加に繋がり、ひいては消費電力の増加に繋がるので好ましい方法ではない。また、磁性記録層を設計する際の磁性材料の設定方法については具体的な方法が示されていないのが現状である。
【0020】
本発明は、このような問題を解決するために考案されたものであり、配線数および消費電力の増大を防ぎ、高い出力が得られる多値記憶磁気メモリを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明は、スピン注入型磁化反転素子に関し、この素子は、少なくとも下部電極、反強磁性層、強磁性ピン層、第一中間層、第一強磁性フリー層、第二中間層、第二強磁性フリー層および上部電極をこの順で下部電極上に設けたスピン注入型磁化反転素子であり、前記第一および第二強磁性フリー層がbcc構造を有し、且つ、第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の磁化反転臨界電流密度が異なるものである。
【0022】
本発明の素子は、強磁性ピン層、第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層が、Co、FeまたはNiから選択される2種類以上の元素を含む合金であり、この合金が、Cr、V、Mo、W、Ta、BまたはPtから選択される元素をさらに含み、前記第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の組成が異なることが好ましい。さらに、上部電極が下部電極と電気的に接続されていることが好ましい。また、第一中間層および第二中間層は、Cu、Au、AgおよびAlよりなる群から選択される非磁性金属であってよく、あるいは、第一中間層および第二中間層は、Al、SiOおよびMgOよりなる群から選択される絶縁体であってもよい。
【0023】
本発明のスピン注入型磁化反転素子は、各層が、スパッタ法、イオンビームスパッタ法、分子線エピタキシー法(MBE)、またはレーザーアブレーション法により形成されることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明のスピン注入型磁化反転素子は、その構成により3値以上の多値記録が可能になる。また、第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層の結晶構造をbcc構造とすることで、高いMR比を示す素子を得ることができる。これにより配線数および消費電力の増大を防ぎ、高い出力が得られる多値記憶磁気メモリを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明を説明する。
図6は、本発明のスピン注入型磁化反転素子の基本的な構成を説明するための概念図である。図6に示されるように、本発明のスピン注入磁化反転素子は、下部電極30、反強磁性層31、強磁性ピン層32、第一中間層33、第一強磁性フリー層34、第二中間層35、第二強磁性フリー層36、および上部電極37を含み、下部電極上にこれらの層が順次積層された構造を有する。本発明の素子は、前記第一および第二強磁性フリー層がbcc構造を有し、且つ、第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の磁化反転臨界電流密度が異なることを特徴とする。
【0026】
(本発明のスピン注入型磁化反転素子の各層の説明)
以下に本発明の各層について説明する。
1)下部電極30および上部電極37
下部電極30および上部電極37は、スピン注入型磁化反転素子の電極として通常使用される材料を用いることができる。例えば、Cu、Au、Al、Agなどの材料を好適に使用することができる。本発明では、上部電極が下部電極と電気的に接続され、上部電極側からでも下部電極側からでも電流を流すことができるように構成されていることが好ましい。
【0027】
2)反強磁性層31
反強磁性層31は、後述する強磁性ピン層の磁化を固定するために用いる層であり、スピン注入型磁化反転素子の同層に通常用いられる材料を用いることができる。例えば、PtMn、IrMn、PdPtMn、NiMn、NiOなどの材料を好適に使用することができる。材料の好ましい元素組成は、例えばIr20Mn80とすることができる。反強磁性層の膜厚は、2〜15nmであることが好ましい。
【0028】
3)強磁性ピン層32
強磁性ピン層32は、一方向に磁化が固定された層である。スピン注入型磁化反転素子においては、強磁性ピン層32は、電子のアップスピンもしくはダウンスピンのいずれかを選択して通過させるフィルタ層の役目を担う。強磁性ピン層32の材料は、Co、FeまたはNiから選択される2種類以上の元素を含む合金であり、この合金がさらに、Cr、V、Mo、W、Ta、BまたはPtから選択される元素を含むことが好ましい。強磁性ピン層の膜厚は、2〜50nmであることが好ましい。また、好ましい材料の組み合わせは、FeCoBまたはFeCoNiBであり、好ましい元素組成は、例えばFe50Co40B10あるいはFe50Ni30Co10B10とすることができる。
【0029】
4)第一中間層33および第二中間層35
第一中間層33および第二中間層35は、TMR素子として用いる場合には、非磁性の絶縁材料であるAl、SiOまたはMgOのいずれかを用いることができる。膜厚は生産性およびトンネル障壁の臨界厚を考慮して0.5nm〜3nmの間であることが好ましい。
【0030】
また、第一中間層33および第二中間層35は、CPP−GMR素子(ここで、CPPは、Current Perpendicular to Planeの略である)として用いる場合には、非磁性の導電性材料であるCu、Au、AgまたはAlのいずれかを用いることができる。膜厚は生産性、および強磁性ピン層と強磁性フリー層に交換結合が働かない範囲の厚さとして1nm〜7nmの間であることが好ましい。
【0031】
5)第一強磁性フリー層34および第二強磁性フリー層36
第一強磁性フリー層34および第二強磁性フリー層36は、下部および上部電極間に流す電流密度および電流を流す方向により、強磁性ピン層12に対して磁化の向きが平行または反平行となるように設定され、電気抵抗を変化させるために用いられる層である。強磁性フリー層の材料は、Co、FeまたはNiから選択される2種類以上の元素を含む合金であり、この合金がさらに、Cr、V、Mo、W、Ta、BまたはPtから選択される元素を含むことが好ましい。3値以上の多値メモリとして本発明の素子を用いる場合には、第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の組成が異なることが好ましい。
【0032】
磁化反転の臨界電流は、磁性膜の飽和磁化、体積、形状異方性に依存するため、例えば、FeCoに対してCrの量を変化させて第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層として用いることができる。この場合には、Crの量の多い方がMsが小さく、磁化反転の臨界電流密度を小さくすることができる。また、MRをより大きくするために、強磁性フリー層の構造はbcc構造とすることが好ましい。このようになる要因は明かではないが、後述する中間層の材料が主にfcc構造であり、中間層と強磁性フリー層の結晶構造が異なることにより、スピン依存界面散乱の増大が原因しているものと予想される。
【0033】
強磁性フリー層の好ましい材料の組み合わせは、FeCoCr、FeCoCrB、FeCoMo、FeCoMoB、FeCoW、FeCoWB、FeCoPt、FeCoPtB等がある。
【0034】
好ましい材料の元素の組成比は、例えばFeCoCrBとした場合には、Feを70〜30原子%、Crを30〜10原子%、Coを20〜5原子%、Bを15〜5原子%とすることができる。このような範囲とすることで、強磁性フリー層の構造をbcc構造とすることができる。第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層の膜厚はそれぞれ1〜15nmおよび2〜20nmとすることができる。
【0035】
上記各層は、スパッタ法、、イオンビームスパッタ法、分子線エピタキシー法(MBE)、レーザーアブレーション法等により、下部電極、反強磁性層、強磁性ピン層、第一中間層、第一強磁性フリー層、第二中間層、第二強磁性フリー層および上部電極の順で成膜することができる。
【0036】
(動作原理)
以下に本発明のスピン注入型磁化反転素子の動作原理について図7を参照して説明する。以下の説明では、図6に示した本発明のスピン注入型磁化反転素子と同じ構成を有する素子を例に取り説明する。なお、図7(a)〜(c)は、それぞれ理論値「0」、「1」および「2」の場合を示す。また、各参照符号は、それぞれ50:下部電極、51:反強磁性層、52:強磁性ピン層、53:第一中間層、54:第一強磁性フリー層、55:第二中間層、56:第二強磁性フリー層、および57:上部電極を意味する。
【0037】
まず、強磁性ピン層52の磁化方向は、図7に示すように紙面右向き(図中、右向きの白抜き矢印で表した。以下、図7において、磁化の向きを白抜きの矢印で示した。)とし、第一強磁性フリー層54および第二強磁性フリー層56において、第一強磁性フリー層54の飽和磁化が第二強磁性フリー層56の飽和磁化よりも小さい場合、すなわち第一強磁性フリー層54と第二強磁性フリー層56における磁化反転臨界電流密度を、それぞれIc1、Ic2とすると、Ic1<Ic2である場合を考える。
【0038】
始めに、上部電極57から下部電極50へ向かって十分に大きな電流I(I>Ic2)を流すと、電子は下部電極50から上部電極57に向かって流れることから、電子スピンと強磁性層中の磁化との相互作用により、第一強磁性フリー層54および第二強磁性フリー層56の磁化方向が強磁性ピン層52の磁化方向と平行(紙面右向き)になる。この状態を理論値「0」とする(図7(a))。この状態で、下部電極50から上部電極57へ向かってIc1<I<Ic2の電流Iを流すと、電子スピンと強磁性層中の磁化との相互作用により第一強磁性フリー層54の磁化方向のみが磁化反転して紙面左向きとなる。一方、第二強磁性フリー層56および強磁性ピン層52の磁化方向は紙面右向きのままとなる。この状態を理論値「1」とする(図7(b))。さらに、この状態で下部電極50から上部電極57へ向かってI>Ic2>Ic1の電流Iを流すと、電子スピンと強磁性層中の磁化との相互作用により、第二強磁性フリー層56の磁化方向が紙面左向きとなる。従って、最初の状態と比べて、第一強磁性フリー層54および第二強磁性フリー層56の磁化方向が磁化反転して紙面左向きとなり、強磁性ピン層52の磁化方向は紙面右向きの状態となる。この状態を理論値「2」とする(図7(c))。このようにして、素子に流す電流の方向および大きさを制御することで、1つの素子に対して3値の情報を記録することができる。なお、記録情報の理論値と各磁性層の磁化方向との関係を表2に示した。
【0039】
【表2】

【0040】
次に、磁気抵抗素子に記録された情報の読み出し方法について説明する。情報を読み出す際には、上部電極57から下部電極50へ向かって、あるいは下部電極50から上部電極57に向かって、第一強磁性フリー層54および第二強磁性フリー層56の磁化が反転しない程度の小さい電流I(I<Ic2<Ic1)を流し、素子の抵抗値を測定する。なお、素子の両電極間の抵抗値は、2つの強磁性フリー層の磁化方向が平行の状態で小さく、反平行の状態で大きいことが知られている。従って、本説明の例では、全ての強磁性層の磁化方向が紙面右方向である理論値「0」での素子の抵抗値が最も小さく、第一強磁性フリー層54の磁化方向のみが紙面左方向である理論値「1」での素子の抵抗値が最も大きく、第一強磁性フリー層54および第二強磁性フリー層56の磁化方向が共に紙面左方向である理論値「2」での素子の抵抗値が中間になる。従って、素子に電流を流し、その抵抗値を測定することで、素子に記録されている情報を読み出すことが可能である。
【実施例】
【0041】
以下に本発明を実施例および比較例により説明するが、これらの実施例および比較例は本発明を説明するための代表例に過ぎず、本発明を制限することを意図しない。
【0042】
(素子の作成)
図6に示す構造を有し、CPP−GMR素子とした場合において、強磁性フリー層の組成および結晶構造を変化させて、以下の手順で実施例1〜3、比較例1および比較例2の素子を作成した。
【0043】
(実施例1)
下部電極30を、材料をAuとしてDCマグネトロンスパッタ法により100nmの厚さで形成した。次に反強磁性層31を、材料をIrMnとしてDCマグネトロンスパッタ法により15nmの厚さで形成した。次に強磁性ピン層32を、材料をFe40Co10BとしてDCマグネトロンスパッタ法により10nmの厚さで形成した。次に第一中間層33を、材料をCuとしてDCマグネトロンスパッタ法により5nmの厚さで形成した。次に、第一強磁性フリー層34を、材料をFe30Co20Cr5BとしてDCマグネトロンスパッタ法により3nmの厚さで形成した。次に、第二中間層35を、材料をCuとしてDCマグネトロンスパッタ法により5nmの厚さで形成した。次に、第二強磁性フリー層36を、材料をFe30Co10Cr5BとしてDCマグネトロンスパッタ法により3nmの厚さで形成した。次に、上部電極37を、材料をAuとしてDCマグネトロンスパッタ法により100nmの厚さで形成した。次に、EBリソグラフィー、Arイオンミリングを用いたレジストマスク法により、1辺が300〜100nmの長方形からなるピラー状の試料を作成した。このように作成したCPP−GMR素子を実施例1とした。
【0044】
(比較例1)
第一強磁性フリー層34をFe30Co10Cr5Bとした以外は、実施例1と同様にして各層を形成し、比較例1の素子を作成した。
【0045】
(比較例2)
第一強磁性フリー層34をNi20Fe20Cr、第二強磁性フリー層36をNi20Fe5Crとした以外は、実施例1と同様にして各層を形成し、比較例2の素子を作成した。
【0046】
(実施例2)
本実施例は、スピン注入型磁化反転素子をTMRとした例である。第一中間層33および第二中間層35を、材料をAlとしてRF−スパッタ法により1nmの厚さで形成した以外は実施例1と同様にして各層を形成し、実施例2の素子を作成した。
【0047】
(実施例3)
本実施例は、TMR素子をMBEにより作成した例である。強磁性ピン層32をFe20Co10Pt、第一中間層33および第二中間層35をMgO、第一強磁性フリー層34をFe20Co20Ta、および第二強磁性フリー層36をFe20Co10Taとし、下部電極、反強磁性層、強磁性ピン層、第一中間層、第一強磁性フリー層、第二中間層、第二強磁性フリー層および上部電極をMBE法で成膜した以外、実施例1と同様にして実施例3の素子を作成した。
【0048】
(実施例および比較例の説明)
まず、実施例1、比較例1および比較例2について説明する。実施例1、比較例1および比較例2は、CPP−GMR素子の例である。比較例1は、実施例1に対して2種類の強磁性フリー層を同じ組成にした素子の例である。比較例2は、強磁性フリー層の結晶構造をfccとした例であり、実施例1と結晶構造が異なる素子である。
【0049】
次に、実施例2および実施例3について説明する。実施例2および実施例3は、TMR素子の例である。実施例2は中間層をAlとした素子の例である。実施例3は中間層をMgOとし、MBE法で成膜した素子の例である。
【0050】
(評価)
各実施例および比較例の素子について、磁気抵抗比および平均磁化反転臨界電流密度を測定した。磁気抵抗比および平均磁化反転臨界電流密度の測定は、直流4端子法によりI−V曲線の測定を行い算出した。平均磁化反転臨界電流密度は((Icpap−Icppp)/2)/セル面積とした。ここでIcpapは、強磁性ピン層の磁化の向きを基準にして第一強磁性フリー層が反平行、第二強磁性フリー層が平行の場合で、Icpppは、強磁性ピン層、第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層の全てが平行の場合である。
【0051】
一般的なスピン注入型磁化反転素子では、平均磁化反転臨界電流密度は10mA/cm程度であり、CPP−GMR素子の磁気抵抗比は約1〜5%が一般的である。
【0052】
強磁性フリー層の結晶構造は、X線回折装置を用いて行い、管電圧、管電流をそれぞれ30kV、300mAとして測定した。構造の確認の結果、第一および第二強磁性フリー層の結晶構造は、実施例1〜3および比較例1でbcc構造であり、比較例2ではfcc構造であった。
【0053】
(結果)
実施例1〜3、比較例1および比較例3の素子の磁気抵抗比および平均磁化反転臨界電流密度の測定結果を表3に示した。
【0054】
【表3】

【0055】
実施例1の素子の磁気抵抗比は9.5%、平均磁化反転臨界電流密度は0.6(mA/cm)であり、非常によい特性を有していた。これに対し、2種類の強磁性フリー層が同じ組成である比較例1では、磁気抵抗比が高いものの、平均磁化反転臨界電流密度は実施例1に比較して大きな値となっていた。これは、比較例1の素子の第一強磁性フリー層の組成を第二強磁性フリー層と同じ組成としたため、実施例1のCr濃度の少ない強磁性フリー層と同じ組成の層が2層形成されることになり、Msが低くなり、従って高い臨界電流でないと磁化反転が起こらないこととなったと考えられる。
【0056】
比較例2では、第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層の組成が異なっているため平均磁化反転臨界電流密度は比較例1に比べいくぶん低くなっているが、実施例1および比較例1と比べて磁気抵抗比は小さくなっている。これは、強磁性フリー層の結晶構造に起因していると考えられる。すなわち、比較例2では、強磁性フリー層の結晶構造が中間層や強磁性ピン層と同じfcc構造であるため、スピン依存界面散乱の効果が小さかったことによると推測される。
【0057】
次に、実施例2および実施例3に関しては、実施例1との比較では、共に平均磁化反転臨界電流密度は実施例1と同等の値が得られた。また、磁気抵抗比は、CPP−GMR素子である実施例1よりも非常に大きな値となった。
【0058】
実施例2と実施例3を比較すると、平均磁化反転臨界電流密度は同等であるが、磁気抵抗比は実施例2よりも実施例3の方が大きくなっていた。これは、成膜法をMBE法としたことにより、強磁性フリー層と中間層の界面が平坦化され、伝導電子の散乱が小さくなったためであると考えられる。
【0059】
以上のように、本発明では、偏極スピン電流注入により多値情報の記録再生を行うことで従来では必須であった書き込みようワード線が不要となり、配線数を減らせると共に、従来の電流磁場による記録再生と比較して、低消費電力で情報の記録再生が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】従来のMRAMの基本構造を示す概略図である。(a)は全体図であり、(b)はTMR素子の構造を示す断面図である。
【図2】(a)は従来の多値MRAMの単セルの構造を示す概略断面図であり、(b)〜(d)は、この素子において磁界を発生させた場合の第一強磁性層および第二強磁性層の各磁性層の磁化の方向を示す図(例示)である。
【図3】従来技術によりスピン注入を用いて2値の情報を記録再生するメモリ素子の一例を示す図である。
【図4】(a)および(b)は、図3に示す素子の電子スピンおよび磁化の挙動を示す図である。
【図5】図3に示す素子を多数積層することで多値記録を行うための素子の構造を示す図である。
【図6】本発明のスピン注入型磁化反転素子の構造を示す概略図である。
【図7】図6に示した本発明のスピン注入型磁化反転素子の動作原理を説明するための図であり、(a)〜(c)は、それぞれ理論値「0」、「1」および「2」の場合を示す図である。
【符号の説明】
【0061】
10、50 下部電極
11、21 ビット線
12、22 第一強磁性層
13 絶縁層
14、24、25 第二強磁性層
15、26 ワード線
16、27 書き込み用ワード線
23 トンネル層
31、51 反強磁性層
32、52 強磁性ピン層
33、53 第一中間層
34、54 第一強磁性フリー層
35、55 第二中間層
36、56 第二強磁性フリー層
37、57 上部電極
A、A2 磁性記録層
B1、B2、B3、B4 中間層
C1、C2、C3 磁性固着層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも下部電極、反強磁性層、強磁性ピン層、第一中間層、第一強磁性フリー層、第二中間層、第二強磁性フリー層および上部電極をこの順で下部電極上に設けたスピン注入型磁化反転素子であって、前記第一および第二強磁性フリー層がbcc構造を有し、且つ、第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の磁化反転臨界電流密度が異なることを特徴とするスピン注入型磁化反転素子。
【請求項2】
前記強磁性ピン層、第一強磁性フリー層および第二強磁性フリー層が、Co、FeまたはNiから選択される2種類以上の元素を含む合金であり、この合金が、Cr、V、Mo、W、Ta、BまたはPtから選択される元素をさらに含み、前記第一強磁性フリー層と第二強磁性フリー層の組成が異なることを特徴とする請求項1に記載のスピン注入型磁化反転素子。
【請求項3】
前記上部電極が前記下部電極と電気的に接続されていることを特徴とする請求項1または2に記載のスピン注入型磁化反転素子。
【請求項4】
前記第一中間層および第二中間層がCu、Au、AgおよびAlよりなる群から選択される非磁性金属であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のスピン注入型磁化反転素子。
【請求項5】
前記第一中間層および第二中間層がAl、SiOおよびMgOよりなる群から選択される絶縁体であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のスピン注入型磁化反転素子。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載のスピン注入型磁化反転素子であって、各層が、スパッタ法、イオンビームスパッタ法、分子線エピタキシー法(MBE)、またはレーザーアブレーション法により形成されることを特徴とするスピン注入型磁化反転素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−305629(P2007−305629A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−129515(P2006−129515)
【出願日】平成18年5月8日(2006.5.8)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】