説明

ダイヤモンドの剥離方法

【課題】ダイヤモンドの剥離プロセスで必要なイオン注入工程を改善してより安価に剥離を実現するダイヤモンドの剥離方法を提供すること。
【解決手段】 ダイヤモンド基板(03)の主面にイオンを注入してダイヤモンド基板にイオン注入層を形成するイオン注入工程と、該イオン注入層(04)を形成した側の基板表面にダイヤモンド膜(02)を成長させて、イオン注入層が、ダイヤモンド層(02、03)に挟まれた構造を有する構造体を形成する工程とを含む工程によって得られた前記構造体をエッチング液に浸漬して電圧を印加し、イオン注入層を電気化学的にエッチングすることで、該ダイヤモンド層を分離する剥離工程を含むダイヤモンドの剥離方法であって、該イオン注入工程において、該イオン注入層として注入エネルギー10keV以上1MeV未満且つ2段以上の多段注入で9.0μm未満の層厚を形成することを特徴とするダイヤモンドの剥離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体デバイス用基板や光学部品に適した大面積なダイヤモンドを比較的短時間で剥離させるダイヤモンドの剥離方法であって、特に剥離プロセスで必要なイオン注入工程を改善したダイヤモンドの剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは高硬度、高熱伝導率の他、高い光透過率、ワイドバンドギャップなどの多くの優れた性質を有することから、各種工具、光学部品、半導体、電子部品の材料として幅広く用いられており、今後さらに重要性が増すものと考えられる。
【0003】
ダイヤモンドの工業応用としては、天然に産出するものに加えて、品質が安定している人工合成されたものが主に使用されている。人工ダイヤモンド単結晶は現在工業的には、そのほとんどがダイヤモンドの安定存在条件である千数百℃から二千数百℃程度の温度かつ数万気圧以上の圧力環境下で合成されている。このような高温高圧を発生する超高圧容器は非常に高価であり、大きさにも制限があるため、高温高圧法による大型単結晶の合成には限界がある。不純物として窒素(N)を含んだ黄色を呈するIb型のダイヤモンドについては1cmφ級のものが高温高圧合成法により製造、販売されているがこの程度の大きさがほぼ限界と考えられている。また、不純物のない無色透明なIIa型のダイヤモンドについては、天然のものを除けば、さらに小さい数mmφ程度以下のものに限られている。
【0004】
一方、高温高圧合成法と並んでダイヤモンドの合成法として確立されている方法として気相合成法がある。この方法によっては6インチφ程度の比較的大面積のものを形成することができるが、通常は多結晶膜である。しかし、ダイヤモンドの用途の中でも特に平滑な面を必要とする超精密工具や光学部品、不純物濃度の精密制御や高いキャリア移動度が求められる半導体などに用いられる場合は、単結晶ダイヤモンドを用いることになる。そこで、従来から気相合成法によりエピタキシャル成長させて単結晶ダイヤモンドを得る方法が検討されている。
【0005】
一般にエピタキシャル成長は、成長する物質を同種の基板上に成長させるホモエピタキシャル成長と、異種基板の上に成長させるヘテロエピタキシャル成長とが考えられる。ヘテロエピタキシャル成長では、ダイヤモンドにおいてはこれまで困難とされてきたが、近年、特許文献1に記載されているように1インチφのヘテロエピタキシャルダイヤモンド自立膜が作製されており、大きな進展があった。しかしながら、得られる単結晶の結晶性はホモエピタキシャルダイヤモンド単結晶と比較すると十分ではなく、ホモエピタキシャル成長による単結晶合成が有力と考えられる。
【0006】
ホモエピタキシャル成長では、高圧合成によるダイヤモンドIb基板の上に高純度のダイヤモンドを気相からエピタキシャル成長させることにより、高圧で得られるIIaダイヤモンドを上回る大きなIIa単結晶ダイヤモンドを得ることができる。また、特許文献2に記載されているように、同一の結晶方位に向けた複数のダイヤモンド基板、あるいはダイヤモンド粒を用い、この上に一体のダイヤモンドを成長させることにより小傾角粒界のみを持つダイヤモンドが得られることも報告されている。
【0007】
しかしながら、ホモエピタキシャル成長によりダイヤモンドを合成する場合に問題となるのは基板の除去法、再利用法である。Ibダイヤモンド等を基板として気相合成によりIIaダイヤモンド膜を得る場合には、成長させたダイヤモンド層から何らかの方法によりIbダイヤモンド基板を取り除く必要がある。このための方法としてはエピタキシャル膜と基板とを分離させる方法もしくは基板を全くなくしてしまう方法が考えられる。ダイヤモンド単結晶基板は高価であるから前者の方法が望ましいことはいうまでもなく、レーザーによるスライス加工がその代表的な方法である。しかし、ダイヤモンドの面積が大きくなればなるほどスライスするためにはダイヤモンドの厚みが必要になり、成功率も悪くなってしまう。
【0008】
このため、1cm×1cmの大きさの単結晶ダイヤモンドになると、もはやスライス加工は困難で、基板を除去する方法を用いざるを得ない。これには、例えば特許文献3に記載されているようなダイヤモンド砥粒を用いた研磨や鉄表面と反応させ反応した層を除去する方法、あるいは、特許文献4に記載されているようなイオンビーム照射による方法などが知られているがいずれも長時間を要するものとなる。また、高圧合成による基板を再使用できないことは、コスト的にも大きな不利となる。
【0009】
そこで特許文献5及び特許文献6にあるように、ダイヤモンド中にイオン注入層を形成しその注入層を電気化学的手法でエッチングすることにより、注入層を挟むダイヤモンド基板とダイヤモンド層の双方を破損することなく分離・剥離する方法が提供された。しかしながら、これら先行技術では、イオン注入層を形成するために注入エネルギーとして数MeVを選択していたために、シリコン半導体デバイスの製造プロセスで多用されているMeV未満の注入を実施するためのイオン注入機であるいわゆる中電流機が使用できず、高エネルギー機を利用せざるを得なかった。そして、高エネルギー機は照射イオン電流量が小さいために、剥離で必要な照射量1016ions/cm2〜1017ions/cm2以上の高ドーズ量をシリコンウェハサイズ程度の大面積領域に注入するためのコストが大面積ダイヤモンド単結晶の製造コストにおいて大きな割合を占めると共に、コストダウン実現を困難にしていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−270272号公報
【特許文献2】特開平3−75298号公報
【特許文献3】特開平2−26900号公報
【特許文献4】特開昭64−68484号公報
【特許文献5】特開2005−272197号公報
【特許文献6】特開2008−031503号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上のように、従来の技術では、高品質で大面積のダイヤモンドを気相成長させても、イオン注入費用が高価であるためにその分離にコストを要していた。そしてこのことが、大面積の気相合成ダイヤモンドの製造コストを上げていたために普及を妨げていた。
【0012】
本発明の目的は、このような従来技術の問題点を解決し、ダイヤモンドの剥離プロセスで必要なイオン注入工程を改善してより安価に剥離を実現するダイヤモンドの剥離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、本発明者らはダイヤモンド層間にこれらを分離するためのイオン注入層を形成するイオン注入工程において、イオン注入層として注入エネルギー10keV以上1MeV未満且つ2段以上の多段注入で形成して9.0μm未満の層厚を形成すればよいことを見出した。イオン注入工程おいてこのような方法でイオン注入層を形成することにより、従来技術の数MeVの高エネルギー注入と同等の効果を得つつも、シリコン半導体デバイスの製造プロセスで多用されている中電流イオン注入機が使用できるために、大面積ダイヤモンド単結晶の製造コストを大幅に削減できることを見出したものである。
【0014】
また、本発明者らは、前記イオン注入において注入種として炭素を選択することにより、注入種が非ダイヤモンド層外に残留した場合、剥離・分離するダイヤモンドの結晶性、電気特性、工学特性、機械特性に対する影響が、他注入種と比べて小さく高品質が実現できること、さらには、前記イオン注入後に10−2Pa以下の真空中、あるいは不活性ガス雰囲気中において、650℃以上950℃以下の温度で1時間以上24時間以下のアニールを実施すれば、注入面側のダイヤモンドの結晶性が向上することを見出した。
【0015】
すなわち、本発明は以下の構成よりなる。
(1) ダイヤモンド基板の主面にイオンを注入してダイヤモンド基板にイオン注入層を形成するイオン注入工程と、該イオン注入層を形成した側の基板表面にダイヤモンド膜を成長させて、イオン注入層が、ダイヤモンド層に挟まれた構造を有する構造体を形成する工程とを含む工程によって得られた前記構造体をエッチング液に浸漬して電圧を印加し、イオン注入層を電気化学的にエッチングすることで、該ダイヤモンド層を分離する剥離工程を含むダイヤモンドの剥離方法であって、
該イオン注入工程において、該イオン注入層として注入エネルギー10keV以上1MeV未満且つ2段以上の多段注入で9.0μm未満の層厚を形成することを特徴とするダイヤモンドの剥離方法。
(2) 前記イオン注入層の層厚が0.1μm以上であることを特徴とする、上記(1)に記載のダイヤモンドの剥離方法。
(3) 前記イオン注入に用いられるイオン種が炭素であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載のダダイヤモンドの剥離方法。
(4)前記イオン注入後のダイヤモンド基板に10−2Pa以下の真空中、あるいは不活性ガス雰囲気中において、650℃以上950℃以下の温度で1時間以上24時間以下のアニール処理を施すことを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載のダイヤモンドの剥離方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によるダイヤモンドの剥離方法を用いることによって、注入エネルギー数MeVの高価なイオン注入を実施する必要なく、比較的安価な中電流イオン注入機が使用できる結果、大面積で高品質な気相合成ダイヤモンドを安価に提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】ダイヤモンド構造体を示す図である。
【図2】ダイヤモンド構造体の剥離装置の一例を示す図である。
【図3】イオン注入層がエッチングされる様子を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して、本発明に係るダイヤモンドの剥離方法の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては、同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法比率は、説明のものと必ずしも一致していない。
【0019】
[ダイヤモンド構造体]
図1は、本発明におけるダイヤモンドからなるダイヤモンド構造体01である(以下では「ダイヤモンド構造体」を単に「構造体」ともいう)。構造体01はダイヤモンド層02、ダイヤモンド層03、そしてイオン注入層04からなる。ダイヤモンド層02及び03は、単結晶であっても多結晶であっても良いが、単結晶ダイヤモンドの方が高価ではあるが、本発明の効果をより大きく発揮させることができるので好ましい。また、ダイヤモンド層02及び03は、導電性であっても絶縁性であっても良いが、工業応用されているダイヤモンドのほとんどは絶縁性であるから、通常は本発明の効果が大きい絶縁性が好ましい。導電性はダイヤモンド結晶中にホウ素(B)やリン(P)が添加されている状態で得られる。
【0020】
イオン注入層04は、ダイヤモンド層02又は03の主面からイオン注入することで形成することができる。イオン注入によりもともと一体であったダイヤモンド層02と03は、形成されたイオン注入層04により2層に分割される。イオン注入層04は、ダイヤモンド構造が破壊されてグラファイト化が進行した層で導電性を有する。形成されるイオン注入層04の主面からの深さや厚さは、主に使用するイオンの種類、注入エネルギー、照射量によって異なるので、これらを決めてイオン注入を実施する。イオン注入層の設計はTRIMコードのようなモンテカルロシミュレーションコードによってほぼ正確に計算・予測することができる。
【0021】
イオン注入層04の形成に際しては、注入原子濃度が5×1018/cm以上5×1021個/cm以下となるように照射量を調整する。この範囲内とすることによって、イオン注入層04の導電率が十分に高くなる結果、電気化学的エッチングによってダイヤモンド層02と03の分離・剥離が可能となる。注入量が5×1018/cm未満である場合には導電率が十分に得られないので電気化学的エッチングのエッチング速度が極端に遅くなり好ましくない。逆に注入量が5×1021個/cmより多いと、注入面として選択したダイヤモンド層02又は03の主面の近傍層で注入による結晶構造の損傷が無視できなくなり、良好な結晶性を維持することができなくなるために好ましくない。
【0022】
注入エネルギーは10keV以上範囲1MeV未満がより好ましい。1MeV未満とすることにより、シリコン半導体デバイスの製造プロセスで多用されている中電流イオン注入機が使用可能となるので、安価でイオン注入できる結果、製造コストを大幅に下げることができる。10keV未満では、エネルギーが低い結果注入面近傍層での結晶構造の損傷が顕著となり、良好な結晶性を維持することができなくなるために好ましくない。
【0023】
形成されるイオン注入層04の厚さは、注入イオン種、照射量が同じであれば従来技術の数MeVと比較して薄くなる。イオン注入層の厚さが薄くなると、後の工程にある剥離工程での電気化学エッチング時のエッチング速度が遅くなるので、2段以上の多段イオン注入を実施することによってイオン注入層を厚くする。
イオン注入層04の層厚は0.1μm以上9.0μm未満であることが好ましい。イオン注入層の層厚が0.1μm以上であると電気化学エッチングのエッチング速度が極端に遅くなることがないので好ましい。また、イオン注入層の厚さを9.0μm未満とすることにより1MeV以上の注入エネルギーを必要とすることがないので好ましい。
イオン注入層の層厚を上記のように設定することで、形成するイオン注入層04の厚さを従来技術と同程度に保ちつつも、中電流イオン注入機を使用するので安価に形成することができる。
【0024】
イオン注入層を形成するのは、ダイヤモンド構造を破壊してグラファイト化を進行させることにより導電層を形成するのが目的であるから、イオンの種類としては、炭素、ホウ素、窒素、酸素、リン、水素、ヘリウム、アルミニウム、シリコン、硫黄、アルゴン等、イオン注入可能なすべての元素が使用可能である。ホウ素やリンなどは、シリコンデバイス製造で多用されており照射電流量が大きいために所望の照射量を短時間で実施できるために好適に使用可能である。炭素は、イオン注入で剥離・分離するダイヤモンドに残留した場合、結晶性、電気特性、工学特性、機械特性に対する影響が他注入種と比べて小さく高品質が実現できるので、最も好適に使用可能である。
【0025】
イオン注入後には、イオンを照射した主面側のダイヤモンド層の結晶性向上を目的として、真空中もしくは不活性ガス雰囲気中でアニールしても良い。真空中であれば10−2Pa以下、不活性ガス中であれば希ガスや窒素雰囲気が好適に使用可能である。これ以外であれば、イオンを照射した主面の結晶性を逆に悪化させてしまう可能性がある。アニール温度は300℃以上1450℃以下であれば結晶性回復の効果が見られるが、より好ましくは650℃以上950℃以下であり、結晶性回復の効果が顕著である。300℃未満では温度が低すぎるので結晶性回復の効果はほとんど無い。また、1450℃より高いと逆に結晶性が悪化するために不適である。アニール時間は1時間以上24時間以下が好ましい。この範囲であれば、結晶性回復の効果が現れる。1時間未満ではほとんど結晶性回復には至らず、24時間より長いと逆に結晶性が悪化するので不適である。
【0026】
本発明におけるダイヤモンド構造体は例えば以下のようにして製造することができる。
まず、ダイヤモンド基板を準備する。次にこの基板の主面から炭素、ホウ素、リンなどのイオンを注入してダイヤモンド基板にイオン注入層を形成する。このイオン注入層を形成した側の基板表面上にダイヤモンド膜を形成する。これによって、ダイヤモンド基板(ダイヤモンド層03)とダイヤモンド膜(ダイヤモンド層02)の間にイオン注入層04が挟まれた構造のダイヤモンド構造体を得ることができる。
【0027】
ダイヤモンド層02及び03は、イオン注入層04を形成した後から気相成長したダイヤモンドを含んでいても構わない。イオンを照射した主面に結晶成長する場合、前記アニール後であれば、主面の結晶性が向上しているので、より高品質なダイヤモンドが気相成長する。ダイヤモンド層とイオン注入層とが交互に繰り返し複数層形成されているものも、本発明でいう構造体に含まれる。本発明でいう構造体のイオン注入層04は、電気化学的手法によりエッチングを可能とするために、エッチング液中に配置する際には少なくとも一部、望ましくは全周囲がエッチング液と接触している必要がある。
【0028】
[剥離装置]
図2は、本発明のダイヤモンドの剥離方法を実施するための剥離装置の一例を示す図である。剥離装置11は、エッチング液12、エッチング槽13、そして電極14からなる。エッチング液12としては、純水を使用する。エッチング槽13は、ほうけい酸ガラスを使用したビーカを使用するが、純水を保持できる容器であれば特に制限はない。電極14は、接液部が白金やグラファイト等の電極を使用する。
【0029】
以上の構成を有する剥離装置11において、エッチング液12中で電極14,14間に構造体01を配置して、電極14,14間に電圧を印加することでイオン注入層04をエッチングしてダイヤモンド層02とダイヤモンド層03の剥離・分離を実施する。図3にイオン注入層04がエッチングされる様子を模式図で示した。電圧は電極間の距離によるが、100V/cmから300V/cmの電界を電極間に与えるように電圧を設定するのが好ましい。
【0030】
ダイヤモンドの剥離・分離のためのイオン注入において、これまで、コストが高くなるにも関わらず数MeVのエネルギーを利用してきた理由は、それにより形成されるイオン注入層が厚く、また、注入面近傍層ダイヤモンドに入る空孔やディスロケーション等の結晶ダメージが少ないので、比較的短時間で比較的高品質なダイヤモンドが剥離できるからである。一方、MeV未満のエネルギーでは、数MeVと比べて形成されるイオン注入層が比較的薄く、注入面近傍層の結晶ダメージが大きいので、安価で実施できるにも関わらず避けられていた。
【0031】
本発明者らは、安価で実施できる点に着目してMeV未満でのイオン注入を検討した。MeV未満の注入でまず問題になるのは、数MeV注入と比較して注入面近傍層の結晶構造に空孔が入り易いので、剥離してもダイヤモンドでなくなる可能性があることであった。そこで、剥離したダイヤモンドの結晶性の良し悪しは、イオン注入後の主面にダイヤモンドがエピタキシャル成長するか否かで判断することにして、注入面近傍層の結晶ダメージとエピタキシャル成長の関係を定量的に調べた。その結果、MeV未満の注入エネルギーであっても、モンテカルロ法によるイオン注入シミュレーション(TRIMコード)で計算される注入面近傍の空孔密度が数MeV注入よりも1桁程度以上高い6.0×1023cm−2であってもエピタキシャル成長が可能であることを見出して、注入面近傍の結晶性悪化の観点では、MeV未満の注入も適用可能であるとわかった。
【0032】
次に、MeV未満の注入でイオン注入層の厚さを数MeV注入と同程度の厚さにする方法を探索した。一回の数MeV注入により形成される層の厚さは0.1μm程度以上である。一方、MeV未満の注入では形成される層の厚さは数十nmであるので、電気化学エッチング時間が極端に長時間となる。イオン注入層形成実験とTRIMコードによるシミュレーションを検討したところ、イオン注入によりグラファイト化が進行した導電層に変性してしまうかダイヤモンド層として残るかはイオン注入で導入される空孔密度で決まり、その空孔閾値密度は1.1×1023cm−3であることを見出した。これにより、MeV未満の注入で空孔密度が1.1×1023cm−3以上となる厚さが0.1μm以上9.0μm未満となるように、2段以上の多段イオン注入で形成することに想到したものである。
【0033】
こうして、TRIMコードによるシミュレーションで、イオン注入で発生する表面の空孔密度6.0×1023cm−2以下で、且つ、イオン注入領域の空孔密度が1.1×1023cm−3以上となる厚さを0.1μm以上となるように2段以上の多段イオン注入を実施すれば、MeV未満の注入エネルギーが利用できることがわかった。そして、これに対応して、注入エネルギー10keV以上1MeV未満且つ2段以上の多段注入でイオン注入層を形成してその層厚を0.1μm以上9.0μm未満とすればよいことを見出したものである。なお、上記条件は、コストの観点を除けば、技術的にはMeV未満の注入に限ったことではなく、MeV以上の注入でも適用可能である。MeV以上のエネルギーで多段注入することによりイオン注入層を厚くできる結果、イオン注入層の電気化学エッチング時間をより短縮することができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]
まず、図1に示す構造体01として以下のようにして試料aを作製した。
Ib高温高圧ダイヤモンド単結晶基板を準備し、主面からイオン注入後、注入面上にCVDダイヤモンドをエピタキシャル成長させ、基板側面のイオン注入層の周りに堆積したダイヤモンドをレーザー切断で除去して構造体01を作製した。
サイズは主面が4×4mmで、ダイヤモンド層02は厚さ0.4mmの高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶であり、ダイヤモンド層03は厚さ0.26μmの高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶を含む厚さ0.37mmのCVDダイヤモンド単結晶であった。
そして、グラファイト化が進行したイオン注入層04は、Cイオンを注入エネルギー350keV及び280keVで照射量をそれぞれ1.2×1016ions/cm2及び4×1015ions/cm2として、高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶の主面から2段注入して形成しており、厚さは注入面より深さ0.26μmから0.38μmまでの0.14μmで、注入原子濃度はシミュレーション計算で推定して1.4x1020cm−3から2.2×1021cm−3の間であった。また、ダイヤモンド層02及び03は絶縁性、イオン注入層04は導電性であった。
【0035】
次に、図2に示すダイヤモンドの剥離装置11を用意した。エッチング液12は純水で、エッチング槽13はほうけい酸ガラス製のビーカ、電極14は白金電極とした。
そして、剥離装置11の電極間隔を約1cmとして、エッチング液中の電極間に試料aを置いた。電極間に340Vの電圧を印加して放置したところ、13時間でイオン注入層04が完全にエッチングされて、ダイヤモンド層02と03は剥離・分離した。
【0036】
試料bとして、イオン注入直後に1×10−4Paの真空中において温度650℃で24時間アニールを実施する工程を追加した以外は試料aと同様にして構造体01を作製した。注入面にエピタキシャル成長させたCVDダイヤモンドの結晶性はロッキングカーブ測定を行ったところ試料aよりも良好であることがわかった。その後、剥離装置11において、試料aについて行ったと同様の条件で剥離・分離を試みた。結果、13時間でイオン注入層04が完全にエッチングされて、ダイヤモンド層02と03は剥離・分離した。
【0037】
[実施例2]
まず、図1に示す構造体01として以下のようにして試料cを作製した。
Ib高温高圧ダイヤモンド単結晶基板を準備し、主面からイオン注入後、注入面上にCVDダイヤモンドをエピタキシャル成長させ、基板側面のイオン注入層の周りに堆積したダイヤモンドをレーザー切断で除去して構造体01を作製した。
サイズは主面が4×4mmで、ダイヤモンド層02は厚さ0.4mmの高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶であり、ダイヤモンド層03は厚さ0.23μmの高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶を含む厚さ0.37mmのCVDダイヤモンド単結晶であった。
そして、グラファイト化が進行したイオン注入層04は、Bイオンを注入エネルギー350keV、270keV及び200keVで照射量をそれぞれ1.2×1016ions/cm2、6.0×1015ions/cm2及び6.0×1015ions/cm2として、高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶の主面から3段注入して形成しており、厚さは注入面より深さ0.23μmから0.43μmまでの0.20μmで、注入原子濃度はSIMSで測定して2.0x1020cm−3から2.0x1021cm−3の間でシミュレーション計算と一致していた。また、ダイヤモンド層02及び03は絶縁性、イオン注入層04は導電性であった。
【0038】
次に、図2に示すダイヤモンドの剥離装置11を用意した。エッチング液12は純水で、エッチング槽13はほうけい酸ガラス製のビーカ、電極14は白金電極とした。
そして、剥離装置11の電極間隔を約1cmとして、エッチング液中の電極間に試料cを置いた。電極間に340Vの電圧を印加して放置したところ、10時間でイオン注入層04が完全にエッチングされて、ダイヤモンド層02と03は剥離・分離した。
【0039】
試料dとして、イオン注入直後に1×10−5Paの真空中において温度950℃で1時間アニールを実施する工程を追加した以外は試料cと同様にして構造体01を作製した。注入面にエピタキシャル成長させたCVDダイヤモンドの結晶性はロッキングカーブ測定を行ったところ試料cよりも良好であることがわかった。その後、剥離装置11において、試料cについて行ったと同様の条件で剥離・分離を試みた。結果、9時間でイオン注入層04が完全にエッチングされて、ダイヤモンド層02と03は剥離・分離した。
【0040】
[比較例1]
まず、図1に示す構造体01として以下のようにして試料eを作製した。
Ib高温高圧ダイヤモンド単結晶基板を準備し、主面からイオン注入後、注入面上にCVDダイヤモンドをエピタキシャル成長させ、基板側面のイオン注入層の周りに堆積したダイヤモンドをレーザー切断で除去して構造体01を作製した。
サイズは主面が4×4mmで、ダイヤモンド層02は厚さ0.4mmの高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶であり、ダイヤモンド層03は厚さ0.21μmの高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶を含む厚さ0.37mmのCVDダイヤモンド単結晶であった。
そして、グラファイト化が進行したイオン注入層04は、Bイオンを注入エネルギー175keVで照射量を1.0×1016ions/cm2として、高温高圧合成Ibダイヤモンド単結晶の主面から1段注入して形成しており、厚さは注入面より深さ0.21μmから0.24μmまでの0.03μmで、注入原子濃度はSIMSで測定して4.0x1020cm−3から1.2x1021cm−3の間でシミュレーション計算と一致していた。また、ダイヤモンド層02及び03は絶縁性、イオン注入層04は導電性であった。
【0041】
次に、図2に示すダイヤモンドの剥離装置11を用意した。エッチング液12は純水で、エッチング槽13はほうけい酸ガラス製のビーカ、電極14は白金電極とした。
そして、剥離装置11の電極間隔を約1cmとして、エッチング液中の電極間に試料eを置いた。電極間に340Vの電圧を印加して放置したが、48時間(2日間)経過してもイオン注入層04は完全にエッチングされず、ダイヤモンド層02と03は剥離・分離しなかった。
【符号の説明】
【0042】
01 ダイヤモンド構造体
02 ダイヤモンド層
03 ダイヤモンド層
04 イオン注入層
11 ダイヤモンドの剥離装置
12 エッチング液
13 エッチング槽
14 電極


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド基板の主面にイオンを注入してダイヤモンド基板にイオン注入層を形成するイオン注入工程と、該イオン注入層を形成した側の基板表面にダイヤモンド膜を成長させて、前記イオン注入層が、ダイヤモンド層に挟まれた構造を有するダイヤモンド構造体を形成する工程とを含む工程によって得られた前記ダイヤモンド構造体をエッチング液に浸漬して電圧を印加し、イオン注入層を電気化学的にエッチングすることで、ダイヤモンド基板とダイヤモンド層とを分離する剥離工程を含むダイヤモンドの剥離方法であって、
前記イオン注入工程において、注入エネルギー10keV以上1MeV未満の注入エネルギーの範囲内で、異なる注入エネルギーでのイオン注入を2段以上行って9.0μm未満の層厚のイオン注入層を形成することを特徴とするダイヤモンドの剥離方法。
【請求項2】
前記イオン注入層の層厚が0.1μm以上であることを特徴とする、請求項1に記載のダイヤモンドの剥離方法。
【請求項3】
前記イオン注入に用いられるイオン種が炭素であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のダイヤモンドの剥離方法。
【請求項4】
前記イオン注入後のダイヤモンド基板に10−2Pa以下の真空中、あるいは不活性ガス雰囲気中において、650℃以上950℃以下の温度で1時間以上24時間以下のアニール処理を施すことを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載のダイヤモンドの剥離方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−86988(P2012−86988A)
【公開日】平成24年5月10日(2012.5.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−232249(P2010−232249)
【出願日】平成22年10月15日(2010.10.15)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】