説明

ハイブリッド車両の制御装置

【課題】エンジン動作点の移動及び機械式変速機構の変速制御を同時に行う際、燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現する。
【解決手段】第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後に第2電動機回転速度NMG2が自動変速機18の変速後における第2電動機回転速度NMG2と同期するまでの間は一時的に、エンジン回転速度Nの低下勾配を零にするので、エンジン回転速度Nの目標値を跨ぐ吹き上がり方がどれだけばらついても、エンジン回転速度Nの低下勾配のばらつきが確実に回避される。従って、エンジン回転速度Nの低下勾配が一時的に零とされている期間での自動変速機18の変速制御を安定して実行することができる。また、第2電動機回転速度NMG2の同期後にエンジン回転速度Nを目標回転速度に向かって低下させる制御を単独で実行することができ、目標回転速度への収束時間のばらつきが抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、差動機構を有する電気式変速機構と機械式変速機構とを直列に備えるハイブリッド車両の制御装置に係り、特に、電気式変速機構と機械式変速機構とを同時に変速制御する際の技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
エンジンが動力伝達可能に連結された第1回転要素と差動用電動機が動力伝達可能に連結された第2回転要素と走行用電動機が動力伝達可能に連結された出力回転部材である第3回転要素との3つの回転要素を有する差動機構を備えてその差動用電動機の運転状態が制御されることによりその差動機構の差動状態が制御される電気式変速機構と、その電気式変速機構の出力回転部材と駆動輪との間の動力伝達経路の一部を構成する機械式変速機構とを備えるハイブリッド車両の制御装置が良く知られている。例えば、特許文献1に記載された車両用動力伝達装置の制御装置がそれである。また、このようなハイブリッド車両において、好適な変速制御を実現する為の技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、走行用電動機のトルク制御によって機械式変速機構(自動変速部)の入力軸回転速度を変化させているときにその走行用電動機の出力が制限される場合には、エンジンの動力にて差動用電動機を発電させて走行用電動機の出力制限を解除する方向に制御することにより、変速ショックや変速進行の遅延を低減することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−166643号公報
【特許文献2】特開2009−154724号公報
【特許文献3】特開2009−096363号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記特許文献1に記載された技術は、蓄電装置に係る放電量制限に応じてエンジントルクを上昇させて発電を行うものであり、結果的に、エンジン動作点(例えばエンジントルクとエンジン回転速度とで定められるエンジン運転点)の変化は成り行きとなるものである。一方、燃費向上等の理由からエンジン動作点を管理するニーズが高い為にエンジン動作点を成り行きにはできず、また、比較的高トルク且つ回転方向のエンジン動作点移動を伴いながらすなわち電気式変速機構における変速を伴いながら、機械式変速機構における変速を行うといったような同時変速制御では、上記特許文献1に記載された技術のような多少の発電操作で動力の辻褄を合わせることができないという弊害があり、同時変速時における燃費の向上には限界があった。また、別の観点では、電気式変速機構と機械式変速機構との同時変速においてエンジン回転速度の上昇を伴う場合、何らかの外乱要因によってエンジン回転速度の目標値を跨ぐ吹き上がり方にばらつきが生じる可能性がある。そうすると、機械式変速機構における変速終期の制御にて(例えば走行用電動機の制御やクラッチの掴み替えを実行する制御にて)変速ショックが増大したり、目標回転速度への収束時間がばらついて変速応答性が安定しない可能性がある。例えば、エンジン回転速度の吹き量が大きい程、変速時間が長くなったり、それを抑制しようとして急速にクラッチを係合すると変速ショックが増大する可能性がある。尚、このような課題は未公知であり、電気式変速機構と機械式変速機構との同時変速に際して、燃費悪化を抑制することはもちろんのこと、エンジン回転速度の目標値を跨ぐ吹き上がり方がばらつくことに対して変速ショックを抑制したり変速応答性を安定させたりして好適な変速を実現することについて未だ提案されていない。
【0005】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであり、その目的とするところは、エンジンの動作点の移動及び機械式変速機構の変速制御を同時に行う際、燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現することができるハイブリッド車両の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するための本発明の要旨とするところは、(a) エンジンが動力伝達可能に連結された第1回転要素と差動用電動機が動力伝達可能に連結された第2回転要素と走行用電動機が動力伝達可能に連結された出力回転部材である第3回転要素との3つの回転要素を有する差動機構を備えてその差動用電動機の運転状態が制御されることによりその差動機構の差動状態が制御される電気式変速機構と、その電気式変速機構の出力回転部材と駆動輪との間の動力伝達経路の一部を構成する機械式変速機構とを備えるハイブリッド車両の制御装置であって、(b) 前記エンジンの動作点の移動及び前記機械式変速機構の変速制御を同時に行う場合は、前記第1回転要素、前記第2回転要素、及び前記第3回転要素における各変速進行度を同一とするものであり、前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後にその走行用電動機の回転数が前記機械式変速機構の変速後におけるその走行用電動機の回転数と同期するまでの間は一時的に、その走行用電動機の回転数が同期してから前記エンジンの回転数を変速後の目標回転数に向かって低下させるときの低下勾配と比較して、そのエンジンの回転数の低下勾配を抑制することにある。
【発明の効果】
【0007】
このようにすれば、前記エンジンの動作点の移動及び前記機械式変速機構の変速制御を同時に行う場合は、前記第1回転要素、前記第2回転要素、及び前記第3回転要素における各変速進行度を同一とするので、変速中のパワー収支を所望の値に制御しつつ、変速ショック等の発生を抑制することができる。加えて、前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後にその走行用電動機の回転数が前記機械式変速機構の変速後におけるその走行用電動機の回転数と同期するまでの間は一時的に、その走行用電動機の回転数が同期してから前記エンジンの回転数を変速後の目標回転数に向かって低下させるときの低下勾配と比較して、そのエンジンの回転数の低下勾配が抑制されるので、エンジンの回転数の目標値を跨ぐ吹き上がり方がばらつくことに対して、エンジンの回転数の低下勾配のばらつきが抑制される。従って、エンジンの回転数の低下勾配が一時的に抑制されている期間(すなわち機械式変速機構における変速終期)での変速制御を安定して実行することができる。また、機械式変速機構における変速終期での変速制御中には、エンジンの回転数を無理に低下させないので、変速ショックの増大を抑制することができる。また、走行用電動機の回転数の同期後にエンジンの回転数を目標回転数に向かって低下させる制御を単独で実行することができ、変速ショックを増大することなく目標回転数への収束時間のばらつきを抑制することができる。これにより、変速ショックを抑制したり、目標回転数への収束時間のばらつきを抑制して変速応答性を安定させたりして好適な変速を実現することができる。よって、エンジンの動作点の移動及び機械式変速機構の変速制御を同時に行う際、燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現することができる。
【0008】
ここで、好適には、前記エンジンの回転数の低下勾配を抑制する制御は、そのエンジンの回転数の低下勾配を零にする制御である。このようにすれば、エンジンの回転数の目標値を跨ぐ吹き上がり方がどれだけばらついても、エンジンの回転数の低下勾配のばらつきが確実に回避される。よって、機械式変速機構における変速終期での変速制御を一層安定して実行することができる。また、機械式変速機構における変速終期での変速制御中には、エンジンの回転数を一律零にするので、変速ショックの増大を確実に抑制することができる。
【0009】
また、好適には、前記第1回転要素、前記第2回転要素、及び前記第3回転要素における各変速進行度を同一とする制御は、その第1回転要素、その第2回転要素、及びその第3回転要素の変速後の各目標回転数と現時点の各実回転数との各差分値をそれぞれ算出し、その回転要素の各回転数時間変化率の相互間の比を、その回転要素の各差分値の相互間の比と等しくする制御である。このようにすれば、回転要素における各変速進行度を同一とする制御が適切に実行され、パワー収支を所望の値に適切に制御しつつ、変速ショック等の発生を適切に抑制することができる。
【0010】
また、好適には、前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後は一時的に、前記エンジンが動力伝達可能に連結された第1回転要素の目標回転数を、前記変速進行度を同一とする制御の開始時に設定した目標回転数よりも高く且つ現時点のその第1回転要素の実回転数以下となる範囲の値に変更することにある。このようにすれば、走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後に同期するまでの間は、エンジンの回転数の低下勾配が確実に抑制される。
【0011】
また、好適には、前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後は一時的に、前記第1回転要素の目標回転数を現時点のその第1回転要素の実回転数に変更することにある。このようにすれば、走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後に同期するまでの間は、エンジンの回転数の低下勾配が確実に零とされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明が適用されるハイブリッド車両を説明する図である。
【図2】車両用動力伝達装置に備えられた動力分配機構における各回転要素の回転速度の相対的関係を表す共線図である。
【図3】車両用動力伝達装置に備えられた自動変速機を構成している遊星歯車装置についての各回転要素の相互関係を表す共線図である。
【図4】電子制御装置の制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。
【図5】エンジンの動作点の移動及び自動変速機の変速制御を同時に行う制御について説明する図である。
【図6】エンジンの動作点の移動及び有段変速部の変速制御を同時に行う制御の一例を示すタイムチャートである。
【図7】図6に示す制御に対応して実行される第1回転要素、第2回転要素、及び第3回転要素の回転速度制御について詳しく説明する図である。
【図8】電子制御装置の制御作動の要部すなわち燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現する為の制御作動を説明するフローチャートである。
【図9】電子制御装置の制御作動の要部すなわちエンジン動作点の移動及び自動変速機の変速制御を同時に行う際に燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現する為の制御作動を説明するフローチャートである。
【図10】図9のフローチャートに示す制御作動を実行した場合の一例を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、好適には、前記機械式変速機構は、例えば1組或いは複数組の遊星歯車装置の回転部材が係合装置によって選択的に連結されることにより複数のギヤ段(変速段)が択一的に達成される例えば前進2段、前進3段、更にはそれ以上の変速段を有する等の種々の遊星歯車式多段変速機により構成される。この係合装置としては、油圧アクチュエータによって係合させられる多板式、単板式のクラッチやブレーキ、或いはベルト式のブレーキ等の油圧式摩擦係合装置が広く用いられる。この油圧式摩擦係合装置を係合作動させる為の作動油を供給するオイルポンプは、例えば走行用駆動力源であるエンジンにより回転駆動されて作動油を吐出するものでも良いが、エンジンとは別に配設された専用の電動モータなどで回転駆動されるものでも良い。
【0014】
また、好適には、上記油圧式摩擦係合装置を含む油圧制御回路は、例えば電磁弁装置としてのリニアソレノイドバルブの出力油圧を直接的に油圧式摩擦係合装置の油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)にそれぞれ供給することが応答性の点で望ましいが、そのリニアソレノイドバルブの出力油圧をパイロット油圧として用いることによりシフトコントロールバルブ(変速制御弁)を制御して、そのコントロールバルブから油圧アクチュエータに作動油を供給するように構成することもできる。また、上記リニアソレノイドバルブは、例えば複数の油圧式摩擦係合装置の各々に対応して1つずつ設けられるが、同時に係合したり係合、解放制御したりすることがない複数の油圧式摩擦係合装置が存在する場合には、それ等に共通のリニアソレノイドバルブを設けることもできるなど、種々の態様が可能である。また、必ずしも全ての油圧式摩擦係合装置の油圧制御をリニアソレノイドバルブで行う必要はなく、一部乃至全ての油圧制御をON−OFFソレノイドバルブのデューティ制御など、リニアソレノイドバルブ以外の調圧手段で行っても良い。
【0015】
また、好適には、前記差動機構はシングルピニオン型の遊星歯車装置であり、前記第1回転要素はその遊星歯車装置のキャリアであり、前記第2回転要素はその遊星歯車装置のサンギヤであり、前記第3回転要素はその遊星歯車装置のリングギヤである。このようにすれば、前記差動機構の軸心方向寸法が小さくなる。また、差動機構が1つのシングルピニオン型遊星歯車装置によって簡単に構成される。
【0016】
また、好適には、前記車両用動力伝達装置の車両に対する搭載姿勢は、駆動装置の軸線が車両の幅方向となるFF(フロントエンジン・フロントドライブ)車両などの横置き型でも、駆動装置の軸線が車両の前後方向となるFR(フロントエンジン・リヤドライブ)車両などの縦置き型でも良い。
【0017】
また、好適には、前記エンジンと前記差動機構とは作動的に連結されればよく、例えばエンジンと差動機構との間には、脈動吸収ダンパー(振動減衰装置)、直結クラッチ、ダンパー付直結クラッチ、或いは流体伝動装置などが介在させられるものであってもよいが、エンジンと差動機構とが常時連結されたものであってもよい。また、流体伝動装置としては、ロックアップクラッチ付トルクコンバータやフルードカップリングなどが用いられる。
【0018】
また、好適には、前記エンジンとしては、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関が広く用いられる。さらに、補助的な走行用の駆動力源として、電動機等がこのエンジンに加えて用いられても良い。
【0019】
尚、本明細書で「油圧を供給する」という場合は、「油圧を作用させ」或いは「その油圧に制御された作動油を供給する」ことを意味する。また、本明細書では、「回転数」とは、「単位時間当たりの回転数」すなわち「回転速度(rpm)」を意味している。例えば、エンジンの回転数はエンジンの回転速度を、回転数時間変化率は回転速度時間変化率をそれぞれ意味している。
【0020】
以下、本発明の実施例を図面を参照しつつ詳細に説明する。
【実施例】
【0021】
図1は、本発明が好適に適用されるハイブリッド車両(以下、車両)10を説明する図である。この図1に示す車両10は、主動力源としてのエンジン12から出力される動力を差動用電動機としての第1電動機MG1と出力回転部材としての伝達部材14とに分配する動力分配機構16と、伝達部材14に作動的に(動力伝達可能に)連結された走行用電動機としての第2電動機MG2と、動力分配機構16(伝達部材14)と駆動輪22との間の動力伝達経路の一部を構成する機械式変速機構としての自動変速機18とを有する車両用動力伝達装置(以下、動力伝達装置)11を備えて構成されている。この動力伝達装置11は、FR(フロントエンジン・リアドライブ)車両等に好適に用いられるものであって、エンジン12や第2電動機MG2から出力されるトルクが伝達部材14に伝達され、その伝達部材14から自動変速機18や差動歯車装置20を介して左右一対の後輪(駆動輪)22にトルクが伝達されるようになっている。尚、動力伝達装置11は、その中心線に対して対称的に構成されているため、図1ではそれらの半分を省略して示している。
【0022】
また、車両10には、例えば動力伝達装置11の各種制御を実行する制御装置を含む電子制御装置50が備えられている。この電子制御装置50は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。例えば、電子制御装置50は、エンジン12の出力制御、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の回生制御を含む各出力制御、自動変速機18の変速制御等を実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用電子制御装置(E−ECU)、モータジェネレータ制御用電子制御装置(MG−ECU)、変速制御用電子制御装置(T−ECU)等に分けて構成される。
【0023】
エンジン12は、車両10の主動力源であり、例えばガソリンエンジンやディーゼルエンジン等、所定の燃料を燃焼させて動力を出力させる公知の内燃機関である。このエンジン12は、例えば前記エンジン制御用電子制御装置(E−ECU)によってスロットル開度或いは吸入空気量、燃料供給量、点火時期等の運転状態が電気的に制御されることにより、エンジン12の出力トルク(エンジントルク)Teが制御されるようになっている。
【0024】
第1電動機MG1及び第2電動機MG2は、駆動トルクを発生させる電動機(モータ)としての機能及び発電機(ジェネレータ)としての機能のうち少なくとも一方を備えた例えば同期電動機であって、好適には、発動機又は発電機として選択的に作動させられるモータジェネレータである。これら第1電動機MG1及び第2電動機MG2は、例えばインバータ24を介してバッテリやコンデンサ等の蓄電装置26に接続されており、前記モータジェネレータ制御用電子制御装置(MG−ECU)によってそのインバータ24が制御されることにより、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の各々の出力トルク或いは回生トルク(MG1トルクTg、MG2トルクTm)が制御されるようになっている。
【0025】
動力分配機構16は、サンギヤS0と、そのサンギヤS0に対して同心円上に配置されたリングギヤR0と、それらサンギヤS0及びリングギヤR0に噛み合うピニオンギヤP0を自転且つ公転自在に支持するキャリアCA0とを三つの回転要素(回転部材)として備える公知のシングルピニオン型の遊星歯車装置から構成されており、差動作用を生じる差動機構として機能する。この遊星歯車装置は、エンジン12及び自動変速機18と同心に設けられている。また、動力伝達装置11において、エンジン12のクランク軸28は、ダンパ30を介して動力分配機構16のキャリアCA0に連結されている。これに対してサンギヤS0には第1電動機MG1が連結され、リングギヤR0には伝達部材14が連結されている。動力分配機構16において、キャリアCA0は入力要素として機能し、サンギヤS0は反力要素として機能し、リングギヤR0は出力要素として機能している。
【0026】
動力分配機構16における各回転要素の回転速度の相対的関係は、図2の共線図により示される。この共線図において、縦軸S(g軸)、縦軸CA(e軸)、及び縦軸R(m軸)は、サンギヤS0の回転速度、キャリアCA0の回転速度、及びリングギヤR0の回転速度をそれぞれ表す軸であり、縦軸S、縦軸CA、及び縦軸Rの相互の間隔は、縦軸Sと縦軸CAとの間隔を1としたとき、縦軸CAと縦軸Rとの間隔がρ(サンギヤS0の歯数Zs/リングギヤR0の歯数Zr)となるように設定されたものである。斯かる動力分配機構16において、キャリアCA0に入力されるエンジントルクTeに対して、第1電動機MG1による負トルクである反力トルクが正回転にてサンギヤS0に入力されると、出力要素となっているリングギヤR0には正回転にて正トルクとなる出力トルクTOUTが現れる。このとき、正回転にて負トルクを発生する第1電動機MG1は発電機として機能する。すなわち、エンジン12が動力伝達可能に連結された第1回転要素RE1としてのキャリアCA0と第1電動機MG1が動力伝達可能に連結された第2回転要素RE2としてのサンギヤS0と第2電動機MG2が動力伝達可能に連結された出力回転部材である第3回転要素RE3としてのリングギヤR0との3つの回転要素を有する動力分配機構16を備えてその第1電動機MG1の運転状態が制御されることにより動力分配機構16の差動状態が制御される電気式変速機構(電気式差動機構)としての電気式無段変速機17(図1参照)が構成される。つまり、エンジン12が動力伝達可能に連結された差動機構としての動力分配機構16と動力分配機構16に動力伝達可能に連結された差動用電動機としての第1電動機MG1とを有して、第1電動機MG1の運転状態が制御されることにより動力分配機構16の差動状態が制御される電気式無段変速機17が構成される。従って、電気式無段変速機17は、その変速比γ0(=エンジン12の回転速度N/伝達部材14の回転速度N14)を連続的に変化させて電気的な無段変速機として作動させられる。そして、エンジン12の動力は、この電気式無段変速機17を介して伝達部材14に伝達される。
【0027】
また、この電気式無段変速機17では、動力分配機構16の差動状態が制御されることにより、リングギヤR0の回転速度(伝達部材14の回転速度N14)が一定であるとき、第1電動機MG1の回転速度(以下、第1電動機回転速度)NMG1を上昇或いは下降させることで、エンジン12の回転速度(以下、エンジン回転速度)Nを連続的に(無段階に)変化させることができる。図2の破線は第1電動機回転速度NMG1を実線に示す値から下げたときにエンジン回転速度Nが低下する状態を示している。また、第1電動機MG1を制御することで動力分配機構16が無段変速機として機能させられることにより、例えば燃費が最もよいエンジン12の動作点(例えばエンジン回転速度NとエンジントルクTeとで定められるエンジン12の運転点;以下、エンジン動作点という)に沿ってエンジン12を作動させることができる。この種のハイブリッド形式は、機械分配式或いはスプリットタイプと称される。
【0028】
図1に戻って、自動変速機18は、電気式無段変速機17(電気式無段変速機17の出力回転部材である伝達部材14)と駆動輪22との間の動力伝達経路に直列に設けられたものであり、例えば回転要素が相互に連結された2つの遊星歯車装置31、32を主体として構成されている。すなわち、サンギヤS1、リングギヤR1、及びピニオンギヤP1を自転且つ公転自在に支持するキャリアCA1を三つの回転要素として備える公知の差動作用を生じるシングルピニオン型の遊星歯車装置31と、サンギヤS2、リングギヤR2、及びピニオンギヤP2を自転且つ公転自在に支持するキャリアCA2を三つの回転要素として備えて公知の差動作用を生じるシングルピニオン型の遊星歯車装置32とを備え、キャリアCA1とリングギヤR2とが相互に連結されると共に、リングギヤR1とキャリアCA2とが相互に連結されている。また、サンギヤS2が伝達部材14に連結されると共に、リングギヤR1及びキャリアCA2が変速機出力軸19に連結されている。従って、サンギヤS2(つまり伝達部材14)は自動変速機18の入力回転部材として機能し、リングギヤR1及びキャリアCA2は自動変速機18の出力回転部材として機能する。
【0029】
また、自動変速機18には、自動変速機18においてそれぞれ変速比の異なる複数の変速段を選択的に成立させる為の複数の係合装置(係合要素)が設けられている。すなわち、自動変速機18には、サンギヤS1を選択的に固定する為にそのサンギヤS1と非回転部材であるハウジング33との間に設けられた第1ブレーキB1と、相互に連結されたキャリアCA1及びリングギヤR2を選択的に固定する為にそれらキャリアCA1及びリングギヤR2とハウジング33との間に設けられた第2ブレーキB2とが設けられている。これら第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2は摩擦力によって制動力を生じる所謂摩擦係合装置であって、好適には互いに重ねられた複数枚の摩擦板が油圧アクチュエータにより押圧される湿式多板型の油圧式摩擦係合装置などにより構成され、それが介挿されている両側の部材を選択的に連結する為のものである。そして、これら第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2を作動させる為の図示しない油圧制御回路から供給される作動油の油圧(係合圧)に応じて第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2の各トルク容量すなわちクラッチトルク(係合トルク)Tb1及びTb2が連続的に変化するように構成されている。
【0030】
以上のように構成された自動変速機18では、第1ブレーキB1が係合させられると、自動変速機18の変速比γAT(=伝達部材14の回転速度N14/変速機出力軸19の回転速度NOUT)が「1」より大きい変速比γAThの高速段Hが達成される。また、第1ブレーキB1に替えて第2ブレーキB2が係合させられると、自動変速機18の変速比γATがその高速段Hの変速比γAThより大きい変速比γATlの低速段Lが達成される。このように、自動変速機18は、油圧式摩擦係合装置への作動油の給排を制御することにより変速段が成立させられる、すなわち油圧式摩擦係合装置の係合と解放とにより変速段が切り替えられる機械式変速機構である。上記変速段H及びLの間での変速は、車速や要求駆動力関連値(目標駆動力関連値)等の走行状態に基づいて実行される。より具体的には、前記変速制御用電子制御装置(T−ECU)によって、変速段を選択する為の変速線を有する予め求められて記憶された公知の関係(変速線図、変速マップ)から実際の走行状態に基づいて何れかの変速段を成立させられるようになっている。尚、前記要求駆動力関連値における駆動力関連値とは、車両の駆動力に1対1に対応するものであって、駆動輪22での駆動トルク或いは駆動力のみならず、例えば自動変速機18の出力トルク(変速機出力トルク)TOUT、エンジントルクTe、車両加速度であってもよい。また、要求駆動力関連値は、例えばアクセル開度(或いはスロットル弁開度、吸入空気量、空燃比、燃料噴射量)に基づいて決定される駆動力関連値の要求値(目標値)であるが、アクセル開度等がそのまま用いられても良い。
【0031】
図3は、自動変速機18を構成している遊星歯車装置31,32についての各回転要素の相互関係を表す為に4本の縦軸S2、縦軸R1,CA2、縦軸CA1,R2、及び縦軸S1を有する共線図を示している。これら縦軸S2、縦軸R1,CA2、縦軸CA1,R2、及び縦軸S1は、サンギヤS2の回転速度、相互に連結されたリングギヤR1及びキャリアCA2の回転速度、相互に連結されたキャリアCA1及びリングギヤR2の回転速度、及びサンギヤS1の回転速度をそれぞれ示すものである。この共線図に示すように、自動変速機18では、第2ブレーキB2によってキャリアCA1及びリングギヤR2が固定されると、低速段Lが形成され、伝達部材14におけるトルク(m軸上のトルク)すなわち変速機入力トルクTATがそのときの変速比γATlに応じて増大されて変速機出力軸19に伝達される。これに替えて、第1ブレーキB1によって第1サンギヤS1が固定されると、低速段Lの変速比γATlよりも小さい変速比γAThを有する高速段Hが形成される。この高速段Hにおける変速比も「1」より大きいので、変速機入力トルクTATがその変速比γATlに応じて増大させられて変速機出力軸19に伝達される。尚、各変速段L、Hが定常的に形成されている状態では、変速機出力軸19に伝達されるトルクは、変速機入力トルクTATを各変速比に応じて増大させたトルクとなるが、自動変速機18の変速過渡状態では各ブレーキB1,B2でのトルク容量や回転速度変化に伴う慣性トルク等の影響を受けたトルクとなる。
【0032】
図1に戻り、電子制御装置50には、例えばアクセルペダル34の操作量であるアクセル操作量(アクセル開度)Accを検出する為のアクセル開度センサAS、ブレーキペダル36の操作を検出する為のブレーキセンサBS、シフトレバー38の操作位置(シフトポジション)PSHを検出する為の操作位置センサSS、作動油の温度(作動油温)THOILを検出する為の油温センサTS、車速Vに対応する変速機出力軸19の回転速度(以下、変速機出力軸回転速度)NOUTを検出する為の出力回転速度センサNOS、エンジン回転速度Nを検出する為のエンジン回転速度センサNES、第1電動機回転速度NMG1を検出する為の第1電動機回転速度センサNM1S、第2電動機MG2の回転速度(以下、第2電動機回転速度)NMG2を検出する為の第2電動機回転速度センサNM2S、蓄電装置26の温度(蓄電装置温度)THbatや充電電流又は放電電流(充放電電流或いは入出力電流)Icdや電圧(蓄電装置電圧)Vbatを検出する為のバッテリ状態検出センサBATS等からの検出信号が供給されるようになっている。尚、上記蓄電装置温度THbat、充放電電流Icd、及び蓄電装置電圧Vbatに基づいて蓄電装置26の充電容量(充電状態、充電レベル)SOCが算出される。
【0033】
図4は、電子制御装置50による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図4において、変速制御部すなわち変速制御手段52は、電気式無段変速機17及び自動変速機18による変速を制御する。すなわち、変速制御手段52は、予め定められた関係から車両10の走行状態例えば車速V及びアクセル操作量Acc等に応じて第1電動機MG1及び第2電動機MG2の作動を制御することにより電気式無段変速機17の変速比γ0を無段階に変化させる無段変速制御を行う。また、変速制御手段52は、予め定められた公知の関係(変速線図、変速マップ)から車両10の走行状態例えば車速V及びアクセル操作量Acc等に応じて自動変速機18において高速段H又は低速段Lを選択的に成立させる有段変速制御を行う。例えば、変速制御手段52は、低速段Lから高速段Hへの変速動作を判断した場合、不図示の油圧制御回路を介して第1ブレーキB1を係合させると共に第2ブレーキB2を解放させるようにそれらブレーキB1,B2の油圧アクチュエータを制御する。また、変速制御手段52は、高速段Hから低速段Lへの変速動作を判断した場合、油圧制御回路を介して第1ブレーキB1を解放させると共に第2ブレーキB2を係合させるようにそれらブレーキB1,B2の油圧アクチュエータを制御する。
【0034】
ここで、本実施例の変速制御手段52は、必要に応じて電気式無段変速機17及び自動変速機18による変速制御を同時に実行する。すなわち、変速制御手段52は、予め定められた関係から車両10の走行状態に応じて、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の作動を制御することにより電気式無段変速機17の変速比γ0を無段階に変化させる無段変速制御及び自動変速機18において高速段H又は低速段Lを選択的に成立させる有段変速制御を同時に(併行して)実行する。つまり、変速制御手段52は、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に実行する。そのようなエンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う制御に関して、変速制御手段52は、回転勾配比算出部すなわち回転勾配比算出手段54、エンジントルク値取得部すなわちエンジントルク値取得手段56、クラッチトルク値取得部すなわちクラッチトルク値取得手段58、パワー収支目標値取得部すなわちパワー収支目標値取得手段60、回転勾配目標値算出部すなわち回転勾配目標値算出手段62、MG必要トルク算出部すなわちMG必要トルク算出手段64、及びクラッチトルク指令値算出部すなわちクラッチトルク指令値算出手段66を含んでいる。
【0035】
図5に示すように、動力伝達装置11におけるエンジン動作点の移動に際しては、予め定められたエンジン12の燃費効率(最適燃費率)に基づいてそのエンジン12から必要なパワーが出力されるようにエンジントルクTe及びエンジン回転速度Nが変更される。この際、例えば比較的高いエンジントルクTeを必要とする走行条件において、燃費等の要請からエンジン動作点を管理する必要性が大きくなり、エンジン動作点を成り行きにできない状態において、好適な制御を実現することが望まれる。更に、比較的要求トルクが高く且つ回転方向のエンジン動作点移動を伴いながら自動変速機18における変速を行うといったような不安定な状態における変速制御では、動力の辻褄を合わせ難いという問題がある。すなわち、比較的高いエンジントルクTeを必要とする走行条件においてエンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御が同時に行われる場合、比較的大きな動力を伝達しながらの変速になるので、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の動力もそれに応じて大きくなり、単にエンジントルクアップによる発電量で辻褄を合わせようとするとエンジン動作点がトルク方向に大きくずれることになる。更に、そのエンジン動作点のずれは、パワー収支の動きに応じて成り行き任せで動いてしまうおそれがある。従って、このような変速においては、電気式無段変速機17及び自動変速機18から成る変速機構全体でのエネルギ収支等を予め見込んで、全体でのバランスを考えた変速制御を行うことが望ましい。本実施例の変速制御手段52は、回転勾配比算出手段54、エンジントルク値取得手段56、クラッチトルク値取得手段58、パワー収支目標値取得手段60、回転勾配目標値算出手段62、MG必要トルク算出手段64、及びクラッチトルク指令値算出手段66を介して斯かる変速制御を実現する。尚、図5における同時変速制御は、例えばアクセル踏増しによる自動変速機18のキックダウンと、アクセル踏増しに伴う目標パワーの増大に対応してエンジンパワーを引き上げる為のエンジン最適燃費線に沿ったエンジン動作点の移動とが並行して実行される変速制御が想定される。
【0036】
変速制御手段52は、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の回転変化勾配に応じて、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う制御に係る制御アルゴリズムや制御量決定アルゴリズムを変更する。例えば、各回転要素の回転変化勾配に応じて区分される第1のフェーズ(フェーズ1、Phase.1)及び第2のフェーズ(フェーズ2、Phase.2)それぞれにおいて異なるアルゴリズムによる変速制御を実行する。より具体的には、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3それぞれの実際の回転数時間変化率すなわち回転速度時間変化率dω/dt(図面乃至数式においては時間微分すなわち時間変化率をドットで示している、以下の説明において同じ)の絶対値が予め定められた閾値未満であるタイミングにおいて変速制御に係るアルゴリズムを切り替える処理を実行する。
【0037】
図6は、変速制御手段52によるエンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う制御の一例を示すタイムチャートであり、自動変速機18の変速段が高速段Hから低速段Lへ切り替えられるダウン変速制御に対応する。また、図7は、図6に示す制御に対応して実行される本実施例の第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の回転速度制御について詳しく説明する図である。尚、この図6及び図7に示す第1ブレーキB1のクラッチトルク(係合トルク)Tb1及び第2ブレーキB2のクラッチトルク(係合トルク)Tb2は、m軸上に換算した値である。
【0038】
図6に示す制御においては、先ず、時点t1において、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う制御の開始が判定される。この時点t1から時点t3までの間、変速制御手段52によるフェーズ1に対応する変速制御が実行され、エンジントルクTeが漸増させられると共にMG1トルクTg及びMG2トルクTmが所定値(図6においては略零)まで増加させられる。また、解放側係合装置すなわち第1ブレーキB1のクラッチトルクTb1が所定値まで減少させられた後、時点t2までその所定値にて低圧待機させられ、時点t2からは零に向かって漸減させられる。また、時点t2において、係合側係合装置すなわち第2ブレーキB2のクラッチトルクTb2の増加が開始される。すなわち、第2ブレーキB2の係合が開始される。また、このようなエンジン12、第1電動機MG1、第2電動機MG2、及び第1ブレーキB1の制御に伴い、第2回転要素RE2であるサンギヤS0(MG1)に対応するm軸、第1回転要素RE1であるキャリアC0(エンジン12)に対応するe軸、及び第3回転要素RE3であるリングギヤR0(MG2)に対応するg軸の回転速度が漸増させられる。尚、上記時点t2は、例えば第2電動機回転速度NMG2が目標値(変速後の目標回転速度)を超えて吹き上がった時点(すなわちMG2同期回転速度を跨いだ時点)である。
【0039】
上記時点t3において、m軸、e軸、及びg軸の回転速度に関してはやや吹き上がり気味であり、変速後の同期回転速度(目標回転速度)よりも各軸の回転速度が高く(オーバーシュート)なっている。従って、時点t3以降はそれらの回転速度が減少するように制御が行われる。すなわち、時点t3において、m軸、e軸、及びg軸の回転速度時間変化率dω/dtは略零であり、各軸の回転速度の変化が増加から減少へと切り替わる変曲点に相当する。この時点t3以降においては、変速制御手段52によるフェーズ2に対応する変速制御が実行され、第1ブレーキB1のクラッチトルクTb1が零まで漸減させられると共に、第2ブレーキB2のクラッチトルクTb2が所定値まで増加させられる。また、MG1トルクTgが所定値まで減少させられると共に、MG2トルクTmが所定値まで増加させられる。このような第1電動機MG1、第2電動機MG2、第1ブレーキB1、及び第2ブレーキB2の制御に伴い、m軸、e軸、及びg軸の回転速度がそれぞれの目標値(変速後の目標回転速度)に到達する。また、時点t5から時点t6までの間に、第2ブレーキB2のクラッチトルクTb2が所定値まで減少させられて変速後の目標クラッチトルク値とされる。また、MG1トルクTgが所定値まで増加させられると共に、MG2トルクTmが所定値まで低下させられて共に変速後の目標トルクとされ、一連の同時変速制御が終了させられる。すなわち、図6に示す制御においては、時点t1から時点t3までの間、変速制御手段52によるフェーズ1に対応する変速制御が実行された後、時点t3から時点t6までの間、変速制御手段52によるフェーズ2に対応する変速制御が実行されている。尚、上記時点t5は、例えば第2電動機回転速度NMG2が吹き上がった後に目標値(変速後の目標回転速度)に収束した時点(すなわちMG2同期時点)である。また、図6に示す制御においてパワー収支値は零を目標値としているが、実際の制御においては多少のずれを生じるため、狙いである零を中心として若干パワー収支が変動している。
【0040】
図6及び図7に示すように、自動変速機18において高速段Hから低速段Lへの変速が行われる場合には、第1ブレーキB1が解放されると共に第2ブレーキB2が係合される。また、低速段Lから高速段Hへの変速が行われる場合には、第2ブレーキB2が解放されると共に第1ブレーキB1が係合される。すなわち、自動変速機18においては、高速段Hから低速段Lへの変速、及び低速段Lから高速段Hへの変速の何れにおいても、解放側係合装置を解放させると共に係合側係合装置を係合させる所謂クラッチ・ツウ・クラッチ変速が行われる。このようなクラッチ・ツウ・クラッチ変速においては、変速ショックを抑制する為、係合装置の掴み替えは各回転要素の回転速度が同期回転速度(目標回転速度)を過ぎているタイミングで実行される場合が考えられ、図6に示す制御においてもそのようになっている。ここで、係合装置の掴み替え以降、変速終了に向けては各回転要素の回転速度を同期回転速度に一致させてゆく必要があり、図6に時点t3における値と時点t5における値(目標回転速度)との差で示すように比較的小さな速度差に対して各回転要素の回転速度を精緻に制御する必要がある。従って、各回転要素の同期回転速度を過ぎて回転変化勾配が存在する場合には、各回転要素の実際の回転速度時間変化率dω/dtがある程度小さくなったことをトリガとして制御を2つのフェーズに区分し、それぞれで異なるアルゴリズムによる変速制御を行っている。
【0041】
以下、図6に示すフェーズ1における変速制御について説明する。変速制御手段52によるフェーズ1に対応する変速制御において、回転勾配比算出手段54は、動力分配機構16における3つの回転要素すなわち第2回転要素RE2であるサンギヤS0(MG1)、第1回転要素RE1であるキャリアC0(エンジン12)、及び第3回転要素RE3であるリングギヤR0(MG2)の各回転勾配の相互間の比(回転勾配比)を算出する。具体的には、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う場合において、変速後の第2回転要素RE2の目標回転速度すなわち第1電動機MG1の目標回転速度ωgaimと現時点における実際の回転速度(以下、実回転速度)ωgとの差分値Δωg(=ωgaim−ωg)、変速後の第1回転要素RE1の目標回転速度すなわちエンジン12の目標回転速度ωeaimと現時点における実回転速度ωeとの差分値Δωe(=ωeaim−ωe)、及び変速後の第3回転要素EW3の目標回転速度すなわち第2電動機MG2の目標回転速度ωmaimと現時点における実回転速度ωmとの差分値Δωm(=ωmaim−ωm)を算出する。そして、それら各差分値Δωg,Δωe,Δωmの相互間の比すなわち差分値比Δωg:Δωe:Δωmを算出する。また、第2回転要素RE2の回転勾配としての回転速度時間変化率dωg/dt、第1回転要素RE1の回転速度時間変化率dωe/dt、及び第3回転要素RE3の回転速度時間変化率dωm/dtを算出し、それら各回転速度時間変化率dωg/dt,dωe/dt,dωm/dtの相互間の比すなわち回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtを算出する。
【0042】
エンジントルク値取得手段56は、現時点におけるエンジントルクTeを取得する。例えば、エンジントルク値取得手段56は、予め定められた公知の関係(エンジントルクマップ)から、実際のエンジン回転速度N及び図示しない電子スロットル弁のスロットル弁開度θTH等の値に基づいてエンジントルクTeを算出する。尚、例えばトルクセンサ等により実際のエンジントルクTeを検出するものであっても良い。
【0043】
クラッチトルク値取得手段58は、自動変速機18に備えられた係合装置すなわち第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2の現時点における各クラッチトルクTb1,Tb2を取得する。例えば、予め定められた公知の関係(係合トルク特性)から、現時点における第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2の各油圧指令値(例えば図示しない油圧制御回路における電磁制御弁の出力圧指令値)に基づいて各クラッチトルク値Tb1,Tb2を算出する。尚、例えば上記油圧制御回路に備えられた油圧センサにより第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2にそれぞれ供給される作動油の実際の油圧を検出するものであっても良い。
【0044】
パワー収支目標値取得手段60は、第1電動機MG1及び第2電動機MG2に係るパワー収支目標値ΔPaimを取得する。例えば、予め定められた関係から、車両10の走行状態及び動力伝達装置11に備えられた蓄電装置26の充電容量SOC等に基づいてパワー収支目標値ΔPaimを算出する。このパワー収支目標値ΔPaimは、例えば−30[kw]〜30[kw]の範囲内の値をとるものであり、好適には零(±0[kw])であるが、蓄電装置26に対する充電要求があった場合には5[kw]程度、放電要求があった場合には−5[kw]程度といったように、システムの充放電状況に応じて適宜定められる。
【0045】
回転勾配目標値算出手段62は、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の各回転速度時間変化率dω/dtの目標値を算出する。すなわち、回転勾配目標値算出手段62は、サンギヤS0(MG1)の回転速度時間変化率dωg/dt、キャリアC0(エンジン12)の回転速度時間変化率dωe/dt、及びリングギヤR0(MG2)の回転速度時間変化率dωm/dtそれぞれの制御の狙い値となる各目標値を算出する。具体的には、回転勾配目標値算出手段62は、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う場合において、変速中の少なくとも一定期間、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の各回転速度変化勾配の相互間の比が、現時点における実回転速度から目標回転速度までの各差分値(回転速度変化量)の相互間の比、若しくはそれに準じて算出される値と等しくなるように制御する。すなわち、回転勾配比算出手段54により算出される回転要素RE1,RE2,RE3における差分値比Δωg:Δωe:Δωmと、回転要素RE1,RE2,RE3における回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtとが等しくなるように、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の各回転速度時間変化率dω/dtの目標値を算出する。
【0046】
より具体的には、回転勾配目標値算出手段62は、回転要素RE1,RE2,RE3における差分値比が次式(1)で表される場合、回転要素RE1,RE2,RE3における回転速度時間変化率比が次式(2)を満たすように制御する。すなわち、回転勾配目標値算出手段62は、次式(3)を満たすように各回転要素RE1,RE2,RE3それぞれの回転速度時間変化率dω/dtの目標値を算出する。
【0047】
【数1】

【数2】

【数3】

【0048】
また、回転勾配目標値算出手段62は、上記式(1)−(3)に基づく回転速度時間変化率dω/dtの目標値の算出は、変速中のエンジン出力パワー、クラッチ伝達パワー、狙いとするパワー収支値、及び慣性仕事率の釣合計算に基づいて行う。すなわち、回転勾配目標値算出手段62は、予め定められた関係から、回転要素RE1,RE2,RE3における差分値比Δωg:Δωe:Δωmに対応する(すなわちその比に等しい)回転要素RE1,RE2,RE3における回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dt、変速中におけるエンジン12の出力パワー、自動変速機18に備えられた係合装置すなわち第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2のクラッチパワーすなわちブレーキB1,B2による駆動伝達パワー、第1電動機MG1及び第2電動機MG2に係るパワー収支値の目標値ΔPaim、及び慣性仕事率に基づく釣合計算を行うことにより、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3それぞれの回転速度時間変化率dω/dtの目標値を算出する。
【0049】
回転勾配目標値算出手段62は、例えば前記式(3)を満たすと共に次式(4)を満たす第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3それぞれの回転速度時間変化率dω/dtの目標値を算出する。この式(4)において、第1項に係るTe・ωeはエンジン12の出力パワーに、第2項に係るTb・ωmはブレーキB1,B2による駆動伝達パワー(換言すれば駆動系が消費するパワー)に、第3項、第4項、及び第5項に係るIg・dωg/dt・ωg−Ie・dωe/dt・ωe−Im・dωm/dt・ωmはイナーシャの引き上げに使用されるパワーにそれぞれ対応する。また、クラッチトルクTbは、例えば自動変速機18の変速に係る係合装置のクラッチトルクに対応するものであり、m軸上に換算した変速中の第1ブレーキB1のクラッチトルクTb1と第2ブレーキB2のクラッチトルクTb2との合算トルク(=Tb1+Tb2)である。尚、この式(4)に示す釣合計算においては、第1電動機MG1及び第2電動機MG2のパワーは、パワー収支値(零からのずれ)分を考慮するのみとされている。すなわち、回転勾配目標値算出手段62は、好適には、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3それぞれの回転速度時間変化率dω/dtの目標値の算出において、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の作動に係る仕事を除外したパワーの釣合について計算する。
【0050】
【数4】

【0051】
MG必要トルク算出手段64は、回転勾配目標値算出手段62により算出された第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3それぞれの回転速度時間変化率dω/dtの目標値を実現する第1電動機MG1及び第2電動機MG2のトルクを算出する。例えば、MG必要トルク算出手段64は、回転勾配目標値算出手段62により算出された第2回転要素(MG1)の回転速度時間変化率dωg/dtの目標値、第1回転要素(エンジン12)の回転速度時間変化率dωe/dtの目標値、第3回転要素(MG2)の回転速度時間変化率dωm/dtの目標値、エンジントルク値取得手段56により取得されたエンジントルク値Te、及びクラッチトルク値取得手段58により取得されたクラッチトルク値Tb(m軸上換算値)に対して、次式(5)に示す運動方程式を満たすMG1トルクTg及びMG2トルクTmを求める。また、変速制御手段52は、上述のようにして算出されたMG1トルクTg及びMG2トルクTmが実現されるように第1電動機MG1及び第2電動機MG2の作動を制御する。
【0052】
【数5】

【0053】
以上に説明したように、変速制御手段52によるフェーズ1に対応する変速制御においては、(a;回転勾配比算出手段54)回転要素RE1,RE2,RE3における差分値比Δωg:Δωe:Δωmを算出すると共に、回転要素RE1,RE2,RE3における回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtを算出し、(b;エンジントルク値取得手段56)現時点におけるエンジントルク値Teを取得し、(c;クラッチトルク値取得手段58)第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2の現時点におけるクラッチトルク値Tbを取得し、(d;パワー収支目標値取得手段60)第1電動機MG1及び第2電動機MG2に係るパワー収支目標値ΔPaimを取得し、(e;回転勾配目標値算出手段62)上記(a)−(d)において得られた各値を用いて各回転要素の回転速度時間変化率dωg/dt、dωe/dt、dωm/dtの目標値を算出し、(f;MG必要トルク算出手段64)上記(e)において算出された各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値を達成するMG1トルクTg及びMG2トルクTmを算出し、(g;変速制御手段52)上記(f)で算出されたMG1トルクTg及びMG2トルクTmを達成する作動指令を第1電動機MG1及び第2電動機MG2へ出力する。すなわち、上記(a)−(g)の一連の処理に対応するアルゴリズムにより第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3における各変速進行度(変化具合)を同一とするように、各回転要素の回転を制御する。
【0054】
続いて、図6に示すフェーズ2における変速制御について説明する。変速制御手段52による第2のフェーズに対応する変速制御においては、前記(a)−(g)の一連の処理における(b)−(e)の処理に替え、以下の(b′)−(e′)の処理が行われる。すなわち、(a;回転勾配比算出手段54)回転要素RE1,RE2,RE3における差分値比Δωg:Δωe:Δωmを算出すると共に、回転要素RE1,RE2,RE3における回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtを算出し、(b′;回転勾配目標値算出手段62)(a)において得られた差分値比Δωg:Δωe:Δωmと回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtとが等しくなる関係を満足するものであって、フェーズ切り替わりから所定時間で滑らかな回転変化をもって変速後の同期回転速度に到達する各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値を算出し、(c′;エンジントルク値取得手段56)現時点におけるエンジントルク値Teを取得し、(d′;パワー収支目標値取得手段60)第1電動機MG1及び第2電動機MG2に係るパワー収支目標値ΔPaimを取得し、(e′;後述するクラッチトルク指令値算出手段66)(b′)−(d′)において得られた各回転要素の回転速度時間変化率dωg/dt、dωe/dt、dωm/dtの目標値、エンジントルク値Te、及びパワー収支の目標値ΔPaimを用いてクラッチトルクTbの指令値を算出し、(f;MG必要トルク算出手段64)(b′)において算出された各回転要素の回転速度時間変化率dωg/dt、dωe/dt、dωm/dtの目標値を達成するMG1トルクTg及びMG2トルクTmを算出し、(g;変速制御手段52)(f)で算出されたMG1トルクTg及びMG2トルクTmを達成する作動指令を第1電動機MG1及び第2電動機MG2へ出力すると共に、(e′)で算出されたクラッチトルクTbを実現する指令値を図示しない油圧制御回路へ出力する。すなわち、上記(a)、(b′)−(e′)、(f)、(g)の一連の処理に対応するアルゴリズムにより第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の回転を制御する。
【0055】
クラッチトルク指令値算出手段66は、自動変速機18に備えられた第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2の係合トルク指令値を算出する。具体的には、回転勾配目標値算出手段62により算出される第2回転要素RE2の回転速度時間変化率dωg/dtの目標値、第1回転要素RE1の回転速度時間変化率dωe/dtの目標値、第3回転要素RE3の回転速度時間変化率dωm/dtの目標値、エンジントルク値取得手段56により取得されるエンジントルク値Te、及びパワー収支目標値取得手段60により取得されるパワー収支の目標値ΔPaimに対して、前記式(4)を満たすクラッチトルクTb(m軸上換算値)を算出する。
【0056】
以上に説明したように、変速制御手段52は、エンジントルクTe、自動変速機18に備えられた係合装置のクラッチトルクTb、MG1トルクTg、及びMG2トルクTmのうち少なくとも1つを制御することにより、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3それぞれの回転速度時間変化率dω/dtの目標値を達成する制御を行う。また、変速制御手段52は、この回転速度時間変化率dω/dtの目標値を達成する制御においては、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の作動に係る仕事を考慮する。すなわち、前記式(4)に示す釣合計算において行っていたような、第1電動機MG1及び第2電動機MG2の作動に係る仕事の除外を行わず、それらの仕事を含め関係する全てのデバイスを考慮して各制御デバイスの制御量を決定する。
【0057】
図8は、電子制御装置50の制御作動の要部すなわち燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現する為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。尚、この図8のフローチャートにおけるスタート時点は、例えばアクセル踏増しによる目標パワーの増大に対応してエンジンパワーを引き上げる為のエンジン最適燃費線に沿ったエンジン動作点の移動と、自動変速機18のダウンシフトとを並行して実行する変速制御の開始が前提とされる。
【0058】
図8において、先ず、変速制御手段52に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S1において、変速制御の態様がフェーズ1とされる。次いで、回転勾配比算出手段54に対応するS2において、回転要素RE1,RE2,RE3における差分値比Δωg:Δωe:Δωmが算出されると共に、回転要素RE1,RE2,RE3における回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtが算出される。次いで、変速制御手段52に対応するS3において、変速制御の態様がフェーズ2であるか否かが判断される。このS3の判断が否定される場合は変速制御手段52に対応するS4において、各回転要素の回転速度がオーバーシュートしたか否か、すなわち各回転要素の回転速度ωが変速後の同期回転速度ωaim以上であるか否かが判断される。このS4の判断が肯定される場合は変速制御手段52に対応するS5において、各回転要素の回転速度変化勾配すなわち回転速度時間変化率dω/dtが予め定められた所定範囲内であるか否か、すなわちその回転速度時間変化率dω/dtの絶対値が予め定められた閾値未満であるか否かが判断される。上記S4の判断が否定されるか或いはこのS5の判断が否定される場合はエンジントルク値取得手段56に対応するS6において、エンジントルク値Teが取得される。次いで、クラッチトルク値取得手段58に対応するS7において、第1ブレーキB1及び第2ブレーキB2のクラッチトルク値Tb1,Tb2が取得される。次いで、パワー収支目標値取得手段60に対応するS8において、第1電動機MG1及び第2電動機MG2に係るパワー収支目標値ΔPaimが取得される。次いで、回転勾配目標値算出手段62に対応するS9において、上記S2及び上記S6−S8にて得られた各値を用いて各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値が算出される。
【0059】
一方、上記S5の判断が肯定される場合は変速制御手段52に対応するS12において、変速制御の態様がフェーズ1からフェーズ2に切り替えられる。上記S12に次いで、或いはS3の判断が肯定される場合は、回転勾配目標値算出手段62に対応するS13において、上記S2にて算出された差分値比Δωg:Δωe:Δωmと回転速度時間変化率比dωg/dt:dωe/dt:dωm/dtとが等しくなる関係を満足するものであって、フェーズ切り替わりから所定時間で滑らかな回転変化をもって変速後の同期回転速度に到達する各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値が算出される。次いで、エンジントルク値取得手段56に対応するS14において、エンジントルク値Teが取得される。次いで、パワー収支目標値取得手段60に対応するS15において、第1電動機MG1及び第2電動機MG2に係るパワー収支目標値ΔPaimが取得される。次いで、クラッチトルク指令値算出手段66に対応するS16において、上記S13−S15にて得られた各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値、エンジントルク値Te、及びパワー収支の目標値ΔPaimを用いてクラッチトルクTbの指令値が算出される。
【0060】
上記S9或いは上記S16に次いで、MG必要トルク算出手段64に対応するS10において、上記S9にて算出された各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値を達成するMG1トルクTg及びMG2トルクTmが算出され、その算出されたMG1トルクTg及びMG2トルクTmを達成する作動指令が第1電動機MG1及び第2電動機MG2へ出力される。或いは、上記S13にて算出された各回転要素の回転速度時間変化率dω/dtの目標値を達成するMG1トルクTg及びMG2トルクTmが算出され、その算出されたMG1トルクTg及びMG2トルクTmを達成する作動指令が第1電動機MG1及び第2電動機MG2へ出力されると共に、上記S16にて算出されたクラッチトルクTbを実現する指令値が図示しない油圧制御回路へ出力される。次いで、変速制御手段52に対応するS11において、変速終了であるか否かが判断される。このS11の判断が否定される場合は上記S3以下の処理が再び実行されるが、このS11の判断が肯定される場合はそれをもって本ルーチンが終了させられる。
【0061】
ところで、変速制御手段52によるエンジン動作点の移動と自動変速機18の変速制御との同時変速制御においては、上述したように、エンジン回転速度Nの吹き上がり(目標回転速度に対するオーバーシュート)を伴う。このようなエンジン回転速度Nの吹き上がりは、例えば何らかの外乱要因によってその吹き上がり方にばらつきが生じる可能性がある。そうすると、エンジン回転速度Nの吹上がり状態から目標回転速度に低下させる際のイナーシャトルク吸収量がばらついたりして、自動変速機18の変速終期の制御にて(例えば第2電動機MG2の制御や係合装置の掴み替えを実行する制御にて)変速ショックが増大したり、目標回転速度への収束時間がばらついて変速応答性が安定しない可能性がある。例えば、エンジン回転速度Nの吹き量が大きい程、変速時間が長くなったり、それを抑制しようとして急速に係合側係合装置を係合すると変速ショックが増大する可能性がある。
【0062】
そこで、本実施例の変速制御手段52は、上記同時変速制御において第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後にその第2電動機回転速度NMG2が変速後における目標回転速度と同期するまでの間は一時的に、すなわち変速制御の態様がフェーズ1からフェーズ2に切り替えられた後に第2電動機回転速度NMG2が同期するまでの間は一時的に、第2電動機回転速度NMG2が同期してからエンジン回転速度Nを変速後の目標回転速度に向かって低下させるときの低下勾配と比較して、エンジン回転速度Nの低下勾配を抑制する。見方を換えれば、上記同時変速制御において第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後にその第2電動機回転速度NMG2が変速後における目標回転速度と同期するまでの間は一時的に、第1回転要素RE1(エンジン12)の目標回転速度を、その同時変速制御の開始時に設定した目標回転速度よりも高く且つ現時点の第1回転要素RE1(エンジン12)の実回転速度以下となる範囲の値に変更する。つまり、自動変速機18の変速終期では、エンジン回転速度Nをできるだけ変化させない状態で自動変速機18の変速制御のみを先に終了させ、自動変速機18の変速制御終了後(すなわち第2電動機MG2の同期後)に、電気式無段変速機17においてエンジン回転速度Nを目標回転速度に制御するのである。このようにすることで、エンジン回転速度Nの吹き量がばらついたとしても、自動変速機18の変速終期における係合装置の掴み替えが安定して実行されるので、変速ショックが抑制される。また、自動変速機18の変速終了後には、電気式無段変速機17の変速制御のみでエンジン回転速度Nを目標回転速度に収束させられるので、速やかにエンジン回転速度Nを変化させることが可能になり、変速応答性を安定させられる。
【0063】
具体的には、回転勾配目標値算出手段62は、変速制御手段52による変速制御の態様がフェーズ1からフェーズ2に切り替えられてから第2電動機回転速度NMG2が変速後の目標回転速度に同期するまでの期間Aは、エンジン回転速度Nの低下勾配(エンジン12の回転速度変化勾配)すなわち回転要素RE1(エンジン12)における回転速度時間変化率比dωe/dtの目標値を一時的に零とする。見方を換えれば、上記期間Aでは一時的に、第1回転要素RE1(エンジン12)の目標回転速度を現時点の第1回転要素RE1(エンジン12)の実回転速度に変更する。
【0064】
図9は、電子制御装置50の制御作動の要部すなわちエンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う際に燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現する為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば数msec乃至数十msec程度の極めて短いサイクルタイムで繰り返し実行される。図10は、図9のフローチャートに示す制御作動を実行した場合のタイムチャートである。尚、この図9のフローチャートは前記図8のフローチャートの実行中に並行して実行されるフローチャートであり、この図9のフローチャートにおける制御結果が適宜、前記図8のフローチャート(例えばS13など)に反映される。
【0065】
図9において、先ず、変速制御手段52に対応するS100において、変速制御の態様がフェーズ2であるか否かが判断される。このS100の判断が否定される場合は変速制御手段52に対応するS110において、フェーズ1で規定される制御(例えば図8のフローチャートにおいてフェーズ1のときに実行される制御)が実施される(図10のt1時点乃至t3時点)。一方、上記S100の判断が肯定される場合は回転勾配目標値算出手段62に対応するS120において、エンジン回転速度Nの低下勾配(エンジン回転速度変化量)すなわち回転要素RE1(エンジン12)における回転速度時間変化率比dωe/dtの目標値が一時的に零とされる。見方を換えれば、エンジン12の目標回転速度が現時点の実際のエンジン回転速度Nに変更される(図10のt3時点)。次いで、変速制御手段52に対応するS130において、フェーズ2で規定される制御(例えば図8のフローチャートにおいてフェーズ2のときに実行される制御)が実施される(図10のt3時点乃至t6時点)。次いで、変速制御手段52に対応するS140において、自動変速機18の変速が終了したか否か、すなわち第2電動機回転速度NMG2が目標回転速度(同期回転速度)に同期したか否かが判定される。このS140の判断が否定される場合は上記S100に戻されるが肯定される場合は変速制御手段52に対応するS150において、エンジン12の目標回転速度が本来の目標値(元の目標値)すなわち前記同時変速制御の開始時に設定した目標回転速度に戻される(図10のt5時点乃至t6時点)。
【0066】
図10において、実線及び二点鎖線は、フェーズ1からフェーズ2への切替時にエンジン回転速度Nの低下勾配を一時的に零にする制御を実行する本実施例を示している。また、破線は、その制御を実行しない未実施の場合を示している。破線に示す制御未実施の場合には、エンジン回転速度Nの吹き量がばらつくこと合わせてエンジンパワーを制御する必要があり、制御自体が安定しない可能性がある(特に、t3時点乃至t5時点)。これに対して、実線に示す本実施例では、フェーズ1からフェーズ2への切替後、第2電動機回転速度NMG2が同期するまでは自動変速機18の変速制御を単独で実行し、この間エンジン回転速度Nの吹き上がりを無理に戻していない。そして、第2電動機回転速度NMG2が同期した後に、電気式無段変速機17単独でエンジン回転速度Nを目標回転速度に戻している。従って、実線に示す本実施例では、エンジン回転速度Nの吹き量がばらつくこと合わせてエンジンパワーを制御する必要がなく、未実施の場合と比較して制御自体が安定する。つまり、本実施例では、エンジン回転速度Nの吹き量がばらついたとしても、t3時点乃至t5時点においてはそのばらついたなりの値でエンジン回転速度Nの変化が安定しており、未実施の場合と比較して制御自体が安定する。加えて、t3時点乃至t5時点では、自動変速機18の変速制御を単独で実行するので、未実施の場合と比較して、係合装置の掴み替えを安定して行うことができ、変速ショックが抑制される。
【0067】
上述のように、本実施例によれば、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う場合は、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3における各変速進行度を同一とするので、変速中のパワー収支を所望の値に制御しつつ、変速ショック等の発生を抑制することができる。加えて、第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後に第2電動機回転速度NMG2が自動変速機18の変速後における第2電動機回転速度NMG2と同期するまでの間は一時的に、第2電動機回転速度NMG2が同期してからエンジン回転速度Nを変速後の目標回転速度に向かって低下させるときの低下勾配と比較して、エンジン回転速度Nの低下勾配が抑制されるので、エンジン回転速度Nの目標値を跨ぐ吹き上がり方がばらつくことに対して、エンジン回転速度Nの低下勾配のばらつきが抑制される。従って、エンジン回転速度Nの低下勾配が一時的に抑制されている期間(すなわち自動変速機18における変速終期)での変速制御を安定して実行することができる。また、自動変速機18における変速終期での変速制御中には、エンジン回転速度Nを無理に低下させないので、変速ショックの増大を抑制することができる。また、第2電動機回転速度NMG2の同期後にエンジン回転速度Nを目標回転速度に向かって低下させる制御を単独で実行することができ、変速ショックを増大することなく目標回転速度への収束時間のばらつきを抑制することができる。これにより、変速ショックを抑制したり、目標回転速度への収束時間のばらつきを抑制して変速応答性を安定させたりして好適な変速を実現することができる。よって、エンジン動作点の移動及び自動変速機18の変速制御を同時に行う際、燃費の悪化を抑制しつつ好適な変速を実現することができる。
【0068】
また、本実施例によれば、エンジン回転速度Nの低下勾配を抑制する制御は、エンジン回転速度Nの低下勾配を零にする制御であるので、エンジン回転速度Nの目標値を跨ぐ吹き上がり方がどれだけばらついても、エンジン回転速度Nの低下勾配のばらつきが確実に回避される。よって、自動変速機18における変速終期での変速制御を一層安定して実行することができる。また、自動変速機18における変速終期での変速制御中には、エンジン回転速度Nを一律零にするので、変速ショックの増大を確実に抑制することができる。
【0069】
また、本実施例によれば、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3における各変速進行度を同一とする制御は、第1回転要素RE1、第2回転要素RE2、及び第3回転要素RE3の変速後の各目標回転速度と現時点の各実回転速度との各差分値をそれぞれ算出し、その回転要素の各回転速度時間変化率の相互間の比を、その回転要素の各差分値の相互間の比と等しくする制御であるので、回転要素における各変速進行度を同一とする制御が適切に実行され、パワー収支を所望の値に適切に制御しつつ、変速ショック等の発生を適切に抑制することができる。
【0070】
また、本実施例によれば、第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後は一時的に、第1回転要素RE1(エンジン12)の目標回転速度を、前記変速進行度を同一とする制御の開始時に設定した目標回転速度よりも高く且つ現時点のエンジン12の実回転速度以下となる範囲の値に変更することにあるので、第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後に同期するまでの間は、エンジン回転速度Nの低下勾配が確実に抑制される。
【0071】
また、本実施例によれば、第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後は一時的に、第1回転要素RE1(エンジン12)の目標回転速度を現時点のエンジン12の実回転速度に変更するので、第2電動機回転速度NMG2が上昇から下降に転じた後に同期するまでの間は、エンジン回転速度Nの低下勾配が確実に零とされる。
【0072】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、本発明はその他の態様においても適用される。
【0073】
例えば、前述の実施例では、変速制御の態様がフェーズ1からフェーズ2に切り替えられてから第2電動機回転速度NMG2が同期するまでの期間Aは、エンジン回転速度Nの低下勾配を一時的に零としたが、必ずしもこれに限らない。要は、上記期間Aにおいて一時的に、第2電動機回転速度NMG2が同期してからエンジン回転速度Nを変速後の目標回転速度(すなわち前記同時変速制御の開始時に設定した目標回転速度)に向かって低下させるときの低下勾配と比較して、エンジン回転速度Nの低下勾配が抑制されれば良い。このようにしても、本発明の一定の効果が得られる。
【0074】
また、前述の実施例では、自動変速機18は低速段Lと高速段Hとを有する2段の自動変速機(減速機)であったが、この自動変速機18に限らず、伝達部材14上のトルクが駆動輪22に伝達されるように伝達部材14と駆動輪22との間に備えられた機械式変速機構であれば本発明は適用され得る。例えば、3段以上の変速段を有する遊星歯車式多段変速機、一部或いは全部の変速段において変速機入力トルクが増大させられて駆動輪22側へ伝達される有段式自動変速機などであっても良い。
【0075】
また、前述の実施例において、動力分配機構16はシングルプラネタリであるが、ダブルプラネタリであっても良い。また、動力分配機構16は、例えばエンジン12によって回転駆動されるピニオンと、そのピニオンに噛み合う一対のかさ歯車が第1電動機M1及び伝達部材14に作動的に連結された差動歯車装置であっても良い。
【0076】
尚、上述したのはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0077】
10:ハイブリッド車両
12:エンジン
14:伝達部材(出力回転部材)
16:動力分配機構(差動機構)
17:電気式無段変速機(電気式変速機構)
18:自動変速機(機械式変速機構)
22:駆動輪
50:電子制御装置(制御装置)
MG1:第1電動機(差動用電動機)
MG2:第2電動機(走行用電動機)
RE1−RE3:第1回転要素−第3回転要素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンが動力伝達可能に連結された第1回転要素と差動用電動機が動力伝達可能に連結された第2回転要素と走行用電動機が動力伝達可能に連結された出力回転部材である第3回転要素との3つの回転要素を有する差動機構を備えて該差動用電動機の運転状態が制御されることにより該差動機構の差動状態が制御される電気式変速機構と、該電気式変速機構の出力回転部材と駆動輪との間の動力伝達経路の一部を構成する機械式変速機構とを備えるハイブリッド車両の制御装置であって、
前記エンジンの動作点の移動及び前記機械式変速機構の変速制御を同時に行う場合は、
前記第1回転要素、前記第2回転要素、及び前記第3回転要素における各変速進行度を同一とするものであり、
前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後に該走行用電動機の回転数が前記機械式変速機構の変速後における該走行用電動機の回転数と同期するまでの間は一時的に、該走行用電動機の回転数が同期してから前記エンジンの回転数を変速後の目標回転数に向かって低下させるときの低下勾配と比較して、該エンジンの回転数の低下勾配を抑制することを特徴とするハイブリッド車両の制御装置。
【請求項2】
前記エンジンの回転数の低下勾配を抑制する制御は、該エンジンの回転数の低下勾配を零にする制御であることを特徴とする請求項1に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項3】
前記第1回転要素、前記第2回転要素、及び前記第3回転要素における各変速進行度を同一とする制御は、該第1回転要素、該第2回転要素、及び該第3回転要素の変速後の各目標回転数と現時点の各実回転数との各差分値をそれぞれ算出し、該回転要素の各回転数時間変化率の相互間の比を、該回転要素の各差分値の相互間の比と等しくする制御であることを特徴とする請求項1又は2に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項4】
前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後は一時的に、前記エンジンが動力伝達可能に連結された第1回転要素の目標回転数を、前記変速進行度を同一とする制御の開始時に設定した目標回転数よりも高く且つ現時点の該第1回転要素の実回転数以下となる範囲の値に変更することを特徴とする請求項3に記載のハイブリッド車両の制御装置。
【請求項5】
前記走行用電動機の回転数が上昇から下降に転じた後は一時的に、前記第1回転要素の目標回転数を現時点の該第1回転要素の実回転数に変更することを特徴とする請求項4に記載のハイブリッド車両の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−136110(P2012−136110A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−288616(P2010−288616)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】