説明

ペロブスカイト型酸化物膜及びそれを用いた強誘電体膜、強誘電体素子、ペロブスカイト型酸化物膜の製造方法

【課題】圧電素子用に、組成ずれが少なく結晶性の良好なニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物厚膜を提供する。
【解決手段】ペロブスカイト型酸化物膜1は、基板10上に成膜され、平均膜厚が5μm以上であり、且つ、一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を含む。(K1−w−x,A,B)(Nb1−y−z,C,D)O・・・(P)(式中、0<w<1.0,0≦x≦0.2,0≦y<1.0,0≦z≦0.2,0<w+x<1.0。AはK以外のイオン価数が1価のAサイト元素、BはAサイト元素、Cはイオン価数が5価のBサイト元素、DはBサイト元素。A〜Dは各々1種又は複数種の金属元素である。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は1−5系ペロブスカイト型酸化物膜及びそれを用いた強誘電体膜、強誘電体素子、1−5系ペロブスカイト型酸化物膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環境負荷に関する関心が高まっている昨今、圧電アクチュエータや超音波探触子、圧力センサ等に用いられる圧電体膜においても、非鉛系化が精力的に進められている。高い圧電性能及び強誘電性能が期待される非鉛系ペロブスカイト型酸化物のひとつとして、Aサイト元素が1価の金属元素(K,Na,Li等)からなり、Bサイトが5価の金属元素(Nb,Ta,Sb等)からなる1−5系ペロブスカイト型酸化物が検討されている。
【0003】
高い圧電性、強誘電性が期待される1−5系ペロブスカイト型酸化物の中で、ニオブ酸カリウム(KNbO)系(以下KN系とする)ペロブスカイト型酸化物は、電気機械結合係数が大きいことが知られている。KN系ペロブスカイト型酸化物において、AサイトにNa等のカリウム以外のアルカリ金属元素を含むニオブ酸カリウムナトリウム((K,Na)NbO)系(以下、KNN系とする)ペロブスカイト型酸化物は、KN系の中でも誘電率が小さく、周波数定数が大きい等の特徴を有しており、超音波探触子や圧力センサ等の強誘電体素子への応用が期待されている。
【0004】
KN系及びKNN系ペロブスカイト型酸化物は、単結晶やバルクセラミックスについてはその製造方法が種々報告されている。一方、薄膜及び厚膜デバイスへの応用には、気相法成膜や液相法成膜により製造することが必要である。一般に、薄膜成膜は、気相法では、Pulsed Laser Deposition(PLD)法やスパッタリング法等の通常の気相法が、液相法では、ゾルゲル法等の通常の化学溶液法が用いられており、これらの成膜方法では、結晶性の良好な強誘電体膜の成膜には600℃以上の高温成膜が必要とされている。
【0005】
しかしながら、K及びNa等のアルカリ金属は揮発性が高く、更に、下地層への拡散性が高いため、高温下での成膜ではこれらの元素が抜けやすく組成制御が非常に難しい。
【0006】
また、ニオブ酸カリウムは、435℃(キュリー温度)付近と225℃付近に相転移点を有するため、通常の成膜温度(600℃付近)では、冷却過程において相転移が2回生じることになり、相転移に伴う体積変化によりクラックや膜欠陥を生じやすいことから、安定した結晶成長が難しい。特に、5μm以上の厚膜では、膜にかかる応力が大きくなるためにクラックや膜欠陥がより発生しやすくなる。
【0007】
かかる背景下、強誘電体材料を低温で合成できる唯一の手法として、水熱合成法が近年注目されており、KN系ペロブスカイト型酸化物膜の成膜への適用が検討されている。非特許文献1〜3には、SrTiO基板上に基板温度200℃前後にてKN膜をエピタキシャル成長できることが報告されている。しかしながら、得られたKN膜の電気特性は、表面電極を用いたas-grownでの評価において実用レベルのものではない。
【0008】
一方、本発明者らは、水熱合成法において、基板―膜間の界面設計及び界面制御を行い、水熱合成法により、SrTiO基板上にSrRuO電極層を介してKNエピタキシャル膜を成膜し、世界で初めて良好な強誘電性及び圧電特性有するKN系薄膜(厚膜)デバイスの作製に成功している(非特許文献4,5)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Gregory L. L. et al, “Hydrothermal Epitaxy of I:V Perovskite Thin Films”, Mat. Res. Soc. Symp. Proc. Vol.718 (2002) D10.13.1.
【非特許文献2】Wojciech L. Suchanek, “Synthesis of Potassium Niobate Thin Films by Low-Temperature Hydrothermal Epitaxy.” Chem. Mater. 16(2004)1083-1090.
【非特許文献3】C. K. Tan et al, “Dielectric properties of hydrothermal Epitaxied I-V perovskite thin films.” Thin Solid Films 515(2007)6577-6581.
【非特許文献4】Mitsuo Ishikawa et al, “Growth of Epitaxial Potassium Niobate Film on (100)SrRuO3/(100)SrTiO3 by Hydrothermal Method and their Electromechanical Properties.”Mater. Res. Soc. Proc. 1139(2009) GG03-52.
【非特許文献5】Mitsuo Ishikawa et al, “Growth of Epitaxial KNbO3 Thick Films by Hydrothermal method and Their Characterization.” Jpn. m on (100)SrRuO3/(100)SrTiO3 by Hydrothermal Method and their Electromechanical Properties.” Japanese Journal of Applied Physics 48 (2009) 09KC09.
【非特許文献6】Yumi Inagaki et al, “Dielectric and Piezoelectric Properties of Mn-Doped Na0.5K0.5NbO3 Single Crystals Grown by Flux Method”, Applied Physics Express 1 (2008) 061602.
【非特許文献7】Yumi Inagaki et al, “Ferroelectric Domain Structure of Na0.5K0.5NbO3 Crystal Grown by Floating Zone Method.”, Japanese Journal of Applied Physics 48 (2009) 09KC09.
【非特許文献8】Dabin Lin et al, “Dielectric/piezoelectric properties and temperature dependence of domain structure evolution in lead free Na0.5K0.5NbO3 single crystal”, Solid State Communications 149(2009) 1646-1649.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、KNN系ペロブスカイト型酸化物膜をはじめとするニオブ酸カリウムと他の複合酸化物との固溶体についてはこれまでに厚膜化の成膜例は報告されていない。非特許文献6〜8にKNN系ペロブスカイト型酸化物のバルク単結晶の作製の困難性が記載されているように、ニオブ酸カリウムの混晶は組成制御が非常に難しく、結晶性の良好な単結晶を得ることが難しい。従って、厚膜成膜においてもその組成制御には、より詳細な成膜条件の検討が必要となる。
【0011】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、組成ずれが少なく結晶性の良好なニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物厚膜を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜は、基板上に成膜されるペロブスカイト型酸化物膜であって、平均膜厚が5μm以上であり、且つ、
下記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
(K1−w−x,A,B)(Nb1−y−z,C,D)O・・・(P)
(式中、0<w<1.0,0≦x≦0.2,0≦y<1.0,0≦z≦0.2,0<w+x<1.0。AはK以外のイオン価数が1価のAサイト元素、BはAサイト元素、Cはイオン価数が5のBサイト元素、DはBサイト元素。A〜Dは各々1種又は複数種の金属元素である。Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)
【0013】
一般式(P)において、前記元素Aは、Li,Na,Rb,及びCsからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましく、前記元素Bは、Ca,Sr,Ba,Sn,Pb,Y,La及びBiからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましい。また、前記元素Cは、V,Sb,及びTaからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましく、前記元素DはMn、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、及びZnからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましい。
【0014】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜の基板は、その格子定数が0.37〜0.425nmであることが好ましい。かかる基板としては、チタン酸ストロンチウム,タンタル酸カリウム,フッ化カルシウム,スカンジウムペロブスカイト酸化物、ニッケルペロブスカイト酸化物、及びイットリア安定化ジルコニアからなる群より選ばれる化合物を主成分とするものであることが好ましい。また、基板としては、金属基板や樹脂基板を用いることもできる。
【0015】
本明細書において、「主成分」とは、含量80モル%以上の成分とする。
【0016】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜の膜厚は、10μm以上であることが好ましく、50μm以上であることがより好ましい。
【0017】
また、本発明のペロブスカイト型酸化物膜は、結晶配向性を有することが好ましく、3軸配向膜であるエピタキシャル膜であることがより好ましい。
【0018】
本明細書において結晶配向性を有するとは、Lotgerling法により測定される配向率Fが、80%以上であることと定義する。
配向率Fは、下記式で表される。
F(%)=(P−P0)/(1−P0)×100・・・(i)
式(i)中、Pは、配向面からの反射強度の合計と全反射強度の合計の比である。(001)配向の場合、Pは、(00l)面からの反射強度I(00l)の合計ΣI(00l)と、各結晶面(hkl)からの反射強度I(hkl)の合計ΣI(hkl)との比({ΣI(00l)/ΣI(hkl)})である。例えば、ペロブスカイト結晶において(001)配向の場合、P=I(001)/[I(001)+I(100)+I(101)+I(110)+I(111)]である。
P0は、完全にランダムな配向をしている試料のPである。
完全にランダムな配向をしている場合(P=P0)にはF=0%であり、完全に配向をしている場合(P=1)にはF=100%である。
【0019】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜は、強誘電体であることが好ましい。
【0020】
本発明の強誘電体素子は、前記基板と、上記強誘電体である本発明のペロブスカイト型酸化物膜と、該ペロブスカイト型酸化物膜に対して電界を印加する1対の電極と備えてなることを特徴とするものである。かかる構成において、前記1対の電極のうち、前記基板と前記ペロブスカイト型酸化物膜との間に形成された下部電極は、Pt、LaNiO、LaNiOなどのランタン系層状ペロブスカイト化合物又はSrRuOを主成分とするものであることが好ましい。
【0021】
また、本発明の強誘電体素子において、前記基板と下部電極の間にバッファ層を備えていることが好ましい。
【0022】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法は、上記本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法であって、水熱合成法により成膜することを特徴とするものである。
【0023】
本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法において、成膜温度は、300℃以下であることが好ましい。ここで、「成膜温度」とは、水熱合成法において、成膜時に基板を浸漬させる反応液の平均温度とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明者は、水熱合成法によるニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物膜の低温成膜において、組成に影響を及ぼすファクターについて鋭意検討を重ね、キュリー温度以下の比較的低温にて、組成ずれの少ないニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物膜の成膜条件を見出した。従って、本発明によれば、基板上に、組成ずれが少なく結晶性が良好であり、且つ、クラック等の欠陥の少ない、膜厚5μm以上のニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物膜を提供することができる。
【0025】
上記のように、本発明のペロブスカイト型酸化物膜は、膜厚5μm以上を有する非鉛系強誘電体膜となりうることから、かかるペロブスカイト型酸化物膜を強誘電体膜として用いた強誘電体素子は、超音波探触子等の分野において、高特性な非鉛系強誘電体素子として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る一実施形態のペロブスカイト型酸化物膜を備えた強誘電体素子(ペロブスカイト型酸化物構造体)の構成を示す厚み方向概略断面図
【図2】実施例1における反応液中のカリウム組成に対するペロブスカイト型酸化物膜中のカリウム組成を示した図
【図3】実施例1のペロブスカイト型酸化物膜のXRDスペクトルを示す図
【図4】実施例1の強誘電体素子の強誘電体特性を示す図、(a)はP−Eヒステリシス特性、(b)は残留分極値の電界強度依存性
【図5】実施例2において、下地組成の違いによる(K,Na)NbO膜の成膜性を示す図
【図6】実施例2のペロブスカイト型酸化物膜のXRDスペクトル及び極点図形を示す図
【図7】実施例2の強誘電体素子の強誘電体特性を示す図
【図8】実施例2の強誘電体素子の圧電特性を示す図
【図9】(a)は実施例3のカンチレバーサンプルの周波数応答特性、(b)は圧電特性評価時の印加電圧波形、(c)は振動変位波形を示す図
【発明を実施するための形態】
【0027】
「ペロブスカイト型酸化物膜、ペロブスカイト型酸化物構造体、強誘電体素子」
「背景技術」の項目において述べたように、ニオブ酸カリウム系ペロブスカイト型酸化物は、カリウムの揮発しやすさによりその組成制御が難しく、その混晶の製造においては更にその組成制御が難しい。特に、ニオブ酸カリウムナトリウム等のAサイト元素としてカリウム以外のアルカリ金属元素を含む混晶系とする場合は、アルカリ金属元素の揮発しやすさによりその難度はより高くなる。
【0028】
更に、ニオブ酸カリウムは立方晶から正方晶への相転移点(キュリー温度)が435℃付近に、また、正方晶から斜方晶への相転移点が225℃付近にあるため、特にキュリー温度以上の温度で成膜を行うと、成膜後の冷却時に相転移点を2回通過することになり、膜厚が5μm以上の厚膜では、相転移による体積変化により生じる応力が、基板への拘束のために厚膜内部に閉じ込められ、その結果厚膜中にクラックや膜欠陥を発生しやすい。かかる理由から、これまでにニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物厚膜において、結晶性が良好なものを成膜することができなかった。
【0029】
本発明者は、結晶性の良好なペロブスカイト型酸化物を300℃以下の比較的低温にて得られる手法である水熱合成法において、ニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物厚膜の成膜について鋭意検討を重ね、成膜するペロブスカイト型酸化物の格子定数と基板の格子定数との差の好適化、及び、水熱合成法における反応液の組成制御に成功し、ニオブ酸カリウムのキュリー温度以下の比較的低い成膜温度にて、組成ずれが少なく結晶性が良好であり、且つ、クラックや膜欠陥の少ないニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物厚膜を成膜可能とした。
【0030】
上記のように、本発明のペロブスカイト型酸化物膜は、膜厚5μm以上の膜厚を有する非鉛系強誘電体膜となりうることから、かかるペロブスカイト型酸化物膜を強誘電体膜として用いた強誘電体素子は、超音波探触子(振動子)等の分野において、高特性な非鉛系強誘電体素子として利用することができる。
【0031】
以下に、図面を参照して、本発明に係る一実施形態のペロブスカイト型酸化物膜を備えた強誘電体素子(ペロブスカイト型酸化物構造体)の構造及びその製造方法について説明する。図1は強誘電体素子(ペロブスカイト型酸化物構造体)の厚み方向の断面図である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0032】
図1に示されるように、本実施形態の強誘電体素子(ペロブスカイト型酸化物構造体)1は、基板10の表面に、下部電極21と上部電極22により構成される一対の電極20と、該一対の電極20に挟持されるペロブスカイト型酸化物膜からなる強誘電体膜30とを備えている。
【0033】
強誘電体膜30は、下記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とする膜であり、下部電極21と上部電極22とにより厚み方向に電界が印加されるようになっている。
(K1−w−x,A,B)(Nb1−y−z,C,D)O・・・(P)
(式中、0<w<1.0,0≦x≦0.2,0≦y<1.0,0≦z≦0.2,0<w+x<1.0。AはK以外のイオン価数が1価のAサイト元素、BはAサイト元素、Cはイオン価数が5価のBサイト元素、DはBサイト元素。A〜Dは各々1種又は複数種の金属元素である。Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。)
【0034】
基板10としては、積層される強誘電体膜30と格子整合性が良好であるものであれば特に制限されないが、格子定数が、成膜されるペロブスカイト型酸化物膜の格子定数と近い数値を有するものを用いることが好ましい。
【0035】
ニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト酸化物の格子定数は0.388〜0.405nmであることから、格子整合性が良好となる基板の格子定数は0.37〜0.425nmが好ましい。かかる基板としては、チタン酸ストロンチウム(0.3905nm),タンタル酸カリウム(0.3989nm)からなる群より選ばれる化合物を主成分とするものであることが好ましい。また、格子を45度回転させて整合する基板として、フッ化カルシウム(0.546nm),スカンジウムペロブスカイト酸化物(0.543nm〜0.579nm)、ニッケルペロブスカイト酸化物(0.512nm〜0.546nm)及びイットリア安定化ジルコニア(0.514nm)からなる群より選ばれる化合物を主成分とするものであることが好ましい。
【0036】
また、基板10の格子定数が上記範囲外である場合は、基板10と下部電極21との間にバッファ層40を備えて、ペロブスカイト型酸化物膜30との格子整合性を調整してもよい。かかる構成とすることにより、金属基板や樹脂基板を基板10として用いることもできる。
【0037】
金属基板としては、成膜条件で安定であれば特に限定されないが、耐食性の観点からステンレス(SUS)やインコネル基板等が好ましい。また、樹脂基板としては、成膜温度において耐熱性を有するものであれば、可撓性の高いものであることが好ましい。耐熱性の観点では、スーパーエンジニアリングプラスチック(ポリイミド、ポリサルホン、テフロン(登録商標)など)及びその誘導体を主成分とする基板などが好ましい。
【0038】
バッファ層40としては、基板10及び下部電極層21、ペロブスカイト型酸化物膜30と格子定数と5%以下の違いの範囲で一致しているものが好ましい。また、バッファ層40は、上記格子整合性の改善の他、配向性や密着性の改善を目的として設けられてもよい。
【0039】
下部電極21の主成分としては特に制限されないが、基板と同様、積層される各層と格子整合性が良好で、且つ配向を制御しやすいことからSrRuO,LaNiO,LaNiO,LaNi,LaNi10,LaCuOなどのランタン系層状ペロブスカイト化合物又はPtが好ましい。
【0040】
上部電極22の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,Al,Ta,Cr,Cu,IrO,RuO,LaNiO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。
【0041】
下部電極21と上部電極22の厚みは特に制限なく、電極として強誘電体30に実効的に電界を加えるために必要な導電性を有するための最低の厚みが必要である。その厚みは電極材料の導電率や強誘電体素子1全体の大きさによって決めることができ、例えば、50〜1000nmであることが好ましい。また、各電極は多層構造であってもよい。
【0042】
本実施形態の強誘電体素子1において、強誘電体膜30は、厚み5μm以上の厚膜である。超音波探触子や圧電発電の用途では、より膜厚が厚い方が好ましく、10μm以上であることがより好ましく、50μm以上であることが更に好ましい。
【0043】
強誘電体膜30としては、上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を主成分とするものであれば特に制限されない。
【0044】
一般式(P)において、元素Aは、イオン価数1価の金属元素であり、1価の金属元素としては、Li,Na,Rb,及びCsからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましい。
【0045】
元素Bは、Aサイトの添加元素であり、Ca,Sr,Ba,Sn,Pb,Y,La及びBiからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましい。中でも、(K,Na)NbOは、強誘電性に優れ、素子への応用を考慮した場合に高特性が期待され、好ましい。
【0046】
また、元素Cは、イオン価数5価の金属元素であり、V,Sb,及びTaからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましい。
【0047】
また、元素DはBサイトの添加元素であり、Ti、Mn、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、及びZnからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることが好ましい。かかる添加元素である元素B及び元素Dの添加により、より強誘電性に優れた強誘電体素子とすることができる。
【0048】
なお、本発明のペロブスカイト型酸化物膜の主成分である一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物の相構造は、KNbOとそれ以外の成分(例えばANbOやKCO)の各成分が共存した複数相混晶構造になる場合もあるし、各成分が完全固溶して1つの相になる場合もあるし、その他の構造もあり得る。
【0049】
強誘電体膜30の配向性は特に制限されないが、特性が良好になることから、<001>の1軸配向性を有する多結晶、又は3軸配向性を有するエピタキシャル膜であることが好ましい。強誘電体膜30としてエピタキシャル膜を形成する場合は、下部電極/基板の好適な組合せとして、SrRuO/SrTiO,及びPt/MgO,SrRuO/MgO/Si,SrRuO/Pt,SrRuO/LaNiO/Pt,SrRuO/LaNiO/CaF,SrRuO/LaNiO/CeO/YSZ/Si,SrRuO/LaNiO/CaF,SrRuO/YSZ(イットリア安定化ジルコニア)/Si,SrRuO/LaNiO/CeO/YSZ/Si,SrRuO/Pt/CeO/YSZ/Si等が挙げられる。
【0050】
強誘電体膜30が1軸配向性を有するかどうかは、X線回折を用いて確認することができる。例えば、<100>エピタキシャル膜である場合は、X線回折の2θ/θ測定での圧電体に起因するピークは、{100},{200}等の{L00}面(Lは1,2,3・・・n,nは整数)のピークのみが検出される。更に、{110}非対称面の極点測定をした際に、中心から約45度の傾きを表す同じ半径位置に90°毎に4回対称のスポット状のパターンが得られる。
【0051】
また、<011>1軸配向性の強誘電体30において、{110}非対称面の極点測定をした際に、中心から約45°の傾きを表す同じ半径位置に8回対称や12回対称のパターンが得られる結晶や、パターンが楕円状のスポットである結晶もありえる。これらの結晶も本実施形態の結晶の単結晶と1軸配向結晶の中間の対称性を有するものであるため、広義に単結晶及び1軸配向結晶とみなす。また、結晶相については複数の結晶層が混在していても、双晶に起因する結晶が混在する場合や、転移や欠陥等がある場合も、広義に単結晶及び1軸配向結晶とみなす。
以下に、本実施形態のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法について、ニオブ酸カリウムナトリウムの場合を例に説明する。
【0052】
上記したように、本実施形態のペロブスカイト型酸化物膜は、水熱合成法によりキュリー温度以下の成膜温度(反応液温度)にて成膜する。
【0053】
上記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物のキュリー温度は、その組成によって異なるが、ニオブ酸カリウムのキュリー温度が435℃付近であることから、ニオブ酸カリウムの組成が多ければ、300℃以下であればキュリー温度以下となりうると考えてよい。
【0054】
ニオブ酸カリウムナトリウムの場合、一般式(P)において、カリウムとナトリウムの組成であるwの範囲を0<w<1.0において、キュリー温度Tcの範囲は435℃<Tc(℃)<643℃となる(ニオブ酸ナトリウムのキュリー点:643℃)。
【0055】
水熱合成法において用いる反応液としては、水酸化カリウム及び水酸化ナトリウムを所定の比率で混合させた水溶液中に、酸化ニオブを溶解させたものを用いることが好ましい。また、ニオブ酸カリウムとニオブ酸ナトリウムのそれぞれの焼結体の粉末を混合して純粋中に分散させたものを用いてもよい。本発明者は、水熱合成法において、キュリー温度以下の温度にて、ニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物の組成制御を試みた。
【0056】
しかしながら、水熱合成法において、ニオブ酸カリウムに比してニオブ酸ナトリウムの水熱成長速度に大きく差があり、反応液中の水酸化カリウムと水酸化ナトリウムの組成に対して成膜される膜の組成とが大きく異なることを見出した。
【0057】
一方、水熱合成法では、反応液中の原料濃度が薄くなってくると、通常の析出モードから、既に析出した生成物質を溶解させてしまうエッチングモードに変化する。従って、膜厚を厚くするためには、できるだけエッチングモードに変化しないように、反応液中の原料の濃度と反応速度とを調整する必要がある。本発明者は、反応液中の水酸化カリウムと水酸化ナトリウムの濃度比により、析出したペロブスカイト型酸化物中に含まれるニオブ酸の溶解量が変化することを見出した。
【0058】
その結果、後記実施例に示されるように、格子整合性の良好な基板を用い、析出モードが支配的となる反応液組成、反応温度にて成膜を行うことにより、Na含有量を0<Na/(K+Na)<1.0の範囲で制御された、膜厚5μm以上のニオブ酸カリウムナトリウムペロブスカイト型酸化物厚膜の成膜に成功した(図2を参照)。
【0059】
図2において、横軸は反応液中の水酸化カリウムと水酸化ナトリウムの総量に対する水酸化カリウムの比、縦軸は成膜された膜中のカリウムイオンとナトリウムイオンの総量に対するカリウムイオンの比を示している。
【0060】
図2(a)には、反応液中の水酸化カリウムの割合が0.8〜0.9の領域において、膜中のカリウムイオンの割合がほぼ0〜1まで急峻に変化していることが示されている。これは、反応液組成とペロブスカイト型酸化物膜のAサイト組成とは一致せず、反応液中のカリウム濃度が0.8〜0.9付近となる非常に狭い組成領域においてのみ、混晶の水熱成長が主に行われることを意味している。
【0061】
反応液中のカリウム濃度が0.8〜0.9の領域において、反応液の組成と膜組成との相関を調べるために、上記反応液のカリウム濃度領域を拡大して示したのが図2(b)である。図2(b)に示されるように、反応液中のカリウム濃度が0.8〜0.9の領域において、成膜されるペロブスカイト型酸化物膜中におけるカリウム含有量を0<K/(K+Na)<1.0の範囲で制御できたことが示されている。
【0062】
また、後記実施例において、図2に示される水熱合成膜は、いずれも{100}配向のペロブスカイト型エピタキシャル膜であることがXRDにより確認されている(後記実施例図3を参照)。
【0063】
更に、膜中の組成K/(K+Na)=0.83,膜厚約10μmのサンプルについて強誘電性を評価した結果、良好な強誘電性を示すヒステリシスが確認できており、このことからも、組成ずれが少なく、結晶性の良好なペロブスカイト型酸化物膜が得られていることが確認された(図4)。
【0064】
水熱合成法によるニオブ酸カリウムの合成は、粉末では、30℃程度での合成例の報告がある。従って、ニオブ酸カリウムナトリウム厚膜の成膜についても、反応温度が30℃前後の温度以上であればその成膜は可能であると考えてよい。反応温度に応じて上記のように析出モードが支配的になる反応条件に反応液を調整することにより、組成ずれが少なく結晶性の良好なニオブ酸カリウムナトリウム厚膜を成膜することができる。
【0065】
更なる厚膜化は、良好な結晶成長が可能な反応液の組成が保持されるように、反応液を連続的又は断続的(バッチ式を含む)に入れ替え又は補充することにより可能である。後記実施例にて示すように、本発明者は最大膜厚50μmのニオブ酸カリウムナトリウム厚膜の成膜に成功している。
【0066】
上記のように水熱合成法によって成膜されたペロブスカイト型酸化物膜は、膜中に水酸基を含んだ膜となる。水酸基の含有量はごく僅かであるため結晶性への影響はほとんどないが、成膜条件によって含有量は変化する。
【0067】
なお、より高特性(強誘電性)な膜とするために、成膜後のペロブスカイト型酸化物膜30にポストアニール処理を施しても構わない。ポストアニール温度としては、300℃〜900℃の範囲が好ましい。
【0068】
以上、ニオブ酸カリウムナトリウムについてその合成方法を述べたが、ニオブ酸カリウムナトリウムを構成成分に含む固溶体をはじめとするニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物膜は、ニオブ酸カリウムナトリウムと同様の手法により、水熱合成法により幅広く作製できる。
【0069】
以上述べたように、本発明によれば、ニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物膜の成膜において、キュリー温度以下の反応温度にてその組成を良好に制御することができる。上記本発明のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法によれば、基板10上に成膜されたペロブスカイト型酸化物膜であって、組成ずれが少なく結晶性が良好であり、且つ、クラック等の欠陥の少ない、膜厚5μm以上のニオブ酸カリウム混晶系ペロブスカイト型酸化物膜30を提供することができる。
【0070】
ペロブスカイト型酸化物膜30は、膜厚5μm以上を有する非鉛系強誘電体膜となりうることから、かかるペロブスカイト型酸化物膜を強誘電体膜として用いた強誘電体素子は、超音波探触子等の分野において、高特性な非鉛系強誘電体素子として利用することができる。
【0071】
ペロブスカイト型酸化物膜30は、基板10上に成膜されたものであるが、成膜後に基板10より剥離して用いることも可能である。
【0072】
「設計変更」
本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、発明の要旨を変更しない限りにおいて、種々変更することが可能である。
【0073】
上記実施形態では、本発明のペロブスカイト型酸化物膜を強誘電体膜として用いた場合について説明したが、本発明のペロブスカイト型酸化物膜は圧電体膜としても良好な圧電特性を有するものとなる。
【0074】
特に、ニオブ酸カリウムの安定な結晶系が斜方晶系であるため、安定な結晶系が斜方晶以外の複合酸化物との混晶系として組成制御することにより、モルフォトロピック相境界(Morphotropic Phase Boundary: MPB)組成を構成することが可能である。
【0075】
MPB組成を有するペロブスカイト型酸化物は、高い圧電特性を有することが知られており、例えば、豊田中研が開発した(Na0.52K0.44Li0.04)(Nb0.86Ta0.10Sb0.04)O3(通称LF4)は、斜方晶と正方晶のMPBを用いて、高圧電特性を実現している。Nature 432, 84-87 (4 November 2004)
【実施例】
【0076】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
(実施例1)
厚み500μmの(100)SrTiO(STO)基板を用意し、スパッタリング法にて、その表面に膜厚約60nmのSrRuO(SRO)下部電極を成膜した。その際、ターゲットは市販のSROターゲットを用い、成膜条件は出力60W,基板温度約600℃,成膜圧力27Pa,アルゴン−酸素比20/5,基板−ターゲット距離120mmとし、成膜時間は約220分間とした。
【0077】
次いで、反応液の調製を行った。9×10−4molのNb粉末と、7mol/lのKOH及びNaOHをそれぞれ用意し、表1に示す所定の組成となるように混合し、20mlの反応液を調整した。
【0078】
温度制御可能な反応槽に表1に示される各反応液を入れて、反応液温度が240℃となるように調温し、該反応液中に上記電極付き基板を浸漬させて水熱合成法による成膜を行った。その結果、反応時間6時間にていずれの反応液を用いた場合においても膜厚約10μmの厚膜を得ることができた。
【0079】
得られた各膜について、組成分析を行った。組成分析は、蛍光X線分析装置(PANalytical社製 波長分散型蛍光X線分析装置PW2404)を用いて行った。その結果を図2に示す。図2において、横軸は反応液中の水酸化カリウムと水酸化ナトリウムの総量に対する水酸化カリウムの比、縦軸は成膜された膜中のカリウムイオンとナトリウムイオンの総量に対するカリウムイオンの比を示している。
【0080】
図2(a)に示されるように、反応液中の水酸化カリウムの割合が0.8〜0.9の領域において、膜中のカリウムイオンの割合がほぼ0〜1まで急峻に変化することがわかり、反応液組成とペロブスカイト型酸化物膜のAサイト組成とは一致せず、反応液中のカリウム濃度が0.8〜0.9付近となる非常に狭い組成領域においてのみ、混晶の水熱成長がなされることが確認された。
【0081】
図2(b)に示されるように、上記反応液のカリウム濃度領域を拡大して反応液中のカリウム濃度が0.8〜0.9の領域において、反応液の組成と膜組成との相関を調べた。図2(b)には、反応液中のカリウム濃度が0.8〜0.9の領域において、成膜されるペロブスカイト型酸化物膜中におけるカリウム含有量を0<K/(K+Na)<1.0の範囲で制御できたことが示されている。
【0082】
次に、得られた膜についてXRD測定を実施した。その結果、いずれの膜もパイロクロア相の少ないペロブスカイト型酸化物膜であることが確認された(図3)。
【0083】
更に、膜中の組成K/(K+Na)=0.83,膜厚約10μmのサンプルについて、強誘電体評価システム(株式会社東陽テクニカ社製FCE)により強誘電性を評価した結果、良好な強誘電性を示すヒステリシスが確認できており、このことからも、組成ずれが少なく、結晶性の良好なペロブスカイト型酸化物膜が得られていることが確認された(図4(a))。また、図4(b)に示すように、電界強度約100kV/cm以上にて、ヒステリシス曲線が飽和していることも確認できた。
【表1】

【0084】
(実施例2)
基板として、下記3種類の基板を用意した。
<基板1> インコネル基板(厚み300μm)
<基板2>
SrRuO(SRO)/インコネル基板(厚み300μm)
成膜条件:厚み300μmのインコネル基板上に、スパッタリング法にて、膜厚約120nmのSrRuO(SRO)をバッファ層として成膜。ターゲットは市販のSROターゲット、成膜条件は出力40W,基板温度約600℃,成膜圧力8Pa,アルゴン−酸素比70/30,基板−ターゲット距離70mm、成膜時間約60分間。
<基板3>
SRO/LaNiO(LNO)/インコネル基板(厚み300μm)
成膜条件:厚み300μmのインコネル基板上に、スパッタリング法にてSRO(膜厚約120nm)/LaNiO(LNO)(膜厚約150nm)をバッファ層として成膜した。ターゲットは市販のSROターゲット及びLNOターゲット。LNOについては、成膜温度が徐々に高くなる3段階の成膜条件にて成膜。各層の成膜条件は表2に記載。
【表2】

【0085】
実施例1と同様にして、表1のNo.12と同様の組成の反応液を20ml調製した。温度制御可能な反応槽にこの反応液を入れて、反応液温度が240℃となるように調温し、該反応液中に基板1〜3を浸漬させて水熱合成法により(K,Na)NbO膜を成膜した。
【0086】
図5に、基板1〜基板3における(K,Na)NbO膜析出量の成膜時間依存性を示す。バッファ層のない基板1では、成膜開始から12時間まで成膜が確認されなかったが、基板2及び基板3では、成膜量は成膜時間に対して単調に増加した。図5には、基板3が最も成膜性が良好であることが示されている。
【0087】
次に、基板2及び基板3において成膜時間3時間及び6時間でのXRD測定及び極点図形測定を行った。その結果を図6に示す。図6において、スペクトル(a)〜(c)は基板3、(d)〜(f)は基板2を用いたもので、(c)及び(f)はそれぞれ各基板自体、(g)は基板1のXRDスペクトルである。また、それぞれの極点図形を(h)及び(i)に示してある。
【0088】
図6に示されるように、基板2(SrRuO(SRO)/インコネル基板)では、ランダム配向の膜が析出しているのに対し、基板3(SRO/LaNiO(LNO)/インコネル基板)では、{100}に強く配向した膜が得られていることが確認された。
【0089】
次に、得られた膜について、組成分析及び電気特性、圧電特性の評価を行った。評価には、基板2及び基板3において、約6時間成膜を行った膜を用いた。基板2における約6時間後の(K,Na)NbO膜厚は約5.1μm、基板3では6.0μmであった。
【0090】
まず、組成分析については、実施例1と同様にして行った。その結果、膜中の組成K/(K+Na)は、基板2及び基板3共に約0.88であり、実施例1の結果とほぼ一致した。
【0091】
電気特性及び圧電特性の評価は、成膜された(K,Na)NbO膜上に、電子線蒸着法を用いて上部電極として、100μmφのPtドットを作製して実施した。図7及び図8において、(a)は基板3、(b)基板2上に作製した膜のP−Eヒステリシス特性及び圧電特性を示したものである。図7に示されるように、どちらの基板を用いた場合でも強誘電性が確認でき、得られたPr値は、基板3を用いた場合の方が大きいことが確認された。
【0092】
一方図8では、両方の基板上で圧電性が確認でき、傾きから求めたみかけの圧電定数d33は、基板3の方が大きいことが確認でき、配向膜の有効性が確認できた。
【0093】
(実施例3)
厚み300μmのインコネル基板をワイヤー放電加工によりカンチレバー状に加工したものを用意し、その表面に、膜厚約120nmのSrRuO(SRO)をバッファー層として成膜した。成膜条件は、実施例2の基板2と同様とした。
【0094】
次に、表1のNo.12と同様の組成の反応液を20ml調製し、実施例2の各基板と同様にして成膜したSROバッファ層上に、膜厚約6μmの(K,Na)NbO膜を成膜した。実施例1と同様にして行った組成分析の結果、膜中の組成K/(K+Na)は0.88であった。
【0095】
次に、圧電特性の評価のために、(K,Na)NbO膜上に、低真空蒸着法を用いてAu上部電極を作製して測定サンプル(カンチレバー)とした。なお、分極処理は施していない。圧電特性の評価は、レーザードップラー速度計(Laser Doppler Velocimetry :LDV(Polytec, OFV3001))により得られる周波数応答特性から、圧電定数d31を算出する方法により行った。圧電定数d31は、下記式により算出することができる。
【数1】

t=hf+hs, A=Es/Ef, B=hs/hf
(Efは(K,Na)NbO膜のヤング率(今回は6.5×1010N/mとした),Esはインコネル基板のヤング率,hfは(K,Na)NbO膜の平均厚み,hsはインコネル基板の平均厚み,Eは印加電圧,fsはインコネル基板の共振周波数,Δfは基板の共振周波数とサンプルの共振周波数との差,Lは固定端から開放端までの長さ,δは振動変位である。
【0096】
LDVによる測定サンプルの周波数応答特性を図9Aに、印加電圧波形(500Hz連続駆動)を図9Bに、振動変位の波形を図9Cに示す。図9Aに示されるように、測定サンプルの共振周波数は約14kHzであった。振動変位の波形は、測定サンプルの共振周波数から離れ、且つ、共振周波数よりも低い周波数(500Hz)にて測定したものである。また、基板についても同様の測定により共振周波数を求めた。その結果、d31=約−34pm/Vとなり、一般的なポアソン比によりd33値から予想される値(25〜35pm/V)とほぼ一致した。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、超音波探触子、不揮発性メモリ、MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス等の強誘電体素子や、インクジェット式記録ヘッド等の圧電素子に好ましく適用することができる。
【符号の説明】
【0098】
1 強誘電体素子(ペロブスカイト型酸化物構造体)
10 基板
20 電極
21 下部電極
22 上部電極
30 ペロブスカイト型酸化物膜(強誘電体膜)
40 バッファ層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に成膜されるペロブスカイト型酸化物膜であって、
平均膜厚が5μm以上であり、且つ、
下記一般式(P)で表されるペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするペロブスカイト型酸化物膜。
(K1−w−x,A,B)(Nb1−y−z,C,D)O・・・(P)
(式中、0<w<1.0,0≦x≦0.2,0≦y<1.0,0≦z≦0.2,0<w+x<1.0。AはK以外のイオン価数が1価のAサイト元素、BはAサイト元素、Cはイオン価数が5価のBサイト元素、DはBサイト元素。A〜Dは各々1種又は複数種の金属元素である。Aサイト元素の総モル数及びBサイト元素の総モル数の、酸素原子のモル数に対する比は、それぞれ1:3が標準であるが、ペロブスカイト構造を取り得る範囲内で1:3からずれてもよい。
【請求項2】
前記基板の格子定数が0.37〜0.425nmであることを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項3】
前記基板の主成分が、チタン酸ストロンチウム,タンタル酸カリウム,フッ化カルシウム,スカンジウムペロブスカイト酸化物、ニッケルペロブスカイト酸化物及びイットリア安定化ジルコニアからなる群より選ばれる化合物を主成分とするものであることを特徴とする請求項1〜2に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項4】
前記基板が、金属基板であることを特徴とする請求項1又は2に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項5】
前記基板が、樹脂基板であることを特徴とする請求項1又は2に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項6】
前記元素Aが、Li,Na,Rb,及びCsからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることを特徴とする請求項1〜5に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項7】
前記元素Bが、Ca,Sr,Ba,Sn,Pb,Y,La及びBiからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることを特徴とする請求項1〜6に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項8】
前記元素Cが、V,Sb,及びTaからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項9】
前記元素DがTi、Mn、Cr、Fe、Co、Ni、Cu、及びZnからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項10】
前記膜厚が10μm以上であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項11】
前記膜厚が50μm以上であることを特徴とする請求項10に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項12】
結晶配向性を有することを特徴とする請求項1〜11のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項13】
エピタキシャル膜であることを特徴とする請求項12に記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項14】
強誘電体であることを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物膜。
【請求項15】
前記基板と、請求項14に記載のペロブスカイト型酸化物膜と、該ペロブスカイト型酸化物膜に対して電界を印加する1対の電極と備えてなることを特徴とする強誘電体素子。
【請求項16】
前記1対の電極が、前記基板と前記ペロブスカイト型酸化物膜との間に形成された下部電極と、前記ペロブスカイト型酸化物膜上に形成された上部電極とからなり、
前記下部電極が、Pt、LaNiO、ランタン系層状ペロブスカイト化合物、又はSrRuOを主成分とするものであることを特徴とする請求項15に記載の強誘電体素子。
【請求項17】
前記基板と下部電極との間にバッファ層を備えたことを特徴とする請求項15又は16に記載の強誘電体素子。
【請求項18】
請求項1〜14のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法であって、
水熱合成法により成膜することを特徴とするペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法。
【請求項19】
成膜温度が、300℃以下であることを特徴とする請求項18に記載のペロブスカイト型酸化物膜の成膜方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−106902(P2012−106902A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−65517(P2011−65517)
【出願日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、独立行政法人科学技術振興機構研究成果最適展開支援事業A−STEP「シーズ顕在化」「水熱合成法によるフレキシブル基板上へのKNb03の低温形成技術構築」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】