説明

メモリセル、ならびに、磁気メモリ素子

【課題】スピン流を利用した磁化反転機構を利用したメモリセル等を提供する。
【解決手段】メモリセル31は、平面状の非磁性体層16と、非磁性体層16の表面に設置され、磁化の向きが固定された強磁性体からなる強磁性体層12と、非磁性体層16の表面に設置され、磁化の向きが可変である強磁性体からなるフリー層15と、を備え、非磁性体層16と、強磁性体層12と、の間を流れる電流の向きを変化させて、非磁性体層16を流れるスピン流のスピン量子化軸を変えることでフリー層15の磁化の向きを変化させ、強磁性体層12の磁化の方向と、フリー層15の磁化の方向と、が、略平行であるか略反平行であるかにより、情報を記憶する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン流を利用した磁化反転機構を利用するメモリセル、および、磁気メモリ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
情報化社会の進展に伴い、高速かつ大容量通信網へのアクセスが可能となり、携帯電話やコンピューター等の情報端末の高性能化への要求は増している。特に、情報の蓄積に利用されるハードディスクの大容量化、情報の処理に利用されるCPU等の半導体素子の高速化は日進月歩である。しかしながら、これまでのような素子の高性能化が今後も引き続き可能であるわけではない。近い将来に物理的限界がおとずれることが危惧されている。
【0003】
そこで、近年、磁性体材料を用いた磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM;Magnetoresistive Random Access Memory)が大きな注目を集めている。
【0004】
MRAMは、少なくとも二つの強磁性体層とそれらに挟まれた非磁性層をメモリビットとしている。二つの強磁性体層のスイッチング磁界は異なるように設計されている。
【0005】
情報書き込み動作により磁化反転させられる強磁性体層をフリー層、他方、大きなスイッチング磁界を持つ強磁性体層をピン層と呼ぶ。
【0006】
そして、フリー層とピン層の磁界を平行状態にした状態と、反平行状態にした状態と、を、それぞれ、「メモリ状態0」と「メモリ状態1」と、の一方および他方に対応付けて記憶する。平行状態を「0」、反平行状態を「1」に対応付けるのが典型的である。
【0007】
読み出し動作は、磁気抵抗効果、すなわち、2つの磁性体の相対磁化の違いによる抵抗差を利用することで、行われる。磁界が平行状態の場合と反平行状態の場合とでは、抵抗値が異なるのである。
【0008】
一方、書き込み動作は、メモリビットの上下に配置された書き込み線(ワード線、ビット線)を流れる電流から発生された磁界によって、フリー層の磁化反転を生じさせて行う技術が提案されている。
【0009】
しかしながら、電流磁界を用いた書き込み方式では、MRAMの大容量化が困難である。その理由は大別して以下の2つである。
【0010】
第1に、情報書き込み、すなわち、フリー層の磁化反転に必要とされる磁界の大きさは、磁性体のサイズの減少に伴い大きく増加するため、電流密度を高くしなければならない。
【0011】
第2に、MRAMの大容量化のためには、メモリビットと共に配線幅も微細化する必要があり、書き込み動作において必要とされる電流密度は大きく増加する。
【0012】
そして、電流密度が高くなると、断線やエレクトロマイグレーション等が生じ、メモリ素子の信頼性が著しく劣化してしまう。
【0013】
この問題を解決しようとする技術は、後に掲げる特許文献1〜特許文献4に提案されている。
【0014】
ここで、特許文献1には、スピントルクによる磁化反転方法が提案されている。この手法では、フリー層に外部からスピン偏極電子を注入し、注入されたスピンとフリー層の磁化モーメントとの間の角運動量の授受により、フリー層の磁化を反転させる。
【0015】
ある臨界電流密度以上の電流量を、ピン層からフリー層に流せば、反平行状態にすることができ、フリー層からピン層に流せば、平行状態にすることができるのである。
【0016】
この手法を用いて素子の微細化を試みようとした場合、メモリビットの微細化をすることで、フリー層に流れる電流密度は増加する。これを全体で見れば、書き込みに必要とされる電流量が減少することになるので、大容量化に向けたスケーリングが成り立ち、大容量MRAMの実現に有利な手法と考えられている。
【0017】
そこで、当該技術をベースに、さまざまな工夫が提案されている。
【0018】
たとえば、トンネル磁気抵抗(TMR;Tunnel Magneto-Resistance)素子は、大きな磁気抵抗効果を有することから、MRAMのメモリビットとして利用しようとする試みがある。TMR素子は、フリー層、ピン層、および、両者に挟まれた数nm程度の誘電体層から構成される。
【0019】
ここで、スピントルクによる磁化反転を引き起こすためには、通常107A/cm2程度のスピン電流密度が必要である。
【0020】
ところが、このような大電流をTMR素子に流した場合、極薄誘電体層の絶縁破壊あるいは膜質の劣化が問題となる。劣化および断線により磁気抵抗効果の大きさに素子間のばらつきが生じれば、メモリ素子としての信頼性は大きく失われる。
【0021】
特許文献2に開示される技術においては、読み出し用の配線と書き込み用の配線が区別されており、TMR素子の絶縁破壊の問題を解決しようとしている。
【0022】
しかしながら、スピン注入においてフリー層の一部にしか電流が流れず、フリー層の磁化に均一なスピントルクが発生されないために、マグノン等の発生から不均一な磁化反転が懸念される。
【0023】
一方、特許文献3に開示される技術においても、読み出し用の配線と書き込み用の配線が区別されており、TMR素子の絶縁破壊の問題を解決しようとしている。
【0024】
しかしながら、書き込み動作において、反平行な2つの固定強磁性体層間に電流を流していることから、スピントルクによりそれら固定強磁性体層の磁化反転が懸念される。
【0025】
さらに、特許文献4に開示される技術においては、スピン流を用い、読み出し用の配線と書き込み用の配線を区別することで安定な書き込み動作を実現しようとしている。
【0026】
しかしながら、読み出し動作においては、フリー層とピン層間に厚い非磁性体層が挟み込まれていることから磁気抵抗効果は大きく減少し、読み出しに必要な十分な信号を得ることはできない。非磁性体層を薄くした場合、書き込みのために大電流を流すために素子破壊が懸念される。
【0027】
【特許文献1】米国特許第5,695,864号公報
【特許文献2】特開2005−116888号公報
【特許文献3】特開2006−156477号公報
【特許文献4】特開2008−171945号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
本発明は、上記のような課題を解決しようとするものであり、スピン流を利用した磁化反転機構を利用しつつ、書き込み時の電流による素子の劣化や破壊を抑制し、読み出しを高速化したメモリセル、ならびに、磁気メモリ素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0029】
本発明の第1の観点に係るメモリセルは、平面状の非磁性体層と、非磁性体層の表面に設置され、磁化の向きが固定された強磁性体からなる強磁性体層と、非磁性体層の表面に設置され、磁化の向きが可変である強磁性体からなるフリー層と、を備える。
【0030】
ここで、非磁性体層と、強磁性体層と、の間を流れる電流の向きを変化させて、非磁性体層と強磁性体層の間を流れるスピン流のスピン量子化軸を変えることで、フリー層の磁化の向きを変化させ、強磁性体層の磁化の方向と、フリー層の磁化の方向と、が、略平行であるか略反平行であるかにより、情報を記憶する。
【0031】
また、本発明のメモリセルにおいて、強磁性体層として、磁化の向きが固定された強磁性体を、複数、非磁性体層の表面の異なる位置に設置するように構成することができる。
【0032】
また、本発明のメモリセルにおいて、フリー層をなす強磁性体は、少なくとも1つの磁性体材料を含む合金もしくは化合物であるように構成することができる。
【0033】
また、本発明のメモリセルにおいて、フリー層と、非磁性体からなる中間層と、磁化の向きが強磁性体層と平行に固定された強磁性体からなるピン層と、が積層され、フリー層と、ピン層と、の磁化の方向の差異をトンネル磁気抵抗効果により検出して、フリー層に記憶された情報を読み出すように構成することができる。
【0034】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層と、フリー層と、の接触面積は2.0×104nm2以下であるように構成することができる。
【0035】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層と、フリー層と、の界面は、オーミック接合されるように構成することができる。
【0036】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層はCuであるように構成することができる。
【0037】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層はAlであるように構成することができる。
【0038】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層は半導体であるように構成することができる。
【0039】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層は超伝導体であるように構成することができる。
【0040】
また、本発明のメモリセルにおいて、フリー層の強磁性体はCo−Fe合金であるように構成することができる。
【0041】
また、本発明のメモリセルにおいて、フリー層の強磁性体はCo−Fe−Bであるように構成することができる。
【0042】
また、本発明のメモリセルにおいて、非磁性体層の厚さは、50nm以上であるように構成することができる。
【0043】
本発明のその他の観点に係る磁気メモリ素子は、上記のメモリセルを、複数、マトリックス状に配置するように構成する。
【発明の効果】
【0044】
本発明によれば、スピン流を利用した磁化反転機構を利用しつつ、書き込み時の電流による素子の劣化や破壊を抑制し、読み出しを高速化したメモリセル、ならびに、磁気メモリ素子を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0045】
以下に、本発明を実施するための最良の形態を説明する。なお、本発明の範囲は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の原理に基づいて様々な変形が可能であり、これらの態様も本発明の範囲に含まれる。
【実施例1】
【0046】
図1は、本発明の第1の実施の形態に係る磁気メモリ素子のメモリセルの構造を示す断面図である。以下、本図を参照して説明する。
【0047】
メモリセル31は、平面状の非磁性体層16を有する。非磁性体層16の片面上には、書き込み用磁化固定端子1と、読み出し用磁気抵抗効果素子2と、が設置されている。
【0048】
直流電流源19は、書き込み用磁化固定端子1と非磁性体層16との間に電流を流すもので、電流の向きによって、読み出し用磁気抵抗効果素子2に記憶される情報を指定する。
【0049】
直流電源18および電流計17は、読み出し用磁気抵抗効果素子2から情報を読み出すもので、読み出し用磁気抵抗効果素子2の磁気抵抗の大小から、記憶された情報のビット値を判別する。なお、電流計17は、一般には、所定の閾値との比較によりビット値を得る電子素子や電子回路により構成されるが、メモリセル31の性能、特にヒステリシス特性を調査する場合には、電流の大きさをそのまま測定するものを利用する。
【0050】
書き込み用磁化固定端子1は、反強磁性体層11と強磁性体層12を積層した2層構造となっており、強磁性体層12が非磁性体層16に接している。
【0051】
読み出し用磁気抵抗効果素子2は、ピン層13、非磁性中間層14、フリー層15を積層した3層構造によりTMR素子を形成しており、フリー層15が非磁性体層16に接している。
【0052】
本図では、強磁性体層12およびフリー層15を、非磁性体層16の表面に直接に設置しているが、間に薄い誘電体層を挿入して、スピン注入効率を向上させることも可能である。
【0053】
また、フリー層15と非磁性体層16間に、接触抵抗が小さいオーミック接合を利用すると、フリー層15内に効率的にスピン流を吸収させ、スピントルク磁化反転を生じさせることが可能である。
【0054】
書き込み用磁化固定端子1の磁化方向は、十分に高い熱安定性を有し、一方向に強く固定する必要がある。本例では、反強磁性体層11と強磁性体層12を積層させることで、強磁性体層12の磁化方向を強く固定している。
【0055】
そのような強磁性体層12に用いる材料は、Ni、Fe、Coおよびその合金、Co−Fe−B等のアモルファス材料、Co−Mn−SiやCo−Cr−Fe−Al等のホイスラー材料、GaMnAs等の強磁性半導体材料等から選ぶことができる。
【0056】
強磁性体層12は、これらの中から1つを選んで薄膜とするか、複数を選んで多層膜とすることで構成される。
【0057】
なお、強磁性体層12の端部からの漏洩磁界を抑制するには、強磁性体層12にシンセシックアンチフェロマグネット構造、すなわち、強磁性体層、非磁性体層、強磁性体層を順に重ねた構造を用いることが望ましい。
【0058】
また、反強磁性体層11に用いる材料は、Ir−Mn、Pt−Mn、Fe−Mn、Ni−O、Co−O等から選ぶことができる。
【0059】
なお、強磁性体層12として、L10構造を有したFe−Pd、Fe−Pt、Co−Pt等の強い磁気異方性を持つ強磁性体材料を用いた場合には、反強磁性体層11を省いて書き込み用磁化固定端子1を構成することもできる。
【0060】
一方、読み出し用磁気抵抗効果素子2としては、異方性磁気抵抗効果素子、巨大磁気抵抗効果素子、TMR素子等を用いることができるが、読み出し信号の大きさは、素子の読み出し速度に影響するために、できるだけ大きいことが望ましい。この場合、本図に示すようなTMR素子が好適である。
【0061】
本図に示す読み出し用磁気抵抗効果素子2においては、フリー層15とピン層13の磁化の相対角度に依存して、磁気抵抗が変化する。したがって、情報の書き込みの際には、磁化の相対角度を設定するビット値を表し、読み出しの際には、磁気抵抗の値によって、ビット値を得ることになる。
【0062】
ここで、フリー層15は、メモリ状態を維持するため、十分な熱安定性を有する必要があり、磁化方向を基準方向に対して平行ならびに反平行にする必要があることから、一軸磁気異方性を有したものを用いる必要がある。
【0063】
このためには、一軸磁気異方性が高い材料を採用するか、素子形状に一軸異方性を付与すればよい。たとえば、素子の長さと幅の比率を表すアスペクト比が大きな長方形や楕円形の形状として、以下に掲げる材料を利用すれば、一軸磁気異方性を得ることができる。
【0064】
フリー層15に用いる材料としては、Ni、Fe、Coおよびその合金、Co−Fe−B等のアモルファス材料、Co−Mn−SiやCo−Cr−Fe−Al等のホイスラー材料、GaMnAs等の強磁性半導体材料、Fe−Pd、Fe−Pt、Co−Pt等のL10構造合金などが利用できる。
【0065】
なお、磁気特性や化学特性を制御するために、Ti、V、Cr、Mn、Cu、Zn、B、Al、Ga、C、Si、Ge、Sn、N、P、Sb、O、S、Mo、Ru、Ag、Hf、Ta、W、Ir、Pt、Au等の非磁性元素を適宜添加しても良い。
【0066】
また、フリー層15は、上記の中から1種を選んで強磁性体薄膜としても良いし、複数を選んで多層薄膜として構成しても良い。
【0067】
なお、フリー層15の膜厚は、読み出し時のノイズや磁気特性を考慮すると、2nm以上が望ましい。
【0068】
一方、ピン層13は、基準となる磁化方向を定めるものであるから、フリー層15よりも高い磁気安定性(保磁力)と高い熱安定を有する必要がある。
【0069】
たとえば、フリー層15よりも膜厚を厚くしたり、反強磁性体との積層膜構造を採用して交換相互作用を利用すれば、保磁力や熱安定性を高めることができる。
【0070】
ピン層13の材料としては、Ni、Fe、Coおよびその合金、Co−Fe−B等のアモルファス材料、Co−Mn−SiやCo−Cr−Fe−Al等のホイスラー材料、Fe−Pd、Fe−Pt、Co−Pt等のL10構造合金などを利用することができる。
【0071】
また、磁気特性や化学特性を制御するために、Ti、V、Cr、Mn、Cu、Zn、B、Al、Ga、C、Si、Ge、Sn、N、P、Sb、O、S、Mo、Ru、Ag、Hf、Ta、W、Ir、Pt、Au等の非磁性元素を適宜添加できる。
【0072】
また、ピン層13は、上記の中から1種を選んで強磁性体薄膜としても良いし、複数を選んで多層薄膜として構成しても良い。
【0073】
本図に示すように、読み出し用磁気抵抗効果素子2としてTMR素子を採用した場合、非磁性中間層14として、SiO2、Al23、MgO、SiN、AlN、BaF2、MgF2、CaF2、ZnO、TiO2、Si、Ge、GaAs、ZnS、ZnSe等の絶縁体、半導体を用いることができる。
【0074】
膜厚はトンネル電流が流れる程度に薄くする必要があるため、5nm以下が望ましい。
【0075】
非磁性体層16からフリー層15の中へ均一にスピン流を吸収させるためには、両者の接触界面は、2.0×104nm2以下であることが望ましい。
【0076】
書き込み用磁化固定端子1と読み出し用磁気抵抗効果素子2の距離は、非磁性体のスピン緩和長以下にする必要がある。たとえば、室温では、Cuの場合は500nm程度、Auの場合は50nm程度、Alの場合600nm程度である。
【0077】
書き込み用磁化固定端子1から非磁性体層16に蓄積されたスピンを、読み出し用磁気抵抗効果素子2内のフリー層15に効率よく流すためには、非磁性体層16はスピン緩和長の長い材料が望ましい。たとえば、金属の場合はAl、Cu、Agである。半導体や超電導体は、金属よりも長いスピン緩和長を有するので、より一層好適である。
【0078】
また、上記のように、フリー層15と非磁性体層16をオーミック接合とした場合、非磁性層に蓄積されたスピンをフリー層内に効率的に吸収するために、非磁性体層16に接触するフリー層15はスピン抵抗の小さい材料が望ましい。スピン抵抗RSは、以下のように表記できる。
RS = λSF/〔σS(1-P2)〕
【0079】
ここで、λSFは強磁性体中のスピン拡散長、σは電気伝導率、Sは強磁性体層と非磁性層の接触面積、Pはスピン編極率である。
【0080】
たとえば、接触面積を100×100nm2とした場合、スピン抵抗は、Ni−Fe合金においてRS=0.15Ω、CoにおいてRS=0.46Ωとなる。
【0081】
一般的に、合金の方が単体金属よりもスピン抵抗が小さいことから、非磁性体層16上のフリー層15の強磁性体はNi−FeやCo−Fe等の合金やCo−Fe−B等の化合物が望ましい。
【0082】
また、安定なスピントルク磁化反転を実現するために、強磁性体層12の体積は、非磁性体層16と接触するフリー層15を構成する強磁性体の体積よりも大きいことが望ましい。
【0083】
さらに、非磁性体層16の厚さは、非磁性体層16の表面または底面におけるスピン散乱を低減させる目的から、50nm以上とすることが望ましい。
【0084】
図2Aおよび図2Bは、メモリセル31において生じるスピン流によるスピントルク磁化反転の動作を示す説明図である。以下、本図を参照して説明する。
【0085】
両図において、強磁性体層12、ピン層13、フリー層15内の矢印は磁化の方向を表している。ここで、強磁性体層12とピン層13の磁化の方向は、同じ方向である。
【0086】
図2Aでは、非磁性体層16から書き込み用磁化固定端子1に電流Iを流しており、電子は、書き込み用磁化固定端子1から非磁性体層16へ移動する。
【0087】
すると、強磁性体層12の多数スピンが非磁性体層16に注入・蓄積される。その後、多数スピンはスピン量子化軸を保ちながらフリー層15内に進入し、一定量以上のスピンがフリー層15内に流れ込むと、そのトルクによって、フリー層15の磁化がスピン量子化軸と同じ方向に揃えられる。
【0088】
一方、図2Bでは、図2Aとは逆に、書き込み用磁化固定端子1から非磁性体層16に電流Iを流しており、電子は、非磁性体層16から書き込み用磁化固定端子1へ移動する。
【0089】
すると、強磁性体層12の多数スピンと同方向の電子が非磁性体層16から強磁性体層12へ吸収されるため、非磁性体層16内には強磁性体層12と逆向きのスピン量子化軸をもつ電子が蓄積されることになる。
【0090】
蓄積された電子は、フリー層15に吸収され、ある一定以上の電子が非磁性体層16からフリー層15内に流れ込むことにより、フリー層15の磁化方向はスピントルク磁化反転によって、強磁性体層12と反平行状態となる。
【0091】
このように、本実施形態では、書き込み用磁化固定端子1に流れる電流の極性を変えることで、フリー層15の磁化の向きを制御することが可能である。
【0092】
一方、フリー層15の磁化の向きは、読み出し用磁気抵抗効果素子2内のフリー層15とピン層13の磁化の相対向きとして読み出すことができる。このため、上記のように、強磁性体層12とピン層13の磁化方向はあらかじめ磁場により同じ向きに揃えておく。
【0093】
フリー層15とピン層13の磁化の方向が、反平行状態の時は高抵抗となり、平行状態の時は低抵抗となる。典型的には、前者を「1」に、後者を「0」に、それぞれ対応付ける。
【0094】
上記のように、書き込み動作時においては、読み出し用磁気抵抗効果素子2に電荷電子流が流れない。したがって、低抵抗化の必要がない。また、TMR素子を採用する場合、高い磁気抵抗比を実現するためには、高抵抗の方が望ましい。この場合、十分な出力電圧を確保することができるようになる、という利点もある。
【0095】
以下では、上記の原理に基づいて試作したメモリセル31の詳細について説明する。
【0096】
電子ビーム描画装置および薄膜製造装置により、幅170nm、膜厚65nmのCu細線を作製した(非磁性体層16に相当)。
【0097】
このCu細線上に、大きさ170×75nm2、厚さ20nmのNi−Fe合金構造体を作成した(書き込み用磁化固定端子1の強磁性体層12に相当。)
【0098】
また、このCu細線上に、大きさ150×75nm2、厚さ20nmのNi−Fe合金構造体を作成した(読み出し用磁気抵抗効果素子2のフリー層15に相当)。
【0099】
これら2つのNi−Fe合金構造体の中心間距離は400nmとした。
【0100】
そして、非局所測定法を用い、Cu非磁性層中のスピン蓄積効果を確認した。
【0101】
これら2つのNi−Fe合金構造体の磁化が平行状態の時と反平行状態と時との抵抗差は2mΩ程度であり、この抵抗差をスピン信号とすることが可能である。
【0102】
図3は、実験によって得られたスピントルク磁化反転の様子を示すヒステリシスを描いたグラフである。以下、本図を参照して説明する。
【0103】
本図においては、電流がNi−Fe合金構造体からCu非磁性層へ流れる場合の方向を正とし、その逆向きを負としており、直流電流源として100μs幅のパルス電流を利用して、パルスの印加後、交流ロックインを用いた非局所測定で、これら2つのNi−Fe合金構造体の磁化状態の検出を行った。非局所測定法では、2つの強磁性体が平行状態の時に高抵抗、反平行状態の時に低抵抗状態を示す。
【0104】
まず、外部磁場を素子に印加し、両Ni−Fe合金構造体の磁化を平行状態とし、その後、正方向の電流の大きさを次第に増加させた。すると、約5mAのところでフリー層15が磁化反転する様子が観測された。
【0105】
続いて、直流電流を正方向から負方向へと反対させると、約−3mAのところでフリー層15が磁化反転する様子が観測された。
【0106】
今回の実験では、フリー層15の熱安定を十二分に維持する目的から膜厚を20nmとしたために、平行状態から完全な反平行状態へのスピントルク磁化反転は行われていないが、フリー層15の膜厚をより薄くする等の手法により、平行状態から反平行状態への完全なスピントルク磁化反転も可能である。
【0107】
なお、これより短いパルスを利用してもスピントルク磁化反転は可能であることがわかっている。
【実施例2】
【0108】
図4は、本発明の第2の実施形態に係る磁気メモリ素子のメモリセルの構造を示す断面図である。以下、本図を参照して説明する。なお、図1に示す実施形態と同様の部分については、適宜説明を省略する。
【0109】
メモリセル51は、非磁性体層16を有する。非磁性体層16の表面上には、実施例1と同様に、書き込み用磁化固定端子1および読み出し用磁気抵抗効果素子2が設置されているほか、さらに、書き込み用磁化固定端子3が設置されている。
【0110】
書き込み用磁化固定端子3は、書き込み用磁化固定端子1と同様に、反磁性体層20と強磁性体層21を積層した2層構造となっており、強磁性体層21が非磁性体層16に接している。
【0111】
書き込み用磁化固定端子1および書き込み用磁化固定端子3の構成、素材、接合の手法等は、実施例1と同様にすることができる。ここで、両者が有する強磁性体層12および強磁性体層21の磁化方向は、同じ向きとする。
【0112】
読み出し用磁気抵抗効果素子2の構成、素材、接合の手法等も、実施例1と同様にするのが典型的である。
【0113】
メモリセル51では、2つの書き込み用磁化固定端子1、3により、スピン注入を行う。
【0114】
非磁性体層16から書き込み用磁化固定端子1および書き込み用磁化固定端子3に電流を流すと、強磁性体層12および強磁性体層21の多数スピンが非磁性体層16に注入・蓄積される。強磁性体層12および強磁性体層21は、上記のように、同じ磁化の向きを有しているので、両者から注入される多数スピンの方向は共通である。
【0115】
このように、1つの読み出し用磁気抵抗効果素子に対する書き込み用磁化固定端子の数は、本実施例のように2個とするほか、さらに数を増やしても良い。このような構成を採用すると、同じ電圧を印加した場合でも、非磁性体層16中の多数スピン蓄積量を実施例1に比べて、増やすことができるため、フリー層15の中へ流入するスピン注入量も増加する。
【0116】
上記とは逆に、書き込み用磁化固定端子1および書き込み用磁化固定端子3から非磁性体層16へ電流を流した場合、実施例1と同様に、強磁性体層12と強磁性体層21がその磁化の向きに対応するスピンの電子を受け入れるため、フリー層15からのスピン流出量は、実施例1に比べて増加することになる。
【0117】
たとえば、フリー層15におけるスピントルク磁化反転を引き起こす臨界電流が5mAの場合には、メモリセル51においては、書き込み用磁化固定端子1に2.5mA、書き込み用磁化固定端子3に2.5mAを流すことで、書き込み動作が可能となる。
【0118】
このように、本実施形態の磁気メモリ素子においては、書き込み用磁化固定端子の数を増やすことで、素子内の配線に流れる電流が低くなり、熱やエレクトロマイグレーションによる素子劣化や破壊の問題を抑制することができ、メモリ素子の信頼性が向上する。
【実施例3】
【0119】
図5は、メモリセル31を利用した磁気メモリ素子の回路構成の一例を説明する説明図である。以下、本図を参照して説明する。
【0120】
1つのメモリビットは、メモリセル31と、FET(Field Effect Transistor)からなるセル選択用トランジスタ34により構成される。
【0121】
メモリセル31内の書き込み用磁化固定端子1は書き込み接続部32、読み出し用磁気抵抗効果素子2は読み出し接続部33に接続されている。
【0122】
各メモリビットはマトリックス状に配置され、書き込み接続部32は第二ビット線36に接続され、読み出し接続部33は第一ビット線35に接続されている。また、セル選択用トランジスタ34のゲートはワード線37に接続されている。
【0123】
データの書き込みにおいては、まず、指定されたアドレスのメモリビットに接続されている第二ビット線36に、スピントルク磁化反転を生じるのに十分な電流をメモリセル31の書き込み用磁化固定端子1に供給できる電圧を印加する。
【0124】
次に、指定されたアドレス上のワード線37に電圧を印加する。
【0125】
すると、そのアドレスのメモリセル31内に電流が流れ、注入されたスピン電子の極性に応じてフリー層15の磁化反転が行われる。
【0126】
データの読み出しにおいては、指定されたアドレスの第一ビット線35およびワード線37に電圧を印加する。
【0127】
すると、流れる電流からそのアドレスのメモリセル31の磁気抵抗効果の大きさを取得することができるので、データの読み出しを行うことができる。
【0128】
図6は、図5に示す磁気メモリ素子のメモリビットの構成を示す断面図である。以下、本図を参照して説明する。
【0129】
セル選択用トランジスタ34として、Si基板上に、ソース44、ドレイン43、ゲート42からなるFETが形成してある。
【0130】
ゲート42は、ワード線37に接続されている。ドレイン43は、接続部41を介して非磁性体層16に接続されている。
【0131】
非磁性体層16上に形成された書き込み用磁気固定端子1および読み出し用磁気抵抗効果素子2を、それぞれ、書き込み接続部32および読み出し接続部33に接続する。書き込み接続部32上に第二ビット線36、読み出し接続部33上に第一ビット線35を形成してある。
【0132】
このような構成とすることで、複数のメモリセル31からなる磁気メモリ素子を実現することができる。なお、本実施例では、1つのメモリセル31に対して1つの書き込み用磁気固定端子1を設置したが、実施例2のように、複数の書き込み用磁気固定端子を設置してそれぞれを第二ビット線36に接続することとしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0133】
上記のように、本発明によれば、スピン流を利用した磁化反転機構を利用しつつ、書き込み時の電流による素子の劣化や破壊を抑制し、読み出しを高速化したメモリセル、ならびに、磁気メモリ素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0134】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る磁気メモリ素子のメモリセルの構造を示す断面図である。
【図2A】メモリセルにおいて生じるスピン流によるスピントルク磁化反転の動作を示す説明図である。
【図2B】メモリセルにおいて生じるスピン流によるスピントルク磁化反転の動作を示す説明図である。
【図3】実験によって得られたスピントルク磁化反転の様子を示すヒステリシスを描いたグラフである。
【図4】本発明の第2の実施形態に係る磁気メモリ素子のメモリセルの構造を示す断面図である。
【図5】メモリセルを利用した磁気メモリ素子の回路構成の一例を説明する説明図である。
【図6】磁気メモリ素子のメモリビットの構成を示す断面図である。
【符号の説明】
【0135】
1 書き込み用磁化固定端子
2 読み出し用磁気抵抗効果素子
3 書き込み用磁化固定端子
11 反強磁性体層
12 強磁性体層
13 ピン層
14 非磁性中間層
15 フリー層
16 非磁性体層
17 電流計
18 直流電源
19 直流電流源
20 反磁性体層
21 強磁性体層
31 メモリセル
32 書き込み接続部
33 読み出し接続部
34 セル選択用トランジスタ
35 第一ビット線
36 第二ビット線
37 ワード線
41 接続部
42 ゲート
43 ドレイン
44 ソース
51 メモリセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面状の非磁性体層と、
前記非磁性体層の表面に設置され、磁化の向きが固定された強磁性体からなる強磁性体層と、
前記非磁性体層の表面に設置され、磁化の向きが可変である強磁性体からなるフリー層と、
を備え、前記非磁性体層と、前記強磁性体層と、の間を流れる電流の向きを変化させて、前記非磁性体層と前記強磁性体層との間を流れるスピン流のスピン量子化軸を変えることで、前記フリー層の磁化の向きを変化させ、
前記強磁性体層の磁化の方向と、前記フリー層の磁化の方向と、が、略平行であるか略反平行であるかにより、情報を記憶する
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項2】
請求項1に記載のメモリセルであって、
前記強磁性体層として、磁化の向きが固定された強磁性体を、複数、前記非磁性体層の表面の異なる位置に設置する
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項3】
請求項1または2に記載のメモリセルであって、
前記フリー層をなす強磁性体は、少なくとも1つの磁性体材料を含む合金もしくは化合物である
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項4】
請求項1または2に記載のメモリセルであって、
前記非磁性体層と、前記フリー層と、の接触面積は2.0×104nm2以下である
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載のメモリセルであって、
前記非磁性体層と、前記フリー層と、の界面は、オーミック接合される
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載のメモリセルであって、
非磁性体層は半導体または超伝導体である
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載のメモリセルであって、
前記非磁性体層の厚さは、50nm以上である
ことを特徴とするメモリセル。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載のメモリセルを、複数、マトリックス状に配置した
ことを特徴とする磁気メモリ素子。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−98259(P2010−98259A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−270223(P2008−270223)
【出願日】平成20年10月20日(2008.10.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り PROCEEDIGS OF SPIE Volume 7036
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】