説明

位置制御装置

【課題】 簡単な代数計算でフィードフォワードゲインを決定することができる位置制御装置を提供する。
【解決手段】 位置偏差分に比例演算を施して速度指令を出力する位置制御手段21と、速度偏差分に比例、積分演算を施して出力する速度制御手段22を含み、トルク指令を生成して制御対象を駆動する速度フィードバック制御系22〜27と、速度フィードバック制御系の遅れを補償する速度指令補償分を出力して速度制御手段に加えるフィードフォワード制御手段30とを備えるとき、フィードフォワード制御手段は、位置指令を微分して出力する微分手段31と、微分手段の出力を入力して低域の成分のみを出力する低域フィルタ手段32と、速度フィードバック制御系の伝達関数の逆数を低域フィルタ手段の出力に乗算して出力するフィードフォワード補償手段33とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フィードフォワード制御機能を備えた位置制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、NC工作機械やロボットなどには追従性能を向上させるために、フィードフォワード制御が導入されている。しかしながら、フィードフォワード補償器の設計には、経験に基づく高度な技術と多大な時間が必要とされるという問題があった。このような問題を解決するために、多くの方法が提案されている。その中で、本発明と関連が深いと思われる従来例を以下に列挙する。
【0003】
<第1の従来例>
NC工作機械の形状創成を支配する、送り駆動系の制御系をチューニングするに当たり、フィードフォワードゲインは、速度ステップ入力に対する定常状態での追従誤差が0になるよう、追従誤差e(t)のラプラス変換E(s)から最終値定理を用いて求めることが示されている(例えば、下記の非特許文献1参照)。
【0004】
<第2の従来例>
位置決め状態の最適調整を短時間で簡単に行うために、位置補償と速度補償の各フィードフォワード制御器がそれぞれ2つのフィードフォワードゲインによりフィードフォワード制御を行っているとき、それらのフィードフォワードゲインの値を調整ゲインを引数とする単調増加関数の値とすることにより、調整ゲインの調整のみで機械系の位置決め状態を最適にすることが示されている(例えば、下記の特許文献1参照)。
【0005】
<第3の従来例>
外乱応答を調整する場合でも要求された応答特性を容易に実現することができる位置決めサーボコンローラとして、フィードバック制御器にフィードフォワード制御器を加えて制御系を2自由度系とし、フィードバックゲインとフィードフォワードゲインとを、調整ゲインを引数とする単調増加関数とすることにより、調整ゲインの調整のみで要求された応答特性を決定するためのゲイン調整を簡単化できることが示されている(例えば、下記の特許文献2参照)。
【0006】
<第4の従来例>
外乱に対する応答を最適に保ったまま、制御対象の微少なモデル誤差に対する調整を緻密に行い、また簡単な調整で、機械共振を励起せずに高速に整定する制御を実現する位置制御装置として、位置、速度、トルクの各フィードフォワード制御の入力にはモデル信号演算部において演算されたモデル位置、モデル速度、モデルトルクを使用し、モデル誤差が存在する場合、独立に調整が可能なフィードフォワードゲインを微調整することが示されている(例えば、下記の特許文献3参照)。
【0007】
<第5の従来例>
電動機制御装置を構成する各制御部で用いる制御器を、制御対象に応じて自動的に切り替え選択して設定することを可能にして、多種多様な制御対象を高性能に制御できる自由度の高い電動機制御装置として、加振信号をフィードバック制御器に入力して制御対象の周波数特性を同定し、同定されたモデルに基づいてフィードフォワード制御器及びフィードバック制御器を自動で選択することが示されている(例えば、下記の特許文献4参照)。
【0008】
<第6の従来例>
フィードフォワードゲインを速やかに自動調整することによって、位置偏差を著しく低減し得るサーボ制御装置として、指令値生成装置からの指令に従って制御系が動作し被制御機械を駆動する際に、フィードフォワードゲイン誤差推定部が作動し、各出力の指令値との偏差からゲイン誤差を推定してフィードフォワード制御部に出力すると、フィードフォワード制御部は推定されたゲイン誤差に基づき、制御系に対して位置誤差が0になるようにフィードフォワードゲインを調整することが示されている(例えば、下記の特許文献5参照)。
【0009】
【非特許文献1】垣野義昭ほか:NC工作機械における送り駆動系トータルチューニングに関する研究(第2報)、精密工学会誌、Vol.60,No.2,(1995)
【特許文献1】特開2001−350525号公報(要約)
【特許文献2】特開2001−356822号公報(要約)
【特許文献3】特開2001−249720号公報(要約)
【特許文献4】特開2005−198404号公報(要約)
【特許文献5】特開平6−250702号公報(要約)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述した第1及び第4の従来例においては、調整の手順は決められているけれども、実際には機械の剛性などの影響により、応答に振動や速度のオーバシュートなどが生じ、それらを防止するための調整が必要になるという問題があり、第2及び第3の従来例においては、経験的に1つのゲインを決定すればほかのゲインも決まるが、最初の1つのゲインの決定には専門知識が要求されるという問題があった。さらに、第1〜第4の各従来例に記載された方法を実施する場合、操作者によるゲインの調整が必要であり、最適な応答を得るには繰り返して調整を行わなければならないという問題があった。
【0011】
また、上述した第1〜第4の従来例においては、フィードフォワードゲインが調整された値で固定されてしまうため、運動の状態が異なる位置指令には追従しきれずに誤差が生じる場合があり、第5及び第6の従来例においては、追従誤差が生じた場合にゲインを自動調整する演算装置が必要になるという問題があった。
【0012】
本発明は、上述した従来例の問題点を解決するためになされたもので、その目的は、高度な専門知識を有していなくとも簡単な代数計算でフィードフォワードゲインを決定することができ、かつ、フィードフォワードゲインの決定後に応答を見ながらフィードフォワードゲインの調整をする必要のない位置制御装置を提供することにある。
【0013】
本発明の他の目的は、運動の状態を異にする位置指令にも追従させることが可能な位置制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、上記の目的を達成するために、トルク駆動される制御対象の位置指令と実位置の検出信号との偏差分に比例ゲインを乗算して前記制御対象の速度指令として出力する位置制御手段と、前記速度指令と前記制御対象の実速度の検出信号との偏差分に比例ゲインを乗算した値と積分演算を実行した値との和を出力する速度制御手段を含み、前記速度制御手段の出力に基づいて前記制御対象のトルク指令を生成し、前記トルク指令に従って前記制御対象をトルク駆動する速度フィードバック制御系と、前記位置指令を入力し前記速度フィードバック制御系の遅れを補償する速度指令補償分を出力して前記位置制御手段から出力される前記速度指令の補償分として前記速度制御手段に加えるフィードフォワード制御手段とを備えた位置制御装置において、
前記フィードフォワード制御手段は、
前記位置指令を微分して出力する微分手段と、
前記速度フィードバック制御系のカットオフ周波数にほぼ一致するカットオフ周波数を有し、前記微分手段の出力を入力して低域成分のみを出力する低域フィルタ手段と、
前記速度フィードバック制御系の2次遅れ系とみなしたときの前記速度フィードバック制御系の伝達関数の逆数をフィードフォワードゲインとし、前記低域フィルタ手段の出力に前記フィードフォワードゲインを乗算して出力するフィードフォワード補償手段とを、
備えたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、速度フィードバック制御系の2次遅れ系とみなしたときの速度フィードバック制御系の伝達関数の逆数をフィードフォワードゲインとしているため、高度な専門知識を有していなくとも簡単な代数計算でフィードフォワードゲインを決定することができ、かつ、フィードフォワードゲインの決定後に応答を見ながらフィードフォワードゲインの調整をする必要のない位置制御装置が提供される。
【0016】
また、本発明は、フィードフォワード制御手段が、位置指令を微分して出力する微分手段と、速度フィードバック制御系のカットオフ周波数にほぼ一致するカットオフ周波数を有し、微分手段の出力の低域成分のみを出力する低域フィルタ手段と、速度フィードバック制御系の2次遅れ系とみなして速度フィードバック制御系の伝達関数の逆数をフィードフォワードゲインとするフィードフォワード補償手段とで構成されていることから、フィードフォワード制御手段の分子の次数と分母の次数とが同じになるため、運動の状態を異にする位置指令にも追従させることが可能な位置制御装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を図面に示す好適な実施の形態に基づいて詳細に説明する。
図1は本発明を適用する制御対象としての送り駆動機構10の概略構成を示す斜視図である。図1において、平面形状が長方形をなす基板11の表面の両側部には、リニアボールベアリング用のガイドレール12、12が互いに平行に装着され、長手方向の一端部にはモータ固定台13が装着されている。モータ固定台13の外側端面にサーボモータ14が装着され、このサーボモータ14の出力軸が、ガイドレール12、12の中間部に突出している。サーボモータ14の出力軸の延長上には、一対の軸支持台15、15が離隔して装着されている。これらの軸支持台15、15にはナット17と係合するボールねじ16の端部が、それぞれラジアル軸受19を介して、支承されている。また、ガイドレール12、12の長手方向の一部に重なるように作業テーブル18が搭載されている。この作業テーブル18の図面に示す裏側の両側部にはリニアボールベアリングが装着され、さらに、中央部にはナット17が装着されている。
【0018】
図1に示した送り駆動機構10は、サーボモータ14の回転をボールねじ16及びナット17によって作業テーブル18の直進運動に変換するもので、一般的なNC工作機械のサーボ系の一部として使用されている。このようなサーボ系においては、送り駆動機構10の固有振動数がサーボ系の固有振動数と比較して十分に大きいため、図2に示すような力学モデルで表現することができ、さらに、この力学モデルは下記の(1)式に示す運動方程式で表現することができる。
【0019】
【数3】

【0020】
ここで、θはサーボモータの回転角度[rad]、xtはテーブルの変位(以下、実位置の検出信号としても用いる)[m]、lはボールねじのリード[m]、Tmはサーボモータのトルク[Nm]、cはモータ軸換算での粘性摩擦係数(以下粘性係数と略記する)[Nm/(rad/s)]、fはモータ軸換算での摩擦トルク[Nm]である。また、Jはモータ軸換算での送り駆動機構の総慣性モーメント[kgm2]であり、サーボモータ及びボールねじの慣性モーメントJb[kgm2]とテーブル及びボールねじの質量Mt[kg]から下記の(2)式により計算される。
【0021】
【数4】

【0022】
図3は本発明に係る位置制御装置の一実施の形態の構成を示すブロック線図である。この実施の形態は上述した送り駆動機構10を制御対象とし、この制御対象に制御系を付加してサーボ系を構成したもので、このサーボ系は速度フィードバック制御系をマイナーループとして含む位置フィードバック制御系になっている。図3中、位置制御手段21は作業テーブル18に対する位置指令rから実位置の検出信号xtを減算し、その差分に比例ゲインKppを乗算して速度指令として出力するもので、その出力端には速度制御手段22が接続されている。速度制御手段22は位置制御手段21から出力される速度指令と、詳細を後述するフィードフォワード制御手段30から出力される速度指令補償分とを加算し、その和からボールねじ16の回転速度の検出信号を減算し、得られた値に比例ゲインKvpを乗算した値と、積分ゲインKviで積分した値とを加算してトルク指令として出力するもので、その出力端にはトルク指令を所定の電気信号、例えば電圧信号に変換する変換器ゲインDAを乗算する変換器ゲイン乗算手段23が接続されている。この変換器ゲイン乗算手段23には、さらに、トルク指令と図示を省略したトルク制御増幅器の出力との関係を調整するトルク指令調整ゲインTrgを乗算して出力する調整ゲイン乗算手段24が接続されている。この調整ゲイン乗算手段24の出力端には、トルク指令フィルタ時定数Tf[s]を有するトルク指令フィルタ手段25と、トルク制御遅れの時定数T[s]を有するトルク制御遅延手段26とが順次に接続され、このトルク制御遅延手段26から出力されるトルク指令が図示を省略したトルク制御装置に加えられる。トルク制御装置は、これに加えられるトルク指令と外部から設定されるモータ軸換算での摩擦トルクf[Nm]とを加算し、その和に従ってサーボモータ14の出力トルクを制御する。ここで、サーボモータ14を含む送り駆動機構は慣性モーメント要素27と、積分要素28と、運動変換要素29とで表されている。
【0023】
上記の各構成要素のうち、速度制御手段22、変換器ゲイン乗算手段23、調整ゲイン乗算手段24、トルク指令フィルタ手段25、トルク制御遅延手段26及び慣性モーメント要素27によって速度フィードバック制御系が構成され、この速度フィードバック制御系と、位置制御手段21と、積分要素28及び運動変換要素29とで位置フィードバック制御系が構成されている。
【0024】
また、位置制御手段21と並列にして、位置指令rをフィードフォワードゲインKff(s)で微分して速度指令補償分として出力するフィードフォワード制御手段30を備えている。このフィードフォワード制御手段30は図4のブロック図で示すように、位置指令rを微分して出力する微分手段31と、速度フィードバック制御系のカットオフ周波数にほぼ一致するカットオフ周波数を有し、微分手段31の出力を入力して低域成分のみを出力する低域フィルタ手段32と、速度フィードバック制御系の2次遅れ系とみなしたときの速度フィードバック制御系の伝達関数の逆数をフィードフォワードゲインとし、低域フィルタ手段32の出力にフィードフォワードゲインKff(s)を乗算して出力するフィードフォワード補償手段33とで構成されている。
【0025】
上記のように構成されたサーボ系の全体的な動作については、当業者であれば容易に理解できるので、それらの説明を省略するが、速度及び位置のフィードバック制御を行ったとしても、サーボ遅れによる追従誤差が生じることが問題になっている。本実施の形態はこの追従誤差の抑制を目的として図4に示すフィードフォワード制御手段30を設けたもので、以下にその詳細な構成及び設計手順について説明する。
【0026】
図1に示す送り駆動機構10を制御対象として図3に示すようにサーボ系を構築した場合、速度フィードバック制御系の伝達関数をGv(s)とおくと、位置指令rからテーブル変位xtまでの閉ループの伝達関数は下記の(3)式のように表される。
【0027】
【数5】

【0028】
このサーボ系においてテーブル変位xtを位置指令rに誤差が無いように追従させるためには、位置指令rからテーブル変位xtまでの伝達関数のゲインが1になるようにすればよい。そこで、(3)式の左辺を1としてフィードフォワードゲインKff(s)について解くと、下記の(4)式が得られる。
【0029】
【数6】

【0030】
(4)式から、フィードフォワードゲインKff(s)は速度フィードバック制御系の伝達関数Gv(s)の逆数と、ボールねじ16のリードlとから求められる。しかし、フィードフォワードゲインKff(s)の決定には速度フィードバック制御系の遅れを考える必要がある。そこで、本実施の形態では速度フィードバック制御系の2次遅れ系として考え、フィードフォワード制御手段30が下記の(5)式を満たすようにする。
【0031】
【数7】

【0032】
ここで、カットオフ周波数ωnは速度フィードバック制御系のループゲインとして、速度フィードバック制御系の比例ゲインKvp、変換器ゲインDA、トルク指令調整ゲインTrg及び送り駆動機構10の総慣性モーメントJを用いて下記の(6)式のように求めることができる。
【0033】
【数8】

【0034】
なお、(5)式のようにフィードフォワード制御手段30を設計した場合、分子の次数が分母の次数よりも大きくなっているため、カットオフ周波数が速度フィードバック制御系のカットオフ周波数ωnにほぼ等しい低域フィルタを導入して分母の次数を高める必要がある。
【0035】
そこで、フィードフォワード制御手段30を、図4に示すように、微分手段31、低域フィルタ手段32及びフィードフォワード補償手段33によって構成し、これによって、まず、微分手段31により入力である位置指令値rを微分して速度指令値とし、低域フィルタ手段32を通過した後に、(5)式に示した伝達関数Kff(s)を持つフィードフォワード補償手段33によって速度指令補償分として出力する。
【0036】
図5はフィードフォワード制御手段30の設計手順の一例を示したフローチャートである。ここで、最初のステップS101で送り駆動機構10の総慣性モーメントJを計算し、ステップS102にてフィルタ時定数Tf、信号変換器ゲインDA及びトルク指令調整ゲインTrgを調べる。ステップS103で、(6)式に従って速度フィードバック制御系のカットオフ周波数ωnを計算する。続いて、ステップS104で送り駆動機構10のボールねじ16のリードlを調べる。ステップS105では(5)式の伝達関数を持つフィードフォワード補償要素を構築する。最後のステップS106では、図4に示すように、カットオフ周波数がωnとなる3次の低域フィルタを構築する。
【0037】
図6はフィードフォワード制御手段30の機能をパーソナルコンピュータに持たせた場合の処理手順の一例を示したフローチャートである。この場合、ステップS201で位置指令rを時間微分し、ステップS202では時間微分値に対してローパスフィルタ処理を実行する。次に、ステップS203でローパスフィルタ処理された値にフィードフォワードゲインKff(s)を乗算して速度指令補償分を求め、続いて、ステップS204にて速度指令補償分を速度指令に加算する。
【0038】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、高度な専門知識を有していなくとも簡単な代数計算でフィードフォワードゲインを決定することができ、かつ、フィードフォワードゲインの決定後に応答を見ながら調整する必要のない位置制御装置が提供される。
【0039】
なお、上記の実施の形態では、制御対象がボールねじによる送り駆動機構である場合について説明したが、本発明はこれに適用を限定されるものではなく、電動機の位置制御にも適用することができる。この場合には図3中の運動変換要素29を除去し、積分要素28の出力θを位置検出信号として位置制御手段21にフィードバックするようにすればよい。
また、上記の実施の形態では変換器ゲイン乗算手段23によってトルク指令を電圧信号に変換したが、電圧信号に限らず電流信号であっても周波数信号であってもよく、要はトルク制御に都合のよい信号であればよい。
さらにまた、上記の実施の形態では、変換器ゲイン乗算手段23と調整ゲイン乗算手段24とを備えていたが、信号変換器ゲインDA及びトルク指令調整ゲインTrgをまとめて単一のゲイン乗算手段としてもよい。
【実施例】
【0040】
次に、上述した位置制御装置をXY駆動機構に適用してそのランプ応答と円弧補間運動の誤差を調べた実験例を第1実施例とし、5軸制御マシニングセンタに適用して翼形状加工を行った実験例を第2実施例として以下に説明する。
<第1実施例>
図7は上述した位置制御装置を適用したXY駆動機構40の概略構成を示す斜視図であり、XYテーブル41をX方向及びY方向に駆動するサーボモータが、それぞれX軸サーボ増幅器42及びY軸サーボ増幅器43を介して、パーソナルコンピュータ(以下、PCと略記する)50に接続されている。また、XYテーブル41のX方向の位置及びY方向の位置を検出するために2台のリニアエンコーダ44が設けられている。PC50はDSP(Digital signal Processor)機能を有し、図3に示した位置制御手段21、速度制御手段22、変換器ゲイン乗算手段23、調整ゲイン乗算手段24及びフィードフォワード制御手段30の各機能を持たせている。X軸サーボ増幅器42及びY軸サーボ増幅器43にはそれぞれ図3に示した調整ゲイン乗算手段24、トルク指令フィルタ手段25、トルク制御遅延手段26の各機能と、図3では省略されているトルク制御増幅器の機能を持たせている。
【0041】
ここで、比例ゲインKpp、速度比例ゲインKvp、速度積分ゲインKviの調整法はこれまでに数多く提案されているが、第1実施例では部分的モデルマッチング法(北森俊行:制御対象の部分的知識に基づく制御系の設計法、計測自動制御学会論文集、第15巻、第4号、(1979)、pp549〜555)を用いる具体的な設計法(井出裕、佐藤隆太、堤正臣:部分的モデルマッチング法による送り駆動系の制御系設計法、2005年度精密工学会春期大会学術講演会講演論文集、(2005)、pp1133〜1134)によって上記各サーボゲインを調整した。使用したサーボゲインを下記の表1に示す。また、フィードフォワード制御手段30のフィルタには低域フィルタの一種である3次のバッターワース(Butterworth)フィルタを使用し、そのカットオフ周波数は速度フィードバック制御系のカットオフ周波数ωnとほぼ同じに設定した。
【0042】
【表1】

【0043】
以上のようにサーボゲインを調整するとともに、バッターワースフィルタのカットオフ周波数を設定してランプ応答を調べると図8中に波線で示した特性が得られた。比較のためにフィードフォワード制御を行わない場合のランプ応答を調べると図8中に太い実線で示した特性が得られた。これら2つの特性を比較すると、フィードフォワード制御を行わない場合、細い実線で示した指令との間に定常偏差が生じているが、本発明のフィードフォワード制御を導入すると、応答はやや振動的ではあるが指令に追従していることが分かる。
【0044】
次に、X軸とY軸とを同時に駆動して半径25mm、送り速度3000mm/minの円弧補間運動を行った場合の軌跡誤差を調べると図9に示す結果が得られた。図9の軌跡は半径方向の誤差を約1000倍に拡大したもので、(a)は比較のためにフィードフォワード制御を行わない場合を示し、(b)は比較のために汎用の制御系を用いた従来のフィードフォワード制御器による場合を示し、(c)は本発明のフィードフォワード制御を導入した場合を示している。これら3つの特性を比較すると、(a)に示したフィードフォワード制御を行わない場合には、サーボ遅れにより目標とする半径よりも小さくなる半径減少という現象が生じており、(b)に示した従来のフィードフォワード制御器による制御では目標とする半径よりも大部分がその外側にはみ出しており、(c)に示した本発明のフィードフォワード制御を導入した制御は、XY軸の円弧運動が指令に正しく追従していることが分かる。
【0045】
<第2実施例>
図10は本発明を適用して翼形状加工を行う5軸制御マシニングセンタ60の概略構成を示す斜視図である。剛性のある堅固なベッド61はこれと一体化された門型の取付台62を正面奥部に備えており、この取付台62の上端部にはX軸駆動機構63が取り付けられ、その可動部にZ軸駆動機構64が装着されている。Z軸駆動機構64は鉛直方向に支承された回転軸を有し、その下端部に工具としてエンドミル(図示せず)を装着して切削加工することが可能になっている。また、ベッド61の左右方向の中央部には前後方向、すなわち、Y方向に往復駆動されるY軸駆動機構65を備えている。このY軸駆動機構65は加工物を装着して、それをX軸方向を軸芯としてA矢印方向に旋回させるA軸運動と、Z軸方向を軸芯としてC矢印方向に旋回させるC軸運動とを同時に行わせるAC軸駆動機構66を備えている。
【0046】
図11は5軸制御マシニングセンタ60を用いて、エンドミルを翼表面に垂直に当てて翼形加工する場合を想定してシミュレーション(横堀祐也、佐藤隆太、堤正臣:5軸制御マシニングセンタにおける旋回軸を含む送り駆動系の挙動解析、日本機械学会第5回生産加工・工作機械部門講演会講演論文集、(2004)pp153〜154)した翼端部の形状と回転軸の軸速度との関係を示した説明図である。図11において、エンドミル71を加工物72の表面に垂直に当て、送り方向73に沿って翼形加工するには、A軸を90度傾けた状態で、加工物72に対するAC軸駆動機構66によるC軸運動と、エンドミル71に対するX軸運動及びY軸運動とを同時に行う同時3軸運動が必要になる。このような加工の場合、翼端部であるA部分及びB部分での各軸の速度は大きく変動する。
【0047】
このシミュレーションでは、本発明に係るフィードフォワード制御をX軸及びY軸の各駆動制御系に導入した場合と、X軸及びY軸で円弧補間運動を行ったときに半径の減少量が0になるように調整した従来のフィードフォワード制御による場合との比較を行った。なお、サーボゲインの調整には、図7に示したXY駆動機構40の場合と同様に、部分的モデルマッチング法によるものを用いた。
【0048】
図12はシミュレーションによる翼形状加工結果の翼端部の形状を示した図である。この図12から明らかなように、半径減少量が0になるように調整した従来のフィードフォワード制御では、各軸の速度変化が大きい翼端部において目標値よりも深く切削したことによる窪みが生じており、実際の加工においても加工精度を大幅に悪化させることが予想される。これに対して、本発明のフィードフォワード制御を導入した場合には、目標値と工具先端の軌跡とが一致している。このことは、従来のフィードフォワード制御では1つの運動に対して最適に調整しても他の運動では追従できずに誤差が生じることがあるのに対して、本発明のフィードフォワード制御ではどんな運動に対しても位置指令に追従させることができることを示している。
【0049】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、運動の状態を異にする位置指令にも追従させることが可能な位置制御装置が提供される。
【0050】
なお、上記の各実施例では、図3に示す位置制御手段21、速度制御手段22、変換器ゲイン乗算手段23、調整ゲイン乗算手段24及びフィードフォワード制御手段30の各機能を持たせたが、それらの一部又は全部をそれぞれ独立の演算器として構成することもできる。
また、上記の各実施例ではフィードフォワード制御手段30のフィルタとしてバッターワースフィルタを使用したが、これ以外の低域フィルタを用いても上述したと同様な効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明を適用する制御対象としての送り駆動機構の概略構成を示す斜視図である。
【図2】図1に示した送り駆動機構を表現する力学モデルである。
【図3】本発明に係る位置制御装置の一実施の形態の構成を示すブロック線図である。
【図4】図3に示した位置制御装置を構成するフィードフォワード制御手段の詳細な構成を示すブロック図である。
【図5】図4に示したフィードフォワード制御手段の設計手順の一例を示したフローチャートである。
【図6】図4に示したフィードフォワード制御手段の機能をパーソナルコンピュータに持たせた場合の処理手順の一例を示したフローチャートである。
【図7】第1実施例として本発明に係る位置制御装置を適用したXY駆動機構の概略構成を示す斜視図である。
【図8】図7に示すXY駆動機構に適用した本発明に係る位置制御装置のランプ応答をフィードフォワード制御を行わない場合と併せて示した特性図である。
【図9】図7に示すXY駆動機構に適用した本発明に係る位置制御装置によって円弧補間運動を行った場合の軌跡誤差をフィードフォワード制御を行わない場合及び従来のフィードフォワード制御器による場合と併せて示した特性図である。
【図10】第2実施例として本発明を適用して翼形状加工を行う5軸制御マシニングセンタの概略構成を示す斜視図である。
【図11】図10に示した5軸制御マシニングセンタを用いて、エンドミルを翼表面に垂直に当てて翼形を加工する場合を想定してシミュレーションした翼端部の形状と回転軸の軸速度との関係を示した説明図である。
【図12】図10に示した5軸制御マシニングセンタを用いて、エンドミルを翼表面に垂直に当てて行う翼形加工をシミュレーションをした翼端部の形状を、従来のフィードフォワード制御による場合と併せて示した図である。
【符号の説明】
【0052】
10 送り駆動機構
14 サーボモータ
16 ボールねじ
17 ナット
18 作業テーブル
21 位置制御手段
22 速度制御手段
30 フィードフォワード制御手段
31 微分手段
32 低域フィルタ手段
33 フィードフォワード補償手段
40 XY駆動機構
41 XYテーブル
42 X軸サーボ増幅器
43 Y軸サーボ増幅器
44 リニアエンコーダ
50 パーソナルコンピュータ(PC)
60 5軸制御マシニングセンタ
63 X軸駆動機構
64 Z軸駆動機構
65 Y軸駆動機構
66 AC軸駆動機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルク駆動される制御対象の位置指令と実位置の検出信号との偏差分に比例ゲインを乗算して前記制御対象の速度指令として出力する位置制御手段と、前記速度指令と前記制御対象の実速度の検出信号との偏差分に比例ゲインを乗算した値と積分演算を実行した値との和を出力する速度制御手段を含み、前記速度制御手段の出力に基づいて前記制御対象のトルク指令を生成し、前記トルク指令に従って前記制御対象をトルク駆動する速度フィードバック制御系と、前記位置指令を入力し前記速度フィードバック制御系の遅れを補償する速度指令補償分を出力して前記位置制御手段から出力される前記速度指令の補償分として前記速度制御手段に加えるフィードフォワード制御手段とを備えた位置制御装置において、
前記フィードフォワード制御手段は、
前記位置指令を微分して出力する微分手段と、
前記速度フィードバック制御系のカットオフ周波数にほぼ一致するカットオフ周波数を有し、前記微分手段の出力を入力して低域成分のみを出力する低域フィルタ手段と、
前記速度フィードバック制御系の2次遅れ系とみなしたときの前記速度フィードバック制御系の伝達関数の逆数をフィードフォワードゲインとし、前記低域フィルタ手段の出力に前記フィードフォワードゲインを乗算して出力するフィードフォワード補償手段とを、
備えたことを特徴とする位置制御装置。
【請求項2】
前記速度フィードバック制御系の前記カットオフ周波数をωn、前記速度制御手段の比例ゲインをKvp、前記速度制御手段から出力される信号を所定の電気信号に変換する変換器ゲインをDA、前記所定の電気信号をトルク指令に変換するトルク指令調整ゲインをTrg、トルク駆動される前記制御対象の総慣性モーメントをJとして、前記速度フィードバック制御系が次式
【数1】


の関係を満たすとき、前記制御対象の運動変換に関係する係数をM、ラプラス演算子をs、前記フィードフォワードゲインをKff(s)として、前記フィードフォワード補償手段は次式
【数2】


の関係を満たしていることを特徴とする請求項1に記載の位置制御装置。
【請求項3】
前記フィードフォワード制御手段は、前記微分手段と、前記低域フィルタ手段と、前記フィードフォワード補償手段とによって前記カットオフ周波数がωnとなる3次の低域フィルタが構成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の位置制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−72943(P2007−72943A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−261795(P2005−261795)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【Fターム(参考)】