説明

制御装置

【課題】内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御する制御装置において、特定の操作部について制御入力が飽和してしまうことを未然に防止する。
【解決手段】スライディングモードコントローラ51が算出する制御入力のうち特定の操作部33に係る制御入力の適応項が閾値を越える場合に、特定の操作部33に係る制御入力の適応項を当該閾値にクリップするとともに、制御出力とその目標値との偏差の縮小に必要な補正量を、スライディングモードコントローラ51が算出する他の操作部45、42に係る制御入力値の適応項に加味することとした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関またはそれに付帯する装置を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1に開示されている排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)システムは、過給機を備えた内燃機関のEGR率(または、EGR量)を制御するものである。過給圧とEGR率との間には相互干渉が存在し、1入力1出力のコントローラで過給圧、EGR率の両方を同時に制御することは難しい。しかも、内燃機関の運転領域によって応答性が異なる上、過給機にはターボラグ(むだ時間)がある。このような事情から、特許文献1に記載のシステムでは、非線形制御対象に対して有効な制御手法であるスライディングモード制御を採用し、相互作用を考慮した他入力多出力のコントローラを設計してEGR制御をしている。
【0003】
EGR率の目標値がその実測値よりも低く、偏差が存在しているとき、コントローラは新気量を増大させようとしてDスロットルバルブを開く方向に操作する。
【0004】
しかし、バタフライバルブ型のDスロットルバルブは、その開度が大きくなればなるほど開口面積の変化が乏しくなる。それ故に、Dスロットルバルブが極端に開いている範囲ではEGR率の感度が鈍化する。即ち、Dスロットルバルブを操作してもEGR率が殆ど変化しなくなる。
【0005】
コントローラを設計する際には、バルブ開度とEGR率との入出力特性を数式化する作業を行っているのであるが、上に述べたような入力に対する出力の感度の鈍化までは必ずしも対処できない。このため、EGR率の偏差が充分に縮小しないまま、コントローラが算出するDスロットルバルブ開度が逓増し、その値がDスロットルバルブの可動範囲を越えてしまう開度の飽和を引き起すおそれがあった。Dスロットルバルブの開度の飽和は、燃費性能の悪化その他の不都合を招くので、好ましくない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−032462号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記に着目してなされた本発明は、内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御するものにおいて、特定の操作部について制御入力が飽和してしまうことを未然に防止しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御するものであって、線形入力項、非線形入力項及びそれら以外の項である適応項の和である、各操作部に与えるべき制御入力を反復的に演算するスライディングモードコントローラと、前記スライディングモードコントローラが算出する制御入力のうち特定の操作部に係る制御入力の適応項が閾値を越える場合に、特定の操作部に係る制御入力の適応項を当該閾値に設定するとともに、制御出力とその目標値との偏差の縮小に必要な補正量を、前記スライディングモードコントローラが算出する他の操作部に係る制御入力値の適応項に加味する補正制御部とを具備することを特徴とする制御装置を構成した。
【0009】
制御入力の適応項は、偏差の時間積分(または、積算)に依存する。偏差が0にならない以上、適応項の絶対値は増大を続け、操作部に与える制御入力の逓増ひいては飽和という結果をもたらす。本発明は、このような事象に鑑み、飽和するおそれのある特定の操作部(例えば、Dスロットルバルブ)に係る制御入力の適応項に閾値、即ち上限または下限を設定するとともに、その閾値を越えた分を他の操作部(例えば、EGRバルブ、可変ターボのノズルベーン等)に係る制御入力の適応項に肩代わりさせるようにしたのである。これにより、特定の操作部に係る制御入力が飽和したまま制御出力の偏差が残存し続ける不具合を回避することができる。制御出力の偏差が収束した後は、適応項も0に向かって減少することから、特定の操作部に係る制御入力の適応項も閾値を越えない状態に落ち着く。
【0010】
内燃機関またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、前記閾値との関係を定めたマップを予め記憶しており、前記指標値をキーとして前記マップを検索することで前記閾値を知得するものとすれば、現在状況に応じて適応項の閾値を変更することが可能となる。例えば、エンジン回転数や燃料噴射量(要求負荷)が低い運転領域では、Dスロットルバルブの開度を絞らなければ、充分な量の排気ガス(EGRガス)が還流せず目標EGR率を達成できない。従って、Dスロットルバルブに係る制御入力の適応項の閾値を厳しく調整し、Dスロットルバルブが開きすぎないよう歯止めをかける。逆に、エンジン回転数や燃料噴射量が高い運転領域では、Dスロットルバルブをより大きく開けることが許されるので、適応項の閾値の設定を緩める。
【0011】
本発明は、ディーゼルエンジンに付帯するEGR装置のEGR率若しくはEGR量を制御するシステムへの適用に好適である。この場合、ディーゼルエンジンに実装されたDスロットルバルブが、前記特定の操作部となる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御するものにおいて、特定の操作部について制御入力が飽和してしまうことを未然に防止し得る。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態におけるEGRシステムのハードウェア資源構成図。
【図2】同実施形態の制御装置の構成説明図。
【図3】同実施形態の適応スライディングモードコントローラのブロック線図。
【図4】各制御入力と各制御出力との関係を定めたマップを例示する図。
【図5】内燃機関の運転領域の指標値とスロットルバルブに係る適応項の閾値との関係を定めたマップを例示する図。
【図6】スロットルバルブ開度とEGR率との関係を定めたマップを例示する図。
【図7】スロットルバルブ開度と吸気管内圧力との関係を定めたマップを例示する図。
【図8】EGRバルブ開度とEGR率との関係を定めたマップを例示する図。
【図9】ノズルベーン開度と吸気管内圧力との関係を定めたマップを例示する図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。図1に示すものは、本発明の適用対象の一であるEGRシステムである。内燃機関2に付帯するこのEGRシステムは、吸排気系3、4における複数の流体圧または流量に関する値を検出するための計測器(または、センサ)11、12と、それらの値に目標値を設定し、各値を目標値に追従させるべく複数の操作部45、42、33を操作する制御装置たるECU(Electronic Control Unit)5とを具備してなる。
【0015】
内燃機関2は、例えば過給機を備えたディーゼルエンジンである。内燃機関2の吸気系3には、可変ターボのコンプレッサ31を配設するとともに、その下流に吸気冷却用のインタークーラ32、及び吸入空気(新気)量を調節するDスロットルバルブ33を設ける。また、吸入空気量を計測する流量計11、吸気管内圧力を計測する圧力計12をそれぞれ設置する。
【0016】
内燃機関2の排気系4には、コンプレッサ31を駆動するタービン41を配設し、タービン41の入口には過給機のA/R比を増減させるためのノズルベーン42を設ける。そして、内燃機関2の燃焼室より排出される排気ガスの一部を吸気系3に還流させるEGR通路43を形成する。EGR通路43は、吸気系3におけるスロットルバルブ33よりも下流に接続する。EGR通路43には、排気冷却用のEGRクーラ44と、通過するEGRガス量を調節する外部EGRバルブ45とを設ける。
【0017】
本実施形態では、EGR率(または、EGR量)と、吸気管内圧力とについて各々目標値を設定し、双方の制御量を一括に目標値に向かわせるべく複数の操作部、即ちEGRバルブ45、可変ターボのノズル42及びスロットルバルブ33を操作する制御を実施する。
【0018】
EGRバルブ45、ノズルベーン42、スロットルバルブ33は、ECU5により統御されてその開度をリニアに変化させる。各操作部45、42、33は、駆動信号のデューティ比を増減させることで開度を変える電気式のバルブや、あるいはバキュームコントロールバルブ等と組み合わされ弁体のリフト量を制御して開度を変える機械式のバルブ等を用いてなる。
【0019】
ECU5は、プロセッサ、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)またはフラッシュメモリ、A/D変換回路、D/A変換回路等を包有するマイクロコンピュータである。ECU5は、EGR率及び吸気管内圧力を検出するための計測器11、12の他、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温等を検出する各種計測器(図示せず)と電気的に接続し、これら計測器から出力される信号を受け取って各値を知得することができる。
【0020】
因みに、本実施形態では、EGR率を直接計測していない。内燃機関2のシリンダに入る空気量は、可変ターボのノズル開度を基に予測することが可能である。その空気量の予測値をgcylとおき、流量計11で計測される吸入空気量をgaとおくと、推定EGR率eegrについて、eegr=1−ga/gcylなる関係が成立する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、可変ターボのノズル開度とシリンダに入る空気量との関係を定めたマップデータが記憶されている。ECU5は、可変ターボのノズル開度をキーとしてマップを検索し、シリンダに入る空気量の予測値を得、これと吸入空気量とを上記式に代入してEGR率を算出する。
【0021】
並びに、ECU5は、EGRバルブ45、可変ターボのノズル42、スロットルバルブ33や、燃料噴射を司るインジェクタ及び燃料ポンプ等(図示せず)と電気的に接続しており、これらを駆動するための信号を入力することができる。
【0022】
ECU5で実行するべきプログラムはROMまたはフラッシュメモリに予め記憶されており、その実行の際にRAMへ読み込まれ、プロセッサによって解読される。ECU5は、プログラムに従い内燃機関2を制御する。例えば、エンジン回転数、アクセルペダルの踏込量、冷却水温等の諸条件に基づき要求される燃料噴射量(いわば、エンジン負荷)を決定し、その要求噴射量に対応する駆動信号をインジェクタ等に入力して燃料噴射を制御する。その上で、ECU5は、プログラムに従い、図2及び図3に示すサーボコントローラ51及び補正制御部52としての機能を発揮する。
【0023】
サーボコントローラ51は、スライディングモードコントローラであって、EGR率及び吸気管内圧力のスライディングモード制御を担う。フィードバック制御時、ECU5は、各種計測器(図示せず)が出力する信号を受け取ってエンジン回転数、アクセル踏込量、冷却水温、吸気温、外部の気温及び気圧等を知得し、要求噴射量を決定する。続いて、少なくともエンジン回転数及び要求噴射量に基づき、目標EGR率及び目標吸気管内圧力を設定する。ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、エンジン回転数及び要求噴射量に応じて設定するべき各目標値を示すマップデータが記憶されている。ECU5は、エンジン回転数及び要求噴射量をキーとしてマップを検索し、EGR率及び吸気管内圧力の目標値を得る。さらに、マップを参照して得た目標値を基本値とし、これを冷却水温、吸気温、外部の気温や気圧等に応じて補正して最終的な目標値とする。
【0024】
そして、ECU5は、計測器11、12が出力する信号を受け取ってEGR率及び吸気管内圧力の現在値を知得し、各制御量の現在値と目標値との偏差からEGRバルブ45の開度、可変ターボのノズル42の開度及びスロットルバルブ33の開度を演算して、各々の操作量に対応する駆動信号をそれら操作部45、42、33に入力、開度を操作する。
【0025】
EGR率の適応スライディングモード制御に関して補記する。状態方程式及び出力方程式は、下式(数1)の通りである。
【0026】
【数1】

【0027】
本実施形態では、状態量ベクトルXを出力ベクトルYから直接知得できる構造とする、換言すれば計測器11、12を介して検出可能な値を直接の制御対象とすることにより、状態推定オブザーバを排して推定誤差に伴う制御性能の低下を予防している。出力行列Cは既知、本実施形態では単位行列とする。
【0028】
プラントのモデル化、即ち状態方程式(数1)における係数行列A及び入力行列Bの同定にあたっては、各操作部45、42、33に様々な周波数からなるM系列信号を入力して開度を操作し、EGR率及び吸気管内圧力の値を観測して、その入出力データから行列A、Bを同定する。各操作部45、42、33に入力するM系列信号は、互いに無相関なものとする。これにより、各値の相互干渉を考慮したモデルを作成することができる。
【0029】
図3に、本実施形態の適応スライディングモード制御系のブロック線図を示す。スライディングモードコントローラ51の設計手順には、切換超平面の設計と、状態量を切換超平面に拘束するための非線形切換入力の設計とが含まれる。1形のサーボ系を構成するべく、当初の状態量ベクトルXに、目標値ベクトルRと出力ベクトルYとの偏差の積分値ベクトルZを付加した新たな状態量ベクトルXeを定義すると、下式(数2)に示す拡大系の状態方程式を得る。
【0030】
【数2】

【0031】
安定余裕を考慮し、切換超平面の設計にはシステムの零点を用いた設計手法を用いる。即ち、上式(数2)の拡大系がスライディングモードを生じているときの等価制御系が安定となるように超平面を設計する。切換関数σを式(数3)で定義すると、状態が超平面に拘束されている場合にσ=0かつ式(数4)が成立する。
【0032】
【数3】

【0033】
【数4】

【0034】
故に、スライディングモードが生じているときの線形入力(等価制御入力)は、下式(数5)となる。
【0035】
【数5】

【0036】
上式(数5)の線形入力を拡大系の状態方程式(数2)に代入すると、下式(数6)の等価制御系となる。
【0037】
【数6】

【0038】
この等価制御系が安定になるように超平面を設計することと、目標値Rを無視した系に対して設計することとは等価であるので、下式(数7)が成立する。
【0039】
【数7】

【0040】
上式(数7)の系に対して安定度εを考慮し、最適制御理論を用いてフィードバックゲインを求め、それを超平面とすると、下式(数8)となる。
【0041】
【数8】

【0042】
行列Psは、リカッチ方程式(数9)の正定解である。
【0043】
【数9】

【0044】
リカッチ方程式(数9)におけるQsは制御目的の重み行列で、非負定な対称行列である。q1、q2は偏差の積分Zに対する重みであり、制御系の周波数応答の速さの違いにより決定する。q3、q4は出力Yに対する重みであり、ゲインの大きさの違いにより決定する。また、リカッチ方程式(数9)におけるRsは制御入力の重み行列で、正定対称行列である。εは安定余裕係数で、ε≧0となるように指定する。
【0045】
なお、上記式(数8)、(数9)に替えて、以下に示す離散系の超平面構築式(数10)及び代数リカッチ方程式(数11)を用いてもよい。
【0046】
【数10】

【0047】
【数11】

【0048】
超平面に拘束するための入力の設計には、最終スライディングモード法を用いる。ここでは、制御入力Uを、線形入力Ueqと新たな入力即ち非線形入力(非線形制御入力)Unlとの和として、下式(数12)で表す。
【0049】
【数12】

【0050】
切換関数σを安定させたいので、σについてのリアプノフ関数を下式(数13)のように選び、これを微分すると式(数14)となる。
【0051】
【数13】

【0052】
【数14】

【0053】
式(数12)を式(数14)に代入すると、下式(数15)となる。
【0054】
【数15】

【0055】
非線形入力Unlを下式(数16)とすると、リアプノフ関数の微分は式(数17)となる。
【0056】
【数16】

【0057】
【数17】

【0058】
従って、切換ゲインkを正とすれば、リアプノフ関数の微分値を負とすることができ、スライディングモードが保証される。このときの制御入力Uは、下式(数18)である。
【0059】
【数18】

【0060】
ηはチャタリング低減のために導入した平滑化係数であって、η>0である。
【0061】
スライディングモード制御では、状態量を超平面に拘束するために非線形ゲインを大きくする必要がある。だが、非線形ゲインを大きくすると、制御入力にチャタリングが発生する。そこで、モデルの不確かさを、構造が既知でパラメータが未知な確定部分と、構造が未知だがその上界値が既知な不確定部分とに分ける。状態方程式(数1)に不確かさ(f+Δf)を加え、下式(数19)で表す。
【0062】
【数19】

【0063】
不確かさの確定部分fは、未知パラメータθを同定することで補償される。さすれば、切換ゲインは不確かさの不確定部分Δfのみにかかることとなり、切換ゲインが不確実成分全体(f+Δf)にかかる場合と比べて制御入力のチャタリングを大幅に低減できる。
【0064】
制御入力Uは、式(数18)に適応項Uadを追加した下式(数20)となる。
【0065】
【数20】

【0066】
制御入力(数20)におけるΓ1は、適応ゲイン行列である。関数hは、一般には状態量x及び/または未知パラメータθの関数とするが、本実施形態ではhをx及びθに無関係な単純式、定数とすることにより、xを速やかに収束させ、θの適応速度を高めるようにしている。特に、h=1とした場合、推定パラメータを下式(数21)に則って同定することができる。
【0067】
【数21】

【0068】
本実施形態では、EGR率y1及び吸気管内圧力y2を制御出力変数とし、EGRバルブ45の開度u1、可変ターボのノズル42の開度u2及びスロットルバルブ33の開度u3を制御入力変数とした3入力2出力のフィードバック制御を行う。状態変数の個数(システムの次数)は、当初の系(数1)では出力変数の個数と同じく2、拡大系(数2)では4となる。制御出力及び状態量をこのように特定することで、排気ガスに直接触れる箇所に流量計等の計測器を設置する必要がなくなる。
【0069】
尤も、本実施形態のような3入力2出力のシステムでは、det(SBe)=0が成立し、行列(SBe)は正則とはならない。そこで、逆行列(SBe-1を、一般化逆行列として算定する。一般化逆行列には、例えばムーア・ペンローズ型の逆行列(SBeを用いる。
【0070】
しかして、補正制御部52は、必要に応じ、スライディングモードコントローラ51が反復的に演算している制御入力Uに補正を施す。EGRバルブ45に係る制御入力u1、ノズルベーン42に係る制御入力u2、Dスロットルバルブに係る制御入力u3はそれぞれ、下式(数22)に示すように線形入力項と非線形入力項と適応項との和である。
【0071】
【数22】

【0072】
補正制御部52は、コントローラ51が算出した、Dスロットルバルブ33に係る制御入力u3の適応項u3adが閾値u3adminを越える場合に、当該適応項を閾値u3adminにクリップする。その替わりに、EGRバルブ45に係る制御入力u1の適応項u1adに補正量Δu1を加味し、及び/または、ノズルベーン42に係る制御入力u2の適応項u2adに補正量Δu2を加味する。
【0073】
プラントの入出力特性を、図4に示す。但し、ノズルベーン42の開度u2及びDスロットルバルブの開度u3については、制御入力値u2、u3が大きい(グラフの右方)側がバルブの閉止、制御入力値u2、u3が小さい(グラフの左方)側がバルブの開放を意味している。
【0074】
EGR率の実測値がその目標値よりも高いと、スライディングモードコントローラ51は新気量を増大させてEGR率を下げるためにDスロットルバルブ33を開く方向に操作する。バタフライバルブ型のDスロットルバルブ33は、その開度が大きく(制御入力値u3が小さく)なればなるほど開口面積の変化が乏しくなる。故に、Dスロットルバルブ33が極端に開いている範囲ではEGR率の感度が鈍化する。即ち、Dスロットルバルブを操作してもEGR率が殆ど変化しなくなる。
【0075】
式(数2)、式(数3)及び式(数21)より、スライディングモードコントローラ51が算出する適応項u3adは偏差Z(切換関数σ)の時間積分(または、積算)に依存する。であるから、Dスロットルバルブ33を開けてもEGR率の偏差Zが充分に縮小しないとなれば、適応項u3adの絶対値が逓増してゆく。その結果、Dスロットルバルブ33は開く(制御入力値u3は減少する)一方となり、窮極的には開度飽和を引き起す。これに対し、補正制御部52は、Dスロットルバルブ33の開度が飽和するよりも前に、適応項u3adの減少を阻止する。
【0076】
ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、内燃機関2またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、適応項u3adの閾値たる下限値u3adminとの関係を定めたマップが記憶されている。マップの概要を、図5に例示している。指標値は、例えばエンジン回転数及び燃料噴射量である。エンジン回転数や燃料噴射量が低い運転領域では、EGRガスの還流量が少なくなるのでDスロットルバルブ33を絞る必要がある。逆に、エンジン回転数や燃料噴射量が高い運転領域ではEGRガスの還流量が多くなるのでDスロットルバルブ33をより大きく開けることが許される。よって、下限値u3adminは、エンジン回転数が低いほど、また燃料噴射量が少ないほど大きな値とする。
【0077】
補正制御部52は、このマップデータを参照して、Dスロットルバルブ33に係る制御入力u3の適応項の下限値u3adminを決定する。即ち、エンジン回転数及び燃料噴射量をキーとしてマップを検索し、下限値u3adminを知得する。結果、Dスロットルバルブ45の開度はu3’=u3+(u3admin−u3ad)に操作される。
【0078】
さらに、補正制御部52は、u3ad<u3adminが成立し、Dスロットルバルブ33に与える制御入力u3の適応項を下限値u3adminとする間、EGRバルブ45に与える制御入力u1の適応項u1ad、ノズルベーン42に与える制御入力u3の適応項u2adに補正を加える。
【0079】
ECU5のROMまたはフラッシュメモリには予め、プラントの入出力特性を示すマップが記憶されている。マップの概要を、図4に例示している。マップは、EGRバルブ45の開度とEGR率との関係を表したマップ、ノズルベーン42の開度とEGR率との関係を表したマップ、スロットルバルブ33の開度とEGR率との関係を表したマップ、EGRバルブ45の開度と吸気管内圧力との関係を表したマップ、ノズルベーン42の開度と吸気管内圧力との関係を表したマップ、スロットルバルブ33の開度と吸気管内圧力との関係を表したマップ、都合6枚が存在する。
【0080】
補正制御部52は、これらマップデータを基に、制御入力u1に加味する補正量Δu1、制御入力u3に加味する補正量Δu3を決定する。まず、図6に示すように、Dスロットルバルブ33の開度とEGR率との関係を表したマップを参照して、スライディングモードコントローラ51の算出した制御入力u3に対応するEGR率と、適応項を下限値u3adminにクリップした制御入力u3’に対応するEGR率との差分Δeegrを知得する。同様に、図7に示すように、Dスロットルバルブ33の開度と吸気管内圧力との関係を表したマップを参照して、適応項をスライディングモードコントローラ51の算出値u3adとした制御入力u3に対応する吸気管内圧力と、適応項を下限値u3adminにクリップした制御入力u3に対応する吸気管内圧力との差分Δepimを知得する。差分Δeegr及びΔepimは、Dスロットルバルブ33に与える制御入力が(u3admin−u3ad)だけ大きくなることに起因して発生する偏差と考えることができる。
【0081】
そして、上記の差分Δeegr、Δepimを、EGRバルブ45及び/またはノズルベーン42に振り分ける。例えば、ΔeegrをEGRバルブ45に振り分けるには、図8に示すように、EGRバルブ45の開度とEGR率との関係を表したマップを参照して、スライディングモードコントローラ51の算出した制御入力u1に対応するEGR率を知得した上、これにΔeegrを加算したEGR率を実現するのに必要な制御入力u1’を知得する。両者の差分Δu1が、制御入力u1の適応項u1adに加味するべき補正量となる。いわば、入出力特性のマップを介して偏差を補正量に変換したことになる。結果、EGRバルブ45の開度はu1’=u1+Δu1に操作される。
【0082】
また、Δepimをノズルベーン42に振り分けるには、図9に示すように、ノズルベーン42の開度と吸気管内圧力との関係を表したマップを参照して、スライディングモードコントローラ51の算出した制御入力u2に対応する吸気管内圧力を知得した上、これにΔepimを加算した吸気管内圧力を実現するのに必要な制御入力u2’を知得する。両者の差分Δu2が、制御入力u2の適応項u2adに加味するべき補正量となる。結果、ノズルベーン42の開度はu2’=u2+Δu2に操作される。
【0083】
無論、ΔepimをEGRバルブ45に振り分け、Δeegrをノズルベーン42に振り分けるようにしてもよい。このときには、EGRバルブ45の開度と吸気管内圧力との関係を表したマップを参照して補正量Δu1を決定し、ノズルベーン42とEGR率との関係を表したマップを参照して補正量Δu2を決定する。
【0084】
あるいは、EGR率の制御に注力し、吸気管内圧力の制御を度外視してもよければ、Δeegrを二分してEGRバルブ45、ノズルベーン42の各々に振り分けるということも可能であるし、EGRバルブ45またはノズルベーン42の何れか一方にのみ振り分ける(即ち、他方の制御入力には補正量を加味しない)ということも可能である。
【0085】
本実施形態によれば、内燃機関2またはそれに付帯する装置を複数の操作部45、42、33を操作して制御するものであって、線形入力項Ueq、非線形入力項Unl及びそれら以外の項である適応項Uadの和である、各操作部45、42、33に与えるべき制御入力Uを反復的に演算するスライディングモードコントローラ51と、前記スライディングモードコントローラ51が算出する制御入力Uのうち特定の操作部33に係る制御入力u3の適応項u3adが閾値u3adminを越える場合に、特定の操作部33に係る制御入力u3の適応項u3adを当該閾値u3adminに設定するとともに、制御出力とその目標値との偏差Δeegr、Δepimの縮小に必要な補正量Δu1、Δu2を、前記スライディングモードコントローラ51が算出する他の操作部45、42に係る制御入力値u1、u2の適応項u1ad、u2adに加味する補正制御部52とを具備する制御装置を構成したため、特定の操作部33に係る制御入力u3が飽和したまま制御出力の偏差が残存し続ける不具合を回避することができる。制御出力の偏差が収束した後は、適応項Uadも0に向かって減少することから、特定の操作部33に係る制御入力u3の適応項u3adも閾値u3adminを越えない状態に落ち着く。
【0086】
内燃機関2またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、前記閾値u3adminとの関係を定めたマップを予め記憶しており、前記指標値をキーとして前記マップを検索することで前記閾値u3adminを知得するものとすれば、現在状況に応じて適応項u3adの閾値u3adminを変更することが可能となる。これにより、エンジン回転数や燃料噴射量が低い運転領域ではDスロットルバルブ33の開度を絞って飽和を予防しつつ、エンジン回転数や燃料噴射量が高い運転領域ではDスロットルバルブ33をより大きく開けて燃費の向上や燃焼の安定を図ることができる。
【0087】
なお、本発明は以上に詳述した実施形態に限られるものではない。上記実施形態では、Dスロットルバルブの開度飽和を避ける趣旨であったが、EGRバルブまたはノズルベーンの開度飽和を避けるために本発明を用いることも可能である。
【0088】
また、閾値は、適応項の下限値であるとは限られず、上限値であることもあり得る。
【0089】
EGR制御における制御入力変数は、EGRバルブ開度、可変ノズルターボ開度及びスロットルバルブ開度には限定されない。制御出力変数も、EGR率(または、EGR量)及び吸気管内圧力には限定されない。新たな入力変数、出力変数を付加して、4入力3出力の3次システムを構築するようなことも可能である。例えば、吸気系に過給機(のコンプレッサ)をバイパスする通路が存在している場合、その通路上に設けられたバルブをも操作することがある。このとき、当該バイパス通路内の圧力または流量等を制御出力変数に含め、当該バイパス通路上のバルブの開度を制御入力変数に含めることができる。
【0090】
その他各部の具体的構成は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、例えば、内燃機関に付帯するEGR装置のEGR率を制御するための制御コントローラとして利用することができる。
【符号の説明】
【0092】
5…ECU(制御装置)
51…適応スライディングモードコントローラ(サーボコントローラ)
52…補正制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関またはそれに付帯する装置を複数の操作部を操作して制御するものであって、
線形入力項、非線形入力項及びそれら以外の項である適応項の和である、各操作部に与えるべき制御入力を反復的に演算するスライディングモードコントローラと、
前記スライディングモードコントローラが算出する制御入力のうち特定の操作部に係る制御入力の適応項が閾値を越える場合に、特定の操作部に係る制御入力の適応項を当該閾値に設定するとともに、制御出力とその目標値との偏差の縮小に必要な補正量を、前記スライディングモードコントローラが算出する他の操作部に係る制御入力値の適応項に加味する補正制御部と
を具備することを特徴とする制御装置。
【請求項2】
内燃機関またはそれに付帯する装置の現在状況に関する指標値と、前記閾値との関係を定めたマップを予め記憶しており、
前記指標値をキーとして前記マップを検索することで前記閾値を知得する請求項1記載の制御装置。
【請求項3】
前記特定の操作部がディーゼルエンジンに実装されたDスロットルバルブである請求項1または2記載の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−229974(P2010−229974A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−81116(P2009−81116)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000002967)ダイハツ工業株式会社 (2,560)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】