説明

湿式摩擦板

【課題】湿式摩擦板の初期ジャダーの抑制を、低コストにより実現すること。
【解決手段】ペーパー摩擦材10をコアプレート14に接着してなる湿式摩擦板16において、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面の負荷曲線において、測定長8mmのうねり成分を含む断面曲線の頂点から切断レベル10μmにおける負荷長さ率tpが70〜85%になるようにするが、この負荷長さ率tpを70〜85%にするには、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面を相手プレートと慣らし運転処理すること、或いは、ペーパー摩擦材10がコアプレート14に接着される前に、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面が研磨されることと、次いで、ペーパー摩擦材10がコアプレート14に接着された後に、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面が、相手プレートと慣らし運転処理されることによる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動四輪車等の駆動力伝達装置に用いられる湿式摩擦板に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、湿式摩擦板において、摩擦材の相手プレートとの係合面である摩擦摺動面の凹凸のばらつきに起因して、クラッチ、ブレーキ等の摩擦係合装置の係合時の異音・振動(以下、この現象を「ジャダー」と称する。)が問題となる場合があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
このジャダーを抑制する従来技術として、特開平09−133158号公報がある。
しかし、この発明は、湿式摩擦板の間の油膜厚さを最適に管理することでジャダー発生を防止するというものであるが、油膜の厚さを最適に管理するための構造が複雑なものとなり、生産コストが増大するという問題を有している。
【特許文献1】特開平09−133158号公報
【0004】
そこで、上記のような従来技術の問題点に鑑み、本発明は、初期ジャダーの抑制を、低コストにより実現する湿式摩擦板の提供をその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、ペーパー摩擦材をコアプレートに接着してなる湿式摩擦板において、前記ペーパー摩擦材の摩擦摺動面の負荷曲線において、測定長8mmのうねり成分を含む断面曲線の頂点から切断レベル10μmにおける負荷長さ率tpが70〜85%にされていることを特徴とする、湿式摩擦板によって前記課題を解決した。
ペーパー摩擦材の摩擦摺動面の負荷曲線において、測定長8mmのうねり成分を含む断面曲線の頂点から切断レベル10μmにおける負荷長さ率tpを70〜85%にするには、前記ペーパー摩擦材の摩擦摺動面を相手プレートと慣らし運転処理すること(請求項2)、或いは、前記ペーパー摩擦材がコアプレートに接着される前に、前記ペーパー摩擦材の摩擦摺動面が研磨されることと、次いで、前記ペーパー摩擦材がコアプレートに接着された後に、ペーパー摩擦材の摩擦摺動面が、相手プレートと慣らし運転処理されること(請求項3)によるのが好適である。
【0006】
ペーパー摩擦材は、パルプをはじめとする繊維基材と摩擦調整材等の混合物を水中に分散させた後に抄紙し、乾燥後に熱硬化性樹脂を含浸させ、加熱硬化、加圧成形することによって製造される。
そして、本発明において、ペーパー摩擦材の摩擦摺動面の「負荷曲線において、測定長8mmのうねり成分を含む断面曲線の頂点から切断レベル10μmにおける負荷長さ率」(以下、「特定負荷長さ率」という。)とは、トレース形状を補正していないうねり成分を含み測定長を8mmとした断面曲線(以下、単に「断面曲線」という。)の負荷長さ率を横軸に、切断深さ(「カッティング深さ」ともいう。)を縦軸に取って示した負荷曲線において、頂点から切断レベル10μmにおける負荷長さ率(tp)を言う。なお、トレース形状を補正していないうねり成分を含む断面曲線を採用したのは、相手プレートとの接触状態が重要と考えたためであり、測定長を8mmとしたのは、ワークのサイズを考慮しつつジャダー性の良し悪しが判断できるように設定したものである。また、特に、「切断レベル10μm」に着目したのは、本発明の摩擦材は負荷が加わる使用時に表面が約10μm潰れるという知見に基づく。そして、上記「断面曲線」は、「JIS−B0601」に規定されている。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、コストを低く抑えつつ、初期ジャダーを抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明による湿式摩擦板の実施形態につき説明する。
ここで、図1は、本発明の第1実施形態を示し、(a)はペーパー摩擦材がコアプレートに接着される前の説明図、(b)はペーパー摩擦材がコアプレートに接着された後、慣らし運転処理された湿式摩擦板の断面図である。
【0009】
図1(a)を参照して、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面12の特定負荷長さ率tpは、何ら加工を施さない場合には、通常、25〜35%程度であるが、本発明の第1実施形態では、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面12を相手プレートと慣らし運転処理することにより、その特定負荷長さ率tpを70〜85%とする。図1(b)に、特定負荷長さ率tpが70〜85%とされた摩擦摺動面12’を有する本発明の第1実施形態のクラッチ摩擦板16を示す。
この慣らし運転処理は、湿式ペーパー摩擦材、及びスチールプレートを互いに摺動させることにより行なわれる。例えば、クラッチ単体や、カップリングアッシー状態(すなわち、実車に搭載される状態。)などにより、所定の押付け力と差動回転を付加させる手法で行なわれる。
【0010】
この慣らし運転処理により摩擦摺動面12に与えられるエネルギー量(トルクと相対回転速度の積。)は、4〜4.5kWであることが好適である。
【0011】
次に、本発明の第2実施形態を、便宜上、図1を用いて説明する。本発明の第2実施形態は、ペーパー摩擦材10をコアプレート14に接着する前に、ペーパー摩擦材10の摩擦摺動面12を研磨し、次いで、相手プレートとの慣らし運転処理を行なうという2段階の処理で、摩擦摺動面の特定負荷長さ率tpを70〜85%とする。
この第2実施形態では、慣らし運転処理の前に摩擦摺動面12を研磨するので、摩擦摺動面12の特定負荷長さ率tpを70〜85%とするための慣らし運転処理の時間を短縮することができる。
【0012】
図2に、慣らし運転処理をしておらず初期ジャダーを発生する湿式摩擦板(a)と、4〜4.5kWの慣らし運転処理をして初期ジャダーが発生しない湿式摩擦板(b)と、表面研磨後、4〜4.5kWの慣らし運転処理をして初期ジャダーが発生しない湿式摩擦板(c)の、それぞれの表面粗さプロファイル(JIS−B0671)を示す。
図2に示すように、4〜4.5kWの慣らし処理や、表面研磨処理を施されて、特定負荷長さ率が請求項1の範囲とされた本発明の湿式摩擦板は、初期ジャダーを発生する湿式摩擦板に比して平滑性を有することが確認された。
【実施例】
【0013】
本発明の湿式摩擦板を、実施例1(特定負荷長さ率tp70%)、実施例2(特定負荷長さ率tp85%)として、それぞれの摩擦特性を測定した。
また、これと比較するために特定負荷長さ率tpを40%、及び90%とした摩擦板をそれぞれ比較例1、及び比較例2として、それぞれの摩擦特性を測定した。
【0014】
図3に実施例1の断面曲線の負荷曲線と摩擦特性、及び図4に実施例2の断面曲線の負荷曲線と摩擦特性をそれぞれ示す。
【0015】
また、図5に比較例1の断面曲線の負荷曲線と摩擦特性、及び図6に比較例2の断面曲線の負荷曲線と摩擦特性をそれぞれ示す。
【0016】
図3〜6の摩擦特性を示す図(b)にある2つのデータはそれぞれ、差回転(相対回転差)が上昇する側と下降する側のトルク特性を示している。そして、その評価内容は、荷重を掛けた状態で、差回転を或る時間内に上昇→下降させ、その時のトルク値を測定したものである。
【0017】
図3、4に示すように、実施例1(特定負荷長さ率tp70%)、及び実施例2(特定負荷長さ率tp85%)では、摩擦特性が安定し、初期ジャダーの発生は認められなかった。一方、図5、6に示すように、比較例1(特定負荷長さ率tp40%)、及び比較例2(特定負荷長さ率tp90%)では、摩擦特性が安定せず、初期ジャダーの発生が確認された。
【0018】
以上のように、本発明の湿式摩擦板によって、初期ジャダーが抑制されることが確認された。そして、この湿式摩擦板は、表面研磨、及び慣らし運転という、従来技術よりもコストの掛からない技術により加工されるものであるので、比較的低コストにより、湿式摩擦板の初期ジャダーの抑制を実現することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の第1実施形態を示し、(a)はペーパー摩擦材がコアプレートに接着される前の説明図、(b)はペーパー摩擦材がコアプレートに接着された後、慣らし運転処理された湿式摩擦板の断面図。
【図2】(a)は慣らし運転処理されておらず初期ジャダーを発生する湿式摩擦板、(b)は4〜4.5kWの慣らし運転処理をして初期ジャダーが発生しない湿式摩擦板、(c)は表面研磨後、4〜4.5kWの慣らし運転処理をして初期ジャダーが発生しない湿式摩擦板の、それぞれの表面粗さプロファイル(JIS−B0671)。
【図3】(a)は実施例1の断面曲線の負荷曲線、(b)は摩擦特性。
【図4】(a)は実施例2の断面曲線の負荷曲線、(b)は摩擦特性。
【図5】(a)は比較例1の断面曲線の負荷曲線、(b)は摩擦特性。
【図6】(a)は比較例2の断面曲線の負荷曲線、(b)は摩擦特性。
【符号の説明】
【0020】
10:ペーパー摩擦材
12,12’:摩擦摺動面
14:コアプレート
16:湿式摩擦板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペーパー摩擦材をコアプレートに接着してなる湿式摩擦板において、
前記ペーパー摩擦材の摩擦摺動面の負荷曲線において、測定長8mmのうねり成分を含む断面曲線の頂点から切断レベル10μmにおける負荷長さ率tpが、70〜85%にされていることを特徴とする、
湿式摩擦板。
【請求項2】
相手プレートと慣らし運転処理されることによって、前記ペーパー摩擦材の摩擦摺動面の前記負荷長さ率tpが70〜85%にされた、請求項1の湿式摩擦板。
【請求項3】
前記ペーパー摩擦材がコアプレートに接着される前に、該ペーパー摩擦材の摩擦摺動面が研磨されることと、
前記ペーパー摩擦材がコアプレートに接着された後に、該ペーパー摩擦材の摩擦摺動面が相手プレートと慣らし運転処理されることとによって、前記摩擦摺動面の前記負荷長さ率tpが70〜85%にされた、請求項1の湿式摩擦板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−36249(P2009−36249A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−199296(P2007−199296)
【出願日】平成19年7月31日(2007.7.31)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(000204882)株式会社ダイナックス (31)
【Fターム(参考)】