説明

火花点火式ガソリンエンジンの制御装置

【課題】エンジンの低負荷域で適正に圧縮自己着火燃焼を行うことができるとともに、エンジンの高負荷域で異常燃焼の発生を効果的に防止できるようにする。
【解決手段】吸気ポート16に燃料を噴射するポート燃料噴射手段57と、燃焼室19の中心部に燃料を噴射する筒内燃料噴射手段62とを備えた火花点火式ガソリンエンジンであって、エンジンの低負荷域では、上記ポート燃料噴射手段57により吸気行程で吸気ポート16に燃料を噴射して理論空燃比よりもリーンで均質な混合気を形成し、この混合気を自着火させ、エンジンの高負荷域では、上記筒内燃料噴射手段62から30MPa以上の燃圧で圧縮行程から膨張行程初期までの間に燃料を燃焼室19内に噴射して上記低負荷域よりもリッチな混合気を形成し、この混合気に圧縮上死点近傍で点火して圧縮上死点よりも所定期間遅れたタイミングで急速燃焼させるように制御する制御手段10を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃焼室の中心部に燃料を噴射する筒内燃料噴射手段を備えた火花点火式ガソリンエンジンの制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
火花点火式ガソリンエンジンの理論熱効率を向上させる上では、その幾何学的圧縮比を高めることが有効である。例えば特許文献1には、幾何学的圧縮比を14以上に設定した高圧縮比の火花点火式直噴エンジンが記載されている。
【0003】
また、例えば特許文献2に記載されているように、排気エミッションの向上と熱効率の向上とを両立させる技術として、リーンな混合気を自着火させて予混合圧縮自己着火燃焼させることが知られている。このような予混合圧縮自己着火燃焼を行うエンジンにおいて幾何学的圧縮比を高くすれば、圧縮端圧力および圧縮端温度をそれぞれ高めることができるため、混合気を効果的に圧縮自着火燃焼させることができる。
【0004】
さらに、下記特許文献3には、エンジン負荷または回転数の増加に伴ってリーンHCCI燃焼状態から火花点火燃焼状態へ切り換えることができるように構成し、該燃料状態の切換時に、ノッキングを回避するために排気ガスの一部を吸気系に還流するEGRを実施するとともに、空燃比をリッチ化し、このときにEGR率推定手段により推定される実際のEGR率に応じて、空燃比のリッチ化度合を補正するように構成された内燃機関の燃焼制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−292050号公報
【特許文献2】特開2007−154859号公報
【特許文献3】特開2009−091994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載されているような高圧縮比の火花点火式ガソリンエンジンでは、熱効率を効果的に向上できるという有利を有する反面、エンジンの運転状態が、特に低速域でかつ中・高負荷域にあるときに、過早着火やノッキング(スパークノック)といった異常燃焼を生じ易いという問題がある。
【0007】
また、上記予混合圧縮自己着火燃焼を行うエンジンでは、低負荷側の運転領域において混合気を適正に自着火させることができるが、エンジンの負荷が高くなるに応じて圧力上昇の激しい過早着火し易い傾向がある。そのため、燃焼騒音の増大やノッキング等の異常燃焼の発生を招くとともに、燃焼温度が過度に高くなってRaw NOxが増大する可能性があった。そこで、上記特許文献2,3に開示されているように、部分負荷域で予混合圧縮自己着火燃焼を行うエンジンにおいて、上記部分負荷運転領域よりも高回転側で、通常の強制着火運転を行うことが知られているが、予混合圧縮自己着火燃焼の安定化を目指して幾何学的圧縮比を高く設定したエンジンでは、強制着火運転を行う高負荷側の運転領域において、特許文献1のエンジンと同様に異常燃焼を招くという問題があった。
【0008】
すなわち、上記エンジンの低負荷領域で予混合圧縮自己着火燃焼を行う場合には、吸気行程から圧縮行程中の比較的早い時期に燃料を噴射することにより、均質でリーンな混合気を形成するとともに、この混合気をピストンの圧縮作用により高温、高圧化して、圧縮上死点付近で自着火させることができる。これに対して上記部分負荷運転領域よりも高回転側で通常の強制着火運転を行うは場合には、点火前に混合気の反応度が着火しきい値を越えると、過早着火またはノッキング等の異常燃焼が生じることになる。
【0009】
したがって、エンジンが低負荷領域から高負荷領域に移行して強制着火運転を行う場合には、圧縮行程後期から膨張行程初期の比較的遅い時期に燃料を高圧で気筒内に噴射(高圧リタード噴射)することが望ましく、そのためには例えば30Mpa以上の高圧で気筒内に燃料を噴射する燃料噴射手段が必要となる。しかし、このような高圧の燃料噴射手段を用いてエンジンの低負荷領域で上記予混合圧縮自己着火燃焼を行うと、吸気行程で高圧の燃料が気筒内に噴射される結果、シリンダライナーに燃料が付着してオイルが希釈化されるとともに、噴射燃料と空気とを効率よく混合できなくなる等の不具合がある。これを防止するために、上記燃料噴射手段の燃料噴射圧力を調節する圧力調節手段を設け、エンジンの低負荷領域で上記予混合圧縮自己着火燃焼を行う際に気筒内に噴射される燃料圧力を低下させるように構成した場合には、燃料の粒径が増大してスモークが発生したり、混合気のミキシング不良に起因してエミッションが悪化したりする等の問題がある。
【0010】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、エンジンの低負荷域でオイルが希釈化され、あるいはエミッションが悪化する等の問題を生じることなく、適正に圧縮自己着火燃焼を行うことができるとともに、エンジンの高負荷域で異常燃焼の発生を効果的に防止することができる火花点火式ガソリンエンジンの制御装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するものとして、本願発明は、吸気ポートに燃料を噴射するポート燃料噴射手段と、燃焼室の中心部に燃料を噴射する筒内燃料噴射手段とを備えた火花点火式ガソリンエンジンであって、エンジンの低負荷域では、上記ポート燃料噴射手段により吸気行程で吸気ポートに燃料を噴射して理論空燃比よりもリーンで均質な混合気を形成し、この混合気をピストンにより圧縮して自着火させる燃焼状態とし、エンジンの高負荷域では、上記筒内燃料噴射手段から30MPa以上の燃圧で圧縮行程から膨張行程初期までの間に燃料を燃焼室内に噴射して上記低負荷域よりもリッチな混合気を形成し、この混合気に圧縮上死点近傍で点火して圧縮上死点よりも所定期間遅れたタイミングで急速燃焼させるように制御し、あるいは圧縮行程中で燃焼室内に燃料を噴射して燃焼室の外周部に燃焼室の中心部よりもリッチな混合気を形成する前段噴射と、圧縮行程後期から膨張行程初期までの間の所定時期に燃焼室内に燃料を噴射して燃焼室の中心部に上記前段噴射の実行時よりもリッチな混合気を形成する後段噴射との少なくとも2回に分けて燃料を多段噴射するとともに、その噴射された燃料と空気との混合気を自着火させて圧縮自己着火燃焼させるように制御する制御手段を備えたものである(請求項1)。
【0012】
本発明によれば、エンジンの低負荷域で予混合圧縮自己着火燃焼(以下、リーンHCCI燃焼ともいう)を行う際に、吸気行程でポート燃料噴射手段のポートインジェクタから吸気ポートに燃料を低圧で噴射するように構成したため、シリンダライナーに燃料が付着すること起因したオイルが希釈化される等の弊害を生じることなく、均質でリーンな混合気を燃焼室内に形成することができるとともに、この混合気をピストンの圧縮作用により高温、高圧化して、圧縮上死点付近で適正に自着火させることができる。しかも、エンジンの高負荷域では、筒内燃料噴射手段の直噴インジェクタにより燃焼室内に燃料を高圧で噴射することにより、燃料を効果的に気化および霧化させて適正にリタード燃焼させることができるため、高出力が得られるとともに、対ノック性を効果的に向上できるという利点がある。さらに、上記高負荷領域の強制着火急速燃焼状態(以下、急速リタードSI燃焼状態ともいう)または上記多段噴射による圧縮自己着火燃焼(以下、多段CI燃焼状態ともいう)から、リーンHCCI燃焼状態へと迅速に移行させる際に、上記燃料圧力の調整に所定時間を要して燃焼状態を迅速に移行させることが困難となったり、燃焼室内に噴射される燃料の粒径が増大してスモークが発生したり、混合気のミキシング不良に起因してエミッションが悪化したりする等の問題が生じるのを効果的に防止することができる。
【0013】
本発明において、好ましくは、上記筒内燃料噴射手段が、エンジンの回転によって駆動される高圧燃料ポンプを備えたものである(請求項2)。
【0014】
この構成によれば、筒内燃料噴射手段から噴射される燃料の噴射圧力をエンジンの駆動力を利用して充分に高めることができるとともに、エンジンの負荷が急変してリーンHCCI燃焼状態から急速リタードSI燃焼状態または多段CI燃焼状態に移行させる際に、上記筒内燃料噴射手段の燃料噴射圧力を迅速かつ適正に高めることができる等の利点がある。
【0015】
上記構成において、より好ましくは、上記エンジンの低負荷域で圧縮自己着火燃焼とする制御の実行時に、筒内燃料噴射手段の燃料圧力を予め高めて維持するように構成したものである(請求項3)。
【0016】
この構成よれば、エンジンが低負荷域から高負荷域に移行してリーンHCCI燃焼状態から急速リタードSI燃焼状態等に移行させる際に、筒内燃料噴射手段の燃圧を上昇させるという制御を実行することなく、上記燃焼状態への移行を迅速かつ適正に実行できるという利点がある。
【0017】
上記構成において、より好ましくは、上記エンジンの高負荷域で、エンジン回転数が上昇するのに応じて上記筒内燃料噴射手段から燃焼室内に噴射される燃料の噴射圧力を高めるように構成したものである(請求項4)。
【0018】
この構成よれば、クランク角をもって表される燃焼期間が短くなる傾向があるエンジンの高回転領域で上記燃料の噴射時間を短くして、その気化および霧化時間を充分に確保することができ、これにより混合気の燃焼性を効果的に高めることができる。
【0019】
上記構成において、より好ましくは、燃焼室から導出された排気ガスを吸気系に還流させる排気還流手段を備えた火花点火式ガソリンエンジンにおいて、上記エンジンの高負荷域で、排気還流手段を介して吸気系に還流される排気還流量に応じて上記筒内燃料噴射手段から噴射される燃料の噴射圧力を調節するように構成したものである(請求項5)。
【0020】
この構成よれば、同一回転数でエンジン負荷が小さいために排気還流手段から吸気系に還流される排気還流量が多くなることに起因して、相対的に新気量が低下する傾向にある運転領域で、燃料圧力の目標値を高く設定して高い燃料圧力で気筒内に燃料を噴射することにより、その気筒内の乱れを強くして気筒内の乱れエネルギーを高めることができるため、新気量の少ない状態で混合気の燃焼期間を効果的に短縮してその燃焼性を高めることができる。
【0021】
上記構成において、より好ましくは、上記ポート燃料噴射手段は、燃料タンクの燃料を吸気ポートに向けて噴射する低圧燃料ポンプを備え、上記低圧燃料ポンプから吐出され燃料を、上記筒内燃料噴射手段の高圧燃料ポンプに供給するように構成したものである(請求項6)。
【0022】
この構成よれば、筒内燃料噴射手段と上記ポート燃料噴射手段とを適正に使い分けることができるため、エンジン負荷の変化状態に応じて上記リーンHCCI燃焼状態から急速リタードSI燃焼状態または多段CI燃焼状態への移行およびその逆方向への移行を迅速かつ適正に実行できるという利点がある。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明によれば、エンジンの低負荷域でオイルが希釈化され、あるいはエミッションが悪化する等の問題を生じることなく、適正に圧縮自己着火燃焼を行うことができるとともに、エンジンの高負荷域で異常燃焼の発生を効果的に防止できる火花点火式ガソリンエンジンの制御装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施例に係る火花点火式ガソリンエンジンの全体構成を示す概略図である。
【図2】エンジンの制御系の構成を示すブロック図である。
【図3】エンジンの燃焼室を拡大して示す断面図である。
【図4】エンジンの運転領域に応じた制御マップの一例を示す図である。
【図5】高圧リタード噴射によるSI燃焼の状態と、従来のSI燃焼の状態とを比較する図である。
【図6】未燃混合気の存在期間に関係する各パラメータの関係を示す図である。
【図7】図4の運転荷域αにおける制御内容を説明するタイムチャートである。
【図8】図4の運転荷域βにおける制御内容を説明するタイムチャートである。
【図9】エンジントルクに対応した混合気充填量および吸排気系の制御状態を示す説明図である。
【図10】エンジントルクに対応した混合気充填量、燃料噴射および点火系の制御状態を示す説明図である。
【図11】PCMにおいて実行されるエンジン制御のフローチャートである。
【図12】SIモードにおいて燃料の噴射圧力を設定するための特性図である。
【図13】図4の運転荷域βにおける制御内容の別の例を説明するタイムチャートである。
【図14】エンジンの燃焼室の変形例を示す断面図である。
【図15】図13の制御より行われる燃料噴射とそれにも独混合気の燃焼状態を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1および図2は、本発明に係る火花点火式ガソリンエンジンの実施形態を示し、このエンジン1は、複数の気筒18(図1では一つのみを図示)が設けられたシリンダブロック11と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設されて潤滑油を貯溜するオイルパン13とを有している。各気筒18内には、コンロッド142を介してクランクシャフト15と連結されたピストン14が往復動可能に嵌挿されている。上記エンジン1に供給される燃料は、ガソリンを主成分とするものであればよく、その全てがガソリンであってもよいし、ガソリンにエタノール(エチルアルコール)等を含有させたものであってもよい。
【0026】
ピストン14の頂面には、図3に拡大して示すように、リエントラント形のキャビティ20が形成されている。キャビティ20は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するときには、後述する直噴インジェクタ67に相対するように設置されている。シリンダヘッド12と、気筒18と、キャビティ20を有するピストン14とにより燃焼室19が区画されている。
【0027】
なお、「燃焼室」とは、狭義には、上死点時におけるピストン14の上方空間のことを指すが、本明細書でいう燃焼室19とは、ピストン14の上下位置にかかわらずその上方に形成される空間からなる広義の燃焼室のことを指すものとする。また、燃焼室19の形状は、図示する形状に限定されるものではなく、例えばキャビティ20の形状、ピストン14の頂面形状、および燃焼室19の天井部の形状等を適宜に変更可能である。
【0028】
このエンジン1の幾何学的圧縮比は、理論熱効率の向上や、後述する予混合圧縮自己着火燃焼の安定化等を目的として、比較的高い値、例えば14〜20程度の範囲内に設定されている。
【0029】
シリンダヘッド12には、吸気ポート16および排気ポート17が各気筒18にそれぞれ形成されている。これら吸気ポート16および排気ポート17には、燃焼室19側の開口を開閉する吸気弁21および排気弁22がそれぞれ配設されている。
【0030】
吸気弁21および排気弁22をそれぞれ駆動する動弁系の内、排気側には、排気弁22の作動モードを通常モードと特殊モードとに切り替える油圧作動式の可変機構、例えばVVL(Variable Valve Lift)71が設けられている。VVL71は、その構成の詳細な図示を省略するが、カム山を一つ有する第1カムおよびカム山を二つ有する第2カムからなるカムプロファイルの異なる2種類のカムと、この第1および第2カムのいずれか一方の作動状態を選択的に排気弁22に伝達するロストモーション機構とを備えている。第1カムの作動を排気弁22に伝達している状態では、排気弁22が排気行程中において一度だけ開弁される通常モードで作動し(図8参照)、第2カムの作動を排気弁22に伝達している状態では、排気弁22が排気行程中において開弁するとともに、吸気行程中においても開弁する特殊モード(排気の二度開きモード)で作動する(図7参照)。
【0031】
VVL71は、エンジン1の運転状態に応じて排気弁22の作動モードを上記通常モードと特殊モードとに切り替えるように構成されている。こうしたモードの切替を行う機構としては、排気弁22を電磁アクチュエータによって駆動する電磁駆動式の動弁系を採用可能である。また、内部EGRは、上記排気弁22の二度開きのみによって実現されるのではなく、例えば吸気弁21を二回開くようにした吸気の二度開きモードによっても行うことができ、また排気行程乃至吸気行程において吸気弁21および排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを気筒18内に残留させることによっても実現できる。
【0032】
VVL71を備えた排気側の動弁系に対し、吸気側には、図2に示すように、クランクシャフト15に対する吸気カムシャフトの回転位相を変更可能に構成されたVVT(Variable Valve Timing)72からなる位相可変機構と、吸気弁21のリフト量を連続的に変更可能に構成されたCVVL(Continuously Variable Valve Lift)73からなるリフト量可変機構とが設けられている。VVT72は、液圧式、電磁式または機械式等からなる公知の構造を採用可能であり、その詳細な構造についての図示は省略する。また、CVVL73も、種々の公知構造を適宜採用することができ、その詳細な構造についての図示は省略する。上記VVT72およびCVVL73により、吸気弁21の開弁タイミングおよび閉弁タイミング、並びにリフト量をそれぞれ変更可能に構成されている。
【0033】
シリンダヘッド12には、各気筒18内に燃料を直接噴射する直噴インジェクタ67と、吸気ポート16内に燃料を噴射するポートインジェクタ68とがそれぞれ取り付けられている。
【0034】
直噴インジェクタ67は、図3に拡大して示すように、その噴口が燃焼室19の天井面の中央部分から、その燃焼室19内に臨むように配設され、エンジン1の運転状態に応じた量の燃料を、適正なタイミングで燃焼室19内の中心部に直接噴射する。この例において、直噴インジェクタ67は、複数の噴口を有する多噴口型のインジェクタであって、燃料噴霧が放射状に広がるように、燃料を噴射するように構成されている。図3に矢印で示すように、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで、燃焼室中央の直噴インジェクタ67から放射状に広がるように噴射された燃料噴霧が、ピストン頂面に形成されたキャビティ20の壁面に沿って流動することにより、後述する点火プラグ25の周囲に到達するようになる。
【0035】
キャビティ20は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで噴射された燃料噴霧を、その内部に収めるように形成されている。上記多噴口型の直噴インジェクタ67とキャビティ20との組み合わせは、燃料の噴射後にその噴霧が点火プラグ25の周りに到達するまでの時間を短くするとともに、燃焼期間を短くする上で有利な構造となっている。
【0036】
そして、上記直噴インジェクタ67には、燃料タンク61から下記低圧燃料供給システム56を介して供給された燃料を30MPa以上、好ましくは40MPa以上の高圧に加圧する高圧燃料ポンプ63と、この高圧燃料ポンプ63から圧送された高圧の燃料を蓄えるとともに、各気筒18の直噴インジェクタ67に供給するコモンレール64とが配設された高圧燃料供給通路65が接続され、これらにより燃料を燃焼室19の中心部に高圧で燃料を噴射する筒内燃料噴射手段62が構成されている。
【0037】
高圧燃料ポンプ63は、例えばエンジン1により駆動されるクランク軸とカム軸との間に掛け渡されたタイミングベルトを介して駆動されるプランジャー式のポンプからなっている。上記高圧燃料ポンプ63から吐出される燃料の最大圧力は、エンジン1の性能および燃料の性状に適宜に設定可能であるが、燃料の噴射圧力を過度に高めるとエンジン1の駆動損失等が大きくなるため、通常は120MPa程度以下に設定される。
【0038】
ポートインジェクタ68は、図1に示すように、吸気ポート16乃至吸気ポート16に連通する独立通路に臨んで配置され、吸気ポート16内に燃料を噴射する。ポートインジェクタ68は、一つの気筒18に対して一つ設けてもよく、一つの気筒18に対して二つの吸気ポート16が設けられているのであれば、二つの吸気ポート16のそれぞれに設けてもよい。ポートインジェクタ68の形式は、特定の形式に限定されるものではなく、種々の形式のインジェクタを適宜に採用可能である。
【0039】
ポートインジェクタ68には、その詳細な図示を省略するが、燃料タンク61内の燃料を供給する低圧燃料供給通路55が接続されている。この低圧燃料供給通路55には、電動またはエンジン駆動式の低圧ポンプと圧力調整用のレギュレータとを有する低圧燃料供給システム56が配設され、これらにより上記燃料を0.3〜0.4MPa程度の低圧で吸気ポート16に燃料を噴射するポート燃料噴射手段57が構成されている。
【0040】
また、上記ポート燃料噴射手段57の低圧燃料供給システム56に設けられた低圧ポンプからレギュレータを介して導出された低圧の燃料は、上記筒内燃料噴射手段62の高圧燃料ポンプ63に供給され、この高圧燃料ポンプ63により所定圧に加圧された状態で、コモンレール64および高圧燃料供給通路65を介して直噴インジェクタ67に供給されるようになっている。
【0041】
シリンダヘッド12には、図3に示すように、燃焼室19内の混合気に点火する点火プラグ25が取り付けられている。この点火プラグ25は、エンジン1の排気側から斜め下向きに延びるように、シリンダヘッド12内を貫通して配置されるとともに、点火プラグ25の先端部が、燃焼室19の中央部分に配置された直噴インジェクタ67の先端部に近接し、かつ燃焼室19内に臨むように設置されている。
【0042】
エンジン1の一側面には、各気筒18の吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、エンジン1の他側面には、各気筒18の燃焼室19からの既燃ガス(排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。
【0043】
吸気通路30の上流側部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。また、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒18毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒18の吸気ポート16にそれぞれ接続されている。
【0044】
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、空気を冷却または加熱する水冷式のインタークーラ/ウォーマ34と、各気筒18への吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。また、吸気通路30には、インタークーラ/ウォーマ34をバイパスするインタークーラバイパス通路35が接続されており、このインタークーラバイパス通路35には、当該通路35を通過する空気流量を調整するためのインタークーラバイパス弁351が配設されている。インタークーラバイパス弁351の開度を調整することにより、インタークーラバイパス通路35の通過流量とインタークーラ/ウォーマ34の通過流量との割合が変更されて、気筒18内に導入される新気の温度が調整されるようになっている。
【0045】
排気通路40の上流側部分は、各気筒18毎に分岐して排気ポート17の外側端に接続された独立通路と、該各独立通路が集合する集合部とを有する排気マニホールドにより構成されている。この排気通路40における排気マニホールドよりも下流側には、排気ガス中の有害成分を浄化する直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42とからなる排気浄化装置が設けられている。直キャタリスト41およびアンダーフットキャタリスト42は、例えば筒状ケースと、その内部に配置された三元触媒とを備えている。
【0046】
吸気通路30におけるサージタンク33とスロットル弁36との間と、排気通路40における直キャタリスト41よりも上流側部分とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するEGR通路50により接続されている。このEGR通路50は、排気ガスをエンジン冷却水によって冷却するEGRクーラ52が配設された主通路51と、EGRクーラ52をバイパスするためのEGRクーラバイパス通路53とを有している。主通路51には、吸気通路30への排気還流量を調整するためのEGR弁511が配設され、EGRクーラバイパス通路53には、EGRクーラバイパス通路53を流通する排気ガスの流量を調整するためのEGRクーラバイパス弁531が配設され、これらにより燃焼室から導出された排気ガスを吸気系に還流させる排気還流手段54が構成されている。
【0047】
このように構成されたエンジン1は、PCM(パワートレイン・コントロール・モジュール)10からなる制御手段によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェースおよびこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。
【0048】
PCM10には、図1,2に示すように、各種のセンサSW1〜SW14の検出信号が入力される。この各種のセンサには、エアクリーナ31の下流側で新気の流量を検出するエアフローセンサSW1および新気の温度を検出する吸気温度センサSW2と、インタークーラ/ウォーマ34の下流側に配置されてインタークーラ/ウォーマ34を通過した後の新気の温度を検出する第2吸気温度センサSW3と、EGR通路50における吸気通路30との接続部近傍に配置されて外部EGRガスの温度を検出するEGRガス温センサSW4と、吸気ポート16に取り付けられて気筒18内に流入する直前の吸気の温度を検出する吸気ポート温度センサSW5と、シリンダヘッド12に取り付けられて気筒18内の圧力を検出する筒内圧センサSW6と、排気通路40におけるEGR通路50の接続部近傍に配置されて排気温度および排気圧力を検出する排気温センサSW7および排気圧センサSW8と、直キャタリスト41の上流側に配置されて排気中の酸素濃度を検出するリニアO2センサSW9と、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42との間に配置されて排気中の酸素濃度を検出するラムダO2センサSW10と、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW11と、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW12と、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW13と、吸気側および排気側のカム角センサSW14,SW15と、筒内燃料噴射手段62のコモンレール64に取り付けられて直噴インジェクタ67に供給する燃料圧力を検出する燃圧センサSW16とが含まれる。
【0049】
PCM10は、各センサの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによりエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じて直噴インジェクタ67、ポートインジェクタ68、点火プラグ25、吸気弁側のVVT72およびCVVL73、排気弁側のVVL71、筒内燃料噴射手段62、並びに各種の弁(スロットル弁36、インタークーラバイパス弁351、EGR弁511、およびEGRクーラバイパス弁531)のアクチュエータへ制御信号を出力するものである。
【0050】
図4は、エンジン1のクランク回転速度およびエンジン負荷(目標トルク)をパラメータとしたエンジン1の制御マップを示している。この制御マップにおいてエンジン負荷が比較的、低い領域には、燃費の向上や排気エミッションの向上を目的として、点火プラグ25による点火を行わずに、均質でリーンな混合気をピストンの圧縮作用により自着火させる予混合圧縮自己着火燃焼を行うCIモード領域αに設定されている。一方、エンジン負荷が相対的Iに高い領域には、上記予混合圧縮自己着火燃焼を中止して点火プラグ25を利用した強制着火を行うSIモード領域βが設定されている。
【0051】
詳しくは後述するが、CIモード領域αでは、基本的に吸気行程中に、ポート燃料噴射手段57の低圧ポンプおよびレギュレータから供給された燃料を、0.3〜0.4MPa程度の低圧でポートインジェクタ68から吸気ポート16内に噴射することにより、比較的均質なリーン混合気を燃焼室19内に形成するとともに、その混合気を圧縮上死点付近において自着火させるリーンHCCI(Homogeneous-Charge Compression Ignition Combustion)モードの燃焼(予混合圧縮自己着火燃焼)を行うように構成されている。
【0052】
これに対してSIモード領域βでは、基本的に圧縮行程後期から膨張行程の初期に、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67から気筒18内に燃料を、30MPa以上の高圧で噴射することにより、燃焼室19内に均質乃至成層化した混合気を形成するとともに、圧縮上死点付近で点火プラグ25を用いた強制着火をきっかけにして、混合気を急速な火炎伝播により急速リタードSI燃焼させる制御が実行されるように構成されている。
【0053】
このエンジン1の幾何学的圧縮比は、前述のように14以上の高い値(例えば18)に設定されている。このように圧縮比を高い値に設定することにより、圧縮端温度および圧縮端圧力を上昇させることができるため、上記CIモード領域αでは、圧縮自己着火燃焼の安定化に有利になる。一方で、この高圧縮比のエンジン1は、高負荷域で強制着火のモード(SIモード)に切り替えられるため、特に低速域でエンジン負荷が高くなればなるほど、過早着火やノッキングといった異常燃焼が生じ易くなるという不都合がある。
【0054】
そこで、このエンジン1では、エンジン1が高負荷のSIモード領域βにあるときに、燃料の噴射形態を従来とは大きく異ならせた急速リタードSI燃焼を行うことにより、異常燃焼を回避するようにしている。具体的に、この燃料の噴射形態は、従来と比較して大幅に高圧化した燃料圧力、例えば30MPa以上、好ましくは40MPa以上の圧力で、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけての大幅に遅角した期間内で、直噴インジェクタ67により気筒18内に燃料噴射を実行するものである。この特徴的な燃料噴射形態を、以下においては「高圧リタード噴射」と呼ぶ。
【0055】
図5は、急速リタードSI燃焼(実線)の場合と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)場合とで、熱発生率(図5上段)および未燃混合気の反応進行度(図5下段)がそれぞれどのように異なるかを概念的に示す説明図である。負荷Tおよび回転速度Neは同一であり、燃料の噴射量も同一であるものとする。ただし、燃料の噴射圧力は、急速リタードSI燃焼の方が、従来のSI燃焼よりも大幅に高い値に設定されているものとする。
【0056】
まず、従来のSI燃焼では、吸気行程中に燃料噴射P′を実行する。燃焼室19では、その燃料噴射P′の後、ピストン14が圧縮上死点に至るまでの間に、比較的均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点を過ぎたかなり遅めのタイミングθig’で火花点火が実行され、それによって火炎伝播による燃焼が開始される。燃焼の開始後は、図5の上段に破線の波形で示すように、点火時期θig’から所定期間が経過した時点で熱発生率のピークを迎え、その後の時点θend’で燃焼が完了する。
【0057】
ここで、燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間は、未燃混合気が存在し得る期間(未燃混合気の存在期間)ということができる。図5の下段に破線で示すように、未燃混合気の反応は、上記未燃混合気の存在期間中に徐々に進行する従来のSI燃焼は、未燃混合気の存在期間が非常に長く、その間に未燃混合気の反応が進行し続けることから、点火時期θig’とほぼ同時、もしくはそれよりも早いタイミングで未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えることにより、火花点火とは関係なく未燃混合気が自着火してプリイグニッション(過早着火)を招く可能性がある。点火時期θig’を図5のタイミングより早めてもよいが、そのようにした場合には、上記プリイグニッションの発生は仮に避けられても、火花点火後の火炎伝播の途中で未燃混合気が自着火する異常燃焼、つまりノッキングが起きてしまう。
【0058】
以上のことから、当実施形態のような高圧縮比エンジンにおいて、SI運転領域βのような高負荷域で従来のSI燃焼を適用した場合(つまり吸気行程中のようなかなり早いタイミングで燃料を噴射した場合)には、たとえ火花点火のタイミングθig’を調節しても、プリイグニッションまたはノッキングといった異常燃焼が避けられないということが分かる。
【0059】
これに対して急速リタードSI燃焼では、上述したように30MPa以上(例えば40MPa)という非常に高い噴射圧力で、しかも圧縮行程の後期という大幅に遅角した期間に燃料が噴射される(図5の上段のP1,P2)。このような高圧でかつ遅いタイミングの噴射(以下、高圧リタード噴射という)を行うことは、未燃混合気の存在期間を短縮し、異常燃焼を回避することにつながる。すなわち、未燃混合気の存在期間は、直噴インジェクタ67からの燃料の噴射に要する期間(燃料噴射期間(A))と、噴射終了後に点火プラグ25の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間(混合気形成期間(B))と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間(燃焼期間(C))とを足し合わせた期間(A)+(B)+(C)である。以下に説明するように、高圧リタード噴射は、噴射期間(A)、混合気形成期間(B)および燃焼期間(C)をそれぞれ短縮化し、それによって未燃混合気の存在期間を短くすることができる。
【0060】
まず、高い噴射圧力は、単位時間当たりに直噴インジェクタ67から噴射される燃料の量を相対的に多くする。このため、燃料噴射量を一定とした場合には、図6の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記噴射量を噴射するのに要する期間(燃料噴射期間)は短くなる。したがって、噴射圧力が従来のSI燃焼に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、上記燃料噴射期間(A)の短縮化に貢献する。
【0061】
また、高い噴射圧力は、噴射された燃料噴霧の微粒化に有利になるとともに、燃料噴霧の飛翔距離をより長くする。このため、噴射圧力が高いほど、燃料の蒸発に要する時間(燃料蒸発時間)は短くなり、点火プラグ25の周りに噴霧が到達するまでの時間(噴霧到達時間)も短くなる。上記混合気形成期間(B)は、燃料蒸発時間と噴霧到達時間とを足し合わせた期間であるから、図6の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記混合気形成期間(B)は短くなる。したがって、噴射圧力の高い高圧リタード噴射は、上記混合気形成期間(B)の短縮化に貢献する。
【0062】
このように、高い噴射圧力によって燃料噴射期間(A)および混合気形成期間(B)を短縮化できれば、これに伴って燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを遅らせることができる。このような背景から、図5に示すように、燃料噴射P1,P2のタイミングが圧縮行程の後期にまで遅角されている。そして、圧縮行程の後期という遅いタイミングで燃料を高圧噴射することは、燃焼期間中の乱流エネルギーを増大させることにつながる。
【0063】
すなわち、燃料噴射タイミングを圧縮行程後期にまで遅らせた場合、燃料の噴射圧力が高いほど乱流エネルギーは高くなる。これに対し、たとえ高い噴射圧力で燃焼室19に燃料を噴射したとしても、そのタイミングが早すぎる(例えば吸気行程中に噴射した)場合には、点火時期までの時間が長いことや、圧縮行程中にピストン14から圧縮を受けることに起因して、燃焼室19内の乱れは減衰してしまう。このため、吸気行程中のような早いタイミングで燃料噴射を行った場合には、燃焼期間中の乱流エネルギーは、噴射圧力の高低にかかわらず著しく低下してしまう。
【0064】
燃焼期間中の乱流エネルギーは、これが高いほど燃焼期間を短くする作用をもたらす。したがって、噴射タイミングが圧縮行程後期である場合には、図6の下段に示すように、噴射圧力が高いほど燃焼期間(C)が短くなる。つまり、圧縮行程の後期に高圧で燃料噴射する高圧リタード噴射は、上記燃焼期間(C)の短縮化に貢献する。
【0065】
なお、図6の下段には、従来通りの低い噴射圧力で吸気行程中に燃料を噴射した場合の燃焼期間(C)を白丸の点で示している。この従来の緩慢燃焼期間との比較からも明らかなように、当実施形態の高圧リタード噴射のように、例えば30MPa以上の高い噴射圧力で圧縮行程後期に燃料を噴射した場合には、燃焼期間(C)を大幅に短縮できることが分かる。
【0066】
しかも、当実施形態の直噴インジェクタ67のように、多数の噴口を有したインジェクタであれば、より乱流エネルギーが高まるため、燃焼期間(C)の短縮により有利となる。さらに、このような多噴口型の直噴インジェクタ67と、ピストン14に設けられたキャビティ20との組み合わせによって、圧縮行程後期の燃料噴射P1,P2により噴射された燃料の噴霧を、主にキャビティ20内で迅速に拡散させることができる。このことも、燃焼期間(C)の短縮化に貢献する。
【0067】
ここで、図5に示したように、高圧リタード噴射として、圧縮行程後期の2回(P1,P2)に分けて燃料を噴射したのは、燃料の気化霧化の促進と乱流エネルギーの向上とをそれぞれ狙ったものである。
【0068】
すなわち、1回目の燃料噴射P1は、相対的に長い混合気形成期間(B)を確保することができるため、燃料の気化霧化に有利である。そして、1回目の燃料噴射P1によって十分な混合気形成期間(B)が確保される分、2回目の燃料噴射P2のタイミングは、より一層遅れたタイミングに設定することが可能になる。このことは、燃焼室19内の乱流エネルギーの向上に有利になり、燃焼期間(C)の短縮に貢献する。この場合において、1回目の燃料噴射P1と2回目の燃焼噴射P2の割合は、2回目の燃料噴射P2の噴射量を、1回目の燃料噴射P2の噴射量よりも多く設定することが望ましい。このようにすることで、燃焼室19内の乱れエネルギーが十分に高まり、燃焼期間(C)の短縮、ひいては異常燃焼の回避に有利になる。
【0069】
以上のように、急速リタードSIモードにおける高圧リタード噴射により、燃料噴射期間(A)、混合気形成期間(B)、および燃焼期間(C)をそれぞれ短縮することかできる。その結果、図5に示したように、燃料の噴射開始時期θinjから燃焼終了時期θendまでの期間(未燃混合気の存在期間)を、吸気行程中に燃料噴射する従来の場合と比較して大幅に短縮することができる。そして、当該期間の短縮により、圧縮比が高く、しかも負荷Tの高い条件下であっても、異常燃焼を引き起こすことなく、適正な火炎伝播によって混合気を燃焼し切ることができる。すなわち、図6の上段に示すように、低い噴射圧力で吸気行程噴射する従来のSI燃焼では、白丸の点で示すように、未燃混合気の反応進行度が着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうのに対し、高圧リタード噴射を用いたSI燃焼、つまり急速リタードSI燃焼では、黒丸の点で示すように、未燃混合気の反応の進行を抑制し、異常燃焼を回避することが可能になる。なお、図6の上段における白丸と黒丸とで、点火時期は互いに同じタイミングに設定している。
【0070】
しかも、急速リタードSI燃焼では、燃焼期間(C)が大幅に短縮化されることから、たとえ点火時期θigに基づく燃焼開始時期が、圧縮上死点から、ある程度遅れたタイミングに設定されていたとしても、膨張行程がかなり進行するまで燃焼が緩慢に継続するといったことがなく、熱効率および出力トルクの低下が避けられる。もちろん、点火時期θigを図5の例よりもさらに進角させれば、熱効率および出力トルクをさらに向上できる可能性がある。しかし、点火時期θigを早めると、ノッキングが起き易くなるため、ノッキングを起こさないという制約の下で、点火時期θigを可能な限り進角側に設定すべきである。
【0071】
図7は、エンジン1の低負荷域、つまり図5のCIモード領域αで実行されるリーンHCCIモードの燃焼制御における燃料噴射時期と吸排気弁21,22のリフト特性、およびそれに基づく燃焼により生じる熱発生率(J/deg)を示す図である。本図に示すように、上記リーンHCCIモードでは、燃料噴射のタイミングが吸気行程中に設定され、ポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から0.3〜0.4MPa程度の低圧で吸気ポート16に比較的少量の燃料が噴射されることにより、燃焼室19内に均質なリーン混合気が形成される。そして、このリーンな混合気が、ピストン14の圧縮作用により高温、高圧状態となって、圧縮上死点付近で自着火することにより、波形Qaに示すような熱発生を伴う燃焼が生じることになる。
【0072】
上記リーンHCCIモードでは、燃焼室19内の混合気の空燃比(実空燃比)を理論空燃比(14.7)で割った値である空気過剰率λが、燃焼室19の全体に亘って2以上となるように設定される。ただし、このように大幅にリーンでかつ均質な空燃比下では、筒内温度を意図的に上昇させないと、失火が起きるおそれがある。そこで、上記リーンHCCIモードでは、VVL71を駆動して排気弁22を吸気行程中に開弁させることにより、排気ガスを燃焼室19内に逆流させる内部EGRが実行される。すなわち、排気弁22は、通常、排気行程のみで開弁するが(図7のリフトカーブEX)、VVL71の駆動に基づき排気弁22を吸気行程でも開弁させることにより(リフトカーブEX’)、排気ポート17から燃焼室19に排気ガスを逆流させる。このように、高温の排気ガスを燃焼室19に逆流(残留)させることで、燃焼室19を高温化して、混合気の自着火を促進できる。
【0073】
ここで、燃焼室19に残留する排気ガスの量(内部EGR量)は、低負荷側ほど多く、高負荷側ほど少なく設定される。これに対し、燃焼室19に導入される空気(新気)の量は、低負荷側ほど少なく、高負荷側ほど多く設定される。そのための制御として、上記リーンHCCIモードでは、吸気弁21のリフト量が、負荷の高まりとともに徐々に増大するように設定される。図7中の一点鎖線のリフトカーブINは、吸気弁21が小リフト状態のときのリフトカーブであり、この状態から負荷が高まると、それに伴って吸気弁21のリフト量が破線のリフトカーブを上限として徐々に増大するように設定される。上記のように吸気弁21のリフト量を増大させる際には、吸気弁21の閉時期が吸気下死点(吸気行程と圧縮行程の間のBDC)の近傍に固定されたまま、吸気弁21の開時期のみが排気上死点(排気行程と吸気行程の間のTDC)に向けて徐々に進角するように、吸気弁11の開閉タイミングおよびリフト量が上記VVT72およびCVVL73によって調整される。
【0074】
なお、リーンHCCIモードでは、上記のように排気弁22の再開弁(吸気行程中の開弁)に基づく内部EGRが実行されるため、排気還流手段54による排気還流は停止される。すなわち、EGR通路50に設けられたEGR弁511の開度が全閉に設定されることにより、排気通路40から吸気通路30への排気ガスの還流が停止される。
【0075】
また、上記リーンHCCIモードでは、上述したように空気過剰率λが2以上という大幅にリーンな値に設定される。このように大幅にリーンに設定された混合気を燃焼させると、燃焼温度が大幅に低下するため、冷却損失を低減して熱効率(燃費)を向上させることができる。なお、λ≧2にまでリーンになると、三元触媒によるNOxの浄化作用をほとんど期待できないが、λ≧2のときに燃焼により生じるNOx量(生のNOx量)は大幅に少なくなるため、三元触媒以外に特別な触媒(例えばNOxトラップ触媒)を設けなくても、排気ガス中に含まれるNOxの量を十分に小さい値に抑制することができる。
【0076】
上記CIモード領域αよりもエンジン1の負荷が高いSIモード領域βでは、図8に示すような急速リタードSI燃焼制御が実行される。すなわち、圧縮上死点以前に直噴インジェクタ67から燃焼室19内に燃料を噴射させ(P1,P2)、この燃料噴射P1,P2の後に点火プラグ25による強制着火を行うことにより、圧縮上死点を過ぎたタイミングから火炎伝播により混合気を燃焼させる制御が実行される。
【0077】
上記燃料噴射P1,P1によるトータルの噴射量は、燃焼室19内に理論空燃比(空気過剰率λ=1)の混合気を形成し得る量に設定される。また、上記急速リタードSI燃焼が行われるSIモード領域βでは、上記CIモード領域αよりもエンジン負荷が高いため、このCIモード領域よりも燃料の噴射量がよりも多くなる。そこで、この増量される燃料に見合う多量の新気を確保すべく、エンジン負荷の増大に応じてCVVL73が駆動され、吸気弁21のリフト量がさらに増大される(リフトカーブIN)。なお、図8の例では、吸気弁21のリフトピーク位置を固定したままリフト量を増大させている。このため、リフト量の増大に伴って、吸気弁21の開時期は排気行程内に進角し、閉時期は圧縮行程内に進角することになる。このような吸気弁21の開閉タイミングの変更は、ポンピングロスの低減に有利となる。
【0078】
また、上記急速リタードSIモードの燃焼状態では、EGR通路50を通じて排気ガスを吸気通路30に還流させる外部EGRが実行される。なお、上述したように、急速リタードSIモードの実行領域(図4のSIモード領域β)では、必要な新気量が多いために、エンジン負荷(トルク)の増大に応じて外部EGR領が低減され、全負荷域の近傍では、より多量の新気を確保するために、外部EGR量は0に設定される。
【0079】
上記燃料噴射P1,P2による噴射燃料に基づき形成される理論空燃比(λ=1)の混合気は、上記各噴射P1,P2の完了から比較的短い期間を空けた所定のタイミング(図例では圧縮上死点の直後)で実行される火花点火をきっかけに、通常よりも急速な火炎伝播によって燃焼し始め、図中の波形Qbに示すように、膨張行程のそう遅くない時期までに燃焼を完了させる。
【0080】
上記のようにSIモード領域βにおいて、リーンHCCIモードの燃焼(自着火による予混合圧縮自己着火燃焼)ではなく、急速リタードSI燃焼(火花点火に基づく火炎伝播燃焼)を実行するのは、負荷Tが相対的に高く、トータルの燃料噴射量が多いSIモード領域βで、これよりも負荷の低い領域と同様に、リーンHCCIモードの燃焼を継続させた場合には、異常燃焼の発生やスートの増大を招く可能性が高くなるためである。
【0081】
このようにエンジン1の高負荷域に設定されたSIモード領域βにおいては、適切なCI燃焼の継続が困難であるため、上記SIモード領域βにまで負荷が高まったときに、CI燃焼状態からSI燃焼へと切り替えるようにしている。ただし、上述したように、当実施形態のエンジン1は、部分負荷域でCI燃焼を確実に行わせるために、幾何学的圧縮比が14以上というかなり高い値に設定されている。よって、通常のSI燃焼、つまり圧縮上死点よりもかなり前(例えば吸気行程中)に燃料を噴射して圧縮上死点付近で火花点火を行わせるという制御を、上記SIモード領域βで実行した場合には、上述したプリイグニッションや、火炎伝播の途中で未燃混合気(エンドガス)が自着火するノッキングのような異常燃焼を引き起こすことが懸念される。このため、図8に示したような急速リタードSIモードに基づく特殊なSI燃焼が必要となる。
【0082】
また、上記急速リタードSIモードにおける燃料噴射の形態は、前述した筒内燃料噴射手段62による高圧リタード噴射である。したがって、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてのリタード期間内に、高圧燃料ポンプ63により30MPa以上に高められた燃料圧力でもって、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67から燃料を気筒18内に直接、噴射する。
【0083】
なお、図8に示すように、前段の第1噴射P1と、後段の第2噴射P2との二回に分割した燃料噴射に代え、上記高圧リタード噴射を一回の噴射(一括噴射)によって構成してもよい。さらに、吸気充填効率の向上を目的として、吸気行程中にポート燃料噴射手段57による低圧の燃料噴射が追加される場合がある。この吸気行程噴射は、燃料噴射に伴う吸気の冷却効果によって吸気充填効率が向上し、トルクの向上に有利になる。
【0084】
ここで、前述の通り、筒内燃料噴射手段62による燃料の噴射圧力は極めて高いため、吸気行程中に上記筒内燃料噴射手段62のポートインジェクタ68から気筒18内に直接燃料を噴射してしまうと、気筒18内の壁面(シリンダライナー)に燃料が大量に付着して、オイル希釈等の問題を引き起こす可能性がある。しかし、上記のように吸気行程噴射を、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67ではなく、相対的に低い燃料圧力でもって燃料を噴射するポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から吸気ポート16内に燃料を噴射するように構成することにより、上記オイル希釈等の問題を回避することができる。
【0085】
図9は、低速域内における負荷の変動に対するエンジン1の各パラメータ、つまり、スロットル弁36の開度(b)、EGR弁511の開度(c)、排気の二度開きモードにおける閉弁タイミング(d)、吸気弁21の開弁タイミング(e)、吸気弁21の閉弁タイミング(f)、および吸気弁のリフト量(g)の制御例をそれぞれ示している。
【0086】
図9(a)は、気筒18内の状態を示している。同図は、横軸をトルク(言い換えるとエンジン負荷)、縦軸を気筒内の混合気充填量として、気筒内の混合気の構成を示している。前述の通り、相対的に負荷の低い図の左側の領域はCIモードとなり、所定負荷よりも負荷が高い図の右側の領域はSIモードとなる。燃料量(総括燃料量)は、CIモードおよびSIモードに拘わらず、エンジン負荷の増大に従って増量される。この燃料量に対して、理論空燃比(λ=1)となるための新気量が設定されることとなり、この新気量は、負荷の増大に対し、燃料量の増量に伴って増量することになる。
【0087】
リーンHCCI燃焼が行われるCIモードにおいては、前述の通り、内部EGRガスが気筒18内に導入されることから、充填量の残り分は、内部EGRガスと余剰の新気とによって構成される。したがって、上記CIモードでは、リーン混合気となる。一方、急速リタードSI燃焼が行われるSIモードでは、λ=1となるようにエンジン1が運転されるとともに、内部EGRガスの導入が中止される。
【0088】
気筒18内の状態が、図9(a)に示すような状態となるように、スロットル弁36は、同図(b)に示すように、エンジン1の負荷の高低に拘わらず全開に設定される。一方、EGR弁511は、図9(c)に示すように、CIモードでは閉じられたままになるのに対し、SIモードでは開弁される。EGR弁511の開度は、SIモードにおいて低負荷ほど大きく高負荷ほど小さくなるように、エンジン負荷の増大に伴い次第に小さくされる。より正確には、CIモードとSIモードとの切り替わりにおいては全開とされ、全開負荷において全閉とされる。したがって、この制御例では、SIモードにおいても、全開負荷時に外部EGRガスの気筒18内への導入が停止される。
【0089】
図9(d)は、排気の二度開きモードにおける排気弁22の閉弁タイミングを示している。CIモードでは、前述の通り、内部EGRガスを気筒18内に導入すべく、その閉弁タイミングが排気上死点と吸気下死点との間の所定タイミングに設定される。一方、SIモードでは、その閉弁タイミングが排気上死点に設定される。つまり、SIモードでは、排気弁22の二度開きが中止されることにより、内部EGRが停止される。
【0090】
また、図9(e)に示すように、CIモードでは、エンジン1の負荷が高くなるほど吸気弁21の開弁タイミングが排気上死点に近づくように進角される。したがって、エンジン1の負荷が低いほど、気筒18内に導入される内部EGRガスが増量するのに対し、エンジン1の負荷が高くなればなるほど、気筒18内に導入される内部EGRガスは減少する。エンジン1の負荷が低いほど、大量の内部EGRガスによって気筒18内の圧縮端温度が高まるため、安定した圧縮自己着火燃焼を実現する上で有利になり、かつエンジン1の負荷が高いほど、内部EGRガスを抑制することで気筒18内の圧縮端温度の上昇を抑制するため、過早着火を抑制する上で有利になる。
【0091】
一方、吸気弁21の開弁タイミングは、図9(e)に示すように、SIモードにおいて排気上死点で一定とされ、吸気弁21の閉弁タイミングは、図9(f)に示すように、CIモードおよびSIモードにおいて吸気下死点で一定とされる。従って、SIモードでは、スロットル弁36が全開で一定にされ(図9(b))、吸気弁21の開弁タイミングおよび閉弁タイミングが一定にされるとともに、リフト量が最大で一定にされる(図9(g))。このことから、EGR弁511の開度調整によって、気筒18内の導入される新気量と、外部EGRガス量との割合が調整されることになる。このような制御は、ポンプ損失の低減に有利である。また、SIモードにおいて、外部EGRガスを気筒18内に導入することは、冷却損失の低減、異常燃焼の回避、およびRaw NOxの抑制に有利になる。
【0092】
図10は、エンジン1の負荷の変動に対する各制御パラメータであって、G/F(b)、噴射タイミング(c)、燃料圧力(d)、噴射期間に対応した燃料噴射パルス幅(e)、及び点火タイミング(f)の変化を示している。
【0093】
気筒18内における混合気の状態は、図10(a)に示すようになるため、図10(b)に示すように、CIモードでは、G/Fが燃料量の増大に伴いリーンから次第に理論空燃比に近づくようになる。また、SIモードでは、外部EGRガスを気筒18内に導入していることから、上記CIモードに連続しつつ、エンジン負荷の増大に応じて次第に減少する。
【0094】
燃料噴射タイミングは、図10(c)に示すように、CIモードにおいては、一例として、排気上死点と吸気下死点との間の吸気行程中に設定される。この燃料噴射タイミングを、エンジン1の負荷に応じて変更してもよい。これに対してSIモードでは、燃料噴射タイミングが圧縮行程後半から膨張行程初期にかけてのリタード期間に設定されることにより、高圧リタード噴射される。また、SIモードでは、エンジン負荷の増大に伴い、その噴射タイミングは次第に遅角側に変更される。これは、エンジン負荷の増大に伴い、気筒18内の圧力及び温度が高まって異常燃焼が発生し易くなることから、これを効率的に回避するには、燃焼の噴射タイミングを遅角側に設定する必要があるためである。
【0095】
ここで、図10(c)の実線は、高圧リタード噴射を一回の燃料噴射によって行う一括噴射の場合の、燃料噴射タイミングの一例を示している。これに対し、図10(c)の一点鎖線は、高圧リタード噴射を、第1噴射と第2噴射との二回の燃料噴射に分割した場合の第1噴射及び第2噴射それぞれの燃料噴射タイミングの一例を示している。これによると、分割噴射における第2噴射は、一括噴射を行う場合よりも、遅角側に実行することになるため、異常燃焼の回避により有利になる。これは、前述したように、比較的早期に第1噴射を実行して燃料の気化霧化時間を確保していること、および第2噴射の燃料噴射量が相対的少なくなるために必要な気化霧化時間が短くなることに起因する。
【0096】
さらに、図10(c)に点線で示すように、エンジン1の全開負荷域においては、総括燃料噴射量が多くなることから、燃料噴射量の増量分を、吸気充填効率の向上を目的として、吸気行程噴射を実行するようにしてもよい。
【0097】
図10(d)は、直噴インジェクタ67に供給される燃料圧力の変化を示しており、CIモードでは最小燃料圧力で一定に設定される。これに対してSIモードでは、最小燃料圧力よりも高い燃料圧力に設定されるとともに、エンジン負荷の増大に伴い、燃料圧力が増大するように設定される。これは、エンジン負荷が高くなるにつれて異常燃焼が発生し易くなることから、噴射期間のさらなる短縮や、噴射タイミングのさらなる遅角化が求められるためである。また、SIモードにおいて外部EGRガスを導入することから、特にエンジン1の運転状態が中負荷域にあるときには、燃焼が緩慢になって燃焼期間が長くなる虞がある。そこで、燃焼期間の短縮を目的に、この制御例では、外部EGRの導入を行わないと仮定した場合に設定される場合(同図の一点鎖線を参照)と比較して、燃料圧力がより高い値に調節される。
【0098】
図10(e)は、一括噴射を行う場合の噴射期間に相当する噴射パルス幅(インジェクタの開弁期間)の変化を示しており、CIモードにおいては、燃料噴射量の増大に伴いパルス幅も大きくなり、SIモードにおいても同様に、燃料噴射量の増大に伴いパルス幅も大きくなる。しかしながら、同図(d)に示すように、SIモードでは、CIモードよりも燃料圧力が大幅に高く設定されているため、SIモードにおける燃料噴射量は、CIモードにおける燃料噴射量よりも多いにも拘わらず、そのパルス幅は、CIモードのパルス幅よりも短く設定される。これは、未燃混合気の存在期間を短縮し、異常燃焼の回避に有利になる。
【0099】
また、図10(f)は、点火タイミングの変化を示しており、SIモードでは、燃料噴射タイミングがエンジン負荷の増大とともに遅角されることに従って、点火タイミングもまた、エンジン負荷の増大とともに遅角される。これは、異常燃焼の回避に有利である。また、CIモードでは、基本的には点火を実行しないものの、点火プラグ25のくすぶりを回避する目的で、同図に一点鎖線で示すように、例えば排気上死点付近で点火を行ってもよい。
【0100】
次に、図11に示すフローチャートを参照しながら、PCM10により実行されるエンジン1の制御を詳細に説明する。まず、ステップSA1において積算AWS実行時間を読み込んだ後、この読み込まれたAWS実行時間が所定値以上であるか否かを、ステップSA2において判定する。このAWS(Accelerated Warm-up System)は、エンジン1の始動時に排気ガスの温度を高めてキャタリスト41,42の活性化を早めることで、排気ガスの浄化を促進するシステムであり、エンジン1の始動後に、予め定められた所定時間だけAWSモードの制御が実行される。したがって、ステップSA2の判定においてNOのとき、つまりAWS実行時間が所定値以上でないときには、ステップSA3に移行してAWSモードとする。AWSモードでは、基本的に、吸入空気量を増量させるとともに、点火プラグ25の点火タイミングを大幅にリタードさせたSI燃焼を行う。
【0101】
一方、ステップSA2の判定においてYESのとき(つまり、AWC実行時間が所定値以上のとき)には、ステップSA4に移行して定常モードの制御を実行する。このステップSA4において、アクセル開度およびエンジン回転数を読み込んだ後、ステップSA5において、エンジン1の運転状態が予混合圧縮自己着火燃焼(リーンHCCI燃焼)を行うCIモード領域αにあるか否かを判定し、当該判定がYESのときには、ステップSA6に移行し、エンジン1の運転モードをCIモードに設定する。一方、上記ステップSA5の判定結果がNOのときには、ステップSA11に移行し、エンジン1の運転モードをSIモードに設定する。
【0102】
CIモードにおけるステップSA7では、1サイクル当たりに噴射する燃料噴射量を、予めPCM10に記憶されている特性図から読み込む。この燃料噴射量の特性図は、例えばアクセル開度の関数として設定され、アクセル開度が大きいほど燃料噴射量が大となるように設定されている。なお、上記CIモードにおける燃料の噴射圧力は、例えば0.3〜0.4MPa程度の低圧で一定値に設定される(図9(d)参照)。
【0103】
続くステップSA8では、充填量制御を行う。この充填量制御では、図7を参照しながら説明したように、VVL71による排気の二度開きモードを少なくとも含む制御によって、内部EGRガスを気筒18内に導入する。次いで、ステップSA9において、上記ステップSSA9で設定された量の燃料を、吸気行程における所定のタイミングで、かつ0.3〜0.4MPa程度の圧力で、ポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から吸気ポート16に噴射する。
【0104】
その後、ステップSA10において、CIモードからSIモードへ移行した時に筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67から気筒18内に燃料を高圧で噴射可能なように、上記高圧燃料ポンプ63を作動させてコモンレール64に蓄えられる燃料の圧力を予め所定値に上昇させて維持する燃圧の上昇・維持制御を実行する。この燃圧の上昇・維持制御は、CIモードにおいて常に行うようにしてもよいが、例えばCIモードでエンジン負荷が上昇傾向にあることが検出され、CIモードからSIモードへ移行する可能性が高くなったことが確認された時点で開始するように構成してもよい。また、上記燃圧の上昇・維持制御における燃圧は、CIモードからSIモードへの移行時に、下記ステップSA16で設定される燃料の噴射圧力に対応した値、または上記高圧燃料ポンプ63の作動時に過大な機械抵抗が生じることがない値、例えば30MPa程度に設定される。
【0105】
また、上記SIモードにおけるステップSA12では、まず1サイクル当たりに噴射する燃料噴射量の総量を意味する総括噴射量を、予めPCM10に記憶された特性図から読み込む。次いで、ステップSA13において、SIモード用の燃料圧力(目標圧力)を、予めPCM10に記憶されている特性図から読み込む。
【0106】
上記燃料圧力の特性図は、図12に示すように、エンジン回転数および外部EGR率(吸気量に対する外部EGR量の比率)についての一次関数gとして設定されている。例えば、同一負荷域においてエンジン回転数が高くなるのに応じ、上記目標圧力が高い値に設定される。また、同一回転数では、エンジン負荷が小さくなって排気還流手段54から吸気系に還流される排気還流量が増大することにより、上記外部EGR率が大きくなるのに応じ、燃料圧力の目標値は高く設定される。
【0107】
ステップSA14において、予め設定された特性図(図10(c)参照)に基づいて、燃焼噴射時期を読み込むとともに、ステップSA15において、予めPCM10に記憶されている点火マップから点火タイミングを読み込む。この点火マップは、アクセル開度とに基づいて点火タイミングを設定するためのマップであり、アクセル開度が大きいほど、点火タイミングは遅角側に設定される(図10(f)参照)。なお、ここで設定される点火タイミングは、上記ステップSA14で設定される燃料噴射タイミングよりも後のタイミングに設定される。
【0108】
このようにして、目標の燃料圧力、高圧リタード噴射の燃料噴射量および燃料噴射時期、吸気行程噴射を実行する場合は、その燃料噴射量および燃料噴射時期、並びに点火タイミングをそれぞれ設定した後、ステップSA16において、燃料圧力が目標圧力よりも低い場合には、燃料圧力を目標圧力まで高めるように筒内燃料噴射手段62を制御した後、ステップSA17において充填量制御を実行する。この充填量制御は、空燃比λ=1で運転されるSIモードにおいて設定された総括噴射量に応じ、空燃比λ=1とするために実行される制御であり、気筒18内に導入される吸気を絞る制御、気筒18内に外部EGRガスを導入する制御、またはその両方を組み合わせた制御を実行する(図9参照)。
【0109】
ステップSA18では、設定された噴射タイミングで、設定された燃料噴射量の吸気行程噴射を実行する。このステップSA18では、前述したようにポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68により、燃料を吸気ポート16内に噴射する。但し、吸気行程噴射の燃料噴射量が0に設定される場合には、ステップSA18の吸気行程噴射は省略される。
【0110】
ステップSA19では、設定された噴射タイミングで、設定された燃料噴射量の高圧リタード噴射を実行する。この噴射タイミングは、圧縮行程後期から膨張行程処理にかけてのリタード期間内であり、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67によって気筒18内に燃料が直接噴射される。なお、上記高圧リタード噴射は、前述したように、例えばリタード期間内における第1噴射および第2噴射の二回の燃料噴射を含む分割噴射により行われる。そして、ステップSA23において、点火プラグ25による点火が設定タイミングで行われる。
【0111】
上記のように吸気ポート16に燃料を噴射するポート燃料噴射手段57と、燃焼室19の中心部に燃料を噴射する筒内燃料噴射手段62とを備えた火花点火式ガソリンエンジンにおいて、エンジン1の低負荷域では、上記ポート燃料噴射手段57により吸気行程で吸気ポート16に燃料を噴射して理論空燃比よりもリーンで均質な混合気を形成し、この混合気をピストン14により圧縮して自着火させる燃焼状態(リーンHCCI燃焼状態)とし、エンジン1の高負荷域では、上記筒内燃料噴射手段62により30MPa以上の燃圧で燃焼室19内に噴射された燃料により上記低負荷域よりもリッチな混合気を形成し、この混合気を圧縮上死点近傍で上記混合気に点火して圧縮上死点よりも所定期間遅れたタイミングで燃焼(急速リタードSI燃焼)させるように制御する制御手段(PCM10)を備えた構成としたため、エンジン1の低負荷域でオイルが希釈化され、あるいはエミッションが悪化する等の問題を生じることなく、適正に圧縮自己着火燃焼させることができるとともに、エンジン1の高負荷域で異常燃焼の発生を効果的に防止しつつ、適正に急速リタードSI燃焼を実行できるという利点がある。
【0112】
すなわち、例えばエンジン1の低負荷域で圧縮自己着火燃焼を行う際に、燃料の噴射圧力が30MPa以上の高圧に設定された筒内燃料噴射手段62により吸気行程で燃焼室19内に燃料を噴射するように構成した場合には、シリンダライナーに高圧で燃料が吹き付けられて付着することによりオイルが希釈化され、あるいは噴射燃料と空気との混合が不充分になる等の不具合を生じることが避けられない。これに対して上記実施形態に示すように吸気行程でポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から吸気ポート16に燃料を0.3〜0.4MPa程度の低圧で噴射した場合には、シリンダライナーに燃料が付着すること起因したオイルが希釈化される等の弊害を生じることなく、均質でリーンな混合気を燃焼室19内に形成することができるとともに、この混合気をピストン14の圧縮作用により高温、高圧化して、圧縮上死点付近で適正に自着火させることができる。
【0113】
しかも、エンジンの高負荷域では、筒内燃料噴射手段62の直噴インジェクタ67により燃焼室19内に燃料を高圧で噴射することにより、燃料を効果的に気化および霧化させて適正にリタード燃焼させることができるため、高出力が得られるとともに、対ノック性を効果的に向上できるという利点がある。さらに、エンジン1の高負荷域における急速リタードSI燃焼状態からエンジン1の低負荷領域におけるリーンHCCI燃焼状態に移行させる際に、上記筒内燃料噴射手段62から吸気行程で燃焼室19内に噴射される燃料の噴射圧力を低下させる制御を実行する必要がないため、この燃料圧力の調整に所定時間を要するために燃焼状態を迅速に移行させることが困難となったり、燃焼室19内に噴射される燃料の粒径が増大してスモークが発生したり、混合気のミキシング不良に起因してエミッションが悪化する等の問題を生じることなく、吸気行程でポート燃料噴射手段57のポートインジェクタ68から吸気ポート16に燃料を低圧で噴射することにより、上記急速リタードSI燃焼状態からリーンHCCI燃焼状態へと迅速に移行することができる。
【0114】
なお、筒内燃料噴射手段62の高圧燃料ポンプ63をエンジン1の回転によって駆動するように構成した上記実施形態に代え、電磁ポンプからなる高圧燃料ポンプを用いることも可能である。しかし、上記実施形態に示すように、エンジン1の回転によって駆動される高圧燃料ポンプ63を用いた場合には、この筒内燃料噴射手段62から噴射される燃料の噴射圧力をエンジン1の駆動力を利用して充分に高めることができるとともに、エンジン1の負荷が急変してリーンHCCI燃焼状態から急速リタードSI燃焼状態に移行させる際に、上記筒内燃料噴射手段62の燃料噴射圧力を迅速かつ適正に高めることができる等の利点がある。
【0115】
また、上記実施形態に示すように、エンジン1の低負荷域におけるリーンHCCI燃焼制御の実行時に、筒内燃料噴射手段62の燃料噴射圧力を予め所定値に高めて維持するように構成した場合には、エンジン1が低負荷域から高負荷域に移行して上記リーンHCCI燃焼状態から急速リタードSI燃焼状態に移行させる際に、筒内燃料噴射手段62の燃圧を上昇させることに起因した応答遅れが生じるのを効果的に防止し、上記急速リタードSI燃焼状態への移行を迅速かつ適正に実行できるという利点がある。
【0116】
なお、上記リーンHCCI燃焼の制御時に維持される筒内燃料噴射手段62の燃圧は、このCIモードのリーンHCCI燃焼状態からSIモードの急速リタードSI燃焼状態への移行時に設定される燃料の噴射圧力に対応した値、または上記高圧燃料ポンプ63の作動時に過大な機械抵抗が生じることがない値、例えば30MPa程度に設定することが望ましい。上記のように筒内燃料噴射手段62の燃圧を、上記急速リタードSI燃焼状態への移行時に設定される燃料の噴射圧力に対応した値に設定した場合には、急速リタードSI燃焼状態への移行を直ちに実行できるという利点がある。一方、上記筒内燃料噴射手段62の燃圧を、高圧燃料ポンプ63の作動時に過大な機械抵抗が生じるのを防止し得る値に設定した場合には、この燃圧ポンプ63を駆動するためにエンジン1の駆動力が必要上に大きくなるのを抑制して、燃費の悪化を効果的に防止できるという利点がある。
【0117】
また、上記実施形態では、エンジン1の高負荷域で急速リタードSI燃焼を行う際に、エンジン回転数が上昇するのに応じて上記筒内燃料噴射手段62から燃焼室19内に噴射される燃料の噴射圧力を高めるように構成したため、クランク角をもって表される燃焼期間が短くなる傾向があるエンジン1の高回転領域で上記燃料の噴射時間を短くして、その気化および霧化時間を充分に確保することができ、これにより混合気の燃焼性を効果的に高めることができる。
【0118】
さらに、エンジン1の高負荷域で、排気還流手段54のEGR通路50を介して吸気通路30からなる吸気系に還流される排気還流量に応じ、上記筒内燃料噴射手段62から噴射される燃料の噴射圧力を調節することにより、同一回転数でエンジン負荷が小さいために排気還流手段54から吸気系に還流される排気還流量が多くなることに起因して、相対的に新気量が低下する傾向にある運転領域で、混合気の燃焼性を充分に確保することができるように構成することが望ましい。すなわち、上記相対的に新気量が低下する傾向にある運転領域で、外部EGRの導入を行わないと仮定した場合に設定される場合と比較して燃料圧力の目標値を、相対的に高く設定して高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射することにより、その気筒内の乱れを強くして気筒18内の乱れエネルギーを高めることができるため、新気量の少ない状態で混合気の燃焼期間を効果的に短縮してその燃焼性を高めることができる。
【0119】
また、上記実施形態のように、ポート燃料噴射手段57の低圧燃料供給システム56に設けられた低圧燃料ポンプにより燃料タンク61の燃料を吸気ポート16に向けて噴射するとともに、上記低圧燃料ポンプから吐出され燃料を、筒内燃料噴射手段62の高圧燃料ポンプ63に供給するように構成した場合には、この筒内燃料噴射手段62と上記ポート燃料噴射手段57とを適正に使い分けることにより、エンジン負荷の変化状態に応じて上記リーンHCCI燃焼状態から急速リタードSI燃焼状態への移行およびその逆方向への移行を迅速かつ適正に実行できるという利点がある。
【0120】
なお、エンジン1の高負荷領域(図4のSIモード領域)βで、急速リタードSI燃焼状態するように構成した上記実施形態に代え、図13に示すような多段CIモードの制御を実行するように構成してもよい。すなわち、この多段CIモードでは、圧縮上死点付近とそれより前の圧縮行程中の所定時期とに設定された2回の噴射タイミング(Pa,Pb)に分けて直噴インジェクタ67から燃料を燃焼室19内に燃料を噴射することにより、それぞれの燃料に基づく混合気を自着火により燃焼させる制御が実行される。なお、以下の説明では、圧縮行程中に実行される1回目の燃料噴射Paを前段噴射、それより後の圧縮上死点付近(図例では膨張行程のごく初期)に実行される2回目の燃料噴射Pbを後段噴射と称する。
【0121】
具体的に、当実施形態において、上記多段CIモードのときの前段噴射Paのタイミングは、例えば圧縮上死点(圧縮行程と膨張行程の間のTDC)を基準として、その上死点前(BTDC)60〜50°CA(CAはクランク角を表す)程度の期間内に設定され、後段噴射Pbのタイミングは、上死点後(ATDC)0〜10°CA程度の期間内に設定される。また、前段噴射Paおよび後段噴射Pbによる各噴射量の割合は、3:7〜7:3程度に設定される。
【0122】
ここで、多段CIモードが実行される運転領域βは、上記リーンHCCIモードの実行領域(CIモード領域)αよりも負荷が高いため、上記前段噴射Paおよび後段噴射Paによるトータルの噴射量は、上記リーンHCCIモードのとき(図7の燃料噴射P0)よりも多く設定される。また、吸気弁11のリフト量は、上記リーンHCCIモードのときよりも大きく設定され(リフトカーブIN)、比較的多量の空気(新気)が燃焼室19に導入されるようになっている。そして、上記のように分割噴射された燃料と空気との混合気が圧縮上死点付近で自着火することにより、図13の波形Qcに示すように、時期の異なる2つのピークを有するような熱発生を伴う燃焼が生じることになる。なお、このような波形Qcの形状はあくまで概念的なものであり、実際には2つのピークが明確に現れない場合も当然にあり得る。
【0123】
上記のように前段噴射Paおよび後段噴射Pbに分けて燃料を噴射するのは、燃焼騒音等の問題を考慮してのものである。すなわち、燃料噴射量の多い上記エンジン1の高負荷領域βでは、燃料を1回で噴射してしまうと、噴射された多量の燃料が短時間で全て燃焼する急激な燃焼が起きることにより、筒内圧力が急上昇し、燃焼騒音が著しく増大する等の事態を招くおそれがある。そこで、上記のように燃料を分割噴射することにより、比較的マイルドな燃焼が継続的に起きるようにして、上記のような燃焼騒音の増大等を回避するようにしている。
【0124】
ただし、たとえ燃料噴射を複数回に分割しても、直噴インジェクタ67の配置やピストン14の形状によっては、各回に噴射された燃料どうしが混じり合い、その混じり合った燃料がほとんど同時に燃焼することがある。このように、噴射タイミングが異なる燃料どうしが混じり合った状態で燃焼が起きると、燃焼騒音が過大になるばかりでなく、燃焼時に必要な酸素が局所的に著しく不足し、多量のスート(炭素質粒子)が発生するおそれがある。
【0125】
このような問題に対し、当実施形態では、直噴インジェクタ67が燃焼室19の天井部中央に配置されるとともに、図14に示すように、ピストン14の冠面に位置するキャビティ58が特殊な形状に形成されることにより、分割噴射された燃料が同時に燃焼してしまうことがなく、燃焼騒音の増大やスートの大量発生を後述するように回避可能に構成されている。ピストン14の冠面の中央部に形成されたキャビティ58は、上記直噴インジェクタ67と対向する上向きの開口部58aを上端に有しており、この開口部58aの面積(開口面積)は、キャビティ58の内部の最大断面積(キャビティ58の各高さ位置における水平方向断面積の最大値)よりも小さく設定されている。すなわち、キャビティ58は、その開口部58aから所定深さまでの範囲において、上方に至るほど内径が狭くなるように上窄まり状に形成されている。
【0126】
上記キャビティ58よりも径方向外側に位置するピストン14の冠面には、平面視円環状の環状凹部59が、キャビティ58の周囲を取り囲むように設けられている。この環状凹部59は、径方向外側に至るほど高さが低くなるように形成されており、その最大深さ(最外周部の深さ)は、キャビティ58の深さよりも浅く設定されている。
【0127】
また、上記環状凹部59よりもさらに径方向外側に位置するピストン14の最外周部には、環状凹部59よりも上方に突出した円環状の立壁部60が設けられている。この立壁部60の突出高さは、上記キャビティ58上端の開口部58aを囲む部分(リップ部)と同一に設定されている。
【0128】
そして、多段CIモードでは、上記のような燃料の分割噴射制御に加えて、吸気行程中に排気弁22を押し下げる機能を無効にするようにVVL71が駆動され、排気弁22の吸気行程中の開弁が停止される。これにより、排気ガスが燃焼室19に逆流することがほとんどなくなり、内部EGRが禁止される。また、多段CIモードでは、上記内部EGRに代わり、外部EGRが実行される。すなわち、排気還流手段54のEGR通路50に設けられたEGR弁511が所定開度まで開かれることにより、排気通路40から吸気通路30へ排気ガスを還流させる制御が実行される。
【0129】
このように、内部EGRから外部EGRへと切り替えるのは、燃焼室19の過度の高温化を防いで異常燃焼を回避するためである。すなわち、多段CIモードが実行される上記高負荷領域βは、リーンHCCIモードの実行領域(CIモード領域α)よりもエンジン負荷が高く、噴射されるトータルの燃料が多いため、燃焼に伴い発生する熱量が増大し、燃焼室19が高温化する傾向にある。このため、上記高負荷領域βで内部EGRを継続した場合には、燃焼室19がますます高温化し、プリイグニッションやノッキング等の異常燃焼が起きるおそれがある。そこで、内部EGRから外部EGRに切り替えて、EGRクーラ52付きのEGR通路50を通過して冷却された排気ガスを吸気通路30に還流させることにより、燃焼室19の過度な高温化を防いで、上記のような異常燃焼を回避するようにしている。なお、エンジン負荷が高まれば、その分だけ必要な新気量が増えることから、上記外部EGRにより還流される排気ガスの量(外部EGR量)は、負荷が高くなるほど低減される。
【0130】
ここで、以上のような多段CIモードに基づく制御により実現される燃焼形態について、図15(a)〜(f)を参照しつつより具体的に説明する。図15(a)は、直噴インジェクタ67から前段噴射Paが行われたときの状態を示している。このときのピストン14は、上述したように、圧縮上死点前(BTDC)60〜50°CA程度に位置している。このような位置にあるピストン14の冠面に向けて、上記直噴インジェクタ67の先端部に備わる複数(12個)の噴口から放射状に燃料が噴射されると、その燃料の噴霧は、ピストン14の冠面の径方向外側寄りに設けられた環状凹部59に向かうことになる。
【0131】
上記ピストン14の環状凹部59に向けて噴射された燃料(噴霧)は、その後、ピストン14の最外周部に設けられた立壁部42により上方にガイドされながら分散し、その分散した燃料に基づき、図15(b)に示すようなピストン位置(圧縮上死点以前のタイミング)で、燃焼室19の外周部(主に環状凹部59の内部およびその上方空間)に混合気X1が形成される。ここで形成される混合気X1の空燃比は、燃焼室19の外周部だけの局所的な空燃比として、理論空燃比(空気過剰率λ=1)程度に設定される。すなわち、圧縮上死点以前において、理論空燃比程度の濃さの混合気X1が燃焼室19の外周部に局所的に形成されるように、前段噴射Paの噴射時期および噴射量が設定されている。
【0132】
もちろん、上記前段噴射Paによって、燃焼室19の外周部以外(例えばキャビティ58の内部)にも微量の燃料が存在し得るが、その燃料の濃度は、上記燃焼室19の外周部に比べれば極めて薄いものである。言い換えれば、上記前段噴射Paにより、燃焼室19の外周部には、キャビティ58の内部よりもリッチな混合気X1が形成されていることになる。
【0133】
上記のように燃焼室19の外周部に形成された混合気X1は、ピストン14の上昇により圧縮されて高温・高圧化し、圧縮上死点付近までピストン14が達したところで、図15(c)に示すように自着火により燃焼する(CI燃焼)。なお、同図では、混合気X1が燃焼している領域を黒またはグレーに着色して示している。この混合気X1が燃焼する領域Y1は、上記混合気X1が形成された領域に対応して、燃焼室19の外周部分に限られる。
【0134】
上記のような前段噴射Paに基づく燃焼が始まると、それと前後して(図例では前段噴射Paに基づく燃焼開始とほぼ同時に)、図15(d)に示すような後段噴射Pbが実行される。この後段噴射Pbのタイミングは、上述したように、ピストン14がその上昇端に至った時点(圧縮上死点)とほぼ同時か、その直後のATDC0〜10°CA程度である。このようなタイミング(圧縮上死点付近)で直噴インジェクタ67から燃料が噴射されると、その燃料の噴霧は、ピストン14の冠面中央部に設けられたキャビティ58の内部へと向かうことになる。すると、このキャビティ58の内部に向けて噴射された燃料(噴霧)は、キャビティ58の周壁に沿って上方にガイドされながら分散し、その分散した燃料に基づき、図15(e)に示すように、燃焼室19の中央部(主にキャビティ58の内部)に混合気X2が形成される。この混合気X2の局所的な空燃比も、上述した前段噴射Paに基づく混合気X1と同様、理論空燃比(空気過剰率λ=1)程度に設定される。言い換えれば、上記後段噴射Pbにより、キャビティ58の内部には、前段噴射Paの実行時よりもリッチな(より具体的には、前段噴射Paにより噴射された燃料に基づきキャビティ58内に形成される極めて薄い混合気よりもリッチな)混合気X2が形成されていることになる。
【0135】
ただし、混合気X2は、少なくとも上記前段噴射Paに基づく混合気X1の燃焼が終了する前には存在している必要がある。すなわち、上記前段噴射Paに基づく燃焼が終了するよりも前に、理論空燃比程度の濃さの混合気X2が燃焼室19の中央部に局所的に形成されるように、上記後段噴射Pbの噴射時期および噴射量が設定されている。なお、当実施形態では、前段噴射Paに基づく燃焼の開始タイミングとほぼ同時に後段噴射Pbを実行しているが、直噴インジェクタ67からの燃料噴射圧力は、30MPa以上というかなり高い値に設定されているので、上記のような遅いタイミングで後段噴射Pbを実行しても、上記燃焼の終了前には混合気X2を形成することが可能である。
【0136】
ここで、上述したように、後段噴射Pbに基づく混合気X2の局所的な空燃比と、これよりも前に実行される前段噴射Paに基づく混合気X1の局所的な空燃比とが、ともに理論空燃比程度であり、かつこれら混合気X1,X2が燃焼室19内で分離して形成されることから、燃焼室全体の平均の空気過剰率λとしては、1より大きい値に設定されることになる。
【0137】
上記のような後段噴射Pbに基づき、圧縮上死点付近でしかも前段噴射Paによる燃焼の継続中(燃焼の終了前)に混合気X2が形成されることで、この混合気X2は、図15(f)に示すように、上記後段噴射Pbの後、短い時間で自着火に至り、燃焼する。この混合気X2が燃焼する領域Y2は、上記混合気X2が形成された領域に対応して、燃焼室19の中央部に限られる。すなわち、上述した前段噴射Paに基づく混合気X1が、環状凹部59の設置部に対応する燃焼室19の外周部(燃料領域Y1)で燃焼するのに対し、後段噴射Pbに基づく混合気X2は、キャビティ58の設置部に対応する燃焼室19の中央部(上記燃料領域Y1よりも径方向中心寄りに位置する燃焼領域Y2)で燃焼することになる。
【0138】
以上のように、多段CIモードでは、負荷Tに応じた比較的多量の燃料を複数回(前段噴射Paおよび後段噴射Pb)に分けて噴射することで、別々の空間に混合気(X1,X2)を形成し、それらを独立して自着火、燃焼させるようにしている。このような多段CIモードが実行される上記高負荷領域βでは、分割噴射された燃料が混じり合って同時に燃焼してしまうことがないため、筒内圧力の急上昇による燃焼騒音の増大や、局所的な酸素不足によるスートの増大を招く心配がない。しかも、前段噴射Paおよび後段噴射Pbに基づく混合気X1,X2は、それぞれ局所的にλ=1程度の空気過剰率に設定されるので、そのような環境下の燃焼により生成された排気ガスであれば、三元触媒のみによって十分に有害成分の浄化できるという利点がある。
【符号の説明】
【0139】
1 エンジン
10 PCM(制御手段)
14 ピストン
16 吸気ポート
19 燃焼室
25 点火プラグ
50 EGR通路
54 排気還流手段
57 ポート燃料噴射手段
62 筒内燃料噴射手段
67 直噴インジェクタ
68 ポートインジェクタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸気ポートに燃料を噴射するポート燃料噴射手段と、燃焼室の中心部に燃料を噴射する筒内燃料噴射手段とを備えた火花点火式ガソリンエンジンであって、
エンジンの低負荷域では、上記ポート燃料噴射手段により吸気行程で吸気ポートに燃料を噴射して理論空燃比よりもリーンで均質な混合気を形成し、この混合気をピストンにより圧縮して自着火させる燃焼状態とし、
エンジンの高負荷域では、上記筒内燃料噴射手段から30MPa以上の燃圧で圧縮行程から膨張行程初期までの間に燃料を燃焼室内に噴射して上記低負荷域よりもリッチな混合気を形成し、この混合気に圧縮上死点近傍で点火して圧縮上死点よりも所定期間遅れたタイミングで急速燃焼させるように制御し、
あるいは圧縮行程中で燃焼室内に燃料を噴射して燃焼室の外周部に燃焼室の中心部よりもリッチな混合気を形成する前段噴射と、圧縮行程後期から膨張行程初期までの間の所定時期に燃焼室内に燃料を噴射して燃焼室の中心部に上記前段噴射の実行時よりもリッチな混合気を形成する後段噴射との少なくとも2回に分けて燃料を多段噴射するとともに、その噴射された燃料と空気との混合気を自着火させて圧縮自己着火燃焼させるように制御する制御手段を備えたことを特徴とする火花点火式ガソリンエンジンの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の火花点火式ガソリンエンジンの制御装置において、
上記筒内燃料噴射手段は、エンジンの回転によって駆動される高圧燃料ポンプを備えたことを特徴とする火花点火式ガソリンエンジンの制御装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の火花点火式ガソリンエンジンの制御装置において、
上記エンジンの低負荷域で圧縮自己着火燃焼とする制御の実行時に、筒内燃料噴射手段の燃料圧力を予め高めて維持するように構成したことを特徴とする火花点火式ガソリンエンジンの制御装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の火花点火式ガソリンエンジンの制御装置において、
上記エンジンの高負荷域で、エンジン回転数が上昇するのに応じて上記筒内燃料噴射手段から燃焼室内に噴射される燃料の噴射圧力を高めるように構成したことを特徴とする火花点火式ガソリンエンジンの制御装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の火花点火式ガソリンエンジンの制御装置において、
燃焼室から導出された排気ガスを吸気系に還流させる排気還流手段を備え、
上記エンジンの高負荷域で、排気還流手段を介して吸気系に還流される排気還流量に応じて上記筒内燃料噴射手段から噴射される燃料の噴射圧力を調節するように構成したことを特徴とする火花点火式ガソリンエンジンの制御装置。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の火花点火式ガソリンエンジンの制御装置において、
上記ポート燃料噴射手段は、燃料タンクの燃料を吸気ポートに向けて噴射する低圧燃料ポンプを備え、
上記低圧燃料ポンプから吐出され燃料を、上記筒内燃料噴射手段の高圧燃料ポンプに供給するように構成したことを特徴とする火花点火式ガソリンエンジンの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2012−207631(P2012−207631A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−75347(P2011−75347)
【出願日】平成23年3月30日(2011.3.30)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】