説明

耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材およびその製造方法

【課題】半導体加工装置用部材として好適なエロージョン性に優れるサーメット溶射皮膜被覆部材とその製法を提供する。
【解決手段】Ni及びNi−Cr系Ni基合金を主成分とする金属10〜90mass%とAl3、、YAG等からなる酸化物90〜10mass%のサーメット溶射材料を用いて、各種プラズマ溶射法によって気孔率0.4〜10%、膜厚50〜500μmの皮膜を被覆形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材およびその製造方法に関し、とくにハロゲンやハロゲン化合物が存在する環境下でプラズマエッチングする時に発生する微細なパーティクルの抑制とその除去することが求められている半導体加工装置に使用して有用な表面処理技術についての提案である。
【背景技術】
【0002】
半導体加工プロセスあるいは液晶製造プロセスにおいて使用されるドライエッチャーやCVD、PVDなどの加工装置類は、シリコンやガラスなどの基板回路の高集積化に伴う微細加工やその精度向上の必要性から、加工環境について一段と高い清浄性が求められている。
【0003】
その一方で、微細加工用の各種プロセスにおいては、弗化物、塩化物をはじめとする腐食性の強い有害ガスあるいは水溶液が用いられるため、これらのプロセスで使用されている部材類は、腐食損耗の速度が速く、そのため、腐食生成物による二次的な環境汚染も無視できない状況下にある。
【0004】
一般に、半導体ディバイスは、その素材が、SiやGa、As、Pなどからなる化合物半導体を主体としたものであり、これらの製造工程の多くは、真空もしくは減圧下で処理されるいわゆるドライプロセスに属し、こうした環境の中において、成膜、不純物の注入、エッチング、アッシング、洗浄などの処理が繰り返し行なわれる作業である。
【0005】
このようなドライプロセスに属する装置、部品類としては、酸化炉や、CVD装置、PVD装置、エピタキシャル成長装置、イオン注入装置、拡散炉、反応性イオンエッチング装置、プラズマエッチング装置およびこれらの装置に付属している配管、給排気ファン、真空ポンプ、バルブ類などがある。そして、これらの装置類は、次に示すような腐食性の強い薬剤やガスの使用が知られている。基本的には、BFやPF、PF、NF、WF、HFなどの弗化物、BClやPCl、PCl、POCl、AsCl、SnCl、FiCl、SiHCl、SiCl、HCl、Clなどの塩化物、HBrなどの臭化物、NHやClFなどである。
【0006】
ところで、これらのハロゲン化物を用いるドライプロセスでは、反応の活性化と加工精度向上のため、しばしばプラズマ(低温プラズマ)が用いられる。プラズマ使用環境において、各種のハロゲン化物は、腐食性の強い原子状またはイオン化したF、Br、Iとなって半導体素材の微細加工に大きな効果を発揮する。その一方で、プラズマ処理(特に、プラズマエッチング処理)された半導体素材の表面からは、エッチング処理によって削りとられた微細なSiOやSi、Si、Wなどのパーティクルが気相中に浮遊し、これらが加工中あるいは加工後のディバイスの表面に付着して、製品品質を著しく低下させるという問題がある。
【0007】
これらの対策の一つとして、被加工物表面をアルミニウム陽極酸化物(アルマイト)によって表面処理する方法がある。その他、Al、Al−TiO、Yなどの酸化物、あるいは周期律表IIIa族金属の酸化物を、溶射法や蒸着法(CVD法、PVD法)などによって、該被加工物表面を被覆したり、また焼結材として利用する技術もある。(特許文献1〜5)
【0008】
さらに最近では、Y、Y−Alの溶射皮膜表面をレーザービームや電子ビームを照射して該溶射皮膜の表面を再溶融することによって、耐プラズマエロージョン性を向上させる技術も出現している。(特許文献6〜9)
【0009】
以上のような溶射皮膜の表面にレーザービームや電子ビームなどの高エネルギーを照射し、皮膜表面の溶射粒子を再溶融するという技術思想は、特許文献10に代表されるように、皮膜表面に存在する気孔(特に貫通気孔)を消滅させることによって、腐食成分の内部への侵入を防止するというものである。また、特許文献11のように、ZrO系セラミック溶射皮膜の表面を高エネルギー照射して再溶融現象を利用し、冷却・凝固過程において、溶融部が収縮する際に発生する縦割れを熱衝撃時に発生する急激な応力の緩衝体として利用しようとする提案もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特公平6−36583号公報
【特許文献2】特開平9−69554号公報
【特許文献3】特開2001−164354号公報
【特許文献4】特開平11−80925号公報
【特許文献5】特開2007−107100号公報
【特許文献6】特開2005−256093号公報
【特許文献7】特開2005−256098号公報
【特許文献8】特開2006−118053号公報
【特許文献9】特開2007−217779号公報
【特許文献10】特開昭61−104062号公報
【特許文献11】特開平9−316624号公報
【特許文献12】特開2006−118053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上掲の従来技術、とくに半導体加工装置用部材などに用いられる溶射被覆部材、とくに部材表面に被覆されている溶射皮膜については次に示すような解決すべき技術的課題があった。
a. 溶射法によって形成されたAl、Y、YAG(YとAlの複酸化物)などの酸化物(酸化物系セラミック)皮膜をはじめ、Ni、Ni−Cr合金などの皮膜は、ハロゲンによるプラズマエッチング環境において、比較的良好な耐久性を示す。しかし、一般的な溶射皮膜は、基本的に貫通気孔が多く存在いているため、その気孔から、ガスや薬剤が侵入して皮膜内部の腐食損傷を招くという致命的な欠点となることが少なくない。
b. 上記溶射皮膜の欠点を改善するため、酸化物溶射皮膜の表面に対して電子ビームやレーザービームなどの高エネルギー照射を施す技術が提案されている。しかし、この技術の場合、照射時には皮膜表面が完全に溶融して緻密化するもの、冷却過程において体積の収縮現象によって、該皮膜照射面に“ひび割れ”が発生し、これが新しい皮膜貫通気孔の役割を果すことになるため、完全な封孔対策となっておらず、トップコートとしての機能を果せないという問題がある。
c. また、酸化物系セラミック溶射皮膜表面における高エネルギー照射処理に起因する“ひび割れ”は、発生当初は微小であっても、使用環境中において、加熱と冷却の条件が繰り返されると、そのひび割れが次第に大きく、かつ深く成長するため、皮膜内部へのガス・薬液類の侵入防止として不十分である。
d. 酸化物系セラミック溶射皮膜表面への高エネルギー照射処理は、工程の増加と製品コストの上昇を招くという課題もある。
【0012】
本発明の目的は、多孔質溶射皮膜が抱えている前記課題のない、耐プラズマエロージョン性に優れる、半導体加工装置用の溶射皮膜被覆部材とその製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上掲の技術的課題を克服すること、および上記目的を実現するために、以下に要約するような新規な着想の下に開発した技術である。
(1) 耐食性に優れる溶射皮膜被覆部材を製造するために、本発明では、延性が大きくかつ割れ感受性の小さい金属・合金(以下、「合金」を含めて金属という)と酸化物(酸化物系セラミック)の混合粉末からなるサーメット材料を溶射してサーメット溶射皮膜を被覆形成すること。
(2) サーメット溶射皮膜の構成金属成分として、本発明では、延性が大きくかつ割れ感受性の小さい金属として、NiあるいはNi−Cr系Ni基合金を用い、酸化物としては、Al、Y、Al−Y複酸化物、および原子番号57〜71に属するランタノイド系元素から選ばれる1以上の金属の酸化物、のうちのいずれかの酸化物を用いる。これらの構成成分からなるサーメット溶射皮膜の好ましい組成としては、金属成分を10〜90mass%、酸化物成分を90〜10mass%とし、この皮膜は80〜500μmの厚さとなるように被覆形成すること。
(3) 前記サーメット材料を用いて、基材側ほど酸化物を多く、また皮膜の表面側ほど酸化物を多く含むなど、金属と酸化物の含有量を傾斜的に配合した組成のサーメット溶射皮膜を被覆形成すること。
(4) 前記サーメット溶射皮膜の形成には、大気プラズマ溶射法や減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法及び爆発溶射法から選ばれるいずれかの溶射法によって50〜500μmの厚さのサーメット溶射皮膜を被覆形成すること。
【0014】
前述の知見に基づき開発した本発明は、基材の表面に、溶射皮膜を被覆形成してなる部材において、その溶射皮膜が、90〜10mass%のNiまたはNi−Cr系Ni基合金と、10〜90mass%のY、Al、YAGおよび原子番号57〜71のランタノイド系元素から選ばれる1種以上の金属の酸化物と、からなるサーメッ溶射皮膜であることを特徴とする耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材である。
【0015】
また、本発明は、基材の表面に、90〜10mass%のNiまたはNi−Cr系Ni基合金と、10〜90mass%のY、Al、Y−Alおよび原子番号57〜71のランタノイド系元素から選ばれる1種以上の金属の酸化物と、からなるサーメット溶射材料を溶射して、膜厚50〜500μmの厚さのサーメット溶射皮膜を形成することを特徴とする耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材の製造方法を提案する。
【0016】
なお、前記のように構成される本発明においては、さらに下記の構成を採用することが、より好ましい実施の形態となる。
(1) 前記サーメット溶射皮膜は、粒径がそれぞれ5〜60μmである金属および酸化物からなる溶射材料を溶射し、気孔率:0.4〜10%、膜厚:50〜500μmとなるように形成された皮膜であること。
(2) 前記サーメット溶射皮膜は、皮膜の表面側ほど金属成分が多く、基材側ほど酸化物成分が多くなるように、金属と酸化物の配合割合を傾斜的に変化させた皮膜であること。(3) 基材の表面に、90〜10mass%のNiまたはNi−Cr系Ni基合金が用いられる金属と、10〜90mass%のY、Al、Y−Alおよび原子番号57〜71のランタノイド系元素から選ばれる1種以上の金属の酸化物とからなるサーメット溶射材料を溶射して、膜厚50〜500μmの厚さのサーメット溶射皮膜形成すること。
【発明の効果】
【0017】
本発明の効果を列挙すると次の通りである。
(1) Al、Y、YAGなどの酸化物のみからなる溶射皮膜と同等の耐プラズマエロージョン性を有しながら、酸化物系セラミック溶射皮膜単独のものに比較して、同じ溶射方法であれば、はるかに小さい気孔率の皮膜となる。その結果、気孔から侵入するガスや薬液に起因する皮膜内部の腐食損傷の発生率を低減することができる。
(2) Ni及びNi基合金などからなる金属単独の溶射皮膜に比較しても、はるかに高い耐摩耗性を発揮する。
(3) 本発明に係るサーメット溶射皮膜を構成する金属成分と酸化物系セラミックの種類とその含有量をそれぞれ変化させ、選択することによって、用途に適した性質と性能を有する皮膜の形成が可能となる。
(4) 前記溶射材料成分の配合に加え、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法などの溶射法の選択と溶射条件の調整などを組合せることによって、溶射成膜状態においても、低気孔率から高気孔率皮膜、耐食性、耐プラズマエロージョン性、耐摩耗性などの要求に適した溶射皮膜の形成が可能である。
(5) 従来技術のような、Al、Y、YAGなどの酸化物系セラミックの溶射皮膜の表面を、電子ビームやレーザービームなどの高エネルギー照射処理が不要になるため、製品コストを低減することができる。
(6) 酸化物系セラミック単独の溶射皮膜に比較すると、高い密着力と熱衝撃抵抗を示す他、高速フレーム溶射法または減圧プラズマ溶射法などによって形成される金属成分を多く含むサーメット溶射皮膜は、気孔率を低くすることが可能になるため、半導体部材のドライエッチング加工分野では、低コストの表面処理皮膜として採用できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例2にて供試した金属(Ni−50Cr)とYの割合を傾斜的に変化させたサーメット溶射皮膜の断面模式図である。(A)の皮膜構造は、皮膜表面側ほど金属成分が多く、(B)の皮膜構造は、逆に酸化物成分を多くした場合の例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る溶射皮膜被覆部材の製造方法について具体的に説明する。
(1) 成膜用溶射材料の選定
本発明において重要な構成である溶射皮膜の形成には、下記の如き金属と酸化物とからなるサーメット材料が用いられる。
【0020】
1. 金属:延性が大きくかつ割れ感受性の小さい金属として、NiあるいはNi−Cr系Ni基合金が好適である。Ni−Cr系Ni基合金におけるCr含有量は、Ni−10〜80mass%Cr合金の組成を有するものが好適である。Ni−Cr系Ni基合金に含まれる他の成分の許容量は次の通りである。
(イ). Fe:Feの許容量は15mass%以下である。具体的には、Ni−Cr系Ni基合金に含まれる、Cr含有量が20mass%を超える場合、Feは15mass%であっても合金の耐食性は余り低下しないが、Cr含有量が20%未満の合金においては、耐食性の低下、特に塩酸による侵食量が増加するので好ましくない。
(ロ). Mo:Ni−Cr系Ni基合金にMoが含まれていると、酸に対する抵抗が著しく増加する。特に、半導体加工用装置の洗浄に使用される塩酸に対して強く、サーメット溶射皮膜の金属成分として用いた場合においても、耐プラズマエロージョン性に悪影響を与えないので好都合である。Moの含有量は18mass%を上限とし、下限は2mass%程度の含有量でも耐食性を向上させる効果がある。
(ハ). Al、Co、Si、W、Ti、Cu:これらの金属成分は、特に規定しないが、それぞれ5mass%未満であることが好ましい。具体的には、Alは酸にもアルカリにも溶出し、Siは酸には強いがアルカリに溶解し、Coは酸に弱く、W、Cuは重金属成分として僅かな量でも装置内を汚染して、半導体加工製品の品質を低下するので、好ましくない。
2. 酸化物:元素の周期律表IIIb族のAlの酸化物、例えばAl、Yの酸化物、例えばYおよび原子番号57〜71に属するランタノイド系元素などによる金属の酸化物をはじめ、Y−Alの混合酸化物、YAGで表示される複酸化物なども好適に用いられる。
【0021】
(2) サーメット溶射粉末材料の組成
前記の金属と酸化物の粒子とは、これらを直接混合してなるサーメット混合溶射材料としたものが使用できるが、その他、金属および酸化物をそれぞれ、粒径3〜40μmの粉末とし、これらをビニルなどの高分子粘結剤を用いて予め粒径5〜60μmに造粒し、乾燥したもの、あるいはさらに、真空中又は不活性ガス雰囲気中で加熱して焼結したものが使用できる。なお、金属と酸化物の混合割合は、皮膜の使用目的に応じて、金属を10〜90mass%、酸化物を90〜10mass%になるように調整する。好ましくは、金属を20〜50mass%、酸化物を80〜50mass%にする。
【0022】
(3) 金属成分と酸化物成分濃度を変化させた皮膜の形成
一般に金属は、酸化物に比較すると、軟化点、融点が低いため、プラズマや燃焼フレームなどの溶射熱源中において短時間内に加熱変形が容易な状態になり、基材表面に衝突した際にも大きな変形率によって、偏平粒子からなる積層皮膜を形成しやすい特徴がある。
【0023】
その一方で、大気中での溶射では、酸化され易く粒子の表面に酸化物を生成した状態で成膜することとなり、粒子間結合力の低下原因ともなることが知られているが、本発明では、この対策として高速フレーム溶射法のように、熱源中で加熱される時間を極力短くしたり(例えば、1/1000秒)また、実質的に酸素(空気)を含まないArガスの雰囲気中で成膜する減圧プラズマ溶射法を適用することによって、前記問題を回避した。
【0024】
さらに、本発明では、金属成分と酸化物成分との量が異なる皮膜を形成することができるので、皮膜の用途、目的に応じて金属成分/酸化物成分の混合比(濃度比)を変化させることができる。例えば、図1−(A)は皮膜の表面ほど金属成分が多く、図1−(B)は表面ほど酸化物成分の多い皮膜を形成する場合の皮膜断面模式図を示したものである。本発明の溶射皮膜の構造は、図1に限定されることなく、必要に応じて図1−(A)の最表層の上に酸化物成分の多い皮膜(例えば図1−(B)の最下層皮膜)、また図1−(B)の最表層部の上に図1−(A)の最上層皮膜の形成も可能であることから、要求皮膜性能に応じたサーメット溶射皮膜の形成が可能であることがわかる。
【0025】
(4) 溶射方法
前記サーメット溶射粉末材料を用いて、大気プラズマ溶射法や減圧プラズマ溶射法、高速フレーム溶射法、爆発溶射法などによって、膜厚50〜500μmのサーメット溶射皮膜を形成する。膜厚が50μm未満では、形状の複雑な部材への均等な成膜が困難であり、一方、500μmより厚いと、その効果が飽和して経済的でない。なお、サーメット溶射皮膜は、基材の表面を所定の前処理(例えば、脱脂、異物の除去、ブラスト処理など)を施した後、直接形成することができる。ただし、酸化物含有量の多いサーメット溶射皮膜を形成する場合には、NiあるいはNi−Cr系Ni基合金をアンダーコートとして施工することが好ましい。
なお、溶射皮膜を形成するための基材は、Alおよびその合金、Tiおよびその合金、炭素鋼、ステンレス鋼のような特殊鋼をはじめ、石英、黒鉛などの炭素質、酸化物および窒化物などの焼結材などが使用できる。
【0026】
(5) 溶射法とサーメット溶射皮膜の気孔率の関係
溶射法と金属含有量の異なるAl溶射皮膜の気孔率の関係について実験した結果を表1に示した。表1に示す結果から明らかなように、Al溶射皮膜の気孔率は、大気プラズマ溶射法で8〜12%、高速フレーム溶射法で6〜10%を示し、溶射法の選択だけでは緻密な皮膜の形成は困難であることがわかる。ただ、減圧プラズマ溶射法で形成された溶射皮膜では気孔率の観察視野によっては、0.5%の気孔率も観測されたが、7%前後の高い気孔率も見られた。
【0027】
一方、AlにNi等の金属を添加し、またその添加量を多くすると、いずれの溶射法による皮膜であっても、気孔率は低下し、皮膜は緻密化が顕著になる。金属Niのみの溶射皮膜は、最も低い気孔率を示すことが確認されたが、この原因は、融点の低いNi(融点約1450℃)は、溶射熱源中で溶融しやすく、また、基材表面に衝突した際においても大きく偏平するので、この偏平粒子の堆積層である皮膜は気孔の小さい皮膜を形成しやすいものと思われる。しかし、その一方で金属Niの溶射皮膜は軟質であるため、耐摩耗性に乏しい欠点があるが、この性質は、溶射法によって解決することはできない。
【0028】
一方、本発明に係るサーメット溶射皮膜(金属:10〜90mass%、酸化物:90〜10mass%)の気孔率は、大気プラズマ溶射法でも4〜10%以下、減圧プラズマ・高速フレーム溶射法で0.4〜5.0%である。即ち、高エネルギー照射処理を施さなくても、0.4%程度の気孔率の形成も可能であることが推測される。とくに、減圧プラズマ溶射法や高速フレーム溶射法で成膜すれば、緻密な皮膜の形成が可能である。この程度の気孔率であれば、高エネルギー照射処理した酸化物溶射皮膜の表面で発生する“ひび割れ”現象に比較すると、実用上問題となることはない。
【0029】
【表1】

【実施例1】
【0030】
この実施例は、サーメット溶射皮膜の一般的な耐食性について調査した。
(1) 供試基材:供試基材として、SS400鋼(寸法:50mm×70mm×3.2mm)を用いた。
(2) 供試皮膜:本発明の溶射皮膜ではNiを20mass%−Crを60mass%の金属および酸化物(Al、Y、YAG)からなるサーメット溶射皮膜を大気プラズマ溶射法によって、基材表面に直接、100μmの厚さに形成した。また、比較例の溶射皮膜として、基材に直接、前記Al、Y、YAG単独の皮膜を、それぞれ100μmの厚さに形成したものを準備した。
(3) 腐食試験:溶射皮膜は、JISZ2371規定の塩水噴霧試験に供し、試験開始から50h後、100h後、300h後ごとに、皮膜の外観を目視観察し、赤さびの発生の有無によって、耐食性を評価した。なお、すべての皮膜試験片の裏面部と端面部には市販の防食塗料を塗布し、皮膜のみが塩水に曝露されるようにした。
(4) 試験結果
試験結果を表2に示した。この結果から次のようなことが確認できる。
Alなどの酸化物の溶射皮膜(No.1〜3)では、塩水噴霧試験後50hから赤さびの発生が認められ、300h後では多量の赤さびが皮膜の30%以上を占めた。これに対して、金属成分を含むサーメット溶射皮膜(No.4〜6)では、50h後では赤さびの発生は見られず、100h後になって、皮膜が部分的に変色する程度であり、比較例の皮膜に比し、耐食性に優れていることが判明した。これらの原因は、サーメット溶射皮膜は、気孔率(特に貫通気孔)が酸化物溶射皮膜に比較して小さいため、皮膜内部へ侵入する塩水量が相対的に少なくなった結果と考えられる。
【0031】
【表2】

【実施例2】
【0032】
この実施例では、本発明に係るサーメット溶射皮膜の耐熱衝撃性を調べた。
(1) 供試基材:耐食性試験用には実施例1に記載のAl合金、耐熱衝撃性試験用には、SUS304鋼(寸法:50mm×50mm×3.2mm厚さ)を用いた。
(2) 供試皮膜:金属成分(Ni−20Cr合金)を60mass%と酸化物成分としてAl、Y、YAGをそれぞれ40mass%とを含むサーメット溶射材料を大気プラズマ溶射法によって、基材の表面に、直接100μmの厚さに形成した。なお、比較用皮膜として、基材に直接またはNi−20Al合金のアンダーコートを施工後、その上にトップコートとして、Al、Y、YAG酸化物の溶射皮膜をそれぞれ100μmの厚さに形成したものを準備した。
(3) 熱衝撃試験:供試皮膜の熱衝撃試験は、皮膜試験片を電気炉中で500℃×20分間加熱後、炉外に取り出して送風機で、室温(25℃)まで冷却する操作を1サイクルとして計10サイクルの試験を行った。1サイクルごとに皮膜表面を目視及び拡大鏡(8倍)を用いて視察し、皮膜の割れ、剥離などの有無を調査した。
(4) 試験結果
試験結果を表3に示した。この結果から明らかなように、比較例の皮膜(No.1〜3)のように、基材表面にAl、Y、YAG皮膜を直接形成したものは、すべての皮膜が5〜6サイクルの熱衝撃試験によって剥離した。これに対して、Ni−Al合金のアンダーコートを施工した酸化物溶射皮膜(No.4〜6)は、1部を除いて(No.4)、10サイクルの熱衝撃試験試験によく耐え、良好な密着性を維持していた。即ち、酸化物溶射皮膜はアンダーコート上に積層することのみによって高い熱衝撃特性を発揮することがわかる。これに対し、本発明に係るサーメット溶射皮膜(No.7〜9)は、前記アンダーコートを介在させた酸化物溶射皮膜の場合と同等以上の熱衝撃特性を発揮しており、皮膜に含まれている金属成分は基材との密着性向上にも寄与していることが確認された。
【0033】
【表3】

【実施例3】
【0034】
この実施例では、本発明に係るサーメット溶射皮膜を構成する金属成分と酸化物成分の配合比を変化させた皮膜について、その熱衝撃性能と耐プラズマエロージョン性について調査した。
(1) 供試基材:実施例2と同じ基材を用いた。
(2) 供試皮膜:性膜材料として、下記金属成分とY酸化物成分の配合っ割合をそれぞれ10〜90mass%の範囲に調整した粉末を用い、高速フレーム溶射法によって膜厚150μmの皮膜を形成した。
1 金属成分:Ni−50Cr系Ni基合金
2 酸化物成分:Y
3 上記金属/Yの割合い(質量比):それぞれ10/90、30/70、70/30、90/10
なお、比較例の皮膜としてY(大気プラズマ溶射法)Ni−50Cr合金(高速フレーム溶射法によって膜厚150μmに成膜した試験片を準備した。
(3) 熱衝撃試験:実施例2と同じ方法と条件で実施した。
(4) 耐プラズマエロージョン試験方法:供試皮膜の表面を10mm×10mmの範囲が露出するように、他の部分をマスクし、下記条件にて20時間照射した後、エロージョン損傷量を触針式粗さ計にて計測し深さ方向の侵食度によって評価した。減肉厚さとして求めた。
a. ガス雰囲気と流量条件
CF、Ar、Oの混合ガスを1分間当り、CF(100cm)/Ar(1000cm/O(10cm))の割合で流した。
b. プラズマ照射出力
高周波電力:1300W、環境圧力:133.3Pa
(5) 試験結果:試験結果を表4に要約した。この結果から次のようなことが明らかとなた。
1 耐熱衝撃性:基材の表面に直接、Y溶射皮膜を形成した試験片(No.1)は、8サイクルの熱衝撃試験で皮膜が剥離し、熱サイクル条件下における皮膜の密着性が低いことが認められる。また、Ni−50mass%Cr合金を含む溶射皮膜(No.2)は良好な密着性を発揮し、10サイクルの熱衝撃試験によっても皮膜の剥離は見られなかった。また、金属成分を含むY溶射皮膜も、今回供試した配合割合の範囲内では、いずれも10サイクルの熱衝撃試験では皮膜に割れの発生もなく、試験前と同様な外観状況を呈し異常は認められなかった。即ち、密着性の弱いYセラミックに金属成分を添加することによって、皮膜の密着性が向上することが明らかである。
2 耐プラズマエロージョン性:比較例のYエロージョン損傷量7.5μmに比較すると金属成分のみの皮膜(No.2)の損失量が最も大きいことが明らかとなったが、損失量の絶対値としてはそれほど多くない。本発明に係る金属成分とYからなるサーメット溶射皮膜(No.3〜7)は、いずれもYのエロージョン損失量と同等の損失量を示しY皮膜部材が適用されている環境装置に対し、十分な性能を保有していることがうかがえる。
【0035】
【表4】

【実施例4】
【0036】
この実施例では、金属成分としてNi、酸化物成分としてランタノイド系元素の酸化物を含むサーメット溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性について調べた。
(1) 供試基材:供試基材としてJISH4000規定のA3003合金(寸法:幅30mm×長さ50mm×厚さ3.2mm)を用いた。
(2) 供試皮膜:供試皮膜として、金属Niと酸化物としてランタノイド系元素の酸化物を40/60(質量比)に混合した材料を高速フレーム溶射法によって120μmの厚さに施工した。また、比較例の溶射皮膜としてランタノイド系元素の酸化物のみからなるセラミックを減圧プラズマ溶射法によって120μmの厚さに被覆形成した試験片を作製した。
(3) 耐プラズマエロージョン試験:実施例3と同じ方法と条件で実施した。
(4) 試験結果:試験結果を表5に要約した。この結果によると比較例の酸化物のみからなる溶射皮膜(No.1〜5)のエロージョン損失量は6.8〜7.5μmの範囲にあるが、本発明に係るNiを含むサーメット溶射皮膜(No.6〜10)のエロージョン損失量は、6.8〜7.2μmにとどまっており、前者に匹敵する耐プラズマエロージョン性を発揮することが判明した。
【0037】
【表5】

【実施例5】
【0038】
この実施例では、サーメット溶射皮膜を構成する金属成分と酸化物成分の種類を変化させた場合の耐プラズマエロージョン性を調査した。
(1) 供試基材:実施例4と同じAl合金を用いた。
(2) 供試皮膜:供試皮膜を構成する金属成分と酸化物成分の種類を下記の通り変化させた(数字はmass%を示す)
発明例: 金属成分:Ni、Ni−20Cr、Ni−50Cr
酸化物成分:Al、Y、YAG
比較例: 金属成分:Cu、Cr、SUS304
酸化物成分:Al、Y、YAG、Cr、8Y・ZrO、Al−40TiO
なお、金属成分/酸化物成分の割合は40/60とし、大気プラズマ溶射法によって、膜厚120μmの皮膜を形成させた。
(3) 耐プラズマエロージョン試験方法:実施例3と同じ方法、条件で試験した。
(4) 試験結果:試験結果を表6に示した。この表に示す結果から明らかなように、酸化物成分として耐プラズマエロージョン性に優れたAl、Y、YAGなどを用いても、金属成分がCu、Cr、SUS304からなるサーメット皮膜(No.1〜3)では耐プラズマエロージョン性は乏しく、また、Ni及びその合金とCr、8Y・ZrO、Al・40TiOからなるサーメット溶射皮膜(No.4〜6)もエロージョン損失量が大きくなっている。これに対し、本発明に係るNi及びその合金とAl、Y、YAGなどとのサーメット溶射皮膜(No.7〜9)は、エロージョン損失量が少なく、耐プラズマエロージョン性に優れていることが判明した。即ち、本発明に係るサーメット溶射皮膜は、皮膜を構成する金属成分と酸化物成分の両者がともに耐プラズマエロージョン性に優れていることが確認された。
【0039】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の技術は、デポシールド、バッフルプレート、フォーカスリング、インシュレータリング、シールドリング、ベローズカバーなどの半導体加工装置用部材の耐プラズマエロージョン用被覆として好適である。また、本発明の皮膜は、Si薄膜やSi薄膜への加工品などの搬送用部材の表面処理としても好適であり、特にドライプロセス加工分野での使用に適している。また、本発明の技術と皮膜は、化学工業プラント、石油化学プラント用部材の耐食性、耐摩耗性表面処理としても有望である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に、溶射皮膜を被覆形成してなる部材において、その溶射皮膜が、90〜10mass%のNiまたはNi−Cr系Ni基合金と、10〜90mass%のY、Al、Y−Alおよび原子番号57〜71のランタノイド系元素から選ばれる1種以上の金属の酸化物と、からなるサーメッ溶射皮膜であることを特徴とする耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材。
【請求項2】
前記サーメット溶射皮膜は、粒径がそれぞれ5〜60μmである金属および酸化物からなる溶射材料を溶射し、気孔率:0.4〜10%、膜厚:50〜500μmとなるように形成された皮膜であることを特徴とする請求項1に記載の耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材。
【請求項3】
前記サーメット溶射皮膜は、皮膜の表面側ほど金属成分が多く、基材側ほど酸化物成分が多くなるように、金属と酸化物の配合割合を傾斜的に変化させた皮膜であることを特徴とする請求項1または2に記載の耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材。
【請求項4】
基材の表面に、90〜10mass%のNiまたはNi−Cr系Ni基合金と、10〜90mass%のY、Al、Y−Alおよび原子番号57〜71のランタノイド系元素から選ばれる1種以上の金属の酸化物と、からなるサーメット溶射材料を溶射して、膜厚50〜500μmの厚さのサーメット溶射皮膜を形成することを特徴とする耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材の製造方法。
【請求項5】
前記サーメット溶射皮膜は、皮膜の表面側ほど金属成分が多く、基材側ほど酸化物成分が多くなるように、金属と酸化物の配合割合を傾斜的に変化させた皮膜であることを特徴とする請求項4に記載の耐プラズマエロージョン性に優れる溶射皮膜被覆部材の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−67365(P2012−67365A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−214183(P2010−214183)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】