説明

表面被覆切削工具

【課題】本発明の目的は、基材と被覆層との密着性が向上した表面被覆切削工具を提供することにある。
【解決手段】本発明の表面被覆切削工具は、超硬合金からなる基材とそれを被覆する1層以上の被覆層とを備えるものであって、該基材は、該被覆層と接する表面部にWとCoとの複炭化物を主成分とする、厚みが0.005μm以上0.1μm未満の基材表面層を有し、該被覆層のうち上記基材と接する最下層は、厚みが0.005μm以上0.1μm以下であり、かつ化学式M1-XX(ただし、MはTi、Zr、Hf、Ni、Al、Cr、Co、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Zは炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Xは原子比を示し、0<X≦0.5である。)で示される第1化合物を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超硬合金からなる基材上に被覆層を形成した表面被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、表面被覆切削工具の寿命を向上させることが求められており、その対策の一つとして超硬合金などの基材と被覆層との密着性を向上させる試みが多数提案されている。
【0003】
たとえば特許文献1および特許文献2においては、基材を構成するCo等の成分を被覆層中に拡散させることにより、基材と被覆層との密着性を向上させることが提案されている。しかし、このように基材の構成成分が被覆層中に拡散したり、あるいは基材の構成成分と被覆層を形成するためのガス成分とが反応すると、基材の最表面にη層と呼ばれる極薄層が形成されたり、基材と被覆層との界面領域に基材成分による厚い拡散層が形成される。そして、このような極薄層や拡散層が形成されると、それらの近辺領域で基材が脆化するという現象が発生し、これにより基材と被覆層との密着性が低下するという問題があった。
【0004】
一方、特許文献3においては、基材と被覆層との密着性を向上させるために、基材に接する被覆層の最下層をCoの金属間化合物で構成することが提案されている。この提案により、基材と被覆層との密着性をある程度向上させることが可能であるものの、昨今の切削加工技術においては表面被覆切削工具に対して極めて高度な性能が要求されており、基材と被覆層との密着性をさらに高めることにより工具寿命を向上させることが要求されている。
【0005】
また一方、上記のような被覆層を化学蒸着法により形成すると、その形成時において基材の最表面に上述の通りη層と呼ばれる極薄層が形成される。このη層の生成は、基材と被覆層との密着性を低下させるという問題があるため、このη層を形成させない方法が種々検討されたところ、η層を全く形成させないよりも0.1〜2μmの厚みでη層を形成させる方が基材と被覆層との密着性が向上するとの提案がなされている(特許文献4)。
【0006】
しかしながら、この提案によっても、基材と被覆層との密着性をある程度向上させることが期待されるものの、昨今の切削加工技術においては表面被覆切削工具に対して極めて高度な性能が要求されており、基材と被覆層との密着性をさらに高めることにより工具寿命を向上させることが要求されている。
【特許文献1】特開平09−262705号公報
【特許文献2】特開2000−355777号公報
【特許文献3】特開平07−237011号公報
【特許文献4】特許第3460565号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような現状に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、基材と被覆層との密着性が向上した表面被覆切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の表面被覆切削工具は、超硬合金からなる基材とそれを被覆する1層以上の被覆層とを備えるものであって、該基材は、該被覆層と接する表面部にWとCoとの複炭化物を主成分とする、厚みが0.005μm以上0.1μm未満の基材表面層を有し、該被覆層のうち上記基材と接する最下層は、厚みが0.005μm以上0.1μm以下であり、かつ化学式M1-XX(ただし、MはTi、Zr、Hf、Ni、Al、Cr、Co、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Zは炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Xは原子比を示し、0<X≦0.5である。)で示される第1化合物を含むことを特徴とする。
【0009】
ここで、上記被覆層は、上記最下層上に形成される1層以上の硬質層を含み、該硬質層は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成されることが好ましい。
【0010】
また、上記硬質層は、化学蒸着法により形成されるTiCNを主成分とする層を含むことが好ましく、またα−アルミナまたはκ−アルミナを含む層を含むことが好ましい。
【0011】
また、上記最下層と上記硬質層との間には、組成傾斜層が形成され、該組成傾斜層は、上記最下層の組成から上記硬質層の組成へと厚み方向にその組成が変化する層であることが好ましい。また、上記基材は、炭化タングステン、鉄系金属、および第3成分を含む超硬合金であって、該第3成分は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、および/または周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の表面被覆切削工具は、上記の通りの構成を有することにより、基材と被覆層との密着性が飛躍的に向上したものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<表面被覆切削工具>
本発明の表面被覆切削工具は、超硬合金からなる基材とそれを被覆する1層以上の被覆層とを備えるものである。このような構成を有する本発明の表面被覆切削工具は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用刃先交換型切削チップ等として極めて有用である。
【0014】
<基材>
本発明の基材は、超硬合金からなるものである。このような超硬合金は、この種の表面被覆切削工具の基材として用いられる従来公知のものを特に限定することなく使用することができる。たとえば、WCとCoとを主成分として含むWC基超硬合金をこのような超硬合金として挙げることができる。このようなWC基超硬合金は、さらにTi、Ta、Nb、V、Cr、Zr等の炭化物、窒化物、炭窒化物等を含むことができる。
【0015】
そして、本発明のこのような基材は、特に炭化タングステン、鉄系金属、および第3成分を含む超硬合金であって、該第3成分は、周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、および/または周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素であることが好ましい。このような組成の基材を用いることにより、耐摩耗性と耐欠損性とを兼備することができるという効果が得られる。
【0016】
ここで、上記鉄系金属(2種以上含まれる場合はその合計量)は、基材全体に対して3重量%以上25重量%以下とすることが好ましく、より好ましくはその上限が14重量%、その下限が3.5重量%である。3重量%未満では耐欠損性が低下する場合があり、25重量%を超えると耐塑性変形性が低下する場合がある。なお、鉄系金属として2種以上の元素を含む場合は、それらの配合比は特に限定されない。
【0017】
また、上記第3成分(2種以上含まれる場合はその合計量)は、基材全体に対して0.5重量%以上25重量%以下とすることが好ましく、より好ましくはその上限が10重量%、その下限が1重量%である。0.5重量%未満では耐塑性変形性が低下する場合があり、25重量%を超えると靭性が低下する場合がある。第3成分として2種以上の元素を含む場合は、それらの配合比は特に限定されない。
【0018】
なお、本発明において「鉄系金属」とは、鉄(Fe)、コバルト(Co)、およびニッケル(Ni)からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属をいう。また、Cr、V、およびZrについては、Co中に固溶している場合、または金属元素として単独で存在している場合は、このような鉄系金属として扱うものとする。ただし、Crについては、その含有量を0.3重量%未満とすることが好ましい。Crがこの範囲を超えて含有されると濡れ性を悪化させ空孔を発生させる原因となる。
【0019】
<基材表面層>
本発明の基材は、被覆層と接する表面部(すなわち被覆層との界面部)にWとCoとの複炭化物を主成分とする、厚みが0.005μm以上0.1μm未満の基材表面層を有する。このように基材の表面部において特定の厚みを有する基材表面層を形成したことにより、切削工具としての強度が飛躍的に向上したとともにこの基材表面層上に被覆層を積層させると基材と被覆層との密着性が飛躍的に向上したものとなる。
【0020】
この基材表面層の厚みが、0.005μm未満の場合、基材と被覆層との密着性向上の効果が低く、一方0.1μm以上となる場合も基材と被覆層との密着性向上の効果が低くなるとともにさらに強度が低下する場合もある。このように特定範囲の厚みを有する基材表面層を形成させた場合にのみ特異的に優れた効果が示される詳細なメカニズムは未だ十分に解明できていないが、恐らく基材表面層の厚みがこの範囲となる場合に被覆層とこの基材表面層との間で化学的な相互拡散が生じることによりこれら両者の密着性が向上するものと推測される。すなわち、基材表面層の厚みが0.005μm以下であるとこの相互拡散が有効に生じないと考えられる。一方、基材表面層の厚みが0.1μmを超えると、基材中においてこの基材表面層と基材表面層以外の部分との界面においてその界面部分の密着性が低下し、その結果として基材と被覆層との密着性が低下するものと推測される。
【0021】
このような基材表面層の厚みは、より好ましくはその上限が0.09μm、さらに好ましくは0.08μm、その下限が0.007μm、さらに好ましくは0.01μmである。このような基材表面層の厚みは、SEM(走査型電子顕微鏡)、TEM(透過型電子顕微鏡)等とEDS(蛍光X線元素分析)、EPMA(電子線マイクロアナライザ)等とを組み合わせる方法や、カロテスト(簡易精密膜厚測定機)で被覆層と基材との界面を露出させた後村上氏試薬でエッチング処理を行ない、それを金属顕微鏡で観察する等により測定することができ、また組成等の同定はX線回折により行なうことができる。
【0022】
なお、このような基材表面層は、基材全面の表面部(後に被覆層が形成された場合にその界面部となる部分の全面)に形成されていることが好ましいが、基材の表面部において(被覆層と接する界面部において)部分的に基材表面層が形成されていない場合であっても本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0023】
ここで、WとCoとの複炭化物とは、WSCoTU(式中、S、T、Uはそれぞれ独立して任意の正の数を表す)という一般式で示される化合物をいう。たとえばW3Co3C、W6Co6C、W4Co2C、W2Co4C、W9Co34、W10Co33.4等が挙げられる。しかしながら、これらの組成に関係なくいずれも同様の効果が示されるため、本発明においては特に組成を特定することなく単に「WとCoとの複炭化物」という表現を採用するものとする。このようなWとCoとの複炭化物は、この種の表面被覆切削工具の超硬合金基材において形成されるη層の組成と同一のものであり、本発明の基材表面層はこのη層の厚みを特定したものである。
【0024】
また、WとCoとの複炭化物を主成分とするとは、不可避不純物等の他の成分を少量(0.3重量%以下)含み得ることを意味する。
【0025】
このような本発明の基材表面層は、たとえば以下のようにして基材の表面部に形成することができる。すなわち、まず基材を洗浄液を用いて各洗浄液毎に0.5〜6分間程度洗浄する(このような処理工程を洗浄工程というものとする)。洗浄液としては、エチルアルコール等のアルコール系洗浄液、塩酸、酒石酸等の酸系洗浄液、およびアルカリイオン水、水酸化ナトリウム等のアルカリ系洗浄液等を挙げることができる。これらの洗浄液を各単独であるいは2種以上のものを組み合せて用いることができる。洗浄液として酸系洗浄液を用いると基材表面層の厚みが厚くなる傾向を示し、それ以外の洗浄液を用いると基材表面層の厚みは薄くなる傾向を示す。また、洗浄時間を長くすると基材表面層の厚みが厚くなる傾向を示し、洗浄時間を短くすると基材表面層の厚みは薄くなる傾向を示す。
【0026】
次いで、上記のような洗浄工程を経た基材を高温加熱処理する(このような処理工程を高温加熱工程というものとする)。この高温加熱工程は、たとえば1または2以上の気体を4〜50l/min.の流量で用いて、50hPa〜大気圧(1013hPa)の圧力条件下、850〜1300℃に0〜25分間、基材を保持する処理工程をいう。基材をこのように高温加熱処理することにより基材の表面部に所定の厚みの基材表面層を形成することができる。
【0027】
ここで、上記気体としては、Ar、H2、CH4、N2、CH3CN、TiCl4、CO等を挙げることができ、2種類以上を用いる場合は任意の分圧比とすることができる。一方、上記の圧力条件は、それを低くすると基材表面層の厚みが厚くなる傾向を示し、高くすると(大気圧下)基材表面層の厚みが薄くなる傾向を示す。また、保持時間は長過ぎると基材表面層の厚みは厚くなる傾向を示す。以上の条件を適宜調節することにより基材表面層の厚みを制御することができる。
【0028】
上記のようにして基材の表面部に基材表面層を形成することができるが、基材表面層の厚みは後述の被覆層(特にその最下層)の形成条件によっても制御することが可能である。
【0029】
<被覆層>
本発明の表面被覆切削工具は、上記の基材を被覆する1層以上の被覆層を備える。ここで、被覆層が基材を被覆するとは、基材の全面を被覆するようにして形成されていても良いし、基材の一部分のみを被覆するようにして形成されていても良いことを意味する。しかし、被覆層の形成目的がそもそも切削工具の諸特性の向上にあることから、被覆層は基材の全面を被覆するかもしくは一部分を被覆する場合であっても切削性能の向上に寄与する部位の少なくとも一部分を被覆することが好ましい。
【0030】
このような本発明の被覆層の厚み(被覆層が2層以上の層を積層させて構成される場合は全体の厚み)は、0.5μm以上40μm以下であることが好ましい。その厚みが0.5μm未満の場合、耐摩耗性等の諸特性の向上作用が十分に示されないことがあり、一方、40μmを超えてもそれ以上の諸特性の向上が認められないことから経済的に有利ではない。しかし、経済性を無視する限りその厚みは40μm以上としても何等差し支えなく、本発明の効果は示される。このような被覆層の厚みの測定方法としては、たとえば表面被覆切削工具を切断し、その断面をSEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察することにより測定することができる。
【0031】
このような本発明の被覆層は、少なくとも以下で述べるような最下層を含むとともに、硬質層や組成傾斜層を含むことができる。
【0032】
<最下層>
本発明において上記被覆層のうち基材(基材表面層)と接する最下層は、厚みが0.005μm以上0.1μm以下であり、かつ化学式M1-XX(ただし、MはTi、Zr、Hf、Ni、Al、Cr、Co、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Zは炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Xは原子比を示し、0<X≦0.5である。)で示される第1化合物を含むことを特徴とする。このような最下層を形成することにより、上記基材表面層の形成と相俟って被覆層全体が基材に対して極めて強力な密着性を有したものとなる。これは恐らく、基材表面層とこの最下層との間で前述のような化学的な相互拡散が生じることによりこれら両者の密着性が向上するためではないかと考えられる。そして、本発明の表面被覆切削工具はこのように被覆層と基材とが極めて高い密着性を有することから、耐摩耗性等の諸特性が向上し、以って工具寿命が飛躍的に延長されたものである。
【0033】
ここで、最下層においてその厚みを規定することは極めて重要であり、その厚みが0.005μm未満である場合は強力な密着性を得ることができず、またその厚みが0.1μmを超えると最下層自体が脆性を帯びるため却って基材との密着性が低下することになる。このような最下層の厚みは、より好ましくはその上限が0.09μmであり、その下限は0.006μmである。なお、このような最下層の厚みは、基材表面層の厚みを測定する方法と同様の方法により測定することができ、また組成等の同定は、EPMA−EDS(電子線マイクロアナライザ−エネルギー分散型蛍光X線分析)により確認することができる。
【0034】
一方、上記化学式M1-XXにおいて、Mは特に好ましくはTi、Co、Zr、Hf、Alからなる少なくとも1種の元素を示し、Xはその上限が0.5、より好ましくは0.4、さらに好ましくは0.3であり、その下限がより好ましくは0.01、さらに好ましくは0.1である。Mとして2種以上の元素を含む場合は、それらの合計量が上記式の「1−X」を示すものとし(ただし、これら2種以上の元素間の原子比は特に限定されない)、同じくZとして2種以上の元素を含む場合は、それらの合計量が上記式の「X」を示すものとする(ただし、これら2種以上の元素間の原子比は特に限定されない)。なお、上記式のZは、塩素を含むことが特に好ましい。塩素を含むことにより特に優れた耐摩耗性を得ることができる。そして、このような最下層は以下のように化学蒸着法(CVD法)により形成されることが好ましい。
【0035】
すなわち、1または2以上の反応ガス(原料ガス)およびキャリアガスを4〜50l/min.の流量(複数のガスが含まれる場合はその合計流量)で用いて、40hPa〜600hPaの圧力条件下、800〜1300℃にて3〜25分間維持することにより形成することができる。なお、反応ガスとキャリアガスの分圧比は、特に限定されるものではないがキャリアガスに対する反応ガスの比率を1体積%〜95体積%とすることが好ましい。
【0036】
<硬質層>
本発明の被覆層は、上記最下層上に形成される1層以上の硬質層を含むことが好ましく、この硬質層(2層以上形成される場合はその各層)は、周期律表のIVa族元素(Ti、Zr、Hf等)、Va族元素(V、Nb、Ta等)、VIa族元素(Cr、Mo、W等)、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成されることが好ましい。
【0037】
上記のような化合物としては、たとえばTiC、TiN、TiCN、TiNO、TiCNO、TiB2、TiO2、TiBN、TiBNO、TiCBN、ZrC、ZrO2、HfC、HfN、TiAlN、AlCrN、CrN、VN、TiSiN、TiSiCN、AlTiCrN、TiAlCN、ZrCN、ZrCNO、Al23、AlN、AlCN、ZrN、ZrO2、TiO2、TiZrCN、TiAlC、NbC、NbN、NbCN、Mo2C、WC、W2C、HfO、HfO2、TiCrC、ZrBN、AlHfN、TaN、TaCN、TaC、HfN等を挙げることができる。なお、これらの化合物に塩素が含まれる場合、塩素は侵入型として含まれていてもよいし置換型として含まれていてもよく、また化合物を形成していてもよい。
【0038】
なお、本発明において上記のように化合物を化学式で表わす場合、原子比を特に限定しない場合は従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではない。たとえば単に「TiCN」と記す場合、「Ti」と「C」と「N」の原子比は50:25:25の場合のみに限られず、また「TiN」と記す場合も「Ti」と「N」の原子比は50:50の場合のみに限られない。これらの原子比としては従来公知のあらゆる原子比が含まれるものとする。
【0039】
上記のような硬質層を構成する化合物のうち、より好ましくは、Ti、Zr、およびHfからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物を選択することが好適である。特に、これらの化合物からなる層を上記の最下層の直上に形成することが好ましい。これにより、最下層と硬質層との密着性を特に強力なものとすることができるからである。
【0040】
また、本発明の硬質層としては、上記のような化合物としてα−アルミナ(結晶構造がα型のアルミナ)またはκ−アルミナ(結晶構造がκ型のアルミナ)を含む層を含むことが好ましい。これにより、被覆層の耐摩耗性を一層向上させることができる。
【0041】
ここで、α−アルミナまたはκ−アルミナを含む層とは、このようなアルミナを50重量%以上含有することを意味し、より好ましくは不可避不純物を除きこのようなアルミナのみによって構成されることをいう。なお、アルミナの結晶構造は、X線回折法(XRD)により同定することができる。
【0042】
このような硬質層の厚み(硬質層1層当りの厚み)は、0.3μm以上20μm以下とすることが好ましく、より好ましくはその下限を0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上、その上限を15μm以下、さらに好ましくは10μm以下とすることが好適である。この硬質層の厚みが0.3μm未満の場合、十分に耐摩耗性等の諸特性を向上させることができない場合があり、20μmを超えても大幅に特性を改善することがないため工業的に好ましくない場合がある。
【0043】
なお、本発明の硬質層は、CVD法により形成されることが好ましい。これにより上記の最下層に対して連続して硬質層を形成することができ、これらの密着性を向上させることができるため特に好適である。このようなCVD法としては、従来公知の方法を特に限定することなく使用することができ、条件等が限定されることはない。たとえば、800〜1050℃程度の成膜温度を採用することができ、使用するガスとしてもアセトニトリル等のニトリル系のガス等従来公知のガスを特に限定することなく使用することができる。
【0044】
そして、特に本発明の被覆層は、硬質層として化学蒸着法、より好ましくはMT−CVD法により形成されるTiCNを主成分とする層を含むことが好ましい。CVD法による熱の適用に基づく基材のダメージを低減させつつ、耐摩耗性に優れる炭窒化チタン(TiCN)を主成分とする層を形成させることができるからである。ここで、TiCNを主成分とする層とは、TiCNを90重量%以上含む層を意味し、好ましくは不可避不純物を除きTiCNのみにより構成されることを意味する。また、上記MT−CVD(moderate temperature CVD)法とは、上記で説明したような通常のCVD法が約950〜1050℃で成膜が行なわれることが多いのに対して、約800〜950℃という比較的低温で行なう方法をいう。
【0045】
なお、本発明の硬質層は、上記のような各化合物の外、IVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素のみによって構成された層を含むこともできる。
【0046】
本発明の硬質層の組成の同定は、EPMA−EDS(電子線マイクロアナライザ−エネルギー分散型蛍光X線分析)により確認することができる。
【0047】
<組成傾斜層>
本発明の被覆層において、上記最下層と上記硬質層との間には組成傾斜層を形成することができ、この組成傾斜層は上記最下層の組成から上記硬質層(該組成傾斜層上に複数の硬質層が形成される場合はこの組成傾斜層の直上の硬質層)の組成へと厚み方向にその組成が変化する層であることが好ましい。このような組成傾斜層を形成することにより、最下層と硬質層との密着性を高めることができる。このような組成傾斜層は、厚みを0.2μm以上2μm以下とすることが好ましく、より好ましくはその下限を0.3μm以上、その上限を1μm以下、さらに好ましくは0.8μm以下とすることが好適である。この組成傾斜層の厚みが0.2μm未満の場合、密着性を向上させることができない場合があり、2μmを超えても大幅に特性を改善することがないため工業的に好ましくない場合がある。
【0048】
このような組成傾斜層は、最下層および硬質層とは独立して形成する必要はなく、その形成方法にもよるが通常は最下層を形成後硬質層を形成するときにこれら両層の形成の途中段階で不可避的に形成されるものである。換言すれば、この組成傾斜層は、その観察条件により観察されたり観察されなかったりする程度のものであり、通常透過型電子顕微鏡(TEM)等による観察倍率を200万倍以上にする場合において観察されるものである。
【0049】
なお、最下層および硬質層の境界部にこのような組成傾斜層が形成されるために、これら両層の境界部を明確に定めることができない場合は、このような組成傾斜層における厚み方向の中間点をこれら両層の境界部とみなし、各層の厚み等を測定するものとする。
【0050】
<製造方法>
本発明は、超硬合金からなる基材とそれを被覆する1層以上の被覆層とを備える表面被覆切削工具の製造方法をも提供するものである。かかる製造方法は、基材を準備する工程(「基材準備工程」とも記す)と、上記で説明した基材表面層を形成する工程(「基材表面層形成工程」とも記す)と、該被覆層のうち該基材と接する最下層として、上記第1化合物を含み、厚みが0.005μm以上0.1μm以下である最下層を形成する工程(「最下層形成工程」とも記す)とを少なくとも含む。そして、この最下層形成工程は、上記で既に説明した通りCVD法により実行されることが好ましく、基材表面層形成工程に用いる装置と同一の装置で実行することが好ましい。
【0051】
なお、本発明の製造方法は、上記のような工程を含む限り他の工程を含んでいても差し支えない。たとえば、硬質層を形成する工程等が含まれる。このような硬質層を形成する工程(「硬質層形成工程」とも記す)も、CVD法により実行されることが好ましい。したがって、本発明の被覆層は、CVD法により形成されたものとすることが特に好ましい。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0053】
<基材準備工程>
以下の表1に記載した超硬合金を用い、形状がCNMA120408(JIS B4120 1998)である刃先交換型切削チップを成形することにより基材A〜Cを得た。表1に記載されている成分の残部は炭化タングステン(WC)であり、すなわちこれらの超硬合金は炭化タングステン、鉄系金属、および第3成分を含むものである。なお、たとえば基材Bにおける「(Ti,Ta,Nb,Cr,Zr)C」は金属成分がTi,Ta,Nb,Cr,Zrである炭化物が5.1重量%含有されていることを示す(他の基材においても各表記はこれと同様の意味を示す)。
【0054】
【表1】

【0055】
<基材表面層形成工程>
上記で準備された基材A〜Cの各基材に対して、表2記載の洗浄工程を実施した。表2中、「酸系洗浄液」とは酒石酸、塩酸などを示し、「アルカリ系洗浄液」とは水酸化ナトリウム、アルカリイオン水などを示し、「アルカリ系+酸系洗浄液」とはアルカリ系洗浄液で洗浄後に酸系洗浄液で洗浄することを示し、「エチルアルコール」とはアルコール系洗浄液を示す。
【0056】
続いて、洗浄工程を経た各基材に対して同じく表2記載の高温加熱工程を実施することにより、各基材の表面部(後に被覆層が形成された場合にはその界面部となる部分)にWとCoとの複炭化物を主成分とする基材表面層を形成した。その厚みを表6に示す。なお、表2中、高温加熱工程において使用した気体の「種類」の欄において、ある温度から異なった気体を導入する旨の記載がされているものについては、その異なった気体が導入された後の分圧比を「分圧比」の欄に示してある。また、「保持時間」とは、表2に記載した温度で保持する時間を示すが、「0」と表記されているものは温度が表2記載の温度に到達した時点で以下の最下層の形成を開始することを示す。
【0057】
【表2】

【0058】
<最下層形成工程>
上記のようにして基材表面層を形成した各基材に対して、その基材表面層上に最下層を表3記載の条件のCVD法により形成した。このようにして形成された最下層の厚みおよび組成(M1-XX)を表6に示す。
【0059】
【表3】

【0060】
<硬質層形成工程>
上記のようにして基材上(基材表面層上)に最下層を形成した表面被覆切削工具の前駆体に対して、以下の表4に記載した硬質層aおよびbのそれぞれを該最下層上の全面に連続して形成した。たとえば、表4中の硬質層aは、該最下層上に第2層として厚み0.3μmのTiNからなる層を形成し、その上に第3層として厚み2.5μmのTiCNからなる層を形成し、その上に第4層として厚み1.5μmのTiZrCNからなる層を形成し、その上に第5層として厚み1.0μmのTiCNOからなる層を形成し、その上に第6層として厚み1.0μmのκ−アルミナからなる層を形成し、その上に第7層として厚み0.5μmのTiNからなる層を形成したことを示す。硬質層bについても同様である。なお、表4中の「TiCN」はMT−CVD法により形成されるTiCNからなる層(すなわちTiCNを主成分とする層)を示し、「α−Al23」はα−アルミナからなる層(すなわちα−アルミナを含む層)を示し、「κ−Al23」はκ−アルミナからなる層(すなわちκ−アルミナを含む層)を示す。また、硬質層bの第6層は、α−アルミナとジルコニウムとの混合物(ジルコニウム:0.3重量%)により構成されていることを示す。
【0061】
そして、このような硬質層の各層は、以下の表5に示した条件を採用したCVD法により形成した。なお、以上の基材表面層形成工程と最下層形成工程と硬質層形成工程とは同一の装置内において連続的に実行することが好ましい。
【0062】
【表4】

【0063】
【表5】

【0064】
<表面被覆切削工具>
上記のようにして以下の表6に示すNo.1〜24の本発明の実施例の表面被覆切削工具を製造した。また、同様にして以下の表6に示すNo.1〜6の比較例の表面被覆切削工具を製造した。たとえば、表6のNo.1の表面被覆切削工具は、基材として表1記載の「基材A」を用い、その基材に対して表2記載の形成条件により厚み0.013μmの基材表面層を形成し、その基材表面層上に表3記載の形成条件により厚みが0.005μmでありTiCという組成の最下層が形成され、その最下層上に硬質層として表4記載の「硬質層a」を形成したこと(すなわち最下層上に硬質層aの第2層を形成し、その上に順次第7層まで形成したこと)を示す。なお、No.1〜6の比較例の表面被覆切削工具は、基材表面層の厚みまたは最下層の厚みが本発明の規定外となるものである。
【0065】
【表6】

【0066】
<性能評価>
上記のようにして得られた表面被覆切削工具について、下記条件で連続切削試験および断続切削試験を行なうことにより基材と被覆層との密着性の程度を評価した。その結果を以下の表7に示す。
【0067】
<連続切削試験の条件>
使用ホルダ:PCLNR2525−43(住友電工ハードメタル社製)
被削材:SCM435(HB=246)丸棒
切削速度:240m/min.
送り:0.26mm/rev.
切込み:2.0mm
湿式/乾式:湿式(水溶性油)
評価:すくい面側の摩耗が進行したことによる切れ刃の欠損が生じるまでの時間(分)を求めた。時間が長いもの程耐摩耗性に優れていることを示し、基材と被覆層との密着性が強力であることを示している。
【0068】
<断続切削試験の条件>
使用ホルダ:PCLNR2525−43(住友電工ハードメタル社製)
被削材:SCM435(HB=246)角材
切削速度:220m/min.
送り:0.21mm/rev.
切込み:1.5mm
切削時間:2分間
湿式/乾式:乾式
評価:10切れ刃にて試験を行ない、欠損した切れ刃数を求めた。欠損した切れ刃数が少ないもの程、基材と被覆層との密着性が強力であることを示している。
【0069】
【表7】

【0070】
表7より明らかなように、本発明の実施例の表面被覆切削工具は、比較例の表面被覆切削工具に比し、基材と被覆層との密着性が強力であることが確認された。すなわち、基材表面層の厚みまたは最下層の厚みが本発明の規定外となる比較例1〜6の表面被覆切削工具は、いずれも基材と被覆層との密着性に劣っていた。したがって、実施例の表面被覆切削工具においてこのように優れた効果が示されるのは、被覆層と接する基材の表面部においてWとCoとの複炭化物を主成分とする厚みが0.005μm以上0.1μm未満の基材表面層を形成し、かつ被覆層のうち基材と接する最下層として厚みが0.005μm以上0.1μm以下である化学式M1-XX(ただし、MはTi、Zr、Hf、Ni、Al、Cr、Co、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Zは炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Xは原子比を示し、0<X≦0.5である。)で示される第1化合物を含む層を形成させたことに起因することは明らかである。
【0071】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0072】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金からなる基材とそれを被覆する1層以上の被覆層とを備える表面被覆切削工具であって、
前記基材は、前記被覆層と接する表面部にWとCoとの複炭化物を主成分とする、厚みが0.005μm以上0.1μm未満の基材表面層を有し、
前記被覆層のうち前記基材と接する最下層は、厚みが0.005μm以上0.1μm以下であり、かつ化学式M1-XX(ただし、MはTi、Zr、Hf、Ni、Al、Cr、Co、およびVからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Zは炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素を示し、Xは原子比を示し、0<X≦0.5である。)で示される第1化合物を含む、表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記被覆層は、前記最下層上に形成される1層以上の硬質層を含み、
前記硬質層は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、硼素、および塩素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物によって構成される請求項1記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記硬質層は、化学蒸着法により形成されるTiCNを主成分とする層を含む請求項2記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記硬質層は、α−アルミナまたはκ−アルミナを含む層を含む請求項2または3に記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記最下層と前記硬質層との間には、組成傾斜層が形成され、
前記組成傾斜層は、前記最下層の組成から前記硬質層の組成へと厚み方向にその組成が変化する層である請求項1〜4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記基材は、炭化タングステン、鉄系金属、および第3成分を含む超硬合金であって、
前記第3成分は、周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素、および硼素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、および/または周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素、Al、およびSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である請求項1〜5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。

【公開番号】特開2010−30005(P2010−30005A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−196604(P2008−196604)
【出願日】平成20年7月30日(2008.7.30)
【出願人】(503212652)住友電工ハードメタル株式会社 (390)
【Fターム(参考)】