説明

走行状態推定システム

【課題】自律航法システムとGPSの各方式間の信号の遅延時間を高精度に補償して最終的に決定される測位データの精度を向上させること。
【解決手段】GPS信号に基づき第一のサンプリング周期で測位データを演算して推定手段に出力するGPS測位演算手段と、第一のサンプリング周期より短い第二のサンプリング周期で観測データを出力する自律航法用センサと、第一のサンプリング周期内に自律航法用センサから出力された観測データの組を所定の一次関数に近似する近似式演算手段と有し、該近似式演算手段が、測位データと略同期したタイミングにおける一次関数の近似式の値を切片の値とし、該切片の値を該近似式の傾きの値とともに自律航法データとして推定手段に出力するように構成された走行状態推定システムを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、走行状態に関する各種観測を行う自律航法システムとGPS(Global Positioning System)とを複合して対象物の走行状態を推定する走行状態推定システムに関連し、詳しくは、各観測システムによって取得される観測データの同期をとり対象物の走行状態を高精度に推定する走行状態推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
GPSは、地球を周回するGPS衛星から発信されるGPS信号を用いて対象物の位置情報等を測定するための測位システムであり、日常生活においても広く利用されている。
【0003】
GPSでは、CDMA(Code Division Multiple Access)方式によって複数のGPS衛星が同じ周波数帯を共用してGPS信号を送信する。具体的には、GPS信号は、クロック情報やGPS衛星の軌道情報を含む通信信号としての航法メッセージと、GPS衛星毎に定められた拡散符号としてのPRNコード(Pseudo Random Noise code)とにより、1575.42MHzのキャリアをBPSK(Binary Phase Shift Keying)変調したものである。GPSレシーバは、原理上必要とされる個数以上のGPS衛星を選択し、選択されたGPS衛星に対応するPRNコードを生成し、生成されたPRNコードの位相をGPS信号に同期させて乗じることにより航法データを復調する。そして、復調して得られた航法データを用いて演算を行い、対象物の位置情報、方位情報、移動速度等を生成する。以下、GPSレシーバによるGPS信号を利用した位置測位、方位測定、移動速度測定等を「GPS測位」と記す。
【0004】
GPSレシーバを備えた一般消費者向け製品には、例えば乗用車に搭載されるカーナビゲーションシステムがある。かかるカーナビゲーションシステムの一例が、特許文献1に開示されている。特許文献1に示されるように、一般的なカーナビゲーションシステムは、GPS測位と並行して、ジャイロセンサ、速度センサ等の各種自律航法用センサ(以下、「DR(dead reckoning)センサ」と記す。)から出力される観測データを用いてカルマンフィルタにより位置推定、方位推定、移動速度推定等を行う。次いで、統合処理回路により、各測位方式の弱点を相互に補完するように、両方式による測位データに基づいた演算により最終的な測位データが決定される。カーナビゲーションシステムは、演算して得られた測位データに基づき、画面上に表示させる自車位置を更新する。また、ユーザによって目的地が設定されている場合には、画面上の自車位置の更新と併せて当該目的地に向けたナビゲーションを行う。
【特許文献1】特開2008−14810号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1に記載のカルマンフィルタは、DRセンサから観測データが入力される毎に位置推定等を逐次行い、推定データを統合処理回路に出力している。すなわち、カルマンフィルタによる推定データの出力レートは、DRセンサによる観測データの出力サンプリングレート(例えば100Hz)に応じて決定されている。一方、ユニット化された一般的なGPSレシーバは、位相積算時間に関わる精度の関係から、DRセンサによる観測データの出力サンプリングレートと同じレートでGPS測位データを高速に演算することができない。GPSレシーバは、カルマンフィルタによる推定演算より遙かに低速なレートでGPS測位データを演算し統合処理回路に出力している。
【0006】
このようにGPS測位データとカルマンフィルタによる推定データのサンプリングレートが相違する場合、両データの同期を正確にとり続けることが難しく、各データ間に遅延が生じる問題がある。この場合、統合処理回路は、観測時点が相違する(つまり非同期な)データに基づき測位データを演算することになる。そのため、最終的に決定される測位データの精度低下が避けられない問題が生じる。
【0007】
また、DRセンサによる観測データの出力サンプリングレートは高速である。そのため、カルマンフィルタにおける演算処理量が膨大になるといった問題も指摘されている。特に、廉価仕様のカーナビゲーションシステムでは演算処理回路の性能が低いため、演算処理回路のプロセスがカルマンフィルタによる演算処理によって専有されることがある。この場合、システム全体の処理速度が著しく低下する弊害が生じる。
【0008】
そこで、DRセンサから出力される観測データをダウンサンプリングすることにより、カルマンフィルタにおける演算処理量を軽減させる回路設計が考えられる。ところが、この場合、カルマンフィルタによる推定データのサンプリング数が減少するため、該推定データの精度が低下する。その結果、結局は、最終的に決定される測位データの精度を低下させる弊害が生じる。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、自律航法システムとGPSの各方式間の信号の遅延時間を高精度に補償して、最終的に決定される測位データの精度向上を図ることができる走行状態推定システムを提供することにある。また、自律航法システムとGPSの各方式間の信号の遅延時間を高精度に補償しつつもカルマンフィルタ等によるソフトウェア処理の負担を軽減させることができる走行状態推定システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決する本発明の一形態に係る走行状態推定システムは、所定の推定手段により自律航法システムによる自律航法データとGPSによる測位データとを複合して対象物の走行状態を推定するシステムであり、以下の特徴を有している。すなわち、該走行状態推定システムは、GPS信号に基づき第一のサンプリング周期で測位データを演算して推定手段に出力するGPS測位演算手段と、第一のサンプリング周期より短い第二のサンプリング周期で観測データを出力する自律航法用センサと、第一のサンプリング周期内に自律航法用センサから出力された観測データの組を所定の一次関数に近似する近似式演算手段とを有している。
【0011】
そして、走行状態推定システムが有する近似式演算手段は、推定手段により演算される測位データの精度を向上させるため、GPS測位データと同期のとれた自律航法データを生成して推定手段に出力する。具体的には、近似式演算手段は、測位データと略同期したタイミングにおける一次関数の近似式の値を切片の値とし、該切片の値を該近似式の傾きの値とともに自律航法データとして推定手段に出力する。近似式演算手段による信号処理により、自律航法システムとGPSの各方式間の信号の遅延時間が高精度に補償されるため、推定手段により演算される測位データが向上する。
【0012】
近似式演算手段は、好ましくは、第一のサンプリング周期内に自律航法用センサから出力された複数の観測データを用いて所定の整数演算を行い、所定の加工データを生成して第一のサンプリング周期で出力する一次データ生成手段と、加工データ生成手段から出力された加工データに基づき近似式を浮動小数点演算により計算する二次データ生成手段とを有するように構成される。この場合、一次データ生成手段をハードウェアで構成し、二次データ生成手段をソフトウェアで構成することが望ましい。かかる構成によれば、第二のサンプリング周期から第一のサンプリング周期にダウンサンプリングされたデータを二次データ生成手段に処理させることができる。そのため、二次データ生成手段における演算処理量が軽減される。別の観点によれば、桁数の多い高精度な演算処理を二次データ生成手段に実行させることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の走行状態推定システムによれば、自律航法システムとGPSの各方式間の信号の遅延時間を高精度に補償して最終的に決定される測位データの精度を向上させることができる。また、かかる効果に加えて、ソフトウェアにおける演算処理量を軽減させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態のナビゲーションシステムの構成および動作について説明する。
【0015】
図1は、本実施形態のナビゲーションシステム100の概略構成を示すブロック図である。ナビゲーションシステム100は自動車に搭載された車載器であり、自律航法システムとGPSとを複合して自動車の走行状態を推定し、推定結果に基づき搭乗者にナビゲーション情報を提供する運転支援装置である。図1に示されるように、ナビゲーションシステム100は、CPU(Central Processing Unit)10、ROM(Read-Only Memory)20、RAM(Random Access Memory)22、GPSレシーバ30、ジャイロセンサ42、加速度センサ44、A/D変換器46、48X、48Y、48Z、ゲートアレイ50、車速センサ52、HDD(Hard Disk Drive)54、ディスプレイ56、および入力部58を有している。
【0016】
CPU10は、ナビゲーションシステム100全体を統括的に制御する。CPU10は、ナビゲーションシステム100の電源投入後、必要なハードウェアにアクセスする。例えばナビゲーションシステム100の電源投入直後、CPU10は、ROM20にアクセスして、ROM20に格納された地図表示プログラムをはじめとするナビゲーションに必要な各種プログラムをRAM22にロードして起動する。CPU10は、各種プログラムを起動後、起動されたプログラムを実行する。
【0017】
また、CPU10は、サンプリング周期Tt毎(5Hz周期)に後述する演算に使用される定数N(整数値)をGPSレシーバ30とゲートアレイ50に同時に出力する。GPSレシーバ30は、定数Nの入力タイミングに従い、複数のGPS衛星からGPS測位に必要な数以上のGPS信号を捕捉、追尾してGPS測位を行う。そして、演算されたGPS測位データを5Hz周期でCPU10(後述するカルマンフィルタ14)に出力する。
【0018】
ジャイロセンサ42および三軸加速度センサ44は、自律航法を行うための観測データを出力する周知のDRセンサである。ジャイロセンサ42は、カーナビゲーションシステム100を搭載した自動車の水平面における方位に関する角速度を検出してA/D変換器46に出力する。三軸加速度センサ106は、加速度の三軸(X、Y、Z)成分を検出し、検出されたX、Y、Zの各軸成分をA/D変換器48X、48Y、48Zに出力する。
【0019】
A/D変換器46、48X、48Yおよび48Zは、後段のゲートアレイ50から出力されるクロックに同期して、検出された観測データを例えば100Hz周期でサンプリングして出力する。以下、各A/D変換器がサンプリングを行う周期(本実施形態においては100Hz)を「サンプリング周期Ts」と記す。
【0020】
なお、ナビゲーションシステム100は、A/D変換器の個数を削減するために、マルチプレクサを有する構成であってもよい。かかる構成においては、マルチプレクサは、ジャイロセンサ42および三軸加速度センサ44の後段に配置される。マルチプレクサは、ジャイロセンサ42および三軸加速度センサ44から出力される4系統の観測データを時分割多重して一系統の信号に変換して出力する。このように、観測データは一系統の信号に多重化されて出力されるため、観測データのサンプリングに必要なA/D変換器は、マルチプレクサの後段に1つ配置するだけでよい。A/D変換器の個数を削減することにより、A/D変換器に与える高周波クロックに起因するクロストークやノイズの発生を低減させることができる。なお、ジャイロセンサ42および三軸加速度センサ44として観測値をシリアルデータで出力するタイプのものを使用する場合には、各種センサの後段にA/D変換器を配置する必要はない。
【0021】
図2は、ゲートアレイ50およびCPU10の構成を模式的に示すブロック図である。図2に示されるように、ゲートアレイ50には、A/D変換器46、48X、48Yおよび48Zによりサンプリングされた各種観測データが入力される。
【0022】
ゲートアレイ50は、各種観測データに対応した4系統の演算回路50A〜50Dを有している。具体的には、演算回路50Aにはジャイロセンサ42からの観測データが、演算回路50Bには三軸加速度センサ44からのX軸成分の観測データが、演算回路50Cには三軸加速度センサ44からのY軸成分の観測データが、演算回路50Dには三軸加速度センサ44からのZ軸成分の観測データが、それぞれ入力される。本実施形態においては、演算回路50A〜50Dは、全て同じ回路構成を有している。演算回路50A〜50Dは、入力された観測データを用いて整数演算を行い、一次加工データ(値S、値D)を生成する。
【0023】
図3に、演算回路50Aで行われる信号処理をフローチャートを用いて概略的に示す。なお、他の演算回路50B〜50Dにおいても演算回路50Aと同様の信号処理が行われるため、演算回路50B〜50Dの信号処理の説明は図3のフローチャートの説明をもって省略する。また、図3のフローチャートおよび以下の説明において、ステップを「S」と略記する。
【0024】
演算回路50Aには、CPU10から出力された上記定数Nがサンプリング周期Tt毎に入力される。なお、定数Nは、Tt/Tsの整数部(商)であり、CPU10による1サンプリング周期Tt中に行われる各A/D変換器によるサンプリング回数を示す。演算回路50Aは、図3に示されるように、CPU10から定数Nが入力されると(S1:YES)、値S、値D、カウント値iを0にリセットする(S2)。
【0025】
また、演算回路50Aには、A/D変換器46によりサンプリングされた観測データ(整数値である観測値g)がサンプリング周期Ts毎に入力される。演算回路50Aは、A/D変換器46から出力された観測値gを検出すると(S3:YES)、観測値gを値Sに加算するとともに、観測値gとカウント値iとの積を値Dに加算する(S4)。次いで、カウント値iを1インクリメントしてカウント値iと定数Nとを比較演算し(S5、S6)、カウント値iが定数Nに達するまでS3〜S6の処理を繰り返し実行する。かかる処理により計算される値Sおよび値Dは、以下の関数により定義される。
【数1】

【0026】
演算回路50Aは、計算された値Sおよび値DをCPU10に出力する(S7)。そして、次回の定数Nの入力をトリガーとしてS2〜S7の処理を再度実行する。
【0027】
演算回路50A〜50Dから出力された値Sおよび値Dは、一次近似式演算部12に入力される。なお、一次近似式演算部12は、実際には演算用プログラムがロードされたRAM22とCPU10との協働によって実現されるが、図2においては説明の便宜上、CPU10内の機能ブロックとして図示されている。カルマンフィルタ14も同様の理由によりCPU10内の機能ブロックとして図示されている。
【0028】
一次近似式演算部12は、各演算回路50A〜50Dにより演算された値Sおよび値Dを入力パラメータとして、サンプリング周期Tt内に検出されたN個の観測値gの組についての一次関数近似式(y=ax+b)を演算する。なお、一次関数近似式のxは時間軸に対応し、yは観測値gに対応する。すなわち、一次近似式演算部12は、ジャイロセンサ42と三軸加速度センサ44の各軸成分に対応する計4種類の一次関数近似式をサンプリング周期Tt毎に演算する。そして、近似演算処理により計算された傾きaおよび切片bを自律航法システムによる測位データとしてカルマンフィルタ14に出力する。
【0029】
傾きaおよび切片bは、各サンプリング周期Tt内の最後(N個目)の観測値gが検出されたタイミングをy軸(x=0)としたときの値である。すなわち、例えばジャイロセンサ42の観測データに基づき計算された傾きa、切片bはそれぞれ、各サンプリング周期Tt内の最後の観測値gが検出された時点における自動車の角加速度、角速度を表している。GPS測位データは該時点から例えば数μm秒(最大でもサンプリング周期Ts)後に演算され出力されるため、傾きaおよび切片bは、GPS測位データとほぼ同期のとれた位置、方位、移動速度等を表す自律航法データといえる。つまり、ナビゲーションシステム100において、自律航法システムとGPSの各方式による位置、方位、移動速度等の測位データは、ほぼ同期のとれた状態でカルマンフィルタ14に入力されている。
【0030】
一次近似式演算部12は、値Sおよび値Dを用いて浮動小数点演算を行い、以下に定義される数式により傾きaおよび切片bを計算する。値R、値Qおよび値Pは、定数Nおよびカウント値iに従って決まる値であり、一次近似式演算部12により予め計算されている。
【数2】

【0031】
このようにナビゲーションシステム100においては、単純で負荷の軽い整数演算を演算回路50A〜50Dに高速レート(サンプリング周期Ts)で実行させ、複雑で負荷の重い浮動小数点演算を一次近似式演算部12に低速レート(サンプリング周期Tt)で実行させている。つまり、最小二乗法を用いて一次関数近似式を決定するにあたり、単純であるが高速レートを必要とする演算処理部分をハードウェア(演算回路50A〜50D)に負担させ、複雑であるが低速レートで十分な演算処理部分をソフトウェア(一次近似式演算部12)に負担させている。そのため、CPU10の性能が低い場合であっても、有効桁数の多い高精度な傾きaおよび切片bを計算することができる。
【0032】
また、傾きaおよび切片bの計算に最小二乗法を適用することにより、各DRセンサの観測値が平滑化されてノイズ成分が効果的に除去される。
【0033】
図4に、一次近似式演算部12により計算される傾きaおよび切片bを説明するための図を示す。図4の横軸(x軸)は時間軸であり、縦軸(y軸)は観測値gに対応する軸である。各時間TN1〜TN4は、CPU10がGPSレシーバ30と各演算回路50A〜50Dに定数Nを出力する、サンプリング周期Ttに対応するタイミングを示している。GPSレシーバ30は、例えば時間TN1に出力された定数Nに応答してGPS測位データを演算し、演算されたGPS測位データを1サンプリング周期Tt(0.2秒)後の時間TN2にCPU10に出力する。つまり、各時間TN1〜TN4は、CPU10が定数Nを出力するタイミングであるとともに、GPSレシーバ30がGPS測位データを出力するタイミングでもある。
【0034】
図4の各プロットは、A/D変換器46(または48X、48Y、48Z)によりサンプリングされた観測データ(観測値g)を示す。そのため、各プロットの時間間隔は、各A/D変換器の1サンプリング周期Ts(0.01秒)に相当する。図4に示されるCPU10による1サンプリング周期Tt内には20個のプロットが打点されている。
【0035】
例えば時間TN1からTN2までの期間において、演算回路50Aは、時間TN1に出力された定数Nの入力をトリガーとして図3のフローチャートに示される信号処理を開始し、値Sと値Dを計算して各プロットのタイミングで一次近似式演算部12に出力する。一次近似式演算部12は、入力された値Sと値Dを用いて傾きaと切片b(一次関数近似式f)を計算し、カルマンフィルタ14に出力する。
【0036】
ところで、演算回路50Aが20個目の観測値gを検出してから値Sと値Dを計算するまでにかかる処理時間、CPU10への値Sと値Dの伝送時間、および一次近似式演算部12における傾きaおよび切片bの計算時間を合計するとおよそ時間Tdになる。一次近似式演算部12は、GPS測位データと同期のとれた観測データを出力するために、実際には遅延時間tdを考慮して切片bを計算している。つまり、切片bは、各サンプリング周期Tt内の最後の観測値gが検出されてから遅延時間td経過したタイミング(別の表現によれば、傾きaおよび切片bが計算される時刻であって、より正確には該時刻より僅かに進んだGPS測位データが演算される時刻とほぼ同時刻)をy軸としたときの値である。図4においては、遅延時間td経過後のタイミングが時間TN2とほぼ一致している。なお、上記数式(数1、数2)は、傾きaおよび切片bの概略的な計算方法を説明するため、遅延時間tdを考慮しない簡略化された数式となっている。
【0037】
カルマンフィルタ14には、GPS測位データ、および該GPS測位データと同期のとれた自律航法データ(つまり各種観測値に対応する傾きaおよび切片b)がサンプリング周期Tt毎に入力されるのに加えて、さらに、車速センサ52から走行速度に応じたレートで車速パルスが入力される。カルマンフィルタ14は、自律航法データおよび車速パルスと、GPS測位データとを比較して、最終的な測位データを決定する。
【0038】
カルマンフィルタ14は、GPSレシーバ30や各種DRセンサによって取得された誤差を含む観測データに基づき、自動車の位置、方位、移動速度等の走行状態に関する情報を推定する。ここで、図5を用い、自動車の方位を例に挙げてカルマンフィルタ14による推定演算処理を説明する。
【0039】
図5に示されるように、カルマンフィルタ14には、GPSレシーバ30から出力された方位θnと、該方位θnとほぼ同期のとれた角速度(切片b)とがサンプリング周期Tt毎に入力される。カルマンフィルタ14は、切片bに基づき自律航法による方位を計算し、計算された方位とGPSレシーバ30から出力された方位θnとを比較する。そして、比較結果に基づき推定誤差を計算して最終的な方位θn’を推定し、出力する。切片bと方位θnはほぼ同期がとれたデータであるため、遅延に起因する測定誤差が実質的に0となる。そのため、カルマンフィルタ14は、最終的な方位θn’を高精度に演算することができる。なお、図5においては説明の便宜上、カルマンフィルタ14の入出力信号を方位に関する信号に限定しているが、実際には位置や移動速度等に関する他の入出力信号も存在する。
【0040】
また、切片bだけでなく、傾きaをカルマンフィルタに入力してもよい。傾きaは、切片bの示すパラメータの時間微分であり、パラメータの直近の時間変動に関する有用な情報となる。また、傾きaと切片bにより、簡単な台形面積の計算式からパラメータの時間積分を求めることができる。例えば、ジャイロセンサ42による角速度データに基づく一次近似式演算部12の出力(切片b、傾きa)から、サンプリング周期Ttにおける方位θの変化量を次式で計算することができる。このように傾きaを利用することによって、パラメータの時間微分や時間積分の計算に必要となるCPUの演算量を大幅に削減することができる。
【数3】

【0041】
CPU10は、カルマンフィルタ14から出力された最終的な測位データに基づきHDD54に格納されている地図データベースを検索し、対応する地図画像を抽出する。CPU10は、最後にマップマッチングを行い、抽出された地図画像に自車位置マークを重畳してディスプレイ56に表示させる。このときユーザが入力部58を操作して目的地を設定している場合、CPU10はその目的地に向けたナビゲーション処理も行う。
【0042】
以上のように、ナビゲーションシステム100においては、CPU10側のソフトウェア処理(一次近似式演算部12およびカルマンフィルタ14による処理)がダウンサンプリングされたレートで実行されている。そのため、一次近似式演算部12およびカルマンフィルタ14における演算処理量が軽減する。別の観点によれば、桁数の多い高精度な演算処理をCPU10に実行させることができる。
【0043】
また、GPS測位データと自律航法データ(傾きaおよび切片b)との同期をほぼ完全にとり、自律航法システムとGPSの各方式間の信号の遅延時間を高精度に補償したことにより、カルマンフィルタ14による推定演算処理の精度が向上する。そのため、正確なナビゲーション情報を搭乗者に提供することができる。
【0044】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲において様々な変形が可能である。本発明は、例えば本実施形態のカーナビゲーションシステムに限らず、地図データベースを保持しない簡易ナビゲーションシステムであるPND(Personal Navigation Device)や、携帯電話等のモバイル端末等にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明の実施形態のナビゲーションシステムの概略構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の実施形態のゲートアレイおよびCPUの構成を模式的に示すブロック図である。
【図3】本発明の実施形態の演算回路で行われる信号処理を概略的に示したフローチャート図である。
【図4】本発明の実施形態の一次近似式演算部により計算される傾きaおよび切片bを説明するための図である。
【図5】本発明の実施形態のカルマンフィルタによる推定演算処理を説明するためのブロック図である。
【符号の説明】
【0046】
10 CPU
12 一次近似式演算部
14 カルマンフィルタ
30 GPSレシーバ
42 ジャイロセンサ
44 加速度センサ
50 ゲートアレイ
50A〜50D 演算回路
100 ナビゲーションシステム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の推定手段により自律航法システムによる自律航法データとGPS(Global Positioning System)による測位データとを複合して対象物の走行状態を推定する走行状態推定システムにおいて、
GPS信号に基づき第一のサンプリング周期で測位データを演算して前記推定手段に出力するGPS測位演算手段と、
前記第一のサンプリング周期より短い第二のサンプリング周期で観測データを出力する自律航法用センサと、
前記第一のサンプリング周期内に前記自律航法用センサから出力された観測データの組を所定の一次関数に近似する近似式演算手段と、
を有し、
前記近似式演算手段は、前記測位データと略同期したタイミングにおける前記一次関数の近似式の値を切片の値とし、該切片の値を該近似式の傾きの値とともに前記自律航法データとして前記推定手段に出力することを特徴とする走行状態推定システム。
【請求項2】
前記近似式演算手段は、
前記第一のサンプリング周期内に前記自律航法用センサから出力された複数の観測データを用いて所定の整数演算を行い、所定の加工データを生成して前記第一のサンプリング周期で出力する一次データ生成手段と、
前記加工データ生成手段から出力された加工データに基づき前記近似式を浮動小数点演算により計算する二次データ生成手段と、
を有することを特徴とする、請求項1に記載の走行状態推定システム。
【請求項3】
前記一次データ生成手段はハードウェアであり、前記二次データ生成手段はソフトウェアであることを特徴とする、請求項2に記載の走行状態推定システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−19723(P2010−19723A)
【公開日】平成22年1月28日(2010.1.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−181229(P2008−181229)
【出願日】平成20年7月11日(2008.7.11)
【出願人】(000001487)クラリオン株式会社 (1,722)
【Fターム(参考)】