金属の表面処理方法、転がり摺動部材および転動装置
【課題】面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で強靭な被膜を形成し、耐磨耗性を向上させることが可能な金属の表面処理方法を提供する。
【解決手段】ハイポイド歯車の相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面には、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成し、この硬化層には、平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが硬化層の0.8倍以下の投射材を用いてショットピーニング処理を行う。
【解決手段】ハイポイド歯車の相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面には、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成し、この硬化層には、平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが硬化層の0.8倍以下の投射材を用いてショットピーニング処理を行う。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属の表面処理方法、転がり摺動部材および転動装置に関し、特に、硬化層が形成された金属の表面をショットピーニング処理する方法に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の転がり支持装置においては、その接触面に高い応力が繰り返しかかることから、これらの部材の構成材料には、硬い、負荷に対する耐性がある、疲労寿命が長い、滑りに対する耐摩耗性が良好である等の性質が要求される。
例えば、転がり軸受では、この部材の構成材料には、軸受鋼としては日本工業規格のSUJ2、ステンレス鋼としては日本工業規格のSUS440Cまたは13Cr系のマルテンサイト系ステンレス鋼、肌焼鋼としては日本工業規格のSCR420相当の鋼を焼入れあるいは浸炭または浸炭窒化処理したものが一般的に使用されている。そして、これらの材料は、疲労寿命等の必要な物性を確保するために、焼入れや焼戻しが施されて、硬さをHRC58〜64としたものが使用されている。
【0003】
また、CO2の排出規制に伴うエンジンの燃費向上の観点から、高速回転時の回転効率を高めるための潤滑油の低粘度化とあいまって、高速回転時または希薄潤滑下における耐久性の向上が益々求められている。このため、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の転がり支持装置においては、耐摩耗性のより一層の向上が要求されている。
また、自動車用を始めとする各種エンジンには数多くのすべり軸受材が用いられるが、省エネルギー対策への社会的要請の高まりにつれ、すべり軸受のより一層の摩擦低減によるエネルギー効率の向上が求められている。
【0004】
すべり軸受では、一般的には軸が面で支持され、その面と軸とが相対的にすべり運動するため、すべり摩擦だけが生じる。このため、転がり軸受や歯車等とは異なり、潤滑性を有する軟質なSn等の金属、あるいはSn−Zn合金等が使用されている。従って、すべり軸受においても同様に、耐摩耗性のより一層の向上が要求されている。
【0005】
耐摩耗性を向上させる方法として、例えば、転がり軸受であれば、ころ端面や案内つばの表面粗さを制御することで、両者の直接的な金属接触をできるだけ避けるようにする方法(特許文献1)、潤滑膜が破れ表面の直接的な接触が生じる場合には、耐焼付性や耐摩耗性を向上させる極圧添加剤として、モリブデンジアルキルジチオカーバメイト等を潤滑油に添加する方法(特許文献2)、あるいは電解放電加工にて規則的に配列された微小ピットを転動面または軌道面に形成することで、接触部に潤滑油を確保できるようにして潤滑特性を向上させ、耐摩耗性を向上させる方法(特許文献3)が開示されている。
【0006】
一方、ダイヤモンドライクカーボンは、その表面がダイヤモンドに準ずる硬さを有し、摺動抵抗も摩擦係数が0.2以下と二硫化モリブデンやフッ素樹脂と同様に小さいことから、従来から潤滑性材料として使用されている。
例えば、磁気ディスク装置においては、磁気ヘッドと磁気ディスクの表面に数十オングストロームのダイヤモンドライクカーボン膜を形成することにより、磁気ヘッドと磁気ディスクとの間の潤滑性を高め、磁気ディスクの表面を保護している。
【0007】
その一方で、上記のような特異な表面の性質から、ダイヤモンドライクカーボンは転がり摺動部材の新たな潤滑性材料として注目され、近年では軸受に潤滑性を付与するために利用されている。例えば、特許文献4には、転がり軸受において、軌道輪の軌道面や転動体の表面に金属を含有するダイヤモンドライクカーボン膜を形成することにより、接触応力を緩和する方法が開示されている。
【0008】
また、転がり軸受等の転動装置において、CVD法、プラズマCVD法、イオンビーム形成法、イオン化蒸着法、非平衡型マグネトロンスパッタリング法等によって、軌道輪の軌道面や転動体の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法が開示されている(特許文献5〜10)。
ここで、特許文献10に開示された方法では、繰り返し応力によるダイヤモンドライクカーボン膜の破損や母材からのダイヤモンドライクカーボン膜の剥離を生じにくくすることができ、転がり軸受等の転動装置において、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても使用することができる。
【0009】
【特許文献1】特開平10−196660号公報
【特許文献2】特公平5−79280号公報
【特許文献3】特開平5−240254号公報
【特許文献4】国際公開WO99/14512号公報
【特許文献5】特開平9−144764号公報
【特許文献6】特開2000−136828号公報
【特許文献7】特開2000−205277号公報
【特許文献8】特開2000−205279号公報
【特許文献9】特開2000−205280号公報
【特許文献10】特開2003−56575号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に開示された方法では、摺接面の中心線平均粗さσ1と、この摺接面が摺接する鍔部内側面の中心線平均粗さσ2との合成粗さ(σ1+σ2)1/2が0.09μmRa以下に設定される。このため、耐摩耗性に優れる可能性はあるが、摺接面を粗くすることによって、油膜パラメータΛの減少による軸受の短寿命化を招くという問題があった。
【0011】
また、特許文献2に開示された方法では、潤滑が枯渇するような環境化においては、耐焼付性や耐摩耗性を向上させる極圧添加剤を潤滑油に添加した場合においても、金属接触が起きやすくなるため、極圧添加剤の効力が発揮されないという問題があった。
また、特許文献3に開示された方法では、ピット径は、電解液がジェット噴射されるノズル径に依存し、直径100μm程度に限定される上、ピット縁起点破壊が懸念されるとともに、加工に多大な時間を要し、大幅なコストアップが避けられないという問題があった。
【0012】
さらに、転がり軸受等の転動装置の軌道輪の軌道面や転動体の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法(特許文献5〜10)において、さらに大きな接触応力が作用するような条件下での使用を考えると、さらなる改良が望まれる。ここで、繰り返し応力によるダイヤモンドライクカーボン膜の破損や母材からのダイヤモンドライクカーボン膜の剥離の原因としては、以下の2点が考えられる。
【0013】
1点目は、鋼とダイヤモンドライクカーボン膜との密着性を向上させるために介在された金属中間層の脆性化の問題である。すなわち、金属中間層を構成する金属とダイヤモンドライクカーボン膜を構成する炭素とが結合して脆い金属カーバイドが生成されるため、金属中間層が脆性化し、ダイヤモンドライクカーボン膜が破損しやすくなる。特に、金属中間層が1種類の金属で構成される場合には、金属カーバイドの脆さが大きいため、ダイヤモンドライクカーボン膜の破損の要因になりやすい。
【0014】
2点目は、ダイヤモンドライクカーボン膜は応力が作用しても、非常に変形しにくい性質を有しているという問題である。ダイヤモンドライクカーボン膜は硬く高弾性であるので、ステンレスや軸受鋼等のような等価弾性定数の小さい金属材料に被覆されると、両者の等価弾性定数の違いから、ダイヤモンドライクカーボン膜が母材の変形に追従することができず、ダイヤモンドライクカーボン膜が破損する場合がある。
【0015】
また、母材とダイヤモンドライクカーボン膜との界面における密着力が不十分であると、ダイヤモンドライクカーボン膜全体が母材から剥離する恐れもある。
そこで、本発明の第1の目的は、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で強靭な被膜を形成し、耐磨耗性を向上させることが可能な金属の表面処理方法を提供することである。
また、本発明の第2の目的は、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部材および転動装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上述した課題を解決するために、請求項1記載の金属の表面処理方法によれば、相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面に、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成する工程と、平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが前記硬化層の0.8倍以下の投射材を前記硬化層の表面に投射する工程とを備えることを特徴とする。
【0017】
これにより、金属表面に形成された硬化層に圧縮残留応力を付与することができる。このため、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で密着性に優れた強靭な被膜を形成することができ、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の耐磨耗性を向上させることが可能となる。
ここで、投射材の平均粒径は、硬化層に付与される圧縮残留応力の深さおよび大きさに大きな影響を及ぼし、投射材の平均粒径が3μmより小さいと、硬化層の極表層部にしか圧縮残留応力が発生しない上に、圧縮残留応力の大きさも小さくなり、硬化層の強靭化を図ることができなくなる。
【0018】
一方、投射材の平均粒径が150μmを超えると、圧縮残留応力が深さ方向に深く入りすぎ、硬化層を超えて母材に発生することから、母材の脆性化を引き起こし、疲労寿命が短くなる。
また、投射材の硬さが硬化層の0.8倍を越えると、投射材を硬化層に投射させた時に硬化層が削られて脱落する恐れがある。なお、短時間で確実に硬化層を強靭化させるためには、投射材の硬さは硬化層の硬さの1/5以上とすることが好ましい。
【0019】
また、請求項2記載の金属の表面処理方法によれば、前記投射材の投射速度は50m/sec以上であることを特徴とする。
これにより、十分な衝突エネルギーを発生させながら、投射材を硬化層の表面に投射することができ、硬化層の奥深くまで圧縮残留応力を付与することが可能となるとともに、硬化層と母材との拡散を促進することができる。このため、面圧を受けて相互に接触する金属表面に強固な被膜を形成することができ、耐磨耗性に優れた金属の表面処理方法を提供することができる。
なお、硬化層と母材との拡散を促進するためには、ショットピーニング処理を室温温度以上、硬化層および母材が焼きなまされない温度以下で行うのが好ましい。例えば、鋼鉄材料ならば、焼き戻し温度以下とするのがよい。
【0020】
また、請求項3記載の金属の表面処理方法によれば、前記投射材の投射圧力は0.1MPa以上であることを特徴とする。
これにより、硬化層と母材との界面に拡散結合を起させることができ、密着性および耐磨耗性に優れた金属の表面処理方法を提供することができる。
【0021】
また、請求項4記載の金属の表面処理方法によれば、前記投射材は、亜鉛、錫、銅、アルミニウム、ニッケルまたはチタンからなる軟質材料、亜鉛合金、錫合金または銅合金からなる軟質合金、PTFE、ナイロン、ポリカーボネートまたはポリプラスからなる樹脂系材料、ウォルナッツ(クルミ殻)、アプリコット(杏の種)、ピーチ(桃の種)樹脂系材料、ガラスビーズ、SiC、ジルコニアまたは鋼からなる硬質材料から選択されることを特徴とする。
これにより、投射速度や投射圧力に応じて最適な投射材を選択することができ、密着性および耐磨耗性に優れた金属の表面処理方法を提供することができる。
【0022】
また、請求項5記載の転がり摺動部材によれば、相手部材との間で相対的な転がり接触またはすべり接触が生じる接触面にダイヤモンドライクカーボン層が被覆された鋼製の母材からなる転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、表面側から炭素からなるカーボン層、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層、タングステンあるいはシリコンからなる単層、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層、クロムからなる金属層の5層構造を備え、前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は100GPa以上240GPa以下であり、前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面には、0.05MPa以上0.6MPa以下の投射圧力でショットピーニング処理が施され、前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下であることを特徴とする。
【0023】
これにより、鋼製の母材とダイヤモンドライクカーボン層との間に介在された中間金属層を複数の金属で構成することができ、ダイヤモンドライクカーボン膜を構成する炭素と金属とが結合して金属カーバイドが生成された場合においても、金属カーバイドの脆性化を抑制することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に圧縮残留応力を付与した上で、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を母材よりも小さくすることができる。
【0024】
このため、密着性に優れた高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層を鋼製の母材の表面に形成することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが可能となり、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損や剥離を防止することが可能になることから、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等にダイヤモンドライクカーボン層を好適に使用することが可能となる。
【0025】
ここで、接触面の粗さが粗すぎると、相手部材との間で相対的な転がり接触またはすべり接触が生じた時に音響面で問題となることから、表面粗さRaは0.2μm以下とするとともに、ダイヤモンドライクカーボン層の成膜能力を考慮して表面粗さRaは0.03μm以上とした。
また、ダイヤモンドライクカーボン層にて被覆された接触面のショットピーニング処理を施すことにより、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に圧縮残留応力を付与することができ、ダイヤモンドライクカーボン層の剥離を抑制することができる。ここで、ショットピーニング処理の投射圧力を0.05MPa以上0.6MPa以下とすることにより、ショットピーニング処理時にダイヤモンドライクカーボン層が剥離することを防止しつつ、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に有効に圧縮残留応力を付与することができる。
【0026】
また、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を100GPa以上240GPa以下に設定することにより、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を母材よりも小さくすることができ、繰り返し応力が作用した際にダイヤモンドライクカーボン層が変形することが可能となる。このため、ダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが可能となり、ダイヤモンドライクカーボン層の破損を抑制することが可能となる。
【0027】
ここで、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が240GPaを超えると、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が母材よりも大きくなることから、繰り返し応力が作用した際にダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが困難となり、ダイヤモンドライクカーボン層が破損しやすくなる。一方、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100Pa未満になると、ダイヤモンドライクカーボン層の硬さが低くなることから、ダイヤモンドライクカーボン層の耐磨耗性が劣化する。
【0028】
また、請求項6記載の転がり摺動部材によれば、前記ショットピーニング処理に用いられる投射材の硬さはHv450以下であることを特徴とする。
これにより、ダイヤモンドライクカーボン層を母材の変形に追従させることを可能としつつ、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に圧縮残留応力を有意に付与することができる。ここで、投射材の硬さがHv450を越えると、金属層および複合金属層の加工硬化が進み、繰り返し応力が作用した際にダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが困難となることから、ダイヤモンドライクカーボン層が破損しやすくなる。
【0029】
また、請求項7記載の転がり摺動部材によれば、前記複合層中の炭素の割合が表面側に向かって徐々に増加していることを特徴とする。
これにより、母材側の炭素の割合を低くすることができ、ダイヤモンドライクカーボン層と鋼製の母材との密着性を向上させることができる。
また、請求項8記載の転がり摺動部材によれば、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にて形成されていることを特徴とする。
これにより、皮膜形成中に母材に照射されるイオン量を増大させることができ、高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層を母材の表面に形成することができる。
【0030】
また、請求項9記載の転動装置によれば、第1軌道面を有する第1部材と、前記第1軌道面に対向配置された第2軌道面を有する第2部材と、前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動自在に配置された転動体とを備え、前記第1部材、前記第2部材および前記転動体のうちのいずれか少なくとも1つが請求項5から8のいずれか1項記載の転がり摺動部材にて形成されていることを特徴とする。
【0031】
これにより、密着性に優れた高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層にて、転動装置を構成する転がり摺動部材を被覆することができ、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損や剥離を防止することが可能になることから、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の長寿命化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態に係る金属の表面処理方法について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るハイポイド歯車の概略構成を示す斜視図である。
図1において、ハイポイド歯車には、ハイポイドピニオン歯車11およびハイポイドリング歯車12が設けられている。そして、ハイポイドピニオン歯車11には駆動側回転軸10が設けられるとともに、ハイポイドリング歯車12には不図示の被駆動側回転軸が設けられ、ハイポイドピニオン歯車11とハイポイドリング歯車12とは噛み合って歯車対が構成されている。
【0033】
ここで、ハイポイドピニオン歯車11の回転中心軸O1と、ハイポイドリング歯車12回転中心軸O2とは、偏心量Eだけずれて互いに直角となっており、回転中心軸O1、O2sが相互に交わることなくかつ平行になることもなく、動力伝達時の歯面の滑り量が、平歯車や傘歯車の歯面に比べて大きくなっている。
そして、例えば、ハイポイド歯車が車両の動力伝達装置に使用される場合、駆動側回転軸10は変速機出力軸に連結され、ハイポイドリング歯車12はデファレンシャルのケース取り付けられる。
【0034】
ここで、ハイポイド歯車の相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面には、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成することができる。そして、この硬化層には、平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが硬化層の0.8倍以下の投射材を用いてショットピーニング処理を行うことができる。
これにより、金属表面に形成された硬化層に圧縮残留応力を付与することが可能となるとともに、硬化層に付与される圧縮残留応力の深さおよび大きさを適正化することが可能となることから、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で密着性に優れた強靭な被膜を形成することが可能となり、ハイポイド歯車の耐磨耗性を向上させることが可能となる。
【0035】
図2は、本発明の一実施形態に係る金属の表面処理工程を示す断面図である。
図2(a)において、金属素地21を用意する。ここで、表面処理工程を歯車に行う場合、歯切り工程において金属素地21となる鋼に歯車を形成してもよい。なお、歯切り工程では、ホブ盤を用いたホブ切り、あるいはピニオンカッタとラックカッタを用いた歯切りにて切削加工することができる。ホブ切りは、ホブと歯車素材との相対運動によって歯車を削り出すようにした創生歯切り法である。ホブは、円筒面上にラックの歯形をした切れ刃がねじ状に形成された工具で、このホブの回転とともに一定の比率で歯車素材を回転させながら、ホブを歯車軸方向に送ることにより、歯車の創生歯切りを行うことができる。
なお、歯車のうち歯筋がねじれた曲線となっているハイポイド歯車は、環状カッタを用いた創生歯切りや、円錐ホブを用いた創生歯切りにて創生歯切り加工をすることができる。
【0036】
次に、図2(b)に示すように、金属素地21の表面に硬化層22を形成する。金属素地21の表面に硬化層22を形成する方法としては、浸炭処理などの熱処理を行うことができ、歯車素材に浸炭処理を行った場合には、歯車素材の鋼の炭素含有率が増加し、歯車の表面に硬化層を形成することができる。
なお、浸炭処理以外の硬化処理としては、例えば、浸炭窒化や窒化などの熱処理、硬質Crメッキ、CrN、TiN、TiCNなどが施された表面処理、溶射、ダイヤモンドライクカーボンなどが施された表面処理を挙げることができるが、優れた低摩擦性および低磨耗性が得られることから、硬化層22としてはダイヤモンドライクカーボンが最も好ましい。また、必要に応じて、研磨加工であるラッピングやホーニングまたは切削加工であるシービングなどの表面仕上げを行うことにより、歯面を平坦に仕上げ加工してもよい。また、硬化層22を形成した後に研磨加工を行う場合には、必要に応じて硬化層22の形成前の研磨加工を省略するようにしてもよい。
【0037】
ここで、金属素地21の表面に硬化層22を形成する場合、硬化層22の硬さがHv600以上であることが好ましい。また、硬化層22の厚さWが0.1μm以上200μm以下であることが好ましく、特に、表層から深さ方向に均一に硬さが減少するように勾配を持つ硬化層22では、Hv600以下となるのが深さ方向で200μmを超えてはならない。
【0038】
次に、図2(c)に示すように、投射材23を硬化層22の表面に投射することにより、硬化層22のショットピーニング処理を行う。ここで、投射材23の平均粒径Rは3〜150μmの範囲内で、投射材23の硬さは硬化層22の0.8倍以下とするのが好ましい。また、投射材23の投射速度は50m/sec以上、投射材23の投射圧力は0.1MPa以上であることが好ましい。
【0039】
これにより、金属素地21の表面に形成された硬化層22に圧縮残留応力を付与することができ、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で密着性に優れた強靭な被膜を形成することが可能となることから、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の耐磨耗性を向上させることが可能となる。
実施例として、SCM435製のギアの表面に浸炭窒化(930℃で5時間処理を行った後、焼入れ焼戻しを行うことで、HRC60以上となるように調整した。)を施し、研磨加工を行った後、ダイヤモンドライクカーボンを形成した。
【0040】
ここで、ダイヤモンドライクカーボンは、表面側から炭素からなるカーボン層、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層、タングステン、シリコン、チタニウムあるいはモリブデンのうちの一つからなる中間層、ングステン、シリコン、チタニウムあるいはモリブデンのうちの一つとクロムからなる複合金属層、クロムからなる金属層の5層構造を備えていることが好ましい。
【0041】
そして、ダイヤモンドライクカーボンにて被覆されている部分は、摩擦係数が0.3以下であることが好ましく、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は100GPa以上240GPa以下であることが好ましい。
なお、ダイヤモンドライクカーボン層のような薄膜では、通常の方法では弾性定数を測定することができないため、弾性定数に準拠する等価弾性定数を求めた。すなわち、押し込み深さを少なくともダイヤモンドライクカーボン層の厚さ内として微小硬度計による測定を行い、その結果得られた荷重−除荷曲線から等価弾性定数を求めた。
【0042】
例えば、ダイヤモンドライクカーボン層の厚さが2μmである場合には、押し込み荷重を0.4〜50mNの間に適宜設定してから測定を行った。本実施例においては、エオリニクス社製の微小硬度計を使用し、押し込み荷重を50mNとして測定した等価弾性定数を用いた。
この他の等価弾性定数の測定方法としては、フィッシャー製の微小硬度測定装置を用いる方法がある。この方法では、マイクロビッカース硬度計は使用せず、静電容量で制御できる微小硬度計またはナノインデンテータを用いることが好ましい。そして、押し込み深さをダイヤモンドライクカーボン層の厚さ内として、微小硬度計またはナノインデンテータから得られた荷重−除荷曲線の弾性変形量から等価弾性定数を求めることができる。
【0043】
なお、HRC60の鋼炭素クロム鋼(SUJ2)の表面の等価弾性定数を上記の方法にて求めると250GPaとなり、通常のカタログなどに記載されている210GPaという値よりも大きくなる。これは、上記の方法では、微小な押し込み領域を対象とした測定であることから、SUJ2の表面の加工硬化層の影響を受けるためである。
また、ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にて形成することが好ましい。
このような物理的成膜方法は、CVD法、プラズマCVD法、イオンピーム形成法、イオン化学蒸着法等と比較して、好適な等価弾性定数および強度を有するダイヤモンドライクカーボン層が得られやすいので、大きな接触応力が作用する転動装置を構成する部品に適している。
【0044】
以上説明した実施例では、大きな接触応力が作用しても破損しにくいダイヤモンドライクカーボン層を潤滑膜として転がり摺動部材に形成することができ、大きな接触応力が作用する転がり軸受などの転動装置の構成部品などに好適に使用することができる。また、優れた潤滑性を備えていることから、無潤滑下においても転がり摺動部材を好適に使用することが可能となるとともに、磨耗や発熱が少ない上、繰り返し応力に対しても強く長寿命化を図ることができる。
【0045】
また、金属と炭素からなる複合層を有するダイヤモンドライクカーボン層は、密着性に優れる上に脆さが小さいため、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損や剥離を防止することが可能になることから、転がり摺動部材や転動装置に好適に使用することができる。そして、相手部材との接触面のうちダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分の摩擦係数を0.3以下に設定することにより、例えば、潤滑状態が激しい場合においても、ダイヤモンドライクカーボン層が容易に剥がれたり、焼付きを起したりするのを防止することができる。
【0046】
さらに、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を100GPa以上240GPa以下に設定することにより、繰り返し応力が作用した場合においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損が生じるのを防止することができる。
上述した金属の表面処理方法の評価を行うために、図1のハイポイド歯車を用いて、下記に示すような条件にて耐久試験を行い、磨耗量を測定した。なお、磨耗量の測定に関しては、試験前後での重量の差を求め、比較例1を基準とした磨耗量の比で示した。また、試験数に関しては、各条件について10個ずつ行い、試験時間は100時間とした。
面圧 :0.8GPa
回転数 :3000回転
すべり速度:なし
温度 :80℃
潤滑 :オイル(VG68相当)
【0047】
また、図3に示すようなボールオンディスク試験装置を用い、下記に示すような条件にて試験を行い、磨耗量を測定した。なお、磨耗量の測定に関しては、試験前後での重量の差を求め、比較例1を基準とした磨耗量の比で示した。
面圧 :1.5GPa
すべり速度:0.96m/sec
温度 :25℃
潤滑 :無潤滑
ここで、ボールオンディスク試験装置には、回転プレート31が設けられている。そして、ホルダー32にボール33を装着し、荷重をかけながらボール33を回転プレート31に押し付けることで、ボール33の磨耗を起させることができる。
【0048】
図4は、本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの耐久試験結果を比較例とともに示す図である。
図4において、硬化層の厚さが0.1μmに満たない場合または200μmを超える場合、あるいは、投射材の平均粒径が3〜150μmの範囲内にない場合、あるいは、投射材の硬さが記硬化層の0.8倍を超える場合には、耐磨耗性の改善効果はあまり期待でないことが判る。
これに対して、硬化層の厚さが0.1μm以上200μm以下、投射材の平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが硬化層の0.8倍以下とすることにより、大きな耐磨耗性の改善効果を得ることができた。
【0049】
図5は、本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図、図6は、本発明の一実施例に係る表面処理されたボールオンディスクの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図である。
図5および図6において、優れた耐磨耗性を得るためには、硬化層の厚さは0.1μm以上50μm以下とするのが好ましいことが判る。また、この場合、投射材の投射速度は50m/sec以上、投射材の投射圧力は0.1MPa以上するのがよい。
【0050】
図7は、本発明の一実施形態に係るスラスト玉軸受の概略構成を示す縦断面図、図8は、図7のAの部分を拡大して示す断面図である。
図7において、スラスト玉軸受には、内輪41および外輪42が設けられている。そして、内輪41の外面には軌道面41aが設けられるとともに、外輪42の内面には軌道面42aが設けられ、軌道面41a、42aは対抗配置されている。そして、軌道面41a、42a間には、転動自在に配置された複数の玉43が配置され、玉43は、保持器44にて軸受の円周方向に沿って等間隔に保持されている。
【0051】
なお、内輪41、外輪42および玉43は、例えば、SUJ2等の鋼製とすることができる。また、内輪41および外輪42の寸法は、例えば、内径25mm、外径52mm、厚さ18mmとすることができ、軌道面41a、42aの横断面形状は、玉43の直径の54%の曲率半径を有する円弧状とすることができる。
そして、内輪41、外輪42および玉43は、相互に転がり接触またはすべり接触することができ、内輪41の軌道面41a、外輪42の軌道面42a、玉43の転動面43aがその接触面に相当する。そして、これらの接触面においては、潤滑性を有し、等価弾性定数が100GPa以上240GPa以下のダイヤモンドライクカーボン層Dが、内輪41、外輪42および玉43の鋼製の母材に被覆されている。そして、内輪41、外輪42および玉43の鋼製の母材のうち、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された部分の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下とすることができる。
【0052】
さらに、図8に示すように、ダイヤモンドライクカーボン層Dは、表面側から炭素からなるカーボン単層D5、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層D4、タングステンあるいはシリコンからなる単層D3、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層D2、クロムからなる金属層D1の5層構造を備えている。
また、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面には、0.05MPa以上0.6MPa以下の投射圧力でショットピーニング処理を施すことができる。
【0053】
これにより、鋼製の母材とダイヤモンドライクカーボン層との間に介在された中間金属層を複数の金属で構成することができ、ダイヤモンドライクカーボン層Dを構成する炭素と金属とが結合して金属カーバイドが生成された場合においても、金属カーバイドの脆性化を抑制することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層Dの表層部に圧縮残留応力を付与した上で、ダイヤモンドライクカーボン層Dの等価弾性定数を母材よりも小さくすることができる。
【0054】
このため、密着性に優れた高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層Dを鋼製の母材の表面に形成することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層Dが母材の変形に追従することが可能となる。このため、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層Dの破損や剥離を防止することが可能になることから、スラスト玉軸受にダイヤモンドライクカーボン層を好適に使用することが可能となる。
【0055】
以下、ダイヤモンドライクカーボン層Dを形成する方法について、外輪42を例にとって説明する。
油分が脱脂された外輪42を株式会社神戸製鋼所社製のアドバンスドマグネトロンスパッタリング装置に設置し、アルゴンプラズマによるスパッタリングを行うことにより、母材の表面のうちの軌道面42aにボンバート処理を15分間だけ施した。
【0056】
そして、クロムをターゲットとしてスパッタリングを行うことにより、母材の表面のうちの軌道面42aとなる部分にクロムからなる金属層D1を形成した後、タングステンあるいはシリコンおよびクロムをターゲットとしてスパッタリングを行うことにより、母材の表面のうちの軌道面42aとなる部分にこれら2種類の材料を成膜し、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層D2を金属層D1上に形成した。
【0057】
さらに、タングステンあるいはシリコンをターゲットとしてスパッタリングを行うことにより、タングステンあるいはシリコンからなる単層D3を複合金属層D2上に成膜し、タングステンあるいはシリコンのスパッタリングを続けながら、カーボンをターゲットとした炭素のスパッタリングを行うことにより、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層D4を単層D3上に成膜した。ここで、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層D4を成膜する場合、タングステンあるいはシリコンのスパッタ効率を徐々に減少させながら、炭素のスパッタ効率を徐々に増加させるようにしてもよい。そして、炭素のスパッタリングを続けながら、タングステンあるいはシリコンのスパッタリングを終了させ、炭素からなるカーボン層D5を複合層D4上に成膜した。なお、ダイヤモンドライクカーボン層D全体の膜厚は、2.2μmとした。
【0058】
このようなスパッタリングにて成膜を行うことにより、2種類の金属で構成された層から炭素で構成された層(カーボン層D5)に向かって層の組成が徐々に変化するダイヤモンドライクカーボン層Dを形成することができる。このような構成のダイヤモンドライクカーボン層Dでは、各層(金属層D1、複合金属層D2、単層D3、複合層D4およびカーボン層D5)の間の密着性を向上させることができるとともに、潤滑性に優れたカーボン層D5とである母材である鋼との密着性を向上させることができる。
【0059】
また、アドバンスドマグネトロンスパッタリング装置は、スパッタリングに用いられるターゲットを複数装着することができ、各ターゲットのスパッタ電源を独立に制御することにより、各成分のスパッタ効率を任意に制御可能なことから、ダイヤモンドライクカーボン層Dの層の組成を徐々に変化させることができる。例えば、複合層D4およびカーボン層D5を成膜する工程では、外輪42に負のバイアス電圧を印加しながら、金属ターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を低減させると同時に、カーボンターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を増加させればよい。
【0060】
図9は、本発明の一実施形態に係るダイヤモンドライクカーボン層を形成する構成元素の分析結果を示す測定チャートである。なお、図9の例では、ダイヤモンドライクカーボン層Dを形成する構成元素を分析するために、グロー放電発光分析装置(島津製作所株式会社製のGDLS−9950)を使用した。また、横軸は、表面からの深さを示し、0nmがダイヤモンドライクカーボン層Dの表面を表している。一方、縦軸は、その深さ位置における各元素の含有量を示す。
【0061】
図9において、アルゴンガスを使用した放電によって深さ方向の情報を得ているため、母材である鋼とダイヤモンドライクカーボン層Dとの界面において、各元素の含有量を示す曲線がブロードになっている。また、母材である鋼とダイヤモンドライクカーボン層Dとの界面が8000nm付近に位置していることから、図9の測定チャートからはダイヤモンドライクカーボン層Dの厚さが約8μmであることが読み取れるが、この分析法では、直径2mmの円形部分についての放電発光により分析が行われるため、深さ方向の精度上ダイヤモンドライクカーボン層Dの厚さが約8μmとなって現れるものであって、ダイヤモンドライクカーボン層Dの実際の厚さは2.2μmである。
【0062】
また、ダイヤモンドライクカーボン層Dのショットピーニング処理には、株式会社不二製作所製のFD−4LD−501型の装置を使用した。ここで、投射材は粒径が30〜60μmの鉄であり、熱処理にて投射材の硬さがHv450以下となるように調整した。また、ショット条件は、投射距離が150mm、処理時間が5分である。また、0.05MPa以上0.6MPa以下の範囲内で投射圧力を適宜設定することにより、ダイヤモンドライクカーボン層Dの表面に付与される圧縮残留応力を調整した。なお、本実施例では、投射材として鉄を用いたが、Hv450以下の硬さならば、何ら鉄に限定されるものではない。
【0063】
なお、上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの成膜方法では、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にてダイヤモンドライクカーボン層Dを形成する方法について説明したが、パルスレーザーアーク蒸着法やプラズマCVD法等を用いるようにしてもよい。ただし、等価弾性定数や塑性変形硬さ等を独立に制御することが容易なできる非平衡型マグネトロンスパッタリング法を使用するのが最もよい。
【0064】
図10は、本発明の一実施例に係るスラスト玉軸受の軌道面中心線平均粗さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
図10において、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面の表面粗さRaが0.2μmを超えると、はくり寿命が低下することが判る。このため、ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下の範囲内とすることが好ましい。また、ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは滑らかであればあるほど好ましく、表面粗さRaは0.08μm以下とするのがさらに好ましい。
【0065】
図11は、本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射圧力とはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
図11において、ショットピーニング処理時の投射圧力が0.05MPaに満たない場合または0.6MPaを超えると、はくり寿命が低下することが判る。このため、ショットピーニング処理時の投射圧力は0.05MPa以上0.6MPa以下の範囲内とすることが好ましい。
【0066】
図12は、本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射材の硬さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
図12において、投射材の硬さがHv450を超えると、はくり寿命が低下することが判る。このため、投射材の硬さはHv450以下とすることが好ましい。
上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの評価を行うために、図7のスラスト玉軸受を用いて、下記に示すような条件にて寿命試験を行い、はくり寿命を測定した。
軸受寸法 :φ25×φ52
回転速度 :1500min-1
荷重 :900kg
潤滑油 :VG68タービン油
【0067】
図13は、本発明の一実施例に係るダイヤモンドライクカーボン層が形成されたスラスト玉軸受の寿命試験結果を比較例とともに示す図である。
図13おいて、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面の表面粗さRaが0.2μmを超える場合、あるいは、投射圧力が0.05MPaに満たない場合または0.6MPaを超える場合、あるいは、投射材の硬さがHv450を超える場合には、はくり寿命の改善効果はあまり期待でないことが判る。
これに対して、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面の表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下、投射圧力が0.05MPa以上0.6MPa以下、投射材の硬さがHv450以下とすることにより、大きなはくり寿命の改善効果を得ることができた。
【0068】
なお、上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの成膜方法では、スラスト玉軸受を例にとって説明したが、例えば、深い溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受などに適用するようにしてもよい。
また、上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの成膜方法では、転動装置として転がり軸受を例にとって説明したが、例えば、直動案内軸受、ボールねじ、直動ベアリングなどの他の様々の転動装置に適用するようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の一実施形態に係るハイポイド歯車の概略構成を示す斜視図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る金属の表面処理工程を示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る金属の表面処理の評価に用いられるボールオンディスク試験装置の概略構成を示す斜視図である。
【図4】本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの耐久試験結果を比較例とともに示す図である。
【図5】本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図である。
【図6】本発明の一実施例に係る表面処理されたボールオンディスクの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図である。
【図7】本発明の一実施形態に係るスラスト玉軸受の概略構成を示す縦断面図である。
【図8】図7のAの部分を拡大して示す断面図である。
【図9】本発明の一実施形態に係るダイヤモンドライクカーボン層を形成する構成元素の分析結果を示す測定チャートである。
【図10】本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射材の硬さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
【図11】本発明の一実施例に係るダイヤモンドライクカーボン層が形成されたスラスト玉軸受の寿命試験結果を比較例とともに示す図である。
【図12】本発明の一実施例に係るスラスト玉軸受の軌道面中心線平均粗さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
【図13】本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射圧力とはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
【符号の説明】
【0070】
10 駆動側回転軸
11 ハイポイドピニオン歯車
12 ハイポイドリング歯車
21 金属素地
22 硬化層
23 投射材
31 回転プレート
32 ホルダー
33 ボール
41 内輪
41a、42a 軌道面
42 外輪
43 玉
43a 転動面
44 保持器
D ダイヤモンドライクカーボン層
D1 Cr単層
D2 Cr/WあるいはSi複合層
D3 WあるいはSi単層
D4 WあるいはSi/カーボン複合層
D5 カーボン単層
【技術分野】
【0001】
本発明は金属の表面処理方法、転がり摺動部材および転動装置に関し、特に、硬化層が形成された金属の表面をショットピーニング処理する方法に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の転がり支持装置においては、その接触面に高い応力が繰り返しかかることから、これらの部材の構成材料には、硬い、負荷に対する耐性がある、疲労寿命が長い、滑りに対する耐摩耗性が良好である等の性質が要求される。
例えば、転がり軸受では、この部材の構成材料には、軸受鋼としては日本工業規格のSUJ2、ステンレス鋼としては日本工業規格のSUS440Cまたは13Cr系のマルテンサイト系ステンレス鋼、肌焼鋼としては日本工業規格のSCR420相当の鋼を焼入れあるいは浸炭または浸炭窒化処理したものが一般的に使用されている。そして、これらの材料は、疲労寿命等の必要な物性を確保するために、焼入れや焼戻しが施されて、硬さをHRC58〜64としたものが使用されている。
【0003】
また、CO2の排出規制に伴うエンジンの燃費向上の観点から、高速回転時の回転効率を高めるための潤滑油の低粘度化とあいまって、高速回転時または希薄潤滑下における耐久性の向上が益々求められている。このため、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の転がり支持装置においては、耐摩耗性のより一層の向上が要求されている。
また、自動車用を始めとする各種エンジンには数多くのすべり軸受材が用いられるが、省エネルギー対策への社会的要請の高まりにつれ、すべり軸受のより一層の摩擦低減によるエネルギー効率の向上が求められている。
【0004】
すべり軸受では、一般的には軸が面で支持され、その面と軸とが相対的にすべり運動するため、すべり摩擦だけが生じる。このため、転がり軸受や歯車等とは異なり、潤滑性を有する軟質なSn等の金属、あるいはSn−Zn合金等が使用されている。従って、すべり軸受においても同様に、耐摩耗性のより一層の向上が要求されている。
【0005】
耐摩耗性を向上させる方法として、例えば、転がり軸受であれば、ころ端面や案内つばの表面粗さを制御することで、両者の直接的な金属接触をできるだけ避けるようにする方法(特許文献1)、潤滑膜が破れ表面の直接的な接触が生じる場合には、耐焼付性や耐摩耗性を向上させる極圧添加剤として、モリブデンジアルキルジチオカーバメイト等を潤滑油に添加する方法(特許文献2)、あるいは電解放電加工にて規則的に配列された微小ピットを転動面または軌道面に形成することで、接触部に潤滑油を確保できるようにして潤滑特性を向上させ、耐摩耗性を向上させる方法(特許文献3)が開示されている。
【0006】
一方、ダイヤモンドライクカーボンは、その表面がダイヤモンドに準ずる硬さを有し、摺動抵抗も摩擦係数が0.2以下と二硫化モリブデンやフッ素樹脂と同様に小さいことから、従来から潤滑性材料として使用されている。
例えば、磁気ディスク装置においては、磁気ヘッドと磁気ディスクの表面に数十オングストロームのダイヤモンドライクカーボン膜を形成することにより、磁気ヘッドと磁気ディスクとの間の潤滑性を高め、磁気ディスクの表面を保護している。
【0007】
その一方で、上記のような特異な表面の性質から、ダイヤモンドライクカーボンは転がり摺動部材の新たな潤滑性材料として注目され、近年では軸受に潤滑性を付与するために利用されている。例えば、特許文献4には、転がり軸受において、軌道輪の軌道面や転動体の表面に金属を含有するダイヤモンドライクカーボン膜を形成することにより、接触応力を緩和する方法が開示されている。
【0008】
また、転がり軸受等の転動装置において、CVD法、プラズマCVD法、イオンビーム形成法、イオン化蒸着法、非平衡型マグネトロンスパッタリング法等によって、軌道輪の軌道面や転動体の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法が開示されている(特許文献5〜10)。
ここで、特許文献10に開示された方法では、繰り返し応力によるダイヤモンドライクカーボン膜の破損や母材からのダイヤモンドライクカーボン膜の剥離を生じにくくすることができ、転がり軸受等の転動装置において、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても使用することができる。
【0009】
【特許文献1】特開平10−196660号公報
【特許文献2】特公平5−79280号公報
【特許文献3】特開平5−240254号公報
【特許文献4】国際公開WO99/14512号公報
【特許文献5】特開平9−144764号公報
【特許文献6】特開2000−136828号公報
【特許文献7】特開2000−205277号公報
【特許文献8】特開2000−205279号公報
【特許文献9】特開2000−205280号公報
【特許文献10】特開2003−56575号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1に開示された方法では、摺接面の中心線平均粗さσ1と、この摺接面が摺接する鍔部内側面の中心線平均粗さσ2との合成粗さ(σ1+σ2)1/2が0.09μmRa以下に設定される。このため、耐摩耗性に優れる可能性はあるが、摺接面を粗くすることによって、油膜パラメータΛの減少による軸受の短寿命化を招くという問題があった。
【0011】
また、特許文献2に開示された方法では、潤滑が枯渇するような環境化においては、耐焼付性や耐摩耗性を向上させる極圧添加剤を潤滑油に添加した場合においても、金属接触が起きやすくなるため、極圧添加剤の効力が発揮されないという問題があった。
また、特許文献3に開示された方法では、ピット径は、電解液がジェット噴射されるノズル径に依存し、直径100μm程度に限定される上、ピット縁起点破壊が懸念されるとともに、加工に多大な時間を要し、大幅なコストアップが避けられないという問題があった。
【0012】
さらに、転がり軸受等の転動装置の軌道輪の軌道面や転動体の表面にダイヤモンドライクカーボン膜を形成する方法(特許文献5〜10)において、さらに大きな接触応力が作用するような条件下での使用を考えると、さらなる改良が望まれる。ここで、繰り返し応力によるダイヤモンドライクカーボン膜の破損や母材からのダイヤモンドライクカーボン膜の剥離の原因としては、以下の2点が考えられる。
【0013】
1点目は、鋼とダイヤモンドライクカーボン膜との密着性を向上させるために介在された金属中間層の脆性化の問題である。すなわち、金属中間層を構成する金属とダイヤモンドライクカーボン膜を構成する炭素とが結合して脆い金属カーバイドが生成されるため、金属中間層が脆性化し、ダイヤモンドライクカーボン膜が破損しやすくなる。特に、金属中間層が1種類の金属で構成される場合には、金属カーバイドの脆さが大きいため、ダイヤモンドライクカーボン膜の破損の要因になりやすい。
【0014】
2点目は、ダイヤモンドライクカーボン膜は応力が作用しても、非常に変形しにくい性質を有しているという問題である。ダイヤモンドライクカーボン膜は硬く高弾性であるので、ステンレスや軸受鋼等のような等価弾性定数の小さい金属材料に被覆されると、両者の等価弾性定数の違いから、ダイヤモンドライクカーボン膜が母材の変形に追従することができず、ダイヤモンドライクカーボン膜が破損する場合がある。
【0015】
また、母材とダイヤモンドライクカーボン膜との界面における密着力が不十分であると、ダイヤモンドライクカーボン膜全体が母材から剥離する恐れもある。
そこで、本発明の第1の目的は、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で強靭な被膜を形成し、耐磨耗性を向上させることが可能な金属の表面処理方法を提供することである。
また、本発明の第2の目的は、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても好適に使用可能な転がり摺動部材および転動装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上述した課題を解決するために、請求項1記載の金属の表面処理方法によれば、相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面に、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成する工程と、平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが前記硬化層の0.8倍以下の投射材を前記硬化層の表面に投射する工程とを備えることを特徴とする。
【0017】
これにより、金属表面に形成された硬化層に圧縮残留応力を付与することができる。このため、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で密着性に優れた強靭な被膜を形成することができ、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の耐磨耗性を向上させることが可能となる。
ここで、投射材の平均粒径は、硬化層に付与される圧縮残留応力の深さおよび大きさに大きな影響を及ぼし、投射材の平均粒径が3μmより小さいと、硬化層の極表層部にしか圧縮残留応力が発生しない上に、圧縮残留応力の大きさも小さくなり、硬化層の強靭化を図ることができなくなる。
【0018】
一方、投射材の平均粒径が150μmを超えると、圧縮残留応力が深さ方向に深く入りすぎ、硬化層を超えて母材に発生することから、母材の脆性化を引き起こし、疲労寿命が短くなる。
また、投射材の硬さが硬化層の0.8倍を越えると、投射材を硬化層に投射させた時に硬化層が削られて脱落する恐れがある。なお、短時間で確実に硬化層を強靭化させるためには、投射材の硬さは硬化層の硬さの1/5以上とすることが好ましい。
【0019】
また、請求項2記載の金属の表面処理方法によれば、前記投射材の投射速度は50m/sec以上であることを特徴とする。
これにより、十分な衝突エネルギーを発生させながら、投射材を硬化層の表面に投射することができ、硬化層の奥深くまで圧縮残留応力を付与することが可能となるとともに、硬化層と母材との拡散を促進することができる。このため、面圧を受けて相互に接触する金属表面に強固な被膜を形成することができ、耐磨耗性に優れた金属の表面処理方法を提供することができる。
なお、硬化層と母材との拡散を促進するためには、ショットピーニング処理を室温温度以上、硬化層および母材が焼きなまされない温度以下で行うのが好ましい。例えば、鋼鉄材料ならば、焼き戻し温度以下とするのがよい。
【0020】
また、請求項3記載の金属の表面処理方法によれば、前記投射材の投射圧力は0.1MPa以上であることを特徴とする。
これにより、硬化層と母材との界面に拡散結合を起させることができ、密着性および耐磨耗性に優れた金属の表面処理方法を提供することができる。
【0021】
また、請求項4記載の金属の表面処理方法によれば、前記投射材は、亜鉛、錫、銅、アルミニウム、ニッケルまたはチタンからなる軟質材料、亜鉛合金、錫合金または銅合金からなる軟質合金、PTFE、ナイロン、ポリカーボネートまたはポリプラスからなる樹脂系材料、ウォルナッツ(クルミ殻)、アプリコット(杏の種)、ピーチ(桃の種)樹脂系材料、ガラスビーズ、SiC、ジルコニアまたは鋼からなる硬質材料から選択されることを特徴とする。
これにより、投射速度や投射圧力に応じて最適な投射材を選択することができ、密着性および耐磨耗性に優れた金属の表面処理方法を提供することができる。
【0022】
また、請求項5記載の転がり摺動部材によれば、相手部材との間で相対的な転がり接触またはすべり接触が生じる接触面にダイヤモンドライクカーボン層が被覆された鋼製の母材からなる転がり摺動部材において、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、表面側から炭素からなるカーボン層、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層、タングステンあるいはシリコンからなる単層、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層、クロムからなる金属層の5層構造を備え、前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は100GPa以上240GPa以下であり、前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面には、0.05MPa以上0.6MPa以下の投射圧力でショットピーニング処理が施され、前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下であることを特徴とする。
【0023】
これにより、鋼製の母材とダイヤモンドライクカーボン層との間に介在された中間金属層を複数の金属で構成することができ、ダイヤモンドライクカーボン膜を構成する炭素と金属とが結合して金属カーバイドが生成された場合においても、金属カーバイドの脆性化を抑制することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に圧縮残留応力を付与した上で、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を母材よりも小さくすることができる。
【0024】
このため、密着性に優れた高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層を鋼製の母材の表面に形成することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが可能となり、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損や剥離を防止することが可能になることから、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等にダイヤモンドライクカーボン層を好適に使用することが可能となる。
【0025】
ここで、接触面の粗さが粗すぎると、相手部材との間で相対的な転がり接触またはすべり接触が生じた時に音響面で問題となることから、表面粗さRaは0.2μm以下とするとともに、ダイヤモンドライクカーボン層の成膜能力を考慮して表面粗さRaは0.03μm以上とした。
また、ダイヤモンドライクカーボン層にて被覆された接触面のショットピーニング処理を施すことにより、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に圧縮残留応力を付与することができ、ダイヤモンドライクカーボン層の剥離を抑制することができる。ここで、ショットピーニング処理の投射圧力を0.05MPa以上0.6MPa以下とすることにより、ショットピーニング処理時にダイヤモンドライクカーボン層が剥離することを防止しつつ、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に有効に圧縮残留応力を付与することができる。
【0026】
また、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を100GPa以上240GPa以下に設定することにより、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を母材よりも小さくすることができ、繰り返し応力が作用した際にダイヤモンドライクカーボン層が変形することが可能となる。このため、ダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが可能となり、ダイヤモンドライクカーボン層の破損を抑制することが可能となる。
【0027】
ここで、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が240GPaを超えると、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が母材よりも大きくなることから、繰り返し応力が作用した際にダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが困難となり、ダイヤモンドライクカーボン層が破損しやすくなる。一方、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数が100Pa未満になると、ダイヤモンドライクカーボン層の硬さが低くなることから、ダイヤモンドライクカーボン層の耐磨耗性が劣化する。
【0028】
また、請求項6記載の転がり摺動部材によれば、前記ショットピーニング処理に用いられる投射材の硬さはHv450以下であることを特徴とする。
これにより、ダイヤモンドライクカーボン層を母材の変形に追従させることを可能としつつ、ダイヤモンドライクカーボン層の表層部に圧縮残留応力を有意に付与することができる。ここで、投射材の硬さがHv450を越えると、金属層および複合金属層の加工硬化が進み、繰り返し応力が作用した際にダイヤモンドライクカーボン層が母材の変形に追従することが困難となることから、ダイヤモンドライクカーボン層が破損しやすくなる。
【0029】
また、請求項7記載の転がり摺動部材によれば、前記複合層中の炭素の割合が表面側に向かって徐々に増加していることを特徴とする。
これにより、母材側の炭素の割合を低くすることができ、ダイヤモンドライクカーボン層と鋼製の母材との密着性を向上させることができる。
また、請求項8記載の転がり摺動部材によれば、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にて形成されていることを特徴とする。
これにより、皮膜形成中に母材に照射されるイオン量を増大させることができ、高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層を母材の表面に形成することができる。
【0030】
また、請求項9記載の転動装置によれば、第1軌道面を有する第1部材と、前記第1軌道面に対向配置された第2軌道面を有する第2部材と、前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動自在に配置された転動体とを備え、前記第1部材、前記第2部材および前記転動体のうちのいずれか少なくとも1つが請求項5から8のいずれか1項記載の転がり摺動部材にて形成されていることを特徴とする。
【0031】
これにより、密着性に優れた高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層にて、転動装置を構成する転がり摺動部材を被覆することができ、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損や剥離を防止することが可能になることから、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の長寿命化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態に係る金属の表面処理方法について図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るハイポイド歯車の概略構成を示す斜視図である。
図1において、ハイポイド歯車には、ハイポイドピニオン歯車11およびハイポイドリング歯車12が設けられている。そして、ハイポイドピニオン歯車11には駆動側回転軸10が設けられるとともに、ハイポイドリング歯車12には不図示の被駆動側回転軸が設けられ、ハイポイドピニオン歯車11とハイポイドリング歯車12とは噛み合って歯車対が構成されている。
【0033】
ここで、ハイポイドピニオン歯車11の回転中心軸O1と、ハイポイドリング歯車12回転中心軸O2とは、偏心量Eだけずれて互いに直角となっており、回転中心軸O1、O2sが相互に交わることなくかつ平行になることもなく、動力伝達時の歯面の滑り量が、平歯車や傘歯車の歯面に比べて大きくなっている。
そして、例えば、ハイポイド歯車が車両の動力伝達装置に使用される場合、駆動側回転軸10は変速機出力軸に連結され、ハイポイドリング歯車12はデファレンシャルのケース取り付けられる。
【0034】
ここで、ハイポイド歯車の相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面には、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成することができる。そして、この硬化層には、平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが硬化層の0.8倍以下の投射材を用いてショットピーニング処理を行うことができる。
これにより、金属表面に形成された硬化層に圧縮残留応力を付与することが可能となるとともに、硬化層に付与される圧縮残留応力の深さおよび大きさを適正化することが可能となることから、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で密着性に優れた強靭な被膜を形成することが可能となり、ハイポイド歯車の耐磨耗性を向上させることが可能となる。
【0035】
図2は、本発明の一実施形態に係る金属の表面処理工程を示す断面図である。
図2(a)において、金属素地21を用意する。ここで、表面処理工程を歯車に行う場合、歯切り工程において金属素地21となる鋼に歯車を形成してもよい。なお、歯切り工程では、ホブ盤を用いたホブ切り、あるいはピニオンカッタとラックカッタを用いた歯切りにて切削加工することができる。ホブ切りは、ホブと歯車素材との相対運動によって歯車を削り出すようにした創生歯切り法である。ホブは、円筒面上にラックの歯形をした切れ刃がねじ状に形成された工具で、このホブの回転とともに一定の比率で歯車素材を回転させながら、ホブを歯車軸方向に送ることにより、歯車の創生歯切りを行うことができる。
なお、歯車のうち歯筋がねじれた曲線となっているハイポイド歯車は、環状カッタを用いた創生歯切りや、円錐ホブを用いた創生歯切りにて創生歯切り加工をすることができる。
【0036】
次に、図2(b)に示すように、金属素地21の表面に硬化層22を形成する。金属素地21の表面に硬化層22を形成する方法としては、浸炭処理などの熱処理を行うことができ、歯車素材に浸炭処理を行った場合には、歯車素材の鋼の炭素含有率が増加し、歯車の表面に硬化層を形成することができる。
なお、浸炭処理以外の硬化処理としては、例えば、浸炭窒化や窒化などの熱処理、硬質Crメッキ、CrN、TiN、TiCNなどが施された表面処理、溶射、ダイヤモンドライクカーボンなどが施された表面処理を挙げることができるが、優れた低摩擦性および低磨耗性が得られることから、硬化層22としてはダイヤモンドライクカーボンが最も好ましい。また、必要に応じて、研磨加工であるラッピングやホーニングまたは切削加工であるシービングなどの表面仕上げを行うことにより、歯面を平坦に仕上げ加工してもよい。また、硬化層22を形成した後に研磨加工を行う場合には、必要に応じて硬化層22の形成前の研磨加工を省略するようにしてもよい。
【0037】
ここで、金属素地21の表面に硬化層22を形成する場合、硬化層22の硬さがHv600以上であることが好ましい。また、硬化層22の厚さWが0.1μm以上200μm以下であることが好ましく、特に、表層から深さ方向に均一に硬さが減少するように勾配を持つ硬化層22では、Hv600以下となるのが深さ方向で200μmを超えてはならない。
【0038】
次に、図2(c)に示すように、投射材23を硬化層22の表面に投射することにより、硬化層22のショットピーニング処理を行う。ここで、投射材23の平均粒径Rは3〜150μmの範囲内で、投射材23の硬さは硬化層22の0.8倍以下とするのが好ましい。また、投射材23の投射速度は50m/sec以上、投射材23の投射圧力は0.1MPa以上であることが好ましい。
【0039】
これにより、金属素地21の表面に形成された硬化層22に圧縮残留応力を付与することができ、面圧を受けて相互に接触する金属表面に高質で密着性に優れた強靭な被膜を形成することが可能となることから、転がり軸受、歯車、リニアガイド、ボールねじ等の耐磨耗性を向上させることが可能となる。
実施例として、SCM435製のギアの表面に浸炭窒化(930℃で5時間処理を行った後、焼入れ焼戻しを行うことで、HRC60以上となるように調整した。)を施し、研磨加工を行った後、ダイヤモンドライクカーボンを形成した。
【0040】
ここで、ダイヤモンドライクカーボンは、表面側から炭素からなるカーボン層、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層、タングステン、シリコン、チタニウムあるいはモリブデンのうちの一つからなる中間層、ングステン、シリコン、チタニウムあるいはモリブデンのうちの一つとクロムからなる複合金属層、クロムからなる金属層の5層構造を備えていることが好ましい。
【0041】
そして、ダイヤモンドライクカーボンにて被覆されている部分は、摩擦係数が0.3以下であることが好ましく、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は100GPa以上240GPa以下であることが好ましい。
なお、ダイヤモンドライクカーボン層のような薄膜では、通常の方法では弾性定数を測定することができないため、弾性定数に準拠する等価弾性定数を求めた。すなわち、押し込み深さを少なくともダイヤモンドライクカーボン層の厚さ内として微小硬度計による測定を行い、その結果得られた荷重−除荷曲線から等価弾性定数を求めた。
【0042】
例えば、ダイヤモンドライクカーボン層の厚さが2μmである場合には、押し込み荷重を0.4〜50mNの間に適宜設定してから測定を行った。本実施例においては、エオリニクス社製の微小硬度計を使用し、押し込み荷重を50mNとして測定した等価弾性定数を用いた。
この他の等価弾性定数の測定方法としては、フィッシャー製の微小硬度測定装置を用いる方法がある。この方法では、マイクロビッカース硬度計は使用せず、静電容量で制御できる微小硬度計またはナノインデンテータを用いることが好ましい。そして、押し込み深さをダイヤモンドライクカーボン層の厚さ内として、微小硬度計またはナノインデンテータから得られた荷重−除荷曲線の弾性変形量から等価弾性定数を求めることができる。
【0043】
なお、HRC60の鋼炭素クロム鋼(SUJ2)の表面の等価弾性定数を上記の方法にて求めると250GPaとなり、通常のカタログなどに記載されている210GPaという値よりも大きくなる。これは、上記の方法では、微小な押し込み領域を対象とした測定であることから、SUJ2の表面の加工硬化層の影響を受けるためである。
また、ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にて形成することが好ましい。
このような物理的成膜方法は、CVD法、プラズマCVD法、イオンピーム形成法、イオン化学蒸着法等と比較して、好適な等価弾性定数および強度を有するダイヤモンドライクカーボン層が得られやすいので、大きな接触応力が作用する転動装置を構成する部品に適している。
【0044】
以上説明した実施例では、大きな接触応力が作用しても破損しにくいダイヤモンドライクカーボン層を潤滑膜として転がり摺動部材に形成することができ、大きな接触応力が作用する転がり軸受などの転動装置の構成部品などに好適に使用することができる。また、優れた潤滑性を備えていることから、無潤滑下においても転がり摺動部材を好適に使用することが可能となるとともに、磨耗や発熱が少ない上、繰り返し応力に対しても強く長寿命化を図ることができる。
【0045】
また、金属と炭素からなる複合層を有するダイヤモンドライクカーボン層は、密着性に優れる上に脆さが小さいため、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損や剥離を防止することが可能になることから、転がり摺動部材や転動装置に好適に使用することができる。そして、相手部材との接触面のうちダイヤモンドライクカーボン層が被覆されている部分の摩擦係数を0.3以下に設定することにより、例えば、潤滑状態が激しい場合においても、ダイヤモンドライクカーボン層が容易に剥がれたり、焼付きを起したりするのを防止することができる。
【0046】
さらに、ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数を100GPa以上240GPa以下に設定することにより、繰り返し応力が作用した場合においても、ダイヤモンドライクカーボン層の破損が生じるのを防止することができる。
上述した金属の表面処理方法の評価を行うために、図1のハイポイド歯車を用いて、下記に示すような条件にて耐久試験を行い、磨耗量を測定した。なお、磨耗量の測定に関しては、試験前後での重量の差を求め、比較例1を基準とした磨耗量の比で示した。また、試験数に関しては、各条件について10個ずつ行い、試験時間は100時間とした。
面圧 :0.8GPa
回転数 :3000回転
すべり速度:なし
温度 :80℃
潤滑 :オイル(VG68相当)
【0047】
また、図3に示すようなボールオンディスク試験装置を用い、下記に示すような条件にて試験を行い、磨耗量を測定した。なお、磨耗量の測定に関しては、試験前後での重量の差を求め、比較例1を基準とした磨耗量の比で示した。
面圧 :1.5GPa
すべり速度:0.96m/sec
温度 :25℃
潤滑 :無潤滑
ここで、ボールオンディスク試験装置には、回転プレート31が設けられている。そして、ホルダー32にボール33を装着し、荷重をかけながらボール33を回転プレート31に押し付けることで、ボール33の磨耗を起させることができる。
【0048】
図4は、本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの耐久試験結果を比較例とともに示す図である。
図4において、硬化層の厚さが0.1μmに満たない場合または200μmを超える場合、あるいは、投射材の平均粒径が3〜150μmの範囲内にない場合、あるいは、投射材の硬さが記硬化層の0.8倍を超える場合には、耐磨耗性の改善効果はあまり期待でないことが判る。
これに対して、硬化層の厚さが0.1μm以上200μm以下、投射材の平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが硬化層の0.8倍以下とすることにより、大きな耐磨耗性の改善効果を得ることができた。
【0049】
図5は、本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図、図6は、本発明の一実施例に係る表面処理されたボールオンディスクの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図である。
図5および図6において、優れた耐磨耗性を得るためには、硬化層の厚さは0.1μm以上50μm以下とするのが好ましいことが判る。また、この場合、投射材の投射速度は50m/sec以上、投射材の投射圧力は0.1MPa以上するのがよい。
【0050】
図7は、本発明の一実施形態に係るスラスト玉軸受の概略構成を示す縦断面図、図8は、図7のAの部分を拡大して示す断面図である。
図7において、スラスト玉軸受には、内輪41および外輪42が設けられている。そして、内輪41の外面には軌道面41aが設けられるとともに、外輪42の内面には軌道面42aが設けられ、軌道面41a、42aは対抗配置されている。そして、軌道面41a、42a間には、転動自在に配置された複数の玉43が配置され、玉43は、保持器44にて軸受の円周方向に沿って等間隔に保持されている。
【0051】
なお、内輪41、外輪42および玉43は、例えば、SUJ2等の鋼製とすることができる。また、内輪41および外輪42の寸法は、例えば、内径25mm、外径52mm、厚さ18mmとすることができ、軌道面41a、42aの横断面形状は、玉43の直径の54%の曲率半径を有する円弧状とすることができる。
そして、内輪41、外輪42および玉43は、相互に転がり接触またはすべり接触することができ、内輪41の軌道面41a、外輪42の軌道面42a、玉43の転動面43aがその接触面に相当する。そして、これらの接触面においては、潤滑性を有し、等価弾性定数が100GPa以上240GPa以下のダイヤモンドライクカーボン層Dが、内輪41、外輪42および玉43の鋼製の母材に被覆されている。そして、内輪41、外輪42および玉43の鋼製の母材のうち、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された部分の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下とすることができる。
【0052】
さらに、図8に示すように、ダイヤモンドライクカーボン層Dは、表面側から炭素からなるカーボン単層D5、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層D4、タングステンあるいはシリコンからなる単層D3、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層D2、クロムからなる金属層D1の5層構造を備えている。
また、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面には、0.05MPa以上0.6MPa以下の投射圧力でショットピーニング処理を施すことができる。
【0053】
これにより、鋼製の母材とダイヤモンドライクカーボン層との間に介在された中間金属層を複数の金属で構成することができ、ダイヤモンドライクカーボン層Dを構成する炭素と金属とが結合して金属カーバイドが生成された場合においても、金属カーバイドの脆性化を抑制することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層Dの表層部に圧縮残留応力を付与した上で、ダイヤモンドライクカーボン層Dの等価弾性定数を母材よりも小さくすることができる。
【0054】
このため、密着性に優れた高質で強靭なダイヤモンドライクカーボン層Dを鋼製の母材の表面に形成することが可能となるとともに、ダイヤモンドライクカーボン層Dが母材の変形に追従することが可能となる。このため、大きな接触応力が作用するような条件下や無潤滑下においても、ダイヤモンドライクカーボン層Dの破損や剥離を防止することが可能になることから、スラスト玉軸受にダイヤモンドライクカーボン層を好適に使用することが可能となる。
【0055】
以下、ダイヤモンドライクカーボン層Dを形成する方法について、外輪42を例にとって説明する。
油分が脱脂された外輪42を株式会社神戸製鋼所社製のアドバンスドマグネトロンスパッタリング装置に設置し、アルゴンプラズマによるスパッタリングを行うことにより、母材の表面のうちの軌道面42aにボンバート処理を15分間だけ施した。
【0056】
そして、クロムをターゲットとしてスパッタリングを行うことにより、母材の表面のうちの軌道面42aとなる部分にクロムからなる金属層D1を形成した後、タングステンあるいはシリコンおよびクロムをターゲットとしてスパッタリングを行うことにより、母材の表面のうちの軌道面42aとなる部分にこれら2種類の材料を成膜し、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層D2を金属層D1上に形成した。
【0057】
さらに、タングステンあるいはシリコンをターゲットとしてスパッタリングを行うことにより、タングステンあるいはシリコンからなる単層D3を複合金属層D2上に成膜し、タングステンあるいはシリコンのスパッタリングを続けながら、カーボンをターゲットとした炭素のスパッタリングを行うことにより、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層D4を単層D3上に成膜した。ここで、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層D4を成膜する場合、タングステンあるいはシリコンのスパッタ効率を徐々に減少させながら、炭素のスパッタ効率を徐々に増加させるようにしてもよい。そして、炭素のスパッタリングを続けながら、タングステンあるいはシリコンのスパッタリングを終了させ、炭素からなるカーボン層D5を複合層D4上に成膜した。なお、ダイヤモンドライクカーボン層D全体の膜厚は、2.2μmとした。
【0058】
このようなスパッタリングにて成膜を行うことにより、2種類の金属で構成された層から炭素で構成された層(カーボン層D5)に向かって層の組成が徐々に変化するダイヤモンドライクカーボン層Dを形成することができる。このような構成のダイヤモンドライクカーボン層Dでは、各層(金属層D1、複合金属層D2、単層D3、複合層D4およびカーボン層D5)の間の密着性を向上させることができるとともに、潤滑性に優れたカーボン層D5とである母材である鋼との密着性を向上させることができる。
【0059】
また、アドバンスドマグネトロンスパッタリング装置は、スパッタリングに用いられるターゲットを複数装着することができ、各ターゲットのスパッタ電源を独立に制御することにより、各成分のスパッタ効率を任意に制御可能なことから、ダイヤモンドライクカーボン層Dの層の組成を徐々に変化させることができる。例えば、複合層D4およびカーボン層D5を成膜する工程では、外輪42に負のバイアス電圧を印加しながら、金属ターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を低減させると同時に、カーボンターゲットのスパッタ電源(DC電源)の電力を増加させればよい。
【0060】
図9は、本発明の一実施形態に係るダイヤモンドライクカーボン層を形成する構成元素の分析結果を示す測定チャートである。なお、図9の例では、ダイヤモンドライクカーボン層Dを形成する構成元素を分析するために、グロー放電発光分析装置(島津製作所株式会社製のGDLS−9950)を使用した。また、横軸は、表面からの深さを示し、0nmがダイヤモンドライクカーボン層Dの表面を表している。一方、縦軸は、その深さ位置における各元素の含有量を示す。
【0061】
図9において、アルゴンガスを使用した放電によって深さ方向の情報を得ているため、母材である鋼とダイヤモンドライクカーボン層Dとの界面において、各元素の含有量を示す曲線がブロードになっている。また、母材である鋼とダイヤモンドライクカーボン層Dとの界面が8000nm付近に位置していることから、図9の測定チャートからはダイヤモンドライクカーボン層Dの厚さが約8μmであることが読み取れるが、この分析法では、直径2mmの円形部分についての放電発光により分析が行われるため、深さ方向の精度上ダイヤモンドライクカーボン層Dの厚さが約8μmとなって現れるものであって、ダイヤモンドライクカーボン層Dの実際の厚さは2.2μmである。
【0062】
また、ダイヤモンドライクカーボン層Dのショットピーニング処理には、株式会社不二製作所製のFD−4LD−501型の装置を使用した。ここで、投射材は粒径が30〜60μmの鉄であり、熱処理にて投射材の硬さがHv450以下となるように調整した。また、ショット条件は、投射距離が150mm、処理時間が5分である。また、0.05MPa以上0.6MPa以下の範囲内で投射圧力を適宜設定することにより、ダイヤモンドライクカーボン層Dの表面に付与される圧縮残留応力を調整した。なお、本実施例では、投射材として鉄を用いたが、Hv450以下の硬さならば、何ら鉄に限定されるものではない。
【0063】
なお、上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの成膜方法では、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にてダイヤモンドライクカーボン層Dを形成する方法について説明したが、パルスレーザーアーク蒸着法やプラズマCVD法等を用いるようにしてもよい。ただし、等価弾性定数や塑性変形硬さ等を独立に制御することが容易なできる非平衡型マグネトロンスパッタリング法を使用するのが最もよい。
【0064】
図10は、本発明の一実施例に係るスラスト玉軸受の軌道面中心線平均粗さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
図10において、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面の表面粗さRaが0.2μmを超えると、はくり寿命が低下することが判る。このため、ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下の範囲内とすることが好ましい。また、ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは滑らかであればあるほど好ましく、表面粗さRaは0.08μm以下とするのがさらに好ましい。
【0065】
図11は、本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射圧力とはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
図11において、ショットピーニング処理時の投射圧力が0.05MPaに満たない場合または0.6MPaを超えると、はくり寿命が低下することが判る。このため、ショットピーニング処理時の投射圧力は0.05MPa以上0.6MPa以下の範囲内とすることが好ましい。
【0066】
図12は、本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射材の硬さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
図12において、投射材の硬さがHv450を超えると、はくり寿命が低下することが判る。このため、投射材の硬さはHv450以下とすることが好ましい。
上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの評価を行うために、図7のスラスト玉軸受を用いて、下記に示すような条件にて寿命試験を行い、はくり寿命を測定した。
軸受寸法 :φ25×φ52
回転速度 :1500min-1
荷重 :900kg
潤滑油 :VG68タービン油
【0067】
図13は、本発明の一実施例に係るダイヤモンドライクカーボン層が形成されたスラスト玉軸受の寿命試験結果を比較例とともに示す図である。
図13おいて、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面の表面粗さRaが0.2μmを超える場合、あるいは、投射圧力が0.05MPaに満たない場合または0.6MPaを超える場合、あるいは、投射材の硬さがHv450を超える場合には、はくり寿命の改善効果はあまり期待でないことが判る。
これに対して、ダイヤモンドライクカーボン層Dが被覆された接触面の表面粗さRaが0.03μm以上0.2μm以下、投射圧力が0.05MPa以上0.6MPa以下、投射材の硬さがHv450以下とすることにより、大きなはくり寿命の改善効果を得ることができた。
【0068】
なお、上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの成膜方法では、スラスト玉軸受を例にとって説明したが、例えば、深い溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受、自動調心ころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受などに適用するようにしてもよい。
また、上述したダイヤモンドライクカーボン層Dの成膜方法では、転動装置として転がり軸受を例にとって説明したが、例えば、直動案内軸受、ボールねじ、直動ベアリングなどの他の様々の転動装置に適用するようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の一実施形態に係るハイポイド歯車の概略構成を示す斜視図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る金属の表面処理工程を示す断面図である。
【図3】本発明の一実施形態に係る金属の表面処理の評価に用いられるボールオンディスク試験装置の概略構成を示す斜視図である。
【図4】本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの耐久試験結果を比較例とともに示す図である。
【図5】本発明の一実施例に係る表面処理されたギアの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図である。
【図6】本発明の一実施例に係る表面処理されたボールオンディスクの硬化効果厚さと摩擦量比との関係を比較例とともに示す図である。
【図7】本発明の一実施形態に係るスラスト玉軸受の概略構成を示す縦断面図である。
【図8】図7のAの部分を拡大して示す断面図である。
【図9】本発明の一実施形態に係るダイヤモンドライクカーボン層を形成する構成元素の分析結果を示す測定チャートである。
【図10】本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射材の硬さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
【図11】本発明の一実施例に係るダイヤモンドライクカーボン層が形成されたスラスト玉軸受の寿命試験結果を比較例とともに示す図である。
【図12】本発明の一実施例に係るスラスト玉軸受の軌道面中心線平均粗さとはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
【図13】本発明の一実施例に係るショットピーニング処理時の投射圧力とはくり寿命比との関係を比較例とともに示す図である。
【符号の説明】
【0070】
10 駆動側回転軸
11 ハイポイドピニオン歯車
12 ハイポイドリング歯車
21 金属素地
22 硬化層
23 投射材
31 回転プレート
32 ホルダー
33 ボール
41 内輪
41a、42a 軌道面
42 外輪
43 玉
43a 転動面
44 保持器
D ダイヤモンドライクカーボン層
D1 Cr単層
D2 Cr/WあるいはSi複合層
D3 WあるいはSi単層
D4 WあるいはSi/カーボン複合層
D5 カーボン単層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面に、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成する工程と、
平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが前記硬化層の0.8倍以下の投射材を前記硬化層の表面に投射する工程とを備えることを特徴とする金属の表面処理方法。
【請求項2】
前記投射材の投射速度は50m/sec以上であることを特徴とする請求項1記載の金属の表面処理方法。
【請求項3】
前記投射材の投射圧力は0.1MPa以上であることを特徴とする請求項1または2記載の金属の表面処理方法。
【請求項4】
前記投射材は、亜鉛、錫、銅、アルミニウム、ニッケルまたはチタンからなる軟質材料、亜鉛合金、錫合金または銅合金からなる軟質合金、PTFE、ナイロン、ポリカーボネートまたはポリプラスからなる樹脂系材料、ウォルナッツ(クルミ殻)、アプリコット(杏の種)、ピーチ(桃の種)樹脂系材料、ガラスビーズ、SiC、ジルコニアまたは鋼からなる硬質材料から選択されることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の金属の表面処理方法。
【請求項5】
相手部材との間で相対的な転がり接触またはすべり接触が生じる接触面にダイヤモンドライクカーボン層が被覆された鋼製の母材からなる転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、表面側から炭素からなるカーボン層、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層、タングステンあるいはシリコンからなる単層、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層、クロムからなる金属層の5層構造を備え、
前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は100GPa以上240GPa以下であり、
前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面には、0.05MPa以上0.6MPa以下の投射圧力でショットピーニング処理が施され、
前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項6】
前記ショットピーニング処理に用いられる投射材の硬さはHv450以下であることを特徴とする請求項5記載の転がり摺動部材。
【請求項7】
前記複合層中の炭素の割合が表面側に向かって徐々に増加していることを特徴とする請求項5または6記載の転がり摺動部材。
【請求項8】
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にて形成されていることを特徴とする請求項5から7のいずれか1項記載の転がり摺動部材。
【請求項9】
第1軌道面を有する第1部材と、
前記第1軌道面に対向配置された第2軌道面を有する第2部材と、
前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動自在に配置された転動体とを備え、
前記第1部材、前記第2部材および前記転動体のうちのいずれか少なくとも1つが請求項5から8のいずれか1項記載の転がり摺動部材にて形成されていることを特徴とする転動装置。
【請求項1】
相互に面圧を受けた状態で接触する金属表面に、厚さが0.1μm以上200μm以下で、硬さがHv600以上の硬化層を形成する工程と、
平均粒径が3〜150μmの範囲内で、硬さが前記硬化層の0.8倍以下の投射材を前記硬化層の表面に投射する工程とを備えることを特徴とする金属の表面処理方法。
【請求項2】
前記投射材の投射速度は50m/sec以上であることを特徴とする請求項1記載の金属の表面処理方法。
【請求項3】
前記投射材の投射圧力は0.1MPa以上であることを特徴とする請求項1または2記載の金属の表面処理方法。
【請求項4】
前記投射材は、亜鉛、錫、銅、アルミニウム、ニッケルまたはチタンからなる軟質材料、亜鉛合金、錫合金または銅合金からなる軟質合金、PTFE、ナイロン、ポリカーボネートまたはポリプラスからなる樹脂系材料、ウォルナッツ(クルミ殻)、アプリコット(杏の種)、ピーチ(桃の種)樹脂系材料、ガラスビーズ、SiC、ジルコニアまたは鋼からなる硬質材料から選択されることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の金属の表面処理方法。
【請求項5】
相手部材との間で相対的な転がり接触またはすべり接触が生じる接触面にダイヤモンドライクカーボン層が被覆された鋼製の母材からなる転がり摺動部材において、
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、表面側から炭素からなるカーボン層、タングステンあるいはシリコンおよび炭素からなる複合層、タングステンあるいはシリコンからなる単層、タングステンあるいはシリコンおよびクロムからなる複合金属層、クロムからなる金属層の5層構造を備え、
前記ダイヤモンドライクカーボン層の等価弾性定数は100GPa以上240GPa以下であり、
前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面には、0.05MPa以上0.6MPa以下の投射圧力でショットピーニング処理が施され、
前記ダイヤモンドライクカーボン層が被覆された接触面の表面粗さRaは0.03μm以上0.2μm以下であることを特徴とする転がり摺動部材。
【請求項6】
前記ショットピーニング処理に用いられる投射材の硬さはHv450以下であることを特徴とする請求項5記載の転がり摺動部材。
【請求項7】
前記複合層中の炭素の割合が表面側に向かって徐々に増加していることを特徴とする請求項5または6記載の転がり摺動部材。
【請求項8】
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、非平衡型マグネトロンスパッタリング法にて形成されていることを特徴とする請求項5から7のいずれか1項記載の転がり摺動部材。
【請求項9】
第1軌道面を有する第1部材と、
前記第1軌道面に対向配置された第2軌道面を有する第2部材と、
前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動自在に配置された転動体とを備え、
前記第1部材、前記第2部材および前記転動体のうちのいずれか少なくとも1つが請求項5から8のいずれか1項記載の転がり摺動部材にて形成されていることを特徴とする転動装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−291466(P2007−291466A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−122343(P2006−122343)
【出願日】平成18年4月26日(2006.4.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年4月26日(2006.4.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】
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