説明

電気駆動車両

【課題】加速走行時における加速時間及び減速走行時における制動距離を短縮するとともに、電気駆動車両の振動を抑制する。
【解決手段】駆動輪3,6と、従動輪7,8と、駆動輪を駆動又は制動する電動機1,4と、電動機を制御する電動機制御器33とを備える電気駆動車両において、駆動輪及び従動輪の車輪速度を検出する車輪速度検出器9〜12と、駆動輪及び従動輪の車輪速度から駆動輪のスリップ率を演算する演算手段と、スリップ率がスリップ率判定値を超える場合に駆動輪がスリップしていると判定する判定器とを備える。判定器において、従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、スリップ率判定値を、従動輪の車輪速度が設定速度より大きいときに利用される値と符号が同じで絶対値が大きい値に変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電動機によって駆動輪が駆動されることで走行する電気駆動車両に関する。
【背景技術】
【0002】
凍結路、圧雪路等の滑りやすい路面を走行中の車両において、運転者がアクセルを踏み込んで車両を加速させようとすると、駆動輪の回転速度が急増し、駆動輪が空転する現象が発生する場合がある。また逆に、運転者がブレーキを踏み込んで車両を減速させようとすると、駆動輪の回転速度が急減し、駆動輪がロックする現象が発生する場合がある(以下ではこれらの現象をまとめてスリップと称する)。このようなスリップが発生すると、車体の挙動は不安定になり、またステアリング操作も効かず、安定走行が困難になる。そこで、このようなスリップの発生を確実に抑制することが重要である。
【0003】
従来の車両におけるスリップの発生を検出する方式としては、駆動輪と従動輪のそれぞれの車輪速度を検出してそれらから駆動輪のスリップ率を演算し、そのスリップ率が判定値を越えることで検出する方式や、駆動輪と従動輪のそれぞれの車輪速度を検出してそれらの速度差を演算し、その速度差が判定値を越えることで検出する方式があげられる(特許文献1等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−27610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の一つの目的は、加速走行時には電気駆動車両の加速時間を短縮させることと、減速走行時には電気駆動車両の制動距離を短縮させることである。一般に、加速中にスリップを検出した場合には駆動輪の駆動力を緩めるように制御し、減速中にスリップを検出した場合には駆動輪の制動力を緩めるように制御される(このような制御方法を以下ではスリップ制御と呼ぶ)。停止状態もしくは低速で走行中にアクセル操作(加速)を行う場合、駆動輪のスリップ率が一定値を越えた時に駆動輪の駆動力を緩めるように制御すると、低速域において過剰にスリップ制御が作動してしまい車両の加速時間が長くなるという問題がある。これは、低速域では、駆動輪と従動輪の車輪速度に発生する速度差が微小であっても駆動輪のスリップ率の値が大きくなりその結果、過剰にスリップ制御が作動して駆動輪の駆動トルクを緩めてしまうためである。特に上り坂においては、車両は重力の影響で加速する方向とは逆向きに力を受けるので、駆動輪の駆動トルクを緩めてしまうと車両はますます加速し難くなり、車両の加速時間が極端に延びてしまう。また、走行中にブレーキ操作(減速)を行う場合、駆動輪のスリップ率が一定値を越えた時に駆動輪の制動力を緩めるように制御すると、低速域において過剰にスリップ制御が作動してしまい制動距離が長くなるという問題がある。これは、低速域では、駆動輪と従動輪の車輪速度に発生する速度差が微小であっても駆動輪のスリップ率の値が負の方向へ大きくなりその結果、過剰にスリップ制御が作動して駆動輪の制動トルクを緩めてしまうためである。特に下り坂においては、車両は重力の影響で加速する方向に力を受けるので、駆動輪の制動トルクを緩めてしまうと車両はますます減速し難くなり、制動距離が極端に延びてしまう。
【0006】
また本発明の他の目的は、電気駆動車両の振動を抑制することである。停止状態もしくは低速で走行中にアクセル操作を行う場合、駆動輪のスリップ率が一定値を越えた時に駆動輪の駆動力を緩めるように制御すると、低速域において過剰にスリップ制御が作動してしまい、駆動トルクが増加したり減少したりする変化が頻繁に発生する。駆動トルクがこのように頻繁に変化すると、車体が振動し乗り心地が悪化する。特に、上り坂においては前述したように駆動輪の駆動トルクを緩めてしまうと車両はますます加速し難いために、振動した状態が長く継続することになる。また走行中にブレーキ操作を行う場合、駆動輪のスリップ率が一定値を越えた時に駆動輪の制動力を緩めるように制御すると、低速域において過剰にスリップ制御が作動してしまい、制動トルクが増加したり減少したりする変化が頻繁に発生する。制動トルクがこのように頻繁に変化すると、車体が振動し乗り心地が悪化する。特に、下り坂においては前述したように駆動輪の制動トルクを緩めてしまうと車両はますます減速し難いために、振動した状態が長く継続することになる。
【0007】
以上のように従動輪と駆動輪の車輪速度を検出して駆動輪におけるスリップの発生を判定する方式において、アクセル操作もしくはブレーキ操作を行う場合に低速域においてスリップ制御が過剰に作動することにより加速走行時には電気駆動車両の加速時間が長くなり、減速走行時には電気駆動車両の制動距離が長くなるという問題がある。更に駆動輪のトルクが増加したり減少したりする変化が頻繁に発生することで車両の振動が大きくなるという問題がある。
【0008】
本発明の目的は、加速走行時における加速時間及び減速走行時における制動距離を短縮するとともに、電気駆動車両の振動を抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記目的を達成するために、駆動輪と、従動輪と、前記駆動輪を駆動又は制動する電動機と、当該電動機を制御する電動機制御手段とを備える電気駆動車両において、前記駆動輪及び従動輪の車輪速度を検出する車輪速度検出手段と、前記駆動輪及び従動輪の車輪速度から前記駆動輪のスリップ率を演算する演算手段と、当該スリップ率がスリップ率判定値を超える場合に前記駆動輪がスリップしていると判定する判定手段とを備え、前記判定手段は、前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記スリップ率判定値を、前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より大きいときに利用される値と符号が同じで絶対値が大きい値に変更するものとする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、従動輪の車輪速度検出値に応じて判定手段がスリップ率判定値又は速度差判定値を変化させることにより低速域において過剰なスリップ制御動作を抑制することで、加速走行時における加速時間及び減速走行時における制動距離を短縮するとともに、電気駆動車両の振動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る電気駆動車両の全体図。
【図2】本発明の第1の実施の形態に係るスリップ判定器18の構成図。
【図3】本発明の第1の実施の形態に係るスリップ率演算器28の構成図。
【図4】スリップ率と車輪−路面間の摩擦係数との関係を示す図。
【図5】加速・減速走行時における従動輪の車輪速度検出値と判定器29で利用されるスリップ率判定値との関係を示す図。
【図6】加速走行時における従動輪と駆動輪のスリップ制御を行った時の車輪速度の波形例を示す図。
【図7】減速走行時における従動輪と駆動輪のスリップ制御を行った時の車輪速度の波形例を示す図。
【図8】車体が停止している状態でアクセル操作を行うときのトルクと車体速度の関係を示した図。
【図9】車体が走行している状態から徐々に減速していく時のトルクと車体速度の関係を示した図。
【図10】本発明の第2の実施の形態に係る速度差演算器39の構成図。
【図11】加速・減速走行時における従動輪7,8の車輪速度と、従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度差との関係を示す図。
【図12】本発明の第3の実施の形態に係る電気駆動車両の全体図。
【図13】加速・減速走行時における従動輪7,8の車輪速度検出値と判定器29で利用されるスリップ率判定値との関係を示す図。
【図14】加速・減速走行時における従動輪7,8の車輪速度検出値と判定器29で利用される速度差判定値との関係を示す図。
【図15】本発明の第1の実施の形態に係るスリップ判定器の変形例18Cの構成図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図面を用いて説明する。
【0013】
図1は本発明の第1の実施の形態に係る電気駆動車両の全体図である。この図に示す電気駆動車両は、駆動輪3及び駆動輪6と、従動輪7及び従動輪8と、ギヤ2を介して駆動輪3を駆動する電動機1と、ギア5を介して駆動輪6を駆動する電動機4と、電動機1及び電動機4を制御する電動機制御器(電動機制御手段)33と、駆動輪3と駆動輪6のスリップ率をそれぞれ演算してスリップが発生するか否かを判定するスリップ判定器18を備えている。
【0014】
電動機制御器33は、トルク指令演算器17と、トルク制御器16と、電力変換機13を備えている。電動機1,4は電動機制御器33によって制御されており、電動機1,4がギア2,5を介して駆動輪3,6を駆動することで車両は前進または後進する。
【0015】
また、図1に示す電気駆動車両は、速度検出器9及び10と、速度検出器11及び12を備えている。速度検出器9は、電動機1に接続されており、電動機1の回転速度を検出する。速度検出器10は、電動機4に接続されており、電動機4の回転速度を検出する。速度検出器11は、従動輪7の軸に接続されており、従動輪7の回転速度を検出する。速度検出器12は、従動輪8の軸に接続されており、従動輪8の回転速度を検出する。速度検出器9,10,11,12はスリップ判定器18に接続されており、それらの検出速度はスリップ判定器18に出力されている。また、速度検出器9,10は、トルク制御器16に接続されており、検出速度をトルク制御器16に出力している。
【0016】
トルク指令演算器17には、運転者のアクセル操作に応じたアクセルペダルの開度を検出するアクセル開度検出器19と、運転者のブレーキ操作に応じたブレーキペダルの開度を検出するブレーキ開度検出器20と、運転者のステアリング操作に応じたステアリングの角度を検出するステアリング角度検出器21が接続されている。トルク指令演算器17は、アクセル開度検出器19が出力するアクセル開度検出値、ブレーキ開度検出器20が出力するブレーキ開度検出値及びステアリング角度検出器21が出力するステアリング角度検出値を入力値として電動機1及び電動機4へのトルク指令を算出し、その算出したトルク指令をトルク制御器16に出力する。
【0017】
電流検出器14は、電力変換器13と電動機1の間に接続されており、これらの間に流れる電流を検出するものである。電流検出器14の電流検出値はトルク制御器16に出力されている。また、電流検出器15は、電力変換器13と電動機4の間に接続されており、これらの間に流れる電流を検出するものである。電流検出器15の電流検出値はトルク制御器16に出力されている。
【0018】
トルク制御器16は、トルク指令演算器17が出力する電動機1へのトルク指令、電流検出器14の出力する電流検出値及び速度検出器9の出力する回転速度検出値に基づいて、電動機1の出力するトルクが電動機1へのトルク指令に従うように、パルス幅変調制御(PWM制御)により電力変換器13へのゲートパルス信号を出力する。また、トルク制御器16は、トルク指令演算器17が出力する電動機4へのトルク指令、電流検出器15が出力する電流検出値及び速度検出器10が出力する回転速度検出値に基づいて、電動機4の出力するトルクが電動機4へのトルク指令に従うように、PWM制御により電力変換器13へのゲートパルス信号を出力する。
【0019】
電力変換器13はトルク制御器16からのゲートパルス信号を受け、IGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)等のスイッチング素子が高速にスイッチングを行うことで、電動機1,4に対する高応答なトルク制御を実現する。
【0020】
スリップ判定器18は、速度検出器9、速度検出器10、速度検出器11及び速度検出器12が出力する回転速度検出値を入力して、駆動輪3および駆動輪6にスリップが発生しているかどうかを判定する。例えば、駆動輪3、駆動輪6又は駆動輪3及び駆動輪6にスリップが発生していると判定した場合には、スリップ判定器18は、電動機1、電動機4又は電動機1及び電動機4の出力するトルクが低減するようにトルク指令演算器17にトルク低減指令を出力する。
【0021】
次にスリップ判定器18の構成について説明する。図2は本発明の第1の実施の形態に係るスリップ判定器18の構成図である。なお、先の図と同じ部分には同じ符号を付して説明は省略する(後の図も同様とする)。図2に示すスリップ判定器18は、駆動輪3,6及び従動輪7,8の車輪速度から駆動輪3,6のスリップ率を演算する演算手段として、ゲイン22、ゲイン23、ゲイン24、ゲイン25、ゲイン26、ゲイン27、加算器35、加算器36、ゲイン37、ゲイン38及びスリップ率演算器28を備えており、さらに、これらの演算手段が算出したスリップ率がスリップ率判定値を超える場合に駆動輪3,6がスリップしていると判定する判定器(判定手段)29を備えている。
【0022】
ゲイン22は、速度検出器9が出力する電動機1の回転速度に対してギア2のギア比Grの逆数で与えられるゲインをかけることで駆動輪3の回転速度検出値を算出し、当該検出値をゲイン23に出力する。ゲイン23は、ゲイン22が出力する駆動輪3の回転速度検出値に対して駆動輪3の半径Rlrをかけることで駆動輪3の車輪速度検出値を算出し、当該検出値を加算器36に出力する。ゲイン24は、速度検出器11が出力する従動輪7の回転速度検出値に対して従動輪7の半径Rlfをかけることで従動輪7の車輪速度検出値を算出し、当該検出値を加算器35に出力する。
【0023】
ゲイン25は、速度検出器10が出力する電動機4の回転速度検出値に対してギア5のギア比Grの逆数で与えられるゲインをかけることで駆動輪6の回転速度検出値を算出し、当該検出値をゲイン25に出力する。ゲイン26は、ゲイン25が出力する駆動輪6の回転速度検出値に対して駆動輪6の半径Rrrをかけることで駆動輪6の車輪速度検出値を算出し、当該検出値を加算器36に出力する。ゲイン27は、速度検出器12が出力する従動輪8の回転速度検出値に対して従動輪8の半径Rrfをかけることで従動輪8の車輪速度検出値を算出し、当該検出値を加算器35に出力する。
【0024】
加算器35は、従動輪7と従動輪8の車輪速度検出値の和をゲイン37に出力する。加算器36は、駆動輪3と駆動輪6の車輪速度検出値の和をゲイン38に出力する。ゲイン37は、加算器35で出力された従動輪7と従動輪8の車輪速度検出値の合計値に対してゲイン0.5をかけることで両者の車輪速度検出値の平均値を算出し、当該平均値をスリップ率演算器28に出力する。ゲイン38は、加算器36で出力された駆動輪3と駆動輪6の車輪速度検出値の合計値に対してゲイン0.5をかけることで両者の車輪速度検出値の平均値を算出し、当該平均値をスリップ率演算器28に出力する。
【0025】
スリップ率演算器28は、ゲイン37が出力する従動輪7と従動輪8の車輪速度検出値の平均値およびゲイン38が出力する駆動輪3と駆動輪6の車輪速度検出値の平均値に基づいて、駆動輪3および駆動輪6のスリップ率を演算する。ここでは、車輪7および車輪8は従動輪であることから、従動輪7と従動輪8の車輪速度検出値の平均値は実際の車両速度を表しているものとする。
【0026】
ここで図3を参照してスリップ率演算器28の具体的構成について説明する。図3は本発明の第1の実施の形態に係るスリップ率演算器28の構成図である。この図に示すスリップ率演算器28は、減算器30と、最大値選択器31と、除算器32を備えている。減算器30は、駆動輪3,6の車輪速度検出値と従動輪7,8の車輪速度検出値の入力を受け、駆動輪3,6の車輪速度検出値から従動輪7,8の車輪速度検出値を減じたものを除算器32に出力する。最大値選択器31は、駆動輪3,6の車輪速度検出値と従動輪7,8の車輪速度検出値の入力を受け、両者のうち値の大きい方を除算器32に出力する。除算器32は、減算器30の出力を最大値選択器31の出力で除することでスリップ率を出力する。これらの演算を式で表すと次式(1)が成立する。なお、次式(1)において、λはスリップ率演算器28の出力する駆動輪のスリップ率、Vrは駆動輪の車輪速度、Vは従動輪の車輪速度をそれぞれ表している。
【0027】
【数1】


ここで、スリップ率と車輪−路面間の摩擦係数との関係について説明する。図4はスリップ率と車輪−路面間の摩擦係数との関係を示す図である。この図において、摩擦係数が負の領域は車輪−路面間に発生する力が車両の進行方向と逆向きであることを表す。一般に、スリップ率の絶対値の大きさが小さい領域(図4においてスリップ率の絶対値が零に近い領域)では、その値が増加するにつれて車輪−路面間の摩擦係数の絶対値の大きさも増加するため、車輪−路面間に作用する力も増加し、スリップが発生しない。すなわち、図4においてスリップが発生しないのは、スリップ率λがλ<λ<λを満たす領域である(スリップ非発生領域)。
【0028】
一方、スリップ非発生領域において車輪−路面間の摩擦係数の絶対値が最大になると、それ以降はスリップ率の絶対値が増加するにつれて車輪−路面間の摩擦係数の絶対値の大きさが当該最大値から減少するため、車輪−路面間に作用する力も減少してスリップが発生する。図4においてスリップが発生するのはスリップ率λがλ>λあるいはλ<λを満たす領域である(スリップ発生領域)。したがって、スリップ率を計算し、その計算したスリップ率がスリップ発生領域に含まれるか否かを判定することで、スリップが発生するか否かを判定することができる。
【0029】
判定器29は、スリップ率演算器28から出力されたスリップ率を入力しており、当該スリップ率がスリップ判定値(後述)を越える場合に駆動輪3,6がスリップしているものと判定するものである。判定器29は、駆動輪3,6がスリップしていると判定した場合(「スリップ判定」と称することがある)には、スリップ制御を行うために電動機制御器33に対してトルク低減指令を出力する。
【0030】
図5は加速・減速走行時における従動輪の車輪速度検出値と判定器29で利用されるスリップ率判定値との関係を示す図である。この図に示すように、判定器29は、加速走行時において、従動輪7,8の車輪速度が設定速度Va(車輪速度検出手段の精度にもよるが、例えば、数km/h程度)より大きいときには、スリップ率判定値として一定値λaを利用しており、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度Vaより小さいときには、当該一定値λaよりも大きい値(例えば、λa)にスリップ率判定値を変更している。すなわち、加速走行時のスリップ判定値は、当該車輪速度が設定速度Vaより小さくなったときに、符号が同じ(正)で絶対値が大きい値に変更される。なお、本実施の形態では、λaは図4において摩擦係数が最大になるλに相当するものとする。
【0031】
一方、減速走行時において、従動輪7,8の車輪速度が設定速度Vb(車輪速度検出手段の精度にもよるが、例えば、数km/h程度)より大きいときには、スリップ率判定値として一定値λbを利用しており、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度Vbより小さいときには、当該一定値λbよりも小さい値(例えば、λb)にスリップ率判定値を変更している。すなわち、減速走行時のスリップ判定値は、当該車輪速度が設定速度Vbより小さくなったときに、符号が同じ(負)で絶対値が大きい値に変更される。なお、本実施の形態では、λbは図4において摩擦係数が最大となるλに相当するものとする。
【0032】
したがって、上記をまとめると、本実施の形態における判定器29は、加速・減速走行時のそれぞれにおいて従動輪7,8の車輪速度が設定速度Va,Vbより小さいとき、スリップ率判定値を、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度Va,Vbより大きいときに利用される値λa,λbと符号が同じで絶対値が大きい値に変更している、と換言することができる。また、これは、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度Va,Vbより大きいときに利用される値λa,λbよりもスリップしていると判定され難い値に変更している、と換言することもできる。
【0033】
なお、本実施の形態では、スリップ制御に伴う車両の挙動変化を小さくして運転者の違和感を低減するために、下記のようにスリップ率判定値の変化に単調増加部及び単調減少部(下記[A3]及び[B3])を設定している。すなわち、本実施の形態において加速走行時に利用されるスリップ率判定値は、[A1]従動輪7,8の車輪速度が設定速度Va(第1設定速度)よりも大きいとき、判定値λa(第1判定値)に設定され、[A2]設定速度Vaよりも小さく設定された設定速度Va(第2設定速度)よりも従動輪7,8の車輪速度が小さいとき、判定値λaよりも大きいλa(第2判定値)に設定され、[A3]従動輪7,8の車輪速度がVaよりも小さくVaよりも大きいとき、従動輪7,8の車輪速度が減少するにしたがってλaからλaまで単調増加するように設定されている。また、減速走行時に利用されるスリップ率判定値は、[B1]従動輪7,8の車輪速度が設定速度Vb(第3設定速度)よりも大きいとき判定値λb(第3判定値)に設定され、[B2]設定速度Vbよりも小さく設定された設定速度Vb(第3設定速度)よりも従動輪7,8の車輪速度が小さいとき、判定値λbよりも大きいλb(第4判定値)に設定され、[B3]従動輪7,8の車輪速度がVbよりも小さくVbよりも大きいとき、従動輪7,8の車輪速度が減少するにしたがってλbからλbまで単調減少するように設定されている。
【0034】
次に、スリップ判定器18(判定器29)から電動機制御器33に対してトルク低減指令が出力され、スリップ制御が行われたときの従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度の変化について説明する。ここでは、まず、アクセル操作(加速走行)を行うときについて説明する。一般に滑りやすい路面でアクセル操作を行う時は駆動輪が空転してしまい、スリップ制御をしない時には駆動輪の車輪速度が従動輪の車輪速度よりも大きくなることが知られている。実際はスリップ制御を行うことで、駆動輪の車輪速度が従動輪の車輪速度に近い速度になるように車輪の回転を制御している。
【0035】
図6は加速走行時における従動輪と駆動輪のスリップ制御を行った時の車輪速度の波形例を示す図である。この図に示すように、車体が停止もしくは走行している状態からアクセル操作を行うときにスリップ率の値がスリップ率判定値を超えると、前述したように駆動輪の駆動トルクを緩めるためにスリップ制御が実行され、駆動輪の車輪速度が従動輪の車輪速度に近づく挙動を示す。なお、アクセル操作中は常に(駆動輪車輪速度)≧(従動輪車輪速度)が成り立つと考えてよいので前述した式(1)は次式(2)のように変換できる。したがってアクセル操作時には常にスリップ率λの値は正になることがわかる。
【0036】
【数2】


次にブレーキ操作(減速走行)を行うときについて説明する。ブレーキ操作時は駆動輪がロックされてしまい、スリップ制御をしない時には駆動輪の車輪速度はほぼ零になることが知られている。実際はスリップ制御を行うことで、駆動輪の車輪速度が従動輪の車輪速度に近い速度になるように車輪の回転を制御している。
【0037】
図7は減速走行時における従動輪と駆動輪のスリップ制御を行った時の車輪速度の波形例を示す図である。この図に示すように、車体が走行中にブレーキ操作を行うときにスリップ率の値がスリップ率判定値を下回ると、前述したように駆動輪の制動トルクを緩めるためにスリップ制御が実行され、駆動輪車輪速度が従動輪車輪速度に近づく挙動を示す。なお、ブレーキ操作中は常に(従動輪車輪速度)≧(駆動輪車輪速度)が成り立つと考えてよいので、前述した式(1)は次式(3)のように変換できる。したがってブレーキ操作時には常にスリップ率λの値は負になることがわかる。
【0038】
【数3】


次に、上記のようにスリップ率判定値を従動輪車輪速度に応じて変化させる理由について説明する。スリップ非発生領域は、図4に示したように、スリップ率λがλ<λ<λを満たす領域である。そこで、スリップの発生を抑制するためには、加速走行時はスリップ率判定値をλに設定してスリップ率λが当該判定値λより大きくなる場合に駆動輪の駆動トルクを緩めるように制御し、減速走行時はスリップ率判定値をλに設定してスリップ率λが当該判定値λより小さくなる場合に駆動輪の制動トルクを緩めるように制御すれば良いはずである。しかし、発明者等は、従動輪の車輪速度が低速域(車輪速度検出手段の精度にもよるが、数km/h程度以下)に到達すると、以下に説明するようなスリップ誤判定の問題が発生することを知見した。なお、一般に、λは−0.1から−0.2程度の値であり、λは0.1から0.2程度の値である。そこで、以下では、λ=−0.1、λ=0.1とし、加速走行時のスリップ率判定値を0.1、減速走行時のスリップ率判定値を−0.1とした場合について説明する。
【0039】
まず、車体が停止している状態から徐々に加速していく場合について考える。例えば、従動輪の車輪速度Vが1km/hの時は、上記式(2)より、駆動輪の車輪速度Vrが約1.11km/hより大きくなるとスリップ率λが0.1より大きくなることがわかる。一方、例えば、従動輪の車輪速度Vが50km/hの時は式(2)より、駆動輪の車輪速度Vrが55.6km/hより大きくなるとスリップ率λが0.1より大きくなることがわかる。すなわち、時速数十キロ程度の高速域に比べて時速数キロ程度の低速域では、従動輪の車輪速度Vと駆動輪の車輪速度Vrの車輪速度差が微小であっても、スリップ率λの値が相対的に大きく変化することがわかる。ところで、従動輪の車輪速度Vや駆動輪の車輪速度Vrには必ず速度検出誤差が含まれるため、低速域においてはそのような速度検出誤差のためにスリップ率λの値がスリップ率判定値より大きくなる場合がある。したがって、このような場合には、実際には駆動輪3,6にスリップが発生していない場合でも、スリップが発生していると判定器29で誤判定されてしまうことになる。
【0040】
次に、車体が走行している状態から徐々に減速していく場合について考える。例えば、従動輪の車輪速度Vが50km/hの時は、上記式(3)より、従動輪の車輪速度Vrが約45km/hより小さくなるとスリップ率λが−0.1より小さくなることがわかる。一方、従動輪の車輪速度Vが1km/hの時は式(3)より、駆動輪の車輪速度Vrが0.9km/hより小さくなるとスリップ率λが−0.1より小さくなることがわかる。すなわち高速域に比べて低速域では、従動輪の車輪速度Vと駆動輪の車輪速度Vrの車輪速度差が微小であっても、スリップ率λの値が小さくなることがわかる。したがって、加速走行時と同様に低速域においても速度検出誤差のためにスリップ率λの値がスリップ率判定値より小さくなる場合があり、そのような場合には、実際には駆動輪3,6にスリップが発生していない場合でもスリップが発生していると判定器29で誤判定してしまうことになる。
【0041】
そこで、本実施の形態においては、低速域において従動輪7,8の車輪速度Vや駆動輪3,6の車輪速度Vrに速度検出誤差が含まれていてもスリップの誤判定を起こさないために、従動輪7,8の車輪速度に応じてスリップ率判定値を図5に示すように変化させることでスリップ率判定値を調整している。
【0042】
次に、駆動輪のトルクと車体速度の関係について、本実施の形態のようにスリップ率判定値を変化させた場合とスリップ率判定値を一定にした場合とで比較する。図8は車体が停止している状態でアクセル操作を行うときのトルクと車体速度の関係を示した図である。スリップ率判定値を一定にした場合では、発進時の低速域においてトルクが頻繁に増減していることがわかる。これは低速域においては従動輪と駆動輪の車輪速度差がわずかであってもスリップしていると判定してしまうため、不必要に駆動トルクを緩めてしまうためである。不必要に駆動トルクを緩めることで平均して低トルク状態になり車両の加速性が悪化する。またトルクが頻繁に増減するため、車体に振動が発生し乗り心地が悪化する。
【0043】
一方、本実施の形態の場合には、低速域においてスリップ率判定値を変化させることによりスリップの誤判定が防止されてトルクの頻繁な増減が緩和され、平均的に高い駆動トルクを出力するようになり、車両の加速性が向上する。またトルクの頻繁な増減も緩和されるために乗り心地も改善される。車体速度が加速走行に応じて上昇するとスリップ率判定値を一定にしている場合でも従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度差がある程度大きくならないとスリップ率が大きい値にならないため、スリップの誤判定が起こらず、本発明を用いた場合での駆動トルクと同じような駆動トルク波形を出力する。
【0044】
また、図9は車体が走行している状態から徐々に減速していく時のトルクと車体速度の関係を示した図である。ブレーキ操作を行う前、またはブレーキ操作を行った後しばらくはスリップ率判定値を一定にしている場合でも従動輪と駆動輪の車輪速度差がある程度大きくならないとスリップ率が大きい値にならないため、スリップの誤判定が起こらず、本実施の形態での制動トルクと同じような制動トルク波形を出力する。一方、減速時の低速域において、スリップ率判定値を一定にしている場合では、トルクが頻繁に増減していることがわかる。これは低速域においては従動輪と駆動輪の車輪速度差がわずかであってもスリップしていると判定してしまうため、不必要に制動トルクを緩めてしまうためである。不必要に制動トルクを緩めることで平均して低トルク状態になり車両の制動性が悪化する。またトルクが頻繁に増減するため、車体に振動が発生し乗り心地が悪化する。
【0045】
一方、本実施の形態の場合には、低速域においてスリップ率判定値を変化させることによりスリップの誤判定が防止されてトルクの頻繁な増減が緩和され、平均的に高い制動トルクを出力するようになり、車両の制動性が向上する。またトルクの頻繁な増減も緩和されるために乗り心地も改善される。
【0046】
以上のことから、加速・減速走行時ともにスリップ率判定値を一定にしている時には、低速域においてスリップの誤検出が起こりやすくなるためにトルクの頻繁な増減が起こり、その結果トルクを平均的に緩めてしまう傾向があることがわかる。本実施の形態ではそういった問題に対して、低速域においてスリップ率判定値を加速走行時は正の方向に増加、減速走行時は負の方向に増加させることにより、低速域におけるスリップの誤判定を防止し、トルクの頻繁な増減を緩和している。その結果、加速走行時には高い駆動トルクを、減速走行時には高い制動トルクを平均的に出力することができ、車両の加速性・制動性をそれぞれ高めている。したがって、本実施の形態によれば、低速域における過剰なスリップ制御動作が抑制されるので、加速走行時における加速時間及び減速走行時における制動距離を短縮するとともに、電気駆動車両の振動を抑制することができる。
【0047】
なお、図1に示すように、スリップ判定器18に対して、上記で説明したスリップ制御の実施の中断又は従動輪7,8の車輪速度に応じたスリップ判定値の変更の中断を指示する指示手段(例えば、切り替えスイッチ)50を設置しても良い。このように指示手段50を設ければ、車両の使用環境に応じた設定変更が可能となる。
【0048】
次に本発明の第2の実施の形態について説明する。本実施の形態に係る電気駆動車両は、スリップ判定器18において、スリップ率判定値の代わりに従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度差で表される速度差判定値を用いている点が第1の実施の形態と異なる。ここでは、(駆動輪の車輪速度)−(従動輪の車輪速度)によって算出される車輪の速度差を「車輪速度差」と定義し、当該車輪速度差に基づいて駆動輪3,6がスリップしているかどうかを判定するための判定値を「速度差判定値」と定義する。
【0049】
本実施の形態に係る電気駆動車両は、第1の実施の形態における図3に示したスリップ率演算器28の代わりに、図10に示す速度差演算器39を備えている。なお、その他のハードウェア構成については第1の実施の形態のものと同じであるので説明は省略する。
【0050】
図10は本発明の第2の実施の形態に係る速度差演算器39の構成図である。この図に示す速度差演算器39は、ゲイン37及びゲイン38からの駆動輪3,6の車輪速度検出値と従動輪7,8の車輪速度検出値の入力を受け、駆動輪3,6の車輪速度検出値から従動輪7,8の車輪速度検出値を減じて車輪速度差を演算する減算器30Aを備えている。
【0051】
図11は、加速・減速走行時における従動輪7,8の車輪速度と、従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度差との関係を示す図である。この図に示すように、判定器29は、加速走行時において、従動輪7,8の車輪速度が設定速度VA(車輪速度検出手段の精度にもよるが、例えば、数km/h程度)より小さいときには、速度差判定値として一定値ΔVAを利用しており、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度VAより大きいときには、従動輪7,8の車輪速度が増加するにしたがって当該一定値ΔVAから単調増加するように変更している。一方、減速走行時においては、従動輪7,8の車輪速度が設定速度VB(車輪速度検出手段の精度にもよるが、例えば、数km/h程度)より小さいときには、速度差判定値として一定値ΔVBを利用しており、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度VBより大きいときには、従動輪7,8の車輪速度が増加するにしたがって当該一定値ΔVBから単調減少するように変更している。したがって、上記をまとめると、本実施の形態における判定器29は、加速・減速走行時のそれぞれにおいて従動輪7,8の車輪速度が設定速度VA,VBより小さいとき、速度差判定値を、従動輪7,8の車輪速度が当該設定速度VA,VBより大きいときに利用される値よりもスリップしていると判定され難い値に変更している、と換言することができる。なお、加速走行時には(速度差判定値)≦(車輪速度差)の時にスリップが発生していると判定器29(スリップ判定器18)が判定し、減速走行時には(車輪速度差)≦(速度差判定値)の時にスリップが発生していると判定する。
【0052】
ここで、図11のように速度差判定値を従動輪の車輪速度に応じて変化させる理由について説明する。最初に加速走行について説明する。速度差判定値を従動輪7,8の車輪速度が大きくなるにつれて大きくすることは、第1の実施の形態においてスリップ率判定値を一定にすることに相当する。このことは上記式(1)から容易にわかることである。ところで、スリップ率判定値を用いた第1の実施の形態と同様に、低速域においては速度検出誤差のために車輪速度差の値が速度差判定値より大きくなる場合がある。したがって、このような場合には、実際には駆動輪3,6にスリップが発生していない場合でも、スリップが発生していると判定器29で誤判定されてしまうことになる。また、減速走行についても同様のことが言えて、低速域においては速度検出誤差のために速度差判定値が車輪速度差より大きくなる場合があり、そのような場合には実際には、駆動輪3,6にスリップが発生していない場合でもスリップが発生していると誤判定されてしまうことになる。
【0053】
そこで、本実施の形態においては、低速域において従動輪7,8の車輪速度Vや駆動輪3,6の車輪速度Vrに速度検出誤差に含まれていてもスリップの誤判定を起こさないために、従動輪7,8の車輪速度に応じて速度差判定値を図11に示すように変化させることで速度差判定値を調整している。このように加速走行時・減速走行時ともに低速域において速度差判定値が従動輪の車輪速度に関係なく一定値になるようにすることで、低速域におけるスリップの誤判定を防止することができる。したがって、本実施の形態によっても、低速域における過剰なスリップ制御動作が抑制されるので、加速走行時における加速時間及び減速走行時における制動距離を短縮するとともに、電気駆動車両の振動を抑制することができる。
【0054】
すなわち、第1及び第2の実施の形態のように、従動輪7,8の車輪速度が低速領域にあるときにスリップ率判定値もしくは速度差判定値を変化させると、スリップ制御が過剰にかからないようになり、その結果、スリップ判定器18が不必要にスリップ判定をして電動機1、電動機4又は電動機1及び電動機4が出力するトルクが低減することを抑制する。これにより、加速走行時には加速性が向上し、減速走行時には制動距離が短くなり、更にトルクの頻繁な増減に起因する車体の振動を抑制することができる。
【0055】
次に本発明の第3の実施の形態について説明する。図12は、本発明の第3の実施の形態に係る電気駆動車両の全体図である。この図に示す電気駆動車両は、車両が走行している路面の傾斜角度を感知する傾斜センサ(傾斜検出手段)34を備えている。傾斜センサ34が検出した路面の傾斜角度はスリップ判定器18B内の判定器29に出力されており、当該出力された傾斜角度は、判定器29において、走行路面が加速走行時においてスリップ率判定値の変更が必要な程度の上り坂であるか否か、又は、当該路面が減速走行時においてスリップ率判定値の変更が必要な程度の下り坂であるか否かを判定する際に利用される。本実施の形態では、判定器29は、傾斜角度の検出値が設定角度θaより大きいときに上記条件を満たす上り坂であると判定し、設定角度θbより小さいときに上記条件を満たす下り坂であると判定するものとする。
【0056】
図13は、加速・減速走行時における従動輪7,8の車輪速度検出値と判定器29で利用されるスリップ率判定値との関係を示す図である。この図に示すように、判定器29は、加速走行時において、路面の傾斜角度が設定角度θaより大きくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度Vaより小さいとき、スリップ率判定値を、傾斜角度が設定角度θaより小さくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度Vaより小さいときに利用される値(すなわち、平坦路及び下り坂におけるスリップ率判定値:λa)よりも大きい値(λa)に変更している。一方、減速走行時において、路面の傾斜角度が設定角度θbより小さくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度Vbより小さいとき、スリップ率判定値を、傾斜角度が設定角度θbより大きくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度Vbより小さいときに利用される値(すなわち、平坦路及び上り坂におけるスリップ率判定値:λb)よりも小さい値(λb)に変更している。
【0057】
このようにスリップ率判定値を路面の傾斜角度及び従動輪7,8の車輪速度に応じて変化させるのは次のような理由による。すなわち、上り坂を加速走行する場合には、下り坂および平坦路に比べて車両の加速を妨げる方向に重力の影響を受ける分、第1の実施の形態と同様のスリップの誤検出が起こると加速しづらくなるからである。本実施の形態では、これを防ぐために上り坂でスリップ率判定値を大きくしている。一方、下り坂を減速走行する場合には、上り坂および平坦路に比べて車両の減速を妨げる方向に重力の影響を受ける分、第1の実施の形態と同様のスリップの誤検出が起こると減速しづらくなるからである。本実施の形態では、これを防ぐために下り坂でスリップ率判定値を小さくしている。
【0058】
したがって、本実施の形態のようにスリップ率判定値を変化させると、低速域における過剰なスリップ制御動作が抑制されるので、上り坂を加速走行する際の加速時間と下り坂を減速走行する際の制動距離を短縮することができ、さらに、電気駆動車両の振動を抑制することができる。
【0059】
なお、これと同様の理由で、第2の実施の形態で利用した従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度差で表される速度差判定値を、路面の傾斜角度及び従動輪7,8の車輪速度に応じて変化させても良い。
【0060】
図14は、加速・減速走行時における従動輪7,8の車輪速度検出値と判定器29で利用される速度差判定値との関係を示す図である。この図に示すように、判定器29は、加速走行時において、路面の傾斜角度が設定角度θaより大きくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度VA’(VA’>VA)より小さいとき、速度差判定値を、傾斜角度が設定角度θaより小さくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度VA’より小さいときに利用される値(すなわち、平坦路及び下り坂におけるスリップ率判定値:例えば、ΔVA)よりも大きい値(ΔVA’)に変更している。一方、減速走行時において、路面の傾斜角度が設定角度θbより小さくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度VB’(VB’>VB)より小さいとき、スリップ率判定値を、傾斜角度が設定角度θbより大きくかつ従動輪7,8の車輪速度が設定速度VB’より小さいときに利用される値(すなわち、平坦路及び上り坂におけるスリップ率判定値:例えば、ΔVB)よりも小さい値(ΔVB’)に変更している。
【0061】
このように速度差判定値を変化させても、低速域における過剰なスリップ制御動作が抑制されるので、上り坂を加速走行する際の加速時間と下り坂を減速走行する際の制動距離を短縮することができ、さらに、電気駆動車両の振動を抑制することができる。
【0062】
なお、上記の実施の形態では、傾斜角度が設定角度θaより大きいときと小さいとき(設定角度θbより小さいときと大きいとき)で選択的にスリップ率判定値又は速度差判定値を変更するものとしたが、傾斜角度の大きさに比例させてスリップ率判定値又は速度差判定値の大きさを変更させる構成としても良い。
【0063】
なお、上記の各実施の形態では、図2に示すように、スリップ率演算器28や速度差演算器39において、左右の従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度の平均値を入力してスリップ率又は速度差を求めるものとして説明してきた。しかし、図15に示すよう左側車輪用のスリップ率演算器40と右側車輪用のスリップ率演算器41を備えるスリップ判定器18Cを車両に設置し、各演算器40,41に左右の車輪ごとに従動輪7,8と駆動輪3,6の車輪速度を入力することでそれぞれにスリップ率を演算し、左右独立に駆動輪3,6のトルクを制御しても良い。このような構成を採用すると、左側車輪用の速度検出器9,10又は右側車輪用の速度検出器11,12のうち一方が故障等しても、スリップ率を算出することができる。なお、図15では、スリップ率を演算する場合についてのみ説明したが、同様に車輪速度差を演算しても同様の効果が得られることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0064】
1,4 電動機
3,6 駆動輪
7,8 従動輪
9,10,11,12 速度検出器
13 電力変換器
14,15 電流検出器
16 トルク制御器
17 トルク指令演算器
18 スリップ判定器
29 判定器
19 アクセル開度検出器
20 ブレーキ開度検出器
21 ステアリング角度検出器
22,23,24,25,26,27,37,38 ゲイン
28,40,41 スリップ率演算器
30 減算器
31 最大値選択器
32 除算器
33 電動機制御器
34 傾斜センサ
35,36 加算器
39 速度差演算器
50 指示手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動輪と、従動輪と、前記駆動輪を駆動又は制動する電動機と、当該電動機を制御する電動機制御手段とを備える電気駆動車両において、
前記駆動輪及び従動輪の車輪速度を検出する車輪速度検出手段と、
前記駆動輪及び従動輪の車輪速度から前記駆動輪のスリップ率を演算する演算手段と、
当該スリップ率がスリップ率判定値を超える場合に前記駆動輪がスリップしていると判定する判定手段とを備え、
前記判定手段は、前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記スリップ率判定値を、前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より大きいときに利用される値と符号が同じで絶対値が大きい値に変更することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項2】
請求項1に記載の電気駆動車両において、
前記電気駆動車両が走行している路面の傾斜角度を感知する傾斜検出手段をさらに備え、
前記判定手段は、
加速走行時において前記傾斜角度が設定角度より大きくかつ前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記スリップ率判定値を、前記傾斜角度が前記設定角度より小さくかつ前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より小さいときに利用される値よりも大きい値に変更することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項3】
請求項1に記載の電気駆動車両において、
前記電気駆動車両が走行している路面の傾斜角度を感知する傾斜検出手段をさらに備え、
前記判定手段は、
減速走行時において前記傾斜角度が設定角度より小さくかつ前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記スリップ率判定値を、前記傾斜角度が前記設定角度より大きくかつ前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より小さいときに利用される値よりも小さい値に変更することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項4】
請求項1に記載の電気駆動車両において、
前記判定手段で加速走行時に利用される前記スリップ率判定値は、
前記従動輪の車輪速度が第1設定速度よりも大きいとき、第1判定値に設定され、
前記第1設定速度よりも小さく設定された第2設定速度よりも前記従動輪の車輪速度が小さいとき、前記第1判定値よりも大きい第2判定値に設定され、
前記従動輪の車輪速度が前記第1設定速度よりも小さく第2設定速度よりも大きいとき、前記従動輪の車輪速度が減少するにしたがって前記第1判定値から前記第2判定値まで単調増加するように設定されることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項5】
請求項1に記載の電気駆動車両において、
前記判定手段で減速走行時に利用される前記スリップ率判定値は、
前記従動輪の車輪速度が第3設定速度よりも大きいとき、第3判定値に設定され、
前記第3設定速度よりも小さく設定された第4設定速度よりも前記従動輪の車輪速度が小さいとき、前記第3判定値よりも小さい第4判定値に設定され、
前記従動輪の車輪速度が前記第3設定速度よりも小さく第4設定速度よりも大きいとき、前記従動輪の車輪速度が減少するにしたがって前記第3判定値から前記第4判定値まで単調減少するように設定されることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項6】
請求項1に記載の電気駆動車両において、
前記判定手段に対して、スリップ制御の実施の中断又は前記スリップ判定値の変更の中断を指示する指示手段をさらに備えることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項7】
駆動輪と、従動輪と、前記駆動輪を駆動又は制動する電動機と、当該電動機を制御する電動機制御手段とを備える電気駆動車両において、
前記駆動輪及び従動輪の車輪速度を検出する車輪速度検出手段と、
前記駆動輪及び従動輪の車輪速度の速度差を演算する演算手段と、
当該速度差が速度差判定値を超える場合に前記駆動輪がスリップしていると判定する判定手段とを備え、
前記判定手段は、前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記速度差判定値を、前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より大きいときに利用される値と符号が同じで絶対値が大きい値に変更することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項8】
請求項7に記載の電気駆動車両において、
前記電気駆動車両が走行している路面の傾斜角度を感知する傾斜検出手段をさらに備え、
前記判定手段は、
加速走行時において前記傾斜角度が設定角度より大きくかつ前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記速度差判定値を、前記傾斜角度が前記設定角度より小さくかつ前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より小さいときに利用される値よりも大きい値に変更することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項9】
請求項7に記載の電気駆動車両において、
前記電気駆動車両が走行している路面の傾斜角度を感知する傾斜検出手段をさらに備え、
前記判定手段は、
減速走行時において前記傾斜角度が設定角度より小さくかつ前記従動輪の車輪速度が設定速度より小さいとき、前記速度差判定値を、前記傾斜角度が前記設定角度より大きくかつ前記従動輪の車輪速度が前記設定速度より小さいときに利用される値よりも小さい値に変更することを特徴とする電気駆動車両。
【請求項10】
請求項7に記載の電気駆動車両において、
前記判定手段で加速走行時に利用される前記速度差判定値は、
前記従動輪の車輪速度が第1設定速度よりも小さいとき、第1判定値に設定され、
前記従動輪の車輪速度が前記第1設定速度よりも大きいとき、前記従動輪の車輪速度が増加するにしたがって前記第1判定値から単調増加するように設定されることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項11】
請求項7に記載の電気駆動車両において、
前記判定手段で減速走行時に利用される前記速度差判定値は、
前記従動輪の車輪速度が第2設定速度よりも小さいとき、第2判定値に設定され、
前記従動輪の車輪速度が前記第2設定速度よりも大きいとき、前記従動輪の車輪速度が増加するにしたがって前記第2判定値から単調減少するように設定されることを特徴とする電気駆動車両。
【請求項12】
請求項7に記載の電気駆動車両において、
前記判定手段に対して、スリップ制御の実施の中断又は前記速度差判定値の変更の中断を指示する指示手段をさらに備えることを特徴とする電気駆動車両。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate


【公開番号】特開2012−55113(P2012−55113A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196953(P2010−196953)
【出願日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【出願人】(000005522)日立建機株式会社 (2,611)
【Fターム(参考)】