説明

ZnO系薄膜及び半導体素子

【課題】意図しない不純物のドーピングが抑制されたZnO系薄膜及び半導体素子を提供する。
【解決手段】p型不純物を含むMgxZn1-xO(0≦x<1)からなり、原子間力顕微鏡による観測において、観測される六角形状のピットの密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶の突起が形成された凹部が観測されない、の少なくともいずれかを満たす主面を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ZnO系の半導体素子に係り、特にアクセプタドーピングが行われるZnO系薄膜及び半導体素子に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化亜鉛(ZnO)系の半導体は、励起子結合エネルギーが大きく、室温でも安定して存在でき、単色性に優れた光子の放出が可能であるため、照明やバックライト等の光源として用いられる発光ダイオード(LED)、高速電子デバイス、或いは表面弾性波デバイス等への応用が進められている。しかし、MgZnOを含むZnO系半導体をp型半導体として利用する場合に、ZnO系半導体へのアクセプタドーピングが困難であり、p型のZnO系半導体を得ることが難しいという問題があった。技術の進歩により、p型のZnO系半導体を得ることができるようになり、発光も確認されるようになってきたが、これらではScAlMgO4という特殊な基板を使用する等の制約がある(例えば、非特許文献1、2参照。)。そのため、ZnO基板上に形成されたp型のZnO系半導体膜を実現することが産業上望まれている。
【非特許文献1】ツカザキ(A.Tsukazaki)、他 著、「ジャパニーズ・ジャーナル・オブ・アプライド・フィジクス、第44巻 (Japanese Journal of Applied Physics vol.44) 」、2005年、p.643
【非特許文献2】ツカザキ(A.Tsukazaki)、他 著、「ネイチャー・マテリアル、4巻 (Nature Material 4) 」、2005年、p.42
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、ZnO系半導体は非常にドナーを形成しやすい物質であり、価電子帯が深いため、ZnO系半導体の価電子帯に正孔(ホール)を生成することによって結晶が不安定になり、正孔を補償するドナーが形成されやすい。つまり、いわゆる自己補償効果が、ZnO系半導体への窒素(N)等のアクセプタドーピングを困難にする原因となっている。自己補償効果はアクセプタドープによる点欠陥により誘発されることが多いが、ZnO膜では他の原因によっても自己補償効果が生じる。即ち、製造工程等でZnO膜に混入するシリコン(Si)等の不純物によっても自己補償効果が生じる。例えば、表面が荒れたZnO膜中への意図しないSiのドーピングが生じて、その結果、ZnO膜へのアクセプタドーピングが困難になる。
【0004】
上記問題点を鑑み、本発明は、意図しない不純物のドーピングが抑制されたZnO系薄膜及び半導体素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様によれば、p型不純物を含むMgxZn1-xO(0≦x<1)からなり、原子間力顕微鏡による観測において、観測される六角形状のピットの密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶の突起が形成された凹部が観測されない、の少なくともいずれかを満たす主面を備えるZnO系薄膜が提供される。
【0006】
本発明の他の態様によれば、(イ)p型不純物を含むMgxZn1-xO(0≦x<1)からなり、原子間力顕微鏡による観測において、観測される六角形状のピットの密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶の突起が形成された凹部が観測されない、の少なくともいずれかを満たす主面を有するZnO系薄膜と、(ロ)MgyZn1-yO(0≦y<1)からなり、ZnO系薄膜に接する基板主面を有する基板とを備え、基板主面の法線を基板結晶軸のm軸c軸平面に投影した投影軸が、m軸方向に3度以内の範囲で傾斜している半導体素子が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、意図しない不純物のドーピングが抑制されたZnO系薄膜及び半導体素子を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
次に、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。又、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることは勿論である。
【0009】
又、以下に示す実施の形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の技術的思想は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。この発明の技術的思想は、特許請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
【0010】
本発明の実施の形態に係る半導体素子は、図1に示すように、p型不純物を含むMgxZn1-xO(0≦x<1)からなる半導体層2を備え、半導体層2は原子間力顕微鏡(AFM)によって半導体層2の主面21を観測した場合において、観測される六角形状のピットの密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶の突起が形成された凹部が観測されない、の少なくともいずれかを満たすZnO系薄膜である。
【0011】
半導体層2に含まれるp型不純物は半導体層2にアクセプタドーピングされた不純物であり、例えば窒素(N)、銅(Cu)、リン(P)等が採用可能である。半導体層2は、基板1の基板主面11上に配置される。基板1は、例えばMgyZn1-yO(0≦y<1)等が採用可能である。基板1及び半導体層2の結晶構造は六方晶系であり、基板主面11はc面とする。そのため、基板主面11上にMgxZn1-xOを成長して形成される半導体層2の主面21はc面となる。
【0012】
既に説明したように、ZnO系半導体膜では自己補償効果が強い。そのため、アクセプタドープにより半導体層2をp型半導体にするためには、意図しないアクセプタドーピングによって自己補償効果を誘発するドナーが半導体層2にドープされないように半導体素子を形成する必要がある。例えば、ZnO膜を形成するために分子線エピタキシー(MBE)法を使用した場合に、以下に説明するように、ドナーとなる不純物のZnO膜への意図しないアクセプタドーピングが発生する場合がある。
【0013】
現在、MgxZn1-xO膜を含むZnO系半導体膜を高純度に形成するために、MBE法を採用するのが一般的である。MBE法は、原料として元素材料を使用するため、化合物材料を使用する有機金属気相成長(MOCVD)法に比べて、原料の時点での純度を上げることができる。
【0014】
MBE法に使用される薄膜形成装置の例を図2に示す。図2(a)に示す薄膜形成装置10は、基板1を配置するホルダー110、形成する薄膜の原料を供給するセル120、セル130及びセル140を備える。図2(a)に示した例では、セル120から亜鉛(Zn)、セル140からガリウム(Ga)が供給される。セル130はラジカル発生器であり、ZnO膜やGaN膜等のように気体元素を含む化合物の結晶成長にMBE法を適用する場合に使用される。ラジカル発生器は、通常PBN(pyrolytic boron nitiride)や石英からなる放電管131の外側周囲を高周波コイル132が取り巻いた構造であり、高周波コイル132は高周波電源(不図示)に接続している。図2(a)に示した例では、セル130内部に供給された酸素(O2)に高周波コイル132によって高周波電圧(電界)が印加されてプラズマが発生し、ラジカル粒子(O*)がセル130から供給される。図2(b)は、石英の放電管131の例である。
【0015】
プラズマは化学活性を上げる方法として好ましいが、プラズマ粒子が周囲の薄膜形成装置の部材に衝突し、その部材の構成元素をたたき出すというスパッタリング現象が生じる。このスパッタリング現象によって、基板1上に形成される薄膜への意図しないドーピングが生じる可能性が高くなる。ZnO膜等の酸化物を基板1上に成長させる場合、原料ガスが酸素であるため、酸化で劣化するPBNではなく、石英が放電管131として使用される。石英が使用されるのは、石英以上に純度が高い絶縁材料がないからである。しかし、放電管131として使用される石英から、石英に不純物として自然に含まれるSi、アルミニウム(Al)、ボロン(B)等がスパッタリング現象によってたたき出され、基板1上に成長する薄膜中にこれらがドープされる可能性が生じる。
【0016】
図3(a)に、窒素(N)が半導体層2にアクセプタドーピングされた半導体素子のSi及び窒素の濃度と、MgOの二次イオン強度の例を示す。ここで図3(a)の特性を示す半導体素子を「サンプルA」とする。図3(b)は、サンプルAの主面21の状態を示す。比較のため、主面21が図4(b)で示す状態の半導体素子(以下において、「サンプルB」という。)のSi及び窒素の濃度と、MgOの二次イオン強度の例を図4(a)に示す。図3(b)及び図4(b)は、原子間力顕微鏡によって観測した場合の、20平方μmの範囲で主面21の状態を示した図である。なお、Si濃度は二次イオン質量分析(SIMS)法により測定される(以下において同様)。
【0017】
図3(a)と図4(a)とを比較すると、サンプルAよりサンプルBの方がSi濃度は高いことが明らかである。濃度の測定下限が1×1017原子/cm3程度であるため、図3(a)に示すようにサンプルAでは半導体層2の主面21付近にのみSiが存在する。ただし、SIMSは最表面測定を苦手とする測定であるため、最表面のSi測定値は真の値ではない場合もある。図4(a)に示すようにサンプルBでは半導体層2の深さ方向の中間付近までSiが存在している。また、窒素濃度は図3(a)の方が高いことを示している。
【0018】
ここで、図3(b)と図4(b)とを比較すると明らかなように、サンプルAの主面21は平坦であるのに対して、サンプルBの主面21は荒れている。サンプルAの主面21上にはピット201が数個発生しているにすぎないが、サンプルBの主面21上には凹部202が複数形成されている。図4(b)に示した凹部202のI−I方向の断面図を図4(c)に示す。図4(c)に示すように、凹部202の底部に複数の微結晶203が形成されている。つまり、サンプルBの主面21では、平坦な部分が複数の縞状のアイランドになっており、アイランドの間に細かい微結晶の集合の凹部202が存在するのが特徴である。一方、サンプルAの主面21では平坦な部分が縞状になっているが、微結晶の集合は存在しない。
【0019】
主面の状態が図3に示す膜と図4に示す膜をMOS(Metal Oxide Semiconductor)構造でCV測定すると、図3に示す状態の膜でのドナー濃度(ND)とアクセプタ濃度(NA)との濃度差「ND−NA」の値が1×1016原子/cm3程度であるのに対し、図4に示す状態の膜での濃度差「ND−NA」の値は5×1017原子/cm3程度であった。したがって、ボロン(B)、Al、Ga等のIII族元素に比べると活性化率が低いとはいえ、Siが半導体層中のドナーを増加するように作用していることは明らかである。なお、CV測定は、図5に示すように、ZnO膜101、MgZnO膜102及びSOG(Spin on Glass)膜103をこの順に積層し、SOG膜103上に配置された円柱状の電極105と、電極105の周囲に間隔を設けて配置された電極104間について行った。電極104及び電極105はAlとチタン(Ti)を積層した構造等が採用可能であり、電極105の直径Wは例えば100μmである。
【0020】
上記のように、図3に示したサンプルAと図4に示したサンプルBとの比較から、主面21の状態が荒れている場合に半導体層2に意図せずにドーピングされるSiが増え、アクセプタドーピングされる窒素が少なくなることがわかる。したがって、半導体層2中へのSi等の不純物の意図しないドーピングを抑制する上で、主面21の表面状態は平坦であるほど好ましい。つまり、半導体層2の主面21の状態が図3(b)に示したような状態の場合は、半導体層2への意図しないSiのドーピングが抑制され、窒素等のp型不純物をアクセプタドーピングすることにより半導体層2を容易にp型半導体にすることができる。一方、半導体層2の主面21の状態が図4(b)に示したような状態の場合は、半導体層2への意図しないSiのドーピングが増大し、窒素等のp型不純物をアクセプタドーピングすることよって半導体層2をp型半導体にすることが困難になる。
【0021】
図6は、図4(b)を拡大した主面21の状態を示す。図6に示すように、20平方μmの範囲に19個のピット201が存在する。つまり、ピット密度が4.75×106個/cm2である。この場合、ピット201の密度が5×106個/cm2以下という条件はぎりぎりでクリアするが、底部に複数の微結晶203の突起が形成された凹部202が観測されないという条件をクリアできない。
【0022】
図7は、主面21に多数のピット201が存在する場合の例を示す。図7(a)は、半導体素子のSi及び窒素の濃度とMgOの二次イオン強度を示し、図7(b)は、20平方μmの範囲を原子間力顕微鏡によって観測した場合の主面21の状態を示した図である。図7(c)は、図7(b)の一部の拡大して1平方μmの範囲で主面21の状態を示した図である。
【0023】
図8は、主面21の状態が半導体層2への意図しないSiのドーピングを抑制できる限界であるサンプル(以下において「サンプルC」という。)の例を示す。図8(a)は半導体素子のSi及び窒素の濃度とMgOの二次イオン強度を示す。図8(b)は20平方μmの範囲を原子間力顕微鏡によって観測した場合の主面21の状態を示した図であり、図8(c)は、図8(b)の一部の拡大して1平方μmの範囲で主面21の状態を示した図である。図8(b)及び図8(c)に示すように、サンプルCの主面21の平坦部分は、サンプルBと同様に凹部で区切られた縞状になっているが、図6に示したような大きなピットはあまり存在しない。
【0024】
図9に、図8に示した半導体層2中にSiがドープされていないサンプルCと、図6に示した半導体層2中に意図せずにSiがドープされたサンプルBとの比較を示す。図9(a)は5平方μmの範囲でサンプルCの主面21の状態を示した図であり、図9(b)は図9(a)を拡大して2平方μmの範囲でサンプルCの主面21の状態を示した図である。図9(c)は5平方μmの範囲でサンプルBの主面21の状態を示した図であり、図9(d)は図9(c)を拡大して2平方μmの範囲でサンプルBの主面21の状態を示した図である。図9(b)と図9(d)との比較から、サンプルBは縞状のアイランドの平坦部分の間に微結晶の集まりの凹部202が形成されているのに対し、サンプルCの平坦部分は縞状のアイランドとなっているが、微結晶の集まりは存在しない。
【0025】
なお、図8に示したサンプルCは、図3に示したサンプルAと比較すると、Si濃度が高く、半導体層2への意図しないSiのドーピングを抑制するという観点からは、量産する場合に最も好ましいものではない。サンプルCの主面21の状態は、あくまで半導体層2への意図しないSiのドーピングを抑制できる限界であり、主面21の状態としてはサンプルAがより好ましい。
【0026】
図10に、ピット201の拡大図を示す。図10では、見やすくするために希塩酸で少しエッチングしてある。図10はピット201の断面を5万倍程度に拡大した図であり、内挿された図はピット201の上面を1万倍に拡大した図である。図10に示すように、ピット201は上面から見ると六角形状であり、ピット201が結晶面で構成されていることは明らかである。又、断面は漏斗状であり、ピット201の窪みが深くなるほど、上面からみた形状は大きくなる。
【0027】
以上に説明したように、半導体層2への意図しないSiのドーピングを抑制するためには、半導体層2の主面21を原子間力顕微鏡によって観測した場合において、観測されるピット201の密度が5×106個/cm2以下であること、若しくは底部に複数の微結晶203の突起が形成された凹部202が観測されないこと、の少なくともいずれの条件を満たしていることが必要である。
【0028】
図11に、半導体層2の界面Si濃度と膜中Si濃度との関係を示す。図11に示すように界面Si濃度と膜中Si濃度は比例しており、界面に存在するSiは膜中に拡散することがわかる。したがって、半導体層2にSiがドープされることは避けなければならない。なお、Si濃度の測定下限は1×1017原子/cm3程度であり、それ以下の図11に示した測定値の信頼性はない。
【0029】
次に、基板1について説明する。基板1として、MgyZn1-yO(0≦y<1)等のZnO系化合物が採用可能である。ZnO系化合物は、窒化ガリウム(GaN)と同様に、ウルツァイトと呼ばれる図12に示す六方晶構造を有する。図12は、六方晶構造のユニットセルを示す模式図である。c面やa軸という表現は、いわゆるミラー指数により表すことができ、例えば、c面は(0001)面と表される。図12において斜線を付した面がa面(11−20)であり、m面(10−10)は六方晶構造の柱面を示す。例えば{11−20}面や{10−10}面は、結晶のもつ対称性により、(11−20)面や(10−10)面と等価な面も含む総称であることを示している。また、a軸はa面の垂直方向を、m軸はm面の垂直方向を、c軸はc面の垂直方向を示す。
【0030】
結晶成長の基板となるMgyZn1-yOからなる基板1は、y=0のZnO基板でもよいし、Mgが混晶されたMgZnO基板でもよい。ただし、MgOはNaCl型結晶であるため、MgZnO基板のMgが50wt%を超えると六方晶系のZnO系化合物と整合しにくく相分離を起こしやすいので好ましくない。
【0031】
また、基板1は、図13に示すように、基板主面11が少なくともm軸方向に傾斜させた面となるように研磨される。図13は、基板1の基板主面11の面法線方向と、基板1の基板結晶軸方向のc軸方向、m軸方向及びa軸方向との関係を示すものである。基板主面11の面法線方向とc軸方向とのなす角度をφとし、基板主面11の面法線を基板結晶軸のm軸とc軸とで定義されるm軸c軸平面に投影した投影軸とc軸方向とのなす角度(以下において、「面法線のm軸方向への傾斜角成分」という。)をφm度、基板主面11の面法線を基板結晶軸のa軸とc軸とで定義されるa軸c軸平面に投影した投影軸とc軸方向とのなす角度(以下において、「面法線のa軸方向への傾斜角成分」という。)をφa度とする。
【0032】
ここで、基板主面11の面法線をm軸方向に傾斜させている理由について説明する。図15(a)に示されるのは、基板主面11の面法線がa軸にも、m軸にも傾斜していない基板の模式図である。つまり、基板主面11の面法線方向がc軸方向と一致している場合である。
【0033】
しかし、バルク結晶は、その結晶がもつ劈開面を使用しないかぎり、図15(a)のように基板主面11の面法線方向がc軸方向と一致することがなく、基板主面がc面ジャストの基板にこだわると生産性も悪くなる。現実には、基板主面11の面法線方向はc軸から傾き、オフ角を有する。例えば、図15(b)に示すように、基板主面11の面法線方向が、c軸からm軸方向にのみθ度傾斜していると、基板主面11(例えばT1領域)の拡大図である図15(c)に表されるように、平坦な面であるテラス面1aと、面法線をc軸に対して傾斜させることにより生じる段差部分に等間隔で規則性のあるステップ面1bとが生じる。
【0034】
ここで、テラス面1aがc面(0001)となり、ステップ面1bはm面(10−10)に相当する。図15(c)に示すように、ステップ面1bは、m軸方向にテラス面1aの幅を保ちながら、規則的に並ぶことになる。すなわち、図15(d)に示すように、テラス面1aは、基板主面11に対して傾斜し、その傾斜角は傾斜角度θである。
【0035】
図15(c)に示した状態は、図13、14で言えば、θs=90°の場合に相当する。なお、図3、4に示した「ステップエッジ」は、ステップ面1bによる段差部分をm軸とa軸とで定義されるm軸a軸平面に投影したものである。基板主面11上にはステップ面1bによって段差部分が発生するが、この段差部分に飛来した原子は、テラス面1aとステップ面1bの2面との結合になるので、テラス面1aに飛来した場合よりも原子は強く結合ができ、飛来原子を安定的にトラップすることができる。
【0036】
つまり、表面拡散過程で飛来原子がテラス面1a内を拡散するが、結合力の強い段差部分や、この段差部分で形成されるキンク位置にトラップされて結晶に組み込まれることによって結晶成長が進む沿面成長により安定的な成長が行われる。このように、基板主面11の面法線が少なくともm軸方向に傾斜した基板上に、ZnO系半導体層を積層させると、ZnO系半導体層はこのステップ面1bを中心に結晶成長が起こり、平坦な膜を形成することができる。このように、ステップ面1bをm面に相当する面となるようにすれば、基板主面11上に結晶成長させたZnO系半導体である半導体層2を、主面21が平坦な膜とすることができる。
【0037】
ところで、図15(b)に定義した傾斜角度θを大きくしすぎると、基板主面11上にZnO系半導体層が平坦に結晶成長しなくなる。図16は、m軸方向への傾斜角度θによって、基板主面11上の半導体膜の平坦性が変化することを示すものである。図16(a)は、傾斜角度θが1.5°のMgyZn1-yOからなる基板1の基板主面11上に成長させたZnO系の半導体層2の主面21の状態を示す。図16(b)は、傾斜角度θが3.5°のMgyZn1-yOからなる基板1の基板主面11上に成長させたZnO系の半導体層2の主面21の状態を示す。図16(a)及び図16(b)は共に、結晶成長後に原子間力顕微鏡を用いて、分解能1μmで主面21をスキャンした画像である。図16(a)に示した主面21は、ステップの幅が揃った状態で平坦に形成されているが、図16(b)に示した主面21は、表面に凹凸が散在しており、平坦性が失われている。以上より、図13に示した傾斜角成分φm度は、0°を越える範囲で、かつ3°以下(0°<φm≦3°)が好ましい。
【0038】
上記のように、基板主面11をm軸方向にのみ傾斜させ、その傾斜角成分φm度を、0°を越える範囲で、かつ3°以下とすることが好ましいが、実際には、m軸方向にのみ傾斜させて基板をインゴットから切り出すことは困難で、生産技術としては、a軸方向への傾きも許容し、その許容度を設定することが必要となる。例えば、図13に示すように、c軸に対して基板主面11の面法線方向が、m軸方向の傾斜角成分φm度、a軸方向の傾斜角成分φa度を有するようにしても良い。つまり、m軸方向にφm度、a軸方向にφa度だけ傾斜するように基板主面11を作製するようにしても良い。
【0039】
ただし、ステップ面1bのステップエッジとm軸方向とのなす角θsが一定の範囲内である必要がある。つまり、m軸方向にステップエッジが規則的に並んでいる状態が、主面21が平坦な半導体層2を成長させる上で必要であり、ステップエッジの間隔やステップエッジのラインが乱れると、前述した沿面成長が行われなくなるので、主面21が平坦な半導体層2を形成できない。以下に、角θsの取り得る範囲について説明する。
【0040】
図13に示すように基板主面11の面法線がm軸方向及びa軸方向に傾斜している場合は、図17(a)のように表される。図17(a)に示すように、基板主面11の面法線をm軸a軸平面に投影した投影軸の延伸する方向をL方向とし、基板主面11の一部(例えばT2領域)の拡大図を図17(b)に示す。平坦な面であるテラス面1cと、基板主面11をc面に対して傾斜させることにより生じる段差部分にステップ面1dが生じる。ここで、テラス面1cがc面(0001)となるが、テラス面1cは、基板主面11と平行ではなく、傾斜する面となっており、テラス面1cと垂直なc軸は、図13を引用すると、基板主面11の面法線からφ度傾斜していることになる。
【0041】
基板主面11が、m軸方向だけでなく、a軸方向にも傾斜しているために、ステップ面1dが斜めに形成され、ステップ面1dは、図17(b)に示すようにL方向に並ぶことになる。この状態は、図13及び図14に示したようにm軸方向へのステップエッジ配列となって現われる。m面は熱的、化学的に安定面であるため、a軸方向の傾斜角成分φa度の大きさによっては、斜めステップが綺麗には保たれず、図17(b)に示すように、ステップ面1dに凹凸ができ、ステップエッジの配列に乱れが生じて、主面が平坦な膜を基板主面11上に形成できなくなる。
【0042】
図18に、基板主面11(成長面)が、m軸方向のオフ角(傾斜角成分φm)に加えて、a軸方向のオフ角(傾斜角成分φa)を有する場合に、ステップエッジやステップ幅がどのように変化するかを示す。図13で説明したm軸方向の傾斜角成分φm度を0.4°に固定して、a軸方向の傾斜角成分φa度を変化させて比較した。傾斜角成分φa度の変化は、MgyZn1-yOからなる基板1の切り出し面を変えることにより実現させた。
【0043】
a軸方向の傾斜角成分φa度を大きくなるように変化させると、ステップエッジとm軸方向のなす角θsも大きくなる方向に変化するので、図18には、θsの角度を記載した。図18(a)は、θs=85°の場合であるが、ステップエッジもステップ幅も乱れていない。図18(b)は、θs=78°の場合であるが、やや乱れがあるものの、ステップエッジやステップ幅を確認することができる。図18(c)は、θs=65°の場合であるが、乱れが酷くなっており、ステップエッジやステップ幅を確認することができない。表面状態が図18(c)のようである基板主面11上にZnO系半導体層をエピタキシャル成長させると、表面の平坦性が悪いZnO系半導体層が形成されてしまう。この図18(c)の場合は、a軸方向の傾斜角成分φaに換算すると0.15°に相当する。以上のデータにより、主面21の平坦性よく半導体層2を基板主面11上に成長させるためには、70°≦θs≦90°の範囲が好ましいことがわかる。
【0044】
ところで、θsについては、基板主面11の面法線が+a軸方向に傾斜角成分φa度だけ傾斜している場合だけでなく、図13において−a軸方向に傾斜している場合も対称性により等価なので考慮する必要がある。この傾斜角成分を−φa度とし、ステップ面による段差部分をm軸a軸平面に投影すると、図14(b)のように表される。ここで、m軸方向とステップエッジとのなす角θiの条件についても、角θsと同様に70°≦θi≦90°が成立する。θs=180°−θiの関係が成立するので、θsの最大値としては、180°−70°=110°となり、最終的に70°≦θs≦110°の範囲が、基板主面11上に主面21が平坦な半導体層2を成長させることができる条件となる。
【0045】
図13に示す、基板主面11の面法線をm軸a軸平面に投影した投影軸とc軸方向とのなす角αは、以下の式(1)で表される:

α=(180/π)arctan{tan(πφa/180)/tan(πφm/180)} ・・・(1)

ここで、角α、傾斜角成分φm及び傾斜角成分φaの単位は度(deg)であり、tanは正接(tangent)、arctanは逆正接(arctangent)をそれぞれ表す。図13に基づき、単位を度(deg)とする角θsを傾斜角成分φm及び傾斜角成分φaを用いて表すと、以下の式(2)のようになる:

θs=90−α
=90−(180/π)arctan{tan(πφa/180)/tan(πφm/180)}・・・(2)

式(2)から、基板主面11上に主面21が平坦な半導体層2を形成するための角θsの好ましい範囲として、以下の式(3)が得られる:

70≦90−(180/π)arctan{tan(πφa/180)/tan(πφm/180)}≦110 ・・・(3)

θs=90°の場合が、基板主面11の面法線のa軸方向への傾きがなく、m軸方向にのみ傾いている場合である。
【0046】
既に説明したように、半導体層2への意図しないアクセプタドーピングを抑制するために半導体層2の主面21の平坦性を維持するためには、0°<φm≦3°であることが好ましい。したがって、傾斜角成分φm度を決める式(3)から、好ましい傾斜角成分φa度の範囲が計算できる。
【0047】
以下に、図2に示した薄膜形成装置によって図1に示した半導体素子の製造方法を説明する。なお、以下に述べる半導体素子の製造方法は一例であり、この変形例を含めて、これ以外の種々の製造方法により実現可能であることは勿論である。なお、以下の説明における基板1は、上記の説明のように、基板主面11の面法線をa軸c軸平面に投影した投影軸とc軸方向とのなす角度(傾斜角成分φa度)が0.1°以下、かつ基板主面11の面法線をm軸c軸平面に投影した投影軸とc軸方向とのなす角度(傾斜角成分φm度)が3°以下であるZnO系基板であることが好ましい。あるいは、基板1が傾斜角成分φa度及び傾斜角成分φm度が式(3)の条件を満足する基板であることが好ましい。
【0048】
(イ)+c面を主面とする、例えばZnOからなる基板1を塩酸でエッチングし、純水洗浄した後、ドライ窒素で乾燥させる。
【0049】
(ロ)図2に示すように、ホルダー110にセットされた基板1をロードロックからMBE法に使用する薄膜形成装置に入れる。
【0050】
(ハ)1×10-7Pa程度の真空中で、900℃、30分の条件で基板1を加熱する。
【0051】
(ニ)基板温度を900℃まで下げ、NOガス、O2ガスをセル120に供給してプラズマを発生させ、予め所望の組成になるように調整したMg、Znと共に供給して基板1上にMgxZn1-xOからなる半導体層2を成長させる。その後、半導体層2に窒素等のアクセプタドーピングがなされる。
【0052】
半導体層2の製造条件で重要なのは基板温度である。既に説明したように、図3に示したサンプルAのように半導体層2の主面21が平坦であれば、スパッタリング現象で放電管131からたたき出されたSi等は半導体層2にドープされない。六方晶系の+c面で窒素が入りやすいことから、+c面はカチオン(カソード的なイオン)を排除する機構(例えば、+に分極電荷が存在しているなど)があると推定される。よって、基板温度は750℃以上が必要であり、MgxZn1-xOではこの下限温度が上昇する傾向があるが、基板温度800℃であれば、Mgの組成が20%程度までのMgxZn1-xOからなる半導体層2において主面21の平坦性を維持できる。基板温度を主面21の平坦性を維持できる温度に任意に設定できることは勿論である。
【0053】
なお、温度は、例えば基板1裏面にTi/Ptをつけてパイロメータで測定するか、サーモビュアーで測定可能である。先に示した温度は、パイロメータの場合はε=0.18、サーモビュアーの場合はε=0.71で測定した値である。サーモビュアーを使用する場合は、薄膜成長装置に配慮が必要である。即ち、薄膜成長装置に通常用いられるガラスや石英のビューポートでは測定波長の8〜14μm波長域が透過されないため、フッ化バリウム(BaF2)結晶を窓材とするビューポートが使用される。この装置であれば、ビューポートを長波長赤外が透過でき、また、ZnOはこの波長領域で透過率が低いため、基板1の背後にある物体の放射温度を測定する危険が少なく、基板温度の測定に好ましい。上記のパイロメータ或いはサーモビュアー以外の方法により測定された基板温度(ヒータの熱電対等を使用)は、基板自体の温度を測定しているとはいえず、基板温度の測定には適さない。
【0054】
以上に説明したように、本発明は半導体層2への意図しないSi等のドーピングを抑制するための半導体素子の条件を示したものであり、図1に示した半導体素子では、原子間力顕微鏡によって半導体層2の主面21を観測した場合において、観測される六角形状のピット201の密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶203の突起が形成された凹部202が観測されない。更に、基板主面11のa軸方向及びm軸方向への傾きが、基板主面11上に成長される半導体層2の主面21が平坦になる条件を満足するような基板1が使用される。その結果、上記の条件を満足する半導体素子では、半導体層2への意図しない不純物のドーピングを抑制することができる。そのため、半導体層2への窒素等のアクセプタドーピングが容易になり、MgxZn1-xOからなる半導体層2をp型半導体層にすることができる。
【0055】
上記のように、本発明は実施の形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。即ち、本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施の形態に係る半導体素子の構成を示す模式図である。
【図2】薄膜形成装置の一例を示す模式図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る半導体素子の特性を示す図であり、図3(a)は不純物濃度を示すグラフであり、図3(b)は主面の状態を示す図である。
【図4】比較例の半導体素子の特性を示す図であり、図4(a)は不純物濃度を示すグラフであり、図4(b)は主面の状態を示す図であり、図4(c)は図4(b)の断面図である。
【図5】CV測定を説明するための模式図であり、図5(a)は測定対象サンプルの上面図であり、図5(b)は測定対象サンプルの側面図である。
【図6】図4(b)を拡大した図である。
【図7】ピットが多数発生した半導体素子の特性を示す図であり、図7(a)は不純物濃度を示すグラフであり、図7(b)は主面の状態を示す図であり、図7(c)は図7(b)を拡大した図である。
【図8】本発明の実施の形態に係る半導体素子の他の特性を示す図であり、図8(a)は不純物濃度を示すグラフであり、図8(b)は主面の状態を示す図であり、図8(c)は図8(b)を拡大した図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る半導体素子と比較例の主面の状態を示す図であり、図9(a)は図8のサンプルの主面の状態を示した図であり、図9(b)は図9(a)を拡大した図であり、図9(c)は図6のサンプルの主面の状態を示した図であり、図9(d)は図9(c)を拡大した図である。
【図10】ピットを説明するための図である。
【図11】界面Si濃度と膜中Si濃度との関係を示すグラフである。
【図12】六方晶構造を説明するための模式図である。
【図13】ZnO系基板のc面に対する傾斜を説明するための模式図である。
【図14】ステップエッジとm軸との関係を示す模式図であり、図14(a)は面法線が+a軸方向に傾斜する場合、図14(b)は面法線が−a軸方向に傾斜する場合を示す。
【図15】基板主面の面法線の傾斜を説明するための模式図であり、図15(a)は面法線が傾斜しない場合、図15(b)は面法線がm軸方向にのみ傾斜する場合、図15(c)は図15(b)における主面の状態を示し、図15(d)は基板主面とc面との関係を示す。
【図16】c面に対して傾斜した基板上に形成される半導体膜の主面の状態を示す図であり、図16(a)は傾斜角度が1.5°の場合、図16(b)は傾斜角度が3.5°の場合を示す。
【図17】基板主面の面法線の傾斜を説明するための模式図であり、図17(a)は面法線がm軸方向及びa軸方向に傾斜する場合、図17(b)は図17(a)における主面の状態を示す。
【図18】基板主面の面法線のa軸方向のオフ角が異なる基板の基板主面の状態を、ステップエッジとm軸方向とのなす角θsを変えて示す図であり、図18(a)は角θsが85°の場合、図18(b)は角θsが78°の場合、図18(c)は角θsが65°の場合を示す。
【符号の説明】
【0057】
1…基板
2…半導体層
10…薄膜形成装置
11…基板主面
21…主面
110…ホルダー
120…セル
130…セル
131…放電管
132…高周波コイル
140…セル
201…ピット
202…凹部
203…微結晶

【特許請求の範囲】
【請求項1】
p型不純物を含むMgxZn1-xO(0≦x<1)からなり、原子間力顕微鏡による観測において、観測される六角形状のピットの密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶の突起が形成された凹部が観測されない、の少なくともいずれかを満たす主面を備えることを特徴とするZnO系薄膜。
【請求項2】
p型不純物を含むMgxZn1-xO(0≦x<1)からなり、原子間力顕微鏡による観測において、観測される六角形状のピットの密度が5×106個/cm2以下、又は底部に複数の微結晶の突起が形成された凹部が観測されない、の少なくともいずれかを満たす主面を有するZnO系薄膜と、
MgyZn1-yO(0≦y<1)からなり、前記ZnO系薄膜に接する基板主面を有する基板
とを備え、前記基板主面の法線を基板結晶軸のm軸c軸平面に投影した投影軸が、m軸方向に3度以内の範囲で傾斜していることを特徴とする半導体素子。
【請求項3】
前記基板主面の法線を基板結晶軸のa軸c軸平面に投影した投影軸がa軸方向にφa度、前記基板主面の法線を基板結晶軸のm軸c軸平面に投影した投影軸がm軸方向にφm度傾斜し、前記φa及び前記φmが、
70≦90−(180/π)arctan{tan(πφa/180)/tan(πφm/180)}≦110
の関係を満たすことを特徴とする請求項2に記載の半導体素子。

【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図17】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図16】
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【図18】
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【公開番号】特開2009−52089(P2009−52089A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−220186(P2007−220186)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【出願人】(000116024)ローム株式会社 (3,539)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】