説明

グリース封入密封型転がり軸受

【課題】強固な密封性と、摺動抵抗を抑制する機能とを有するシール装置を備え、かつ、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース封入密封転がり軸受を提供する。
【解決手段】シール装置12、26を備え、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなるグリース組成物を封入した密封型転がり軸受において、シール装置12、26が弾性部材からなるシールリップ16、27を有し、このシールリップ16、27が摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下とするとともに、上記摺動面に対して直角方向の振れを 30μm 以下に規制し、かつグリース組成物の添加剤として、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグリース封入密封型転がり軸受に関し、特に、水や泥水等の異物が多量に存在する環境下で使用されるオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受や、モータ用転がり軸受として使用されるグリース封入密封型転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪を懸架装置に対して回転自在に支持する車輪用軸受は、雨水やダスト等に直接曝される環境下にあるため、この雨水やダスト等が軸受内部に侵入しないように強固な密封性を有する密封型転がり軸受が使用されている。一方、この種の転がり軸受において、回転トルクの増大は軸受の温度上昇や燃費に影響を及ぼすため、軸受の低トルク化が図られている。軸受のトルクの中でもシールの摺動抵抗が支配的であるため、強固な密封性を維持しつつ、摺動抵抗を抑制した構造の密封型転がり軸受が色々提案されている。
【0003】
このような車輪用軸受の代表的な一例を、本発明の第1の実施形態を示す図1によって説明する。この車輪用軸受は駆動輪側の車輪用軸受であって、外周に車体(図示せず)に取り付けられる車体取付フランジ2を一体に有し、内周に複列の外側転走面8、8が形成された外方部材1と、一端部に車輪(図示せず)が取り付けられる車輪取付フランジ7を一体に有し、外周に前記複列の外側転走面8、8に対向する一方の内側転走面9aと、この内側転走面9aから軸方向に延びる円筒状の小径段部14が形成され、内周にトルク伝達用のセレーション6が形成されたハブ輪4と、小径段部14に圧入され、外周に他方の内側転走面9bが形成された内輪5とを備えている。
【0004】
複列の外側転走面8、8と、これらに対向する内側転走面9a、9b間には複列の転動体(ボール)10が保持器11によって転動自在に収容されている。また、ハブ輪4と内輪5とからなる内方部材3と、外方部材1との間に形成される環状空間にはシール装置12、26がそれぞれ装着され、軸受内部に封入された潤滑グリースの漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内に侵入するのを防止している。
【0005】
これらのシール装置12、26のうち外方部材1と内輪5間に装着されたシール装置12は、図2に示すように、固定側軌道輪となる外方部材に内嵌され、断面L字状に形成された芯金15と、この芯金15に一体に加硫接着されたシール部材16とからなるシールリング17と、回転側軌道輪となる内輪5に外嵌され、同じく断面L字状に形成されたスリンガ18とを備えている。シール部材16はゴム等の弾性部材からなり、外側、中間、内側の3本のシールリップ23、24、25を備え、外側シールリップ23の先端縁をスリンガ18の立板部22の内側面に摺接させ、残りの中間シールリップ24および内側シールリップ25の先端縁を、スリンガ18の円筒部21に摺接させている。
【0006】
一方、シール装置26は、外方部材1に内嵌され、それぞれ円環状に形成された芯金13と、この芯金13に一体に加硫接着されたシール部材27とからなる。このシール部材27はゴム等の弾性部材からなり、3本のシールリップ28a、28b、28cを備え、それぞれの先端縁をハブ輪4の表面に直接摺接させている。
【0007】
この従来の車輪用軸受のシール装置12、26のうちインボード側のシール装置12において、各シールリップ23、24、25と摺接するスリンガ18の表面粗さを、中心線平均粗さ(Ra)で 0.3μm 以下とするとともに、最大高さ(Ry)で 1.2μm 以下としている。これにより、最大高さ部分で微小な隙間が生じ難くなるため、外部から異物が侵入し難くなって、グリースの変質に基く転がり接触部の損傷が生じ難くなる(特許文献1参照)。
【0008】
しかしながら、この従来のシール装置12において、各シールリップ23、24、25と摺接するスリンガ18の表面粗さを、中心線平均粗さ(Ra)で 0.3μm 以下とするとともに、最大高さ(Ry)で 1.2μm 以下に規制するためには、予めこれらの目標表面粗さを有する板材をプレス加工するか、または、プレス加工後にラップ加工等の表面加工を施す必要がある。実際には、このような目標表面粗さを有する板材の入手性は困難であるため、コスト面から考えるとプレス加工後にラップ加工等の表面加工を施さざるを得ないのが現状である。
【0009】
こうしたスリンガ18の表面にラップ加工を施すのは取扱いが非常に難しく加工工数が増えるとともに、加工によって表面の形状が崩れるといった問題が内在していた。こうした摺動面の形状崩れは、シールのシメシロの変化として現れ、シールリップの追従性が不安定となって反って密封性が低下する恐れがあった。
【0010】
また、これらの転がり軸受には、その潤滑には主としてグリースが用いられている。ところが、高温下での高速回転等使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じ、問題になっている。
この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、水素が原因の水素脆性による剥離と考えられている。このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を防ぐ方法として、例えばグリース組成物に不動態化剤を添加する方法が知られている(特許文献2参照)。またグリース組成物にビスマスジチオカーバメートを添加する方法が知られている(特許文献3参照)。
しかしながら、近年、自動車における電装部品や補機、産業機械におけるモータ等では、高温下で、高速運転−急減速運転−急加速運転−急停止が頻繁に行なわれる等ますます転がり軸受の使用条件が過酷化され、不動態化剤やビスマスジチオカーバメートを添加する方法では剥離現象を防ぐ対策として不十分になってきている。
【特許文献1】特開2003−184897号公報
【特許文献2】特開平3−210394号公報
【特許文献3】特開2005−42102号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はこのような従来の問題に鑑みてなされたもので、強固な密封性を維持しつつ、摺動抵抗を抑制するという相反する機能を有するシール装置を備え、かつ、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース封入密封型転がり軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1に記載の発明は、内周に外側転走面が形成された外方部材と、外周に上記外側転走面に対向する内側転走面が形成された内方部材と、これら両転走面間に回転自在に収容された転動体と、上記外方部材と内方部材間に形成された環状空間に装着されたシール装置とを備え、上記環状空間に、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなるグリース組成物を封入したグリース封入密封型転がり軸受において、上記シール装置が弾性部材からなるシールリップを有し、このシールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下とするとともに、上記摺動面に対して直角方向の振れを 30μm 以下に規制し、上記グリース組成物の添加剤として、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部であることを特徴とする。
また、特に上記アルミニウム化合物は、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムから選ばれた少なくとも一つの化合物であることを特徴とする。また、上記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする。また、上記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする。
【0013】
このように、シール装置が弾性部材からなるシールリップを有し、このシールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下とするとともに、摺動面に対して直角方向の振れを 30μm 以下に規制することにより、摺動面の絶対的な凹凸を小さく抑えることができるとともに、シールのシメシロを増大させることなくシメシロの変化を抑制することができ、従来のように、スリンガのラップ加工等によって摺動面の形状が崩れると言った問題も回避できる。したがって、摺動面に対するシールリップの追従性を安定させることができ密封性能が一層向上する。
さらに、グリース組成物に配合されたアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤が摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面において反応し、アルミニウム被膜が軸受転走面に生成し、酸化鉄被膜とともに、グリース組成物の分解による水素の発生を抑制することができる。
【0014】
また、請求項2に記載の発明は、上記シール装置が、固定部材側に装着されたシールリングと、回転部材側に装着されたスリンガとを備え、上記シールリングを構成するシールリップを上記スリンガに摺接させたので、従来のように、プレス加工後にラップ加工等の表面加工を施して目標表面粗さを厳しく規制する必要はなく、摺動面の振れを所定値に管理するだけで密封性能を向上させることができる。
【0015】
また、請求項3に記載の発明のように、上記シール装置が、固定部材側に装着され、サイドリップとラジアルリップを有するシールリングを備え、上記シールリップを回転側部材に直接摺接させれば、目標の表面粗さおよび振れが得られない場合であっても、熱処理後に研削加工あるいはラップ加工等の表面加工を容易に施すことができる。
【0016】
また、請求項4に記載の発明は、上記シール装置が、固定部材側に装着され、主リップと副リップを有するシールリングを備え、上記主リップを回転側部材に形成された断面略U字形をなすシール溝に直接摺接させるとともに、上記副リップを上記シール溝の畝部に僅かなシメシロを介して摺接させれば、密封性を維持しつつ、主リップの摩耗に伴って副リップが追従してシメシロを増大させることができるので、主リップの摩耗量が少ない状態では軸受の回転トルクを抑制するとともに、主リップの摩耗に応じてシメシロが増し、密封性を確保することができる。
【0017】
好ましくは、請求項5に記載の発明のように、上記摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 1.2μm 以下とするとともに、上記摺動面に対して直角方向の振れを 10μm 以下に規制することにより、強固な密封性が得られそれを維持しつつ、摺動抵抗を抑制するという相反する機能を有するシール装置を備えた密封型転がり軸受を提供することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のグリース封入密封型転がり軸受は、内周に外側転走面が形成された外方部材と、外周に前記外側転走面に対向する内側転走面が形成された内方部材と、これら両転走面間に回転自在に収容された転動体と、上記外方部材と内方部材間に形成された環状空間に装着されたシール装置とを備えた密封型転がり軸受において、上記シール装置が弾性部材からなるシールリップを有し、このシールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下とするとともに、上記摺動面に対して直角方向の振れを 30μm 以下に規制したことにより、摺動面の絶対的な凹凸を小さく抑えることができるとともに、シールのシメシロを増大させることなくその変化を抑制することができ、従来のように、スリンガのラップ加工等によって摺動面の形状が崩れるといった問題も回避できる。したがって、摺動面に対するシールリップの追従性を安定させることができ密封性能が一層向上する。
【0019】
またグリース組成物の添加剤として、基油と増ちょう剤とからなるベースグリースにアルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を配合するので、自動車や産業機械に使用される軸受で見られる水素脆性による特異な剥離の発生を抑制することができ、グリース封入軸受の長寿命化が図れる。
【0020】
このように本発明のグリース封入密封転がり軸受は、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止でき軸受寿命に優れるので、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受として好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
強固な密封性を維持しつつ、摺動抵抗を抑制するという相反する機能を有するシール装置を備え、かつ、グリース封入軸受において水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できるグリース封入密封型転がり軸受について鋭意検討を行なった。この結果、上記転がり軸受に用いられるシール装置が弾性部材からなるシールリップを有し、このシールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 1.2μm 以下とするとともに、上記摺動面に対して直角方向の振れを 10μm 以下に規制し、さらに、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を配合したグリース組成物を封入した転がり軸受を用いて、急加減速試験を行なったところ軸受寿命を延長できることがわかった。
アルミニウム系添加剤を配合することにより、摩擦摩耗面または摩耗により露出した金属新生面においてアルミニウム化合物が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム被膜が軸受転走面に生成することが、軸受転走面の表面分析の結果わかった。この軸受転走面に生成した酸化鉄およびアルミニウム被膜が、グリース組成物の分解による水素の発生を抑制することができる。
以上のように、本発明では、密封性能等の向上と、軸受転走面でのアルミニウム被膜の生成との作用により、封入したグリースを漏洩することなく軌道輪の潤滑に寄与させる効果と、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を防止する効果とを個別に引き出すのではなく、それぞれの作用の重なりにより、転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を防止する効果を相乗的に発揮させることができ、軸受寿命が飛躍的に向上するものと考えられる。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【0022】
本発明に用いるグリース組成物に添加するアルミニウム系添加剤は、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つである。アルミニウム化合物としては、炭酸アルミニウム、硫化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウムおよびその水和物、硫酸アルミニウム、フッ化アルミニウム、臭化アルミニウム、よう化アルミニウム、酸化アルミニウムおよびその水和物、水酸化アルミニウム、セレン化アルミニウム、テルル化アルミニウム、りん酸アルミニウム、りん化アルミニウム、アルミン酸リチウム、アルミン酸マグネシウム、セレン酸アルミニウム、チタン酸アルミニウム、ジルコン酸アルミニウム等の無機アルミニウム、安息香酸アルミニウム、クエン酸アルミニウム等の有機アルミニウムが挙げられる。これらアルミニウム系添加剤は、1種類または2種類を混合してグリースに添加してもよい。
本発明において特に好ましいのは、耐熱耐久性に優れ、熱分解しにくいため、極圧性効果の高いアルミニウム粉末である。
【0023】
アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース 100 重量部に対して 0.05 重量部 〜 10 重量部である。すなわち、(1)アルミニウム系添加剤がアルミニウム粉末のみである場合、ベースグリース 100 重量部に対してアルミニウム粉末を 0.05〜10 重量部、(2)アルミニウム系添加剤がアルミニウム化合物のみである場合、ベースグリース 100 重量部に対してアルミニウム化合物を 0.05〜10 重量部、(3)アルミニウム系添加剤がアルミニウム粉末とアルミニウム化合物とである場合、ベースグリース 100 重量部に対して、アルミニウム粉末とアルミニウム化合物とを合せて 0.05〜10 重量部配合する。
アルミニウム系添加剤の配合割合が 0.05重量部未満であると水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できない。また 10重量部をこえても剥離防止効果がそれ以上に向上しない。
【0024】
本発明に使用できる基油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油等の鉱油、高精製度鉱油、流動パラフィン、ポリブテン、フィッシャー・トロプシュ法により合成されたGTL油、ポリ-α-オレフィン油、アルキルナフタレン、脂環式化合物等の炭化水素系合成油、または、天然油脂、ポリオールエステル油、りん酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン油、フッ素化油等の非炭化水素系合成油等を使用できる。
これらの中で、耐熱性と潤滑性に優れたアルキルジフェニルエーテル油、または、ポリ-α-オレフィン油を用いることが好ましい。
【0025】
本発明に使用できる増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物が挙げられる。
これらの中で、耐熱性、コスト等を考慮するとウレア系化合物が望ましい。
【0026】
ウレア系化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。
ジウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミンとの反応で得られる。ジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜等が挙げられ、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p−トルイジン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。ポリウレア化合物は、例えば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられ、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。
【0027】
基油にウレア系化合物等の増ちょう剤を配合して、上記アルミニウム系添加剤等を配合するためのベースグリースが得られる。ウレア系化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中でイソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させて作製する。
ベースグリース 100 重量部中に占める増ちょう剤の配合割合は、1 〜40 重量部、好ましくは 3 〜25 重量部配合される。増ちょう剤の含有量が 1 重量部未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、 40 重量部をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0028】
また、アルミニウム系添加剤とともに、必要に応じて公知のグリース用添加剤を含有させることができる。この添加剤として、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系化合物等の酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレン等の粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイト等の固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、りん系化合物などの摩耗防止剤等が挙げられる。これらを単独または 2 種類以上組み合せて添加できる。
【0029】
以下、本発明の実施の形態を図面に基いて詳細に説明する。
図1は、本発明のグリース封入密封型転がり軸受の第1の実施形態を示す縦断面図である。この密封型転がり軸受は、自動車の駆動輪を懸架装置に対して回転自在に支持する車輪用軸受に適用したものである。なお、この車輪用軸受の基本構成は、前述のシール装置を備えた密封型転がり軸受の一例としてこの図1を用いて説明したので、詳細な説明を省略し、本発明の特徴部分を主体に説明する。
【0030】
この密封型転がり軸受において、ハブ輪4と内輪5とからなり、回転側部材となる内方部材3と、固定側部材となる外方部材1との間に形成される環状空間にはシール装置12、26がそれぞれ装着され、軸受内部に封入された上記アルミニウム系添加剤を含むグリースの漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内に侵入するのを防止している。
【0031】
これらのシール装置12、26のうち外方部材1と内輪5間に装着されたインボード側(図中右側)のシール装置12は、図2に示すように、外方部材1に内嵌され、断面L字状に形成された芯金15と、この芯金15に一体に加硫接着されたシール部材16とからなるシールリング17と、内輪5に外嵌され、同じく断面L字状に形成されたスリンガ18とを備えている。このスリンガ18およびシールリング17の芯金15は、オーステナイト系ステンレス鋼鈑(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系等)をプレス加工にて形成されている。
【0032】
シール部材16はゴム等の弾性部材からなり、外側、中間、内側の3本のシールリップ23、24、25を備え、外側シールリップ23の先端縁をスリンガ18の立板部22の内側面に摺接させ、残りの中間シールリップ24および内側シールリップ25の先端縁を、スリンガ18の円筒部21に摺接させている。ここで、各シールリップ23、24、25と摺接するスリンガ18の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下、好ましくは、1.2μm 以下とするとともに、摺動面に対して直角方向の振れを 30μm 以下、好ましくは 10μm 以下に規制している。すなわち、摺動面の振れを管理するだけで、従来のように、プレス加工後にラップ加工等の表面加工を施して目標表面粗さを厳しく規制する必要はない。
【0033】
これにより、摺動面の絶対的な凹凸をある程度小さく抑えることができるとともに、シールのシメシロを増大させることなくシメシロの変化を抑制することができ、従来のように、スリンガ18のラップ加工等によってその摺動面の形状が崩れると言った問題も回避できる。したがって、摺動面に対するシールリップ23、24、25の追従性を安定させることができ密封性能が一層向上する。
【0034】
一方、シール装置26は、図3に示すように、外方部材1に内嵌され、それぞれ円環状に形成された芯金13と、この芯金13に一体に加硫接着されたシール部材27とからなる。芯金13は、オーステナイト系ステンレス鋼鈑(JIS規格のSUS304系等)、あるいは、防錆処理された冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系等)をプレス加工にて形成されている。シール部材27はゴム等の弾性部材からなり、2本のサイドリップ(ダストシール)28a、28bと単一のラジアルリップ(グリースシール)28cを備え、それぞれの先端縁をハブ輪4の表面、具体的には、車輪取付フランジ7のインボード側基部の円弧状に形成された摺動面19に直接摺接させている。
【0035】
ここで、各シールリップ28a、28b、28cと摺接する摺動面19の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下、好ましくは、1.2μm 以下とするとともに、摺動面19に対して直角方向の振れを 30μm 以下、好ましくは 10μm 以下に規制している。なお、このような目標の表面粗さおよび振れが得られない場合は、熱処理後に研削加工あるいはラップ加工等の表面加工を施してもよい。
【0036】
これにより、前述したシール装置12と同様、摺動面19の絶対的な凹凸をある程度小さく抑えることができるとともに、シールのシメシロを増大させることなくシメシロの変化を抑制することができる。したがって、摺動面19に対するシールリップ28a、28b、28cの追従性を安定させることができ密封性能が一層向上する。
【0037】
図4は、本発明のグリース封入密封型転がり軸受の第2の実施形態を示す縦断面図、図5は、図4の要部拡大図である。この密封型転がり軸受20は深溝玉軸受からなり、内周に外側転走面29が形成された外輪30と、外周に内側転走面31が形成された内輪32と、両転走面29、31間に保持器33によって転動自在に収容されたボール34と、内外輪32、30間に形成される環状空間に一対のシールリング35、35が装着されている。一対のシールリング35、35は軸受内部に封入された上記アルミニウム系添加剤を含むグリースの漏洩と、外部から雨水やダスト等が軸受内に侵入するのを防止している。
【0038】
シールリング35は、図5に示すように、冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系等)をプレス加工にて形成された円板状の芯金36と、この芯金36に一体に加硫接着されたシール部材37とからなる。シール部材37は、先端が二股状に分岐して形成された主リップ37aと、副リップ37bを有している。そして、シールリング35は、シール部材37を介して外輪30の端部内周に嵌着され、このシール部材37を、内輪32の端部外周に形成された断面略U字形をなすシール溝38に直接摺接させている。具体的には、主リップ37aは、シール溝38の傾斜した摺動面39に摺接するとともに、副リップ37bは、小径部(シール溝の畝部)40に僅かなシメシロを介して摺接している。この副リップ37bの基部はくびれて形成されているため腰が弱く、主リップ37aの摩耗に伴って図中左側に追従して小径部40とのシメシロを増大させる。したがって、主リップ37aの摩耗量が少ない状態では軸受の回転トルクを抑制するとともに、主リップ37aの摩耗に応じてシメシロが増し、密封性を確保することができる。
【0039】
ここで、シール溝38のうち少なくとも主リップ37aと摺接する摺動面39の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下、好ましくは、1.2μm 以下とするとともに、摺動面39に対して直角方向の振れを 30μm 以下、好ましくは 10μm 以下に規制している。なお、このような目標の表面粗さおよび振れが得られない場合は、熱処理後にショットピーニングあるいはラップ加工等の表面加工を施してもよい。
【0040】
これにより、摺動面39の絶対的な凹凸をある程度小さく抑えることができるとともに、シールのシメシロを増大させることなくシメシロの変化を抑制することができる。したがって、摺動面39に対する主リップ37aの追従性を安定させることができ密封性能が一層向上する。
【実施例】
【0041】
参考例1〜参考例2および参考比較例1
図6は、本出願人が実施した軸受単体での泥水試験の結果を示すグラフである。
この試験は、運転中の供試品に関東ロームJIS8種混合液を噴霧し、試験前後の質量変化を測定したものである。本図から明確に判るように、供試品は、最大高さRy、または、Rmaxが、2.02〜3.7μm 、摺動面39に対して直角方向の振れが 30μm をこえる供試品(参考比較例1)と、最大高さRy、または、Rmaxが、1.3〜1.86μm 、摺動面39に対して直角方向の振れが 10〜30μm の供試品(参考例1)、および、最大高さRy、または、Rmaxが 0.7〜1.2μm 、摺動面39に対して直角方向の振れが 10μm 以下の供試品(参考例2)とで顕著な差異があるのを検証することができた。
【0042】
実施例1〜実施例6
表1に示した基油の半量に、4,4−ジフェニルメタンジイソシアナート(日本ポリウレタン工業社製商品名のミリオネートMT、以下、MDIと記す)を表1に示す割合で溶解し、残りの半量の基油にMDIの2倍当量となるモノアミンを溶解した。それぞれの配合割合および種類は表1のとおりである。
MDIを溶解した溶液を撹拌しながらモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100℃〜120℃で 30 分間撹拌を続けて反応させて、ジウレア化合物を基油中に生成させた。
これにアルミニウム系添加剤および酸化防止剤を表1に示す配合割合で加えてさらに 100℃〜120℃で 10分間撹拌した。その後冷却し、三本ロールで均質化し、グリース組成物を得た。
【0043】
表1において、基油として用いた合成炭化水素油は 40℃における動粘度 30 mm2/sec の新日鉄化学社製商品名のシンフルード601を、アルキルジフェニルエーテル油は 40℃における動粘度 97 mm2/sec の松村石油社製商品名のモレスコハイルーブLB100を、それぞれ用いた。また、酸化防止剤は住友化学社製ヒンダードフェノールを用いた。
シールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さと、摺動面に対する直角方向の振れとを表1に示すように規制した転がり軸受に、得られたグリース組成物を封入し、急加減速試験を行なった。試験方法および試験条件を以下に示す。また、結果を表1に示す。
【0044】
<急加減速試験>
電装補機の一例であるオルタネータを模擬し、転がり軸受に上記グリース組成物を封入し、急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を 1960 N、回転速度は 0 rpm〜18000 rpm で運転条件を設定し、さらに、試験軸受内に 0.1 A の電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって発電機が停止する時間(剥離発生寿命時間、h)を計測した。なお、試験は、500 時間で打ち切った。
【0045】
比較例1〜比較例3
実施例1に準じる方法で、表1に示す配合割合で、増ちょう剤、基油を選択してベースグリースを調整し、さらに添加剤を配合してグリース組成物を得た。シールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さと、摺動面に対する直角方向の振れとを表1に示すように規制した転がり軸受に、得られたグリース組成物を封入し実施例1と同様の試験を行なって評価した。結果を表1に示す。
【0046】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明のグリース封入密封型転がり軸受は転走面で生じる白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止でき、摺動面に対するシールリップの追従性を安定させることができ密封性能が一層向上し、軸受寿命に優れるので、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ等の自動車電装部品、補機等の転がり軸受、モータ用軸受として好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明のグリース封入密封型転がり軸受の第1の実施形態を示す縦断面図である。
【図2】同上、インボード側のシール装置を示す要部拡大断面図である。
【図3】同上、アウトボード側のシール装置を示す要部拡大断面図である。
【図4】本発明のグリース封入密封型転がり軸受の第2の実施形態を示す縦断面図である。
【図5】同上、要部拡大断面図である。
【図6】軸受単体での泥水試験の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0049】
1 外方部材
2 車体取付フランジ
3 内方部材
4 ハブ輪
5、32 内輪
6 セレーション
7 車輪取付フランジ
8、29 外側転走面
9a、9b、31 内側転走面
10 転動体
11、33 保持器
12、26 シール装置
13、15、36 芯金
14 小径段部
16、27、37 シール部材
17、35 シールリング
18 スリンガ
19、39 摺動面
20 密封型転がり軸受
21 円筒部
22 立板部
23 外側シールリップ
24 中間シールリップ
25 内側シールリップ
28a、28b サイドリップ
28c ラジアルリップ
30 外輪
34 ボール
37a 主リップ
37b 副リップ
38 シール溝
40 小径部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に外側転走面が形成された外方部材と、外周に前記外側転走面に対向する内側転走面が形成された内方部材と、これら両転走面間に回転自在に収容された転動体と、前記外方部材と内方部材間に形成された環状空間に装着されたシール装置とを備え、前記環状空間に、基油と、増ちょう剤とからなるベースグリースに添加剤を配合してなるグリース組成物を封入したグリース封入密封型転がり軸受において、
前記シール装置が弾性部材からなるシールリップを有し、このシールリップが摺接する回転側部材の摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 2.0μm 以下とするとともに、前記摺動面に対して直角方向の振れを 30μm 以下に規制し、
前記グリース組成物の添加剤として、アルミニウム粉末およびアルミニウム化合物から選ばれた少なくとも一つのアルミニウム系添加剤を含有し、該アルミニウム系添加剤の配合割合はベースグリース 100 重量部に対して 0.05〜10 重量部であることを特徴とするグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項2】
前記シール装置が、固定部材側に装着されたシールリングと、回転部材側に装着されたスリンガとを備え、前記シールリングを構成するシールリップを前記スリンガに摺接させた請求項1記載のグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項3】
前記シール装置が、固定部材側に装着され、サイドリップとラジアルリップを有するシールリングを備え、前記シールリップを回転側部材に直接摺接させた請求項1記載のグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項4】
前記シール装置が、固定部材側に装着され、主リップと副リップを有するシールリングを備え、前記主リップを回転側部材に形成された断面略U字形をなすシール溝に直接摺接させるとともに、前記副リップを前記シール溝の畝部に僅かなシメシロを介して摺接させた請求項1記載のグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項5】
前記摺動面の表面粗さを、最大高さRy、または、Rmaxで 1.2μm 以下とするとともに、前記摺動面に対して直角方向の振れを 10μm 以下に規制した請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載のグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項6】
前記アルミニウム化合物は、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムから選ばれた少なくとも一つの化合物であることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載のグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項7】
前記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか一項記載のグリース封入密封型転がり軸受。
【請求項8】
前記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ-α-オレフィン油から選ばれた少なくとも一つの油であることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載のグリース封入密封型転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−69882(P2008−69882A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−249639(P2006−249639)
【出願日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】