説明

スピン伝導素子及び磁気ヘッド

【課題】高温域におけるスピン注入効率の低下が抑制されたスピン伝導素子及び磁気ヘッドを提供する。
【解決手段】Siで構成されるチャンネル層10と、チャンネル層10上に形成された強磁性層20A、20Bと、チャンネル層10と強磁性層20A、20Bとの間に介在するように形成され、BaOで構成されるトンネル層22A、22Bとを備える構造のスピン伝導素子。シリコンの格子定数は5.4309Åであり、BaOの格子定数は5.5263Åである。シリコンの格子定数に対して、BaOの格子定数は1.8%の差(不整合率)があり、この値は、シリコンとMgOの格子定数の差と比較して1/5程度である。トンネル材料としてBaOを採用し、シリコンとトンネル材料との間の格子定数の差を従来材料に比べて低減することで、高温域におけるスピン注入効率の低下が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン伝導素子及び磁気ヘッドに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、半導体におけるスピン伝導の現象が多くの注目を集めている。特にシリコンは現在の主な半導体製品の中心となる材料であり、シリコンベースのスピントロニクスが実現できれば、既存技術を捨てることなく、シリコンデバイスに新しい機能を付加することができる。
【0003】
例えば、下記特許文献1に開示されているspin−MOSFETが挙げられる。最近になって、下記非特許文献1において、シリコンにおける室温でのスピン伝導現象も証明されており、応用に向けた動きが始まっている。最近まで室温におけるスピン伝導現象が観測されなかった理由の一つが、シリコンへのスピン注入効率の温度依存性が温度の上昇と共に急激に減少することが原因の一つであった(下記非特許文献2、3参照)。物理的にはシリコンとトンネル材料の界面におけるスピン散乱が大きな原因と予測されるが、これまでの原因の特定には至っていない。
【0004】
なお、スピン注入のためにシリコン上に形成するトンネル層の材料(トンネル材料)として、Al(非特許文献4)、SiO(非特許文献5)、MgO(非特許文献6)が従来より知られており、いずれもスピントロニクスにおいて代表的な物質である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−111904号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T.Suzuki et. al., Applied Physics Express 4 (2011), 023003
【非特許文献2】T.Sasaki et. al., Applied Physics Letter 96(2010), 122101
【非特許文献3】T.Sasaki et. al., Applied Physics Letter 98(2011), 012508
【非特許文献4】Erveet. al., Applied Physics Letter 91(2007), 212109
【非特許文献5】C. H.Li et. al., Applied Physics Letter 95(2009), 172102
【非特許文献6】T.Sasaki et. al., Applied Physics Express 2 (2009), 053003
【非特許文献7】F. J.Jedema Nature London 416(2002), 713
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したいずれのトンネル材料もアモルファスが安定状態であるが、シリコンに対して格子定数が9%以上異なるかアモルファス膜となるため、シリコン上にエピタキシャル成長しにくい。もし仮に、エピタキシャル成長が実現できたとしても、格子定数の差が大きいために、成長界面付近で格子の不整合を形成して準安定状態を形成する必要がある。このような場合には、格子の不整合が生じている部分でスピンが散乱され、効率よくスピン注入されない虞がある。特に、高温下において、スピン注入効率が著しく低下する虞がある。
【0008】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであり、高温域におけるスピン注入効率の低下が抑制されたスピン伝導素子及び磁気ヘッドを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
高温域におけるスピン注入の低下抑制を実現するために、発明者らはシリコンとトンネル材料との間の格子定数の違いに着目した。この格子定数の違いによる格子不整合を取り除くためには、シリコンと格子定数が近いトンネル材料を選択する必要がある。シリコンと格子定数が近く、シリコン上にエピタキシャル成長する物質は多く知られているが、上述した問題を解決するためにはさらに、スピンがトンネルしやすい材料を選択する必要がある。
【0010】
そこで、発明者らは、Siで構成されるチャンネル層と、チャンネル層上に形成された強磁性層と、チャンネル層と強磁性層との間に介在するように形成され、BaOで構成されるトンネル層とを備える構造のスピン伝導素子を新たに見いだした。
【0011】
ここで、BaOの結晶構造は、従来のMgOの結晶構造と同一であり、高効率のスピントンネル現象を生じさせるコヒーレントトンネルを実現することができる。さらに、BaOは、MgOと同じアルカリ土類物質で構成された酸化物である。
【0012】
そして、シリコンの格子定数は5.4309Åであり、BaOの格子定数は5.5263Åである。シリコンの格子定数に対して、BaOの格子定数は1.8%の差(不整合率)があり、この値は、シリコンとMgOの格子定数の差と比較して1/5程度である。
【0013】
このように、トンネル材料としてBaOを採用し、シリコンとトンネル材料との間の格子定数の差を従来材料に比べて低減することで、高温域におけるスピン注入効率の低下が抑制されることを発明者らは鋭意研究の末に見いだした。
【0014】
また、チャンネル層とトンネル層との界面の少なくとも一部が格子整合している態様であってもよい。
【0015】
さらに、トンネル層の膜厚が1.0〜2.5nmである態様であってもよい。
【0016】
また、強磁性層が単磁区化されている態様であってもよく、強磁性層は、形状異方性により磁化の方位が固定されている態様や、反強磁性膜で磁化の方位が固定されている態様、シンセティック膜によって磁化の方位が固定されている態様であってもよい。
【0017】
また、強磁性層の材料は、Al、Cr、Mn、Co、Fe、Ni、Pd、Pt、Tbからなる群から選択される金属、前記群の元素を1以上含む合金、又は、前記群から選択される1以上の元素と、B、C、N、Si、Geからなる群から選択される1以上の元素とを含む化合物である態様であってもよい。
【0018】
なお、本発明のスピン伝導素子は、磁気ヘッド、スピントランジスタ、メモリ、センサ、論理回路等に適用することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、高温域におけるスピン注入効率の低下が抑制されたスピン伝導素子及び磁気ヘッドが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る磁気センサーの概略断面図である。
【図2】図2は、図1に示す磁気センサーの電極部分の部分拡大図である。
【図3】図3は、図1に示す磁気センサーのHanle効果を示したグラフである。
【図4】図4は、従来技術に係る磁気センサーのHanle効果を示したグラフである。
【図5】図5は、スピン注入効率の温度依存性を示したグラフである。
【図6】図6は、8Kで規格化したスピン注入効率の温度依存性を示したグラフである。
【図7】図7は、図1とは異なる態様の磁気センサーの概略断面図である。
【図8】図8は、図7に示す磁気センサーを含む磁気ヘッドを示した概略断面図である。
【図9】図9は、図2とは異なる態様の電極部分の部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0022】
図1に示すように、スピン伝導素子の一つである磁気センサー1は、チャンネル層10と、第一強磁性層20Aと、第二強磁性層20Bとを有し、Z軸方向の外部磁界を検出するものである。
【0023】
チャンネル層10は、第一強磁性層20Aから第二強磁性層20Bまで延びており、チャンネル層10の厚み方向から見て、矩形状をなしている。チャンネル層10に流れる電流及びスピン流は、主にX軸方向に流れる構造となっている。チャンネル層10には、導電性を付与するためのイオンが添加されていても良い。イオン濃度は、例えば1.0×1015〜1.0×1022cm−3とすることができる。チャンネル層10は、スピン寿命の長い材料であることが好ましく、Siで構成されている。また、チャンネル層10における第一強磁性層20Aから第二強磁性層20Bまでの距離は、チャンネル層10のスピン拡散長以下であることが好ましい。
【0024】
第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bは、チャンネル層10へスピンを注入するための注入電極、あるいはチャンネル層10を伝導してきたスピンを検出するための受け取り電極として機能する。第一強磁性層20Aは、チャンネル層10の第一領域11上に設けられている。第二強磁性層20Bは、チャンネル層10の第二領域12上に設けられている。
【0025】
第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bは、それぞれY軸方向を長軸とした直方体形状を有しており、Y軸方向とX軸方向のアスペクト比の違いによって反転磁場の差をつけている。第一強磁性層20A及び第二強磁性層20BのY軸方向に関する幅は、同一とすることができ、X軸方向の幅が異なることで第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bの保磁力に違いを持たせることができる。図1に示すように、第一強磁性層20Aの磁化方向G1は、例えば第二強磁性層20Bの磁化方向G2と同一にすることができる。この場合、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bの磁化固定を容易に行える。
【0026】
第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bは、強磁性材料からなる。第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bの材料は、例えば、TbFeCo、FePt、CoPt、FePd、MnAl、CrCoであり、その他の材料として、Al、Cr、Mn、Co、Fe、Ni、Pd、Pt、Tbからなる群から選択される金属、前記群の元素を1以上含む合金、又は、前記群から選択される1以上の元素と、B、C、N、Si、Geからなる群から選択される1以上の元素とを含む化合物とすることができる。
【0027】
磁気センサー1は、更に、第一参照電極30Aと第二参照電極30Bとを備えている。第一参照電極30Aは、チャンネル層10の第三領域13上に設けられている。第二参照電極30Bは、チャンネル層10の第四領域14上に設けられている。また、チャンネル層10は、第一強磁性層20Aから第二強磁性層20Bまで延びる方向とは異なる方向に、第一強磁性層20Aから第一参照電極30Aまで延びており、チャンネル層10は、第二強磁性層20Bから第一強磁性層20Aまで延びる方向とは異なる方向に、第二強磁性層20Bから第二参照電極30Bまで延びている。第一参照電極30A及び第二参照電極30Bは、導電性材料からなり、例えばAlなどのSiに対して低抵抗な非磁性金属からなる。
【0028】
第三領域13と第四領域14との間に、第一領域11及び第二領域12が存在している。チャンネル層10上には、第一参照電極30A、第一強磁性層20A、第二強磁性層20B、及び第二参照電極30Bが、X軸方向に所定の間隔を置いて、この順に配置されている。
【0029】
磁気センサー1は、更に、トンネル層22A、22Bを備えている。トンネル層22A、22Bは、チャンネル層10と、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bとの間にそれぞれ設けられている。これにより、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bからチャンネル層10へスピン偏極した電子を高効率に注入することが可能となり、磁気センサー1の電位出力を高めることが可能となる。
【0030】
トンネル層22A、22Bは、絶縁性材料の膜からなるトンネル障壁であり、BaOで構成されている。トンネル層22A、22Bの膜厚は、抵抗の増大を抑制し、トンネル絶縁層として機能させる観点から2.5nm以下であることが好ましく、BaOが膜として形成できる膜厚である1.0nm以上であることが好ましい。
【0031】
磁気センサー1は、更に、絶縁膜(あるいは絶縁体)を備えている。絶縁膜は、チャンネル層10の露出を防ぎ、チャンネル層10を電気的及び磁気的に絶縁する機能を有する。絶縁膜は、チャンネル層10の表面(例えば下面、側面、または上面)の必要な領域を覆っていることが好ましい。絶縁膜10aが、チャンネル層10の下面に設けられており、絶縁膜10bが、チャンネル層10の上面上に設けられている。
【0032】
具体的に、絶縁膜10bは、チャンネル層10の第一領域11と第二領域12との間に存在する領域の上面、チャンネル層10の第一領域11と第三領域13との間に存在する領域の上面、第二領域12と第四領域14との間に存在する領域の上面上に設けられている。この絶縁膜10b上に、第一参照電極30A、第一強磁性層20A、第二強磁性層20B、及び第二参照電極30Bに接続する配線を設ければ、この配線によってチャンネル層10のスピンが吸収されることを抑制できる。また、絶縁膜10b上に配線を設けることにより、配線からチャンネル層10へ電流が流れることも抑制できる。
【0033】
続いて、磁気センサー1を作製する手順について、その一例を説明する。
【0034】
まず、予め準備したSOI基板(Si100nm/SiOx200nm/Si基板)に、アライメントマークを形成する。アライメントマークを目印として、基板上において、例えば分子線エピタキシー(MBE)法によって、絶縁膜10aを形成する。
【0035】
続いて、例えばMBE法によって、絶縁膜10a上にチャンネル層10を形成する。チャンネル層10に、導電性を付与するためのイオンを注入して、チャンネル層10の伝導特性を調節する。その後、900℃の温度で熱アニールによってイオンを拡散させる。次いで、RCA洗浄により、チャンネル層10の表面の付着物、有機物、及び酸化膜の除去し、その後、HF洗浄液を用いて表面を水素で終端させた。
【0036】
その後、基板をMBE装置(ベース真空度:2.0×10−9Torr以下)に搬入した後、基板加熱によるフラッシング処理により基板表面の水素を脱離させ、清浄表面を形成した。堆積時の真空度は5×10−8Torr以下であり、BaO、Feの順に成膜を行う。すなわち、チャンネル層10上に、トンネル層22A、22BとなるBaO膜と、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20BとなるFe膜(強磁性膜)とをこの順に形成する。その結果、チャンネル層10とトンネル層22A、22Bとの界面の少なくとも一部が格子整合する。
【0037】
次いで、これらのBaO膜及び強磁性膜を例えば電子ビーム(EB)法にて、マスクを用いて加工する。たとえば、特開2010−199320号公報に開示されているように、マスクを用いて、イオンミリングあるいは化学的なエッチングによりチャンネル層10を形成する。さらに、チャンネル層10の上のBaO膜及び強磁性膜を、例えば電子ビーム(EB)法にて形成する。これをさらにイオンミリングあるいは化学的エッチングにより、チャンネル層10の第一領域11上に、トンネル層22Aを介して第一強磁性層20Aが形成され、チャンネル層10の第二領域12上に、トンネル層22Bを介して第二強磁性層20Bが形成される。なお、必要に応じて、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20B上に、例えばMBE法によって、さらに反強磁性層を形成してもよい。そして、第一強磁性層20Aまたは第二強磁性層20Bの磁化方向を固定するために、磁場下でのアニールを行う。その後、例えばイオンミリングによって、チャンネル層10上に形成された不要なトンネル膜や強磁性膜を除去する。
【0038】
次いで、不要な障壁膜や強磁性膜が除去されたチャンネル層10上に絶縁膜10bを形成する。また、チャンネル層10の第三領域13及び第四領域14上の絶縁膜10bを除去し、第一参照電極30A及び第二参照電極30Bをそれぞれ形成する。
【0039】
以下、磁気センサー1の作用効果を説明する。
【0040】
まず、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bの磁化方向を固定する。図1に示す例では、第一強磁性層20Aの磁化方向G1は、第二強磁性層20Bの磁化方向G2と同一方向(Y軸方向)に固定している。
【0041】
例えば第一強磁性層20A及び第一参照電極30Aを電流源に接続することにより、第一強磁性層20Aに検出用電流を流すことができる。非磁性のチャンネル層10からトンネル層22Aを介して、強磁性体である第一強磁性層20Aへ電流が流れることにより、第一強磁性層20Aの磁化の向きG1に対応する向きのスピンを有する電子がチャンネル層10へ注入される。注入されたスピンは第二強磁性層20B側へ拡散していく。このように、チャンネル層20に流れる電流及びスピン流が、主にX軸方向に流れる構造とすることができる。
【0042】
ここで、チャンネル層10に外部磁場を印加しないとき、すなわち外部磁場がゼロのとき、チャンネル層10の第一領域11と第二領域12との間の領域を拡散するスピンの向きは回転しない。よって、予め設定された第二強磁性層20Bの磁化の向きG2と同一方向のスピンが第二領域12まで拡散してくることとなる。従って、外部磁場がゼロのとき、抵抗出力あるいは電圧出力が極値となる。なお、電流や磁化の向きで極大値あるいは極小値をとりうる。出力は、第二強磁性層20B及び第二参照電極30Bに接続した電圧測定器などの出力測定器により評価することができる。
【0043】
対して、チャンネル層10へ外部磁場を印加する場合を考える。なお、図1の例では、外部磁場はZ軸方向から印加する。外部磁場を印加すると、チャンネル層10内を拡散してきたスピンの向きは、外部磁場の軸方向(Z軸方向)を中心として回転する(いわゆるHanle効果)。このスピンがチャンネル層10の第二領域12まで拡散してきたときの回転の向きと、予め設定された第二強磁性層20Bの磁化の向きG2、すなわちスピンと、の相対角により、チャンネル層10と第二強磁性層20Bの界面の電圧出力や抵抗出力が決定される。外部磁場を印加する場合、チャンネル層10を拡散するスピンの向きは回転するので、第二強磁性層20Bの磁化の向きG2と向きが揃わない。よって、抵抗出力あるいは電圧出力は、外部磁場がゼロのときに極大値をとる場合、外部磁場を印加するときには極大値以下となり、外部磁場がゼロのときに極小値をとる場合、外部磁場を印加すると極小値以上となる。
【0044】
従って、外部磁場がゼロのときに出力のピークが現れ、外部磁場を増加または減少させると、出力が減少していく。つまり、外部磁場の有無によって出力が変化するので、本実施形態に係る磁気センサー1を磁気検出素子として使用できる。
【0045】
なお、磁気センサー1では、上述のように外部磁場がゼロで出力のピークが出る。よって、例えば磁気ヘッドなどに磁気センサー1を適用して、外部磁場の正負のタイミングを読み取る場合、磁壁の磁場がキャンセルするゼロのところで出力ピークがでるので、ここで反転したと判断することができる。また、磁気センサー1ではヒステリシスがないことも特徴である。
【0046】
以上で説明したとおり、磁気センサー1におけるトンネル層22A、22BはBaOで構成されているために、以下に示すような効果を奏する。
【0047】
すなわち、トンネル層22A、22Bを構成するBaOの格子定数(5.5263Å)が、従来用いられているMgOの格子定数に比べて、シリコンの格子定数(5.4309Å)に極めて近い。このように、トンネル材料としてBaOを採用し、シリコンとトンネル材料との間の格子定数の差を従来材料に比べて低減することで、スピン注入の温度依存性が緩和されることを新たに見いだした。
【0048】
ここで、図3は、トンネル材料としてBaOを用いたときのスピン流のHanle効果を、8Kで評価したグラフであり、図4は、トンネル材料として従来のMgOを用いたときのスピン流のHanle効果を、8Kで評価したグラフである。
【0049】
図3及び図4のグラフには、ノイズに若干の違いが観測されているものの、ほぼ同様の評価結果が得られている。得られた結果を、公知の手法(たとえば非特許文献7に開示された手法)を用いて解析を行い、スピン伝導を特徴づけるパラメータを温度変化に対してプロットすると、図5及び図6のグラフが得られる。図5は、スピンの注入効率の温度依存性を示した図である。なお、スピン注入効率は、図3及び図4の解析結果を用いて見積もった値である。図6は、8Kを基準としてスピン注入効率の温度依存性の比を表したグラフである。
【0050】
図5及び図6の温度依存性を示すグラフから、低温域でのスピン注入効率に関してはトンネル材料にMgOを用いたほうが高い特性を示すことがわかる。しかしながら、トンネル材料にMgOを用いると、高温域でスピン注入効率が著しく低下してしまう。一方、トンネル材料にBaOを用いた場合、MgOのような高温域でのスピン注入効率の著しい低下は生じず、低温域から高温域まで緩やかに低下し、トンネル材料にBaOを用いたほうがスピン注入効率の温度依存性は緩やかであることがわかる。すなわち、BaOトンネル材料を用いるほうが、高温域でもスピン注入効率がある程度維持されるため、MgOトンネル材料よりも、実際のデバイスとしては有用であると言える。
【0051】
MgOトンネル材料に比べてBaOトンネル材料のほうが、温度依存性が緩やかであることについては、Siに対する格子定数の違いが影響しているものと思われる。上述したように、Siに対して格子定数はBaOのほうが近い値を示している。一般的にエピタキシャル成長した界面において格子定数の差(格子不整合)が生じることにより、スピンの注入効率の減少の原因となることが知られている。
【0052】
なお、X線回折測定から、結晶化を示唆する反射強度が得られないことから、上述した製造工程では、トンネル層は結晶化していないものと思われる。しかしながら、スピンの散乱に最も寄与するトンネル層とSiの界面では仮にトンネル膜が結晶化していなくても格子定数の違いによる影響があるものと思われる。
【0053】
本発明の磁気センサー1は、磁気ヘッドやスピントランジスタ、メモリ、センサ、論理回路等に適用することができる。なお、磁気ヘッドに最適化する場合には、外部磁場は図1のY軸方向から入射される場合が好ましく、この場合、図7に示す磁気センサー1Aのように、強磁性層20A、20BはX軸(あるいはZ軸)に固定される。強磁性層20A、20Bの磁化方向の固定方法は、反強磁性膜で磁化方向をX方向に固定するか、あるいは、Z方向に磁気異方性を持つ垂直磁化膜が好ましい。
【0054】
図8は、薄膜磁気記録再生ヘッドである磁気ヘッド100Aを示す概略断面図である。上述した図7の磁気センサー1Aを磁気ヘッド100Aの読取ヘッド部100aに適用することができる。磁気ヘッド100Aは、そのエアベアリング面(AirBearing Surface:媒体対向面)ABSが磁気記録媒体120の記録面120aに対向配置されるような位置で磁気情報の記録及び読み取り動作を行う。上述の磁気センサー1Aのチャンネル層10の前端面(図7におけるチャンネル層10の紙面手前側の面)が、このエアベアリング面ABSに対応するように配置されることとなる。
【0055】
磁気記録媒体120は、記録面120aを有する記録層120bと、記録層120bに積層される軟磁性の裏打ち層120cとを含んで構成されており、図8のZ軸方向で示す方向に、磁気ヘッド100Aに対して相対的に進行する。磁気ヘッド100Aは、磁気記録媒体120から記録を読み取る読取ヘッド部100aの他に、磁気記録媒体120への記録を行う記録ヘッド部100bを備える。読取ヘッド部100a及び記録ヘッド部100bは、基板101上に設けられており、アルミナ等の非磁性絶縁層により覆われている。
【0056】
図8に示すように、読取ヘッド部100aの上に、書き込み用の記録ヘッド部100bが設けられている。記録ヘッド部100bにおいて、リターンヨーク130上にコンタクト部132及び主磁極133が設けられており、これらが磁束のパスを形成している。コンタクト部132を取り囲むように薄膜コイル131が設けられており、薄膜コイル131に記録電流を流すと主磁極133の先端から磁束が放出され、ハードディスク等の磁気記録媒体120の記録層120bに情報を記録することができる。以上のように、本発明の磁気センサー1を用いて、記録媒体などの微小な領域から磁束を検出可能な磁気ヘッド100Aを提供できる。
【0057】
なお、本発明は上述した実施形態に限らず、様々な変形が可能である。たとえば、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bの部分における電極構造は、図9に示すようなシンセティック膜により磁化される積層構造とすることが可能である。図9の積層構造は、Si上に、BaO(膜厚1.2nm)、Fe(膜厚10nm)、Ru(膜厚1.5nm)、Ta(膜厚1nm)が順次成膜された構造であり、チャンネル層10、トンネル層22A、22B、強磁性層20A、20B、保護膜層24、Ru層26、強磁性層28に相当する。
【0058】
また、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bの磁化方向は、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20B上に設けられた反強磁性層または形状異方性により、固定されていても良い。例えば、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bにおいて、X軸方向とY軸方向のアスペクト比の違いによって、反転磁場の差を付ける。あるいは、第一強磁性層20A及び第二強磁性層20Bに、磁化の向きを固定するための反強磁性層を備えても良い。この場合、反強磁性層を設けない場合よりも、高い保磁力を一方向に有する第一強磁性層20Aあるいは第二強磁性層20Bが得られる。
【符号の説明】
【0059】
1、1A…磁気センサー、10…チャンネル層、20A、20B…強磁性層、22A、22B…トンネル層、30A、30B…参照電極、100A…磁気ヘッド。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siで構成されるチャンネル層と、
前記チャンネル層上に形成された強磁性層と、
前記チャンネル層と前記強磁性層との間に介在するように形成され、BaOで構成されるトンネル層と
を備える、スピン伝導素子。
【請求項2】
前記チャンネル層と前記トンネル層との界面の少なくとも一部が格子整合している、請求項1に記載のスピン伝導素子。
【請求項3】
前記トンネル層の膜厚が1.0〜2.5nmである、請求項1または2に記載のスピン伝導素子。
【請求項4】
前記強磁性層が単磁区化されている、請求項1−3のいずれか一項に記載のスピン伝導素子。
【請求項5】
前記強磁性層が形状異方性により磁化の方位が固定されている、請求項4に記載のスピン伝導素子。
【請求項6】
前記強磁性層は反強磁性膜で磁化の方位が固定されている、請求項4に記載のスピン伝導素子。
【請求項7】
前記強磁性層はシンセティック膜によって磁化の方位が固定されている、請求項4に記載のスピン伝導素子。
【請求項8】
前記強磁性層の材料は、Al、Cr、Mn、Co、Fe、Ni、Pd、Pt、Tbからなる群から選択される金属、前記群の元素を1以上含む合金、又は、前記群から選択される1以上の元素と、B、C、N、Si、Geからなる群から選択される1以上の元素とを含む化合物である、請求項1−7のいずれか一項に記載のスピン伝導素子。
【請求項9】
請求項1−8のいずれか一項に記載のスピン伝導素子を備える、磁気ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−199498(P2012−199498A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−64231(P2011−64231)
【出願日】平成23年3月23日(2011.3.23)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】