説明

チタン酸ジルコン酸鉛膜

【課題】 分極特性の向上したPZT膜を得、結晶異方性の向上および絶縁性の改善を図ることを目的とする。
【解決手段】 本発明のチタン酸ジルコン酸鉛膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部がイオン半径0.745〜0.901Åである希土類イオンで置換されてなる;チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)およびBサイト(Zr,Ti)のそれぞれの一部が、Biイオンもしくはイオン半径0.745〜0.970Åである希土類イオンで置換されてなる;または、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部が、イオン半径0.745〜0.912Åである希土類イオン、ならびにNb、V、Mo、TaもしくはWから選ばれる高原子価数イオン、の両方で置換されてなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は希土類置換チタン酸ジルコン酸鉛膜に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン酸ジルコン酸鉛Pb(Zr,Ti)O3(PZT)はペロブスカイト構造(ABO3)を有し、大きな自発分極を有する優れた強誘電体材料である。材料の更なる特性改善を目指して、種々のイオン置換に基づいたPZTでの物性制御の研究が現在まで数多く進められてきたが、特に膜の形態では、未だ強誘電性の増加に成功した事例は報告されていない。その原因として、PZTの特性改善には格子歪導入および欠陥制御が必要であるにもかかわらず、それらを同時に実現できる置換イオン種を発見できなかったことにある。たとえば、PZT薄膜に関しては、La3+やNb5+などの高価数イオン置換による欠陥制御の研究事例があり、それらに伴った絶縁特性の向上(漏れ電流の制御)や分極疲労特性の改善などが報告されている(非特許文献1および2)。しかしながら、上記のイオンを置換した試料では残留分極値の向上は認められず、無置換PZTと同程度あるいはそれよりも低い分極が得られることが報告されている。その原因として、イオン置換にともなった相転移温度(キュリー温度)および結晶異方性(軸比c/a)の低下が指摘される。
【0003】
【非特許文献1】G.H.Haerting:J.Am.ceram.Soc.,54,1(1971)
【非特許文献2】T.Nakamura et al.:Jpn.J.Appl.Phys.33,5207(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、分極特性の向上したPZT膜を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
第1の態様によれば、本発明はチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部がイオン半径0.745〜0.901Åである希土類イオンで置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜を要旨とする。
【0006】
第2の態様によれば、本発明はチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)およびBサイト(Zr,Ti)のそれぞれの一部が、Biイオンもしくはイオン半径0.745〜0.970Åである希土類イオンで置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜を要旨とする。
【0007】
第3の態様によれば、本発明はチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部が、イオン半径0.745〜0.912Åである希土類イオン、ならびにNb、V、Mo、TaもしくはWから選ばれる高原子価数イオン、の両方で置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜を要旨とする。
【0008】
第4の態様によれば、本発明は上記第3の態様において、さらにチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)の一部がイオン半径0.958〜1.032Åである希土類イオンで置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜を要旨とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、分極特性の向上したPZT膜を得ることができ、結晶異方性の向上および絶縁性の改善を実現しうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の第1の態様によれば、チタン酸ジルコン酸鉛膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部がイオン半径0.745〜0.901Åである希土類イオンで置換されてなる。イオン半径0.745〜0.901Åである希土類イオンとしては、Sc(イオン半径0.745Å)、Y(0.900Å)、Ho(0.901Å)、Er(0.890Å)、Tm(0.880Å)、Yb(0.868Å)もしくはLu(0.861Å)の一種以上から選ばれ、好ましくはY、Ho、Er、もしくはYbから選ばれる。
【0011】
Bサイトの置換は0.1〜20%程度、好ましくは1〜5%程度から選ばれ、このBサイト置換によりPZTの結晶異方性(結晶格子c軸およびa軸長の異方性:軸比c/a)を増大させることができ、したがって優れた分極特性(自発分極)を発現しうる。それより多い量でのBサイト置換は特性劣化の原因となることがある。
【0012】
本発明の第2の態様によれば、チタン酸ジルコン酸鉛膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)およびBサイト(Zr,Ti)のそれぞれの一部が、Biイオンもしくはイオン半径0.745〜0.970Åである希土類イオンで置換されてなる。イオン半径0.745〜0.970Åである希土類イオンとしては、Sc、Y、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Pm(0.970Å)、Sm(0.958Å)、Eu(0.947Å)、Gd(0.938Å)、Tb(0.923Å)、Cm(0.970Å)、Bk(0.960Å)もしくはCf(0.950Å)が挙げられ、Biイオンもしくはこれらの希土類イオンの一種以上から選ばれる。これらの希土類イオンとしては好ましくはY、Ho、Er、Yb、Dy、GdもしくはSmである。
【0013】
このAおよびBサイトの置換は0.1〜20%程度、好ましくは1〜5%程度から選ばれる。上記のように第1の態様、すなわち特定の3価の希土類イオンによるBサイト4価イオン(Zr4+,Ti4+)の置換は、結晶異方性(軸比c/a)を増大させるが、一方で絶縁特性の低下を引き起こしやすい。この点に関し、AおよびBサイトの同時置換は結晶異方性の向上および絶縁性の改善という両者の利点を生かすために一層有効である。
【0014】
本発明の第3の態様によれば、チタン酸ジルコン酸鉛膜は、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部が、イオン半径0.745〜0.912Åである希土類イオンの一種以上、ならびにNb、V、Mo、TaもしくはWから選ばれる高原子価数イオンの一種以上、の両方で置換されてなる。イオン半径0.745〜0.912Åである希土類イオンとしては、Sc、Y、Dy(0.912Å)、Ho、Er、Tm、YbもしくはLuから選ばれ、好ましくはY、Dy、Ho、ErもしくはYbから選ばれる。
【0015】
このBサイトの置換は0.1〜20%程度、好ましくは1〜5%程度から選ばれ、このBサイト置換により高原子価数イオンを用いた電荷補償的なイオン置換をあわせて行うことで結晶異方性の向上および絶縁性の改善を同時に実現できる。
【0016】
本発明の第4の態様によれば、本発明は上記第3の態様において、チタン酸ジルコン酸鉛膜は、さらにチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)の一部もイオン半径0.958〜1.032Åである希土類イオンで置換されてなる。イオン半径0.958〜1.032Åである希土類イオンとしては、La(イオン半径1.032Å)、Ce(1.02Å)、Pr(0.99Å)、Nd(0.983Å)、Pm(0.970Å)、Sm(0.958Å)の一種以上から選ばれる。
【0017】
このAおよびBサイトの置換は0.1〜20%程度、好ましくは1〜5%程度から選ばれ、このAおよびBサイト置換により、結晶異方性の向上および絶縁性の改善を同時に実現できる。
【0018】
本発明のPZT膜の作製自体は、スパッタ、CVD、化学溶液法(ゾル−ゲル法)等の常法によることができるが、工業的に最も汎用性が高く組成制御性に優れる点で化学溶液法が好適である。膜厚は目的に応じて選択することができ、たとえば1μm以下の薄膜、1μm超から100μm程度の厚膜が一般的である。薄膜を形成する基板も制限されず、目的に応じて各種の材料から選ばれうる。
【0019】
本発明によれば、本発明のPZT膜は、基板や電極の種類など、デバイスを作製する際の周辺条件に左右されることなく特性改善を実現することが可能であり;大きな強誘電性(残留/自発分極)を有するので、圧電体や強誘電体メモリ等への適用が期待でき、相転移温度(キューリー温度)が未置換PZTと同程度であるにもかかわらず、結晶異方性が比較的大きく、その物性の温度依存変化が極めて顕著でありうるので、焦電センサ等に最適であり;しかも化学溶液法における原料溶液の組成を調整するだけで特性改善が可能であるため、既存の材料製造プロセス・装置をそのまま適用することができる、等の特徴を有するPZT膜を提供しうる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
実施例
(1)希土類イオン置換PZT薄膜はPt/TiO2/(100)Si基板上において無置換のPZT膜と同様の結晶配向性を有するにもかかわらず、従来のPZT(残留分極値:20μC/cm2)よりも高い分極特性が得られた(たとえばY3+の場合に、残留分極値:〜25μC/cm2)。またそれらのイオン置換PZT膜では無置換のPZT膜と比較して結晶異方性(軸比c/a)の向上が確認された。以上のような分極特性改善に関わる現象は結晶配向性または材料組成(Zr/Ti比)の異なる種々のPZT薄膜においても確認された。
【0022】
(2)Pb(CH3COO)2・3H2O,Ti(O・n−Bu)4、Zr(O・i−Bu)4、希土類硝酸塩および2-メトキシエタノールを出発原料として、仕込み組成Pb1.05Lnx(Zr0.40Ti0.601-(3x/4)3であるスピンコート溶液を調製した(溶液濃度:0.24mol・dm-3)。これを(111)Pt/Ti/SiO2/(100)Si基板上に3000rpm,50秒の条件でスピンコーティングした後、ホットプレート上で乾燥(150℃、5分)および熱分解(400℃、5分)の処理を行った。これらの操作を目的の膜厚(約400nm)が得られるまで繰り返した(約10回)。その後,結晶化(空気中、650℃、5分)の熱処理を施すことにより目的の薄膜試料を作製した。
【0023】
(3)Yb3+/V5+同時置換PZT薄膜の作製
Pb(CH3COO)2・3H2O,Ti(O・n−Bu)4、Zr(O・i−Bu)4、[Yb(NO33]、V(Acac)3および2-メトキシエタノールを出発原料として、仕込み組成PbYbxy(Zr,Ti)1-(3x/4)-(5y-4)3であるスピンコート溶液を調製した(溶液濃度:0.24mol・dm-3)。以下、上記(2)と同様にして薄膜試料を作成した。
【0024】
(4)薄膜試料における結晶相の同定および結晶配向性の評価はX線回析(XRD),膜厚および微細構造の観察は走査型電子顕微鏡(SEM)によりそれぞれ行った。これらの薄膜試料上に真空蒸着により円電極(Au,直径約0.5mm)を形成した後、インピーダンスアナライザー(Agilent 4194A),半導体パラメーターアナライザー(Hewlett Packard 4155B)および強誘電体テストシステム(東陽テクニカFCE−1)を用いて各種の電気特性を評価した。
【0025】
(5)得られた置換PZT薄膜のX線回析図(図示せず)から、イオン置換量x=〜0.06の範囲ではPZTに起因する結晶相のみが確認され;置換イオンDyはPZT結晶格子内に置換していると推察され;また、いずれの薄膜試料においてもPZT(111)格子面が基板面方向へ選択的に配向しており、その配向性は置換イオン量に応じて変化しないことが確認された。
【0026】
(6)BサイトへのY3+置換PZT薄膜(x=0.02)のP−E曲線を、従来のPZT薄膜(x=0)のP−E曲線とあわせて図1(Zr/Ti=20/80)および図2(Zr/Ti=20/80)に示す。未置換PZT薄膜では残留分極(Pr)および抗電界(Ec)がいずれも低下した。その一方でY置換PZT薄膜ではリーク電流が抑えられた矩形性の向上したヒステリシスループが得られ、イオン置換に伴ったPr値の改善が認められた。
【0027】
(7)BサイトへのYb3+置換PZT薄膜およびYb3+/V5+同時置換PZT薄膜のP−E曲線を、図3に示す。BサイトへのYb3+置換においてPZT薄膜の分極特性の劣化傾向が見られるが、Yb3+/V5+同時置換においてはこのPZT薄膜の特性劣化(絶縁特性の低下)を打ち消されることを示す。
【0028】
(8)AおよびB両サイトへのDy3+置換PZT薄膜の分極特性をBサイトへのDy3+置換PZT薄膜の分極特性と併せて図4に示す。薄膜のEc値は変わらないが、AおよびB両サイトの置換でPr値が向上することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によれば、分極特性の向上したPZT膜を得ることができ、圧電体、強誘電体メモリ、焦電センサ等への適用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】Y3+置換PZT膜および未置換PZT膜のP−E曲線を示す。
【図2】Y3+置換PZT膜および未置換PZT膜のP−E曲線を示す。
【図3】BサイトへのYb3+置換PZT薄膜およびYb3+/V5+同時置換PZT薄膜のP−E曲線を示す。
【図4】AおよびB両サイトへのDy3+置換PZT薄膜の分極特性を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部がイオン半径0.745〜0.901Åである希土類イオンで置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜。
【請求項2】
イオン半径0.745〜0.901Åである希土類イオンが、Sc、Y、Ho、Er、Tm、YbもしくはLuから選ばれる請求項1記載のチタン酸ジルコン酸鉛膜。
【請求項3】
チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)およびBサイト(Zr,Ti)のそれぞれの一部が、Biイオンもしくはイオン半径0.745〜0.970Åである希土類イオンで置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜。
【請求項4】
イオン半径0.745〜0.970Åである希土類イオンが、Sc、Y、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Cm、BkもしくはCfから選ばれる請求項3記載のチタン酸ジルコン酸鉛膜。
【請求項5】
チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のBサイト(Zr,Ti)の一部が、イオン半径0.745〜0.912Åである希土類イオン、ならびにNb、V、Mo、TaもしくはWから選ばれる高原子価数イオン、の両方で置換されてなるチタン酸ジルコン酸鉛膜。
【請求項6】
イオン半径0.745〜0.912Åである希土類イオンが、Sc、Y、Dy、Ho、Er、Tm、YbもしくはLuから選ばれる請求項5記載のチタン酸ジルコン酸鉛膜。
【請求項7】
さらにチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)のAサイト(Pb)の一部がイオン半径0.958〜1.032Åである希土類イオンで置換されてなる請求項5もしくは6記載のチタン酸ジルコン酸鉛膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−8503(P2006−8503A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−149975(P2005−149975)
【出願日】平成17年5月23日(2005.5.23)
【出願人】(899000013)財団法人理工学振興会 (81)
【Fターム(参考)】