説明

ディファレンシャル用スラスト軸受

【課題】 低コストでありながら耐久性および音響特性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を提供する。
【解決手段】 左駆動軸120と右駆動軸121とを差動させるためのディファレンシャル100に生じたスラスト荷重を受け、左駆動軸120と右駆動軸121とのうち少なくともいずれか一方に配置されるスラスト軸受10であって、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えており、上記軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合の平均値に反り・うねりの標準偏差の3倍を加えた値が40μm以下である軌道盤群からとられたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はディファレンシャル用スラスト軸受に関し、より特定的には焼入硬化して製造されるスラスト軸受の軌道盤において、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えたディファレンシャル用スラスト軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に、スラスト軸受には耐久性の向上(長寿命化)、音響特性の向上(低騒音化)等の機能の向上が求められている。一方、スラスト軸受の機能を低下させる要因の1つとして、軌道盤(スラスト軌道盤)の反り・うねりがある。
【0003】
たとえばスラストころ軸受の軌道盤の反り・うねりが大きい場合、軸受が動作する際、転動体であるころの転走面の一部のみが軌道盤に対して押し付けられる現象(片当たり)が生じる。この片当たりは、転動体であるころと軌道盤との間の油膜切れの原因となり得る。油膜切れが生じた場合、ころと軌道盤との間は金属接触となって、その部分の温度が上昇する。これにより、表面損傷や表面起点型の剥離が生じ、軸受の寿命が短くなるおそれがある。また、片当たりが生じることにより、片当たりの生じた部分で、ころと軌道盤との接触面圧が設計上予測される値を超える可能性がある。この場合、内部起点型の剥離が早期に生じて軸受の寿命が短くなるおそれがある。
【0004】
また、スラスト軸受の軌道盤の反り・うねりが大きい場合、軸受の動作時の騒音や振動が大きくなる。動作音が小さいことが必要な環境で使用される軸受の場合、これは大きな問題となる。
【0005】
これに対し、軌道盤に対応する環状体の焼入れの冷却工程において、環状体の組織がオーステナイト状態のうちに所定の加工を加える方法が提案されている(たとえば特許文献1参照)。これにより、焼入後における環状体のひずみが抑制される。
【0006】
また、軌道盤に対応するリング状部材に対して所定の加工率で矯正焼戻しを行う方法が提案されている。これにより、熱処理完了後におけるリング状部材の寸法精度が向上する(たとえば特許文献2参照)。
【0007】
また、冷間加工後のリング状部材を型で拘束して加熱する方法が提案されている。これにより、リング状部材のサイジングが行われるとともに加工応力が除去される。その結果、その後の熱処理の際に生じるリング状部材の変形が抑制される(たとえば特許文献3参照)。
【特許文献1】特開平8−225851号公報
【特許文献2】特開平9−256058号公報
【特許文献3】特開平11−43717号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし近年、スラスト軸受が部品として使用される製品、たとえばディファレンシャルはますます高機能化している。これに伴い、そこに使用されるスラスト軸受に対しては、さらなる高機能化および高精度化、たとえば長寿命化、低騒音化等が求められている。また、スラスト軸受の果たす役割の重要性に鑑み、スラスト軸受の精度に対して厳格な規格が要求される場合も少なくない。さらに、製品の価格競争力向上のため、スラスト軸受に対しても低コスト化の要求がある。
【0009】
このような状況の下、前述の特許文献1〜3において開示された製造方法により製造されたスラスト軸受では、熱処理終了時におけるスラスト軸受の軌道盤の精度が十分とはいえず、その耐久性は十分とはいえない。特に、反り・うねりのばらつきが大きいことは、前述のように厳格な規格が要求される場合には、規格設定の大きな障害となる。また、音響特性についても近年の高い要求特性を考慮すれば十分とはいえない。また、熱処理終了後に研削加工を行えば十分な精度が得られるが、これでは製造コストが上昇し、前述の低コスト化の要求に応えることができない。さらに、熱処理の工程を追加する方法で精度を向上させることは、低コスト化の要求に反するものとなる。
【0010】
また、特にディファレンシャルに用いられるスラスト軸受では、省エネルギ化の観点からこの部分に用いるオイル(潤滑油)に低粘度のものを用いたり、添加剤を入れて使用したりする場合がある。また、ディファレンシャルにおいては、スパイラルベベルギア(歯傘歯車)に噛み合い交差軸をずらしたハイポイドギアが多く使用されている。そして、ハイポイドギアの破損を防ぐために極圧添加剤入りの専用潤滑油(ハイポイドギアオイル)が使用されている。低粘度オイルやハイポイドギアオイルのような添加剤入りのオイルは、軸受における潤滑性能が通常のオイルよりも劣り、このためスラスト軸受のころと軌道面との差動すべりにおいて、油膜切れを起し、金属接触となり接触部が発熱し、表面損傷や表面起点型の剥離が発生しやすくなり、耐久性が低下する場合があった。
【0011】
また、ディファレンシャル用スラスト軸受では、小型化、軽量化のために、加わる応力は増大する一途であり、上記表面損傷に限定されず、荷重依存型の内部起点も発生し、抑制されにくい場合がある。このためディファレンシャル用スラスト軸受における損傷発生(表面、内部)は、上記軌道盤の反り・うねりのばらつき増大によって高められ、上記の騒音増大とともに耐久性の低下をきたす場合がありうる。したがって、コスト増加を押えながら、上記耐久性の低下を抑止することが求められている。
【0012】
そこで本発明の目的は、低コストでありながら耐久性および音響特性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を安定して提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に従ったディファレンシャル用スラスト軸受は、第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、前記第1の駆動軸と前記第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受である。このスラスト軸受は、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えており、上記軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合の平均値に反り・うねりの標準偏差の3倍を加えた値が40μm以下である軌道盤群からとられたものである。
【0014】
前述のように、軌道盤の反り・うねりが大きくなることはスラスト軸受の寿命、音響特性等に悪影響を及ぼす。本発明者は軌道盤の反り・うねりとスラスト軸受の音響特性との関係を詳細に検討した。その結果、スラスト軸受の音響特性は軌道盤の反り・うねりが大きくなるにつれて直線的関係をもって悪化するのではなく、反り・うねりに臨界値が存在し、これを超えると音響特性が急激に悪化すること、およびこの臨界値は40μm〜50μmであることを見出した。したがって、軌道盤群の反り・うねりの上限値を40μm以下とすることができれば、音響特性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を安定して製造することができる。また、反り・うねりが小さくなれば、既に述べた片当たりなどの現象の発生確率を低くすることができるので、スラスト軸受の寿命を延ばす(耐久性を高める)ことができる。つまり、音響特性に加えて耐久性に優れたスラスト軸受を安定して製造することができる。そして、このようなスラスト軸受を適用することにより、ディファレンシャルの信頼性や耐久性を向上させることができる。
【0015】
ここで一般に、平均値に標準偏差の3倍を加えた値は統計的品質管理において事実上の上限値として扱われる値である。スラスト軸受の軌道盤の反り・うねりにおいても、その分布を正規分布と仮定すると、軌道盤の反り・うねりの平均値に標準偏差の3倍を加えた値が40μm以下である軌道盤群においては、反り・うねりの値が40μmを超える軌道盤は軌道盤群全体の0.13%となり、40μmが事実上の上限であると考えることができる。したがって、本発明の軌道盤によれば、上記軌道盤群を構成する軌道盤の反り・うねりの事実上の上限値が40μmであることにより、音響特性に優れたスラスト軸受を構成することが可能な軌道盤を安定して得ることができる。また、上述のように軌道盤の反り・うねりを小さくすることにより、耐久性に優れたスラスト軸受を構成することが可能な軌道盤を得ることもできる。
【0016】
また、さらに音響特性に優れたスラスト軸受を構成することが可能な軌道盤群を安定して得るためには、無作為に抽出した軌道盤群を構成する各軌道盤群の反り・うねりを測定した場合に反り・うねりの平均値に標準偏差の3倍を加えた値は30μm以下であることが好ましい。また、この場合、軌道盤の反り・うねりがより小さくなるため、当該軌道盤を用いたスラスト軸受の耐久性をより向上させることもできる。
【0017】
本発明に従ったディファレンシャル用スラスト軸受は、第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、第1の駆動軸と第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受である。このスラスト軸受は、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えており、上記軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合に反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率が0.1%以下である軌道盤群からとられたものである。すなわち、無作為に抽出した1000枚の軌道盤の反り・うねりを測定した場合に40μm以上の軌道盤が1枚以下である。
【0018】
上述のように、反り・うねりの事実上の上限値を40μm以下とすることができれば、音響特性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を安定して製造することができる。
【0019】
ここで、無作為に抽出した軌道盤群を構成する各軌道盤群の反り・うねりを測定した場合に、反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率が0.1%以下であれば、軌道盤の反り・うねりは40μmが事実上の上限であると考えることができる。したがって、本発明の軌道盤群からとられた軌道盤を備えたディファレンシャル用スラスト軸受によれば、軌道盤群を構成する軌道盤の反り・うねりの事実上の上限が40μmであることにより、優れた音響特性を安定して得ることができる。また、耐久性にも優れたディファレンシャル用スラスト軸受を得ることもできる。
【0020】
本発明に従ったディファレンシャル用スラスト軸受は、第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、第1の駆動軸と第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受である。このスラスト軸受は、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えており、その軌道盤は軌道盤群からとられたものであり、その軌道盤群は、製造工程、特に焼入工程の1つのロットに属する(1回の焼入工程において処理される)軌道盤群であり、その軌道盤群の軌道盤の反り・うねりを測定した場合に反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率は0.1%以下である。
【0021】
これにより、上記と同様に音響特性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を構成することができる。また、反り・うねりが小さくなれば、既に述べた片当たりなどの現象の発生確率を低くすることができるので、耐久性にも優れたディファレンシャル用スラスト軸受を得ることもできる。
【0022】
また、上記軌道盤群を構成する軌道盤の数は100枚とすることができるが、好ましくは500枚、さらに好ましくは1000枚とすることができる。
【0023】
本発明に従ったディファレンシャル用スラスト軸受は、第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、第1の駆動軸と第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受である。このスラスト軸受は、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えており、その軌道盤の転走面に垂直な断面を鏡面研磨し、ピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えた腐食液に浸漬して前記鏡面研磨した面を腐食した後、光学顕微鏡により400倍の倍率で前記断面の中央部を観察した場合に、旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の10%以下である。ここで、軌道盤の転走面とはスラスト軸受の軌道盤が転動体と接触する側の面をいう。また、旧オーステナイト結晶粒界とは軌道盤の鋼組織が焼入工程においてオーステナイト化した際に形成された結晶粒界であって、鋼組織を腐食液により腐食させた場合に優先的に腐食されて出現する境界線をいう。また、上述のように鏡面研磨した面を腐食した後、結晶粒界で閉じられた領域の存在比率を測定する測定領域は実サイズで225μm×175μmの四角形状の領域であってもよい。このとき、結晶粒界で閉じられた領域は上記測定領域全体の10%以下、より好ましくは5%以下としてもよい。
【0024】
本発明者は以下のように旧オーステナイト結晶粒界とスラスト軸受の耐久性との関係について検討を行った。
【0025】
一般にスラスト軸受の軌道盤は浸炭熱処理、光輝熱処理等により焼入硬化して製造される。この場合、まず軌道盤はAc1点以上の温度に加熱され、鋼組織はオーステナイト化して結晶粒界が形成される。このとき、結晶粒界には粒内に比べて格子欠陥が多く存在する。また、結晶粒界には粒内に比べて鋼中の不純物元素が多く存在する。その後、軌道盤はM点以下の温度に急冷され、鋼組織はマルテンサイト化する。しかし、オーステナイト状態であった際に結晶粒界であった部位は組織がマルテンサイト化した後も、オーステナイト結晶粒界であったことに起因して周囲の組織と異なった特性を有する部位(旧オーステナイト結晶粒界)となる。この旧オーステナイト結晶粒界は周囲の組織に比較して腐食されやすいため、焼入後の組織を腐食することにより、その存在を確認することができる。
【0026】
このように、旧オーステナイト結晶粒界は焼入後の組織に存在し、周囲の組織と異なった特性を有するため、スラスト軸受の軌道盤において亀裂の発生や進展を促進し、スラスト軸受の耐久性を低下させる可能性がある。
【0027】
これに対し、本発明者は旧オーステナイト結晶粒界の形成を十分に進行させないことにより、具体的には軌道盤の転走面に垂直な断面を鏡面研磨し、ピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えた腐食液に浸漬して鏡面研磨した面を腐食した後、光学顕微鏡により400倍の倍率でその断面の中央部を観察した場合に、結晶粒界で閉じられた領域が視野全体の10%以下となるようにすることにより(または実サイズで225μm×175μmの四角形状の測定領域について結晶粒界で閉じられた領域が10%以下となるようにすることにより)、スラスト軸受の耐久性が著しく向上することを見出した。したがって、本発明のスラスト軸受の軌道盤によれば、耐久性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を提供することができる。つまり、本発明によるディファレンシャル用スラスト軸受を用いることで、潤滑性能や差動すべりの点、また増減速の頻度および大きさの点から過酷な条件下におけるディファレンシャルの使用において優れた耐久性を得ることができる。
【0028】
なお、結晶粒界で閉じられた領域が視野全体の10%以下とすることでディファレンシャル用スラスト軸受の耐久性は明確に向上するが、より耐久性を向上させるためには5%以下とすることが好ましい。
【0029】
本発明に従ったディファレンシャル用スラスト軸受は、第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、第1の駆動軸と第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受である。このスラスト軸受は、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備えており、その軌道盤の表層の粒界酸化層の厚さは1μm以下である。
【0030】
本発明者は以下のように粒界酸化層とディファレンシャル用スラスト軸受の耐久性との関係について検討を行った。
【0031】
すでに述べたように、一般にスラスト軸受の軌道盤は浸炭熱処理、光輝熱処理等により焼入硬化して製造される。この場合、軌道盤の表層部の結晶粒界においては鋼中のCr、Mn等の合金元素と雰囲気ガス中に存在する酸素とが反応して、酸化物が形成される。そのため、軌道盤の厚み方向において、最表面から、酸化物が形成されている領域の最も深い部分までを含む層状部(以下、表層部の粒界酸化層と呼ぶ)では鋼中の合金元素量が低下する。その結果、軌道盤表層部の粒界酸化層は焼入硬化がされにくくなり、焼入後の硬さが低下するおそれがある。そうすると、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用されるスラスト軸受の軌道盤においては、表層部の硬さ(つまり強度)が低くなり、表層部を起点とした破損が起こりやすくなる。また、粒界酸化層に形成された酸化物は周囲の鋼の組織と比べて著しく硬さが異なるため、亀裂発生の起点となるおそれがある。以上の理由により、表層部に粒界酸化層を有する軌道盤を備えたスラスト軸受は表層部を起点とした破損が起こりやすくなり、耐久性(寿命)が低下するおそれがある。また、硬さの低い粒界酸化層の存在により、表面損傷が発生しやすくなる。
【0032】
ここで、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用されるスラスト軸受の軌道盤においては、軌道盤表面から粒界酸化が発生していない領域までの距離(つまり粒界酸化層の厚さ)は通常2μm〜10μm程度である。これに対し、本発明者は粒界酸化層の厚さを十分小さくすることで、具体的には1μm以下とすることで、スラスト軸受の耐久性が著しく向上することを見出した。したがって、上述のような特性を有する軌道盤を用いて、耐久性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を提供することができる。
【0033】
また、上記のように表層の粒界酸化層の厚さを非常に小さくすることにより、表層部の変形抵抗を向上させることができる。このため、上記ディファレンシャル用スラスト軸受の転走面が関係するすべての損傷の発生を抑制する方向に作用し、上記過酷な条件下において優れた耐久性を得ることができる。
【0034】
なお、粒界酸化層の厚さは1μm以下とすることでスラスト軸受の耐久性は明確に向上するが、さらに耐久性を向上させるためには0.5μm以下とすることが好ましい。
【0035】
上記ディファレンシャル用スラスト軸受において好ましくは、軌道盤の表面硬さは653HV以上であり、かつ軌道盤の内部硬さは653HV以上である。
【0036】
軌道盤の表面硬さが653HVより低くなると、スラスト軸受の転動疲労寿命は低下する。これに対し、表面硬さを653HV以上とすることで、転動疲労寿命の低下を回避することができる。さらに、表面だけでなく内部硬さをも653HV以上とすることで、表面のみ653HV以上である軌道盤に比べて軌道盤に塑性変形が生じにくくなり、よりディファレンシャル用スラスト軸受の転動疲労寿命が向上する。ここで、表面硬さとは軌道盤の表面においてころと接触する部分(転走面の転走部分)の硬さをいう。また、内部硬さとは軌道盤においてころと接触する面に垂直な断面の中央部の硬さをいう。
【0037】
上記ディファレンシャル用スラスト軸受において好ましくは、軌道盤の材質は0.4質量%以上1.2質量%以下の炭素を含む鋼である。
【0038】
鋼を焼入硬化した場合の硬さの上限は鋼の炭素含有量に依存する。前述の653HV以上の硬さを確保するためには炭素量は少なくとも0.4質量%以上必要である。一方、炭素量が多くなると焼入後にマルテンサイト化せずに残留するオーステナイト(残留オーステナイト)が多くなる。残留オーステナイトは少量であればその影響は小さいが、炭素量が1.2質量%以上となると残留オーステナイト量が多くなり、焼入硬さが低下する。また、残留オーステナイトは経年変化によりマルテンサイト化し、寸法変化の原因となる。さらに、炭素量が1.2質量%以上になると炭化物(FeC;セメンタイト)の粗大化、凝集化が生じ、軌道盤の靭性が著しく劣化する。したがって、炭素量を0.4質量%以上、1.2質量%以下とすることで、耐久性に優れたディファレンシャル用スラスト軸受を構成する軌道盤に必要な硬さ、寸法安定性および靭性を確保することができる。
【0039】
上記ディファレンシャル用スラスト軸受において好ましくは、軌道盤は鋼板をプレス加工することにより得られた部材を用いて構成されている。
【0040】
これにより、旋削などの方法で成形した部材を用いているものよりも、低コストな軌道盤とすることができる。この結果、ディファレンシャル用スラスト軸受の低コスト化を図ることができる。
【発明の効果】
【0041】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、低コストでありながら、過酷な潤滑環境および応力印加条件下において、優れた耐久性および音響特性を有するディファレンシャル用スラスト軸受を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。また、スラスト軸受とはディファレンシャル用スラスト軸受をさす。
【0043】
(実施の形態1)
図1は本発明の一実施の形態である実施の形態1のスラスト軸受を示す概略断面図である。また、図2は実施の形態1のスラスト軸受の軌道盤の反り・うねりの測定部位を示す概略平面図である。また、図3は反り・うねりの測定により得られるプロファイルの一例を示す図である。図1〜図3を参照して、本発明の実施の形態1のスラスト軸受の構成を説明する。
【0044】
図1(a)を参照して、スラスト軸受10は、たとえば一対の軌道盤11、11と、複数の転動体12と、環状の保持器13とを備えている。転動体12は一対の軌道盤11、11の間において、軌道盤11、11の転走面11A、11Aに接触して配置されている。さらに、転動体12は保持器13により周方向に所定のピッチで配置され、かつ転動自在に保持されている。これにより、軌道盤11、11の各々は互いに相対的に回転することができる。
【0045】
図2を参照して、反り・うねりの測定は破線で示すように内径から1mmの位置、外径から1mmの位置、および中央部の位置について行われている。図3を参照して、測定により得られる高さのプロファイルから高さの最高点と最低点との差が読み取られ、反り・うねりの値とされている。この測定方法により得られる本実施の形態1のスラスト軸受10が備えている軌道盤11の複数枚(軌道盤群)について反り・うねりを測定した場合、その値の平均値に標準偏差の3倍を加えた値は40μm以下である。
【0046】
また、上述した本発明によるスラスト軸受の軌道盤11では、軌道盤11の転走面11Aに垂直な断面の中央部において旧オーステナイト結晶粒界は、ほとんど観察することができない。これは、旧オーステナイト結晶粒界の形成が十分進んでいないためであると考えられる。この視野の旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は観察した視野全体の10%以下である。また、この視野の中央部に実サイズで225μm×175μmの測定領域を設定した場合、当該測定領域において旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域の比率は当該領域全体の10%以下である。一方、従来のスラスト軸受の軌道盤では、転走面11Aに垂直な断面の中央部において明確な旧オーステナイト結晶粒界を観察することができる。これは、旧オーステナイト結晶粒界の形成が十分進んでいるためであると考えられる。この視野の旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の90%以上である。
【0047】
ここで、軌道盤11の転走面11Aに垂直な断面の中央部における旧オーステナイト結晶粒界の観察はたとえば次の手順で行うことができる。まず、スラスト軸受10の軌道盤11を転走面11Aに垂直な面で切断する。次にその断面を鏡面研磨した後、研磨された面を室温で腐食液に30分間浸漬して腐食する。腐食液はピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えたもの(JIS G 0551 附属書1)を使用した。その後、断面の中央部を400倍の倍率で光学顕微鏡により観察する。
【0048】
この観察方法により観察される本実施の形態1に係るスラスト軸受10の軌道盤11の転走面に垂直な断面の中央部における旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の10%以下である。
【0049】
また、本実施の形態1のスラスト軸受10の軌道盤11において、表層部の粒界酸化層の厚さは1μm以下である。一方、従来のスラスト軸受の軌道盤では表層部の粒界酸化層の厚さは6μm程度である。ここで、軌道盤11の表層部の粒界酸化層の観察はたとえば次の手順で行うことができる。まず、スラスト軸受10の軌道盤11を転走面11Aに垂直な面で切断する。次にその断面を鏡面研磨した後、研磨された面を室温で3%ナイタルに浸漬して腐食する。浸漬時間は、たとえば2秒〜10秒程度であるが、鋼種により腐食されやすさが異なるため、腐食の進行状況を確認しながらそれぞれの軌道盤について適当な時間とすることができる。その後、転走面直下の表層部を光学顕微鏡により観察する。この観察方法により観察される本実施の形態1に係るスラスト軸受の軌道盤の表層部の粒界酸化層の厚さは上述のように1μm以下であった。
【0050】
次に、本実施の形態1における軌道盤11およびスラスト軸受10の製造方法について説明する。
【0051】
図4は本実施の形態1における軌道盤11の製造工程の一例を示した図である。図4を参照して、本実施の形態1の軌道盤11の製造工程の一例を説明する。
【0052】
まず、本実施の形態1における軌道盤11の材料としては、たとえばS55C、SAE1070、SK5、SUJ2を選択することができる。これらの材料はいずれも0.4質量%以上1.2質量%以下の炭素を含む鋼である。たとえばこれらの材料の鋼板を素材として、プレス加工により軌道盤11を成形する。これにより、軌道盤11は鋼板をプレス加工して成形することにより得られた部材を用いて構成されることになる。次に、軌道盤11に反り・うねりが発生するのを抑制するために軌道盤11を拘束した状態で、誘導加熱による焼入焼戻しを行う。これにより、焼入工程における加熱時間が一般的焼入硬化処理である浸炭熱処理、光輝熱処理等と比較して極めて短いため、旧オーステナイト結晶粒界の形成は十分に進行せず、また粒界酸化層はほとんど形成されない。また、焼入焼戻工程において軌道盤を拘束しているため、反り・うねりが抑制される。さらに、軌道盤11の表面硬さおよび内部硬さはいずれも653HV以上となっている。次に、研削加工を行うことなく、たとえばタンブラーにより仕上げが行われる。
【0053】
なお、このような工程によれば、誘導加熱設備は比較的小規模で、かつ取り扱いに注意が必要な浸炭ガス等も使用しないため、加工工程とともに1つのラインを構成する(ワンライン化する)ことができる。そのため、熱処理前および熱処理後の仕掛品が発生しない。これにより製造コスト低減が可能となる。また、製品の管理も容易となるため、ピースバイピースの品質管理を行い得る。これにより製品の高品質化が実現される。
【0054】
さらに、通常の工程では軌道盤の焼戻し終了時において反り・うねりが大きいため、矯正するためのプレステンパーの工程が設けられる場合が多い。これに対して、この工程では焼入焼戻工程において軌道盤の反り・うねりを抑制するための拘束がおこなわれているため、焼戻し終了時において、軌道盤11の反り・うねりが小さい。そのため、プレステンパーの工程は不要となり、高精度の軌道盤11を低コストで製造することが可能となっている。
【0055】
次に、本実施の形態1における軌道盤11の熱処理方法のうち、焼入焼戻しについて詳細に説明する。
【0056】
図5は実施の形態1における軌道盤11の製造工程で使用される熱処理装置の一例を示した図である。図5を参照して、実施の形態1における軌道盤11の熱処理方法の一例を詳細に説明する。
【0057】
図5を参照して、誘導熱処理装置3は、誘導コイル30と、下部拘束用治具50Aと、上部拘束用治具50Bと、中心軸51と、治具押えナット53とを備えている。誘導コイル30は冷却水を吐出するための冷却水吐出口31を有している。また、中心軸51は下端に膨出部511を有し、上部にねじ部512を有している。また、治具押えナット53は内径側にねじ溝を有している。
【0058】
以下、同図を参照して熱処理の手順を説明する。
【0059】
下部拘束用治具50Aには中心軸51が挿入される。下部拘束用治具50Aは中心軸の下端の膨出部511に接触するように配置される。中央部に穴を有するスラスト軸受の軌道盤11には、中心軸51が挿入される。軌道盤11は下部拘束用治具50Aの平滑な上面に接触するように配置される。軌道盤11は1枚でもよいが、熱処理の効率向上の観点から複数枚であることが好ましい。複数枚同時に熱処理を行う場合、軌道盤11は中心軸51を挟む両側に配置された誘導コイル30による加熱が可能な範囲で、積み重ねて配置される。上部拘束用治具50Bはその平滑な下面が軌道盤11の上部に接触するように配置される。また、上部拘束用治具50Bには、中心軸51が挿入される。治具押えナット53は内径側のねじ溝が中心軸51のねじ部512と噛み合うように中心軸51に嵌めこまれ、所定のトルクで締め付けられる。これにより、軌道盤11は転走面11Aを押圧する向きの応力を転走部分全体に負荷される。
【0060】
誘導コイル30に高周波電流を通電すると軌道盤11は誘導加熱される(加熱工程)。軌道盤11はAc1点以上の温度に加熱されて所定時間保持される。その後、通電が停止されるとともに誘導コイル30の冷却水吐出口31を通して冷却水が軌道盤11に吹き付けられる。これにより、軌道盤11はM点以下の温度に急速に冷却される(冷却工程)。以上の手順により、軌道盤11は転走面を押圧する向きの応力を負荷された状態で、焼入硬化される。このとき、一様に加熱および冷却を行うため、矢印で示すように誘導熱処理装置3のうち誘導コイル30以外の部分を中心軸51を回転軸として誘導コイル30に対して相対的に回転させることが好ましい。
【0061】
なお、Ac1点とは鋼を連続的に加熱する際に、鋼がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、M点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。また、軌道盤の転走面とは軌道盤において転動体が転走する側の面をいう。また、軌道盤の転走部分とは転走面のうち転動体が転走する部分をいう。
【0062】
さらに、再度誘導コイル30には高周波電流が通電され、軌道盤11はAc1点以下の温度に加熱される。その後軌道盤11は所定の時間、所定の温度で保持された後、加熱が中止されることで冷却される(焼戻工程)。以上の手順により、軌道盤11は転走面を押圧する向きの応力を負荷された状態で焼戻しされる。このとき、一様に加熱を行うため、矢印で示すように誘導熱処理装置3のうち誘導コイル30以外の部分を中心軸51を回転軸として誘導コイル30に対して相対的に回転させることが好ましい。
【0063】
以上の工程により、旧オーステナイト結晶粒界が十分に形成されることなく、かつ粒界酸化層はほとんど形成されず、軌道盤11は転走面11Aを押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤11の転走部分全体に対して負荷されながら焼入れおよび焼戻しされる。
【0064】
なお、応力は必ずしも負荷し続ける必要はなく、必要に応じて解除することができるが、変形を抑制する観点および工程数を少なくする観点から、熱処理開始前に軌道盤11を拘束し、かつ熱処理終了まで拘束し続けることが望ましい。また、軌道盤11は1枚ずつ熱処理を行うこともできるが、軌道盤11の製造コストをさらに低減するためには、複数枚同時に熱処理を行うことが望ましい。
【0065】
本熱処理方法によれば、軌道盤11の旧オーステナイト結晶粒界の形成を十分に進行させないことができる。また、軌道盤11の表層部の粒界酸化層の厚さを1μm以下とすることができる。さらに、軌道盤11の反り・うねりが抑制され、熱処理終了時において複数の軌道盤11からなる軌道盤群の反り・うねりの値の平均値に標準偏差の3倍を加えた値は40μm以下とすることができる。
【0066】
以上の熱処理方法により、反り・うねりの値の平均値に標準偏差の3倍を加えた値は40μm以下であり、かつ軌道盤11の表面硬さおよび内部硬さが653HV以上であり、軌道盤11の転走面11Aに垂直な断面を鏡面研磨し、ピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えた腐食液に浸漬して研磨した面を腐食した後、光学顕微鏡により400倍の倍率で断面の中央部を観察した場合に、旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域が視野全体の10%以下であり、焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用されるスラスト軸受10の軌道盤11であって、表層部の粒界酸化層の厚さは1μm以下であり、かつ軌道盤11の材質は0.4質量%以上1.2質量%以下の炭素を含む鋼であり、かつ軌道盤11は鋼板をプレス加工することにより得られた部材を用いて構成されたスラスト軸受の軌道盤11を製造することができる。また、この軌道盤11を使用することにより、上記構成を有する軌道盤11を備えたスラスト軸受10を製造することができる。
【0067】
なお、図1(a)においては転動体12は単列に配置されているが、(b)〜(e)のように複列に配置されてもよい。また、保持器13の形状は図1(a)において示された形状に限られず、たとえば図1(b)〜図1(e)に示すような形状であってもよい。また、図1(a)〜図1(c)においては保持器13は金属製であるが、保持器13の材質は金属に限られず、たとえば図1(d)および図1(e)に示すように材質は樹脂であってもよい。また、複列の転動体12を有する場合、図1(b)〜図1(d)では、径方向に隣り合う転動体は保持器に設けられた単一の保持領域で保持されているが、図1(e)に示すように保持領域が分離され、複数の保持領域においてそれぞれの転動体12が保持されてもよい。
【0068】
また、上記のスラスト軸受の熱処理方法では図5に示した誘導熱処理装置3を用いて熱処理を行う場合について説明したが、上記熱処理方法を変形した他の熱処理方法を選択することもできる。
【0069】
図6は実施の形態1における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。図6を参照して、第1の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0070】
図6を参照して、第1の変形例における誘導熱処理装置3と、上述した図5の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、第1の変形例の誘導熱処理装置3は中心軸51およびこれに噛み合う治具押えナット53を有さない一方で、軌道盤11の内径側に誘導コイル30が配置される点で図5の誘導熱処理装置3と異なっている。
【0071】
以下、同図を参照して熱処理の手順を説明する。
【0072】
熱処理の手順も基本的には図5の場合と同様である。しかし、図5の場合とは異なり、上部拘束用治具50Bは治具押えナット53で締め付けられて軌道盤11に押し付けられるのではなく、他の手段(たとえば油圧シリンダなど)により圧力を負荷される。これにより、転走面を押圧する向きの応力が、少なくとも軌道盤11の転走部分全体に対して負荷される。また、焼入れおよび焼戻しの加熱は、軌道盤11の外径側からだけでなく、内径側からも行われる。
【0073】
この第1の変形例によれば、軌道盤11は実施の形態1の場合と比較して、より均一に加熱される。そのため、反り・うねりの抑制に有利である。
【0074】
図7は実施の形態1における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。図7を参照して、第2の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0075】
図7を参照して、第2の変形例における誘導熱処理装置3と上述の図5の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、第2の変形例の誘導熱処理装置3は誘導コイル30に代えて、焼入用誘導コイル30Aと焼戻用誘導コイル30Bとがそれぞれ中心軸51を挟む両側に配置される点で図5の誘導熱処理装置3と異なる。また、焼入用誘導コイル30Aは第1の焼入用誘導コイル30A1と、第1の焼入用誘導コイル30A1に隣接し、かつ焼戻用誘導コイル30Bとの間に配置された第2の焼入用誘導コイル30A2からなっている。第2の焼入用誘導コイル30A2は冷却水吐出口31を有している。また、図5の誘導熱処理装置3では配置されたすべての軌道盤11が同時に加熱可能に構成されているのに対し、第2の変形例では一部の軌道盤11のみが加熱可能に構成されている。具体的には、一部の軌道盤11の端面にのみ対向することができるように、誘導コイル30A、30Bの高さはセットされた複数の軌道盤11の高さよりも小さくなっている。さらに、第2の変形例では、誘導コイル30A、30Bおよび中心軸51の一方または両方が中心軸51の軸方向に移動可能であることにより、中心軸51が誘導コイル30A、30Bに対して相対的に移動可能な構成となっている。
【0076】
以下、同図を参照して熱処理の手順を説明する。
【0077】
下部拘束用治具50A、上部拘束用治具50B、軌道盤11、治具押えナット53は図5の場合と同様に配置され、軌道盤11の転走面を押圧する向きの応力が、少なくとも軌道盤11の転走部分全体に対して負荷される。
【0078】
次に、誘導コイル30Aおよび30Bに高周波電流が通電されるとともに、中心軸51は誘導コイル30Aおよび30Bに対して相対的に移動する。これに伴い軌道盤11は通電された第1の焼入用誘導コイル30A1に挟まれる位置に到達する。これにより軌道盤11はAc1点以上の温度に誘導加熱される。そして、加熱された軌道盤11は第1の焼入用誘導コイル30A1に対して相対的に移動しつつ、第2の焼入用誘導コイル30A2に挟まれる位置に到達し、その間所定時間Ac1点以上の温度に保持される。その後、軌道盤11に対する第2の焼入用誘導コイル30A2による加熱が中止されるとともに、軌道盤11には冷却水吐出口31から冷却水が吹き付けられ、M点以下の温度に急速に冷却される。以上の手順により、軌道盤11に転走面11Aを押圧する向きの応力を負荷した状態で、焼入れが実施される。この焼入工程における加熱時間は一般的焼入硬化処理である浸炭熱処理、光輝熱処理等と比較して極めて短いため、旧オーステナイト結晶粒界の形成は十分に進行せず、また粒界酸化層はほとんど形成されない。
【0079】
さらに軌道盤11は誘導コイル30A、30Bに対して相対的に移動し、焼戻用誘導コイル30Bに挟まれる位置に到達する。これにより、軌道盤11はAc1点以下の所定の焼戻温度に加熱される。そして、加熱された軌道盤11は焼戻用誘導コイル30Bに対して相対的に移動しつつ、所定時間経過後加熱範囲から離脱することで、空冷される。これにより、軌道盤11に転走面を押圧する向きの応力を負荷した状態で焼戻しが実施される。
【0080】
以上の工程により、軌道盤11は転走面を押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤の転走部分全体に対して負荷されながら焼入れおよび焼戻しされる。
【0081】
第2の変形例によれば、誘導コイル30A、30Bの長さを超えて軌道盤11を積み重ねても、軌道盤11の熱処理を行うことができる。
【0082】
(実施の形態2)
本実施の形態2のスラスト軸受10と実施の形態1で図1〜図3に基づいて説明したスラスト軸受10とは基本的に同様の構成を有している。しかし、実施の形態1ではスラスト軸受10が備えている軌道盤11からなる軌道盤群の反り・うねりの値の平均値に標準偏差の3倍を加えた値は40μm以下であったが、本実施の形態2では、軌道盤群を構成する、無作為に抽出した各軌道盤11の反り・うねりを測定した場合に反り・うねりが40μm以上の軌道盤11が検出される確率が0.1%以下である。
【0083】
なお、軌道盤11の反り・うねりの測定は上述のように実施の形態1において図2および図3に基づいて説明した方法で行ってもよいが、本実施の形態2では他の測定方法により行うこともできる。
【0084】
図8は実施の形態2に適用可能な軌道盤の反り・うねりの測定方法の変形例を示した斜視図である。図8を参照して、反り・うねりの測定方法の変形例に用いる選別器具および選別方法について説明する。
【0085】
図8を参照して、スリットゲージ20は幅T+dのスリット21を有している。ここで、Tは軌道盤11の厚さである。また、dは反り・うねりの上限値である。
【0086】
このスリット21に軌道盤11を挿入すると、軌道盤11の反り・うねりがd以下であれば通り抜けることができるが、dを超える場合、通り抜けることができない。ここで、d=40μmとすることより、反り・うねりが40μm以上の軌道盤11を選別することができる。これにより本実施の形態2の軌道盤11からなる軌道盤群を選別した場合、反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率は0.1%以下となっている。
【0087】
また、本実施の形態の熱処理方法は実施の形態1で図4および図5に基づいて説明した方法と同様であり、第1の変形例または第2の変形例の熱処理方法を選択することもできる。
【0088】
(実施の形態3)
図9は本発明の実施の形態3のスラスト軸受の転動体周辺の構成の一例を示す概略部分断面図である。図9を参照して、本発明のスラスト軸受の転動体周辺の構成の一例について説明する。
【0089】
上述の実施の形態1および実施の形態2においては、スラスト軸受10は、一対の軌道盤11、11と、複数の転動体12と、環状の保持器13とを備えており、軌道盤11は平板状の形状を有している場合について説明した。本実施の形態3においては、図9(a)を参照して、スラスト軸受10は、たとえば一対の軌道盤11、11と、転動体12と、保持器13とからなっている点では実施の形態1および実施の形態2と同様である。しかし、一方の軌道盤11は径方向内径側に転走面11Aと交差する方向に延びる内径フランジ111を有しており、他方の軌道盤11は径方向外径側に転走面11Aと交差する方向に延びる外径フランジ113を有している点で異なっている。また、内径フランジ111の先端部には径方向外径側に突出する内径フランジ突出部112が形成されており、外径フランジ113の先端部には径方向内径側に突出する外径フランジ突出部114が形成されている点でも異なっている。したがって、内径フランジ突出部112および外径フランジ突出部114の作用により、軌道盤11と保持器13および保持器13に保持されている転動体12は分離しない構成となっている。
【0090】
なお、図9(a)では軌道盤11が一対である場合について説明したが、図9(g)〜(k)のように軌道盤11は1枚であってもよい。また、図9(a)では軌道盤11がフランジ111、113を有する場合について説明したが、図9(c)〜図9(f)および図9(k)のように一方または両方がフランジ111、113を有さないものであってもよい。また、図9(a)では軌道盤11のフランジ111、113が突出部112および114を有する場合について説明したが、図9(b)〜図9(k)のように一方または両方が突出部112および114を有さないものであってもよい。この場合、突出部112および114を有さない軌道盤11と、保持器13および保持器13に保持されている転動体12とは分離可能となっている。
【0091】
また、熱処理方法も基本的には実施の形態1および実施の形態2と同様であるが、上述のように、軌道盤11はフランジ111、113を有する場合がある。この場合、実施の形態1および実施の形態2におけるスラスト軸受10の熱処理方法については他の方法を選択する必要がある。以下、軌道盤11がフランジ111、113を有する場合の本発明の実施の形態について図に基づいて説明する。
【0092】
図10は実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される熱処理装置の一例を示した図である。図10を参照して、実施の形態3における軌道盤11の熱処理方法の一例を詳細に説明する。
【0093】
図10を参照して、本実施の形態3における誘導熱処理装置3と上述の図5に示した実施の形態1の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、本実施の形態3で熱処理される軌道盤11は内径フランジ111を有している。そのため、たとえば2枚の軌道盤11を熱処理する場合、まず1枚目の軌道盤11は転走面11Aの転走部分全体が下部拘束用治具50Aの平滑な上面に接触するように転走面11Aを下に向けて配置される。次に2枚目の軌道盤11は1枚目の軌道盤11の上部に転走面11Aを上に向けて配置される。さらに、その上部には上部拘束用治具50Bが、その平滑な下面が転走面11Aの転走部分全体と接触するように配置される。これにより、図5と同様に軌道盤11は転走面11Aを押圧する向きの応力を、軌道盤11の転動部分全体において負荷される。
【0094】
次に、誘導コイル30に高周波電流が通電され、以後の熱処理は図5の実施の形態1の場合と同様に行われる。このようにして、内径フランジ111を有する軌道盤11は、転走面11Aを押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤の転走部分全体に対して負荷されながら焼入れおよび焼戻しされる。また、この焼入工程における加熱時間は一般的焼入硬化処理である浸炭熱処理、光輝熱処理等と比較して極めて短いため、旧オーステナイト結晶粒界の形成は十分に進行せず、また粒界酸化層はほとんど形成されない。
【0095】
図11は実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。図11を参照して、第1の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0096】
図11を参照して、本実施の形態3の第1の変形例における誘導熱処理装置3と上述の図10に示した実施の形態3の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、図10では図5と同様に中心軸51を有し、拘束用治具50および治具抑えナット53で軌道盤11に応力を負荷する構成を有するが、図11では図6の場合と同様に軌道盤11の内径側に誘導コイル30を配置する構成となっている点で異なっている。
【0097】
次に、本変形例の熱処理の手順を説明する。まず、図10の場合と同様に下部拘束用治具50A、軌道盤11、および上部拘束用治具50Bが配置される。そして、治具押えナット53を使用せず、図6と同様に上部拘束用治具50Bに圧力が負荷され、軌道盤11が拘束される。次に、誘導コイル30に高周波電流が通電され、以後の熱処理は図5の実施の形態1の場合と同様に行われる。このようにして、内径フランジ111を有する軌道盤11は、転走面11Aを押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤の転走部分全体に対して負荷されながら焼入れおよび焼戻しされる。
【0098】
図12は実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。また、図13は実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第3の変形例を示す概略断面図である。図12および図13を参照して、第2および第3の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0099】
図12および図13を参照して、第2および第3の変形例における誘導熱処理装置3と、上述の図10および図11に示した本実施の形態3および第1の変形例の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、図10および図11では軌道盤11が内径フランジ111を有しているが、図12および図13では軌道盤11は外径フランジ113を有している点で異なっている。この場合、図12および図13に示したように外径フランジ113を拘束用治具50A、50Bの径方向外側に出した状態で軌道盤11を拘束すれば、上述の図10および図11の場合と同様に軌道盤11を拘束した状態で焼入れおよび焼戻しをすることができる。
【0100】
また、反り・うねりの測定方法も基本的には実施の形態1および実施の形態2と同様であるが、上述のように、軌道盤11はフランジ111、113を有する場合がある。この場合において、実施の形態2で図8に基づいて説明した軌道盤11の選別方法を用いる場合、選別方法を一部変形する必要がある。
【0101】
図14は軌道盤11が内径フランジ111を有する場合における、軌道盤11の反り・うねりの選別方法を示した斜視図である。また、図15は軌道盤11が外径フランジ113を有する場合における、軌道盤11の反り・うねりの選別方法を示した斜視図である。
【0102】
図14および図15を参照して、スリットゲージ20は図8の場合と基本的に同様の構成を有している。しかし、スリット21の幅がT+T+dである点で異なっている。また、選別において、測定用治具22を使用する点でも異なっている。ここで、測定用治具22は両底面が平行な平面である円筒状の形状を有し、かつフランジ111、113の高さより大きな厚さTを有している。
【0103】
この測定用治具22の底面と軌道盤11の転走面11Aとが全周にわたって接触するように合わせ、スリット21に挿入する。そうすると、軌道盤11の反り・うねりがd以下であれば通り抜けることができるが、dを超える場合、通り抜けることができない。ここで、d=40μmとすることより、反り・うねりが40μm以上の軌道盤11を選別することができる。これにより本実施の形態3の軌道盤11からなる軌道盤群を選別した場合、反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率は0.1%以下となっている。
【0104】
(実施の形態4)
スラスト軸受10の軌道盤11が内径フランジ111または外径フランジ113を有する場合、軌道盤11の熱処理方法については実施の形態1〜実施の形態3で説明した方法に代えて、他の方法を選択することもできる。
【0105】
図16は実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の一例を示した図である。図16を参照して、実施の形態4における軌道盤11の熱処理方法の一例を詳細に説明する。
【0106】
図16を参照して、本実施の形態4における誘導熱処理装置3と上述の図5の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、本実施の形態4では軌道盤11が内径フランジ111を有している。そのため、図16で示した誘導熱処理装置3は中間部拘束用治具50Cを有する点で図5で示した誘導熱処理装置1と異なっている。中間部拘束用治具50Cはたとえば軌道盤11の内径よりも大きな内径を有し、さらに上面および下面が平行かつ平滑な円筒状の形状を有している。
【0107】
次に同図を参照して、熱処理の手順を説明する。
【0108】
1枚目の軌道盤11は下部拘束用治具50Aに接触し、かつ転走面11Aを上向きにして配置される。中間部拘束用治具50Cはその上に重ねて、かつその平滑な下面が軌道盤11の転走面11Aの少なくとも転走部分全体に接触するように配置される。次に2枚目の軌道盤11は中間部拘束用治具50Cの上に重ねて、かつ軌道盤11の転走面11Aの少なくとも転走部分全体が中間部拘束用治具50Cの平滑な上面に接触するように配置される。この中間部拘束用治具50Cと2枚の軌道盤11、11との組み合わせを1つの単位として、誘導コイル30が加熱可能な範囲でこれらが複数個積み重ねられる。その上部に上部拘束用治具50Bが配置され、図5の場合と同様に治具押えナット53により締め付けられる。これにより、軌道盤11は転走面11Aを押圧する向きの応力を転走部分全体に負荷される。この状態で、軌道盤11は図5の場合と同様に、転走面を押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤の転走部分全体に対して負荷されながら焼入れ、焼戻しされる。また、この焼入工程における加熱時間は一般的焼入硬化処理である浸炭熱処理、光輝熱処理等と比較して極めて短いため、旧オーステナイト結晶粒界の形成は十分に進行せず、また粒界酸化層はほとんど形成されない。
【0109】
図17は実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。また、図18は実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。図17および図18を参照して、第1および第2の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0110】
図16では中心軸51および治具抑えナット53を使用する場合について説明したが、図17に示す誘導熱処理装置3のように、図6の場合と同様に中心軸51および治具抑えナット53に代えて軌道盤11の内径側に誘導コイル30を配置する構成を用いてもよい。また、図18に示す誘導熱処理装置3のように、図7の場合と同様に中心軸51が誘導コイル30Aおよび30Bに対して相対的に移動可能な構成を用いてもよい。この場合の軌道盤11の拘束は図16の場合と同様に行い、以後の熱処理の手順は図6および図7の場合と同様である。
【0111】
図19は実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第3の変形例を示す概略断面図である。図20は実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第4の変形例を示す概略断面図である。また、図21は実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第5の変形例を示す概略断面図である。図19〜図21を参照して、第3、第4、および第5の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0112】
図19〜図21を参照して、図19〜図21に示した第3、第4、および第5の変形例における誘導熱処理装置3と、上述の図16〜図18に示した本実施の形態4および第1、第2の変形例の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、図16〜図18では軌道盤11は内径フランジ111を有しているのに対し、図19〜図21では軌道盤11は外径フランジ113を有している点で異なっている。この場合、外径フランジ113を図19〜図21に示したように中間部拘束用治具50Cの径方向外側に出した状態で軌道盤11を拘束すれば、図16〜図18で説明した上述の方法と同様に軌道盤11を拘束した状態で、焼入れおよび焼戻しをすることができる。
【0113】
(実施の形態5)
内径フランジ111または外径フランジ113を有する軌道盤11と、内径フランジ111および外径フランジ113を有さない軌道盤11とを組み合わせることで、軌道盤11の熱処理方法についてはさらに他の方法を選択することもできる。
【0114】
図22は実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の一例を示した図である。また、図23は図22の領域XXIIIの部分を拡大して示した部分拡大図である。図22および図23を参照して、実施の形態5における軌道盤11の熱処理方法の一例を詳細に説明する。
【0115】
図22および図23を参照して、本実施の形態における誘導熱処理装置3と上述の図16の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、本実施の形態5の誘導熱処理装置3では中間部拘束用治具50Cに代えてフランジ111、113を有さない軌道盤11が使用される点で図16の誘導熱処理装置3と異なっている。
【0116】
次に同図を参照して、熱処理の手順を説明する。
【0117】
内径フランジ111を有する1枚目の軌道盤11は下部拘束用治具50Aに接触し、かつ転走面11Aを上向きにして配置される。フランジ111、113を有さない軌道盤11はその上に重ねて、かつ内径フランジ111を有する軌道盤11の転走面11Aの少なくとも転走部分全体に接触するように配置される。次に内径フランジ111を有する2枚目の軌道盤11はフランジ111、113を有さない軌道盤11の上に重ねて、かつ内径フランジ111を有する軌道盤11の転走面11Aの少なくとも転走部分全体がフランジ111、113を有さない軌道盤11に接触するように配置される。フランジ111、113を有さない軌道盤11はこのような配置が可能となるように複数枚重ねて配置されてもよい。以上の軌道盤11の組み合わせを1つの単位として、誘導コイル30が加熱可能な範囲でこれらが複数個積み重ねられる。以下、図16の場合と同様にして、転走面11Aを押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤11の転走部分全体に対して負荷されながら焼入れ、焼戻しが実施される。また、この焼入工程における加熱時間は一般的焼入硬化処理である浸炭熱処理、光輝熱処理等と比較して極めて短いため、旧オーステナイト結晶粒界の形成は十分に進行せず、また粒界酸化層はほとんど形成されない。
【0118】
図24は実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。また、図25は実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。図24および図25を参照して、第1および第2の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0119】
図22では中心軸51および治具抑えナット53を使用する場合について説明したが、図24に示す誘導熱処理装置3のように、図6の場合と同様に中心軸51および治具抑えナット53に代えて軌道盤11の内径側に誘導コイル30を配置する構成を用いてもよい。また、図25に示す誘導熱処理装置3のように、図7の場合と同様に中心軸51が誘導コイル30Aおよび30Bに対して相対的に移動可能な構成を用いてもよい。この場合の軌道盤11の拘束は図22および図23の場合と同様に行い、以後の熱処理の手順は図6および図7の場合と同様である。
【0120】
図26は実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第3の変形例を示す概略断面図である。また、図27は図26の領域XXVIIの部分を拡大して示した部分拡大図である。また、図28は実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第4の変形例を示す概略断面図である。また、図29は実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第5の変形例を示す概略断面図である。図26〜図29を参照して、第3、第4、および第5の変形例の誘導熱処理装置を使用した熱処理について説明する。
【0121】
図26〜図29を参照して、図26〜図29に示した第3、第4、および第5の変形例における誘導熱処理装置3と、上述の図22〜図25に示した本実施の形態5および第1、第2の変形例の誘導熱処理装置3とは基本的に同様の構成を有している。しかし、図22〜図25では軌道盤11は内径フランジ111を有しているのに対し、図26〜図29では軌道盤11は外径フランジ113を有している点で異なっている。この場合、外径フランジ113を図26〜図29に示したようにフランジ111、113を有さない軌道盤11の径方向外側にフランジ113を出した状態で軌道盤11を拘束すれば、図22〜図25で説明した上述の方法と同様に軌道盤11を拘束した状態で、焼入れおよび焼戻しをすることができる。
【0122】
(実施の形態6)
図30は、本発明の実施の形態6に係るディファレンシャル用スラスト軸受が配置される構造を示す断面図である。図31は、図30におけるピニオンギアの位置関係を示す側面図である。図30および図31を参照して、ディファレンシャル100は、デフケース101と、ピニオンギア102aおよび102bと、サンギア103と、ピニオンキャリア104と、アーマチュア105と、パイロットクラッチ106と、電磁石107と、ロータークラッチ(デフケース)108と、カム109を備えている。
【0123】
デフケース101の内周に設けられた内歯101aと4つのピニオンギア102aの各々とが互いに噛みあっており、4つのピニオンギア102aの各々と4つのピニオンギア102bの各々とが互いに噛み合っており、4つのピニオンギア102bの各々とサンギア103とが互いに噛み合っている。サンギア103は第1の駆動軸としての左駆動軸120の端部に接続されており、これによりサンギア103と左駆動軸120とは一体となって自転することができる。また、ピニオンギア102aの回転軸102cの各々と、ピニオンギア102bの回転軸102dとの各々が、ともにピニオンキャリア104によって自転可能に保持されている。ピニオンキャリア104は第2の駆動軸としての右駆動軸121の端部に接続されており、これによりピニオンキャリア104と右駆動軸121とは一体となって自転することができる。
【0124】
また、電磁石107、パイロットクラッチ106、ロータークラッチ(デフケース)108、アーマチュア105、およびカム109によって電磁クラッチが構成されている。
【0125】
カム109とデフケース108との間における右駆動軸121に実施の形態1〜5で説明した本発明のディファレンシャル用スラスト軸受10が配置されている。
【0126】
デフケース101の外歯101bは図示しないリングギアの歯車と噛み合っており、デフケース101はリングギアからの動力を受けて自転する。左駆動軸120および右駆動軸121の間に差動がない場合には、ピニオンギア102aおよび102bは自転せず、デフケース101、ピニオンキャリア104、およびサンギア103の3つの部材が一体となって回転する。つまり、リングギヤから左駆動軸120へは、矢印Bで示されるように動力が伝達され、リングギヤから右駆動軸121へは、矢印Aで示されるように動力が伝達される。
【0127】
一方、左駆動軸120および右駆動軸121のうちいずれか一方、たとえば左駆動軸120に抵抗が加わる場合には、左駆動軸120と接続したサンギア103に抵抗が加わり、ピニオンギア102aおよび102bの各々が自転する。そして、ピニオンギア102aおよび102bの回転によってピニオンキャリア104の自転が速められ、左駆動軸120と右駆動軸121との間に差動が発生する。
【0128】
また、電磁クラッチは、左駆動軸120と右駆動軸121との間に一定以上の差動が生じると通電し、電磁石107によって磁界が発生される。パイロットクラッチ106およびアーマチュア105は、磁気誘導作用により電磁石107に引き付けられて摩擦トルクを発生する。摩擦トルクはカム109によりスラスト方向に変換される。そして、スラスト方向に変換された摩擦トルクにより、ピニオンキャリア104を介してメーンクラッチがデフケース108に押し付けられ、これにより差動制限トルクが発生する。ディファレンシャル用スラスト軸受10はカム109で生じたスラスト方向の反力を受け、この反力をデフケース108に伝達する。その結果、摩擦トルクに比例したカム109による倍のスラスト力が発生される。このように、電磁石107は、パイロットクラッチ106のみを制御し、そのトルクを倍力機構により増幅することができ、また任意に摩擦トルクをコントロールすることができる。
【0129】
なお、本発明のディファレンシャル用スラスト軸受は、上記位置に配置される場合の他、左駆動軸120に配置されてもよい。また、たとえばトルクリアクティブプリロード型LSD(Limited Slip Differential)に適用される場合に、デフケースとプラネタリーキャリアとの間における駆動軸や、プラネタリーキャリアとヘリカルとの間の駆動軸や、ヘリカルとデフカバーとの間の駆動軸などに配置されていもよい。要は、第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、第1の駆動軸と第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受であればよい。
【0130】
上記の軌道盤および軌道盤に対応する部材は、少なくともその転走面側は上記実施の形態に示された方法によって高周波焼入れにより焼入硬化されている。それら部品は、つぎのいずれかに該当する。なお、転動体(ころ)は、単列のものを示しているが、複列であってもよい。
(1)焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、上記軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合の平均値に反り・うねりの標準偏差の3倍を加えた値が40μm以下である軌道盤群からとられたものである。
(2)焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、その軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合に反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率が0.1%以下である軌道盤群からとられたものである。
(3)焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、その軌道盤の転走面に垂直な断面を鏡面研磨し、ピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えた腐食液に浸漬して前記鏡面研磨した面を腐食した後、光学顕微鏡により400倍の倍率で前記断面の中央部を観察した場合に、結晶粒界で閉じられた領域が視野全体の10%以下である。
(4)焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、その軌道盤の表層部の粒界酸化層の厚さは1μm以下である。
(5)さらに上記の軌道盤の表面硬さは653HV以上であり、軌道盤の内部硬さは653HV以上である。
(6)さらに上記の軌道盤の材質は0.4質量%以上1.2質量%以下の炭素を含む鋼である。
(7)さらに上記の軌道盤は鋼板をプレス加工して成形することにより得られた部材を用いて構成されている。
【0131】
上述の(1)〜(7)のいずれかの軌道盤を用いることにより、軌道盤の反り・うねりが大きく低減されるため、ころと転走面との接触部における損傷(表面、内部)は大幅に低減され、騒音レベルの低下と耐久性の向上とを得ることができる。
【実施例1】
【0132】
以下、本発明の実施例1について説明する。
【0133】
転がり軸受の転走面と転動体との接触部分のうち最大荷重となる部分においては、塑性変形が発生して残留する場合がある。この残留変形量については、転動体の変形量と転走面の変形量との和が転動体の直径の0.01%以下であれば、軸受のなめらかな回転や疲労寿命に対して悪影響がないことが経験的に知られている。
【0134】
そこで、本発明のスラストころ軸受と、従来のスラストころ軸受との許容静転動体荷重を測定し、安全率を比較する実験を行った。
【0135】
以下、実験の手順を説明する。実験に供する材料としてS55C、SAE1070、SK5、SUJ2を選択した。プレス加工により内径φ25mm、外径φ40mm、厚さ1mmの円盤状の軌道盤を作製した。熱処理には図5に示す熱処理装置を使用した。軌道盤を40枚重ねて拘束し、転走面を押圧する向きの応力を、少なくとも軌道盤の転走部分全体に対して負荷した。そして、誘導コイルに高周波電流(10KHz)を通電し、誘導加熱により軌道盤全体がAc1点以上の温度になるように加熱した。所定時間経過後、加熱を停止するとともに、水を吹き付けることで軌道盤をM点以下の温度に急冷した。さらに、この軌道盤を拘束した状態を保持しつつ誘導加熱により220℃〜230℃で10秒間保持し、加熱を停止することにより空冷して焼戻しを行った(後述の実施例A〜D)。また、他の一部は拘束を中止し、雰囲気炉において160℃で2時間保持することにより焼戻しを行った(後述の実施例E〜H)。
【0136】
一方、従来のスラストころ軸受の例として、SPC、SCM415、SCM420、SUJ2を材料として選択した(後述の比較例A〜D)。軌道盤は本実施例と同様に、プレス加工により作製した。SPC、SCM415、SCM420の軌道盤については浸炭炉において880℃で40分間保持して浸炭を行った後、820℃で10分間保持して拡散を行い、その後油冷することにより焼入れを行った。また、SUJ2の軌道盤については光輝熱処理炉において850℃で40分間保持した後、油冷することにより焼入れを行った。その後、軌道盤を160℃で2時間保持することで焼戻しを行った。さらに、200℃で1時間のプレステンパー(加熱矯正)により、反り・うねりを軽減する処理を行った。
【0137】
上記熱処理が終了した軌道盤について、反り・うねり、表面硬度および内部硬度の測定を行った。反り・うねりは真円度測定器を用いて、実施の形態1で図2および3に基づいて説明した方法で測定した。また、表面硬度および内部硬度はビッカース硬度計(荷重1kgf(9.8N))を用いて測定した。なお、表面硬さは軌道盤の表面においてころと接触する部分(転走面の転走部分)の硬さを測定した。また、内部硬さは軌道盤においてころと接触する面に垂直な断面の中央部の硬さを測定した。
【0138】
【表1】

【0139】
表1は作製した軌道盤の反り・うねりおよび硬度の測定結果である。表1を参照して、実施例A〜Hの軌道盤の反り・うねりの平均値に反り・うねりの標準偏差の3倍を加えた値はいずれも40μm以下となっていた。また、反り・うねりが40μm以上の軌道盤は1枚もなく、反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率が0.1%以下となっていた。さらに表面硬度および内部硬度はいずれも653HV以上となっていた。
【0140】
一方、比較例A〜Dの軌道盤の反り・うねりの平均値に反り・うねりの標準偏差の3倍を加えた値はいずれも40μmを超える値となっていた。また、反り・うねりが40μm未満の軌道盤は1枚もなく、反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率が100%となっていた。
【0141】
なお、上記実験結果は内径φ25mm、外径φ40mm、厚さ1mmの円盤状の軌道盤についてのものであるが、同様の実験を内径φ60mm、外径φ85mm、厚さ1mmの円盤状の軌道盤についても行った。その結果、本発明の製造方法に係る熱処理方法で作製された軌道盤の反り・うねりの最大値は28μmであること等、上記内径φ25mm、外径φ40mm、厚さ1mmの円盤状の軌道盤の場合と同様の効果が得られることが確認された。
【0142】
次に実施例A〜Hおよび比較例A〜Dの軌道盤を用いてスラストころ軸受を作製した。そして、アムスラー試験機を用い、作製した軸受に荷重を負荷して転動体の直径の0.01%の総永久変形量が発生する荷重を測定した。この測定結果から、安全率を算出した。ここで、安全率は式1で示される。
=C/P0max・・(式1)
:安全率、C:基本静定格荷重、P0max:最大静転動体荷重
なお、安全率の数値は低い方が軸受の特性が優れていることを示している。
【0143】
【表2】

【0144】
表2は本実験の結果を示している。表2を参照して、本発明に係る実施例A〜Hは比較例A〜Cと比較して安全率の数値が小さくなっている。これは、比較例A〜Cの軌道盤は表層部のみが硬化されているのに対し、本発明の実施例A〜Hの軌道盤は内部まで一様に硬化されているため、軌道盤に塑性変形が生じにくく、許容静転動体荷重が上昇したためであると考えられる。
【0145】
一方、比較例Dと実施例DおよびHとは同一の材料から作製されており、かつ両者とも軌道盤の内部まで硬化されている。しかし、実施例DおよびHは比較例Dと比較して、安全率の数値が小さくなっている。これは以下の理由によるものと考えられる。
【0146】
前述のように、実施例DおよびHは焼入れの際の加熱が誘導加熱により行われる。そのため、光輝熱処理が行われる比較例Dに比べて、Ac1点以上の温度に加熱される時間が非常に短い。その結果、実施例DおよびHにおいてはオーステナイト結晶粒界の形成が比較例Dほど進行していない。そのため、実施例DおよびHの変形抵抗は比較例Dの変形抵抗よりも高くなり、許容静転動体荷重が向上して、安全率の数値が低くなったものと考えられる。
【0147】
また、比較例Dでは焼入工程として行われる光輝熱処理により軌道盤の表層部に硬さの低い粒界酸化層が形成されるのに対し、実施例DおよびHでは焼入工程が短時間の誘導加熱であるため粒界酸化層はほとんど形成されない。そのため、実施例DおよびHの軌道盤は比較例Dの軌道盤に比べて表層部の変形抵抗が高い。その結果、実施例DおよびHの許容静転動体荷重は比較例Dの許容静転動体荷重よりも高くなり、安全率の数値が低くなったものと考えられる。
【0148】
図32は上記観察の際撮影された、本発明の実施例D(a)および比較例D(b)のオーステナイト結晶粒界の光学顕微鏡写真である。図32(a)は本発明の実施例であるSUJ2を素材として作製した軌道盤(実施例D)、図32(b)はSUJ2を素材として作製した従来の軌道盤である(比較例D)。また、図33は実施例D(a)および比較例D(b)のオーステナイト結晶粒界の模式図である。旧オーステナイト結晶粒界の観察は以下の手順で行った。まず、軌道盤を転走面に垂直な面で切断した。次にその断面を鏡面研磨した後、研磨された面を室温で腐食液に30分間浸漬して腐食した。腐食液はピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えたものを使用した。その後、断面の中央部を400倍の倍率で光学顕微鏡により観察した。なお、観察は断面の中央部で、場所を変えて5視野について行った。
【0149】
図32(a)を参照して、実施例Dでは旧オーステナイト粒界はほとんど観察することができなかった。これは図33(a)に示すように、旧オーステナイト結晶粒界の形成が十分進んでいないことを示していると考えられる。この視野の旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の10%以下であった。また、他の4視野についても同様であった。さらに、実施例A〜CおよびE〜Hについても同様に全視野において旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の10%以下であった。これは、実施例A〜Hは焼入れの際の加熱が誘導加熱により行われており、Ac1点以上の温度に加熱される時間が非常に短いためであると考えられる。一方、図32(b)を参照して、比較例Dでは明確な旧オーステナイト結晶粒界を観察することができた。これは図33(b)に示すように、旧オーステナイト結晶粒界の形成が十分進んでいることを示していると考えられる。この視野の旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の90%以上であった。また、他の4視野についても同様であった。さらに、比較例A〜Cについても同様に全視野において旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域は視野全体の90%以上であった。
【0150】
図34は本発明の実施例D(a)および比較例D(b)の軌道盤の表層付近の光学顕微鏡写真である。軌道盤の表層付近の観察は以下の手順で行った。まず、軌道盤を転走面に垂直な面で切断した。次にその断面を鏡面研磨した後、研磨された面を室温で3%ナイタルに浸漬して腐食した。浸漬時間は、たとえば2秒〜10秒程度であるが、鋼種により腐食されやすさが異なるため、腐食の進行状況を確認しながらそれぞれの軌道盤について適当な時間とした。その後、転走面直下の表層部を光学顕微鏡により観察した。
【0151】
図34(a)を参照して、実施例Dでは粒界酸化層はほとんど観察されず、粒界酸化層の厚さは1μm以下となっていることが確認される。他の実施例A〜CおよびE〜Hも同様に粒界酸化層の厚さは1μm以下となっていた。これは、実施例A〜Hは焼入れの際の加熱が誘導加熱により行われており、Ac1点以上の温度に加熱される時間が非常に短いためであると考えられる。一方、図34(b)を参照して、比較例Dでは6μm程度の粒界酸化層が形成されていたことが確認される。他の比較例A〜Cにも4μm〜7μm程度の粒界酸化層が形成されていた。
【実施例2】
【0152】
以下、本発明の実施例2について説明する。
【0153】
本発明のスラストころ軸受と、従来のスラストころ軸受との寿命を比較する実験を行った。
【0154】
以下、実験の手順を説明する。実施例1で作製した実施例A〜Hおよび比較例A〜Dのスラストころ軸受に対し、スラスト荷重4kN、回転速度5000r/min.、潤滑油VG2の条件で寿命試験を行った。
【0155】
【表3】

【0156】
表3は寿命試験の結果を示している。また、なお、試験結果は比較例Aの寿命を1とした寿命比で示している。
【0157】
表3を参照して、実施例A〜Hの寿命はいずれも比較例A〜Dの2倍以上となった。これは以下の理由によるものであると考えられる。
【0158】
前述のように、実施例A〜Hの軌道盤の反り・うねりは比較例A〜Dと比較して小さい。そのため、ころと軌道盤の片当たりが生じない。その結果、油膜切れや局所的な面圧上昇が起こらず、長寿命となったものと考えられる。また、表1に示すように実施例A〜Hの軌道盤の反り・うねりはいずれも40μm以下であるのに対し、比較例A〜Dの軌道盤の反り・うねりはいずれも50μm以上である。すなわち、実施例A〜Hの軌道盤の反り・うねりが40μm以下であり、また、前述のように、実施例A〜Hの許容静転動体荷重も比較例より高く、軸受の寿命が長寿命となったものと考えられる。
【0159】
また、前述のように、実施例A〜Hにおいてはオーステナイト結晶粒界の形成が比較例A〜Dほど進行していない。そのため、亀裂の発生および進展に対する抵抗が大きくなっている。その結果、ころの滑りによる表面起点の亀裂の発生および進展が抑制される。また、内部起点の亀裂についても同様に亀裂の発生および進展が抑制される。このような亀裂の発生および進展の抑制効果により、長寿命になったものと考えられる。
【0160】
また、比較例A〜Dでは焼入工程として行われる浸炭処理または光輝熱処理により軌道盤の表層に粒界酸化層が形成されるのに対し、実施例A〜Hでは焼入工程が短時間の誘導加熱であるため粒界酸化層はほとんど形成されない。そのため、表面起点の亀裂の発生が抑制され、長寿命になったものと考えられる。
【0161】
以上より、本発明のスラスト軸受は従来のスラスト軸受と比較して、長寿命であることが分かる。
【実施例3】
【0162】
以下、本発明の実施例3について説明する。
【0163】
本発明のスラストころ軸受と、従来のスラストころ軸受との音響特性を比較する実験を行った。以下、実験の手順を説明する。
【0164】
実施例1で作製した実施例A〜Hおよび比較例A〜Dの軌道盤を用いてスラストころ軸受を作製した。この軸受に対し、スラスト荷重100N、回転速度1800r/min.、その他の条件は日本工業規格(JIS B 1548)に従って軸受の騒音レベルを測定する試験を行った。
【0165】
図35はスラストころ軸受の軌道盤の反り・うねりと音響との関係を示した図である。なお、図35の各反り・うねりの範囲における音響の値は、各10個の軸受について音響測定を行い、その平均値を示したものである。
【0166】
図35を参照して、音響の値は反り・うねりの増加とともに徐々に大きくなるのではなく、40μm以下では79〜81dBA程度であるのに対し、40〜50μm付近で大きくなり、それ以上ではほぼ84dBA以上となっている。このことから、軌道盤の反り・うねりの値が40〜50μmとなる付近に臨界値が存在するものと考えられる。したがって、音響特性が重視される用途に用いられるスラストころ軸受については、反り・うねりを確実に40μm以下に抑えることが重要であることが分かる。
【0167】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0168】
本発明のディファレンシャル用スラスト軸受は、焼入硬化して製造されるスラスト軸受の軌道盤を備えており、低粘度オイルが使用される状況下で使用されるディファレンシャルに特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0169】
【図1】実施の形態1のスラスト軸受を示す概略断面図である。
【図2】実施の形態1のスラスト軸受の軌道盤の反り・うねりの測定部位を示す概略平面図である。
【図3】反り・うねりの測定により得られるプロファイルの一例を示す図である。
【図4】実施の形態1における軌道盤11の製造工程の一例を示した図である。
【図5】実施の形態1における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の一例を示した図である。
【図6】実施の形態1における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。
【図7】図7は実施の形態1における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。
【図8】実施の形態2に適用可能な軌道盤の反り・うねりの測定方法の変形例を示した斜視図である。
【図9】実施の形態3のスラスト軸受の転動体周辺の構成の一例を示す概略部分断面図である。
【図10】実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の一例を示した図である。
【図11】実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。
【図12】実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。
【図13】実施の形態3における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第3の変形例を示す概略断面図である。
【図14】軌道盤11が内径フランジ111を有する場合における、軌道盤11の反り・うねりの選別方法を示した斜視図である。
【図15】軌道盤11が外径フランジ113を有する場合における、軌道盤11の反り・うねりの選別方法を示した斜視図である。
【図16】実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の一例を示した図である。
【図17】実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。
【図18】実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。
【図19】実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第3の変形例を示す概略断面図である。
【図20】実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第4の変形例を示す概略断面図である。
【図21】実施の形態4における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第5の変形例を示す概略断面図である。
【図22】実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の一例を示した図である。
【図23】図22の領域XXIIIの部分を拡大して示した部分拡大図である。
【図24】実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第1の変形例を示す概略断面図である。
【図25】実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第2の変形例を示す概略断面図である。
【図26】実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第3の変形例を示す概略断面図である。
【図27】図26の領域XXVIIの部分を拡大して示した部分拡大図である。
【図28】実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第4の変形例を示す概略断面図である。
【図29】実施の形態5における軌道盤11の製造工程で使用される誘導熱処理装置の第5の変形例を示す概略断面図である。
【図30】本発明の実施の形態6に係るディファレンシャル用スラスト軸受が配置される構造を示す断面図である。
【図31】図30におけるピニオンギアの位置関係を示す側面図である。
【図32】実施例D(a)および比較例D(b)のオーステナイト結晶粒界の光学顕微鏡写真である。
【図33】実施例D(a)および比較例D(b)のオーステナイト結晶粒界の模式図である。
【図34】本発明の実施例D(a)および比較例D(b)の軌道盤の表層付近の光学顕微鏡写真である。
【図35】スラストころ軸受の軌道盤の反り・うねりと音響との関係を示した図である。
【符号の説明】
【0170】
10 ディファレンシャル用スラスト軸受、11 スラスト軸受軌道盤、111 軌道盤内径側フランジ、112 軌道盤内径側フランジ突出部、113 軌道盤外径フランジ、114 軌道盤外径フランジ突出部、12 転動体、13 保持器、20 スリットゲージ、21 スリット、22 測定用治具、3 誘導熱処理装置、30 誘導コイル、 30A1 第1の焼入用誘導コイル、30A2 第2の焼入用誘導コイル、30B 焼戻用誘導コイル、31 冷却水吐出口、50A 下部拘束用治具、50B 上部拘束用治具、50C 中間部拘束用治具、51 中心軸、511 中心軸膨出部、512 中心軸ねじ部、53 治具押えナット、100 ディファレンシャル、101 デフケース、101a デフケース内歯、101b デフケース外歯、102a,102b ピニオンギア、102c,102d ピニオンギア回転軸、103 サンギア、104 ピニオンキャリア、105 アーマチュア、106 パイロットクラッチ、107 電磁石、108 ロータークラッチ(デフケース)、109 カム、120 左駆動軸、121 右駆動軸。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、前記第1の駆動軸と前記第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受であって、
焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、
前記軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合の平均値に反り・うねりの標準偏差の3倍を加えた値が40μm以下である軌道盤群からとられたものである、ディファレンシャル用スラスト軸受。
【請求項2】
第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、前記第1の駆動軸と前記第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受であって、
焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、
前記軌道盤は、複数の軌道盤の群から無作為に抽出した軌道盤の反り・うねりを測定した場合に反り・うねりが40μm以上の軌道盤が検出される確率が0.1%以下である軌道盤群からとられたものである、ディファレンシャル用スラスト軸受。
【請求項3】
第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、前記第1の駆動軸と前記第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受であって、
焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、
前記軌道盤の転走面に垂直な断面を鏡面研磨し、ピクリン酸飽和水溶液に界面活性剤を加えた腐食液に浸漬して前記鏡面研磨した面を腐食した後、光学顕微鏡により400倍の倍率で前記断面の中央部を観察した場合に、旧オーステナイト結晶粒界で閉じられた領域が視野全体の10%以下である、ディファレンシャル用スラスト軸受。
【請求項4】
第1の駆動軸と第2の駆動軸とを差動させるためのディファレンシャルに生じたスラスト荷重を受け、前記第1の駆動軸と前記第2の駆動軸とのうち少なくともいずれか一方に配置されるディファレンシャル用スラスト軸受であって、
焼入硬化後に研削加工を行うことなく使用された軌道盤を備え、
前記軌道盤の表層部の粒界酸化層の厚さは1μm以下である、ディファレンシャル用スラスト軸受。
【請求項5】
前記軌道盤の表面硬さは653HV以上であり、前記軌道盤の内部硬さは653HV以上である、請求項1〜4のいずれかに記載のディファレンシャル用スラスト軸受。
【請求項6】
前記軌道盤の材質は0.4質量%以上1.2質量%以下の炭素を含む鋼である、請求項1〜5のいずれかに記載のディファレンシャル用スラスト軸受。
【請求項7】
前記軌道盤は鋼板をプレス加工して成形することにより得られた部材を用いて構成されている、請求項1〜6のいずれかに記載のディファレンシャル用スラスト軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図33】
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【図35】
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【図32】
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【図34】
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【公開番号】特開2006−200725(P2006−200725A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−16101(P2005−16101)
【出願日】平成17年1月24日(2005.1.24)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】