説明

パワーステアリング装置

【課題】アイドルストップ機能を有する自動車に搭載されるパワーステアリング装置において、電動モータが発電状態となったときに発生する起電力から電動モータ駆動用のインバータを保護しつつ、アイドルストップ中の消費電力を低減する。
【解決手段】アイドルストップ中であるか否かを判定するアイドルストップ状態判定手段(ステップS106,107)と、上記電動モータが発電状態にあるか否かを判定する発電状態判定手段(ステップS102)と、を設け、アイドルストップ状態判定手段がアイドルストップ中でないと判定している場合、少なくとも上記電動モータが発電状態にあると上記発電状態判定手段が判定しているときに弱め界磁制御を行う一方、上記アイドルストップ状態判定手段がエンジンの自動停止中であると判定している場合には弱め界磁制御を停止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はパワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
運転者の操舵操作に応じて電動モータを駆動制御することで操舵アシスト力を発生するパワーステアリング装置においては、いわゆるセルフアライニングトルクに代表されるような外力によって操舵アシスト用の電動モータが回転することで発電状態となり、その電動モータの起電力が当該電動モータに接続された他の電気機器に悪影響を及ぼす虞がある。
【0003】
そこで、パワーステアリング装置に関する技術ではないが、電動モータが発電状態となったときに弱め界磁制御を行い、電動モータの発生する起電力を低減することにより、その起電力から電動モータに接続された他の電気機器を保護するようにした技術が例えば特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−165276号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、いわゆるアイドルストップ機能を有する自動車においては、アイドルストップ中に車載の発電機による発電が停止することになる。そのため、アイドルストップ機能を有する自動車に搭載されるパワーステアリング装置に特許文献1に記載の技術を単に適用した場合、アイドルストップ中に上記弱め界磁制御のための電力が操舵アシスト用の電動モータに供給されることにより、バッテリ電圧が低下してエンジン再始動時のクランキングに遅れを生じる虞がある。
【0006】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、電動モータが発電状態となったときに発生する起電力から電動モータに接続された他の電気機器を保護しつつも、アイドルストップ中における電力消費を抑制することができるパワーステアリング装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、アイドルストップ中であるか否かを判定するアイドルストップ状態判定手段と、上記電動モータが外力によって回転する発電状態にあるか否かを判定する発電状態判定手段と、を備えていて、上記アイドルストップ状態判定手段がアイドルストップ中でないと判定している場合には、少なくとも上記電動モータが発電状態にあると上記発電状態判定手段が判定しているときに弱め界磁制御を行う一方、上記アイドルストップ状態判定手段がアイドルストップ中であると判定している場合には弱め界磁制御を行わないようになっていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アイドルストップ中でない場合には電動モータが発電状態となったときに弱め界磁制御を行うことで電動モータに接続された他の電気機器を保護することができる一方、アイドルストップ中には弱め界磁制御を行わないため、電力消費を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施の形態として電動パワーステアリング装置の概略を示す図。
【図2】図1に示す電動パワーステアリングコントロールユニットを示す機能ブロック図。
【図3】d軸目標電流の演算処理手順を示すフローチャート。
【図4】モータ駆動用d軸目標電流マップを示すグラフ。
【図5】起電力保護用d軸目標電流マップを示すグラフ。
【図6】d軸目標電流の漸減/漸増処理手順を示すフローチャート。
【図7】非干渉補正電圧の演算処理手順を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1以下の図面は本発明の好適な実施の形態を示す図であって、そのうち図1は、いわゆるアイドルストップ機能付きの自動車に搭載されたピニオンアシスト型の電動パワーステアリング装置を示す概略図である。
【0011】
図1に示すように、ステアリングホイールSWと一体に回転するステアリングシャフト1は、上部ユニバーサルジョイント2と中間シャフト3および下部ユニバーサルジョイント4を介してピニオンシャフト5に連結されている。ピニオンシャフト5は、当該ピニオンシャフト5と噛合するラックバー6とともにいわゆるラックアンドピニオン式のステアリングギヤ8を構成していて、ステアリングホイールSWをピニオンシャフト5とともに回転させると、ピニオンシャフト5の回転運動がラックバー6の軸心方向の直線運動に変換され、ラックバー6の左右両端にそれぞれ接続された左右の前輪7a,7bが転舵輪として転舵するようになっている。
【0012】
また、ピニオンシャフト5には、操舵アシスト用の電動モータMの駆動軸と噛み合うウォームホイール8と、ステアリングホイールSWから入力される操舵トルクを検出するトルクセンサTSと、が設けられている。
【0013】
電動モータMは、三相交流電圧をもって駆動されるACブラシレスモータであって、電動パワーステアリングコントロールユニット9(以下、EPSコントロールユニット9と略称する。)によって後述するように駆動制御され、ウォームホイール8を介してピニオンシャフト5に操舵アシストトルクを付与することになる。また、電動モータMには、当該電動モータMのうち図示外の回転子の角度位置を検出する回転角センサ10が設けられている。回転角センサ10は、電動モータMのうち図示外の回転子の角度位置を示す回転子角度信号SθをEPSコントロールユニット9に送出する。なお、回転角センサ10としては周知のレゾルバを用いると良い。
【0014】
トルクセンサTSは、周知のように図示外のトーションバーの捩れをもって運転者による手動の操舵トルクを検出するものであって、検出した操舵トルクの大きさおよび方向を示す操舵トルク信号STをEPSコントロールユニット9に送出する。
【0015】
EPSコントロールユニット9は、電動モータMと回転角センサ10およびトルクセンサTSのほか、車載電源であるバッテリ11と、エンジン12の制御を司るエンジンコントロールユニット13と、エンジン12のアイドルストップ制御を司るアイドルストップコントロールユニット14と、にそれぞれ接続されている。
【0016】
アイドルストップコントロールユニット14は、図示外の車速センサ、ブレーキセンサ、クラッチペダルセンサ、シフトポジションセンサ等の自動車の運転状態を検出する種々のセンサに接続され、それらの各センサの出力信号に基づいて予め定めた所定のアイドルストップ条件を満たすか否かを判定し、エンジン停止指令信号およびエンジン再始動指令信号をエンジンコントロールユニット13に出力する。具体的には、少なくとも車両の走行速度が予め定めた設定速度以下となり、停車状態または停車が予測される状態を検出したときにエンジンコントロールユニット13にエンジン停止指令信号を出力する一方、運転者による車両の発進操作を検出したときにエンジンコントロールユニット13にエンジン再始動指令信号を出力するように構成するとよい。
【0017】
また、アイドルストップコントロールユニット14は、アイドルストップ中であるか否かを示すアイドルストップ状態信号SisをEPSコントロールユニット9に送出する。アイドルストップ状態信号Sisは、アイドルストップコントロールユニット14がエンジン停止指令信号を出力すると「1」にセットされ、アイドルストップコントロールユニット14がエンジン再始動指令信号を出力すると「0」にリセットされる。
【0018】
エンジンコントロールユニット13は、アイドルストップコントロールユニット14からのエンジン停止指令信号およびエンジン再始動指令信号に基づいてエンジン12の自動停止および自動再始動を行うとともに、エンジン12の回転速度を示すエンジン回転速度信号SrをEPSコントロールユニット9に送出する。
【0019】
図2はEPSコントロールユニット9を示す機能ブロック図である。図2に示すように、EPSコントロールユニット9は、操舵トルク信号STとアイドルストップ状態信号Sisに基づいて電動モータMが出力すべき目標アシストトルクT*を演算する目標アシストトルク演算手段としての目標アシストトルク演算部15と、目標アシストトルクT*のほか後述する種々の信号に基づいて電動モータMに供給すべき目標供給電圧Vu*,Vv*,Vw*を演算する電流制御部16と、目標供給電圧Vu*,Vv*,Vw*に基づいて3相交流電圧Vu,Vv,Vwを電動モータMに供給するモータ駆動手段としてのインバータ17と、電動モータMに供給される電流を検出し、その3相の検出電流Iu,Iv,Iwを電流制御部16にフィードバックする電流検出部18と、を備えている。
【0020】
目標アシストトルク演算部15は、操舵トルク信号STおよびアイドルストップ状態信号Sisを入力して図示外のマップを検索することにより、目標アシストトルクT*を演算する。目標アシストトルクT*は、アイドルストップ状態信号Sisが「0」にリセットされている場合、すなわちアイドルストップ中でない場合には、操舵トルク信号STが示す操舵トルクが大きくなるにしたがって増大するように設定される一方、アイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされている場合、すなわちアイドルストップ中である場合には零に設定される。
【0021】
電流制御部16は、ベクトル制御と称される周知の制御方式により、回転直交座標であるd−q座標上で電流のフィードバック制御を行うものであって、d軸目標電流演算手段としてのd軸目標電流演算部19dとq軸目標電流演算手段としてのq軸目標電流演算部19qとからなる目標電流演算部19を備えている。なお、d−q座標は、電動モータMのうち図示外の回転子に同期して回転する界磁方向をd軸とするとともに、このd軸と直交するトルク生成方向をq軸としたものである。
【0022】
q軸目標電流演算部19qは、目標アシストトルクT*およびモータ回転速度ωMをそれぞれ入力し、図示外のマップを検索することにより、電動モータMに供給すべき電流のq軸方向成分(トルク生成方向成分)であるq軸目標電流Iq*を演算するとともに、そのq軸目標電流Iq*をPI制御部20に送出する。q軸目標電流Iq*は、電動モータMの出力トルクを制御するものであって、目標アシストトルクT*が増大するにしたがって大きくなるように設定される。
【0023】
d軸目標電流演算部19dは、目標アシストトルクT*、エンジン回転速度信号Sr、アイドルストップ状態信号Sis、モータ回転速度ωMをそれぞれ入力し、それらの各信号に基づいて電動モータMに供給すべき電流のd軸方向成分(界磁方向成分)であるd軸目標電流Id*を後述するように演算するとともに、そのd軸目標電流Id*をPI制御部20に送出する。d軸目標電流Id*は、電動モータMの界磁状態を制御するためのものであって、主としてモータ回転速度ωMに応じて設定される。そして、このd軸目標電流Id*を負の値(電動モータMの界磁を弱める方向)に設定することにより、電動モータMの界磁状態を全界磁よりも弱める弱め界磁制御が実行される。なお、弱め界磁制御を行わないときには、d軸目標電流Id*は零に設定される。
【0024】
一方、回転角検出センサ10からの回転子角度信号Sθは、電流制御部16のうちモータ回転角度検出手段である回転子角度・モータ回転速度演算部22に入力される。回転子角度・モータ回転速度演算部22は、電動モータMの図示外の回転子の角度位置である回転子角度θMとその回転子の角速度であるモータ回転速度ωM,およびモータ電気角速度ωeを演算する。
【0025】
また、電流検出部18によって検出された3相の検出電流Iu,Iv,Iwは電流制御部16の3相−2相変換部23に入力される。3相−2相変換部23は、回転子角度θMに基づいて検出電流Iu,Iv,Iwの座標変換を行い、検出電流Iu,Iv,Iwのq軸方向成分であるq軸検出電流Iqとd軸方向成分であるd軸検出電流Idとを演算し、PI制御部20および非干渉制御部21に送出する。
【0026】
PI制御部20は、q軸電流検出値Iq、d軸電流検出値Id、d軸目標電流値Id*、q軸目標電流値Iq*をそれぞれ入力し、周知のPI制御(比例積分制御)により、基本d軸目標電圧Vd*と基本q軸目標電圧Vq*とを演算する。そして、PI制御部20は、基本d軸目標電圧Vd*をd軸目標電圧演算部24dに、基本q軸目標電圧Vq*をq軸目標電圧演算部24qにそれぞれ送出する。
【0027】
非干渉制御部21は、d軸検出電流Id、q軸検出電流Iq、モータ回転速度ωM、アイドルストップ状態信号Sisをそれぞれ入力し、q軸方向の電流とd軸方向の電流との相互干渉を除去するためのd軸非干渉補正値Vd*aおよびq軸非干渉補正値Vq*aを演算する。d軸非干渉補正値Vd*aおよびq軸非干渉補正値Vq*aの演算方法についての詳細は後述する。そして、非干渉制御部21は、d軸非干渉補正値Vd*aをd軸目標電圧演算部24dに、q軸非干渉補正値Vq*aをq軸目標電圧演算部24qにそれぞれ送出する。
【0028】
d軸目標電圧演算部24dは、基本d軸目標電圧vd*にd軸非干渉補正値Vd*aを加算し、d軸目標電圧vd**を算出する。一方、q軸目標電圧演算部24qは、基本q軸目標電圧Vq*にq軸非干渉補正値Vq*aを加算し、q軸目標電圧Vq**を算出する。そして、d軸目標電圧Vd**およびq軸目標電圧Vq**は、2相−3相変換部25に送出される。
【0029】
2相−3相変換部25は、回転子角度θMに基づいてd軸目標電圧Vd**およびq軸目標電圧Vq**を座標変換して3相の目標電圧Vu*,Vv*,Vw*を演算し、インバータ17に送出する。
【0030】
インバータ17は、3相の目標電圧Vu*,Vv*,Vw*に基づいて周知のパルス幅変調(PWM)信号を生成し、図示外のスイッチング素子をスイッチング動作させることにより、バッテリ11の直流電圧を3相の交流電圧Vu,Vv,Vwに変換して電動モータMに供給する。これにより、電動モータMが回転駆動され、当該電動モータMの発生したトルクが操舵アシストトルクとしてピニオンシャフト5に付与されることになる。
【0031】
ここで、アイドルストップ中においては、オルタネータに代表されるような図示外の車載発電機による発電が停止されることになるため、電動パワーステアリング装置の電動モータMを含む車載の電気機器にはバッテリ11のみから電力が供給されることになる。したがって、アイドルストップ中に車載の電気機器が過度に電力を消費してしまうと、バッテリ11の電圧が過度に低下し、図示外のスターターモータによるエンジン再始動時のクランキングに遅れを生じたり、最悪の場合にはエンジン再始動時にエンジンをクランキングできなくなってしまう虞がある。そのため、本実施の形態のように、アイドルストップ中に目標アシストトルクT*を零に設定して操舵アシストを停止し、電動モータMへのq軸成分の電流(トルク生成電流)の供給を停止することにより、アイドルストップ中における電力消費を抑制することが従来から行われている。
【0032】
しかしながら、このような従来のパワーステアリング装置に対し、電動モータが発電状態となったときの起電力からEPSコントロールユニットを保護すべく、上述した特許文献1に記載の技術を単に適用した場合、アイドルストップ中に操舵アシストを停止しても、アイドルストップ中に電動モータが外力によって回転した場合に弱め界磁制御のための電力が電動モータに供給されてしまう虞がある。アイドルストップ中に電動モータMが回転するケースとしては、例えばステアリングホイールSWを運転者が回転操作した場合や、坂道で停車中にブレーキリリースし、いわゆるセルフアライニングトルクによって前輪7a,7bが転向した場合が想定される。
【0033】
ところが、アイドルストップ中の自動車は停車または走行速度が極めて低い状態にあり、操舵負荷が大きくなるため、アイドルストップ中に電動モータが外力によって回転することはあっても、その電動モータの回転によってEPSコントロールユニットに悪影響が及ぶ程度に大きい起電力が発生するリスクは極めて小さい。
【0034】
そこで、本実施の形態におけるd軸目標電流演算部19dは、アイドルストップ中にd軸目標電流Id*を零に設定することにより、アイドルストップ中における弱め界磁制御を停止して電力消費を低減するようにしている。
【0035】
図3は、d軸目標電流演算部19dにおけるd軸目標電流Id*の演算処理内容を示すフローチャートである。図3に示すように、d軸目標電流演算部19dは、まず目標アシストトルクT*およびモータ回転速度ωMに基づいて図4に示すモータ駆動用d軸目標電流マップを検索し、モータ駆動用d軸目標電流Id1を設定する(ステップS101)。
【0036】
モータ駆動用d軸目標電流Id1は、周知のように電動モータMの駆動時における逆起電力を低減して当該電動モータMの回転速度を高めるためのものであって、図4に示すように、モータ回転速度ωMが予め定めた所定の弱め界磁開始回転速度ωa以下である場合には零に設定される一方、モータ回転速度ωMが弱め界磁開始回転速度ωaを超える場合には、モータ回転速度ωMの上昇に伴って漸次減少するように設定される。つまり、モータ回転速度ωMが弱め界磁開始回転速度ωaを超える場合、モータ駆動用d軸目標電流Id1の絶対値をモータ回転速度ωMの上昇に伴って漸次増加させることにより、モータ回転速度ωMの上昇に応じて増加することになる逆起電力を効果的に低減するようになっている。また、弱め界磁開始回転速度ωaは、目標アシストトルクT*に応じて設定されるものであって、目標アシストトルクT*の増大に伴って小さくなるように設定される。
【0037】
次いで、d軸目標電流演算部19dは、電動モータMが外力によって回転する発電状態にあるか否かを判定する(ステップS102)。このステップS102は、本発明の発電状態判定手段に相当しており、目標アシストトルクT*が予め定めた目標アシストトルク閾値Cids以下であって且つモータ回転速度ωMが予め定めたモータ回転速度閾値Cds以上の条件を満たすか否かを判定する。その結果、ステップS102の条件を満たす場合には電動モータMが発電状態にあるものと判定してステップS104に進む一方、上記条件を満たさない場合には電動モータMが発電状態にない、すなわち通常アシスト状態であるものと判定してステップS103に進み、d軸目標電流Id*を演算するための基礎となる基本d軸目標電流Ids*としてモータ駆動用d軸目標電流Id1を採用する。
【0038】
ステップS104では、モータ回転速度ωMに基づいて図5に示す起電力保護用d軸目標電流マップを検索し、起電力保護用d軸目標電流Id2を設定する。その上でステップS105に進み、基本d軸目標電流Ids*として起電力保護用d軸目標電流Id2を採用する。
【0039】
起電力保護用d軸目標電流Id2は、図5に示すように、モータ回転速度ωMの増加に伴って零から漸次減少するように設定される。つまり、モータ回転速度ωMの増加に伴って起電力保護用d軸目標電流Id2の絶対値を漸次増大させ、発電状態にある電動モータMの起電力よりもインバータ17の消費電力を大きくすることにより、電動モータMの起電力がインバータ17へ逆流することを防止するようになっている。
【0040】
ステップS103またはS105にて基本d軸目標電流Ids*を演算したならば、ステップS106にてアイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされているか否かを判定し、アイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされている場合には、ステップS107でエンジン回転速度が零であるか否かをさらに判定する。そして、ステップS107でエンジン回転速度が零である場合にはステップS108で基本d軸目標電流Ids*に零を代入し、ステップS109に進む。つまり、ステップS106,107が本発明のアイドルストップ判定手段に相当していて、ステップS106,107でアイドルストップ中であると判定した場合に、基本d軸目標電流Ids*を零に設定して弱め界磁制御の実行を禁止することになる。他方、ステップS106でアイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされていない場合、またはステップS107でエンジン回転速度が零でない場合には、アイドルストップ中でないものと判定し、ステップS109に進む。
【0041】
ステップS109では、d軸目標電流Id*の急変を避けるべく漸減/漸増処理を行い、d軸目標電流Id*の演算処理を終了する。この漸減/漸増処理の処理内容を図6に示す。
【0042】
図6に示す漸減/漸増処理は、まず、アイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされているか否かを判定し(ステップS201)、アイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされている場合には、ステップS202でエンジン回転速度が零であるか否かをさらに判定する。そして、ステップS202でエンジン回転速度が零である場合には、アイドルストップ中であると判定し、ステップS203〜205でd軸目標電流Id*を基本d軸目標電流Ids*、すなわち零までの範囲で時間の経過に伴って漸次増大させる漸増処理を行う。なお、この漸増処理においては、負の値に設定されたd軸目標電流Id*が漸増するため、d軸目標電流Id*の絶対値、すなわち大きさは漸減することになる。
【0043】
ステップS203では、予め定めた漸増変化量ΔIDuをd軸目標電流の前回値Id*_1に加算してd軸目標電流Id*を算出するとともに、後述する漸減処理で用いられる漸減処理タイマカウント値Tdcを零にリセットし、ステップS204に進む。
【0044】
ステップS204では、d軸目標電流Id*が基本d軸目標電流Ids*以上、すなわち零以上であるか否かを判定し、d軸目標電流Id*が基本d軸目標電流Ids*基本d軸目標電流Ids*以上である場合には、ステップS205でリミッタ処理としてd軸目標電流Id*に基本d軸目標電流Ids*、すなわち零をセットし、ステップS212に進む。なお、ステップS204でd軸目標電流Id*が基本d軸目標電流Ids*、すなわち零よりも小さい場合には、ステップS205を経ることなくステップS212に進む。この漸増処理により、エンジン12の自動停止時、すなわちアイドルストップ開始時にd軸目標電流Id*が急激に変化することを防止している。
【0045】
他方、ステップS201でアイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされていない場合、またはステップS202でエンジン回転速度が零でない場合には、アイドルストップ中でないものと判定し、ステップS206〜211においてd軸目標電流Id*の漸減処理を行う。
【0046】
この漸減処理は、エンジン12を自動再始動してから後述する所定の設定時間が経過するまでの間、d軸目標電流Id*を基本d軸目標電流Ids*までの範囲で時間の経過に伴って漸次減少させるものである。また、この漸減処理においては、d軸目標電流Id*が零から漸減することになるため、d軸目標電流Id*の絶対値、すなわち大きさは漸増することになる。
【0047】
ステップS206では、漸減処理タイムカウント値の前回値Tdc_1に1を加算して漸減処理タイムカウント値Tdcを算出し、ステップS207に進む。ステップS207では、漸減処理タイムカウント値Tdcが予め定めたタイムカウント閾値Ctdc以上であるか否かを判定する。
【0048】
ステップS207で漸減処理タイムカウント値Tdcが予め定めたタイムカウント閾値Ctdc以上でない場合、すなわち、エンジン12を自動再始動してから所定の設定時間が経過していない場合には、ステップS208でd軸目標電流の前回値Id*_1から予め定めた漸減変化量ΔIDdを減じてd軸目標電流Id*を算出し、ステップS209に進む。
【0049】
ステップS209では、d軸目標電流Id*が基本d軸目標電流Ids*以下であるか否かを判定し、d軸目標電流Id*が基本d軸目標電流Ids*以下である場合にはステップS210に進む。
【0050】
ステップS210では、d軸目標電流Id*に基本d軸目標電流Ids*を、漸減処理タイムカウント値Tdcにタイムカウント閾値Ctdcをそれぞれ代入し、ステップS212に進む。なお、ステップS209でd軸目標電流Id*が基本d軸目標電流Ids*よりも大きい場合には、ステップS210を経ることなくステップS212に進む。
【0051】
また、ステップS207で漸減処理タイムカウント値Tdcが予め定めたタイムカウント閾値Ctdc以上である場合、すなわち、エンジンを自動再始動してから所定の設定時間が経過している場合には、d軸目標電流Id*に基本d軸目標電流Ids*を、漸減処理タイムカウント値Tdcにタイムカウント閾値Ctdcをそれぞれ代入し、ステップS212に進む。この漸増処理により、エンジン12の自動再始動時、すなわちアイドルストップ終了時にd軸目標電流Id*が急激に変化することを防止している。
【0052】
そして、ステップS212では、前回値処理として、d軸目標電流値の前回値Id*_1にd軸目標電流値Id*を、漸減処理タイムカウント値の前回値Tdc_1として漸減処理タイムカウント値Tdcをそれぞれ代入し、図6に示すサブルーチンを抜ける。
【0053】
次いで、非干渉制御部21におけるd軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aの演算処理内容を図7を参照しつつ説明する。図7に示すように、非干渉制御部21は、まずステップS301にてアイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされているか否かを判定し、アイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされている場合には、ステップS302でエンジン回転速度が零であるか否かをさらに判定する。そして、ステップS302でエンジン回転速度が零である場合にはステップS303でd軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aを演算し、処理を終了する。他方、ステップS301でアイドルストップ状態信号Sisが「1」にセットされていない場合、またはステップS302でエンジン回転速度が零でない場合には、ステップS304でd軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aを演算し、処理を終了する。
【0054】
ステップS304では、下記の(1),(2)式によってd軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aを演算する。
【0055】
【数1】

【0056】
ここで、Lqはq軸モータインダクタンス、Ldはd軸モータインダクタンス、φはdq軸鎖交磁束数である。
【0057】
一方、ステップS303では、下記の(3),(4)式によってd軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aを演算する。
【0058】
【数2】

【0059】
つまり、(2)式によってq軸非干渉補正電圧Vq*aを演算する場合、逆起補正項ωe×φが存在するため、d軸検出電流Idが零であっても、電動モータMが回転していればq軸非干渉補正電圧Vq*aが発生することになる。そのため、アイドルストップ中には逆起補正項ωe×φのない(4)式によってq軸非干渉補正電圧Vq*aを演算することにより、q軸非干渉補正電圧Vq*aの発生による電力の消費を防止している。なお、ステップS303において、d軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aを単に零に設定することも可能である。換言すれば、ステップS301,302が本発明のアイドルストップ判定手段に相当していて、ステップS301,302でアイドルストップ中であると判定した場合に非干渉制御を行わないようにしている。なお、非干渉制御を行わないとは、d軸非干渉補正電圧Vd*aおよびq軸非干渉補正電圧Vq*aをそれぞれ零に設定することを意味している。
【0060】
したがって、本実施の形態によれば、アイドルストップ中において、目標アシストトルクT*を零に設定して操舵アシストを停止することは勿論のこと、d軸目標電流Id*を零に設定して弱め界磁制御をも停止し、さらに、q軸非干渉補正電圧Vq*aも零に設定するようになっていることから、アイドルストップ中における電動パワーステアリング装置の電力消費を効果的に抑制してバッテリ11の電圧低下を防止することができる。その結果、エンジン12の自動再始動時におけるクランキングをより確実かつ円滑に行えるようになる。
【0061】
その上、d軸目標電流演算部19dは、エンジン12の自動停止時および自動再始動時にd軸目標電流Id*の漸増処理および漸減処理を行い、そのd軸目標電流Id*を急変させることなく時間の経過に伴って漸次変化させるようになっているため、制御量のハンチングによる操舵フィーリングの悪化を防止することができる。
【0062】
なお、エンジン12の自動停止時および自動再始動時にq軸非干渉補正電圧Vq*aも同様に漸増処理および漸減処理による漸次変化をさせてもよく、この場合には制御量のハンチングによる操舵フィーリングの悪化をより効果的に防止することができるようになる。
【0063】
ここで、上述した実施の形態から把握される技術的思想であって、特許請求の範囲に記載していないものについて、その効果とともに以下に記載する。
【0064】
(1)上記電動モータの回転速度を検出または推定するモータ回転速度検出手段と、
ステアリングホイールの操作状態に基づき、上記q軸目標電流演算の基礎となる目標アシストトルクを演算する目標アシストトルク演算手段と、
を備えていて、
上記発電状態判定手段は、上記目標アシストトルクが予め定めた目標アシストトルク閾値以下であって、且つモータ回転速度が予め定めたモータ回転速度閾値以上である場合に、上記電動モータが発電状態にあるものと判定するようになっていることを特徴とする請求項1に記載のパワーステアリング装置。
【0065】
(1)に記載の技術的思想によれば、上記電動モータが発電状態にあるか否かを容易に判定することができるようになるため、制御構造を簡素化することができる。
【0066】
(2)上記d軸目標電流演算手段は、上記弱め界磁制御の実行時において、モータ回転速度に基づいてd軸目標電流を演算するようになっていることを特徴とする請求項(1)に記載のパワーステアリング装置。
【0067】
(2)に記載の技術的思想によれば、電動モータの起電力がモータ回転速度に応じて変化することになるため、そのモータ回転速度に応じてd軸目標電流を演算することにより、上記弱め界磁制御を電動モータの起電力に応じて適切に行うことができるようになり、発電状態にある電動モータの起電力から上記モータ駆動手段をより確実に保護することができる。
【0068】
(3)上記d軸目標電流演算手段は、上記弱め界磁制御の実行時において、発電状態にある電動モータの起電力よりも上記モータ駆動手段の消費電力を大きくするようにd軸目標電流を設定することを特徴とする請求項1,(1),(2)のいずれかに記載のパワーステアリング装置。
【0069】
(3)に記載の技術的思想によれば、発電状態にある電動モータの起電力から上記モータ駆動手段をさらに確実に保護することができるようになる。
【符号の説明】
【0070】
SW…ステアリングホイール
M…電動モータ
17…インバータ(モータ駆動手段)
19d…d軸目標電流演算部(d軸目標電流演算手段)
19q…q軸目標電流演算部(q軸目標電流演算手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定のアイドルストップ条件に基づいてエンジンの自動停止および自動再始動を行うアイドルストップ機能を有する自動車に搭載され、ステアリングホイールの操作状態に基づいて電動モータを駆動制御することにより、操舵アシストを行うパワーステアリング装置において、
上記電動モータに供給すべき電流の界磁方向成分であるd軸目標電流を上記電動モータの動作状態に基づいて演算するd軸目標電流演算手段と、
上記電動モータに供給すべき電流のトルク生成方向成分であるq軸目標電流をステアリングホイールの操作状態に基づいて演算するq軸目標電流演算手段と、
d軸目標電流およびq軸目標電流に基づいて上記電動モータに電力を供給するモータ駆動手段と、
エンジンが自動停止中であるか否かを判定するアイドルストップ状態判定手段と、
上記電動モータが外力によって回転する発電状態にあるか否かを判定する発電状態判定手段と、
を備えていて、
上記d軸目標電流演算手段は、上記アイドルストップ状態判定手段がエンジンの自動停止中でないと判定している場合、少なくとも上記電動モータが発電状態にあると上記発電状態判定手段が判定しているときに上記電動モータの界磁が全界磁よりも弱まるようにd軸目標電流を設定する弱め界磁制御を行う一方、上記アイドルストップ状態判定手段がエンジンの自動停止中であると判定している場合には上記弱め界磁制御を行わないようになっていることを特徴とするパワーステアリング装置。
【請求項2】
上記電動モータにおけるトルク生成方向成分の電流と界磁方向成分の電流との相互干渉を除去するための非干渉制御を行う非干渉制御部を備えていて、
上記非干渉制御部は、上記アイドルストップ状態判定手段がエンジンの自動停止中であると判定している場合に、上記非干渉制御を行わないようになっていることを特徴とする請求項1に記載のパワーステアリング装置。
【請求項3】
上記d軸目標電流演算手段は、エンジンの自動再始動時において、d軸目標電流の大きさを時間の経過に伴って漸次増大させるようになっていることを特徴とする請求項1または2に記載のパワーステアリング装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−116257(P2012−116257A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−266166(P2010−266166)
【出願日】平成22年11月30日(2010.11.30)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】