説明

フッ素含有炭素材料の製造方法

【課題】より高性能なフッ素含有炭素材料(CF材料)を製造する方法および/またはより生産性の高いCF材料製造方法を提供する。
【解決手段】以下の工程:(A)所定の雰囲気ガス中において、基材60に向けて加速されたガス粒子を衝突させつつ、FとCを含む原料ガスを基材60上に堆積させて堆積物を形成する工程;および、(B)所定の雰囲気ガス中において、FとCを含む被処理材の表面に、該表面に向けて加速されたガス粒子を衝突させる処理を施す工程;の少なくとも一方を包含するCF材料製造方法が提供される。上記所定の雰囲気ガスは、HOを添加して調製された雰囲気ガスおよび/またはHOを主成分とする雰囲気ガスである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フッ素および炭素を含有する材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドライクカーボン(Diamond-Like Carbon;以下「DLC」と表記することもある。)は、ダイヤモンドと同様のSP結合およびグラファイトと同様のSP結合を含むカーボンネットワークを基本構造とするアモルファス状の炭素質材料を示す総称である。このDLCは、高硬度、耐摩耗性、低摩擦係数、表面平滑性等の機械的特性、耐薬品性、耐腐蝕性等の化学的特性、絶縁性等の電気的特性、等の種々の優れた特性を発揮し得る高機能材料として注目されている。
【0003】
基材表面にDLCを膜状に形成する従来の方法(すなわちDLC膜の製造方法)として、反応容器(チャンバ)内に供給される原料ガスをプラズマ化して基材表面に堆積させるプラズマCVD法が挙げられる。この種の技術に関する従来技術文献として特許文献1および2が例示される。また、特許文献3には、液状の炭素化合物を超音波噴霧により反応管に供給する態様のプラズマCVD法によってDLC膜等の薄膜を製造する技術が記載されている。一方、DLC膜を製造する他の方法として、原料(ターゲット)にレーザ光を照射して該原料を蒸発させ、その蒸発物を基板表面に堆積させるレーザアブレーション法が例示される。この種の技術に関する従来技術文献として特許文献4が挙げられる。
【0004】
また、本発明者は、特許文献5において、取扱性のよい固体状の有機材料から放電エネルギーを利用してプラズマを形成することにより、該固体状有機材料からDLC膜その他の炭素質膜を効率よく製造する方法および装置を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−169183号公報
【特許文献2】特開平8−217596号公報
【特許文献3】特開平8−100266号公報
【特許文献4】特開平9−118976号公報
【特許文献5】国際公開第2008/069312号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
典型的なDLCは、実質的に炭素(C)および水素(H)から構成される。一方、DLCその他の炭素を含む材料(例えば、各種合成樹脂等の有機材料)にフッ素(F)を含有させることによって、撥水性や低摩擦係数等の特性を付与し、あるいは向上させ得ることが知られている。例えば上記特許文献5に記載の方法において、原料としてフッ素を含む固体状有機材料を用いることにより、フッ素を含む炭素質膜(すなわちフッ素含有炭素材料、典型的にはフッ素含有DLC膜)が製造され得る。
【0007】
本発明は、このようなフッ素含有炭素材料に関し、より高性能な材料を製造する方法および/またはより生産性の高い製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、フッ素含有炭素材料の製造工程(フッ素および炭素を含む固体材料を気相から形成する工程、フッ素および炭素を含む被処理材に所定の処理を施す工程、等であり得る。)において、加速されたガス粒子をHOガスの存在下で衝突させる処理を施すことにより、結果物の特性を効果的に調整し得ることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいてなされたものである。
【0009】
ここに開示される技術は、フッ素を含有する炭素材料(以下、「CF材料」ということもある。典型的には、常圧の室温(例えば25℃)条件下において固体状を呈する。)を製造する方法に関する。そのCF材料製造方法は、以下の工程:(A)フッ素および炭素を含む原料ガスを気相から基材上に堆積させてフッ素および炭素を含む堆積物を形成する工程、ここで、前記原料ガスを堆積させる期間のうち少なくとも一部の期間では、所定の雰囲気ガス中において、前記基材に向けて加速されたガス粒子を堆積表面に衝突させつつ前記原料ガスを堆積させる;および、(B)所定の雰囲気ガス中において、フッ素および炭素を含む被処理材の表面に、該表面に向けて加速されたガス粒子を衝突させる処理を施す工程;のうちの少なくとも一方を包含する。前記(A)工程および(B)工程における所定の雰囲気ガスは、以下の条件:(1)HOを添加して調整された雰囲気ガス;および、(2)HOを主成分とする雰囲気ガス;の少なくとも一方を満たすガスである。
【0010】
かかる方法によると、水分を意図的に存在させた雰囲気ガス中において、加速されたガス粒子を衝突させることにより、CF材料(結果物)の特性を効果的に調整することができる。このことによって、より高性能なCF材料(例えば、より硬度の高いCF材料、表面の特性が局所的に調整されたCF材料など)が製造され得る、また、上記方法によると、所望の性能(例えば硬度)を有するCF材料を、より生産性よく製造し得る。
【0011】
ここで、基材または被処理材の表面に向けて「加速されたガス粒子」とは、当該ガス粒子の総体としての運動が、ランダムな熱運動に比べて、基材または被処理材の表面に向かう方向に促進(加速)されていることをいう。このように加速されたガス粒子(以下、「加速粒子」ということもある。)を得る方法としては、例えば、荷電粒子(プラズマ化した原料ガスおよび/またはHOであり得る。)を例えば電磁力により基材または被処理材の表面に向けて加速(すなわち電磁加速)する方法を好ましく採用することができる。荷電粒子を加速する他の方法としては、該粒子を静電力により加速する方法が例示される。基材または被処理材表面の法線とガス粒子の加速方向とのなす角度は、概ね±60°以内(より好ましくは±30°以内)であることが好ましい。このことによって、ガス粒子を衝突させることによる効果(例えば、結果物の特性を調整する効果)をより効率よく発揮させることができる。例えば、上記角度がほぼ0°(すなわち、上記法線とガス粒子の加速方向とがほぼ平行)となる方向に加速されたガス粒子を衝突させるとよい。
【0012】
ここに開示される技術の一態様では、前記所定の雰囲気ガスは、前記(A)工程または前記(B)工程に用いるチャンバ内を減圧(典型的には1×10−4Torr未満、好ましくは0.5×10−4Torr以下)にした後、該チャンバ内にHOを供給して調製される。かかる態様によると、チャンバ内に存在し得る余分なガス(空気中の酸素など)や揮発性の汚れなどを排出する操作と、チャンバ内にHOを意図的に導入して水分を含む雰囲気ガスを調整する操作とを、一連の操作として効率よく行うことができる。
【0013】
ここに開示される技術の一態様では、前記(A)工程における原料ガスは、フッ素を含む固体状有機材料(典型的には、炭素−炭素結合を基礎とする主鎖を有するポリマーを主成分とする有機ポリマー材料)をガス化(例えば昇華)させて得られたものである。このように、取扱性のよい固体状の有機材料(以下、「固体樹脂材料」ということもある。)を原料ガスの発生源に用いることは、ここに開示されるCF材料製造方法の実施に使用する装置を小型化・簡略化する上で有利である。
【0014】
ここに開示される技術の一態様では、前記(A)工程における原料ガスは、フッ素を含む固体状有機材料(固体樹脂材料)に放電エネルギーを付与することにより該材料からプラズマを形成して得られたものである。典型的には、固体樹脂材料の表面を放電電流により加熱して該材料を表面部からガス化(例えば昇華)させ、そのガス化物の少なくとも一部を電離させることによって該固体樹脂原料からプラズマを形成する。このように少なくとも一部がプラズマ化した原料ガスを基材上に堆積(蒸着)させてフッ素および炭素を含む堆積物を形成する。かかる態様によると、取扱性のよい固体樹脂材料を原料に用い、かつ放電エネルギーを利用するので、簡略化・小型化に適した装置構成によって(例えば、レーザ発生装置等の大電力デバイスを必要とすることなく)、該固体樹脂材料から効率よくプラズマを形成することができる。
【0015】
ここに開示される方法は、前記(A)工程における堆積物がフッ素を含む炭素質膜(炭素を主成分とし、副成分としてフッ素を含む膜をいう。)である態様で実施され得る。例えば、上記堆積物がフッ素を含むDLC膜である態様で、フッ素を含むDLC膜の製造に好ましく適用され得る。例えば、硬度が凡そ5GPa以上(典型的には凡そ5〜100GPa、例えば5〜30GPa)のフッ素含有炭素質膜(典型的にはDLC膜)を製造する方法として好適である。
【0016】
なお、本明細書中において「DLC(ダイヤモンドライクカーボン)」とは、SP結合とSP結合とを含むカーボンネットワークを基本構造(基本骨格)とするアモルファス状の炭素質材料を指す概念である。SP結合とSP結合との割合は特に限定されない。例えばSP結合の割合が凡そ10〜90%の範囲にあるDLCは、ここでいうDLCに含まれる典型例である。実質的に炭素から構成されるDLC、実質的に炭素と水素とから構成されるDLC、炭素に加えて水素以外の元素(異種元素)を含むDLC等は、いずれもここでいうDLCの概念に含まれ得る。上記異種元素を含むDLC内における該異種元素の存在態様は問わず、例えば、上記ネットワークを構成するCの一部が異種元素に置換された構造、該ネットワークを構成するCに結合したHの一部または全部が異種元素に置換された構造、等のDLCであり得る。上記異種元素は、例えばフッ素,窒素,ホウ素等の元素から選択される一種または二種以上であり得る。また、本明細書中においてフッ素含有DLCとは、炭素および水素に加えて少なくともフッ素を含有するDLCを指し、フッ素以外の異種元素をさらに含むものと、かかる異種元素を実質的に含まないものとの双方を包含する意味である。
【0017】
上記(A)工程を経て得られたフッ素含有炭素質膜(典型的にはフッ素含有DLC膜)が上記基本構造を有することは、例えば、該結果物のラマンスペクトルを観察することにより把握され得る。例えば、ラマンスペクトルにおいて1350cm−1付近(Dバンド)にあらわれるDピークの強度(ID)と、1550cm−1付近(Gバンド)にあらわれるGピークの強度(IG)とから得られるID/IG比および該Gピークの位置に基づいて、Ferrariらにより提案された amorphization trajectory法(参考文献:Phys. Rev. B 61, 14095-14107 (2000), Interpretation of Raman spectra of disordered and amorphous carbon, A. C. Ferrari and J. Robertson)を適用することにより、該炭素質膜に含まれるsp結合の割合を見積もることができる。また、上記(A)工程を経て得られた結果物(例えばフッ素含有DLC膜)の硬度を測定する方法としては、例えば、一般的なナノインデンテーション法を好ましく採用することができる。また、上記結果物が上記異種元素(例えばフッ素)を含有することは、例えば、該結果物のオージェ電子分光分析を行うことにより把握され得る。
【0018】
ここに開示される技術の一態様では、前記(B)工程により、前記被処理材(例えば、フッ素を含む固体樹脂)の表面におけるフッ素含有量を低下させる。かかる態様によると、表面付近のフッ素含有量を局所的に低減し、これによりフッ素に由来する表面特性(例えば撥水性、低摩擦係数等)が抑制されたフッ素含有炭素材料を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】工程(A)を含むCF材料製造方法に用いられる装置の構成例を模式的に示す説明図である。
【図2】図1の一部を拡大してその構成および作動を模式的に示す説明図である。
【図3】サンプルA11のラマンスペクトルを示す特性図である。
【図4】サンプルA12のラマンスペクトルを示す特性図である。
【図5】工程(B)を含むCF材料製造方法に用いられる装置の構成例を模式的に示す説明図である。
【図6】サンプルB0〜B4のIRスペクトルを示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書および図面に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0021】
なお、ここに開示される技術の理解を容易とするため、まず、原料ガス源としてフッ素を含む固体状有機材料を利用し、その固体状有機材料から原料ガスのプラズマを形成してフッ素含有DLC膜(CF材)を製造する場合を主に想定して説明するが、ここに開示される技術の適用対象および実施態様をこれに限定する意図ではない。
【0022】
ここに開示されるCF材製造方法の一態様では、フッ素(F)および炭素を含む堆積物の形成に用いられる原料ガス(少なくとも一部がプラズマ化したガスであり得る。)の源として、フッ素を含む固体状の有機材料(少なくとも室温(例えば25℃)において固体状の有機材料をいい、典型的にはフッ素および炭素以外に他の元素、例えば水素(H)を含む。)を使用する。炭素−炭素結合を基礎とする主鎖を有しフッ素を含有するポリマーを含む固体状有機材料(固体樹脂材料)の使用が好ましい。かかるフッ素含有ポリマー(典型的には実質的に絶縁性)としては、放電等により加熱されたときにガス化(気化、昇華、分解(例えば熱分解、解重合)等を含む概念である。)しやすいポリマーが好ましい。該加熱によって昇華しやすい性質を示すポリマーが好ましい。また、加熱されたときに表面が焦げる(炭化物が表面に残る)傾向の少ないポリマーが好ましい。このようなフッ素含有ポリマーを含む固体状有機材料は、放電エネルギーを利用して最表面から順にスムーズにガス化(好ましくは昇華)させるのに適している。
【0023】
上記原料ガス源としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリビニリデンフルオライド(PVdF)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、エチレン−クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)等のフッ素樹脂を含む固体樹脂材料を好ましく使用することができる。かかるフッ素樹脂を主成分(50質量%以上を占める成分)とする固体樹脂材料の使用が好ましい。ここに開示される技術の好ましい一態様では、原料ガス源として、実質的にフッ素樹脂(例えばPTFE)からなる固体樹脂材料を使用する。
【0024】
上記原料ガス源として、フッ素含有有機化合物と他の固体状有機化合物(典型的には有機ポリマー)とを併用してもよい。フッ素含有有機化合物とともに使用しうる原料ガス源の例としては、ポリスチレン、ポリα−メチルスチレン等の芳香族ビニル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン等のオレフィン樹脂、ポリアセチレン、ポリアセタール、ポリイミド、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート(PC)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等の有機ポリマー;アダマンタンおよびその誘導体または類縁体(例えばジアダマンタン)等の有機化合物;を挙げることができる。上記原料ガス源は、固体状有機化合物以外の材料(室温において液状を呈する有機化合物、金属微粒子等)を含有してもよい。このような原料は、例えば、市販の材料を入手(購入等)する、該市販の材料を適宜加工(混合、成形等)する、公知の方法で合成(重合等)する、等の種々の手法により用意することができる。
【0025】
ここに開示される技術の一態様では、原料ガス源たる固体樹脂材料(例えばPTFE)に放電エネルギーを付与することにより、該材料から原料ガスのプラズマを形成する。例えば、該材料の表面に沿った放電(沿面放電)により上記材料をガス化し、さらにそのガス化物の少なくとも一部を電離させることによりプラズマを形成する。好ましい一つの態様では、該沿面放電により固体樹脂材料のガス化およびプラズマ形成を開始し、続いて他の形態の放電(上記沿面放電により生じた上記ガス化物および/またはプラズマ中を電流が流れる形態の放電、例えばアーク放電であり得る。)により上記固体樹脂材料のガス化およびプラズマ形成を継続する。
【0026】
上記放電エネルギーの付与は、非定常的に(典型的にはパルス状に)行うことが好ましい。このことによって、エネルギーコストを抑えて固体樹脂材料から効率よくプラズマを生じさせることができる。また、後述する自己誘起磁場を利用してプラズマを加速する方式では、かかる非定常的放電によって(例えば、瞬間的に大電流が流れる動作を繰り返すことにより)上記プラズマをより有効に電磁加速することができる。エネルギーコストおよびプラズマの電磁加速を行う場合における加速効率等の観点から、短時間に大電流が流れるように上記放電を行うことが好ましい。
【0027】
上述のように放電エネルギーの付与によって固体樹脂材料からプラズマを形成することは、該固体樹脂材料の表面に沿って放電(沿面放電、例えばパルス沿面放電)を生じさせることと、その放電電流により該固体樹脂材料を表面部からガス化(例えば昇華)させることと、そのガス化物の少なくとも一部を電離させてプラズマを形成することと、を含み得る。さらに、上記固体樹脂材料のガス化物および/または該ガス化物が電離して形成されたプラズマ(典型的には、上記沿面放電によって生じたガス化物および/または該ガス化物が電離して形成されたプラズマ)中を通って流れる放電(例えばアーク放電、好ましくはパルスアーク放電)を生じさせることと、その放電電流により上記固体樹脂材料をガス化させることと、そのガス化物の少なくとも一部を電離させてプラズマを形成すること(換言すれば、上記固体樹脂材料から生じたガス化物の少なくとも一部がプラズマ化したプラズマ含有ガスを形成すること)と、を含み得る。例えば、最初は上記沿面放電により固体樹脂材料に放電エネルギーが付与され、続いて上記ガス化物および/またはプラズマ中を電流が流れる形態の放電(上記沿面放電をきっかけとして生じる放電であり得る。)により放電エネルギーが付与されることで上記固体樹脂材料のガス化およびプラズマ形成が継続される態様であり得る。
【0028】
ここに開示される技術の好ましい一態様では、前記形成されたプラズマを前記基材に向けて加速(好ましくは電磁力により加速、すなわち電磁加速)する。かかる態様によると、生成したプラズマ(プラズマ構成成分)をより適切に基材上(上記プラズマの加速方向に対向して配置された基材の表面)に堆積させることができる。ここに開示される技術をフッ素含有DLC膜の製造に適用する場合には、上記加速(典型的には電磁加速)を行うことが特に有意義である。すなわち、加速されたプラズマが照射される範囲に基材を配置することが好ましい。好ましい一態様では、プラズマの加速方向に対して概ね60°以内の範囲(典型的には、上記固体樹脂材料の放電面の面重心を頂点とし、プラズマの加速方向(加速ベクトル)を垂線として形成される頂角60°以内の円錐内)に基材を配置する。上記角度を概ね30°以内(例えば、ほぼ0°)とすることがより好ましい。
【0029】
上記電磁力によるプラズマの加速は、例えば、上記放電に伴って流れる電流Jと該電流により誘起される磁場(自己誘起磁場)Bとの相互作用によってプラズマ中の荷電粒子に電磁力(J×B)が作用することにより実現され得る。また、上記自己誘起磁場に代えて、あるいは該自己誘起磁場に加えて、永久磁石や電磁コイル等から生じる外部磁場を利用して上記プラズマが電磁加速されるようにしてもよい。
【0030】
ここに開示されるCF材料製造方法における(A)工程では、通常、少なくとも原料ガス源たる固体樹脂材料の表面(該材料から原料ガスが生成する箇所)から基材表面に至る領域を囲むチャンバ内(典型的には、該チャンバの内部に原料ガス源および基材が配置される。)において原料ガスを基材上に堆積させる。好ましい一態様では、このチャンバ内の雰囲気ガスが、(1)HOを添加してHO分圧を高めた雰囲気ガスおよび/または(2)HOを主成分とする雰囲気ガスである条件下において、かつ、上記基材に向けて加速されたガス粒子(加速粒子)を堆積表面(典型的には形成されつつある堆積物の表面であり、堆積の初期には基材表面であり得る。)に衝突させつつ、上記原料ガスを基材上に堆積させる。
【0031】
上記加速粒子は、種々のガス粒子であり得る。例えば、原料ガスのプラズマを前記基材に向けて加速(典型的には電磁加速)して該原料ガスを基材上に堆積させる態様では、この加速された原料ガスプラズマを上記加速粒子として利用することができる。上記加速粒子は、また、雰囲気ガスを構成するガス粒子(原料ガス以外のガス粒子をいう。)が基材に向けて加速(典型的には電磁加速)されたものであってもよい。例えば、雰囲気ガス中のHOに由来する荷電粒子(HOのプラズマであり得る。)を上記加速粒子として利用することができる。加速粒子として利用し得る他のガス粒子としては、雰囲気ガスを構成し得るHO以外のガス粒子(典型的には、N、Ar、Ne等の不活性ガスに由来する荷電粒子、例えば該不活性ガスのプラズマ)が挙げられる。
【0032】
上記(A)工程において、堆積表面に衝突させる加速粒子は、当該粒子がランダムな熱運動状態にある場合における電子温度(典型的には1〜2eV程度)の3倍以上に相当するエネルギーを有することが好ましい。例えば、概ね5eV以上(典型的には10eV以上)のエネルギーを有する加速粒子を衝突させることが好ましい。かかる態様によると、ここに開示される技術を適用することによる効果(例えば、堆積物の硬度を向上させる効果、所望の硬度を有する堆積物をより高いレートで形成する効果、のうち少なくとも一方)がよりよく実現され得る。なお、堆積表面に衝突させる加速粒子の有するエネルギー(すなわち、衝突直前における加速粒子のエネルギー)は、例えばファラデーカップにより把握することができる。
【0033】
ここに開示される技術において、上記(1)および/または(2)を満たす雰囲気ガスは、従来の通常の操作によって原料ガスを堆積させる雰囲気を調整する場合とは異なり、意図的にHOを存在させた雰囲気ガスである。ここで、上記通常の操作とは、雰囲気ガス中に積極的にHOを存在させる意図なく行われる操作をいう。HOと他のガスとを特に区別することなく排除して調整された雰囲気ガス、例えば一般的な減圧ポンプを用いてチャンバ内の気体(典型的には空気)を単純に排気することにより該チャンバ内を適当な圧力まで減圧して調整された雰囲気ガスや、かかる減圧の後に乾燥窒素ガスまたは乾燥アルゴンガス等のHOを実質的に含まないガスをチャンバ内に供給して減圧度を調整した雰囲気ガス等は、ここでいう「通常の操作により調整された雰囲気ガス」に包含される典型例である。
【0034】
上記(1)および(2)の少なくとも一方を満たす雰囲気ガス(以下、これを「HOを存在させた雰囲気ガス」ということもある。)は、例えば、上記チャンバ内の気体(典型的には空気)を排気して該チャンバ内を適当な圧力まで減圧した後、そのチャンバ内にHOを導入(添加)することにより調整することができる。チャンバ内に添加(供給)されるHOは、気体(HOガス、すなわち水蒸気)、液体、固体のいずれの状態であってもよい。雰囲気ガスの調整をより精度よく行うのに適することから、通常は、あらかじめチャンバ外で気化させたHOガスをチャンバ内に供給する態様を好ましく採用し得る。あるいは、水気を含むガス(意図的に湿らせた(例えば水蒸気を追加混入した)空気、湿った窒素ガス等)を上記チャンバ内に導入することにより雰囲気ガス中にHOを添加してもよい。上記HOを存在させた雰囲気ガスを調整する他の方法としては、チャンバ内の気体の一部または全部を該気体よりもHOガス分圧の高い気体(実質的にHOガスからなる気体であり得る。)で置き換える方法、かかる置き換えの後にチャンバ内を適当な圧力まで減圧する方法、等を例示することができる。
【0035】
このように、HOを意図的に含ませた雰囲気ガス(実質的にHOからなる雰囲気ガスであり得る。)中において加速粒子を衝突させつつ原料ガスを堆積させる上記(A)工程によると、上記通常の操作により調整された雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させた場合に比べて、より硬度の高い堆積物(典型的にはフッ素含有炭素質膜、例えばフッ素含有DLC膜)が形成され得る。また、一般に原料ガスの堆積レートを高くすると堆積物の硬度は低下する傾向にあるところ、上記(A)工程によると、所望の硬度を有する堆積物(上記通常の操作により調整された雰囲気ガス中で得られた原料ガスを堆積させた場合と同等またはそれ以上の硬度を有する堆積物であり得る。)を、より高い堆積レートで形成することができる。
【0036】
上記(A)工程は、少なくとも原料ガス源たる固体樹脂材料の表面(原料ガスが生成する箇所)から基材表面に至る経路(典型的には上記チャンバ内)が減圧環境下に維持される態様で好ましく実施することができる。例えば、上記減圧環境下でプラズマを生じさせ、該プラズマを減圧環境下で基材に堆積させることが好ましい。上記(A)工程における減圧の程度(HOを含む雰囲気ガスの圧力を指し、原料ガスの発生による圧力上昇分は含まない。)は、例えば1×10−5〜1×10−2Torr程度とすることができ、通常は5×10−5〜5×10−3Torr(例えば1×10−4〜1×10−3Torr)程度とすることが適当である。かかる雰囲気ガスの全圧のうちHOの分圧は、典型的には30%以上であり、好ましくは50%以上、より好ましくは75%以上(例えば90%以上)であり、実質的に100%であってもよい。雰囲気ガスの圧力が低すぎると、該雰囲気ガス中におけるHOの存在量が不足して、堆積物の硬度および/または堆積レートを向上させる効果が十分に発現され難くなることがあり得る。
【0037】
なお、上記(A)工程は、上記HOを存在させた雰囲気ガス中であれば、上記減圧環境以外の圧力条件においても実施可能である。例えば、上記プラズマの生成および基材への堆積が常圧の雰囲気ガス中で行われる態様としてもよい。ここで、他の条件(放電条件、加速条件等)が同じであれば、雰囲気ガスの圧力が高くなるにつれて加速粒子の平均自由行程は短くなる傾向にある。したがって、他の条件の選択自由度を過度に狭めることなく堆積物の硬度および/または堆積レートを向上させる効果を十分に発現させ得るという観点から、通常は、上記(A)工程における雰囲気ガスの圧力を1×10−2Torr以下(すなわち、凡そ1.3Pa以下)とすることが適当である。また、該雰囲気ガスにおけるHOの分圧を5×10−3Torr以下(例えば1×10−3Torr以下)とすることが好ましい。
【0038】
特に限定するものではないが、フッ素を含む固体樹脂材料に放電エネルギーを付与して該材料からプラズマを形成する態様において、上記放電エネルギーの付与は、例えば、一回(1ショット)の放電時間が凡そ1μ秒〜50μ秒(より好ましくは凡そ4μ秒〜10μ秒)程度となるように上記放電が行われる態様で好ましく実施することができる。また、放電電流のピーク値が凡そ1kA〜30kA(より好ましくは凡そ5kA〜10kA)程度となるように上記放電が行われる態様で好ましく実施することができる。放電を行う間隔は、例えば、1秒当たり例えば凡そ0.1〜10000回程度とすることができ、通常は凡そ1〜100回(好ましくは1〜30回)とすることが適当である。放電間隔が短すぎると、形成される堆積物の硬度が低くなりがちである。放電間隔が長すぎると、単位時間当たりに形成される原料ガス量が少なくなって、堆積物の形成レート(ひいてはCF材料の生産性)が低下傾向となりやすい。また、放電電圧については凡そ600V〜3000V(好ましくは凡そ800V〜1200V)程度とすることができる。キャパシタに蓄えられた電荷が放電される態様において、該キャパシタの容量は例えば凡そ0.1μF以上(典型的には凡そ0.1μF〜1000μF)程度とすることができ、通常は凡そ1μF以上(例えば凡そ1μF〜100μF)程度とすることが好ましい。1ショットの放電に係る電荷量の好ましい範囲は、上述した好ましいキャパシタ容量および電圧から導出される範囲であり得る。
【0039】
1ショットの放電により開放されるエネルギーの好適な範囲は、基材表面に原料ガスを堆積させる際における雰囲気ガスの内容(例えばHO分圧)、製造しようとするCF材料の物性(例えば硬度)、使用する原料ガス源(固体樹脂材料)の種類、その原料ガス源のサイズ、電極間の距離、基材の配置(原料ガス源の表面から基材表面までの距離、電磁加速の方向と基材表面とのなす角度等)によっても異なり得る。例えば、上記(A)工程において、雰囲気ガスのHO分圧が75%以上、全圧が1×10−5〜1×10−2Torr程度であり、原料ガス源としてのPTFEに放電エネルギーを付与して形成されたプラズマの電磁加速方向から30°以内の位置に基材を配置して該基材表面にフッ素含有DLC膜を製造する場合には、1ショット当たりのエネルギーを凡そ0.1J〜10J(好ましくは凡そ0.5J〜5J)程度に設定することにより好適な結果が実現され得る。上記エネルギーが高すぎると、形成される堆積物の硬度が低くなりがちである。上記エネルギーが低すぎると、1ショットの放電により形成される原料ガス量が少なくなって、堆積物の形成レートが低下しやすくなる。
【0040】
ここに開示される技術を実施するにあたり、上記(A)工程によって堆積物の硬度および/または堆積レートを向上させ得る理由を明らかにする必要はないが、例えば以下のことが考えられる。すなわち、HOを存在させた雰囲気ガス中で加速粒子(少なくとも一部がプラズマ化した原料ガス粒子であり得る。)を衝突させつつ原料ガスを堆積させると、その雰囲気ガス中のHOが堆積表面に吸着し、該堆積表面においてC−F結合を形成するフッ素原子にHO分子が水素結合することでC−F結合が弛緩し得る。このように弛緩したC−F結合を構成するF原子は、衝撃等により脱離しやすい状態(脱離レートが向上した状態)にある。かかるF原子に加速粒子(典型的には荷電粒子)が衝突すると、その衝撃により上記F原子の一部が、HO分子が吸着していない場合に比べて高い確率で脱離する。また、いったん脱離したF原子が雰囲気ガス中のHO分子にトラップされることにより、該F原子が堆積表面に再結合することが阻止される。上記(A)工程によると、HOを存在させた雰囲気ガス中で堆積表面に加速粒子の衝突による衝撃が加わることにより、上記機構によって堆積表面からF原子の一部が効率よく除去される(脱離する)ものと推察される。これにより堆積物に含まれるフッ素の量が適切に制御(抑制)されて、該堆積物の硬度が向上したものと考えられる。
【0041】
上記(A)工程によると、例えばHOが実質的に存在しない(例えば、HOの分圧が1×10−5Torr以下の)雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させる場合に比べて、フッ素の含有量が低減された堆積物(典型的にはフッ素含有炭素質膜、例えばフッ素含有DLC膜)であって、より硬度の高い堆積物が形成され得る。また、HOが実質的に存在しない雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させる場合に比べて、フッ素の含有量が低減された堆積物であって同等以上の硬度を有する堆積物を、より高い堆積レートで形成し得る。
【0042】
なお、上述したフッ素脱離機構に起因する効果(堆積物の硬度および/または堆積レートを向上させる効果)は、原料ガス源の性状を問わず、同様に発揮され得る。したがって、ここに開示される技術は、原料ガス源として固体状有機材料を用いる態様に限定されず、該原料ガス源として液体または気体を用いてCF材料を製造する態様でも同様に実施されて、同様の効果を発現し得るものと理解される。上記(A)工程を適用したCF材料(典型的にはフッ素含有炭素質膜、好ましくはフッ素含有DLC膜)の製造は、例えば、上述したプラズマCVD法において、HOを存在させた雰囲気ガス中でフッ素および炭素を含む原料ガスのプラズマを加速して基材上に堆積させる態様;フッ素および炭素を含む固体状有機材料をターゲットとし、該ターゲットをレーザアブレーションにより気化(典型的には昇華)させてなる原料ガス粒子(被スパッタ粒子)を加速して基材上に堆積させる態様;上記ターゲットにマグネトロンプラズマ中のイオンを照射して得られた被スパッタ粒子を加速して基材上に堆積させる態様;上記ターゲットにイオンビームを照射して得られた被スパッタ粒子を加速して基材上に堆積させる態様;等の態様でも実施され得る。
【0043】
また、上述したフッ素脱離機構から、該機構に起因する本発明の効果は、弛緩したC−F結合のF原子に衝突する粒子が原料ガス粒子以外の粒子(例えば荷電粒子)である場合にも同様に発揮され得ることが理解される。したがって、上記(A)工程を適用したCF材料の製造は、例えば、上記加速粒子として雰囲気ガス中のガス粒子(中性の粒子であってもよく、イオンであってもよい。)を利用する態様;堆積表面にイオンビーム(例えばアルゴンイオンのビーム)を照射する態様;等の態様でも実施され得る。
【0044】
上記(A)工程を含むCF材料製造方法によると、種々の厚さのCF材料が基材上に製造され得る。特に限定するものではないが、上記技術は、例えば厚さが凡そ1nm〜10μm程度のフッ素含有炭素質膜(例えばフッ素含有DLC膜)の製造に好ましく適用され得る。かかる炭素質膜を形成する基材としては、目的に応じて適切なものを選択すればよく、該基材の材質、形状等に特に制限はない。例えば、従来のプラズマCVD法等において成膜対象として使用される基材と同様の基材を用いることができる。
【0045】
なお、ここに開示される技術における(A)工程は、原料ガスの粒子が上記HOを存在させた雰囲気ガス中を飛行して基材上に堆積するまでの距離(以下、原料ガスの飛行距離という。)D1が、当該雰囲気ガス中における上記原料ガスの平均自由行程(mean free path)D2と同等またはそれよりも長くなる条件(すなわち、D1≧D2となる条件)で、好ましく実施され得る。上記原料ガスの飛行距離D1は、チャンバ内で固体状有機材料を昇華させて原料ガスを生じさせる態様では該固体状有機材料の表面から基材表面までの距離(上記原料ガスを電極間で加速する態様では、該電極の先端から基材表面までの距離)に相当し、ターゲットのレーザアブレーションやスパッタリングにより原料ガスを生じさせる態様では該ターゲット表面から基材表面までの距離に相当する。D1<D2となる条件では、原料ガス粒子が雰囲気ガス粒子(典型的にはHO分子)と衝突することにより、堆積表面にまで到達する原料ガス粒子の数が減って堆積物の形成レートが低下しやすくなることがある。原料ガスの粒子を上記加速粒子としても利用する態様では、D1≧D2となる条件で(A)工程を行うことが特に有意義である。かかる態様においてD1<D2であると、加速された原料ガス粒子が堆積表面に到達するまでに該粒子が雰囲気ガス粒子(典型的にはHO分子)と衝突して勢いを失い、これにより堆積表面からF原子を脱離させる効果が十分に発揮され難くなる場合があり得る。上記平均自由行程D2は、雰囲気ガスの圧力、雰囲気ガスにおけるHO分圧、原料ガスがその発生時に有するエネルギー(例えば、上述した1ショット当たりのエネルギーが大きくなるとD2は長くなる傾向にある。)、原料ガス粒子の加速の程度、原料ガス粒子の種類、等により異なり得る。これらを考慮して、D1≧D2となるように各条件を設定するとよい。
【0046】
次に、上記(B)工程について説明する。
本発明者は、上述したフッ素脱離機構は、HOを存在させた雰囲気ガス中で加速粒子を衝突させつつ原料ガスから堆積物を形成する際に該堆積物からフッ素を脱離させるほか、HOを存在させた雰囲気ガス中でフッ素および炭素を含む固体材料(被処理材)の表面に加速粒子を衝突させる場合にも同様に働き、これにより被処理材表面からフッ素の一部を効率よく脱離させ得るのではないかと考えた。そして、ここに開示される技術における(B)工程の典型的な一態様として、HOを存在させた雰囲気ガス中でPTFE(被処理材)の表面に加速粒子(ここではプラズマ)を衝突させることにより、PTFE表面のC−F結合を切断してフッ素を脱離させ得ることを確認した。
【0047】
ここに開示される技術における(B)工程によると、フッ素および炭素を含む被処理材の表面付近のフッ素含有量を局所的に低減させることにより、該表面付近においてフッ素に由来する表面特性(例えば撥水性、低摩擦係数等)が抑制されたCF材料を製造することができる。上記被処理材は、フッ素を含む各種の固体状有機材料であり得る。例えば、上述した(A)工程において原料ガス源に使用し得る固体状有機材料として例示したフッ素樹脂を、(B)工程における被処理材として好ましく採用することができる。上記被処理材は、また、フッ素を含む炭素質材料(例えば、フッ素を含むDLC膜)であり得る。例えば、(A)工程により得られた堆積物を被処理材とし、その表面を(B)工程で処理してもよい。
【0048】
(B)工程における雰囲気ガスは、(A)工程における雰囲気ガスと同様、上記(1)および/または(2)を満たす雰囲気ガス(すなわち、HOを存在させた雰囲気ガス)であって、(A)工程と同様の操作により好ましく調整され得る。この(B)工程は、少なくとも被処理材の表面が概ね大気圧または減圧環境下に維持される態様で好ましく実施することができる。上記(B)工程を減圧環境下で実施する場合、その減圧の程度は、例えば1×10−5Torr以上(典型的には500Torr以下)とすることができ、通常は1×10−3Torr以上(好ましくは1×10−3〜10Torr、例えば1×10−2〜1Torr)とすることが適当である。かかる雰囲気ガスの全圧のうちHOの分圧は、典型的には30%以上であり、好ましくは50%以上、より好ましくは75%以上(例えば90%以上)であり、実質的に100%であってもよい。雰囲気ガスの圧力が低すぎると、該雰囲気ガス中におけるHOの存在量が不足して、(B)工程による処理効果が十分に発現され難くなることがあり得る。雰囲気ガスを構成するHO以外のガスは、例えば、N、Ar、Ne等の不活性ガスであり得る。
【0049】
上記(B)工程における加速粒子(加速されたガス粒子)としては、雰囲気ガス中のHO分子、該雰囲気ガスに含まれ得るHO以外の分子(例えば、N、Ar、Ne等の不活性ガス分子)、これらの分子がイオン化(例えばプラズマ化)して形成された荷電粒子、等を利用し得る。被処理材の表面に向けて加速しやすいことから、上記加速粒子として荷電粒子を好ましく使用し得る。ガス粒子を加速する方法およびその加速粒子を基材に衝突させる方法としては、例えば、基材にRFバイアスを印加することにより雰囲気ガス中の荷電粒子を基材側に加速して該基材表面に衝突させる方法、イオンビーム(例えば、アルゴンガスのビーム)を照射する方法、等を採用することができる。
【0050】
(B)工程における処理時間は、所望の処理効果が実現されるように適宜調節することができる。通常は、上記処理時間を1秒以上とすることが適当であり、5秒以上とすることが好ましい。処理時間が短すぎると十分な処理効果が得られ難くなることがあり得る。処理時間の上限は特に限定されない。通常は、処理時間を1時間以下とすることが適当である。処理時間を必要以上に長くすると、該処理に要するエネルギーコストの上昇、CF材料の生産性の低下、CF材料の表面の劣化、等の不都合が生じ得る。
【0051】
上記(A)工程は、例えば、以下に示す構成を有するCF材料製造装置を用いて好ましく実施することができる。上記CF材料製造装置は、原料ガス源としての固体状有機材料(固体樹脂材料)を保持する原料ホルダを備え得る。また、前記固体状有機材料に放電エネルギーを付与することにより該材料からプラズマを形成し得るように構成された放電手段を備え得る。該放電手段は、典型的には、一対の電極と該電極の間に電圧を印加する電圧印加手段とを含む。上記一対の電極の一方または両方が上記原料ホルダまたはその構成部材を兼ねる構成(例えば、上記一対の電極の間に上記固体樹脂材料を保持する構成)としてもよい。上記装置は、さらに、原料ガスを堆積させる基材を保持する基材ホルダを含み得る。また、該基材の少なくとも表面(典型的には原料ガス源に対向する表面)近傍を上記(1)および/または(2)に該当する雰囲気ガス環境に調整する雰囲気調整手段を含み得る。
【0052】
上記装置は、典型的には、原料ホルダおよび基材ホルダを収容するチャンバを備える。かかる態様において、上記雰囲気調整手段は、チャンバ内にHOを供給するHO供給部を含み得る。このHO供給部は、例えば、液状のHOを貯留するHO貯留部と、該貯留部から引き出したHOを加熱して気化させるHOガス発生部と、該HOガス発生部と上記チャンバとを連絡して該チャンバ内にHOガスを供給するHO供給管を含み得る。上記雰囲気調整手段は、さらに、チャンバ内の気体を排出するガス排出管および真空ポンプを含み得る。また、チャンバ内の圧力を検出する圧力計を含み得る。
【0053】
好ましい一態様では、上記放電手段が、少なくとも上記固体樹脂材料の表面に沿って放電(沿面放電、好ましくはパルス沿面放電)を生じさせ得るように構成されている。さらに、該沿面放電に続いて、上記沿面放電により生じたプラズマ中を通って電流が流れる態様の放電(例えばアーク放電、好ましくはパルスアーク放電)を生じ得るように構成されていてもよい。かかる放電手段を構築し得る限り、上記電極の形状および配置は特に限定されない。例えば、二枚の板状電極が平行または非平行に配置された形態であり得る。また、一対の電極が同軸配置された形態であってもよい。
【0054】
上記装置は、前記形成されたプラズマを基材に向かう方向に電磁力により加速する電磁加速手段をさらに備え得る。好ましい一態様では、前記一対の電極の少なくとも一部は、前記有機材料の外方に張り出して(好ましくは、該材料から前記基材が配置される側に張り出して)、互いに対向する形状に設けられている。例えば、平行平板型電極の間に上記材料(固体樹脂材料)が配置され、その固体樹脂材料から上記電極がその長手方向(好ましくは基材側)に張り出してほぼ平行に延びる構成とすることができる。また、同軸型電極の外側電極と内側電極との間に固体樹脂材料が配置され、その固体樹脂材料から上記電極がその軸方向(好ましくは基材側)に張り出して延びる構成としてもよい。上記電磁加速手段は、前記放電に伴って生じる自己誘起磁場によって前記張り出した電極間にあるプラズマを前記方向に電磁加速し得るように形成されていることが好ましい。
【0055】
ここに開示される装置は、前記電圧印加手段が前記一対の電極間に接続されたキャパシタを含み、該キャパシタに蓄えられた電荷の放電によって前記材料からプラズマが形成されるように構成されたものであり得る。上記放電は、沿面放電であってもよく、沿面放電以外の形態の放電(例えばアーク放電)であってもよく、これらの両方(例えば、沿面放電および該沿面放電に続いて生じるアーク放電)を含む形態の放電であってもよい。
【0056】
ここに開示される装置は、上記材料の表面に沿った放電(すなわち、上記一対の電極間を短絡する沿面放電)のタイミングを制御する放電時期制御手段を備えることができる。この放電時期制御手段は、上記放電(例えば、前記キャパシタに蓄えられた電荷の放電)を誘起するイグナイタを含み得る。該イグナイタは、上記一対の電極間の導電性を一時的に高めることにより上記放電(例えば沿面放電)を誘起するものであり得る。好ましい一態様では、上記イグナイタによって前記電極間に微小放電(トリガー放電)を生じさせ、該微小放電によって前記キャパシタに蓄えられた電荷の放電(主放電)が誘起されるように構成されている。
【0057】
以下、図面を参照しつつ、ここに開示される方法に使用し得るCF材料製造装置の構成例および該装置を用いたCF材料の製造例を説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0058】
<CF材料製造装置の構成例(1)>
工程(A)の実施に好ましく使用し得るCF材料製造装置の一構成例を図1に示す。この装置1は、一対の板状電極(電極板)12,14と、それらの電極に電圧を印加する電圧印加手段20とを備える。これらによって、電極12,14間に挟まれた原料ガス源50に放電エネルギーを付与する放電手段10が構成されている。
電極12,14は、銅(Cu)等の導電性材料からなる短冊形の板状体であって、所定の間隔を開けてほぼ平行に対向配置されている。それらの電極12,14の間に絶縁性の固体樹脂材料(例えばPTFE)からなる原料ガス源50が挟みこまれている。すなわち、本態様では電極12,14が原料ホルダとしての機能を兼ね備えている。原料ガス源50は、電極12,14の長手方向の一端側に偏って配置されている。電極12,14の他端側は原料ガス源50から張り出して延びている。その張り出した電極の前方に、基板ホルダ62に保持された基板60が、該張り出し方向に対してほぼ垂直に(換言すれば、電極の長手方向が基板60の法線方向と概ね一致するように)配置されている。
【0059】
電圧印加手段20は、電極12と電極14との間に接続されたキャパシタ22と、該キャパシタと電気的に並列に接続されてその充電用電源として機能する直流電源24とを含む。直流電源24は、装置1の非作動状態(非放電状態)では、図1で上側に配置された電極12が陰極(cathode)となり、他方の電極14が陽極(anode)となるように接続されている。なお、電極(カソード)12は接地されている。電極(アノード)14は、制限抵抗器18を介して直流電源24に接続されている。
原料ガス源50の前面(電極12,14が張り出す側の表面、すなわち基板60側の面)近傍にはイグナイタ16が設置されている。このイグナイタ16は、高圧パルス発生源17を介してイグナイタ電源15のアノードに接続されており、任意のタイミングで電極12,14の間に微小放電を生じさせ得るように構成されている。
【0060】
装置1は、電極(原料ホルダ)12,14、および基板ホルダ62を収容する真空チャンバ3と、該チャンバ3内の雰囲気を調整する雰囲気調整手段30とを備える。雰囲気調整手段30は、チャンバ3内にHOを供給するHO供給部32を含む。このHO供給部32は、液状のHOを貯留するHOタンク322と、タンク322から引き出したHOを加熱して気化させるHOガス発生部324と、HOガス発生部324とチャンバ3とを連絡して該チャンバ3内にHOガスを供給するHO供給管326とを含む。雰囲気調整手段30は、さらに、チャンバ3に連絡されて該チャンバ3内の気体を外部に排出するガス排出管34および真空ポンプ36を含む。この雰囲気調整手段30を操作することにより、放電開始前のチャンバ3内は、90体積%以上がHOガスからなる圧力1×10−4〜1×10−3Torrの雰囲気ガス環境となるように調整されている。
【0061】
原料ガス源50がPTFEである場合を例として、図2を参照しつつ、図1に示す装置1により(A)工程を実施する際における作動を説明する。
(1).イグナイタ電源15からイグナイタ16にパルス状の高電圧を印加することにより、イグナイタ16の先端から微小パルス放電を行う。この放電(トリガー放電)によって原料ガス源50の一部が昇華し、さらにプラズマ化することにより、電極12,14の間に微量のプラズマが生成する。
(2).上記プラズマによって電極12,14間に高導電性の領域が形成される。このことがトリガーとなって電極12,14間が短絡し(すなわち絶縁が破れ)、両電極につながれたキャパシタ22に蓄えられていた電荷が一斉に流れることで主放電(典型的には、原料ガス源50の表面に沿った沿面放電およびこれに続くアーク放電)が形成される。
(3).上記主放電による電流が、ジュール加熱および輻射によって原料ガス源50にエネルギーを与えて昇華させる。その昇華物の一部は電離してプラズマとなり、主放電電流とその自己誘起磁場が作る電磁力によって図2の右方向(下流方向、矢印F方向)へと電磁力学的に加速される。上記昇華物は、さらに高エンタルピー気体の膨張によって気体力学的にも加速される。
(4).かかる電磁力学的・気体力学的加速によって上記プラズマは下流方向に加速され、その放電領域を広げつつ電極12,14外へと排出される。該プラズマ(プラズマ構成成分)が基板60の表面に堆積することにより、フッ素を含む炭素質膜(例えばフッ素含有DLC膜)が形成される。ここで、チャンバ内が上記雰囲気ガス環境に調整されていることにより、上記プラズマの堆積は、HOを存在させた雰囲気ガス中において上記加速されたプラズマに含まれる荷電粒子(加速粒子)が堆積表面に衝突しつつ進行する。このようにして上記(A)工程が実施される。
【0062】
<CF材料製造装置の構成例(2)>
工程(B)の実施に好ましく使用し得るCF材料製造装置の一構成例を図5に示す。この装置2は、一対の板状電極72,74と、それらを収容する真空チャンバ4と、チャンバ4内の雰囲気を調整する雰囲気調整手段30とを備える。電極72,74は、所定の間隔h3を隔てて対向するように平行配置されている。これらのうち一方の電極72には高周波電源(RF電源)76が接続され、他方の電極74はアースされている。その高周波電源76が接続された側の電極72上に、被処理材としてのフッ素樹脂(例えばPTFE板)70が配置されている。
【0063】
雰囲気調整手段30は、チャンバ4内にHOを供給するHO供給部32を含む。このHO供給部32は、図1に示す装置1と同様に、HOタンク322、HOガス発生部324、およびHO供給管326を含んで構成されている。雰囲気調整手段30は、さらに、チャンバ4内の気体を外部に排出するガス排出管34および真空ポンプ36を含む。この雰囲気調整手段30を操作することにより、チャンバ4内は、90体積%以上がHOガスからなる圧力5〜50Torrの雰囲気ガス環境となるように調整されている。かかる雰囲気ガス中において、RF電源76に20〜2000W程度の電力を投入して電極72,74間にRFバイアスを印加することにより、雰囲気ガス中のHOの少なくとも一部をプラズマ化し、そのプラズマ化したガス粒子を電極72側(すなわち被処理材70の表面に向かう側)に加速して被処理材70の表面に衝突させることができる。このことによって、被処理材70の表面付近に存在するC−F結合の少なくとも一部を切断してフッ素原子を脱離させ、被処理材70の表面におけるフッ素含有量を低下させることができる。
【0064】
以下、本発明に関連するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる具体例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0065】
<実験例1>
(サンプルA1の作製)
図1,2に示す構成のCF材料製造装置1を用いてフッ素含有炭素質膜(CF材料)サンプルA1を製造した。原料ガス源50としては、底面が10mm×10mmの正方形であって高さが20mmの四角柱状のPTFE(市販のPTFE樹脂を上記形状に切り出したもの)を使用した。電極12,14としては、幅10mm、長さ40mm、厚さ2mmの銅板を使用した。これらの電極12,14を、20mmの間隔でほぼ平行に対向配置し、その間にPTFE50を挟持した。PTFE50の表面(前面)から電極12,14の先端までの距離(実効電極長、図2に示す距離h1)は24mmとした。図1に示すように、PTFE50の上端に配置される電極12には該原料の表面(前面)近傍に貫通孔が設けられており、ここにイグナイタ16が配置されている。電極12,14には静電容量3μFのキャパシタ22が接続され、さらに該キャパシタと並列に直流電源24が接続されている。
【0066】
基板60としては、縦40mm、横40mm、厚さ2mmのステンレス板を使用した。この基板60を、電極12,14の長手方向と基板60の法線方向とがほぼ一致し、かつPTFE50の放電面の面重心と基板60の表面の面重心とを結ぶ仮想線が基板60の法線方向とほぼ一致するようにして、PTFE(原料ガス源)50の前面から基板表面までの距離(図2に示す距離h2)が40mmとなる位置に配置した。次いで、チャンバ3に接続された真空ポンプ36を稼働させて該チャンバ内の空気を排出することにより、チャンバ3の内圧を1×10−5Torr以下に調整した。
【0067】
そして、キャパシタ22からの放電間隔(ショット間隔)を4Hzとし、一回の放電により開放されるエネルギー(1ショット当たりのエネルギー)を1.0Jとして、トータルエネルギーが100kJとなるように設定された回数(すなわち100×10回)の放電を行うことにより、基材の表面にフッ素含有炭素質膜サンプルA1を形成した。ここで、1ショット当たりのエネルギー(キャパシタ22に蓄えられる充電エネルギーに対応し、キャパシタ22の静電容量Cおよび充電電圧Vを用いて次式:E=1/2CV;により算出される。)は、直流電源24からの印加電圧(V)を調整することにより上記値となるように調節した。また、放電間隔(放電のタイミング)は、イグナイタ26からの微小放電のタイミングによって制御した。すなわち、イグナイタ26からの放電を0.25秒間隔で行うことにより、続く主放電(キャパシタ22に蓄えられた電荷の放電)を4Hzの間隔で生じさせた。
【0068】
(サンプルA2の作製)
上記サンプルA1の作製において、チャンバ3内の空気を排出した後、チャンバ3内に水蒸気を供給(すなわちHOを添加)することにより、放電開始前におけるチャンバ3の内圧(雰囲気ガス圧力)を1×10−4Torrに調整した。その他の点はサンプルA1の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA2を作製した。なお、上記水蒸気の供給は、実質的にHOからなるガスをHO供給管326からチャンバ3内に導入することにより行った(空気排出後にチャンバ3内に水蒸気を供給して作製した他のサンプルにおいて同じ。)。このように空気排出後のチャンバ3内に実質的にHOガスのみを供給して調整された雰囲気ガスのHO分圧は、該雰囲気ガスの全圧(すなわちチャンバの内圧)の少なくとも90%以上であり、典型的には概ね100%である。
【0069】
(サンプルA3の作製)
上記サンプルA1の作製において、チャンバ3内の空気を排出した後、チャンバ3内に水蒸気を供給(添加)することにより、雰囲気ガス圧力を2.5×10−4Torrに調整した。その他の点はサンプルA1の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA3を作製した。
【0070】
これらのサンプルA1〜A3につき、各基板の中央部(上辺から20mm、左辺から20mmの位置)に形成された膜について、ナノインデンテーション法を用いて硬度を測定した。得られた結果を、各サンプルの作製条件の概略とともに表1に示す。なお、HOを添加して調製された雰囲気ガス中で作製したサンプルについては、放電開始前におけるチャンバの内圧(雰囲気ガス圧)をカッコ内に示した。
【0071】
【表1】

【0072】
表1に示されるように、電磁力により基板に向けて加速された原料ガスプラズマを該基板上に堆積させて形成されたフッ素含有炭素質膜サンプルA1〜3のうち、HOを意図的に添加して調製された雰囲気ガス中において上記プラズマを堆積表面に衝突させつつ堆積させたサンプル2,3は、HOの意図的な添加を行わなかったサンプルA1に比べて明らかに高硬度であった。より具体的には、サンプルA2,A3の硬度は、サンプルA1に比べて2割以上(2割〜5割程度)向上していた。また、サンプルA1〜A3において採用した雰囲気ガス条件の範囲では、該雰囲気ガスに含まれるHOガス量(すなわち、チャンバ内へのHO添加量)が多くなるにつれて、より硬度の高い膜(CF材料)が形成される傾向にあった。
【0073】
サンプルA1〜A3のラマンスペクトルを測定したところ、いずれもDLCに特徴的なラマンスペクトル、すなわち1350cm−1付近(Dバンド)のブロードなピーク(Dピーク)と1550cm−1付近(Gバンド)のブロードなピーク(Gピーク)とが重ね合わさったスペクトルが観察された。また、X線電子分光分析の結果から、サンプルA1〜A3がいずれも炭素(C)の他にフッ素(F)を含むこと(すなわち、フッ素を含むDLC膜であること)が確認された。
【0074】
<実験例2>
(サンプルA4,A5の作製)
上記サンプルA1の作製において、ショット間隔を8Hzおよび16Hzに変更した。その他の点はサンプルA1の作製と同様にしてフッ素含有炭素質膜サンプルA4,A5を作製した。
【0075】
(サンプルA6〜A8の作製)
上記サンプルA5(ショット間隔16Hz)の作製において、チャンバ3内の空気を排出した後、チャンバ3内に水蒸気を供給することにより、雰囲気ガス圧力を1×10−4Torr、5.5×10−4Torrおよび10×10−4Torrに調整した。その他の点はサンプルA1の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA6,A7およびA8を作製した。
【0076】
これらのサンプルA4〜A8につき、上記と同様に硬度を測定した。その結果を、各サンプルの作製条件の概略とともに表2に示す。この表には、比較のため、サンプルA1の結果を併せて示している。
【0077】
【表2】

【0078】
Oの意図的な添加を行うことなく調製された雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させて作製したサンプルA1,A4,A5同士の比較からわかるように、成膜レートを高めようとしてショット間隔を短く(ショット頻度を多く)すると膜硬度は低くなる傾向にあり、特にショット間隔を16HzとしたサンプルA5では膜硬度が著しく低下した。
【0079】
これに対して、HOを意図的に添加した雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させたサンプルA6〜A8では、サンプルA5と同じショット間隔(16Hz)でありながら、サンプルA5に比べて硬度が2.5倍以上と大きく向上した。HOの添加量をより多くしたサンプルA7,A8では、サンプルA6に比べて更に顕著な膜硬度向上効果が実現された。このようにショット頻度(周波数)を高くしたことにより、サンプルA1の作製における成膜レートが191nm/時間であったのに対し、サンプルA7の成膜レートは913nm/時間、サンプルA8では954nm/時間であり、サンプルA1の4.8〜5.0倍の成膜レートが実現された。特にサンプルA7の製造においては、サンプルA1に勝る硬度(より具体的には、サンプルA1よりも4割以上向上した硬度)の膜を、サンプルA1に比べて著しく高い成膜レートで形成することができた。なお、上記成膜レートは、基板の一部に予めマスクテープを貼った状態で成膜を行い、成膜後に上記マスクテープを剥がすことでフッ素含有炭素質膜が形成された箇所と形成されていない箇所(基板表面が露出した箇所)との間に段差をつくり、その段差の高さを触針式の段差計または粗さ計で計測することにより算出した。
【0080】
サンプルA5およびA7につきXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)を行ってそのC1sスペクトルを観察したところ、A5に比べてA7では、C−F結合の存在を示すピーク(例えば、CFおよびCFの結合エネルギーに対応するピーク)の高さが明らかに低くなっていた。この結果は、HOを添加した雰囲気中で加速された原料ガス(加速粒子としても機能し得る。)を堆積させることにより堆積表面からF原子の一部が除去されるという上記推察を裏付けるものである。
【0081】
<実験例3>
(サンプルA9の作製)
上記サンプルA1の作製において、1ショット当たりのエネルギーを1.5Jに変更し、トータルエネルギーが100kJ(A1と同じ)となるようにショット回数を調整した。また、電極12,14の間隔を24mmに変更した。その他の点はサンプルA1の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA9を作製した。
【0082】
(サンプルA10の作製)
上記サンプルA1の作製において、チャンバ3内の空気を排出した後、チャンバ3内に水蒸気を供給して雰囲気ガス圧力を9×10−4Torrに調整した。また、1ショット当たりのエネルギーを1.8Jに変更し、トータルエネルギーが100kJとなるようにショット回数を調整した。さらに、ショット間隔を16Hzに変更した。
その他の点はサンプルA1の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA10を作製した。
【0083】
これらのサンプルA9,A10につき、上記と同様に硬度を測定した。その結果を、各サンプルの作製条件の概略とともに表3に示す。この表には、比較のため、サンプルA1の結果を併せて示している。
【0084】
【表3】

【0085】
表3に示されるように、成膜レートを高めようとして1ショット当たりのエネルギーを高くしたサンプルA9では、サンプルA1に比べて膜硬度が大きく低下した。このように、HOの意図的な添加を行うことなく調製された雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させる従来の方法では、サンプルA1,A4,A5およびA9の比較からわかるように、ショット頻度を高くする手法および1ショット当たりのエネルギーを高くする手法のいずれによっても得られるサンプルの硬度が低下してしまい、成膜レートの向上と硬度の維持または向上とを両立させることができなかった。
【0086】
これに対して、HOを意図的に添加した雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させたサンプルA10では、A1に比べて1ショット当たりのエネルギーを1.8倍とし、かつショット頻度を4倍にしたにもかかわらず、サンプルA1に勝る(ほぼ2倍の)膜硬度が実現された。サンプルA10の成膜レートは1838nm/時間であり、サンプルA1のほぼ10倍であった。このように、サンプルA10の製造では、サンプルA1よりも明らかに高硬度の膜を、サンプルA1に比べて著しく高い成膜レートで形成することができた。
【0087】
<実験例4>
(サンプルA11の作製)
上記サンプルA1の作製において、1ショット当たりのエネルギーを1.5Jに変更し、トータルエネルギーが100kJとなるようにショット回数を調整した。また、ショット間隔を8Hzに変更し、電極12,14の間隔を10mmに変更した。その他の点はサンプルA1の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA11を作製した。
【0088】
(サンプルA12の作製)
上記サンプルA11の作製において、チャンバ3内の空気を排出した後、チャンバ3内に水蒸気を供給して雰囲気ガス圧力を5.0×10−4Torrに調整した。その他の点はサンプルA11の作製と同様にして、フッ素含有炭素質膜サンプルA12を作製した。
【0089】
これらのサンプルA11,A12につき、上記と同様に硬度を測定した。その結果を、各サンプルの作製条件の概略とともに表4に示す。
【0090】
【表4】

【0091】
本実験例においても、HOの意図的な添加を行うことなく調製された雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させて作製したサンプルA11に比べて、HOを意図的に添加した雰囲気ガス中で原料ガスを堆積させたサンプルA12では膜硬度が大幅に(約2倍に)向上することが確認された。
【0092】
サンプルA11,A12のラマンスペクトルを測定した。得られたスペクトルを、サンプルA11については図3に、サンプルA12については図4に示す。これらの図からわかるように、サンプルA11,A12のいずれにおいてもDピークとGピークとが重ね合わさったスペクトル(DLCに特徴的なラマンスペクトル)が観察された。このスペクトルをDピークとGピークとに分解し、バックグラウンドの強度を差し引いてDピークの強度(ID)およびGピークの強度(IG)を算出した。上記バックグラウンド(図3,4中の点線)は、ラマンシフト1600cm−1〜1800cm−1付近におけるラマンスペクトルの平坦部の傾きを外挿することにより求めた。そして、Dピークの位置とGピークの位置との中間位置(ラマンシフト)におけるバックグラウンドの強度をIBとして(図3,図4参照)、IG/IBの値を算出したところ、サンプルA11(図3)ではIG/IB=1.53であり、サンプルA12(図4)ではIG/IB=2.26であった。DLC膜に含まれるsp結合の割合が高くなると、IG/IBの値は大きくなり、膜硬度は高くなる傾向にある。したがって、上記IG/IBの値は、サンプルA12がサンプルA11よりも高硬度であることと一致するものである。また、DLC膜に含まれるフッ素量が多くなるとsp結合の割合は低下傾向となることから、上記IG/IBの値は、HOを添加した雰囲気中で加速された原料ガスを堆積させることにより堆積表面からF原子の一部が除去されるという上記推察を裏付けるものである。
【0093】
<実験例5>
(サンプルB1の作製)
図5に示す構成のCF材料製造装置2を用いて、被処理材70(ここではPTFEを使用した。)の表面を処理することにより、CF材料を作製した。電極72,74の間隔h3は35mmとした。チャンバ4内の雰囲気ガスは、該チャンバに接続された真空ポンプ36を稼働させてチャンバ4内の空気を排出することにより内圧を5Pa(約3.8×10−2Torr)以下に減圧した後、実質的にHOからなるガスをチャンバ4に供給して、チャンバ4の内圧を12〜13Pa(約0.1Torr)に調整した。RF電源76に30Wの電力を投入して電極72,74間にRFバイアスを印加することにより、雰囲気ガス中のHOの少なくとも一部をプラズマ化した。そのプラズマ化したガス粒子(水プラズマ)を電極72側(すなわち被処理材70の表面に向かう側)に加速し、該粒子を被処理材70の表面に衝突させてイオン衝撃を加えた。上記RFバイアスの印加時間(処理時間)は15秒間とした。このようにしてCF材料サンプルB1(表面処理されたPTFE)を作製した。
【0094】
(サンプルB2の作製)
上記サンプルA1の作製において、チャンバ4内の空気を排出した後に供給するガスを乾燥アルゴンガスに変更した。これによりチャンバ4内を、アルゴンガス中に概ね5PaのHOガスを含む雰囲気ガス(全圧12〜13Pa)環境に調整した。その他の点についてはサンプルB1の作製と同様にして、CF材料サンプルB2を作製した。
【0095】
(サンプルB3の作製)
図5に示す装置2において、被処理材70を電極72上ではなく電極74上に配置した。かかる配置変更により、被処理材70に対する水プラズマの加速方向を、サンプルB1の作成時とは逆向き(被処理材70の表面から遠ざかる方向)にした。これにより、被処理材70の表面に加わるイオン衝撃を、サンプルB1に比べて大幅に弱くした。その他の点についてはサンプルB1の作製と同様にして、CF材料サンプルB3を作製した。
【0096】
このようにして得られたサンプルB1〜B3の表面のIRスペクトルを測定した。また、対照として、上記処理前のPTFE(サンプルB0)の表面のIRスペクトルを測定した。それらのIRスペクトルを、PTFE特有の吸収がみられる波数領域を拡大して図6に示す。この図からわかるように、HOを添加した雰囲気ガス中において、被処理材70の表面に向けて加速したプラズマを該表面に衝突させて製造されたサンプルB1では、C−F結合に起因する吸収がサンプルB0に比べて大幅に弱められた。このスペクトルデータは、上記表面処理により被処理材表面のC−F結合が効果的に切断されて該表面からF原子が除去されたことを支持するものである。一方、HOの分圧が50%に満たない雰囲気ガス中で処理したサンプルB2では、サンプルB1に比べて処理効果(例えばF原子の除去効果)が少なかった。プラズマの加速方向を基板表面から遠ざかる方向としたサンプルB3では、さらに処理効果が少なかった。
【符号の説明】
【0097】
1,2:CF材料製造装置
3,4:真空チャンバ(チャンバ)
10:放電手段
12,14:電極(原料ホルダ)
15:イグナイタ電源
16:イグナイタ
17:高圧パルス発生源
18:制限抵抗器
20:電圧印加手段
22:キャパシタ
24:直流電源
30:雰囲気調整手段
32:HO供給部
322:HOタンク
324:HOガス発生部
326:HO供給管
34:ガス排出管
36:真空ポンプ
50:原料ガス源(固体樹脂材料)
60:基板(基材)
62:基材ホルダ
70:被処理材
72,74:電極
76:高周波電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素を含有する炭素材料を製造する方法であって、
以下の工程:
(A)フッ素および炭素を含む原料ガスを気相から基材上に堆積させてフッ素および炭素を含む堆積物を形成する工程、ここで、前記原料ガスを堆積させる期間のうち少なくとも一部の期間では、所定の雰囲気ガス中において、前記基材に向けて加速されたガス粒子を堆積表面に衝突させつつ前記原料ガスを堆積させる;および、
(B)所定の雰囲気ガス中において、フッ素および炭素を含む被処理材の表面に、該表面に向けて加速されたガス粒子を衝突させる処理を施す工程;
のうちの少なくとも一方を包含し、
ここで、前記所定の雰囲気ガスは、以下の条件:
(1)HOを添加して調製された雰囲気ガス;および、
(2)HOを主成分とする雰囲気ガス;
の少なくとも一方を満たすガスである、フッ素含有炭素材料の製造方法。
【請求項2】
前記所定の雰囲気ガスは、前記(A)工程または前記(B)工程に用いるチャンバ内を減圧にした後、該チャンバ内にHOを供給して調製される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記加速されたガス粒子は、荷電粒子を電磁力により加速したものである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記(A)工程における原料ガスは、フッ素を含む固体状有機材料を昇華させて得られたものである、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記(A)工程における原料ガスは、フッ素を含む固体状有機材料に放電エネルギーを付与することにより該材料からプラズマを形成して得られたものである、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記(A)工程における堆積物はダイヤモンドライクカーボン膜である、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記(B)工程により、前記被処理材の表面におけるフッ素含有量を低下させる、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−162815(P2011−162815A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−24509(P2010−24509)
【出願日】平成22年2月5日(2010.2.5)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度採択課題、文部科学省、知的クラスター創成事業「東海広域ナノテクものづくりクラスター構想」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】