説明

モータ制御装置及びモータ制御方法

【課題】d軸電流を同期起動制御に用いることなく、d軸電流を用いた同期起動制御からセンサレス制御に切り替えるときに生じる急加速や急減速等による振動、騒音を低減するとともに、電流の跳ね上がり等制御及び動作の不安定を回避する。
【解決手段】ブラシレスDCモータ1の制御装置2であって、前記モータ1の同期始動制御をq軸電流を用いて行うとともに、前記同期始動制御からセンサレス制御に移行する際に、前記モータ1の回転速度として位置推定器が前記q軸電流から算出した推定速度を用いて行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラシレスDCモータをベクトル制御するモータ制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に示すように、位置センサや速度センサを用いることなく、モータに流れる電流と磁束方向からモータの回転位置や回転速度を推定演算し、その演算結果と設定値との比較結果からモータを制御(センサレスベクトル制御)するモータ制御装置が知られている。ここでモータ制御装置の位置推定部では、制御する回転座標系としてモータの磁石N極の向きをd軸、このd軸からπ/2進んだ直交軸をq軸と定めて、位置推定部内では任意のγ−δ軸をとり電流及び電圧を制御するとともに、位置推定演算を実行することで、d−q軸とγ−δ軸とを一致させて、モータトルクを自在に制御する。
【0003】
位置センサレス方式によるモータ制御では、その始動方法に同期起動を適用したものがある。これは起動時に磁石による鎖交磁束と負荷角(Δθ)により発生するトルクを利用したフィードフォワード制御であり、モータのd−q軸と同期起動制御内で任意に定めたγ’−δ’軸が負荷角のずれを持って同期回転するものである。この場合の電流指令値は、γ’軸電流指令値であり、以下のようなトルクTを発生する。
【0004】
T =P×(Φ+(Ld−Lq)×Iγ)×Iδ ・・・(1)
Id=Iγ’cos(Δθ)、Iq=Iγ’sin(Δθ)
Id:d軸電流、Iq:q軸電流
Δθ:d軸からγ’軸のずれ角(負荷角)
Φ :磁石による電気子鎖交磁束
【0005】
式(1)よりγ’軸電流をトルク発生の為の電流指令値とすることで、そのときの負荷とトルクが釣り合う負荷角でモータが動作する。位置推定部内のγ−δ軸がモータのd−q軸と一致していれば、同期起動制御中のγ’−δ’軸とγ−δ軸も負荷角だけ位置がずれていることになる。このまま位置センサレス制御に切り換えると、急加速や急減速、過電流等の切り替えショックが発生する恐れがある。
【0006】
そこで位置センサレス制御に移行する前の位置合わせの期間(移行期間)として、γ’軸電流を位置誤差に応じてγ−δ軸に分配してトルク変動を抑え、そののちに推定位置誤差を収束させるようにして切り替えショックを低減する方法が適用されている。
【0007】
同期起動制御中のγ’軸電流指令値は最大トルクを出力させるためにインバータの制限電流値(最大電流値)が用いられる。このため通常負荷角がπ/2以下であり、γ’軸電流は正の大きな値としてγ軸に分配される。埋込磁石内蔵型同期モータ(IPM)のように突極比が1以上(Ld−Lq<0)のモータの場合、正のγ軸電流は、式(1)から負のトルクを発生させている。モータを効率良く制御するため、起動時は通常iγ電流指令値をゼロにしている。分配された結果、γ軸に残された電流は指令値になるように、且つトルク急変が無いように調整される。δ軸に分配された電流は負荷に応じたトルクを出すために必要な電流値となる。位置センサレス制御に移行する前後で実速度と推定速度はほぼ一致しているため、δ軸電流は移行当初、そのまま指令値として用いられる。こうして位置センサレス制御に移行した後、速度制御が収束し安定動作するようになる。
【0008】
しかしながら、上記の制御方式の場合、以下のような2つの問題がある。
【0009】
1つ目は、γ’軸電流指令値を同期起動制御に用いるため、負荷が大きい場合、つまり負荷角がπ/2以上である場合、位置センサレス制御に切り換えたときに位置推定演算結果が負の値となり、急減速し、最悪の場合脱調する。突極比1以上のモータではq軸よりやや位相が進んだ軸位置で最大トルクを発生する。負荷角を用いて表現すると、π/2を超えた位置にあり、本来のモータ性能を発揮することができない。その影響は起動時の効率低下として表れる。
【0010】
2つ目は、負荷が軽い場合、負荷角が小さい状態で同期起動制御が行われるため、電流分配した際、電流のほとんどがγ軸電流として分配される。この状態で位置センサレス制御に移行するとほぼ最大の電流指令値がγ軸電流として流れるため、γ軸電流が指令値ゼロに調整される過程で、トルク過多となり急加速することがある。さらに速度超過であることから、トルク電流を抑制するためδ軸電流指令値がゼロ以下になる場合がある等、位置センサレス制御切り替え時に制御及び動作が不安定になることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2008−278594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで本発明は、上記問題点を一挙に解決すべくなされたものであり、d軸電流を同期起動制御に用いることなく、γ軸電流指令値を用いた同期起動制御からセンサレス制御に切り替えるときに生じる急加速や急減速等による振動、騒音を低減するとともに、電流の跳ね上がり等制御及び動作の不安定を回避することを主たる所期課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち本発明に係るモータ制御装置は、ブラシレスDCモータの制御装置であって、前記モータの同期始動制御をq軸電流を用いて行うとともに、前記同期始動制御からセンサレス制御に移行する際に、前記モータの回転速度として位置推定器が前記q軸電流から算出した推定速度を用いて行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
このように構成した本発明によれば、同期始動制御においてq軸電流を用いており、同期始動制御からセンサレス制御に移行する際に、同期始動制御において位置推定器により得られた推定速度を用いているので、同期起動制御からセンサレス制御に切り替えるときに生じる急加速や急減速等による振動、騒音を低減するとともに、電流の跳ね上がり等制御及び動作の不安定を回避することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】モータ制御装置の位置センサレス制御系を示す図。
【図2】従来の起動シーケンスを示す図。
【図3】本実施形態の起動シーケンスを示す図。
【図4】従来の同期起動制御におけるモータの挙動(Δω>0)を示す図。
【図5】従来の同期起動制御におけるモータの挙動(Δω<0)を示す図。
【図6】本実施形態の同期起動制御におけるモータの挙動(Δω>0)を示す図。
【図7】本実施形態の同期起動制御におけるモータの挙動(Δω<0)を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0017】
本実施形態にかかるモータ制御装置2は、例えば、3相駆動される洗濯機のブラシレスDCモータを制御するものである。図1は、本モータ制御装置2を用いたモータ駆動システム100を示している。この図1中、符号1は前記ブラシレスDCモータ、符号2は、本実施形態に係るモータ制御装置2、符号3は、電機子電流を測定する電流計3(電流測定手段)、符号4は、モータ制御装置2からの指令信号を受け付けて前記モータ1を駆動するドライブ回路である。
【0018】
前記モータ制御装置2は、CPU、メモリ、I/Oチャネル、A/Dコンバータ等を備えたマイクロコンピュータであり、前記メモリに記憶させたプログラムにしたがってCPU及びその周辺機器が協働することにより、モータ1に対してフィードバックによるセンサレスベクトル制御を実施する。すなわち、前記電流計3で測定されたモータ1の電機子電流Ishからロータの回転速度及び位置を推定算出し、その推定算出されたロータの推定回転速度と予め設定された目標回転速度との偏差を小さくするようにモータ1に供給する電機子電流(または電機子電圧Vu、Vv、Vw)を設定する。
【0019】
このモータ制御装置2の位置センサレス制御系を図1に示す。補字(*)のついた変数は指令値であり、Δは誤差を示す補字である。
【0020】
そして、モータ制御装置2は、モータ1の同期起動制御において、q軸電流を用いてモータ1を制御する。具体的には、図1の指令値演算器はIdc=0、Iqc=インバータの制限電流値(最大電流値)とする。また、IdcRefもゼロ指令としている。スイッチAは同期起動制御からセンサレス制御モードに切り替わるときに制御系が速度制御器を通るように動作する。スイッチBは同期起動期間から移行期間に切り替わる時にスイッチ二次側のIntegral演算器には推定速度ω1が入力されるように動作する。
【0021】
図2に従来の起動シーケンスを示す。起動直後、ロータの位置を固定するための位置決め期間、次に同期起動制御による同期起動の期間、その後、移行期間を経てセンサレス制御期間となる。これらの期間に必要な時間は、アプリケーションやモータの仕様等により適当な値に設定している。また、図3に本実施形態の起動シーケンスを示す。Idcはゼロ指令としている。
【0022】
従来の方式では、負荷角Δθがπ/2以上で、推定速度が急激に減少して収束するように動作する。Iγ=Imax、Iδ=0として、モータの動作を推定演算部で使われるγ−δ軸で表記すると以下のようになる。
【0023】
【数1】

Vγ=Vd・cos(Δθ)+Vq・sin(Δθ) ・・・(3)
Vδ=−Vd・sin(Δθ)+Vq・cos(Δθ) ・・・(4)
Iγ=Id・cos(Δθ)+Iq・sin(Δθ) ・・・(5)
Iδ=−Id・sin(Δθ)+Iq・cos(Δθ) ・・・(6)
【0024】
式(2)より、
Vγ=R・Iγ−ω・Lq・Iδ ・・・(7)
【0025】
式(7)に式(3)〜(6)を代入して、推定速度誤差をΔωとすると、
Vd・cos(Δθ)+Vq・sin(Δθ)−R・(Id・cos(Δθ)+Iq・sin(Δθ))+ω・Lq・Iδ=Δω ・・・(8)
【0026】
Iδ=0より式(8)は第4項が0となり、以下のようになる。
Vd・cos(Δθ)+Vq・sin(Δθ)−R・(Id・cos(Δθ)+Iq・sin(Δθ))=Δω ・・・(9)
【0027】
Δθ=π/2のとき、cos(Δθ)=0、sin(Δθ)=1より式(9)は、
Vq−R・Iq=Δω ・・・(10)
【0028】
式(2)より、
Vδ−R・Iδ−ω・Ld・Iγ−ωΦ=0 ・・・(11)
【0029】
式(10)、(11)により、
Δω=ω・Ld・Iγ+ωΦ・・・(12)
Δθ=π/2よりIγ=0、よって式(12)は、Φ>0、ω>0より、
Δω=ωΦ>0
【0030】
負荷が大きく最大電流で同期起動しているにも関わらず、負荷角Δθ=π/2で位置推定演算結果がΔω>0より加速させようとしていることが分かる(図4)。つまり、最大トルク運転しているにも関わらず、それ以上のトルクを要求しているため十分な収束性能が得られない。
【0031】
さらにΔθ>π/2の負荷角で動作した場合を示す。
Δθ>π/2のとき、cos(Δθ)<0、sin(Δθ)>0より、
−cos(Δθ)・(Vd−R・Iγ)+sin(Δθ)・(Vq−R・Iδ)=Δω ・・・(14)
【0032】
式(2)より、
−ω・Lq・Iδ+ω・Ld・Iγ+ωΦ=Δω ・・・(15)
【0033】
Δθ>π/2より、Iγ<0なので、Ld−Lq<0、つまり式(15)の第1項、第2項は負の値、第3項は電流Iδに比例して小さい値であることから、Δω<0となる。つまり、γ’−δ’軸がγ−δ軸よりπ/2以上になるとΔωが負の値、つまりブレーキをかけることになり、急減速することが分かる(図5参照)。γ’−δ’軸は負荷角が負になることは無いので、制御範囲は0〜π/2の範囲となる。
【0034】
そこで、本実施形態では同期起動をIδ指令値として行う。この場合、負荷角Δθはδ軸からの位相誤差と定義する。
【0035】
Iγ’=0、Iδ’=Imaxとすると、以下のように表される。
Iγ’=0よ、り式(8)の第3項の(Id・cos(Δθ)+Iq・sin(Δθ))はゼロとなることより、式(8)は以下のように表される。
Vd・cos(Δθ)+Vq・sin(Δθ)+ω・Lq・Iδ=Δω ・・・(16)
【0036】
Δθ=π/2のとき、cos(Δθ)=0、sin(Δθ)=1、またIδを代入して式(16)は、
Vq−ω・Lq・Id=Δω ・・・(17)
【0037】
Δθ=π/2であることから、Id<0。よって、Δω>0となる。つまり、同期中の軸γ’−δ’軸と位置推定軸γ−δ軸の位相誤差がπ/2以下であればモータは加速するように動作する(図6参照)。
【0038】
Δθ=−π/2のとき、cos(Δθ)=0、sin(Δθ)=−1、またIδを代入して式(16)は、
−Vq−ω・Lq・Id=Δω ・・・(18)
【0039】
Δθ=−π/2であることから、Id>0。よって、Δω<0の値となる。つまり位相誤差が−π/2以下であれば、モータは減速するように動く(図7参照)。
【0040】
Iδを同期起動の指令電流としたときの制御範囲は−π/2〜π/2となり、制御できる範囲は従来と比較し2倍の範囲を持つことが分かる。
【0041】
推定位置にはわずかでも誤差が含まれるのが一般的である。この場合、Iδ同期起動では、Iδ電流がインバータの最大電流値としているため、急加速する危険があり、位置収束する過程で加速するIδ同期起動においては致命的である。
【0042】
そこで、位置推定と同期起動軸のγ’−δ’軸との差(π/2−負荷角相当)が大きい場合は同期起動電流Iδの値を制限することで推定位置誤差による急加速を回避し、Iδ同期起動を実施する。つまり負荷角に応じて同期起動中の指令電流Iδを制御することによって、負荷角を制御し、かつセンサレス制御切り替え時の速度変化を抑制することで、制御範囲の広いIδ同期起動を可能とする。
【0043】
さらに、同期起動をIδ電流指令で実行することで、位置センサレス制御へ移行する移行期間に次のような効果を奏する。同期起動制御中に与えたδ’軸電流を推定軸であるγ−δ軸に分配する移行期間では、これまでトルクが必要な場合ほど位相誤差が大きかったため、推定速度を使うと過電流、急加速になるため、移行期間中はフィードフォワードの速度指令を適用していた。しかし、制御の切り替え中が不安定動作となりやすいため、フィードバック制御となる推定速度を使い安定動作をさせることが望ましい。本発明では、δ’軸電流を電流指令に使うことで、トルクが大きい方が位置誤差が小さくなるため、推定速度を適用することができる。また、併せてγ軸電流は式(2)の演算結果に関わらず常にゼロとすることで、位置誤差が収束するとともにγ電流が減少するため、より安定したセンサレス制御への移行を実現することができる。
【0044】
その他、本発明は前記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0045】
1 ・・・モータ
2 ・・・モータ制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラシレスDCモータの制御装置であって、前記モータの同期始動制御をq軸電流を用いて行うとともに、前記同期始動制御からセンサレス制御に移行する際に、前記モータの回転速度として位置推定器が前記q軸電流から算出した推定速度を用いて行うことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記同期始動制御及び前記同期始動制御からセンサレス制御に移行する際においてd軸電流を常にゼロとしている請求項1記載のモータ制御装置。
【請求項3】
ブラシレスDCモータの制御方法であって、前記モータの同期始動制御をq軸電流を用いて行うとともに、前記同期始動制御からセンサレス制御に移行する際に、前記モータの回転速度として位置推定器が前記q軸電流から算出した推定速度を用いて行うことを特徴とするモータ制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−130100(P2012−130100A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−277030(P2010−277030)
【出願日】平成22年12月13日(2010.12.13)
【出願人】(598045058)株式会社サムスン横浜研究所 (294)
【Fターム(参考)】