説明

レーザーアニーリングを利用したβ−FeSi2の製造方法

【課題】 高品位の結晶性を有し、優れた光・電気特性を示すβ−FeSi2を高効率で得ることができ、しかも広範囲な基板への集積が可能な低温での合成が簡便に行える、工業的に有利なβ−FeSi2の製造方法を提供する。
【解決手段】 レーザーアニーリングによりβ−FeSi2種結晶を有する薄膜からβ−FeSi2を製造する方法において、該レーザーアニーリングを、β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面の少なくとも一部が液相状態となる条件下で行う。好ましくは、レーザーアニーリングに用いる照射レーザーフルエンスを0.3J/cm2〜1.5J/cm2、パルスレーザー光の照射回数が1〜100ショットとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザーアニーリングを利用し、結晶性に優れた高品位のb−FeSi2結晶を低温下で製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β−FeSi2は、バンドギャップ0.8−0.85 eVの半導体であり、1.5μm光通信帯で近赤外発光を示す特性を有し、クラーク数2位と4位のSiとFeから構成される人畜無害な環境低負荷型の近赤外発光・受光材料として注目を集めている。更に、従来の太陽電池用半導体材料に比べて極めて高い光吸収係数を示すことから、新規な高効率太陽電池材料としても期待されている。
【0003】
これまでに、β−FeSi2薄膜作製手法としては、(イ)Si基板中にFe+イオンを高濃度に注入した後800〜940℃で熱アニールを行うイオン注入法(例えば非特許文献1参照)、(ロ)Si基板をSiとFeが反応する程度まで高温に加熱した状態でFeを堆積させる熱反応堆積法(例えば非特許文献2参照)、(ハ)FeとSiを高温にあるいは室温保持した基板上に同時蒸着させ高温アニールする分子線エピタキシー法(例えば非特許文献3参照)等の方法が知られている。
【0004】
しかし、これらの手法によるβ−FeSi2薄膜作製は、成膜時の高い基板温度(〜400℃以上)と成膜後の熱アニールにおいて高温(〜800℃以上)を通常必要とし、また成膜後の熱アニールは長時間(1〜20時間)に及ぶため、耐熱性のある基板に限定されるばかりでなく、プロセスが煩雑であり、β−FeSi2の半導体特性の再現性の低下をまねくといった共通の難点があった。
【0005】
これらの問題点を解決するために、本願発明者らは、レーザーアブレーション法により生じる液滴(ドロップレット)を従来法の如く抑制・排除することなくその生成量を増大させ、低温(100℃未満)保持した基板上に堆積させて、このドロップレットをβ−FeSi2結晶を含む粒子に変換し、これがFeSi2アモルファス相の上に島状に堆積する薄膜およびその効率的な製造方法を先に提案した。(特許文献1)。
【0006】
しかし、この方法も、β−FeSi2の応用上重要な近赤外発光を得るためには、成膜後の熱アニールに高温、長時間(800℃、6時間)を要し、さらなる結晶性向上を図る必要があった。
【0007】
さらに、本発明者らは、成膜後の熱アニールを一切必要としないプロセスを目指し、上記の室温成膜したFeSi2アモルファス相の上にβ−FeSi2結晶を含む粒子が島状に堆積する薄膜に対して、0.2J/cm2の低いフルエンスのKrFエキシマレーザー光(波長 248nm)を6000ショット繰り返し照射して、β−FeSi2結晶を合成した(非特許文献4)。
【0008】
この方法によれば、アモルファス相である粒子以外の部位では変化が確認されなかったのに対し、結晶を含む粒子からのβ−FeSi2に帰属されるラマンピーク強度が約2倍に増加したことから、粒子部位でのβ−FeSi2結晶を高品位化するが可能となる。
【0009】
しかしながら、その後の本発明者らの検討によれば、この方法は、固相中の原子拡散を利用したレーザーアニーリング方法であり、1ショットのレーザー照射により期待できる固相中の原子拡散は決して顕著ではなく、千を超える多数のパルスレーザー光の照射を必要とするため、製造コスト高につながるばかりでなく、FeSi2中でのFe、Siおよび不純物の偏析の可能性が大きな問題となり、更なるβ−FeSi2結晶の高品位化技術の開発が不可欠であることが判明した。
【0010】
【特許文献1】特開2004−250319号公報
【非特許文献1】Y. MaedaらThin Solid Films (2001) Vol. 381 pp. 219
【非特許文献2】T. SuemasuらJpn. J. Appl. Phys. (1997) Vol. 36 pp. L1225
【非特許文献3】N. HiroiらJpn. J. Appl. Phys. (2001) Vol. 40 pp. L1008
【非特許文献4】A. Narazakiら. Mater. Res. Soc. Symp. Proc. (2005) Vol.848 pp.FF3.9.1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、このような背景技術に鑑みなされたものであって、その目的は、高品位の結晶性を有し、優れた光・電気特性を示すβ−FeSi2を高効率で得ることができ、しかも広範囲な基板への集積が可能な低温での合成が簡便に行える、工業的に有利なβ−FeSi2の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、β−FeSi2種結晶を含有する薄膜に対して、薄膜表面のみを瞬間的に溶融させる程度(液相状態)のパルスレーザー光を照射するレーザーアニーリング法が、上記課題に対して有効であることを知見し、本発明を完成するに至った。
すなわち、この出願によれば、以下の発明が提供される。
(1)レーザーアニーリングによりβ−FeSi2種結晶を有する薄膜からβ−FeSi2を製造する方法において、該レーザーアニーリングを、β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面が液相状態となる条件下で行うことを特徴とするβ−FeSi2の製造方法。
(2)β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面が液相状態となる条件下でパレスレーザー光を照射することを特徴とする上記(1)に記載のβ−FeSi2の製造方法。
(3)パレスレーザー光の照射レーザーフルエンスが0.3J/cm2〜1.5J/cm2であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載のβ−FeSi2の製造方法。
(4)パルスレーザー光の照射回数が1〜100ショットであることを特徴とする上記(1)〜(3)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(5)パルスレーザー光が、FeSi2 アモルファス相が光吸収を有する波長で、且つパルス幅が1〜100ナノ秒であることを特徴とする上記(1)乃至(4)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(6)β−FeSi2種結晶を有する薄膜が、FeSi2 アモルファス相とβ−FeSi2結晶相から成る薄膜であって、該FeSi2 アモルファスを含む相の上にβ−FeSi2種結晶を含有する粒子が島状に堆積されたものであることを特徴とする上記(1)乃至(5)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(7)β−FeSi2種結晶を含有する粒子の平均直径が、0.1〜100μmであることを特徴とする上記(1)乃至(6)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(8)β−FeSi2種結晶を含有する粒子の形状が、半球状又はドーナツ状であることを特徴とする上記(1)乃至(7)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(9)β−FeSi2種結晶を含有する粒子が、薄膜表面1平方ミリあたり10〜10個の密度で島状に存在していることを特徴とする上記(1)乃至(8)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(10)β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、FeSi2合金にレーザー光を照射しアブレーションさせたガス状物質と液滴(ドロップレット)を基板上に堆積することにより得ることを特徴とする上記(1)1乃至(9)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
(11)β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、基板温度を100℃未満に保持することにより得ることを特徴とする上記(10)に記載のβ−FeSi2の製造方法。
(12)β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、レーザーアブレーション雰囲気を不活性ガス雰囲気下又は1x10−5
Pa以下の高真空下で得ることを特徴とする上記(10)又は(11)に記載のβ−FeSi2の製造方法。
(13)β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、照射レーザーフルエンスを2J/cm2以上とすること得ることを特徴とする上記(12)に記載のβ−FeSi2の製造方法。
(14)β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、α−FeSi2合金が光吸収を示す波長で発振するレーザーを、アブレーション光源として用いることにより得ることを特徴とする上記(10)乃至(13)何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明のレーザーアニーリングを利用したβ−FeSi2の製造方法によれば、β−FeSi2をその光電変換特性等を活用したデバイスに用いる場合に要求される高い結晶性を獲得するために、通常必須とされる長時間の高温熱アニーリングなしに、β−FeSi2結晶の結晶成長ならびに欠陥密度の低減等による高品質化を実現することが出来る。特に、レーザーアブレーション法で低温(100℃未満)保持した基板上にβ−FeSi2結晶を堆積させた薄膜をβ−FeSi2種結晶を含む膜としてそのレーザーアニーリングを実施すれば、全プロセスが100℃未満の低温プロセスで高い結晶性を有するβ−FeSi2を作製でき、ポリマー等の低融点基板上にも近赤外発光・受光素子、太陽電池、熱電素子として動作するβ−FeSi2を集積化することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0015】
本発明は、レーザーアニーリングによりβ−FeSi2種結晶を有する薄膜からβ−FeSi2を製造する方法において、該レーザーアニーリングを、β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面の少なくとも一部が液相状態となる条件下で行うことを特徴としている。
【0016】
先に述べた、本発明者らの提案したレーザーアニーリングによりβ−FeSi2種結晶からβ−FeSi2を得るアニーリング方法(非特許文献4)は、KrFエキシマレーザー強度を0.2Jcm−2と設定し、照射回数を6000ショット照射するものであるが、薄膜の顕微ラマン分光測定から、β−FeSi2結晶に帰属されるラマンピーク強度の約2倍の増加が確認されている。
【0017】
ところで、レーザー波長に吸収を有する固体にレーザーパルス、特にナノ秒レーザーパルスを照射すると、固体表面で局所的に吸収された光のエネルギーが激しい格子振動、すなわち熱となり、固体表面温度が瞬間的に上昇することになる。低いレーザー照射強度では、固体表面は固相状態を維持したままで、その温度上昇が生じるが、さらにレーザー強度を増加させると、上昇温度が融点を超えて、固体表面が溶融することになる。例えば、FeSi2合金ターゲットにナノ秒KrFエキシマレーザー光(半値幅 20ns)を照射した場合に放出されるフラグメントの飛行時間質量分析によると、0.4Jcm−2以上でSi原子等の中性種の放出が始まり、そのSi原子の並進運動エネルギーから見積もられるターゲット表面温度は約2300Kに達するとされている( A. NarazakiらAppl. Surf. Sci.(2003)Vol.208-209 pp.52)。
本発明者らの検討によれば、この表面温度を用いて概算した0.2Jcm−2での表面温度は約1150Kとなり、FeSi2の融点である1500K、ならびにβ相からα相への相転移温度である1220Kより低い。よって、先に提案したKrFエキシマレーザー強度が0.2Jcm−2でのレーザーアニーリングでは、薄膜表面は溶融することなく固相状態のままで、β−FeSi2種結晶の緩やかな構造秩序化および結晶成長が起こっていると考えられ、固相中の原子拡散能は液相中のそれに比べ格段に小さいため、千を超えるレーザーショットが必要であったものと推定することができる。
【0018】
そこで、本発明者らは、この点に関する研究を更に続けた結果、薄膜表面温度が瞬間的に融点を超え、一部液相化するのに適当なより高強度のレーザーパルスをレーザーアニーリングに用いると、薄膜表面において、レーザー共焦点顕微鏡の深さ分解能(約30nm)内で、深刻なダメージを与えることなく、溶融層と接するβ−FeSi2種結晶を起点とした、溶融層からの顕著な結晶成長等による結晶性の高品位化を実現できることを知見したものである。
【0019】
したがって、本発明に係るレーザーアニーリングは、β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面が液相状態となる条件下で行うことが必要である。
【0020】
ここで「薄膜表面が液相状態となる」とは、結晶成長の起点となるβ−FeSi2種結晶がレーザー光照射により全て溶融してしまうことがないよう、薄膜の厚み全ての溶融(完全溶融)ではなく、レーザー光が入射する薄膜上部から薄膜の厚み全てではない程度の深さまでの溶融(部分溶融)を意味する。
【0021】
レーザーアニーリングで用いるパルスレーザー光は、β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面が液相状態となる条件下で照射する。
【0022】
レーザーアニーリングに用いるパルスレーザー光の照射強度、照射ショット数、波長・パルス幅、どの種々のファクターを考慮することによって適宜定められる。
以下、これらのファクターについて説明する。
【0023】
パルスレーザー光の照射強度は、薄膜表面が溶融し、β−FeSi2種結晶の結晶成長ならびに欠陥密度の低減等の結晶性を高品位化できると共にその薄膜の内部が溶融しないような範囲で定める必要がある。
【0024】
その範囲は、レーザー波長に対するFeSi2薄膜の光吸収係数によって異なるが、下限値は薄膜の表面温度がFeSi2の融点(約1500K)を超えるような照射強度に、上限値は、薄膜の表面の溶融が進みその内部β−FeSi2種結晶が完全溶融しないような照射強度に設定することが必要である。
かかる観点から、パルスレーザー光の照射強度を、0.3J/cm2〜1.5J/cm2、好ましくは0.8/cm2程度とするのが望ましい。
【0025】
その照射強度が0.3J/cm2未満であると、薄膜の表面が液相状態とならず、また1.5J/cm2、を超えると、薄膜表面の溶融が進みほとんどのβ−FeSi2種結晶が完全に溶融するため、β−FeSi2結晶粒子の形成が困難となる。
【0026】
照射ショット数は、ショット数が著しく増加し、溶融・固化を繰り返す回数が増加するほど、不純物や合金元素の分布が不均一になる偏析が顕著に起こる可能性があるので、組成の均一性の点からみて、ショット数は少ない方がよく、1〜100ショット、好ましくは1〜10の範囲に設定することが望ましい。
【0027】
パルスレーザー光の波長は、FeSi2薄膜の格子振動を励起し、薄膜表面を溶融させる程度の熱が発生するように、アモルファスのFeSi2が光吸収を有する波長とすることが必要である。また、レーザー光の侵入深さは、β−FeSi2種結晶を溶融することがないよう、薄膜表面の厚さより浅くした方が好ましい。
【0028】
パルスレーザー光のパルス幅は、薄膜表面をなるべく瞬時に溶融させて溶融層からのβ−FeSi2種結晶からの結晶成長を起こさせ、薄膜からの熱伝導による基板へのダメージを少なくし、引いては低融点基板の使用を可能にするといった観点からみて、1〜100ナノ秒とすることが好ましい。パルス幅が100ナノ秒を超えると、基板へのダメージが生じる可能性があり、基板の選択自由度が小さくなる。
【0029】
本発明のレーザーアニーリングの対象であるβ−FeSi2種結晶を含有する薄膜は、特に制約されず、たとえば、通常の薄膜成長法、例えば、レーザーアブレーション法、イオン注入法、スパッタリング法などの気相成長法を用いて、通常の顕微ラマン分光法よりβ−FeSi2からのラマンピークが観測できる程度に成膜時の基板温度を設定することに得られる薄膜などが挙げられる。
【0030】
本発明で好ましく使用される薄膜は、本発明者らが先に開示した(特許文献1)、レーザーアブレーション法で特異的に生成するマイクロメートルサイズの液滴(ドロップレット)を基板上に堆積させる手法により、β−FeSi2結晶を含む粒子を島状に堆積させた薄膜である。
【0031】
以下、このレーザーアブレーションによる薄膜の作製方法について説明する。
レーザーアブレーションに用いるターゲット原料としては、FeSi2合金が用いられる。このFeSi2合金は、FeとSiの粉末を1:2に混合・溶融して得たFeSi2合金粉末を通常のホットプレス法で成形した焼結体である。これは、β−FeSi2バルク結晶体と比較して、極めて安価に且つ商業製品として容易に入手することできる。
【0032】
つぎに、このFeSi2合金をレーザーアブレーションして成膜する。このレーザーアブレーションを利用した成膜方法は、他のスパッタリング法等の気相合成法に比べて、ターゲット物質の化学組成をそのまま有する生成物が得られやすいという利点がある。これは、ターゲット物質がレーザー光を吸収することにより生じるエネルギーのほとんどが熱エネルギーに変換される結果、ターゲット物質の表面近傍が非常に高温の加熱状態となり、物質の溶融・蒸発等が一様に起こるためである。
【0033】
このα−FeSi2合金ターゲットのレーザーアブレーションを行う結果、精確な化学量論比を有するβ−FeSi2結晶粒子が作製される。なお、FeとSiの組成比が1:2の化学量論比を満足するFeSi2化合物であれば、ターゲットはα相、β相、γ相、アモルファス相ならびにそれらの混相のいずれであってもよい。
【0034】
前記原料であるFeSi2合金ターゲットにレーザー光を照射し、生起するガス状物質とドロップレットを、低温に保持された基板上に堆積させる。この場合、ガス状物質はFeやSi原子ならびにそれらの分子やイオンから構成されており、その質量が液滴よりも小さいために通常、基板上に液滴より早く堆積してアモルファスを含む相を形成する。
【0035】
これに対して液滴は、ターゲット表面の溶融した部分からマイクロメートルオーダーの液滴として放出され、ガス状物質により形成されたアモルファスを含む層に堆積する。この場合、この液滴は原子間の化学結合を保持した液滴で飛散することから基板上に堆積させた場合、その結晶化のためのエネルギーはより低エネルギーでよく、より低い基板温度で結晶化が進行し、これがFeSi2のアモルファスを含む相に堆積されることとなる。
【0036】
よって、室温や低温保持した基板上においてさえも、この液滴はβ−FeSi2結晶を含む粒子として堆積し、β−FeSi2結晶を含む粒子を有する薄膜を得ることができる。このβ−FeSi2結晶を含む粒子の平均直径は0.1〜100μmであり、その形状は半球状又はドーナツ状であることが、レーザー共焦点顕微鏡観察から確認できる。また、薄膜表面1平方ミリあたり10〜10個の密度で、薄膜表面に島状に存在している。
【0037】
基板温度は、β−FeSi2結晶を含む粒子が得られる温度に設定すればよいが、ポリマー等の低融点基板を幅広く利用するためには、100℃未満に保持することが好ましい。
レーザーアブレーション雰囲気については、SiやFeは容易に酸化されやすい傾向を有するため、不活性ガス雰囲気下又は1x10−5 Pa以下の高真空下が望ましい。
レーザーアブレーションより液滴を生成しβ−FeSi2結晶を含む粒子を作製するためのレーザー強度は、レーザー波長に対するFeSi2合金の光吸収係数によって異なるが、レーザー強度が2J/cm2以上、好ましくは、ドロップレットの生成効率が顕著に増大する4J/cm2以上が望ましい。レーザー強度が2J/cm2未満であると、液滴を含まない原子・分子の飛散粒子がアブレーションにより主に生成し、β−FeSi2微結晶粒子の形成が困難となる。
【0038】
レーザーアブレーション光源として用いるレーザーの波長としては、FeSi2合金が吸収を有する波長であれば良い。例えば、ArF(波長:193nm)、KrCl(222nm)、KrF(248nm)、XeCl(308nm)、XeF(351nm)エキシマレーザー、YAGレーザー、YLFレーザー、YVOレーザー、色素レーザー等の基本発振波長光、およびその基本発振波長光を非線形光学素子などにより変換したものを用いることもできる。より好ましく使用される波長は、ターゲット表面からより深い領域まで照射レーザー光が浸透する結果より多量の液滴の生成が達成される可能性の点からみて、可視域ならびに近赤外域の長波長である。
【0039】
また、レーザーアブレーションで用いる基板材料の種類は特に限定されない。通常β−FeSi2薄膜作製に用いられるSi(100)及び(111)ウエハー基板に加え、Al2O3やMgO単結晶等の無機単結晶基板、セラミックス基板、石英ガラス等のガラス基板、そして無機基板に比べて耐熱性の低い高分子基板やチオール等を表面に塗布したような有機分子塗布基板等、様々な基板を使用することが可能である。
【0040】
つぎに、前記で得た薄膜からレーザーアニーリングによるβ−FeSi2の製造方法の具体的な態様の一例を以下に示す。
【0041】
上記のレーザーアニーリング手法で室温作製したβ−FeSi2種結晶を含む薄膜に対して、たとえば、図2に示す装置を用い、真空保持してレーザーアニーリングを行う。レーザーアニーリングは例えばKrFエキシマレーザー光(波長 248nm、半値幅 20ns、1Hz)をターゲット表面に法線方向から照射する。
【0042】
レーザー強度は、薄膜表面層の溶融が瞬時に起こるように、0.3J/cm2以上とする。ただし、この照射強度を増加させ過ぎると、具体的には1.5J/cm2以上超えると、一部のβ−FeSi2種結晶を含む粒子が完全に溶融してしまい(図7参照)、この部位でのβ−FeSi2結晶成長はみられなかった(図8参照)。したがって、上限値は1.5J/cm2以下に設定することが好ましい。
【0043】
上記条件でアニーリングした薄膜を空気中に取り出し、その表面を共焦点レーザー顕微鏡によって観察したところ、後記実施例1に示されるように、粒子の形状にはほとんど変化が見られなかった。更に、マッピングしたβ−FeSi2種結晶を含む粒子について、再び、顕微ラマン分光測定を行ったところ、図4に示すように、同一粒子からのβ−FeSi2による約241cm-1に中心を有するピークの強度が増加しており、このことから、本発明方法によれば、粒子中の結晶量の増加および/あるいは欠陥密度の減少により、β−FeSi2種結晶の結晶性が向上することが理解される。
【0044】
レーザーアニーリング光源として用いるレーザーの波長は、前記したように、FeSi2が吸収を有する波長であれば良い。例えば、ArF(波長:193nm)、KrCl(222nm)、KrF(248nm)、XeCl(308nm)、XeF(351nm)エキシマレーザー、YAGレーザー、YLFレーザー、YVOレーザー、色素レーザー等の基本発振波長光、およびその基本発振波長光を非線形光学素子などにより変換したものを用いることもできる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例により更に詳細に説明する。
【0046】
実施例1
レーザーアニーリングを実施する対象であるβ−FeSi2種結晶を含む粒子を島状に堆積した薄膜を、以下の手順にて、レーザーアブレーション法により作製した。
【0047】
FeとSiの粉末を1:2に混合・溶融して合成したα−FeSi2合金粉末を通常のホットプレス法で成形したα−FeSi2合金ターゲットを、図1に示す真空容器中の回転保持具に取り付けた。また、n型Si(111)基板表面をフッ化水素酸を用いて洗浄した後、基板としてターゲット表面から基板表面が30ミリになるように対向した位置にある真空容器中のもう一つの回転保持具にセットした。その後、真空容器内部の圧力を1x10−5Pa以下になるように排気した。
【0048】
その後、KrFエキシマレーザー光(波長 248nm、半値幅 20ns)をターゲット表面に対して約45°の入射角となるように集光した。照射パルスエネルギーは33mJ/pulse、ターゲット表面でのレーザービーム面積は0.005平方センチと設定し、得られたレーザー強度は6.5J/cm2であった。10Hzのレーザー繰り返しで30分間照射して、α−FeSi2合金ターゲットのレーザーアブレーションを行い、室温保持したSi基板上に薄膜を形成した。
【0049】
得られた薄膜は、図3のレーザー共焦点顕微鏡写真に示すように、膜表面に中心部が外周部より凹んだ形状いわゆるドーナツ状(図3中 A)粒子ならびに半球状粒子(図3中 B)のマイクロメートルサイズのドロップレットを面積15x10平方ミリに一様に有しており、その顕微ラマン分光測定から、これらの粒子がβ−FeSi2結晶を含む粒子であることを確認した。一方、Cにおいては、顕微ラマン分光測定より、β−FeSi2に帰属されるピークは見られず、ドロップレット粒子の堆積していない部位においては、β−FeSi2結晶は析出していない。
【0050】
上記の手法で室温作製したβ−FeSi2種結晶を含む薄膜に対して、顕微ラマン分光測定によるβ−FeSi2種結晶を含む粒子のマッピングを行った。
その後、図2に示す装置を用い、再び真空保持してレーザーアニーリングを行った。具体的には、薄膜を真空容器中のXY電動ステージに保持し、1Pa以下になるように真空排気した。その後、KrFエキシマレーザー光(波長 248nm、半値幅 20ns、1Hz)をターゲット表面に法線方向から照射した。照射パルスエネルギーは32mJ/pulse、ターゲット表面でのレーザービーム面積は0.2x0.2平方センチと設定し、得られたレーザー強度は0.8J/cm2であった。1ショット照射する毎に、速度0.2センチ毎秒で電動ステージを走査することで、1ショットレーザーアニーリングを1x1平方センチの広範囲な薄膜表面に対して実施した。
【0051】
アニーリングした薄膜を空気中に取り出し、その表面を共焦点レーザー顕微鏡によって観察したところ、粒子の形状にはほとんど変化が見られなかった。マッピングしたβ−FeSi2種結晶を含む粒子について、再び、顕微ラマン分光測定を行ったところ、図4に示すように、同一粒子からのβ−FeSi2による241cm-1に中心を有するピークの強度が最大で5倍にまで増加していることがわかった。このことから、粒子中の結晶量の増加および/あるいは欠陥密度の減少による結晶性の向上が確認できた。一方、図5に示すように、これら粒子の堆積していない部位では、レーザーアニーリング後も、β−FeSi2に帰属されるラマンピークみられなかった。
【0052】
実施例2
実施例1と同様にしてレーザーアニーリングを実施する対象であるβ−FeSi2種結晶を含む粒子を島状に堆積した薄膜を調製した。
得られたβ−FeSi2種結晶を含む薄膜に対して、顕微ラマン分光測定によるβ−FeSi2種結晶を含む粒子のマッピングを行った。その後、図2の装置で、しかし真空雰囲気にはせず大気中において、レーザーアニーリングを行った。具体的には、KrFエキシマレーザー光(波長 248nm、半値幅 20ns、10Hz)をターゲット表面に法線方向から照射した。照射パルスエネルギーは12mJ/pulse、ターゲット表面でのレーザービーム面積は0.2x0.2平方センチと設定し、得られたレーザー強度は0.3J/cm2であった。速度を0.04センチ毎秒で電動ステージを走査することで、同一エリアに5秒間すなわち50ショットの照射を行い、レーザーアニーリングを1x1平方センチの広範囲な薄膜表面に対して実施した。
【0053】
アニーリングした薄膜を空気中に取り出し、その表面を共焦点レーザー顕微鏡によって観察したところ、粒子の形状にはほとんど変化が見られなかった。マッピングしたβ−FeSi2種結晶を含む粒子について、再び、顕微ラマン分光測定を行ったところ、図6中段のスペクトルに示すように、同一粒子からのβ−FeSi2による241cm-1付近に中心を有するピークの強度が最大で約3倍にまで増加していた。
【0054】
さらに、薄膜試料を再び図2の装置に設置し、大気中で上記と同様の照射条件で、レーザーアニーリングを行った。すなわち、今回も同一エリアに50ショットを照射した。よって、あわせて全照射ショット数は100ショットとした。
【0055】
アニーリングした薄膜を空気中に取り出し、その表面を共焦点レーザー顕微鏡によって観察したところ、やはり粒子の形状にはほとんど変化が見られなかった。マッピングしたβ−FeSi2種結晶を含む粒子について、顕微ラマン分光測定を行ったところ、図6上段のスペクトルに示すように、同一粒子からのβ−FeSi2による241cm-1付近中心を有するピークの強度が、未処理試料のスペクトル(図6下段)のピーク強度に比べて、最大で約4倍にまで増加していた。
以上より、50ショットから100ショットへのレーザーアニーリング照射ショット数の増加とともに、β−FeSi2による241cm-1に中心を有するピークの強度は増加を示し、β−FeSi2結晶粒子の結晶性向上が確認された。
【0056】
比較例1
レーザーアニーリングを実施する対象であるβ−FeSi2種結晶を含む粒子を島状に堆積した薄膜を、実施例1と同様の手順にて、レーザーアブレーション法により作製した。
ただし、KrFエキシマレーザーの照射レーザー強度は10J/cm2とした。そのレーザー共同焦点顕微鏡観察(図7)および顕微ラマン分光測定から、β−FeSi2種結晶を含むドーナツ状ならびに半球状粒子が形成されており、また、粒子を含まない部位については、β−FeSi2結晶は析出していないことを確認した。
【0057】
上記の手法で室温作製したβ−FeSi2種結晶を含む薄膜に対して、顕微ラマン分光測定による粒子のマッピング後、図2に示す装置を用い、再び真空保持して高フルエンスでレーザーアニーリングを行った。具体的には、薄膜を真空容器中のXY電動ステージに保持し、1Pa以下になるように真空排気した。その後、KrFエキシマレーザー光(波長 248nm、半値幅 20ns、1Hz)をターゲット表面に法線方向から照射した。照射パルスエネルギーは60mJ/pulse、ターゲット表面でのレーザービーム面積は0.2x0.2平方センチと設定し、得られたレーザー強度は1.5J/cm2であった。1ショット照射する毎に、速度0.2センチ毎秒で電動ステージを走査することで、1ショットレーザーアニーリングを1x1平方センチの広範囲な薄膜表面に対して実施した。
【0058】
アニーリングした薄膜を空気中に取り出し、その表面を共焦点レーザー顕微鏡によって観察したところ、図8に示すように、一部のドーナツ型粒子はそのドーナツ形状すら維持しておらず、他の粒子についても形状に顕著な変化が見られた。マッピングした粒子について、再び顕微ラマン分光測定を行ったところ、β−FeSi2による241cm-1に中心を有するピーク強度がレーザーアニーリング後には減少、あるいは図9に示すように、完全に消失していた。また、粒子の堆積していなかった部位では、レーザーアニーリング後も、β−FeSi2に帰属されるラマンピークみられなかった。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の薄膜を製造するために利用される代表的なレーザーアブレーション装置の説明図。
【図2】本発明のレーザーアニーリングするために利用される代表的な装置の説明図。
【図3】実施例1で得られた薄膜表面の共焦点レーザー顕微鏡写真。
【図4】実施例1で得られた薄膜表面のドーナツ型粒子の顕微ラマンスペクトル(下段)とその同じ粒子のKrFエキシマレーザー照射後(フルエンス 0.8 Jcm-2、1ショット)の顕微ラマンスペクトル(上段)。
【図5】実施例1で得られた薄膜の粒子が無い表面(図3 Cに相当)の顕微ラマンスペクトル(下段)とその同じ部位のKrFエキシマレーザー照射後(フルエンス 0.8 Jcm-2、1ショット)の顕微ラマンスペクトル(上段)。
【図6】実施例2で得られた薄膜表面のドーナツ型粒子の顕微ラマンスペクトル(下段)、その同じ部位のKrFエキシマレーザー照射後(フルエンス 0.3 Jcm-2、50ショット)の顕微ラマンスペクトル(中段)、さらにその同じ部位のKrFエキシマレーザー照射後(フルエンス 0.3Jcm-2、100ショット)の顕微ラマンスペクトル(上段)。
【図7】比較例1で得られた薄膜表面の共焦点レーザー顕微鏡写真。
【図8】比較例1で得られた薄膜にKrFエキシマレーザー照射後(フルエンス 1.5 Jcm-2、1ショット)の図6と同一部位の共焦点レーザー顕微鏡写真。
【図9】比較例1で得られた薄膜表面のドーナツ型粒子の顕微ラマンスペクトル(下段)とその同じ粒子のKrFエキシマレーザー照射後(フルエンス 1.5 Jcm-2、1ショット)の顕微ラマンスペクトル(上段)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザーアニーリングによりβ−FeSi2種結晶を有する薄膜からβ−FeSi2を製造する方法において、該レーザーアニーリングを、β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面が液相状態となる条件下で行うことを特徴とするβ−FeSi2の製造方法。
【請求項2】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜表面が液相状態となる条件下でパレスレーザー光を照射することを特徴とする請求項1に記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項3】
パレスレーザー光の照射レーザーフルエンスが0.3J/cm2〜1.5J/cm2であることを特徴とする請求項1又は2に記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項4】
パルスレーザー光の照射回数が1〜100ショットであることを特徴とする請求項1〜3何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項5】
パルスレーザー光が、FeSi2 アモルファス相が光吸収を有する波長で、且つパルス幅が1〜100ナノ秒であることを特徴とする請求項1乃至4何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項6】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜が、FeSi2 アモルファス相とβ−FeSi2結晶相から成る薄膜であって、該FeSi2 アモルファスを含む相の上にβ−FeSi2種結晶を含有する粒子が島状に堆積されたものであることを特徴とする請求項1乃至5何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項7】
β−FeSi2種結晶を含有する粒子の平均直径が、0.1〜100μmであることを特徴とする請求項1乃至6何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項8】
β−FeSi2種結晶を含有する粒子の形状が、半球状又はドーナツ状であることを特徴とする請求項1乃至7何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項9】
β−FeSi2種結晶を含有する粒子が、薄膜表面1平方ミリあたり10〜10個の密度で島状に存在していることを特徴とする請求項1乃至8何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項10】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、FeSi2合金にレーザー光を照射しアブレーションさせたガス状物質と液滴(ドロップレット)を基板上に堆積することにより得ることを特徴とする請求項1乃至9何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項11】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、基板温度を100℃未満に保持することにより得ることを特徴とする請求項10に記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項12】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、レーザーアブレーション雰囲気を不活性ガス雰囲気下又は1x10−5Pa以下の高真空下で得ることを特徴とする請求項10又は11に記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項13】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、照射レーザーフルエンスを2J/cm2以上とすること得ることを特徴とする請求項12に記載のβ−FeSi2の製造方法。
【請求項14】
β−FeSi2種結晶を有する薄膜を、α−FeSi2合金が光吸収を示す波長で発振するレーザーを、アブレーション光源として用いることにより得ることを特徴とする請求項10乃至13何れかに記載のβ−FeSi2の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−265054(P2006−265054A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−87592(P2005−87592)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成16年度文部科学省「科学技術振興調整費 若手任期付研究員支援 レーザープロセッシングによるβ−鉄シリサイドの低温合成」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】