説明

低い摩擦係数を有しているスカート付きピストン

内燃モータ用のピストン(20)は、少なくとも部分的に研磨され、その後8GPaを越える硬度を有しかつ0.20未満の摩擦係数を有しているコーティング(26)を被覆された表面(24)を有しているスカート(22)を有する。該ピストンは、性能の向上、寿命の延長、および低減された摩擦を有する。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃モータのピストンに関し、さらに詳しくは、ピストンスカートの表面の改善に関するものである。本発明はまた、ピストンスカートの表面を処理する方法およびピストンの使用にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
ピストンは広く知られており、内燃モータに使用されている。モータは、高温で毎分数千回転の周期で作動することが多い。ピストンの作動、およびさらに詳しくはシリンダボア内部のピストンの摩擦の低減に、多大な注意が払われてきた。摩擦の大幅な低減、または潤滑の大幅な改善は、モータの効率をかなり高めることができる。
【0003】
ダイアモンド状コーティングのようなコーティングは、中でも特に、その硬度、その耐食性、およびその低い摩擦係数のため、当分野で周知である。ダイアモンド状コーティングは、バルブヘッド、ロッド、シャフト、ピストンリング、およびシリンダヘッドのような様々な自動車部品に成功裏に適用されてきた。
【0004】
内燃モータのピストンの広く普及した使用にもかかわらず、かつダイアモンド状コーティングのような硬質コーティングの存在にもかかわらず、ピストンスカートへのダイアモンド状コーティングのような硬質コーティングの適用は、うまくいかず、かつダイアモンド状コーティングの他の適用と合致しないことが証明されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、先行技術の不利点を回避することである。
本発明のさらなる目的は、内燃機関モータの作業ピストンの摩擦を低減することである。
本発明の別の目的は、追加潤滑油の必要性を低減することである。
本発明のさらに別の目的は、内燃機関モータのピストンの寿命を高めることである。
本発明のさらに別の目的は、内燃機関モータのピストンの性能を高めることである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第一態様では、スカート付きピストンを提供する。スカートは、少なくとも部分的に研磨され、その後8GPaより高い硬度を有し、かつ0.20未満の摩擦係数を有しているコーティングを被覆された表面を有している。
用語「硬度」は、ビッカース硬度を指す。
用語「摩擦係数」は、乾燥した状況でボールオンディスク(ball on disk)試験で測定された摩擦係数を指す。ここではASTM G99およびDIN 50 324を参照されたい。摩擦試験は、フェニックス・トリボロジー・リミテッドによって提供されるTE79型のような多軸摩擦計によって実行することができる。
【0007】
スカートの表面の一部分は、平坦な表面形状が得られるまで研磨することが好ましい。表面は少なくとも部分的に、1.0未満の十点平均粗さRzを有している。十点平均粗さは次のように決定される。標準片を粗さチャート上の平均線から標本化する。標本化された線の山と谷との間の距離をy軸方向に測定する。次いで、最高から五番目までの山の平均の標高と、最深から五番目までの谷の平均の標高を得る。次いで二つの値の合計をマイクロメートル(μm)単位で表わす。
【0008】
スカートの表面の一部分は、0.15未満の表面粗さRaに達するまで研磨することが好ましい。用語「Ra」は算術平均粗さを指し、その値はマイクロメートル(μm)単位で表わされる。Raは0.08から0.15までの範囲であることが好ましく、0.08から0.12まで、例えば0.08から0.10までであることが最も好ましい。
【0009】
本発明の作業は次のように説明することができる。
先行技術のピストンスカートには、ストライエーション(striation)、隆条、または小さい溝が設けられる。一般的に、スカートの表面は、約7から8の十点平均粗さRz、および約1から約5までの範囲の算術平均粗さRaを有している。理由は、スカートの表面が、磨耗および摩擦を低減すると同時に摺動を可能にするために、潤滑油を維持しなければならないからである。スカートの比較的表面粗さが高い部分は、潤滑油のリザーバとして機能する。
【0010】
したがって、スカートの表面は比較的高い山と深い谷の形状を有している。スカートにダイアモンド状炭素コーティングのような硬質なコーティングで被覆しても、既存の粗さは無くならない。山だけが硬質のコーティングによって覆われ、その部分のみ隣接部と接触する。山の表面積は、何らかの効果をもたらすには小さすぎる。
【0011】
本発明は、スカートの表面が粗面でなければならないという、一般的に受け入れられる前提から出発している。本発明は、スカートの表面の形状が平坦化され、かつより多くの作業表面が得られてダイアモンド状炭素コーティングの効果がより顕著になるように、コーティングの前の研磨処理を提供する。
【0012】
研磨処理は、既存の粗さおよび潤滑油に利用可能なリザーバを低減する。しかし、これは、ダイアモンド状コーティングの自己潤滑性のため、および余分な潤滑油の必要性が低減されるため、不利点とはみなされなかった。
【0013】
JP−A−2000−320670は、油圧ポンプまたは油圧モータのピストンの表面処理方法を開示している。ボア内のピストンの摺動性能を改善するために、表面硬化処理が適用され、その後、硬化層が研磨され、研磨層にダイアモンド状炭素が被覆される。しかし、油圧ポンプまたは油圧モータの作動状況は、内燃モータの場合ほど厳しくない。
【0014】
本発明では、硬質コーティングは、ダイアモンド状炭素コーティング、ダイアモンド状ナノ複合材コーティング、およびドープされた前記コーティングまたはそれらの組合せを含むウォルフラムカーバイドコーティングの群から選択されることが好ましい。
【0015】
用語「ウォルフラムカーバイド」コーティングとは、ウォルフラムカーバイドコーティングそのものを指すが、ここでは炭素富化ウォルフラムカーバイドコーティング、または摩擦を低減するために炭素の追加層を有しているWC/Cコーティングをも指す。
【0016】
例えば、硬質コーティングは二つの層、つまりダイアモンド状コーティング(DLC)の第一層と、DLCの摩擦係数よりさらに低い摩擦係数を有しているダイアモンド状ナノ複合材コーティング(DLN)の表面層とを有することができる。DLCコーティング(a−C:H)は0から80%の間の水素濃度を有しているsp2およびsp3混成炭素原子の混合物である。DLNコーティング(a−C:H/a−Si:O)は、商標DYLYN(登録商標)により市販されており、C、H、SiおよびO:を含む。a−Si:Oは高い温度安定性を強化し、より低い摩擦を導き、かつ膜応力を低減する。a−C:Hはダイアモンド状特性を提供する。
【0017】
鋼またはアルミニウムの基材と硬質コーティングとの間の接着性を高めるために、研磨スカート面とコーティングとの間に中間結合層を設けることができる。中間結合層が存在する場合、中間結合層は、ダイアモンド状ナノ複合材コーティング、ドープダイアモンド状コーティング、TiNコーティング、Ti(C、N)コーティング、i−Cコーティング、ウォルフラムカーバイドコーティング、SiNコーティング、CrNコーティング、またはそれらの組合せからなる群から選択することができる。
【0018】
研磨されたスカートの表面上の硬質コーティングは、1マイクロメートルから10マイクロメートルまでの範囲、例えば2マイクロメートルから6マイクロメートルまでの範囲、例えば4μmの厚さを有している。
【0019】
本発明の第二態様では、スカートを有しているピストンを処理する方法を提供する。
本方法は、
a)スカートの表面を少なくとも部分的に研磨するステップと、
b)このように研磨された表面を、8GPaより高い硬度を有しかつ0.20未満の摩擦係数を有しているコーティングで被覆するステップと、
を含む。
【0020】
好ましくは、コーティングは真空下で、例えば化学気相成長(CVD)プロセスによって、最も好ましくはプラズマアシスト化学気相成長(PACVD)プロセスによって、または混合PVD/PACVDプロセスによって行われる。
【0021】
本発明の第一態様に係る本発明のピストン、または本発明の第二態様に従って処理される本発明のピストンは、内燃機関モータで使用することができる。
【0022】
本発明を、添付の図面を参照しながらさらに詳細に説明する。
【0023】
[先行技術の実施形態の説明]
図1は、ピストン10の先行技術の実施形態を示している。ピストン10はスカート12を有している。その表面14の拡大図も示される。この拡大図は、3から5までの範囲およびもっと高い粗さRaを有している表面を示している。山の間の谷は潤滑油のリザーバとして役立ち、潤滑油を上方に上らせることを容易にする。この先行技術のピストンスカートの硬質コーティングによる被覆は、何ら実質的な利点をもたらさない。理由は、例えばシリンダボアとの接触が、山の表面に限定され、とても小さくなるからである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
実施形態1
図2は、本発明に係るピストン20の実施形態を示している。ピストン20は、鋼製またはアルミニウム製またはチタン製とすることのできるスカート22を有している。スカート22は、好ましくはその表面24が0.10未満の粗さRaを得るまで、研磨処理を受けている。その後、PACVDプロセスで、1μmから6μmの範囲の厚さ、10GPaより高い硬度、および0.20未満の摩擦係数を有している硬質ダイアモンド状炭素コーティングを堆積する。
【0025】
PACVDプロセスは主に次のように行われる。
研磨されたスカートの表面24を有しているピストン20を真空チャンバ内に配置する。
元素CおよびHを適切な比率で含有する液状有機前駆体を真空チャンバ内に導入する。フィラメントに50から150Aのフィラメント電流、50から300Vの負のフィラメントバイアスDC電圧、および0.1から20Aの間のプラズマ電流を使用した、電子補助DC放電によって、導入された前駆体からプラズマを形成し、プラズマ中に形成されたイオンを引き付けるために、200から1200Vの負のDCバイアスまたは負のRF自己バイアス電圧が印加されたピストンスカートに組成物を堆積させる。
【0026】
プラズマの生成および真空蒸着は、単一のチャンバ内で実行することができる。ピストン20は、米国特許第5,352,493号に示されたものと同様の仕方で、(真空チャンバの上部の)回転自在の支持体上に配設することができる。真空チャンバの基準圧は3×10-7mbarであり、一般的な作業圧力は拡散ポンプ(スロットル弁によって制御される)によって1×10-4から1×10-3mbarに維持される。
【0027】
ピストンスカート22は、蒸着前にインサイチュ(Ar-)プラズマエッチングプロセスによってクリーニングすることができる。このプラズマエッチングは3から30分間続けることができる。蒸着プロセス中にピストンスカートの温度は一般的に200℃を超えない。
【0028】
液状前駆体は、真空チャンバ内に放出する前または放出中に、30℃より高く予熱することが好ましい。液状前駆体は、例えば30から50%の空隙率を有している、例えば耐熱性多孔質体を介して、真空チャンバ内に送達される。液状前駆体は、それを蒸気または噴霧として多孔質体に送達する管中において、少量単位で連続的に計測することができる。さもなければ、液状前駆体は、チャンバを真空にする前にチャンバ内に配置される開口リザーバ内に一回の作業で導入することができる。このリザーバは、チャンバ内で蒸着プロセスの開始前に電気的に加熱して蒸気を形成させることができる。
【0029】
一束のタングステン合金フィラメントが、接地された多孔質体の前に約−150V(DCバイアス電圧)で一般的にカソードとして配置される。多孔質体の後部に前駆体用の入口管を有する多孔質体自体を、チャンバの下部に装着することができる。フィラメント束は、例えば垂直面内に15から30cmの長さの半円形に凸状に屈曲される。カソードフィラメントの電流は50から120A(AC)の間であることが好ましい。次いでプラズマ電流(フィラメント束と接地された多孔質体との間で測定される)は一般的に約0.5から3Aとすることができる。前駆体の予熱は、後で(プラズマを発生するために)カソードフィラメントで必要になる電流を低減できるという利点をもたらすことができる。
【0030】
屈曲したカソード束の最上領域とピストンスカートとの間の距離は、少なくとも約20cmである。蒸着は、一般的に約400Vの負のRF自己バイアス電圧を印加される基材支持体によるプラズマイオンの吸引により底部から頂部に向って発生する。また、RF周波数は、米国特許第5,352,493号に従って使用されるものよりずっと低く、つまり100から500kHzの間、特に約200から300kHzであることが好ましい。
【0031】
二工程サイクルのモータ用の本発明のピストンは、既存の先行技術のピストンに対して改善された挙動を示した。この改善された挙動は、寿命の延長または性能の向上の結果得られたものであった。
【0032】
実施形態2
研磨したピストンスカート22に次の二重コーティングを堆積した。
最初に3μmのダイアモンド状炭素(DLC)コーティングを行う。
その後、DLNの通常低い摩擦係数から利益を得るため、1μmのダイアモンド状ナノ複合材(DLN)コーティング(例えばDLCでは0.20未満であるのに対して、DLNでは0.10未満)を行う。DLCの硬度はより低いが、DLNトップコートは以前として10GPaより高い硬度を有している。
【0033】
実施形態3
研磨したピストンスカートに最初に何らかの結合層を堆積させ、その後にi−Cコーティングを堆積した。
TiN層
Ti(C、N)層
i−Cコーティング。
コーティングは、30GPaより高い硬度、および0.10未満の摩擦係数を有している。
【0034】
実施形態4
研磨したピストンスカートに最初に窒化シリコンをドープしたダイアモンド状炭素コーティングの結合層を堆積する。このコーティングは、基材に対して優れた接着性を有している。その後、DLC最上層を堆積する。
【0035】
実施形態5
研磨したピストンスカート上に結合層として最初にDLN層を堆積する。その後、DLCトップコーティングを堆積する。
【0036】
実施形態6
ピストンスカートの初期の粗面は次の粗さパラメータを有した。
Ra=0.79μm
Rz=6.32μm
研磨後、ピストンスカートは、次の粗さパラメータを有している平滑な平面を持っていた。
Ra=0.02μm
Rz=0.21μm
研磨されたピストンスカートをその後、DLCコーティングで被覆した。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】ピストンの先行技術の実施形態を示す略図である。
【図2】本発明の第一態様に係るピストンを示す略図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スカート(22)を備えている内燃モータ用のピストン(20)であって、
前記スカートが、少なくとも部分的に研磨され、その後に8GPaより高い硬度を有しかつ0.20未満の摩擦係数を有しているコーティング(26)を被覆された表面を有することを特徴とするピストン。
【請求項2】
前記スカート(22)が平坦な表面形態の表面を有し、かつそれが少なくとも部分的に1.0未満の十点平均粗さRzを有している、請求項1に記載のピストン。
【請求項3】
前記スカート(22)が、少なくとも部分的に0.15未満の算術平均粗さRaを有している表面を有する、請求項1または2に記載のピストン。
【請求項4】
前記コーティング(26)が、ダイアモンド状炭素コーティング、ダイアモンド状ナノ複合材コーティング、ウォルフラムカーバイドコーティング、またはそれらの組合せの群から選択される、請求項1から3のいずれか一項に記載のピストン。
【請求項5】
前記研磨面と前記コーティングとの間に中間結合層が存在している、請求項1から4のいずれか一項に記載のピストン。
【請求項6】
前記中間結合層が、ダイアモンド状ナノ複合材コーティング、ドープダイアモンド状コーティング、ドープダイアモンド状ナノ複合材コーティング、TiNコーティング、Ti(C、N)コーティング、SiNコーティング、CrNコーティング、ウォルフラムカーバイドコーティング、またはそれらの組合せからなる群から選択される、請求項5に記載のピストン。
【請求項7】
前記コーティングが、1マイクロメートルから10マイクロメートルまでの範囲の厚さを有している、請求項1から6のいずれか一項に記載のピストン。
【請求項8】
内燃機関モータのピストン(20)を処理する方法であって、前記ピストンはスカート(22)を有し、
a)前記スカート(22)の表面を少なくとも部分的に研磨するステップと、
b)前記少なくとも部分的に研磨された表面(24)を、8GPaより高い硬度を有しかつ0.20未満の摩擦係数を有しているコーティング(26)で被覆するステップと、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項9】
前記コーティングが真空内で行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記コーティングが、CVDプロセス、PVDプロセス、PACVDプロセス、または混合PVD/PACVDプロセスによって行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
内燃モータにおける請求項1から7のいずれか一項に記載のピストンの使用方法。

【図1】
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【図2】
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【公表番号】特表2007−526959(P2007−526959A)
【公表日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−519902(P2006−519902)
【出願日】平成16年3月22日(2004.3.22)
【国際出願番号】PCT/EP2004/050340
【国際公開番号】WO2004/088113
【国際公開日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【出願人】(506018558)ソレヴィ・ソシエテ・アノニム (1)
【Fターム(参考)】