説明

回転電機制御装置

【課題】電流の増加に伴う損失の増加を抑制しつつ、パルス幅変調から矩形波制御への円滑な制御の切り換えを実現する。
【解決手段】矩形波制御の実行中における変調率よりも低い値である所定の基準変調率MRに基づいて、スイッチング制御部14が用いる制御方式の切り替えを決定する制御方式決定部16は、実変調率MIが基準変調率MR以上であり、さらに、回転電機の回転速度ωが所定の矩形波移行回転速度以上であることを切り換え条件として、パルス幅変調制御から矩形波制御への切り替えを決定する。弱め界磁電流指令決定部12は、基準変調率MRに固定された変調率指令Mと実変調率MIとの差分に応じて、弱め界磁電流指令ΔIdを決定する。矩形波移行回転速度は、少なくとも直流電圧Vdcに応じて異なる値に設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直流電源と交流の回転電機との間に介在されて直流電源の直流電力と回転電機の複数相の交流電力との間で電力変換するインバータを備えた回転電機駆動装置を制御する回転電機制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
直流電源からの直流電圧をインバータにより交流電圧に変換して交流の回転電機を駆動する回転電機制御装置が知られている。このような回転電機制御装置は、回転電機の各相のコイルに正弦波状の交流電圧を供給して効率的にトルクを発生させるために、正弦波パルス幅変調制御や空間ベクトルパルス幅変調制御などの変調制御を実行する。直流電圧から交流電圧への変換率を示す指標として、直流電圧に対する多相交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率がある。一般的に、正弦波パルス幅変調制御の最大変調率は約0.61、空間ベクトルパルス幅変調制御の最大変調率は約0.71であり、過変調パルス幅変調制御とも称される不連続パルス幅変調の最大変調率は約0.78である。最大変調率が0.78に達すると、電気角の1周期において1つのパルスが出力される矩形波制御となる。矩形波制御では、変調率は物理的な限界値である約0.78に固定される。
【0003】
ところで、コイルが巻き回されたステータの中を、永久磁石を有するロータが回転すると、コイルに誘起電圧が生じる。ロータの回転速度が高くなると、それに応じて誘起電圧も高くなる。従って、ロータの回転速度が高くなるに伴い、より変調率の高い制御方式へと移行することが多い。理論上は、パルス幅変調制御の最大変調率と、矩形波制御の変調率とは同じ0.78である。従って、制御方式がパルス幅変調制御から矩形波制御に移行する場合に変調率に変化はなく、回転電機のトルクも急激に変化しないはずである。しかし、現実には、特開2007−259538号公報(特許文献1)に記載されているように、矩形波制御におけるパルスに含まれる高調波成分によって回転電機のトルクにショックを生じる場合がある(第8段落等)。
【0004】
また、現実にインバータをスイッチング制御する際には、インバータの正負両極間に直列接続された2つのスイッチング素子が同時にオン状態となる短絡を防止するために、両素子が共にオフ状態となるデッドタイムが設けられる。パルス幅変調制御の場合は、電気角の1周期において複数のパルスが存在するために、このデッドタイムの分だけ、実際の変調率が低下することになる。その結果、制御方式がパルス幅変調制御から矩形波制御に移行する場合に変調率が変化し、回転電機のトルクにも段差が生じてしまう場合がある。特開2007−282297号公報(特許文献2)には、矩形波制御への切り換え時に電流値が急変することで、トルクショックが生じることが指摘されている(第2−5段落等)。
【0005】
ところで、回転電機を駆動するためにインバータを介して供給される電圧が上述した誘起電圧よりも高くなると、回転電機を回転させるために必要な電流を供給することができなくなり、回転電機を適切に制御することができなくなってしまう。永久磁石の磁束が弱くなると、誘起電圧を低下させることができるので、永久磁石の磁束を相殺して弱める方向の磁束を生じるようにコイルに電流を流す弱め界磁制御が行われる場合がある。一般的には、特許文献1に背景技術として例示されているように、変調率が最大変調率(0.78)に達すると、弱め界磁制御を開始すると共に、変調制御の方式が、正弦波パルス幅変調制御や空間ベクトルパルス幅変調制御から矩形波制御に変更される(第4−7段落等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−259538号公報
【特許文献2】特開2007−282297号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これに対して、特許文献1では、弱め界磁制御を開始するタイミングと、パルス幅変調から矩形波制御に切り換えるタイミングとを異ならせることが提案されている。具体的には、変調率が最大変調率よりも小さい状態から、弱め界磁制御が開始される(第90−94段落等)。より低回転側から弱め界磁制御を開始することによって、回転電機の回転速度とトルクとによって規定されるトルクマップにおける最大変調率ラインがより高回転側へ移行される。その結果、パルス幅変調から矩形波制御へ切り換えるタイミングがより高回転側に移動し、切り換え時におけるトルクショックを軽減することが可能となる。但し、弱め界磁制御を早く開始することによって、トルクに寄与しない電流(弱め界磁電流)が増加することになり、この電流の増加による損失も増加することになる。
【0008】
上記背景に鑑みて、電流の増加に伴う損失の増加を抑制しつつ、パルス幅変調から矩形波制御への円滑な制御の切り換えを実現することが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題に鑑みた本発明に係る回転電機制御装置の特徴構成は、
直流電源と交流の回転電機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と前記回転電機の複数相の交流電力との間で電力変換するインバータを備えた回転電機駆動装置を制御する回転電機制御装置であって、
前記回転電機を駆動する電流の指令である電流指令と、前記回転電機を流れる実電流との偏差に基づく電流フィードバック制御により電圧指令を演算する電流制御部と、
前記電圧指令と前記直流電源の直流電圧とに基づいて、前記直流電圧に対する交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率の実際の値である実変調率を演算する実変調率演算部と、
矩形波制御とパルス幅変調制御との間で制御方式を切り替えて何れか一方の制御方式により、前記インバータをスイッチング制御するスイッチング制御部と、
前記変調率の目標値である変調率指令と前記実変調率との差分に応じて、前記回転電機の界磁を弱める方向に調整するための電流の指令である弱め界磁電流指令を決定する弱め界磁電流指令決定部と、
前記矩形波制御の実行中における前記変調率よりも低い値である所定の基準変調率に基づいて、前記スイッチング制御部が用いる前記制御方式の切り替えを決定する制御方式決定部と、を備え、
前記変調率指令は、前記基準変調率に固定されており、
前記制御方式決定部は、前記実変調率が前記基準変調率以上であり、さらに、前記回転電機の回転速度が所定の矩形波移行回転速度以上であることを切り換え条件として、前記パルス幅変調制御から前記矩形波制御への切り替えを決定するものであり、
当該矩形波移行回転速度は、少なくとも前記直流電圧に応じて異なる値に設定されている点にある。
【0010】
特許文献1において提案されているように、単純に弱め界磁制御を開始する変調率を低下させると、パルス幅変調制御から矩形波制御への切り替えに伴うトルク段差を抑制するために必要な弱め界磁電流よりも多くの電流を流してしまう場合がある。しかし、本特徴構成によれば、弱め界磁制御を開始する変調率である変調率指令が、基準変調率に固定されているので、実変調率の値が必要以上に低い状態から弱め界磁制御が開始されることがなく、弱め界磁電流を抑制することができる。また、パルス幅変調制御から矩形波制御への移行は、実変調率だけではなく、直流電圧に応じて異なる値に設定された矩形波移行回転速度以上に回転電機の回転速度が達したことを条件として決定される。トルクと回転速度とによって規定されたトルクマップにおいて、許容できないトルク段差が生じる領域を特定することができる。例えば、この領域内で最も回転速度が高い動作点(トルクと回転速度とで規定される点)における回転速度以上に矩形波移行回転速度が設定されており、回転電機が、この矩形波移行回転速度以上の回転速度に達した場合に制御方式が切り替われば、トルク段差は許容可能な大きさとなる。つまり、少なくとも、許容できないトルク段差が生じる領域を外して、制御方式を移行させることができるから、不必要に弱め界磁電流を増加させることなく、この電流に伴う損失の増加も抑制しつつ、パルス幅変調から矩形波制御への円滑な制御の切り換えが実現可能となる。
【0011】
上述したように、矩形波移行回転速度は、トルクマップにおいて、少なくとも許容できないトルク段差が生じる領域が外れる回転速度に設定されると好適である。この領域は、トルク段差の大きさによって特定される領域であるから、トルク段差の大きさに基づいて矩形波移行回転速度を定義することが可能である。公知の電圧方程式より、トルク段差の要因となる電流の段差は、回転速度及び回転電機のインダクタンスが大きくなるほど小さくなる。換言すれば、許容できないトルク段差が生じる領域を回避する矩形波移行回転速度は、トルク段差の値及び回転電機のインダクタンスが大きくなるほど低回転数となる。また、当然ながら、直流電圧が高いほど、実変調率が基準変調率に達した際の直流電圧の余裕が大きくなる(矩形波制御での変調率と基準変調率との差と直流電圧との積が大きくなる)から、矩形波移行回転速度は、高い値となる。
【0012】
つまり、1つの態様として、本発明に係る回転電機制御装置における前記矩形波移行回転速度は、{(MP−MR)Vdc}/(L・Ts)によって規定され、ここで、
MPは、前記矩形波制御における変調率であり、
MRは、前記基準変調率であり、
Vdcは、前記直流電圧であり、
Lは、前記回転電機のインダクタンスであり、
Tsは、前記パルス幅変調制御から前記矩形波制御に切り換える際に生じる前記回転電機のトルクの差の許容値であると好適である。
【0013】
制御方式は、パルス幅変調制御から矩形波制御への移行に限らず、矩形波制御からパルス幅変調制御へ移行する場合もある。同一の基準で、双方向の移行を許可した場合には、当該基準の近傍で、頻繁に制御方式が切り替わって制御の安定性を欠く可能性がある。従って、一方から他方への移行の際の基準と、他方から一方への移行の際の基準とを異なる値にすると好適である。1つの態様として、本発明に係る回転電機制御装置の前記制御方式決定部は、前記実変調率が前記基準変調率未満であること、又は、前記回転電機の回転速度が、前記矩形波移行回転速度よりも小さいパルス幅変調移行回転速度以下であることを切り換え条件として、前記矩形波制御から前記パルス幅変調制御への切り替えを決定すると好適である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】回転電機駆動装置の構成例を模式的に示すブロック図
【図2】インバータ制御部の構成例を模式的に示すブロック図
【図3】回転速度とトルクとにより規定される制御領域の例を示す図
【図4】可変な変調率指令に基づき弱め界磁電流を決定する例を示すブロック図
【図5】固定された変調率指令に基づき弱め界磁電流を決定する例を示すブロック図
【図6】直流電圧に応じて設定される矩形波移行回転速度の例を示す図
【図7】回転速度とトルクとの関係を示すトルクマップ上において直流電圧に応じて設定される矩形波移行回転速度の例を示す図
【図8】矩形波移行回転速度とパルス幅変調移行回転速度との関係の一例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、回転電機として、埋込磁石構造の多相交流型(ここでは3相交流型)の回転電機を駆動する回転電機駆動装置を制御する回転電機制御装置を例として、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。この回転電機は、必要に応じて電動機(モータ)としても発電機(ジェネレータ)としても動作する。以下、回転電機をモータと称して説明する。
【0016】
図1に示すように、モータMG(回転電機)は、モータMGを駆動する駆動装置1(回転電機駆動装置)を介してバッテリ3に接続されている。制御装置10(回転電機制御装置)は、駆動装置1を介してモータMGを駆動制御する。バッテリ3は、例えば、ニッケル水素二次電池やリチウムイオン二次電池等の各種二次電池、キャパシタ、或いはこれらの組合せ等により構成されている。バッテリ3は、駆動装置1を介してモータMGに電力を供給可能であると共に、モータMGが発電して得られた電力を蓄電可能に構成されている。
【0017】
駆動装置1は、コンバータ4とインバータ5とを備えて構成されている。コンバータ4は、インバータ5の直流側の電圧であるシステム電圧Vdc(直流電圧)とバッテリ3の電圧との間で直流電圧を変換するための電圧変換装置である。駆動装置1は、バッテリ3の正負両極間の電圧を平滑化する平滑コンデンサと、システム電圧Vdcを平滑化する平滑コンデンサとを備えている。バッテリ3及びコンバータ4は、本発明の直流電源に相当する。インバータ5の直流側の電圧(システム電圧Vdc)は、電圧センサ62により検出されて制御装置10へ提供される。
【0018】
上述したように、コンバータ4は、バッテリ3の直流電圧を変換して所望のシステム電圧Vdcを生成する。尚、モータMGが発電機として機能する際には、システム電圧Vdcを降圧してバッテリ3に供給し、当該バッテリ3を充電する。コンバータ4は、リアクトルと、スイッチング素子と、スイッチング素子に対してそれぞれ整流部の通流方向が互いに逆方向となるように並列接続された(逆並列接続された)フリーホイールダイオードとを備えて構成されている。本実施形態では、図1に示すように、コンバータ4は、直列に接続された一対の上アーム素子及び下アーム素子を備えて構成されている。これらの上アーム素子及び下アーム素子を構成するスイッチング素子として、本実施形態ではIGBT(insulated gate bipolar transistor)を用いている。IGBTの他に、バイポーラ型、電界効果型、MOS型など種々の構造のパワートランジスタを用いることができる。これは、後述するインバータ5のスイッチング素子についても同様である。
【0019】
コンバータ4のスイッチング素子のそれぞれは、制御装置10から出力される制御信号SC(ここでは、IGBTのゲートを駆動するゲート駆動信号)に従って動作する。これにより、コンバータ4は、バッテリ3の出力電圧を所望のシステム電圧Vdcまで昇圧し、インバータ5に供給する。尚、コンバータ4による昇圧を行わない場合には、システム電圧Vdcはバッテリ3の電圧と等しくなる。
【0020】
インバータ5は、システム電圧Vdcを有する直流電力とモータMGの交流電力との間の電力変換を行う。インバータ5は、複数組のスイッチング素子(ここでは、IGBT)を備えたブリッジ回路により構成されている。インバータ5は、モータMGの各相(U相、V相、W相の3相)に対応するそれぞれのレッグについて一対のスイッチング素子を備えて構成されている。各レッグは、直列接続された上アーム素子及び下アーム素子により構成される。また、各スイッチング素子には、コンバータ4と同様に、それぞれフリーホイールダイオードが、逆並列接続されている。
【0021】
スイッチング素子のそれぞれは、制御装置10から出力されるスイッチング制御信号SI(ここでは、IGBTのゲートを駆動するゲート駆動信号)に従って動作する。インバータ5は、システム電圧Vdcの直流電力を交流電力に変換してモータMGに供給し、不図示の走行制御ECU(electronic control unit)などの他の制御装置から提供される目標トルクTMに応じたトルクをモータMGに出力させる。この際、各スイッチング素子は、後述するパルス幅変調制御や矩形波制御等の制御形態(制御方式)に従って生成されたスイッチング制御信号SIに基づいてスイッチング動作を行う。また、インバータ5は、モータMGが発電機として機能する際には、発電により得られた交流電力を直流電力に変換してコンバータ4を介してバッテリ3へ回生する。
【0022】
インバータ5とモータMGの各相のコイルとの間を流れる電流(検出電流Iu,Iv,Iw(実電流))は電流センサ63により検出され、その検出結果は制御装置10が取得する。尚、本例では、3相全ての電流を検出する構成を示しているが、3相は平衡状態にあり、電流の瞬時値の総和は零であるので2相のみの電流をセンサで検出し、制御装置10において残りの1相の電流を演算により求めてもよい。また、モータMGのロータの各時点での磁極位置θ(ロータの回転角度)は、回転センサ65により検出され、検出結果を制御装置10が取得する。回転センサ65は、例えばレゾルバ等により構成される。
【0023】
駆動装置を制御する制御装置10の各機能部は、マイクロコンピュータ等の論理回路を中核部材として、入力されたデータに対して種々の処理を行うためのハードウエア又はソフトウエア(プログラム)或いはその両方により構成されている。本実施形態では、制御装置10は、ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を行って、インバータ5を介してモータMGを制御するインバータ制御部10aを備えて構成される。制御装置10は、他の機能部として、例えばコンバータ4を制御して所望のシステム電圧Vdcを生成する直流電圧変換制御を行うコンバータ制御部10bも有している。コンバータ制御部10bについては、詳細な説明は省略し、以下、インバータ制御部10aについて詳細に説明する。
【0024】
インバータ制御部10aは、インバータ5を構成するスイッチング素子のスイッチングパターンの形態(電圧波形制御の形態)として、少なくともパルス幅変調(PWM:pulse width modulation)制御と矩形波制御(1パルス制御)との2つの制御形態を有している。また、インバータ制御部10aは、モータMGのステータの界磁制御の形態として、モータ電流に対して最大トルクを出力する最大トルク制御や、モータ電流に対して最大効率でモータを駆動する最大効率制御などの通常界磁制御、及び、トルクに寄与しない界磁電流(弱め界磁電流)を流して界磁磁束を弱める弱め界磁制御(界磁調整制御)を有している。
【0025】
本実施形態では、モータMGの回転に同期して回転する2軸の直交ベクトル空間における電流ベクトル制御法を用いた電流フィードバック制御を実行してモータMGを制御する。電流ベクトル制御法では、例えば、永久磁石による界磁磁束の方向に沿ったd軸と、このd軸に対して電気的にπ/2進んだq軸との2軸の直交ベクトル空間において電流フィードバック制御を行う。インバータ制御部10aは、制御対象となるモータMGの目標トルクTM(トルク指令)に基づいて、d軸及びq軸の電流指令Id,Iqを決定する。そして、インバータ制御部10aは、モータMGの各相のコイルを流れる検出電流Iu,Iv,Iwに基づいて得られたベクトル空間における実電流Idr,Iqrと、電流指令Id,Iqとの偏差を求めて比例積分制御演算(PI制御演算)や比例積分微分制御演算(PID制御演算)を行い、最終的に3相の電圧指令を決定する。この電圧指令に基づいて、スイッチング制御信号SIが生成される。モータMGの実際の3相空間と2軸の直交ベクトル空間との間の相互の座標変換は、回転センサ65により検出された磁極位置θに基づいて行われる。また、モータMGの回転速度ω(角速度)や回転数[rpm]は、回転センサ65の検出結果より導出される。
【0026】
ところで、上述したように、本実施形態では、インバータ5をスイッチングする制御形態には、パルス幅変調制御と矩形波制御とがある。パルス幅変調制御は、U,V,Wの各相のインバータ5の出力電圧波形であるパルス幅変調波形が、上アーム素子がオン状態となるハイレベル期間と、下アーム素子がオン状態となるローレベル期間とにより構成されるパルスの集合で構成されると共に、その基本波成分が一定期間で略正弦波状となるように、各パルスのデューティーが設定される制御である。パルス幅変調制御には、公知の正弦波パルス幅変調(SPWM : sinusoidal PWM)制御や、空間ベクトルパルス幅変調(SVPWM : space vector PWM)制御、不連続パルス幅変調(DPWM:discontinuous PWM)制御などが含まれる。
【0027】
直流電圧から交流電圧への変換率を示す指標として、直流電圧に対する多相交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率がある。一般的に、正弦波パルス幅変調制御の最大変調率は約0.61、空間ベクトルパルス幅変調制御の最大変調率は約0.71である。正弦波パルス幅変調制御における電圧指令はほぼ正弦波状である。空間ベクトルパルス幅変調制御の電圧指令は、部分的に電圧指令を上下にシフトさせて3相電圧の相間電圧を有効に利用できるようにしたことでやや歪みを有しているが、ほぼ正弦波状である。従って、一般的に、最大変調率が約0.71までの空間ベクトルパルス幅変調制御による変調は、“通常パルス幅変調”として扱われる。一方、空間ベクトルパルス幅変調制御の最大変調率である約0.71を越える変調率を有する変調方式は、通常よりも変調率を高くした変調方式として、“過変調パルス幅変調”と称される。不連続パルス幅変調制御は、この過変調パルス幅変調が可能であり、最大変調率は約0.78である。この変調率0.78は、物理的な限界値である。不連続パルス幅変調制御において変調率が0.78に達すると、電気角の1周期において1つのパルスが出力される矩形波制御(1パルス制御)となる。矩形波制御では、変調率は物理的な限界値である約0.78に固定される。
【0028】
本実施形態においては、パルス幅変調制御では、d−q軸ベクトル空間の各軸に沿った界磁電流(d軸電流)と駆動電流(q軸電流)との合成ベクトルである電機子電流を制御してインバータ5を駆動制御する。つまり、インバータ制御部10aは、d−q軸ベクトル空間における電機子電流の電流位相角(q軸電流ベクトルと電機子電流ベクトルとの為す角)を制御してインバータ5を駆動制御する。従って、パルス幅変調制御は、電流位相制御とも称される。
【0029】
これに対して、矩形波制御は、3相交流電力の電圧位相を制御してインバータ5を制御する方式である。3相交流電力の電圧位相とは、3相の電圧指令の位相に相当する。本実施形態では、矩形波制御は、インバータ5の各スイッチング素子のオン及びオフがモータMGの電気角1周期に付き1回ずつ行われ、各相について電気角1周期に付き1パルスが出力される回転同期制御である。本実施形態においては、矩形波制御は、3相電圧の電圧位相を制御することによってインバータ5を駆動するので、電圧位相制御と称される。
【0030】
以下、図2に示すインバータ制御部10aの機能ブロックを参照して、インバータ制御部10aによる駆動装置1の制御の詳細について説明する。インバータ制御部10aは、モータMGを駆動する電流の指令である電流指令と、モータMGを流れる実電流との偏差に基づく電流フィードバック制御を実行して、モータMGを駆動制御する。d−q軸ベクトル空間における電流指令Id,Iqは、目標トルクTMに基づいて、電流指令演算部11により演算される。
【0031】
電流指令演算部11のd軸電流指令取得部11aは、目標トルクTMに基づいて基本d軸電流指令Idbを取得する。ここで、基本d軸電流指令Idbは、最大トルク制御を行う場合におけるd軸電流の指令に相当する。なお、最大トルク制御とは、同一電流に対してモータMGの出力トルクが最大となるように電流位相を調節する制御である。本実施形態では、d軸電流指令取得部11aは、目標トルクTMの値と基本d軸電流指令との関係を規定したマップ(テーブル)を用いて、目標トルクTMの値に応じた基本d軸電流指令Idbを取得する。取得された基本d軸電流指令Idbは、減算器11bへ入力される。減算器11bには、調整電流決定部12(弱め界磁電流指令決定部)により決定されたd軸電流調整指令ΔId(弱め界磁電流指令)が入力される。減算器11bは、基本d軸電流指令Idbからd軸電流調整指令ΔIdを減算し、最終的なd軸電流指令Idを導出する。
【0032】
電流指令演算部11のq軸電流指令取得部11cは、目標トルクTMとd軸電流調整指令ΔIdとに基づいてq軸電流指令Iqを導出する。本実施形態では、q軸電流指令取得部11cは、少なくとも目標トルクTMの値とd軸電流調整指令ΔIdとの関係を規定したテーブルを用いて、目標トルクTM及びd軸電流調整指令ΔIdに応じたq軸電流指令Iqを取得する。
【0033】
電流制御部13は、電流指令Id,Iqと、モータMGを流れる実電流との偏差に基づく電流フィードバック制御によりd−q軸ベクトル空間における電圧指令Vd,Vqを演算する。電流制御部13では、検出電流Iu,Iv,Iwが座標変換部36において磁極位置θに基づいて座標変換されたd−q軸ベクトル空間における実電流Idr,Iqrが用いられる。電流制御部13では、上述したようにPI制御やPID制御が実行される。
【0034】
実変調率演算部15は、電流制御部13において演算された電圧指令Vd,Vqと直流電源2の直流電圧に相当するシステム電圧Vdcとに基づいて、システム電圧Vdcに対する交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率の実際の値である実変調率MIを演算する。実変調率演算部15は、下式(1)に基づいて実変調率MIを演算する。
【0035】
【数1】

【0036】
スイッチング制御部14は、電流制御部13において演算された電圧指令Vd,Vqに基づいて3相のスイッチング制御信号SIを生成して、インバータ5をスイッチング制御する。スイッチング制御部14は、矩形波制御とパルス幅変調制御との間で制御方式を切り替えて何れか一方の制御方式により、インバータ5をスイッチング制御する。このため、スイッチング制御部14は、矩形波制御及びパルス幅変調制御が実行可能に構成されている。
【0037】
スイッチング制御部14は、2相の電圧指令Vd,Vqに基づいて、電圧指令位相θvを演算する。電圧指令位相θvは、2相の電圧指令Vd,Vqが表す電圧ベクトルの位相角であり、d軸電圧ベクトル(Vd)とq軸電圧ベクトル(Vq)との合成ベクトルと、d軸電圧ベクトル(Vd)との成す角に相当する。つまり、電圧指令位相θvは、下式(2)により導出される。尚、この電圧指令位相θvは、磁極位置θの原点(θ=0°)を基準としたときの、3相電圧指令、例えば、U相電圧指令の原点の位相に相当する。
【0038】
【数2】

【0039】
スイッチング制御部14は、矩形波制御によりインバータ5をスイッチング制御する場合には、実変調率MI及び電圧指令位相θvに基づいて、矩形波制御指令(3相電圧指令)を生成する。この矩形波制御指令は、インバータ5の各スイッチング素子のスイッチング制御信号SIに対応し、各スイッチング素子のオン又はオフを切り替えるタイミングを表す磁極位置θの位相を表す指令である。例えば、U相矩形波制御指令(U相電圧指令)は、磁極位置θの原点(θ=0°)に対して電圧指令位相θvだけ遅れた位相を有しており、磁極位置θの1周(電気角1周、360°)が1周期でデューティーが50%の矩形波である。V相矩形波制御指令(V相電圧指令)はU相矩形波制御指令に対して120°位相が遅れた指令であり、W相矩形波制御指令(W相電圧指令)はU相矩形波制御指令に対して240°位相が遅れた指令(120°位相が進んだ指令)である。尚、矩形波制御指令は、各相の各スイッチング素子のオン又はオフを切り替えるタイミング(各スイッチング制御信号SIのパルスのハイ/ローを切り替えるタイミング)を表す磁極位置θの位相の情報のみにより構成することができる。
【0040】
スイッチング制御部14は、パルス幅変調制御によりインバータ5をスイッチング制御する場合には、実変調率MI及び電圧指令位相θvに基づいて、パルス幅変調指令(3相電圧指令)を生成する。例えば、U相パルス幅変調指令(U相電圧指令)は、磁極位置θの原点(θ=0°)に対して電圧指令位相θvだけ遅れた位相を有し、振幅が実変調率MIに等しく、1周期が磁極位置θの1周(電気角1周、360°)に等しい正弦波状の電圧指令となる。V相パルス幅変調指令(V相電圧指令)はU相パルス幅変調指令に対して120°位相が遅れた指令であり、W相パルス幅変調制御指令(W相電圧指令)はU相パルス幅変調制御指令に対して240°位相が遅れた指令(120°位相が進んだ指令)である。パルス幅変調の方式が、正弦波パルス幅変調ではなく、空間ベクトルパルス幅変調、不連続パルス幅変調等の場合には、パルス幅変調指令(電圧指令)波形は歪んだ正弦波状となるが、各指令の位相及び振幅は同様である。
【0041】
制御方式決定部16は、スイッチング制御部14が用いる制御方式の切り替えを決定する機能部である。以下、制御方式を切り替える条件について説明する。上述したように、インバータ制御部10aは、インバータ5を構成するスイッチング素子のスイッチングパターンの形態(電圧波形制御の形態)として、少なくともパルス幅変調制御と矩形波制御との2つの制御形態(制御方式)を有している。また、インバータ制御部10aは、モータMGのステータの界磁制御の形態として、少なくとも通常界磁制御と弱め界磁制御との2つの制御形態(制御方式)を有している。本実施形態では、スイッチングパターンと界磁制御の形態とを組み合わせて制御方式が切り替えられる。例えば、通常界磁制御と共にパルス幅変調制御が行われる第1制御方式と、弱め界磁制御と共に矩形波制御が行われる第2制御方式とである。スイッチングパターンについては上述した通りであるが、界磁制御の1つの形態である弱め界磁制御について、補足する。
【0042】
モータMGは、回転速度ωが高くなるに従って誘起電圧が高くなり、モータMGを駆動するために必要となる交流電圧(以下「必要電圧」という。)も高くなる。この必要電圧が、そのときのシステム電圧Vdcを変換してインバータ5から出力し得る最大の交流電圧(以下「最大出力電圧」という。)を超えると、ステータコイルに必要な電流を流すことができなくなり、モータMGを適切に制御することができない。そのため、制御装置10は、モータMGの界磁磁束を弱める方向の磁束がステータコイルから発生するように電流位相を調節する界磁調整制御(この場合は、電流位相を最大トルク制御よりも進める弱め界磁制御)を行なうように構成されている。本実施形態では、実変調率演算部15により求められた実変調率MIに基づいて、d軸電流調整指令ΔId(弱め界磁電流指令)が導出され、このd軸電流調整指令ΔIdに基づいて基本d軸電流指令Idb及びq軸電流指令Iqが調整される。
【0043】
減算器17には、実変調率MI及び変調率指令Mが入力される。減算器17は、実変調率MIから変調率指令Mを減算して変調率偏差ΔMを導出する。調整電流決定部12は、この変調率偏差ΔMを所定のゲインを用いて積分し、積分結果をd軸電流調整指令ΔIdとして導出する。上述したように、このd軸電流調整指令ΔIdが基本d軸電流指令Idbから減算されて最終的なd軸電流指令Idが導出される。つまり、このd軸電流調整指令ΔIdは、モータMGの界磁磁束を弱めるための弱め界磁電流指令である。例えば、矩形波制御を開始してから弱め界磁制御を開始するように設定されている場合には、この変調率指令Mには、矩形波制御での変調率である「0.78」の値が設定される。
【0044】
上述したように、制御方式決定部16は、例えば、通常界磁制御と共にパルス幅変調制御が行われる第1制御方式と、弱め界磁制御と共に矩形波制御が行われる第2制御方式との何れの制御方式を選択するかを決定する。界磁制御については、実質的に調整電流決定部12において決定されるd軸電流調整指令ΔIdによって制御方式が決定される。従って、制御方式決定部16は、スイッチング制御部14が用いる制御方式を決定する。1つの態様として、制御方式決定部16は、目標トルクTMと回転速度ωを引数として、図3に示すようなトルクと回転速度とのマップに基づいて制御方式を決定することが可能である。例えば、制御方式決定部16は、目標トルクTMと回転速度ωとの関係が第1領域A1内にある場合には第1制御モードを選択し、第2領域A2内にある場合には第2制御モードを選択する。尚、第1領域A1と第2領域A2との境界は、実変調率MIが、0.78に達する動作点に相当する。
【0045】
ところで、スイッチング素子により構成されたインバータ5の各レッグの上アーム素子と下アーム素子とを相補的にオン/オフさせる場合、各レッグの正負両極間が短絡することを防止するために、両素子を同時にオフ状態とするデッドタイムが設けられる。当然ながら、このデッドタイムには相電流が流れないから、変調率は理論上の値よりも低下する。特にパルス幅変調のように、電気角の1周期内において多くのパルスが用いられる場合には、各レッグにおいて上アーム素子と下アーム素子とが相補的にオン/オフする回数が矩形波制御よりも多くなるから、デッドタイムの影響が大きくなる。このため、パルス幅変調(過変調パルス幅変調)の場合に、理論的には限りなく0.78まで近づくことが可能な変調率も、実際にはそれよりも低い変調率までしか実現することができない。その結果、制御方式がパルス幅変調制御から矩形波制御に切り替わった際に、大きく変調率が上昇し、出力されるトルクが急激に変化するトルク段差が生じる場合がある。
【0046】
d軸インダクタンスをLd、q軸インダクタンスをLq、永久磁石の鎖交磁束をΦとすると、制御方式がパルス幅変調(過変調パルス幅変調)制御の際の、d軸電圧vd、q軸電圧vq、d軸電流id、q軸電流iqは、下式(3)及び(4)で表される。
【0047】
【数3】

【数4】

【0048】
ここで、制御方式が矩形波制御に切り替わると、上述したようなデッドタイムに相当する電圧及び電流をそれぞれ、Δvd,Δvq,Δid,Δiqとして、上記式(3)及び(4)は、それぞれ、下式(5)及び(6)で表される。そして、式(5)及び(6)より、デッドタイムに相当する電流であるd軸電流段差Δid及びq軸電流段差Δiqは、下式(7)で表される。
【0049】
【数5】

【数6】

【数7】

【0050】
これらd軸電流段差Δid及びq軸電流段差Δiqは、トルク段差ΔTにつながるものである。式(7)より、電流段差Δi(以下、d軸q軸の区別が必要な場合を除き単に“Δi”と称する。)は、回転速度ω及びインダクタンスL(同様に単に“L”と称する。)が大きくなるほど小さくなる。トルク段差についても同様である。つまり、相対的に高回転・低トルク領域では電流段差Δi及びトルク段差ΔTが小さく、低回転・高トルク領域では電流段差Δi及びトルク段差ΔTが大きい。
【0051】
上述したように、回転速度ωが大きい方がトルク段差ΔTは小さくなるから、パルス幅変調制御から矩形波制御に移行する際のトルク段差Δを抑制する1つの方法として、制御方式を切り替える回転速度ωをより高くすることが考えられる。そして、この場合には、弱め界磁制御をより早く開始する必要がある。実変調率MIが理論上の最大変調率である0.78に達するよりも小さい値の変調率指令Mを設定することによって、実変調率MIが0.78に達するよりも前から弱め界磁制御を行うことができる。
【0052】
例えば、図4に示すように、変調率指令Mは、直流電圧(システム電圧Vdc)と回転速度ω(回転数[rpm])によって規定されたマップによって規定することができる。一例として、図4に示すように、変調率指令Mの最大値は、矩形波制御における変調率である0.78よりも小さい0.767と設定される。制御方式決定部16は、例えば、実変調率MIが変調率指令Mの最大値0.767に達すると、矩形波制御を選択する。矩形波制御に移行するよりも前には、直流電圧(システム電圧Vdc)と回転速度ωとにより規定される動作点に応じて、変調率指令Mが0.707〜0.765に設定されている(図4に斜線で示す領域)。変調率0.707は、空間ベクトルパルス幅変調における最大変調率であるから変調率指令Mが0.707〜0.765となる領域は、不連続パルス幅変調が実行される制御領域であり、過変調制御領域である。つまり、この方法では、正弦波パルス幅変調制御や空間ベクトルパルス幅変調制御から矩形波制御に移行する間の過変調パルス幅変調制御が実行される際にも、弱め界磁制御が実行される。
【0053】
但し、この方法では、弱め界磁電流が増加し、損失も大きくなる傾向がある。本実施形態では、低回転速度域における弱め界磁電流の増加を抑制するために、図5に示すように、変調率指令Mを一定の値である基準変調率MRに固定する。この基準変調率MRは、理論上の最大変調率(矩形波制御における変調率)である0.78よりも小さい値(本実施形態では0.767)に設定されている。また、矩形波制御への移行を許可する回転速度ωも規定して、相対的にトルク段差ΔTが大きくなる傾向がある低回転速度域では矩形波制御に移行せず、より高回転速度域で矩形波制御に移行するようにしている。
【0054】
即ち、制御方式決定部16は、矩形波制御の実行中における変調率(理論上の最大変調率:0.78)よりも低い値である所定の基準変調率MRに基づいて、スイッチング制御部14が用いる制御方式の切り替えを決定する。具体的には、制御方式決定部16は、実変調率MIが基準変調率MR以上であり、さらに、モータMGの回転速度ωが所定の矩形波移行回転速度ωs以上であることを切り換え条件として、パルス幅変調制御から矩形波制御への切り替えを決定する。ここで、矩形波移行回転速度ωsは、図6及び図7に示すように、少なくとも直流電圧(システム電圧Vdc)に応じて異なる値に設定されている。
【0055】
図6は、直流電圧(システム電圧Vdc)に応じて設定される矩形波移行回転速度ωsの例を、直流電圧と回転速度との関係で示している。例えば、直流電圧が“V0”以下の場合の矩形波移行回転速度ωsは“ωs1”で一定であり、直流電圧が“V0”を越えると、直流電圧が高くなるほど矩形波移行回転速度ωsも高くなる。図6では、直流電圧が“V1”の場合は矩形波移行回転速度ωsが“ωs1”、同様に“V2”の場合は“ωs2”、“V3”の場合は“ωs3”と線形性を有する例を示している。図7は、図6と同様の物理的意味を、回転速度ωとトルクとの関係を示すトルクマップ上において示している。つまり、トルクマップ上において直流電圧(システム電圧Vdc)に応じて設定される矩形波移行回転速度の例を示している。図7において、トルクと回転速度ωとによって定まる点は、本例では直線上にプロットされることになる。
【0056】
また、調整電流決定部12がd軸電流調整指令ΔId(弱め界磁電流指令)を決定する際に実変調率MIとの差分を求めるために用いられる値であり、変調率の目標値である変調率指令Mは、基準変調率MRに固定されている。
【0057】
上述した式(3)〜(7)に基づいて、矩形波移行回転速度ωsは、システム上、許容可能なトルク段差ΔTである許容トルク段差Tsに応じて規定することができる。つまり、矩形波移行回転速度ωsは、下式(8)で規定することができる。
【0058】
【数8】

【0059】
ここで、MPは、矩形波制御における変調率(理論上の最大変調率)であり、MRは、基準変調率であり、Vdcは、直流電圧(システム電圧)であり、Lは、モータMGのインダクタンスであり、Tsは、パルス幅変調制御から矩形波制御に切り換える際に生じるモータMGのトルクの差の許容値(許容トルク段差)である。
【0060】
以上を整理すると、制御方式決定部16は、下記の移行条件が共に満たされた場合に、スイッチング制御部14が用いる制御方式をパルス幅変調制御から矩形波制御へ切り替えることを決定する。
(1)実変調率MI ≧ 基準変調率MR(=0.767)
(2)回転速度ω ≧ 矩形波移行回転速度ωs
【0061】
但し、実変調率MIが基準変調率MRに達した後、回転速度ωが矩形波移行回転速度ωsに達していない場合には、弱め界磁制御と共にパルス幅変調制御が実行されることになる。上述したように、回転速度ωが高いほど、トルク段差ΔTは小さくなる傾向があるから、矩形波移行回転速度ωsは、比較的、高回転側に設定されることになる。従って、弱め界磁制御と共にパルス幅変調が実行されていること、つまり、d軸調整指令ΔId(弱め界磁電流)が所定の基準調整値(基準弱め界磁電流)以上であることを移行条件に加えてもよい。つまり、制御方式決定部16は、下記の移行条件が全て満たされた場合に、スイッチング制御部14が用いる制御方式をパルス幅変調制御から矩形波制御へ切り替えることを決定するように構成されていてもよい。
(1)実変調率MI ≧ 基準変調率MR(=0.767)
(2)回転速度ω ≧ 矩形波移行回転速度ωs
(3)d軸調整指令ΔId(弱め界磁電流) ≧ 基準調整値(基準弱め界磁電流)
尚、制御方式をパルス幅変調制御から矩形波制御へ切り替える際の「基準調整値(基準弱め界磁電流)」は、「矩形波移行基準調整値(矩形波移行基準弱め界磁電流)」と称することがある。
【0062】
以上、パルス幅変調制御から矩形波制御に移行する場合について説明したが、当然ながら制御方式は、矩形波制御からパルス幅変調制御に移行する場合もある。制御方式が頻繁に入れ替わることなく、モータMGの制御をより安定化するため、制御方式決定部16は、パルス幅変調制御から矩形波制御に移行する場合とは異なる移行条件を設定していると好適である。例えば、図8に示すように、矩形波移行回転速度ωsよりも所定の緩衝幅Δωsだけ小さいパルス幅変調移行回転速度ωpが設定されていると好適である。制御方式決定部16は、モータMGの回転速度ωが、矩形波移行回転速度ωsよりも小さいパルス幅変調移行回転速度ωp以下(又は未満)であることを切り換え条件として、矩形波制御からパルス幅変調制御への切り替えを決定すると好適である。
【0063】
変調率の条件と共に整理すると、制御方式決定部16は、下記の移行条件の何れかが満たされた場合に、スイッチング制御部14が用いる制御方式を矩形波制御からパルス幅変調制御へ切り替えることを決定する。
(1)実変調率MI < 基準変調率MR(=0.767)
(2)回転速度ω ≦ パルス幅変調移行回転速度ωp
尚、上記(1)の条件についても所定の緩衝幅が設定されることを妨げるものではない。また、上記(1)及び(2)の何れかではなく、双方が共に満たされた場合に制御方式を矩形波制御からパルス幅変調制御へ切り替えることを妨げるものでもない。
【0064】
また、当然ながら、移行条件には、d軸調整指令ΔId(弱め界磁電流)の条件を加えてもよい。つまり、d軸調整指令ΔId(弱め界磁電流)が所定の基準調整値(基準弱め界磁電流)以下(又は未満)であることを移行条件に加えてもよい。この基準調整値(基準弱め界磁電流)は、パルス幅変調制御から矩形波制御に移行する際の値(矩形波移行基準調整値(矩形波移行基準弱め界磁電流))よりも小さい値(パルス幅変調移行基準調整値(パルス幅変調移行基準弱め界磁電流))であると好適である。もちろん、矩形波移行基準調整値とパルス幅変調移行基準調整値とが同一の値であることを妨げるものではない。
【0065】
以上、整理すると、制御方式決定部16は、下記の移行条件(1)及び(2)の何れかが満たされ、さらに移行条件(3)が満たされた場合に、スイッチング制御部14が用いる制御方式をパルス幅変調制御から矩形波制御へ切り替えることを決定するように構成されていると好適である。
(1)実変調率MI < 基準変調率MR(=0.767)
(2)回転速度ω ≦ パルス幅変調移行回転速度ωp
(3)d軸調整指令ΔId(弱め界磁電流) ≦ 基準調整値(基準弱め界磁電流)
(但し、基準調整値:パルス幅変調移行基準調整値 < 矩形波移行基準調整値)
尚、移行条件(1)及び(2)の何れかが満たされ、さらに移行条件(3)が満たされた場合ではなく、移行条件(1)〜(3)の全てが満たされた場合に、制御方式をパルス幅変調制御から矩形波制御へ切り替えることを妨げるものではない。
【0066】
〔その他の実施形態〕
以下、本発明のその他の実施形態について説明する。尚、以下に説明する各実施形態の構成は、それぞれ単独で適用されるものに限られず、矛盾が生じない限り、他の実施形態の構成と組み合わせて適用することも可能である。
【0067】
上述した実施形態においては、1つのモータMGを制御する制御装置10を例として説明したが、当然ながら2つ以上のモータMGを制御する制御装置にも本発明を適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、直流電源と交流の回転電機との間に介在されて直流電源の直流電力と回転電機の複数相の交流電力との間で電力変換するインバータを備えた回転電機駆動装置を制御する回転電機制御装置に適用することができる。
【符号の説明】
【0069】
1 :駆動装置(回転電機駆動装置)
2 :直流電源
3 :バッテリ(直流電源)
4 :コンバータ(直流電源)
5 :インバータ
10 :制御装置(回転電機制御装置)
12 :調整電流決定部(弱め界磁電流指令決定部)
13 :電流制御部
14 :スイッチング制御部
15 :実変調率演算部
16 :制御方式決定部
Id :d軸電流指令(電流指令)
Idr,Iqr:d軸実電流(実電流)
Iq :q軸電流指令(電流指令)
Iu,Iv,Iw:検出電流(実電流)
L :インダクタンス
M :変調率指令
MG :モータ(回転電機)
MI :実変調率
MR :基準変調率
TM :目標トルク
Ts :許容トルク段差(パルス幅変調制御から矩形波制御に切り換える際に生じる回転電機のトルクの差の許容値)
Vd :d軸電圧指令(電圧指令)
Vdc :システム電圧(直流電圧)
Vq :q軸電圧指令(電圧指令)
Δωs :緩衝幅
ΔId :d軸電流調整指令(弱め界磁電流指令)
ΔT :トルク段差(パルス幅変調制御から矩形波制御に切り換える際に生じる回転電機のトルクの差)
ω :回転速度
ωp :パルス幅変調移行回転速度
ωs :矩形波移行回転速度


【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電源と交流の回転電機との間に介在されて前記直流電源の直流電力と前記回転電機の複数相の交流電力との間で電力変換するインバータを備えた回転電機駆動装置を制御する回転電機制御装置であって、
前記回転電機を駆動する電流の指令である電流指令と、前記回転電機を流れる実電流との偏差に基づく電流フィードバック制御により電圧指令を演算する電流制御部と、
前記電圧指令と前記直流電源の直流電圧とに基づいて、前記直流電圧に対する交流電圧の線間電圧の実効値の割合を示す変調率の実際の値である実変調率を演算する実変調率演算部と、
矩形波制御とパルス幅変調制御との間で制御方式を切り替えて何れか一方の制御方式により、前記インバータをスイッチング制御するスイッチング制御部と、
前記変調率の目標値である変調率指令と前記実変調率との差分に応じて、前記回転電機の界磁を弱める方向に調整するための電流の指令である弱め界磁電流指令を決定する弱め界磁電流指令決定部と、
前記矩形波制御の実行中における前記変調率よりも低い値である所定の基準変調率に基づいて、前記スイッチング制御部が用いる前記制御方式の切り替えを決定する制御方式決定部と、を備え、
前記変調率指令は、前記基準変調率に固定されており、
前記制御方式決定部は、前記実変調率が前記基準変調率以上であり、さらに、前記回転電機の回転速度が所定の矩形波移行回転速度以上であることを切り換え条件として、前記パルス幅変調制御から前記矩形波制御への切り替えを決定するものであり、
当該矩形波移行回転速度は、少なくとも前記直流電圧に応じて異なる値に設定されている回転電機制御装置。
【請求項2】
前記矩形波移行回転速度は、{(MP−MR)Vdc}/(L・Ts)によって規定され、ここで、
MPは、前記矩形波制御における変調率であり、
MRは、前記基準変調率であり、
Vdcは、前記直流電圧であり、
Lは、前記回転電機のインダクタンスであり、
Tsは、前記パルス幅変調制御から前記矩形波制御に切り換える際に生じる前記回転電機のトルクの差の許容値である、請求項1に記載の回転電機制御装置。
【請求項3】
前記制御方式決定部は、前記実変調率が前記基準変調率未満であること、又は、前記回転電機の回転速度が、前記矩形波移行回転速度よりも小さいパルス幅変調移行回転速度以下であることを切り換え条件として、前記矩形波制御から前記パルス幅変調制御への切り替えを決定する請求項1又は2に記載の回転電機制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−90551(P2013−90551A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232066(P2011−232066)
【出願日】平成23年10月21日(2011.10.21)
【出願人】(000100768)アイシン・エィ・ダブリュ株式会社 (3,717)
【Fターム(参考)】