液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置の製造方法及び圧電素子の製造方法
【課題】環境負荷が小さく且つ歪み量の大きい圧電素子を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置の製造方法及び圧電素子の製造方法を提供する。
【解決手段】基板110、弾性膜50、密着層56、電極60を形成する工程と、電極60の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させ圧電膜72を形成する結晶化工程、を具備し、所定厚さの圧電層70を形成する。
【解決手段】基板110、弾性膜50、密着層56、電極60を形成する工程と、電極60の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させ圧電膜72を形成する結晶化工程、を具備し、所定厚さの圧電層70を形成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置の製造方法及び圧電素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。ここで、液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。
【0003】
このような圧電素子を構成する圧電体層として用いられる圧電材料には高い圧電特性が求められており、圧電材料の代表例として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。しかしながら、チタン酸ジルコン酸鉛には鉛が含まれており、環境問題の観点から、鉛を含有しない圧電材料が求められている。
【0004】
そこで、鉛を含有しない圧電材料としてビスマス系の圧電材料、例えば、ビスマス及び鉄を含む鉄酸ビスマス系(BiFeO3系)のペロブスカイト型構造を有する圧電材料が提案されている。具体例としては、Bi(Fe,Mn)O3等の鉄酸マンガン酸ビスマスとBaTiO3等のチタン酸バリウムとの混晶として表される複合酸化物がある(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−252789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このような複合酸化物からなる圧電体層は、PZTからなる圧電体層と比較して、歪み量が小さいという問題がある。このため、歪み量の向上が求められている。
【0007】
なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドだけではなく、勿論、インク以外の液滴を吐出する他の液体噴射ヘッドにおいても同様に存在し、また、液体噴射ヘッド以外に用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ歪み量の大きい圧電素子を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置の製造方法及び圧電素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明の態様は、圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドの製造方法であって、前記電極を形成する工程と、前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、を具備することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法にある。
かかる態様では、所定温度で乾燥工程を行い、所定温度で脱脂工程を行った後に結晶化工程を行うことにより、歪み量が大きい圧電素子を有する液体噴射ヘッドを提供することができる。さらに、鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【0010】
本発明の他の態様は、上記の液体噴射ヘッドの製造方法により液体噴射ヘッドを製造する工程を有することを特徴とする液体噴射装置の製造方法にある。
かかる態様では、環境への負荷を低減し且つ歪み量が大きい圧電素子を具備するため、圧電特性に優れた液体噴射装置を実現することができる。
【0011】
本発明の他の態様は、圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子の製造方法であって、前記電極を形成する工程と、前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、を具備することを特徴とする圧電素子の製造方法にある。
かかる態様では、所定温度で乾燥工程を行い、所定温度で脱脂工程を行った後に結晶化工程を行うことにより、歪み量が大きい圧電素子を提供することができる。さらに、鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図及び断面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施例3のTG−DTA測定結果を示すグラフ。
【図9】実施例1及び比較例1のXRD測定結果を示すグラフ。
【図10】実施例1及び比較例1のXRD測定結果を示すグラフ。
【図11】実施例2〜6のXRD測定結果を示すグラフ。
【図12】実施例2〜6のXRD測定結果を示すグラフ。
【図13】実施例1及び比較例1の到達歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図14】実施例1及び比較例1の最大歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図15】実施例2〜6の到達歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図16】実施例2〜6の最大歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図17】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A′線断面図である。
【0014】
図示するように、流路形成基板10は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、その一方の面には、振動板を構成する二酸化シリコンからなる厚さ0.5〜2μmの弾性膜50が形成されている。
【0015】
流路形成基板10には、一方の面とは反対側の面となる他方面側から異方性エッチングすることにより、圧力発生室12が形成されている。そして、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12が同じ色のインクを吐出する複数のノズル開口21が並設される方向に沿って並設されている。以降、この方向を圧力発生室12の並設方向、又は第1方向と称し、これと直交する方向を第2方向と称する。また、流路形成基板10の圧力発生室12の第2方向の一端部側には、インク供給路14と連通路15とが隔壁11によって区画されている。また、連通路15の一端には、各圧力発生室12の共通のインク室(液体室)となるマニホールド100の一部を構成する連通部13が形成されている。すなわち、流路形成基板10には、圧力発生室12、インク供給路14、連通路15及び連通部13からなる液体流路が設けられている。
【0016】
インク供給路14は、圧力発生室12の第2方向一端部側に連通し且つ圧力発生室12より小さい断面積を有する。例えば、本実施形態では、インク供給路14は、マニホールド100と各圧力発生室12との間の圧力発生室12側の流路を幅方向に絞ることで、圧力発生室12の幅より小さい幅で形成されている。なお、このように、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。さらに、各連通路15は、インク供給路14の圧力発生室12とは反対側に連通し、インク供給路14の幅方向(第1方向)より大きい断面積を有する。本実施形態では、連通路15を圧力発生室12と幅方向(第1方向)の断面積が同じとなるように形成した。
【0017】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0018】
一方、図2(b)に示すように、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。本実施形態においては、密着層56として酸化チタンを用いたが、密着層56の材質は第1電極60とその下地の種類等により異なるが、例えば、ジルコニウム、アルミニウムを含む酸化物や窒化物や、SiO2、MgO、CeO2等とすることができる。なお、弾性膜50上に必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0019】
さらに密着層56上には、第1電極60と、第1電極60の上方に設けられて厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、圧電体層70の上方に設けられた第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。なお、ここでいう上方とは、直上も、間に他の部材が介在した状態も含むものである。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、変位可能に設けられた圧電素子300をアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56及び第1電極60が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50及び密着層56を設けずに、第1電極60のみが振動板として作用するようにしてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0020】
そして、本実施形態においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物である。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe及びTiが位置している。
【0021】
このようなBi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、例えば、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体としても表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0022】
ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeO3やBaTiO3以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0023】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
(1−x)[BiFeO3]−x[BaTiO3] (1)
(0≦x≦0.40)
(Bi1−xBax)(Fe1−xTix) (1’)
(0≦x≦0.40)
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、所望の特性を向上させるために、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素をさらに含んでいてもよい。他の元素としては、例えば、Mn、Co、Crなどが挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0024】
圧電体層70が、Mn、CoやCrを含む場合、Mn、CoやCrはBサイトに位置した構造の複合酸化物である。例えば、Mnを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMnで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上することがわかっている。また、CoやCrを含む場合も、Mn同様にリーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマス、及び、鉄酸クロム酸ビスマスは、単独では検出されないものである。また、Mn、CoおよびCrを例として説明したが、その他Cu、Ni等の遷移金属元素を含む場合又は前述の遷移金属元素を2以上同時に含む場合にも同様にリーク特性が向上することがわかっており、これらも圧電体層70とすることができ、さらに、特性を向上させるため公知のその他の添加物を含んでもよい。
【0025】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、CoやCrも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70は、例えば、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。なお一般式(2)及び一般式(2’)において、Mは、Mn、Co、Crのうちいずれか1種以上である。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による組成ずれは許容される。例えば、化学量論比が1であれば、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
(1−x)[Bi(Fe1−yMy)O3]−x[BaTiO3] (2)
(0≦<x≦<0.40、0.01<y<0.09)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMy)1−xTix) (2’)
(0≦<x≦<0.40、0.01<y<0.09)
本実施形態では、圧電体層70は、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O3)、言い換えれば、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表されるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなるものとした。
【0026】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0027】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。上述した例では、マニホールド部31及び連通部13がマニホールド100として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。また、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0028】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0029】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0030】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0031】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0032】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0033】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0034】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図3〜図7を参照して説明する。なお、図3〜図7は、圧力発生室の長手方向(第2方向)の断面図である。
【0035】
まず、図3(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図3(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化法等を用いて形成する。
【0036】
次に、図4(a)に示すように、密着層56上の全面に亘って第1電極60を形成する。具体的には、密着層56上に、スパッタリング法や蒸着法により、例えば、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる白金からなる第1電極60を形成する。次に、図4(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0037】
次いで、レジストを剥離した後、第1電極60上(及び密着層56)に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70を積層する。
【0038】
圧電体層70の製造方法は特に限定されないが、例えば、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを含む金属錯体を溶媒に溶解・分散した溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。
【0039】
なお、本実施形態では、MOD法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて、圧電体層70を製造した。まず、図4(c)に示すように、第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを含有する金属錯体を、所定の割合で含むゾルやMOD溶液(前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0040】
本実施形態のように、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70を形成する場合は、塗布する前駆体溶液は、焼成によりビスマス、鉄、マンガン、バリウム、及びチタンを含む複合酸化物を形成し得る金属錯体混合物を、有機溶媒に溶解または分散させたものである。かかる金属錯体混合物は、複合酸化物を構成する金属のうち一以上の金属を含む金属錯体の混合物であり、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiの各金属が所望のモル比となるように金属錯体が混合されている。すなわち、本実施形態では、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiの各金属が所望の鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムの混晶として表される複合酸化物となるような割合となるようにする。
【0041】
Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、オクチル酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、オクチル酸鉄、酢酸鉄などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、オクチル酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、オクチル酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、オクチル酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。
【0042】
また、溶媒は、金属錯体混合物を溶解又は分散させるものであればよく、特に限定されないが、例えば、トルエン、キシレン、オクタン、エチレングリコール、2−メトキシエタノール、ブタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、酢酸、水、等の様々な溶媒が挙げられる。勿論、これらを2種以上用いてもよい。
【0043】
次いで、この圧電体前駆体膜71(請求項の「塗布膜」に相当する)を実温165℃以上185℃以下、好ましくは実温度170〜180℃の温度で加熱して、一定時間、例えば、2〜10分間、好ましくは2〜5分間保持することによって乾燥させる(乾燥工程)。ここで、本発明において「実温」とは、実際の加熱温度をいう。例えば、ホットプレートにより加熱する場合、設定温度よりも実際の加熱温度が低いことがあるが、本発明における「実温」とは、実際の加熱温度を指す。実温165℃以上185℃以下、好ましくは実温170〜180℃の温度で加熱することにより、圧電体層70の結晶性が向上して、歪み率を向上させることができる。なお、実温165℃未満とすると、歪み率を向上させることができないという問題や、脱脂工程において表面にクラックが入ったり、表面の膜が剥れたり、表面が曇ったりするという問題が生じる。実温185℃より高くなると、歪み率を向上させるという効果が得られない。
【0044】
次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を実温330℃以上440℃以下の温度で加熱して一定時間、例えば、2〜10分間、好ましくは2〜5分間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。脱脂工程では、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱すればよいが、実温330℃以上410℃以下の温度で加熱するのが好ましい。加熱温度を実温410℃より高くすると、結晶核が形成されてそれを起点にして結晶成長してしまい、結晶化工程における結晶成長が阻害されてしまう虞があるためである。
【0045】
次に、図5(a)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させる。これにより、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表される組成比からなるペロブスカイト型の複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。
【0046】
乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0047】
次いで、レジストを剥離した後、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72を形成する。これにより、図5(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70が形成される。なお、複数の圧電体膜72を形成する際には、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を順に行って積層していってもよいが、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を繰り返し行った後、複数層をまとめて焼成するようにしてもよい。また、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0048】
このように圧電体層70を形成した後は、図6(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、600℃〜800℃の温度域でポストアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0049】
次に、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)、白金(Pt)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0050】
次に、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0051】
次に、図7(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0052】
そして、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0053】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【0054】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
まず、(110)に配向した単結晶シリコン基板の表面に熱酸化により膜厚1200nmの二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚40nmのチタン膜を形成し、熱酸化することで酸化チタン膜を形成した。次に、酸化チタン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚130nmの白金膜を形成し、(111)に配向した第1電極60とした。
【0056】
次に、圧電体層70を作製した。圧電体層は、(Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O3からなるものとした。
【0057】
また、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン鉄、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を混合し、Bi:Ba:Fe:Ti:Mnのモル比が75:25:71.25:25:3.75となるようにして、前駆体溶液を調整した。
【0058】
次いで、この前駆体溶液を酸化チタン膜及び第1電極60が形成された上記基板上に滴下し、500rpmで5秒間回転後、3000rpmで基板を20秒回転させてスピンコート法により圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、ホットプレート上に基板を載せ、実温174℃(設定温度180℃)で2分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、ホットプレート上に基板を載せ、実温433℃(設定温度450℃)で2分間脱脂を行った(脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程からなる工程を3回繰り返した後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で800℃、5分間焼成をし、結晶化させた(結晶化工程)。
【0059】
次いで、上記の工程を3回繰り返し、計9回の塗布により全体で厚さ680nmの圧電体層70を形成した。
【0060】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタ法により膜厚100nmの白金膜を形成した後、RTAを用いて650℃、5分間焼成を行うことで圧電素子300を形成した。
【0061】
(比較例1)
乾燥工程の温度を実温194℃(設定温度200℃)とした以外は実施例1と同様にして、比較例1の圧電素子300を形成した。
【0062】
(実施例2)
脱脂工程の温度を337℃(設定温度350℃)とし、塗布工程・乾燥及び脱脂工程からなる工程を3回繰り返した後に750℃で5分間焼成することにより結晶化という工程を4回繰返し、計12回の塗布により全体で厚さ850nmの圧電体層70とした以外は実施例1と同様にして、実施例2の圧電素子300を形成した。
【0063】
(実施例3)
脱脂工程の温度を実温350℃(設定温度364℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例3の圧電素子300を形成した。
【0064】
(実施例4)
脱脂工程の温度を実温380℃(設定温度395℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例4の圧電素子300を形成した。
【0065】
(実施例5)
脱脂工程の温度を実温404℃(設定温度420℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例5の圧電素子300を形成した。
【0066】
(実施例6)
脱脂工程の温度を実温433℃(設定温度450℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例6の圧電素子300を形成した。
【0067】
(試験例1)
各実施例及び比較例で用いた前駆体溶液について、示差熱熱重量同時測定(TG−DTAの測定)を行った。なお、TG−DTAの測定は、Bruker製『TG−DTA2000SA』を使用し、温度範囲は、室温〜500℃、昇降温速度は5℃/分、空気雰囲気下で行った。結果を図8に示す。
【0068】
図8に示すように、DTAでは、300℃付近で強い吸熱ピークが確認され、さらに、400℃以上の領域で強い吸熱ピークが確認された。300℃付近でTGの下降、すなわち、重量減少が止まり、DTAは300℃付近で急激に上がった(吸熱反応)後に下降することから、300℃付近の強いピークは脱脂の開始を示していると考えられる。一方、400℃以上の領域における吸熱ピークは、結晶化によるものであると考えられる。なお、今回の測定では、400℃以上で吸熱ピークが観察されたが、TG−DTAの測定では10℃前後の測定誤差があると考えられる。これより、脱脂温度は、結晶化が開始する温度より低い温度とするのが好ましく、具体的には、測定誤差を考慮して410℃以下とするのが好ましいと考えられる。
【0069】
(試験例2)
各実施例及び比較例の圧電素子において、第2電極を形成する前に、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温で圧電体層のX線回折パターンを求めた。実施例1及び比較例1の回折強度−回折角2θの相関関係を示す図であるX線回折パターンを、図9に示す。また、図9の要部拡大図を図10に示す。実施例2〜6の回折強度−回折角2θの相関関係を示す図であるX線回折パターンを、図11に示す。また、図11の要部拡大図を図12に示す。
【0070】
この結果、各実施例及び各比較例の全てにおいて、ペロブスカイト型構造に起因するピークと、基板由来のピークが観測された。具体的には、ペロブスカイト型構造単相からなる圧電体層に起因するピークが23°付近に、シリコン基板に起因するピークが32°付近に、白金に起因するピークが40°付近に確認された。
【0071】
ここで、図9及び図10に示すように、乾燥工程の温度が実温174℃である実施例1は、乾燥工程の温度が実温194℃である比較例1と比較して、圧電体層のピーク強度が大きく、結晶性が高いことがわかった。
【0072】
また、図11及び図12に示すように、脱脂工程の温度が337℃〜433℃である実施例2〜6は、いずれも圧電体層のピーク強度が大きく、結晶性が高いことがわかった。
【0073】
(試験例3)
実施例1〜6及び比較例1の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、到達歪率と実効電圧との関係及び最大歪率と実効電圧との関係を求めた。なお、最大歪率とは、圧電体層70の逆到達歪と到達歪を合わせた歪率であり、実効電圧とは、該圧電体層70で最も歪んだ箇所の電圧である。
【0074】
実施例1及び比較例1の到達歪率と実効電圧との関係を図13、実施例1及び比較例1の最大歪率と実効電圧との関係を図14に示す。また、実施例2〜6の到達歪率と実効電圧との関係を図15、実施例2〜6の最大歪率と実効電圧との関係を図16に示す。
【0075】
図13に示すように、乾燥工程の温度が実温174℃である実施例1の圧電素子は、乾燥工程の温度が実温194℃である比較例1の圧電素子と比較して、到達歪率が大きかった。さらに、図14に示すように、実使用の際の実効電圧30V付近では、実施例1の圧電素子は比較例1の圧電素子よりも最大歪率が大きかった。これより、乾燥工程の温度を実温174℃前後とすることにより、歪み量が大きい圧電素子とすることができることがわかった。
【0076】
図15に示すように、乾燥工程の温度を実温174℃とし且つ脱脂工程の温度が実温337〜433℃である実施例2〜6の圧電素子は、到達歪率及び最大歪率に大きな変化はなかったが、脱脂工程の温度が実温337℃である実施例2及び実温350℃である実施例3の圧電素子は、実施例4〜6の圧電素子と比較して到達歪率及び最大歪率がさらに向上することが確認された。
【0077】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0078】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0079】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図17は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0080】
図17に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0081】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0082】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0083】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0084】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置の製造方法及び圧電素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。このような圧電素子は、例えば撓み振動モードのアクチュエーター装置として液体噴射ヘッドに搭載される。ここで、液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズル開口と連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズル開口からインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。
【0003】
このような圧電素子を構成する圧電体層として用いられる圧電材料には高い圧電特性が求められており、圧電材料の代表例として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が知られている。しかしながら、チタン酸ジルコン酸鉛には鉛が含まれており、環境問題の観点から、鉛を含有しない圧電材料が求められている。
【0004】
そこで、鉛を含有しない圧電材料としてビスマス系の圧電材料、例えば、ビスマス及び鉄を含む鉄酸ビスマス系(BiFeO3系)のペロブスカイト型構造を有する圧電材料が提案されている。具体例としては、Bi(Fe,Mn)O3等の鉄酸マンガン酸ビスマスとBaTiO3等のチタン酸バリウムとの混晶として表される複合酸化物がある(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−252789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このような複合酸化物からなる圧電体層は、PZTからなる圧電体層と比較して、歪み量が小さいという問題がある。このため、歪み量の向上が求められている。
【0007】
なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドだけではなく、勿論、インク以外の液滴を吐出する他の液体噴射ヘッドにおいても同様に存在し、また、液体噴射ヘッド以外に用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ歪み量の大きい圧電素子を有する液体噴射ヘッドの製造方法、液体噴射装置の製造方法及び圧電素子の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明の態様は、圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドの製造方法であって、前記電極を形成する工程と、前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、を具備することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法にある。
かかる態様では、所定温度で乾燥工程を行い、所定温度で脱脂工程を行った後に結晶化工程を行うことにより、歪み量が大きい圧電素子を有する液体噴射ヘッドを提供することができる。さらに、鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【0010】
本発明の他の態様は、上記の液体噴射ヘッドの製造方法により液体噴射ヘッドを製造する工程を有することを特徴とする液体噴射装置の製造方法にある。
かかる態様では、環境への負荷を低減し且つ歪み量が大きい圧電素子を具備するため、圧電特性に優れた液体噴射装置を実現することができる。
【0011】
本発明の他の態様は、圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子の製造方法であって、前記電極を形成する工程と、前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、を具備することを特徴とする圧電素子の製造方法にある。
かかる態様では、所定温度で乾燥工程を行い、所定温度で脱脂工程を行った後に結晶化工程を行うことにより、歪み量が大きい圧電素子を提供することができる。さらに、鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図及び断面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図4】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施例3のTG−DTA測定結果を示すグラフ。
【図9】実施例1及び比較例1のXRD測定結果を示すグラフ。
【図10】実施例1及び比較例1のXRD測定結果を示すグラフ。
【図11】実施例2〜6のXRD測定結果を示すグラフ。
【図12】実施例2〜6のXRD測定結果を示すグラフ。
【図13】実施例1及び比較例1の到達歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図14】実施例1及び比較例1の最大歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図15】実施例2〜6の到達歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図16】実施例2〜6の最大歪率と実効電圧との関係を示すグラフ。
【図17】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの分解斜視図であり、図2は、図1の平面図及びそのA−A′線断面図である。
【0014】
図示するように、流路形成基板10は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、その一方の面には、振動板を構成する二酸化シリコンからなる厚さ0.5〜2μmの弾性膜50が形成されている。
【0015】
流路形成基板10には、一方の面とは反対側の面となる他方面側から異方性エッチングすることにより、圧力発生室12が形成されている。そして、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12が同じ色のインクを吐出する複数のノズル開口21が並設される方向に沿って並設されている。以降、この方向を圧力発生室12の並設方向、又は第1方向と称し、これと直交する方向を第2方向と称する。また、流路形成基板10の圧力発生室12の第2方向の一端部側には、インク供給路14と連通路15とが隔壁11によって区画されている。また、連通路15の一端には、各圧力発生室12の共通のインク室(液体室)となるマニホールド100の一部を構成する連通部13が形成されている。すなわち、流路形成基板10には、圧力発生室12、インク供給路14、連通路15及び連通部13からなる液体流路が設けられている。
【0016】
インク供給路14は、圧力発生室12の第2方向一端部側に連通し且つ圧力発生室12より小さい断面積を有する。例えば、本実施形態では、インク供給路14は、マニホールド100と各圧力発生室12との間の圧力発生室12側の流路を幅方向に絞ることで、圧力発生室12の幅より小さい幅で形成されている。なお、このように、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。さらに、各連通路15は、インク供給路14の圧力発生室12とは反対側に連通し、インク供給路14の幅方向(第1方向)より大きい断面積を有する。本実施形態では、連通路15を圧力発生室12と幅方向(第1方向)の断面積が同じとなるように形成した。
【0017】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0018】
一方、図2(b)に示すように、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。本実施形態においては、密着層56として酸化チタンを用いたが、密着層56の材質は第1電極60とその下地の種類等により異なるが、例えば、ジルコニウム、アルミニウムを含む酸化物や窒化物や、SiO2、MgO、CeO2等とすることができる。なお、弾性膜50上に必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0019】
さらに密着層56上には、第1電極60と、第1電極60の上方に設けられて厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、圧電体層70の上方に設けられた第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。なお、ここでいう上方とは、直上も、間に他の部材が介在した状態も含むものである。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、変位可能に設けられた圧電素子300をアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56及び第1電極60が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50及び密着層56を設けずに、第1電極60のみが振動板として作用するようにしてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0020】
そして、本実施形態においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物である。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe及びTiが位置している。
【0021】
このようなBi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、例えば、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体としても表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0022】
ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeO3やBaTiO3以外に、元素が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。
【0023】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
(1−x)[BiFeO3]−x[BaTiO3] (1)
(0≦x≦0.40)
(Bi1−xBax)(Fe1−xTix) (1’)
(0≦x≦0.40)
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、所望の特性を向上させるために、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素をさらに含んでいてもよい。他の元素としては、例えば、Mn、Co、Crなどが挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0024】
圧電体層70が、Mn、CoやCrを含む場合、Mn、CoやCrはBサイトに位置した構造の複合酸化物である。例えば、Mnを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMnで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上することがわかっている。また、CoやCrを含む場合も、Mn同様にリーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマス、及び、鉄酸クロム酸ビスマスは、単独では検出されないものである。また、Mn、CoおよびCrを例として説明したが、その他Cu、Ni等の遷移金属元素を含む場合又は前述の遷移金属元素を2以上同時に含む場合にも同様にリーク特性が向上することがわかっており、これらも圧電体層70とすることができ、さらに、特性を向上させるため公知のその他の添加物を含んでもよい。
【0025】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、CoやCrも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70は、例えば、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。なお一般式(2)及び一般式(2’)において、Mは、Mn、Co、Crのうちいずれか1種以上である。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による組成ずれは許容される。例えば、化学量論比が1であれば、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。
(1−x)[Bi(Fe1−yMy)O3]−x[BaTiO3] (2)
(0≦<x≦<0.40、0.01<y<0.09)
(Bi1−xBax)((Fe1−yMy)1−xTix) (2’)
(0≦<x≦<0.40、0.01<y<0.09)
本実施形態では、圧電体層70は、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O3)、言い換えれば、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表されるペロブスカイト型構造を有する複合酸化物からなるものとした。
【0026】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0027】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。上述した例では、マニホールド部31及び連通部13がマニホールド100として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。また、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0028】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0029】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0030】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0031】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0032】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0033】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0034】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図3〜図7を参照して説明する。なお、図3〜図7は、圧力発生室の長手方向(第2方向)の断面図である。
【0035】
まず、図3(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図3(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化法等を用いて形成する。
【0036】
次に、図4(a)に示すように、密着層56上の全面に亘って第1電極60を形成する。具体的には、密着層56上に、スパッタリング法や蒸着法により、例えば、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる白金からなる第1電極60を形成する。次に、図4(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0037】
次いで、レジストを剥離した後、第1電極60上(及び密着層56)に、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70を積層する。
【0038】
圧電体層70の製造方法は特に限定されないが、例えば、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを含む金属錯体を溶媒に溶解・分散した溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。
【0039】
なお、本実施形態では、MOD法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて、圧電体層70を製造した。まず、図4(c)に示すように、第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを含有する金属錯体を、所定の割合で含むゾルやMOD溶液(前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0040】
本実施形態のように、ビスマス、鉄、マンガン、バリウム、及びチタンを含むペロブスカイト型構造の複合酸化物からなる圧電体層70を形成する場合は、塗布する前駆体溶液は、焼成によりビスマス、鉄、マンガン、バリウム、及びチタンを含む複合酸化物を形成し得る金属錯体混合物を、有機溶媒に溶解または分散させたものである。かかる金属錯体混合物は、複合酸化物を構成する金属のうち一以上の金属を含む金属錯体の混合物であり、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiの各金属が所望のモル比となるように金属錯体が混合されている。すなわち、本実施形態では、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体の混合割合は、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiの各金属が所望の鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムの混晶として表される複合酸化物となるような割合となるようにする。
【0041】
Bi、Fe、Mn、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、オクチル酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、オクチル酸鉄、酢酸鉄などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、オクチル酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、オクチル酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、オクチル酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Mn、Ba、Tiを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。
【0042】
また、溶媒は、金属錯体混合物を溶解又は分散させるものであればよく、特に限定されないが、例えば、トルエン、キシレン、オクタン、エチレングリコール、2−メトキシエタノール、ブタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、酢酸、水、等の様々な溶媒が挙げられる。勿論、これらを2種以上用いてもよい。
【0043】
次いで、この圧電体前駆体膜71(請求項の「塗布膜」に相当する)を実温165℃以上185℃以下、好ましくは実温度170〜180℃の温度で加熱して、一定時間、例えば、2〜10分間、好ましくは2〜5分間保持することによって乾燥させる(乾燥工程)。ここで、本発明において「実温」とは、実際の加熱温度をいう。例えば、ホットプレートにより加熱する場合、設定温度よりも実際の加熱温度が低いことがあるが、本発明における「実温」とは、実際の加熱温度を指す。実温165℃以上185℃以下、好ましくは実温170〜180℃の温度で加熱することにより、圧電体層70の結晶性が向上して、歪み率を向上させることができる。なお、実温165℃未満とすると、歪み率を向上させることができないという問題や、脱脂工程において表面にクラックが入ったり、表面の膜が剥れたり、表面が曇ったりするという問題が生じる。実温185℃より高くなると、歪み率を向上させるという効果が得られない。
【0044】
次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を実温330℃以上440℃以下の温度で加熱して一定時間、例えば、2〜10分間、好ましくは2〜5分間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO2、CO2、H2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。脱脂工程では、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱すればよいが、実温330℃以上410℃以下の温度で加熱するのが好ましい。加熱温度を実温410℃より高くすると、結晶核が形成されてそれを起点にして結晶成長してしまい、結晶化工程における結晶成長が阻害されてしまう虞があるためである。
【0045】
次に、図5(a)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させる。これにより、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶として表される組成比からなるペロブスカイト型の複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。
【0046】
乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0047】
次いで、レジストを剥離した後、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72を形成する。これにより、図5(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70が形成される。なお、複数の圧電体膜72を形成する際には、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を順に行って積層していってもよいが、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を繰り返し行った後、複数層をまとめて焼成するようにしてもよい。また、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0048】
このように圧電体層70を形成した後は、図6(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、600℃〜800℃の温度域でポストアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を改善することができる。
【0049】
次に、図6(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)、白金(Pt)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0050】
次に、図6(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0051】
次に、図7(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0052】
そして、図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0053】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【0054】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
まず、(110)に配向した単結晶シリコン基板の表面に熱酸化により膜厚1200nmの二酸化シリコン膜を形成した。次に、二酸化シリコン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚40nmのチタン膜を形成し、熱酸化することで酸化チタン膜を形成した。次に、酸化チタン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚130nmの白金膜を形成し、(111)に配向した第1電極60とした。
【0056】
次に、圧電体層70を作製した。圧電体層は、(Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O3からなるものとした。
【0057】
また、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン鉄、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を混合し、Bi:Ba:Fe:Ti:Mnのモル比が75:25:71.25:25:3.75となるようにして、前駆体溶液を調整した。
【0058】
次いで、この前駆体溶液を酸化チタン膜及び第1電極60が形成された上記基板上に滴下し、500rpmで5秒間回転後、3000rpmで基板を20秒回転させてスピンコート法により圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、ホットプレート上に基板を載せ、実温174℃(設定温度180℃)で2分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、ホットプレート上に基板を載せ、実温433℃(設定温度450℃)で2分間脱脂を行った(脱脂工程)。この塗布工程・乾燥及び脱脂工程からなる工程を3回繰り返した後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で800℃、5分間焼成をし、結晶化させた(結晶化工程)。
【0059】
次いで、上記の工程を3回繰り返し、計9回の塗布により全体で厚さ680nmの圧電体層70を形成した。
【0060】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてDCスパッタ法により膜厚100nmの白金膜を形成した後、RTAを用いて650℃、5分間焼成を行うことで圧電素子300を形成した。
【0061】
(比較例1)
乾燥工程の温度を実温194℃(設定温度200℃)とした以外は実施例1と同様にして、比較例1の圧電素子300を形成した。
【0062】
(実施例2)
脱脂工程の温度を337℃(設定温度350℃)とし、塗布工程・乾燥及び脱脂工程からなる工程を3回繰り返した後に750℃で5分間焼成することにより結晶化という工程を4回繰返し、計12回の塗布により全体で厚さ850nmの圧電体層70とした以外は実施例1と同様にして、実施例2の圧電素子300を形成した。
【0063】
(実施例3)
脱脂工程の温度を実温350℃(設定温度364℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例3の圧電素子300を形成した。
【0064】
(実施例4)
脱脂工程の温度を実温380℃(設定温度395℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例4の圧電素子300を形成した。
【0065】
(実施例5)
脱脂工程の温度を実温404℃(設定温度420℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例5の圧電素子300を形成した。
【0066】
(実施例6)
脱脂工程の温度を実温433℃(設定温度450℃)とした以外は実施例2と同様にして、実施例6の圧電素子300を形成した。
【0067】
(試験例1)
各実施例及び比較例で用いた前駆体溶液について、示差熱熱重量同時測定(TG−DTAの測定)を行った。なお、TG−DTAの測定は、Bruker製『TG−DTA2000SA』を使用し、温度範囲は、室温〜500℃、昇降温速度は5℃/分、空気雰囲気下で行った。結果を図8に示す。
【0068】
図8に示すように、DTAでは、300℃付近で強い吸熱ピークが確認され、さらに、400℃以上の領域で強い吸熱ピークが確認された。300℃付近でTGの下降、すなわち、重量減少が止まり、DTAは300℃付近で急激に上がった(吸熱反応)後に下降することから、300℃付近の強いピークは脱脂の開始を示していると考えられる。一方、400℃以上の領域における吸熱ピークは、結晶化によるものであると考えられる。なお、今回の測定では、400℃以上で吸熱ピークが観察されたが、TG−DTAの測定では10℃前後の測定誤差があると考えられる。これより、脱脂温度は、結晶化が開始する温度より低い温度とするのが好ましく、具体的には、測定誤差を考慮して410℃以下とするのが好ましいと考えられる。
【0069】
(試験例2)
各実施例及び比較例の圧電素子において、第2電極を形成する前に、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線源にCuKα線を使用し、室温で圧電体層のX線回折パターンを求めた。実施例1及び比較例1の回折強度−回折角2θの相関関係を示す図であるX線回折パターンを、図9に示す。また、図9の要部拡大図を図10に示す。実施例2〜6の回折強度−回折角2θの相関関係を示す図であるX線回折パターンを、図11に示す。また、図11の要部拡大図を図12に示す。
【0070】
この結果、各実施例及び各比較例の全てにおいて、ペロブスカイト型構造に起因するピークと、基板由来のピークが観測された。具体的には、ペロブスカイト型構造単相からなる圧電体層に起因するピークが23°付近に、シリコン基板に起因するピークが32°付近に、白金に起因するピークが40°付近に確認された。
【0071】
ここで、図9及び図10に示すように、乾燥工程の温度が実温174℃である実施例1は、乾燥工程の温度が実温194℃である比較例1と比較して、圧電体層のピーク強度が大きく、結晶性が高いことがわかった。
【0072】
また、図11及び図12に示すように、脱脂工程の温度が337℃〜433℃である実施例2〜6は、いずれも圧電体層のピーク強度が大きく、結晶性が高いことがわかった。
【0073】
(試験例3)
実施例1〜6及び比較例1の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzの電圧を印加して、到達歪率と実効電圧との関係及び最大歪率と実効電圧との関係を求めた。なお、最大歪率とは、圧電体層70の逆到達歪と到達歪を合わせた歪率であり、実効電圧とは、該圧電体層70で最も歪んだ箇所の電圧である。
【0074】
実施例1及び比較例1の到達歪率と実効電圧との関係を図13、実施例1及び比較例1の最大歪率と実効電圧との関係を図14に示す。また、実施例2〜6の到達歪率と実効電圧との関係を図15、実施例2〜6の最大歪率と実効電圧との関係を図16に示す。
【0075】
図13に示すように、乾燥工程の温度が実温174℃である実施例1の圧電素子は、乾燥工程の温度が実温194℃である比較例1の圧電素子と比較して、到達歪率が大きかった。さらに、図14に示すように、実使用の際の実効電圧30V付近では、実施例1の圧電素子は比較例1の圧電素子よりも最大歪率が大きかった。これより、乾燥工程の温度を実温174℃前後とすることにより、歪み量が大きい圧電素子とすることができることがわかった。
【0076】
図15に示すように、乾燥工程の温度を実温174℃とし且つ脱脂工程の温度が実温337〜433℃である実施例2〜6の圧電素子は、到達歪率及び最大歪率に大きな変化はなかったが、脱脂工程の温度が実温337℃である実施例2及び実温350℃である実施例3の圧電素子は、実施例4〜6の圧電素子と比較して到達歪率及び最大歪率がさらに向上することが確認された。
【0077】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0078】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0079】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図17は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0080】
図17に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0081】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0082】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0083】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0084】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドの製造方法であって、
前記電極を形成する工程と、
前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、
前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、
前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、
前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、
を具備することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドの製造方法により液体噴射ヘッドを製造する工程を有することを特徴とする液体噴射装置の製造方法。
【請求項3】
圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子の製造方法であって、 前記電極を形成する工程と、 前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、
前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、
前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、
前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、
を具備することを特徴とする圧電素子の製造方法。
【請求項1】
圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子を備えた液体噴射ヘッドの製造方法であって、
前記電極を形成する工程と、
前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、
前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、
前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、
前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、
を具備することを特徴とする液体噴射ヘッドの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドの製造方法により液体噴射ヘッドを製造する工程を有することを特徴とする液体噴射装置の製造方法。
【請求項3】
圧電体層と、前記圧電体層に設けられた電極と、を具備する圧電素子の製造方法であって、 前記電極を形成する工程と、 前記電極の上方に、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む前駆体溶液を塗布して塗布膜を形成する工程と、
前記塗布膜を実温165℃以上185℃以下の温度で加熱する乾燥工程と、
前記乾燥工程の後、実温330℃以上440℃以下の温度で加熱する脱脂工程と、
前記脱脂工程の後、脱脂した塗布膜を加熱して結晶化させる結晶化工程と、
を具備することを特徴とする圧電素子の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2013−80882(P2013−80882A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221359(P2011−221359)
【出願日】平成23年10月5日(2011.10.5)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年10月5日(2011.10.5)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】
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