説明

積層構造体、磁気又は電子装置およびトランジスタ

【課題】シリコン上へ強磁性相を積層化したスピンエレクトロニクスデバイスを作製するにあたり、強磁性元素の鉄(Fe)から構成されるFe3Si化合物をシリコン系半導体基板上へ結晶成長させる。
【解決手段】この際Fe3Si層の組成制御性の向上および、ハーフメタル構造を有する規則構造相形成のためにSiCからなる半導体基板を使用あるいは表面にSiCを有するシリコン基板上にFe3Si磁性相を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鉄シリサイド系磁性相を用いてスピンに依存した電子現象を発揮するエレクトロニクス材料およびその積層膜構造、その積層膜構造を用いた磁気又は電子装置およびトランジスタに関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスは情報処理量の増大に高周波化が進み、変調速度の高速化が求められてきた。
【0003】
例えば携帯電話の普及に伴い、周波数帯域(10GHzに迫っている)があがるにつれ、無線用の高周波デバイスが必須となる。一方、集積度について検討すると高周波になるほど集積度は上がっていない。これはこの分野の高周波デバイス(高速デバイス)が化合物半導体であり、化合物半導体のデバイス構造が必ずしも高集積化に適していないためと考えられる。
【0004】
従来のスピンエレクトロニクス材料としては化合物半導体のガリウム・砒素などに希薄磁性を有するマンガン、クロムをドーピングさせてスピン偏極注入が試みられている。(非特許文献1)
これらの材料は既存のガリウム・砒素化合物半導体との間に安定なヘテロ界面を形成するために、半導体層―磁性体層の積層化が容易に実現されている。
【0005】
【非特許文献1】Applied Physics Letters, Vol68, No20, 2890-2892 (1996), Applied Physics Letters, Vol70, No15, 2046-2048 (1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
シリコンテクノロジーをベースとした高集積化デバイス開発に対して、ガリウム・砒素やカドミウム・テルル等にマンガン(Mn)を添加した化合物では、シリコン上への結晶成長は困難である。更にMnの希薄磁性が発現するのは100K以下の低温領域であり室温以上での転位温度を有する材料が臨まれている。
【0007】
鉄シリサイド(FeとSiの化合物)はクラーク数の順位が2位と4位のもので、資源が豊富、廃棄する際に地球に優しいという利点が大きい化合物である。
【0008】
しかし、現在、Fe−Siを用いたデバイスは、トランジスタやメモリ、発光・受光素子としてβ−FeSiが検討されているが、他の化合物よりずば抜けて優れた物性を示すものではなく、研究が停滞している感がある。
【0009】
本発明は半導体基板上に鉄シリサイド系磁性材料を形成した積層構造、特にスピンに依存した電子現象を発揮することを可能にするそのような積層構造、その積層構造を利用した磁性又は電子装置、および電界効果スピントランジスタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明では炭化珪素(SiC)半導体基板、あるいは表面に炭化珪素(SiC)半導体層を有する基板、特にシリコン(Si)半導体基板上に強磁性金属元素の鉄(Fe)から構成されるFe3Si磁性層を形成させる。
【0011】
この炭化珪素(SiC)半導体とFe3Si磁性層との積層構造を用いて磁気又は電子装置、特に電界効果スピントランジスタを形成する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、炭化珪素(SiC)半導体基板あるいは表面に炭化珪素(SiC)層を有する基板上に、すなわち、半導体である炭化珪素(SiC)上に、強磁性金属元素の鉄(Fe)から構成されるFe3Si磁性層をエピタキシャル成長した積層構造が提供され、Fe3Si磁性層を利用した電子装置、特にFe3Si磁性層をソースおよびドレイン電極とした電界効果スピントランジスタを形成することが可能にされる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明は、炭化珪素(SiC)半導体基板あるいは表面に炭化珪素(SiC)半導体層を有する基板上に強磁性金属元素の鉄(Fe)から構成されるFe3Si磁性層を形成した積層構造を提供するものである。図1は本発明の積層構造およびこれを用いたデバイスの断面構造を示すものであり、この基板Sはシリコン(100)結晶面あるいはシリコン (111)結晶面である。
【0014】
この積層構造およびこれを用いたデバイスの構造をその製造プロセスと合わせて説明すると、まずCZ法あるいはFZ法で作製された(100)結晶面あるいは(111)結晶面シリコン基板1上に0〜数十μm程度の厚さを持つSiC層2をエピタキシャル成長させる。SiC層2の作製法に関しては問わない。
【0015】
次にこれらSiC層2を形成した基板1を200℃以上に加熱し、MOCVD法あるいは蒸着法あるいはスパッタ法あるいはパルスレーザ・アブレーション法などで、鉄とシリコン同時に供給して所定の厚み(例えば50nm)のFe3Si強磁性層3をエピタキシャル成長する。
【0016】
このFe3Si強磁性層の格子定数は鉄とシリコンの組成比で制御できる。組成比を任意に変化させることによってバッファ層を設けた基板上にエピタキサシャル成長させることが可能となる。
【0017】
本発明者は炭化珪素(SiC)半導体上にFe3Si磁性層をエピタキシャル成長できることを確認し、本発明を完成した。炭化珪素(SiC)半導体は、パワーエレクトロニクスすなわち大電流(高電圧)装置として利用され、耐環境性、耐熱性に優れている。
【0018】
シリコン基板上に強磁性金属元素の鉄(Fe)から構成されるFe3Siを積層することによりスピン偏極注入が実現される。Fe3Si化合物は転位点が約800Kの強磁性体であり、シリコンとの格子不整合率が約3%であるために格子整合した結晶成長が可能な材料である。鉄とシリコンからなる化合物には鉄対シリコンの原子組成比が3:1、1:1、1:2、1:2.5からなる複数が存在し、室温以上で強磁性を発現するのはFe3Siのみである。Fe3Si層と基板シリコンとの界面では組成揺らぎによって別の組成比を有する化合物が形成する可能性あり、それらは強磁性Fe3Si層から半導体層へのスピン注入の効率を低下させる可能性がある。そこでSiC半導体基板を用いて、あるいは予めシリコンなどの基板上にSiC層を例えば数nm〜数μm程度施すことにより、界面における組成ゆらぎを抑える。このように材料の特性より室温以上でのスピン偏極率を備え、また既存のシリコンデバイスとの積層化、モノリシック化が可能となる。
【0019】
本発明において、下地となる基板は、炭化珪素(SiC)半導体基板であるか、表面に炭化珪素(SiC)半導体層を形成した基板、特にシリコン基板である。本発明では、炭化珪素(SiC)半導体上にFe3Si磁性層をエピタキシャル成長できることを確認したが、シリコン等の基板の表面に炭化珪素(SiC)半導体層を形成することは知られているので、それを利用すればよい。
【0020】
本発明において、Fe3Si磁性層はエピタキシャル成長させることができることは大きな利点であるが、多結晶あるいは非晶質のFe3Siであっても強磁性は発現するので、使用可能である。
【0021】
本発明において、Fe3Si磁性層の厚さは特に限定されない。
【0022】
Fe3Si磁性層の成長方法は、特に制限なく、例えば、スパッタ法、蒸着法、パルスレーザ・アブレーション法などのPVD法、MOCVDなどのCVD法などが好適に使用できる。特に原料組成および製膜温度(あるいは基板温度)を適当に調整することで比較的簡単にFe3Si磁性層を成長することができる。基板温度は200℃以上が好適である。雰囲気は不活性ガス雰囲気あるいは還元ガス雰囲気が好ましい。
【0023】
Fe3Si層は強磁性層であるから、これを半導体基板上に形成した積層構造は、強磁性層を利用した各種の磁気又は電子装置に利用できる。限定するわけではないが、例えばGMR素子、アイソレータ、TMR素子などに利用できる。
【0024】
しかし、とりわけ有用な利用は、電界効果スピントランジスタ(スピンFET)がある。電界効果スピントランジスタの原理および構造は知られているが、本発明によれば、Fe3Si層を炭化珪素基板上に形成するので、Fe3Si層をソースおよびドレインとして利用した電界効果スピントランジスタを形成することができる。
【実施例】
【0025】
以下本発明に係る実施例を説明する。
(実施例1)
【0026】
SiC層2の製造方法:モノシランガスとアセチレンあるいはプロパンガスを原料とした減圧CVD法にておよそ1200℃に加熱したSi基板上に製膜時の圧力60TorrにてSiC層をエピタキシャル成長させた。(図1参照)
Fe3Si磁性層3の製造方法としては、次の3つの方法を実施した(図1参照)。
(1)モノシランガスとカルボニル鉄を原料としたMOCVD法にて基板温度を200℃以上に加熱した基板に、これら原料ガスを同時に供給し製膜圧力を3 x 10-3Torrにすることで製膜速度を2.5nm / minとしエピタキシャル成長させる。
(2)RFマグネトロン・スパッタ法において、Feディスク上にSiチップをのせたターゲットを使用し基板温度200℃以上に加熱した基板に、アルゴン雰囲気にてFeとSiと同時に供給し製膜速度を3.3nm /min としエピタキシャル成長させる。
(3)Fe−Si合金ターゲットを用いたパルス・レーザー・アブレーション法において3 x 10-3Torr程度のアルゴン雰囲気にて、ターゲットにエキシマレーザーをパルス上に照射し200℃以上に加熱した基板にFe―Si膜を1.6nm / min で堆積させることでエピタキシャル成長させる。
Fe3Si磁性層3の格子定数はFeとSiの組成比で制御できる。MOCVD法であればモノシランとカルボニル鉄のガス供給速度を制御することにて、スパッタ法であればFeディスクとSiチップとのターゲットの面積比によって(SiディスクとFeチップとのターゲットの面積比によって)(Fe−Si合金ターゲットの組成比によって)、レーザー・アブレーション法であればFe−Si合金ターゲットの組成比によって強磁性層のFe-Si組成比を任意に変化させることができる。
そのようにしてシリコン(100)面方位上に作製した炭化珪素(SiC)半導体層2上にエピタキシャルFe3Si層3を形成した積層構造のX線回折プロファイルを図2に示す。Si基板と、SiC層と、Fe3Siの回折ピークが観察される。
【0027】
また、SiC層上に結晶成長させたFe3Si層の磁気特性を図3に示す。強磁性が示されている。
(実施例2)
SiC(100)基板上に直接にFe3Siをエピタキシャル成長させた。成長の条件は実施例1と同様である。
【0028】
得られた積層体について、X線回折の結果を図4、図5(極点座標)に示す。SiC基板と、Fe3Siの回折ピークが観察され、エピタキシャル成長していることが確認される。
【0029】
また、この積層体の磁気特性を図6に示す。強磁性が示されている。
(実施例3)
公知の半導体プロセスを用いて、図7に示すことくSiC基板11上にFe3Si膜12,13をエピタキシャル成長した積層構造を用い、Fe3Si膜をソース電極12、ドレイン電極13として用いてSiC半導体中を移動するキャリアの注入、取り出しを行う。図7において、14はゲート絶縁膜、15はゲート電極である。こうして、電界効果スピントランジスタを形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の積層構造およびこれを用いたデバイスの断面構造の例を示す。
【図2】実施例1で形成した積層構造のX線回折プロファイルである。
【図3】実施例1で形成した積層構造の磁気特性を示す。
【図4】実施例2で形成した積層構造のX線回折プロファイルである。
【図5】実施例2で形成した積層構造のX線回折プロファイルである。
【図6】実施例2で形成した積層構造の磁気特性を示す。
【図7】電界効果スピントランジスタの構造を示す。
【符号の説明】
【0031】
1 基板
2 SiC層
3 Fe3Si層
11 SiC基板
12 Fe3Siソース電極
13 Fe3Siドレイン電極
14 ゲート絶縁膜
15 ゲート電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化珪素半導体基板あるいは表面に炭化珪素半導体層を有する基板上に形成したFe3Si磁性膜を有する積層構造。
【請求項2】
Fe3Si磁性膜がエピタキシャル層である請求項1に記載の積層構造。
【請求項3】
基板が表面に炭化珪素層を形成したシリコン基板である請求項1または2に記載の積層構造。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層構造を有する磁気又は電子装置。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の積層構造を有する電界効果スピントランジスタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−59960(P2009−59960A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−226863(P2007−226863)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000192903)神奈川県 (65)
【Fターム(参考)】