説明

窒化アルミニウムベースの硬い耐摩耗性コーティング

組成AlxSiyMezNの窒化アルミニウムベースの硬い耐摩耗性コーティングが提案される。x、yおよびzは原子分率を表し、その和は0.95から1.05であり、Meは、IIIからVIII族およびIb族の遷移金属の金属ドーパントまたはこれらの組合せである。この金属は、コーティングプロセス中に、金属ドーピングのないコーティングよりも高い固有導電率(intrinsic electrical conductivity)を提供する。ケイ素含量は0.01≦y≦0.4であり、1つまたは複数の金属ドーパントMeの含量は、0.001≦z≦0.08、好ましくは0.01≦z≦0.05、最も好ましくは0.015≦z≦0.045である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、窒化アルミニウムを基礎とする(窒化アルミニウムベース)の硬い耐摩耗性被膜(コーティング)、該コーティングでコーティングされた物品および該コーティングを生成するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
従来技術の説明
Al1-xTixNに基づく層またはAl1-xTixSiyNに基づく層は一般に、最高硬さに近いTi/Al化学量論組成範囲で使用される。TiAlNの場合、この化学量論組成はほぼAl0.65Ti0.35Nに相当する。この条件を超えるAl割合が選択される場合、例えば75から85原子%のAl割合が選択される場合には、硬さ(hardness)と耐摩耗性(wear resistance)の両方が急激に低下することが知られている。Al1-xCrxNおよび同種の硬い材料に関しても本質的に同じ性質が予想され、またそうであることが知られている。
【0003】
この軟化についての現在までの知識は、T.Suzuki,Y.Makino,M.Samandi and S.Miyake,J.Mater.Sci.35(2000),4193およびA.Horling,L.Hultman,M.Oden,J.Sjolen,L.Karlsson,Surf.Coat.Technol.191(2005)384、ならびにこれらの文献に引用されている参考文献に記載されている。
【0004】
一般的なコーティングはJP−A−2003/225809からも知られている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明の概要
発明の目的
したがって第1に本発明の目的は、カソードアーク蒸着技術(cathodic arc evaporation technology)またはマグネトロンスパッタリング技術あるいはこれらの組合せを使用して容易に生成することができる硬いコーティングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明の説明
本発明は、請求項1に記載のコーティングによってこの目的を達する。本発明の方策の結果、第1に、プロセスが実行される室の追加の操作なしで、カソードアーク蒸着技術を使用した本発明に基づく硬いコーティングによって物品をコーティングすることができる。さらにこのコーティングはパラメータに関して驚くほど硬い。
【0007】
本発明に基づくこの解決法は、Al1-xMexN系のAl含量を、最高硬さを与えるとしてこれまで知られている組成を大幅に上回る、窒素を除いた他の元素全体の約90原子%超まで増大させると、硬さが意外にも再び上昇することが分かったことに基づく。さらに、この傾向はケイ素の存在下で強まることが分かった。しかし、純粋なAlNまたはAl1-ySiyNに非常に近いと、層の硬さは再び低下する。このことは、堆積中のイオン衝撃(イオンボンバードメント:ion bombardment)を抑制する非導電層(non-conductive layer)の蓄積によって説明することができる。
【0008】
本発明の目的の追加の詳細、特徴および利点は、例えば本発明に基づく方法がその中で説明された関連図面の以下の説明から得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の目的の追加の詳細、特徴および利点は、例えば本発明に基づく方法がその中で説明された関連図面の以下の説明から得られる。
図面の簡単な説明
図面は以下のとおりである。
【0010】
図1は、本発明に基づく第1の例による室内のターゲットの配置を概略的に示す図である。図2は、本発明に基づく第2の例による室内のターゲットの配置を概略的に示す図である。図3は、イオン衝撃の不足に起因する望ましくない弱い柱状(columner)のコーティング材料の形成を示す、Al0.91Si0.09N層の断面図である。図4は、少量の金属(このケースではCr)のドーピングによりコーティングの導電率を維持することで達成された均質でかつむらのない微細な構造を示す、Al0.86Si0.09Cr0.05N層の断面図である。図5は、Al1-xCrxSi((1-x)/10)N系について、硬さがコーティングの化学量論組成によって変化する様子を示す図である。すでに知られている硬さの主要な極大の他に、非常に高い(Al+Si)含量において予想外の第2の極大が観察された。ケイ素が加えられていない比較系Al1-xCrxNの第2の曲線(本発明ではない)も同様の性質を示すが、硬さは全体に小さい。
【0011】
図6は、Al1-xZrxSi((1-x)/5)N系について、硬さがコーティングの化学量論組成によって変化する様子を示す図である。この曲線は、ドーパントの添加が8原子%未満の領域でさえこの系の全体的な硬さが得られることを示している。図7は、直径5mmのむく超硬ドリルを使用した金属穴あけ試験の図である。試験条件は以下のとおり:焼きなました軟かい状態の冷間加工鋼X155CrVMo12−1(DIN1.2379)に止まり穴(blind hole)をあける。穴の深さ15mm、vc=70m/分、送り=0.16mm/rev、内部冷却乳剤7%。図8は、堆積後および窒素雰囲気での800℃、1時間の熱処理後における、本発明に基づく組成Al0.834Si0.123Cr0.0440.944の代表的なコーティングの斜入射X線回折図(grazing incidence X-ray diffraction diagram)である。この図は、この系に六方(hexagonal)相と立方(cubic)相が共存していることを示している。このナノコンポジット結晶構造の熱安定性は、高温での焼なましの前と後に観察された回折ピークの類似性によって証明される。
【0012】
発明の実施形態の詳細な説明
層は主にアーク蒸着技術によって堆積形成した。AlNベースの層(AN−based layers)は、単一のターゲットから、または独立した複数のターゲットから調製することができる。至適な層はAl1-xMexSiyNであり、至適なMe含量は1から3原子%、Si含量は3から10原子%である(これはx=0.02〜0.06、y=0.06〜0.20に相当する)。
【0013】
単一カソード技術の一例を図1によって説明する。Al0.885Si0.10Cr0.015ターゲット10は主層の生成のために使用され、純粋なCrターゲット20は、単独でまたはターゲット10と組み合わせて、洗浄プロセスならびに接着用として、更に、任意に基礎層形成用として、使用される。
【0014】
2つのカソードシステムを図2に示す。電極30はAlSi合金または純粋なAlからなり、金属電極40は、イオン洗浄のため、任意選択のベース層の形成のために使用され、この電極は、主層Al1-xMexSiyNを生成するプロセス中に、AlSi(Al)とともに使用される。
【0015】
(1原子%を大幅に下回る)あまりに低い金属ドーパント含量を選択するとプロセスは不安定になる。AlまたはAlSi金属の純度が最低でも99.5重量%であり、示された不純物が主にFeである純粋なAlNまたはAlSiN層の場合、窒素圧力2Pa、アーク電流100Aにおけるアーク電圧は、このプロセスの間に30Vから40V超に増大し、このことはプロセス安定性とコーティング品質の両方に影響する。導電性窒化物または金属導電材料あるいはその両方の追加は、窒素雰囲気または窒素ベースの気体混合物雰囲気において、AlSiまたはAl材料の蒸着プロセスを安定させる。図3および図4に、純粋なAl1-ySiyN層の断面を、Al1-xCrxSiyN層との比較において示す。この差は、プロセス中のこの層の不十分な導電率に起因すると考えられる。イオン衝撃が維持されず、このことが膜成長中の粗粒化を引き起こし、その結果、機械特性が不良になる。Al中にCrが1原子パーセント存在するCrAlターゲットの場合、プロセス中のアーク電圧の増大は1V以下と測定された。3原子パーセントのCrが存在すると、この材料は付着中に重大な電圧の増大を示さず、その結果、構造が均質になり、それによって、コーティングの使用にとって重要な良好な機械特性、すなわち耐摩耗性が得られる。
【0016】
図5は、Al1-xCrxSiyNまたはAl1-xCrxN系について、硬さがコーティングの化学量論組成によって変化する様子を示し、図6(Al1-xZrxSiyN)は、他のドーパントの可能性およびより高いケイ素含量を示す。
【0017】
表1に示すように、これらのコーティングの硬さが、堆積温度よりも高い温度で焼きなました後も安定しており、硬さが増大する場合さえあることは注目すべき発見である。
【0018】
この安定性は、AlN六方相と他の立方相の両方を含む(図8)この材料の2相構造によって説明することができる。このナノコンポジット(ナノ複合:nanoconposite)系は、不活性雰囲気での800℃、1時間の焼なまし後も事実上変化しない。このことは、切れ刃のところが高温になる工具細工応用向けのコーティングとしてこのような化合物を使用するための進歩を意味する。
【0019】
【表1】

【0020】
上記の4つの実施例のプロセスパラメータを以下の表に示す。
【0021】
【表2】

【0022】
【表3】

【0023】
【表4】

【0024】
【表5】

【0025】
【表6】

【0026】
なお、本発明を実行するための実験条件は全般的に、同じ出願人によるWO−A−02/50865およびEP−A−1357577に開示されている。上記の文献は参照によって本出願の開示に包含される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に基づく第1の例による室内のターゲットの配置を概略的に示す図である。
【図2】本発明に基づく第2の例による室内のターゲットの配置を概略的に示す図である。
【図3】イオン衝撃の不足に起因する望ましくない弱い柱状(columner)のコーティング材料の形成を示す、Al0.91Si0.09N層の断面図である。
【図4】少量の金属(このケースではCr)のドーピングによりコーティングの導電率を維持することで達成された均質でかつむらのない微細な構造を示す、Al0.86Si0.09Cr0.05N層の断面図である。
【図5】Al1-xCrxSi((1-x)/10)N系について、硬さがコーティングの化学量論組成によって変化する様子を示す図である。すでに知られている硬さの主要な極大の他に、非常に高い(Al+Si)含量において予想外の第2の極大が観察された。ケイ素が加えられていない比較系Al1-xCrxNの第2の曲線(本発明ではない)も同様の性質を示すが、硬さは全体に小さい。
【図6】Al1-xZrxSi((1-x)/5)N系について、硬さがコーティングの化学量論組成によって変化する様子を示す図である。この曲線は、ドーパントの添加が8原子%未満の領域でさえこの系の全体的な硬さが得られることを示している。
【図7】直径5mmのむく超硬ドリルを使用した金属穴あけ試験の図である。試験条件は以下のとおり:焼きなました軟かい状態の冷間加工鋼X155CrVMo12−1(DIN1.2379)に止まり穴(blind hole)をあける。穴の深さ15mm、vc=70m/分、送り=0.16mm/rev、内部冷却乳剤7%。
【図8】堆積(付着)後および窒素雰囲気での800℃、1時間の熱処理後における、本発明に基づく組成Al0.834Si0.123Cr0.0440.944の代表的なコーティングの斜入射X線回折図(grazing incidence X-ray diffraction diagram)である。この図は、この系に六方(hexagonal)相と立方(cubic)相が共存していることを示している。このナノコンポジット結晶構造の熱安定性は、高温での焼なましの前と後に観察された回折ピークの類似性によって証明される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
AlxSiyMezNで表される組成の窒化アルミニウムを基礎とする硬い耐摩耗性被膜であって、x、yおよびzが原子分率を表し、その和が0.95から1.05であり、Meが、IIIからVIII族およびIb族の遷移金属の構成員、及びこれらの構成員のうちの2つ以上の組合せからなる群の金属ドーパントであり、前記構成員が、前記金属ドーピングのない被膜よりも高い固有導電率を提供し、ケイ素含量が0.01≦y≦0.4であり、前記1つまたは複数の金属ドーパントMeの含量が、0.001≦z≦0.08、好ましくは0.01≦z≦0.05、最も好ましくは0.015≦z≦0.045である被膜。
【請求項2】
前記金属ドーパントまたは金属ドーパントの組合せMeが、IIIからVI族の遷移金属およびCeの構成員である、請求項1に記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項3】
前記金属ドーパントまたは金属ドーパントの組合せMeが、VII、VIIIまたはIb族の遷移金属の構成員であり、好ましくはこれらの族の第1列(Mn、Fe、Co、Ni、Cu)およびAgの構成要素である、請求項1に記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項4】
前記金属ドーパントまたは金属ドーパントの組合せMeが前記被膜中に原子として分布した、請求項1から3のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項5】
前記金属ドーパントまたは金属ドーパントの組合せMeが窒化物の形態で前記被膜中に含まれる、請求項1から4のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とした硬い被膜。
【請求項6】
前記金属ドーパントまたは金属ドーパントの組合せMeが金属の形態で前記被膜中に含まれる、請求項1から4のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項7】
ケイ素含量が0.05≦y≦0.20であることを特徴とする、請求項1から6のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項8】
ホウ素元素、炭素元素または酸素元素のうちの1つまたは複数の元素の20原子%までの添加を含むことを特徴とする、請求項1から7のいずれかに記載の被膜。
【請求項9】
前記層の組成が、含まれる元素の少なくとも1つに関して、その厚方向にわたって化学的に徐々に変化することを特徴とする、請求項1から8のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項10】
全体として多層構造またはナノ積層構造を形成する化学的に異なる一連の層からなることを特徴とする、請求項1から8のいずれかに記載の窒化アルミニウムベースの硬い被膜。
【請求項11】
前記層の少なくとも一部が、少なくとも2つの相を含むナノコンポジット構造を有することを特徴とする、請求項1から10のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜。
【請求項12】
請求項1から11のいずれかに記載の窒化アルミニウムを基礎とする硬い被膜を有する物品であって、前記被膜が、冷間加工鋼あるいはHSS工具鋼、超硬合金(WC/Co)、サーメット、立方晶窒化ホウ素、PCD、エンジニアリングセラミックなどの基板上に形成されており、ドリルでの穴あけ(drilling)、フライス削り(milling)、旋削(削り加工:turning)、リーマ加工(reaming)、ねじ切り(thread forming)、ホブ加工(hobbing)などの工具細工(tooling application)に適した物品。
【請求項13】
前記被膜を付着させる前に前記層に接着境界層が形成され、前記基板がイオン衝撃洗浄によって前処理されることを特徴とする、請求項12に記載の物品。
【請求項14】
本発明の窒化アルミニウムベースの硬い被膜の付着の前に、遷移金属の窒化物、炭窒化物または酸窒化物を含む従来の硬い材料の基礎層が形成されることを特徴とする、請求項12および13のいずれかに記載の物品。
【請求項15】
前記ベース層の厚さが少なくとも0.3μmであり、前記ベース層の組成が、前記成分の少なくとも1つに関して化学的に徐々に変化することを特徴とする、請求項14に記載の物品。
【請求項16】
請求項1から11のいずれかに記載の被膜を形成する方法であって、前記被膜がカソードアーク蒸着技術を使用して形成されることを特徴とする方法。
【請求項17】
請求項1から11のいずれかに記載の被膜を形成する方法であって、前記被膜がマグネトロンスパッタリング技術を使用して堆積形成されることを特徴とする方法。
【請求項18】
請求項1から11のいずれかに記載の被膜を形成する方法であって、前記被膜が、カソードアーク蒸着技術とマグネトロンスパッタリング技術の組合せを使用して形成されることを特徴とする方法。
【請求項19】
前記付着が、少なくとも1つの円筒形カソードが内部に配置された真空付着室内で行われる、請求項16から18のいずれかに記載の方法。
【請求項20】
前記被膜プロセス中に、被膜が形成される前記基板に、DCまたは単極パルスDCの負バイアス電圧が印加され、前記基板、アノードおよび付着室の内壁の表面が、被膜プロセス期間の全体を通じて本質的に導電性を維持する、請求項16から19のいずれかに記載の方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公表番号】特表2007−532783(P2007−532783A)
【公表日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−508791(P2007−508791)
【出願日】平成17年4月18日(2005.4.18)
【国際出願番号】PCT/EP2005/003974
【国際公開番号】WO2005/100635
【国際公開日】平成17年10月27日(2005.10.27)
【出願人】(506352212)
【氏名又は名称原語表記】PIVOT A.S.
【Fターム(参考)】