説明

耐摩耗性部材およびそれを用いてなる切削工具

【課題】 化学蒸着法(CVD)によって形成された被覆層に基体の成分が拡散して被覆層の強度が低下することを抑え、優れた耐摩耗性を有する長寿命の耐摩耗性部材を提供する。
【解決手段】 基体と、該基体上に形成された被覆層と、を有してなる耐摩耗性部材であって、前記基体は、炭化タングステン、炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンの1種以上を主成分とする硬質相と、CoおよびNiの1種以上を含む結合相と、を含んでなり、前記被覆層は、前記基体と接して形成されるとともに、Al元素を25原子%以上含む第一の層と、該第一の層上に化学蒸着法によって形成された第二の層と、を備えた耐摩耗性部材である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学蒸着法にて形成された被覆層を有する耐摩耗性部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、基体の表面に被覆層を形成した耐摩耗性部材が各種用途に用いられている。例えば、金属の切削加工に広く用いられている切削工具は、超硬合金やサーメット、セラミックス等の基体の表面に、TiC層、TiN層、TiCN層、Al2O3層およびTiAlN層等の被覆層を単層または複数層形成した工具が多用されている。中でも、一般鋼の旋削加工においては、付き回り性がよく層厚の均一性が高い化学蒸着法(CVD)によって形成される多層膜が好適に用いられている。例えば、特許文献1では、炭化タングステン基超硬合金基体の表面に、平均層厚0.1〜5μmの粒状窒化チタン(TiN)層−平均層厚2〜15μmの縦長成長結晶組織の炭窒化チタン(l−TiCN)層−平均層厚0.5〜10μmの酸化アルミニウム(Al2O3)層−平均層厚2〜10μmの縦長成長結晶組織の炭化チタン(l−TiC)層で構成された硬質被覆層を具備する表面被覆炭化タングステン基超硬合金製切削工具が開示されている。このような構成により、l−TiCN層と破面組織が実質的に同じl−TiC層を構成層とすることで、優れた靭性を具備するので、優れた耐摩耗性を発揮することが記載されている。
【0003】
また、特許文献2では、炭化タングステン基超硬合金基体の表面に、平均層厚0.1〜2μmの粒状窒化チタン(TiN)層−平均層厚0.5〜3μmの縦長成長結晶組織の炭窒酸化チタン(l−TiCNO)層−平均層厚2〜20μmの縦長成長結晶組織の炭窒化チタン(l−TiCN)層−平均層厚0.05〜2μmの粒状結晶組織の炭窒酸化チタン(TiCNO)層−平均層厚0.2〜15μmの粒状結晶組織の酸化アルミニウム(Al2O3)層で構成された硬質被覆層を具備する表面被覆炭化タングステン基超硬合金製切削工具が開示されている。このような構成により、第1層であるTiN層によって超硬基体の構成成分の硬質被覆層中への拡散移動を阻止し、もって硬質被覆層の耐摩耗性低下を抑制できることが開示されている。また、TiN層の上層としてl−TiCNO層を形成し、その上にl−TiCN層を形成することでより微細な結晶組織をなすl−TICN層を形成でき、優れた耐摩耗性を発揮することが開示されている。
【0004】
また、特許文献3では、CoおよびNiを主体とする結合相形成成分を含む炭窒化チタン基サーメットの表面に、基体の結合相構成成分が硬質被覆層中に拡散して硬質被覆層の強度が低下することを抑制するために、窒化チタン(TiN)層を0.5μm〜5μm成膜することが記載されている。
【特許文献1】特開2000−158207号公報
【特許文献2】特開平11−172464号公報
【特許文献3】特開平04−289003号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1および2に記載された被覆層は、1000度程度の高温状態で成膜する化学蒸着法によって成膜されるため、基体の成分が被覆層内に拡散し、被覆層の本来の強度が得られていなかった。
【0006】
特に、結合相量が多くなる微粒な硬質相からなる基体や、含有炭素量が多い基体ではより基体の成分が拡散しやすくなるため、このような基体に特許文献2および3に記載された被覆層を形成しても、基体の結合相成分や炭素が被覆層中に拡散することを抑制できず、被覆層の強度低下が顕著であった。その結果、化学蒸着法によって形成された被覆層が本来もつ耐摩耗性や耐欠損性を十分に発揮することができなかった。
【0007】
また、特許文献3に記載されたサーメット基切削工具においても、やはり、被覆層が高温状態で形成されるため、拡散防止層としてTiN層を形成しても、基体の成分の拡散を十分に抑制することができなかった。
【0008】
さらには、特許文献3に記載されたサーメット基切削工具のようにNiを含む結合相を用いるサーメットからなる基体に、炭素を含有する層、特に、柱状組織からなるTiCN層を形成しようとした場合、基体の構成成分であるNiが被覆層中に拡散し、成膜時の反応ガスと反応して成膜不良を引き起こしてしまうという問題があった。そのため、Niを含む結合相を用いたサーメットからなる基体においては、被覆層として柱状組織からなるTiCN層をはじめ炭素を含有する層を異常成長させずに形成することが困難であった。したがって、サーメット基体からなる切削工具において、柱状組織からなるTiCN層をはじめ炭素を含有する層を被覆層として形成することによる耐摩耗性の向上を図ることが困難であった。
【0009】
従って、本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、その目的は、化学蒸着法(CVD)によって形成された被覆層に基体の成分が拡散して被覆層の強度が低下することを抑え、優れた耐摩耗性を有する長寿命の耐摩耗性部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで本発明者は、基体上に形成された被覆層として、基体と接する層としてAl元素を多く含有する第一の層を形成し、その上にCVD法によって少なくとも1層を形成することで、基体の結合相成分や炭素が被覆層内に拡散することをより効果的に抑制できることを知見した。
【0011】
すなわち、本発明の耐摩耗性部材は、基体と、該基体上に形成された層と、を有してなる耐摩耗性部材であって、前記基体は、炭化タングステン、炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンの1種以上を主成分とする硬質相と、CoおよびNiの1種以上を含む結合相と、を含んでなり、前記層は、前記基体と接して形成されるとともに、Al元素を25原子%以上含む第一の層と、該第一の層上に化学蒸着法によって形成された第二の層とを備えた耐摩耗性部材である。
【0012】
ここで、前記第一の層が、AlN、AlON、(Ti,Al)N、(Al,M)N、(Ti,Al,M)N:(MはTiを除く4,5,6族金属元素、Siから選ばれる1種以上の元素)のいずれか1種とすることが望ましい。
【0013】
また、前記第一の層の層厚が0.5〜2μmとすることが望ましい。
【0014】
さらに、前記第一の層が、物理蒸着法によって形成された層であることが望ましい。
【0015】
また、前記基体の硬質相は、構成する粒子の平均粒径が1μm以下であることが望ましい。
【0016】
さらに、前記基体が、少なくともNiを含む結合相とチタン化合物を主成分とする硬質相とを具備するチタン基サーメットからなるとともに、第二の層が、炭素を含有する層を有してなることが望ましい。
【0017】
また、前記第二の層のうち炭素を含有する層は、柱状組織からなるTICN層を有してなることが望ましい。
【0018】
さらに、前記第二の層は、前記第一の層に隣接して形成されるTiN層を有してなることが望ましい。
【0019】
また、上記の耐摩耗性部材を切削工具として用いることが望ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の耐摩耗性部材によれば、基体上に形成される被覆層として、基体と接して形成される第一の層がAl元素を25原子%以上含むよう構成することで、前記第一の層が、前記第一の層の上層である第二の層が形成される時に、前記基体が含有する成分、特に、炭素と結合相の成分が拡散することを抑制するバリア層の役目を果たすため、基体成分の拡散による成膜不良を抑えることができ、高強度、高硬度な被覆層を得ることができる。
【0021】
ここで、前記第一の層が、AlN、AlON、(Ti,Al)N、(Al,M)N、(Ti,Al,M)N:(MはTiを除く4,5,6族金属元素、Siから選ばれる1種以上の元素)のいずれか1種とすることが、第一の層の付着力、強度、硬度を切削加工を行ううえで十分なものとし、さらに、基体の結合相や炭素の拡散を抑制することが十分にできるため望ましい。
【0022】
また、前記第一の層の層厚が0.5〜2μmとすることが、基体の成分の拡散を十分に抑制することができ、かつ、膜の靭性の低下を抑制することができるため望ましい。
【0023】
さらに、前記第一の層が、物理蒸着法によって形成された層であることが、第一の層を700度以下の低温で成膜するため、基体に接する層を基体の成分が拡散しにくい状態で形成することができる。そのため、基体に接する層を基体の成分が拡散していない層にすることができ、被覆層のうち基体に接する第一の層の上層として形成される第二の層中に基体の成分が拡散することを抑制する効果を向上させることができる。また、第一の層がCVD法にて成膜された層よりも微細な粒子によって構成されるため、基体の成分が第一の層中に入り込む隙間が小さくなり、基体の成分が被覆層内に拡散することを抑制する効果がより向上するため望ましい。
【0024】
また、前記基体の硬質相は、構成する粒子の平均粒径を1μm以下の微粒子にすると、拡散を十分に抑制することができるとともに、強靭な基体と被覆層とを併せ持つ耐摩耗性部材を得ることができる。
【0025】
さらに、前記基体が、少なくともNiを結合相とチタン化合物を主成分とする硬質相とを具備するチタン基サーメットからなるとともに、前記第二の層が、炭素を含有する層を有してなるので、結合相のNiが炭素を含有する層内に拡散することを防ぎ被覆層の強度低下を抑制し、かつ、Niとの反応を抑えて、炭素を含有する層の異常成長を低減させることができる。
【0026】
また、前記第二の層のうち炭素を含有する層は、柱状組織からなるTiCN層であることで、柱状組織からなるTiCN層のもつ高い靭性によって優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0027】
さらに、前記第二の層は、前記第一の層に隣接して形成されるTiN層を有してなることによって、基体の成分が拡散する効果がより向上するため望ましい。
【0028】
また、上記の耐摩耗性部材を切削工具として用いることによって、長寿命で優れた切削性能を発揮する切削工具となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明に係る耐摩耗性部材の実施形態の一例として旋削加工に用いるスローアウェイチップタイプの切削工具について、図1の(a)概略全体斜視図、(b)切刃を含む要部拡大断面図を基に説明する。
【0030】
図1によれば、スローアウェイチップ(以下、単にチップと略す。)1は、基体2と基体2上に形成された被覆層8とを有してなる耐摩耗性部材を用いてなり、主面がすくい面3と着座面4をなし、側面が逃げ面5をなす平板状である。そして、すくい面3と逃げ面5との交差稜線に切刃6が形成される。
【0031】
なお、基体2としては、コバルト(Co)およびニッケル(Ni)の1種以上の鉄属金属を主成分とする結合相にて炭化タングステン(WC)を主成分とする硬質相を結合させた超硬合金、または、少なくともNiを含む結合相にて炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンの少なくとも一種を主成分とする硬質相を結合させたサーメットからなる。
【0032】
次に、基体2の表面に形成する被覆層8は、化学蒸着法(CVD)によって形成される層を含む多層膜からなる。
【0033】
ここで、本発明によれば、被覆層8は、基体2と接する第一の層9、第一の層9の上に化学蒸着法にて形成される第二の層10から構成され、かつ、第一の層9にAl元素が25原子%以上存在することを特徴とするチップである。
【0034】
Al元素は、炭素との親和性が低いため、炭化物や炭素が固溶した物質に対して反応しにくくなる。そこで、基体2に最も近い層である第一の層9に一定量以上のAl元素を含有させることにより、第二の層10を形成する際に基体2が高温状態になっても、炭化物や炭素が固溶した結合相を有した基体2の成分が第二の層10中に拡散してしまうことを抑制することができる。
【0035】
すなわち、第一の層9にAl元素を25原子%以上含有させることにより、被覆層8中に基体2成分が拡散し、被覆層8に異常粒子や欠陥が発生することを低減させることができる。その結果、被覆層8の強度および硬度の低下を抑えることができる。
【0036】
換言すれば、第一の層9中に含有されるAl元素の量が25原子%以上であることで、第一の層9と基体2成分との親和性を低減させ、基体2成分が被覆層8中に拡散することを抑制することができる。
【0037】
また、第一の層9の硬度を維持しつつ、優れた耐摩耗性を発揮する点で、第一の層9に含有されるAl元素の量は75原子%以下、特に50原子%以下であることがより好ましい。
【0038】
なお、本実施形態では、第一の層9が1層からなるものを例示したが、上記構成を満たす第一の層9として、複数の層からなる場合であってもよい。このように第一の層9が複数層からなる場合は、複数層全体におけるAl元素の原子%が上述した値を満たすようにすればよい。すなわち、CVD法によって形成される第二の層10と基体との間に形成される層に含まれるAl元素を25原子%以上とすることで、バリア層としての機能を発揮させることができる。
【0039】
ここで、第一の層9が、AlN、AlON、(Ti,Al)N、(Al,M)N、(Ti,Al,M)N:(MはTiを除く4,5,6族金属元素、Siから選ばれる1種以上の元素)のいずれか1種からなることが、第一の層の付着力、強度、硬度を向上させ、さらに、基体の結合相成分や炭素の拡散を抑制する効果を高めることができるため望ましい。特に、(Ti,Al)N、(Al,M)Nが、硬度、強度共に高く、また、1000度程度の高温になっても膜の特性が変化しないため、第一の層9の上層である第二の層10をCVD法によって形成する際の高温下においても、第一の層9の特性が変化しない。そのため、基体の成分の拡散を抑える効果をより一層高めることができる。したがって、本発明による耐摩耗性部材は、高速切削をはじめとするより厳しい切削条件下でも優れた耐摩耗性を発揮することができるため、切削工具として好適に用いることができる。
【0040】
また、第一の層9の層厚が0.5〜2μm、特に0.5〜1μmの範囲内とすることが、基体2の成分の拡散を抑制する効果が高まり、かつ、膜の靭性の低下を抑制することができるため望ましい。
【0041】
さらに、第一の層9を化学蒸着法(CVD)に比べて成膜温度の低い物理蒸着法(PVD)によって形成することによって、基体2の成分が拡散しにくい状態で第一の層9を成膜でき、第一の層9を成膜する際に基体2の成分が第一の層9に拡散することがなく、第二の層10を成膜する際に基体2の成分の拡散を抑える効果が大きくなる。また、PVD法によって成膜すると、CVD法によって成膜した被覆層よりも微細な粒子によって構成することができるため、PVD法で形成された第一の層9において基体2の成分が入り込む隙間を小さくすることができ、基体2の成分が被覆層内に拡散することを抑制する効果がより向上するため望ましい。
【0042】
ここで、本発明に使用可能なPVD法は、イオンプレーティング法、スパッタリング法、メッキ、蒸着等がある。中でもイオンプレーティング法、スパッタリング法によって第一の層9を形成することが、基体2との密着力が高く、剥離しにくい第一の層9を形成することができるため望ましい。
【0043】
また、基体2の硬質相は、構成する粒子の平均粒径が1μm以下の微粒子であることによって、基体2中の結合相の厚みが増加し被覆層8と結合相との接触面積が増え、基体2中の結合相および炭素が被覆層内8に拡散しやすくなることを抑制することができる。くわえて、基体2の強度や硬度を向上させることができる。その結果、被覆層8への基体2成分の拡散を抑制することと強靭な基体2と被覆層8を具備することの両面併せもつ耐摩耗性部材を実現することができる。
【0044】
さらに、基体2が少なくともNiを含む結合相と、チタン化合物を主成分とする硬質相とを具備するチタン基サーメットからなるとともに、第二の層10が、Niと反応して異常粒を発生しやすい炭素を含む層、例えば(炭化チタン)、炭窒化チタン(TiCN)、炭窒酸化チタン(TiCNO)等からなる層を形成する際にも、本発明を用いることによって、上述した一定量以上のAl元素を含む第一の層9が拡散防止層(バリア層)として優れた効果を発揮できるため、結合相のNiが第二の層内に拡散することを防ぎ、サーメット基体上に異常粒を含まない炭素を含有する第二の層10を得ることができる。そのため、サーメット基体のもつ高い耐摩耗性に加えて、炭素を含有する層の優れた硬度によってさらに耐摩耗性を向上させることができる。
【0045】
特に、第二の層10のうち前記炭素を含有する層に高い靭性を有する柱状組織からなるTiCN層を用いることによって、高い耐摩耗性に加えて強靭な硬質膜による耐欠損性の向上を図ることができる。
【0046】
なお、ここでいう柱状組織からなるTiCN層とは、柱状のTiCN粒子を含んでなる層である。特に、高いアスペクト比を有したTiCN粒子を有してなることが、靭性に優れる点でより好ましい。
【0047】
第二の層10は、第一の層9に隣接して形成される窒化チタン(TiN)層11を有してなることによって、TiN層11が第一の層9で抑えきれなかった基体2の成分の拡散を抑制し、かつ、被覆層8の付着力を向上させることができる。その結果、被覆層8の膜剥離を抑制することができるため望ましい。
【0048】
なお、本実施形態では、被覆層8は、第一の層9と第二の層10とが隣接して形成されてなる形態を例示したが、これに限定されず、第一の層9と第二の層19との間に、他の層が形成されていても良い。すなわち、Al元素を上述のような比率で含まない層で、かつ、PVD法によって形成された層(中間層)が、第一の層9と第二の層10との間に形成されていてもよい。
【0049】
このような中間層としては、TiN層、TiCN層など様々な種類の層を用いることができる。特に、PVD法によって形成されたTiN層を、中間層として、第一の層9と第二の層10との間に介在させることが、基体2成分の第二の層10への拡散を低減するとともに、被覆層8の付着力を向上させるという効果を奏す点で望ましい。
【0050】
なお、第一の層9と隣接する層としてTiN層を形成する際、上述した本実施形態のように、CVD法で形成されたTiN層11を有した形態の方が、被覆層8の付着力が大きく、被覆層8の膜剥離を一層低減させることができるためより好ましい。
【0051】
また、ここでは切削工具を例として説明したが、そのほかの用途として、耐摩材、切断用刃物としても優れた性能を発揮することができる。
【0052】
(製造方法)
本発明の表面被覆体の耐摩耗性部材の一実施例である上記切削工具を製造する方法の一例について説明する。
【0053】
まず、上述した基体を焼成によって形成しうる金属炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物等の無機物粉末に、金属粉末、カーボン粉末等を適宜添加、混合し、混合粉末を得る。得られた混合粉末を、プレス成形、鋳込成形、押出成形、冷間静水圧プレス成形等の公知の成形方法によって所定の工具形状に成形する。得られた成形体を真空中または非酸化性雰囲気中にて焼成することによって、上述した硬質合金からなる基体2を作製する。
【0054】
そして、上記基体2の表面に、第一の層9を形成する。例えば第一の層9をPVD法、具体的には、アークイオンプレーティング法を用いて形成することができる。本発明によれば、アークイオンプレーティング法を用いた成膜条件として、例えば、第一の層9として(Ti、Al)N層を形成する場合、成膜時のガス圧力を2〜5Pa、バイアス電圧を20〜300V、成膜温度を500〜600℃に制御する。
【0055】
上述したように、第一の層9をPVD法によって形成することで、第一の層9の形成時の基体の温度をCVD法の場合に比べてより低い温度に維持することができるため、基体2成分の被覆層8への拡散を抑制する効果が高まる。
【0056】
ここで、本発明によれば、成膜時のバイアス電圧を初期1分間程度のみ15〜50Vとし、その後の成膜においてはバイアス電圧を150〜300Vへと変化させることによって、第一の層9の粒子がより微細な結晶構造となり、基体2の成分が被覆層8内に拡散することを抑制する効果が一層向上する。
【0057】
また、特に、成膜時に導入する反応ガスとして窒素と不活性ガスとの流量比率が、窒素:不活性ガス=2:1〜30:1、好ましくは2:1〜10:1となる窒素と不活性ガスの混合ガスをプラズマが発生した真空チャンバー内に導入することが、第一の層9中に安定して不活性ガスを含有せしめることができるため望ましい。また、不活性ガスを複数の種類使用する場合は、窒素の流量と複数の種類の不活性ガスの合計流量との比率を上記比率に調整する。
【0058】
また、使用するターゲットは、(Ti,Al1−x)からなる組成(x:0.5〜0.7)のチタンアルミ合金を用いる。
【0059】
ここで、上記ターゲットの成分を(Al,M)、(Ti,Al,M)等の組成の合金(MはTiを除く周期律表における4,5,6族金属、Siから選ばれる一種以上の元素)に変更することによって、様々な種類の膜を成膜することができる。
【0060】
また、第一の層9としてAlN層を形成する際には、例えばターゲットにアルミニウムを使用し、成膜温度が300〜800℃、バイアス電圧が−5〜−100V、アーク電流値が150A、窒素雰囲気圧力が3〜12Paの成膜条件下で行う。
【0061】
一方、第一の層9をCVD法によって形成する場合、例えば、第一の層9としてAlN層をCVD法によって形成する際には、AlClガスを3〜20体積%、HClガスを0.5〜8.0体積%、Nガスを0.1〜60体積%、HSガスを0〜1体積%、残りがHガスからなる混合ガスを用い、900〜1100℃、5〜10kPaとすることが望ましい。
【0062】
また、第一の層9としてAlON層をCVD法によって形成する際には、AlClガスを1〜10体積%、HClガスを2〜15体積%、COガスを1〜10体積%、Nガスを3〜20体積%、残りをH2ガスよりなる混合ガスを用い、成膜温度が900℃〜1100℃、炉内圧力を5〜10kPaの成膜条件にて成膜する。
【0063】
次に、第一の層9が形成された基体上に、CVD法によって第二の層10を形成する。なお、ここでいう第二の層10とは、単層でも複数層であっても構わない。耐摩耗性部材の用途に応じて適宜選択することができる。切削工具に用いられる耐摩耗性部材においては、第二の層10が、異なる化学種からなる複数の層を有した複数層からなることが好ましい。これによって、耐摩耗性および耐欠損性の向上が図れる。
【0064】
まず、第二の層10としてTiN層を成膜する場合は、反応ガス組成として塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを0〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、チャンバ内を800〜1000℃、10〜30kPaの条件で成膜する。
【0065】
次に、第二の層10として柱状組織からなるTiCN層を成膜するときには、反応ガス組成として、体積%で塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜10体積%、窒素(N)ガスを20〜60体積%、メタン(CH)ガスを0〜0.1体積%、アセトニトリル(CHCN)ガスを0.1〜0.4体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、成膜温度を780〜880℃、5〜25kPaにて成膜する。
【0066】
次に、第二の層10としてTiCNO層を成膜するときには、塩化チタン(TiCl)ガスを0.1〜3体積%、メタン(CH)ガスを0.1〜10体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.01〜5体積%、窒素(N)ガスを0〜60体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを調整して反応チャンバ内に導入し、チャンバ内を800〜1100℃、5〜30kPaとする。
【0067】
そして、第二の層10としてAl層を成膜するときには、塩化アルミニウム(AlCl)ガスを3〜20体積%、塩化水素(HCl)ガスを0.5〜3.5体積%、二酸化炭素(CO)ガスを0.01〜5体積%、硫化水素(HS)ガスを0〜0.01体積%、残りが水素(H)ガスからなる混合ガスを用い、900〜1100℃、5〜10kPaとすることが望ましい。
【0068】
また、上述した第二の層のTiN層10(11)は、図1(b)に示すように、第一の層9に隣接して形成するのが好ましい。
【実施例1】
【0069】
表3の割合で原料を混合および粉砕し、プレス成形により切削工具形状(CNMA120412)に成形した後、脱バインダ処理を施し、0.01Paの真空中、1500℃で1時間焼成して超硬合金の基体を作製した。さらに、作製した超硬合金基体にブラシ加工にてすくい面より刃先処理(Rホーニング)を施した。
【0070】
次に、上記超硬合金基体に対して、表3に示す構成の複数層からなる被覆層を形成し、試料No.01〜16の切削工具を作製した。なお、表3の各層の成膜条件は、CVD法における条件を表1に、PVD法おける条件を表2に示した。ここで、表1および2における各層のAl元素の含有比率(原子%)は、各層を構成する金属元素、非金属元素全てを含めた元素に対するAl元素の比率であり、測定は一般的なXPS(X線光電子分光分析)法によって測定した。
【表1】

【0071】
【表2】

【0072】
得られた工具について、基体の硬質相を構成する粒子の平均粒径をCIS−019D−2005に準じて行った。結果は表3に「WC粒径」として示した。
【0073】
また、被覆層の断面を含む任意破断面5ヵ所において走査型電子顕微鏡(SEM)写真を3000倍の倍率で撮り、各写真における各層の層厚を測定し、測定した値の5ヶ所の層厚の平均を平均層厚として表3および5に示した。
【0074】
さらに、上記断面を波長分散型X線マイクロアナライザー(WDS)によって第二の層全体に存在する基体の成分(W,Co,C)の量を任意に3点測定し、その平均値を算出した。結果は表3に示した。
【0075】
またさらに、得られた工具のうち、第一の層が複数層で構成されるものについて、第一の層全体のAl元素の含有比率を測定した。結果を、表3に示した。なお、第一の層が単層で構成されるものについても、表1および表3に示す値と重複するが、併せて表3に示した。
【表3】

【0076】
そして、この切削工具を用いて下記の条件により、連続切削試験および断続切削試験を行い、耐摩耗性および耐欠損性を評価した。結果は表4に示した。
【0077】
(連続切削条件)
被削材 :ダクタイル鋳鉄(FCD700スリーブ材)
工具形状:CNMG120408
切削速度:250m/分
送り速度:0.3mm/rev
切り込み:1.5mm
切削時間:30分
その他 :水溶性切削液使用
評価項目:顕微鏡にて切刃を観察し、逃げ面摩耗量・境界摩耗量を測定
(断続切削条件)
被削材 :ダクタイル鋳鉄(FCD7004本溝入スリーブ材)
工具形状:CNMG120412
切削速度:150m/分
送り速度:0.2mm/rev
切り込み:1mm
その他 :水溶性切削液使用
評価項目:欠損に至る衝撃回数
衝撃回数1000回時点で顕微鏡にて切刃の被覆層の剥離状態を観察
【表4】

【0078】
表1〜4より、第一の層としてAl元素を25原子%以上含有する層を形成していない試料No.13〜16では、被覆層中に基体の成分が拡散し、その結果被覆層の強度が低下し、耐摩耗性、耐欠損性共に低くなっている。
【0079】
これに対して、本発明の範囲内である試料No.1〜12では、被覆層内に基体の成分がほとんど拡散せず、耐摩耗性、耐欠損性共に優れた性能を発揮している。
【実施例2】
【0080】
表5の割合で原料を混合および粉砕し、プレス成形により切削工具形状(CNMA120412)に成形した後、脱バインダ処理を施し、0.01Paの真空中、1500℃で1時間焼成してサーメットの基体を作製した。さらに、作製したサーメット基体にブラシ加工にてすくい面より刃先処理(ホーニングR)を施した。
【0081】
次に、上記サーメット基体に対して、表5に示す構成の複数層からなる被覆層を形成し、試料No.17〜32の切削工具を作製した。なお、表5の各層の成膜条件は、実施例1と同様に、表1および表2を用いた。
【0082】
得られた工具について、実施例1と同様に、基体の硬質相の粒径の測定、および、被覆層の断面を含む任意破断面5ヵ所について走査型電子顕微鏡(SEM)写真を撮り、各写真において各層の層厚を測定した。
【0083】
また、上記断面を波長分散型X線マイクロアナライザー(WDS)によって第二の層全体に存在する基体の成分(Co,Ni)の量を測定した。結果は表5に示した。
【表5】

【0084】
そして、この切削工具を用いて下記の条件により、連続切削試験および断続切削試験を行い、耐摩耗性および耐欠損性を評価した。結果は表6に示した。
【0085】
(連続切削条件)
被削材 :ダクタイル鋳鉄(FCD700スリーブ材)
工具形状:CNMG120412
切削速度:300m/分
送り速度:0.2mm/rev
切り込み:1.5mm
切削時間:30分
その他 :乾式
評価項目:顕微鏡にて切刃を観察し、逃げ面摩耗量・境界摩耗量を測定
(断続切削条件)
被削材 :ダクタイル鋳鉄(FCD7004本溝入スリーブ材)
工具形状:CNMG120412
切削速度:200m/分
送り速度:0.2mm/rev
切り込み:1mm
その他 :乾式
評価項目:欠損に至る衝撃回数
衝撃回数1000回時点で顕微鏡にて切刃の被覆層の剥離状態を観察
【表6】

【0086】
表5,6より、第一の層としてAl元素を25原子%以上含有する層を形成していない試料No.29〜32では、被覆層中に基体の成分が拡散し、その結果、被覆層が異常成長を起こしてしまい、被覆層の強度が低下し、耐摩耗性、耐欠損性共に低くなっている。
【0087】
これに対して、本発明の範囲内である試料No.13〜28では、被覆層内に基体の成分がほとんど拡散せず、被覆層に欠陥がほとんど見られないため、耐摩耗性、耐欠損性共に優れた性能を発揮している。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の耐摩耗性部材の一例であるスローアウェイチップについての(a)概略全体斜視図、(b)要部拡大断面図である。
【符号の説明】
【0089】
1: スローアウェイチップ(チップ)
2: 基体
3: すくい面
4: 着座面
5: 逃げ面
6: 切刃
8: 被覆層
9: 第一の層
10: 第二の層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体と、該基体上に形成された被覆層と、を有してなる耐摩耗性部材であって、
前記基体は、
炭化タングステン、炭化チタン、窒化チタンおよび炭窒化チタンの1種以上を主成分とする硬質相と、
CoおよびNiの1種以上を含む結合相と、を含んでなり、
前記被覆層は、
前記基体と接して形成されるとともに、Al元素を25原子%以上含む第一の層と、
該第一の層上に化学蒸着法によって形成された第二の層と、を備えた耐摩耗性部材。
【請求項2】
前記第一の層が、AlN、AlON、(Ti,Al)N、(Al,M)N、(Ti,Al,M)N:(MはTiを除く4,5,6族金属元素、Siから選ばれる1種以上の元素)のいずれか1種からなる請求項1に記載の耐摩耗性部材。
【請求項3】
前記第一の層の層厚が0.5〜2μmであることを特徴とする請求項1または2に記載の耐摩耗性部材。
【請求項4】
前記第一の層が、物理蒸着法によって形成された層である請求項1乃至3のいずれかに記載の耐摩耗性部材。
【請求項5】
前記基体の硬質相は、構成する粒子の平均粒径が1μm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の耐摩耗性部材。
【請求項6】
前記基体が、少なくともNiを含む結合相とチタン化合物を主成分とする硬質相とを具備するチタン基サーメットからなるとともに、前記第二の層が、炭素を含有する層を有してなることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の耐摩耗性部材。
【請求項7】
前記第二の層のうち炭素を含有する層は、柱状組織からなるTiCN層を有してなる請求項6記載の耐摩耗性部材。
【請求項8】
前記第二の層は、前記第一の層に隣接して形成されるTiN層を有してなる請求項1乃至7のいずれかに記載の耐摩耗性部材。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の耐摩耗性部材を用いてなる切削工具。

【図1】
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【公開番号】特開2008−207286(P2008−207286A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−47374(P2007−47374)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【出願人】(000006633)京セラ株式会社 (13,660)
【Fターム(参考)】