説明

船外機の制御装置

【課題】変速機を備えると共に、加速時の内燃機関や変速機の動作を適切に制御し、よって加速直後における加速性能を向上させるようにした船外機の制御装置を提供する。
【解決手段】変速機を備える船外機の制御装置において、変速機で2速が選択されているとき、内燃機関に対して操船者によって加速が指示されたか否か判定し(S32)、船外機が搭載される船舶の理論速度Vaと実速度Vに基づいてプロペラのスリップ率εを検出し(S38)、加速が指示されたと判定されるとき、検出されたスリップ率εの上昇を抑制するように内燃機関のスロットル開度THを制御すると共に(S42)、検出されたスリップ率εが第1の所定値ε1以下で、かつスリップ率の変化量Dεが規定値Dε1以下になったとき、2速から1速に変速するように変速機の動作を制御する(S44,S46)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は船外機の制御装置に関し、より詳しくは変速機を備えた船外機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、船外機において、搭載される内燃機関からの動力をプロペラに伝達する動力伝達軸に変速機を介挿し、内燃機関の出力を変速してプロペラに伝達するようにした技術が提案されている(例えば特許文献1参照)。特許文献1記載の技術にあっては、スロットルレバーが操船者によって操作されて船舶を加速させるとき、変速機の変速段(変速比)を2速から1速に変速することで、プロペラに伝達されるトルクを増幅させて加速性能を向上させるように構成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−202796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、スロットルレバーの操作に応じて加速した直後のプロペラは、付近に発生する気泡を巻き込んで空回りし易く、よってそのグリップ力が比較的弱い状態となる。従って、そのようなときに上記の如く2速から1速に変速すると、かえって船舶の推進力を低下させるおそれがあり、加速性能の向上という点で改善の余地を残していた。
【0005】
従って、この発明の目的は上記した課題を解決し、変速機を備えると共に、加速時の内燃機関や変速機の動作を適切に制御し、よって加速直後における加速性能を向上させるようにした船外機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記した課題を解決するために、請求項1にあっては、内燃機関からの動力をプロペラに伝達する動力伝達軸に介挿されると共に、少なくとも1速、2速からなる変速段を有し、前記内燃機関の出力を前記変速段のうちの選択された変速段で変速して前記プロペラに伝達する変速機を備える船外機の制御装置において、前記2速が選択されているとき、前記内燃機関に対して操船者によって加速が指示されたか否か判定する加速指示判定手段と、前記船外機が搭載される船舶の理論速度と実速度に基づいて前記プロペラのスリップ率を検出するスリップ率検出手段と、前記加速が指示されたと判定されるとき、前記検出されたスリップ率の上昇を抑制するように前記内燃機関のスロットル開度を制御するスロットル開度制御手段と、前記スロットル開度制御手段によって前記内燃機関のスロットル開度が制御されると共に、前記検出されたスリップ率が第1の所定値以下で、かつ前記スリップ率の変化量が規定値以下になったとき、前記2速から前記1速に変速するように前記変速機の動作を制御する変速制御手段とを備える如く構成した。
【0007】
請求項2に係る船外機の制御装置にあっては、前記加速が指示されたと判定されると共に、前記検出されたスリップ率が前記第1の所定値より高く設定された第2の所定値以上になったとき、前記内燃機関の出力を低下させる内燃機関出力低下手段を備える如く構成した。
【0008】
請求項3に係る船外機の制御装置にあっては、前記内燃機関出力低下手段は、前記内燃機関の点火時期と燃料噴射量の少なくともいずれかを介して前記内燃機関の出力を低下させる如く構成した。
【0009】
請求項4に係る船外機の制御装置にあっては、操船者に操作されるとき、前記内燃機関のスロットルバルブを開閉させるスロットルレバーと、前記スロットルレバーの操作位置の前記スロットルバルブを開弁させる方向への変化量を検出するスロットルレバー位置変化量検出手段とを備えると共に、前記加速指示判定手段は、前記検出されたスロットルレバーの操作位置の変化量が既定値以上のとき、操船者によって前記加速が指示されたと判定する如く構成した。
【発明の効果】
【0010】
請求項1に係る船外機の制御装置にあっては、変速機において2速が選択されているとき、内燃機関に対して操船者によって加速が指示されたか否か判定し、船舶の理論速度と実速度に基づいてプロペラのスリップ率を検出し、加速が指示されたと判定されるとき、検出されたスリップ率の上昇を抑制するように内燃機関のスロットル開度を制御すると共に、検出されたスリップ率が第1の所定値以下で、かつスリップ率の変化量が規定値以下になったとき、2速から1速に変速するように構成したので、加速時の内燃機関や変速機の動作を適切に制御でき、よって加速直後における加速性能を向上させることができる。
【0011】
即ち、内燃機関に対して加速が指示されたと判定されるとき、プロペラのスリップ率の上昇を抑制するように、換言すれば、プロペラのグリップ力の低下を抑えるように内燃機関のスロットル開度を制御すると共に、スリップ率が第1の所定値以下で、かつスリップ率の変化量が規定値以下になったとき、2速から1速に変速することが可能、別言すれば、スリップ率が低下して比較的低い値となった(即ち、グリップ力が増加した)適切なタイミングで2速から1速に変速することが可能となる。それにより、内燃機関の出力トルクは変速機で増幅されてプロペラに伝達されて、船舶の速度は直ちに上昇し始めることとなり、船外機の加速直後における加速性能を向上させることができる。
【0012】
請求項2に係る船外機の制御装置にあっては、加速が指示されたと判定されると共に、検出されたスリップ率が第1の所定値より高く設定された第2の所定値以上になったとき、内燃機関の出力を低下させるように構成、即ち、スリップ率の上昇を抑制するように内燃機関のスロットル開度を制御しているにも拘らず、スリップ率が比較的高い場合は内燃機関の出力を瞬時的に低下させるように構成したので、上記した効果に加え、スリップ率を減少、換言すれば、グリップ力を増加させることが可能となり、その後スリップ率が比較的低くなった適切なタイミングで2速から1速に変速できる。これにより、加速時の内燃機関や変速機の動作をより適切に制御でき、よって加速直後における加速性能をより一層向上させることができる。
【0013】
請求項3に係る船外機の制御装置にあっては、内燃機関の点火時期と燃料噴射量の少なくともいずれかを介して内燃機関の出力を低下させるように構成したので、請求項2で述べた効果に加え、内燃機関に対して加速が指示されたと判定されると共に、スリップ率が第2の所定値以上になったとき、例えば点火時期の遅角や燃料噴射量の減量を行うことが可能となり、よって内燃機関の出力を確実に低下させることができる。
【0014】
請求項4に係る船外機の制御装置にあっては、スロットルレバーの操作位置のスロットルバルブを開弁させる方向への変化量を検出すると共に、検出されたスロットルレバーの操作位置の変化量が既定値以上のとき、操船者によって加速が指示されたと判定するように構成したので、上記した効果に加え、前記加速の指示がなされたことを正確に判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】この発明の実施例に係る船外機の制御装置を船体も含めて全体的に示す概略図である。
【図2】図1に示す船外機の部分断面拡大側面図である。
【図3】図1に示す船外機の拡大側面図である。
【図4】図2に示す変速機構の油圧回路を模式的に示す油圧回路図である。
【図5】図1に示す電子制御ユニットの変速制御動作、スロットル開度制御動作および点火時期制御動作を示すフロー・チャートである。
【図6】図5フロー・チャートの処理で使用される、スロットルレバーの操作量に対するスロットル開度の特性を示す説明グラフである。
【図7】図5フロー・チャートの処理を説明するタイム・チャートである。
【図8】この発明の第2実施例に係る船外機の制御装置における電子制御ユニットの変速制御動作、スロットル開度制御動作および燃料噴射量制御動作を、図5フロー・チャートとの相違点を中心に部分的に示すフロー・チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面に即してこの発明に係る船外機の制御装置を実施するための形態について説明する。
【実施例1】
【0017】
図1はこの発明の第1実施例に係る船外機の制御装置を船体も含めて全体的に示す概略図、図2は図1に示す船外機の部分断面拡大側面図、図3は船外機の拡大側面図である。
【0018】
図1から図3において、符号1は船外機10が船体(艇体)12に搭載されてなる船舶を示す。船外機10は、図2に良く示すように、スイベルケース14、チルティングシャフト16およびスターンブラケット18を介して船体12の後尾(船尾)12aに取り付けられる。
【0019】
スイベルケース14の付近には、スイベルケース14の内部に鉛直軸回りに回転自在に収容されるシャフト部20を駆動する転舵用電動モータ(アクチュエータ)22が配置される。転舵用電動モータ22の回転出力は減速ギヤ機構26、マウントフレーム28を介してシャフト部20に伝達され、よって船外機10はシャフト部20を転舵軸として左右に(鉛直軸回りに)転舵される。
【0020】
船外機10の上部には、内燃機関(以下「エンジン」という)30が搭載される。エンジン30は火花点火式の水冷ガソリンエンジンで、排気量2200ccを備える。エンジン30は水面上に位置し、エンジンカバー32によって覆われる。
【0021】
エンジン30の吸気管34には、スロットルボディ36が接続される。スロットルボディ36はその内部にスロットルバルブ38を備えると共に、スロットルバルブ38を開閉駆動するスロットル用電動モータ(アクチュエータ)40が一体的に取り付けられる。
【0022】
スロットル用電動モータ40の出力軸は減速ギヤ機構(図示せず)を介してスロットルバルブ38に接続され、スロットル用電動モータ40を動作させることでスロットルバルブ38が開閉され、エンジン30の吸気量が調量されてエンジン回転数(機関回転数)が調節される。
【0023】
船外機10は、水平軸回りに回転自在に支持されると共に、その一端にプロペラ42が取り付けられ、エンジン30からの動力をプロペラ42に伝達するプロペラシャフト(動力伝達軸)44と、エンジン30とプロペラシャフト44の間に介挿されると共に、1速、2速、3速からなる複数の変速段を有する変速機(自動変速機)46を備える。
【0024】
変速機46は、複数の変速段を切換自在な変速機構50と、シフト位置を前進位置(フォワード位置)、後進位置(リバース位置)およびニュートラル位置に切換自在なシフト機構52からなる。
【0025】
図4は変速機構50の油圧回路を模式的に示す油圧回路図である。
【0026】
図2および図4に示す如く、変速機構50は、エンジン30のクランクシャフト(図において見えず)に接続されるインプットシャフト54と、インプットシャフト54に変速ギヤを介して接続されるカウンタシャフト56と、カウンタシャフト56に複数の変速ギヤを介して接続されるアウトプットシャフト58とが平行に配置された平行軸式の有段式の変速機構からなる。
【0027】
カウンタシャフト56には、後述する変速用の油圧クラッチや潤滑部に作動油(潤滑油。オイル)を圧送する油圧ポンプ(ギヤポンプ。図2,4にのみ示す)60が接続される。シャフト54,56,58や油圧ポンプ60などは、ケース(図2にのみ示す)62に収容される。ケース62の下部は作動油を受けるオイルパン62aを構成する。
【0028】
上記の如く構成された変速機構50においては、シャフト上に相対回転自在に配置されたギヤを変速クラッチでシャフト上に固定することで複数の変速段、詳しくは1速、2速、3速のうちのいずれかの変速段が選択(確立)され、エンジン30の出力は選択された変速段で変速され、シフト機構52、プロペラシャフト44を介してプロペラ42に伝達される。尚、各変速段の変速比は1速が最も大きく、2速、3速となるにつれて小さくなるように設定される。具体的には、例えば1速変速比が2.2、2速変速比が2.0、3速変速比が1.7とされる。
【0029】
変速機構50について具体的に説明すると、図4に良く示すように、インプットシャフト54には、インプットプライマリギヤ64が支持される。カウンタシャフト56には、インプットプライマリギヤ64に噛合するカウンタプライマリギヤ66、カウンタ1速ギヤ68、カウンタ2速ギヤ70、カウンタ3速ギヤ72が支持される。
【0030】
また、アウトプットシャフト58には、カウンタ1速ギヤ68に噛合するアウトプット1速ギヤ74、カウンタ2速ギヤ70と噛合するアウトプット2速ギヤ76、カウンタ3速ギヤ72に噛合するアウトプット3速ギヤ78が支持される。
【0031】
上記において、アウトプットシャフト58に相対回転自在に支持されたアウトプット1速ギヤ74を1速用クラッチC1でアウトプットシャフト58に結合すると、1速(ギヤ。変速段)が確立する。尚、1速用クラッチC1は、ワンウェイクラッチからなり、後述する2速または3速用油圧クラッチC2,C3に油圧が供給されて2速または3速が確立し、アウトプットシャフト58の回転数がアウトプット1速ギヤ74のそれより大きくなるとき、アウトプット1速ギヤ74を空転させるように構成される。
【0032】
カウンタシャフト56に相対回転自在に支持されたカウンタ2速ギヤ70を2速用油圧クラッチC2でカウンタシャフト56に結合すると、2速(ギヤ。変速段)が確立する。また、カウンタシャフト56に相対回転自在に支持されたカウンタ3速ギヤ72を3速用油圧クラッチC3でカウンタシャフト56に結合すると、3速(ギヤ。変速段)が確立する。尚、油圧クラッチC2,C3は、油圧が供給されるとき各ギヤ70,72をカウンタシャフト56に結合する一方、油圧が供給されないとき各ギヤ70,72を空転させる。
【0033】
このように、クラッチC1,C2,C3によるギヤとシャフトの結合は、油圧ポンプ60から油圧クラッチC2,C3に供給される油圧を制御することで行われる。
【0034】
詳説すると、油圧ポンプ60がエンジン30により駆動されるとき、オイルパン62aの作動油は油路80a、ストレーナ82を介して汲み上げられて吐出口60aから油路80bを介して第1切換バルブ84aに、油路80c,80dを介して第1、第2電磁ソレノイドバルブ(リニアソレノイドバルブ)86a,86bに送られる。
【0035】
第1切換バルブ84aには、油路80eを介して第2切換バルブ84bが接続される。第1、第2切換バルブ84a,84bの内部には移動自在なスプールがそれぞれ収容され、スプールは一端側(図で左端)でスプリングによって他端側に付勢される。その他端側には、前記した第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bが油路80f,80gを介して接続される。
【0036】
従って、第1電磁ソレノイドバルブ86aが通電(オン)されると、その内部に収容されたスプールが変位させられ、油圧ポンプ60から油路80cを介して供給される油圧は第1切換バルブ84aのスプールの他端側に出力される。これにより、第1切換バルブ84aのスプールは一端側に変位させられ、よって油路80bの作動油が油路80eに送出される。
【0037】
第2電磁ソレノイドバルブ86bも、第1電磁ソレノイドバルブ86aと同様、通電(オン)されるときにスプールが変位させられ、油圧ポンプ60から油路80dを介して供給される油圧は第2切換バルブ84bの他端側に出力される。これにより、第2切換バルブ84bはスプールが一端側に変位させられ、よって油路80eの作動油は油路80hを介して2速用油圧クラッチC2に供給される。一方、第2電磁ソレノイドバルブ86bが通電されず(オフされ)、第2切換バルブ84bの他端側に油圧が出力されないときは油路80eの作動油は油路80iを介して3速用油圧クラッチC3に供給される。
【0038】
即ち、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bが共にオフされるときは油圧クラッチC2,C3のいずれにも油圧が供給されないため、アウトプット1速ギヤ74とアウトプットシャフト58が1速用クラッチC1で結合されて1速が確立する。
【0039】
また、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bが共にオンされるときは2速用油圧クラッチC2に油圧が供給されるため、カウンタ2速ギヤ70とカウンタシャフト56が結合されて2速が確立する。さらに、第1電磁ソレノイドバルブ86aがオン、第2電磁ソレノイドバルブ86bがオフされるときは3速用油圧クラッチC3に油圧が供給されるため、カウンタ3速ギヤ72とカウンタシャフト56が結合されて3速が確立する。このように、第1、第2切換バルブ84a,84bのオン・オフを制御することで、変速機46の変速段が選択される(変速制御が行われる)。
【0040】
尚、油圧ポンプ60からの作動油(潤滑油)は、油路80b,80j、レギュレータバルブ88やリリーフバルブ90を介して潤滑部(例えばシャフト54,56,58など)にも供給される。また、第1、第2切換バルブ84a,84bと第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bにはそれぞれ、圧抜き用の油路80kが適宜に接続される。
【0041】
図2の説明に戻ると、シフト機構52は、変速機構50のシャフト58に接続されると共に、鉛直軸と平行に配置されて回転自在に支持されるドライブシャフト(バーチカルシャフト)52aと、シャフト52aに接続されて回転させられる前進ベベルギヤ52bと後進ベベルギヤ52cと、プロペラシャフト44を前進ベベルギヤ52bと後進ベベルギヤ52cのいずれかに係合自在とするクラッチ52dなどからなる。
【0042】
エンジンカバー32の内部にはシフト機構52を駆動するシフト用電動モータ(アクチュエータ)92が配置され、その出力軸は、減速ギヤ機構94を介してシフト機構52のシフトロッド52eの上端に接続自在とされる。従って、シフト用電動モータ92を駆動することにより、シフトロッド52eとシフトスライダ52fが適宜に変位させられ、それによってクラッチ52dを動作させてシフト位置が前進位置、後進位置およびニュートラル位置の間で切り換えられる。
【0043】
シフト位置が前進位置あるいは後進位置のとき、変速機構50のシャフト58の回転はシフト機構52を介してプロペラシャフト44に伝達され、よってプロペラ42は回転させられ、船体12を前進あるいは後進させる方向の推力(推進力)を生じる。尚、船外機10はエンジン30に取り付けられたバッテリなどの電源(図示せず)を備え、それから各電動モータ22,40,92などに動作電源が供給される。
【0044】
図3に示す如く、スロットルバルブ38の付近にはスロットル開度センサ96が配置され、スロットルバルブ38の開度(スロットル開度)THを示す出力を生じる。また、シフトロッド52eの付近にはニュートラルスイッチ100が配置され、変速機46のシフト位置がニュートラル位置のときにオン信号を、前進位置あるいは後進位置のときにオフ信号を出力する。エンジン30のクランクシャフトの付近にはクランク角センサ102が取り付けられ、所定のクランク角度ごとにパルス信号を出力する。
【0045】
上記した各センサやスイッチの出力は、船外機10に搭載された電子制御ユニット(Electronic Control Unit。以下「ECU」という)110に入力される。ECU110はCPUやROM,RAMなどを備えたマイクロ・コンピュータからなり、船外機10のエンジンカバー32の内部に配置される。
【0046】
図1に示す如く、船体12の操縦席112の付近には、操船者(図示せず)によって回転操作自在なステアリングホイール114が配置される。ステアリングホイール114のシャフト(図示せず)には操舵角センサ116が取り付けられ、操船者によって入力されたステアリングホイール114の操舵角に応じた信号を出力する。
【0047】
操縦席112付近にはリモートコントロールボックス120が配置され、そこには操船者の操作自在に配置されるシフト・スロットルレバー(スロットルレバー。以下、単に「レバー」という)122が設けられる。レバー122は、リモートコントロールボックス120の内部に回転自在に支持された回転軸(図示せず)に取り付けられることにより、初期位置から前後方向に揺動操作自在とされ、操船者からの前進/後進指示と、エンジン30に対する加速/減速指示を含むエンジン回転数の調節指示とを入力する。
【0048】
リモートコントロールボックス120の内部にはレバー位置センサ(スロットルレバー位置変化量検出手段)124が取り付けられ、操船者によるレバー122の操作位置(操作角。以下「操作量」ともいう)LVR、正確にはレバー122の回転軸の回転角に応じた信号を出力する。尚、レバー位置センサ124は例えばポテンショメータなどの回転角センサからなる。
【0049】
さらに、船体12の適宜位置には、傾き角度センサ126と船速センサ(対水速度計。スリップ率検出手段)130が配置される。傾き角度センサ126は、磁石が取り付けられた振子を備え、その鉛直軸からのずれをリードスイッチなど(いずれも図示せず)で検出して航行方向に対する船体12の長手方向の軸線の傾き角度(傾斜角)αに応じた信号を出力する。正確には、傾き角度センサ126は、傾き角度αが後述する所定角度α1未満のときにLo信号を、所定角度α1以上のときにHi信号を出力する。船速センサ130は、船舶1の速度(船速。以下「実速度」ともいう)Vに応じた信号を出力する。これら各センサの出力もECU110に入力される。
【0050】
ECU110は、入力されたセンサ出力などに基づいて各電動モータ22,92の動作を制御すると共に、変速機46の変速制御を行う。また、ECU110は、レバー位置センサ124の出力に基づいてスロットル用電動モータ40の動作を制御、具体的には、レバー122が操船者に操作されるとき、その操作量に応じてスロットル用電動モータ40の動作を制御し、スロットルバルブ38を開閉させてスロットル開度THを調整するスロットル開度制御も行う。
【0051】
さらに、ECU110は、入力されたセンサ出力に基づいてエンジン30の燃料噴射量と点火時期を決定し、インジェクタ132(図3に示す)を介して決定された噴射量の燃料を供給すると共に、点火装置134(図3に示す)を介して決定された点火時期に従って噴射された燃料と吸気の混合気を点火する。
【0052】
このように、この実施例に係る船外機の制御装置は、操作系(ステアリングホイール114やレバー122)と船外機10の機械的な接続が断たれたDBW(Drive By Wire)方式の装置である。
【0053】
図5は、ECU110の変速制御動作、スロットル開度制御動作および点火時期制御動作を示すフロー・チャートである。図示のプログラムは、ECU110によって所定の周期(例えば100msec)ごとに実行される。
【0054】
以下説明すると、先ずS10において、ニュートラルスイッチ100からの出力に基づき、変速機46のシフト位置がニュートラル位置にあるか否か判断する。S10で否定されるとき(インギヤ時)はS12に進み、スロットル開度THをスロットル開度センサ96の出力から検出(算出)し、S14に進んで検出されたスロットル開度THの所定時間(例えば500msec)当たりの変化量(変動量)DTHを検出(算出)する。
【0055】
次いでS16に進み、エンジン30に対して操船者によって減速が指示されたか否か、換言すれば、エンジン30が船舶1を減速させる運転状態にあるか否か判定する。具体的には、スロットル開度THの変化量DTHが負値に設定されたしきい値DTH1(例えば−0.5deg)未満の場合、スロットルバルブ38が閉弁方向に駆動されている、即ち、エンジン30に対して減速が指示されたと判定する。
【0056】
S16で否定されるときはS18に進み、クランク角センサ102の出力パルスをカウントしてエンジン回転数NEを検出(算出)し、S20に進んで検出されたエンジン回転数NEの変化量(変動量)DNEを検出(算出)する。変化量DNEは、前回のプログラムループで検出されたエンジン回転数NEから今回検出されたそれを減算して求める。
【0057】
次いでS22に進み、加速後2速変速済みフラグ(以下「2速変速フラグ」という)のビットが0か否か判断する。このフラグのビットは、後述する如く、加速終了後に1速から2速に変速されるとき1にセットされる一方、それ以外のとき0にリセットされる。
【0058】
2速変速フラグは初期値が0とされるため、最初のプログラムループにおいてS22の判断は通例肯定されてS24に進み、エンジン回転数NEが所定回転数NE1以上か否か判断する。この所定回転数NE1については後に説明する。
【0059】
エンジン始動直後のプログラムループにおいては通例、エンジン回転数NEは所定回転数NE1未満であるため、S24の判断は否定されてS26に進む。S26では、加速中判定フラグ(後述。図で「加速中フラグ」と示す)のビットが0か否か判断する。加速中判定フラグも初期値が0とされるため、最初のプログラムループにおいてここでの判断は通例肯定されてS28に進む。
【0060】
S28では、レバー122の操作位置(操作量)LVRをレバー位置センサ124の出力から検出(算出)し、次いでS30に進み、レバー122の操作位置LVRのスロットルバルブ38を開弁させる方向への所定時間(例えば500msec)当たりの変化量(変動量)DLVRを検出(算出)する。従って、変化量DLVRは、レバー122が操船者によって操作されてレバー位置がスロットルバルブ38を開弁させる方向へ変化するとき正値を示す一方、スロットルバルブ38を閉弁させる方向へ変化するとき負値を示す。
【0061】
次いでS32に進み、エンジン30に対して操船者によって加速(正確には急加速)が指示されたか否か、換言すれば、エンジン30が船舶1を加速(正確には急加速)させる運転状態にあるか否か判定する。この判定は、レバー122の操作位置の変化量DLVRに基づいて行われ、具体的には、変化量DLVRが既定値DLVR1以上のとき、操船者によって加速が指示されたと判定する。従って、既定値DLVR1は、エンジン30に対して加速の指示がなされたと判定できるような値、例えば0.5degに設定される。
【0062】
S32で否定、即ち、エンジン30に対して加速または減速の指示がないときはS34に進み、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86b(図で「第1SOL」「第2SOL」と示す)を共にオンして変速機46において2速の変速段を選択し、次いでS36に進み、加速中判定フラグのビットを0にリセットする。
【0063】
他方、S32で肯定されるときはS38に進み、プロペラ42の回転状態を示すスリップ率(滑り率)εを検出(算出)し、S40に進んでスリップ率εの所定時間(例えば500msec)当たりの変化量(変動量)Dεを検出(算出)する。このスリップ率εは、船舶1の理論速度Vaと実速度Vに基づいて検出、具体的には下記の式(1)を用いて算出する。
スリップ率ε=(理論速度Va(Km/h)−実速度V(Km/h))/理論速度Va(Km/h) ・・・式(1)
【0064】
式(1)で実速度Vは船速センサ130の出力に基づいて求める。また、理論速度Vaは下記の式(2)に示すように、エンジン30や変速機46の運転状態、プロペラ42の仕様に基づいて算出する。
理論速度Va(Km/h)=(エンジン回転数NE(rpm)×プロペラピッチ(インチ)×60×2.54×10−5)/(変速段の変速比) ・・・式(2)
【0065】
式(2)でプロペラピッチはプロペラ42が1回転するときに進むことのできる理論上の距離を示す値であり、変速段の変速比は変速機46において現在選択されている変速段の変速比であって、例えば2速のときの変速比は前述の如く2.0となる。また、60なる数値は1分間当たりのエンジン回転数NEを1時間当たりの値に換算するためのものであり、2.54×10−5なる数値はプロペラピッチをインチからキロメートルに換算するためのものである。
【0066】
次いでS42に進み、プロペラ42のスリップ率εの上昇を抑制するようにエンジン30のスロットル開度THを制御する。即ち、エンジン30に対して加速が指示されるとき、前述した如く、プロペラ42は回転数の上昇によって付近に発生する気泡を巻き込んで空回りし易く、スリップ率εが上昇してグリップ力が比較的弱い状態になることがある。そこで、S42ではスロットル開度THを適宜に補正してスリップ率εが上昇するのを抑えるようにした。
【0067】
図6は、レバー122の操作量(操作位置)LVRに対するスロットル開度THの特性を示す説明グラフである。図6にあっては、スロットル開度THを補正する前の特性を破線で、補正した後のそれを実線で示す。
【0068】
図示の如く、S42の処理においては、レバー122の操作量LVRに対するスロットル開度THの変化速度を減少させる(スロットル開度THの増加を鈍化させる)ように、スロットル用電動モータ40の動作を制御するようにした。これにより、エンジン30に対して加速が指示されたとき、具体的には、レバー122の操作量LVRが増加するとき、スロットルバルブ38は補正前に比して緩やかに開弁させられることとなり、エンジン回転数NEが急激に増加し難くなる、別言すれば、プロペラ42の回転数が急速に上昇し難くなる。その結果、プロペラ42の付近の気泡の発生を抑え、スリップ率εが上昇するのを抑制することが可能となる。
【0069】
次いでS44に進み、スリップ率εが第1の所定値ε1以下で、かつスリップ率の変化量Dεが規定値Dε1以下か否か判断する。所定値ε1は、スリップ率εがそれ以下のときにグリップ力が比較的強いと判定できるような比較的低い値、例えば0.3に設定される。また、規定値Dε1は具体的には0とされ、よって後段は変化量Dεが0または負値か否か判断している。即ち、S44は、プロペラ42においてスリップ率εが減少する方向に変化すると共に、グリップ力が比較的強い状態になったか否か判定する処理である。
【0070】
S44で肯定されるときはS46に進み、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bを共にオフして変速機46の変速段を2速から1速に変速(シフトダウン)する。これにより、エンジン30の出力トルクは1速にシフトダウンさせられた変速機46(正確には、変速機構50)によって増幅させられてドライブシャフト44を介してプロペラ42に伝達され、よって加速性が上昇する。尚、S46で1速に変速するとき、前記したエンジン30のスロットル開度THを補正する制御を終了し、通常の制御、具体的には、図6に破線で示す特性に基づいてスロットル開度THの制御を行う。
【0071】
次いでS48に進み、加速中判定フラグのビットを1にセットする。即ち、このフラグは、エンジン30に対して加速が指示されたと判定された後に変速段が2速から1速に変速されるとき1にセットされる一方、それ以外のときは0にリセットされる。尚、このフラグのビットが1にセットされると、次回以降のプログラム実行時はS26で否定されてS28からS44までの処理をスキップする。
【0072】
このように、エンジン30が始動させられてから加速が指示されると共に、スリップ率εが上記した条件を満たすまでの通常運転時は、変速機46を2速にするように構成したため、急加速以外での船外機10の使い勝手を、変速機を備えない船外機と同等とすることができる。
【0073】
他方、S44で否定されるときはS50に進み、スリップ率εが第1の所定値ε1より高く設定された第2の所定値ε2以上か否か判断する。この第2の所定値ε2は、スリップ率εがそれ以上のときにプロペラ42のグリップ力が比較的弱いと判定できるような値に設定され、例えば0.5とされる。即ち、S50は、S42でスロットル開度THを補正したにも拘らず、スリップ率εが上昇してプロペラ42のグリップ力が弱くなったか否か判定する処理である。
【0074】
S50で肯定されるときはS52に進み、点火時期遅角フラグ(初期値0。図で「遅角フラグ」と示す)のビットを1にセットする。このフラグのビットが1にセットされるときは、図示しないプログラムにおいてエンジン30の点火時期を遅角する制御を行う、具体的には、エンジン回転数NEなどに基づいて算出された点火時期を所定の遅角量(例えば5度)だけ遅角し、エンジン30の出力を低下させる。
【0075】
エンジン30の出力を低下させると、その後プロペラ42のグリップ力は瞬時的に増加し、スリップ率εが減少して第2の所定値ε2未満となる。そのときはS50で否定されてS54に進み、点火時期遅角フラグのビットを0にリセットし、前述した遅角制御を中止し、通常の点火時期制御を実行する。
【0076】
S46で変速機46を1速に変速した後、エンジン回転数NEが徐々に上昇し、そして1速でのトルク増幅を利用した加速が終了すると(加速領域が飽和すると)、エンジン回転数NEは所定回転数NE1になり(到達し)、よってS24の判断で肯定されてS56以降の処理に進む。従って、所定回転数NE1は、比較的高い値に設定され、詳しくは1速での加速が終了したと判断できる値(例えば6000rpm)とされる。
【0077】
S56では、エンジン回転数NEが安定しているか否か判断、換言すれば、エンジン30が安定した運転状態であるか否か判断する。ここでは、エンジン回転数NEの変化量DNEの絶対値がしきい値DNE1未満の場合にエンジン回転数NEが安定していると判断する。従って、しきい値DNE1は、エンジン回転数NEが安定して、変化量DNEが比較的少ないと判定できるような値、例えば500rpmに設定される。
【0078】
S56で否定されるときは1速のままプログラムを終了する一方、肯定されるときはS58に進み、船体12が滑走状態(プレーニング状態)にあるか否か判定する。S58では、傾き角度センサ126の出力(Hi,Lo信号)に基づき、航行方向(進行方向)に対する船体12の長手方向の軸線の傾き角度αが所定角度α1未満か否か判断することで、船体12が滑走状態にあるか否か判定する。
【0079】
具体的には、エンジン30に対して加速が指示されて船舶1の速度が上昇すると、船体12は船首が持ち上がる一方、船尾12aが沈み込む、いわゆるハンプ状態となる。このハンプ状態になると、船舶1の傾き角度αは所定角度α1以上となる。その後、加速が終了して船舶1の速度が安定すると、船体12は上がっていた船首が下がって滑走状態となる。より具体的には、船舶1の傾き角度αが所定角度α1未満に減少する。
【0080】
そこでS58では、傾き角度αが所定角度α1未満のとき、加速が終了して船体12が滑走状態にあると判定する。所定角度α1は、船体12が滑走状態にあると判定できる比較的小さい値に設定され、例えば5degとされる。
【0081】
S58で否定されるときはそのままプログラムを終了する一方、肯定されるときはS60に進み、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bを共にオンして変速機46の変速段を1速から2速に変速(シフトアップ)すると共に、S62に進んで2速変速フラグのビットを1にセットする。これにより、ドライブシャフト52aおよびプロペラシャフト44の回転数が上昇し、結果として船速が(エンジン性能上の)最高速度に到達し、速度性が向上する。
【0082】
S62において2速変速フラグのビットが1にセットされると、次回以降のプログラム実行時はS22で否定されて前述したS60,S62に進む。また、S16で肯定されるときはS64に進み、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bを共にオンして変速機46の変速段を2速に変速する。その後、S66,S68に進んで2速変速フラグと加速中判定フラグのビットを全て0にリセットする。
【0083】
また、レバー122が操船者によって操作されて変速機46のシフト位置がニュートラル位置に切り換えられると、S10で肯定されてS70に進み、第1、第2電磁ソレノイドバルブ86a,86bをオフして変速機46の変速段を2速から1速に変速する。
【0084】
図7は上記した処理の一部を説明するタイム・チャートである。
【0085】
図7に示すように、先ず時刻t0からt1の通常運転時においては変速機46を2速に設定し(S34)、時刻t1においてレバー122の操作位置LVRの変化量DLVRが既定値DLVR1以上のとき、エンジン30に対して加速が指示されたと判定する(S32)。加速直後のプロペラ42は付近に発生する気泡を巻き込んでスリップ率εが上昇するため、時刻t1では、その上昇を抑制するようにエンジン30のスロットル開度THを補正する制御を開始する(S42)。
【0086】
その後、スリップ率εが徐々に減少して時刻t2において第1の所定値ε1以下になると共に、スリップ率の変化量Dεが規定値Dε以下になったとき、変速機46を2速から1速に変速させる(S46)。このとき、スロットル開度THの補正制御を終了する。
【0087】
次いでエンジン回転数NEは徐々に上昇し、時刻t3において所定回転数NE1以上と判断されると共に(S24)、船体12が滑走状態にあると判定されるとき(S58)、1速から2速に変速させる(S60)。
【0088】
尚、時刻t1と時刻t2の間において、想像線で示す如く、スリップ率εの上昇を抑えるようにスロットル開度THを制御しているにも拘らず、時刻taでスリップ率εが第2の所定値ε2以上と判断されるときは(S50)、点火時期遅角フラグのビットを1にセットしてエンジン30の出力を低下させる(S52)。
【0089】
エンジン30の出力を低下させることによってグリップ力は増加、別言すれば、スリップ率εは減少し、時刻tbで第2の所定値ε2未満と判断されるとき(S50)、点火時期遅角フラグのビットを0にリセットしてエンジン30の出力の低下を中止する(S54)。
【0090】
以上の如く、この発明の第1実施例にあっては、変速機46において2速が選択されているとき、エンジン30に対して操船者によって加速が指示されたか否か判定し、船舶1の理論速度Vaと実速度Vに基づいてプロペラ42のスリップ率εを検出し、加速が指示されたと判定されるとき、検出されたスリップ率εの上昇を抑制するようにエンジン30のスロットル開度THを制御すると共に、検出されたスリップ率εが第1の所定値ε1以下で、かつスリップ率の変化量Dεが規定値Dε1以下になったとき、2速から1速に変速するように構成したので、加速時のエンジン30や変速機46の動作を適切に制御でき、よって加速直後における加速性能を向上させることができる。
【0091】
即ち、エンジン30に対して加速が指示されたと判定されるとき、プロペラ42のスリップ率εの上昇を抑制するように、換言すれば、プロペラ42のグリップ力の低下を抑えるようにエンジン30のスロットル開度THを制御すると共に、スリップ率εが第1の所定値ε1以下で、かつスリップ率の変化量Dεが規定値Dε1以下になったとき、2速から1速に変速することが可能、別言すれば、スリップ率εが低下して比較的低い値となった(即ち、グリップ力が増加した)適切なタイミングで2速から1速に変速することが可能となる。それにより、エンジン30の出力トルクは変速機46で増幅されてプロペラ42に伝達されて、船舶1の速度は直ちに上昇し始めることとなり、船外機10の加速直後における加速性能を向上させることができる。
【0092】
また、加速が指示されたと判定されると共に、検出されたスリップ率εが第1の所定値ε1より高く設定された第2の所定値ε2以上になったとき、エンジン30の出力を低下させるように構成、即ち、スリップ率εの上昇を抑制するようにエンジン30のスロットル開度THを制御しているにも拘らず、スリップ率εが比較的高い場合はエンジン30の出力を瞬時的に低下させるように構成したので、スリップ率εを減少、換言すれば、グリップ力を増加させることが可能となり、その後スリップ率εが比較的低くなった適切なタイミングで2速から1速に変速できる。これにより、加速時のエンジン30や変速機46の動作をより適切に制御でき、よって加速直後における加速性能をより一層向上させることができる。
【0093】
また、エンジン30の点火時期を介してエンジン30の出力を低下させるように構成したので、エンジン30に対して加速が指示されたと判定されると共に、スリップ率εが第2の所定値ε2以上になったとき、例えば点火時期の遅角を行うことが可能となり、よってエンジン30の出力を確実に低下させることができる。
【0094】
また、スロットルレバー122の操作位置LVRのスロットルバルブ38を開弁させる方向への変化量DLVRを検出すると共に、検出されたスロットルレバーの操作位置の変化量DLVRが既定値DLVR1以上のとき、操船者によって加速が指示されたと判定するように構成したので、前記加速の指示がなされたことを正確に判定することができる。
【実施例2】
【0095】
次いで、この発明の第2実施例に係る船外機の制御装置について説明する。
【0096】
第1実施例との相違点に焦点をおいて説明すると、第2実施例にあっては、エンジン30の出力の低下を、点火時期に代え、エンジン30の燃料噴射量を介して行うようにした。
【0097】
図8は第2実施例に係る船外機の制御装置におけるECU110の変速制御動作、スロットル開度制御動作および燃料噴射量制御動作を、図5との相違点を中心に部分的に示すフロー・チャートである。尚、同一の処理を行うステップの符号は図5と同一とする。
【0098】
図8に示す如く、S50までは第1実施例と同様な処理を行い、S50で肯定されるときはS52aに進み、燃料噴射量減量フラグ(初期値0)のビットを1にセットする。このフラグのビットが1にセットされるときは、図示しないプログラムにおいてエンジン30に供給される燃料噴射量を減少させる制御を行う、具体的には、エンジン回転数NEなどに基づいて算出された燃料噴射量を所定量だけ減少(減量)させ、エンジン30の出力を低下させる。即ち、S52aは、第1実施例のS52と同様、エンジン30の出力を低下させる処理に相当する。
【0099】
一方、S50で否定されるときはS54aに進み、燃料噴射量減量フラグのビットを0にリセットし、前述した燃料噴射量の減量制御を中止、あるいは減量制御を行わず、通常の燃料噴射制御を実行する。従って、第2実施例において燃料噴射量減量フラグのビットを1や0にセットするタイミングは、図7の点火時期遅角フラグと同様である。
【0100】
このように、第2実施例にあっては、エンジン30の燃料噴射量を介してエンジン30の出力を低下させるように構成したので、エンジン30に対して加速が指示されたと判定されると共に、スリップ率εが第2の所定値ε2以上になったとき、例えば燃料噴射量の減量を行うことが可能となり、よってエンジン30の出力を確実に低下させることができる。
【0101】
尚、残余の構成および効果は第1実施例と同一であるので、説明を省略する。
【0102】
以上の如く、この発明の第1および第2実施例にあっては、内燃機関(エンジン)30からの動力をプロペラ42に伝達する動力伝達軸(プロペラシャフト)44に介挿されると共に、少なくとも1速、2速からなる変速段を有し、前記内燃機関の出力を前記変速段のうちの選択された変速段で変速して前記プロペラに伝達する変速機46を備える船外機の制御装置において、前記2速が選択されているとき、前記内燃機関30に対して操船者によって加速が指示されたか否か判定する加速指示判定手段と(ECU110。S32)、前記船外機10が搭載される船舶1の理論速度Vaと実速度Vに基づいて前記プロペラ42のスリップ率εを検出するスリップ率検出手段と(船速センサ130,ECU110。S38)、前記加速が指示されたと判定されるとき、前記検出されたスリップ率εの上昇を抑制するように前記内燃機関30のスロットル開度THを制御するスロットル開度制御手段と(ECU110。S42)、前記スロットル開度制御手段によって前記内燃機関30のスロットル開度THが制御されると共に、前記検出されたスリップ率εが第1の所定値ε1以下で、かつ前記スリップ率の変化量Dεが規定値Dε1以下になったとき、前記2速から前記1速に変速するように前記変速機46の動作を制御する変速制御手段と(ECU110。S44,S46)を備える如く構成した。
【0103】
また、前記加速が指示されたと判定されると共に、前記検出されたスリップ率εが前記第1の所定値ε1より高く設定された第2の所定値ε2以上になったとき、前記内燃機関30の出力を低下させる内燃機関出力低下手段(ECU110。S50,S52,S52a)を備える如く構成した。
【0104】
また、前記内燃機関出力低下手段は、前記内燃機関30の点火時期と燃料噴射量の少なくともいずれかを介して前記内燃機関の出力を低下させる如く構成した(S52,S52a)。
【0105】
また、操船者に操作されるとき、前記内燃機関30のスロットルバルブ38を開閉させるスロットルレバー(シフト・スロットルレバー)122と、前記スロットルレバー122の操作位置LVRの前記スロットルバルブ38を開弁させる方向への変化量DLVRを検出するスロットルレバー位置変化量検出手段と(レバー位置センサ124,ECU110。S30)を備えると共に、前記加速指示判定手段は、前記検出されたスロットルレバーの操作位置の変化量DLVRが既定値DLVR1以上のとき、操船者によって前記加速が指示されたと判定する如く構成した(S32)。
【0106】
尚、上記において、エンジン30の出力を低下させるため、第1実施例では点火時期を遅角させると共に、第2実施例では燃料噴射量を減少させるようにしたが、それら両方を行うように構成しても良く、さらに例えば点火カットや燃料カットなどを行ってエンジン30の出力を低下させるように構成しても良い。その意味から、請求項3において「内燃機関の点火時期と燃料噴射量の少なくともいずれかを介して内燃機関の出力を低下させる」と記載した。
【0107】
また、船体12に船速センサ130を配置して船舶1の実速度Vを検出するように構成したが、それに限られるものではなく、例えばGPS(Global Positioning System)などを用いて検出するようにしても良い。
【0108】
また、船外機を例にとって説明したが、変速機を備えた船内外機についても本発明を適用することができる。また、第1、第2の所定値ε1,ε2、規定値Dε1、既定値DLVR1やエンジン30の排気量などを具体的な値で示したが、それらは例示であって限定されるものではない。
【符号の説明】
【0109】
10 船外機、30 エンジン(内燃機関)、38 スロットルバルブ、42 プロペラ、44 プロペラシャフト(動力伝達軸)、46 変速機、110 ECU(電子制御ユニット)、122 シフト・スロットルレバー(スロットルレバー)、124 レバー位置センサ(スロットルレバー位置変化量検出手段)、130 船速センサ(スリップ率検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関からの動力をプロペラに伝達する動力伝達軸に介挿されると共に、少なくとも1速、2速からなる変速段を有し、前記内燃機関の出力を前記変速段のうちの選択された変速段で変速して前記プロペラに伝達する変速機を備える船外機の制御装置において、
a.前記2速が選択されているとき、前記内燃機関に対して操船者によって加速が指示されたか否か判定する加速指示判定手段と、
b.前記船外機が搭載される船舶の理論速度と実速度に基づいて前記プロペラのスリップ率を検出するスリップ率検出手段と、
c.前記加速が指示されたと判定されるとき、前記検出されたスリップ率の上昇を抑制するように前記内燃機関のスロットル開度を制御するスロットル開度制御手段と、
d.前記スロットル開度制御手段によって前記内燃機関のスロットル開度が制御されると共に、前記検出されたスリップ率が第1の所定値以下で、かつ前記スリップ率の変化量が規定値以下になったとき、前記2速から前記1速に変速するように前記変速機の動作を制御する変速制御手段と、
を備えることを特徴とする船外機の制御装置。
【請求項2】
e.前記加速が指示されたと判定されると共に、前記検出されたスリップ率が前記第1の所定値より高く設定された第2の所定値以上になったとき、前記内燃機関の出力を低下させる内燃機関出力低下手段、
を備えることを特徴とする請求項1記載の船外機の制御装置。
【請求項3】
前記内燃機関出力低下手段は、前記内燃機関の点火時期と燃料噴射量の少なくともいずれかを介して前記内燃機関の出力を低下させることを特徴とする請求項2記載の船外機の制御装置。
【請求項4】
f.操船者に操作されるとき、前記内燃機関のスロットルバルブを開閉させるスロットルレバーと、
g.前記スロットルレバーの操作位置の前記スロットルバルブを開弁させる方向への変化量を検出するスロットルレバー位置変化量検出手段と、
を備えると共に、前記加速指示判定手段は、前記検出されたスロットルレバーの操作位置の変化量が既定値以上のとき、操船者によって前記加速が指示されたと判定することを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の船外機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−246064(P2011−246064A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−123292(P2010−123292)
【出願日】平成22年5月28日(2010.5.28)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】