車両の制動制御装置
【課題】 車両の旋回挙動を安定して制御可能な車両の制動制御装置を提供する。
【解決手段】 コントロールユニット3は、車両のアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべく車両の旋回内輪の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する制動力制御手段(前後目標ヨーモーメント算出部23、各輪目標制動力算出部24および液圧制御装置4)と、操舵速度dθを検出する操舵速度検出手段と、操舵速度dθが高いほどフロントヨーモーメント配分を大きくするヨーモーメント配分算出部22と、を備える。
【解決手段】 コントロールユニット3は、車両のアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべく車両の旋回内輪の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する制動力制御手段(前後目標ヨーモーメント算出部23、各輪目標制動力算出部24および液圧制御装置4)と、操舵速度dθを検出する操舵速度検出手段と、操舵速度dθが高いほどフロントヨーモーメント配分を大きくするヨーモーメント配分算出部22と、を備える。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、制動制御による制御対象輪の位置に応じて、前後駆動力配分制御における従駆動輪(後輪)への駆動伝達力の制限量を設定することにより、車両挙動の安定化を確保することが開示されている。この特許文献1では、例えば、右旋回時における車両のステア傾向がアンダーステア傾向であり、制動制御による制御対象輪が右前輪である場合には、制御対象輪が右後輪である場合よりも後輪への駆動伝達力の制限量を小さくしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−282146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術にあっては、前後輪の駆動力配分を決定した後に制御対象輪に制動力を付与しているため、駆動力配分制御と制動制御との制御タイミングをコントロールするという複雑な制御が必要であるため、車両の旋回挙動を安定して制御することが困難であった。
本発明の目的は、車両の旋回挙動を安定して制御可能な車両の制動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、車両のアンダーステア傾向またはオーバーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべくアンダーステア傾向の場合には旋回内輪側の前後輪を、オーバーステア傾向の場合には旋回外輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する際、操舵速度が高くなるにつれて制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくする。
【発明の効果】
【0006】
よって、本発明にあっては、前後輪の制動力のみを制御し、駆動力の制御が不要であるため、制御が容易であり、車両の旋回挙動を安定して制御できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1の車両の制動制御装置を備えた車両1の制動系の構成を示す概略図である。
【図2】実施例1のコントロールユニット3の制御ブロック図である。
【図3】実施例1の目標トータルヨーモーメント算出部13で実行される目標トータルヨーモーメント算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】横加速度推定値yg_estに応じた横加速度ゲインK_ygの設定マップである。
【図5】前後加速度推定値xg_estに応じた前後加速度ゲインK_xgの設定マップである。
【図6】実施例1のヨーモーメント配分算出部14で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図8】実施例1の前後制動力配分作用を示すタイムチャートである。
【図9】実施例2のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図10】車間時間に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図11】実施例3のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】タイヤ摩擦円余裕代の算出方法を示す説明図である。
【図13】摩擦円余裕比に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図14】実施例4のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図15】前輪駆動車における駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図16】後輪駆動車における駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の車両の制動制御装置を実施するための形態を、図面に示す各実施例に基づいて説明する。
【0009】
〔実施例1〕
図1は、実施例1の車両の制動制御装置を備えた車両1の制動系の構成を示す概略図である。
実施例1の車両1は、前輪2FL,2FRを駆動輪、後輪2RL,2RRを従動輪とする前輪駆動車両(FF車両)であり、コントロールユニット3および液圧制御装置4を搭載している。
通常は、ドライバによるブレーキペダル5の踏み込み量に応じてマスタシリンダ6で昇圧された制動液圧が、各車輪2FL,2FR,2RL,2RRの各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRに供給される。液圧制御装置4は、マスタシリンダ6と各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRとの間に介装され、液圧制御装置4では、コントロールユニット3からの目標液圧指令に基づいて、各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRの制動液圧を制御する。液圧制御装置4は、例えば、アンチスキッド制御、トラクション制御および横滑り防止制御に用いられる液圧制御回路を適用したものであり、実施例1の液圧制御装置4は、各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRの液圧を個別に増減および保持可能である。
【0010】
車両1は、レーザレーダ8と、操舵角センサ10と、車輪速センサ11FL,11FR,11RL,11RRを備える。各センサの信号は、コントロールユニット3へ入力される。
レーザレーダ8は、例えば、バンパー等の車両前端位置に配置され、車両前方に所定の照射範囲内でレーザ光を照射し、受光した反射光に基づいて先行車等の前方障害物との距離を算出する。
操舵角センサ10は、ステアリングホイール12の操舵角を検出する。
車輪速センサ11FL,11FR,11RL,11RRは、各車輪2FL,2FR,2RL,2RRの回転速度、すなわち各車輪速を検出する。
コントロールユニット3は、各センサからの信号に基づいて各車輪2FL,2FR,2RL,2RRの目標制動力を算出すると共に目標制動力に応じた各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRの目標液圧を算出し、目標液圧指令として液圧制御装置4へ出力する。
【0011】
実施例1では、加減速を伴う旋回時、すなわち、旋回加速時および旋回制動時において、車両1のステア傾向がアンダーステア傾向となるのを抑制することを狙いとし、旋回内輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与することにより、車両重心点周りにアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを付与する。以下にこのヨーモーメント制御を実現するコントロールユニット3の構成を説明する。
【0012】
図2は、コントロールユニット3の制御ブロック図である。
コントロールユニット3は、目標トータルヨーモーメント算出部21、ヨーモーメント配分算出部(制動力配分手段)22、前後目標ヨーモーメント算出部23および各輪目標制動力算出部24をプログラムとして備える。
目標トータルヨーモーメント算出部21は、車両情報として各車輪速と操舵角とを入力し、各車輪速から求まる車速と操舵角とに基づいてヨーモーメント制御により車両重心点周りに発生させる目標ヨーモーメント(目標トータルヨーモーメント)を算出する。ここで、車速の算出方法は任意であり、例えば、4輪の車輪速の平均値や従動輪である後輪2RL,2RRの車輪速の平均値を車速とする方法、または4輪の車輪速のセレクトハイ(後輪の旋回外輪)により車速を決定する方法等を用いることができる。
【0013】
ヨーモーメント配分算出部22は、車両情報として操舵角を入力し、操舵角を微分して操舵速度を求め、操舵速度に基づいて後述する前後輪ヨーモーメント配分を算出する。なお、操舵速度を検出する手段を別途設けてもよい。
前後目標ヨーモーメント算出部23は、目標トータルヨーモーメントと前後輪ヨーモーメント配分とに基づき、前輪側で発生させるフロント目標ヨーモーメントと、後輪側で発生させるリア目標ヨーモーメントを算出する。
各輪目標制動力算出部24は、フロント目標ヨーモーメントおよびリア目標ヨーモーメントに基づき、各車輪2FL,2FR,2RL,2RRのうち制御対象輪となる前後輪(左旋回時には左前輪2FLと左後輪2RL、右旋回時には右前輪2FRと右後輪2RR)の目標制動力を算出すると共に目標制動力に応じた各ホイルシリンダ(左旋回時には左前ホイルシリンダ7FLと左後ホイルシリンダ7RL、右旋回時には右前ホイルシリンダ7FRと右後ホイルシリンダ7RR)の目標液圧を算出する。
目標トータルヨーモーメント算出部21、前後目標ヨーモーメント算出部23および各輪目標制動力算出部24は、制動力制御手段に相当する。
【0014】
[目標トータルヨーモーメント算出処理]
図3は、実施例1の目標トータルヨーモーメント算出部21で実行される目標トータルヨーモーメント算出処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS1では、車速Vと操舵角θとに基づいて、横加速度推定値yg_estを算出する。横加速度推定値yg_estの算出方法は任意であり、例えば、左右の車輪速差から求めてもよい。
ステップS2では、ステップS1で算出した横加速度推定値yg_estが閾値yg_thよりも大きいか否かを判定し、YESの場合にはステップS3へ進み、NOの場合にはリターンへ進む。ここで、閾値yg_thは、加減速を伴う旋回時において車両1のステア傾向がアンダーステア傾向となる横加速度の最小値であり、あらかじめ実験により求めることができる。
【0015】
ステップS3では、ステップS1で算出した横加速度推定値yg_estから横加速度ゲインK_ygを算出する。図4は、横加速度推定値yg_estに応じた横加速度ゲインK_ygの設定マップであり、横加速度ゲインK_ygは、横加速度推定値yg_estに比例した値とする。なお、図4のマップにおいて、過度に大きな横加速度ゲインK_ygが設定されるのを防止するために、横加速度ゲインK_ygに上限値を設定してもよい。
ステップS4では、各車輪速に基づいて、前後加速度推定値xg_estを算出する。車速Vと操舵角θとから前後加速度を推定する方法は公知であるため、説明を省略する。前後加速度推定値xg_estの算出方法は任意であり、例えば、駆動輪である前輪2FL,2FRに伝達される駆動力を推定し、推定した駆動力から求めてもよい。
ステップS5では、ステップS4で算出した前後加速度推定値xg_estが閾値xg_thよりも大きいか否かを判定し、YESの場合にはステップS6へ進み、NOの場合にはリターンへ進む。ここで、閾値xg_thは、加減速を伴う旋回時において車両1のステア傾向がアンダーステア傾向となる前後加速度の最小値であり、あらかじめ実験により求めることができる。
【0016】
ステップS6では、ステップS4で算出した前後加速度推定値xg_estから前後加速度ゲインK_xgを算出する。図5は、前後加速度推定値xg_estに応じた前後加速度ゲインK_xgの設定マップであり、前後加速度ゲインK_xgは、前後加速度推定値xg_estの絶対値に比例した値とする。なお、図5のマップにおいて、過度に大きな前後加速度ゲインK_xgが設定されるのを防止するための、前後加速度ゲインK_xgに上限値を設けてもよい。
ステップS7では、所定の目標トータルヨーモーメント基準値にステップS3で算出した横加速度ゲインK_ygとステップS6で算出した前後加速度ゲインK_xgとを掛け合わせて目標トータルヨーモーメントを算出する。
つまり、車両1のアンダーステア傾向は、横加速度推定値yg_estまたは前後加速度推定値xg_estが高いほどより大きく(強く)なるため、目標トータルヨーモーメントを横加速度推定値yg_estに比例した横加速度ゲインK_ygおよび前後加速度推定値xg_estの絶対値に比例した前後加速度ゲインK_xgに比例した値とすることで、車両1のアンダーステア傾向に応じた目標トータルヨーモーメントを設定できる。
【0017】
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図6は、実施例1のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS11では、操舵角θを微分して操舵速度dθを算出する(操舵速度検出手段)。
ステップS12では、ステップS11で算出した操舵速度dθから図7のマップを参照して、制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象前輪に付与する制動力の割合であるフロントヨーモーメント配分を算出する。図7は、操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθがゼロのとき最小値(1/2未満の値)を取り、操舵速度dθが高くなるのに応じて大きくなる特性とする。なお、図7の破線は、前後輪のヨーモーメント配分を一定(例えば、前輪:後輪=50:50)とした場合を示す。
なお、制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象後輪に付与する制動力の割合であるリアヨーモーメント配分は、1からフロントヨーモーメント配分を減じた値となる。
【0018】
次に、作用を説明する。
[アンダーステア抑制作用]
実施例1では、横加速度推定値yg_estが閾値yg_thよりも大きく、かつ、前後加速度推定値xg_estの絶対値が閾値xg_thよりも大きい場合、すなわち、旋回加速時または旋回制動時において、車両1のステア傾向がアンダーステア傾向であると推定された場合、横加速度推定値yg_estおよび前後加速度推定値xg_estに応じて目標トータルヨーモーメントを算出し、同時に操舵速度dθに応じて前後輪ヨーモーメント配分を算出する。
続いて、算出した目標トータルヨーモーメントと前後輪ヨーモーメント配分とから前輪側で発生させるフロント目標ヨーモーメントおよび後輪側で発生させるリア目標ヨーモーメントを算出し、フロント目標ヨーモーメントおよびリア目標ヨーモーメントが得られるように制御対象前後輪(旋回内輪側の前後輪)に制動力を付与する。
【0019】
実施例1の車両1のような前輪駆動車では、加減速を伴う旋回時において、加減速度が高いほど、操向輪である前輪2FL,2FRのタイヤ発生力の多くがタイヤ前後力に取られるため、発生可能なタイヤ横力の最大値が小さくなり、車両1のアンダーステア傾向が強くなる。そこで、実施例1では、旋回加速時または旋回制動時において、横加速度推定値yg_estおよび前後加速度推定値xg_estから車両1のステア傾向がアンダーステア傾向であることが推定された場合、アンダーステア傾向を抑制するヨーモーメント(目標トータルヨーモーメント)が得られるよう、旋回初期の段階から制御対象前後輪(旋回内輪側の前後輪)に制動力を付与し、車両重心点周りにアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを付加することで、アンダーステア傾向となるのを最小限に抑えることができる。
【0020】
[操舵速度に応じた前後制動力配分作用]
車両1の旋回時、前輪2FL,2FRに付与する制動力により車両重心点周りに発生するヨーモーメントの最大値は、操舵をしていないときと比較して減少する。これは、操舵時は前輪2FL,2FRのタイヤ発生力の多くがタイヤ横力に取られ、直進走行時と比較して発生可能なタイヤ前後力の最大値が小さくなるからである。したがって、操舵時には、後輪2RL,2RRへの制動力付与により車両重心点周りにヨーモーメントを付与する方が効率的である。一方、前輪2FL,2FRへの制動力付与によりヨーモーメントを発生させると、制動によって車両重心点が車両前方側へ移動し、前輪2FL,2FRの輪荷重増加により前輪2FL,2FRのタイヤ横力が増加することから、回頭性が向上することが知られている。
【0021】
そこで、実施例1の制動制御装置では、前後輪ヨーモーメント配分、すなわち、目標トータルヨーモーメントの前後輪負担分を、操舵速度dθに応じて決定し、このとき、操舵速度dθが高くなるにつれてフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、操舵角θが増加する過渡旋回状態のうち、操舵速度dθが増加する操舵初期には、制御対象後輪に付与される制動力よりも制御対象前輪に付与される制動力の方が大きくなる。よって、ヨーモーメントを早期に立ち上げることができ、旋回初期における車両1の回頭性の向上を図ることができる。言い換えると、ヨーモーメントをアンダーステア傾向の発生に対して遅れなく発生させることができ、アンダーステア傾向を効果的に抑制できる。
その後、操舵速度dθは過渡旋回状態の後半から低下し、ステアリングホイール12が一定の角度に保持される定常旋回状態となったときゼロとなるため、フロントヨーモーメント配分が徐々に小さくなり、リアヨーモーメント配分が増加する。よって、定常旋回状態では制御対象後輪に付与される制動力が増加することにより、車両重心点周りに効率的にヨーモーメントを付与でき、車両姿勢の安定化を図ることができる。
【0022】
図8は、実施例1の前後制動力配分作用を示すタイムチャートであり、ドライバはアクセルペダルを踏み込んでおり、車両1は加速している状態である。
時点t1までの区間では、ドライバは操舵を行っておらず、操舵速度dθはゼロであるため、フロントヨーモーメント配分は最小値である。
時点t1では、ドライバがステアリングホイール12の切り増し(右方向)を開始し、時点t1からt2の区間では、操舵速度dθが上昇するため、フロントヨーモーメント配分も徐々に大きくなり、時点t2では、フロントヨーモーメント配分が最大となる。よって、過渡旋回状態では、制御対象後輪よりも制御対象前輪の制動力を大きくすることで、アンダーステア傾向を抑制するためのヨーモーメントを早期に立ち上げることができる。
【0023】
時点t2からt3の区間では、操舵速度dθの低下に応じてフロントヨーモーメント配分は徐々に小さくなり、時点t3では、ドライバがステアリングホイール12の切り増しを終了し、操舵速度dθがゼロとなったため、フロントヨーモーメント配分は操舵前の最小値に戻る。時点t3からt4の区間では、ドライバがステアリングホイール12を一定の角度に保舵しているため、フロントヨーモーメント配分は最小値に維持される。よって、定常旋回状態では、制御対象前輪から制御対象後輪に制動力を移すことで、車両姿勢の安定化を図ることができる。また、制御対象前輪の制動力を徐々に小さくすることで、路面からステアリング系に入力されるキックバックを抑制できる。
なお、時点t4からt6の区間では、切り増しと切り戻しとの違いを除き、時点t1からt3までの期間と同じであるため、説明を省略する。
【0024】
[制動力のフィードフォワード制御作用]
実施例1では、目標トータルヨーモーメントと前後輪ヨーモーメント配分とからフロント目標ヨーモーメントおよびリア目標ヨーモーメントを算出し、制御対象前後輪のホイルシリンダの目標液圧を決定している。つまり、目標トータルヨーモーメントに基づいて制御対象前後輪に付与する制動力をフィードフォワード制御しており、従来の横滑り防止装置(ESC)のようなヨーレートフィードバックを行っていない。車両のヨーレートを検出してフィードバックする従来の横滑り防止装置では、目標ヨーレートと検出ヨーレートとが乖離して初めて横滑り防止制御が開始される、すなわち、アンダーステア傾向が顕著となってからでないと横滑り防止制御が開始されない。これに対し、実施例1では、操舵角速度がゼロの時から、旋回内輪側の前輪に微量の制動力を付与するフィードフォワード制御によりアンダーステアの発生初期段階から遅れなくアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを発生させることができる。
【0025】
次に、効果を説明する。
実施例1の車両の制動制御装置にあっては、以下に列挙する効果を奏する。
(1) 車両のアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべく車両の旋回内輪の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する制動力制御手段(目標トータルヨーモーメント算出部21、前後目標ヨーモーメント算出部23および各輪目標制動力算出部24)と、操舵速度dθを検出する操舵速度検出手段(ステップS11)と、操舵速度dθが高いほどフロントヨーモーメント配分を大きくするヨーモーメント配分算出部22と、を備えた。前後輪の制動力のみを制御し、駆動力の制御が不要であるため、制御が容易であり、車両1の旋回挙動を安定して制御できる。また、操舵過渡状態における車両1の回答性の向上と、操舵定常状態における車両姿勢の安定化との両立を図ることができる。
【0026】
(2) 制動力制御手段は、目標トータルヨーモーメントに基づいて制御対象前後輪に付与する制動力をフィードフォワード制御するため、アンダーステアの発生初期段階から遅れなくアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを発生させることができる。
【0027】
〔実施例2〕
実施例2は、前後輪ヨーモーメント配分の算出方法のみ実施例1と相違し、他の構成は実施例1と同一であるため、異なる部分のみ説明する。
実施例2において、ヨーモーメント配分算出部22は、車両情報として操舵角と各車輪速、およびレーザレーダ8から先行車等の前方障害物との距離を入力し、これらに基づいて前後輪ヨーモーメント配分を算出する。
【0028】
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図9は、実施例2のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。なお、図6に示した実施例1と同じ処理を行うステップには、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
ステップS21では、前方障害物との距離と各車輪速から求めた車速Vとから自車と前方障害物との車間時間を算出する(車間時間算出手段)。
ステップS22では、ステップS11で算出した操舵速度dθとステップS21で算出した車間時間とからフロントヨーモーメント配分を算出する。フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθから図7のマップを参照して操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分を算出すると共に、車間時間から図10に示すマップを参照して車間時間に応じたフロントヨーモーメント配分を算出し、両者を平均した値を最終的なフロントヨーモーメント配分とする。図10は、車間時間に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、車間時間がゼロのとき最大値(1/2を超える値)を取り、車間時間が長くなるのに応じて1/2未満の値まで小さくなる特性とする。
【0029】
次に、作用を説明する。
[車間時間に応じた前後制動力配分作用]
実施例2の制動制御装置では、目標トータルヨーモーメントに対するフロントヨーモーメント配分を、車間時間に応じて決定し、このとき、車間時間が短いほどフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、前方障害物に対する車間時間が短いほど車両1の回答性を高めることができ、緊急回避操作時の操舵応答性を向上させることができる。また、障害物回避後の定常旋回状態となったときはリアヨーモーメント配分が大きくなるため、車両姿勢を向上させることができる。
【0030】
次に、効果を説明する。
実施例2の車両の制動制御装置にあっては、実施例1の効果(1),(2)に加え、以下の効果を奏する。
(3) 自車の前方に存在する障害物との車間時間を検出する車間時間算出手段(ステップS21)を備え、ヨーモーメント配分算出部22は、車間時間が短いほどフロントヨーモーメント配分を大きくするため、緊急回避操作時の操舵応答性を向上させることができ、障害物回避後は車両姿勢を向上させることができる。
【0031】
〔実施例3〕
実施例3は、前後輪ヨーモーメント配分の算出方法のみ実施例1と相違し、他の構成は実施例1と同一であるため、異なる部分のみ説明する。
実施例3において、ヨーモーメント配分算出部22は、車両情報として操舵角と各車輪速を入力し、これらに基づいて前後輪ヨーモーメント配分を算出する。
【0032】
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図11は、実施例3のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。なお、図6に示した実施例1と同じ処理を行うステップには、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
ステップS31では、現在の制動側の最大発生前後力と発生前後力との差分であるタイヤ摩擦円余裕代を前後輪でそれぞれ算出する(摩擦円余裕代算出手段)。図12は、タイヤ摩擦円余裕代の算出方法を示す説明図であり、Fは摩擦円の半径、Fxは現在の発生横力、Fyは現在の発生前後力を示す。図12(a)の旋回加速時には、発生横力Fxで決まる制動側の最大発生前後力に対し、発生前後力Fyは加速側にあるため、タイヤ摩擦円余裕代は比較的大きい。一方、図12(b)の旋回制動時には、発生前後力Fyは減速側にあるため、タイヤ摩擦円余裕代は小さくなる。
ここで、現在の発生横力Fxは、操舵角と車速とから推定可能であり、現在の発生前後力Fyは、タイヤスリップ率と輪荷重とから推定可能である。なお、タイヤスリップ率は車輪速と車速とから算出でき、輪荷重は、横加速度推定値yg_estおよび前後加速度推定値xg_estと車両の諸元から求めることができる。また、摩擦円の半径Fは、路面摩擦係数と輪荷重から推定可能である。路面摩擦係数は、前後加速度推定値xg_estとタイヤスリップ率とから推定可能である。
【0033】
ステップS32では、ステップS11で算出した操舵速度dθとステップS31で算出した後輪タイヤ摩擦円余裕代に対する前輪タイヤ摩擦円余裕代との比である摩擦円余裕比からフロントヨーモーメント配分を算出する。フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθから図7のマップを参照して操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分を算出すると共に、摩擦円余裕比から図13のマップを参照して摩擦円余裕比に応じたフロントヨーモーメント配分を算出し、両者を平均した値を最終的なフロントヨーモーメント配分とする。図13は、摩擦円余裕比に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、摩擦円余裕比がゼロのとき最小値(1/2未満の値)を取り、摩擦円余裕比が大きくなるのに応じて1/2を超える値まで大きくなる特性とする。
【0034】
次に、作用を説明する。
旋回制動時などのようにタイヤ摩擦円余裕代が小さい場合、ヨーモーメントを発生させるためにさらに制動力を付加とするとタイヤのグリップ力が摩擦円の半径Fを超え、タイヤ特性が非線形領域に入る可能性がある。そこで、実施例3の制動制御装置では、摩擦円余裕比に応じて目標トータルヨーモーメントに対するフロントヨーモーメント配分およびリアヨーモーメント配分を決定し、このとき、摩擦円余裕比が大きいほど、すなわち、前輪タイヤ摩擦円余裕代が大きいほどフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、制御対象前輪のタイヤ摩擦円余裕代が制御対象後輪のタイヤ摩擦円余裕代よりも大きい場合には、フロントヨーモーメント配分が大きくなり、逆の場合にはリアヨーモーメント配分が大きくなるため、制御対象前後輪のタイヤ摩擦円余裕代を有効利用でき、タイヤ特性が非線形領域に入るのを抑制できる。
【0035】
次に、効果を説明する。
実施例3の車両の制動制御装置にあっては、実施例1の効果(1),(2)に加え、以下の効果を奏する。
(4) 現在の制動側の最大発生前後力と発生前後力との差分であるタイヤ摩擦円余裕代を制御対象前後輪でそれぞれ算出する摩擦円余裕代算出手段(ステップS31)を備え、ヨーモーメント配分算出部22は、制御対象前後輪のタイヤ摩擦円余裕代に応じてフロントヨーモーメント配分およびリアヨーモーメント配分を決定する。これにより、制御対象前後輪のタイヤ摩擦円余裕代を有効利用でき、タイヤ特性が非線形領域に入るのを抑制できる。
【0036】
〔実施例4〕
実施例4は、前後輪ヨーモーメント配分の算出方法のみ実施例1と相違し、他の構成は実施例1と同じであるため、異なる部分のみ説明する。
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図14は、実施例4のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。なお、図6に示した実施例1と同じ処理を行うステップには、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
ステップS41では、各車輪速から駆動輪スリップ量を算出する(スリップ量検出手段)。駆動輪スリップ量は、各車輪速から求めた車速Vから駆動輪である前輪2FL,2FRの車輪速平均値を減じた値とする。なお、駆動輪スリップ量の算出方法は任意であり、例えば、駆動輪の車輪速平均値から従動輪の車輪速平均値を減じた値を駆動輪スリップ量としてもよい。
【0037】
ステップS42では、ステップS11で算出した操舵速度dθとステップS41で算出した駆動輪スリップ率とからフロントヨーモーメント配分を算出する。フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθから図7のマップを参照して操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分を算出すると共に、駆動輪スリップ量から図15に示すマップを参照して駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分を算出し、両者を平均した値を最終的なフロントヨーモーメント配分とする。図15は、前輪駆動車における駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、駆動輪スリップ量がゼロのとき最小値(1/2未満の値)を取り、駆動輪スリップ量が大きくなるのに応じて1/2を超える値まで大きくなる特性とする。
【0038】
次に、作用を説明する。
[駆動輪スリップ量に応じた前後制動力配分作用]
実施例4の制動制御装置では、目標トータルヨーモーメントに対するフロントヨーモーメント配分を、前輪2FL,2FRのスリップ量、すなわち、駆動輪スリップ量に応じて決定し、このとき、駆動輪スリップ量が大きいほどフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、旋回加速時において、駆動輪スリップ量が大きいほど駆動輪により多くの制動力が付与されることで、スリップ量の増大を抑制できる。
【0039】
次に、効果を説明する。
実施例4の車両の制動制御装置にあっては、実施例1の効果(1),(2)に加え、以下の効果を奏する。
(5) 駆動輪スリップ量を検出するスリップ量検出手段(ステップS41)を備え、ヨーモーメント配分算出部22は、車両1の旋回加速時、駆動輪スリップ量が大きいほど制御対象前後輪のうち駆動輪側の制動力配分を大きくするため、スリップ量の増大を抑制でき、車両1の加速性能の悪化を抑制できる。
【0040】
(他の実施例)
以上、本発明を実施するための形態を、各実施例に基づいて説明したが、本発明の具体的な構成は、各実施例に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、実施例では、前輪駆動車において、加減速を伴う旋回時のアンダーステア傾向を抑制する例を示したが、後輪駆動車の場合は、加減速を伴う旋回時には、車両のステア傾向がオーバーステア傾向となるため、車両のステア傾向がオーバーステア傾向となるのを抑制するために、旋回外輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与することとなる。
また、実施例4で車両を後輪駆動車とした場合、図16のマップに従い駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメントを算出する。後輪駆動車の場合、フロントヨーモーメント配分は、駆動輪ステップ量が大きくなるのに応じて小さくなる特性、すなわち、図15に示した前輪駆動車の場合と逆の特性とする。これにより、駆動輪である後輪のスリップ量を抑制でき、実施例4と同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0041】
1 車両
2FL 左前輪
2FR 右前輪
2RL 左後輪
2RR 右後輪
3 コントロールユニット
4 液圧制御装置
21 目標トータルヨーモーメント算出部(制動力制御手段)
22 ヨーモーメント配分算出部(制動力配分手段)
23 前後目標ヨーモーメント算出部(制動力制御手段)
24 各輪目標制動力算出部(制動力制御手段)
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、制動制御による制御対象輪の位置に応じて、前後駆動力配分制御における従駆動輪(後輪)への駆動伝達力の制限量を設定することにより、車両挙動の安定化を確保することが開示されている。この特許文献1では、例えば、右旋回時における車両のステア傾向がアンダーステア傾向であり、制動制御による制御対象輪が右前輪である場合には、制御対象輪が右後輪である場合よりも後輪への駆動伝達力の制限量を小さくしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−282146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術にあっては、前後輪の駆動力配分を決定した後に制御対象輪に制動力を付与しているため、駆動力配分制御と制動制御との制御タイミングをコントロールするという複雑な制御が必要であるため、車両の旋回挙動を安定して制御することが困難であった。
本発明の目的は、車両の旋回挙動を安定して制御可能な車両の制動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明では、車両のアンダーステア傾向またはオーバーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべくアンダーステア傾向の場合には旋回内輪側の前後輪を、オーバーステア傾向の場合には旋回外輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する際、操舵速度が高くなるにつれて制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくする。
【発明の効果】
【0006】
よって、本発明にあっては、前後輪の制動力のみを制御し、駆動力の制御が不要であるため、制御が容易であり、車両の旋回挙動を安定して制御できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施例1の車両の制動制御装置を備えた車両1の制動系の構成を示す概略図である。
【図2】実施例1のコントロールユニット3の制御ブロック図である。
【図3】実施例1の目標トータルヨーモーメント算出部13で実行される目標トータルヨーモーメント算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図4】横加速度推定値yg_estに応じた横加速度ゲインK_ygの設定マップである。
【図5】前後加速度推定値xg_estに応じた前後加速度ゲインK_xgの設定マップである。
【図6】実施例1のヨーモーメント配分算出部14で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図7】操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図8】実施例1の前後制動力配分作用を示すタイムチャートである。
【図9】実施例2のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図10】車間時間に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図11】実施例3のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図12】タイヤ摩擦円余裕代の算出方法を示す説明図である。
【図13】摩擦円余裕比に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図14】実施例4のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
【図15】前輪駆動車における駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【図16】後輪駆動車における駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の車両の制動制御装置を実施するための形態を、図面に示す各実施例に基づいて説明する。
【0009】
〔実施例1〕
図1は、実施例1の車両の制動制御装置を備えた車両1の制動系の構成を示す概略図である。
実施例1の車両1は、前輪2FL,2FRを駆動輪、後輪2RL,2RRを従動輪とする前輪駆動車両(FF車両)であり、コントロールユニット3および液圧制御装置4を搭載している。
通常は、ドライバによるブレーキペダル5の踏み込み量に応じてマスタシリンダ6で昇圧された制動液圧が、各車輪2FL,2FR,2RL,2RRの各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRに供給される。液圧制御装置4は、マスタシリンダ6と各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRとの間に介装され、液圧制御装置4では、コントロールユニット3からの目標液圧指令に基づいて、各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRの制動液圧を制御する。液圧制御装置4は、例えば、アンチスキッド制御、トラクション制御および横滑り防止制御に用いられる液圧制御回路を適用したものであり、実施例1の液圧制御装置4は、各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRの液圧を個別に増減および保持可能である。
【0010】
車両1は、レーザレーダ8と、操舵角センサ10と、車輪速センサ11FL,11FR,11RL,11RRを備える。各センサの信号は、コントロールユニット3へ入力される。
レーザレーダ8は、例えば、バンパー等の車両前端位置に配置され、車両前方に所定の照射範囲内でレーザ光を照射し、受光した反射光に基づいて先行車等の前方障害物との距離を算出する。
操舵角センサ10は、ステアリングホイール12の操舵角を検出する。
車輪速センサ11FL,11FR,11RL,11RRは、各車輪2FL,2FR,2RL,2RRの回転速度、すなわち各車輪速を検出する。
コントロールユニット3は、各センサからの信号に基づいて各車輪2FL,2FR,2RL,2RRの目標制動力を算出すると共に目標制動力に応じた各ホイルシリンダ7FL,7FR,7RL,7RRの目標液圧を算出し、目標液圧指令として液圧制御装置4へ出力する。
【0011】
実施例1では、加減速を伴う旋回時、すなわち、旋回加速時および旋回制動時において、車両1のステア傾向がアンダーステア傾向となるのを抑制することを狙いとし、旋回内輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与することにより、車両重心点周りにアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを付与する。以下にこのヨーモーメント制御を実現するコントロールユニット3の構成を説明する。
【0012】
図2は、コントロールユニット3の制御ブロック図である。
コントロールユニット3は、目標トータルヨーモーメント算出部21、ヨーモーメント配分算出部(制動力配分手段)22、前後目標ヨーモーメント算出部23および各輪目標制動力算出部24をプログラムとして備える。
目標トータルヨーモーメント算出部21は、車両情報として各車輪速と操舵角とを入力し、各車輪速から求まる車速と操舵角とに基づいてヨーモーメント制御により車両重心点周りに発生させる目標ヨーモーメント(目標トータルヨーモーメント)を算出する。ここで、車速の算出方法は任意であり、例えば、4輪の車輪速の平均値や従動輪である後輪2RL,2RRの車輪速の平均値を車速とする方法、または4輪の車輪速のセレクトハイ(後輪の旋回外輪)により車速を決定する方法等を用いることができる。
【0013】
ヨーモーメント配分算出部22は、車両情報として操舵角を入力し、操舵角を微分して操舵速度を求め、操舵速度に基づいて後述する前後輪ヨーモーメント配分を算出する。なお、操舵速度を検出する手段を別途設けてもよい。
前後目標ヨーモーメント算出部23は、目標トータルヨーモーメントと前後輪ヨーモーメント配分とに基づき、前輪側で発生させるフロント目標ヨーモーメントと、後輪側で発生させるリア目標ヨーモーメントを算出する。
各輪目標制動力算出部24は、フロント目標ヨーモーメントおよびリア目標ヨーモーメントに基づき、各車輪2FL,2FR,2RL,2RRのうち制御対象輪となる前後輪(左旋回時には左前輪2FLと左後輪2RL、右旋回時には右前輪2FRと右後輪2RR)の目標制動力を算出すると共に目標制動力に応じた各ホイルシリンダ(左旋回時には左前ホイルシリンダ7FLと左後ホイルシリンダ7RL、右旋回時には右前ホイルシリンダ7FRと右後ホイルシリンダ7RR)の目標液圧を算出する。
目標トータルヨーモーメント算出部21、前後目標ヨーモーメント算出部23および各輪目標制動力算出部24は、制動力制御手段に相当する。
【0014】
[目標トータルヨーモーメント算出処理]
図3は、実施例1の目標トータルヨーモーメント算出部21で実行される目標トータルヨーモーメント算出処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS1では、車速Vと操舵角θとに基づいて、横加速度推定値yg_estを算出する。横加速度推定値yg_estの算出方法は任意であり、例えば、左右の車輪速差から求めてもよい。
ステップS2では、ステップS1で算出した横加速度推定値yg_estが閾値yg_thよりも大きいか否かを判定し、YESの場合にはステップS3へ進み、NOの場合にはリターンへ進む。ここで、閾値yg_thは、加減速を伴う旋回時において車両1のステア傾向がアンダーステア傾向となる横加速度の最小値であり、あらかじめ実験により求めることができる。
【0015】
ステップS3では、ステップS1で算出した横加速度推定値yg_estから横加速度ゲインK_ygを算出する。図4は、横加速度推定値yg_estに応じた横加速度ゲインK_ygの設定マップであり、横加速度ゲインK_ygは、横加速度推定値yg_estに比例した値とする。なお、図4のマップにおいて、過度に大きな横加速度ゲインK_ygが設定されるのを防止するために、横加速度ゲインK_ygに上限値を設定してもよい。
ステップS4では、各車輪速に基づいて、前後加速度推定値xg_estを算出する。車速Vと操舵角θとから前後加速度を推定する方法は公知であるため、説明を省略する。前後加速度推定値xg_estの算出方法は任意であり、例えば、駆動輪である前輪2FL,2FRに伝達される駆動力を推定し、推定した駆動力から求めてもよい。
ステップS5では、ステップS4で算出した前後加速度推定値xg_estが閾値xg_thよりも大きいか否かを判定し、YESの場合にはステップS6へ進み、NOの場合にはリターンへ進む。ここで、閾値xg_thは、加減速を伴う旋回時において車両1のステア傾向がアンダーステア傾向となる前後加速度の最小値であり、あらかじめ実験により求めることができる。
【0016】
ステップS6では、ステップS4で算出した前後加速度推定値xg_estから前後加速度ゲインK_xgを算出する。図5は、前後加速度推定値xg_estに応じた前後加速度ゲインK_xgの設定マップであり、前後加速度ゲインK_xgは、前後加速度推定値xg_estの絶対値に比例した値とする。なお、図5のマップにおいて、過度に大きな前後加速度ゲインK_xgが設定されるのを防止するための、前後加速度ゲインK_xgに上限値を設けてもよい。
ステップS7では、所定の目標トータルヨーモーメント基準値にステップS3で算出した横加速度ゲインK_ygとステップS6で算出した前後加速度ゲインK_xgとを掛け合わせて目標トータルヨーモーメントを算出する。
つまり、車両1のアンダーステア傾向は、横加速度推定値yg_estまたは前後加速度推定値xg_estが高いほどより大きく(強く)なるため、目標トータルヨーモーメントを横加速度推定値yg_estに比例した横加速度ゲインK_ygおよび前後加速度推定値xg_estの絶対値に比例した前後加速度ゲインK_xgに比例した値とすることで、車両1のアンダーステア傾向に応じた目標トータルヨーモーメントを設定できる。
【0017】
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図6は、実施例1のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。
ステップS11では、操舵角θを微分して操舵速度dθを算出する(操舵速度検出手段)。
ステップS12では、ステップS11で算出した操舵速度dθから図7のマップを参照して、制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象前輪に付与する制動力の割合であるフロントヨーモーメント配分を算出する。図7は、操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθがゼロのとき最小値(1/2未満の値)を取り、操舵速度dθが高くなるのに応じて大きくなる特性とする。なお、図7の破線は、前後輪のヨーモーメント配分を一定(例えば、前輪:後輪=50:50)とした場合を示す。
なお、制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象後輪に付与する制動力の割合であるリアヨーモーメント配分は、1からフロントヨーモーメント配分を減じた値となる。
【0018】
次に、作用を説明する。
[アンダーステア抑制作用]
実施例1では、横加速度推定値yg_estが閾値yg_thよりも大きく、かつ、前後加速度推定値xg_estの絶対値が閾値xg_thよりも大きい場合、すなわち、旋回加速時または旋回制動時において、車両1のステア傾向がアンダーステア傾向であると推定された場合、横加速度推定値yg_estおよび前後加速度推定値xg_estに応じて目標トータルヨーモーメントを算出し、同時に操舵速度dθに応じて前後輪ヨーモーメント配分を算出する。
続いて、算出した目標トータルヨーモーメントと前後輪ヨーモーメント配分とから前輪側で発生させるフロント目標ヨーモーメントおよび後輪側で発生させるリア目標ヨーモーメントを算出し、フロント目標ヨーモーメントおよびリア目標ヨーモーメントが得られるように制御対象前後輪(旋回内輪側の前後輪)に制動力を付与する。
【0019】
実施例1の車両1のような前輪駆動車では、加減速を伴う旋回時において、加減速度が高いほど、操向輪である前輪2FL,2FRのタイヤ発生力の多くがタイヤ前後力に取られるため、発生可能なタイヤ横力の最大値が小さくなり、車両1のアンダーステア傾向が強くなる。そこで、実施例1では、旋回加速時または旋回制動時において、横加速度推定値yg_estおよび前後加速度推定値xg_estから車両1のステア傾向がアンダーステア傾向であることが推定された場合、アンダーステア傾向を抑制するヨーモーメント(目標トータルヨーモーメント)が得られるよう、旋回初期の段階から制御対象前後輪(旋回内輪側の前後輪)に制動力を付与し、車両重心点周りにアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを付加することで、アンダーステア傾向となるのを最小限に抑えることができる。
【0020】
[操舵速度に応じた前後制動力配分作用]
車両1の旋回時、前輪2FL,2FRに付与する制動力により車両重心点周りに発生するヨーモーメントの最大値は、操舵をしていないときと比較して減少する。これは、操舵時は前輪2FL,2FRのタイヤ発生力の多くがタイヤ横力に取られ、直進走行時と比較して発生可能なタイヤ前後力の最大値が小さくなるからである。したがって、操舵時には、後輪2RL,2RRへの制動力付与により車両重心点周りにヨーモーメントを付与する方が効率的である。一方、前輪2FL,2FRへの制動力付与によりヨーモーメントを発生させると、制動によって車両重心点が車両前方側へ移動し、前輪2FL,2FRの輪荷重増加により前輪2FL,2FRのタイヤ横力が増加することから、回頭性が向上することが知られている。
【0021】
そこで、実施例1の制動制御装置では、前後輪ヨーモーメント配分、すなわち、目標トータルヨーモーメントの前後輪負担分を、操舵速度dθに応じて決定し、このとき、操舵速度dθが高くなるにつれてフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、操舵角θが増加する過渡旋回状態のうち、操舵速度dθが増加する操舵初期には、制御対象後輪に付与される制動力よりも制御対象前輪に付与される制動力の方が大きくなる。よって、ヨーモーメントを早期に立ち上げることができ、旋回初期における車両1の回頭性の向上を図ることができる。言い換えると、ヨーモーメントをアンダーステア傾向の発生に対して遅れなく発生させることができ、アンダーステア傾向を効果的に抑制できる。
その後、操舵速度dθは過渡旋回状態の後半から低下し、ステアリングホイール12が一定の角度に保持される定常旋回状態となったときゼロとなるため、フロントヨーモーメント配分が徐々に小さくなり、リアヨーモーメント配分が増加する。よって、定常旋回状態では制御対象後輪に付与される制動力が増加することにより、車両重心点周りに効率的にヨーモーメントを付与でき、車両姿勢の安定化を図ることができる。
【0022】
図8は、実施例1の前後制動力配分作用を示すタイムチャートであり、ドライバはアクセルペダルを踏み込んでおり、車両1は加速している状態である。
時点t1までの区間では、ドライバは操舵を行っておらず、操舵速度dθはゼロであるため、フロントヨーモーメント配分は最小値である。
時点t1では、ドライバがステアリングホイール12の切り増し(右方向)を開始し、時点t1からt2の区間では、操舵速度dθが上昇するため、フロントヨーモーメント配分も徐々に大きくなり、時点t2では、フロントヨーモーメント配分が最大となる。よって、過渡旋回状態では、制御対象後輪よりも制御対象前輪の制動力を大きくすることで、アンダーステア傾向を抑制するためのヨーモーメントを早期に立ち上げることができる。
【0023】
時点t2からt3の区間では、操舵速度dθの低下に応じてフロントヨーモーメント配分は徐々に小さくなり、時点t3では、ドライバがステアリングホイール12の切り増しを終了し、操舵速度dθがゼロとなったため、フロントヨーモーメント配分は操舵前の最小値に戻る。時点t3からt4の区間では、ドライバがステアリングホイール12を一定の角度に保舵しているため、フロントヨーモーメント配分は最小値に維持される。よって、定常旋回状態では、制御対象前輪から制御対象後輪に制動力を移すことで、車両姿勢の安定化を図ることができる。また、制御対象前輪の制動力を徐々に小さくすることで、路面からステアリング系に入力されるキックバックを抑制できる。
なお、時点t4からt6の区間では、切り増しと切り戻しとの違いを除き、時点t1からt3までの期間と同じであるため、説明を省略する。
【0024】
[制動力のフィードフォワード制御作用]
実施例1では、目標トータルヨーモーメントと前後輪ヨーモーメント配分とからフロント目標ヨーモーメントおよびリア目標ヨーモーメントを算出し、制御対象前後輪のホイルシリンダの目標液圧を決定している。つまり、目標トータルヨーモーメントに基づいて制御対象前後輪に付与する制動力をフィードフォワード制御しており、従来の横滑り防止装置(ESC)のようなヨーレートフィードバックを行っていない。車両のヨーレートを検出してフィードバックする従来の横滑り防止装置では、目標ヨーレートと検出ヨーレートとが乖離して初めて横滑り防止制御が開始される、すなわち、アンダーステア傾向が顕著となってからでないと横滑り防止制御が開始されない。これに対し、実施例1では、操舵角速度がゼロの時から、旋回内輪側の前輪に微量の制動力を付与するフィードフォワード制御によりアンダーステアの発生初期段階から遅れなくアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを発生させることができる。
【0025】
次に、効果を説明する。
実施例1の車両の制動制御装置にあっては、以下に列挙する効果を奏する。
(1) 車両のアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべく車両の旋回内輪の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する制動力制御手段(目標トータルヨーモーメント算出部21、前後目標ヨーモーメント算出部23および各輪目標制動力算出部24)と、操舵速度dθを検出する操舵速度検出手段(ステップS11)と、操舵速度dθが高いほどフロントヨーモーメント配分を大きくするヨーモーメント配分算出部22と、を備えた。前後輪の制動力のみを制御し、駆動力の制御が不要であるため、制御が容易であり、車両1の旋回挙動を安定して制御できる。また、操舵過渡状態における車両1の回答性の向上と、操舵定常状態における車両姿勢の安定化との両立を図ることができる。
【0026】
(2) 制動力制御手段は、目標トータルヨーモーメントに基づいて制御対象前後輪に付与する制動力をフィードフォワード制御するため、アンダーステアの発生初期段階から遅れなくアンダーステア傾向を抑制するヨーモーメントを発生させることができる。
【0027】
〔実施例2〕
実施例2は、前後輪ヨーモーメント配分の算出方法のみ実施例1と相違し、他の構成は実施例1と同一であるため、異なる部分のみ説明する。
実施例2において、ヨーモーメント配分算出部22は、車両情報として操舵角と各車輪速、およびレーザレーダ8から先行車等の前方障害物との距離を入力し、これらに基づいて前後輪ヨーモーメント配分を算出する。
【0028】
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図9は、実施例2のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。なお、図6に示した実施例1と同じ処理を行うステップには、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
ステップS21では、前方障害物との距離と各車輪速から求めた車速Vとから自車と前方障害物との車間時間を算出する(車間時間算出手段)。
ステップS22では、ステップS11で算出した操舵速度dθとステップS21で算出した車間時間とからフロントヨーモーメント配分を算出する。フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθから図7のマップを参照して操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分を算出すると共に、車間時間から図10に示すマップを参照して車間時間に応じたフロントヨーモーメント配分を算出し、両者を平均した値を最終的なフロントヨーモーメント配分とする。図10は、車間時間に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、車間時間がゼロのとき最大値(1/2を超える値)を取り、車間時間が長くなるのに応じて1/2未満の値まで小さくなる特性とする。
【0029】
次に、作用を説明する。
[車間時間に応じた前後制動力配分作用]
実施例2の制動制御装置では、目標トータルヨーモーメントに対するフロントヨーモーメント配分を、車間時間に応じて決定し、このとき、車間時間が短いほどフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、前方障害物に対する車間時間が短いほど車両1の回答性を高めることができ、緊急回避操作時の操舵応答性を向上させることができる。また、障害物回避後の定常旋回状態となったときはリアヨーモーメント配分が大きくなるため、車両姿勢を向上させることができる。
【0030】
次に、効果を説明する。
実施例2の車両の制動制御装置にあっては、実施例1の効果(1),(2)に加え、以下の効果を奏する。
(3) 自車の前方に存在する障害物との車間時間を検出する車間時間算出手段(ステップS21)を備え、ヨーモーメント配分算出部22は、車間時間が短いほどフロントヨーモーメント配分を大きくするため、緊急回避操作時の操舵応答性を向上させることができ、障害物回避後は車両姿勢を向上させることができる。
【0031】
〔実施例3〕
実施例3は、前後輪ヨーモーメント配分の算出方法のみ実施例1と相違し、他の構成は実施例1と同一であるため、異なる部分のみ説明する。
実施例3において、ヨーモーメント配分算出部22は、車両情報として操舵角と各車輪速を入力し、これらに基づいて前後輪ヨーモーメント配分を算出する。
【0032】
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図11は、実施例3のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。なお、図6に示した実施例1と同じ処理を行うステップには、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
ステップS31では、現在の制動側の最大発生前後力と発生前後力との差分であるタイヤ摩擦円余裕代を前後輪でそれぞれ算出する(摩擦円余裕代算出手段)。図12は、タイヤ摩擦円余裕代の算出方法を示す説明図であり、Fは摩擦円の半径、Fxは現在の発生横力、Fyは現在の発生前後力を示す。図12(a)の旋回加速時には、発生横力Fxで決まる制動側の最大発生前後力に対し、発生前後力Fyは加速側にあるため、タイヤ摩擦円余裕代は比較的大きい。一方、図12(b)の旋回制動時には、発生前後力Fyは減速側にあるため、タイヤ摩擦円余裕代は小さくなる。
ここで、現在の発生横力Fxは、操舵角と車速とから推定可能であり、現在の発生前後力Fyは、タイヤスリップ率と輪荷重とから推定可能である。なお、タイヤスリップ率は車輪速と車速とから算出でき、輪荷重は、横加速度推定値yg_estおよび前後加速度推定値xg_estと車両の諸元から求めることができる。また、摩擦円の半径Fは、路面摩擦係数と輪荷重から推定可能である。路面摩擦係数は、前後加速度推定値xg_estとタイヤスリップ率とから推定可能である。
【0033】
ステップS32では、ステップS11で算出した操舵速度dθとステップS31で算出した後輪タイヤ摩擦円余裕代に対する前輪タイヤ摩擦円余裕代との比である摩擦円余裕比からフロントヨーモーメント配分を算出する。フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθから図7のマップを参照して操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分を算出すると共に、摩擦円余裕比から図13のマップを参照して摩擦円余裕比に応じたフロントヨーモーメント配分を算出し、両者を平均した値を最終的なフロントヨーモーメント配分とする。図13は、摩擦円余裕比に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、摩擦円余裕比がゼロのとき最小値(1/2未満の値)を取り、摩擦円余裕比が大きくなるのに応じて1/2を超える値まで大きくなる特性とする。
【0034】
次に、作用を説明する。
旋回制動時などのようにタイヤ摩擦円余裕代が小さい場合、ヨーモーメントを発生させるためにさらに制動力を付加とするとタイヤのグリップ力が摩擦円の半径Fを超え、タイヤ特性が非線形領域に入る可能性がある。そこで、実施例3の制動制御装置では、摩擦円余裕比に応じて目標トータルヨーモーメントに対するフロントヨーモーメント配分およびリアヨーモーメント配分を決定し、このとき、摩擦円余裕比が大きいほど、すなわち、前輪タイヤ摩擦円余裕代が大きいほどフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、制御対象前輪のタイヤ摩擦円余裕代が制御対象後輪のタイヤ摩擦円余裕代よりも大きい場合には、フロントヨーモーメント配分が大きくなり、逆の場合にはリアヨーモーメント配分が大きくなるため、制御対象前後輪のタイヤ摩擦円余裕代を有効利用でき、タイヤ特性が非線形領域に入るのを抑制できる。
【0035】
次に、効果を説明する。
実施例3の車両の制動制御装置にあっては、実施例1の効果(1),(2)に加え、以下の効果を奏する。
(4) 現在の制動側の最大発生前後力と発生前後力との差分であるタイヤ摩擦円余裕代を制御対象前後輪でそれぞれ算出する摩擦円余裕代算出手段(ステップS31)を備え、ヨーモーメント配分算出部22は、制御対象前後輪のタイヤ摩擦円余裕代に応じてフロントヨーモーメント配分およびリアヨーモーメント配分を決定する。これにより、制御対象前後輪のタイヤ摩擦円余裕代を有効利用でき、タイヤ特性が非線形領域に入るのを抑制できる。
【0036】
〔実施例4〕
実施例4は、前後輪ヨーモーメント配分の算出方法のみ実施例1と相違し、他の構成は実施例1と同じであるため、異なる部分のみ説明する。
[前後輪ヨーモーメント配分算出処理]
図14は、実施例4のヨーモーメント配分算出部22で実行される前後輪ヨーモーメント配分算出処理の流れを示すフローチャートである。なお、図6に示した実施例1と同じ処理を行うステップには、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
ステップS41では、各車輪速から駆動輪スリップ量を算出する(スリップ量検出手段)。駆動輪スリップ量は、各車輪速から求めた車速Vから駆動輪である前輪2FL,2FRの車輪速平均値を減じた値とする。なお、駆動輪スリップ量の算出方法は任意であり、例えば、駆動輪の車輪速平均値から従動輪の車輪速平均値を減じた値を駆動輪スリップ量としてもよい。
【0037】
ステップS42では、ステップS11で算出した操舵速度dθとステップS41で算出した駆動輪スリップ率とからフロントヨーモーメント配分を算出する。フロントヨーモーメント配分は、操舵速度dθから図7のマップを参照して操舵速度dθに応じたフロントヨーモーメント配分を算出すると共に、駆動輪スリップ量から図15に示すマップを参照して駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分を算出し、両者を平均した値を最終的なフロントヨーモーメント配分とする。図15は、前輪駆動車における駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメント配分算出マップであり、フロントヨーモーメント配分は、駆動輪スリップ量がゼロのとき最小値(1/2未満の値)を取り、駆動輪スリップ量が大きくなるのに応じて1/2を超える値まで大きくなる特性とする。
【0038】
次に、作用を説明する。
[駆動輪スリップ量に応じた前後制動力配分作用]
実施例4の制動制御装置では、目標トータルヨーモーメントに対するフロントヨーモーメント配分を、前輪2FL,2FRのスリップ量、すなわち、駆動輪スリップ量に応じて決定し、このとき、駆動輪スリップ量が大きいほどフロントヨーモーメント配分を大きくしている。このため、旋回加速時において、駆動輪スリップ量が大きいほど駆動輪により多くの制動力が付与されることで、スリップ量の増大を抑制できる。
【0039】
次に、効果を説明する。
実施例4の車両の制動制御装置にあっては、実施例1の効果(1),(2)に加え、以下の効果を奏する。
(5) 駆動輪スリップ量を検出するスリップ量検出手段(ステップS41)を備え、ヨーモーメント配分算出部22は、車両1の旋回加速時、駆動輪スリップ量が大きいほど制御対象前後輪のうち駆動輪側の制動力配分を大きくするため、スリップ量の増大を抑制でき、車両1の加速性能の悪化を抑制できる。
【0040】
(他の実施例)
以上、本発明を実施するための形態を、各実施例に基づいて説明したが、本発明の具体的な構成は、各実施例に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
例えば、実施例では、前輪駆動車において、加減速を伴う旋回時のアンダーステア傾向を抑制する例を示したが、後輪駆動車の場合は、加減速を伴う旋回時には、車両のステア傾向がオーバーステア傾向となるため、車両のステア傾向がオーバーステア傾向となるのを抑制するために、旋回外輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与することとなる。
また、実施例4で車両を後輪駆動車とした場合、図16のマップに従い駆動輪スリップ量に応じたフロントヨーモーメントを算出する。後輪駆動車の場合、フロントヨーモーメント配分は、駆動輪ステップ量が大きくなるのに応じて小さくなる特性、すなわち、図15に示した前輪駆動車の場合と逆の特性とする。これにより、駆動輪である後輪のスリップ量を抑制でき、実施例4と同様の効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0041】
1 車両
2FL 左前輪
2FR 右前輪
2RL 左後輪
2RR 右後輪
3 コントロールユニット
4 液圧制御装置
21 目標トータルヨーモーメント算出部(制動力制御手段)
22 ヨーモーメント配分算出部(制動力配分手段)
23 前後目標ヨーモーメント算出部(制動力制御手段)
24 各輪目標制動力算出部(制動力制御手段)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のアンダーステア傾向またはオーバーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべく、アンダーステア傾向の場合には旋回内輪側の前後輪を、オーバーステア傾向の場合には旋回外輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する制動力制御手段と、
操舵速度を検出する操舵速度検出手段と、
前記操舵速度が高くなるにつれて前記制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくする制動力配分手段と、
を備えたことを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制動制御装置において、
前記制動力制御手段は、操舵角速度がゼロの時に、所定の制動力を制御対象輪の駆動輪に付与することでフィードフォワード制御することを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の車両の制動制御装置において、
自車の前方に存在する障害物との車間時間を検出する車間時間算出手段を備え、
前記制動力配分手段は、前記車間時間が短いほど前記制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくすることを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の車両の制動制御装置において、
現在の制動側の最大発生前後力と発生前後力との差分であるタイヤ摩擦円余裕代を前後輪でそれぞれ算出する摩擦円余裕代算出手段を備え、
前記制動力配分手段は、前記前後輪のタイヤ摩擦円余裕代に応じて前記制御対象前後輪の制動力配分を決定することを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の車両の制動制御装置において、
駆動輪スリップ量を検出するスリップ量検出手段を備え、
前記制動力配分手段は、車両の旋回加速時、前記駆動輪スリップ量が大きいほど前記制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくすることを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項1】
車両のアンダーステア傾向またはオーバーステア傾向を抑制するヨーモーメントを車両に付加すべく、アンダーステア傾向の場合には旋回内輪側の前後輪を、オーバーステア傾向の場合には旋回外輪側の前後輪を制御対象輪として制動力を付与する制動力制御手段と、
操舵速度を検出する操舵速度検出手段と、
前記操舵速度が高くなるにつれて前記制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくする制動力配分手段と、
を備えたことを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制動制御装置において、
前記制動力制御手段は、操舵角速度がゼロの時に、所定の制動力を制御対象輪の駆動輪に付与することでフィードフォワード制御することを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の車両の制動制御装置において、
自車の前方に存在する障害物との車間時間を検出する車間時間算出手段を備え、
前記制動力配分手段は、前記車間時間が短いほど前記制御対象前後輪に付与する制動力に対する制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくすることを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の車両の制動制御装置において、
現在の制動側の最大発生前後力と発生前後力との差分であるタイヤ摩擦円余裕代を前後輪でそれぞれ算出する摩擦円余裕代算出手段を備え、
前記制動力配分手段は、前記前後輪のタイヤ摩擦円余裕代に応じて前記制御対象前後輪の制動力配分を決定することを特徴とする車両の制動制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の車両の制動制御装置において、
駆動輪スリップ量を検出するスリップ量検出手段を備え、
前記制動力配分手段は、車両の旋回加速時、前記駆動輪スリップ量が大きいほど前記制御対象前後輪に付与する制動力に対する駆動輪に付与する制動力の割合を大きくすることを特徴とする車両の制動制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2012−35698(P2012−35698A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176473(P2010−176473)
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月5日(2010.8.5)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】
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