説明

車両制御装置

【課題】燃料カット期間を長くしてより一層の燃費向上を実現できる車両制御装置を提供する。
【解決手段】クランク軸(内燃機関の出力軸)と自動変速機構の入力軸との間で動力を伝達するトルクコンバータを備えた車両に適用され、クランク軸(回転部材)の回転速度NEを基準回転速度とした場合において、車両が惰性走行している時かつ基準回転速度が燃料カット閾値THより大きい時に燃料の噴射を停止させる燃料カット制御手段と、燃料カット制御手段により燃料噴射停止させている期間中、基準回転速度が低下するにしたがい変速段をシフトダウンさせて基準回転速度を一時的に上昇させるシフトダウン制御手段と、シフトダウンを指令してから一時的上昇が実際に開始されるまでの基準回転速度の最低値(予測下限回転速度NEL)が、燃料カット閾値THよりも高くなるよう、シフトダウンの指令タイミングを制御する指令タイミング制御手段と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機構及びトルクコンバータを備えた車両に適用された車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両運転者によるアクセルペダルの踏み込みがなく減速走行している時のように車両が惰性走行をしている時に、内燃機関の燃焼に供する燃料の噴射を停止させる燃料カット制御を行うことで燃費向上を図る旨が、特許文献1等にて開示されている。但し、燃料カット制御時にエンジンストールに至らないよう、エンジン回転速度がカット閾値以下になると燃料カット制御を中止して燃料噴射を再開させている。そのため、惰性走行時にエンジン回転速度が低下してカット閾値に達するまでの期間が、燃料カット制御により燃費を向上できる期間(燃料カット期間)である。
【0003】
したがって、この燃料カット期間を長くするほど燃費向上を促進できるものの、上記従来の制御では燃料カット期間を長くすることに限界がある。
【特許文献1】特開2003−322249号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、燃料カット期間を長くしてより一層の燃費向上を実現できる車両制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以下、上記課題を解決するための手段、及びその作用効果について記載する。
【0006】
請求項1記載の発明では、自動変速機構の入力軸と内燃機関の出力軸との間で流体を介して動力を伝達するトルクコンバータと、前記出力軸と前記入力軸とを直結させるロックアップ機構と、を備えた車両に適用され、前記出力軸から前記車両の車輪に動力を伝達する動力伝達機構の構成要素である回転部材の回転速度を基準回転速度とした場合において、前記車両が惰性走行している時かつ前記基準回転速度がカット閾値より大きい時に、前記内燃機関の燃焼に供する燃料の噴射を停止させる燃料カット制御手段と、前記燃料カット制御手段により燃料噴射停止させている期間中、前記ロックアップ機構を前記直結の状態にするロックアップ制御手段と、前記ロックアップ制御手段により直結状態にしている期間中、前記基準回転速度が低下するにしたがい前記変速段をシフトダウンさせて前記基準回転速度を一時的に上昇させるシフトダウン制御手段と、前記シフトダウンを指令してから前記一時的上昇が実際に開始されるまでの前記基準回転速度の最低値が前記カット閾値よりも高くなるよう、前記シフトダウンの指令タイミングを制御する指令タイミング制御手段と、を備えることを特徴とする。
【0007】
これによれば、燃料カット制御を行いながら惰性走行している時に、基準回転速度(例えばエンジン回転速度)が低下するにしたがい自動変速機構の変速段をシフトダウンさせるので、そのシフトダウンにより基準回転速度を一時的に上昇させることができる。よって、基準回転速度がカット閾値より大きい期間、つまり燃料カット制御により燃費を向上できる期間(燃料カット期間)を長くすることができ、ひいては燃費向上を促進できる。
【0008】
ところが、自動変速機構のシフトダウン作動には、自動変速機構の摩擦要素(ブレーキ及びクラッチ)のトルク分担を切り替えることに要する期間(トルクフェーズ期間)を要するため、シフトダウンを指令して直ぐには基準回転速度は上昇しない。したがって、上記シフトダウン制御を行うにあたり、シフトダウンの指令タイミングが遅いと、基準回転速度が上昇を開始する前にカット閾値以下となり、燃料カット制御を継続できなくなる場合のあることが分かった。
【0009】
この点を鑑み本発明では指令タイミング制御手段を備えている。すなわち、シフトダウンを指令してから基準回転速度の一時的上昇が実際に開始されるまでの基準回転速度の最低値が、カット閾値よりも高くなるよう、シフトダウンの指令タイミングを制御する。そのため、基準回転速度が上昇を開始する前にカット閾値以下となることを回避できるので、燃料カット制御を継続できなくなるといった状態を回避できる。よって、惰性走行時にシフトダウンさせることによる燃料カット期間長大化の効果を確実に発揮させることができる。
【0010】
請求項2記載の発明では、前記指令タイミング制御手段は、現時点で仮に前記シフトダウンを指令した場合の前記最低値を、都度の前記基準回転速度及び当該基準回転速度の所定時間あたりの低下量に基づき推定する最低値推定手段を有し、前記最低値推定手段により推定された前記最低値が前記カット閾値以下となったタイミングで前記シフトダウンを指令することを特徴とする。このように、基準回転速度及びその低下量に基づき前記最低値を推定すれば、その最低値がカット閾値よりも高くなるようシフトダウンの指令タイミングを制御することを、容易に実現できる。なお、上記請求項1記載の発明を実施するにあたり、上記請求項2記載の最低値推定手段を備えない場合には、例えば基準回転速度及びその低下量に基づき、最低値を推定することなくシフトダウン指令タイミングを直接算出するようにしてもよい。
【0011】
請求項3記載の発明では、前記最低値推定手段は、現時点で仮に前記シフトダウンを指令した場合における現時点から前記一時的上昇となるまでの変速応答時間を推定する変速応答時間推定手段を有し、推定した前記変速応答時間に前記低下量を乗じて応答期間低下量を算出し、現時点での基準回転速度から前記応答期間低下量を減算して前記最低値を算出することを特徴とする。このように、変速応答時間を推定すれば、推定した変速応答時間に前記低下量を乗じることで応答期間低下量を算出し、現時点での基準回転速度から応答期間低下量を減算することで前記最低値を算出することを、容易に実現できる。
【0012】
請求項4記載の発明では、前記変速応答時間推定手段は、前記自動変速機構に対する指示変速段、前記車両の走行速度、前記走行速度の減速度合い、及び前記出力軸の回転速度の少なくとも1つをパラメータとし、当該パラメータと前記変速応答時間との関係を特定するマップを用いて前記変速応答時間を推定することを特徴とする。このように、指示変速段、車両走行速度、走行速度減速度合い及び出力軸回転速度の少なくとも1つをパラメータとし、当該パラメータに基づき変速応答時間を推定すれば、変速応答時間を精度良く推定できる。
【0013】
ここで、シフトダウンを指令した直後に、車両運転者がブレーキ操作をする或いは登坂走行する場合等、指令直後に基準回転速度が急激に低下する場合が考えられ、この場合には、実際の変速応答時間が推定した時間よりも短くなることが懸念される。また、実際の最低値が推定した最低値よりも低くなることが懸念される。
【0014】
そこで、請求項5記載の如く、前記自動変速機構に対する指示変速段、前記車両の走行速度、前記走行速度の減速度合い、及び前記出力軸の回転速度の少なくとも1つに基づき算出した変速応答時間に、所定のマージン時間を加算して得た値を、前記変速応答時間の推定結果とすることで、上記懸念を解消することが望ましい。また、請求項6記載の如く、前記基準回転速度及び前記低下量に基づき算出した前記基準回転速度の最低値から、所定のマージン回転速度を減算して得た値を、前記最低値の推定結果とすることで、上記懸念を解消することが望ましい。
【0015】
請求項7記載の発明では、前記トルクコンバータに設けられ、前記出力軸と前記入力軸とを直結させるロックアップ機構を備えた車両に適用され、前記燃料カット制御手段により燃料噴射停止させている期間中、前記ロックアップ機構を前記直結の状態にするロックアップ制御手段を備えることを特徴とする。
【0016】
これによれば、燃料カット制御時にロックアップ機構を直結作動させることで、自動変速機構の側から内燃機関の出力軸までが直結状態となるので、惰性走行時の出力軸回転速度(エンジン回転速度)が車速の低下に伴ってゆっくり低下するようになる。よって、燃料カット期間を長くすることができるので、より一層の燃費向上を図ることができる。
【0017】
また、出力軸回転速度がゆっくり低下するようになるため、前記最低値の推定精度や変速応答時間の推定精度を向上できる。
【0018】
さらに、上記ロックアップ制御を実行しない場合には出力軸回転速度は短時間で早く低下することとなるが、その場合には、シフトダウン制御が高車速時に実行されることとなる。すると、惰性走行時にアクセルペダルを踏み込んで加速走行に切り替えた時に、過剰にシフトダウンされた状態で加速走行を開始するので、その開始時点での出力軸回転速度が過剰に高くなることが懸念される。これに対し、上記請求項7記載の発明によれば、上述の如く出力軸回転速度がゆっくり低下するようになるため、惰性走行から加速走行に切り替えた時点における過剰なシフトダウンを回避でき、上記懸念を解消できる。
【0019】
なお、上記請求項7記載の「直結」とは、出力軸と入力軸の回転速度を完全に一致させるよう結合することに限らず、ロックアップ機構の係合面をスリップさせながら結合することをも含む意味である。また、請求項7記載の「カット閾値」は、ハンチング防止のためのヒステリシス幅を有することが望ましい。すなわち、基準回転速度がカット閾値よりも高い速度である場合に低下する時と、基準回転速度がカット閾値よりも低い速度である場合に上昇する時とで、カット閾値を異なる値に設定することが望ましい。
【0020】
請求項8記載の発明では、前記基準回転速度とは、前記出力軸の回転速度、前記入力軸の回転速度、及び前記入力軸の目標回転速度のいずれかであることを特徴とする。
【0021】
請求項9記載の発明では、前記指令タイミング制御手段は、前記シフトダウンを指令した後、前記出力軸の回転速度が上昇から下降に転じるまでのシフトダウン期間中、次回のシフトダウン指令を禁止することを特徴とする。これによれば、シフトダウン期間中に次回のシフトダウンを指令してしまうことを回避できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に基づいて説明する。
【0023】
図1は、本実施形態にかかる車両を模式的に示した平面図であり、エンジン10(内燃機関)を駆動源として走行する車両である。また、車両には、複数の変速段を自動切換えする自動変速機構20が搭載されており、自動変速機構20の入力軸21には、トルクコンバータ30を介してエンジン10のクランク軸11(出力軸)の回転トルクが伝達される。自動変速機構20は、図示しない複数の摩擦要素(例えばクラッチ及びブレ―キ)を備えており、複数の摩擦要素の係合状態の組み合わせを切替制御することにより、変速歯車機構(図示せず)のギア比を制御して、変速段の自動切換えを実現させている。
【0024】
トルクコンバータ30は、ポンプインペラ31、タービンランナ32及びステータ33を備えて構成されている。ポンプインペラ31は、クランク軸11に連結されてクランク軸11と一体的に回転する。タービンランナ32は、自動変速機構20の入力軸21に連結されて入力軸21と一体的に回転する。ステータ33は、ポンプインペラ31とタービンランナ32の間に充填されているオイル(流体)を整流する。以上の構成により、エンジン10のクランク軸11の回転トルクは、ポンプインペラ31、オイル、及びタービンランナ32を介して自動変速機構20の入力軸21に伝達され、自動変速機構20にて変速された状態で自動変速機構20の出力軸22に伝達される。そして、出力軸22の回転トルクは、車輪40に連結されて車輪40と一体的に回転する車軸41に伝達される。
【0025】
なお、車両の走行状態によっては、トルクコンバータ30は、自動変速機構20の側からクランク軸11へ動力を伝達することとなる。この場合、車輪40の回転トルクは、車軸41、出力軸22、変速歯車機構、入力軸21、タービンランナ32、オイル、及びポンプインペラ31を介してクランク軸11に伝達されることとなる。
【0026】
また、トルクコンバータ30は、タービンランナ32とポンプインペラ31とを直結させるロックアップ機構34を備えている。ロックアップ機構34は、タービンランナ32側の部材と連結して一体的に回転する摩擦部材34aを有している。そして、図示しない油圧アクチュエータを作動させることで、ポンプインペラ31側の部材への摩擦部材34aの接触圧(ロックアップ制御圧)を制御する。なお、図1は、摩擦部材34aの非接触状態を示す。
【0027】
このロックアップ制御圧を最大にすれば、タービンランナ32とポンプインペラ31とは同一回転速度となるよう直結した状態となり、クランク軸11の回転トルクは、ポンプインペラ31からオイルを介さずタービンランナ32へ伝達されることとなる。また、摩擦部材34aの接触圧を中間圧で制御することにより、摩擦部材34aのスリップ量を制御することができる。つまり、タービンランナ32とポンプインペラ31とはスリップしながら直結した状態となり、ポンプインペラ31からタービンランナ32への動力伝達効率を制御できる。
【0028】
次に、エンジン10、自動変速機構20及びロックアップ機構34の作動を制御する回路について、図1を用いて説明する。
【0029】
図1に示す車両は、目標車軸トルク設定回路51及びパワトレマネージャ回路52を備えている。目標車軸トルク設定回路51には、アクセル開度センサにより検出された運転者によるアクセル操作量や、車速センサにより検出された車速等の各種信号が入力される。目標車軸トルク設定回路51は、アクセル操作量及び車速等の信号に基づき車軸41の目標トルクを算出する。算出された目標車軸トルクはパワトレマネージャ回路52に入力される。
【0030】
パワトレマネージャ回路52は、後述するエンジントルク制御回路53、ロックアップ制御回路54及び変速制御回路55と双方向通信となっており、目標車軸トルクが得られるようこれらの回路53〜55を統括制御する。具体的には、エンジン10のクランク軸11の目標トルク、ロックアップ機構34の目標作動状態(連結是非又はスリップ量)、自動変速機構20の出力軸22の目標トルクを、目標車軸トルクに基づき算出する。そして、クランク軸11の目標トルクをエンジントルク制御回路53へ、ロックアップ機構34の目標作動状態をロックアップ制御回路54へ、出力軸22の目標トルクを変速制御回路55へ出力する。
【0031】
エンジントルク制御回路53は、パワトレマネージャ回路52から入力されたクランク軸11の目標トルクが得られるようエンジン10の運転状態を制御する。具体的には、スロットルバルブの開度、点火時期、燃料噴射量及び噴射時期等の目標値を算出し、その目標値となるよう、スロットルバルブ駆動用モータやインジェクタ等の各種アクチュエータへ指令信号を出力する。
【0032】
ロックアップ制御回路54は、パワトレマネージャ回路52から入力された目標作動状態となるよう、ロックアップ機構34の作動を制御する。ロックアップ機構34の摩擦部材34aが油圧駆動される場合において、その油圧を制御する制御バルブへ、摩擦部材34aの接触圧(ロックアップ制御圧)が目標値となるよう指令信号を出力する。
【0033】
変速制御回路55は、パワトレマネージャ回路52から入力された出力軸22の目標トルクが得られるよう自動変速機構20の作動を制御する。具体的には、前記目標トルクに基づき目標変速段を算出し、その目標変速段となるよう、複数の摩擦要素(ブレーキ及びクラッチ)の係合状態の組み合わせを制御する。また、係合状態を切り替えるにあたり、その切替タイミング及び係合圧(クラッチ制御圧)を制御する。
【0034】
次に、エンジントルク制御回路53(燃料カット制御手段)による燃料カット制御について説明する。エンジントルク制御回路53は、車両運転者によるアクセルペダルの踏み込みがなく減速走行していると判定した場合には、車両が惰性走行をしているとみなしてインジェクタからの燃料噴射を停止させる燃料カット制御を行い、燃費向上を図っている。但し、燃料カット制御時にエンジンストールに至らないよう、クランク軸11の回転速度(エンジン回転速度)が燃料カット閾値以下になると燃料カット制御を中止して燃料噴射を再開させる。つまり、惰性減速走行時にエンジン回転速度が低下して燃料カット閾値に達するまでの期間が、燃料カット制御により燃費を向上できる期間(燃料カット期間)となる。
【0035】
次に、ロックアップ制御回路54(ロックアップ制御手段)によるロックアップ制御について説明する。例えば車両発進時等を除く所定の走行領域においてロックアップ機構34を直結作動させることで、オイルを介して動力伝達する場合に比べてトルクコンバータ30での動力伝達効率を向上させ、ひいては燃費向上を図っている。
【0036】
ここで、惰性走行している状況下では、車輪40の回転トルクが自動変速機構20の側からトルクコンバータ30を介してクランク軸11へ伝達される状態となる。このように惰性走行している状況下で上記燃料カット制御をしている時にも、ロックアップ機構34を直結作動させている。これによれば、自動変速機構20の側からクランク軸11へ伝達される回転トルクが増大されるので、惰性走行から走行停止に至るまでのエンジン回転速度の低下が抑制され、車速の低下に伴ってエンジン回転速度はゆっくり低下することとなる。これによれば、燃料カット期間を長くすることができるので、より一層の燃費向上を図ることができる。
【0037】
次に、変速制御回路55(シフトダウン制御手段、指令タイミング制御手段)による燃料カット制御時のシフトダウン制御について、図2を用いて説明する。すなわち、燃料カット制御を行いながら惰性走行している時に、エンジン回転速度NEが低下するにしたがい自動変速機構20の変速段をシフトダウンさせる。図2の例では4速から3速、2速へと順にシフトダウンさせている。これによれば、シフトダウンを実行した時にエンジン回転速度NEが一時的に上昇する。図2の例では、4速から3速へとシフトダウンしたことに伴い、符号t11に示す時点からエンジン回転速度NEが上昇を開始している。よって、エンジン回転速度NEが燃料カット閾値THより大きい期間(燃料カット期間)を長くすることができ、ひいては燃費向上を促進できる。
【0038】
ここで、自動変速機構20のシフトダウン作動には、摩擦要素(ブレーキ及びクラッチ)のトルク分担を切り替えることに要する期間(トルクフェーズ期間)を要するため、変速制御回路55が自動変速機構20へシフトダウンを指令する信号を出力して直ぐにはエンジン回転速度は上昇しない。図2の例では、t10時点でシフトダウンを指令しているが、その後エンジン回転速度NEが上昇を開始するのはt11時点であり、符号T1に示す時間(変速応答時間)だけ応答遅れが生じる。したがって、上記シフトダウン制御を行うにあたり、シフトダウンの指令タイミングが遅いと、エンジン回転速度NEが上昇を開始する前に燃料カット閾値TH以下となり、燃料カット制御を継続できなくなることが懸念される。
【0039】
この懸念に対し本実施形態では、燃料カット制御を行いながら惰性走行している時に、以下に説明する予測下限回転速度NELを算出している。予測下限回転速度NELとは、現時点で仮にシフトダウンを指令した場合に、その指令後にエンジン回転速度NEが一時的上昇を開始するまでのエンジン回転速度NEの最低値である。換言すれば、エンジン回転速度NEが一時的上昇を開始する時点でのエンジン回転速度を予測する。そして、予測下限回転速度NELが燃料カット閾値TH以下となったタイミングでシフトダウンを指令する。
【0040】
図3に示す各回路551〜558は、図1の変速制御回路55に備えられ、シフトダウン制御を実行するための回路である。先ず、回路551は、図示しないクランク角センサの検出値に基づき、エンジン回転速度NE(基準回転速度)を算出する。回路552は、算出したエンジン回転速度NEのうち現時点での回転速度と所定時間前の回転速度との差分を算出し、その差分をエンジン回転速度の変化量ΔNEとする。回路553は、現時点で自動変速機構20へ指示している変速段のギヤ比を算出する。回路554は、現時点でのエンジン回転速度NE及びギヤ比等に基づき変速応答時間T1を算出する。回路555は、現時点でのエンジン回転速度NE及びギヤ比等に基づき、以下に説明するマージン回転速度及びマージン時間を算出する。
【0041】
ここで、シフトダウンを指令した直後に、車両運転者がブレーキ操作をする或いは登坂走行する場合等、指令直後にエンジン回転速度NEが急激に低下する場合が考えられ、この場合には、実際の変速応答時間が推定した変速応答時間T1よりも短くなることが懸念される。また、エンジン回転速度NEの実際の最低値が、推定した最低値(予測下限回転速度NEL)よりも低くなることが懸念される。そこで、これらの変速応答時間T1及び予測下限回転速度NELに余裕を持たせてあり、その余裕分が、前記マージン回転速度及びマージン時間である。
【0042】
回路556は、変化量ΔNE、変速応答時間T1、マージン回転速度及びマージン時間に基づき、予測下限回転速度NELを算出する。具体的には、予測下限回転速度NELを以下の式(1)にしたがって算出する。
【0043】
NEL=ΔNE×(T1+マージン時間)+(NE−マージン回転速度)…式(1)
また、回路557は、燃料カット閾値THをパワトレマネージャ回路52から取得する。回路558は、回路557で取得した燃料カット閾値THと、回路556で算出した予測下限回転速度NELとに基づき、NEL≦THとなった時点で自動変速機構20へシフトダウン指令を出力する。図2の例では、t10時点及びt20時点でNEL=THとなっており、これらの時点でシフトダウン指令を出力している。
【0044】
上記式(1)による算出は、所定周期(例えば変速制御回路55が有するマイコンの演算周期、又は所定のクランク角度毎)で繰り返し実行されており、図2の例では、t0時点における予測下限回転速度NELはNEL0であり、実線NELはこのように算出された予測下限回転速度NELの変化を示している。なお、シフトダウンを指令した直後にも回路556での算出をそのまま継続させると、図2中の点線に示す如くNEL<THの状態が継続されることとなるため、回路558が再度連続してシフトダウンを指令することが懸念される。そこで、シフトダウン指令後にはNEL≧THとなるt12時点まで、図2の実線NELに示す如く回路556で算出した予測下限回転速度NELの値を保持させることが望ましい。
【0045】
図4は、変速制御回路55が有するマイクロコンピュータによる上記シフトダウン制御の処理手順を示すフローチャートであり、当該処理は、所定周期(例えば先述のCPUが行う演算周期又は所定のクランク角度毎)で繰り返し実行される。
【0046】
先ず、ステップS10において、クランク角センサの検出値に基づき、エンジン回転速度NEを算出する。或いは、パワトレマネージャ回路52で算出されたエンジン回転速度NEを取り込む。取得したエンジン回転速度NEの値は、その変動が抑制されるようなまし処理を施すことが望ましい。なお、本実施形態では、現時点でのエンジン回転速度NE及びその変化量ΔNEに基づき予測下限回転速度NELを算出している。つまり、エンジン回転速度NEが「基準回転速度」に相当するが、エンジン回転速度NEに替えて、タービンランナ32の回転速度(タービン回転速度)、車軸41の回転速度(車軸回転速度)、これらの回転速度の目標値、及び車速のいずれかを基準回転速度として予測下限回転速度NELを算出するようにしてもよい。ちなみに、タービン回転速度の目標値は図2中の一点鎖線に示すように変化することとなる。
【0047】
続くステップS20では、ステップS10で算出したエンジン回転速度NEのうち現時点での回転速度と所定時間前の回転速度との差分を算出し、その差分をエンジン回転速度の変化量ΔNEとして算出する。続くステップS30(変速応答時間推定手段)では、現時点でのエンジン回転速度NE、及び現時点で自動変速機構20へ指示している変速段のギヤ比に基づき変速応答時間T1を算出する。
【0048】
より詳細には、図5に示すマップM1を用いて、現在指示されている変速段、車速、車両減速度(つまり車速の微分値、又はエンジン回転速度の微分値)に基づき算出することが具体例として挙げられる。つまり、主には、変速段、車速及び車両減速度をパラメータとして変速応答時間T1は変化するため、これらのパラメータと変速応答時間T1との関係を予め試験により取得してマップM1として記憶させている。ちなみに、ステップS30及び後述するステップS40で用いる車速は、エンジン回転速度NE及び指示変速段に基づき算出して取得するようにしてもよいし、車速センサを設けてその検出値に基づき算出して取得するようにしてもよい。
【0049】
続くステップS40では、現時点でのエンジン回転速度NE及びギヤ比に基づき、先述したマージン回転速度及びマージン時間を算出する。より詳細には、図6に示すマップM2,M3を用いて、現在指示されている変速段、車速、車両減速度に基づき算出することが具体例として挙げられる。つまり、主には、変速段、車速及び車両減速度をパラメータとしてマージン回転速度及びマージン時間は変化するため、これらのパラメータとマージン回転速度及びマージン時間との関係を予め試験により取得してマップM2,M3として記憶させている。
【0050】
続くステップS50(最低値推定手段)では、先述した式(1)を用いて、エンジン回転速度NE、変化量ΔNE、変速応答時間T1、マージン回転速度及びマージン時間に基づき予測下限回転速度NELを算出する。ここで、燃料カット閾値THはエンジン運転状態等に応じてパワトレマネージャ回路52により逐次算出、更新されている。そこで、続くステップS60では、このように逐次算出されている燃料カット閾値THをパワトレマネージャ回路52から取り込む。
【0051】
続くステップS70では、ステップS50で算出した予測下限回転速度NELが燃料カット閾値TH以下となっているか否かを判定する。NEL≦THであると判定されれば(S70:YES)続くステップS80にて、シフトダウン変速させる旨の指令信号を自動変速機構20へ出力する。一方、NEL≦THでないと判定されれば(S70:NO)、続くステップS90にて現在の変速段を保持するよう自動変速機構20の作動を制御する。
【0052】
以上詳述した本実施形態によれば、以下の効果が得られるようになる。
【0053】
(1)燃料カット制御を行いながら惰性走行している時に、エンジン回転速度NEの低下に伴いシフトダウンさせるので、そのシフトダウンによりエンジン回転速度NEを一時的に上昇させることができる。よって、エンジン回転速度NEが燃料カット閾値THより大きい期間、つまり燃料カット制御により燃費を向上できる期間(燃料カット期間)を長くすることができ、ひいては燃費向上を促進できる。
【0054】
(2)シフトダウンを指令してからエンジン回転速度NEの一時的上昇が実際に開始されるまでのエンジン回転速度NEの最低値(予測下限回転速度NEL)を逐次算出し、算出した予測下限回転速度NELが燃料カット閾値THよりも高くなった時点t10,t20でシフトダウンを指令する。そのため、エンジン回転速度NEが上昇を開始する前に燃料カット閾値TH以下となることを回避できるので、燃料カット制御を継続できなくなるといった状態を回避できる。よって、惰性走行時にシフトダウンさせることによる燃料カット期間長大化の効果を確実に発揮させることができる。
【0055】
(3)ステップS50で予測下限回転速度NELを算出するにあたり、現時点で仮にシフトダウンを指令した場合における現時点から一時的上昇となるまでの変速応答時間T1を算出し(S30)、その算出した変速応答時間T1を用いて予測下限回転速度NELを算出するので、予測下限回転速度NELを精度良く算出することを容易に実現できる。
【0056】
(4)また、ステップS30で変速応答時間T1を算出するにあたり、変速段、車速及び車両減速度をパラメータとして変速応答時間T1は変化することに着目し、これらのパラメータと変速応答時間T1との関係を予め試験により取得してマップM1として記憶させ、そのマップM1を用いて変速応答時間T1を算出しているので、変速応答時間T1を精度良く算出することを容易に実現できる。
【0057】
(5)燃料カット制御を行いながら惰性走行している時に、ロックアップ機構34を直結状態(又はスリップ状態)にするので、惰性走行時のエンジン回転速度NEが車速の低下に伴ってゆっくり低下するようになる。よって、燃料カット期間を長くすることができるので、より一層の燃費向上を図ることができる。
【0058】
(6)このようなロックアップ機構34の直結作動によりエンジン回転速度NEをゆっくり低下させることができるので、急激に低下する場合に比べて予測下限回転速度NELの推定精度や変速応答時間T1の推定精度を向上できる。
【0059】
(7)ここで、本実施形態に反して惰性走行時にロックアップ制御を実行しない場合には、エンジン回転速度NEは短時間で急激に低下することとなるが、その場合には、エンジン回転速度NEの低下に伴いシフトダウンさせるにあたり、そのシフトダウンのタイミングが早くなる。つまり、高車速領域でシフトダウン制御が実行されることとなる。すると、惰性走行時にアクセルペダルを踏み込んで加速走行に切り替えた時に、過剰にシフトダウンされた状態で加速走行を開始するので、その開始時点でのエンジン回転速度NEが過剰に高くなることが懸念される。これに対し本実施形態では、先述の如く惰性走行時にロックアップ制御を実行することでエンジン回転速度NEがゆっくり低下するようになるため、惰性走行から加速走行に切り替えた時点における過剰なシフトダウンを回避でき、上記懸念を解消できる。
【0060】
(他の実施形態)
本発明は上記実施形態の記載内容に限定されず、各実施形態の特徴的構成をそれぞれ任意に組み合わせるようにしてもよい。また、上記各実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
【0061】
・図4に示す上記実施形態では、ステップS50での予測下限回転速度NELの算出に用いる変速応答時間T1を、変速段、車速及び車両減速度等のパラメータに基づき算出(S30)しているが、予め設定した値に変速応答時間T1を固定して、その固定値を用いて予測下限回転速度NELを算出するようにしてもよい。
【0062】
・図4に示す上記実施形態では、エンジン回転速度NEを「基準回転速度」として採用しており、エンジン回転速度NE及びその変化量ΔNEに基づき予測下限回転速度NELを算出している。これに対し、クランク軸11から車軸41に至るまでの動力伝達経路を構成する各種回転部材の回転速度や、当該回転速度の目標値を基準回転速度として採用してもよい。前記回転部材の具体例としては、クランク軸11の他に、タービンランナ32、自動変速機構20の入力軸21、自動変速機構20が有する各種変速歯車機構、自動変速機構20の出力軸22、車軸41等が挙げられる。この場合、このような回転部材の回転速度又はその目標値と、その変化量とに基づき予測下限回転速度NELを算出することとなる。ちなみに、タービン回転速度の目標値は図2中の一点鎖線に示すように変化することとなる。
【0063】
・上記実施形態では、惰性走行時にロックアップ制御を実行することで、惰性走行時のエンジン回転速度NEをゆっくり低下させることを図っているが、本発明の実施にあたり、惰性走行時にロックアップ制御を実行することなくシフトダウン制御を実行するようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の一実施形態にかかる車両制御装置と、制御対象となる車両とを模式的に示した平面図。
【図2】図1の車両制御装置による燃料カット制御時のシフトダウン制御を説明するタイムチャート。
【図3】図2のシフトダウン制御を実行する各種回路を示すブロック図。
【図4】図2のシフトダウン制御の処理手順を示すフローチャート。
【図5】図4の処理にて変速応答時間の算出に用いるマップ。
【図6】図4の処理にてマージン時間及びマージン回転速度の算出に用いるマップ。
【符号の説明】
【0065】
10…エンジン(内燃機関)、11…クランク軸(内燃機関の出力軸、動力伝達機構の構成要素である回転部材)、20…自動変速機構、21…自動変速機構の入力軸、30…トルクコンバータ、34…ロックアップ機構、53…エンジントルク制御回路(燃料カット制御手段)、54…ロックアップ制御回路(ロックアップ制御手段)、55…変速制御回路(シフトダウン制御手段、指令タイミング制御手段)、S30…変速応答時間推定手段、S50…最低値推定手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の変速段を自動切り換えする自動変速機構と、内燃機関の出力軸と前記自動変速機構の入力軸との間で流体を介して動力を伝達するトルクコンバータと、を備えた車両に適用され、
前記出力軸から前記車両の車輪に動力を伝達する動力伝達機構の構成要素である回転部材の回転速度を基準回転速度とした場合において、前記車両が惰性走行している時かつ前記基準回転速度がカット閾値より大きい時に、前記内燃機関の燃焼に供する燃料の噴射を停止させる燃料カット制御手段と、
前記燃料カット制御手段により燃料噴射停止させている期間中、前記基準回転速度が低下するにしたがい前記変速段をシフトダウンさせて前記基準回転速度を一時的に上昇させるシフトダウン制御手段と、
前記シフトダウンを指令してから前記一時的上昇が実際に開始されるまでの前記基準回転速度の最低値が、前記カット閾値よりも高くなるよう、前記シフトダウンの指令タイミングを制御する指令タイミング制御手段と、
を備えることを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記指令タイミング制御手段は、
現時点で仮に前記シフトダウンを指令した場合の前記最低値を、都度の前記基準回転速度及び当該基準回転速度の所定時間あたりの低下量に基づき推定する最低値推定手段を有し、
前記最低値推定手段により推定された前記最低値が前記カット閾値以下となったタイミングで前記シフトダウンを指令することを特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記最低値推定手段は、
現時点で仮に前記シフトダウンを指令した場合における現時点から前記一時的上昇となるまでの変速応答時間を推定する変速応答時間推定手段を有し、
推定した前記変速応答時間に前記低下量を乗じて応答期間低下量を算出し、現時点での基準回転速度から前記応答期間低下量を減算して前記最低値を算出することを特徴とする請求項2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記変速応答時間推定手段は、前記自動変速機構に対する指示変速段、前記車両の走行速度、前記走行速度の減速度合い、及び前記出力軸の回転速度の少なくとも1つをパラメータとし、当該パラメータと前記変速応答時間との関係を特定するマップを用いて前記変速応答時間を推定することを特徴とする請求項3に記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記変速応答時間推定手段は、前記自動変速機構に対する指示変速段、前記車両の走行速度、前記走行速度の減速度合い、及び前記出力軸の回転速度の少なくとも1つに基づき算出した変速応答時間に、所定のマージン時間を加算して得た値を、前記変速応答時間の推定結果とすることを特徴とする請求項3又は4に記載の車両制御装置。
【請求項6】
前記最低値推定手段は、前記基準回転速度及び前記低下量に基づき算出した前記基準回転速度の最低値から、所定のマージン回転速度を減算して得た値を、前記最低値の推定結果とすることを特徴とする請求項2〜5のいずれか1つに記載の車両制御装置。
【請求項7】
前記トルクコンバータに設けられ、前記出力軸と前記入力軸とを直結させるロックアップ機構を備えた車両に適用され、
前記燃料カット制御手段により燃料噴射停止させている期間中、前記ロックアップ機構を前記直結の状態にするロックアップ制御手段を備えることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つに記載の車両制御装置。
【請求項8】
前記基準回転速度とは、前記出力軸の回転速度、前記入力軸の回転速度、及び前記入力軸の目標回転速度のいずれかであることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つに記載の車両制御装置。
【請求項9】
前記指令タイミング制御手段は、前記シフトダウンを指令した後、前記出力軸の回転速度が上昇から下降に転じるまでのシフトダウン期間中、次回のシフトダウン指令を禁止することを特徴とする請求項1〜8のいずれか1つに記載の車両制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−71297(P2010−71297A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−235864(P2008−235864)
【出願日】平成20年9月16日(2008.9.16)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】