説明

車両運動制御システム

【課題】車両安定性の低下を簡易に予測できる車両運動制御システムを提供すること。
【解決手段】この車両運動制御システム1は、車輪速度、車体速度、前後加速度および横加速度、実ヨーレート、操舵角、アクセル開度、ブレーキ踏力など車両状態量に基づいて、耐ロールオーバー制御、US/OS抑制制御などの車両運動制御を行う制御装置5を備えている。また、制御装置5は、現在の車両状態量と、車両状態量の履歴および車両運動制御の実施履歴を含む過去の制御履歴とに基づいて、将来的な車両安定性の低下を予測する安定性低下予測部53を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、車両運動制御システムに関し、さらに詳しくは、車両安定性の低下を簡易に予測できる車両運動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な車両運動制御システムは、現在の車両状態量から将来的な車両安定性(車両の運動あるいは挙動に関する安定性)の低下を予測し、この予測結果を用いて車両運動制御を実施する場合がある。かかる構成を採用する従来の車両運動制御システムとして、特許文献1に記載される技術が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−223494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の車両運動制御システムは、ニューラルネットワークを用いて将来的な車両安定性の低下を予測するため、その予測にかかる演算が複雑であり、処理が重いあるいは高価な演算装置が必要であるという課題がある。
【0005】
そこで、この発明は、上記に鑑みてなされたものであって、車両安定性の低下を簡易に予測できる車両運動制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、この発明にかかる車両運動制御システムは、車両状態量に基づいて車両運動制御を行う制御装置を備え、且つ、前記制御装置は、現在の車両状態量と、車両状態量の履歴および車両運動制御の実施履歴を含む過去の制御履歴とに基づいて、将来的な車両安定性の低下を予測する安定性低下予測部を有することを特徴とする。
【0007】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前記制御装置は、将来的な車両安定性の低下が予測されるときに、車両運動制御にかかる設定値の変更を行う設定値変更部を有することが好ましい。
【0008】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前記制御装置は、将来的な車両安定性の低下が予測されるときに、車両運動制御にかかる予備的な制御を行う予備制御部を有することが好ましい。
【0009】
また、この発明にかかる車両運動制御システムは、前記制御装置は、車両状態量と車両運動制御の実施の有無とを関連付けた所定の制御履歴を生成する制御履歴生成部を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
この発明にかかる車両運動制御システムでは、過去の制御履歴を用いて将来的な車両安定性の低下を予測するので、例えば、ニューラルネットワークを用いて将来的な車両安定性の低下を予測する構成と比較して、複雑な演算を行うことなく簡易に車両安定性を予測できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、この発明の実施の形態にかかる車両運動制御システムを示す構成図である。
【図2】図2は、図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【図3】図3は、図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、この発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。また、この実施の形態の構成要素には、発明の同一性を維持しつつ置換可能かつ置換自明なものが含まれる。また、この実施の形態に記載された複数の変形例は、当業者自明の範囲内にて任意に組み合わせが可能である。
【0013】
[車両運動制御システム]
図1は、この発明の実施例にかかる車両運動制御システムを示す構成図である。同図は、車両運動制御システムを乗用車に適用した構成について模式的に示している。
【0014】
この車両運動制御システム1は、車両10の運動あるいは挙動の制御(以下、車両運動制御という。)を行うことにより、車両10のロールオーバーやOS/US(オーバーステア/アンダーステア)傾向を抑制する。なお、この実施例では、車両10がFR(Front engine Rear drive)形式を採用しており、車両10の左側後輪11RLおよび右側後輪11RRが車両10の駆動輪であり、左側前輪11FLおよび右側前輪11FRが車両10の操舵輪となっている。
【0015】
車両運動制御システム1は、駆動力配分制御装置2と、制動力制御装置3と、センサユニット4と、制御装置5とを備える(図1参照)。
【0016】
駆動力配分制御装置2は、駆動力を左右の駆動輪11RR、11RLに対して配分する装置であり、例えば、制御ディファレンシャル21により構成される。この駆動力配分制御装置2では、エンジン12が駆動力を発生すると、この駆動力が変速機13、プロペラシャフト14およびビスカスカップリング15を介して制御ディファレンシャル21に伝達される。そして、この駆動力が制御ディファレンシャル21にて左右のドライブシャフト22RR、22RLに配分されて駆動輪11RR、11RLに伝達される。このとき、各駆動輪11RR、11RLに対する駆動力の配分比が制御される(駆動力配分制御)。
【0017】
制動力制御装置3は、各車輪11FR〜11RLに対する制動力を制御する装置であり、油圧回路31と、ホイールシリンダ32FR〜32RLと、ブレーキペダル33と、マスタシリンダ34とを有する。油圧回路31は、リザーバ、オイルポンプ、種々のバルブ等により構成される(図示省略)。この制動力制御装置3は、以下のように、車輪11FR〜11RLに制動力を付与する。すなわち、(1)通常運転時には、運転者によりブレーキペダル33が踏み込まれると、その踏み込み量がマスタシリンダ34を介して油圧回路31に伝達される。そして、油圧回路31が各ホイールシリンダ32FR〜32RLの油圧を調整することにより、各ホイールシリンダ32FR〜32RLが駆動されて車輪11FR〜11RLに制動力を付与する。一方、(2)車両運動制御時には、車両の運動状態に基づいて各車輪11FR〜11RLに対する目標制動力が算出され、この目標制動力に基づき油圧回路31が駆動されて、各ホイールシリンダ32FR〜32RLの制動力が制御される(制動力制御)。
【0018】
センサユニット4は、車両状態量を検出するユニットである。このセンサユニット4は、例えば、各車輪11FR〜11RLの車輪速度Vw_FR〜Vw_RLを検出する車輪速度センサ41FR〜41RLと、車体速度Vvを検出する車速センサ42と、車両10の前後加速度Gxを検出する前後加速度センサ43と、車両10の横加速度Gyを検出する横加速度センサ44と、車両10の実ヨーレートYrを検出するヨーレートセンサ45と、車両10の操舵角δを検出する操舵角センサ(あるいはハンドル角センサ)46と、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ47と、ブレーキペダルに対する踏力を検出するブレーキ踏力センサ48とを有する。
【0019】
制御装置5は、各種の制御を行う装置であり、例えば、ECU(Electrical Control Unit)、各種のプログラムおよびメモリなどから構成される。この制御装置5は、車両運動制御システム1の動作を統括的に制御する主制御部51と、後述する車両運動制御に関する履歴(制御履歴)を生成する制御履歴生成部52と、将来的な車両安定性の低下を予測する安定性低下予測部53と、車両運動制御に関する設定値の変更を行う設定値変更部54と、車両運動制御に関する予備的な制御を行う予備制御部55と、各種の車両運動制御を行う車両運動制御部56と、各種のプログラムやデータ(例えば、上記の制御履歴、後述する閾値k1〜k3、車両運動制御にかかる設定値や制御マップなど)を記憶する記憶部57とを有する。この制御装置5では、主制御部51が、センサユニット4の出力信号と、記憶部57から読み込んだ各種のプログラムやデータとに基づいて、エンジン12、駆動力配分制御装置2および制動力制御装置3を駆動制御する。これにより、総駆動力制御、駆動力配分制御、制動力制御などが行われて、車両運動制御が実現される。
【0020】
この車両運動制御システム1は、車両運動制御として、例えば、耐ロールオーバー制御、US/OS(オーバーステア/アンダーステア)抑制制御、ABS(Antilock Brake System)制御、ブレーキアシスト制御、TRC(Traction Control)、VSC(Vehicle Stability Control)などを実現できる。
【0021】
[車両運動制御]
図2および図3は、図1に記載した車両運動制御システムの作用を示すフローチャートである。これらの図において、図2は、車両運動制御の全体のフローチャートを示し、図3は、車両運動制御における車両安定性低下予測の具体例を示している。
【0022】
この車両運動制御システム1では、現在の車両状態量から将来的な車両安定性(車両の運動あるいは挙動に関する安定性)の低下を予測し、この予測結果を用いて車両運動制御を実施する。以下、この車両運動制御について説明する(図2参照)。
【0023】
ステップST1では、現在の車両状態量が取得される。車両状態量には、例えば、各車輪11FR〜11RLの車輪速度Vw_FR〜Vw_RL、車体速度Vv、車両10の前後加速度Gxおよび横加速度Gy、実ヨーレートYr、操舵角δ、アクセル開度、ブレーキ踏力などが含まれる。例えば、この実施の形態では、車両走行中にて、センサユニット4が各種の車両状態量を検出しており、制御装置5が、これらの車両状態量をセンサユニット4の出力信号として取得している。なお、制御装置5は、これらの車両状態量をセンサユニット4の出力信号に基づいて推定しても良い。このステップST1の後に、ステップST2に進む。
【0024】
ステップST2では、過去の車両運動制御に関する履歴(制御履歴)が取得される。この制御履歴は、少なくとも車両状態量の履歴と、車両運動制御の実施履歴とを含んで構成される。例えば、この実施の形態では、制御装置5が、後述する車両運動制御(ステップST7)の実施の有無(作動実績)と、そのときの車両状態量とを関連付けた情報を、制御履歴として記憶部57に記憶している。このステップST2の後に、ステップST3に進む。
【0025】
ステップST3では、将来的に車両安定性が低下する可能性があるか否かの判定が行われる(車両安定性低下予測)。この判定は、ステップST1にて取得された現在の車両状態量と、ステップST2にて取得された過去の制御履歴とに基づいて行われる。例えば、(1)所定期間内に車両運動制御が実施されたこと、および、(2)現在の車両状態量が所定の条件を満たすことの少なくとも一方の条件が成立する場合に、肯定判定が行われる。または、(1)および(2)の双方の条件が成立する場合に、肯定判定が行われても良い。このステップST3にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST4に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST6に進む。
【0026】
なお、この実施の形態では、車両安定性低下予測(ステップST3)が以下のように行われている(図3参照)。
【0027】
ステップST31では、所定期間内に車両運動制御(ステップST7)が実施されたか否かが判定される。この所定期間としては、例えば、30分前の時刻から現在までの期間が選択される。このステップST31にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST4に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST32に進む。すなわち、過去30分以内に車両運動制御(ステップST7)が実施された場合には、直ちに肯定判定が行われる。
【0028】
ステップST32では、現在の車速Vが所定の閾値k1以上(V≧k1)であるか否かが判定される。この閾値k1は、例えば、30[km/h]に設定される。このステップST32にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST33に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST6に進む。
【0029】
ステップST33では、現在の操舵角δが所定の閾値k2以上(δ≧k2)であるか否かが判定される。この閾値k2は、例えば、300[deg/s]に設定される。このステップST33にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST4に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST34に進む。
【0030】
ステップST34では、現在の横加速度Gyが所定の閾値k3以上(Gy≧k3)であるか否かが判定される。この閾値k3は、例えば、5.0[m/s]に設定される。なお、横加速度Gyに代えて、ヨーレートβを用いた判定が行われても良い。このステップST34にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST4に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST6に進む。
【0031】
なお、この車両安定性低下予測ステップST3では、制御装置5が、上記の閾値k1〜k3を制御履歴に基づいて変更しても良い。
【0032】
ステップST4では、車両運動制御にかかる設定値の変更が行われる。例えば、制御装置5が制御開始条件にかかる閾値を下げる変更などを行うことにより、車両運動制御の前出し(早期開始)が可能となる。また、例えば、制御装置5が車両運動制御の制御量を変更(例えば、目標減速度の増加、目標モーメントの増加など)することにより、車両運動制御の実効性を高め得る。これにより、将来的に車両安定性が低下する可能性があるときに(ステップST3の肯定判定)、車両運動制御を車両の走行状況に応じて適正に実施できる。このステップST4の後に、ステップST5に進む。
【0033】
ステップST5では、車両運動制御にかかる予備的な制御が行われる。例えば、プリチャージ制御を行うことにより、車両運動制御の前出しが可能となる。これにより、車両運動制御の遅れを抑制できる。このステップST5の後に、ステップST6に進む。
【0034】
ステップST6では、車両運動制御の開始条件が成立したか否かの判定が行われる。この開始条件は、車両運動制御の内容に応じて適宜設定される。なお、この実施の形態では、制御装置5が、センサユニット4からの出力信号と、記憶部57から読み込んだ制御開始条件にかかる閾値とに基づいて、判定を行っている。このステップST6にて、肯定判定が行われた場合には、ステップST7に進み、否定判定が行われた場合には、ステップST8に進む。
【0035】
ステップST7では、車両運動制御が開始される。このとき、車両状態量から車両安定性の低下が予測される場合(ステップST3の肯定判定)には、車両運動制御にかかる設定値の変更(ステップST4)および予備的な制御(ステップST5)が予め行われているので、車両運動制御が適正に実施される。これにより、車両運動の安定化が実現される。このステップST7の後に、ステップST8に進む。
【0036】
ステップST8では、制御履歴が更新される。例えば、この実施の形態では、制御装置5が、ステップST1にて取得した現在の車両状態量と、ステップST7における車両運動制御の実施の有無(作動実績)とを関連付けた更新情報を生成し、この更新情報を用いて制御履歴を更新して記憶部57に記憶している。このステップST8の後に、処理が終了される。
【0037】
[効果]
以上説明したように、この車両運動制御システム1は、車両状態量に基づいて車両運動制御(ステップST7)を行う制御装置5を備える(図1および図2参照)。また、制御装置5は、現在の車両状態量と、車両状態量の履歴および車両運動制御の実施履歴を含む過去の制御履歴とに基づいて、将来的な車両安定性の低下を予測(ステップST3)する安定性低下予測部53を有する。
【0038】
かかる構成では、過去の制御履歴を用いて将来的な車両安定性の低下を予測するので、例えば、ニューラルネットワークを用いて将来的な車両安定性の低下を予測する構成と比較して、複雑な演算を行うことなく簡易に車両安定性を予測できる利点がある。
【0039】
また、この車両運動制御システム1では、制御装置5は、将来的な車両安定性の低下が予測されるときに(ステップST3の肯定判定)、車両運動制御にかかる設定値の変更(ステップST4)を行う設定値変更部54を有する(図1および図2参照)。これにより、車両運動制御の前出しが可能となり、また、車両運動制御の実効性を高め得る利点がある。
【0040】
また、この車両運動制御システム1では、制御装置5は、将来的な車両安定性の低下が予測されるときに(ステップST3の肯定判定)、車両運動制御にかかる予備的な制御(ステップST5)を行う予備制御部55を有する(図1および図2参照)。これにより、車両運動制御の前出しが可能となる利点がある。
【0041】
また、この車両運動制御システム1では、制御装置5は、車両状態量と車両運動制御の実施の有無とを関連付けた所定の制御履歴を生成(ステップST8)する制御履歴生成部52を有する。かかる構成では、新たに制御履歴を生成して記憶することにより、過去の制御履歴を更新できる。これにより、将来的な車両安定性の低下の予測精度を向上できる利点がある。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上のように、この発明にかかる車両運動制御システムは、車両安定性の低下を簡易に予測できる点で有用である。
【符号の説明】
【0043】
1 車両運動制御システム、2 駆動力配分制御装置、21 制御ディファレンシャル、22RR〜22RL ドライブシャフト、3 制動力制御装置、31 油圧回路、32FR〜32RL ホイールシリンダ、33 ブレーキペダル、34 マスタシリンダ、4 センサユニット、41FR〜41RL 車輪速度センサ、42 車速センサ、43 前後加速度センサ、44 横加速度センサ、45 ヨーレートセンサ、46 操舵角センサ、47 アクセル開度センサ、48 ブレーキ踏力センサ、5 制御装置、51 主制御部、52 制御履歴生成部、53 安定性低下予測部、54 設定値変更部、55 予備制御部、56 車両運動制御部、57 記憶部、10 車両、11FR〜11RL 車輪、12 エンジン、13 変速機、14 プロペラシャフト、15 ビスカスカップリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両状態量に基づいて車両運動制御を行う制御装置を備え、且つ、
前記制御装置は、現在の車両状態量と、車両状態量の履歴および車両運動制御の実施履歴を含む過去の制御履歴とに基づいて、将来的な車両安定性の低下を予測する安定性低下予測部を有することを特徴とする車両運動制御システム。
【請求項2】
前記制御装置は、将来的な車両安定性の低下が予測されるときに、車両運動制御にかかる設定値の変更を行う設定値変更部を有する請求項1に記載の車両運動制御システム。
【請求項3】
前記制御装置は、将来的な車両安定性の低下が予測されるときに、車両運動制御にかかる予備的な制御を行う予備制御部を有する請求項1または2に記載の車両運動制御システム。
【請求項4】
前記制御装置は、車両状態量と車両運動制御の実施の有無とを関連付けた所定の制御履歴を生成する制御履歴生成部を有する請求項1〜3のいずれか一つに記載の車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−121448(P2012−121448A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273788(P2010−273788)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】