説明

車両

【課題】段差抵抗トルクの推定値の履歴に基づいて、段差計測センサによる段差の計測値を補正し、また、その異常状態も検出することによって、段差計測センサをより有効に利用することを可能にし、段差のある場所でも安全かつ快適に走行することができるようにする。
【解決手段】車体と、車体に回転可能に取り付けられた駆動輪と、路面の段差を計測する段差計測センサと、駆動輪に付与する駆動トルクを制御して駆動輪と車体の姿勢を制御する車両制御装置とを有し、車両制御装置は、段差を昇降するときに、段差による抵抗である段差抵抗トルクを推定する段差抵抗トルク推定手段を備え、段差抵抗トルクの推定値に基づいて段差計測センサによる段差の計測値を較正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、倒立振り子の姿勢制御を利用した車両に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、倒立振り子の姿勢制御を利用した車両に関する技術が提案されている。例えば、同軸上に配置された2つの駆動輪を有し、運転者の重心移動による車体の姿勢変化を感知して駆動する車両、球体状の単一の駆動輪に取り付けられた車体の姿勢を制御しながら移動する車両等の技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
この場合、センサで車体のバランスや動作の状態を検出しながら、回転体の動作を制御して車両を停止又は移動させるようになっている。
【特許文献1】特開2007−219986号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記従来の車両においては、段差を上り下りする際に、センサによる段差の計測値を用いて車両の動作を制御する場合においても、センサの計測精度が不十分であると、安定した走行状態や車体姿勢を維持できないことがある。また、センサの故障等により計測値が異常状態にあるとき、その異常を該センサの計測値自体から正確に判断することが困難である場合が多い。
【0005】
本発明は、前記従来の車両の問題点を解決して、段差抵抗トルクの推定値に基づいて、段差計測センサによる段差の計測値を補正し、また、その異常状態も検出することによって、段差計測センサをより有効に利用することを可能にし、段差のある場所でも安全かつ快適に走行することができる車両を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そのために、本発明の車両においては、車体と、該車体に回転可能に取り付けられた駆動輪と、路面の段差を計測する段差計測センサと、前記駆動輪に付与する駆動トルクを制御して前記駆動輪と前記車体の姿勢を制御する車両制御装置とを有し、該車両制御装置は、前記段差を昇降するときに、前記段差による抵抗である段差抵抗トルクを推定する段差抵抗トルク推定手段を備え、段差抵抗トルクの推定値に基づいて前記段差計測センサによる段差の計測値を補正し、当該補正された段差昇降トルクを前記駆動トルクに追加する。
【0007】
本発明の他の車両においては、さらに、前記車両制御装置は、前記段差抵抗トルクの計測値の時間履歴と前記段差抵抗トルクの推定値の時間履歴とに基づいて、前記段差抵抗トルクの計測値を補正する。
【0008】
本発明の更に他の車両においては、さらに、前記車両制御装置は、前記段差抵抗トルクの推定値の極値点の極値と前記段差抵抗トルクの想定値の極値点の極値とに基づいて、前記段差抵抗トルクの計測値を補正する。
【0009】
本発明の更に他の車両においては、さらに、前記車両制御装置は、前記段差抵抗トルクの推定値の時間履歴と前記段差抵抗トルクの計測値の時間履歴とに基づいて、前記段差の計測値の異常を検出する。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の構成によれば、段差計測センサの計測値とは無関係に推定された段差抵抗トルクの値に基づいて計測値の補正を行うことで、段差計測センサをより有効に利用することを可能にし、段差のある場所でも安全かつ適に走行することができる。
【0011】
また、車両の力学的構造に基づく定量的な推定手法を用いることで、センサ計測値の補正及び異常検出にて基準とされる段差抵抗トルクの値を正確に求めることができる。
【0012】
請求項2の構成によれば、過去の段差昇降時における実際の結果を比較し、それに基づいて次の段差昇降時に補正を行う方法を用いることで、より適切な補正を実現できる。
【0013】
請求項3の構成によれば、両段差抵抗トルクの極値を比較することで、段差抵抗トルクの大きさをより適切に比較及び補正することができる。
【0014】
請求項4の構成によれば、実際の段差昇降時における両段差抵抗トルクの時間履歴を比較することで、より正しく段差計測値の異常状態を検出できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0016】
図1は本発明の第1の実施の形態における車両の構成を示す概略図であり乗員が搭乗した状態で加速前進している状態を示す図、図2は本発明の第1の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。
【0017】
図1において、10は、本実施の形態における車両であり、車体の本体部11、駆動輪12、支持部13及び乗員15が搭乗する搭乗部14を有し、前記車両10は、車体を前後に傾斜させることができるようになっている。そして、倒立振り子の姿勢制御と同様に車体の姿勢を制御する。図1に示される例においては、車両10は矢印Aで示される方向に加速中であり、車体が進行方向に傾斜した状態が示されている。
【0018】
前記駆動輪12は、車体の一部である支持部13に対して回転可能に支持され、駆動アクチュエータとしての駆動モータ52によって駆動される。なお、駆動輪12の軸は図1に示す平面に垂直な方向に存在し、駆動輪12はその軸を中心に回転する。また、前記駆動輪12は、単数であっても複数であってもよいが、複数である場合、同軸上に並列に配設される。本実施の形態においては、駆動輪12が2つであるものとして説明する。この場合、各駆動輪12は個別の駆動モータ52によって独立して駆動される。なお、駆動アクチュエータとしては、例えば、油圧モータ、内燃機関等を使用することもできるが、ここでは、電気モータである駆動モータ52を使用するものとして説明する。
【0019】
また、車体の一部である本体部11は、支持部13によって下方から支持され、駆動輪12の上方に位置する。そして、本体部11には、能動重量部として機能する搭乗部14が、車両10の前後方向へ本体部11と相対的に移動可能となるように、換言すると、車体回転円の接線方向に相対的に移動可能となるように、取り付けられている。
【0020】
ここで、能動重量部は、ある程度の質量を有し、本体部11に対して前後に移動させることによって、車両10の重心位置を能動的に補正するものである。そして、能動重量部は、必ずしも搭乗部14である必要はなく、例えば、バッテリ等の重量のある周辺機器を本体部11に対して移動可能に取り付けた装置であってもよいし、ウェイト、錘(おもり)、バランサ等の専用の重量部材を本体部11に対して移動可能に取り付けた装置であってもよい。また、搭乗部14、重量のある周辺機器、専用の重量部材等を併用するものであってもよい。
【0021】
また、本実施の形態においては、説明の都合上、乗員15が搭乗した状態の搭乗部14が能動重量部として機能する例について説明するが、搭乗部14には必ずしも乗員15が搭乗している必要はなく、例えば、車両10がリモートコントロールによって操縦される場合には、搭乗部14に乗員15が搭乗していなくてもよいし、乗員15に代えて、貨物が積載されていてもよい。
【0022】
前記搭乗部14は、乗用車、バス等の自動車に使用されるシートと同様のものであり、座面部14a、背もたれ部14b及びヘッドレスト14cを備え、図示されない移動機構を介して本体部11に取り付けられている。
【0023】
前記移動機構は、リニアガイド装置等の低抵抗の直線移動機構、及び、能動重量部アクチュエータとしての能動重量部モータ62を備え、該能動重量部モータ62によって搭乗部14を駆動し、本体部11に対して車両進行方向に前後させるようになっている。なお、能動重量部アクチュエータとしては、例えば、油圧モータ、リニアモータ等を使用することもできるが、ここでは、回転式の電気モータである能動重量部モータ62を使用するものとして説明する。
【0024】
リニアガイド装置は、例えば、本体部11に取り付けられている案内レールと、搭乗部14に取り付けられ、案内レールに沿ってスライドするキャリッジと、案内レールとキャリッジとの間に介在するボール、コロ等の転動体とを備える。そして、案内レールには、その左右側面部に2本の軌道溝が長手方向に沿って直線状に形成されている。また、キャリッジの断面はコ字状に形成され、その対向する2つの側面部内側には、2本の軌道溝が、案内レールの軌道溝と各々対向するように形成されている。転動体は、軌道溝の間に組み込まれており、案内レールとキャリッジとの相対的直線運動に伴って軌道溝内を転動するようになっている。なお、キャリッジには、軌道溝の両端をつなぐ戻し通路が形成されており、転動体は軌道溝及び戻し通路を循環するようになっている。
【0025】
また、リニアガイド装置は、該リニアガイド装置の動きを締結するブレーキ又はクラッチを備える。車両10が停車しているときのように搭乗部14の動作が不要であるときには、ブレーキによって案内レールにキャリッジを固定することで、本体部11と搭乗部14との相対的位置関係を保持する。そして、動作が必要であるときには、このブレーキを解除し、本体部11側の基準位置と搭乗部14側の基準位置との距離が所定値となるように制御される。
【0026】
前記搭乗部14の脇(わき)には、目標走行状態取得装置としてのジョイスティック31を備える入力装置30が配設されている。乗員15は、操縦装置であるジョイスティック31を操作することによって、車両10を操縦する、すなわち、車両10の加速、減速、旋回、その場回転、停止、制動等の走行指令を入力するようになっている。なお、乗員15が操作して走行指令を入力することができる装置であれば、ジョイスティック31に代えて他の装置、例えば、ペダル、ハンドル、ジョグダイヤル、タッチパネル、押しボタン等の装置を目標走行状態取得装置として使用することもできる。
【0027】
なお、車両10がリモートコントロールによって操縦される場合には、前記ジョイスティック31に代えて、コントローラからの走行指令を有線又は無線で受信する受信装置を目標走行状態取得装置として使用することができる。また、車両10があらかじめ決められた走行指令データに従って自動走行する場合には、前記ジョイスティック31に代えて、半導体メモリ、ハードディスク等の記憶媒体に記憶された走行指令データを読み取るデータ読取り装置を目標走行状態取得装置として使用することができる。
【0028】
また、車両10は、車両制御装置としての制御ECU(Electronic Control Unit)20を有し、該制御ECU20は、主制御ECU21、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23を備える。前記制御ECU20並びに主制御ECU21、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23は、CPU、MPU等の演算手段、磁気ディスク、半導体メモリ等の記憶手段、入出力インターフェイス等を備え、車両10の各部の動作を制御するコンピュータシステムであり、例えば、本体部11に配設されるが、支持部13や搭乗部14に配設されていてもよい。また、前記主制御ECU21、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23は、それぞれ、別個に構成されていてもよいし、一体に構成されていてもよい。
【0029】
そして、主制御ECU21は、駆動輪制御ECU22、駆動輪センサ51及び駆動モータ52とともに、駆動輪12の動作を制御する駆動輪制御システム50の一部として機能する。前記駆動輪センサ51は、レゾルバ、エンコーダ等から成り、駆動輪回転状態計測装置として機能し、駆動輪12の回転状態を示す駆動輪回転角及び/又は回転角速度を検出し、主制御ECU21に送信する。また、該主制御ECU21は、駆動トルク指令値を駆動輪制御ECU22に送信し、該駆動輪制御ECU22は、受信した駆動トルク指令値に相当する入力電圧を駆動モータ52に供給する。そして、該駆動モータ52は、入力電圧に従って駆動輪12に駆動トルクを付与し、これにより、駆動アクチュエータとして機能する。
【0030】
また、主制御ECU21は、能動重量部制御ECU23、能動重量部センサ61及び能動重量部モータ62とともに、能動重量部である搭乗部14の動作を制御する能動重量部制御システム60の一部として機能する。前記能動重量部センサ61は、エンコーダ等から成り、能動重量部移動状態計測装置として機能し、搭乗部14の移動状態を示す能動重量部位置及び/又は移動速度を検出し、主制御ECU21に送信する。また、該主制御ECU21は、能動重量部推力指令値を能動重量部制御ECU23に送信し、該能動重量部制御ECU23は、受信した能動重量部推力指令値に相当する入力電圧を能動重量部モータ62に供給する。そして、該能動重量部モータ62は、入力電圧に従って搭乗部14を並進移動させる推力を搭乗部14に付与し、これにより、能動重量部アクチュエータとして機能する。
【0031】
さらに、主制御ECU21は、駆動輪制御ECU22、能動重量部制御ECU23、車体傾斜センサ41、駆動モータ52及び能動重量部モータ62とともに、車体の姿勢を制御する車体制御システム40の一部として機能する。前記車体傾斜センサ41は、加速度センサ、ジャイロセンサ等から成り、車体傾斜状態計測装置として機能し、車体の傾斜状態を示す車体傾斜角及び/又は傾斜角速度を検出し、主制御ECU21に送信する。そして、該主制御ECU21は、駆動トルク指令値を駆動輪制御ECU22に送信し、能動重量部推力指令値を能動重量部制御ECU23に送信する。
【0032】
なお、主制御ECU21には、入力装置30のジョイスティック31から走行指令が入力される。そして、前記主制御ECU21は、駆動トルク指令値を駆動輪制御ECU22に送信し、能動重量部推力指令値を能動重量部制御ECU23に送信する。
【0033】
また、前記制御ECU20は、車両10の走行状態及び車体姿勢の時間変化に基づいて段差抵抗トルクを推定する段差抵抗トルク推定手段として機能する。また、目標走行状態及び段差抵抗トルクに応じて目標とする車体姿勢、すなわち、車体傾斜状態及び/又は能動重量部移動状態を決定する目標車体姿勢決定手段として機能する。さらに、各センサによって取得した車両10の走行状態及び車体姿勢、並びに、目標走行状態、目標車体姿勢及び段差抵抗トルクに応じて各アクチュエータの出力を決定するアクチュエータ出力決定手段として機能する。具体的には、段差抵抗トルクに応じて追加する駆動トルクを決定する段差昇降トルク決定手段、及び、段差昇降トルクに応じて車体の重心補正量を決定する重心補正量決定手段として機能する。
【0034】
なお、各センサは、複数の状態量を取得するものであってもよい。例えば、車体傾斜センサ41として加速度センサとジャイロセンサとを併用し、両者の計測値から車体傾斜角と車体傾斜角速度を決定してもよい。
【0035】
次に、前記構成の車両10の動作について説明する。まず、走行及び姿勢制御処理の概要について説明する。
【0036】
図3は本発明の第1の実施の形態における車両の段差昇降動作を示す概略図、図4は本発明の第1の実施の形態における車両の走行及び姿勢制御処理の動作を示すフローチャートである。なお、図3(a)は比較のための従来技術による動作例を示し、図3(b)は本実施の形態による動作を示している。
【0037】
「背景技術」の項で説明したような従来の車両の場合、図3(a)に示されるように、段差に乗り上げるために駆動輪12に付与した駆動トルクの反作用、すなわち、反トルクが車体に作用するので、車体が後方に傾いてしまう。そのため、段差に乗り上げるときに、安定した車体姿勢及び走行の制御を行うことができない。
【0038】
これに対し、本実施の形態においては、搭乗部14が能動重量部として機能し、図3(b)に示されるように、搭乗部14を前方に移動させることによって、車両10の重心位置を前方に移動させる。これにより、車体を前方に傾けようとする重力トルクが作用するため、段差に乗り上げるための駆動トルクを駆動輪12に付与したときの反作用、すなわち、反トルクが車体に作用しても、前記重力トルクによって作用を打ち消されるため、車体が後方に傾いてしまうことがない。したがって、段差に乗り上げるときにも安定した車体姿勢及び走行の制御を行うことができる。
【0039】
なお、本実施の形態は、停止状態及び低速走行状態から段差に進入する場合、すなわち、段差との接触による車両の減速に伴い車体に作用する慣性力が小さい場合において、特に効果的である。
【0040】
また、段差に乗り上げるための駆動トルクを、乗り上げ動作の間、リアルタイムで推定して駆動輪12に付与する。これにより、任意の段差形状及び車両速度に対して、安定した乗り上げが可能となる。
【0041】
すなわち、本実施の形態においては、車両10の重心位置補正や駆動トルクの付与を含む走行及び姿勢制御処理を実行することによって、車両10は安定して段差を昇降することができる。
【0042】
走行及び姿勢制御処理において、制御ECU20は、まず、状態量の取得処理を実行し(ステップS1)、各センサ、すなわち、駆動輪センサ51、車体傾斜センサ41及び能動重量部センサ61によって、駆動輪12の回転状態、車体の傾斜状態及び搭乗部14の移動状態を取得する。
【0043】
次に、制御ECU20は、段差昇降トルクの決定処理を実行し(ステップS2)、状態量の取得処理で取得した状態量、すなわち、駆動輪12の回転状態、車体の傾斜状態及び又は搭乗部14の移動状態と、各アクチュエータの出力値、すなわち、駆動モータ52及び/又は能動重量部モータ62の出力値に基づき、オブザーバによって段差抵抗トルクを推定し、段差昇降トルクを決定する。ここで、前記オブザーバは、力学的なモデルに基づいて、制御系の内部状態を観測する方法であり、ワイヤードロジック又はソフトロジックで構成される。
【0044】
次に、制御ECU20は、目標走行状態の決定処理を実行し(ステップS3)、ジョイスティック31の操作量に基づいて、車両10の加速度の目標値、及び、駆動輪12の回転角速度の目標値を決定する。
【0045】
次に、制御ECU20は、目標車体姿勢の決定処理を実行し(ステップS4)、段差昇降トルクの決定処理によって決定された段差昇降トルクと、目標走行状態の決定処理によって決定された車両10の加速度の目標値に基づいて、車体姿勢の目標値、すなわち、車体傾斜角及び能動重量部位置の目標値を決定する。
【0046】
最後に、制御ECU20は、アクチュエータ出力の決定処理を実行し(ステップS5)、状態量の取得処理によって取得された各状態量、段差昇降トルクの決定処理によって決定された段差昇降トルク、目標走行状態の決定処理によって決定された目標走行状態、及び、目標車体姿勢の決定処理によって決定された目標車体姿勢に基づいて、各アクチュエータの出力、すなわち、駆動モータ52及び能動重量部モータ62の出力を決定する。
【0047】
次に、走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。まず、状態量の取得処理について説明する。
【0048】
図5は本発明の第1の実施の形態における車両の力学モデル及びそのパラメータを示す図、図6は本発明の第1の実施の形態における状態量の取得処理の動作を示すフローチャートである。
【0049】
本実施の形態においては、状態量やパラメータを次のような記号によって表す。なお、図5には状態量やパラメータの一部が示されている。
θW :駆動輪回転角(2つの駆動輪の平均)〔rad〕
θ1 :車体傾斜角(鉛直軸基準)〔rad〕
λS :能動重量部位置(車体中心点基準)〔m〕
τW :駆動トルク(2つの駆動輪の合計)〔Nm〕
S :能動重量部推力〔N〕
g:重力加速度〔m/s2
W :駆動輪質量(2つの駆動輪の合計)〔kg〕
W :駆動輪接地半径〔m〕
W :駆動輪慣性モーメント(2つの駆動輪の合計)〔kgm2
W :駆動輪回転に対する粘性減衰係数〔Nms/rad〕
1 :車体質量(能動重量部を含む)〔kg〕
1 :車体重心距離(車軸から)〔m〕
1 :車体慣性モーメント(重心周り)〔kgm2
1 :車体傾斜に対する粘性減衰係数〔Nms/rad〕
S :能動重量部質量〔kg〕
S :能動重量部重心距離(車軸から)〔m〕
S :能動重量部慣性モーメント(重心周り)〔kgm2
S :能動重量部並進に対する粘性減衰係数〔Ns/rad〕

【0050】
次に、段差昇降トルクの決定処理について説明する。
【0051】
図7は本発明の第1の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0052】
段差昇降トルクの決定処理において、主制御ECU21は、まず、段差抵抗トルクτD を推定する(ステップS2−1)。この場合、状態量の取得処理で取得した各状態量と、前回(一つ前の時間ステップ)の走行及び姿勢制御処理におけるアクチュエータ出力の決定処理で決定した各アクチュエータの出力に基づき、次の式(1)により、段差抵抗トルクτD を推定する。
【0053】
【数1】

【0054】
続いて、主制御ECU21は、段差昇降トルクτC を決定する(ステップS2−2)。この場合、推定した段差抵抗トルクτD の値を段差昇降トルクτC の値とする。すなわち、τC =τD とする。
【0055】
このように、本実施の形態においては、駆動モータ52が出力する駆動トルクと、状態量としての車両並進加速度を示す駆動輪回転角加速度、車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度とに基づいて段差抵抗トルクを推定する。この場合、駆動輪12の回転状態を示す駆動輪回転角加速度だけでなく、車体姿勢の変化を示す車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度も考慮している。すなわち、倒立振り子の姿勢制御を利用した車両、いわゆる倒立型車両に特有の要素である車体姿勢の変化を考慮している。
【0056】
従来においては、駆動トルクと駆動輪回転角加速度とに基づいて段差抵抗トルクを推定するため、特に車体の姿勢が変化しているとき、段差抵抗トルクの推定値に大きな誤差が生じることがあった。しかし、本実施の形態においては、車体の姿勢変化を示す車体傾斜角加速度及び能動重量部移動加速度をも考慮して段差抵抗トルクを推定するので、大きな誤差が生じることがなく、高い精度で段差抵抗トルクを推定することができる。
【0057】
一般的に、倒立型車両では、駆動輪と相対的に車体の重心が前後に移動するので、駆動輪が停止していても、車両の重心が前後に移動することがある。したがって、重心の加速度と駆動力、あるいは、駆動トルクとから段差抵抗トルクを高い精度で推定するためには、このような影響を考慮する必要がある。一般的な倒立型車両においては、車両全体に対する車体の重量比率が高く、かつ、段差昇降動作中の姿勢変化が大きいので、このような影響が大きくなる。
【0058】
また、本実施の形態においては、段差の昇降動作中に変化する段差抵抗トルクを常に推定している。例えば、段差の昇降動作中に一定の駆動トルクを駆動輪12に付与すると、昇降終了直前に、車両10が不必要に加減速してしまうことがある。これは、例えば、段差に乗り上げる場合、車両10が段差を上るのと共に段差抵抗トルクが小さくなるためである。そこで、本実施の形態においては、段差昇降状態と共に変化する段差抵抗トルクの推定をリアルタイムで行い、その値を常に更新することで、常に段差の昇降動作に適した段差昇降トルクを付与するようになっている。
【0059】
なお、段差抵抗トルクの推定値にローパスフィルタをかけることによって、推定値の高周波成分を除去することもできる。この場合、推定に時間遅れが生じるが、高周波成分に起因する振動を抑制することができる。
【0060】
本実施の形態においては、駆動トルクと慣性力のみを考慮しているが、駆動輪12の転がり抵抗や回転軸の摩擦による粘性抵抗、あるいは、車両10に作用する空気抵抗などを副次的な影響として考慮してもよい。
【0061】
また、本実施の形態においては、駆動輪12の回転運動に関する線形モデルを使用しているが、より正確な非線形モデルを使用してもよいし、車体傾斜運動や能動重量部並進運動についてのモデルを使用してもよい。なお、非線形モデルについては、マップの形式で関数を適用することもできる。
【0062】
さらに、計算の簡略化のために、車体姿勢の変化を考慮しなくてもよい。
【0063】
次に、目標走行状態の決定処理について説明する。
【0064】
図8は本発明の第1の実施の形態における目標走行状態の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0065】
目標走行状態の決定処理において、主制御ECU21は、まず、操縦操作量を取得する(ステップS3−1)。この場合、乗員15が、車両10の加速、減速、旋回、その場回転、停止、制動等の走行指令を入力するために操作したジョイスティック31の操作量を取得する。
【0066】
続いて、主制御ECU21は、取得したジョイスティック31の操作量に基づいて、車両加速度の目標値を決定する(ステップS3−2)。例えば、ジョイスティック31の前後方向への操作量に比例した値を車両加速度の目標値とする。
【0067】
続いて、主制御ECU21は、決定した車両加速度の目標値から、駆動輪回転角速度の目標値を算出する(ステップS3−3)。例えば、車両加速度の目標値を時間積分し、駆動輪接地半径RW で除した値を駆動輪回転角速度の目標値とする。
【0068】
次に、目標車体姿勢の決定処理について説明する。
【0069】
図9は本発明の第1の実施の形態における能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値の変化を示すグラフ、図10は本発明の第1の実施の形態における目標車体姿勢の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0070】
目標車体姿勢の決定処理において、主制御ECU21は、まず、能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値を決定する(ステップS4−1)。この場合、目標走行状態の決定処理によって決定された車両加速度の目標値と、段差昇降トルクの決定処理によって取得された段差昇降トルクτC とに基づき、次の式(2)及び(3)により、能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値を決定する。
【0071】
【数2】

【0072】
【数3】

【0073】
続いて、主制御ECU21は、残りの目標値を算出する(ステップS4−2)。すなわち、各目標値を時間微分又は時間積分することにより、駆動輪回転角、車体傾斜角速度及び能動重量部移動速度の目標値を算出する。
【0074】
このように、本実施の形態においては、車両加速度に伴って車体に作用する慣性力及び駆動モータ反トルクだけでなく、段差抵抗トルクτD に応じた段差昇降トルクτC に伴って車体に作用する反トルクも考慮して、車体姿勢の目標値、すなわち、能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値を決定する。
【0075】
このとき、車体に作用して車体を傾斜させようとするトルク、すなわち、車体傾斜トルクを重力の作用によって打ち消すように、車体の重心を移動させる。例えば、車両10が段差を上るときには、搭乗部14を前方へ移動させ、あるいは、更に車体を前方へ傾ける。また、車両10が段差を下るときには、搭乗部14を後方へ移動させ、あるいは、更に車体を後方へ傾ける。
【0076】
本実施の形態においては、図9に示されるように、まず、車体を傾斜させずに搭乗部14を移動させ、該搭乗部14が能動重量部移動限界に達すると、車体の傾斜を開始させる。そのため、細かい加減速に対しては車体が前後に傾かないので、乗員15にとっての乗り心地が向上する。また、格別に高い段差でなければ、段差の上でも車体が直立状態を維持するので、乗員15にとっての視界の確保が容易となる。さらに、格別に高い段差でなければ、段差の上でも車体が大きく傾斜することがないので、車体の一部が路面に接触することが防止される。
【0077】
なお、本実施の形態においては、能動重量部移動限界が前方と後方とで等しい場合を想定しているが、前方と後方とで異なる場合には、各々の限界に応じて、車体の傾斜の有無を切り替えるようにしてもよい。例えば、加速性能よりも制動性能を高く設定する場合、後方の能動重量部移動限界を前方の限界よりも遠くに設定する必要がある。
【0078】
また、本実施の形態においては、加速度が低いときや段差が低いときには、搭乗部14の移動だけで対応させているが、その車体傾斜トルクの一部又は全部を車体の傾斜で対応させてもよい。車体を傾斜させることにより、乗員15に作用する前後方向の慣性力を軽減することができる。
【0079】
さらに、本実施の形態においては、線形化した力学モデルに基づいた式を使用しているが、より正確な非線形モデル又は粘性抵抗を考慮したモデルに基づいた式を使用してもよい。なお、式が非線形になる場合には、マップの形式で関数を適用することもできる。
【0080】
次に、アクチュエータ出力の決定処理について説明する。
【0081】
図11は本発明の第1の実施の形態におけるアクチュエータ出力の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0082】
アクチュエータ出力の決定処理において、主制御ECU21は、まず、各アクチュエータのフィードフォワード出力を決定する(ステップS5−1)。この場合、各目標値と段差昇降トルクτC とから、次の式(4)により駆動モータ52のフィードフォワード出力を決定し、また、次の式(5)により能動重量部モータ62のフィードフォワード出力を決定する。
【0083】
【数4】

【0084】
このように、段差抵抗トルクτD に応じた段差昇降トルクτC を自動的に追加することにより、つまり、段差抵抗トルクτD に応じて駆動トルクを補正することにより、段差の昇降の際にも、平地と同様の操縦感覚を提供することができる。すなわち、平地と同様の操縦操作で段差を乗り降りすることができる。また、ジョイスティック31の一定の操縦操作に対して、段差の昇降の際に、車両10が不必要に加減速することがない。
【0085】
【数5】

【0086】
このように、本実施の形態においては、理論的にフィードフォワード出力を与えることによって、より高精度な制御を実現する。
【0087】
なお、必要に応じて、フィードフォワード出力を省略することもできる。この場合、フィードバック制御により、定常偏差を伴いつつ、フィードフォワード出力に近い値が間接的に与えられる。また、前記定常偏差は、積分ゲインを適用することによって低減させることができる。
【0088】
続いて、主制御ECU21は、各アクチュエータのフィードバック出力を決定する(ステップS5−2)。この場合、各目標値と実際の状態量との偏差から、次の式(6)により駆動モータ52のフィードバック出力を決定し、また、次の式(7)により能動重量部モータ62のフィードバック出力を決定する。
【0089】
【数6】

【0090】
なお、スライディングモード制御等の非線形のフィードバック制御を導入することもできる。また、より簡単な制御として、KW2、KW3及びKS5を除くフィードバックゲインのいくつかをゼロとしてもよい。さらに、定常偏差をなくすために、積分ゲインを導入してもよい。
【0091】
最後に、主制御ECU21は、各要素制御システムに指令値を与える(ステップS5−3)。この場合、主制御ECU21は、前述のように決定したフィードフォワード出力とフィードバック出力との和を駆動トルク指令値及び能動重量部推力指令値として、駆動輪制御ECU22及び能動重量部制御ECU23に送信する。
【0092】
このように、本実施の形態においては、段差抵抗トルクτD をオブザーバによって推定し、段差昇降トルクτC を与えるとともに、搭乗部14を段差の上段方向に移動させる。そのため、段差の上でも車体を直立に保持することができ、段差の昇降にも対応することができる。また、段差を計測する装置が不要となり、システム構成を簡素化してコストを低減することができる。
【0093】
さらに、車体の姿勢を示す車体傾斜角θ1 及び能動重量部位置λS を考慮して段差昇降トルクτC を推定するので、大きな誤差が生じることなく、極めて高い精度で段差昇降トルクτC を推定することができる。
【0094】
なお、本実施の形態は、段差を上るときだけでなく、段差を降りるときにも有効であることを注記する。段差昇降トルクの付与によって段差降下時の車両の加速を抑えるのと共に、搭乗部14を後方に移動させることにより車体を直立に保持する。これは、以降で説明する他の実施の形態でも同様である。
【0095】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。なお、第1の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0096】
図12は本発明の第2の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図、図13は本発明の第2の実施の形態における車両の段差の昇降における動作を示す概略図である。
【0097】
前記第1の実施の形態においては、搭乗部14が、車両10の前後方向に本体部11に対して相対的に並進可能となるように取り付けられ、能動重量部として機能する。この場合、能動重量部モータ62を備える移動機構が配設され、これにより搭乗部14を並進させるので、構造の複雑化、コストや重量の増加と共に、制御システムも複雑化する。また、前記第1の実施の形態は、搭乗部14を移動させる移動機構を有していない倒立型車両に適用することは不可能である。
【0098】
そこで、本実施の形態においては、搭乗部14を移動させる移動機構が省略されている。また、図12に示されるように、制御システムからも、能動重量部制御システム60が省略され、能動重量部制御ECU23、能動重量部センサ61及び能動重量部モータ62が省略されている。なお、その他の点の構成については、前記第1の実施の形態と同様であるので、その説明は省略する。
【0099】
そして、本実施の形態においては、図13に示されるように、段差を昇降する際には、段差を昇降するための駆動輪12に付与する駆動トルク、すなわち、段差昇降トルクの反作用として車体に作用する反トルクとしての車体傾斜トルクに対し、車体を段差昇降トルクに応じた角度だけ段差の上段方向に傾けることにより、車体傾斜トルクを重力の作用で打ち消してバランスを保つようになっている。
【0100】
なお、「背景技術」の項でも説明したように、例えば、段差に乗り上げるとき、必要な駆動トルクを駆動輪に付与すると、その反作用が車体に働くので、車体が段差と逆の方向、すなわち、段差の下段方向に大きく傾いてしまう。一方、車体の姿勢を直立に維持しようとすると、必要な駆動トルクを駆動輪に付与することができないので、段差に乗り上げることができなくなってしまう。また、段差を降りるときにも同様の現象が発生し、車体が前方に傾いてしまう。
【0101】
これに対し、本実施の形態においては、段差の高さに適した角度だけ車体を段差の上段方向に意図的に傾けるので、段差の昇降の際にも、安定した車体の姿勢を保つことができ、段差のある場所でも安全に、かつ、快適に走行することができる。
【0102】
次に、本実施の形態における走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。なお、走行及び姿勢制御処理の概要及び目標走行状態の決定処理については、前記第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略し、状態量の取得処理、段差昇降トルクの決定処理、目標車体姿勢の決定処理及びアクチュエータ出力の決定処理についてのみ説明する。まず、状態量の取得処理について説明する。
【0103】
図14は本発明の第2の実施の形態における状態量の取得処理の動作を示すフローチャートである。

【0104】
次に、段差昇降トルクの決定処理について説明する。
【0105】
図15は本発明の第2の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0106】
段差昇降トルクの決定処理において、主制御ECU21は、段差抵抗トルクτD を推定する(ステップS2−11)。この場合、状態量の取得処理で取得した各状態量と、前回(一つ前の時間ステップ)の走行及び姿勢制御処理におけるアクチュエータ出力の決定処理で決定した各アクチュエータの出力とに基づき、次の式(8)により、段差抵抗トルクτD を推定する。
【0107】
【数7】

【0108】
続いて、主制御ECU21は、段差昇降トルクτC を決定する(ステップS2−12)。この場合、推定した段差抵抗トルクτD の値を段差昇降トルクτC の値とする。すなわち、τC =τD とする。
【0109】
このように、本実施の形態においては、駆動モータ52が出力する駆動トルクと、状態量としての駆動輪回転角加速度及び車体傾斜角加速度に基づいて段差抵抗トルクを推定する。この場合、駆動輪12の回転状態を示す駆動輪回転角加速度だけでなく、車体姿勢の変化を示す車体傾斜角加速度も考慮している。すなわち、倒立振り子の姿勢制御を利用した車両、いわゆる倒立型車両に特有の要素である車体姿勢の変化を考慮している。
【0110】
従来においては、駆動トルクと駆動輪回転角加速度とに基づいて段差抵抗トルクを推定するため、特に車体の姿勢が大きく変化するとき、段差抵抗トルクの推定値に大きな誤差が生じることがあった。しかし、本実施の形態においては、車体の姿勢変化を示す車体傾斜角加速度を考慮して段差抵抗トルクを推定するので、大きな誤差が生じることがなく、高い精度で段差抵抗トルクを推定することができる。
【0111】
また、本実施の形態においては、段差の昇降動作中に変化する段差抵抗トルクを常に推定している。例えば、段差の昇降動作中に一定の駆動トルクを駆動輪12に付与すると、昇降終了直前に、車両10が不必要に加減速してしまうことがある。これは、例えば、段差に乗り上げる場合、車両10が段差を上るのと共に段差抵抗トルクが小さくなるためである。そこで、本実施の形態においては、段差昇降状態と共に変化する段差抵抗トルクの推定をリアルタイムで行い、その値を常に更新することで、常に段差の昇降動作に適した段差昇降トルクを付与するようになっている。
【0112】
なお、前記第1の実施の形態と同様に、段差抵抗トルクの推定値にローパスフィルタをかけることによって、推定値の高周波成分を除去することもできる。この場合、推定に時間遅れが生じるが、高周波成分に起因する振動を抑制することができる。
【0113】
本実施の形態においては、慣性力のみを考慮しているが、駆動輪12の転がり抵抗や回転軸の摩擦による粘性抵抗、あるいは、車両10に作用する空気抵抗などを、副次的な影響として考慮してもよい。
【0114】
また、より正確な非線形モデルを使用してもよいし、車体傾斜運動についてのモデルを使用してもよい。なお、非線形モデルについては、マップの形式で関数を適用することもできる。
【0115】
さらに、計算の簡略化のために、車体姿勢の変化を考慮しなくてもよい。
【0116】
次に、目標車体姿勢の決定処理について説明する。
【0117】
図16は本発明の第2の実施の形態における目標車体姿勢の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0118】
目標車体姿勢の決定処理において、主制御ECU21は、まず、車体傾斜角の目標値を決定する(ステップS4−11)。この場合、目標走行状態の決定処理によって決定された車両加速度の目標値と、段差昇降トルクの決定処理によって取得された段差昇降トルクτC とに基づき、次の式(9)により、車体傾斜角の目標値を決定する。
【0119】
【数8】

【0120】
続いて、主制御ECU21は、残りの目標値を算出する(ステップS4−12)。すなわち、各目標値を時間微分又は時間積分することにより、駆動輪回転角及び車体傾斜角速度の目標値を算出する。
【0121】
このように、本実施の形態においては、車両加速度に伴って車体に作用する慣性力及び駆動モータ反トルクだけでなく、段差抵抗トルクτD に応じた段差昇降トルクτC に伴って車体に作用する反トルクも考慮して、車体姿勢の目標値、すなわち、車体傾斜角の目標値を決定する。
【0122】
このとき、車体傾斜トルクを重力の作用によって打ち消すように、車体の重心を移動させる。例えば、車両10が加速するとき及び段差を上るときには車体を前方へ傾ける。また、車両10が減速するとき及び段差を下るときには車体を後方へ傾ける。
【0123】
なお、本実施の形態においては、線形化した力学モデルに基づいた式を使用しているが、より正確な非線形モデル又は粘性抵抗を考慮したモデルに基づいた式を使用してもよい。なお、式が非線形になる場合には、マップの形式で関数を適用することもできる。
【0124】
次に、アクチュエータ出力の決定処理について説明する。
【0125】
図17は本発明の第2の実施の形態におけるアクチュエータ出力の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0126】
アクチュエータ出力の決定処理において、主制御ECU21は、まず、アクチュエータのフィードフォワード出力を決定する(ステップS5−11)。この場合、目標値と段差昇降トルクτC とから、前記第1の実施の形態において説明した前記式(4)により駆動モータ52のフィードフォワード出力を決定する。
【0127】
前記式(4)に表されるように、段差抵抗トルクτD に応じた段差昇降トルクτC を自動的に追加することにより、段差の昇降の際にも、平地と同様の操縦感覚を提供することができる。すなわち、平地と同様の操縦操作で段差を乗り降りすることができる。また、ジョイスティック31の一定の操縦操作に対して、段差の昇降の際に、車両10が不必要に加減速することがない。
【0128】
なお、本実施の形態においては、理論的にフィードフォワード出力を与えることによって、より高精度な制御を実現するが、必要に応じて、フィードフォワード出力を省略することもできる。この場合、フィードバック制御により、定常偏差を伴いつつ、フィードフォワード出力に近い値が間接的に与えられる。また、前記定常偏差は、積分ゲインを適用することによって低減させることができる。
【0129】
続いて、主制御ECU21は、アクチュエータのフィードバック出力を決定する(ステップS5−12)。この場合、各目標値と実際の状態量との偏差から、次の式(10)により駆動モータ52のフィードバック出力を決定する。
【0130】
【数9】

【0131】
なお、スライディングモード制御等の非線形のフィードバック制御を導入することもできる。また、より簡単な制御として、KW2及びKW3を除くフィードバックゲインのいくつかをゼロとしてもよい。さらに、定常偏差をなくすために、積分ゲインを導入してもよい。
【0132】
最後に、主制御ECU21は、要素制御システムに指令値を与える(ステップS5−13)。この場合、主制御ECU21は、前述のように決定したフィードフォワード出力とフィードバック出力との和を駆動トルク指令値として、駆動輪制御ECU22に送信する。
【0133】
このように、本実施の形態においては、車体を段差の上段方向に傾けて、段差の昇降の際にバランスを保つことができる。したがって、搭乗部14を移動させる移動機構を有していない倒立型車両に適用することができ、構造及び制御システムを簡素化することで、安価で軽量な倒立型車両でも安定した段差の乗り降りを実現することができる。
【0134】
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。なお、第1及び第2の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1及び第2の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0135】
図18は本発明の第3の実施の形態における車両の構成を示す概略図であり段差手前で段差を検出している状態を示す図、図19は本発明の第3の実施の形態における車両の段差の昇降における動作を示す概略図、図20は本発明の第3の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。なお、図18において、(b)は(a)の要部拡大図、図19において、(a)〜(c)は一連の動作を示す図である。
【0136】
段差の昇降動作中に一定の駆動トルクを駆動輪12に付与すると、昇降終了直前に、車両10が不必要に加減速してしまうことがある。これは、例えば、段差に乗り上げる場合、車両10が段差を上るのと共に段差抵抗トルクが小さくなるためである。
【0137】
そこで、本実施の形態においては、車両10の進行方向の段差をセンサによって検出し、該センサによって計測した段差の位置と高さ、及び、段差の昇降状態に相当する駆動輪回転角に応じて、段差昇降トルクを変化させるようになっている。
【0138】
そのため、本実施の形態において、車両10は、図18に示されるように、段差計測センサとしての距離センサ71を有する。該距離センサ71は、例えば、レーザ光を利用したものであるが、いかなる種類のセンサであってもよい。図18に示される例においては、2つの距離センサ71が、互いに前後に離れて、搭乗部14の下面に配設され、各々が下面から前方及び後方の路面までの距離を計測する。そして、各距離センサ71の計測値の変化から、路面の段差を検出し、検出した段差の位置及び高さを取得することができる。望ましくは、一方の距離センサ71が駆動輪12の路面に接地する部位よりも前方に位置し、他方の距離センサ71が駆動輪12の路面に接地する部位よりも後方に位置するように配設される。このように、2つの距離センサ71が駆動輪12の接地点から前後に離れた位置において路面までの距離を計測するので、車両10の前後の段差を検出することができる。
【0139】
また、車両10は、図20に示されるように、距離センサ71を含む段差計測システム70を有する。そして、距離センサ71は、前後の2点において、路面までの距離としての対地距離を検出して主制御ECU21に送信する。
【0140】
これにより、例えば、段差に乗り上げる場合、図19に示されるように、車両10が上昇するのに応じて搭乗部14の移動量、段差に乗り上げるための駆動トルク等を変化させ、安定した車体姿勢及び走行の制御を行うことができる。
【0141】
次に、本実施の形態における走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。なお、走行及び姿勢制御処理の概要、状態量の取得処理、目標走行状態の決定処理、目標車体姿勢の決定処理及びアクチュエータ出力の決定処理については、前記第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略し、段差昇降トルクの決定処理についてのみ説明する。
【0142】
図21は本発明の第3の実施の形態における上りの段差を測定するときの幾何学的条件を示す図、図22は本発明の第3の実施の形態における上りの段差の段差昇降抵抗率の変化を示す図、図23は本発明の第3の実施の形態における下りの段差を測定するときの幾何学的条件を示す図、図24は本発明の第3の実施の形態における下りの段差の段差昇降抵抗率の変化を示す図、図25は本発明の第3の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0143】
段差昇降トルクの決定処理において、主制御ECU21は、まず、距離センサ71の計測値を取得する(ステップS2−21)。この場合、前後2つの距離センサ71から対地距離の計測値を取得する。
【0144】
続いて、主制御ECU21は、段差の位置と高さとを決定する(ステップS2−22)。この場合、各距離センサ71から取得した対地距離の時間履歴と、車体傾斜角θ1 と、搭乗部14の位置、すなわち、能動重量部位置λS とに基づき、段差の位置と高さとを決定する。
【0145】
続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルクτD を決定する(ステップS2−23)。この場合、段差抵抗トルクτD を、次の式(11)により算出する。
τD =ξτD,Max ・・・式(11)
ここで、τD,Max は最大段差抵抗トルクであり、ξは段差昇降抵抗率である。
【0146】
図21に示されるように、段差が上り、すなわち、昇段である場合、最大段差抵抗トルクτD,Max 及び段差昇降抵抗率ξは、次の式(12)及び(13)で表される。なお、図21において、Xは段差検出時における段差までの距離であり、Hは段差の高さである。昇段の場合、Hはゼロ以上となる。
【0147】
【数10】

【0148】
なお、η0 は、仮想登坂角であり、段差を上るために必要な駆動輪回転角に相当する。また、θW,S は駆動輪12が段差に接触した時点の駆動輪回転角であり、θW,0 は段差を検出した時点の駆動輪回転角である。さらに、ΔθW は段差接触以降の駆動輪回転角であり、その値は、駆動輪12が段差に接触した時点でゼロになる。
【0149】
そして、段差抵抗トルクτD の値は、図22に示されるように変化する。すなわち、駆動輪12が段差に接触した時点で最大値であるτD,Max となり、昇段中に徐々に減少し、昇段を終了した時点で最小値であるゼロになる。
【0150】
また、図23に示されるように、段差が下り、すなわち、降段である場合、最大段差抵抗トルクτD,Max 及び段差昇降抵抗率ξは、次の式(14)及び(15)で表される。なお、図23においても、Xは段差検出時における段差までの距離であり、Hは段差の高さであるが、降段の場合、Hはゼロ未満、すなわち、マイナスとなる。
【0151】
【数11】

【0152】
そして、段差抵抗トルクτD の値は、図24に示されるように変化する。すなわち、駆動輪12が段差に接触した時点で最小値であるゼロであり、降段中に徐々に減少し、降段を終了する時点の直前で最大値であるτD,Max となる。
【0153】
最後に、主制御ECU21は、段差昇降トルクτC を決定する(ステップS2−24)。この場合、推定した段差抵抗トルクτD の値を段差昇降トルクτC の値とする。すなわち、τC =τD とする。
【0154】
このように、段差昇降トルクの決定処理においては、段差の高さHに応じて段差抵抗トルクτD の大きさを変えるようになっている。つまり、段差の高さHの値が大きいほど段差抵抗トルクτD の値を大きくする。
【0155】
また、車両10の段差昇降状態に応じて段差抵抗トルクτD の大きさを変えるようになっている。つまり、駆動輪回転角θW から車両10の昇降状態を推定し、段差昇降抵抗率ξの値を変化させる。これにより、車両10の速度変化にも対応することができる。
【0156】
具体的には、段差を上る場合、すなわち、段差の高さHがゼロ以上の場合、駆動輪回転角θW の増加とともに、段差抵抗トルクτD (段差昇降抵抗率ξ)を減少させる。これは、段差を上るにつれて、車両10を支持するために必要な駆動トルクが減少するからである。
【0157】
一方、段差を下る場合、すなわち、段差の高さHがゼロ未満の場合、駆動輪回転角θW の増加とともに、段差抵抗トルクτD (段差昇降抵抗率ξ)を増加させる。これは、段差を下るにつれて、車両10を支持するために必要な駆動トルクが増加するからである。
【0158】
これにより、段差昇降時における車両10の走行状態を安定的に制御することができる。
【0159】
なお、本実施の形態においては、車両10の前方に位置する段差に前進して突入した場合についてのみ説明したが、車両10の後方に位置する段差に後進して突入した場合についても、同様の制御を実施することができる。
【0160】
また、本実施の形態においては、段差の昇降動作中に距離センサ71を使用しない場合について説明したが、車両10の段差昇降状態をより正確に把握するために、距離センサ71の計測値を利用することもできる。これにより、駆動輪12がスリップしても安定した制御を行うことが可能となる。
【0161】
さらに、本実施の形態においては、段差昇降抵抗率ξの決定式に不連続な関数を使用した場合について説明したが、不連続部分を連続に修正した関数を使用することもできる。また、不連続部分における制御のチャタリング又は車両動作のハンチングを防止するために、ヒステリシス制御(例えば、2つの閾(しきい)値を設定し、駆動輪12の回転方向に応じて閾値を変える制御)を導入してもよい。
【0162】
さらに、本実施の形態においては、非線形の力学モデルに基づく決定式を使用した場合について説明したが、簡略化のために、線形近似した式を使用してもよい。また、駆動輪12の変形、転がり摩擦、スリップ条件等を考慮した、より高度な決定式を使用してもよい。
【0163】
このように、本実施の形態においては、車両10の進行方向の段差を距離センサ71によって検出し、該距離センサ71によって計測した段差の位置及び高さH並びに駆動輪回転角θW に応じて、段差昇降トルクτC の値を変化させるようになっている。したがって、段差の昇降時にも車体の倒立姿勢を安定に保つことができる。これにより、車両10は、段差のある場所でも安全に、かつ、快適に走行することができる。
【0164】
なお、本実施の形態においては、2つの距離センサ71によって段差の検出、並びに、段差の位置及び高さHを計測した場合について説明したが、他の装置や方法を使用することもできる。例えば、カメラによって車両10の進行方向の画像を取得し、取得した画像を解析することによって、段差の検出、並びに、段差の位置及び高さHを計測してもよい。また、例えば、GPS(Global Positioning System)を利用して車両10の位置を取得する車両位置取得システムと、路面と段差に関する情報を含む地図データとに基づいて、車両10の周囲に存在する段差の情報を取得してもよい。
【0165】
次に、本発明の第4の実施の形態について説明する。なお、第1〜第3の実施の形態と同じ構造を有するものについては、同じ符号を付与することによってその説明を省略する。また、前記第1〜第3の実施の形態と同じ動作及び同じ効果についても、その説明を省略する。
【0166】
図26は本発明の第4の実施の形態における段差乗り上げ時に段差抵抗トルクが変化する様子の一例を示す図である。図26において、(a)は計測によって決定された段差抵抗トルク想定値の変化を示す図、(b)はオブザーバによって推定された段差抵抗トルク推定値の変化を示す図である。また、図27は本発明の第4の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【0167】
車両10が段差を昇降する際に、段差計測センサによって段差進入時までに取得した段差の位置や高さ等の計測値を用いる方法は、時間遅れを伴う推定値を用いる方法と比べて、時間遅れの無い安定した段差昇降制御を行うことができる。しかし、前記段差計測センサの精度が不十分であると、前記車両10の動作が乱れることがある。段差計測センサによって取得した計測値に基づく段差昇降制御を適切に実行するためには、段差の高さ及び位置について、非常に高い精度の計測値が要求される。段差の高さの計測値に誤差が存在すると、段差昇降時に必要な駆動トルクの付加量に過不足が生じる。また、段差の位置の計測値に誤差が存在すると、段差昇降制御の実行を開始するタイミングが実際に段差へ進入する瞬間からずれてしまう。このとき、段差昇降中の車両10には、不必要な加減速や車体の大きな傾斜が起こることがある。
【0168】
また、一般に、段差計測センサの計測値は、定常的又は準定常的な誤差を含みやすい。定常的な誤差の要因としては、段差計測センサの取り付け位置や角度のずれ等が挙げられる。また、準定常的な誤差の要因としては、大気組成の変化、駆動輪12の変形、姿勢センサの温度ドリフト等が考えられる。
【0169】
さらに、段差計測センサの計測値が異常状態にある場合、例えば段差計測センサが故障した場合、その異常状態を段差計測センサの計測値のみから判断するのは困難な場合がある。例えば、段差の高さの計測値は、段差がない場合は零であり、前方に高い壁がある場合は極めて大きな値となるため、その値から異常状態を判断するのは難しい。そして、段差計測センサの故障を含む計測値の異常を確実に防ぐためには、信頼性が極めて高い、高価なシステムと頻繁な保守点検が必要となる。特に、段差計測センサを段差の計測だけでなく他の用途、例えば周囲の障害物を監視する車両周囲監視用のセンサとしても使用する場合、前記段差計測センサの異常が車両10の安全性に強く影響を及ぼすため、その異常状態を検出することは非常に重要である。
【0170】
また、段差計測センサによる段差の計測値に基づく段差昇降制御では、段差の存在を進入前に認識し、段差に接触した瞬間から制御を実行することができるが、計測された段差の高さから推定される段差抵抗トルクの値には、大きな誤差が存在することがある。
【0171】
一方、オブザーバによる段差抵抗トルクの推定値に基づく段差昇降制御では、実際の力学モデルに基づいて段差抵抗トルクを推定するため、その誤差は比較的小さいが、推定及び制御には必ず時間遅れが存在する。したがって、段差計測センサによる段差の計測値に基づく段差昇降制御の長所と、オブザーバによる段差抵抗トルクの推定値に基づく段差昇降制御の長所とを両立させること、すなわち、オブザーバによる段差抵抗トルクの推定値を段差進入前に取得することが望ましい。
【0172】
そこで、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値に基づいて、段差の計測値を補正する。具体的には、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値の時間履歴とセンサ計測による段差抵抗トルク想定値の時間履歴における極値点の値と検出時刻を比較することで両段差抵抗トルクの大きさと位相の違いを評価し、その結果に基づいてセンサ計測値による段差抵抗トルク想定値を補正する。このとき、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の大きさが、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値の大きさに近づくように補正する。さらに、補正した段差抵抗トルク想定値を、段差昇降トルクとして段差昇降時の駆動トルクに加える。
【0173】
また、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値に基づいて、段差の計測値の異常状態を検出する。具体的には、センサ計測による段差抵抗トルク想定値に存在する極値点とオブザーバによる段差抵抗トルク推定値に存在する極値点が大きく異なる場合には、段差計測センサによる計測値が異常であると判断し、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値を段差昇降トルクとする。
【0174】
これにより、段差計測センサによる段差の計測値をより適切に利用することができる。
【0175】
特に、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の大きさをオブザーバによる段差抵抗トルク推定値の大きさに近づけることで、センサ計測値に基づく段差昇降制御の長所とオブザーバ推定値に基づく段差昇降制御の長所とを両立させることができる。また、段差計測センサによる計測値の異常状態も容易に検出することができる。
【0176】
次に、本実施の形態における走行及び姿勢制御処理の詳細について説明する。なお、走行及び姿勢制御処理の概要、状態量の取得処理、目標走行状態の決定処理、目標車体姿勢の決定処理及びアクチュエータ出力の決定処理については、前記第1の実施の形態と同様であるので、説明を省略し、段差昇降トルクの決定処理についてのみ説明する。
【0177】
まず、主制御ECU21は、段差計測センサの計測値を取得する(ステップS2−31)。この場合、前記第3の実施の形態と同様に、段差計測センサとしての前後2つの距離センサ71から対地距離の計測値を取得する。
【0178】
続いて、主制御ECU21は、段差の位置と高さとを決定する(ステップS2−32)。この場合、各距離センサ71から取得した対地距離の時間履歴と、車体傾斜角θ1 と、搭乗部14の位置、すなわち、能動重量部位置λS とに基づき、段差の位置と高さとを決定する。
【0179】
続いて、主制御ECU21は、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S を決定する(ステップS2−33)。この場合、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S を、前記第3の実施の形態において説明した前記式(11)によって算出する。これにより得られたセンサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S 、すなわち、段差計測センサによって取得した計測値に基づいて決定された段差抵抗トルクは、例えば、図26(a)に示されるように変化する。
【0180】
続いて、主制御ECU21は、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O を決定する(ステップS2−34)。この場合、状態量の取得処理で取得した各状態量と、前回(一つ前の時間ステップ)の走行及び姿勢制御処理におけるアクチュエータ出力の決定処理で決定した各アクチュエータの出力に基づき、前記第1の実施の形態において説明した前記式(1)によって、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O を決定する。これにより得られたオブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O 、すなわち、段差昇降時の実際の車両動作に基づいて推定された段差抵抗トルクは、例えば、図26(b)に示されるように変化する。
【0181】
続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク値補正処理を実行する(ステップS2−35)。この場合、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値の時間履歴とセンサ計測による段差抵抗トルク想定値の時間履歴に基づいて、センサ計測による段差抵抗トルク想定値を補正する。具体的には、両段差抵抗トルクに含まれ、同じ段差に対応する一組の極値点について、その極値の比によって段差抵抗トルク想定値の振幅を補正し、その検出時刻の差によって段差抵抗トルクの位相を補正する。
【0182】
最後に、主制御ECU21は、段差昇降トルクτC を決定する(ステップS2−36)。この場合、補正された段差抵抗トルクτD の値を段差昇降トルクτC の値とする。すなわち、τC =τD とする。
【0183】
次に、段差抵抗トルク値補正処理の詳細について説明する。
【0184】
図28は本発明の第4の実施の形態における段差抵抗トルク値補正処理の動作を示すフローチャートである。
【0185】
段差抵抗トルク値補正処理において、主制御ECU21は、まず、段差抵抗トルク想定値極値点判定処理を実行する(ステップS2−35−1)。この場合、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S の時間履歴において、極値が検出された場合には段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS を1とし、極値が検出されていない場合には段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS を0とする。
【0186】
続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク推定値極値点判定処理を実行する(ステップS2−35−2)。この場合、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O の時間履歴において、極値が検出された場合には段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO を1とし、極値が検出されていない場合には段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO を0とする。
【0187】
続いて、主制御ECU21は、両極値点判定フラグの値から、同じ段差に対応する一組の極値点が抽出できたか否かを判定する(ステップS2−35−3)。この場合、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS と段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO との積が1である場合、すなわち、極値点判定フラグが共に1である場合、同じ段差に対応する一組の極値点が抽出できたと判定する。一方、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS と段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO との積が1でない場合、すなわち、極値点判定フラグの少なくとも一方が0である場合、同じ段差に対応する一組の極値点が抽出できていないと判定する。
【0188】
段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS と段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO との積が1である場合、すなわち、同じ段差に対応する一組の極値点が抽出できたと判定した場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク補正パラメータを更新する(ステップS2−35−4)。この場合、両極値点の極値(大きさ)及びその検出時刻に基づいて、段差抵抗トルクを補正するときに用いるパラメータである振幅補正率A(k) と位置ずれ補正量δ(k) の値を更新する。
【0189】
【数12】

【0190】
さらに、TL,O はオブザーバの推定時間遅れである。この値は理論的又は経験的に取得することができる値であり、例えば段差抵抗トルク推定値に対するローパスフィルタの時定数を所定値として、あらかじめ与えておく。
【0191】
そして、Nは段差抵抗トルク補正パラメータのフィルタ定数であり、前記式(16)及び式(18)で示されているフィルタリング処理の特性定数を表す。この値には所定値、例えばN=5を与えておく。なお、このフィルタは、極値点検出回数、すなわち、段差通過回数に対するローパスフィルタであり、無限インパルス応答型の1次ローパスフィルタに相当する。
【0192】
続いて、主制御ECU21は、極値点判定に関する各パラメータを初期化する(ステップS2−35−5)。この場合、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS と段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO の値を共に0に戻すと共に、後述の段差抵抗トルク想定値極値点判定タイマー値tS と段差抵抗トルク推定値極値点判定タイマー値tO を共に0に戻す。
【0193】
最後に、主制御ECU21は、段差抵抗トルクを補正する(ステップS2−35−6)。この場合、更新された段差抵抗トルク補正パラメータによって、センサ計測による段差抵抗トルク想定値を補正した値を、段差抵抗トルクとする。
【0194】
すなわち、段差抵抗トルクτD は、更新された段差抵抗トルク補正パラメータである振幅補正率A(k) 及び位置ずれ補正量δ(k) 、そして、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S に基づいて、次の式(20)によって決定される。
【0195】
【数13】

【0196】
ここで、τD,S (θW )は、センサ計測による段差抵抗トルク想定値を駆動輪回転角θW の関数として示されており、前記式(11)で定義された関数である。
【0197】
このように、段差抵抗トルクを補正した後、処理を終了する。
【0198】
一方、同じ段差に対応する一組の極値点が抽出できたか否かを判定し(ステップS2−35−3)、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS と段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO との積が1でない場合、すなわち、同じ段差に対応する一組の極値点をまだ抽出していないと判定した場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク推定値の対応極値点検出に関するタイムアウト判定を行う(ステップS2−35−7)。この場合、段差抵抗トルク想定値極値点判定タイマー値tS と段差抵抗トルク推定値極値点判定タイマー値tO の少なくとも一方が所定の閾値Tshより大きいか否かを判定する。
【0199】
段差抵抗トルク想定値極値点判定タイマー値tS は、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O に極値点が検出された時刻からの経過時間であり、この極値点に対応するもう一方の極値点がセンサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S で検出されるまで増加を続ける。また、段差抵抗トルク推定値極値点判定タイマー値tO は、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S に極値点が検出された時刻からの経過時間であり、この極値点に対応するもう一方の極値点がオブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O で検出されるまで増加を続ける。
【0200】
すなわち、極値点判定タイマー値の一方が所定の閾値Tshより大きいことは、一方の段差抵抗トルクで検出された極値点に対応するもう一方の極値点が所定の時間Tsh以上の間検出できなかったことを意味する。
【0201】
段差抵抗トルク想定値極値点判定タイマー値tS と段差抵抗トルク推定値極値点判定タイマー値tO の少なくとも一方が所定の閾値Tshより大きい場合、すなわち、一方の段差抵抗トルクで検出された極値点に対応するもう一方の極値点が所定の時間検出できなかった場合、主制御ECU12は、これを「異常」と判断し、段差抵抗トルクを変更する(S2−35−8)。この場合、その異常状態の原因が段差計測センサによる段差の計測値にあると判断し、そのセンサ計測値に基づく段差抵抗トルク想定値τD,S の代わりに、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O の値を段差抵抗トルクτD とし、処理を終了する。
【0202】
一方、段差抵抗トルク想定値極値点判定タイマー値tS と段差抵抗トルク推定値極値点判定タイマー値tO が共に所定の閾値Tsh以下である場合、すなわち、両段差抵抗トルクの極値点が共にまだ検出されていない場合、あるいは、一方の段差抵抗トルクで極値点が検出された直後の場合、主制御ECU12は、これを「正常」と判断し、段差抵抗トルクの補正を実行する(S2−35−6)。この場合、両段差抵抗トルクのこれまでの時間履歴に存在した極値の組に基づいて調整された段差抵抗トルク補正パラメータに基づいて、パラメータ補正直後のときと同様に、補正を実行し、処理を終了する。
【0203】
次に、段差抵抗トルク想定値極値点判定処理の詳細について説明する。
【0204】
図29は本発明の第4の実施の形態における段差抵抗トルク想定値極値点判定処理の動作を示すフローチャートである。
【0205】
段差抵抗トルク想定値極値点判定処理において、主制御ECU21は、まず、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグによる判定を実行する(ステップS2−35−1−1)。この場合、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS の値によって、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S の極値点がすでに検出されたか否かを判定する。
【0206】
段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS が1の場合、すなわち、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S の極値点がすでに検出されている場合、主制御ECU21は、段差抵抗トルク推定値極値点判定タイマー値tO を本制御処理の実行周期Δtだけ増加させて(ステップS2−35−1−5)、処理を終了する。
【0207】
一方、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS が0の場合、すなわち、センサ計測による段差抵抗トルク想定値τD,S の極値点がまだ検出されていない場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク想定値極値点検出の判定を実行する(ステップS2−35−1−2)。この場合、段差抵抗トルク想定値τD,S の時間履歴から極値点を検出する。
【0208】
時刻tの関数である段差抵抗トルク想定値τD,S (t) が、次の条件式(21)を満足するとき、極値点が存在するとみなす。
【0209】
【数14】

【0210】
段差抵抗トルク想定値τD,S が条件式(21)を満足しない場合、すなわち、極値点は存在しないと判定した場合は、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS を0に設定したまま、処理を終了する。
【0211】
一方、段差抵抗トルク想定値τD,S が条件式(21)を満足する場合、すなわち、極値点が存在すると判定した場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク想定値極値点における極値の妥当性についての判定を実行する(ステップS2−35−1−3)。この場合、検出した段差抵抗トルク想定値極値点が補正の参照値として妥当であるか、あるいは、すでに検出された段差抵抗トルク推定値極値点と対応する極値点であるかを、その極値に基づいて判定する。
【0212】
【数15】

【0213】
検出した段差抵抗トルク想定値極値点の極値が前述の条件を満足した場合、すなわち、その極値点が妥当であると判定された場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS の値を0から1に変えて(ステップS2−35−1−4)、処理を終了する。
【0214】
一方、検出した段差抵抗トルク想定値極値点の極値が前述の条件を満足しなかった場合、すなわち、その極値点が妥当であると判定されなかった場合は、段差抵抗トルク想定値極値点判定フラグifS の値を0に設定したまま、処理を終了する。
【0215】
次に、段差抵抗トルク推定値極値点判定処理の詳細について説明する。
【0216】
図30は本発明の第4の実施の形態における段差抵抗トルク推定値極値点判定処理の動作を示すフローチャートである。
【0217】
段差抵抗トルク推定値極値点判定処理において、主制御ECU21は、まず、段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグによる判定を実行する(ステップS2−35−2−1)。この場合、段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO の値によって、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O の極値点がすでに検出されたか否かを判定する。
【0218】
段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO が1の場合、すなわち、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O の極値点がすでに検出されている場合、主制御ECU21は、段差抵抗トルク想定値極値点判定タイマー値tS を本制御処理の実行周期Δtだけ増加させて(ステップS2−35−2−5)、処理を終了する。
【0219】
一方、段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO が0の場合、すなわち、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値τD,O の極値点がまだ検出されていない場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク推定値極値点検出の判定を実行する(ステップS2−35−2−2)。この場合、段差抵抗トルク推定値τD,O の時間履歴から極値点を検出する。
【0220】
時刻tの関数である段差抵抗トルク推定値τD,O (t) が、次の条件式(24)を満足するとき、極値点が存在するとみなす。
【0221】
【数16】

【0222】
段差抵抗トルク推定値τD,O が条件式(24)を満足しない場合、すなわち、極値点は存在しないと判定した場合は、段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO を0に設定したまま、処理を終了する。
【0223】
一方、段差抵抗トルク推定値τD,O が条件式(24)を満足する場合、すなわち、極値点が存在すると判定した場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク推定値極値点における極値の妥当性についての判定を実行する(ステップS2−35−2−3)。この場合、検出した段差抵抗トルク推定値極値点が補正の参照値として妥当であるか、あるいは、すでに検出された段差抵抗トルク想定値極値点と対応する極値点であるかを、その極値に基づいて判定する。
【0224】
【数17】

【0225】
検出した段差抵抗トルク推定値極値点の極値が前述の条件を満足した場合、すなわち、その極値点が妥当であると判定された場合、続いて、主制御ECU21は、段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO の値を0から1に変えて(ステップS2−35−2−4)、処理を終了する。
【0226】
一方、検出した段差抵抗トルク推定値極値点の極値が前述の条件を満足しなかった場合、すなわち、その極値点が妥当であると判定されなかった場合は、段差抵抗トルク推定値極値点判定フラグifO の値を0に設定したまま、処理を終了する。
【0227】
このように、主制御ECU21は、オブザーバによって推定された段差抵抗トルクの値に基づいて、段差計測センサによる段差の計測値を補正する。
【0228】
具体的には、センサ計測による段差抵抗トルク想定値を補正し、その値に基づいて段差昇降制御を実行する。これにより、段差進入前にその段差の影響を正しく評価できるため、より安定した車両の段差昇降動作を実現できる。
【0229】
また、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値を用いて補正を行う。すなわち、センサ計測による段差抵抗トルク想定値とオブザーバによる段差抵抗トルク推定値について、段差昇降時における各々の時間履歴を比較し、その結果に基づいて補正パラメータを調整する。これにより、次の段差に進入するときに、より正しい段差抵抗トルクの値を設定できる。
【0230】
さらに、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の大きさを補正する。すなわち、センサ計測による段差抵抗トルク想定値に振幅補正率を乗ずることにより、段差の高さによって決定される段差抵抗トルクの大きさを補正する。これにより、駆動トルクの付加量が適正値に調整され、段差昇降時の車両走行状態が安定する。また、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値の極値とセンサ計測による段差抵抗トルク想定値の極値との比を振幅補正率とする。これにより、実際の段差昇降動作に基づいて決定された値であるオブザーバによる段差抵抗トルク推定値の大きさに、段差抵抗トルクの大きさを近づけ、適切なトルク付加量を設定できる。すなわち、オブザーバによる高精度な段差抵抗トルク推定値を実質的に段差進入前に取得することができる。
【0231】
さらに、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の位相を補正する。すなわち、センサ計測による段差抵抗トルク想定値を決定する変数である駆動輪回転角を、位置ずれ補正量だけ減ずることによって、段差の位置によって決定される段差抵抗トルク想定値の位相、例えば、想定値が零から増加し始める駆動輪回転角の値を補正する。これにより、駆動トルクを付加するタイミングが調整され、段差昇降時の車両走行状態が安定する。また、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の極値点検出時刻からオブザーバによる段差抵抗トルク推定値の極値点検出時刻までの時間から、ローパスフィルタ等によるオブザーバの特性値である推定時間遅れだけ減じた時間を、センサの誤差による時間のずれとみなし、これをセンサ計測による段差抵抗トルク想定値の極値点検出時刻における駆動輪回転角速度で駆動輪回転角に換算した値を位置ずれ補正量とする。これにより、段差位置の計測誤差を適切に評価し、それを軽減することができる。
【0232】
さらに、フィルタを用いて、段差抵抗トルク補正パラメータを徐々に変化させる。すなわち、新たに検出された段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点に基づいて、段差抵抗トルク補正パラメータである振幅補正率及び位置ずれ補正量を更新する際、更新前のパラメータ値と新規のパラメータ値の各々に所定の重みをかけて足し合わせるフィルタリング処理を施すことで、各段差抵抗トルク補正パラメータの値を極値点検出の度に徐々に変化させる。これにより、極値点の誤認識等によって生じる誤った段差抵抗トルク補正による影響を抑え、安定な段差昇降制御を実現できる。
【0233】
さらに、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点について、両極値点の極値及び検出時刻に基づいて、同じ段差に対応する一組の極値点を抽出し、補正に適用する。すなわち、段差抵抗トルク推定値及び想定値の一方の極値点が検出されてから所定の時間以内に検出されたもう一方の極値点の中から、同じ段差に対応する極値点を抽出する。また、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点が共に検出されていない場合には、極値の絶対値が所定の閾値以上である極値点を、補正に適用可能な極値点として抽出する。一方、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点の一方が検出されている場合には、両極値の比または逆比が所定の閾値以上で1以下の極値点が、段差抵抗トルク推定値及び想定値のもう一方で検出されたとき、両極値点を有効な一組の極値点とみなし、段差抵抗トルク補正パラメータの更新に適用する。これにより、オブザーバの推定値をセンサの計測値と正しく比較し、適切な補正パラメータの値を設定できる。
【0234】
また、主制御ECU21は、オブザーバによって推定された段差抵抗トルクの値に基づいて、段差計測センサによる段差計測値の異常を判断する。
【0235】
具体的には、段差抵抗トルク推定値及び想定値の両極値点について、一方の極値点に対応する他方の極値点が検出されなかった場合、センサによる段差の計測値を異常と判断する。すなわち、段差抵抗トルク推定値及び想定値の一方の極値点が検出されてから所定の時間以内に、それに対応するもう一方の極値点、すなわち、両極値点の極値の比または逆比が所定の閾値以上で1以下となるような極値点が検出されなかった場合に、センサによる段差抵抗トルク想定値を異常と判断する。このように、オブザーバによる推定値を参照することで、段差計測センサによる段差計測値の異常を的確に判断することができる。
【0236】
また、段差計測値の異常が検出された場合、オブザーバによる推定値に基づいて段差昇降制御を続行する。すなわち、異常検出時には、段差抵抗トルクの値をオブザーバによる段差抵抗トルク推定値とする。これにより、段差計測センサの異常時でも、安全な走行を維持できる。
【0237】
なお、本実施の形態においては、段差計測センサによる段差の計測値自体の補正は、車両の段差昇降制御には不要であるため、実行していない。しかし、それを必要とする場合には、本実施の形態における段差抵抗トルク補正パラメータを用いて、段差の高さの計測値HS 、及び、段差の位置の計測値XS を、次の式(27)及び(28)によって、補正することができる。
【0238】
【数18】

【0239】
また、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値及び想定値の一方の極値点が検出されてから所定の時間内に、もう一方の極値点が複数検出された場合、所定の条件を満たす極値点の中で最も早く検出された極値点を同じ段差に対応した極値点であるとみなしているが、これと異なる基準によって選択してもよい。例えば、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の極値点が検出された時刻からオブザーバの推定時間遅れ分だけ経過した時刻に最も近い時刻に検出されたオブザーバによる段差抵抗トルク推定値の極値点を同じ段差に対応した極値点であるとみなしてもよい。これにより、対応する極値点をより高精度に選ぶことができる。また、同様の場合には、正しい極値点を選択することは困難であると判断して、段差抵抗トルク補正パラメータの更新を禁止してもよい。これにより、より確実に段差抵抗トルク補正パラメータを適切な値に調整することができる。
【0240】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点が同じ段差に対応しているかを、両極値点の極値の比に基づいて判定しているが、異なる指標に基づいて判断してもよい。また、本実施の形態においては、両極値点の極値の比である振幅補正率を乗ずることによって段差抵抗トルクの値を補正しているが、異なる方法で補正してもよい。例えば、両極値点の極値の差の絶対値が所定の閾値より小さいときに両極値点が対応していると判断し、その差を加えることによって段差抵抗トルクの値を補正してもよい。これにより、段差高さの計測誤差が一定値である場合に、高精度の補正を実現できる。
【0241】
さらに、本実施の形態においては、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の極値点を検出するときも、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値の極値点を検出する方法と同様の方法を用いていることで、任意の段差抵抗トルク想定手法に適用可能な方法としているが、別の方法を用いてもよい。例えば、センサによる段差検出時に予測される駆動輪回転角と段差抵抗トルクとの関係に基づいて、その関数の極値点(段差上り開始時又は段差下り終了時)を自動的に補正パラメータ更新に適用する対象としてもよい。これにより、極値検出に要するアルゴリズムを簡素化することができる。
【0242】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点について、その極値の比や検出時刻の差が所定の閾値以下であれば、必ずそれを用いた補正パラメータの更新を行うが、両極値点の違いの変化が小さい場合には補正パラメータの更新を行わなくてもよい。例えば、各補正パラメータ更新前の極値点と比較して、極値の比の変化率が所定の閾値以下である場合には振幅補正率を更新しない。また、駆動輪回転角ずれの変化量が所定の閾値以下である場合には位置ズレ補正量を更新しない。これにより、過度の補正パラメータ更新に伴う値の周期的な振動を抑えるのと共に、主制御ECU21の演算量を軽減させることができる。
【0243】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値及び想定値について、その極値点のみを比較することによって段差抵抗トルクを補正しているが、他のデータも考慮して補正を実行してもよい。例えば、段差昇降動作の開始から終了までに相当する段差抵抗トルク推定値及び想定値の履歴について、その平均値と平均変化率を比較することによって、段差抵抗トルクの振幅を補正してもよい。また、段差上り開始時または段差下り終了時に相当する段差抵抗トルクの変化率が所定の閾値を上回った時刻を比較することによって、段差抵抗トルクの位相を補正してもよい。これにより、段差抵抗トルク補正の信頼性が高まる可能性がある。
【0244】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点が検出された時刻の差を駆動輪回転角に換算して段差抵抗トルクの位相を補正することで、任意の車両速度への適応を実現しているが、他の物理量に基づいて位相を補正してもよい。例えば、両極値検出の時間差を直接利用して、センサによる段差抵抗トルク想定値の時間遅れ量を調整してもよい。この方法は比較的一定の速度で走行する車両に有効であり、所定値であるオブザーバの推定時間遅れの誤差も同時に補正することができるため、より適切な補正を実現できる。
【0245】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルク補正パラメータに対して、補正回数に基づくフィルタリング処理を施すことにより、パラメータ補正を安定化させているが、フィルタリング処理に他の要素を考慮してもよい。例えば、前回に補正を行った時刻からの経過時間を考慮し、経過時間が大きいほど前回の補正パラメータに対する重みを小さくしてもよい。これにより、時間経過に伴い誤差が徐々に大きくなるようなセンサ特性に対して、より適切な補正を実行できる。また、フィルタをより高次のものに変更してもよい。さらに、振幅補正率と位置ずれ補正量で異なる値のフィルタ定数を適用してもよい。
【0246】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルクの大きさと位相を補正しているが、どちらか一方のみを補正してもよい。また、一方の補正量に基づいて、もう一方の補正量を調整してもよい。例えば、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点に基づいて段差抵抗トルクの振幅を補正し、同時にその必要補正量に相当する段差計測センサの取り付け位置や角度のずれを推定し、その値に基づいて必然的に発生すると推定される段差抵抗トルクの位相のずれ量だけを補正することで、振幅と位相の補正を実現してもよい。この方法は、誤差が発生する要因がある程度特定できる場合に有効であり、信頼性の比較的高い振幅補正に基づくことで、位相の補正についても高い信頼性を保証できる。
【0247】
さらに、本実施の形態においては、センサによって計測された段差の高さと位置に基づいて決定された段差抵抗トルク想定値をオブザーバによる段差抵抗トルク推定値と比較し、それを補正することで、実質的に段差計測値の誤差を補正しているが、段差計測値そのものを比較し、補正してもよい。例えば、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値の極値から、段差の位置と高さを推定し、センサによる段差計測値がその値と一致するように、補正を行ってもよい。これにより、段差位置や高さの計測における誤差の妥当性を、センサの特性や取り付け方法などを考慮して、より簡単に評価することができる。また、段差計測センサを周辺障害物検出等の他の用途にも使用する場合、他の用途における誤差の補正や信頼性の向上も実現できる。
【0248】
さらに、本実施の形態においては、段差抵抗トルク推定値及び想定値の極値点について、その極値の比又は検出時刻の差が所定の許容範囲から一度でも外れると段差計測センサ計測値の異常と判断するが、これとは異なる判断基準を用いてもよい。例えば、両極値点の極値の比又は検出時刻の差が、連続して所定の回数外れた場合に段差計測センサ計測値の異常と判断してもよい。これにより、段差計測センサ計測値の異常状態をより的確に判断できる可能性がある。
【0249】
さらに、本実施の形態においては、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値とセンサ計測による段差抵抗トルク想定値に大きな違いが存在する場合に、センサ計測による段差抵抗トルク想定値の方が異常であると判断しているが、詳細な検討によって段差抵抗トルク推定値と同想定値のどちらが異常であるかを判断してもよい。例えば、オブザーバによる段差抵抗トルクの推定に用いられる駆動輪回転角などの状態量や駆動トルクなどの入力量について、その妥当性を他の力学モデル等に基づいて調べ、それらが問題ないと判断された場合にのみ、センサ計測値の異常と判断してもよい。これにより、システムの異常要因をより高精度に特定することができる。
【0250】
さらに、本実施の形態においては、段差計測センサの計測値が異常と判断された場合、オブザーバによる段差抵抗トルク推定値で代用することによって、段差昇降を含む車両の走行を計測できるようにしているが、それと同時に、乗員による車両走行指令の制限や、警告音や警告灯を用いた異常状態の報知を実行してもよい。これにより、段差計測センサ故障時でも、より高い安全性が確保される。
【0251】
なお、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づいて種々変形させることが可能であり、それらを本発明の範囲から排除するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0252】
【図1】本発明の第1の実施の形態における車両の構成を示す概略図であり乗員が搭乗した状態で加速前進している状態を示す図である。
【図2】本発明の第1の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態における車両の段差昇降動作を示す概略図である。
【図4】本発明の第1の実施の形態における車両の走行及び姿勢制御処理の動作を示すフローチャートである。
【図5】本発明の第1の実施の形態における車両の力学モデル及びそのパラメータを示す図である。
【図6】本発明の第1の実施の形態における状態量の取得処理の動作を示すフローチャートである。
【図7】本発明の第1の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図8】本発明の第1の実施の形態における目標走行状態の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図9】本発明の第1の実施の形態における能動重量部位置の目標値及び車体傾斜角の目標値の変化を示すグラフである。
【図10】本発明の第1の実施の形態における目標車体姿勢の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図11】本発明の第1の実施の形態におけるアクチュエータ出力の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図12】本発明の第2の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。
【図13】本発明の第2の実施の形態における車両の段差の昇降における動作を示す概略図である。
【図14】本発明の第2の実施の形態における状態量の取得処理の動作を示すフローチャートである。
【図15】本発明の第2の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図16】本発明の第2の実施の形態における目標車体姿勢の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図17】本発明の第2の実施の形態におけるアクチュエータ出力の決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図18】本発明の第3の実施の形態における車両の構成を示す概略図であり段差手前で段差を検出している状態を示す図である。
【図19】本発明の第3の実施の形態における車両の段差の昇降における動作を示す概略図である。
【図20】本発明の第3の実施の形態における車両の制御システムの構成を示すブロック図である。
【図21】本発明の第3の実施の形態における上りの段差を測定するときの幾何学的条件を示す図である。
【図22】本発明の第3の実施の形態における上りの段差の段差昇降抵抗率の変化を示す図である。
【図23】本発明の第3の実施の形態における下りの段差を測定するときの幾何学的条件を示す図である。
【図24】本発明の第3の実施の形態における下りの段差の段差昇降抵抗率の変化を示す図である。
【図25】本発明の第3の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図26】本発明の第4の実施の形態における段差乗り上げ時に段差抵抗トルクが変化する様子の一例を示す図である。
【図27】本発明の第4の実施の形態における段差昇降トルクの決定処理の動作を示すフローチャートである。
【図28】本発明の第4の実施の形態における段差抵抗トルク値補正処理の動作を示すフローチャートである。
【図29】本発明の第4の実施の形態における段差抵抗トルク想定値極値点判定処理の動作を示すフローチャートである。
【図30】本発明の第4の実施の形態における段差抵抗トルク推定値極値点判定処理の動作を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0253】
10 車両
12 駆動輪
20 制御ECU
71 距離センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車体と、
該車体に回転可能に取り付けられた駆動輪と、
路面の段差を計測する段差計測センサと、
前記駆動輪に付与する駆動トルクを制御して前記駆動輪と前記車体の姿勢を制御する車両制御装置とを有し、
該車両制御装置は、前記段差を昇降するときに、前記段差による抵抗である段差抵抗トルクを推定する段差抵抗トルク推定手段を備え、段差抵抗トルクの推定値に基づいて前記段差計測センサによる段差の計測値を補正し、当該補正された段差昇降トルクを前記駆動トルクに追加することを特徴とする車両。
【請求項2】
前記車両制御装置は、前記段差抵抗トルクの計測値の時間履歴と前記段差抵抗トルクの推定値の時間履歴とに基づいて、前記段差抵抗トルクの計測値を補正する請求項1に記載の車両。
【請求項3】
前記車両制御装置は、前記段差抵抗トルクの推定値の極値点の極値と前記段差抵抗トルクの想定値の極値点の極値とに基づいて、前記段差抵抗トルクの計測値を補正する請求項1又は2に記載の車両。
【請求項4】
前記車両制御装置は、前記段差抵抗トルクの推定値の時間履歴と前記段差抵抗トルクの計測値の時間履歴とに基づいて、前記段差の計測値の異常を検出する請求項1〜3のいずれか1項に記載の車両。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【公開番号】特開2009−255796(P2009−255796A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−108544(P2008−108544)
【出願日】平成20年4月18日(2008.4.18)
【出願人】(591261509)株式会社エクォス・リサーチ (1,360)
【Fターム(参考)】