説明

車輌用制動制御装置

【課題】 低摩擦・低速状態の制動フィーリングを向上させることのできる車輌用制動制御装置を提供すること。
【解決手段】 本発明の車輌用制動制御装置は、車輪に車輪制動力を付与して車輌を制動させる車輪制動力付与手段と、この車輪制動力を制御する車輪制動力制御手段とを有しており、車輪制動力制御手段は、路面状態が所定状態よりも低摩擦側にあり、かつ、車速が所定値よりも低い状態にある低摩擦および低速状態であると判定した場合には、駆動輪に付与する車輪制動力を、低摩擦・低速状態ではなかった場合に駆動輪に付与される車輪制動力よりも増大させることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪に付与する車輪制動力を制御して車輌を制動させる車輌用制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車輌の制動力を制御する装置としては、特開平4-278872号公報に記載のものなどが知られている。これらの従来の車輌用制動装置は、車輪に付与する車輪制動力を制御して、車輌全体を制動させるものである。
【特許文献1】特開平4-278872号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
雪道や凍結路などの低摩擦路上では路面との摩擦が少ないので、通常路と同様の操作をしても車輌全体に作用する車輪制動力は低下する。一方、低速での車輌制動時であっても、多少の駆動力は車輪に伝達されている。このため、低摩擦路上での低速走行からの停止時など、低摩擦・低速状態で車輌を制動させた場合は、通常路よりも駆動力の影響が大きく感じられることがあり、運転者に違和感を与えることがあった。
【0004】
また、車輪制動力は前後輪ができるだけ同時にロックするように、制動時の接地荷重移動を考慮して前輪側の制動力配分が後輪側よりも大きくされていることが一般的である。この場合、車輌制動時に後輪側に付与される車輪制動力は、前輪側に付与される車輪制動力よりも小さくなる。この結果、後輪駆動車では駆動輪側の制動力配分が小さくなるので、上述した違和感は車輌押し出し感として特に顕著に感じられることとなる。なお、後輪駆動車の場合は上述した違和感が特に顕著に感じられるが、前輪駆動車など後輪駆動車以外の駆動方式の車輌の場合であっても、運転者に上述した違和感を与える場合がある。
【0005】
従って、本発明の目的は、低摩擦・低速状態の制動フィーリングを向上させることのできる車輌用制動制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の車輌用制動制御装置は、車輪に車輪制動力を付与して車輌を制動させる車輪制動力付与手段と、車輪制動力を制御する車輪制動力制御手段とを有する車輌用制動制御装置において、車輪制動力制御手段は、ブレーキ液圧を発生させるポンプモータと、ポンプモータから各車輪のホイールシリンダまでの間に配されたブレーキ配管と、ブレーキ配管上に配設され、ホイールシリンダ内のブレーキ油圧を制御する制と、路面状態が所定状態よりも低摩擦側にある低摩擦状態を判定する低摩擦判定手段と、車速が所定値よりも低い状態にある低速状態を判定する低速判定手段と、を備え、前輪側に付与する車輪制動力と後輪側に付与する車輪制動力とを、両者の制動力配分によって制御する車輪制動力配分制御を行い、低摩擦判定手段と低速判定手段との出力結果から低摩擦および低速状態にあると判定した場合に、車輪制動力配分制御を行いつつ、制御弁を制御してホイールシリンダのうちの駆動輪に設けられたホイールシリンダ内のブレーキ油圧を増圧することで、駆動輪に付与する車輪制動力を、低摩擦および低速状態ではなかった場合に駆動輪に付与される車輪制動力よりも増大させることを特徴としている。
【0007】
本発明の車輌用制動制御装置によれば、低摩擦および低速状態での車輌制動時には、車輪制動力制御手段によって駆動輪に付与される車輪制動力を増大させ、車輌に作用する駆動力をより一層減じさせる。これによって、低摩擦および低速状態での車輌制動時であっても、車両が走行方向に駆動されてしまうようなフィーリングを抑止でき、通常路と同様な制動フィーリングを得ることができる。また、低摩擦および低速状態における制動時に駆動輪に付与する車輪制動力を増大させることによって、車輌を停止させやすくするという利点も得られる。また、前後輪の車輪制動力配分によって駆動輪に付与される車輪制動力を増大(即ち従動輪に付与される車輪制動力は減少)させるので、車輌走行状態を安定させつつ、低摩擦および低速状態時の制動フィーリングを向上させることができる。
【0008】
また、ここで、車輌が後輪駆動車である場合は、上述した低摩擦および低速状態での制動時に特に顕著であった違和感を効果的に抑制できるので好ましい。さらに、ここで、車輪制動力制御手段は、低摩擦および低速状態の判定時に、車輪に付与した車輪制動力に基づく目標減速度と、これによって車輌に発生した実減速度との比較結果から路面状態を判定することが好ましい。このようにすれば、低摩擦および低速状態での制動によって、車輌に作用すると思われる減速度と実際に車輌に作用している減速度とに基づいて、路面状態を正確に把握できる。これにより、低摩擦および低速状態時の制動フィーリングをより一層向上させることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、車輪に付与する車輪制動力を制御して車輌を制動させるもので、路面状態が所定状態よりも低摩擦側にあり、かつ、車速が所定値よりも低い状態にある低摩擦および低速状態であると判定した場合には、駆動輪に付与する車輪制動力を、低摩擦および低速状態でなかった場合に駆動輪に付与される車輪制動力よりも増大させるので、低摩擦・低速状態の制動フィーリングを向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の車輌用制動制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0011】
まず、本発明の車輌用制動制御装置の第一実施形態について説明する。図1に示されるように、本実施形態の車輌用制動制御装置は、いわゆるハイドロブースタアクチュエータ方式をとっている。また、本実施形態の制動制御装置が搭載された車輌は後輪駆動車であり、前輪は完全に従動輪として機能するものである。
【0012】
車輌の制動時には、ブレーキキャリパー101内のホイールシリンダ11に対して液圧(本実施形態においては、ブレーキフルードとしてブレーキオイルを用いているため、以下油圧とも言う)を伝達させる。この油圧によってブレーキパッドを車輪に結合されたブレーキディスク100に押しつけ、車輪の回転を制動して車輌を制動させる。制動時に必要となる油圧は、マスタシリンダ兼ブレーキブースタ(以下単にマスタシリンダという)1と、液圧源であるポンプモータ3及びアキュミュレータ4とによって発生される。
【0013】
マスタシリンダ1によって発生された油圧やアキュミュレータ4に蓄圧された油圧は、ブレーキオイルを媒体として、液圧伝達経路であるブレーキ配管を介して各車輪のホイールシリンダ11に伝達される。ブレーキ配管内に充填されるブレーキオイルは、リザーバタンク2内に貯蔵されている。そして、このブレーキ配管上には複数の制御弁(ソレノイドバルブ)10が配設されており、制御弁10は油圧の伝達経路を切り替えると共にホイールシリンダ11に伝達される油圧を調節する。
【0014】
以下、上述した各構成部位について詳述する。
【0015】
マスタシリンダ1は、いわゆるタンデム式のもので、運転者のブレーキペダル5の操作踏力をブーストするブレーキブースタと一体的に構成されている。マスタシリンダ1の内部には、リザーバタンク2からの配管を介してブレーキオイルが充填されている。
【0016】
マスタシリンダ1の車輌客室側(図1右方側)の内部には、ブレーキペダル5に接続されたオペレーティングロッド1aと、このオペレーティングロッド1aに結合されたパワーピストン1bと、このパワーピストン1bに当接されたマスタシリンダピストン1cとがスライド可能に配置されている。オペレーティングロッド1aとパワーピストン1bとマスタシリンダピストン1cとは、ブレーキペダル5が踏み込まれると一体となって図1中左方にスライドする。
【0017】
また、マスタシリンダ1の他端側の内部には、第一リターンスプリング1d及びコネクティングロッド1eを介してマスタシリンダピストン1cに連結されたレギュレータピストン1fと、このレギュレータピストン1fに接続されたスプールバルブ1gとがスライド可能に配置されている。レギュレータピストン1fとスプールバルブ1gとは一体となってスライドするが、第二リターンスプリング1hによって図1中右方に常に付勢されている。
【0018】
マスタシリンダピストン1cとレギュレータピストン1fとの間には、マスタシリンダ室1iが形成されており、通常はこのマスタシリンダ室1iの圧力が前輪のホイールシリンダ11伝えられる。ホイールシリンダ11に伝達された油圧によってブレーキパッドがブレーキディスクに押圧されて車輪を制動し、この結果、車輌全体が制動される。即ち、このホイールシリンダ11に伝達された油圧を制御することによって車輪制動力を制御している。
【0019】
また、レギュレータピストン1fのマスタシリンダ室1iとは反対側には、レギュレータ室1jが形成されており、通常はこのレギュレータ室1jの圧力が、パワーピストン1bの車輌客室側に形成されるブースタ室1kを介して、後輪のホイールシリンダ11に伝えられる。即ち、通常は、アキュミュレータ4の油圧が、レギュレータ室1jからブースタ室1kにかけてのレギュレータ部によって調整された後に、後輪のホイールシリンダ11に伝えられる。
【0020】
スプールバルブ1gは、そのスライド位置によって、レギュレータ室1jをリザーバタンク2と連通させるかアキュミュレータ4と連通させるかを切り替えている。なお、第一リターンスプリング1dのバネ定数は第二リターンスプリング1hのバネ定数よりも大きく、ブレーキペダル5が踏み込まれたときには、まず第二リターンスプリング1hから縮められる。
【0021】
また、ブースタ室1kからのブレーキ配管上には、レギュレータ室1jからブースタ室1kにかけての油圧を検出するマスタシリンダ圧力センサ7が配設されている。このマスタシリンダ圧力センサ7の出力結果と、後述する制御弁10の制御状態とから、ホイールシリンダ11に伝達される油圧を検出する。
【0022】
上述したブレーキペダル5には、このブレーキペダル5が操作されたことを検出するブレーキ操作検出手段であるストップランプスイッチ6が接続されている。ストップランプスイッチ6は、ブレーキペダル5が操作されたときに、車輌後部に取り付けられたストップランプを点灯させるスイッチとして機能すると共に所定の信号をブレーキ制御全般を司るスキッドコントロールコンピュータ13に送出する機能を有している。
【0023】
液圧源を構成するポンプモータ3は、スキッドコントロールコンピュータ13からの命令に従って、バッテリの電力によって駆動され、リザーバタンク2内に貯蔵されたブレーキオイルをアキュミュレータ4に対して送出する。液圧源のもう一つの構成要素であるアキュミュレータ4は、ポンプモータ3によって送出されたブレーキオイルを、その内部に高圧下で貯蔵する。
【0024】
また、アキュミュレータ4からのブレーキ配管上には、圧力スイッチ8とリリーフバルブ9とが配設されている。圧力スイッチ8は、二つ一組で構成されており、一方の圧力スイッチPHは、ブレーキ配管上の油圧が、所定の下限圧力(ここでは、約15MPa)以下となったときにはPH低圧信号をスキッドコントロールコンピュータ13に送り、所定の上限圧力(ここでは、約16.1MPa)となったときにはPH高圧信号をスキッドコントロールコンピュータ13に送る。スキッドコントロールコンピュータ13は、PH低圧信号を受けたときにはポンプモータ3を駆動させてアキュミュレータ4内の油圧を上昇させ、PH高圧信号を受けたときはポンプモータ3を停止させ、アキュミュレータ4内の圧力を常に所定の範囲内に維持している。
【0025】
他方の圧力スイッチPLは、ブレーキ配管上の油圧が、所定の下限圧力(ここでは、約10.8MPa)以下となったときにはPL低圧信号をスキッドコントロールコンピュータ13に送り、所定の上限圧力(ここでは、約11.9MPa)となったときにはPL高圧信号をスキッドコントロールコンピュータ13に送る。スキッドコントロールコンピュータ13は、PL低圧信号を受けたときには、液圧源が正常に稼働していないとして、ブレーキウォーニングランプを点灯させると共にブザーを吹鳴させて運転者の注意を喚起させる。
【0026】
なお、圧力スイッチ8の故障などによって液圧源の油圧が非常に高圧(ここでは、約24MPa)となると、リリーフバルブ9が油圧によって開かれる。これによって、アキュミュレータ4側のブレーキオイルがリザーバタンク2側に戻されることになり、ブレーキ配管内での過剰な圧力上昇が防止される。
【0027】
液圧伝達経路となるブレーキ配管が、図1に示されるように配設されており、このブレーキ配管上には、伝達経路を切り替えると共にホイールシリンダ11に伝達させる油圧を調整するための複数の制御弁10が配設されている。図1に示された状態は、全ての制御弁10がオフにされた状態である。本実施形態においては、制御弁10はソレノイドバルブによって構成されているが、ブレーキオイルの伝達経路を切り替えると共に伝達させる油圧を調整できれば、どのような機構であっても良い。なお、以下の説明において、各制御弁10を図1中の各制御弁10に付した記号によって区別する。
【0028】
マスタシリンダ室1iからのブレーキ配管は二つに分岐され、その各ブレーキ配管上にそれぞれ制御弁SA1,SA2が配設されている。制御弁SA1,SA2からは各前輪へのブレーキ配管が配設されており、制御弁SA1,SA2は、それぞれ制御弁SFRH,SFLHを介して、各前輪のホイールシリンダ11に連通している。制御弁SA1,SA2は、前輪のホイールシリンダ11に伝達される油圧を、マスタシリンダ室1iからの油圧とするか、あるいはアキュミュレータ4からの油圧やレギュレータ部からの油圧とするかを切り替えている。ここで、アキュミュレータ4からの油圧やレギュレータ部からの油圧が伝達される際には、制御弁SA1,SA2の切替に加えて、制御弁STR及び制御弁SA3の切替も行われる。
【0029】
制御弁SFRH,SFLHとホイールシリンダ11との間から、ブレーキ配管が更に分岐され、それぞれ制御弁SFRR,SFLRが配設されている。制御弁SFRR,SFLRは、リザーバタンク2に連通している。これらの制御弁SFRH,SFLH,SFRR,SFLRを用いて、ホイールシリンダ11内の油圧を増圧させる増圧モード、ホイールシリンダ11内の油圧を保持させる保持モード、ホイールシリンダ11内の油圧を減圧させる減圧モードを切り替える。
【0030】
上述した各モードを、右前輪を例に説明する。増圧モードは、制御弁SFRH,SFRRの双方がオフの状態で、各ホイールシリンダ11に対して油圧を伝達させてホイールシリンダ11内の油圧を増圧させる状態である。このとき、各ホイールシリンダ11にレギュレータ部からの油圧を伝達させるか、液圧源からの油圧を伝達させるかは、制御弁SA1〜SA3,STRによって切り換えられる。制御弁SA1〜SA3,STRを制御して、液圧源からの油圧をホイールシリンダ11に伝達させれば、運転者の操作にかかわらず油圧を増加させることができる。
【0031】
一方、保持モードは、制御弁SFRRがオフ、制御弁SFRHがオンの状態で、ホイールシリンダ11へのブレーキ配管を全て遮断してホイールシリンダ11内の油圧を保持させる状態である。減圧モードは、制御弁SFRH,SFRRの双方がオンの状態で、ホイールシリンダ11をリザーバタンク2に連通させてホイールシリンダ11内の油圧を減圧させる状態である。左前輪の場合も同様である。なお、ホイールシリンダ11内の油圧を増圧させるときの増圧速度や減圧させるときの減圧速度は、制御弁10の開閉DUTY比によって制御する。
【0032】
一方、レギュレータ部(レギュレータ室1j〜ブースタ室1kにかけての調圧機構部)からのブレーキ配管上には制御弁SA3が配設されている。制御弁SA3からのブレーキ配管は、制御弁STRから制御弁SA1,SA2へのブレーキ配管と交差された後に二つに分岐され、その各ブレーキ配管上にそれぞれ制御弁SRRH,SRLHが配設されている。制御弁SRRH,SRLHは、それぞれ各後輪のホイールシリンダ11に連通している。制御弁SA3は、制御弁STRと共に制御され、後輪のホイールシリンダ11に伝達させる油圧を、レギュレータ部からの油圧とするか、アキュミュレータ4からの油圧とするかを切り替える。
【0033】
制御弁SRRH,SRLHとホイールシリンダ11との間から、ブレーキ配管が更に分岐され、それぞれ制御弁SRRR,SRLRが配設されている。制御弁SRRR,SRLRは、リザーバタンク2に連通している。これらの制御弁SRRH,SRLH,SRRR,SRLRを用いて、増圧モード、保持モード、減圧モードを切り替えるのは、前輪側と同様である。
【0034】
また、車輪速センサ12が各車輪毎に取り付けられており、各車輪の回転速度を検出している。車輪速センサ12の検出結果に基づいて、スキッドコントロールコンピュータ13が車輌の車速を算出する。上述したポンプモータ3や、ストップランプスイッチ6、マスタシリンダ圧力センサ7、各制御弁10、各車輪速センサ12は、スキッドコントロールコンピュータ13に接続されている。スキッドコントロールコンピュータ13は、マイクロコンピュータによって構成され、車輌の制動制御やその他の制御を司っている。
【0035】
また、上述したスキッドコントロールコンピュータに13には、車輌の前後方向に作用している減速度を検出する前後Gセンサ14と外気温を検出する外気温センサ15も接続されている。なお、外気温センサ15は、エンジンの吸入空気の温度を検出する吸気温センサやエアコンの外気温センサを流用してもよい。本実施形態の外気温センサ15は、上述した吸気温センサであり、エンジンコントロールコンピュータ(図示せず)を介してスキッドコントロールコンピュータに13に接続されている。
【0036】
本実施形態の制動制御装置は、上述したような構成を有しているため、各車輪に付与する車輪制動力(ホイールシリンダ油圧)を各車輪毎に個別に制御することができる。言い換えれば、上述したマスタシリンダ1や液圧源(ポンプモータ3及びアキュミュレータ4)、ブレーキ配管、各制御弁10、ホイールシリンダ11、ブレーキディスク100、ブレーキキャリパー101などが、車輪に対して車輪制動力を付与する車輪制動力付与手段として機能する。また、スキッドコントロールコンピュータ13や各種センサ7,12,14,15、各制御弁10などが、車輪に付与する車輪制動力を制御する車輪制動力制御手段として機能する。
【0037】
次に、車輌制動時における前後輪間の制動力配分制御について簡単に説明する。
【0038】
理想的な制動状態は、全ての車輪が最大限の制動力を発揮する場合であり、前輪と後輪とが同時にロックする状態である。また、車輌の制動時には荷重移動が生じ、前進時の制動では前輪の接地荷重が増加し、後輪の接地荷重は減少する。接地荷重が増加するほど路面との間で発生する摩擦力は増加して制動力も増加し、これとは反対に、接地荷重が減少するほど路面との間で発生する摩擦力は減少して制動力も減少する。
【0039】
このため、通常、前輪と後輪との間の制動力配分は、前輪側が大きくなるように設定される。なお、この前進時の制動での前輪への荷重移動は、制動時の車速が速いほどより顕著となる。高車速から制動を行う場合はブレーキ油圧(車輪制動力)は高くなるので、ブレーキ油圧(車輪制動力)が高くなるにつれて前輪へのブレーキ油圧の配分を高くしている。このように、前後輪に付与する車輪制動力を、前輪と後輪とを独立して制御せず、両者の間の配分として制御することによって、より効果的な制動を実現することができる。
【0040】
次に、上述した制御装置を用いた低摩擦および低速状態での車輌制動について説明する。
【0041】
なお、ここでは、路面状態が所定状態よりも低摩擦側にある状態を低摩擦状態といい、車速が所定値よりも低い状態にある状態を低速状態といい、低摩擦状態で、かつ、低速状態である状態を低摩擦および低速状態(低摩擦・低速状態)という。
【0042】
低摩擦および低速状態での車輌制動制御のフローチャートを図2に示す。まず、低摩擦路判定処理が行われ(ステップ100)、路面状態が所定状態よりも低摩擦側にあるか否かが判定される。この低摩擦路判定処理のサブルーチンを表すフローチャートを図3に示す。まず、この図3に示されるフローチャートから説明する。
【0043】
低摩擦路判定処理は、まず、マスタシリンダ圧力センサ7と制御弁10の制御状態とから各輪のホイールシリンダ11に伝達された油圧を検出する。そして、検出された油圧から、通常時(低摩擦状態でない時)に車輌に対して発生可能な目標減速度Gtを演算する(ステップ200)。続いて、前後Gセンサ14によって車輌に実際に作用している(作用した)実減速度Gvを検出する(ステップ210)。なお、ここでは、目標減速度Gt及び実減速度Gvなどの減速度は、車輌前進時の制動によって発生する減速度を正の値として扱っている。
【0044】
実減速度Gvの絶対値|Gv|に対する目標減速度Gtの絶対値|Gt|の差分を求め、この差分が閥値G0(<0)よりも小さいか否かを判定する(ステップ220)。なお、絶対値|Gv|,|Gt|で判定しているので、前進時のみならず後退時も制御の対象としている。この差分が閥値G0(<0)よりも小さい場合は、目標減速度Gtの方が大きく、かつ、その差分が所定値(即ち、閥値G0の絶対値|G0|)よりも大きいことになる。ここでGv-Gt<0とせずに、単にGv-Gt<G0としたのは以下の理由による。車輌走行時には、どのような走行状態であっても実減速度Gvと目標減速度Gtとが完全に一致することはまれである。このため、閥値G0を設けて目標減速度Gtに対して実減速度Gvが確実に小さい場合のみを検出することができるようにしている。
【0045】
ステップ220が否定される場合は、目標減速度Gtに対して実減速度Gvがほぼ目標通り発生していると判断できる。この場合は、低摩擦路上での制動ではないとして、低摩擦路フラグに0をセットし(ステップ260)、このサブルーチンを終了する。一方、ステップ220が肯定される場合は、目標減速度Gtに対して実減速度Gvが目標通り発生しておらず、実減速度Gvが目標に対して小さく、低摩擦路上での制動である可能性が高いと判断できる。この場合は、実減速度Gvが所定値G1(>0)よりも小さいか否かを判定する(ステップ230)。
【0046】
ステップ230が否定される場合は、路面状態が所定状態よりも高摩擦側にあると判断できるので、低摩擦路フラグに0をセットし(ステップ260)、このサブルーチンを終了する。一方、ステップ230が肯定される場合は、路面状態が所定状態よりも低摩擦側にある可能性が高いと判断できる。この場合は、ABSの作動経験があるか否かを確認する(ステップ240)。ステップ240では、ステップ240実行時点でABSが実行中であるか、あるいは、イグニッションオンからステップ240実行時までにABSの実行履歴があるかによって判断する。
【0047】
ステップ240が否定される場合は、減速度からは路面状態が所定状態よりも低摩擦側にあると思われるが、ABSの作動状況からは路面状態は低摩擦ではないと思われるので、低摩擦路フラグに0をセットし(ステップ260)、このサブルーチンを終了する。一方、ステップ240が肯定される場合は、減速度からもABSの作動状況からも路面状態が所定状態よりも低摩擦側にあると判断できるので、低摩擦路フラグに1をセットし(ステップ250)、このサブルーチンを終了する。
【0048】
即ち、ステップ230及びステップ240の双方で路面状態が所定状態よりも低摩擦側であるか否かをダブルチェックしている。そして、このように低摩擦路フラグが1となるような状態を、ここでは低摩擦状態という。
【0049】
図2に示されるサブルーチンが終了して低摩擦路フラグがセットされた後、図1に示されるフローチャートのステップ110に進む。ステップ110では、低摩擦路フラグが1であるか否かを判定する。ステップ110が否定される場合は、低摩擦状態ではないので、上述した車輪制動力配分を通常状態(低摩擦状態でない状態)の制動力配分を用いて各車輪に車輪制動力を付与する(ステップ140)。配分された車輪制動力は、上述したようにホイールシリンダ11に伝達される油圧を制御弁10によって制御することによって付与される。
【0050】
これに対して、ステップ110が肯定される場合は、車輪速センサ12によって検出される車速Vsの絶対値|Vs|が閥値Vsm(>0)より小さいか否かを判定する(ステップ120)。ステップ120が肯定されるときは、車輌は閥値Vsmよりも小さい速さで走行していると判定でき、ここでは、このような場合を低速状態という。なお、車速Vsの絶対値|Vs|で判定しているので、前進時のみならず後退時も制御の対象としている。
【0051】
ステップ120が肯定される場合は、上述した低摩擦状態と低速状態とが両立している状態、即ち、低摩擦・低速状態であるので、上述した車輪制動力配分を低摩擦・低速状態用の配分を用いて各車輪に車輪制動力を付与する(ステップ130)。配分された車輪制動力は、上述したようにホイールシリンダ11に伝達される油圧を制御弁10によって制御することによって付与される。
【0052】
低摩擦・低速状態用の車輪制動力配分は、上述した通常状態の車輪制動力配分よりも、駆動輪側(本実施形態においては後輪側)に付与される車輪制動力が増大された配分である。なお、これらの車輪制動力の付与は、上述したように、ホイールシリンダ11の油圧を制御することによって行われ、油圧の制御は制御弁10の開閉DUTY比によって行われる。
【0053】
本実施形態の制御装置によれば、低摩擦・低速状態での車輌制動時に駆動輪である後輪に付与される車輪制動力を増大させて車輌に作用する駆動力を減じさせる。これによって、低摩擦・低速状態での車輌制動時に車両が走行方向に駆動されてしまうようなフィーリングを抑止でき、良好な制動フィーリングを得ることができる。また、低摩擦・低速状態での車輌制動時に駆動輪である駆動輪に付与する車輪制動力を増大させて車輌に作用する駆動力を減じさせるので、車輌を停止させやすくもなる。
【0054】
また、前後輪の車輪制動力配分制御を行いつつ、駆動輪に付与される車輪制動力を増大させるので、車輌を制動させる上で前輪と後輪との車輪制動力のバランスは最適な配分が維持される。この結果、車輌走行状態を安定させつつ、低摩擦および低速状態時の制動フィーリングを向上させることができる。
【0055】
次に、本発明の車輌用制動制御装置の第二実施形態について説明する。
【0056】
本実施形態の制御装置の構成は、上述した第一実施形態の図1に示される構成と同様である。このため、ここでは本実施形態の制御装置の構成についての説明を省略する。また、本実施形態の制御装置は、その低摩擦路判定処理(図1のステップ100)のみが上述した第一実施形態の制御装置と異なるので、以下には、この点についてのみ説明する。
【0057】
本実施形態における低摩擦路判定処理サブルーチンのフローチャートを図4に示す。まず、外気温センサ15によって外気温Tを検出する(ステップ300)。次いで、この外気温Tが予め設定された閥値T0よりも小さいか否かを判定する(ステップ310)。閥値T0は、路面が凍結したり路面に霜が降りたりする温度として設定されている。即ち、外気温T1がこの閥値T0より小さい場合は、路面が低摩擦状態にあると判定することができる。
【0058】
そこで、ステップ310が肯定される場合には低摩擦路フラグに1をセットし(ステップ320)、ステップ310が否定される場合は、低摩擦路フラグに0をセットする(ステップ330)。即ち、ここでも、低摩擦路フラグに1がセットされる状態が低摩擦状態となる。その後の処理は、図1に示されるフローチャートに基づいて行われるため、説明は省略する。このようにして路面状態が所定状態よりも低摩擦側にあることを検出・判定することもできる。上述した第一実施形態と低摩擦状態の判定方法に差はあるが、本実施形態によっても、上述した第一実施形態と同様の効果が得られる。
【0059】
なお、本発明の車輌用制動制御装置は、上述した実施形態に限定されるものではない。例えば、上述した実施形態例においては、後輪駆動車を例にして説明したが、既に述べたように、後輪駆動以外の駆動方式を有する車輌の車輌制動制御装置にも適用可能である。また、上述した実施形態は、前後輪の車輪制動力配分のみを制御するものであったが、請求項2に記載の発明に関しては、前後輪の車輪制動力配分に加えて左右輪の制動力配分を行うものなど、前後輪の車輪制動力配分制御を伴うものであればどのような車輪制動力制御をするものであってもよい。
【0060】
また、上述した実施形態においては、マスタシリンダ圧力センサ7の出力結果と、制御弁10の制御状態(開閉DUTY比など)とから、各ホイールシリンダ11の油圧(車輪制動力)を検出したが、各輪のホイールシリンダ11毎に一つずつ圧力センサを取り付けて、各輪毎にホイールシリンダ11の油圧(車輪制動力)を直接検出してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】本発明の車輌用制動制御装置の実施形態の構成を示す構成図である。
【図2】本発明の車輌用制動制御装置の実施形態による制御処理のフローチャートである。
【図3】第一実施形態における低摩擦路判定処理サブルーチンのフローチャートである。
【図4】第二実施形態における低摩擦路判定処理サブルーチンのフローチャートである。
【符号の説明】
【0062】
1…マスタシリンダ、2…リザーバタンク、3…ポンプモータ、4…アキュミュレータ、5…ブレーキペダル、6…ストップランプスイッチ、7…マスタシリンダ圧力センサ、8…圧力スイッチ、9…リリーフバルブ、10…制御弁、11…ホイールシリンダ、12…車輪速センサ、13…スキッドコントロールコンピュータ、14…前後Gセンサ、15…外気温センサ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪に車輪制動力を付与して車輌を制動させる車輪制動力付与手段と、前記車輪制動力を制御する車輪制動力制御手段とを有する車輌用制動制御装置において、
車輪制動力制御手段は、ブレーキ液圧を発生させるポンプモータと、
前記ポンプモータから各車輪のホイールシリンダまでの間に配されたブレーキ配管と、
前記ブレーキ配管上に配設され、前記ホイールシリンダ内のブレーキ油圧を制御する制御弁と、
路面状態が所定状態よりも低摩擦側にある低摩擦状態を判定する低摩擦判定手段と、
車速が所定値よりも低い状態にある低速状態を判定する低速判定手段と、
を備え、
前輪側に付与する車輪制動力と後輪側に付与する車輪制動力とを、両者の制動力配分によって制御する車輪制動力配分制御を行い、
前記低摩擦判定手段と前記低速判定手段との出力結果から低摩擦および低速状態にあると判定した場合に、前記車輪制動力配分制御を行いつつ、前記制御弁を制御して前記ホイールシリンダのうちの駆動輪に設けられたホイールシリンダ内のブレーキ油圧を増圧することで、駆動輪に付与する車輪制動力を、低摩擦および低速状態ではなかった場合に駆動輪に付与される車輪制動力よりも増大させることを特徴とする車輌用制動制御装置。
【請求項2】
前記車輌が後輪駆動車であることを特徴とする請求項1に記載の車輌用制動制御装置。
【請求項3】
前記車輪制動力制御手段は、低摩擦および低速状態の判定時に、前記車輪に付与した前記車輪制動力に基づく目標減速度と、これによって前記車輌に発生した車輌減速度との比較結果から路面状態を判定することを特徴とする請求項1に記載の車輌用制動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−331755(P2007−331755A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−220104(P2007−220104)
【出願日】平成19年8月27日(2007.8.27)
【分割の表示】特願平11−298428の分割
【原出願日】平成11年10月20日(1999.10.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】