説明

転がり支持装置

【課題】真空中で使用された場合でも長期に渡って潤滑性能が良好である転がり支持装置を提供する。
【解決手段】内輪1および外輪2の軌道面に、水素(H)と炭素(C)とからなり水素含有率が40原子%以上53原子%以下であるダイヤモンドライクカーボン層を形成する。ボール3の間にポリエチレン製のスペーサ4を配置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、転がり軸受、ボールねじ、およびリニアガイド等の転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真空中で使用される装置用の転がり軸受は、潤滑油やグリースによる潤滑ができないたため、例えば、下記の特許文献1では、軌道面や転動面に固体潤滑剤(フッ素樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト等)からなる被膜を設けるとともに、固体潤滑剤を含有する材料で保持器を形成することが提案されている。
潤滑油やグリースと比較して固体潤滑剤は、使用時のゴミやガスの発生が少ないが、半導体装置や液晶パネルの製造工場で求められる清浄度は年々厳しくなり、固体潤滑剤を用いても要求がクリアできない状況にある。
【0003】
一方、ダイヤモンドライクカーボン(以下「DLC」と略称する。)膜は、大気中での摩擦係数が0.2以下であり、二硫化モリブデンやフッ素樹脂と同程度に小さいだけでなく、表面がダイヤモンドに準ずる硬さ(10GPa以上の塑性変形硬さ)を有するため、ゴミやガスを発生しない。そのため、転がり支持装置の軌道面等に形成する新たな耐摩耗性被膜として注目されている。
【0004】
下記の特許文献2〜4には、転がり軸受の軌道面あるいは転動体の表面の少なくともいずれかにDLC膜を形成することが記載されている。また、下記の特許文献5には、ボールねじの螺旋溝やリニアガイドの案内レールおよびスライダの溝に、DLC膜を形成することが記載されている。
下記の特許文献6には、転がり支持装置の軌道面または転動面に設けるDLC膜の密着性を良好にするために、下地層と中間層を形成することが記載されている。
【0005】
下記の特許文献7には、負荷ボールの間にスペーサボールが配置された転がり軸受が記載されている。
【特許文献1】特開2002−130300号公報
【特許文献2】特開2000−136828号公報
【特許文献3】特開2000−205277号公報
【特許文献4】特開2000−205279号公報
【特許文献5】特開2000−205280号公報
【特許文献6】特開2003−314560号公報
【特許文献7】特開平10−318262号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、真空中で使用される転がり支持装置には、更なる耐摩耗性の向上による寿命向上が求められている。
本発明の課題は、真空中で使用された場合でも長期に渡って潤滑性能が良好である転がり支持装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、互いに対向配置される軌道面を備えた第一部材および第二部材と、前記第一部材と第二部材の間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより前記第一部材および前記第二部材の一方が他方に対して相対運動する転がり支持装置において、前記第一部材および前記第二部材の少なくとも一方の軌道面は鉄鋼製であり、水素(H)と炭素(C)とからなり水素含有率が40原子%以上53原子%以下であるダイヤモンドライクカーボン層を表面に有し、前記転動体は鉄鋼製またはセラミックス製であり、前記転動体の間に、ポリオレフィン(例えば、ポリエチレンやポリプロピレン)製のスペーサが、少なくとも1個配置されていることを特徴とする転がり支持装置を提供する。
【0008】
DLC膜は、ダイヤモンド構造のSP3結合とグラファイト構造のSP2結合が混在しているアモルファス構造であり、SP3結合は硬さを付与し、SP2結合は摺動性(潤滑性)を付与する。そのため、SP3結合とSP2結合の割合によってDLC膜の性質は変化する。すなわち、SP3結合が多いDLC膜は硬いが摺動性が低くなり、SP2結合が多いDLC膜は摺動性は高いが膜強度が低くなる傾向にある。本発明では、炭素以外に水素を所定範囲で含有するDLC層を形成することで、DLC層のSP3結合とSP2結合のバランスを良好にし、転がり支持装置として好適な摺動性と強度を得ている。
【0009】
本発明の転がり支持装置によれば、水素(H)と炭素(C)とからなり水素含有率が40原子%以上53原子%以下であるDLC層が鉄鋼製の軌道面に形成されていることにより、真空中での摩擦係数を0.1以下と小さくすることができる。DLC層の水素含有率が40原子%未満であると、真空中での摩擦係数が0.1より大きくなる。DLC層の水素含有率が53原子%を超えると、表面に絶縁層が形成されて安定したDLC層が形成され難くなる。
【0010】
また、転動体は鉄鋼製またはセラミックス製であり、前記転動体の間に、ポリオレフィン製のスペーサが、少なくとも1個配置されていることにより、潤滑性が良好となる。すなわち、ポリオレフィンはC−H結合を有するパラフィン系炭化水素であるため、真空中での回転時に、ポリオレフィン製のスペーサから、転動体の転動面や第一部材および第二部材の軌道面に炭化水素の転移層が形成される。この転移層が潤滑作用を発揮して潤滑性が良好となる。
【0011】
本発明の転がり支持装置において、前記転動体がボールの場合、前記スペーサは、直径が前記ボールの直径の97.5%以上99.9%以下の球体であることが好ましい。
本発明の転がり支持装置において、前記転動体は円筒ころの場合、前記スペーサは、直径が前記円筒ころの直径の97.5%以上99.9%以下の円筒体であることが好ましい。
【0012】
スペーサの転動体(ボールまたは円筒ころ)に対する直径の比が97.5%より小さいと、スペーサの回転が不安定となる。前記比が99.9%より大きいと、鉄鋼製またはセラミックス製の転動体よりもポリオレフィン製のスペーサの方が線膨張係数が大きいことから、転動体の回転を阻害する恐れがある。
DLC層は、プラズマCVD法やスパッタリング法等のように、水素、アルゴン、または窒素を気体の状態で供給可能な成膜法により形成することができるが、特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(以下「UBMS」と略称する。)法により形成することが好ましい。
【0013】
UBMS法は、非平衡な磁場分布を有するマグネトロンカソードを使用することにより、通常のマグネトロンスパッタリング法(バランスドマグネトロンスパッタリング法)と比較して基板(被成膜面)の近傍でのプラズマ密度を高くすることができるため、成膜時の基板温度を低くすることができる。また、基板に負の電力を印加して行うバイアススパッタリングにより、硬いDLC層が形成できるという利点もある。特に、UBMS法によるバイアススパッタリングは、ターゲット電力とバイアス電圧の制御および気体導入量の制御によって、DLC層の組成を制御し易いため、特に好ましい成膜法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、真空中で使用された場合でも長期に渡って潤滑性能が良好である転がり支持装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。
図1に示すアンギュラ型ラジアル玉軸受(内径8mm、外径22mm、幅7mm)の内輪1と外輪2を、SUJ2(高炭素クロム軸受鋼2種)で形成し、内輪1の軌道溝を含む外周面全体と、外輪2の軌道溝を含む内周面全体に、下記の方法でDLC層を形成した。この軸受は、転動体であるボール3の間にスペーサ4が配置されている。
【0016】
成膜装置としては、(株)神戸製鋼所のUBMS装置「504」を使用した。ターゲットとしてクロムとカーボン(炭素)をこの装置の所定位置に設置した。先ず、被成膜物である内輪1と外輪2を溶剤により洗浄して、油分を除去した後に乾燥させた。
次に、これらを成膜装置のターンテーブルに載置して、被成膜物の表面をスパッタリングによりクリーンにして活性化する処理(ボンバード処理)を行った。このボンバード処理は、ターゲット電力0の状態でチャンバ内の圧力を10-2Pa程度にし、チャンバ内にアルゴンガスを導入して、被成膜物に負の電力をかけ、15分間アルゴンプラズマでスパッタリングすることにより行った。
【0017】
次に、クロムのターゲット電力を「−」にし、被成膜物には、これより大きな負のバイアス電圧(−50V〜−100V)をかけて、チャンバ内にアルゴンガスを導入してUBMSを行った。これにより、内輪1の軌道溝を含む外周面全体と、外輪2の軌道溝を含む内周面全体に、下地層としてクロム薄膜を厚さ0.2μmで形成した。
次に、クロムのターゲット電力を徐々に小さくするとともに、カーボンのターゲット電力を徐々に大きくしながら、チャンバ内にアルゴンガスを導入して、被成膜物のバイアス電圧はそのままでUBMSを行った。
【0018】
これにより、内輪1の軌道溝を含む外周面全体と、外輪2の軌道溝を含む内周面全体の各下地層(クロム薄膜)の上に、中間層として、クロムと炭素とからなり炭素含有率が徐々に大きくなる薄膜を厚さ0.3μmで形成した。クロムおよびカーボンのターゲット電力の制御は、中間層の膜厚が0.3μmとなった時点で、クロムのターゲット電力が0になるように行った。
【0019】
次に、カーボンのターゲット電力を印加し、クロムのターゲット電力を0とした状態で、チャンバ内に水素ガスを導入し続けながら成膜した。これにより、内輪1の軌道溝を含む外周面全体と、外輪2の軌道溝を含む内周面全体の各中間層(「クロム+カーボン」薄膜)の上に、水素を含有するDLC層を厚さ2μmで形成した。
その結果、SUJ2からなる内輪1の外周面全体と外輪2の内周面全体に、クロム薄膜からなる下地層、「クロム+カーボン」薄膜からなる中間層、水素を含有するDLC層がこの順に形成された。
【0020】
ここで、DLC層の成膜時の水素供給量を変化させて、DLC層の水素含有率が種々の値となっている内輪1および外輪2を作製した。
また、ボール3の直径は3.969mmであり、SUJ2で作製した。スペーサ4は、SUJ2製、ポリエチレン製、およびポリプロピレン製の球体で、ボール3に対する直径の比が異なる寸法のものを各種用意した。
【0021】
先ず、直径が3.870mm(転動体であるボール3の直径に対する比が97.5%)である球状スペーサ4を用い、内輪1と外輪2としては、DLC層の水素含有率が同じものを組み合わせて図1の玉軸受を組み立てた。これにより、スペーサ4の材料がSUJ2で内輪1および外輪2のDLC層の水素含有率が異なる複数の玉軸受と、スペーサ4の材料がポリエチレンで内輪1および外輪2のDLC層の水素含有率が異なる複数の玉軸受と、スペーサ4の材料がポリプロピレンで内輪1および外輪2のDLC層の水素含有率が異なる複数の玉軸受を作製した。
【0022】
得られた各玉軸受をアキシャル荷重10N、回転速度2000min-1、真空度3.0×10-4Paの条件で回転させて、焼き付きが生じるまで(外輪の温度が急上昇するまで)の回転数(寿命)を測定した。その結果を図2のグラフに示す。スペーサ4の材料がSUJ2の結果を「○」で、スペーサ4の材料がポリエチレンの結果を「□」で、スペーサ4の材料がポリプロピレンの結果を「■」で示す。
【0023】
図2のグラフから以下のことが分かる。スペーサ4の材料が同じ場合、内輪1および外輪2のDLC層の水素含有率が40原子%以上となると、38原子%以下の場合よりも寿命(焼き付きが生じるまでの時間)が著しく長くなる。内輪1および外輪2のDLC層の水素含有率が同じ場合、スペーサ4の材料がポリエチレンの場合に最も寿命が長く、次いでポリプロピレン製、SUJ2の順である。
【0024】
次に、内輪1と外輪2としては、DLC層の水素含有率が43原子%であるものを用い、転動体であるボール3の直径に対する比(スペーサ径/ボール径)が異なる球状スペーサ4を用いて図1の玉軸受を組み立てた。これにより、スペーサ4の材料がSUJ2でが「スペーサ径/ボール径」が異なる複数の玉軸受と、スペーサ4の材料がポリエチレンで「スペーサ径/ボール径」が異なる複数の玉軸受と、スペーサ4の材料がポリプロピレンで「スペーサ径/ボール径」が異なる複数の玉軸受を作製した。
【0025】
得られた各玉軸受をアキシャル荷重10N、回転速度2000min-1、真空度3.0×10-4Paの条件で回転させて、焼き付きが生じるまで(外輪の温度が急上昇するまで)の回転数(寿命)を測定した。その結果を図3のグラフに示す。スペーサ4の材料がSUJ2の結果を「○」で、スペーサ4の材料がポリエチレンの結果を「□」で、スペーサ4の材料がポリプロピレンの結果を「■」で示す。
【0026】
図3のグラフから以下のことが分かる。スペーサ4の材料がSUJ2製の場合、「スペーサ径/ボール径」が99.6%以上になると、99.7%以上99.5%以下の場合と比較して寿命(焼き付きが生じるまでの時間)が低下する。スペーサ4の材料がポリエチレン製とポリプロピレン製の場合は、「スペーサ径/ボール径」が99.9%となるまで、99.7%以上99.5%以下の場合と同等の寿命(焼き付きが生じるまでの時間)となる。「スペーサ径/ボール径」が同じ場合、スペーサ4の材料がポリエチレンの場合に最も寿命が長く、次いでポリプロピレン製、SUJ2の順である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の一実施形態に相当する玉軸受を示す正面図である。
【図2】焼き付きが生じるまでの回転数(寿命)と、内輪および外輪の軌道面に形成したDLC層の水素含有率との関係を示すグラフである。
【図3】焼き付きが生じるまでの回転数(寿命)と、「スペーサ径/ボール径」との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0028】
1 内輪(第一部材)
2 外輪(第二部材)
3 ボール(転動体)
4 球状のスペーサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向配置される軌道面を備えた第一部材および第二部材と、前記第一部材と第二部材の間に転動自在に配設された複数個の転動体と、を備え、前記転動体が転動することにより前記第一部材および前記第二部材の一方が他方に対して相対運動する転がり支持装置において、
前記第一部材および前記第二部材の少なくとも一方の軌道面は鉄鋼製であり、水素(H)と炭素(C)とからなり水素含有率が40原子%以上53原子%以下であるダイヤモンドライクカーボン層を表面に有し、
前記転動体は鉄鋼製またはセラミックス製であり、
前記転動体の間に、ポリオレフィン製のスペーサが、少なくとも1個配置されていることを特徴とする転がり支持装置。
【請求項2】
前記転動体はボールであり、前記スペーサは、直径が前記ボールの直径の97.5%以上99.9%以下の球体である請求項1記載の転がり支持装置。
【請求項3】
前記転動体は円筒ころであり、前記スペーサは、直径が前記円筒ころの直径の97.5%以上99.9%以下の円筒体である請求項1記載の転がり支持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−56936(P2007−56936A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−241282(P2005−241282)
【出願日】平成17年8月23日(2005.8.23)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】