説明

酸化物超電導導体

【課題】 電解研磨または化学研磨によって金属基材の表面粗さを改善し、優れた超電導特性を有する酸化物超電導導体の提供。
【解決手段】 Moを含まないNi−Cr合金からなり、その表面が電解研磨または化学研磨された金属基材上にイオンビームアシスト法によって多結晶中間薄膜が設けられ、該多結晶中間薄膜上に酸化物超電導体薄膜が設けられてなることを特徴とする酸化物超電導導体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テープ状などの金属基材上に多結晶中間薄膜を介して酸化物超電導薄膜を成膜してなる酸化物超電導導体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属テープ材などの平滑な金属基材上に、中間層を介してYBaCu系酸化物超電導体などの酸化物超電導薄膜を成膜した構成の酸化物超電導導体として、例えば、特許文献1〜4に開示された技術が提案されている。
【0003】
特許文献1には、金属、Ni基合金またはイットリア安定化ジルコニアからなり、かつ可撓性を有する基材と、平均表面粗さが0.05μm以下である前記基材の表面上に形成されている酸化物超電導層とを備えた超電導線が開示されている。また、この基材としては、セラミックコーティング層を有する金属又は合金からなる基材を用いることも記載されている。
特許文献2には、表面粗さRmaxが0.05μm以下に平滑化された長尺板状基材上に安定化ジルコニア等の材料をRFスパッタ法等により蒸着して形成された中間層が設けられ、該中間層上にレーザ蒸着法等により酸化物超電導層が形成された構成となっている。
特許文献3には、インコネル600板とセラミックス超電導体層との間に銀及びマグネシアを含む混合物からなる中間層を介在させたセラミックス超電導複合体が開示されている。
特許文献4には、ニッケル合金母材の1回の圧延での加工度を20%以下とし、圧延工程の前にニッケル合金母材を1000〜1050℃で焼き鈍し、さらにニッケル合金母材のトータルの加工度を60%以下とする超電導テープ導体用基材の製造方法が開示されている。
【特許文献1】特許第2803123号公報
【特許文献2】特開平5−250931号公報
【特許文献3】特開平6−328618号公報
【特許文献4】特開平10−245662号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、金属テープ材などの金属基材として、ハステロイなどのNi−Cr−Mo系合金が多く用いられている。このハステロイの一例として、ハステロイC276の組成を例示すれば、Cr14.5〜16.5%、Mo15〜17%、Fe4〜7%、W3〜4.5%、Ni残部である。
このハステロイC276のようにMoの量が多いNi基合金は熱処理が難しく、熱処理によってMoに富む化合物が析出してしまうことが多い(応用金属学大系6 128〜145頁)。さらに、その析出物近傍は、Moが欠乏してしまう組成変化を生じる。Moに富む化合物は貴であり、析出物近傍のMoが欠乏した基質部は卑である。そのため電解研磨のような、酸性溶液中で金属を溶解させ、平滑化させる方法を用いると、貴である部位と卑である部位における溶出の速度が異なり、平滑化できず、成膜用の基板として良好な成膜表面を得ることができない。
【0005】
本発明は前記事情に鑑みてなされ、電解研磨または化学研磨によって金属基材の表面粗さを改善し、優れた超電導特性を有する酸化物超電導導体の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、本発明は、Moを含まないNi−Cr合金からなり、その表面が電解研磨または化学研磨された金属基材上にイオンビームアシスト法によって多結晶中間薄膜が設けられ、該多結晶中間薄膜上に酸化物超電導体薄膜が設けられてなることを特徴とする酸化物超電導導体を提供する。
【0007】
本発明の酸化物超電導導体において、金属基材の平均表面粗さRa(JIS B0601)が9nm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、Moを含まないNi−Cr合金からなる金属基材を用いたことによって、金属基材に電解研磨または化学研磨を施す前に圧延や熱処理を伴う平滑化処理を施しても、Moに富む貴な析出部とその周囲の卑な部位との分離を生じることがなく、電解研磨や化学研磨によって平均表面粗さRaが極めて小さい平滑な金属基材を得ることができ、この金属基材上に多結晶中間薄膜を介して酸化物超電導薄膜を成膜することにより、臨界電流密度が高い高性能な酸化物超電導導体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
図1は、本発明の酸化物超電導導体の一実施形態を示す図である。この酸化物超電導導体1は、Moを含まないNi−Cr合金からなり、その表面が電解研磨または化学研磨されたテープ状の金属基材2上にイオンビームアシスト法によって多結晶中間薄膜3が設けられ、該多結晶中間薄膜3上に酸化物超電導体薄膜4が設けられた構成になっている。
【0010】
金属基材2の材料としては、NiとCrを主成分とし、Moを含んでいない各種の合金を使用することができ、例えば、NCF600(Ni76%、Cr15.5%、Fe8.0%、Mn0.50%、Si0.25%、C0.08%)、NCF601(Ni60.5%、Cr23%、Fe14%、Mn0.50%、Si0.25%、C0.05%、Al1.35%)、NCF750(Ni73%、Cr15.5%、Fe7.0%、Mn0.50%、Si0.25%、C0.04%、Al0.70%、Ti2.50%、Nb+Ta0.95%)、Ni−Cr合金690(Ni60%、Cr30%、Fe9.5%、Mn0.90%、Si0.20%、C0.03%)、Ni−Cr合金610(Ni71%、Cr15.5%、Fe9.0%、Mn0.90%、Si2.0%、C0.20%)、Ni−Cr合金705(Ni69.5%、Cr15.5%、Fe8.0%、Mn0.90%、Si5.5%、C0.30%)、50Cr−50Ni合金(Ni48.5%、Cr50%、Fe<1%、Mn<0.30%、Si<1%、C0.06%、Ti1.0%)、60Cr−40Ni合金(Ni39%、Cr60%、Fe<1%、Mn<0.30%、Si<1%、C0.05%、)などが挙げられる。前記Ni−Cr合金のうち、NCF600は、インコネル600(Inconel 600)の名称で知られる合金である。
【0011】
前述したNi−Cr合金の中でも、金属基材2として特に好ましい材料は、線膨張係数がYBaCu系酸化物超電導体の線膨張係数に近く、酸化物超電導薄膜4の成膜時又は成膜後の熱処理時に、線膨張係数の格差による応力が生じ難く、酸化物超電導薄膜4にダメージを与え難い点から、インコネル600、NCF610及びNi−Cr合金690が挙げられる。因みに、YBaCu系酸化物超電導体の線膨張係数は、11×10−6/℃程度であり、一方、インコネル600の線膨張係数は、13.3×10−6/℃程度、NCF610の線膨張係数は、13.6×10−6/℃程度、Ni−Cr合金690の線膨張係数は、13.5×10−6/℃程度、ハステロイの線膨張係数は、11.2×10−6/℃程度である。
【0012】
このように、Moを含まないNi−Cr合金からなる金属基材2を用いたことによって、金属基材2に電解研磨または化学研磨を施す前に圧延や熱処理を伴う平滑化処理を施しても、Moに富む貴な析出部とその周囲の卑な部位との分離を生じることがなく、電解研磨や化学研磨によって平均表面粗さRaが極めて小さい平滑な金属基材2を得ることができる。一方、Moを含むハステロイなどの合金では、圧延や熱処理を伴う平滑化処理を施すと、Moに富む貴な析出部とその周囲の卑な部位との分離を生じ、これを電解研磨や化学研磨すると、Moに富む貴な析出部が凸部となり、周囲の卑の部位が凹部となって電解研磨後に表面に凹凸が残り、平均表面粗さRaが大きくなってしまう。
【0013】
本実施形態においては、電解研磨または化学研磨によって表面を平滑化処理したテープ状の金属基材2を用いているが、金属基材2の形状や寸法は本例示に限定されず、種々の形状及び寸法の金属基材を用いることができる。使用する金属基材2は、電解研磨または化学研磨を施す前に、複数回の圧延加工や機械研磨によってその表面をできるだけ平滑にしておくことが望ましい。
【0014】
この金属基材2の表面を平滑化するための電解研磨または化学研磨の方法としては、従来より、金属の表面処理等で行われている電解研磨法や化学研磨法と同等の手法や条件を用いて、或いは金属基材2の材質に応じて、研磨液組成やpH、印加電圧等を適宜変更して実施することができる。一例として、前記金属基材2を電解研磨するのに好適な条件を例示すれば、リン酸と硫酸を主成分とする混合液を電解液として用い、参照電極を銀−塩化銀として、1.2V以上の電位を印加することによって金属基材2の表面を電解研磨する方法が挙げられる。
【0015】
本実施形態において、金属基材2の平均表面粗さRa(JIS B0601)は、9nm以下であることが好ましい。金属基材2の平均表面粗さRaが9nmを超えると、得られる酸化物超電導導体の臨界電流密度向上効果が十分に得られなくなり、従来のハステロイなどのMoを含む合金からなる金属基材に電解研磨を施した場合と同様の臨界電流密度となる。
【0016】
本実施形態において、この金属基材2上には、結晶配向性に優れた多結晶中間薄膜3が成膜され、該多結晶中間薄膜3上には、酸化物超電導体薄膜4が成膜される。この多結晶中間薄膜3は、スパッタ装置により多結晶中間薄膜を形成する際に、スパッタリングと同時に基材成膜面の斜め方向からイオンビームを照射しながらGdZr、CeO、YSZなどからなる結晶配向性の優れた1層又は2層以上の多結晶中間薄膜3を形成するイオンビームアシスト法(IBAD法)等によって成膜される。
【0017】
この多結晶中間薄膜3は、立方晶系の結晶構造を有する結晶の集合した微細な結晶粒が多数相互に結晶粒界を介して接合一体化されてなるものであり、各結晶粒の結晶軸のc軸は金属基材2の上面(成膜面)に対してほぼ直角に向けられ、各結晶粒の結晶軸のa軸どうしおよびb軸どうしは、互いに同一方向に向けられて面内配向されている。多結晶中間薄膜3の厚みは、0.1〜1.0μmとされる。多結晶中間薄膜3の厚みを1.0μmを超えて厚くしても、もはやその配向による酸化物超電導薄膜4の超電導特性改善効果の増大は期待できず、経済的にも不利となる。一方、多結晶中間薄膜3の厚みが0.1μm未満であると、薄すぎて酸化物超電導薄膜4を十分支持できない恐れがある。この多結晶中間薄膜3の構成材料としてはGdZr、CeO、YSZの他に、SmZr、MgO、SrTiO3等を用いることができる。
【0018】
酸化物超電導薄膜4は、Y1Ba2Cu3x、Y2Ba4Cu8x、Y3Ba3Cu6x、GdBa2Cu3x、YbBa2Cu3x、HoBa2Cu3xなる組成、(Bi,Pb)2Ca2Sr2Cu3x、(Bi,Pb)2Ca2Sr3Cu4xなる組成、あるいはTl2Ba2Ca2Cu3x、Tl1Ba2Ca2Cu3x、Tl1Ba2Ca3Cu4xなる組成などに代表される臨界温度の高い酸化物超電導体からなるものである。この酸化物超電導薄膜4の厚みは、0.5〜5μm程度で、かつ均一な厚みとなっている。また、酸化物超電導薄膜4の膜質は均一となっており、酸化物超電導薄膜4の結晶のc軸とa軸とb軸も多結晶中間薄膜3の結晶に整合するようにエピタキシャル成長して結晶化しており、結晶配向性が優れたものとなっている。
【0019】
この酸化物超電導薄膜4の成膜方法は限定されないが、レーザ蒸着法などが好ましい。そのレーザ蒸着法に用いるレーザ光源としては特に限定されず、例えば、Ar−F(193nm)、Kr−F(248nm)などのエキシマレーザ、YAGレーザ、CO2レーザなどのいずれのものを用いても良い。
【0020】
本実施形態の酸化物超電導導体1は、Moを含まないNi−Cr合金からなる金属基材2を用いたことによって、金属基材2に電解研磨または化学研磨を施す前に圧延や熱処理を伴う平滑化処理を施しても、Moに富む貴な析出部とその周囲の卑な部位との分離を生じることがなく、電解研磨や化学研磨によって平均表面粗さRaが極めて小さい平滑な金属基材2を得ることができ、この金属基材2上に多結晶中間薄膜3を介して酸化物超電導薄膜4を成膜することにより、臨界電流密度が高い高性能な酸化物超電導導体1を提供することができる。
【実施例】
【0021】
比較例として、ハステロイ(Ni−Cr−Mo系合金)製のテープ状金属基材を用い、実施例としてインコネル600(Ni−Cr合金)製のテープ状金属基材を用いた。比較例及び実施例とも、金属基材の寸法は、幅10mm、長さ50mm、厚さ100μmの短テープ状とした。
【0022】
比較例、実施例の金属基材にそれぞれ圧延上がりの基板に電解研磨を施した。この電解研磨は、リン酸と硫酸を主成分とする混合液を電解液として用い、参照電極を銀−塩化銀として、1.2V以上の電位を印加する条件とした。
【0023】
電解研磨後、比較例、実施例のそれぞれの金属基材について、パシフィックナノテクノロジー社製の原子間力顕微鏡を用い、JIS 0601に記載された平均表面粗さRaを測定した。
その結果、比較例(ハステロイ製金属基材)の表面はMoに富む貴な析出物が基材表面に凸部として多く現れ、電解研磨前の平均表面粗さRaが9.9〜16.8nmの範囲、電解研磨後の平均表面粗さRaが3.4〜45nmであり、電解研磨後の方が粗くなる部位もあった。
一方、実施例(インコネル600製金属基材)は、電解研磨前の平均表面粗さRaが9.3〜15.8nmの範囲、電解研磨後の平均表面粗さRaが1.2〜3.5nmであり、電解研磨によって極めて平滑な表面を形成することができた。
【0024】
次に、比較例、実施例のそれぞれの金属基材上に、イオンビームアシスト法によって厚さ1μmのGdZr中間層とその上に厚さ0.6μmのCeO中間層を順に成膜し、CeO中間層上にレーザ蒸着法によって厚さ0.5μmのYBaCu酸化物超電導薄膜を成膜し、酸化物超電導導体を製造し、それぞれ臨界電流密度を測定した。
その結果、比較例(ハステロイ製金属基材)で製造した酸化物超電導導体の臨界電流密度は1.4MA/cmであり、実施例(インコネル600製金属基材)で製造した酸化物超電導導体の臨界電流密度は1.8MA/cmであった。従って、本発明によれば、金属基材の改良により、得られる酸化物超電導導体の臨界電流密度を向上し得ることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の酸化物超電導導体の一実施形態を示す断面図である。
【符号の説明】
【0026】
1…酸化物超電導導体、2…金属基材、3…多結晶中間薄膜、4…酸化物超電導薄膜。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Moを含まないNi−Cr合金からなり、その表面が電解研磨または化学研磨された金属基材上にイオンビームアシスト法によって多結晶中間薄膜が設けられ、該多結晶中間薄膜上に酸化物超電導体薄膜が設けられてなることを特徴とする酸化物超電導導体。
【請求項2】
金属基材の平均表面粗さRa(JIS B0601)が9nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体。


【図1】
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【公開番号】特開2007−73327(P2007−73327A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−258927(P2005−258927)
【出願日】平成17年9月7日(2005.9.7)
【出願人】(000005186)株式会社フジクラ (4,463)
【Fターム(参考)】