説明

電界効果型有機トランジスタ及びその製造方法

【課題】無機半導体で導入されているHEMT構造素子で用いられているキャリア誘起の機能を電界効果型有機トランジスタに適用して、半導体層に無機材料を用いること無く、簡易にトランジスタ性能を向上させる。
【解決手段】有機半導体層の上面、下面、又はその両面に有機系材質層を形成し、或いは前記有機半導体層の内部に有機系材質部材を混合する。有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、有機半導体層と接合するだけでは自発的には電荷移動を生じないが、ソース電極、ドレイン電極、或いはゲート電極に電圧がかけられた時に、有機半導体層との間で、電荷移動を生じさせることにより、有機半導体層中にキャリアを注入し或いは誘起する材質から選択される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体層にキャリア誘起層或いは注入層を隣接して配置し、或いは有機半導体層中に該キャリア誘起部材を分散させることで、キャリアの電界誘起ドーピング効果を発揮させることのできる電界効果型有機トランジスタ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機半導体による電界効果型トランジスタの性能を向上させるため、特に有機半導体層の移動度を向上させるために、一般に有機半導体材料の分子構造の設計開発や、トランジスタ素子中でのキャリア輸送に際し、キャリアの輸送性能を最も高める様に分子配列が配置される手法等の開発が進められている。一方、無機半導体による電界効果型トランジスタでは、ヘテロ半導体材料を用いて輸送半導体層との接合界面部でドーピングを行い、高い電子移動度を実現する高電子移動度電界効果型トランジスタ(HEMT)がある。これは、無機半導体中にキャリアを注入するドーパント層をゲート絶縁体層中に埋め込み、ゲート電圧をかけることで、ドーパント層と半導体との間で電荷移動を生じさせて、電界誘起ドーピングの効果を提供している。即ち、電界誘起ドーピングにより、ゲート絶縁体層と半導体層との接合界面付近に、効果的に且つ多量のキャリアを半導体層中に注入する。該HEMT構造の導入で、HEMT素子は高い電子輸送性を実現している。また、ここに示した無機半導体中への効果的なキャリア注入は、無機半導体中で生じる強い反転層の形成過程を利用して形成されることを特徴とした効果である。
【0003】
無機半導体で実現しているHEMT構造を、電界効果型有機トランジスタに導入しようとした場合、有機半導体中での反転層形成が必要となる。ところが、これまで有機半導体中で反転層形成に成功したという報告事例は無く、無機半導体で導入されている該HEMT構造をそのまま電界効果型有機トランジスタに適用して、有機半導体中へ効果的にキャリアを注入する電界誘起ドーピングを実施することは難しい。
【0004】
図8は、特許文献1に開示の有機半導体による電界効果型トランジスタを示す断面図である。ガラス基板上にはゲート電極が形成され、このゲート電極の全面を覆うように第2の有機層が形成されている。第2の有機層上にはソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成され、これらソース電極とドレイン電極との間にチャネル領域を構成するように、第1の有機層が形成されている。この有機電界効果型トランジスタは、光を照射すると、第2の有機層を構成する電荷発生層中にキャリアが発生し、このキャリアが第2の有機層を構成する電荷輸送層に注入される。そして、キャリアが電荷輸送層を横切って第1の有機層に注入されたときにはじめてチャネル領域に電流が流れる。このように電流のオンオフに光照射を必要としている。
【0005】
また、非特許文献1は、第1の半導体層として五酸化バナジウム(V2O5)を、第2の半導体層に、無機材料の銅フタロシアニン(CuPc)を用いた電界効果型有機トランジスタを開示する。しかし、第1の半導体層(有機半導体層)との整合性を考えると、第2の半導体層にも有機半導体層を用いることが望ましい。第1及び第2の半導体層を、有機半導体層によって構成することにより、分子設計における整合性やエネルギーレベルの調整が容易になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−48094号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M.Minagawa et.al., ”Fabrication and Characteristics of Field-Effect Transistors with Vanadium Pentoxide and Copper Phthalocyanine Multilayers”, Appl. Phys. Exp. 2 (2009) 071502
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、無機半導体で導入されているHEMT構造の電界誘起キャリアの機能を電界効果型有機トランジスタに適用して、半導体層に無機材料を用いること無く、簡易にトランジスタ性能を向上させることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の電界効果型有機トランジスタは、有機半導体層の一方の側にゲート絶縁層を介してゲート電極が形成され、かつ前記有機半導体層の他方の側にソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成される。この有機半導体層の上面、下面、又はその両面に有機系材質層を形成し、或いは前記有機半導体層の内部に有機系材質部材を混合する。有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、有機半導体層と接合するだけでは自発的には電荷移動を生じないが、前記ソース電極、ドレイン電極、或いはゲート電極に電圧がかけられた時、有機半導体層との間で、電荷移動を生じさせることにより、有機半導体層中にキャリアを注入し或いは誘起する材質から選択される。
【0010】
有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、有機半導体層の材質に対して誘起又は注入させたいキャリアの種類により異なる電子授受性を有する材料から選択する。この有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、有機半導体材質にホールを誘起又は注入する場合は、有機半導体より電子受容性の高いキャリア誘起又は注入する材質を用い、或いは有機半導体材料に電子を誘起又は注入する場合は、有機半導体に対し電子供与体として働く材質を用いる。
【0011】
前記有機系材質層は、前記ソース電極及びドレイン電極が形成された前記有機半導体層の上面側に設けられ、かつ該ソース電極及びドレイン電極に掛かった電位により前記有機半導体層に電導キャリアを連続的に注入すると共に、前記ゲート電極に掛かったゲート電圧により半導体層中に電導キャリアを誘起する機能を有する層となる。
【0012】
また、有機系材質層の第1の層を、前記有機半導体層の上面側に設けた前記ソース電極及びドレイン電極の下面側に形成して、該ソース電極及びドレイン電極に掛かった電位により前記有機半導体層に電導キャリアを連続的に注入すると共に、前記有機系材質層の第2の層を、前記有機半導体層の下面側に形成して、前記ゲート電極に掛かったゲート電圧により半導体層中に電導キャリアを誘起する。
【0013】
また、有機系材質部材を、前記有機半導体層中に分散して配置して、前記ソース電極及びドレイン電極に掛かった電位により前記有機半導体層に電導キャリアを連続的に注入すると共に、前記ゲート電極に掛かったゲート電圧により半導体層中に電導キャリアを誘起する。
【0014】
従って、有機半導体層に電導キャリアを効果的に誘起する機能を有する有機系材質層は、キャリア誘起層あるいはキャリア誘起部、キャリア誘起部材とも称することができる。
【0015】
また、本発明の電界効果型有機トランジスタの製造方法は、ゲート電極の上にゲート絶縁膜を形成し、該ゲート絶縁膜の上に、有機半導体層を成膜し、該有機半導体層を成膜する前或いは後、若しくは前後に、該有機半導体層に重なる有機系材質層を成膜する。この有機系材質層として、有機半導体層にホールを誘起又は注入する場合は、有機半導体より電子受容性の高い材質を用い、或いは有機半導体層に電子を誘起又は注入する場合、有機半導体に対し電子供与体として働く材質を用いる。
【0016】
また、本発明の電界効果型有機トランジスタの製造方法は、ゲート電極の上にゲート絶縁膜を形成し、有機半導体材質の溶液と有機系材質の溶液を混合し、この混合溶液を、前記ゲート絶縁膜の上に滴下して、有機系材質を混合した混合半導体層を形成する。この有機系材質は、混合半導体層にホールを誘起又は注入する場合は、有機半導体より電子受容性の高い材質を用い、或いは混合半導体層に電子を誘起又は注入する場合、有機半導体に対し電子供与体として働く材質を用いる。さらに、この混合半導体層として、立体規則型ポリヘキシルチオフェン(PHT)のクロロホルム溶液と、テトラフルオロテトラシアノキノジメタン(F4TCNQ)のクロロホルム溶液を混合し、この混合溶液を、前記ゲート絶縁膜の上に滴下して、PHT/F4TCNQ混合半導体層を形成することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、キャリア誘起部を導入していない電界効果型有機トランジスタと比較し、該配置手法により適当なキャリア誘起部材を導入した電界効果型有機トランジスタでは、同じゲート電圧とドレイン電圧の印加で達成できる有機半導体層の電導電流の大きさ(ドレイン電流)を1桁から2桁程度増大させることが出来た。即ち、本発明は既存の有機半導体材料の電界効果を、該素子構造の導入により簡易に増強させ、電界効果移動度を簡易に向上させることができる。該キャリア誘起部の配置法としては、一般には電界効果型トランジスタにおいて有機半導体層に該キャリア誘起層を隣接して配置することでキャリアの電界誘起ドーピング効果を発揮させる構造である。これによって、有機半導体中のチャネル域に効果的にキャリアを誘起し、有機半導体層中での電界効果によるキャリア蓄積を増強することができる。また有機半導体層中に該キャリア誘起材を分散させることでも同様の効果を発揮させることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に基づき構成される電界効果型有機トランジスタの第1の例を示す断面図である。
【図2】本発明に基づき構成される電界効果型有機トランジスタの第2の例を示す断面図である。
【図3】本発明に基づき構成される電界効果型有機トランジスタの第3の例を示す断面図である。
【図4】特性の測定に用いた電界効果型有機トランジスタの構成を例示する図であり、(A)は、上述した図1の構成に相当し、(B)は上述した図2の構成に相当し、(C)は、図2の構成からキャリア誘起層を取り去った構成に相当し、(D)は、キャリア誘起層或いは注入層のいずれも備えていない比較例である。
【図5】ソース−ゲート電圧Vsgを変化させたときのソース−ドレイン電流Isdの平方根を表す図である。
【図6】ソース−ゲート電圧Vsgを変化させたときのソース−ドレイン電流Isdを表す図である。
【図7】(A)は、図3の構成に相当し、(B)はキャリア誘起層或いはキャリア注入層のいずれも備えていない比較例であり、(C)は、測定結果を示すグラフである。
【図8】特許文献1に開示の有機半導体による電界効果型トランジスタを示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、例示に基づき、本発明を説明する。図1は、本発明に基づき構成される電界効果型有機トランジスタの第1の例を示す断面図である。図において、ゲート電極の上には、ゲート絶縁膜を介して有機半導体層が形成される。これは、例えば、N型に高ドープされたシリコン単結晶基板上にシリコン酸化膜を形成し、この高ドープシリコン単結晶基板をゲート電極とし、また、このシリコン酸化膜をゲート絶縁層として使用することができる。或いは、ポリエチレンナフタレートやポリエチレンテレフタレートのようなプラスチックフィルム基板に、金やアルミニウム等で構成される金属ゲート電極を真空蒸着し、あるいはポリエチレンジオキシチオフェン/ポリスチレンスルホン酸(PEDOT/PSS)やスルホン化ポリアニリン(SPAN)などの有機系高電導材の薄膜を形成することでゲート電極を形成し、この上からポリイミドやパリレンなどの高い絶縁性を有する1μm程度或いはそれ以下の厚みの均一なフィルムをコートして、これをゲート絶縁層として使用することもできる。有機半導体層の上面には、キャリア注入及びキャリア誘起層を形成し、かつ、このキャリア注入及び誘起層の上には、ソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成される。
【0020】
図1に例示のキャリア注入及び誘起層は、キャリア注入とキャリア誘起の両方の機能を果たすことのできる有機材質層である。キャリア誘起層としては、有機半導体層と接合するだけでは自発的には電荷移動を生じないような材質を用いて、有機半導体層に対してゲート絶縁膜と対峙した面に配置する。ゲート電極に電圧がかけられた時にだけ、有機半導体材料とキャリア誘起材料との間で電荷移動が生じ、有機半導体層中の特に素子のチャネル領域に効果的にキャリアが誘起され、有機半導体層中での電界効果によるキャリア蓄積を増強することが出来る。
【0021】
なお、本明細書においてキャリア誘起とは、外的因子(ここでは、ゲート電圧)により半導体層中に対生成したホールと電子の内の、非所望の一方がキャリア誘起材に捕獲され、かつその他方を電導キャリアとして半導体層中に生成(即ち誘起)し、蓄積することを意味する用語として用いている。この電導キャリア形成が電導度σ = n × e × μのキャリア数 n を決定する(ここで、eは電荷素量を、μは移動度を表している)。つまり、キャリア誘起により半導体層の電導度が向上する。これは、電導キャリアを恒常的に半導体中にn個保持させるので、ソース電極から注入した電導キャリアは、その高いキャリア数により高い電気伝導性で大きな電導電流を流すことになる。
【0022】
またキャリア注入とはソース電極に掛かった電位により、電導に寄与するキャリアがソース電極から半導体層中に連続的に注入することを意味する用語として用い、この注入された電導キャリアは、対極であるドレイン電極より連続的に流出することで、半導体の電導電流を形成する。キャリアはソース電極より注入するが、一般に電極材である金属と有機半導体との界面では大きな接触抵抗が存在しており、有機半導体へのキャリアの注入は阻害されており、高い電圧を要する。キャリア注入層は有機半導体との間で電荷移動を形成し、低い電圧でも効果的にキャリアが金属から有機半導体に注入するように接触抵抗を低減する層として機能する。同様の理由で、有機半導体中のキャリアがドレイン電極に流出する際に高い抵抗を与える接触抵抗を、ドレイン電極と有機半導体との間にキャリア注入層を導入することで接触抵抗を低減し、ドレイン電極からのキャリアの流出を促し、実質的にはキャリアの注入し始めるしきい電圧を低減する効果を与える。
【0023】
キャリア注入とキャリア誘起の両方の機能を果たすことのできる図1に例示のキャリア注入及び誘起層の材料としては、有機系材質の半導体を用いることができるが、半導体以外にも、例えばp型半導体材料に対しては、電子受容性がある有機系材質層を用いることでも、あるいはn型半導体材料に対しては、電子供与性がある有機系材質層を用いることで、当該機能を果たすことができる。
【0024】
キャリア誘起材料は、有機半導体層に対して誘起させたいキャリアの種類により異なる電子授受性を有する材料を選ぶ。このとき、キャリア誘起部材は、電界の印加無しでは自発的に電荷移動が生じることのないものを選択するほうが好ましい。例えば、有機半導体層にホールを誘起する場合は、有機半導体より電子受容性の高いキャリア誘起材料を用いるが、キャリア誘起材料のLUMOレベルは有機半導体のHOMOレベルより若干浅い電子構造を持つものを用いると効果的である。或いは有機半導体層に電子を誘起する場合、有機半導体に対しキャリア誘起材料は電子供与体として働くものを用いるが、このキャリア誘起材料のHOMOレベルは有機半導体のLUMOレベルより若干深いものを使用する。また、このようなキャリア誘起材料と組み合わせて用いる有機半導体は、比較的大きなバンドギャップ(1.8eV以上)を有するものが望ましい。電子授受性材料としては、テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、或いはフッ素修飾されたTCNQである、フルオロテトラシアノキノジメタン(F1TCNQ)、ジフルオロテトラシアノキノジメタン(F2TCNQ)、テトラフルオロテトラシアノキノジメタン(F4TCNQ)などがある。或いは、ベンゾキノン及びその誘導体であるクロラニル、ジクロロジシアノベンゾキノン(DDQ)、テトラチアフルバレンおよびその誘導体なども利用できる。
【0025】
一方、キャリア注入材料は、上述したキャリア誘起機能を有する材料を用いることもできるが、キャリア誘起材料ほど限定的ではなく、自発的にかつ高度に電荷移動を生じる材料も利用される。ソース電極或いはドレイン電極と有機半導体との間で電導キャリアが移動する際に生じる電気抵抗(接触抵抗)を低減させる効果があれば良い。例えばホールを注入する場合には、有機半導体層との間で強い電荷移動を形成する強い電子授受性材料であればなお良い。
【0026】
このような電界効果型有機トランジスタに、ソース−ドレイン電圧Vsdを印加し、かつ、所定のゲート電圧(ソース−ゲート電圧)Vsgを印加すると、ソース電極及びドレイン電極にかかった電位により電導キャリアが連続的に有機半導体層に注入され、かつ、ゲート電圧により電導キャリアが有機半導体層の中に生成される。これら電導キャリアは、ゲート絶縁膜の境界面近くの有機半導体層の中に引き寄せられ、ここにチャネル領域を形成して、ソース−ドレイン間を高コンダクタンスにする。例えば、キャリア誘起層として電子授与性材料が有機半導体材料に隣接する場合、ゲート電圧により半導体層中の一部の電子が電子授与体に捕獲されて半導体中に多数のホールが生成することにより、半導体層の電導率が上がることになる。キャリア誘起はゲート電圧の大きさで決まる。高いゲート電圧がソース−ゲート電極間に掛かると、この電位差(ゲート電圧)が半導体層中に誘起するキャリア数の量を決定し、これによって、チャネルコンダクタンスがほぼ決定されることになる。誘起されたキャリアの濃度はソース電極近傍の半導体/ゲート絶縁体界面付近で最大となり、ゲート電極に向かうにつれて誘起されたキャリア濃度は減少して行く。ドレイン電位によっては、ドレイン近傍では誘起されるキャリア濃度はゼロになる。これがピンチオフ(FETの特性曲線で、高いドレイン電圧をかけると電導電流が変化しなくなる)現象を与える。つまり、誘起されるキャリア数はソース電位とドレイン電位の違いにより、チャネルの場所で徐々に変化していることになる(グラジュアル近似モデル)。
【0027】
それ故に、ゲート電圧(ソース−ゲート間電圧)がしきい電圧を下回ると、電界で誘起されるキャリアは消滅し、ソース−ドレイン間のコンダクタンスはゲート電圧に依存性を示さずチャネル領域の長さによって一定に決まり、一般にオームの法則に従った定抵抗の電導特性を示す。
【0028】
図2は、本発明に基づき構成される電界効果型有機トランジスタの第2の例を示す断面図である。図において、ゲート電極の上には、ゲート絶縁膜が形成される。このゲート絶縁膜の上に、キャリア誘起層が形成され、さらに、その上に、有機半導体層が形成される。有機半導体層の上面側には、ソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成されるが、これらソース電極及びドレイン電極の下側において、有機半導体層との間にそれぞれキャリア注入層が形成される。
【0029】
このように、例示の構成において、有機半導体層と接合するキャリア注入層とキャリア誘起層を、有機半導体層の上下の両方にそれぞれ形成したものである。このような電界効果型有機トランジスタに、ソース−ドレイン電圧Vsdを印加し、かつ、所定のゲート電圧(ソース−ゲート電圧)Vsgを印加すると、ソース電極及びドレイン電極にかかった電位により電導キャリアが連続的にキャリア注入層から有機半導体層に注入される。また、キャリア誘起層を有機半導体層に隣接させたことにより、ゲート電圧の印加により有機半導体層の中の電導キャリアの数が増強される(電界誘起ドーピング)。
【0030】
図3は、本発明に基づき構成される電界効果型有機トランジスタの第3の例を示す断面図である。図示のように、ゲート電極の上には、ゲート絶縁膜を形成し、このゲート絶縁膜の上に、有機半導体層が形成される。図示の有機半導体層には、有機半導体内でのキャリア生成を促進するキャリア誘起材質の部材が分散している。この有機半導体層の上面側には、ソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成される。このような構成によっても、ゲート電極に電圧がかけられた時にだけ電荷移動が生じ、有機半導体層中の電導キャリア数は効果的に増加し、有機半導体層中での電界効果によるキャリア蓄積を増強することが出来る。一般に有機の真性半導体中に強い電子受容性材料を混入すると有機半導体の電子は混入した電子受容性材料に捕獲され、真性半導体にはホールが取り残されることになる。その結果、自然発生するホール数は増加し半導体の電導性は高くなる(化学ドーピング)。つまり有機半導体材料のドーピング過程では電子が消失するのではなく、ホールと対で生成されており、これらキャリアが存在する寿命を電界やドーパントで延命させいると解釈される。図3のキャリア誘起部材(電子受容性材料)は、この電子捕獲過程を電界で促進させることにある。
【実施例1】
【0031】
図1〜図3に示した構成を例として、電界効果型有機トランジスタの製造法の一例を説明する。N型に高ドープされたシリコン単結晶基板上に、300nmの厚みで水蒸気酸化法により均一にシリコン酸化膜を形成し、この酸化膜付きシリコン単結晶基板をゲート電極とし、シリコン酸化膜をゲート絶縁層として使用した。シリコン酸化膜表面はそのままの状態でも良いが、本事例では、シリコン酸化膜を形成した基板を過酸化水素水とアンモニア水の混合水で湯煎にかけて親水化処理を施した後、乾燥トルエン中に投入し、アルキルトリクロロシラン剤を数滴添加した。これによって、親水化したシリコン基板表面をアルキルシラン化することにより、高度に疎水化した基板を用いた。乾燥窒素下で約150度程度で30分ポストベーク処理を行い、疎水乾燥した基板の上に、有機半導体層として、真空下(3×10−6torr)で20〜70nm厚みのピレン誘導体(略称Pyr-diTP:化学構造を化1に示す)を成膜した。
【0032】
【化1】

【0033】
キャリア誘起層もしくは注入層にはテトラフルオロテトラシアノキノジメタン(F4TCNQ)を使用し、有機半導体と同じ成膜環境下で薄膜を形成した。成膜順位は、図1に例示したように、有機半導体層の上に連続してキャリア注入及び誘起層を成膜した。この積層体の上に、ニッケル製のシャドーマスクを配置し、磁石で密着させた状態で、同真空条件下で金の薄膜(厚み40nm)をソース電極、ドレイン電極として形成した。或いは、図2に例示したように、先にキャリア誘起層を成膜後、連続して有機半導体層を成膜形成した。ニッケル製のシャドーマスクを配置した状態で、キャリア注入層としてF4TCNQを先行して成膜(40nm)した後に、連続して金の薄膜を形成した。
【0034】
図3に例示の混合半導体層としては、立体規則型ポリヘキシルチオフェン(PHT、メルク社製、化学構造は化2参照)のクロロホルム溶液と、テトラフルオロテトラシアノキノジメタン(F4TCNQ)のクロロホルム溶液を混合した。これによって、PHTが0.3重量パーセントのクロロホルム溶液であって、F4TCNQがPHTに対し5重量パーセントの重量比で混合された溶液を作成した。
【0035】
【化2】

【0036】
この混合溶液を、上述の例と同様に、アルキルシランにより疎水処理されたシリコン酸化膜付のシリコン単結晶基板上に滴下し、スピンコート法で3000prmの回転で120秒回転させることで、膜厚50nmのPHT/F4TCNQ混合半導体層を形成した。その後、真空下でシャドーマスクを用い、金の薄膜(厚み40nm)をソース電極、ドレイン電極として形成した。
【実施例2】
【0037】
図4は、後述する特性の測定に用いた電界効果型有機トランジスタの構成を例示する図である。図4(A)は、上述した図1の構成に相当し、(B)は上述した図2の構成に相当し、(C)は、図2の構成からキャリア誘起層を取り去った構成に相当し、(D)は、キャリア誘起層或いは注入層のいずれも備えていない比較例である。いずれの構成においても、有機半導体には、Pyr-diTP1を用い、また、キャリア誘起層或いはキャリア注入層には、F4TCNQを用いた。
【0038】
このような構成の電界効果型有機トランジスタについて、その特性を測定した。図5及び図6は、測定結果を示すグラフであり、図5は、所定の(−50〜−60V)ソース−ドレイン電圧Vsdを印加の上、ソース−ゲート電圧Vsgを変化させたときのソース−ドレイン電流Isdの平方根を表している。図6は、所定のソース−ドレイン電圧Vsdを印加の上、ソース−ゲート電圧Vsgを変化させたときのソース−ドレイン電流Isdを表している。図5及び図6中の(A)〜(D)は、それぞれ図4に示す構成(A)〜(D)に対応している。
【0039】
これらグラフに示す測定結果と、半導体素子工学で知られた以下の電界効果トランジスタの飽和領域に成立する次式に適合させることにより、移動度(μ)、しきい電圧(Vth)を見積もることが出来る。
【0040】
【数1】

【0041】
またon/off比は、電界効果トランジスタのスイッチ性能を示すことから、当該結果で観測されたソース−ドレイン電流Idsの最大−最小の比で算出した。以上の算出値を以下の表1にまとめて例示する。
【0042】
【表1】

【実施例3】
【0043】
上述の図3に例示の本発明の実施例について、注入層及び有機層の無い比較例と共に、その特性を測定した。図7(A)は、上述した図3の構成に相当し、(B)はキャリア誘起層或いはキャリア注入層のいずれも備えていない比較例である。いずれの構成においても、有機半導体には、PHTを用い、また、キャリア誘起材には、F4TCNQを用いた。
【0044】
図7(C)は、測定結果を示すグラフであり、所定のドレイン−ソース電圧Vdsを印加の上、ソース−ゲート電圧Vgを変化させたときのソース−ドレイン電流Idの平方根を表している。図7(C)のグラフ中に示す(A),(B)は、それぞれ図7(A)及び(B)に示す構成に対応している。
【0045】
これらグラフに示す測定結果から、同じ電界効果トランジスタの飽和領域に成り立つ式を用いて、移動度や閾電圧と測定結果よりOn/off比を算出した結果を以下の表2のようにまとめることができる。キャリア誘起部材を混合膜においても、移動度は6倍程度向上しており、キャリア誘起部材の導入が素子性能を向上させていることが明確に読み取られる。
【0046】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機半導体層の一方の側にゲート絶縁膜を介してゲート電極が形成され、かつ前記有機半導体層の他方の側にソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成される電界効果型有機トランジスタにおいて、
前記有機半導体層の上面、下面、又はその両面に有機系材質層を形成し、或いは前記有機半導体層の内部に有機系材質部材を混合し、
前記有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、有機半導体層と接合するだけでは自発的には電荷移動を生じないが、前記ソース電極、ドレイン電極、或いはゲート電極に電圧がかけられた時にだけ、有機半導体層との間で、電荷移動を生じさせることにより、有機半導体層中にキャリアを注入し或いは誘起する材質から選択されることから成る電界効果型有機トランジスタ。
【請求項2】
前記有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、前記有機半導体層の材質に対して誘起又は注入させたいキャリアの種類により異なる電子授受性を有する材料から選択した請求項1に記載の電界効果型有機トランジスタ。
【請求項3】
前記有機系材質層或いは有機系材質部材の材質は、有機半導体材質にホールを誘起又は注入する場合は、有機半導体より電子受容性の高いキャリア誘起又は注入する材質を用い、或いは有機半導体材料に電子を誘起又は注入する場合は、有機半導体に対し電子供与体として働く材質を用いる請求項2に記載の電界効果型有機トランジスタ。
【請求項4】
前記有機系材質層を、前記ソース電極及びドレイン電極が形成された前記有機半導体層の上面側に設け、かつ該ソース電極及びドレイン電極に掛かった電位により前記有機半導体層に電導キャリアを連続的に注入すると共に、前記ゲート電極に掛かったゲート電圧により半導体層中に電導キャリアを誘起する請求項3に記載の電界効果型有機トランジスタ。
【請求項5】
前記有機系材質層の第1の層を、前記有機半導体層の上面側に設けた前記ソース電極及びドレイン電極の下面側に形成して、該ソース電極及びドレイン電極に掛かった電位により前記有機半導体層に電導キャリアを連続的に注入すると共に、前記有機系材質層の第2の層を、前記有機半導体層の下面側に形成して、前記ゲート電極に掛かったゲート電圧により半導体層中に電導キャリアを誘起する請求項3に記載の電界効果型有機トランジスタ。
【請求項6】
前記有機系材質部材を、前記有機半導体層中に分散して配置して、前記ソース電極及びドレイン電極に掛かった電位により前記有機半導体層に電導キャリアを連続的に注入すると共に、前記ゲート電極に掛かったゲート電圧により半導体層中に電導キャリアを誘起する請求項3に記載の電界効果型有機トランジスタ。
【請求項7】
有機半導体層の一方の側にゲート絶縁膜を介してゲート電極が形成され、かつ前記有機半導体層の他方の側にソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成される電界効果型有機トランジスタの製造方法において、
ゲート電極の上にゲート絶縁膜を形成し、
該ゲート絶縁膜の上に、有機半導体層を成膜し、
該有機半導体層を成膜する前或いは後、若しくは前後に、該有機半導体層に隣接する有機系材質層を成膜し、かつ、該有機系材質層として、前記有機半導体層にホールを誘起又は注入する場合は、有機半導体より電子受容性の高い材質を用い、或いは前記有機半導体層に電子を誘起又は注入する場合、有機半導体に対し電子供与体として働く材質を用いることから成る電界効果型有機トランジスタの製造方法。
【請求項8】
有機半導体層の一方の側にゲート絶縁膜を介してゲート電極が形成され、かつ前記有機半導体層の他方の側にソース電極及びドレイン電極が互いに分離して形成される電界効果型有機トランジスタの製造方法において、
ゲート電極の上にゲート絶縁膜を形成し、
有機半導体材質の溶液と有機系材質の溶液を混合し、この混合溶液を、前記ゲート絶縁膜の上に滴下して、有機系材質を混合した混合半導体層を形成し、かつ、
前記有機系材質は、前記混合半導体層にホールを誘起又は注入する場合は、有機半導体より電子受容性の高い材質を用い、或いは前記混合半導体層に電子を誘起又は注入する場合、有機半導体に対し電子供与体として働く材質を用いることから成る電界効果型有機トランジスタの製造方法。
【請求項9】
前記混合半導体層は、立体規則型ポリヘキシルチオフェン(PHT)のクロロホルム溶液と、テトラフルオロテトラシアノキノジメタン(F4TCNQ)のクロロホルム溶液を混合し、この混合溶液を、前記ゲート絶縁膜の上に滴下して、PHT/F4TCNQ混合半導体層を形成した請求項8に記載の電界効果型有機トランジスタの製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−60828(P2011−60828A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−205879(P2009−205879)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】