説明

n型II−VI族化合物半導体膜及びその製造方法

【課題】大面積化が可能なn型II−VI族化合物半導体膜及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】F元素を含むF元素含有II−VI族化合物半導体膜の熱処理によりF元素含有II−VI族化合物半導体膜からF元素を脱離させる工程を含み、F元素含有II−VI族化合物半導体膜を構成するII族元素がZnであり、F元素含有II−VI族化合物半導体膜を構成するVI族元素が、Se及びSからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度が5〜20atm%であるn型II−VI族化合物半導体膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、n型II−VI族化合物半導体膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
II−VI族化合物半導体、中でもZnSやZnSeはバンドギャップが広く、直接遷移型であることから、青色波長域から近紫外波長域の光を発する発光素子への応用が検討されている。またII−VI族化合物半導体は、CIGS化合物半導体太陽電池のn型半導体窓層への応用も検討されている。さらに、LEDのような電流注入型発光素子を作製するためにはこれらの材料でpn接合を形成することが必要であり、p型およびn型の導電性を示すZnSやZnSe薄膜を形成する技術について種々の研究・開発が行われている。
【0003】
しかし、ZnS、ZnSeを始めとするII−VI族化合物半導体は結晶中のイオン性結合が占める割合が大きく、伝導型の制御が困難な材料とされている。通常、半導体の伝導型を制御するためには純度の高い結晶にドナーあるいはアクセプタとなる不純物が添加される。また不純物以外にも格子欠陥、例えば原子の抜けた穴(空孔)や格子点間に入った構成原子もドナーまたはアクセプタの働きをする。例えばZnSではZn空孔がアクセプタ、S空孔がドナーとなる。p型を形成する場合、アクセプタとしてZnサイトを置換するLiやNa、およびSサイトを置換するNやAsが有効である。これらを添加しp型化を行おうとすると、アクセプタのもたらす正電荷を補償して結晶全体を電気的に中性に保とうとする作用が働き、陰イオン空孔(S空孔)が生じやすくなり、正電荷を打ち消してしまう。したがって、アクセプタを形成する不純物を多く添加しても、その分補償作用が起こってしまい、高濃度のp型化は困難である。
【0004】
一方、ZnSのドナー濃度を高めることによりn型にしたい場合、ドナーとしてIII族のAl等を添加し、Znのサイトを置換するか、あるいはCl等のハロゲン元素を添加し、Sのサイトを置換することが必要である。しかしドナーのもたらす負電荷を補償して結晶全体を電気的に中性に保とうとする作用が現れ、陽イオン空孔(Zn空孔)が生じやすくなり負電荷を打ち消してしまう。したがってAlを多く添加してもその分補償作用が起こり、高濃度のn型化は困難である。
【0005】
前記補償作用による価電子制御の困難さが、ZnSeやZnSなどのワイドギャップII−VI族化合物半導体を用いたpn接合素子を作製する上での大きな障害となっている。
【0006】
一般的にn型のZnSやZnSeはp型よりも作製しやすいとされている。しかしn型ZnSやZnSeを作製するためにn型不純物を添加すると、前述した補償作用のためにキャリア濃度を増加させることが困難であった。
【0007】
このような状況の下、下記特許文献1には、キャリア濃度の高いn型ZnSeやn型ZnSSeを作製した例が開示されている。同文献中ではZnFを加熱蒸発源として用い、n型GaAs単結晶基板上に分子線エピタキシー(MBE)法により、ドナー不純物としてフッ素を添加した単結晶のn型ZnSSeクラッド層およびn型ZnSe光ガイド層を成長させている。得られたフッ素添加ZnSeのキャリア濃度は5×1018cm−3であり、同じ方法で作製したガリウム添加ZnSe薄膜のキャリア濃度3×1016cm−3よりも大幅に改善されたと記載されている。
【特許文献1】特開平8−222581号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、II−VI族化合物半導体膜については、発光素子等への応用を考慮すると、大面積化可能であることが求められる。
【0009】
しかしながら、上記特許文献1に記載のII−VI族化合物半導体膜の製造方法では、ドナー不純物としてフッ素を添加した単結晶のn型ZnSSeクラッド層およびn型ZnSe光ガイド層を成長させるために単結晶基板が必要となる。そのため、II−VI族化合物半導体膜の大面積化を図ろうとすると、単結晶基板の大面積化が必要となるところ、大面積基板上に均一にガスソースを層流として供給することは困難であり、コストも高くなる。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、大面積化が可能なn型II−VI族化合物半導体膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた。そして、n型II−VI族化合物半導体膜の大面積化を図るためには、n型II−VI族化合物半導体膜が多結晶でありながら、広いバンドギャップを有し且つ高いキャリア濃度を有することが必要であると考えた。そのために本発明者らは、n型II−VI族化合物半導体膜が以下の3つの条件を有することが有効であると考えた。
(i)II族元素の空孔の生成を抑制すること(アクセプタ濃度の低減)
(ii)VI族元素の空孔を生成させること(ドナー濃度の増加)
(iii)ハロゲン元素をドーピングすること(ドナー濃度の増加)
【0012】
そこで、本発明者は上記3つの条件を同時に達成するという観点からさらに鋭意研究を重ね、その結果、以下の発明により上記課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明は、F元素を含むF元素含有II−VI族化合物半導体膜の熱処理により前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜からF元素を脱離させるF元素脱離工程を含み、前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜を構成するII族元素がZnであり、前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜を構成するVI族元素が、Se及びSからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度が5〜20atm%である、n型II−VI族化合物半導体膜の製造方法である。
【0014】
この製造方法によれば、上記濃度範囲のF元素を含むF元素含有II−VI族化合物半導体膜中からF元素を脱離させることで、多結晶でありながら、広いバンドギャップを有し高いキャリア濃度を有するn型II−VI族化合物半導体膜が得られる。このため、当該膜を形成する基板として、大面積化が困難で高価な単結晶基板に代えて、大面積化が可能で安価なガラス基板などを用いることが可能となり、n型II−VI族化合物半導体膜の大面積化が可能となる。上記のような特性を有するn型II−VI族化合物半導体膜が得られる理由について、本発明者は、所定範囲のF元素濃度とすることで、F元素過剰による結晶性の悪化を防止しながら、F元素を含むII−VI族化合物半導体膜においてVI族元素の空孔を生成させることができたためではないかと考えている。
【0015】
また本発明は、下記組成式:
ZnSxSeyFz
で表される化合物を含む多結晶体で構成され、x、y及びzが下記2式:
0.969≦x+y+z≦0.992
z≦0.008
を満たす、n型II−VI族化合物半導体膜である。
【0016】
この発明によれば、多結晶体でありながら、広いバンドギャップを有し高いキャリア濃度を有するn型II−VI族化合物半導体膜が実現できる。このため、当該膜を形成する基板として、大面積化が困難で高価な単結晶基板に代えて、大面積化が可能で安価なガラス基板などを用いることが可能となり、n型II−VI族化合物半導体膜の大面積化が可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、大面積化が可能なn型II−VI族化合物半導体膜及びその製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0019】
まず本発明に係るn型II−VI族化合物半導体膜の実施形態について説明する。本発明に係るn型II−VI族化合物半導体膜は、下記組成式:
ZnSxSeyFz
で表される化合物を含む多結晶体で構成されている。
【0020】
ここで、上記式中のx、y及びzが下記2式:
0.969≦x+y+z≦0.992
z≦0.008
を満たすものである。
【0021】
上記x、yは、それぞれ以下の関係を満たす。
x≧0、y≧0、x+y>0
【0022】
また、zは0であってもよい。即ち、上記化合物中にF元素は存在しなくてもよい。要するに、上記化合物は、II族元素であるZnを必須元素として含み、さらにVI族元素であるSおよびSe又はそのいずれか一方の元素を含むのである。
【0023】
上記組成式で表されるn型II−VI族化合物半導体膜としては、例えばZnSxFz(y=0)、ZnSeyFz(x=0)、ZnSx(y=0、z=0)、ZnSey(x=0、z=0)などが挙げられる。これらはいずれも、硫黄空孔又はセレン空孔を有するものである。
【0024】
この発明によれば、多結晶体でありながら、広いバンドギャップを有し高いキャリア濃度を有するn型II−VI族化合物半導体膜が実現できる。このため、当該膜を形成する基板として、大面積化が困難で高価な単結晶基板に代えて、大面積化が可能で安価なガラス基板などを用いることが可能となり、n型II−VI族化合物半導体膜の大面積化が可能となる。このため、本発明のn型II−VI族化合物半導体膜は、CIGS太陽電池においてCIGSからなる光吸収層に隣接して設けられ、広いバンドギャップを有することが求められるn型半導体窓層として有効である。また、本発明のn型II−VI族化合物半導体膜を、LEDを構成するpn接合体のn型半導体層として用いると、LEDから、短波長(青色から近紫外の波長)の光を発光させることも可能となる。
【0025】
なお、x+y+zが0.969未満では、結晶性が悪化してバンドギャップが顕著に狭くなる。x+y+zが0.992を超えると、キャリア濃度が顕著に低下してしまう。また、zが0.008を超えても、キャリア濃度が顕著に低下する。従って、発光素子などの実用デバイスとして使用するには不適当である。
【0026】
次に、上記n型II−VI族化合物半導体膜の製造方法について説明する。
【0027】
まずF元素を含むF元素含有II−VI族化合物半導体膜を準備する。ここで、F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度は5〜20atm%となるようにする。このようなF元素含有II−VI族化合物半導体を準備するためには、例えばII族元素であるZnとVI族元素との化合物で構成される第1原料と、II族元素であるZnとF元素との化合物ZnFで構成される第2原料を用意し、これら第1原料及び第2原料のそれぞれを電子ビームの照射によって加熱し、加熱された基板上に各原料を蒸着させればよい。これにより、F元素を含むZnSまたはZnSeからなる化合物半導体膜が得られる。このとき、各原料の蒸発レートを、各原料に照射する電子ビームの強度を増減させることによって、F元素濃度を調整することができる。具体的には、第1原料に対する第2原料の蒸発レート比(第2原料の蒸発レート/(第1原料の蒸発レート+第2原料の蒸発レート))を例えば成膜温度が160℃の場合には0.02〜0.08とすれば、F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度を、5〜20at%の範囲内にすることが可能である。なお、第1原料におけるVI族元素としては、SまたはSeが用いられる。また、ZnSSeで構成される化合物半導体を準備する場合、第1原料、第2原料のほか、第1原料とはVI族元素が異なる第3原料をさらに用意し、これら3つの原料を蒸着源として、F元素含有II−VI族化合物半導体を準備することもできる。
【0028】
F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度が5atm%未満では、熱処理後の膜中のVI族元素の空孔濃度が充分でなくなり、結果としてキャリア濃度が実用に供しないレベルとなってしまう。即ち、F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度が5atm%未満では、n型半導体として使用可能なレベルの薄膜が得られない。一方、F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度が20atm%を超えると、硫黄の濃度が不足してZnSの結晶を維持できなくなる。その結果、バンドギャップが狭くなる。
【0029】
基板を構成する材料としては、後述する熱処理の際の温度に対して耐えられるだけの耐熱性を有するものであれば特に制限されず、例えばセラミックス、ガラス、金属などが挙げられる。F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度は、結晶性と高キャリア濃度結晶が得られる条件のバランスの点から、10〜18.5atm%であることがより好ましい。
【0030】
次に、上記のようにして得られたF元素含有II−VI族化合物半導体膜の熱処理によりF元素含有II−VI族化合物半導体膜からF元素を脱離させる(F元素脱離工程)。熱処理は、F元素含有II−VI族化合物半導体膜からF元素を脱離させる温度で行えばよい。この温度は、II−VI族化合物半導体膜がZnSで構成される場合には、400℃を超える温度であり、F元素を効率よく脱離するためには、好ましくは500℃以上である。F元素含有II−VI族化合物半導体膜においては、フッ素原子はVI族元素のサイトに置換して取り込まれる場合もあるが、結晶格子間に取り込まれるものも相当数ある。格子間に取り込まれて、強く結合していないフッ素原子は比較的低温の熱処理でも脱離すると考えられるが、VI族元素のサイトに取り込まれたフッ素原子は上記のように400℃を超える温度、好ましくは500℃以上まで加熱しないと脱離しない。400℃を超える温度で熱処理することにより、VI族元素のサイトに置換してII族元素と結合しているフッ素原子の結合が切れて、VI族元素のサイトが空位になり、残った結合の手(電子)がドナーとして機能するため、n型の導電性を示す。
【0031】
但し、700℃を超える温度で熱処理が行われると、II−VI族化合物半導体膜と接している他の半導体材料、電極材料や基板材料との反応が起こり、デバイス特性が低下するというデメリットが発生するため、F元素含有II−VI族化合物半導体膜の熱処理は、700℃以下で行うことが好ましい。
【0032】
II−VI族化合物半導体膜がZnSeで構成される場合も、F元素を脱離させる温度は、400℃以上であり、F元素を効率よく脱離するためには、500℃以上であることが好ましい。但し、700℃を超える温度で熱処理が行われると、ZnSの場合と同様にII−VI族化合物半導体膜と接している他の半導体材料、電極材料や基板材料との反応が起こり、デバイス特性が低下するというデメリットが発生するため、F元素含有II−VI族化合物半導体膜の熱処理は、700℃以下で行うことが好ましい。
【0033】
熱処理の時間は、特に制限されないが、F元素を十分に脱離させるためには、熱処理温度にもよるが5分以上とすることが好ましく、熱処理温度が低い場合には10分以上とするとさらに好ましい。但し、600℃以上の温度で熱処理時間が60分を超えると、II−VI族化合物半導体膜と接している他の半導体材料、電極材料や基板材料との反応が無視できるレベルでなくなる場合があるため10分以下で熱処理を行うことが好ましく、5分以下で熱処理を行うとより好ましい。
【0034】
以上のように、5〜20atm%の含有率のF元素を含むF元素含有II−VI族化合物半導体膜中からF元素を脱離させることで、多結晶でありながら、広いバンドギャップを有しながら高いキャリア濃度を有するn型II−VI族化合物半導体膜が得られる。このため、当該膜を形成する基板として、大面積化が困難な単結晶基板に代えて、大面積化が可能なガラス基板などを用いることが可能となり、n型II−VI族化合物半導体膜の大面積化が可能となる。上記のような特性を有するn型II−VI族化合物半導体膜が得られる理由について、本発明者は、上述したように、良好な結晶性を維持することが可能な範囲のF元素濃度とすることで、良好な結晶性を有するF元素を含むII−VI族化合物半導体膜において、熱処理を施すことにより主としてVI族元素の空孔を生成させることができたためではないかと考えている。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の内容を、実施例及び比較例を挙げてより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
(実施例1)
本実施例ではガラス基板上にn型多結晶ZnS薄膜を形成した。そのためにまず、図1に示した2源電子ビーム蒸着装置の基板ホルダ2に、洗浄済みの無アルカリガラスからなる基板1をセットした後、成膜室内を真空排気し、圧力が1×10−4Paに到達したことを確認した。
【0037】
次いで、基板ホルダ2に内蔵された基板加熱装置により基板1を160℃に加熱した。このとき、基板ホルダ2は、内蔵する回転機構により、図1中の矢印の方向に回転させ、蒸発源3、5と基板1との間に設けられたシャッタ7は、閉じた状態とした。ZnS用蒸発源3の坩堝には純度5NのZnSペレットを、ZnF用蒸発源には純度2Nのペレットをそれぞれ充填してある。
【0038】
基板1の温度が160℃に到達して1時間以上経ってから、坩堝中のペレットに電子ビームを照射し加熱した。ZnSおよびZnFの蒸発レートを、ZnS用膜厚モニタ4およびZnF用膜厚モニタ6で測定しながら電子ビームの強度を徐々に増加させ、所定の蒸発レートになるよう調整した。具体的には、ZnS、ZnFの蒸発レートをそれぞれ9.2nm/秒、0.8nm/秒とした。圧力、基板温度、蒸発レートが安定していることを確認した後、シャッタ7を開き、基板1上に、フッ素を含有するZnS薄膜(試料E)を成膜した。成膜中は真空排気、基板加熱、基板回転は継続して行い、一定の条件で基板上に均一な薄膜を堆積させるようにした。所定の膜厚に達したことを確認した後、シャッタ7を閉じて成膜を終了した。
【0039】
続いて、得られた試料Eについて、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置を使用してAr中で600℃、10分間の熱処理を施した。こうして、n型II−VI族化合物半導体薄膜を得た。そして、このn型II−VI族化合物半導体薄膜の熱処理前後の組成について、単結晶Siウェハー上に成膜したn型II−VI族化合物半導体薄膜を蛍光X線分析法により組成分析を行った。結果を表1に示す。表1において、x、y及びzは、n型II−VI族化合物半導体薄膜を構成する化合物におけるZnの原子数に対するS、Se、F原子数の比率を表している。
【0040】
なお、試料Eの熱処理による構成元素の脱離の挙動を調べるために、試料Eについて昇温脱離ガス分析を行った。結果を図2に示す。ガラス基板上に成膜した試料Eを昇温脱離ガス分析装置内にセットし、分析室内を1×10−5Paまで真空引きした後、20℃/分の昇温速度で試料Eを赤外線加熱し、脱離放出されたガスを四重極質量分析計で検知した。図2の縦軸は四重極質量分析計の出力イオン電流を表し、脱離放出されるガスの量が多いほど強度は大きくなる。
【0041】
図2に示すように、400℃以上で試料E中からのF元素の脱離が始まり、500℃までは脱離速度は増加するが、500℃から600℃の間では脱離速度は比較的安定している。なお、図2には示されていないが、600℃以上ではF元素の脱離速度が急激に増加している。これは吸着水の脱離に起因するものと考えられる。また、450℃以上でZnFの形でZnとFの脱離が始まり、脱離速度は510℃あたりまで急激に増加するが、510℃以上では急激に減少した。このことから、フッ素を含有するZnS薄膜を600℃での熱処理により、F元素の脱離が起こっていることが確認された。
【0042】
(実施例2〜3及び比較例1〜5)
ZnSの蒸発レートとZnFの蒸発レートを表1に示す値に変化させたこと以外は実施例1と同様にして組成の異なる試料A〜D及びF〜Hを形成し、これら試料A〜D及びF〜Hについて実施例1と同様にして熱処理を行い、n型II−VI族化合物半導体薄膜を得た。こうして得られたn型II−VI族化合物半導体薄膜の熱処理前後の組成について、実施例1と同様にして組成分析を行った。結果を表1に示す。
【0043】
(キャリア濃度の測定)
実施例1〜3及び比較例1〜5のn型II−VI族化合物半導体薄膜についてホール測定からキャリア濃度を求めた。結果を表2に示す。表2に示す結果より、実施例1〜3及び比較例3〜5のn型II−VI族化合物半導体薄膜は、比較例1〜2のn型II−VI族化合物半導体薄膜に比べて、キャリア濃度が十分に高いことが分かった。
【表1】

【0044】
[結晶性評価]
実施例1及び比較例3のn型II−VI族化合物半導体薄膜について、X線回折測定(θ−2θ連動、CuKα、40kV、30mAで測定)を行った。結果を図3及び表2に示す。表2において、立方晶ZnSの(111)面による回折ピークが観察された場合には「○」と表示し、立方晶ZnSの(111)面による回折ピークが観察されない場合には「×」と表示した。実施例1のn型II−VI族化合物半導体薄膜のX線回折パターンからは立方晶ZnSの(111)面による回折ピークのみが観察され、基板面と平行に(111)面が強く配向した良好な結晶性を有していることがわかった。
【表2】

【0045】
一方、比較例3のn型II−VI族化合物半導体薄膜のX線回折パターンからは明確な回折ピークは観察されなかった。このことから、少なくともZnS結晶は生成されていないと考えられる。
【0046】
また、実施例2〜3及び比較例1〜2のn型II−VI族化合物半導体薄膜についても上記と同様にしてX線回折測定を行った。結果を表2にのみ示す。表2に示すように、実施例1のn型II−VI族化合物半導体薄膜と同様、X線回折パターンからは立方晶ZnSの(111)面による回折ピークのみが観察され、基板面と平行に(111)面が強く配向した良好な結晶性を有していることがわかった。
【0047】
さらに、比較例4、5のn型II−VI族化合物半導体薄膜についても上記と同様にしてX線回折測定を行った。結果を表2に示す。表2に示すように、比較例3のn型II−VI族化合物半導体薄膜と同様、X線回折パターンからは明確な回折ピークが観察されなかった。このことから、少なくともZnS結晶は生成されていないと考えられる。従って、比較例3,4,5のn型II−VI族化合物半導体薄膜では硫黄濃度が低すぎて、ZnSの結晶を維持できないレベルにあることが分かった。
【0048】
[バンドギャップの評価]
また実施例1〜3及び比較例1〜5のn型II−VI族化合物半導体薄膜について、一般的な分光光度計により透過スペクトルと反射スペクトルから求めた吸収係数αを使用し、光子エネルギーとαの関係から吸収端のエネルギーを算出してバンドギャップを求めた。結果を表2に示す。表2に示すように、実施例1〜3及び比較例1〜2の良好な結晶性を有するZnS多結晶薄膜はバンドギャップが約3.6eVの透明な薄膜であった。
【0049】
一方、比較例3、4及び5のn型II−VI族化合物半導体薄膜は、2.4から2.5eVと狭いバンドギャップを有し、可視光領域に吸収を持った膜になっていることが分かった。
【0050】
以上の結果より、実施例1〜3のn型II−VI族化合物半導体膜によれば、良好な結晶性を有し且つ多結晶であっても高いキャリア濃度を有するII−VI族化合物半導体膜を実現できることが分かった。
【0051】
[n型半導体特性]
実施例2のn型II−VI族化合物半導体膜を得るために用いた試料Dを用いてn型半導体特性を確認した。すなわちまず、p型シリコン(ホウ素ドープ、抵抗率10Ωcm)上に試料Dの条件(キャリア密度:8.31×1017cm−3)でn型ZnS多結晶薄膜を100nmの厚さに成膜した。その後、Ar中、550℃、10分間の熱処理を施した。n型ZnS薄膜の上には蒸着法により直径1mmφの円形アルミニウム電極を成膜し、オーミック電極を形成した。そして、p型シリコンのオーミック電極としてインジウムガリウムを塗布形成した。以上の工程でp型シリコンウェハとn型ZnS多結晶薄膜でpn接合素子を形成した。こうして得られたpn接合素子についてI−V特性を測定した。結果を図4に示す。図4に示すように、pn接合素子は、良好な整流特性を示した。このことから、試料Dを熱処理してF元素を脱離させることにより、良好なn型半導体特性が得られることが確認された。
【0052】
なお、本発明に係るn型ワイドギャップII−VI族化合物半導体膜ではn型の導電性の起源が、ドナーとして活性化されたフッ素イオンよりも、むしろ硫黄の空孔がドナーとして作用することによるものと考えられる。
【0053】
図5は、熱処理前の試料中のフッ素濃度と熱処理後のS/Zn濃度比との関係を示すグラフである。熱処理後のS/Zn濃度比が小さいほどZnS結晶中の硫黄の空孔濃度が高いと言えるが、図5では、熱処理前の試料中フッ素濃度の増加とともに熱処理後のS/Zn濃度比が減少している、すなわち硫黄空孔が増加していることが分かる。
【0054】
図6は、熱処理前の試料中のフッ素濃度と熱処理後の薄膜中のキャリア濃度との関係を示すグラフである。図6に示すように、熱処理前の膜中F元素濃度を5atm%から20atm%の範囲に設定することにより、実用的なキャリア濃度である1×1015/cmから1×1019/cmを有するZnS多結晶薄膜が得られることが分かる。ここで、熱処理前の膜中F元素濃度が5atm%から20atm%の範囲においては、熱処理前の膜中F元素濃度が増加するにつれてキャリア濃度が増加している。なお、熱処理前の膜中F元素濃度が20atm%を超える試料F,GおよびHについては、結晶性が急激に悪化して非晶質膜となってしまいバンドギャップが狭くなるため実用に供することはできない。
【0055】
図7は、熱処理後の薄膜の膜中フッ素濃度とキャリア濃度との関係を示すグラフである。図7に示すように、良好な結晶性を維持している試料C、試料D、試料Eに関しては膜中のフッ素濃度が低いものほどキャリア濃度が高くなっている。
【0056】
以上の図5〜7の結果、特に図7、表1の結果より、試料C,D,Eについては、熱処理後の膜中のフッ素濃度が増加し、かつ硫黄濃度が増加するにつれてキャリア濃度が減少している。このことから、本発明のn型多結晶ZnS薄膜では大多数のキャリアの起源は、膜中に取り込まれたフッ素ではなく、硫黄の空孔が、活性化されたドナーとして機能していることにあると考えられる。これに対して、試料F,GおよびHについては、結晶構造を有していない非晶質のZn、S、Fからなる半導体であり、通常のII−VI族化合物半導体とは異なる物性、導電のメカニズムを有すると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施例1〜3及び比較例1〜5に係る試料A〜Eの作製に用いられる成膜装置の一例を示す概略図である。
【図2】実施例1で用いた試料Eについて構成元素の脱離の挙動を調べるための昇温脱離ガス分析の結果を示すグラフである。
【図3】実施例1及び比較例3のn型II−VI族化合物半導体膜のX線回折結果を示すグラフである。
【図4】実施例2の試料Dを用いて作製したn型II−VI族化合物半導体膜のI−V特性を示すグラフである。
【図5】熱処理前の試料中のフッ素元素濃度と熱処理後のS/Zn濃度比との関係を示すグラフである。
【図6】熱処理前の試料中のフッ素元素濃度と熱処理後の薄膜中のキャリア濃度との関係を示すグラフである。
【図7】熱処理後のn型II−VI族化合物半導体膜の膜中フッ素元素濃度とキャリア濃度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0058】
1…基板、2…基板ホルダ、3…ZnS用蒸発源、4…ZnS用膜厚モニタ、5…ZnF用蒸発源、6…ZnF用膜厚モニタ。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
F元素を含むF元素含有II−VI族化合物半導体膜の熱処理により前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜からF元素を脱離させるF元素脱離工程を含み、
前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜を構成するII族元素がZnであり、前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜を構成するVI族元素が、Se及びSからなる群より選ばれる少なくとも1種であり、
前記F元素含有II−VI族化合物半導体膜中のF元素濃度が5〜20atm%である、n型II−VI族化合物半導体膜の製造方法。
【請求項2】
下記組成式:
ZnSxSeyFz
で表される化合物を含む多結晶体で構成され、
x、y及びzが下記2式:
0.969≦x+y+z≦0.992
z≦0.008
を満たす、n型II−VI族化合物半導体膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−59968(P2009−59968A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−227057(P2007−227057)
【出願日】平成19年8月31日(2007.8.31)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】