説明

タペットローラ軸受

【課題】耐久性に優れたタペットローラ軸受を提供する。
【解決手段】ローラの母層B上に多孔質層22を有する窒素化合物層20を形成し、化合物層20の緻密層21の厚さを6〜20μm、好ましくは8〜15μmにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの動弁機構に組み込まれるタペットローラ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの動弁機構は、一般に、クランクシャフトと同期して回転するカムシャフトと、このカムシャフトに形成された鋼製のカムと、このカムの回転運動を揺動運動に変換して弁棒に伝えるロッカーアームとを備えており、カムとロッカーアームとの間には、両者間の摩擦を低減するために、タペットローラ軸受が組み込まれている。
【0003】
タペットローラ軸受はカムに当接するローラと、このローラをロッカーアームに対して回転自在に支持する支持軸とからなり、ローラや支持軸は所要の強度を確保する目的で軸受鋼などの鉄鋼材料から形成されている。このため、カムの回転運動に伴ってローラが回転するとカムとローラ及びローラと支持軸との間に摩擦熱が発生するため、従来ではカムとローラ及びローラと支持軸との間にエンジンオイルを供給して摩擦熱の発生を抑制している。しかし、エンジンオイルの供給量が十分でない場合には、ローラや支持軸の表面などに良好な潤滑油膜が形成され難くなり、異常摩耗や焼付きなどが発生するおそれがある。
【0004】
このような問題を解消する方策として、下記の特許文献1には、ローラの表面に軟窒化処理、酸化処理などの表面処理を施したものが開示されている。また、特許文献2には、互いに対向するローラの内周面と支持軸の外周面のうち少なくとも一方に、摩擦低減用の表面処理層を形成したものが開示され、特許文献3には、摺動部材に窒化処理を施し、母材上に拡散層および所定深さの化合物層を設け、最外層部の脆い層をバフ研磨による除去を行ったものが開示されている。
【特許文献1】特開昭59−183007号公報
【特許文献2】特開平8−74526号公報
【特許文献3】特開2002−97563号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的に鋼からなる素材に窒化処理を施した場合、母材中の窒素濃度は母材の表層部が最も高く、母材の芯部に近づくほど低くなる。また、窒化処理により生成される化合物層の組成も窒素濃度によって異なり、窒素濃度が低くなるに従って化合物層が、ε相(FeN+FeN)、ε+γ’、γ’相(FeN)となる。
ここで、ε相は非常に脆い層として知られている。また、化合物層の厚さが厚くなると、多孔質層と呼ばれる多数の空孔を含む層が母材の表層部に形成される。この多孔質層は非常に脆い層であるため、通常、有害であると考えられている。
【0006】
カム外周面とローラ外周面およびローラ内周面と支持軸外周面との摺接部における摩擦抵抗を表面処理層によって低減するためには、製造コストの面から考えると、窒化処理あるいは軟窒化処理を用いることが好ましい。しかしながら、窒化処理により母材の表層部に生成される化合物層はその硬度が非常に高いため、窒化処理が施された部品自身は優れた耐摩耗性を有するものの、相手側の部品を早期に摩耗させてしまうことが懸念される。
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、耐久性に優れたタペットローラ軸受を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
潤滑性や耐摩耗性を向上させる目的でタペットローラ軸受のローラに窒化処理を施すと、ローラの表面に形成される化合物層は非常に高い硬度を有しているため、窒化処理を施されたローラ自身は優れた耐摩耗性を有するものの、カムや支持軸などの相手部材が早期に摩耗してしまう。
本発明者は鋭意検討した結果、化合物層の最表面に空孔率10〜60%の多孔質層が形成されるように窒化処理をローラに施すことで、タペットローラ軸受の耐久性向上を図ることができることを後述する実験結果から見出した。
【0008】
そこで、請求項1の発明は、シングルローラもしくはダブルローラのタペットローラ軸受であって、前記ローラの表面に形成された化合物層が緻密層と該緻密層の上に多孔質層とを有し、前記緻密層の厚さが6〜20μmであることを特徴とする。
請求項2の発明は、請求項1記載のタペットローラ軸受において、前記ローラの少なくとも内径側は3〜15度のテーパ面であることを特徴とする。
なお、ここで言う「化合物層」とは鉄系基体と一体化している化合物層を意味し、「緻密層」とは化合物層の中で鉄系基体側に位置する層を意味する。また、「多孔質層」とは化合物層の中で鉄系基体と側に位置し、10〜60%の空孔率を有する層を意味する。
【発明の効果】
【0009】
請求項1の発明に係るタペットローラ軸受では、ローラ内周面及び支持軸外周面の摩耗量が低減するので、耐久性に優れたタペットローラ軸受を得ることができる。
請求項2の発明に係るタペットローラ軸受では、化合物層の盛り上がりがローラ内径側に発生し難くなるので、上述した効果に加え、ローラや支持軸に局部的な異常摩耗が発生することを抑制できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の一実施形態であるタペットローラ軸受の断面図である。同図において符号11はクランクシャフト(図示せず)に同期して回転するカムシャフト、12はカムシャフト11に形成されたカム、13はカム12の回転運動を揺動運動に変換して弁棒に伝えるためのロッカーアームであり、カム12とロッカーアーム13との間には、タペットローラ軸受15が組み込まれている。なお、カムシャフト11及びカム12は鋳鉄または軸受鋼から形成されている。
【0011】
ロッカーアーム13は相対向する二つの支持壁部13aを有しており、各支持壁部13aに穿設された貫通孔14には、後述する支持軸17の端部が挿入されている。この支持軸17は高炭素クロム軸受鋼から形成されており、支持軸17の両端部は外径側に加締められてロッカーアーム13に固定されている。
タペットローラ軸受15はカム12に当接するローラ16と、このローラ16をロッカーアーム13に対して回転自在に支持する支持軸17とからなり、ローラ16は外径側に位置するアウターローラ161と内径側に位置するインナーローラ162とから構成されている。
【0012】
アウターローラ161はSUJ2などの高炭素クロム軸受鋼から形成されており、このアウターローラ161の母材には、ずぶ焼入が母材の芯部にまで施されている。
インナーローラ162はアウターローラ161と同様に高炭素クロム軸受鋼から形成されており、図2に示すように、インナーローラ162の外周面162aには、アウターローラ161の内周面に対して3〜15°の開き角θを持つテーパ面18が軸方向の両端部に0.8〜1.5mmの軸方向長さlで形成されている。また、インナーローラ162の内周面162bには、支持軸17の外周面に対して3〜15°の開き角θを持つテーパ面19が軸方向の両端部に0.8〜1.5mmの軸方向長さlで形成されている。
【0013】
図3はインナーローラ表層部の断面図であり、同図に示すように、インナーローラ162の表面には、化合物層20がインナーローラ162の母材(高炭素クロム軸受鋼)にガス軟窒化処理を施すことによって形成されている。この化合物層20は鉄系基体である母層Bの表面側に位置する緻密層21と、この緻密層21の表面上に形成された空孔率10〜60%の多孔質層22とを有し、緻密層21の厚さは6〜20μm、好ましくは8〜15μmとなっている。
【0014】
本発明に係るタペットローラ軸受の効果を確認するために、本発明者は試験軸受として、ローラ外径:30mm、ローラ内径:10.05mm、支持軸外径:10mm、ローラ及び支持軸材質:SUJ2、高周波焼入れ及び焼戻し後の支持軸表面硬さ:HRC61〜64のタペットローラ軸受を用い、図4に示す試験機によりタペットローラ軸受の耐久性試験を実施した。具体的には、タペットローラ軸受のローラ16に66kgのラジアル荷重を負荷し、この状態で試験機のモータ25、プーリ26,27、ベルト28及びジョイント29からなる回転機構により支持軸17を3000min−1の回転速度で約300時間回転させた後、ローラ内周面と支持軸外周面の摩耗量を計測した。その計測結果を表1に示す。
【0015】
【表1】

【0016】
表1において、実施例1〜9及び比較例1〜5はローラ16の母材にガス軟窒化処理を加熱温度:550〜590℃、加熱時間:0.2〜10Hrの条件で施し、ローラ16の表層部に化合物層を形成したタペットローラ軸受を示し、比較例6はローラ16の表層部に化合物層を形成しなかったタペットローラ軸受を示している。なお、比較例1〜3はローラ16の母材にガス軟窒化処理を施した後、ローラ表面をバフ研磨して多孔質層を除去したものを示している。
【0017】
実施例1〜9と比較例6とを比較すると、実施例1〜9のタペットローラ軸受は比較例6のものと比較して、ローラ及び支持軸の合計摩耗量が著しく少ないことがわかる。これは、比較例6のものはローラ表面に化合物層が形成されていないのに対し、実施例1〜9のものはローラ表面に化合物層が形成されているためである。
次に、実施例1〜9と比較例1〜3とを比較すると、実施例1〜9のタペットローラ軸受は比較例1〜3のものと比較して、ローラ及び支持軸の合計摩耗量が著しく少ないことがわかる。これは、比較例1〜3のものはローラ表面に形成された化合物層が多孔質層を有していないのに対し、実施例1〜9のものはローラ表面に形成された化合物層が多孔質層を有しているためである。
【0018】
次に、実施例1〜9と比較例4及び5とを比較すると、実施例1〜9のタペットローラ軸受は比較例4及び5のものと比較して、ローラ及び支持軸の合計摩耗量が少ないことがわかる。これは、比較例4及び5のものはローラ表面に形成された化合物層の緻密層厚さが22〜28μmであるのに対し、実施例1〜9のものはローラ表面に形成された化合物層の緻密層厚さが6〜20μmであるためである。
【0019】
実施例1,3,7,8と実施例2,4,5,9とを比較すると、実施例2,4,5,9のタペットローラ軸受は実施例1,3,7,8のものと比較して、ローラ及び支持軸の合計摩耗量が少ないことがわかる。これは、実施例1,3,7,8のものは化合物層の緻密層厚さが7μm以下16μm以上であるのに対し、実施例2,4,5,9のものは化合物層の緻密層厚さが8〜15μmであるためである。
【0020】
図3は表1に示した化合物層の緻密厚さとローラ及び支持軸の合計摩耗量との関係を示す図であり、同図からも明らかなように、化合物層の緻密層厚さを6〜20μmにすることで、ローラ及び支持軸の摩耗を抑制できることがわかる。
以上のことから、ローラの母材に窒化処理を施して表層部に多孔質層を有する化合物層をローラ表面に形成し、化合物層の緻密層厚さを6〜20μm、好ましくは8〜15μmにすることで、ローラ内周面及び支持軸外周面の摩耗量が低減するので、タペットローラ軸受の耐久性を高めることができる。
【0021】
また、図2に示したように、アウターローラ161の内周面に対して3〜15度の開き角θを有するテーパ面18をインナーローラ外周面162aの両端部に形成すると共に、支持軸17の外周面に対して3〜15度の開き角θを有するテーパ面19をインナーローラ内周面162bの両端部に形成すると、インナーローラ表面に形成された窒素化合物層の盛り上がりがインナーローラ外周面162a及びインナーローラ内周面162bの両端部に発生し難くなるので、窒素化合物層の盛り上がり部によってアウターローラ外周面や支持軸外周面に局部的な異常摩耗が発生することを抑制できる。この場合、テーパ面18,19の軸方向長さを0.8〜1.5mmにすることで、アウターローラ外周面や支持軸外周面に局部的な異常摩耗が発生することを効果的に抑制できる。
上述した実施の形態では、ローラ16がダブルローラである場合のタペットローラ軸受を例示したが、これに限定されるものではなく、ローラ16がシングルローラのタペットローラ軸受についても本発明を適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施形態に係るタペットローラ軸受の断面図である。
【図2】図1に示すインナーローラの断面図である。
【図3】図1に示すインナーローラの表面に形成された化合物層の断面図である。
【図4】タペットローラ軸受の耐久性試験に用いた試験機の概略図である。
【図5】ローラ表層部に形成された化合物層厚さとローラ及び支持軸の合計摩耗量との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0023】
11 カムシャフト
12 カム
13 ロッカーアーム
15 タペットローラ軸受
16 ローラ
161 アウターローラ
162 インナーローラ
162a インナーローラ外周面
162b インナーローラ内周面
17 支持軸
18,19 テーパ面
20 化合物層
21 緻密層
22 多孔質層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シングルローラもしくはダブルローラのタペットローラ軸受であって、前記ローラの表面に形成された化合物層が緻密層と該緻密層の上に多孔質層とを有し、前記緻密層の厚さが6〜20μmであることを特徴とするタペットローラ軸受。
【請求項2】
請求項1記載のタペットローラ軸受において、前記ローラの少なくとも内径側は3〜15度のテーパ面であることを特徴とするタペットローラ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−9817(P2007−9817A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−192166(P2005−192166)
【出願日】平成17年6月30日(2005.6.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】