説明

ハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置

【課題】回生制動時のヨー安定性を向上させることができるハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置の提供を課題とする。
【解決手段】上記課題は、前後輪の一方で常時駆動される第1駆動輪を第1動力源(例えばエンジン)で駆動し、前後輪の他方で必要に応じて駆動される第2駆動輪を第2動力源(例えば電動機)で駆動し、クラッチ機構によって第1駆動輪と第2駆動輪との間の機械的な接続状態を開放状態から直結状態まで変化させることができるハイブリッド四輪駆動車両において、回生制動時、クラッチ機構が開放状態にあるときには、第2駆動輪の制動力を理想制動力配分よりも大きく設定することにより解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、前後輪の一方をエンジンにより、他方を電動機によりそれぞれ駆動するハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃費の向上や排出ガス低減を目的として、前後輪の一方をエンジンによって駆動し、前後輪の他方を、電子制御カップリングなどの伝達装置によって必要な場合に駆動するオンディマンドタイプの四輪駆動車両が開発されている。また、オンディマンドタイプの四輪駆動車両としては、前後輪の他方に電動機を搭載したハイブリッド仕様のものもある。例えば特許文献1には、オンディマンドタイプのハイブリッド四輪駆動車両の駆動機構が詳細に開示されている。また、例えば特許文献2の図6(b)には、オンディマンドタイプのハイブリッド四輪駆動車両の回生制動時、前後輪を連結状態として回生制動力を各車軸に分散させて、片方の車軸で回生するよりもより大きな回生制動力を得るための回生制動動作が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−231526号公報
【特許文献2】特開2006−352954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
オンディマンドタイプのハイブリッド四輪駆動車両では、特許文献2に開示されているように、直結四輪駆動状態として回生制動することにより、二輪駆動状態よりも多くの回生制動力を得て二輪駆動状態よりも多くの運動エネルギーを車両から回収できる。
【0005】
ところが、直結四輪駆動状態では、特許文献2の図5に示すように、前後制動力配分が理想制動力配分線上を動く。また、高μ路上において電子制御カップリングの締結力が中程度であっても、低μ路では直結状態になる場合がある。このようなことから、理想制動力配分線上では最大の制動力が得られるものの、車輪がロックした場合には前後同時になる。車輪が前後同時にロックすると、ヨー安定性が低下し、スピンする可能性が高くなる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
代表的な本発明の一つは、回生制動時のヨー安定性を向上させることができるハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置を提供する。
【0007】
ここに、代表的な本発明の一つは、前後輪の一方で常時駆動される第1駆動輪を第1動力源(例えばエンジン)で駆動し、前後輪の他方で必要に応じて駆動される第2駆動輪を第2動力源(例えば電動機)で駆動し、クラッチ機構によって第1駆動輪と第2駆動輪との間の機械的な接続状態を開放状態から直結状態まで変化させることができるハイブリッド四輪駆動車両において、回生制動時、クラッチ機構が開放状態にあるときには、第2駆動輪の制動力を理想制動力配分よりも大きく設定することを特徴とする。
【0008】
代表的な本発明の一つによれば、回生制動時のヨー安定性を向上させながら、通常の制動力配分よりも回生制動力が大きく取ることができる。
【0009】
直結四輪駆動状態にするにあたってはクラッチ機構を完全締結状態とする。このようにすれば、前後の制動力配分が理想制動力配分となるので、全制動力に対する回生制動力の割合を大きく設定しても回生制動力を前後輪に分散させることができ、タイヤの摩擦限界内において効率良く回生エネルギーを回収できると共に、操縦性も良くすることができる。
【0010】
回生制動開始にあったっては、クラッチ機構を完全締結状態としてから、前後輪の制動力を調整する。このようにすれば、制動の開始から前後の制動力配分が理想制動力配分となるので、後輪の先ロックを防ぎ、ヨー安定性を確保することができる。
【0011】
また、車輪のロック傾向を検知し、この検知結果から車輪がロックに至ると判断した場合には、回生制動力を減じてから、クラッチ機構を開放状態とする。このようにすれば、制動途中に低μ路へ進入しても、後輪のロックを防ぎ、ヨー安定性を確保することができる。
【発明の効果】
【0012】
以上説明した代表的な本発明の一つによれば、スピンを抑制しながら、効率良く回生エネルギーを回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例であるハイブリッド自動車の駆動系の構成を示す構成図。
【図2】図1のハイブリッド自動車に搭載された複数の制御装置間の接続関係及び制御装置と複数のセンサとの間の接続関係を示すブロック図。
【図3】制動力限界,理想制動力配分,通常制動力配分,電子制御カップリング開放時の前後制動力配分を示す図。
【図4】直結四輪駆動状態での回生制動開始時の前後制動力配分の遷移を示す図。
【図5】直結四輪駆動状態での回生制動開始時の2つのシーケンス案を示す図。
【図6】直結四輪駆動状態での回生制動時に低μ路へ進入したときの前後制動力配分の遷移を示す図。
【図7】直結四輪駆動状態での回生制動時の車輪ロック検知後の2つのシーケンス案を示す図。
【図8】直結四輪駆動状態での回生制動開始から、車輪ロック検知後のシーケンスを示すタイムチャート。
【図9】直結四輪駆動状態での回生制動開始から、車輪ロック検知後のシーケンスの制動力配分を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
【0015】
図1は、本発明が適用される、オンディマンドタイプのハイブリッド四輪駆動車両(以下、単に「車両」という)1の駆動系の構成を示す。
【0016】
車両1の前側にはエンジン2とトランスアクスル3(変速機と差動装置(デファレンシャルギア)とトランスファの一体化装置)が配設されている。車両1の後側にはクラッチ機構15とモータジェネレータ6と後輪差動装置(デファレンシャルギア)7が配設されている。エンジン2の動力はトランスアクスル3および前輪ドライブシャフト4を介して前輪5に伝達される。これによって前輪5が駆動される。
【0017】
モータジェネレータ6の動力は後輪減速機18,後輪差動装置7および後輪ドライブシャフト8を介して後輪9に伝達される。これによって後輪9を駆動する。モータジェネレータ6と後輪減速機18の間にはクラッチ15が配設されている。このクラッチ15は通常は締結されているが、開放することでモータジェネレータ6と後輪差動装置7との間の動力の伝達を断つことができる。
【0018】
尚、減速機18が無くモータジェネレータ6の動力が直接に後輪差動装置7に入力される構成でもよいし、またクラッチ15が無い構成でもよい。
【0019】
前輪には前輪メカブレーキ16が、後輪には後輪メカブレーキ17がそれぞれ配設されており、ブレーキ制御装置19で制動力が調節される。
【0020】
前輪ドライブシャフト4および前輪5と後輪ドライブシャフト8および後輪9の間にはプロペラシャフト10と電子制御カップリング11が配設されており、電子制御カップリング11によって前方からの動力および後方からの動力がお互いに伝達される。このお互いに伝達される動力は電子制御カップリング11の締結力の強弱によって能動的に調整される。つまり電子制御カップリング11が完全開放で無ければ、エンジン2の動力のみ、またはモータジェネレータ6の動力のみで四輪駆動状態での走行が可能である。この電子制御カップリング11は公知の技術であるが、能動的に締結力が調整可能であれば、油圧多板クラッチのような装置でも良い。
【0021】
電子制御カップリング11は電子制御カップリング制御装置18によってその締結力が調整される。
【0022】
尚、本実施例では、エンジン2としてガソリンエンジンを用いた場合を例に挙げて説明する。エンジン2としては、ディーゼルエンジン又は水素エンジン或いはガスエンジン若しくはバイオ燃料エンジンなど、他のエンジンを用いても構わない。
【0023】
また、本実施例では、モータジェネレータ6として、三相交流同期機、例えば回転磁界を発生する電機子、及び永久磁石を備えた界磁から構成された永久磁石界磁型三相交流同期機を用いた場合を例に挙げて説明する。モータジェネレータ6としては三相交流誘導機或いは直流機を用いても構わない。また、三相交流同期機としては、回転磁界を発生する電機子、及び界磁巻線を備えた界磁から構成された巻線界磁型三相交流同期機を用いてもよい。
【0024】
モータジェネレータ6の電機子にはインバータ装置12を介して蓄電装置13が電気的に接続されている。
【0025】
蓄電装置13はモータジェネレータ6の駆動用直流電源であり、車載補機用バッテリよりも高電圧のバッテリ、例えばリチウムイオンバッテリ或いはニッケル水素バッテリにより構成されている。
【0026】
尚、本実施例では、蓄電装置13を高電圧のバッテリにより構成した場合を例に挙げて説明する。蓄電装置13としては大容量のキャパシタ或いはコンデンサを用いても構わない。
【0027】
インバータ装置12はモータジェネレータ6の電機子と蓄電装置13との間において直流電力から三相交流電力への電力変換、及び三相交流電力から直流電力への電力変換を行う電力変換装置であり、電力変換回路を備えている。電力変換回路は、二つのスイッチング半導体素子を電気的に直列に接続した一相分の直列回路が三相分、蓄電装置8の直流正極と負極との間に対して電気的に並列に接続されることにより構成されている。各直列回路の中点にはモータジェネレータ6の電機子の対応する相の巻線が電気的に接続されている。
【0028】
尚、本実施例では、電力変換用の六つのスイッチング半導体素子として、絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ(IGBT)を用いた場合を例に挙げて説明する。スイッチング半導体素子としては、金属酸化膜半導体型電界効果トランジスタ(MOSFET)を用いても構わない。
【0029】
エンジン2の作動はエンジン制御装置(図示省略)によって制御されている。エンジン制御装置は、エンジンコンポーネント機器(空気絞り弁,吸排気弁,燃料噴射弁など)に対して指令信号を出力してエンジンコンポーネント機器の駆動を制御し、エンジン2に供給される空気量,燃料量などを制御する。
【0030】
モータジェネレータ6の作動はモータ制御装置14によって制御されている。モータ制御装置14は、インバータ装置12に対して駆動指令信号を出力してインバータ装置12の駆動を制御し、モータジェネレータ6の電機子と蓄電装置13との間の電力を制御する。
【0031】
蓄電装置13から供給された直流電力がインバータ装置12によって三相交流電力に変換された後、モータジェネレータ6の電機子に供給されると、モータジェネレータ6は力行動作、すなわち電動機として動作し、正の回転動力を発生する。このモータジェネレータ6の力行動作によって、エンジン2によって駆動される前輪5に対しての駆動アシストが可能である。
【0032】
一方、制動時などの状態で後輪9からの動力によってモータジェネレータ6が駆動されると、モータジェネレータ6は回生(発電)動作、すなわち発電機として動作し、三相交流電力および負の回転動力を発生する。発生した三相交流電力はインバータ装置12によって直流電力に変換された後、蓄電装置13に供給される。これにより、蓄電装置13の蓄電及び回生制動が可能である。
【0033】
電子制御カップリング11が開放状態であれば、駆動アシストによる駆動力および回生制動による制動力は後輪9にのみ伝達される。電子制御カップリング11に締結力が発生して入れれば、その締結力に準じて、前方および後方からの駆動力および制動力がプロペラシャフト10を介して前輪5および後輪9に相互に伝達される。
【0034】
図2は、車両1に搭載された複数の制御装置間の接続関係及び制御装置と複数のセンサとの間の接続関係を示しており、モータジェネレータ制御装置(以下、単に「モータ制御装置」という)14に入力される信号をまとめたものである。
【0035】
モータ制御装置14には、モータジェネレータ6の制御に必要な複数の入力情報に対応する複数の信号が入力されている。
【0036】
複数の入力情報としては、例えばアクセルペダルセンサ20の出力信号(エンジン2の空気絞り弁の開度でも良い),ハンドル角センサ21の出力信号,ブレーキペダルスイッチ22の出力信号(ブレーキペダル踏込量でも良い),車輪速センサ23(4輪とも),前後加速度センサ24,マスターシリンダ圧センサ25,シフトレバー位置センサ26,パーキングブレーキスイッチ27,蓄電装置13のバッテリ制御装置から出力されたバッテリ状態情報28(例えば充電量(SOC)情報,充放電許容電力情報など),電流センサ29(モータジェネレータ6とインバータ装置12との間に流れる三相交流電流を検出),モータ回転位置センサ30(モータジェネレータ6の回転位置を検出、例えばレゾルバなどの磁極位置センサ)などがある。
【0037】
モータ制御装置14は、通信ネットワークによってエンジン制御装置31,電子制御カップリング制御装置17,ブレーキ制御装置18を含む他の制御装置と電気的に接続され、相互に信号伝送が可能である。モータ制御装置14に入力される複数の入力情報は、各センサから直接入力されるか、或いは通信ネットワークを介して信号伝送される。
【0038】
モータ制御装置14は、半導体装置であるマイクロコンピュータ及び記憶装置を含む複数の電子部品が電子回路基板に実装されて電気的に接続されることにより構成されている。マイクロコンピュータはモータジェネレータ制御部を備えている。それらの制御部はソフトウエアによって構成されている。
【0039】
モータジェネレータ制御部は、インバータ装置12のスイッチング半導体素子をオンオフさせるための駆動指令信号をインバータ装置12に出力してインバータ装置12による電力変換を制御し、これによってモータジェネレータ6の作動を制御する制御演算部であり、モータジェネレータ6に対するトルク指令値,モータジェネレータ6の磁極位置,インバータ装置12とモータジェネレータ6との間の三相交流電流値を含む複数の入力情報に基づいて、インバータ装置12のスイッチング半導体素子をオンオフするための駆動指令値を演算し、その駆動指令値を出力情報として、その駆動指令値に対応する信号(例えばPWM(パルス幅変調)信号)をインバータ装置12の駆動回路に出力する。
【0040】
ブレーキ制御装置19は、半導体装置であるマイクロコンピュータ及び記憶装置を含む複数の電子部品が電子回路基板に実装されて電気的に接続されることにより構成されている。マイクロコンピュータはブレーキ制御部を備えている。それらの制御部はソフトウエアによって構成されている。
【0041】
ブレーキ制御部は前輪のメカブレーキ16と後輪のメカブレーキ17の油圧を調整するため、例えば切換弁やリニア調整弁やポンプモータなどを制御している。
【0042】
電子制御カップリング制御装置18は、半導体装置であるマイクロコンピュータ及び記憶装置を含む複数の電子部品が電子回路基板に実装されて電気的に接続されることにより構成されている。マイクロコンピュータは電子制御カップリング制御部を備えている。それらの制御部はソフトウエアによって構成されている。電子制御カップリング制御部は例えば電流制御によって、電子制御カップリング11の締結力を調整している。
【0043】
次に、直結四輪駆動状態で回生制動を行う利点について説明する。
【0044】
図3はタイヤの制動力限界と前後の制動力配分を表した物である。X軸が前輪制動力、Y軸が後輪制動力であり、線分pqは前輪の高μ路での制動力限界線、線分qrは後輪の高μ路での制動力限界線を表している、つまり、前輪と後輪の制動力の配分は四角形opqrの内側で配分することが可能である。X軸とY軸の分解能が同じであれば、例えば減速度αのような右下がり45度の線が等減速度の線であり、右側に行くほど減速度が高くなる。(1)の曲線は所謂、理想制動力配分線であり、前後の荷重配分に減速度を乗じたものである。(1)の理想制動力配分線の端点が前輪制動力限界線と後輪制動力限界線の交点qであるように、この線上では前後のタイヤで発生できる最大減速度での制動が発揮できるが、車輪のロックは前後同時である。
【0045】
四角形opqrは、路面μが下がれば例えば四角形op′q′r′のように小さくなってしまう。この(1)の理想制動力配分線より下側では、後輪の制動力限界線よりも先に前輪の制動力限界線に達してしまうので車輪のロックは前輪が先に起こる。一方この(1)の理想制動力配分線はよりも上側では前輪の制動力限界線よりも先に後輪の制動力限界線に達してしまうので車輪のロックは後輪が先に起こる。
【0046】
後輪がロックすると、後輪の横力が極端に小さくなるためヨー安定性が低下してスピン傾向となり非常に危険である。場合によっては路外逸脱することも考えられる。よって一般的な車両は、通常は(1)の理想制動力配分線よりも下側の(2)のような制動力配分線を採用し、制動時にスピン傾向にならないようにしている。
【0047】
ここで、図1の車両1ではエンジン2から見れば、電子制御カップリング11よりも下流側の後輪側にモータジェネレータ6が配設されている。電子制御カップリング11が開放状態で通常の制動力配分線である(2)の制動力配分で減速度αの制動を行うとすると、制動力配分は点Aである。
【0048】
ここで、図3の減速度αでの全制動力を100とし、点Aの前後制動力配分を
前輪制動力:後輪制動力=70:30 ・・・・・・・・・・(1)
とする。
【0049】
この配分線上では後輪制動力以上の回生制動力は得ることができないので、
点Aでの後輪による最大の回生制動力=30 ・・・・・・・・・・(2)
である。
【0050】
もしもモータジェネレータ6が電子制御カップリング11よりも上流側の前輪側に配設されていれば、最大70の回生制動力を得ることができる。つまり前輪側にモータジェネレータ6が配設されていたほうが回生エネルギーをより回収できることになる。
【0051】
しかしながら、前輪駆動車両の後輪側にモータジェネレータ6を配設することで図1の車両1を構成することは、少ない改造でのハイブリッド化が実現できるという大きな利点が有るのである。
【0052】
ここで、図1の車両1において、上記と同じ減速度αで回生制動力をもっと大きく得ようとすれば、例えば図4の点Bの制動力配分とすれば良い。
【0053】
ここで、点Bの前後制動力配分を
前輪制動力:後輪制動力=45:55 ・・・・・・・・・・(3)
とする。
【0054】
つまり
点Bでの後輪による最大の回生制動力=55 ・・・・・・・・・・(4)
である。
【0055】
よって、式(2)および式(4)より制動力配分は、点Aよりも点Bの方が大きな回生制動力を得ることができる。つまりより大きな回生エネルギーを回収できる。
【0056】
ただし、点Bの制動力配分は、前記のように(1)の理想制動力配分線よりも上側に位置するため、路面μが下がり、制動力限界が例えば四角形op′q′r′になると車輪ロックが後輪に先に起きてしまうので、車両のヨー安定性の観点からは良くない。
【0057】
そこで、回生制動時に電子制御カップリング11を完全締結して直結四輪駆動状態としてしまうのである。直結四輪駆動状態であれば、前記のように前輪制動力および後輪制動力は減速度αでの前後荷重配分によってそれぞれ前後に配分されるから、制動力配分は理想制動力配分線上の点Cに移動する。
【0058】
これを計算によって検証する。
【0059】
理想制動力配分は、前後荷重配分と同じであるから、減速度αでの前後荷重配分、つまり制動力配分は
前輪荷重配分:後輪荷重配分=前輪制動力配分:後輪制動力配分
=65[%]:35[%]・・・・・・・・・・(5)
となる。
【0060】
点Bの前輪制動力45は、直結四輪駆動状態で式(5)の配分率で前後に配分されるから、
前輪配分 45×65[%]=29.25 ・・・・・・・・・・(6)
後輪配分 45×35[%]=15.75 ・・・・・・・・・・(7)と前後に配分される。
【0061】
点Bの後輪制動力55も同じく直結四輪駆動状態で式(5)の配分率で前後に配分されるから、
前輪配分 55×65[%]=35.75 ・・・・・・・・・・(8)
後輪配分 55×35[%]=19.25 ・・・・・・・・・・(9)
と前後に配分される。
【0062】
よって、前後制動力配分は
前輪制動力 29.25+35.75=65 ・・・・・・・・・・(10)
後輪制動力 15.75+19.25=35 ・・・・・・・・・・(11)
となる。
【0063】
つまり
前輪制動力:後輪制動力=65:35 ・・・・・・・・・・(12)
となっており、式(5)と合致する。
【0064】
以上より、後輪に配設されたモータジェネレータ6で回生制動力を十分に発揮させるためには前後の制動力配分を理想制動力配分よりも後輪を優勢にし、直結四輪駆動状態とすればよいのである。
【0065】
制動開始前は制動力が0であるから、点oである。つまり、減速度αで制動を開始したら制動力の調整と直結四輪駆動への駆動状態の変更を行って点oから点Cへ遷移すればよい。ただし、点Cは理想制動力配分線上で前後輪同時ロックあるから、通常制動力配分よりはヨー安定性が良くない。よって、もし車輪がロック傾向となれば、制動力の調整と前後輪開放を行って点Cから(2)の通常制動力配分線上の点Aに遷移すればよいのである。
【0066】
次に、直結四輪駆動状態での回生制動の具体的な方法について述べる。
【0067】
まず、回生制動の開始方法について述べる。
【0068】
運転者の制動開始要求を検知したら、運転者の要求制動力に応じて前輪をメカブレーキで制動し、後輪をモータジェネレータ6で回生制動する。ここで、メカブレーキとはディスクブレーキやドラムブレーキなどの公知の技術である。このときの後輪回生制動力をより大きく取りたいので、前輪メカブレーキ制動力と後制回生制動力の配分は理想制動力配分線よりも上の範囲内、例えば前記の点Bとする。このままでは後輪先ロックの特性なので、電子制御カップリングを完全締結して理想制動力配分線上の点Cに遷移させ、前後同時ロックの特性にさせる。この動作、つまり制動と電子制御カップリング11の締結を瞬時に行う必要がある。
【0069】
ここで、制動と電子制御カップリング11の締結を瞬時に行う方法の第1の案として、図5(a)のように、先に前輪メカブレーキ力と後輪回生制動力を発生させて、次に電子制御カップリング11を締結するシーケンスを考える。このシーケンスでは、制動力配分点は、点o→点B→点Cと遷移する。
【0070】
具体的には下記の2段階となる。
【0071】
(1)前輪メカブレーキ制動力と後輪回生制動力を同時に増加させるので、点o→点Bに遷移する。
【0072】
(2)電子制御カップリング11を締結するので、点B→点Cに遷移する。
【0073】
この(1)の段階で、点Bでは高μ路でも後輪の制動力限界近くまで後輪の制動力を発生しているため、後輪の横力が小さくなり、オーバーステア傾向となり、ヨー安定性が悪化する。
【0074】
また、例えば路面μが小さくなり四角形opqrが四角形op′q′r′となった場合は後輪の制動力が後輪制動力限界線よりも外側になってしまうため、後輪がロックしてしまい、ヨー安定性が悪化してスピン、ひいては路外逸脱の可能性が高くなる。
【0075】
次に、制動力の増加と電子制御カップリング11の開放を瞬時に行う方法の第2の案として、図5(b)のように、先に電子制御カップリング11を完全締結し、次に制動力を増加させるシーケンスを考える。このシーケンスでは、制動力配分点は、点o→点Cと遷移する。
【0076】
具体的には下記の2段階となる。
【0077】
(1)電子制御カップリング11を締結して直結四輪駆動状態にするが、制動力は0なので、点oのままとなる。
【0078】
(2)前輪メカブレーキ制動力と後輪回生制動力を同時に増加させるので、理想制動力配分線上を動き点o→点Cに遷移する。
【0079】
制動開始直後から直結四輪駆動状態で理想制動力配分線上であるから、案1よりも後輪の横力も確保出きるので操安性が良い。
【0080】
また、例えば路面μが小さくなり四角形opqrが四角形op″q″r″となった場合は点q″で前輪と後輪が同時にロックしてしまうが、この対処方法は後述する。
【0081】
この二つの案を比較すれば、操安性の良い第2の案を選択することは明白である。
【0082】
次に、直結四輪駆動状態での回生制動時に低μ路に進入した場合を考える。
【0083】
点Cの制動状態で、低μ路に進入したとする。低μ路での制動力限界は前記のように図6に示すように四角形op″q″r″と小さくなっている。この時点で車輪は前後同時ロックしてしまう。制動力を減じて車輪ロックを回避しても、更に路面μが下がれば、再び前後同時ロックに陥ってしまう。
【0084】
つまり車輪のロック傾向を検知したら、総制動力の低減と電子制御カップリング11の開放を瞬時に行い、(2)の通常制動での制動力配分線上に遷移するのである。結果的に点Cから点Dに遷移するので、車輪ロック検知前の前輪メカブレーキと後輪回生制動力の配分である点Bと遷移後の点Dを比較すれば分かるように、前輪制動力は増加させて、後輪回生制動力を減じるのである。このとき減速度はαからβへ減じてしまう。
【0085】
ここで、制動力の低減と電子制御カップリング11の開放を瞬時に行う方法の第1の案として、図7(a)に示すように先に電子制御カップリング11を開放し、次に制動力を減じるシーケンスを考える。このシーケンスでは、制動力配分が点C→点B→点Dと遷移する。
【0086】
具体的には下記の2段階となる。
【0087】
(1)電子制御カップリング11の開放でカップリング締結力による制動力の分散が無くなるので、点Cから点Bへ遷移する。
【0088】
(2)前輪制動力の増加と後輪回生制動力の増加を同時に行うので、点Bから点Dへ遷移する。
【0089】
この(1)で、低μの制動力限界である四角形op″q″r″の外にいる時間が長くなってしまう。この間に車両に外乱が与えられると、ヨー安定性を保つことが困難になってしまい、最悪、路外への逸脱等も起こり得て非常に危険である。
【0090】
次に、制動力の低減と電子制御カップリング11の開放を瞬時に行う方法の第2の案として、図7(b)に示すように先に制動力を減じ、次に電子制御カップリング11を開放するシーケンスを考える。このシーケンスでは、制動力配分点は、点C→点E→点Dと遷移する。
【0091】
具体的には下記の2段階となる。
【0092】
(1)前輪制動力の増加と後輪回生制動力の増加を同時に行うので、点Cから点Eへ遷移する。
【0093】
(2)電子制御カップリング11の開放でカップリング締結力による制動力の分散が無くなるので、点Eから点Dへ遷移する。
【0094】
つまり低μの低μの制動力限界である四角形op″q″r″にとどまることになるので、ヨー安定性を保ち易く、操安性が良い。
【0095】
この二つの案を比較すれば、第2の案を選択することは明白である。
【0096】
以上より、制動開始時に直結四輪駆動状態の回生制動として制動力を上昇させるときのシーケンスでは、第2の案である、「まず電子制御カップリングを締結し、その後制動力を調整する」を選択する。
【0097】
また、直結四輪駆動状態での回生制動で低μ路に進入した場合の、制動力を減少させるときのシーケンスでは、第2の案である、「まず制動力を調整し、次に電子制御カップリングを開放するシーケンス」を選択するとする。
【0098】
ここから、上記の2案を選択した具体的な制動力調整と電子制御カップリング11の動作について図8と図9で説明する。
【0099】
以上の結果を高μ路での制動開始から、低μ路への進入,停止までのタイムチャートが図8である。また、その時の制動力配分が図9である。
【0100】
まず、図8の(1)で制動開始を検知する。制動開始の開始の検知は、例えばブレーキスイッチの信号やマスターシリンダ圧力の測定で可能である。
【0101】
制動開始の検知後、まず、電子制御カップリング11を締結する。その後、図8の(2)で制動を開始するために運転者の要求減速度または要求制動力に応じて上昇させる。要求減速度または要求制動力の設定方法は、例えばマスターシリンダ圧力に応じたマップによって設定する方法がある。前輪メカブレーキと後輪回生制動力の配分は、例えば図9の点Bのように電子制御カップリング11が開放状態であったとしたときに理想制動力配分よりも上方かつ高μ路での後輪制動力限界線よりも下側の範囲に入るように設定する。このとき電子制御カップリング11が締結で直結四輪駆動状態であるから、実際の前後の制動力配分は点Cである。
【0102】
上記の、電子制御カップリング11が開放状態であったとしたときの後輪の回生制動力は高μ路面での制動力限界線を越えないように設定する方が良いとしたことには理由がある。高μ路面での制動力限界線を越える例えば点Xに設定すると、もし電子制御カップリング11が故障して突然開放状態になったときには、点Cから点Xへ遷移して高μ路面でも後輪がロックしてしまう。前記のように後輪がロックするとヨー安定性が悪化して、最悪の場合には路外逸脱もありえるからである。
【0103】
次に、例えば低μ路に進入した結果、図8の(3)で車輪ロック傾向を検知する。車輪のロック傾向は、例えば車輪速度および加速度から求めた擬似車体速度と車輪速度の差、車輪のスリップ率、車輪の加速度などから検知できる。具体的な方法は既に種々の方法が公知であるからここでは割愛する。
【0104】
図8の(3)の車輪ロック傾向の検知は図9の点Cである。点Cから、その時の前輪制動力限界線と通常の制動力配分線上との交点である点Dが判明する。点Dの求め方の例としては、予めマップとして用意しておけば良い。
【0105】
点Dが求まれば点Dでの減速度が求まる。この求まった減速度を目標に減速度フィードバックを行いながら前輪の制動力を増加させ、後輪の回生制動力を減少させる。
【0106】
路面μは一定ではないから、点Dに遷移しても更にロック傾向となる場合もありえる。その場合は所謂ABS制御を行えばよい。
【0107】
以上の説明では、点Bつまり電子制御カップリング11の開放状態での後輪制動力を全て回生制動力としていたが、後輪制動力の一部をメカブレーキの制動力で負担しても良い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前後輪の一方であり、常時駆動される第1駆動輪と
前記前後輪の他方であり、必要に応じて駆動される第2駆動輪と、
前記第1駆動輪に動力を供給する第1動力源と、
前記第2駆動輪に動力を供給すると共に、前記第2駆動輪から動力の供給を受けて回生する第2動力源と、
前記第1駆動輪と前記第2駆動輪との間に設けられ、前記第1駆動輪と前記第2駆動輪との機械的な接続状態を開放状態から完全締結状態まで変化させられるクラッチ機構と、を備えたハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置において、
回生制動時、前記クラッチ機構が開放状態にあるときには、前記第2駆動輪の制動力を理想制動力配分よりも大きく設定する、
ことを特徴とするハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置において、
回生制動開始には前記クラッチ機構を完全締結状態として直結四輪駆動状態とする、
ことを特徴とするハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載のハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置において、
回生制動開始時、前記クラッチ機構を締結させて直結四輪駆動状態としてから、前記第1及び第2駆動輪の制動力を調整する、
ことを特徴とするハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置。
【請求項4】
請求項2に記載のハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置において、
回生制動時、前記車輪のロック傾向を検知し、この検知結果から前記車輪がロックすると判断した場合には、前記第1及び第2駆動輪の制動力を調整してから、前記クラッチ機構を開放状態にする、
ことを特徴とするハイブリッド四輪駆動車の回生制動力制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−31698(P2011−31698A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−178578(P2009−178578)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】