説明

ブラシレスモータ制御方法及びブラシレスモータ制御装置並びにブラシレスモータ並びに電動パワーステアリング装置

【課題】d軸方向とq軸方向のインダクタンスに差があるモータにおいて、高負荷側のトルクだれを防止し、モータのトルク向上や小型化を図る。
【解決手段】ブラシレスモータ3は、多角形状の断面を有するロータコアと、ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットとを備えるロータコアを有し、d軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスが異なる。ブラシレスモータ3の制御装置50は、電流センサ61と、負荷状態に応じて巻線電流値を算出する電流指令部51とを有する。電流指令部51は、電流センサ61にて検出した相電流値に基づいて、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて進角制御を行い、電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Id’を付加する供給電流量算出部52と、相電流と進角値との関係が示された進角制御マップ63を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラシレスモータにおけるトルク向上技術に関し、特に、電動パワーステアリング装置(EPS)の駆動源として使用されるブラシレスモータに適用して有効な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ロータ表面にマグネットを張り付けたSPM(Surface Permanent Magnet)型のブラシレスモータは、d軸(磁極がつくる磁束の方向(永久磁石の中心軸方向))・q軸(d軸と電気的、磁気的に直交する軸(永久磁石間の軸))方向のインダクタンスに差がなく、d・q軸のインダクタンス差によって生じるリラクタンストルクは利用できないと考えられている。特に、リングマグネットを用いた場合、ロータの外周が等幅のマグネットで覆われた構成となるため、d・q軸の磁気抵抗差がなく(突極比=1)、d・q軸にインダクタンス差が生じず、リラクタンストルクも発生しない。
【0003】
ブラシレスモータのトータルトルクTtは、
Tt=マグネットトルクTm+リラクタンストルクTr
=p・φa・Iq+p・(Lq−Ld)・Id・Iq
(p:極対数,φa:永久磁石による電機子鎖交磁束,Lq:q軸インダクタンス,Ld:d軸インダクタンス,Id:d軸電流,Iq:q軸電流)
のように表され、インダクタンスLd,Lqに差がないSPM型モータでは、上式の第2項が0となる。従って、このようなモータにd軸電流Idを印加してもトルクには全く反映されず、リラクタンストルクによるトルクアップは望めない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-72056号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、モータのトルクアップを図るには、ネオジムマグネットのような高磁束密度のマグネットを使用し、ロータ磁束を増加させることが考えられる。ところが、レアアースを使用したマグネットは、非常に高価であると共に、資源供給上の問題もあり、その使用量はなるべく抑えることが望ましい。このため、マグネット数を増やすことなくトルクアップを図るため、従来より、巻線のターン数を増やすという方策が行われており、例えば、ロータ径を小さくして巻線のターン数を増やすなど、磁気装荷から電気装荷へ装荷の割合を変更してモータトルクの増加を図る方法などが種々提案されている。
【0006】
しかしながら、トルクを得るべく巻線ターン数を増加させると、その分、コイルのインダクタンスも増加する。インダクタンスが大きくなると、高負荷側(高電流域)にて電機子反作用の影響が大きくなり、図11に示すように、いわゆるトルクだれが発生し、理論トルク(磁束×電流)に対し、実際に得られるトルクが低くなってしまう。トルクだれが生じると、モータ効率が低下し、理論トルクと同じトルクを得るためには、より多くの相電流を供給する必要が生じる。例えば、図11のモータでは、4.0Nmのトルクを得るためには、理論上は80A強にて足りるにもかかわらず、トルクだれにより実際には100A近くの電流が必要となる。
【0007】
そこで、トルクだれを補うべく軸長を伸ばして磁束を増大させると、モータが大型化してしまい、ネオジマグネットのような高価なマグネットを使っている場合、マグネット量が増加しコスト高ともなる。また、電機子反作用の影響を受けにくくするには、インダクタンスを下げれば良いが、トルクを維持しつつインダクタンスを減らすには、ターン数を減らして軸長を伸ばしたり、ステータの磁束密度を下げるためティース幅を広くしたりする必要があり、やはりモータ体格が大きくなってしまい好ましくない。
【0008】
本発明の目的は、d軸方向とq軸方向のインダクタンスに差があるモータにおいて、高負荷側のトルクだれを防止し、モータのトルク向上や小型化を図ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のブラシレスモータ制御方法は、複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を備え、前記永久磁石によって形成される磁路のd軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスとの間に差を有するブラシレスモータの制御方法であって、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて、前記電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Idを付加する進角制御を行い、前記高負荷領域にて、前記永久磁石の磁気的吸引力によるマグネットトルクと、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクとによって前記ロータを回転させることを特徴とする。
【0010】
本発明にあっては、d軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスが異なるブラシレスモータに対し、高負荷領域にて進角制御を実施し、マグネットトルクとリラクタンストルクとによってロータを回転させる。これにより、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、ブラシレスモータのトルク性能が向上する。また、モータトルク向上に伴い、より小さな体格のモータで従前同様のトルクを得ることができ、モータの小形軽量化が図られる。
【0011】
前記ブラシレスモータ制御方法において、前記ロータとして、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットとを備え、前記セグメントマグネットの中心軸方向に沿ったd軸方向のインダクタンスと、前記セグメントマグネットの間の前記ロータコア頂角部分を通るq軸インダクタンスとの間に差違が存在するものを使用しても良い。また、前記進角制御を前記高負荷領域のみにて実施し、電機子反作用の影響が少なく理論トルクに対して出力トルクが余り減少しない低負荷領域では実施しないようにしても良い。さらに、前記ブラシレスモータは、電動パワーステアリング装置の駆動源として使用されるモータであっても良い。
【0012】
本発明のブラシレスモータ制御装置は、複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を備え、前記永久磁石によって形成される磁路のd軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスとの間に差を有するブラシレスモータの駆動制御を行う制御装置であって、前記電機子巻線の相電流を検出する電流センサと、当該ブラシレスモータの負荷状態に応じて、該ブラシレスモータに供給される巻線電流値を算出する電流指令部と、を備え、該電流指令部は、前記電流センサにて検出した相電流値に基づいて、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて進角制御を行い、前記電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Idを付加する供給電流算出部を有することを特徴とする。
【0013】
本発明にあっては、d軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスが異なるブラシレスモータに対し、供給電流算出部により高負荷領域にて進角制御を実施し、マグネットトルクとリラクタンストルクとによってロータを回転させる。これにより、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、ブラシレスモータのトルク性能が向上する。また、モータトルク向上に伴い、より小さな体格のモータで従前同様のトルクを得ることができ、モータの小形軽量化が図られる。
【0014】
前記ブラシレスモータ制御装置において、前記電流指令部に、前記相電流と前記進角制御における進角値βとの関係が示された進角制御マップを配しても良い。また、前記ロータとして、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットとを備え、前記セグメントマグネットの中心軸方向に沿ったd軸方向のインダクタンスと、前記セグメントマグネットの間の前記ロータコア頂角部分を通るq軸インダクタンスとの間に差違が存在するものを使用しても良い。さらに、前記ブラシレスモータは、電動パワーステアリング装置の駆動源として使用されるモータであっても良い。
【0015】
本発明のブラシレスモータは、複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を有するブラシレスモータであって、前記ロータは、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットと、を備え、前記セグメントマグネットの中心軸方向に沿ったd軸方向のインダクタンスと、前記セグメントマグネットの間の前記ロータコア頂角部分を通るq軸インダクタンスとの間に差違が存在し、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて、前記電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Idを付加する進角制御が実施され、前記高負荷領域にて、前記永久磁石の磁気的吸引力によるマグネットトルクと、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクとによって前記ロータが回転することを特徴とする。
【0016】
本発明のブラシレスモータにあっては、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットと、を備え、高負荷領域において進角制御が実施され、マグネットトルクとリラクタンストルクにてロータが回転する。これにより、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、相電流を増加させることなく、また、軸長を伸ばしたり、ティース幅を広くしたりすることなく、モータトルクを増大させることが可能となる。また、モータトルク向上に伴い、より小さな体格にて従前同様のトルクを得ることができ、モータの小形軽量化が図られる。
【0017】
一方、本発明の電動パワーステアリング装置は、複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を備え、前記永久磁石によって形成される磁路のd軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスとの間に差を有するブラシレスモータを駆動源として使用する電動パワーステアリング装置であって、前記ブラシレスモータは、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて、前記電機子巻線への供給電流にd軸電流Idを付加する進角制御が実施され、前記高負荷領域にて、前記永久磁石の磁気的吸引力によるマグネットトルクと、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクとによって前記ロータが回転することを特徴とする。
【0018】
本発明の電動パワーステアリング装置にあっては、電動パワーステアリング装置において、d軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスが異なるブラシレスモータを駆動源として使用し、高負荷領域にて進角制御を実施することにより、マグネットトルクとリラクタンストルクとによってロータを回転させる。これにより、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、据え切り時における運転者の負担軽減や、EPS用モータの小形軽量化が図られる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のブラシレスモータ制御方法、制御装置によれば、d軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスが異なるブラシレスモータに対し、高負荷領域にて進角制御を実施し、マグネットトルクとリラクタンストルクとによってロータを回転させるようにしたので、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、ブラシレスモータのトルク性能を向上させることが可能となる。また、モータトルク向上に伴い、より小さな体格のモータで従前同様のトルクを得ることができ、モータの小形軽量化が可能となる。
【0020】
本発明のブラシレスモータによれば、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットと、を備え、高負荷領域にて進角制御が実施され、マグネットトルクとリラクタンストルクとによってロータが回転するので、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、モータのトルク性能を向上させることが可能となる。また、モータトルク向上に伴い、より小さな体格にて従前同様のトルクを得ることができ、モータの小形軽量化が可能となる。
【0021】
本発明の電動パワーステアリング装置によれば、その駆動源として、d軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスが異なるブラシレスモータを使用し、当該ブラシレスモータの駆動制御に際し、高負荷領域にて進角制御を実施して、マグネットトルクとリラクタンストルクとによってロータを回転させるようにしたので、トルクだれ領域におけるトルクアップが図られ、据え切り時における運転者の負担軽減や、EPS用モータの小形軽量化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】ブラシレスモータを用いたEPSの構成を示す説明図である。
【図2】図1のEPSにて使用されるブラシレスモータの構成を示す断面図である。
【図3】ステータコア及びロータの構成を示す説明図である。
【図4】図2のブラシレスモータにおけるd軸方向とq軸方向の構成を示す説明図である。
【図5】図1のEPSにおける制御装置の構成を示すブロック図である。
【図6】(a)は、d軸電流Id,q軸電流Iqと進角値βとの関係を示す説明図、(b)は、進角制御マップの一例を示す説明図である。
【図7】進角制御を行った場合と行わなかった場合のトルク値を比較したグラフである。
【図8】高負荷時のIqを一定にしてIdを印加させていったときのトルクリップルの変化を示すグラフである。
【図9】進角制御を行った場合と行わなかった場合の回転数の変化を示したグラフである。
【図10】ステータコアの変形例を示す説明図である。
【図11】ステータコアの変形例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明する。図1は、ブラシレスモータを用いたEPSの構成を示す説明図であり、本発明による制御処理が実施される。図1の電動パワーステアリング装置(EPS)1は、ステアリングシャフト2に対し動作補助力を付与するコラムアシスト式の構成となっており、ブラシレスモータ3(以下、モータ3と略記する)が動力源として使用されている。
【0024】
ステアリングシャフト2にはステアリングホイール4が取り付けられており、ステアリングホイール4の操舵力は、ステアリングギヤボックス5内に配された図示しないピニオンとラック軸を介して、タイロッド6に伝達される。タイロッド6の両端には車輪7が接続されており、ステアリングホイール4の操作に伴ってタイロッド6が作動し、図示しないナックルアーム等を介して車輪7が左右に転舵する。
【0025】
EPS1では、ステアリングシャフト2に操舵力補助機構であるアシストモータ部8が設けられている。アシストモータ部8には、モータ3と共に、減速機構部9とトルクセンサ11が設けられている。減速機構部9には、図示しないウォームとウォームホイールが配されており、モータ3の回転は、この減速機構部9によって、ステアリングシャフト2に減速されて伝達される。モータ3とトルクセンサ11は、制御装置(ECU)12に接続されている。
【0026】
ステアリングホイール4が操作され、ステアリングシャフト2回転すると、トルクセンサ11が作動する。ECU12は、トルクセンサ11の検出トルクに基づいて、モータ3に対し適宜電力を供給する。モータ3が作動すると、その回転が減速機構部9を介してステアリングシャフト2に伝達され操舵補助力が付与される。ステアリングシャフト2は、この操舵補助力と手動操舵力によって回転し、ステアリングギヤボックス5内のラック・アンド・ピニオン結合により、この回転運動がラック軸の直線運動に変換され、車輪7の転舵動作が行われる。
【0027】
図2は、モータ3の構成を示す断面図である。図2に示すように、モータ3は、外側にステータ21、内側にロータ22を配したインナーロータ型ブラシレスモータとなっている。ステータ21は、ハウジング23と、ハウジング23の内周側に固定されたステータコア24及びステータコア24に巻装された巻線25とを備えた構成となっている。ハウジング23は鉄等にて有底筒状に形成されており、その開口部には合成樹脂製のブラケット30が取り付けられている。ステータコア24は鋼板を多数積層した構成となっており、ステータコア24の内周側には複数個のティースが突設されている。ステータコア24には、巻線25の誘起電圧波形が正弦波となるようにスキューが施されている。なお、スキューは、ロータ22側に形成しても良い。
【0028】
図3は、ステータコア24及びロータ22の構成を示す説明図である。ステータコア24は、リング状の継鉄部26と、継鉄部26から内側方向へ突出形成されたティース27とから形成されている。ティース27は9個設けられており、各ティース27の間にはスロット28(9個)が形成され、モータ3は9スロット構成となっている。各ティース27には巻線25が集中巻にて巻装されており、巻線25は各スロット28内に収容されている。各巻線25は、U,V,Wの3相がスター結線されており、給電配線29を介してバッテリ(図示せず)と接続されている。巻線25に対しては、高調波成分を含んだ台形波形状の相電流(U,V,W)が供給される。
【0029】
ロータ22はステータ21の内側に配設されており、回転軸31と、ロータコア32、マグネット33を同軸状に配した構成となっている。回転軸31の外周には、鋼板を多数積層したロータコア32が取り付けられている。ロータコア32は断面6角形に形成されており、その外周の各辺部分32aには、セグメントタイプのマグネット33が配置されている。マグネット33は、回転軸31に固定されたマグネットホルダ34に取り付けられており、周方向に沿って6個配置されている。すなわち、当該モータ3は、6極9スロット構成となっている。
【0030】
回転軸31の一端部は、ハウジング23の底部に圧入されたベアリング35に回転自在に支持されている。回転軸31の他端部は、ブラケット30に取り付けられたベアリング36によって、回転自在に支持されている。回転軸31の端部(図2において左端部)には、スプライン部37が形成されており、図示しないジョイント部材によって、減速機構部9のウォーム軸に接続されている。ウォーム軸にはウォームが形成されており、減速機構部9にて、ステアリングシャフト2に固定されたウォームホイールと噛合している。
【0031】
ブラケット30内には、ベアリング36と、ロータ22の回転位置を検知するレゾルバ(角度センサ)41が収容されている。レゾルバ41は、ブラケット30側に固定されたレゾルバステータ42と、ロータ22側に固定されたレゾルバロータ43とから構成されている。レゾルバステータ42にはコイル44が巻装されており、励磁コイルと検出コイルが設けられている。レゾルバステータ42の内側には、レゾルバロータ43が配設される。レゾルバロータ43は、金属板を積層した構成となっており、三方向に凸部が形成されている。
【0032】
回転軸31が回転すると、レゾルバロータ43もまたレゾルバステータ42内にて回転する。レゾルバステータ42の励磁コイルには高周波信号が付与されており、凸部の近接離反により検出コイルから出力される信号の位相が変化する。この検出信号と基準信号とを比較することにより、ロータ22の回転位置が検出される。そして、ロータ22の回転位置に基づき、巻線25への電流が適宜切り替えられ、ロータ22が回転駆動される。
【0033】
このようなEPS1では、ステアリングホイール4が操作されてステアリングシャフト2が回転すると、この回転に応じた方向にラック軸が移動して転舵操作がなされる。この操作により、トルクセンサ11が作動し、その検出トルクに応じて、図示しないバッテリから給電配線29を介して巻線25に電力が供給される。巻線25に電力が供給されるとモータ3が作動し、回転軸31とウォーム軸が回転する。ウォーム軸の回転は、ウォームホイールを介してステアリングシャフト2に伝達され、操舵力が補助される。
【0034】
ここで、モータ3のトータルトルクTtは、前述のように、
Tt=Tm+Tr
=p・φa・Iq+p・(Lq−Ld)・Id・Iq
にて表され、従来、当該モータ3のようなSPMモータでは、インダクタンスLd,Lqに差がなく、上式第2項が0となるため、リラクタンストルクは利用できないと考えられていた。これに対し、本発明者らは、断面が多角形状のロータコア外周面にセグメントマグネットを配したSPMモータでは、リングマグネットを用いたモータとは異なり、d軸方向とq軸方向にインダクタンス差があることに想到し、それをトルクアップに活用できないか検討を加えた。
【0035】
図4に示すように、モータ3においては、d軸方向(マグネット33の中心軸方向)と、q軸方向(ロータ中心とロータコア32の頂角部32bを結ぶ方向)では、ティース27との間に形成される空隙20の大きさ(径方向長S1:d軸方向,S2:q軸方向)が異なっている。マグネット33の透磁率は空気と同等であるため、モータ3では、ロータコア32(ケイ素鋼板を使用)の部分が大きいq軸方向の磁気抵抗がd軸方向に比して小さくなる。すなわち、q軸インダクタンスLqがd軸インダクタンスLdよりも大きくなり(Lq>Ld)、d・q軸のインダクタンスに差違が存在する。従って、モータ3は、上式の第2項が正の値を取り、進角制御を行ってIdを印加することによりトルクアップを図ることが可能となる。
【0036】
図5は、EPS1の制御装置50の構成を示すブロック図であり、本発明による進角制御は当該制御装置50にて実行される。制御装置50には、電流指令部51が設けられており、EPS1は、電流指令部51に入力されるトルクセンサ11からの検出値や、レゾルバ41によって検出されたロータ22の回転位置情報、電流センサ61からの相電流値情報に基づいて駆動制御される。
【0037】
図5に示すように、制御装置50には、トルクセンサ11から、ステアリングホイール4の操作に伴うモータ負荷(トルク値)がモータ負荷情報として入力される。また、電流指令部51には、モータ3に設けられたレゾルバ41からロータ回転位置情報が入力される。このレゾルバ41からのロータ回転位置情報は、電流指令部51の前段に設けられたロータ回転数算出部62にも入力されており、ロータ回転数算出部62は、ロータ回転位置情報に基づいてロータ22の回転数を算出し、その値は、ロータ回転数情報として電流指令部51に入力されている。さらに、モータ3には、各相の供給電流をモニタする電流センサ61が設けられており、電流指令部51には、電流センサ61からモータ3の相電流値が入力されている。
【0038】
電流指令部51には、これらの検出値に基づいて演算処理を行い、モータ3に対して供給する電流量を算出する供給電流量算出部52が設けられている。供給電流量算出部52では、レゾルバ41からのロータ回転位置情報とロータ回転数情報及びモータ負荷情報から、d軸,q軸の電流指令値Id’,Iq’を算出し、ベクトル制御部53に出力する。また、供給電流量算出部52には、電流センサ61からモータ3の相電流値がフィードバックされており、供給電流量算出部52は、この検出電流値(相電流)に基づいて、モータ3に対する進角制御を実施し、電流指令値Id’を設定する。相電流値と進角値βとの関係は、進角制御マップ63に格納されており、供給電流量算出部52は、進角制御マップ63を参照して、電流指令値Id’を決定する。
【0039】
図6(a)は、d軸電流Id,q軸電流Iqと進角値βとの関係を示す説明図、図6(b)は、進角制御マップ63の一例を示す説明図である。図6(a)のdq軸ベクトル図で示すように、進角値βはIqとIdの値で変化する。IqとIdの合成ベクトルはIaであり、相電流の実効値(U相)をIuとすると、IaとIuの間には、Ia=√3×Iuの関係が存在する。当該モータ3では、高電流域にてIdが付加されるように、この進角値βを図6(b)にように設定する。なお、全電流域にてIdを付加するような設定としても良いが、低電流域ではトルクだれは生じないため、本実施形態では、制御負荷を軽減すべく、必要な範囲に必要なだけIdを付加するような形で進角値βを設定している。
【0040】
ベクトル制御部53は、d軸,q軸のPI(比例・積分)制御部54d,54qと、座標軸変換部(dq/UVW)55とから構成されており、電流指令値Id’,Iq’は、PI制御部54d,54qにそれぞれ入力される。PI制御部54d,54qには、座標軸変換部(UVW/dq)56を介して、3相(U,V,W)のモータ電流値をdq軸変換した検出電流値I(d),I(q)が入力されている。PI制御部54d,54qは、電流指令値Id’,Iq’と検出電流値I(d),I(q)に基づき、PI演算処理を行い、d軸,q軸の電圧指令値Vd,Vqを算出する。電圧指令値Vd,Vqは、座標軸変換部55に入力され、3相(U,V,W)の電圧指令値Vu,Vv,Vwに変換され出力される。座標軸変換部55から出力された電圧指令値Vu,Vv,Vwは、インバータ57を介してモータ3に印加される。
【0041】
このようなモータ3では、多角形断面のロータ22にセグメントマグネットを配した構成により突極比≠1とし、Ld,Lqのインダクタンス差を利用して、従来のSPMモータでは利用されていなかったリラクタンストルクをトルクアップに活用する。特に、トルクダレが生じる高負荷領域(高電流域)にて進角制御を行ってIdを印加することにより、通常負荷領域での制御負荷を増すことなく、トルクダレによるトルク減少分をリラクタンストルクにて補填する。図7は、進角制御を行った場合と行わなかった場合のトルク値を比較したグラフであり、Max85Arms時のトルクが図11における理論トルクと同等程度となるように進角制御を行った実験結果を示している。
【0042】
図7に示すように、進角制御なしの場合は、相電流50Arms付近からトルクだれが始まる。これに対し、本発明による制御では、30Armsを過ぎた時点から徐々に進角値を大きくして行き、50Arms付近にて変化量を極大化してIdを増大させる。これにより、進角制御ありの場合は、相電流50Arms付近からのトルクだれをリラクタンストルクが補う形となり、相電流の増加と共に、ほぼ理論トルクと同等にトルクが増大し、トルクだれの問題を解消することができた。
【0043】
このように、本発明による制御処理では、電機子反作用により、理論トルクに対し実際の出力トルクが減少するいわゆるトルクだれが生じる高負荷領域にて進角制御を導入し、巻線25に対する供給電流にd軸電流Idを付加する。これにより、トルクだれ領域にて、マグネットトルクにリラクタンストルクが加わり、トルクアップが図られる。その際、本発明では、進角制御のみによって相電流の値を調整するので、相電流を増加させることなく、モータトルクを増大させることが可能となる。また、モータトルク向上に伴い、同じトルクを得るのであれば、より体格の小さなモータで足り、モータの小形軽量化が図られる。さらに、トルクアップに際し、軸長を伸ばしたり、ティース幅を広くしたりする必要もないため、モータ体格を増大させることもない。特に、EPS用モータに本発明を適用した場合、モータの最大トルクがアップするため、据え切り時における運転者の負担軽減を図ることが可能となる。また、EPS用モータの小形軽量化が可能となり、車両の軽量化、低燃費化に貢献することができる。
【0044】
一方、Idを多くすれば、その分リラクタンストルクは増加するが、Idを余り多くし過ぎると、今度はトルクリップルが増大するという弊害が生じる。図8は、高負荷時のIqを一定にしてIdを印加させていったときのトルクリップルの変化を示すグラフであり、進角βを変化させてIdを増やしたとき、トルクリップルがどのように変化したかを検証した結果を示している。図8に示すように、Iq=147A一定としたとき、トルクリップルが増大するのは、Idが30Aを超えたあたりである。これは、進角β=11.5度(tan−1β=30/147)を超えるとトルクリップルが増大することを意味している。すなわち、Iqの割合に対してIdが多くなるとトルクリップルが大きくなる傾向にあり、図8の結果から見て、進角は10°程度に抑えた方が好ましいことが分かる。
【0045】
また、本実施形態のように、高負荷領域にて進角制御を行う制御形態では、回転数の変化もほとんどない。図9は、進角制御を行った場合と行わなかった場合の回転数の変化を示したグラフである。図9では、相電流40Arms近傍で進角制御が開始されているが、その後のモータ回転数は、進角制御なしの場合とほとんど変わらない。このため、本発明による制御形態では、トルクと回転数が管理し易く、例えば、ポンプ駆動モータに当該制御を適用すれば、回転数を維持しつつ、最大吐出量をアップでき、ポンプの動作効率を向上させることが可能となる、という利点がある。なお、低負荷領域にて進角制御を行うと回転数が高くなりすぎる傾向があり、制御負荷軽減の観点も含め、電機子反作用により理論トルクに対し実際の出力トルクが減少する高負荷領域のみで進角制御を行うことが望ましい。
【0046】
本発明は前述のような実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
例えば、前述の実施形態では、SPM型のブラシレスモータに本発明を適用した例を示したが、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクを利用可能なブラシレスモータであれば本発明は適用可能であり、通常のIPM(Interior Permanent Magnet)型のモータにも勿論適用可能である。また、ロータコアの形状は、d軸方向とq軸方向にインダクタンス差が生じるものであれば、図3のような断面が正多角形のものには限定されない。例えば、図10のように、マグネット間に突起部のあるコア形状のモータにも本発明は適用可能である。
【0047】
さらに、前述の実施形態では、本発明をEPSに適用した例を示したが、その適用対象はEPSには限定されず、電気自動車や、ハイブリッド自動車、エアコン等の家電製品、ポンプ等の各種産業機械等に使用されるモータにも本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0048】
1 電動パワーステアリング装置(EPS)
2 ステアリングシャフト
3 ブラシレスモータ
4 ステアリングホイール
5 ステアリングギヤボックス
6 タイロッド
7 車輪
8 アシストモータ部
9 減速機構部
11 トルクセンサ
12 制御装置(ECU)
20 空隙
21 ステータ
22 ロータ
23 ハウジング
24 ステータコア
25 巻線
26 継鉄部
27 ティース
28 スロット
29 給電配線
30 ブラケット
31 回転軸
32 ロータコア
32a 各辺部分
32b 頂角部
33 マグネット
34 マグネットホルダ
35 ベアリング
36 ベアリング
37 スプライン部
41 レゾルバ
42 レゾルバステータ
43 レゾルバロータ
44 コイル
50 制御装置
51 電流指令部
52 供給電流量算出部
53 ベクトル制御部
54d,54q PI制御部
55 座標軸変換部(dq/UVW)
56 座標軸変換部(UVW/dq)
57 インバータ
61 電流センサ
62 回転数算出部
63 進角制御マップ
Id d軸電流
Iq q軸電流
Id',Iq' 電流指令値
Ld d軸インダクタンス
Lq q軸インダクタンス
S1 d軸方向の空隙の径方向長
S2 q軸方向の空隙の径方向長
Tt トータルトルク
Tm マグネットトルク
Tr リラクタンストルク
β 進角値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を備え、前記永久磁石によって形成される磁路のd軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスとの間に差を有するブラシレスモータの制御方法であって、
電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて、前記電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Idを付加する進角制御を行い、前記高負荷領域にて、前記永久磁石の磁気的吸引力によるマグネットトルクと、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクとによって前記ロータを回転させることを特徴とするブラシレスモータの制御方法。
【請求項2】
請求項1記載のブラシレスモータ制御方法において、前記ロータは、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットとを備え、
前記セグメントマグネットの中心軸方向に沿ったd軸方向のインダクタンスと、前記セグメントマグネットの間の前記ロータコア頂角部分を通るq軸インダクタンスとの間に差違が存在することを特徴とするブラシレスモータの制御方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のブラシレスモータ制御方法において、前記進角制御は、前記高負荷領域のみにて実施されることを特徴とするブラシレスモータの制御方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載のブラシレスモータ制御方法において、前記ブラシレスモータは、電動パワーステアリング装置の駆動源として使用されることを特徴とするブラシレスモータ制御方法。
【請求項5】
複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を備え、前記永久磁石によって形成される磁路のd軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスとの間に差を有するブラシレスモータの駆動制御を行う制御装置であって、
前記電機子巻線の相電流を検出する電流センサと、
当該ブラシレスモータの負荷状態に応じて、該ブラシレスモータに供給される巻線電流値を算出する電流指令部と、を備え、
該電流指令部は、前記電流センサにて検出した相電流値に基づいて、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて進角制御を行い、前記電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Idを付加する供給電流算出部を有することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項6】
請求項5記載のブラシレスモータ制御装置において、前記電流指令部は、前記相電流と前記進角制御における進角値βとの関係が示された進角制御マップを有することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項7】
請求項5又は6記載のブラシレスモータ制御装置において、前記ロータは、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットとを備え、
前記セグメントマグネットの中心軸方向に沿ったd軸方向のインダクタンスと、前記セグメントマグネットの間の前記ロータコア頂角部分を通るq軸インダクタンスとの間に差違が存在することを特徴とするブラシレスモータの制御装置。
【請求項8】
請求項6又は7記載のブラシレスモータ制御装置において、前記ブラシレスモータは、電動パワーステアリング装置の駆動源として使用されることを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項9】
複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を有するブラシレスモータであって、
前記ロータは、多角形状の断面を有するロータコアと、該ロータコアの外周の各辺部分に取り付けられたセグメントマグネットと、を備え、前記セグメントマグネットの中心軸方向に沿ったd軸方向のインダクタンスと、前記セグメントマグネットの間の前記ロータコア頂角部分を通るq軸インダクタンスとの間に差違が存在し、
電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて、前記電機子巻線に対する供給電流にd軸電流Idを付加する進角制御が実施され、前記高負荷領域にて、前記永久磁石の磁気的吸引力によるマグネットトルクと、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクとによって前記ロータが回転することを特徴とするブラシレスモータ。
【請求項10】
複数相の電機子巻線を備えたステータと、永久磁石が配置され前記ステータの内側に回転自在に配置されたロータと、を備え、前記永久磁石によって形成される磁路のd軸方向のインダクタンスとq軸方向のインダクタンスとの間に差を有するブラシレスモータを駆動源として使用する電動パワーステアリング装置であって、
前記ブラシレスモータは、電機子反作用の影響によって理論トルクに対して出力トルクが減少する高負荷領域にて、前記電機子巻線への供給電流にd軸電流Idを付加する進角制御が実施され、前記高負荷領域にて、前記永久磁石の磁気的吸引力によるマグネットトルクと、磁路のインダクタンス差に基づくリラクタンストルクとによって前記ロータが回転することを特徴とする電動パワーステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−85407(P2013−85407A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224489(P2011−224489)
【出願日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(000144027)株式会社ミツバ (2,083)
【Fターム(参考)】