説明

ペロブスカイト型酸化物、強誘電体組成物、圧電体、圧電素子、及び液体吐出装置

【課題】圧電性能に優れたペロブスカイト型酸化物を提供する。
【解決手段】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記の第1成分、第2成分、及び第3成分を含むことを特徴とするものである。
第1成分:BiFeO、第2成分:Aサイトの平均イオン価数が2価であり、かつ結晶系が正方晶系である少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物、第3成分:結晶系が、単斜晶系、三斜晶系、及び斜方晶系のうちいずれかである少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物(ここで、各成分のペロブスカイト型酸化物においては、Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペロブスカイト型酸化物、ペロブスカイト型酸化物を含む強誘電体組成物と圧電体、圧電体を用いた圧電素子、及び圧電素子を用いた液体吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電界印加強度の増減に伴って伸縮する圧電性を有する圧電体と、圧電体に対して電界を印加する電極とを備えた圧電素子が、インクジェット式記録ヘッドに搭載される圧電アクチュエータ等の用途に使用されている。圧電材料としては、ジルコンチタン酸鉛(PZT)等のペロブスカイト型酸化物が広く用いられている。かかる圧電材料は電界無印加時において自発分極性を有する強誘電体である。環境負荷を考慮すれば、Pb含有量は少ないことが好ましく、Pbを含まない非鉛系がより好ましい。非鉛系のペロブスカイト型酸化物において、より高圧電性能を有する新規材料開発が進められている。
【0003】
特許文献1には、菱面体晶系ペロブスカイト構造を有する第1の化合物と、正方晶系ペロブスカイト構造を有しチタン酸バリウムを含む第2の化合物と、Biと、Mg,Fe,Co,Ni,CuおよびZnからなる群のうちの少なくとも1種の二価金属元素と、Ti,ZrおよびSnからなる群のうちの少なくとも1種の四価金属元素と、Oとを含む第3の化合物とを含有することを特徴とする圧電磁器が開示されている(請求項1)。第1の化合物としては、チタン酸ナトリウムビスマスが挙げられている(請求項3)。
【0004】
特許文献2には、菱面体晶系ペロブスカイト構造化合物と、正方晶系ペロブスカイト構造化合物と、単斜晶系ペロブスカイト構造化合物とを含むことを特徴とする圧電磁器が開示されている(請求項1)。
特許文献2の請求項6には、具体的な組成として、チタン酸ナトリウムビスマスを含む第1酸化物と、チタン酸カリウムビスマスおよびチタン酸バリウムを含む群のうちの少なくとも1種の第2酸化物と、ニオブ酸銀を含む第3酸化物とを含む組成が挙げられている。
【0005】
特許文献3には、圧電体が(Bi,Ba)(M,Ti)O (式中、Mは、Mn、Cr、Cu、Sc、In、Ga、Yb、Al、Mg、Zn、Co、Zr、Sn、Nb、Ta及びWから選ばれる1種の原子又は2種以上の原子の組合せを示す。)で表されるペロブスカイト型酸化物からなることを特徴とする圧電素子が開示されている(請求項1)。
【0006】
特許文献3には、圧電体が(Bi,Ba)(M',M",Cu)O(式中、M'は、Nb、Ta及びWから選ばれる1種の原子を示し、M"は、Mn、Sc、In、Ga、Yb、Al、Mg、Zn、Zr、Fe及びSnから選ばれる1種の原子又は2種以上の原子の組合せを示す。)で表されるペロブスカイト型酸化物からなることを特徴とする圧電素子が開示されている(請求項5)。
【0007】
特許文献3の請求項3及び請求項7には、圧電体の結晶構造として、正方晶、菱面体晶、擬立方晶、斜方晶及び単斜晶のうち少なくとも2つの結晶相が混在する態様が挙げられている。
【0008】
特許文献4には、圧電体が、Aサイト原子がBiからなりBサイト原子が少なくとも2種の原子で構成されているABO型ペロブスカイト型酸化物からなり、正方晶、菱面体晶、擬立方晶、斜方晶及び単斜晶のうちの少なくとも2つの結晶相が混在する圧電素子が開示されている(請求項1)。
【0009】
特許文献4の請求項2には、ABO型ペロブスカイト型酸化物がBiCoOを構成成分として有し、ABO型ペロブスカイト型酸化物のCo以外のBサイト原子が、Sc、Al、Mn、Cr、Cu、Ga、In、Yb、Mg、Zn、Zr、Sn、Ti、Nb、Ta及びWのうちの少なくとも1種の原子である組成が挙げられている。
【0010】
特許文献4の請求項3には、ABO型ペロブスカイト型酸化物がBiInO3を構成成分として有し、ABO型ペロブスカイト型酸化物のIn以外のBサイト原子が、Sc、Al、Mn、Fe、Cr、Cu、Ga、Yb、Mg、Zn、Zr、Sn、Ti、Nb、Ta及びWのうちの少なくとも1種の原子である組成が挙げられている。
【0011】
従来の圧電素子では、自発分極軸に合わせた方向に電界を印加することで、自発分極軸に伸びる圧電歪(電界誘起歪)を利用することが一般的であった(自発分極軸=電界印加方向)。しかしながら、通常の電界誘起歪を利用するだけでは歪変位量に限界があり、より大きな歪変位量が求められるようになってきている。
【0012】
本発明者らは、特許文献5,6等において、圧電体が自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により異なる結晶系に相転移することが可能なドメインを有する圧電素子を提案している。本発明者らは、特許文献7等において、圧電体が自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することが可能なドメインを有する圧電素子を提案している。
【0013】
電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こる系では、自発分極軸に合わせた方向に電界を印加することで自発分極軸に伸びる通常の電界誘起歪よりも大きな圧電歪が得られる。また、かかる系では、比較的低い電界強度においても大きな圧電歪が得られる。
【0014】
特許文献4の段落0041には、「結晶相が正方晶と共に、菱面体晶、擬立方晶、斜方晶及び単斜晶のうちの少なくとも一つ以上の結晶が混在するものであることが好ましい。このような結晶相の圧電体において(100)方位がある場合には、電界をかけることによる(001)方位又は(010)方位への方位変化が可能になり、大きな圧電性能を得ることが可能となる。」ことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2005-047745号公報
【特許文献2】特開2002-321975号公報
【特許文献3】特開2008-098627号公報
【特許文献4】特開2008-263158号公報
【特許文献5】特開2007-116091号公報
【特許文献6】特開2008-306164号公報
【特許文献7】特開2008-277672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明者は非鉛系において、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすいドメイン構造について検討を行って組成の好適化を図り、本発明を完成した。
【0017】
本発明によれば非鉛化が可能であるが、本発明のペロブスカイト型酸化物は鉛を含んでいてもよい。本発明では鉛を含む場合も、PZT等の鉛系に比較して鉛量を低減することができ、低鉛化が可能である。
【0018】
すなわち、本発明は、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすく、圧電性能(強誘電性能)に優れた圧電体を形成することが可能な、非鉛系又は低鉛系のペロブスカイト型酸化物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記の第1成分、第2成分、及び第3成分を含むことを特徴とするものである。
第1成分:BiFeO
第2成分:Aサイトの平均イオン価数が2価であり、かつ結晶系が正方晶系である少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物、
第3成分:結晶系が、単斜晶系、三斜晶系、及び斜方晶系のうちいずれかである少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物
(ここで、各成分のペロブスカイト型酸化物においては、Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)。
【0020】
第1成分であるBiFeOの結晶系は菱面体晶系である。
本明細書において、第1〜第3成分の結晶系は、各成分単独組成のときに取る結晶系を意味するものとする。本発明のペロブスカイト型酸化物中において、各成分が上記結晶系で存在している場合もあるし、そうでない場合もある。
本発明のペロブスカイト型酸化物の相構造は、特に制限されない。したがって、本発明のペロブスカイト型酸化物は、第1〜第3成分が共存した3相あるいはそれ以上の混晶構造になる場合もあるし、第1〜第3成分のうちの全成分あるいは複数の成分が固溶して1つの相をなす場合もあるし、その他の相構造もあり得る。
例えばMPB近傍組成では、各成分がどのような結晶系で存在しているかを分析すること自体が難しい。また、MPB近傍組成等では、各成分が上記結晶系で存在していない場合があると考えられる。
【0021】
本発明の圧電素子は、上記の本発明の圧電体と、該圧電体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とするものである。
本発明の液体吐出装置は、上記の本発明の圧電素子と、該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
前記液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とするものである。
【0022】
ここで、「圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材」とは、液体吐出部材の一部又は全部が、圧電素子と一体的に設けられた構成のものも含むものとする。例えば、基板上に電極及び圧電体が備えられた圧電素子である場合に、液体吐出装置の液体貯留室が圧電素子の基板と一体的に設けられたもの等が挙げられる。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすいドメイン構造について検討を行って、組成の好適化を図ったものである。
本発明によれば、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすく、圧電性能(強誘電性能)に優れた圧電体を形成することが可能な、非鉛系又は低鉛系のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
本発明のペロブスカイト型酸化物では、圧電体を形成したときに、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすいので、比較的低い電界強度においても大きな圧電歪を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明に係る一実施形態の圧電素子及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造を示す要部断面図
【図2】図1のインクジェット式記録ヘッドを備えたインクジェット式記録装置の構成例を示す図
【図3】図2のインクジェット式記録装置の部分上面図
【図4】実施例1の圧電体膜のXRD分析結果
【図5】実施例1の圧電体膜のXRD分析結果
【図6】実施例1,2及び比較例1における組成と変位量との関係を示すグラフ
【図7】実施例3,4及び比較例1における組成と変位量との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0025】
「ペロブスカイト型酸化物」
本発明のペロブスカイト型酸化物は、下記の第1成分、第2成分、及び第3成分を含むことを特徴とするものである。
第1成分:BiFeO
第2成分:Aサイトの平均イオン価数が2価であり、かつ結晶系が正方晶系である少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物、
第3成分:結晶系が、単斜晶系、三斜晶系、及び斜方晶系のうちいずれかである少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物
(ここで、各成分のペロブスカイト型酸化物においては、Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)。
【0026】
「課題を解決するための手段」の項に記載したように、第1〜第3成分の結晶系は、各成分単独組成のときに取る結晶系を意味しており、本発明のペロブスカイト型酸化物中において、各成分が上記結晶系で存在している場合もあるし、そうでない場合もある。
【0027】
一般式ABOで表されるペロブスカイト化合物において、下記式で表される許容因子TFにより、ペロブスカイト構造を取り得る組成領域および取り得る結晶系を予測可能であることが知られている(例えば、R.S.Roth, J.Research NBS, RP 2736, 58(1957))。
【0028】
TF=1.0のとき、ペロブスカイト構造の結晶格子は最密充填となる。この条件では、Bサイト元素は結晶格子内でほとんど動かず安定した構造を取りやすい。この組成では、立方晶又は疑立方晶などの結晶構造を取りやすく、強誘電性を示さない、あるいは強誘電性を示してもそのレベルは極めて小さい。
【0029】
TF>1.0のとき、Aサイト元素に対してBサイト元素が小さい。この条件では、結晶格子が歪まなくてもBサイト元素は結晶格子内に入りやすく、かつBサイト元素は結晶格子内で動きやすい。この組成では、正方晶(自発分極軸<001>方向)などの結晶構造を取りやすく、強誘電性を有する。TFの値が1.0から離れる程、強誘電性は高くなる傾向がある。
【0030】
TF<1.0のとき、Aサイト元素に対してBサイト元素が大きい。この条件では、結晶格子が歪まなければBサイト元素が結晶格子内に入らない。この組成では、斜方晶(自発分極軸<101>方向)又は菱面体晶(自発分極軸<111>方向)などの結晶構造を取りやすく、強誘電性を有する。TFの値が1.0から離れる程、強誘電性は高くなる傾向がある。
【0031】
TF=(rA+rO)/√2(rB+rO)
(式中、rAはAサイトをなす1種又は複数種の元素の平均イオン半径、rBはBサイトをなす1種又は複数種の元素の平均イオン半径、rOは酸素イオンのイオン半径である。
【0032】
ここで、「イオン半径」は、いわゆるShannonのイオン半径を意味している(R. D. Shannon, Acta Crystallogr A32,751 (1976)を参照)。「平均イオン半径」は、格子サイト中のイオンのモル分率をC、イオン半径をRとしたときに、ΣCiRiで表される量である。)。
【0033】
例えば、本発明者らが先に出願した特開2008-94707号公報の図1のように、Aサイトのイオン半径とBサイトのイオン半径とTFとの関係を示すマップを作成することで、所望の結晶系に合わせて各第1〜第3成分の組成を設計することができる。
【0034】
本発明者らが種々研究を重ねてきたところ、最近になって、Biを含むペロブスカイト型酸化物においてはTF値が小さく見積もられる傾向にあり、Biに関してはイオン半径でなく共有結合半径を用いてTFを見積もることで、TFと結晶系との関係がうまく合うことが明らかになった。したがって、Biを含むペロブスカイト型酸化物においては、Biに関してイオン半径でなく共有結合半径を用いてTFを見積もることが好ましい。
【0035】
また、Shannonのイオン半径はすべての価数を網羅している訳ではないので、Shannonのイオン半径のデータのないその他の価数についても適宜、公知のイオン半径を用いてTFを見積もることとする。
【0036】
第1成分であるBiFeOの結晶系は菱面体晶系(R)である。菱面体晶系(R)の自発分極軸方向は<111>である。
【0037】
第2成分は、Aサイトの平均イオン価数が2価であり、かつ結晶系が正方晶系である少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物である。正方晶系の自発分極軸方向は<001>である。
【0038】
第2成分のAサイトは平均イオン価数が2価である。第2成分のAサイト元素は、1種又は複数種の2価元素により構成されていてもよいし、平均2価となる2価以外の価数の複数種の元素の組合せでもよいし(例えば1価と3価の組合せ等)、平均2価となる2価と2価以外の価数の複数種の元素との組合せ(例えば1価と2価と3価の組合せ等)でもよい。
【0039】
第2成分のBサイト元素は特に制限されない。価数バランスを考慮すれば、第2成分はAサイトが平均2価であり、Bサイトが平均4価である2−4系であることが好ましい。Bサイト元素についても、1種又は複数種の4価元素により構成されていてもよいし、平均4価となる4価以外の価数の複数種の元素の組合せでもよいし(例えば3価と5価の組合せ等)、平均4価となる4価と4価以外の価数の複数種の元素との組合せ(例えば3価と4価と5価の組合せ等)でもよい。
【0040】
第2成分としては、BaTiO,(Bi,K)TiO,及びSnTiOからなる群より選ばれた少なくとも1種が好ましく、BaTiOを含むことが特に好ましい。
【0041】
第3成分は、結晶系が、単斜晶系(<101>)、三斜晶系(<101>)、及び斜方晶系(<101>)のうちいずれかである少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物である。ここで、()内の方位は自発分極軸方向を示している。
【0042】
第3成分の結晶系は、自発分極軸方向が、正方晶系の自発分極軸<001>と菱面体晶系の自発分極軸<111>との間の方向である結晶系である。
【0043】
第3成分は、RMnO(ここで、RはSm,Eu,Gd,Tb,La,及びNdからなる群より選ばれた少なくとも1種を示す。),BiMnO,CaTiO及びBiCrOからなる群より選ばれた少なくとも1種であることが好ましく、BiMnOを含むことが特に好ましい。
上記例示の第3成分において、RMnOの結晶系は斜方晶系である。一般的な教科書において、BiMnOの結晶系は単斜晶系として記載されている場合もあるし、三斜晶系として記載されている場合もある。CaTiO及びBiCrOの結晶系は斜方晶系である。教科書や文献によっては、BiCrOの結晶系は単斜晶系として記載されている場合もあるし、三斜晶系として記載されている場合もある。
【0044】
第3成分の結晶系は、単斜晶系及び/又は三斜晶系であることがより好ましい。
【0045】
従来より、PbTiO(PT)とPbZrO(PZ)との固溶体であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)においては、モルフォトロピック相境界(MPB)及びその近傍で高い圧電性能を示すと言われている。PZTでは、Tiの割合が多くなると正方晶になりやすく、Zrの割合が多くなると菱面体晶になりやすく、これらがほぼ等モルのときにMPB組成となる。PZTでは例えば、MPB近傍組成であるZr/Ti=52/48のモル比の組成のときに高圧電性能が得られると言われている。従来、PZTでは、MPB及びその近傍で疑立方晶となると言われていたが、ナノ構造については詳細が分かっていない。
【0046】
本発明は、PZTで知られる正方晶と菱面体晶との2成分系に、自発分極軸方向がこれらの結晶系の自発分極軸方向の間に位置する結晶系を有する第3成分を加えたものである。
【0047】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、圧電体を構成したときに、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことができる。本発明のペロブスカイト型酸化物は、圧電体を構成したときに、自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により異なる結晶系に相転移することが可能なドメイン、及び/又は、自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することが可能なドメインを有することができる。
【0048】
本発明者らは、「背景技術」の項で挙げた特許文献5において、PZT系で菱面体晶系結晶から正方晶系結晶への相転移を実現している。本発明者らはまた、特許文献6において、PZT系で、電界無印加状態のときに(001)配向(c軸配向)の正方晶相T(c)、(100)配向の菱面体晶相R、及び(100)配向(a軸配向)の正方晶相T(a)が混在したドメイン構造を有し、電界印加により、正方晶相T(a)→菱面体晶相R→正方晶相T(c)の相転移が起こる系を実現している。
【0049】
本発明では、正方晶と菱面体晶との2成分系に、自発分極軸方向がこれらの結晶系の自発分極軸方向の間に位置する結晶系を有する第3成分を加えたものである。本発明では例えば、菱面体晶相R(001)→第3成分の結晶相→正方晶相Tc(001)の相転移が可能である。
【0050】
本発明のペロブスカイト型酸化物が異なる結晶系の複数種の第3成分を有する場合には、さらに複数種の第3成分間の相転移を起こすことも可能である。なお、ここに記載した相転移がすべて起こる場合もあり得るし、ここに記載したうちのいくつかの結晶相間の相転移のみが起こる場合もあり得る。いずれの結晶相間の相転移が起こるかは、電界無印加時のドメイン構造や電界印加条件等によって異なる。
【0051】
本発明では、正方晶と菱面体晶とに、自発分極軸方向がこれらの結晶系の自発分極軸方向の間に位置する結晶系を有する第3成分を加えたものであるので、例えば、菱面体晶相R(001)→第3成分の結晶相→正方晶相Tc(001)の相転移が可能である。かかる系では、第3成分のない系の菱面体晶相R(001)→正方晶相Tc(001)の相転移の際の分極軸方向の変化よりも小さく、相転移が起こりやすいと考えられる。
【0052】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、圧電体を構成したときに、相転移が起こらないが、自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することが可能なドメインを有することができる。
【0053】
本発明では、相転移あるいは可逆的非180°ドメイン回転による第3成分自身の分極軸の変化が起こりやすく、第3成分のドメインと隣接するドメインの分極軸が第3成分のドメインの分極軸の変化に引っ張られて、相転移あるいは可逆的非180°ドメイン回転による分極軸の変化が起こりやすくなると考えられる。
【0054】
従来より、BiFeO−BaTiOの系において、リーク電流を低減することを目的としてMnを添加することは行われているが、圧電性能向上のためにMnを添加することは考えられていなかった。ましてや、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転を考慮してBiMnOを添加することは考えられていなかった。
【0055】
第1〜第3成分の組成比は特に制限されない。
第1成分と第2成分とのモル比(第1成分/第2成分)は0.6/0.4〜0.95/0.05であることが好ましく、0.7/0.3 〜 0.85/0.15 であることがより好ましい。
【0056】
PZTがMPB近傍組成において高い圧電性能を示すことを考慮すれば、本発明のペロブスカイト型酸化物において、第1成分と第2成分との組成比は、モルフォトロピック相境界(MPB)又はその近傍の組成比であることが好ましい。
本明細書において、「MPBの近傍」とは、電界をかけた時に相転移する領域のことである。
【0057】
第3成分の含有量は特に制限されず、例えば10モル%以下であることが好ましい。
第3成分は、RMnO(ここで、RはSm,Eu,Gd,Tb,La,及びNdからなる群より選ばれた少なくとも1種を示す。),BiMnO,CaTiO及びBiCrOからなる群より選ばれた少なくとも1種であることが好ましく、BiMnOを含むことが特に好ましいことを述べた。ここで挙げた第3成分(例えば、TbMnO,BiMnO:〜10−2μC/cm)は、BaTiO(〜25μC/cm)やBiFeO(〜90μC/cm)に比べて自発分極が小さい。自発分極のデータは、Microelectronics Journal, 39,1308 (2008)、Science 299, 1719(2003)、JJAP 43,L647 (2004)、Nature 426,55 (2003)等を参照して記載した。一般的に自発分極が大きいほど圧電特性が良い傾向があるので、分極回転を起こしやすくする効果を保ったまま全体の分極を大きくするためには第3成分の含有量は10モル%以下が好ましい。
【0058】
本発明のペロブスカイト型酸化物はさらに、結晶系が立方晶系又は疑立方晶系である少なくとも1種の第4成分を含むことができる。
第4成分は、SrTiOを含むことが好ましい。本発明者らは、特開2008-094707号公報において、正方晶相と、菱面体晶相と、立方晶系又は疑立方晶系とを含む系を提案している。立方晶又は疑立方晶の周辺部では、比較的低い電界印加強度でBサイト元素が移動して相転移しやすい傾向にあると考えられる。立方晶系又は疑立方晶系のドメインが存在していると、かかるドメインの周辺部がはじめに相転移して隣接するドメインを引っ張り、他のドメインの相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転を起こりやすくすると考えられる。
【0059】
第4成分の含有量は特に制限されない。但し、第4成分の添加量が少ない場合には第4成分を添加することにより低電界での圧電歪が増すが、添加量が多い場合には圧電性を示す他の成分の占める割合が減るので、圧電性能が低下する恐れがある。第4成分の含有量は例えば、10モル%以下であることが好ましい。
【0060】
本発明によれば非鉛化が可能であるが、本発明のペロブスカイト型酸化物は鉛を含んでいてもよい。本発明では鉛を含む場合も、PZT等の鉛系に比較して鉛量を低減することができ、低鉛化が可能である。
【0061】
以上説明したように、本発明は、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすいドメイン構造について検討を行って、組成の好適化を図ったものである。
本発明によれば、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすく、圧電性能(強誘電性能)に優れた圧電体を形成することが可能な、非鉛系又は低鉛系のペロブスカイト型酸化物を提供することができる。
本発明のペロブスカイト型酸化物では、圧電体を形成したときに、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすいので、比較的低い電界強度においても大きな圧電歪を得ることが可能である。
【0062】
「強誘電体組成物」
本発明の強誘電体組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。
本発明の強誘電体組成物は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外のペロブスカイト型酸化物、他の添加元素、焼結助剤など、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物以外の任意成分を含むことができる。
【0063】
「圧電体」
本発明の圧電体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とするものである。本発明の圧電体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物からなる(不可避不純物を含んでいてもよい)ことが好ましい。本発明の圧電体の形態は適宜設計され、膜又はバルクセラミックス体が挙げられる。
【0064】
本発明の圧電体は、結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
圧電歪には、
(1)自発分極軸のベクトル成分と電界印加方向とが一致したときに、電界印加強度の増減によって電界印加方向に伸縮する通常の圧電歪(電界誘起歪)、
(2)電界印加強度の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することで生じる圧電歪、
(3)電界印加強度の増減によって結晶を相転移させ、相転移による体積変化を利用する圧電歪、
(4)電界印加により相転移する特性を有する材料を用い、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含む結晶配向構造とすることで、より大きな歪が得られるエンジニアードドメイン効果を利用する圧電歪(エンジニアードドメイン効果を利用する場合には、相転移が起こる条件で駆動してもよいし、相転移が起こらない範囲で駆動してもよい)などが挙げられる。
【0065】
上記の圧電歪(1)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用することで、所望の圧電歪が得られる。上記の圧電歪(1)〜(4)はいずれも、それぞれの歪発生の原理に応じた結晶配向構造とすることで、より大きな圧電歪が得られる。本発明の圧電体は例えば、(100)配向の強誘電体相及び/又は(001)配向の強誘電体相を含むことができる。
【0066】
上記の圧電歪(2)〜(4)を単独で又は組み合わせて利用する場合、本発明の圧電体は、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことが好ましい。
例えば、圧電歪(4)の系では、相転移が起こる強誘電体相が、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有していることが好ましく、相転移後の自発分極軸方向と略一致した方向に結晶配向性を有していることが特に好ましい。通常、結晶配向方向が電界印加方向である。
【0067】
本発明の圧電体は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含むものであるので、自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことができ、自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により異なる結晶系に相転移することが可能なドメイン、及び/又は、自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することが可能なドメインを有することができる。
【0068】
結晶配向性を有する強誘電体相を含む圧電体としては、配向膜(1軸配向性を有する膜)、エピタキシャル膜(3軸配向性を有する膜)、あるいは粒子配向セラミックス焼結体が挙げられる。
【0069】
配向膜は、スパッタ法、MOCVD法、プラズマCVD法、PLD(パルスレーザデポジッション)法、及び放電プラズマ焼結法等の気相法;ゾルゲル法及び有機金属分解法等の液相法などの公知の薄膜形成方法を用い、一軸配向性結晶が生成される条件で成膜することで、形成できる。
エピタキシャル膜は、基板及び下部電極に圧電体膜と格子整合性の良い材料を用いることにより形成できる。エピタキシャル膜を形成可能な基板/下部電極の好適な組合せとしては、SrTiO/SrRuO、及びMgO/Pt等が挙げられる。
粒子配向セラミックス焼結体は、ホットプレス法、シート法、及びシート法で得られる複数のシートを積層プレスする積層プレス法等により、形成できる。
【0070】
圧電体の形態としては、これを搭載する素子の薄型軽量化を考慮すれば、膜が好ましく、厚み20μm以下の薄膜がより好ましい。すなわち、圧電体としては、配向膜又はエピタキシャル膜が好ましい。本発明の圧電体は高い圧電定数を有するので、より高い圧電定数が必要とされる薄膜に有効である。
【0071】
本発明の圧電体は本発明のペロブスカイト型酸化物を用いたものであるので、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすく、圧電性能(強誘電性能)に優れたものとなる。本発明の圧電体では、電界誘起相転移及び/又は可逆的非180°ドメイン回転が起こりやすいので、比較的低い電界強度においても大きな圧電歪を得ることが可能である。
【0072】
「圧電素子、及びインクジェット式記録ヘッド」
図1に基づいて、本発明に係る圧電素子の一実施形態、及びこれを備えたインクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)の構造について説明する。図1はインクジェット式記録ヘッドの要部断面図(圧電素子の厚み方向の断面図)である。視認しやすくするため、構成要素の縮尺は実際のものとは適宜異ならせてある。
【0073】
図1に示す圧電素子1は、基板11の表面に、下部電極12と圧電体13と上部電極14とが順次積層された素子である。本実施形態において、圧電体13は、上記の本発明のペロブスカイト型酸化物を含む圧電体膜、好ましくは上記の本発明のペロブスカイト型酸化物からなる圧電体膜(不可避不純物を含んでいてもよい)である。
【0074】
基板11としては特に制限なく、シリコン,ガラス,ステンレス(SUS),イットリウム安定化ジルコニア(YSZ),アルミナ,サファイヤ,シリコンカーバイド,及び各種酸化物単結晶等の基板が挙げられる。基板11としては、シリコン基板上にSiO膜とSi活性層とが順次積層されたSOI基板等の積層基板を用いてもよい。
【0075】
酸化物単結晶基板としては例えば、チタン酸ストロンチウム(SrTiO),ネオジムガレート(NdGaO)、アルミ酸ランタン(LaAlO)、及び酸化マグネシウム(MgO)などが挙げられる。
【0076】
下部電極12の主成分としては特に制限なく、Au,Pt,Ir,IrO,RuO,LaNiO,及びSrRuO等の金属又は金属酸化物、及びこれらの組合せが挙げられる。上部電極14の主成分としては特に制限なく、下部電極12で例示した材料,Al,Ta,Cr,Cu等の一般的に半導体プロセスで用いられている電極材料、及びこれらの組合せが挙げられる。下部電極12と上部電極14の厚みは特に制限なく、50〜500nmであることが好ましい。
【0077】
圧電アクチュエータ2は、圧電素子1の基板11の裏面に、圧電体13の伸縮により振動する振動板16が取り付けられたものである。圧電アクチュエータ2には、圧電素子1を駆動する駆動回路等の制御手段15も備えられている。
【0078】
インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)3は、概略、圧電アクチュエータ2の裏面に、インクが貯留されるインク室(液体貯留室)21及びインク室21から外部にインクが吐出されるインク吐出口(液体吐出口)22を有するインクノズル(液体貯留吐出部材)20が取り付けられたものである。
【0079】
インクジェット式記録ヘッド3では、圧電素子1に印加する電界強度を増減させて圧電素子1を伸縮させ、これによってインク室21からのインクの吐出や吐出量の制御が行われる。
【0080】
基板11とは独立した部材の振動板16及びインクノズル20を取り付ける代わりに、基板11の一部を振動板16及びインクノズル20に加工してもよい。例えば、基板11がSOI基板等の積層基板からなる場合には、基板11を裏面側からエッチングしてインク室21を形成し、基板自体の加工により振動板16とインクノズル20とを形成することができる。
本実施形態の圧電素子2及びインクジェット式記録ヘッド3は、以上のように構成されている。
【0081】
「インクジェット式記録装置」
図2及び図3を参照して、上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3を備えたインクジェット式記録装置の構成例について説明する。図2は装置全体図であり、図3は部分上面図である。
【0082】
図示するインクジェット式記録装置100は、インクの色ごとに設けられた複数のインクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という)3K,3C,3M,3Yを有する印字部102と、各ヘッド3K,3C,3M,3Yに供給するインクを貯蔵しておくインク貯蔵/装填部114と、記録紙116を供給する給紙部118と、記録紙116のカールを除去するデカール処理部120と、印字部102のノズル面(インク吐出面)に対向して配置され、記録紙116の平面性を保持しながら記録紙116を搬送する吸着ベルト搬送部122と、印字部102による印字結果を読み取る印字検出部124と、印画済みの記録紙(プリント物)を外部に排紙する排紙部126とから概略構成されている。
印字部102をなすヘッド3K,3C,3M,3Yが、各々上記実施形態のインクジェット式記録ヘッド3である。
【0083】
デカール処理部120では、巻き癖方向と逆方向に加熱ドラム130により記録紙116に熱が与えられて、デカール処理が実施される。
ロール紙を使用する装置では、図2のように、デカール処理部120の後段に裁断用のカッター128が設けられ、このカッターによってロール紙は所望のサイズにカットされる。カッター128は、記録紙116の搬送路幅以上の長さを有する固定刃128Aと、該固定刃128Aに沿って移動する丸刃128Bとから構成されており、印字裏面側に固定刃128Aが設けられ、搬送路を挟んで印字面側に丸刃128Bが配置される。カット紙を使用する装置では、カッター128は不要である。
【0084】
デカール処理され、カットされた記録紙116は、吸着ベルト搬送部122へと送られる。吸着ベルト搬送部122は、ローラ131、132間に無端状のベルト133が巻き掛けられた構造を有し、少なくとも印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する部分が水平面(フラット面)となるよう構成されている。
【0085】
ベルト133は、記録紙116の幅よりも広い幅寸法を有しており、ベルト面には多数の吸引孔(図示略)が形成されている。ローラ131、132間に掛け渡されたベルト133の内側において印字部102のノズル面及び印字検出部124のセンサ面に対向する位置には吸着チャンバ134が設けられており、この吸着チャンバ134をファン135で吸引して負圧にすることによってベルト133上の記録紙116が吸着保持される。
【0086】
ベルト133が巻かれているローラ131、132の少なくとも一方にモータ(図示略)の動力が伝達されることにより、ベルト133は図2上の時計回り方向に駆動され、ベルト133上に保持された記録紙116は図2の左から右へと搬送される。
【0087】
縁無しプリント等を印字するとベルト133上にもインクが付着するので、ベルト133の外側の所定位置(印字領域以外の適当な位置)にベルト清掃部136が設けられている。
吸着ベルト搬送部122により形成される用紙搬送路上において印字部102の上流側に、加熱ファン140が設けられている。加熱ファン140は、印字前の記録紙116に加熱空気を吹き付け、記録紙116を加熱する。印字直前に記録紙116を加熱しておくことにより、インクが着弾後に乾きやすくなる。
【0088】
印字部102は、最大紙幅に対応する長さを有するライン型ヘッドを紙送り方向と直交方向(主走査方向)に配置した、いわゆるフルライン型のヘッドとなっている(図3を参照)。各印字ヘッド3K,3C,3M,3Yは、インクジェット式記録装置100が対象とする最大サイズの記録紙116の少なくとも一辺を超える長さにわたってインク吐出口(ノズル)が複数配列されたライン型ヘッドで構成されている。
【0089】
記録紙116の送り方向に沿って上流側から、黒(K)、シアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の順に各色インクに対応したヘッド3K,3C,3M,3Yが配置されている。記録紙116を搬送しつつ各ヘッド3K,3C,3M,3Yからそれぞれ色インクを吐出することにより、記録紙116上にカラー画像が記録される。
【0090】
印字検出部124は、印字部102の打滴結果を撮像するラインセンサ等からなり、ラインセンサによって読み取った打滴画像からノズルの目詰まり等の吐出不良を検出する。
印字検出部124の後段には、印字された画像面を乾燥させる加熱ファン等からなる後乾燥部142が設けられている。印字後のインクが乾燥するまでは印字面と接触することは避けた方が好ましいので、熱風を吹き付ける方式が好ましい。
【0091】
後乾燥部142の後段には、画像表面の光沢度を制御するために、加熱・加圧部144が設けられている。加熱・加圧部144では、画像面を加熱しながら、所定の表面凹凸形状を有する加圧ローラ145で画像面を加圧し、画像面に凹凸形状を転写する。
【0092】
こうして得られたプリント物は、排紙部126から排出される。本来プリントすべき本画像(目的の画像を印刷したもの)とテスト印字とは分けて排出することが好ましい。このインクジェット式記録装置100では、本画像のプリント物と、テスト印字のプリント物とを選別してそれぞれの排出部126A、126Bへと送るために排紙経路を切り替える選別手段(図示略)が設けられている。
大きめの用紙に本画像とテスト印字とを同時に並列にプリントする場合には、カッター148を設けて、テスト印字の部分を切り離す構成とすればよい。
インクジェット記記録装置100は、以上のように構成されている。
【実施例】
【0093】
本発明に係る実施例及び比較例について説明する。
【0094】
(実施例1)
[バッファ層と下部電極の成膜]
厚み500μmの (100)Si基板を用意し、表面の自然酸化膜を除去した。次いで、パルスレーザーデポジション (PLD)法にて、基板表面に膜厚約20nmのMgOバッファ層及び膜厚約200nmのSrRuO3(SRO)下部電極を成膜した。成膜条件は以下の通りとした。
【0095】
<MgOバッファ層>
ターゲット:市販のMgメタルターゲット、
基板温度:400℃、
酸素分圧:1mTorr=0.13Pa、
レーザ強度:300mJ、
レーザパルス周波数:5Hz、
基板−ターゲット間距離:50mm、
ターゲット回転数:9.7rpm、
成膜時間:約2分間
【0096】
<SRO下部電極>
ターゲット:市販のSROターゲット
基板温度: 700℃、
酸素分圧:10mTorr=1.3Pa、
レーザ強度300mJ、
レーザパルス周波数:5Hz、
基板−ターゲット間距離:50mm、
ターゲット回転数9.7rpm、
成膜時間:約10分
【0097】
[圧電体膜の成膜]
次いで、基板温度を580℃、酸素分圧50mTorrとし、SRO下部電極上に、同じくPLD法により膜厚2μmの (Ba,Bi)(Ti,Fe,Mn)O3を成膜した。基板〜下部電極を同一条件とした複数のサンプルを作製し、サンプルごとに組成の異なる圧電体膜を成膜した(S1-1〜S1-10)。組成は表1に示す通りとした。所望の組成が得られるように、ターゲットを作製して成膜を行った。表中の組成は、ターゲット組成である。
【0098】
成膜に用いたターゲットは、市販のBaTiO3粉末,BiFeO3粉末,及びMn2O3粉末を用意して、それぞれ所望の組成となるように計量し、ボールミルと乳鉢とを用いて均一になるまで混合し、これを成型及び焼結して作製した。BiFeO3粉末は焼結時および成膜時に揮発しやすいBiを補う為に、Bi組成が化学両論比よりも10%過剰に含まれる組成のものを用いた。
【0099】
[XRD分析]
得られた各圧電体膜についてX線回折(XRD)により結晶構造解析を行った。結果を図4及び図5に示す。図4は圧電体膜S1-7の膜厚方向(Out-of-Plane)及び面内方向(In-Plane)のX線回折による測定結果を示したものである。図5はX線回折による(004)逆格子空間マップである。
【0100】
図4に示すXRDパターン(Out-of-Plane)には(100)及び(200)のみが観察され、圧電体膜が膜厚方向に配向成長していることが確認できた。図4に示すXRDパターン(In-Plane) には(002) が観察され、圧電体膜が面内方向にも配向成長していることが確認できた。図5に示す逆格子空間マップには、エピタキシャル膜であることを示すスポット状の回折が観察され、得られた圧電体膜がエピタキシャル膜であることが確認できた。
その他のサンプルS1-1〜S1-6,及びS1-8〜S1-10についても、同様の結果であった。
【0101】
[ICP分析]
得られた各圧電体膜について誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma ;ICP)による組成分析を行った。圧電体膜S1-6のターゲット組成と圧電体膜の組成は以下の通りであった。ターゲットと圧電体膜の組成のずれは5%以下であった。
ターゲット組成:(Ba0.2, Bi0.8)(Ti0.19, Fe0.76, Mn0.05)O3
圧電体膜の組成:(Ba0.22, Bi0.78)(Ti0.17, Fe0.79, Mn0.04)O3
その他のサンプルS1-1〜S1-5,及びS1-7〜S1-10についても同様に、ターゲットと圧電体膜の組成のずれは5%以下であった。
【0102】
[圧電性能の評価]
最後、圧電体膜上に、厚み100nmのPt上部電極をスパッタ法により成膜して、本発明の圧電素子を作製した。得られた圧電素子について、片持ち梁(15mm×2.5mm,膜厚0.5mm)を用い、50Vの電圧を印加した時の先端の変位量を測定した。片持ち梁の変位量は表1に示す通りであった。
【0103】
【表1】

【0104】
(実施例2)
圧電体膜の組成を変える以外は実施例1と同様にして圧電素子を得、同様に圧電性能を評価した。圧電体膜の組成は、実施例1のS1-4〜S1-8に対してSrTiO3(STO)を10mol%添加した組成とした。各圧電体膜の成膜に用いたターゲットの組成と評価結果を表2に示す。
【0105】
【表2】

【0106】
(実施例3)
圧電体膜の組成を変える以外は実施例1と同様にして圧電素子を得、同様に圧電性能を評価した。各圧電体膜の成膜に用いたターゲットの各成分の組成と評価結果を表3に示す。
【0107】
【表3】

【0108】
(実施例4)
圧電体膜の組成を変える以外は実施例1と同様にして圧電素子を得、同様に圧電性能を評価した。圧電体膜の組成は、実施例3のS3-3〜S3-8に対してSrTiO3(STO)を10mol%添加した組成とした。各圧電体膜の成膜に用いたターゲットの各成分の組成と評価結果を表4に示す。
【0109】
【表4】

【0110】
(実施例5)
圧電体膜の組成を変える以外は実施例1と同様にして圧電素子を得、同様に圧電性能を評価した。圧電体膜の組成は、実施例3のS3-5〜S3-8に対してCaTiO3を5mol%添加した組成とした。各圧電体膜の成膜に用いたターゲットの各成分の組成と評価結果を表5に示す。
【0111】
【表5】

【0112】
(比較例1)
圧電体膜の組成を変える以外は実施例1と同様にして圧電素子を得、同様に圧電性能を評価した。圧電体膜の組成は、実施例1のS1-1〜S1-4,S1-6,S1-8,S1-10と同様の組成であるがBiMnO3を添加しない組成とした。各圧電体膜の成膜に用いたターゲットの組成と評価結果を表6に示す。RS1-8,及びRS1-10の変位量は、リーク電流のため測定できなかった。
【0113】
【表6】

【0114】
(結果のまとめ)
実施例1,2及び比較例1における組成と変位量との関係を図6に示す。また、実施例3,4及び比較例1における組成と変位量との関係を図7に示す。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明のペロブスカイト型酸化物は、インクジェット式記録ヘッド、磁気記録再生ヘッド、MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)デバイス、マイクロポンプ、及び超音波探触子等に搭載される圧電素子や圧電振動発電素子、及び強誘電メモリ(FRAM)等に用いられる圧電体等に好ましく利用できる。
【符号の説明】
【0116】
1 圧電素子
3,3K,3C,3M,3Y インクジェット式記録ヘッド(液体吐出装置)
12、14 電極
13 圧電体
20 インクノズル(液体貯留吐出部材)
21 インク室(液体貯留室)
22 インク吐出口(液体吐出口)
100 インクジェット式記録装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の第1成分、第2成分、及び第3成分を含むことを特徴とするペロブスカイト型酸化物。
第1成分:BiFeO
第2成分:Aサイトの平均イオン価数が2価であり、かつ結晶系が正方晶系である少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物、
第3成分:結晶系が、単斜晶系、三斜晶系、及び斜方晶系のうちいずれかである少なくとも1種のペロブスカイト型酸化物
(ここで、各成分のペロブスカイト型酸化物においては、Aサイト元素とBサイト元素と酸素のモル比は1:1:3が標準であるが、これらのモル比はペロブスカイト構造を取り得る範囲内で基準モル比からずれてもよい。)。
【請求項2】
前記第2成分が、BaTiO,(Bi,K)TiO,及びSnTiOからなる群より選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項3】
前記第2成分がBaTiOを含むことを特徴とする請求項2に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項4】
前記第3成分の結晶系が単斜晶系及び/又は三斜晶系であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項5】
前記第3成分が、RMnO(ここで、RはSm,Eu,Gd,Tb,La,及びNdからなる群より選ばれた少なくとも1種を示す。),BiMnO,CaTiO,及びBiCrOからなる群より選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項6】
前記第3成分がBiMnOを含むことを特徴とする請求項5に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項7】
前記第1成分と前記第2成分との組成比が、モルフォトロピック相境界又はその近傍の組成比であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項8】
前記第3成分の含有量が10モル%以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項9】
前記第1成分と前記第2成分とのモル比(第1成分/第2成分)が0.6/0.4〜0.95/0.05であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項10】
さらに、結晶系が立方晶系又は疑立方晶系である少なくとも1種の第4成分を含むことを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項11】
前記第4成分がSrTiOを含むことを特徴とする請求項10に記載のペロブスカイト型酸化物。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする強誘電体組成物。
【請求項13】
請求項1〜11のいずれかに記載のペロブスカイト型酸化物を含むことを特徴とする圧電体。
【請求項14】
膜であることを特徴とする請求項13に記載の圧電体。
【請求項15】
結晶配向性を有することを特徴とする請求項14に記載の圧電体。
【請求項16】
(100)配向及び/又は(001)配向を有することを特徴とする請求項15に記載の圧電体。
【請求項17】
自発分極軸方向とは異なる方向に結晶配向性を有する強誘電体相を含むことを特徴とする請求項15又は16に記載の圧電体。
【請求項18】
自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加により異なる結晶系に相転移することが可能なドメイン、及び/又は、自発分極軸方向とは異なる方向の電界印加の増減によって分極軸が可逆的に非180°回転することが可能なドメインを有することを特徴とする請求項17に記載の圧電体。
【請求項19】
請求項13〜18のいずれかに記載の圧電体と、該圧電体に対して電界を印加する電極とを備えたことを特徴とする圧電素子。
【請求項20】
請求項19に記載の圧電素子と、該圧電素子に隣接して設けられた液体吐出部材とを備え、
前記液体吐出部材は、液体が貯留される液体貯留室と、前記圧電体に対する前記電界の印加に応じて該液体貯留室から外部に前記液体が吐出される液体吐出口とを有することを特徴とする液体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−35385(P2011−35385A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−153649(P2010−153649)
【出願日】平成22年7月6日(2010.7.6)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】