説明

レンズ製造方法

【課題】レンズ上の段差構造を全域に亘って均一に高転写させることができるとともに、レンズの巨視的な表面形状を高精度にできるレンズ製造方法を提供すること。
【解決手段】キャビティCVの充填時の樹脂の射出率を1.2cm/sec以上とするので、キャビティCVの全体にわたって輪帯状の段差構造に対応する微細構造SSに樹脂が十分入りきらない状態で固化することを防止できる。これにより、回折パターンFPの全体的な転写率低下とレンズ透過光量の低下とを抑えることができる。また、射出率を30cm/sec以下とすることで、キャビティCV内を緩やかに充填して回折パターンFPの転写率が不均一に低下することを防止しつつ、レンズOLを巨視的に見た場合の表面形状精度を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一対の金型によって形成されるキャビティ内に樹脂を注入することによって射出成形を行うレンズ製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のレンズ製造方法として、高精度のプラスチックレンズを短いサイクルタイムで成形するため、一般的なステンレス鋼よりも熱伝導率の低いセラミックスコアを有する金型を用いるとともに、金型内部温度を樹脂のガラス転移点Tgよりも5〜20℃低くするものがある(特許文献1参照)。
【0003】
別のレンズ製造方法として、高精度の回折レンズを高転写性で作製するため、微細構造を有するコアの母材の熱伝導率を20W/mK以下とした金型であって、このコアを比較的熱伝導度の大きなメッキで被覆した金型を用いるものがある(特許文献2参照)。
【0004】
さらに別のレンズ製造方法として、回折レンズ構造を高精度に成形体に転写させるため、セラミックス系材料の断熱層上に微細形状を有する表面加工層を形成した金型であって、断熱層の熱伝導率を10W/mK以下とし、その厚みを0.1〜3mmとした金型を用いるものがある(特許文献3参照)。
【特許文献1】特開平5−200789
【特許文献2】特開2004−284110
【特許文献3】特開2002−96335
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は、BD(Blu-Ray Disc)、DVD(Digital Versatile Disc)等の複数の記録媒体に対する記録又は再生に共用される互換型の対物レンズに関連して、非球面上に輪帯状の段差構造が設けられている回折レンズの開発に携わってきた。このような輪帯状段差構造付きの回折レンズについては、成形の簡便さから、固定型及び可動型を型締めした状態で形成されるキャビティにパーティングラインに沿った側面から樹脂を注入するサイドゲート方式が採用されている。この際、回折レンズ構造を有する金型のコアに断熱層を設けて転写性を向上させる手法を用いている。
【0006】
本発明者は、上記のようなサイドゲート方式の成形方法を用いた回折レンズの開発の過程で様々な成形条件を試みた結果、回折レンズの回折構造の均一な転写性を確保し透過光量の低下を抑えることが容易でないことを確認した。そして、本発明者は、このような回折構造の転写性の不均一化や透過光低下について、鋭意研究した結果、このような特性劣化が樹脂の射出率に関連することを見出した。
【0007】
具体的には、上記のようなサイドゲート方式の成形方法を用いる場合、樹脂が流入するゲートからみて、段差構造に樹脂が流れ込み易い方向(すなわちゲート直交方向;樹脂流動方向が段差構造の延在方向に概ね沿っている方向)と、段差構造に樹脂が流れ込み難い方向(すなわちゲート方向;樹脂流動方向が段差構造の延在方向と概ね直交している方向)とが生まれる。本発明者は、回折レンズの成形に際してゲート方向に関して相対的に転写性が劣化する傾向が生じると考えた。つまり、回折レンズのゲート方向では、段差構造に樹脂が入りきらない状態で固化し、段差構造の転写率が局所的に不十分となると考えられる。段差構造の転写が不十分な場合、段差構造における光の回折や屈折が設計通り発現せず散乱光が生じるため、結像に寄与する光の透過光量が落ちることになる。
【0008】
なお、上記特許文献1の手法では、射出率が1cm/sec以下と低すぎるため、例え低熱伝導率のコアの表面に段差構造を設けて成形したとしても、流動樹脂の熱量が奪われやすく樹脂の粘度が高くなってしまう。よって、全体に亘って段差構造に樹脂が入りきらない状態で固化してしまい、レンズ上の段差構造の全体的な転写率は不十分となり、レンズ透過光量が低いものとなるおそれがあると考えられる。
【0009】
上記特許文献2,3の手法では、回折レンズ上の輪帯状段差構造の転写性を全体的に向上させることができるが、キャビティ充填時の射出率が低すぎる場合は、輪帯状段差構造に流動樹脂が入り込む前に固化が起こり始め、全体に亘って段差構造に樹脂が入りきらない状態で固化してしまい、段差構造の転写が不十分となってレンズ透過光量が低下すると考えられる。反対に、キャビティ充填時の射出率が高すぎる場合は、流動樹脂自体の流線方向への慣性が強くなるため、ゲート方向において段差構造の溝を満たすことなく飛び越えやすくなり、段差構造が転写されにくく、ゲート方向の転写率が相対的に劣位になり、全体に亘って均一に転写された場合に比べてレンズ透過光量が低いものとなると考えられる。また、レンズを巨視的に見た場合のレンズ両面の表面形状精度を得ることが困難となるとも考えられる。
【0010】
そこで、本発明は、レンズ上の段差構造を全域に亘って均一に高転写させることができるとともに、レンズの巨視的な表面形状を高精度にできるレンズ製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明に係るレンズ製造方法は、一対の金型によって形成されるキャビティ内に樹脂を注入することによって、輪帯状の段差構造を備えたレンズを射出成形するレンズ製造方法であって、一対の金型のうち、輪帯状の段差構造に対応する転写面を有する少なくとも一方の金型は、10W/m・K以下の熱伝導率を有する低熱伝導材料で形成された断熱部を転写面側に有し、キャビティの外周側面側からキャビティ内に樹脂を注入するとともに、キャビティの充填時の樹脂の射出率を1.2cm/sec以上30cm/sec以下とすることを特徴とする。なお、以上において、キャビティの充填時とは、樹脂のフローフロントがキャビティの入口であるゲートを通過した時以降から、キャビティが樹脂で満たされる時点までを指し、射出率とは、射出成形機の可塑化機構が単位時間に射出する樹脂の体積を指す。また、断熱部は、金型の基材そのものである場合と、金型の基材上に断熱層として設けられる場合とのいずれも含む。なお、金型が、例えばコア部と外周型といった複数の金型部材で構成される場合、レンズの光学面を転写するための転写面を有するコア部の金型基材に対して断熱部を設けることができる。
【0012】
上記のレンズ製造方法では、少なくとも一方の金型が10W/m・K以下の熱伝導率を有する低熱伝導材料で形成された断熱部を転写面側に有するので、キャビティ内に導入された流動樹脂を急冷させることなく所望の程度に徐々に冷却することができ、成形サイクルタイムの増大を防止しつつレンズの輪帯状の段差構造を構成する凹凸形状の転写性向上に寄与できる。この際、キャビティの充填時の樹脂の射出率を1.2cm/sec以上とするので、キャビティの全体にわたって段差構造に樹脂が十分入りきらない状態で固化することを防止できる。これにより、段差構造の全体的な転写率低下とレンズ透過光量の低下とを抑えることができる。また、キャビティの充填時の樹脂の射出率を30cm/sec以下とするので、レンズのゲート方向(樹脂の流動方向が段差構造の延びる方向と直交している方向)においてキャビティ内に導入された流動樹脂が段差構造の溝を満たすことなく飛び越えてしまい転写率が特定のゲート方向で相対的に劣化することを防止できる。これにより、レンズ上で特定方向に偏って発生する段差構造の転写率の不均一とレンズ透過光量の低下とを抑えることができる。また、射出率を30cm/sec以下とすることで、キャビティ内を緩やかに充填することができ、レンズを巨視的に見た場合の表面形状精度を向上させることができる。つまり、微細な輪帯状段差構造を有するレンズの成形であっても、より均一な転写性を実現して、レンズに光を照射した際の透過光の光量分布が一様で良好な波面収差を有するレンズを得ることができる。さらに、例えば輪帯状段差構造による回折光を利用する場合には、その回折効率を向上できるなど、レンズの透過光量をより高めることができる。
【0013】
本発明の具体的な態様又は観点では、上記レンズ製造方法において、少なくとも一方の金型は、断熱部上に設けられた表面加工層を有している。この場合、金型の転写面上に所望の段差構造を高精度で形成することができる。なお、表面加工層とは、段差構造を構成する凹凸形状を設けるための層であり、メッキ層などがコートされた後、ダイヤモンドバイト等により表面を所望の形状に加工した層を指す。転写面の表面には、この表面加工層上にさらに保護層や離型層を設けてもよい。
【0014】
本発明の別の態様では、断熱部が、6−4Tiで形成され、3mm以上の厚さを有する。この場合、断熱部が加工しやすく金型に組み込みやすいものとなる。
【0015】
本発明のさらに別の態様では、断熱部の熱伝導率が、3W/m・K以下である。この場合、段差構造の転写性を向上させることができる。
【0016】
本発明のさらに別の態様では、断熱部が、ジルコニアセラミックスで形成され、0.1mm以上の厚さを有する。この場合、段差構造の転写性を向上させることができる。
【0017】
本発明のさらに別の態様では、断熱部が、溶射によって形成されることを特徴とする。この場合、様々な金型形状に対応しやすい。
【0018】
本発明のさらに別の態様では、キャビティ内に樹脂を注入する際の一対の金型の内部温度が、ガラス転移点に対して−3℃以上+5℃以下である。この場合、キャビティ内に適度な粘度で樹脂が導入されるので、転写率を向上させることができるだけでなく、樹脂が急冷されないので、複屈折が低減される。
【0019】
本発明のさらに別の態様では、キャビティの充填時の樹脂の射出率が、1.2cm/sec以上27cm/sec以下である。この場合、ゲート方向及びゲート直交方向に関してより均一な転写が可能になり、かつ、巨視的な表面形状の精度をより向上させることができる。
【0020】
本発明のさらに別の態様では、キャビティの充填時におけるキャビティの気圧が、大気圧よりも0.05MPa以上低い。この場合、レンズの全体的な転写率を向上させることができるだけでなく、均一な転写を確保することができ、ウェルドライン等の外観不良を低減することができる。
【0021】
本発明のさらに別の態様では、キャビティ内に注入される樹脂が、シクロオレフィン樹脂であり、キャビティの充填時のシクロオレフィン樹脂の射出率が、2.5cm/sec以上24.5cm/sec以下である。この場合、レンズ全体にわたる複屈折を小さくでき、かつ、フローマークやジェッティングなどの外観不良を低減でき、良好な光学特性が得られる。
【0022】
本発明のさらに別の態様では、キャビティの充填時の樹脂の射出率が、17cm/sec以上24.5cm/sec以下である。この場合、NA0.8以上の光ピックアップ用対物レンズであっても、さらにウェルドライン等の外観不良を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
〔第1実施形態〕
以下、本発明に係る第1実施形態のレンズ製造方法について、図面を参照しつつ説明する。
【0024】
図1は、本実施形態のレンズ製造方法を実施するための射出成形機10を説明する正面図である。射出成形機10は、第1金型である固定金型41と第2金型である可動金型42とで構成されるサイドゲート方式の成形金型40を備えており、この成形金型40中に固定金型41側から樹脂を注入することによって射出成形を行い、複数の回折レンズを有する成形品を作製する。
【0025】
射出成形機10は、固定盤11と、可動盤12と、開閉駆動装置15と、射出装置16と、温度調節装置18と、減圧装置19と、制御装置20とを備える。射出成形機10は、可動盤12と固定盤11との間に固定金型41と可動金型42とを挟持して両金型41,42を型締めすることにより型空間すなわちキャビティCV(図2参照)を形成し、かかるキャビティCVを利用した射出成形を可能にする。ここで、射出成形機10は、成形金型40の型開き及び型閉じが横方向すなわち水平方向となっている。なお、縦方向に型開き及び型閉じするタイプの射出成形機に上記成形金型40を組み込むこともできる。
【0026】
固定盤11は、支持フレーム14の中央側上面に固定されており、固定盤11の内側は、固定金型41を着脱可能に支持している。可動盤12は、後述する開閉駆動装置15によって固定盤11に対して進退移動可能に支持されている。可動盤12の内側は、可動金型42を着脱可能に支持している。なお、可動盤12には、エジェクタ45が組み込まれている。このエジェクタ45は、型開き時に可動金型42に残される成形品を可動金型42内から固定金型41側に押し出すためのものである。
【0027】
開閉駆動装置15は、リニアガイド15aと、動力伝達部15dと、アクチュエータ15eとを備える。リニアガイド15aは、可動盤12を支持しつつ、固定盤11に対する進退方向に関して可動盤12の滑らかな往復移動を可能にしている。動力伝達部15dは、アクチュエータ15eからの駆動力を受けて伸縮する。これにより、型締め盤13に対して可動盤12が近接したり離間したりと自在に変位し、結果的に、可動盤12と固定盤11とを互いに近接するように型閉じすることができ、所望の型締め力で両者を締め付けることができる。
【0028】
射出装置16は、シリンダ16a、原料貯留部16b、スクリュ16c、樹脂射出端16d、及び駆動部16eを備える。射出装置16は、ノズル状の樹脂射出端16dから金型温度よりも高温に温度制御された状態で溶融樹脂を吐出することができる。射出装置16は、シリンダ16aの樹脂射出端16dを固定盤11を介して固定金型41のスプル部分SP(図2参照)に対して分離可能に接続することができ、固定金型41と可動金型42とを型締めした状態で形成されるキャビティCV中に溶融樹脂を所望のタイミングで供給することができる。
【0029】
温度調節装置18は、成形金型40を構成する両金型41,42に接続されており、両金型41,42中においてキャビティに隣接して形成されている流路に加熱用媒体を循環させることにより、両金型41,42の型閉じ及び型締め中を含む成形時に両金型41,42の温度を適切に保つ。
【0030】
減圧装置19は、成形金型40の可動金型42側に連結されており、型締め状態の成形金型40中に形成されるキャビティCV(図2参照)内を大気に比較して所望の程度に減圧することができる。
【0031】
制御装置20は、射出装置制御部22と、開閉制御部25と、減圧制御部26と、エジェクタ制御部27とを備える。
【0032】
射出装置制御部22は、駆動部16e等を動作させることによって、原料貯留部16bからシリンダ16aに導入された樹脂を適度な粘度に加熱溶融させるとともに、両金型41,42間に形成されたキャビティCV(図2参照)中に所望の射出率で溶融樹脂を供給する。つまり、射出装置制御部22の制御下で駆動部16eによる樹脂の押し出し量や温度を調整することができ、具体的には、キャビティCVの充填時の樹脂の射出率を1.2cm/sec以上30cm/sec以下、好ましくは1.2cm/sec以上27cm/sec以下とする。これにより、両金型41,42の転写面に形成された段差構造を全面にわたって均一かつ十分に転写することが可能になる。射出装置16によって射出され成形金型40のキャビティCV内に供給される樹脂は、例えば複屈折が生じにくいシクロオレフィン樹脂であり、この場合、キャビティCVの充填時の樹脂の射出率を好ましくは2.5cm/sec以上24.5cm/sec以下とする。
【0033】
なお、射出装置制御部22は、例えばシリンダ16aの周囲に形成されているヒータに適宜通電することにより、樹脂の可塑化時等においてシリンダ16a延いては樹脂を必要な温度に保つ。
【0034】
制御装置20の制御下で動作する型温度制御部24は、温度調節装置18を適宜動作させることにより、成形に際して両金型41,42の内部温度を適切に保つ。具体的には、型温度制御部24の制御下で、成形時、例えばキャビティCV(図2参照)の充填時に、成形金型40の内部温度を樹脂のガラス転移点に対して−3℃以上+5℃以下とする。これにより、キャビティCV内に導入された樹脂が適度な粘度で転写面に接するとともに、樹脂が急冷されず緩やかに固化することになる。
【0035】
開閉制御部25は、開閉駆動装置15の動作を制御しており、両金型41,42の開閉タイミングや型締力を調整する。
【0036】
減圧制御部26は、減圧装置19を適宜動作させることにより、成形に際して両金型41,42間に形成されたキャビティCV(図2参照)内の圧力を調整する。具体的には、減圧制御部26の制御下で、成形時、例えば成形金型40のキャビティCVの充填開始前に、キャビティCV内を大気圧よりも0.05MPa以上低い状態に維持することで、キャビティCV内の空間の樹脂への置換を行い易くする。
【0037】
エジェクタ制御部27は、可動盤12に組み込まれたエジェクタ45の動作を制御しており、型開き時に一方の可動金型42に残る成形品を可動金型42内から押し出して離型し、複数の回折レンズを有する成形品の射出成形機10外への搬出を可能にする。
【0038】
図2は、成形金型40の構造を説明する側断面図である。また、図3(A)〜3(C)は、キャビティ周辺の拡大断面図であり、図4は、図1等に示す成形金型40によって成形されるレンズOLの側断面図である。
【0039】
図2に示すように、成形金型40を構成する固定金型41と可動金型42とは、パーティングラインPLを境として開閉可能になっている。固定金型41と可動金型42とを型合わせして型締めを行うことにより、図4に示すレンズOLを成形するための複数のキャビティCVが形成されるとともに、各キャビティCVに樹脂を供給するための流路部分FCが形成される。流路部分FCは、スプル部分SPと、ランナ部分RPと、ゲート部分GPとで構成される。ここで、ゲート部分GPは、キャビティCVの外周側面に開口する樹脂導入路であるが、ランナ部分RPよりも断面積が小さくなっている。図面では詳細を省略しているが、この成形金型40によって射出成形される成形品は、複数のレンズOLを含むものであり、成形品に対応する樹脂充填用の空間は、軸状のスプル部分SPからランナ部分RPが複数放射状に分岐し、分岐した各ランナ部分RPの先端部にゲート部分GPを介してキャビティCVが連通する構造となっている。また、ゲート部分GPには、減圧装置19に連通する減圧用のスリットやバルブ付きの開口等が設けられており、キャビティCV内を射出直前に減圧することができるようになっている。
【0040】
図3(A)に示すように、両金型41,42に挟まれた空間であるキャビティCVは、成形品の本体部分であるレンズOL(図4等参照)の形状に対応するものとなっている。レンズOLは、光学的機能を有する光学的機能部としての中心部OLaと、中心部OLaから外径方向に延在する環状のフランジ部OLbとを備える。このレンズOLは、光ピックアップ装置用の対物レンズであり、BD、DVD及びCDに対して互換可能で、BD用の波長の光束に対してNA0.85を満たすレンズである。
【0041】
固定金型41は、固定側の入れ子としてのコア部52と、固定側の入れ子を支持して一体に固定することを可能とした構造を有する外周型51と、外周型51及びコア部52を一体に固定する受板(不図示)とを備える。
【0042】
外周型51は、図2のパーティングラインPLを形成する端面51aを有する。また、外周型51の先端には、フランジ形成部FFが設けられており、このフランジ形成部FFの表面には、キャビティCVを画成するための成形面56bが形成されている。この成形面56bは、レンズOLのフランジ部OLbのフランジ面F1を成形する転写面である。また、外周型51内部には、コア部52を挿入支持する円柱状の貫通孔であるコア挿通孔55が形成されている。
【0043】
コア部52は、コア挿通孔55に嵌合可能な円筒状の外周側面を有しており、コア部52の先端部52bに設けた先端面には、キャビティCVを画成するための光学面成形面56aが設けられている。この光学面成形面56aは、凹面であり、レンズOLの中心部OLaの一方の光学面Saを成形する転写面である。
【0044】
なお、以上の固定金型41において、外周型51は、熱伝導率が10W/m・Kより大きい高熱伝導材料、例えばプレハードン鋼すなわち低炭素鋼(熱伝導率:60.0W/m・K)等で構成されている。また、コア部52も、熱伝導率が10W/m・Kより大きい高熱伝導材料、具体的には低炭素鋼やステンレス鋼の母材で構成されている。なお、コア部52のキャビティCV側の端面は、無電解ニッケルメッキ法を用いて形成されるニッケルリンメッキ層で被覆することができ、このニッケルリンメッキ層によって光学面成形面56aを形成することができる。さらに、この光学面成形面56aは、樹脂系の材料で形成された薄い離型膜でコートすることもできる。
【0045】
可動金型42は、可動側のコア型としてのコア部62と、可動側のコア型を支持し、かつ一体に固定することを可能とした構造を有する外周型61と、成形品OLを突き出して離型する突き出し部材としての可動ピン64と、外周型61及びコア部62を一体に固定する受板(不図示)と、可動ピン64の進退移動を可能にする伝達機構(不図示)とを備える。可動金型42は、図1の開閉駆動装置15により、軸AXに沿って往復移動可能になっており、固定金型41に対して開閉動作する。
【0046】
なお、外周型61は、熱伝導率が10W/m・Kより大きい高熱伝導材料、例えばプレハードン鋼すなわち低炭素鋼等で構成されている。一方、コア部62は、外周型61よりも低熱伝導材料で構成されている。コア部62の母材すなわち基材を構成する低熱伝導材料は、0.05W/m・K以上10W/m・K以下の熱伝導率を有しており、例えば6−4Tiを母材とすることができる。
【0047】
外周型61は、図2のパーティングラインPLを形成する端面61aを有する。また、外周型61内部には、コア部62を挿入支持するためのコア挿通孔65と、可動ピン64を挿入支持するためのピン挿通孔65bとが形成されている。ここで、コア挿通孔65は、円柱状の貫通孔であり、ピン挿通孔65bは、より細径の貫通孔である。外周型61の先端には、フランジ形成部FMが設けられており、このフランジ形成部FMの表面には、キャビティCVを画成するための成形面66bが形成されている。この成形面66bは、レンズOLのフランジ部OLbのフランジ面F2すなわち一方の環状端面を成形する転写面である。
【0048】
コア部62は、それ自体で射出時の樹脂の急冷を防止する断熱部として機能する。コア部62は、コア挿通孔65に嵌合可能な円筒状の外周側面を有しており、コア部62の先端部62bに設けた先端面には、キャビティCVを画成するための光学面成形面66aが設けられている。この光学面成形面66aは、凹面であり、レンズOLの中心部OLaの一方の光学面Sbを成形する転写面である。光学面成形面66aは、輪帯状の段差構造に対応する微細構造SSを有しており、中心部OLaの光学面Sb上に輪帯状の段差構造に相当する回折パターンFPを形成する。コア部62のキャビティCV側の端面は、被削性を良くするために、無電解ニッケルメッキ法を用いて形成されるニッケルリンメッキ層67で被覆されており、このニッケルリンメッキ層67の表面加工によって、ニッケルリンメッキ層67の表面として微細構造SSを含む光学面成形面66aがされている。さらに、光学面成形面66aは、樹脂系の材料で形成された薄い離型膜でコートすることができる。
【0049】
可動ピン64は、ピン挿通孔65bに挿入されており、ピン挿通孔65b内で軸AXに沿って移動可能になっている。つまり、可動ピン64は、不図示の伝達機構を介して図1のエジェクタ45に駆動されて、外周型61のピン挿通孔65b内で固定金型41側に前進したり反対側に後退したりすることができる。ピン挿通孔65bの先端は、キャビティCVを画成する成形面66bの一部を構成している。可動ピン64は、外周型61の環状の成形面66bに沿って4つ等間隔で配置されており、レンズOLのフランジ部OLbを軸AXに沿ってバランス良く押し出すことを可能にしている。
【0050】
なお、可動ピン64を設ける個数は、4本に限らず、レンズOLのサイズ、許容精度等の仕様に応じて3つ以上の様々な本数とすることができる。また、可動ピン64に代えてコア部62を用い、レンズOLの中心部OLaを直接可動金型42外に押し出すこともできる。
【0051】
図5は、射出装置16に設けられているシリンダ16aの樹脂射出端16d及びその周辺の内部構造を説明する拡大断面図である。樹脂射出端16dは、ノズル孔81を有し、このノズル孔81からは、シリンダ16aに挿通されたスクリュ16cの操作によって、所望の温度に過熱された樹脂を所望の射出率で吐出させることができる。スクリュ16cの先端には、ヘッド82が取り付けられている。このヘッド82とスクリュ本体83との間には、逆止リング84が設けられており、樹脂をヘッド82の前方に送り出すことを可能にする一方、ヘッド82の前方に送り出された樹脂がスクリュ本体83側に戻ることを防止している。
【0052】
射出装置16は、シリンダ16a内に樹脂を供給しつつスクリュ16cを適当な速度で回転させることにより、射出に適する溶融状態の樹脂をシリンダ16a内のヘッド82の前方に蓄える。そして、溶融樹脂の射出時、つまり樹脂射出端16dを図2に示す固定金型41に設けた流路部分FCの端部FCaに対して気密に接続し、かつ、流路部分FCやキャビティCV内を適度に減圧した状態において、スクリュ16cを前進させる。この際のスクリュ16cの前進速度をV〔cm/sec〕とし、シリンダ16aの内径(バレル内径)で定まる断面積をA〔cm〕として、溶融樹脂の射出率IRは、V×A〔cm/sec〕で与えられる。つまり、スクリュ16cの前進速度Vによって射出率IRを任意に設定することができる。
【0053】
図6は、図2等に示すキャビティCVを溶融樹脂で充填する様子を示す模式図である。樹脂の充填開始とともに、ゲート部分GPを介して、キャビティCV内に溶融樹脂MPが注入される。この溶融樹脂MPは、ゲート部分GPの位置から一様に広がるようにキャビティCV内を徐々に満たす。この際、中央側の溶融樹脂MPは、ゲート方向D1に沿ってキャビティCVの中心を通るように移動し、その際、コア部62の表面に形成された輪帯状の微細構造SSの溝を横切って流れる。一方、周辺側の溶融樹脂MPは、キャビティCVの周辺に沿って移動し、その際、コア部62の表面に形成された輪帯状の微細構造SSの溝に沿って流れる。つまり、キャビティCVにおいて、ゲート方向D1の輪帯状の微細構造SSは、樹脂が横切るように流れて充填され、ゲート直交方向D2の輪帯状の微細構造SSは、樹脂が沿うように流れて充填される。このように、輪帯状の微細構造SSがゲート方向D1及びゲート直交方向D2に関して異なる流動状態で充填されるので、微細構造SSの転写率すなわちレンズOL上の回折パターンFPの形状精度の均一性確保の観点で、射出率IRの制御が極めて重要になる。樹脂の射出率IRを適切に設定することで、輪帯状の微細構造SSを構成する溝の充填過程がゲート方向D1とゲート直交方向D2とで異なっていても、得られるレンズOL上の回折パターンFPを略一様にでき、レンズOLの透過光量の局所的な低下を抑えることができる。また、レンズOLを巨視的に見た場合の光学面Sa,Sbの表面形状精度を向上させることができる。
【0054】
図7は、図1等に示す成形装置を用いた対物レンズOLの製造方法の概要を説明するフローチャートである。まず、不図示の金型温度調節機により、固定金型41と可動金型42とを成形に適する温度まで加熱する(ステップS10)。これにより、両金型41,42においてキャビティCVを形成する金型部分の表面やその近傍の温度を成形に適する温度状態とする。
【0055】
次に、開閉駆動装置15を動作させ、可動金型42を固定金型41側に前進させて型閉じを開始させる(ステップS11)。開閉駆動装置15の閉動作を継続することにより、固定金型41と可動金型42とが接触する型閉じ状態となり、開閉駆動装置15の閉動作を更に継続することにより、固定金型41と可動金型42とを必要な圧力で締め付ける型締めが行われる(ステップS12)。
【0056】
次に、不図示の射出装置を動作させて、型締めされた固定金型41と可動金型42との間に形成されたキャビティCV中に、溶融樹脂をゲート部GP等を介して必要な圧力及び射出率で注入する射出を行わせる(ステップS13)。この際、減圧装置19を適宜動作させて、キャビティCV内を予め大気に比較して所望の程度に減圧しておく。
【0057】
溶融樹脂をキャビティCVに導入した後は、キャビティCV中の溶融樹脂が放熱によって徐々に冷却されるので、かかる冷却にともなって溶融樹脂が固化し成形が完了するのを待つ(ステップS14)。
【0058】
次に、開閉駆動装置15を動作させて、可動金型42を後退させ、可動金型42を固定金型41から離間させる型開きを行わせる(ステップS15)。この結果、成形品である対物レンズOLは、可動金型42に保持された状態で固定金型41から離型される。
【0059】
次に、エジェクタ45を動作させて、突き出しピン64による対物レンズOLの突き出しを行わせる(ステップS16)。この結果、対物レンズOLが、突き出しピン64の先端面に付勢されて固定金型41側に押し出されて、対物レンズOLが可動金型42から離型される。
【0060】
なお、両金型41,42から離型された対物レンズOLは、この対物レンズOLのゲート部(不図示)から延びるスプル部等を把持することによって、成形装置の外部に搬出される(ステップS17)。さらに、搬出後の対物レンズOLは、ゲート部の除去等の外形加工を施されて出荷用の製品とされる。
【0061】
以上説明した第1実施形態のレンズ製造方法によれば、一方の可動金型42が10W/m・K以下の熱伝導率を有する低熱伝導材料で形成されたコア部62を光学面成形面66aに近接して有するので、キャビティCV内に導入された流動樹脂を急冷させることなく所望の程度に徐々に冷却することができ、成形サイクルタイムの増大を防止しつつレンズOLに設けた輪帯状の段差構造としての回折パターンFPの転写性向上に寄与できる。この際、キャビティCVの充填時の樹脂の射出率を1.2cm/sec以上とするので、キャビティCVの全体にわたって輪帯状の段差構造に相当する微細構造SSの溝に樹脂が十分入りきらない状態で固化することを防止できる。また、回折パターンFPの全体的な転写率低下とレンズ透過光量の低下とを抑えることができる。一方、射出率を30cm/sec以下とすることで、キャビティCV内を緩やかに充填して回折パターンFPの転写率が不均一に低下することを防止しつつ、レンズOLを巨視的に見た場合の表面形状精度を向上させることができる。
【0062】
特に、本実施形態の製造方法によって得られるレンズOLは、BD、DVD及びCDに対して互換可能な三波長互換の微細段差構造付き光ピックアップ装置用の対物レンズである。三波長互換の対物レンズの場合、複雑化かつ緻密化した環状の構造である微細構造SSを有するので、このような対物レンズについては、均一で高い転写率が求められるだけでなく、高NAで非常に高曲率な光学面Sbの形状精度も求められる。本実施形態によれば、これらの要求を比較的簡易に満足するレンズOLを提供できる。
【0063】
〔第2実施形態〕
以下、第2実施形態に係るレンズ製造方法について説明する。なお、第2実施形態に係るレンズ製造方法は、第1実施形態を変形したものであり、特に説明しない部分については、第1実施形態と同様であるものとする。
【0064】
図8(A)は、本実施形態における固定金型41及び可動金型42の部分拡大断面図であり、型閉じ及び型締め状態を示している。また、図8(B)は、固定金型41及び可動金型42の型開き後にレンズOLを突き出した状態を示している。
【0065】
この場合、コア部62の先端部62bにおいて、断熱部として低熱伝導材料で構成された熱伝導抑制層162cが設けられている。この熱伝導抑制層162cは、表面層であるニッケルリンメッキ層67と、基材である母材部162dとの間に挟まれて、成形のレンズOLの急速な冷却を防止する役割を有する。
【0066】
熱伝導抑制層162cは、具体的には、0.05W/m・K以上10W/m・K以下の熱伝導率を有する低熱伝導材料で構成されており、例えば6−4Ti等の金属材料、ポリイミド等の樹脂材料、ジルコニアやアルミナ等のセラミックスを用いて形成することができる。熱伝導抑制層162cが6−4Tiで形成される場合、その厚みを例えば3mm以上とする。また、熱伝導抑制層162cがジルコニアセラミックスで形成される場合、その厚みを0.1mm以上とする。一方、母材部162dは、熱伝導率が10W/m・Kより大きい高熱伝導材料、具体的には低炭素鋼やステンレス鋼の母材で構成されている。
【0067】
〔第3実施形態〕
以下、第3実施形態に係るレンズ製造方法について説明する。なお、第3実施形態に係るレンズ製造方法は、第1実施形態を変形したものであり、特に説明しない部分については、第1実施形態と同様であるものとする。
【0068】
図9は、図1、5等示す射出装置16の変形例を示す図である。この場合、シリンダ16aやスクリュ16cを備える可塑化シリンダ部16Aとは別に、射出シリンダ部16Bを設けている。可塑化シリンダ部16Aは、回転するが前進しないスクリュ16cによって、射出シリンダ部16Bに溶融樹脂を供給する。射出シリンダ部16Bは、シリンダ116aとプランジャ116cとを備える。射出シリンダ部16Bは、可塑化シリンダ部16Aからの供給を受けて、射出に適する溶融状態の樹脂をシリンダ116a内のプランジャ116cの前方部分に蓄える。そして、溶融樹脂の射出タイミングに際し、樹脂射出端116dを固定金型41に設けた流路部分FCの端部FCaに対して気密に接続し、プランジャ116cを前進させる。この際のプランジャ116cの前進速度をV〔cm/sec〕とし、シリンダ116aの内径(バレル内径)で定まる断面積をA〔cm〕として、溶融樹脂の射出率IRは、V×A〔cm/sec〕で与えられる。つまり、プランジャ116cの前進速度Vによって射出率IRを任意に設定することができる。
【0069】
〔具体的な実施例の説明〕
以下、本発明の製造方法の具体的な実施例について説明する。
【0070】
〔実施例1〕
本実施例のレンズ製造方法の対象は、BD/DVD/CDの三波長互換タイプの光ピックアップ用対物レンズ(レンズ径5mmφ)とした。なお、この光ピックアップ用対物レンズは、片面のみに輪帯状段差構造を有する。本製造例において、材料樹脂は、シクロオレフィン系樹脂とした。また、材料樹脂のガラス転移点Tgは、123℃であり、樹脂温度260℃で射出し、成形金型40の射出時の金型温度は123℃であった。以下の表1は、実験結果をまとめたものである。
【表1】

以上の表1において、3つのタイプの成形金型(コア部62)について測定結果をまとめている。第1タイプの成形金型は、ステンレス鋼を母材部162dすなわち基材とし、溶射によって形成したジルコニアセラミックスを熱伝導抑制層162cすなわち断熱部としたものである。また、第2タイプの成形金型は、焼結によって形成したジルコニアセラミックスをコア部62としたものである。さらに、第3タイプの成形金型は、6−4Tiをコア部62としたものである。熱伝導率の欄は、断熱部を構成する低熱伝導性材料の常温における熱伝導率を表している。また、断熱部厚さの欄は、熱伝導抑制層162cを特に設けた場合はその厚みとし、熱伝導抑制層162cを特に設けていない場合はコア部62全体の厚みとしている。実験では、射出率を0.5〜40〔cm/sec〕の範囲で変化させ、評価項目として透過光量と収差性能とを調べた。
【0071】
ここで、透過光量の評価は、ステンレス鋼で形成したコア部の表面に転写用のニッケルリンメッキ層を形成した従来型の金型で成形したレンズの透過光量を基準とした。具体的には、従来の金型で形成したレンズの透過光量をT1とし、実施例の金型で形成したレンズの透過光量をT2とした場合、透過光量評価値はE=(T2/T1)×100〔%〕で与えられ、評価ランクの記号は、以下の表2のように設定されている。なお、透過光量の測定には、コニカミノルタオプト社製のスポット像解析装置(KVSA1000A)を用いた。
【表2】

また、収差性能の評価は、目的とする集光特性からのズレを透過波面収差として計測した。評価ランクの記号は、以下の表3のように設定されている。なお、波面収差の測定には、コニカミノルタオプト社製の干渉計(KVII405A)を用いた。
【表3】

以上の実施例1から、熱伝導率が10W/m・K以下で、射出率を1.2〔cm/sec〕以上30〔cm/sec〕以下とすることで、従来に比較して転写性が向上して透過光量が高くなるとともに、射出率が適正に調整されることで、レンズの両光学面について必要な表面形状精度を得ることができることが分かる。特に、射出率を1.2〔cm/sec〕以上27〔cm/sec〕以下とすることは、透過光量を向上させ、かつ、レンズ両面の形状精度(収差の少なさとして評価)を向上させるので、より好ましい。さらに、本実施例のようにシクロオレフィン系樹脂を用いる場合、射出率が2.5〔cm/sec〕以上24.5〔cm/sec〕以下とすることで、レンズ全体の複屈折率を低減できることを確認しており、かつ、外観不良(低射出率のときに発生するフローマーク、高射出率のときに発生するジェッティング)を低減できることを確認している。さらに、射出率を17〔cm/sec〕以上24.5〔cm/sec〕以下とすることで、NA0.85の光ピックアップ用対物レンズにおいてウェルドラインと呼ばれる外観不良を低減できるので好ましい。なお、ステンレス鋼で形成したコア部からなる従来型の金型の場合、熱伝導率が高すぎる結果として、レンズ収差性能をある程度確保できても、十分な転写性が得られないことを実験的に確認している。
【0072】
特に、三波長互換タイプの光ピックアップ用対物レンズでは、レンズ面に複雑化かつ緻密化した輪帯状段差が設けられるので、均一で高い転写性を得ることは一般に容易でないが、上記の評価からも明らかなように、本発明の製造方法により、三波長互換タイプの光ピックアップ用対物レンズに必要とされる均一で高い転写性を実現できる。
【0073】
また、上記三波長互換タイプの光ピックアップ用対物レンズを含む高NAのレンズでは、非常に高曲率のレンズ面を成形することになるが、本発明の製造方法により、高曲率のレンズ面を高精度で形成できる。
【0074】
〔実施例2〕
本実施例のレンズ製造方法の対象は、レンズ径5mmφのBD光ピックアップ用のコリメータレンズとした。なお、このコリメータレンズは、片面のみに輪帯状段差構造を有する。本製造例の条件は、実施例1の製造条件と同様とした。すなわち、材料樹脂をシクロオレフィン系樹脂とし、そのガラス転移点Tgが123℃で、射出時の樹脂温度が260℃で、金型温度が123℃であった。以下の表4は、実験結果をまとめたものである。
【表4】

以上の表4において、実施例1と同様に、3つのタイプの成形金型(コア部62)について測定結果をまとめている。熱伝導率の欄は、断熱部を構成する低熱伝導性材料の常温における熱伝導率を表している。また、断熱部厚さの欄は、熱伝導抑制層162cを特に設けた場合はその厚みとし、熱伝導抑制層162cを特に設けていない場合はコア部62全体の厚みとしている。実験では、射出率を0.5〜40〔cm/sec〕の範囲で変化させ、評価項目として透過光量と収差性能とを調べた。
【0075】
以上の実施例2から、熱伝導率が10W/m・K以下で、射出率を1.2〔cm/sec〕以上30〔cm/sec〕以下とすることで、従来に比較して転写性が向上して透過光量が高くなるとともに、射出率が適正に調整されることで、レンズの両光学面について必要な表面形状精度を得ることができることが分かる。特に、射出率を1.2〔cm/sec〕以上27〔cm/sec〕以下とすることは、透過光量を向上させ、かつ、レンズ両面の形状精度(収差の少なさとして評価)を向上させるので、より好ましい。さらに、本実施例のようにシクロオレフィン系樹脂を用いる場合、射出率が2.5〔cm/sec〕以上24.5〔cm/sec〕以下とすることで、レンズ全体の複屈折率を低減できることを確認しており、かつ、外観不良(低射出率のときに発生するフローマーク、高射出率のときに発生するジェッティング)を低減できることを確認している。
【0076】
〔輪帯状段差構造の転写率について〕
以下では輪帯状段差構造の転写率の方向性に関する傾向を確認する試験について説明する。試験の対象は、レンズ径5mmφのBD光ピックアップ用のコリメータレンズとした。レンズ製造の条件は、実施例1,2の製造条件と同様とした。すなわち、材料樹脂をシクロオレフィン系樹脂とし、そのガラス転移点Tgが123℃で、射出時の樹脂温度が260℃で、金型温度が123℃であった。また、コア部62の構造は、ステンレス鋼を母材部162dすなわち基材とし、溶射によって形成したジルコニアセラミックスを熱伝導抑制層162cすなわち断熱部としたものとなっている。以下の表5は、転写率に関する実験結果をまとめたものである。
【表5】

以上の表5において、転写率とは、回折輪帯のピッチをPmとし、成形品であるレンズOLのダレ量をWmとして、
転写率=(Pm−Wm)/Pm
で与えられる。ここで、ダレ量Wmは、コア部62に形成された回折パターンの溝DPaにレンズOLの突起が十分入り込んでない部分PLaの幅によって決定される。また、図6に示すゲート方向D1とゲート直交方向D2とに関してこれに交差する領域の微細構造SSの転写性を確認した。
【0077】
以上の実験から、射出率が過小でも過大でもない条件において、転写性が全体的かつ均一に向上することが分かった。なお、射出率が1〔cm/sec〕(すなわち1.2〔cm/sec〕より小)と低すぎる場合、転写しきらない状態で樹脂が硬化してしまい、転写率が全体に低下すると考えられる。射出率が32〔cm/sec〕(すなわち30〔cm/sec〕より大)と高すぎる場合、樹脂流動の慣性が強すぎるため、ゲート方向D1の段差構造において樹脂が入り込みにくくなり、ゲート方向D1の段差構造の転写率が、ゲート直交方向D2に比べて相対的に劣化すると考えられる。
【0078】
以上をまとめると、熱伝導率が10〔W/m・K〕以下で、全体的な転写性が向上するといえる。さらに、射出率を1.2〔cm/sec〕以上30〔cm/sec〕以下とすることで、ゲート方向D1とゲート直交方向D2とに関して輪帯状段差構造の転写率の差がなくなり、均一な転写が達成されることを確認した。
〔その他〕
詳細な実施例の記載は省略するが、熱伝導率1.2〔W/m・K〕の断熱厚さ1mmを有するコア部62を備え、金型温度がTg−3〔℃〕以上Tg+5〔℃〕以下とすることで、キャビティ内に適度な粘度で樹脂が導入されるので、転写率を向上させることができるだけでなく、樹脂が急冷されないので、複屈折が低減され好ましい。
【0079】
また、詳細な実施例の記載は省略するが、熱伝導率1.2〔W/m・K〕の断熱厚さ1mmを有するコア部62を備え、樹脂が劣化しない範囲で樹脂温度を高くすることで、樹脂粘度を小さくすることができ、より転写率が向上して透過光量が高くなり好ましい。
【0080】
以上実施形態に即して本発明を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。例えば、上記実施形態では、可動金型42のコア部62又は熱伝導抑制層162cを0.05W/m・K以上10W/m・K以下の熱伝導率を有する低熱伝導材料で形成しているが、固定金型41のコア部52を同様の構造として断熱部を設けることもできる。
【0081】
また、以上では、レンズOLとして、BD、DVD及びCDに対して互換可能の光ピックアップ装置用の対物レンズを想定しているが、それ以外の用途のレンズOLを同様の製造方法で得ることもできる。例えば他の複数種類の記録媒体に関して互換可能な光ピックアップ装置用の対物レンズを、上記製造方法で作製することができる。また、微細段差構造付きのコリメータレンズ、補正光学素子、撮像光学素子、ファインダー光学素子も、上記製造方法で同様に作製することができる。
【0082】
また、固定金型41及び可動金型42で構成される射出成形金型に設けるキャビティCVの形状は、図示のものに限らず、様々な形状とすることができる。すなわち、コア部52,62等によって形成されるキャビティCVの形状は、単なる例示であり、レンズOLの用途等に応じて適宜変更することができる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】第1実施形態の成形装置を説明する正面図である。
【図2】固定金型と可動金型とで構成される成形金型の構造を説明する側断面図である。
【図3】(A)〜(C)は、第1実施形態の金型及び製造方法を説明する断面図である
【図4】射出成形されるレンズの側面図である。
【図5】射出装置のシリンダの樹脂射出端及びその周辺の内部構造を説明する拡大断面図である。
【図6】図2等に示すキャビティを溶融樹脂で充填する様子を示す模式図である。
【図7】本実施形態のレンズ製造方法の基本的流れを説明するフローチャートである。
【図8】(A)、(B)は、第2実施形態の金型及び製造方法を説明する断面図である。
【図9】第3実施形態の射出装置を説明する拡大断面図である。
【符号の説明】
【0084】
10…射出成形機、 11…固定盤、 12…可動盤、 15…開閉駆動装置、 16…射出装置、 18…温度調節装置、 19…減圧装置、 41…固定金型、 42…可動金型、 CV…型空間、 GP…ゲート部分、 OL…レンズ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の金型によって形成されるキャビティ内に樹脂を注入することによって、輪帯状の段差構造を備えたレンズを射出成形するレンズ製造方法であって、
前記一対の金型のうち、前記輪帯状の段差構造に対応する転写面を有する少なくとも一方の金型は、10W/m・K以下の熱伝導率を有する低熱伝導材料で形成された断熱部を前記転写面側に有し、
前記キャビティの外周側面側から前記キャビティ内に樹脂を注入するとともに、前記キャビティの充填時の樹脂の射出率を1.2cm/sec以上30cm/sec以下とすることを特徴とするレンズ製造方法。
【請求項2】
前記少なくとも一方の金型は、前記断熱部上に設けられた表面加工層を有していることを特徴とする請求項1に記載のレンズ製造方法。
【請求項3】
前記断熱部は、6−4Tiで形成され、3mm以上の厚さを有することを特徴とする請求項1及び請求項2のいずれか一項に記載のレンズ製造方法。
【請求項4】
前記断熱部の熱伝導率は、3W/m・K以下であることを特徴とする請求項1及び請求項2のいずれか一項に記載のレンズ製造方法。
【請求項5】
前記断熱部は、ジルコニアセラミックスで形成され、0.1mm以上の厚さを有することを特徴とする請求項4に記載のレンズ製造方法。
【請求項6】
前記断熱部は、溶射によって形成されることを特徴とする請求項5に記載のレンズ製造方法。
【請求項7】
前記キャビティ内に樹脂を注入する際の前記一対の金型の内部温度は、ガラス転移点に対して−3℃以上+5℃以下であることを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか一項に記載のレンズ製造方法。
【請求項8】
前記キャビティの充填時の樹脂の射出率は、1.2cm/sec以上27cm/sec以下であることを特徴とする請求項1から請求項7までのいずれか一項に記載のレンズ製造方法。
【請求項9】
前記キャビティの充填時における前記キャビティの気圧は、大気圧よりも0.05MPa以上低いことを特徴とする請求項1から請求項8までのいずれか一項に記載のレンズ製造方法。
【請求項10】
前記キャビティ内に注入される樹脂は、シクロオレフィン樹脂であり、前記キャビティの充填時のシクロオレフィン樹脂の射出率は、2.5cm/sec以上24.5cm/sec以下であることを特徴とする請求項1から請求項9までのいずれか一項に記載のレンズ製造方法。
【請求項11】
前記キャビティの充填時の樹脂の射出率は、17cm/sec以上24.5cm/sec以下であることを特徴とする請求項4に記載のレンズ製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−82838(P2010−82838A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−251854(P2008−251854)
【出願日】平成20年9月29日(2008.9.29)
【出願人】(303000408)コニカミノルタオプト株式会社 (3,255)
【Fターム(参考)】