説明

内燃機関の制御装置

【課題】エンジンオイルへの燃料混入によるエンジンフリクションの変化を考慮して、速やかに車両を停止させる。
【解決手段】エンジンECUは、エンジンオイルへの燃料混入量を推定するステップ(S100)と、フリクション低下による駆動力増加分を考慮した駆動力低減必要量を算出するステップ(S200)と、駆動力低減必要量を換算した低減必要トルクから必要遅角量を算出するステップ(S300)と、車両の制動時に(S400にてYES)、点火時期の遅角ガードを考慮して点火時期を遅角させて低減必要トルク分だけエンジンから出力されるトルクを低減させるステップ(S600)とを含む、プログラムを実行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車に搭載された内燃機関の制御に関し、特に、燃焼室内に燃料を直接噴射する機構を備えた内燃機関の制御に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の燃焼室内に燃料を直接噴射するための燃料噴射弁を具備した筒内噴射式内燃機関が公知である。このような内燃機関においては、たとえば、アイドル時などのように内燃機関が低負荷にある時には圧縮行程時に燃料を気筒内に噴射して弱成層燃焼を実行し、高負荷時には吸気行程時に燃料を気筒内に噴射することにより均質燃焼を実行し、このことにより低燃費と高出力とを両立させている。このような筒内噴射式内燃機関にあっては、吸気ポート噴射式内燃機関とは異なり、燃料噴射弁の噴孔と気筒内周面との間の距離が極めて短く、噴射燃料が気筒内周面に直接衝突し得る構成を備えている関係から、燃料によりエンジンオイルが希釈されるという問題が発生し得る。
【0003】
すなわち、機関冷間時にあっては、気筒内における燃料の霧化が促進され難いために、噴射燃料の一部が燃焼されずに気筒内周面(シリンダ内周面)に付着したままの状態になる。そして、このように気筒内周面に付着した燃料は、機関ピストンの潤滑のために気筒内周面に付着しているエンジンオイルと混合される。その結果、燃料によるエンジンオイルの希釈が発生する。
【0004】
このように燃料により希釈された気筒内周面のエンジンオイルは、機関ピストンが上下動するのに伴ってかき落とされ、クランクケース(正確にはその一部として形成されているオイルパン)に戻された後、再び機関ピストン等、内燃機関の潤滑に供されるようになる。従って、こうした燃料によるエンジンオイルの希釈が頻繁に発生すると、クランクケース内のエンジンオイル、換言すれば内燃機関の潤滑に供されるエンジンオイル全体に混入する燃料の割合が徐々に増大するようになる。
【0005】
このようにエンジンオイルに含まれる燃料の割合が増大すると、エンジンオイルの粘性が変化して、エンジンのフリクションが変化する。特開2005−16505号公報(特許文献1)は、ハイブリッド車両において、エンジン、電動機等における摩擦力にばらつきがあったり、潤滑用および冷却用の油の温度または粘性にばらつきがあったり、エンジン回転速度の低減中に車両の加減速があったりしても、エンジンを目標停止位置で停止(ブレーキ制御を終了したときに、クランクシャフトを最適クランク角の位置で停止)させることができる、車両駆動力制御装置を開示する。
【0006】
この車両駆動力制御装置は、エンジン回転速度を低減し、エンジンを目標停止位置で停止させるために必要なエンジン目標回転速度を取得するエンジン目標回転速度取得処理手段と、クランクシャフトの位置を表すクランク角度を取得するクランク角度取得処理手段と、取得されたクランク角度に基づいてエンジン目標回転速度を補正するエンジン目標回転速度補正処理手段とを有することを特徴とする。
【0007】
この車両駆動制御装置によると、クランク角度が取得され、取得されたクランク角度に基づいてエンジン目標回転速度が補正されるので、たとえば、エンジン、電動機械等における摩擦力にばらつきがあったり、潤滑用および冷却用の油の温度または粘性にばらつきがあったり、エンジン回転速度の低減中に車両の加減速があったりしても、エンジンを目標停止位置で停止させることができる。したがって、その後、エンジンを最適クランク角で始動することができるので、始動に伴って、ショックが発生するのを防止することができる。エンジンを停止させた後に、クランクシャフトを最適クランク角の位置に移動させる必要がないので、クランクシャフトを回転させることによるトルク変動が発生することがなく、さらに、エンジンを始動する際に、クランクシャフトを最適クランク角の位置に移動させる必要がないので、エンジンを始動するタイミングが遅くならない。したがって、車両に乗車している人に違和感を与えることがなくなる。
【特許文献1】特開2005−16505号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した特許文献1に開示された車両駆動制御装置は、エンジンのクランクシャフトを最適クランク角の位置で停止させるものに過ぎない。エンジンオイルへの燃料混入が多くエンジンフリクションが低下すると、フットブレーキを踏んで車両を早期に停止させたい運転者の要求に反して(なお、トランスミッションはニュートラルではない)、車両が停止するまでの時間が、エンジンオイルへの燃料混入が少ない場合よりも長くなる可能性がある。このような場合、ブレーキ踏力を増加させることで解決しようとすると、後輪駆動車においては制動力の前後配分によっては、低μ路では前輪がロックして後輪が空転する場合がある。特に、エンジン暖機前のアイドル回転数は、(1)燃焼の安定性、(2)触媒の早期暖機、(3)冷却水の早期暖機を目的として、暖機後よりも高く設定されているため、エンジンにより発生される駆動力が大きいときに、このような前輪がロックして後輪が空転する状態が顕著になる。
【0009】
本発明は、上述の課題を解決するためになされたものであって、その目的は、エンジンオイルへの燃料混入等によるエンジンフリクションの変化を考慮して、制動時において速やかな車両の停止を実現することができる、内燃機関の制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1の発明に係る制御装置は、筒内に燃料を噴射するための燃料噴射手段を備えた内燃機関を制御する。この制御装置は、内燃機関が搭載された車両に対する制動要求を検出するための手段と、内燃機関から車両の駆動輪に伝達される駆動力を上昇させる要因が発生しているか否かを検出するための検出手段と、制動要求を検出したときに、要因が発生していると、内燃機関から出力されるトルクが低下するように、内燃機関を制御するための制御手段とを含む。
【0011】
第1の発明によると、たとえば、筒内に燃料を噴射するための燃料噴射手段から噴射された燃料がピストンの頂面や気筒内周面に付着してしまう傾向があり、燃料による潤滑油(エンジンオイル)の希釈が発生する可能性が高い。このような燃料によるエンジンオイルの希釈が発生すると(エンジンオイル中に燃料が混入すると)、エンジンオイルの粘度が小さくなって内燃機関のフリクションが低下する。このような場合であって、車両に制動が要求されている場合には、内燃機関から出力されるトルクが低下される。このため、内燃機関から駆動輪に伝達される駆動力が低減されて速やかに停止しやすくなる。その結果、エンジンオイルへの燃料混入等によるエンジンフリクションの変化を考慮して、制動時において速やかな車両の停止を実現することができる、内燃機関の制御装置を提供することができる。
【0012】
第2の発明に係る制御装置においては、第1の発明の構成に加えて、制御手段は、内燃機関の点火時期を変更することにより、内燃機関から出力されるトルクを低下するように、内燃機関を制御するための手段を含む。
【0013】
第2の発明によると、点火時期を遅角することにより、内燃機関から出力されるトルクを低下できて、内燃機関から駆動輪に伝達される駆動力が低減されて速やかに停止しやすくなる。
【0014】
第3の発明に係る制御装置においては、第1の発明の構成に加えて、制御手段は、内燃機関への吸入空気量を変更することにより、内燃機関から出力されるトルクを低下するように、内燃機関を制御するための手段を含む。
【0015】
第3の発明によると、吸入空気量が少なくなるようにスロットルバルブを制御することにより、内燃機関から出力されるトルクを低下できて、内燃機関から駆動輪に伝達される駆動力が低減されて速やかに停止しやすくなる。
【0016】
第4の発明に係る制御装置においては、第1〜3のいずれかの発明の構成に加えて、検出手段は、内燃機関のフリクションに起因する要因が発生しているか否かを検出するための手段を含む。
【0017】
第4の発明によると、たとえば、エンジンオイルへ燃料が混入してエンジンオイルの粘度が低下すると内燃機関のフリクションが低下する。これを検出して、内燃機関から出力されるトルクを低下するので、内燃機関から駆動輪に伝達される駆動力が低減されて速やかに停止しやすくなる。
【0018】
第5の発明に係る制御装置においては、第4の発明の構成に加えて、検出手段は、内燃機関の潤滑油への燃料混入の度合いに基づいて、内燃機関のフリクションに起因する要因が発生しているか否かを検出するための手段を含む。
【0019】
第5の発明によると、エンジンオイルへの燃料混入の度合いを推定して、内燃機関のフリクションに起因する要因を検出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施の形態について説明する。以下の説明では、同一の部品には同一の符号を付してある。それらの名称および機能も同じである。したがってそれらについての詳細な説明は繰返さない。
【0021】
図1に、本実施の形態に係る制御装置の制御対象である直噴エンジンの全体構成図を示す。
【0022】
エンジン10は、シリンダブロック100の上方にシリンダヘッド110が覆着されて構成されており、シリンダブロック100に形成されたシリンダ100A内にピストン120が摺動自在に保持されている。シリンダ100A内におけるピストン120の上下往復動がクランク軸130の回転運動に変換され、トランスミッション等へと伝達されるようになっている。クランク軸130は、エンジン始動時にはフライホイール140を介してスタータ30と接続される。
【0023】
ピストン120の上方にはシリンダブロック100、シリンダヘッド110を室壁として燃焼室1000が形成され、燃焼室1000において燃料と空気との混合気の燃焼が行なわれ、その爆発力によりピストン120を上下往復動せしめる。混合気への点火はシリンダヘッド110を貫通し燃焼室1000内に突出して設けられた点火プラグ150により行なわれる。
【0024】
混合気を構成する空気の供給は、シリンダヘッド110およびこれと接続された吸気管内部に形成された吸気通路1010により行なわれる。また、燃焼室1000からの排気は排気通路1020により行なわれる。シリンダヘッド110には、吸気通路1010と燃焼室1000との間の連通と遮断とを切り換える吸気バルブ160、排気通路1020と燃焼室1000との間の連通と遮断とを切り換える排気バルブ170が取り付けられている。
【0025】
吸気管内にはフラップ状のスロットルバルブ190が設けられ、その開度に応じて吸気通路1010内の空気流量を調整する。
【0026】
混合気を構成する燃料の供給は、電磁式の筒内噴射用インジェクタ210により行なわれる。筒内噴射用インジェクタ210はシリンダヘッド110を貫通して設けられ、先端ノズル部から燃焼室1000内に燃料を噴射するようになっている。
【0027】
筒内噴射用インジェクタ210への燃料供給は、燃料タンク250から吸い上げた燃料を低圧ポンプ240および高圧ポンプ230により2段階に昇圧して供給される。高圧ポンプ230はエンジン10のクランク軸130からベルト等を介して伝達される動力で駆動される。一方、低圧ポンプ240は電動で駆動される。
【0028】
また、点火プラグ150、スロットルバルブ190、筒内噴射用インジェクタ210等のエンジン各部を制御するエンジンコントロールコンピュータ(以下、エンジンECU(Electronic Control Unit)と記載する)60が設けられている。エンジンECU60は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、A/D変換器、各種駆動回路(ドライバ)等からなる一般的な構成のもので、各種センサからの検出信号等に基づいて、点火プラグ150を作動せしめ、スロットルバルブ190に制御信号を出力してスロットルバルブ190の開度(スロットル開度)を調整し、筒内噴射用インジェクタ210に、制御信号により通電し所定のタイミングで所定時間、筒内噴射用インジェクタ210のノズルを開く。
【0029】
エンジンECU60に信号を入力するセンサには、吸気通路1010内を流通する空気流量(吸入空気量QA)を測定するフローメータ510、クランク角センサ520、A/Fセンサ530、エンジン冷却水温THWを検出する冷却水温センサ、エンジンオイルの温度THOを検出する油温センサ、車輪速を検出する車輪速センサ等がある。また、エンジンECU60には、始動時に運転者がキーを操作すると、そのイグニッション(IG)オン信号およびスタータオン信号が入力され、運転者がアクセルペダルを踏み込むと、その踏み込み量(アクセル開度)が入力される。また、エンジンECU60は、運転者がブレーキペダルを踏み込むと、ブレーキスイッチがオフ状態からオン状態に変化したことを検出できる。
【0030】
エンジンECU60は、フローメータ510等によって検出された吸入空気量に基づいて燃料噴射量を制御する。このとき、エンジンECU60は、各センサからの信号に基づいて、最適な燃焼状態になるように、エンジン回転数NEおよびエンジン負荷に応じた噴射量と噴射時期とを制御する。このエンジン10においては、燃料を筒内に直接噴射するため、噴射時期制御と噴射量制御とを同時に行なう。また、エンジンECU60は、クランク角センサ520やカムポジションセンサ等によって検出された信号(ノッキングセンサ等も含む)に基づいて、最適な点火時期になるように点火時期制御が行なわれる。このような制御により、エンジン10の高出力化および低エミッション化の両立を実現している。
【0031】
また、エンジンECU60は、排気の空燃比が目標空燃比になるように、A/Fセンサ530により検出された空燃比と目標空燃比との偏差をなくするように空燃比フィードバック制御を行なっている。この空燃比フィードバック制御としてPI(またはPID)制御が用いられる。P成分(比例項、比例ゲイン)は、応答性に影響を与え、D成分(積分項、積分ゲイン)は、定常偏差に影響を与える。
【0032】
さらに、エンジンECU60は、高圧ポンプ230を制御して、筒内噴射用インジェクタ210へ供給される燃料の圧力を制御する。このとき、たとえば、以下のようにして高圧ポンプ230が制御されて燃料の圧力が制御される。
【0033】
高圧ポンプ230は、カムの回転によりシリンダ内で往復移動するポンププランジャーと、シリンダとポンププランジャーとにより構成される加圧室とを備えている。この加圧室には、燃料タンクから燃料を送り出すフィードポンプと連通するポンプ供給パイプ、加圧室から燃料を流出させて燃料タンクに戻すリターンパイプおよび加圧室内の燃料を筒内噴射用インジェクタ210に向けて圧送する高圧デリバリパイプがそれぞれ接続されている。また、高圧ポンプ230には、ポンプ供給パイプおよび高圧デリバリパイプと加圧室との間を開閉する電磁スピル弁が設けられている。
【0034】
電磁スピル弁が開いた状態にあって、加圧室の容積が大きくなる方向にポンププランジャーが移動するとき、すなわち高圧ポンプ230が吸入行程にあるとき、ポンプ供給パイプから加圧室内に燃料が吸入される。また、加圧室の容積が小さくなる方向にポンププランジャーが移動するとき、すなわち高圧ポンプ230が圧送行程にあるときに電磁スピル弁を閉じると、ポンプ供給パイプおよびリターンパイプと加圧室との間が遮断され、加圧室内の燃料が高圧デリバリパイプを介して筒内噴射用インジェクタ210に圧送される。
【0035】
このような高圧ポンプ230においては、圧送行程中における電磁スピル弁の閉弁期間中のみ筒内噴射用インジェクタ210に向けて燃料が圧送されるため、電磁スピル弁の閉弁開始時期を制御することで(電磁スピル弁の閉弁期間を調整することで)燃料圧送量が調整されるようになる。すなわち、電磁スピル弁の閉弁開始時期を早めて閉弁期間を長くすることで燃料圧送量が多くなり、電磁スピル弁の閉弁開始時期を遅らせて閉弁期間を短くすることで燃料圧送量が少なくなる。燃料圧送量が多くなると高圧デリバリパイプ内の燃料の圧力が上昇して、燃料圧送量が少なくなると高圧デリバリパイプ内の燃料の圧力が低下する。
【0036】
このように、フィードポンプから送り出された燃料を高圧ポンプ230で加圧し、この加圧後の燃料を適切な燃料圧力で筒内噴射用インジェクタ210に向けて圧送することで、燃焼室に直接燃料を噴射供給する内燃機関にあっても、その燃料噴射を的確に行なうことができる。
【0037】
このエンジン10の潤滑系は、クランクケースの一部として形成されるオイルパンと、エンジンオイル供給装置を備えて構成される。このエンジンオイル供給装置は、オイルポンプ、フィルタ、オイルジェット機構等を備えている。オイルパン内のエンジンオイルは、フィルタを介してオイルポンプにより吸引され、オイルジェット機構に供給される。ピストンと気筒内周面(ボア)との間を潤滑するにあたっては、オイルジェット機構に供給されたエンジンオイルが、この機構から気筒内周面に供給される。その後、エンジンオイルはピストンが往復動するのに伴って気筒内周面からその下方にかき落とされ、最終的にオイルパンに戻される。そして、このかき落とされたエンジンオイルはオイルパン内のエンジンオイルと混合された後、再びエンジン10の潤滑に供される。なお、気筒内周面に供給されてピストンの潤滑に供されたエンジンオイルは、エンジン10の燃焼熱により温度上昇した後、オイルパンに戻される。
【0038】
インジェクタ210は、直接にエンジン10の燃焼室に開口するように装着され、高圧ポンプ230で加圧した燃料を直接に筒内に噴射する。エンジン10の冷間時にあっては、気筒内における燃料の霧化が促進され難いために、インジェクタ210から噴射された燃料がピストン120の頂面(ピストン頂面)や気筒内周面(シリンダ内周面(ボア))に多量に付着してしまう傾向がある。このため、冷間時において通常は、燃料噴射時期を吸気行程中に設定し(吸気行程噴射)、燃料噴射からその点火までの期間を極力長く確保して、噴射燃料の霧化を促進するようにしている。ただし、こうした吸気行程噴射を行なうようにしても、燃料付着を完全に解消することは困難であり、一部の燃料については燃焼に供されることなく、機関燃焼後も付着したまま気筒内に残留した状態になる。
【0039】
この付着燃料のうち、気筒内周面に付着した分は、ピストン120の潤滑のために同気筒内周面に付着しているエンジンオイルと混合されるようになる。その結果、燃料によるエンジンオイルの希釈が発生する。そして、燃料により希釈された気筒内のエンジンオイルは、ピストン120が上下動するのに伴ってかき落とされ、オイルパンに戻された後、内燃機関の潤滑に供されるようになる。このような燃料によるエンジンオイルの希釈が発生すると(潤滑オイル中に燃料が混入すると)、エンジンオイルの粘性が変化(粘度が小さくなって)、エンジン10のフリクションが変化する。エンジンオイルへの燃料混入量が多いほど、フリクションが大きく低下する。本実施の形態に係る制御装置であるエンジンECU60は、エンジンオイルに燃料が混入してオイルの粘度が下がることでフリクションが低下している場合、車両停止直前に点火時期を遅角させることで駆動力を低減し停止しやすくする。
【0040】
図2を参照して、本実施の形態に係るエンジンECU60で実行されるプログラムの制御構造について説明する。なお、このプログラムは、エンジンECU60で実行されるプログラムの中の1つのサブルーチンプログラムであって、所定のサイクルタイムごとに繰り返し実行される。
【0041】
ステップ(以下、ステップをSと略す)100にて、エンジンECU60は、エンジンオイルへの燃料混入量(オイル希釈量)を推定する。このとき、エンジンECU60は、たとえば、以下のように、(1)オイルへの燃料の蓄積(混入量が増加)と、(2)オイルに混入した燃料の揮発(混入量が低減)とに分けて、エンジンオイルへの燃料混入量(オイル希釈量)が推定される。
【0042】
(1)オイルへの燃料の蓄積については、始動時のエンジン冷却水温度THWが予め定められた温度以下であるときに以下のようにして算出される。
【0043】
燃料がシリンダ壁面からオイルへ混入しなくなるシリンダ壁面温度(吸入空気量QAを積算することにより推定)に到達までの間、始動からの経過時間とシリンダ壁面温度とをパラメータとしたマップを用いて、運転条件(高負荷走行、低負荷走行等)を考慮して混入オイル量を実態に合わせて決定して現在のオイルへの燃料混入量に積算する。なお、燃料がシリンダ壁面からオイルへ混入しなくなるシリンダ壁面温度に到達するまでにエンジンが停止された場合には、エンジン始動から停止までの間、混入オイル量を実態に合わせて決定して現在のオイルへの燃料混入量に積算する。また、始動時のエンジン冷却水温度THWによって冷間補正燃料(増量)が変化するので、エンジン冷却水温度THWにより決定される係数を乗算する(たとえば、始動時エンジン冷却水温度10℃を基本温度として、0℃の場合には1.2倍、−10℃の場合には1.5倍等)。
【0044】
また、燃料がシリンダ壁面からオイルへ混入しなくなるシリンダ壁面温度に到達までの間またはそのシリンダ壁面温度に到達に到達するまでにエンジンが停止された場合にはその停止までの間、1回ごとの燃料噴射量(増量補正を考慮)、噴射時期、シリンダ壁面温度を考慮して、オイルの混入量を1サイクルごとに積算する。
【0045】
(2)オイルに混入した燃料の揮発については、エンジンオイル温度THOが予め定められた温度(燃料混入したオイルから燃料が揮発を始める温度)以上であるときに以下のようにして算出される。
【0046】
揮発速度(現在の希釈率に比例)に所要時間(たとえば30秒ごと)を乗算して、揮発量を算出する。燃料混入したオイルの表面から燃料が揮発する。クランク内の空気とオイルとが触れる面が一定あるので、揮発速度はオイル表面の希釈率に依存するものである。なお、低油温から高油温への移行過程(上昇過程)においては、蒸発量が少ない(低沸点分のみしか蒸発しない)ため、低油温領域においては揮発量に1未満の係数を乗算する。また、希釈量が大きく実希釈量が小さい場合には(オイル交換直後等)、実希釈が小さいと判断して揮発速度を上昇させて誤判定を回避する。たとえば、油温が完全暖機後の状態に対応する温度まで上昇しており、軽負荷A/F学習値のずれ量が小さい時である(希釈度が高い軽負荷時には影響が大きいが、希釈度が低い軽負荷時には影響が小さく、A/F学習値のずれ量も小さくなる)。
【0047】
S200にて、エンジンECU60は、フリクション低下による駆動力増加分を考慮した駆動力低減必要量を算出する。このとき、まず、図3に示すような、オイル希釈とフリクション低下との関係を示すマップを用いて、推定されたエンジンオイルへの燃料混入量(オイル希釈量)からフリクション低下量が算出される。なお、図3に示すように、エンジンオイル温度(油温)THOがパラメータとなっている。次に、図4に示すように、制動要求(ブレーキペダル踏力や踏み込み量との間で相関がある要求値)a、点火遅角なしかつ燃料混入なしの状態における駆動力bおよび目標駆動力フリクション低下による駆動力の増加分cとを用いて、駆動力低減必要量を算出する。具体的には、駆動力低減必要量=(b+c−a)となる。なお、図4に示すように、エンジン冷却水温度(水温)THWがパラメータとなっている。
【0048】
S300にて、エンジンECU60は、駆動力をトルクに換算して、低減必要トルクから必要遅角量を算出する。このとき、まず、駆動力低減必要量をエンジントルク低減量dに換算して、ついで、図5に示すように、エンジントルク低減量dを実現させるための点火時期の必要遅角量eを算出する。
【0049】
S400にて、エンジンECU60は、この車両が制動時であるか否かを判断する。この判断は、エンジンECU60に入力されるブレーキスイッチの状態に基づいて行なわれる。この車両が制動時であると判断されると(S400にてYES)、処理はS500へ移される。もしそうでないと(S400にてNO)、この処理は終了する。
【0050】
S500にて、エンジンECU60は、点火時期の遅角ガードを算出する。このとき、図6に示すように、エンジン回転数NEとエンジン冷却水温度THWとをパラメータとして、遅角限界である遅角ガードが算出される(遅角ガードとは、これ以上遅角できないことを意味する)。
【0051】
S600にて、エンジンECU60は、遅角ガードを考慮して点火時期を遅角させる。これにより、遅角ガードよりも必要遅角量eが小さい場合には、エンジントルクがエンジントルク低減量dだけ低下される。エンジントルク低減量dは、駆動力低減必要量を換算したものであるので、駆動力が駆動力低減必要量だけ低下される。
【0052】
S700にて、エンジンECU60は、遅角からの復帰を開始するか否かを判断する。このとき、エンジンECU60は、ブレーキスイッチがオン状態かつ車輪速センサにより検出された車輪速(車速)が0である状態が予め定められた時間継続したことで車両が安定的に停止したと判断して、遅角からの復帰を開始すると判断する。なお、ブレーキスイッチがオン状態からオフ状態に変化すると(すなわち制動のための遅角が不要になると)、遅角からの復帰を開始すると判断するようにしても構わない。
【0053】
S800にて、エンジンECU60は、遅角されていた点火時期を、たとえば、基準点火時期まで徐々に変化(進角)させる。
【0054】
以上のような構造およびフローチャートに基づく、本実施の形態に係るエンジンECU60で制御されるエンジン10が制動時に実行する駆動力制御動作について、図7を参照して説明する。
【0055】
エンジン10が作動を開始すると、エンジンオイルへの燃料混入量が推定される(S100)。このとき、上述したように、(1)オイルへの燃料の蓄積(混入量が増加)と、(2)オイルに混入した燃料の揮発(混入量が低減)とに分けて、エンジンオイルへの燃料混入量(オイル希釈量)が推定される。エンジンオイルへの燃料混入量が多いときには、エンジン10のフリクションが低下して摩擦損失が低減するので、エンジン10の回転エネルギはより多く駆動力に用いられる。このフリクション低下による駆動力増加分を低減することができるように準備しておかないと(具体的には点火時期の遅角によるエンジン発生トルクの低減)、制動時にエンジンオイルへの燃料混入に起因するフリクション低下により駆動力が増しているので、制動力が不足する可能性がある。
【0056】
フリクション低下による駆動力増加分を考慮した駆動力をどの程度下げるのかを示す駆動力低減必要量が算出される(S200)。駆動力からトルクへ換算されて、駆動力低減必要量からエンジントルク低減量dが算出され、エンジントルク低減量dから必要遅角量eが算出される(S300)。
【0057】
エンジン10を搭載した車両がシフトポジションが前進走行ポジション(Dポジション)で走行中に、運転者がブレーキペダルを踏むと(S400にてYES)、このときのエンジン回転数NEに基づき、点火時期の遅角ガードが算出され(S500)、遅角ガードを考慮して点火時期が遅角される(S600)。
【0058】
なお、運転者がブレーキペダルを踏んだタイミングが図7の時刻T(1)である。また、図7においては、時刻T(2)までは遅角ガードにより実際にはエンジン10の点火時期が遅角されない状態を示している。すなわち、車輪速(車速)の低下に伴いエンジン系点数NEが低下して(Dポジションであることを前提としている)、遅角ガードが緩めになり、時刻T(2)で実際に点火時期が遅角される。
【0059】
点火時期が遅角されたことにより、エンジンオイルへの燃料混入に起因したフリクション低下に伴う駆動力上昇分に見合う分だけ、エンジン10からの発生トルクが低下される。これにより、時刻T(3)において車両が停止する。なお、エンジンオイルへの燃料混入に起因したフリクション低下に伴う駆動力上昇しているときに、本実施の形態のような遅角制御を実行しない場合、車両の停止は図7の時刻T(3)よりも遅くなる。
【0060】
時刻T(3)で車両が停止すると、復帰カウンタがカウントを開始して時刻T(4)でカウントアップする(S700にてYES)。この時刻T(4)における車両の状態は、ブレーキスイッチがオン状態かつ車輪速センサにより検出された車輪速(車速)が0である状態が予め定められた時間(復帰カウンタで監視)継続したことで車両が安定的に停止していると判断できる状態である。時刻T(4)から、遅角されていた点火時期が徐々に基準点火時期まで徐々に変化(進角)される(S800)。なお、図7の時刻T(5)で、点火時期が基本点火時期に戻っている。ここで、徐々に点火時期を戻すのは、たとえば、車両停止中における点火時期の急変によるショックを回避するためである。
【0061】
以上のようにして、本実施の形態に係る内燃機関の制御装置(エンジンECUによるエンジンの制御)によると、燃料によるエンジンオイルの希釈が発生すると(潤滑オイル中に燃料が混入すると)、エンジンオイルの粘性が変化(粘度が小さくなって)、エンジンのフリクションが低下したときであっても、車両停止前に点火時期を遅角させることで駆動力を低減し停車しやすくできる。
【0062】
<変形例>
上述した実施の形態においては、エンジン10から発生するトルクを低減せしめるために、点火時期を遅角制御していたが、これに代えて/加えて、吸入空気量QAを低減させるようにしてもよい。
【0063】
さらに、上述した実施の形態における、オイル希釈量の推定方法に代えて、空燃比FB量から推定することも可能である。エンジン10の停止直前(暖機後でエンジンオイル温度THOが高い)に空燃比フィードバック制御の減量補正値が大きく、エンジン10の冷間時に空燃比フィードバック制御の減量補正値が小さいと(すなわち、差が大きいと)、エンジンオイルへの燃料混入量が多いと推定する。
【0064】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】本発明の実施の形態に係るエンジン制御装置で制御されるエンジンの全体構成図である。
【図2】本発明の実施の形態に係るエンジン制御装置であるエンジンECUで実行されるプログラムの制御構造を示すフローチャートである。
【図3】オイル希釈とフリクション低下との関係を示す図である。
【図4】エンジン冷却水温と駆動力との関係を示す図である。
【図5】点火時期とエンジントルクとの関係を示す図である。
【図6】エンジン回転数とエンジン冷却水温とをパラメータとした遅角ガードを示す図である。
【図7】本発明の実施の形態に係るエンジン制御装置であるエンジンECUで実行されたエンジンの動作を示すタイミングチャートである。
【符号の説明】
【0066】
10 エンジン、30 スタータ、60 エンジンECU、150 点火プラグ、160 吸気バルブ、170 排気バルブ、190 スロットルバルブ、210 インジェクタ、520 クランク角センサ、1000 燃焼室、1010 吸気通路、1020 排気通路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
筒内に燃料を噴射するための燃料噴射手段を備えた内燃機関の制御装置であって、
前記内燃機関が搭載された車両に対する制動要求を検出するための手段と、
前記内燃機関から前記車両の駆動輪に伝達される駆動力を上昇させる要因が発生しているか否かを検出するための検出手段と、
前記制動要求を検出したときに、前記要因が発生していると、前記内燃機関から出力されるトルクが低下するように、前記内燃機関を制御するための制御手段とを含む、内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記内燃機関は、火花点火式の内燃機関であって、
前記制御手段は、前記内燃機関の点火時期を変更することにより、前記内燃機関から出力されるトルクを低下するように、前記内燃機関を制御するための手段を含む、請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記内燃機関への吸入空気量を変更することにより、前記内燃機関から出力されるトルクを低下するように、前記内燃機関を制御するための手段を含む、請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
前記検出手段は、前記内燃機関のフリクションに起因する要因が発生しているか否かを検出するための手段を含む、請求項1〜3のいずれかに記載の内燃機関の制御装置。
【請求項5】
前記検出手段は、前記内燃機関の潤滑油への燃料混入の度合いに基づいて、前記内燃機関のフリクションに起因する要因が発生しているか否かを検出するための手段を含む、請求項4に記載の内燃機関の制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2008−303784(P2008−303784A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−151532(P2007−151532)
【出願日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】