説明

減衰力可変ダンパシステム

【課題】 制御装置の失陥等によって給電制御が行われなくなった場合においても、減衰力可変ダンパに一時的に所定の減衰力を発生させることができる減衰力可変ダンパシステムを提供する。
【解決手段】 キャパシタ43は、その正極がスイッチ44およびインダクタ45を介して電源端子Tp側に接続され、その負極がアース端子Te側に接続されている。スイッチ44は、ソレノイド内蔵型のスイッチであり、各MLV32a〜32dに正常に電流が供給されている場合にのみ、励磁電流が供給されて電源端子Tpとキャパシタ43とを接続する。また、スイッチ44は、各MLV32a〜32dに正常に電流が供給されなくなったりした場合には、励磁電流の供給が絶たれ、内蔵するスプリングのばね力で接点が切り換わることで、キャパシタ43とMLV32a〜32dとを接続する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減衰力可変ダンパシステムに係り、詳しくは、制御装置の失陥等によって給電制御が行われなくなった場合においても、減衰力可変ダンパに一時的に所定の減衰力を発生させることができるようにする技術に関する。
【背景技術】
【0002】
サスペンションは、自動車の走行安定性や乗り心地を左右する重要な要素であり、車体に対して車輪を上下動自在に支持させるためのリンク(アームやロッド類)と、その撓みにより路面からの衝撃等を吸収するスプリングと、車体の上下振動を減衰させるダンパとを主要構成要素としている。サスペンション用のダンパとしては、作動油が充填された円筒状のシリンダチューブとこのシリンダチューブ内で摺動するピストンが先端に装着されたピストンロッドとを備え、ピストン(ピストンロッド)の移動に伴って作動油を複数の油室間で移動させる構造を採った筒型が広く採用されている。
【0003】
近年、筒型ダンパの特性を改善するものとして、自動車の運動状態に応じて減衰力を可変制御する減衰力可変ダンパが種々開発されている。減衰力可変ダンパとしては、オリフィス面積を変化させるロータリバルブをピストンに設け、このロータリバルブをアクチュエータによって回転駆動する機械式のものが主流であったが、構成の簡素化や応答性の向上等を実現すべく、作動油に磁気粘性流体を用い、ピストンに設けられた磁気流体バルブによって磁気粘性流体の粘度を制御するものが出現している(特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2006−77789号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
磁気粘性流体を用いた減衰力可変ダンパでは、機械式の減衰機構を備えていないことに起因して、以下のような不具合が発生する虞があった。すなわち、上述した磁気流体バルブはECU(電子制御装置)から供給された電流によって作動するが、ECUを構成する電子部品の失陥等や電線の切断等によって電流の供給が行われなると、その瞬間から減衰力が得られなくなってしまうのである。そして、このような事態が走行時に生じた場合、警告灯や警告音等によって報知が行われたとしても、乗り心地や操縦安定性は急激に損なわれるため、運転者が不安感を憶える等の問題があった。
【0005】
本発明は、このような背景に鑑みなされたもので、制御装置の失陥等によって給電制御が行われなくなった場合においても、減衰力可変ダンパに一時的に所定の減衰力を発生させることができる減衰力可変ダンパシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1の発明に係る減衰力可変ダンパシステムは、磁性流体または磁気粘性流体が充填されるとともに車体側部材と車輪側部材とのどちらか一方に連結されたシリンダチューブと、前記シリンダチューブを第1液室と第2液室とに区画するとともに前記磁性流体または磁気粘性流体を当該第1液室と当該第2液室との間で流通させる連通孔を備えたピストンと、前記車体側部材と前記車輪側部材とのどちらか他方を当該ピストンに連結するピストンロッドと、外部からの電気的入力に応じて前記連通孔を通過する前記磁性流体または前記磁気粘性流体に磁界を印可する磁界印可手段とを構成要素とする減衰力可変式ダンパと、前記減衰力可変式ダンパに所定の減衰力を発生させるべく、車両電源から供給された電力を用いて前記磁界印可手段への給電制御を行う給電制御手段と、前記給電制御手段による前記磁界印可手段への給電制御が行われなくなった場合に、前記磁界印可手段に所定の電力を供給する蓄電手段とを備えたことを特徴とする。
【0007】
また、請求項2の発明は、請求項1に記載された減衰力可変ダンパシステムにおいて、前記蓄電手段がキャパシタであり、前記給電制御手段による前記磁界印可手段への給電制御が行われている場合に、前記車両電源から前記キャパシタに充電を行わせる一方、当該給電制御手段による当該磁界印可手段への給電制御が行われなくなった場合に、当該キャパシタから当該磁界印可手段に電力を供給させるスイッチ手段を更に備えたことを特徴とする。
【0008】
また、請求項3の発明は、請求項2に記載された減衰力可変ダンパシステムにおいて、前記キャパシタと前記磁界印可手段との間にインダクタまたはレジスタが介装されたことを特徴とする。
【0009】
また、請求項4の発明は、請求項2または請求項3に記載された減衰力可変ダンパシステムにおいて、前記キャパシタの両極が所定の抵抗値を有するレジスタを備えた放電回路によって接続されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の発明によれば、給電制御手段の失陥や電気ハーネスの断線等によって磁界印可手段への給電制御が行われなくなっても、蓄電手段から磁界印可手段に電流が供給されるため、減衰力可変ダンパが所定時間にわたって減衰力を発生する。これにより、運転者は、自動車を減速させて安全な場所に停車させたり、自動車を低速で走行させて整備工場等に赴くことが可能となる。また、請求項2の発明によれば、蓄電池等を用いる場合に較べて、システムの耐久性が向上するとともに、システムのメンテナンスも殆ど不要となる。また、請求項3の発明によれば、キャパシタから磁界印可手段に過大な電流が供給され難くなるとともに、減衰力可変ダンパの減衰力を比較的長時間維持できるようになる。また、請求項4の発明によれば、システムの整備時等において、キャパシタのショートによるスパーク等が発生し難くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明を4輪自動車のリヤサスペンションに適用した一実施形態を詳細に説明する。
【0012】
[第1実施形態]
図1は実施形態に係るリヤサスペンションの斜視図であり、図2は第1実施形態に係るダンパの縦断面図であり、図3は第1実施形態に係るMLV(Magnetizable Liquid Valve:磁気流体バルブ)の概略構造図であり、図4は第1実施形態に係るダンパ制御回路の要部構成図である。
【0013】
《第1実施形態の構成》
<サスペンション>
図1に示すように、本実施形態のリヤサスペンション1は、いわゆるH型トーションビーム式サスペンションであり、左右のトレーリングアーム2,3や、両トレーリングアーム2,3の中間部を連結するトーションビーム4、懸架ばねである左右一対のコイルスプリング5、左右一対のダンパ6等から構成されており、左右のリヤホイール7,8を懸架している。ダンパ6は、MRF(Magneto-Rheological Fluid:磁気粘性流体)を作動流体とする減衰力可変型ダンパであり、トランクルーム内等に設置されたECU9によってその減衰力が可変制御される。なお、フロントサスペンションにも減衰力可変型ダンパが設置されているが、本実施形態ではその設置形態の説明や図示を省略する。
【0014】
<ダンパ>
図2に示すように、本実施形態のダンパ6は、モノチューブ式(ド・カルボン式)であり、MRFが充填された円筒状のシリンダチューブ12と、このシリンダチューブ12に対して軸方向に摺動するピストンロッド13と、ピストンロッド13の先端に装着されてシリンダチューブ12内を上部油室14と下部油室15とに区画するピストン16と、シリンダチューブ12の下部に高圧ガス室17を画成するフリーピストン18と、ピストンロッド13等への塵埃の付着を防ぐカバー19と、フルバウンド時における緩衝を行うバンプストップ20とを主要構成要素としている。
【0015】
シリンダチューブ12は、下端のアイピース12aに嵌挿されたボルト21を介して、車輪側部材であるトレーリングアーム2の上面に連結されている。また、ピストンロッド13は、上下一対のブッシュ22とナット23とを介して、その上端のスタッド13aが車体側部材であるダンパベース(ホイールハウス上部)24に連結されている。
【0016】
図3に示すように、ピストン16には、上部油室14と下部油室15とを連通する連通孔31と、連通孔31の内側に配設されたMLV(磁界印可手段)32とが設けられている。ECU9からMLV32に電流が供給されると、連通孔31を流通するMRFに磁界(図3中に矢印で磁束をしめす)が印可されて強磁性微粒子が鎖状のクラスタを形成し、連通孔31内を通過するMRFの見かけ上の粘度(以下、単に粘度と記す)が上昇する。
【0017】
<ECU>
第1実施形態のECU9は、図示しないCPUやROM,RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、バッテリ電源Bの正極側に接続される電源端子Tpと、バッテリ電源Bの負極側に接続されるアース端子Teとを備えている。なお、バッテリ電源Bと電源端子Tpとの間には、ヒューズFが介装されている。
【0018】
ECU9内には、電源端子Tpとアース端子Teとに接続された4つの電流制御回路(給電制御手段)41a〜41dが設置されており、CPUからの電流供給指令に基づき、これら電流制御回路41a〜41dからそれぞれ対応するダンパ6のMLV32a〜32dに電流が供給される。電源端子Tpと電流制御回路41a〜41dとの間にはフェールセーフリレー42が介装されており、自動車のイグニッションキーがOFF、あるいは、ECU9のCPUが停止した場合、このフェールセーフリレー42が開成することによって電流制御回路41a〜41dへの電力供給が停止される。
【0019】
<蓄電回路>
ECU9内には、電源端子Tpとアース端子Teとの間に、電気二重層コンデンサ等のキャパシタ(蓄電手段)43が設置されている。本実施形態のキャパシタ43は、その正極がスイッチ44およびインダクタ45を介して電源端子Tp側に接続され、その負極がアース端子Te側に接続されている。スイッチ44は、ソレノイド内蔵型のスイッチであり、ECU9が正常に作動し、かつ電流制御回路41a〜41dから各MLV32a〜32dに正常に電流が供給されている場合にのみ、励磁電流が供給されて電源端子Tpとキャパシタ43とを接続する。また、スイッチ44は、ECU9の作動が停止したり、電流制御回路41a〜41dから各MLV32a〜32dに正常に電流が供給されなくなったりした場合には、励磁電流の供給が絶たれ、内蔵するスプリングのばね力で接点が切り換わることで、キャパシタ43とMLV32a〜32dとを接続する。なお、スイッチ44と各MLV32a〜32dとの間には、電流の逆流を防止するダイオード46がそれぞれ介装されている。なお、この蓄電回路において、インダクタ45に代えて、レジスタを用いるようにしてもよい。
【0020】
≪第1実施形態の作用≫
自動車が走行を開始すると、ECU9は、前後Gセンサ、横Gセンサ、および上下Gセンサから得られた車体の加速度や、車速センサから入力した車体速度、車輪速センサから得られた各車輪の回転速度、操舵角センサから入力した操舵速度等に基づき、各ダンパ6の目標減衰力(すなわち、各MLV32a〜32dへの目標供給電流)を設定した後、電流制御回路41a〜41dに電流供給指令を出力する。これにより、各ダンパ6のMLV32a〜32dに適切な電流が供給され、自動車の走行状態に応じてダンパ6の減衰力が常に最適な値に調整されるようになり、高度な操縦安定性と快適な乗り心地とが高いレベルで実現される。なお、自動車の走行時においては、スイッチ44によって電源端子Tpとキャパシタ43とが接続されるため、キャパシタ43には所定量の電荷が常に蓄えられる。
【0021】
一方、自動車の走行時において、ヒューズFの溶断やECU9の失陥、電気ハーネスの断線等が生じ、MLV32a〜32dの全て、あるいはその一部に電流が供給されなくなることがある。この場合、警告灯の点灯や警告音の吹鳴によって運転者に異常が報知され、フェールセーフリレー42が開成して電流制御回路41a〜41dへの電力供給が絶たれ、更にスイッチ44への励磁電流も断たれてスイッチ44によってキャパシタ43とMLV32a〜32dとが接続される。すると、キャパシタ43に蓄えられていた電荷がインダクタ45を介して徐々に各MLV32a〜32dに放電され、所定時間にわたってダンパ6が減衰力を発生するようになる。
【0022】
本実施形態の場合、図5に示すように、失陥が発生すると、所定時間t(例えば、数秒)にわたり、機械式ダンパと同等の減衰力を発生させる電流Anより大きな電流がMLV32a〜32dに供給される。これにより、運転者は、高速道路走行時等には安全地帯や路側帯に自動車を停車させて支援を待ったり、市街地走行時等には自動車を低速で走行させて整備工場等に赴くことが可能となる。
[第2実施形態]
第2実施形態も、その全体構成については上述した第1実施形態と同様であるが、蓄電回路の構成が異なっている。すなわち、第2実施形態のECU9内には、キャパシタ43の正極側および負極側に接続される電圧監視回路51と、インダクタ45の上流側とキャパシタ43の下流側とを接続する放電回路52とが更に設置されている。
【0023】
電圧監視回路51はキャパシタ43の充放電状態を監視するものであり、キャパシタ43の充放電状態が異常であった場合には、電圧監視回路51からの出力信号に基づきインストルメントパネルに警告表示が行われ、運転者が整備工場等に修理を依頼することができる。また、放電回路はレジスタ53を備えており、自動車の停車時にキャパシタ43を徐々に放電させることにより、整備作業者や自動車解体作業者がECU9を開封した際に誤ってキャパシタ43に工具等を接触させたような場合にも、スパークが発生することが抑制される。
【0024】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこれら実施形態に限られるものではない。例えば、上記実施形態は本発明を磁気粘性流体を用いた減衰力可変ダンパシステムに適用したものであるが、磁性流体を用いた減衰力可変ダンパシステムに適用してもよい。また、上記実施形態では蓄電手段としてキャパシタを用いたが、蓄電池等、他種の蓄電手段を採用するようにしてもよい。また、上記実施形態ではキャパシタをECUに内蔵させるようにしたが、ECUとキャパシタとを分離させるようにしてもよい。その他、本発明の主旨を逸脱しない範囲であれば、ダンパ制御回路や蓄電回路等の具体的構成等についても適宜変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施形態に係るリヤサスペンションの斜視図である。
【図2】実施形態に係るダンパの縦断面図である。
【図3】実施形態に係るMLVの概略構造図である。
【図4】第1実施形態に係るダンパ制御回路の要部構成図である。
【図5】第1実施形態の作用を説明するためのグラフである。
【図6】第2実施形態に係るダンパ制御回路の要部構成図である。
【符号の説明】
【0026】
6 ダンパ
12 シリンダチューブ
13 ピストンロッド
14 上部油室
15 下部油室
16 ピストン
31 連通孔
32 MLV(磁界印可手段)
41 電流制御回路(給電制御手段)
43 キャパシタ(蓄電手段)
44 スイッチ(スイッチ手段)
45 インダクタ
51 電圧監視回路
52 放電回路
53 レジスタ
B バッテリ電源(車両電源)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性流体または磁気粘性流体が充填されるとともに車体側部材と車輪側部材とのどちらか一方に連結されたシリンダチューブと、前記シリンダチューブを第1液室と第2液室とに区画するとともに前記磁性流体または磁気粘性流体を当該第1液室と当該第2液室との間で流通させる連通孔を備えたピストンと、前記車体側部材と前記車輪側部材とのどちらか他方を当該ピストンに連結するピストンロッドと、外部からの電気的入力に応じて前記連通孔を通過する前記磁性流体または前記磁気粘性流体に磁界を印可する磁界印可手段とを構成要素とする減衰力可変式ダンパと、
前記減衰力可変式ダンパに所定の減衰力を発生させるべく、車両電源から供給された電力を用いて前記磁界印可手段への給電制御を行う給電制御手段と、
前記給電制御手段による前記磁界印可手段への給電制御が行われなくなった場合に、前記磁界印可手段に所定の電力を供給する蓄電手段と
を備えたことを特徴とする減衰力可変ダンパシステム。
【請求項2】
前記蓄電手段がキャパシタであり、
前記給電制御手段による前記磁界印可手段への給電制御が行われている場合に、前記車両電源から前記キャパシタに充電を行わせる一方、当該給電制御手段による当該磁界印可手段への給電制御が行われなくなった場合に、当該キャパシタから当該磁界印可手段に電力を供給させるスイッチ手段を更に備えたことを特徴とする、請求項1に記載された減衰力可変ダンパシステム。
【請求項3】
前記キャパシタと前記磁界印可手段との間にインダクタまたはレジスタが介装されたことを特徴とする、請求項2に記載された減衰力可変ダンパシステム。
【請求項4】
前記キャパシタの両極が所定の抵抗値を有するレジスタを備えた放電回路によって接続されたことを特徴とする、請求項2または請求項3に記載された減衰力可変ダンパシステム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2008−168709(P2008−168709A)
【公開日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−2262(P2007−2262)
【出願日】平成19年1月10日(2007.1.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年10月19日発行の「発明協会公開技報」に発表
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】