説明

窒化ケイ素を含有する耐久性ハードコーティング

【課題】基材上に耐久性ハードコーティングを形成するためのスリップ剤、それを用いて耐久性ハードコーティングを施された成形体、並びに、それを用いた、腐食性非鉄金属の溶融、太陽電池用シリコンの処理、更にアルミニウム鋳造方法を提供すること。
【解決手段】基材表面への耐久性ハードコーティング剤を調製するのに用いるスリップ剤であり、a)窒化ケイ素粒子、並びにb)ゾル−ゲル工程により調製されるナノサイズの固体粒子及び/又はナノサイズの固体粒子の前駆体を含有するバインダー、を含有するスリップ剤。更に、前記スリップ剤による耐久性ハードコーティングが施された基材を構成要素として含む成形体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化ケイ素を含む耐久性ハードコーティングを基材上に形成するためのスリップ剤、耐久性ハードコーティングを施された前記基材を含んでなる成形体であって、輸送が可能なように摩耗と損傷に対して耐久性を有する成形体、前記成形体の製造方法、前記成形体の使用、特に腐食性の非鉄金属溶融物の分野、中でも太陽電池用シリコンの加工の分野において使用される溶融るつぼとしての使用、また、アルミニウム冶金、特に低圧アルミニウム鋳造におけるライザー管としての使用に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン粉末、シリコン粒、又はシリコン片を含むシリコン棒の溶融と再結晶は、グラファイトや窒化ケイ素、主にはSiO(溶融シリカ)からなるるつぼを用いて行われる。所望の微細構造と純度を有するシリコン棒は、精密に規定された冷却工程において溶融物中にて結晶化し、更にこれらのシリコン棒は、薄いウエハーに切断され、光電池ユニットの活性成分を形成する。
【0003】
ここでは、太陽電池用シリコンの品質が、工程に使用される器材、例えば溶融るつぼによっては影響を受けずに、シリコン溶融物が欠陥なく凝固し、るつぼから無傷で取り出せることが重要である。すなわち、液体ケイ素金属のるつぼ材料への腐食性攻撃を防ぐことが重要であり、さもなければ、溶融物への不純物混入が生じる。更に、付着、浸透、及び拡散が、シリコン棒の離型における不具合を引き起こし、この結果、多結晶シリコン塊の破裂又はひび割れの危険性が生じる。
【0004】
腐食性シリコン溶融物は、SiOるつぼを攻撃するが、これはSiとSiOの間の化学反応により揮発性SiOが生じることによるものである。更に、それにより、るつぼ材料から望ましくない不純物が、シリコン溶融物の中に入り込むこととなる。
【0005】
特に、凝固しているシリコン塊への異物付着はなんとしても避けなければならない。なぜなら、シリコンは非常に熱膨張が大きいため、ごく少量の付着物が機械的応力とそれによる結晶構造の破壊をもたらし、不良なシリコン材料となるからである。
【0006】
アルミニウム冶金、特に低圧アルミニウム鋳造においては、鉄合金又は溶融シリカからなるライザー管が使用される。650〜800℃の範囲の温度において極めて腐食性の高いアルミニウム溶融物と接触するため、液体状のアルミニウム中にこれらの物質が溶解するのを防止する目的で、これらのライザー管は定期的な間隔で、耐熱性の酸化物又は窒化物によるコーティングを行わなければならない。ここで、通常、酸化アルミニウム又は窒化ホウ素からなるコーティングが用いられ、有機物バインダーを含むスリップ剤として、ディッピング、ブラッシング、又はスプレーにより施される。しかしながら、高温溶融物と浮遊スラグによる腐食性攻撃と機械的攻撃とが組み合わさることにより、前記コーティングの寿命は、数時間から数日間に限られるのが実状である。また、アルミニウム溶融物による腐食性攻撃に対して全く影響されない窒化ケイ素セラミックからなるライザー管が、コーティングされた鉄合金又は石英製のライザー管に代わるものとして使用されることもある。しかしながら、これらの窒化ケイ素管に係るコストは、コーティングされた標準的ライザー管の何倍にもなる。
【0007】
特許文献1では、石英、グラファイト、又はセラミックからなる溶融るつぼであって、シリコン溶融物のような凝固する非鉄金属溶融物が溶融るつぼと接触することにより生じる焼付けを防止する目的で、窒化ケイ素層を施す技術が開示されている。ここで、前記の層は、高純度の窒化ケイ素粉末を含んでなる。この窒化ケイ素粉末は、低い酸素含有率と特定のアスペクト比を有する。この粉末コーティングは、溶融るつぼの使用前にユーザーによって直接施されるもので、高純度窒化ケイ素粉末を溶媒中に分散させた後、例えば、スプレーによって前記懸濁液をるつぼに施すことによって形成される。なお、使用される溶媒あるいは他のいかなる有機物バインダー成分は、その後に行われる加熱処理によって除去される必要がある。
【0008】
高純度窒化ケイ素そのものは、シリコン溶融物に対して非常に化学的耐久性に優れていることが知られている。しかしながら、前記溶融物は、その重量のみによって多孔質の前記窒化ケイ素粉末層の内部に強制的に湿潤又は浸透する。そのため、全体としては浸透せず、ゆえに剥離又は離型層として依然として機能し得るだけの厚さを有さなければならない。しかしながら、そのような厚い層は逆に軟らかいものとなり、特に耐摩耗性に乏しくなる。そのため、るつぼの装填時には特別な注意を払う必要があり、既製のコーティングるつぼの長距離輸送又は急送は当然避けなければならない。
【0009】
したがって、太陽電池用シリコンの分野で従来使用されるるつぼのコーティングは、機械的安定性に欠けるという欠点を有する。なぜなら、るつぼにシリコン粉末、シリコン粒、又はシリコン片を充填する直前にコーティングを行なわなければならず、ゆえにコーティングが窒化ケイ素粉末のみからなるものになってしまうからである。なお、使用する時点でのコーティングでない、例えばるつぼの事前コーティングは不可能である。しかも、軟らかい粉末コーティングであるため、大きい片の材料をるつぼに充填するときには、その層を損傷させないように、非常な注意を払う必要がある。更に、溶融シリコンが多孔質の窒化ケイ素粉末層へ浸透することにより、不都合なケーク状残留物が離型時に生じる。
【0010】
特許文献2は、非鉄金属の圧力鋳造用の耐久性窒化ホウ素離型層及びそれを製造するためのスリップ剤を記載しており、それは耐熱性のナノサイズのバインダーが、窒化ホウ素のバインダー相として用いられることを特徴とする。具体的には、SiOをベースにしたゾル−ゲルバインダーと窒化ホウ素粉末の懸濁液が、金属表面又は無機非金属表面に施され、このようにしてなされたコーティングが乾燥の後、熱により緻密化される。500℃を超える温度でバインダー系がガラス質マトリックスに変化し、得られる緻密なセラミック層に機械的安定性を与える。しかしながら、窒化ホウ素は太陽電池用シリコンにとっては不純物となるため望ましくなく、窒化ホウ素を含むこれらの層は太陽電池用シリコンの分野に使用することは不可能である。
【0011】
特許文献3は、コーティング組成物を基材に施して硬化させることによって得られる非接着性コーティングを有する基材を記載しており、このコーティング組成物は、a)窒化ホウ素以外の離型剤の固体粒子、及びb)表面が修飾されたナノサイズの固体粒子を含有するバインダー、を含んでなる。離型剤の粒子は、グラファイト、グラファイト化合物、金属硫化物、金属セレン化物、及び金属テルル化物から選択される。ただし、これらのコーティングもまた、そこに記載されている離型剤、例えば、グラファイト、又は金属の硫化物、セレン化物、及びテルル化物が、太陽電池用シリコンにとっては不純物となるため、太陽電池用シリコンへの用途には適さない。
【特許文献1】欧州特許出願公告第963464B1号
【特許文献2】ドイツ特許出願公告第10326769B3号
【特許文献3】ドイツ特許出願公開第10326815A1号
【非特許文献1】Cryst. Res. Technol. 38, No.7−8, 669−675 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、本発明の目的は、基材上に耐久性ハードコーティングを形成するためのスリップ剤を提供することであり、このコーティングは、前記の従来技術で知られる欠点を有することなく、特に太陽電池用シリコンの処理における使用に適するものである。更に、アルミニウム冶金において、特にライザー管の寿命を延ばすことを可能にする、安価な耐久性ハードコーティングを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題は、請求項1に記載の、耐久性ハードコーティングを形成するためのスリップ剤、耐久性ハードコーティングを有する基材を含んでなる、請求項11に記載の成形体、請求項15に記載の前記成形体の製造方法、及び請求項16〜18に記載の前記成形体の使用によって解決される。本特許出願の前記主題の有利な実施態様は、従属請求項に示されている。
【0014】
すなわち本発明は、基材上に耐久性ハードコーティングを形成するためのスリップ剤であり、a)窒化ケイ素粒子、及びb)ゾル−ゲル工程によって製造されたナノサイズの固体粒子及び/又はナノサイズの固体粒子の前駆体を含むバインダー、を含んでなるスリップ剤を提供する。
【0015】
また、本発明は、耐久性ハードコーティングを有する基材を含んでなる成形体であり、前記ハードコーティングが上記にて定義される本発明のスリップ剤から形成されている成形体を提供する。
【0016】
また、本発明は、腐食性の非鉄金属の溶融における、本発明の前記成形体の使用、特にシリコン溶融物を製造するための溶融るつぼへの前記成形体の使用、並びにアルミニウム冶金、特に低圧アルミニウム鋳造に用いられるライザー管への前記成形体の使用を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明の窒化ケイ素のハードコーティングによって示される驚くべき効果は、本発明において開示されるような、強固に結合した窒化ケイ素粒子が、凝固した非鉄金属溶融物の離型を妨げないこと、それと同時に前記ハードコーティングを施された前記成形体の輸送と充填の際に、多孔質でもろい窒化ケイ素粉末による層の構造が有するような磨耗・損傷等不具合が現れないこと、である。
【0018】
特許文献2と特許文献3により公知の、SiOをベースにしたバインダー系が、本発明によって想定される用途において、耐久性のあるハード窒化ケイ素コーティングを形成するのに適することは、当業者にとって驚くべきことであろう。なぜなら、当業者であれば、付加的な無機バインダー又はナノサイズの固体粒子の添加により、凝固した非鉄金属溶融物の離型がより困難になること、また、凝固した非鉄金属溶融物、特に太陽電池用シリコン塊の中に不純物が混入することを予想し、何としても避けなければならないと考えるからである。また、当業者であれば、SiOベースのバインダー系の使用は、シリコン溶融物とSiOるつぼの系の場合と同様に、溶融シリコンとバインダー系のSiOの間の反応を同様にもたらすと予想するであろう。すなわちシリコン溶融物はSiO材料を攻撃して腐食させ、気体のSiOとなって散逸し、更にまたSiOが前記シリコン前記溶融物に曝されるという過程である。このような反応により、前記コーティングは絶え間なく溶解されることが十分考えられる。この反応は、例えば非特許文献1により知られている。
【0019】
本発明に係る窒化ケイ素によるハードコーティング層は、特に以下の長所を有する。
すなわち前記ハードコーティング層は、絶対的に輸送時に安定であるため、コーティングされた溶融るつぼのような成形体を、既製品の状態でエンドユーザーに納品することが可能となる。
【0020】
また、前記コーティングが耐摩耗性であるため、前記成形体の充填、特にコーティングされた溶融るつぼを原料シリコンと共に充填する際又は前記成形体をハンドリングする際に損傷を受けることがなくなる。更に、従来の窒化ケイ素粉末によるコーティングでは、前記保護層の損傷による望ましくない腐食現象と付着の問題が生じていたが、これらは本発明のハードコーティングにおいては生じない。
【0021】
本発明の前記ハードコーティング層は、不浸透性及び耐熱性に優れ、またシリコンのような非鉄金属の溶融物による浸透を受けないため、凝固した前記溶融物を付着なしに離型することができる。したがって、付着材料の機械的除去といった付加的工程の必要がなくなり、不良品が殆ど又は全く発生しない。一方、従来の窒化ケイ素粉末層の場合、多孔質の窒化ケイ素層が、シリコンのような非鉄金属の溶融物による浸透を受けるため、離型の際に材料の付着が生じる。この付着材料は機械的に除去されなければならず、このことは、第1に工程の増加を意味し、第2に材料の損失に到る。
【0022】
従来技術(特許文献1)による層の場合、窒化ケイ素粉末層が多孔質であるため、溶融物と基材の接触の可能性が生じ、それによりSiOるつぼからの不純物が太陽電池用シリコンの中に拡散し得るという問題がある。この結果、不純物が、太陽電池用シリコンの中に導入され、品質の著しい低下とそれによる不合格品の発生にの原因となる。
【0023】
本発明の前記層は、それらが緻密な構造を有するため、溶融物と基材の直接の接触が防止でき、またそれにより、前記層が不純物の拡散を防止するバリアとして作用するという利点を有する。
【0024】
前記窒化ケイ素によるハードコーティングがアルミニウム冶金におけるライザー管に採用されることにより、安価なライザー管のベース材料(基材)が継続して使用可能となり、同時にライザー管の寿命が顕著に延びるため、コスト面での顕著な利点ともいえる。更に、前記ハードコーティングが損傷した際には、そのコーティングを修復することも同様に可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明に使用されるバインダーは、ゾル−ゲル工程により製造されるナノサイズ固体粒子及び/又はナノサイズ固体粒子前駆体を含むが、その基本的な点は特許文献3より公知である。窒化ケイ素粒子は、このバインダーを介して、耐久性を有しかつ熱に対し安定な状態で、基材表面に結合し得ることが明らかにされている。好ましい実施態様において、ナノ粒子を含有するナノコンポジットが、特にゾルの形態で、バインダーとして使用される。ナノコンポジット又はナノコンポジットゾルは、ナノサイズの固体粒子及び、好ましくは、前記ゾル−ゲル工程から製造される無機物又は有機物により修飾された無機縮重合物又はその前駆体、の混合物を含んでなる。前記の無機縮重合物又はその前駆体には、有機的に修飾された無機ポリシロキサン又はその前駆体が特に好ましい。コーティング組成物において、ナノ粒子又はナノコンポジットを含んでなるバインダーは、通常、ゾル又は懸濁液として存在し、硬化された層においてはマトリックス形成の役割を果たす。前記の層のこの純粋なセラミック構造は、高温安定性とコーティング純度に加え、層の硬度と耐摩耗性の結果として、基材に対する層の接着性と機械的安定性が確保されるため、多くのニーズに応えることができる。
【0026】
前記のナノサイズの固体粒子は、好ましくは高温処理による硬化の後にナノサイズの金属酸化物粒子に変化する金属酸化物粒子又はその系である。特に、ナノサイズの固体粒子は、SiO、TiO、ZrO、Al、AlOOH、Y、CeO、SnO、鉄酸化物、及びTa、又はゾル−ゲル工程によってこれらの固体粒子に変化するこれらのナノサイズ固体粒子の前駆体、の中から選択されるのが好ましく、SiO粒子及び/又はゾル−ゲル工程によってナノサイズSiO粒子に変化するSiO粒子前駆体、特にが好ましい。
【0027】
本発明にとって好ましいナノコンポジット及びゾル−ゲル工程によるそれらの製造方法は、従来技術において、特に特許文献3において公知のとおりである。ここで、ナノサイズの固体粒子は、1500未満の分子量を有する表面修飾剤、特に無水物基、酸アミド基、アミノ基、SiOH基、シランの加水分解性基、及び/又はβ−ジカルボニル基を含む表面修飾剤で表面を改質修飾されることが好ましい。
【0028】
好ましくは、ナノコンポジットは、ナノサイズの固体粒子を下記の一般式で表されるシランの1つ又はそれ以上と反応させることによるゾル−ゲル工程によって得られる。
【化1】

ここで、基Aは独立して、ヒドロキシル基又は加水分解性基であり、基Rは独立して、非加水分解性基であり、xは0、1、2又は3であり、上記シランの総モル量の少なくとも50%がx≧1の化合物である。なお、式(I)においてx=0のシランのみが使用されると、純粋な無機ナノコンポジットしか得られないが、そうでなければ、好ましい有機−無機ナノコンポジットが得られる。
上記の式(I)のシランの適切な例は、同様に、特許文献3及びそのパテントファミリーに記載されているとおりである。
【0029】
特に、本発明のコーティングは、高純度の窒化ケイ素粉末を懸濁させたアルコール系のSiO生成ゾルから製造される。窒化ケイ素は、水の存在下で加水分解される傾向にあるため、水ベースでの処理は望ましくなく、代わりにアルコール系のSiO生成ゾルが好ましい。また、高純度の出発物質(窒化ケイ素粉末、シラン、アルコール等)の使用が、特に太陽電池の製造における要請に合致する非常に高純度の層を得るためには望ましい。
【0030】
本発明の前記成形体において、前記基材は、石英、グラファイト、セラミック(窒化ケイ素セラミックを含む)、SiO(溶融シリカ)、又は鉄合金を含んでなるのが適切である。好ましい実施態様において、前記成形体は、腐食性非鉄金属溶融物、特にシリコン溶融物の処理に適切な石英、グラファイト、又はセラミックを含んでなる基材を有する溶融るつぼである。
【0031】
もう1つの実施態様において、前記成形体は、SiO(溶融シリカ)又は鉄合金からなる基材を有するアルミニウム冶金用のライザー管である。
【0032】
本発明による前記成形体の製造方法は、少なくとも、以下の工程を含む。即ち;
単回又は複数回のドクターブレードコーティング、ディッピング、フラッディング、スピンコーティング、スプレー、ブラッシング、又は塗布によって、基材に本発明のスリップ剤を施す工程、及び前記のように施した前記スリップ剤を硬化させ、基材上に耐久性ハードコーティングを形成する工程、である。
【0033】
前記の接着を改良するため、場合によっては、基材との接触前に、希釈又は非希釈のバインダーゾル又はそれらの前駆体又は他のプライマーで処理しても良い。
【0034】
前記スリップ剤の固形分含量は、希望するコーティング工程に応じ、溶媒の添加によって調整することができる。スプレーコーティングの場合には、通常2〜70重量%、好ましくは5〜50重量%、特に好ましくは10〜30重量%の固形分含量として調製される。
【0035】
最終的な硬化工程の前に、例えば、対流式乾燥室の中で室温又は若干の高温における単回又は複数回の乾燥工程及び/又は成形体自体の加熱を行っても良い。酸化に敏感な基材の場合には、乾燥工程及び/又はそれに続く硬化工程を、例えばN又はAr等の不活性ガス雰囲気中、又は減圧下で行っても良い。
【0036】
熱硬化工程は、熱感受性を考慮しつつ、好ましくは50℃以上の温度、より好ましくは200℃以上の温度、特に好ましくは300℃以上の温度で熱処理することによって行われる。また、前記の層は、比較的高温、好ましくは500〜700℃の温度で焼成することができるが、その場合には基材がこれらの温度で十分に安定なことが条件となる。
【0037】
本発明のさらなる実施態様において、前記の層は多層として製造される。
【0038】
本発明のさらなる実施態様においては、使用される窒化ケイ素粒子の種類や純度の勾配、例えば、下側(基材側)から上側(溶融物側)に向けてそれらが変化する勾配を有する層を形成させることも可能である。ここで、窒化ケイ素の純度、粒子サイズ、又は粒子形態に関する勾配を、前記層構造内に導入しても良い。また、バインダー含有率の勾配を前記の層に導入しても良い。これらの勾配を導入された層は、多層として製造又は配置することもできる。
【0039】
前記の耐久性ハードコーティングを有する本発明の成形体は、アルミニウム、ガラス、シリコン等の腐食性非鉄金属の溶融物の分野における使用に適する。溶融るつぼの形態の成形体は、特に、シリコン溶融物の製造、液体シリコンの調製、及び液体シリコンの結晶化によるシリコンブロックの作成に適切である。
【0040】
ライザー管の形態の成形体は、好ましくはアルミニウム冶金、特に好ましくは低圧アルミニウム鋳造に使用するのに適切である。
【0041】
以下の例において、本発明を例証する。
(比較例:標準的懸濁液)
これは、特許文献1に記載に従い製造される、付加的な添加剤を伴わない、窒化ケイ素粉末の蒸留水懸濁液である。
【0042】
さらなる処理(ブラッシング、ローリング、スプレー)のためには、この懸濁液のレオロジーのみが重要となる。したがって、固形分含量は、スプレーガンを用いる場合には例えば60〜70重量%に調整する。
【0043】
懸濁液は、無塵の乾燥したるつぼに、例えば500〜800μmの均一な層の厚さとなるように、好ましくは複数の層状で施される。乾燥後、コーティングは、溶融るつぼとして使用する前に、約1,000〜1,100℃にて加熱される。
【0044】
得られる窒化ケイ素粉末コーティングは、気泡やひび割れがなく、またその他の欠陥も有しないことが必要である。
【0045】
この方法により得られる窒化ケイ素層は、接触に対する限られた抵抗性のみを有するため、相応の注意をもって処理される必要がある。粉末層に欠陥を生じさせないように、シリコン片を充填する際にはコーティングに損傷を与えないことが必要となり、また溶融の際にシリコン片の滑りが生じないように充填が行われなければならない。
【実施例1】
【0046】
(窒化ケイ素のハードコーティング)
窒化ケイ素の懸濁液を用いた本発明の実施態様を示す。60重量%の窒化ケイ素粉末をエタノール(無水)中に懸濁した懸濁液を調製する。この際、粉末を最初に充填して分散媒体を連続的に添加しても良く、又は最初に充填したエタノール中に粉末を添加し撹拌しても良い。
【0047】
等量のバインダー(ino(登録商標)sil S−38、Inomat社)を、前記窒化ケイ素のエタノール懸濁液に撹拌しながら添加し(なおこれらは逆の添加順序でも良い)、30重量%の窒化ケイ素を含むスプレー可能な懸濁液を調製する。
【0048】
前記懸濁液をスプレーを用いて複数の層になるようにウェット・ウェットに施すことによって、約40μmの層厚を得る。室温で空気に曝した後、前記コーティングを乾燥器中で乾燥し、次いで500℃で30分間にわたって加熱する。
【0049】
このコーティングされたるつぼは、この段階で、溶融工程に使用することができる。それにより得られる無欠陥のシリコンインゴットは、問題なく離型することができる。
【実施例2】
【0050】
(窒化ケイ素のハードコーティング)
窒化ケイ素の懸濁液を用いた本発明のさらなる実施態様を示す。60重量%の窒化ケイ素粉末をエタノール(無水)中に懸濁した懸濁液を調製する。この際、粉末を最初に充填して分散媒体を連続的に添加しても良く、又は最初に充填したのエタノール中に粉末を添加し撹拌しても良い。
【0051】
バインダー(ino(登録商標)sil S−38、Inomat社)を、窒化ケイ素:バインダーが2:1の比となるように、撹拌しながら前記窒化ケイ素のエタノール懸濁液に添加し、40重量%の窒化ケイ素を含む懸濁液を調製する。
【0052】
より高粘度の懸濁液を、ディップコーティング、キャスティング、又はブラッシング/ローリングによって施し、約100μmの層厚にする。
【0053】
室温で空気に曝した後、前記コーティングを乾燥器中で乾燥し、次いで500℃で30分間にわたって加熱する。
【0054】
このコーティングされたるつぼは、この段階で、溶融工程に使用することができる。それにより得られる無欠陥のシリコンインゴットは、問題なく離型することができる。
【実施例3】
【0055】
(窒化ケイ素のハードコーティング)
太陽電池用るつぼをコーティングするための窒化ケイ素懸濁液を、本発明のさらなる実施態様として示す。30重量%の窒化ケイ素粉末を含む懸濁液を、バインダーをエタノールに懸濁させた液体中で直接調製する。この場合、窒化ケイ素粉末をバインダー(ino(登録商標)sil S−38、Inomat社)中に、撹拌しながら連続的に添加・混合する。前記混合物を均質化するため、数時間にわたってロールミルを用いて処理する。
【0056】
このようにして得られる、凝集のない30重量%強の窒化ケイ素懸濁液を、スプレーを用いウェット・ウェットにて複数の層となるように施し、約40μmの層厚とする。室温で空気に曝した後、前記コーティングを乾燥器中で乾燥し、次いで500℃で30分間にわたって加熱する。
【0057】
このコーティングされたるつぼは、この段階で、溶融工程に使用することができる。それにより得られる無欠陥のシリコンインゴットは、問題なく離型することができる。
【実施例4】
【0058】
(ハード窒化ケイ素コーティング)
太陽電池用るつぼをコーティングするための窒化ケイ素懸濁液を、本発明のさらなる実施態様として示す。60重量%の窒化ケイ素粉末を含む懸濁液を、バインダーをエタノールに懸濁させた液体中で直接調製する。この場合、窒化ケイ素粉末をバインダー(ino(登録商標)sil S−38、Inomat社)中に、撹拌しながら、連続的に添加・混合する。なお、別な実施態様として、予め充填されるた窒化ケイ素粉末の中に、少量のバインダーを一度に添加することもできる。混合物を均質化するため、数時間にわたってロールミルを用いて処理する。
【0059】
このようにして得られる、凝集のない60重量%強の窒化ケイ素懸濁液を、ブラッシングとローリングによって施し、約100μmの層厚とする。室温で空気に曝した後、前記コーティングを乾燥器中で乾燥し、次いで500℃で30分間にわたって加熱する。
【0060】
このコーティングされたるつぼは、この段階で、溶融工程に使用することができる。それにより得られる無欠陥のシリコンインゴットは、問題なく離型することができる。
【0061】
本実施例で記載した本発明の窒化ケイ素コーティングの実施態様は、従来技術における比較用コーティングとは、薄い層厚の場合において相違が顕著になる。すなわち、薄い層厚にもかかわらず、有用な、即ち欠陥(気泡、ひび割れ)のない離脱層が常に得られる。バインダーの存在により、これらの層は、標準的な窒化ケイ素粉末コーティングよりも顕著に高い接着強度と損傷抵抗性を有する。すなわち薄いコーティングにもかかわらず前記の層はシリコン片の充填及び/又は溶融時に損傷せず、このため、凝固時の付着やそれによる破裂やひび割れを引き起こしかねない、溶融物とるつぼとの接触を防止することができる。
【0062】
上記の本発明の窒化ケイ素コーティングは、固形分含量、窒化ケイ素:バインダー比、及び層厚とそれに伴う懸濁液の粘度によって特徴づけられ、またそれにより適用されるコーティング処理方法が決まる。更に、窒化ケイ素:バインダーの比が高いほど層が厚くなり、窒化ケイ素:バインダーの比が低いほどより硬く損傷に対して強くなる、欠陥のない層、を提供しうるという意味によっても特徴づけられる。
【0063】
また、溶融物及び太陽電池用シリコンの個別的な製造工程に従い(懸濁液の製造、コーティング工程及び各々の溶融工程に適合する形で)、最適なコーティング系を選択することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面への耐久性ハードコーティングを調製するためのスリップ剤であり、
a)窒化ケイ素粒子、及び
b)ゾル−ゲル工程により得られたナノサイズの固体粒子及び/又はナノサイズの固体粒子前駆体を含有してなるバインダー、
を含有してなることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項2】
請求項1記載のスリップ剤であり、前記バインダーが、有機物質により修飾された無機縮重合物又はその前駆体中に前記ナノサイズの固体粒子を含むナノコンポジットを含有してなることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項3】
請求項2に記載のスリップ剤であり、前記有機物質により修飾された無機縮重合物又はその前駆体が、有機物質により修飾された無機ポリシロキサン又はその前駆体であることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載のスリップ剤であり、前記ナノサイズの固体粒子が金属酸化物粒子であることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載のスリップ剤であり、前記ナノサイズの固体粒子がSiO、TiO、ZrO、Al、AlOOH、Y、CeO、SnO、酸化鉄及びTa、又はそれらのナノサイズの固体粒子の前駆体でありゾル−ゲル工程により前記ナノサイズの固体粒子に変換されるもの、からなる群から選択されることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1つに記載のスリップ剤であり、SiO粒子及び/又はゾル−ゲル工程によりナノサイズのSiO粒子に変換されるSiO粒子前駆体が、ナノサイズの固体粒子として存在することを特徴とする、スリップ剤。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1つに記載のスリップ剤であり、前記ナノサイズの固体粒子が分子量1500以下の表面修飾物により表面修飾されていることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1つに記載のスリップ剤であり、前記ナノサイズの固体粒子が酸無水物基、酸アミド基、アミノ基、SiOH基、シランの加水分解性基及び/又はβ−ジカルボニル基を含む表面修飾物により修飾されていることを特徴とする、スリップ剤。
【請求項9】
請求項2から7のいずれか1つに記載のスリップ剤であり、前記ナノコンポジットが、ナノサイズの固体粒子と下記の一般式(I)に記載のシランの一つ又は二つ以上との反応によるゾル−ゲル工程により得られることを特徴とする、スリップ剤。
【化1】

(上記式(I)中、
基Aは各々独立して、水酸基又は加水分解性の基であり、
基Rは各々独立して、非加水分解性の基であり、
xは0、1、2又は3であり、
前記シランのモル数の少なくとも50%以上がx≧1である。)
【請求項10】
請求項1に記載のスリップ剤であり、前記バインダーが、ナノサイズの固体粒子と下記の一般式(I)に記載のシランの一つ又は二つ以上との反応によるゾル−ゲル工程により得られることを特徴とする、スリップ剤。
【化2】

(上記式(I)中、
基Aは各々独立して、水酸基又は加水分解性の基であり、
基Rは各々独立して、非加水分解性の基であり、
xは0、1、2又は3であり、
前記シランのモル数の少なくとも50%以上がx≧1である。)
【請求項11】
耐久性ハードコーティングを施された基材からなる成形体であり、前記耐久性ハードコーティングが請求項1から10のいずれか1つに記載のスリップ剤により形成されたものであることを特徴とする、成形体。
【請求項12】
前記基材が石英、グラファイト、セラミック、SiO(溶融シリカ)又は鉄合金からなることを特徴とする、請求項11に記載の成形体。
【請求項13】
前記基材が石英、グラファイト又はセラミックからなり、腐食性非鉄金属の溶融に使用するるつぼであることを特徴とする、請求項11又は12に記載の成形体。
【請求項14】
前記基材がSiO(溶融シリカ)又は鉄合金からなり、アルミニウムの鋳造に用いられるライザーチューブであることを特徴とする、請求項11又は12に記載の成形体。
【請求項15】
単回又は複数回のドクターブレード、ディッピング、フラッディング、スピンコーティング、スプレー、ブラッシング又は塗布により前記スリップ剤を前記基材に施す工程、及び
前記基材上で前記スリップ剤を固化して耐久性のハードコーティングを形成させる工程、
により構成されることを特徴とする、請求項11から14のいずれか1つに記載の成形体を製造する方法。
【請求項16】
請求項11から14のいずれか1つに記載の成形体を使用することを特徴とする、腐食性非鉄金属の溶融方法。
【請求項17】
請求項13に記載のるつぼを使用してシリコンの溶融物を製造し、液体シリコンを調製し、及び/又は液体シリコンを結晶化させ、シリコンブロックを製造する方法。
【請求項18】
請求項14に記載のライザー管を使用した、アルミニウム鋳造、特に低圧でのアルミニウム鋳造方法。

【公開番号】特開2007−146132(P2007−146132A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−286150(P2006−286150)
【出願日】平成18年10月20日(2006.10.20)
【出願人】(505036009)イーエスケイ セラミクス ゲーエムベーハー アンド カンパニー カーゲー (6)
【Fターム(参考)】